スリム童話
みにくい白鳥の子
うつくしい白鳥の一家が湖を泳いでいます。
先頭はきれいな毛並みをした、大きな母鳥です。その後ろを、一羽、二羽、三羽、四羽……、ちいさなひなたちが追いかけます。
いえ、もう一羽いましたね。兄弟たちから少し遅れて。
しかし、その子はほかのひなたちに比べるとどこか変です。尾羽もほかのひなたちと違って、ぴん、と元気良く立っていませんし、毛並みも乱れています。
その子はいつもこう考えていました。
「母さんたちはなんてきれいなんだろう。
なぜ、ぼくだけこんなにみにくく生まれついっちゃったのかな」
みにくい子が考えに落ち込んでいると、いつのまにか、ほかのひなたちが近寄ってきていました。しかし、一羽だけ遅れている、その子を気遣って、というわけではありませんでした。
ひなたちはするどいくちばしで、みにくい子の身体をつつきはじめました。羽毛が湖面に舞います。これは最近の、ひなたちのお気に入りの遊びなのです。
すこし離れた親鳥は、振り返ってその様子を珍しげもなく眺めています。
ようやくひなたちの遊びが終わり、みにくい子は岸に力なくもたれかかりました。
「もう死のうかな……」
その時でした。轟音とともに、機体にGHQとペイントされたヘリが湖の岸辺に着陸したのです。そのヘリからサングラスをかけた、厳めしい軍人が降りてきて言います。
「探したよ。君は本当はアメリカ人だ。名前はエミリ・ディッキンソンという。私と来たまえ。ニュー・イングランドで御両親が君を待っている」
やっぱりか! と、みにくい子は思いました。
前々からこんな白鳥どもとは、生まれからして違うと感じていたのです。
「ええ、大佐! 帰りましょう、祖国へ!」
竜宮城に籠城
亀を助けたことにより人類を裏切ったとされ国を追われた浦島は、亀の勧めに従って人をやめ竜宮の住人として暮らすことを承諾した。
道々、亀は語る。
「現在我々の住む竜宮は他の竜宮との戦争状態にあります。頼みの綱の竜王様は新しい身体に生まれ変わるための転生の永い眠りに入っており、攻め手に欠ける我らの竜宮は籠城を続けているのです」
竜宮に通じる秘密の水路を抜ける。
竜宮での歓待、乙姫からの礼の言葉、さらに乙姫が続ける。
「ご安心ください。戦時下とはいえ、客人であるあなた様には私の命に代えても一切の危害を加えさせませぬ」そして最前から二人の間に置かれていた玉虫色の箱について触れ「父である竜王様から言い渡されていたのですが、もし自分が眠っている間に人が竜宮を訪れることがあったら、竜宮の宝であるこの箱を預け守ってもらえと」
浦島は箱を受け取る。
皆が寝静まった頃、浦島は箱を持ち、床を抜け出す。宴に気が緩み居眠りしている門衛たちの横を通り抜け、竜宮の門の閂を外す。
外に出る浦島とすれ違うようにして、珊瑚に身を潜めていた大勢の兵士たちが音も無く城内に攻め込んでいく。
「浦島、首尾はどうだ?」指揮官らしき男が浦島に話しかける。
「上々です。例の箱も持ち出すことができました」
「少々出来すぎだな」指揮官はわずかに顔をしかめて「ご苦労だった。後はのんびり見物でもしていろ。箱は褒美としてお前に与えよう」
金の斧
「あなたが探しているのは、この金の斧ですか? それとも……」
泉から現れた女神は男にそう尋ねた。続きを言おうとしたが女神の言葉は男の独白に遮られてしまった。
「探していたかどうかといわれれば、私は常に金の斧を探していたともいえるし、もちろん比喩としての意味を含むのだけど……」
男の言葉は答えとしてはひどく曖昧な上、女神には男がそのまま自分の考えの中に落ち込んでいってしまいそうにみえた。
「それでは、こちらの銀の斧は?」
そうさせないためにも、女神はさらなる質問を投げかけた。先ほどの自分の尋ね方がまずかったことは、この時にはもう自覚していた。
