蝶、天道虫、蜻蛉

 六時になっても、起こさないでいてあげる。

 花のなまえ、街のうらにひそんでいるもの、海の底にいるひとびと、宇宙に行く方法、うつくしい目玉焼きの焼き方、せんせいのほんとうのなまえ。
 しらないものを一列に、あたまのなかに思い浮かべて、宙をあおぐ。てんじょう。せんせいの部屋の、てんじょうは、クリーム色。刺繍針を持ったまま、みあげる、なにもない、ぼくと、てんじょうの、あいだ。つまりは、空虚。せんせいは、すやすや、夢のなか。
 しっていることといえば、せんせいが、ひそかに、たばこを吸っていることくらいで、どうして、おとなななのに、せんせいは、たばこを吸っていることを、ひみつにしているのか、わからないけれど、でも、せんせいの、シャツや、ゆびに、かすかにのこる、においで、とっくに気づいているし、ぼくは、その、フクザツなにおいが、好きだった。せんせいが吸っている、たばこの、銘柄を、ぜひおしえてほしいのだけれど、せんせいは、ぼくにはみえないところで、たばこを吸っているので、ぜんぜん、わからないでいる。
 ぼくが、こどもだからなのか。
 そういえば、せんせいは、真夜中に、そとにでることも、ゆるしてくれないので、しかたなし、ぼくは、せんせいの部屋の、閉めきられた窓から、空をみあげ、星をみつめ、月をながめ、点々とする街のあかりを、みおろすばかりである。もしくは、せんせいの、ハンカチや、シャツの襟や、くつしたに、刺繍をほどこしている。ハンカチには、蝶。シャツの襟には、天道虫。くつしたには、蜻蛉。

蝶、天道虫、蜻蛉

蝶、天道虫、蜻蛉

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-18

CC BY-NC-ND
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