「金の斧を探していたということは、もちろんそれに付随する銀の斧をも探していたということになるし、私の人生は金の斧・銀の斧に象徴される幸福を求めるための旅のようなものだと言って言えないことはないのであり……」
すでに男が女神の質問に返答しているのか、自分の考察に入り込んでいるのかは判然としなかった。
「では、この鉄の斧は?」
女神は早くこの不毛な対話が終わりになってくれればいいがと願いながら事務的に話を進めた。
「鉄の斧は金の斧・銀の斧を求める旅には不可欠なものだ。よって鉄の斧は私の存在の一部、というか存在そのもののようなものです。まずそれを返してください」
話はそれからだ、といった風な勢いで、男は泉上の女神に向かって片方の手を差し伸べた。
「あなたはたいへん正直な人ですね」
女神は自分でも驚くほどアクロバティックな解釈で、脱線した話を無理やり正しいラインへ戻し「そんなあなたにはこの金の斧と銀の斧もさしあげましょう」と続けた時にはいよいよ投げやりな気分になっていた。
「いえ、それはいただけません。私が求めるものはそんな即物的な幸福ではないのです。それに現実に金の斧・銀の斧を手に入れてしまったら、私の旅は終わりを迎えてしまう。私はこの旅が好きです。できればずっと続けていたい」
男はその時はじめて女神の瞳を正面から見つめ、毅然とした態度で自分の意思を表明した。
「では」
と高らかに言って男は旅に戻っていった。
女神は男に鉄の斧を渡した時の姿勢のまま、次第に小さくなっていく男の後姿を、木立が邪魔して見えなくなってしまうまで眺め続けた。
なぜか女神はその男のことをいつまでも忘れられず、長い生涯を独身で過ごした。
泉に斧を落す者もあったが、水面は虚しく波紋を起こすだけだった。
4月1日
「今日は村には行かないのかい?」
「なんだい、いつもは村には出るなって、うるさいのにさ。それに村に行ってもいつも痛めつけられるばっかりだから、もううんざりだよ」
「あんた忘れてるみたいだけど。大丈夫だよ、今日はお祭りみたいなものなんだから」
「あ、そうか! じゃ、ぼく行ってくるよ!」
「ああ、行っておいで」
少年は突風みたいに走り、村人たちの顔が見えた瞬間に、大声で叫ぶ。
「狼だー! 狼がきたぞー!」
「そりゃ大変だ」、などと口々に言って逃げる準備をはじめつつも、村人たちはニヤニヤ笑っている。
デジャブー
けんたくんが二階の自分の部屋でテレビを見ていると、玄関の扉が開いた音と、お使いから帰ってきたデジャブーがお母さんに話しかける声が聞こえてきました。
デジャブー「ただいま、ママさん。買ってきましたよ。え? 時間掛かり過ぎって……。ちょうど夕飯時だしレジが混んでたんです。これでも行き帰りは走って……。あ、はい。割れてますね卵……。何ででしょうね。……あ、ですね。走ったからですよね。ほんとすみません……」
重い足取りで、デジャブーがけんたくんの部屋に入ってきました。
デジャブー「でもごくつぶしは非道いよな。まあ、実際そのとおりだけど……」
けんたくん「おかえりデジャブー。またお母さんに何かひどいこと言われたの?」
デジャブー「いや、何でもないよ。はいこれ。おみやげのジャムパン」
けんたくん「ジャムパンはデジャブーが食べなよ。ぼくはもうすぐ夕ごはんだし、それにジャムパンはデジャブーの大好物じゃないか」
デジャブー「……すまないね、けんたくん」
デジャブーはけんたくんに気付かれないように心持ち背を向けて、なみだをほろほろとながしながらジャムパンをかじりました。
けんたくん「ねえねえ、デジャブー。パンの袋についているこのシールはなんだろう? 何か色々書いてあるけど」
デジャブー「けんたくん、それはいいところにきがついたねえ! よし、じゃあこのジャムパンをつくった大日本帝国パンの工場に行ってきいてみようか!」
けんたくん「え、でももうすぐ夕飯……」
デジャブーが怪しい呪文を唱え、最後にちからをこめて「デジャー……!」と叫ぶと、場面が転換し、ふたりは大日本帝国パンの工場に来ていました。
けんたくん「うわー、ここが大日本帝国パンの工場か」
デジャブー「そうだよ。ここで色々なひとたちがおいしいパンをつくるために働いているんだ」
田中さん「けんたくん、デジャブー、こんにちは」
けんたくん「こんにちはー」
デジャブー「こんにちは。じゃあ今日は田中さんに工場の中を案内してもらおう」
けんたくん「よろしくおねがいしまーす」
工場の色々な場所を見学し、いよいよ例のシールを貼る場所まで来ました。
田中さん「このシールにはね、パンがどんな材料でつくられているかとか、どこでだれがつくったのかということが書いてあるんだ。それから、いつまでおいしく食べられるかということとかもね」
けんたくん「なるほどー、そうなんだ」
田中さん「材料によってはアレルギーを起こしてしまう人もいるからね。パンを安心して食べてもらうためにもこのラベルは欠かせないんだよ」
けんたくん「へー!」
デジャブー「けんたくん、これでパンなどの食品に貼られているシールの意味がわかったね。食の安全は現代では大きな社会問題になっていて、多くの企業がそのことに真剣に取り組んでいるんだ」
けんたくん「うん! ぼくわかったよ」
デジャブー「田中さん、今日はありがとうございました」
けんたくん「ありがとうございました」
田中さん「デジャブー、あの言いにくいんだけど、こんど来るときはもう少し早い時間に頼むよ。残ってもらった従業員たちの残業代とかも馬鹿にならないし」
デジャブー「……ほんと、すみませんでした」
田中さんとの間に気まずい雰囲気を残しつつも、場面が転換し、二人は部屋に戻りました。
デジャブー「じゃあ、けんたくん。今日見てきたことをざっくりと大きな紙に書いてまとめてみようか」
けんたくん「うん! あ、でもお母さんが呼んでるみたい。先にご飯食べてきてもいいかな?」
デジャブー「あ、ああ。そうだったね。行っておいで行っておいで。じゃあその間にあるていどまとめておくよ」
けんたくん「ごめんねデジャブー。どうにかお母さんの目を盗んで、何かおかずを持ってくるから」
デジャブー「気にしなくていいよ。子どもがそんなこと気にするもんじゃないよ。いいから行っておいで」
とは言いつつも、デジャブーの心は何やら複雑な感情にかき乱され、なみだで文字も滲んでしまい、仕事は一向に捗りませんでした。けんたくんが持ってきてくれたハンバーグの切れ端を見ても、そのやさしさをうれしくは感じながらも、さらになみだが後から後から溢れ出てくるのでした。
銀河鉄道(特急)
何もかもいやになったので、銀河鉄道に乗ることにする。
鉄道を初めて空想し、その誕生に多大な貢献をした者に対して敬意を表するため、銀河鉄道がここを通り道としているのは私にとってもかなり幸運なことだ。
通過はするが停車するわけではない。光よりも速く行き過ぎる汽車に私は飛び乗らなくてはならない。私は一緒に銀河鉄道に乗りたいという友人と共に、三角標の尖端に立って、汽車がやってくるのをじりじりと待つ。
ついにその時が来る。銀河鉄道が鳴らす汽笛や蒸気機関の駆動する音などは遥かに遅れてやってくるので、それを聞くころには既に何もかも手遅れになってしまっているはずだ。
私たちは急いで汽車へと駆け出す。
無事に最後尾の手すりに触れることができ、私は銀河鉄道の乗客となった。友人は転んでしまい、少し恨めしげな目で私を見送っている。彼に手を振って別れを告げる間もなく、友人は小さな点になって、次いで視界を埋め尽くした、青い海が丸く表面張力を発揮しているその星も、いそいそと粒のような点に変わって消える。
客車の窓から見ると、汽車のあまりの速さのため、星はすべて流れるような線でしかない。
実は銀河鉄道はどこにも停車しない。白鳥も鷲もさそりも、瞬く間に遠い彼方に置き去りにしてしまう。
汽車から転がり落ちるようにして、三角標で頭を強く打って下車すると、まだ待っていてくれた友人が介抱してくれる。私がひどく晴れやかな顔をしていると何度も不満を漏らすように言う。それを和らげてやるために私は、銀河鉄道に乗っている間中、無限に連結されている客車の中を、恐ろしい姿をした車掌らから、無断乗車の罪によって追い回されていたことを話す。それにより幾度も命を落としそうになったこと、はからずも彼らのうちの数名の命を奪う結果になってしまったこと、さらには永久に全銀河における指名手配犯としてリストに上げてやる、という彼らの一人の言葉が耳に入ってきたことなどを話す。
私に今後こころの安らぐ暇などないと知って、友人の気持ちは少しおさまったようだった。しかしそれでもやはり、私の顔が晴れやかなのが羨ましいと彼は言う。
ほんとうにこの世の何もかも全ていやになって、もう明日から続く日々なんかどうでもいいよという気持ちになった時、銀河鉄道に自分の身を預けるということは、素晴らしく良い思いつきであり、そしておそらく唯一の解決法でもあるのだ。
旅立ち
僕が生まれたのはどうやらこの川の上流のどこからしい。そのことは物心つくころには、近所の者のウワサなどがまだ幼い僕の耳にも容赦なく入り込んできて、何となくわかっていた。
何かの植物の葉で作られた小船に乗せられて、川の澱みに引っかかって浮かんでいた赤ん坊の僕を、当時子供ができないことに悩んでいた両親が見つけ、その「授かり物」を吾が子として育てることにしたのだと言う。
僕の出生について近在の人々はとやかくと、陰日なたに言い合っていたが、僕はそんなことはあまり気に留めなかった。両親は僕を実の子供以上に大切に養ってくれた。
僕にとっての弟、両親の間に実の子が生まれてからも、父母からの僕への愛情は変わらなかった。両親はあくまで僕を、家の貧しいながらもわずかばかりにある田畑や財産を受け継ぐ長子として育てていくつもりだった。僕も弟を何の拘りもなく可愛がった。
それでも父母の思惑などには関係なく、親戚などは何かと僕よりも実子である弟のほうを重んじた。僕の処遇について両親や弟に厳しい当てこすりを言うこともしばしばあった。親戚たちはそういう場合、まるで僕がその場にいないかのように、まるで僕が同席しているかいないかなど全く意に介していないみたいにして話すのだった。これは弟が生まれて以降、近在の者が僕に示す態度とも同様のものだった。僕はどこにいっても問題にされなかった。ほとんど幽霊同然に扱われていた。生まれつき僕のどこかに、はがれないようにきっちりと糊付けでもされていたものだと自分では思っている、人に馴染まない、傍観者じみた性質もそれを助長したらしかった。そういう場面に出会った時、父母や幼い弟までが、何やら自分たちの誇りかなにかでも傷つけられたみたいに、怒ったような、悲しむような顔をするのだった。
僕は一人でいることが多くなった。そんな僕の相手をしようという者は弟くらいしかなかった。弟と一緒にいる時以外は、ぼんやりと何の考えもなしに川の様子を眺めていた。川面は冷たく凝り固まっていて、日が入り込むことも許さない。
この川の上流に僕の生まれた場所があるのなら、そこに行ってみたい。ほんとうの両親がいるのなら会ってみたい。そういう考えが、僕の頭に囁きのように吹き込んでくることもあった。しかし、そうしたところで何にもならないだろうことは充分にわかっていた。
たまに父母と弟が三人で親しく話しこんでいるところに、外から帰ってきた拍子にでも出くわすと、やはり何の心もなく、それに長いこと見入ってしまう。そして何となくこの土地から早く出なくてはという気持ちになってくるのだった。
そういう考えがしだいに昂じて、近くに戦争が始まったのを良い機会に僕は家を出ることにした。兵隊になるか、商いをするかはわからないが、どうにか身を立てて一人でやっていこうと考えた。両親はいつかこういう日がやってくることを察していたようで、浮かない表情をしながらも、数日の間に手早く支度を調えてくれた。
出立の日、弟はかなりの距離を僕に付き添って歩き、「ほんとに行くの?」とか「帰ってくるよね?」などという言葉を繰り返した。「もちろん帰ってくるさ」自然に口を付いて出る心無い言葉を返しつつ、僕は決してそうはならないだろうと考えていた。
このわだかまった、ひねくれた気持ちがなくなることはないと思う。例えば、持っている資質から言って僕自身そういうことになるとは全く考えてはいないが、この戦争で幸運にも大変な働きをすることができ、英雄と呼ばれるようになろうと、どんな財産を作って故郷に凱旋することができる身分になろうとも、そんなことには関係なく僕という人間はいつまでもこのままだろう。そんなことで無理やりに自分の居場所を繕ってみても、そこで安穏と暮らしていけそうにはない、そんな簡単な話ではないと思う。
弟がたとえいなかったとしても、僕がここにずっと留まっているなんてことは最初からできないことだったのかも知れない。この旅立ちは予め決まっていたように思う。そしてもし、長い月日を隔てた後、何かの誤謬のように、僕がこの土地に帰ってくるようなことがあり得たとしても、その場合帰ってきた男は決して、この僕と同じ人間ではないだろう。
童話
1
「どうしておばあちゃんのお口はそんなに大きいの?」
おばあさんは何だか急に切なくなって枕に顔を伏せました。まだ幼いとはいえ、なんという情けのないことを言う子だろう、と思いました。年端もいかない頃からのつらい記憶が胸に去来します。君枝さんはいったいどういう教育をしているのか、人の見た目をあげつらってそんな風に言わせるなんて。
「おばあちゃん、泣いてるの?」孫娘は訳のわからないようすです。「ごめんなさい。だってほんとに大きいから、わたし……」
「今日はもうお帰りよ」ふたりの様子を見かね、たまたま遊びに寄っていた近所の狼が取り成して言います。「この人、最近すっかり気難しくなっちゃって」
「おばあちゃん、また来るからね」孫娘は狼に土産のお菓子を持たされて部屋を出ていきました。
「可愛いお孫さんじゃないか」扉を見つめながら狼が言います。
「そりゃ知ってますよ。私のちっちゃい頃にそっくりな、愛らしい大きなお口をした孫だもの」おばあさんはまだしばらくは気持ちの落ち着かない様子です。
狼は気落ちした老婆のために山鳥でも獲ってきてご馳走してあげようかと腰を上げました。
2
「どうか一晩、宿を所望できないでしょうか」遠慮がちに若者が言います。
お婆さんは洗濯の手を止め、「何のお持て成しもできないあばら家の、夫と私、侘びしい老人のふたり住まいですが、それでもよろしければどうぞ旅の方」と、快く承諾しました。
「ほんとうに、たいした御持て成しもできませんで」若者の膳に、質素な夕食が用意されました。
若者はぽつねんとして、それを見つめながら口を開きます。
「唐突ですが、私は桃から産まれました。思えば後ろ暗い境遇の引け目からか、少しでも世間の役に立とうと思い、人外の仲間を引き連れ、鬼退治に出向いたこともありました。しかしどんなに功を成しても、財宝を得ても、ほんとうの人間としての喜びと言うものにはついぞ無縁だったように感じます。今こうしておふたりの住まいにお邪魔になり、ご接待をいただいていると、はじめて人の世に受け入れられたような、自分の帰るべき場所に帰ってきたような、そんな思いがしてきて不思議です」
「子供とてなく、余生に何の楽しみも望みもない憐れな老人のふたり暮らし、あなた様さえ良ければ、もったいなくも私どもをご自分の父母、このあばら家も我が家とお思いになり、いつまでもお過ごしください」
3
残ったお札は後一枚。のっぴきならない状況であったとはいえ、貴重なお札を危地からの脱出などというつまらないことに使ってしまったことが、小坊主さんには大いに悔やまれました。
「ああもう! 他にもっとお願いしたいことがあったのに!」
まだ姿は見えませんが、後ろからは山姥の叫ぶ声が聞こえてきます。
「この一枚だけは、どうしたって使わずにすましてやる」
小坊主さんは一生懸命に知恵を絞ります。
4
「うむ、なかなか良い味の化け物じゃった」和尚が笑みを浮かべて言います。「この味を知ってしまっては当たり前のものではもう満足が利かぬ。また頼むぞ」
何でも願いを叶えてくれる札を報酬に、この寺へ魑魅魍魎妖怪変化の類をおびき寄せる仕事を仰せつかっている小坊主さんでしたが、ふと心が欲得を離れ平坦な気持ちになるような時があると、どんな異形の化け物たちよりも和尚や自分のような人間たちのほうがよほど恐ろしいものなのではないかな、という考えがいつも頭をもたげてくるのでした。
5
「ずっと見てたんですか? 今までわたしが、どれだけ……」
魔法使いは申し開きも言い訳もできない気持ちで黙って聞いていました。
「無茶なことを言ってるのは自分でわかってます。せっかく来てくれたのに。でもほんとうにつらいことがたくさんありすぎて……」
シンデレラは泣いて話して、泣いては話して……、とうとうそのまま眠ってしまいました。魔法使いは彼女を寝室に移して、考えに耽りました。どうにかしてこの正直な娘をほんとうに幸せにしてあげないと。
遠くお城からは舞踏会の喧騒がかすかに響いてきます。
大時計も、もうすぐ十二時を告げるでしょう。
かさじぞう
年の暮れも押し迫ったころ、おじいさんが町まで笠を売りに出かけた、その帰り道のことでした。
道端に6~7体のお地蔵様が、非道い吹雪の中、すっかり雪をかぶって立っていました。
「さぞ難儀でしょう。どれ、売れ残りで申し訳ないが」
おじいさんはまず、お地蔵さまの頭や肩に乗った雪を払い落としました。
それから持っていた笠をかぶせてあげようと思ったのですが、あまり売れ行きが良くなかったとはいえ、
笠は5~6個しか残っておらず、6~7体のお地蔵さまにかぶせるにはひとつ足りません。
「家はもうそこだ。お地蔵さまにはすまないが、わしのお下がりで我慢していただこう」
おじいさんは自分の頭に乗せていた笠をとり、お地蔵さまにかぶせました。
それから三日か四日くらい経ったある日のことでした。
戸の外でする物音に、おじいさんは目を覚ましました。
無意識に時計に目をやり、アナログの針がまだ斜め右下辺りを指しているのをぼんやりと確認しました。
「こんな朝早くに誰だろう」とおじいさんは考えました。
おじいさんは、まだ眠っているおばあさんを起こさぬようにそっと床を抜け出しました。
戸を開けて外の様子を見てみると、家の前方3メートルの地点を中心に、半径1.3メートルの円を描いて、
その円の面積いっぱいに、たくさん(21種計207個、詳細別表A)の食べ物が置いてありました。
円の中心点の、家の戸の中央に対する角度はきっかり90度でした。
そしてその円を取り巻くように、6~7人のものだと思われる小さな足跡が無数(詳細数及び分布別表B)に残っていたのです。
足跡の正確なサイズを計測して、おじいさんはきっとあのお地蔵さまたちがお礼をしに来てくれたのだろうと考えました。
「ありがたい、これで無事に正月が迎えられる」
実際のところ、その日にはもう元日から幾日かが過ぎていたのですが、
おじいさんとおばあさんは正確な日付を知らなかったので、その日を勝手に元日と決め、
それからしばらく楽しいお正月を過ごしました。
以後、そんな奇跡のような幸運に巡り合うことはなかったものの、
おじいさんとおばあさんは、自分たちが幸せかどうかなどということはあまり気にせずに、
いつまでもいつまでも、ふたりで慎ましく暮らしました。
スリム童話