ぼくを、わすれないで

(ルル、いつから、ぼくを、わたしにして、あのこを、ふたりに、した)

 晴れている日は、ゆううつだった。
 ふたりになった、あのこたちが、ときどき、きまぐれに、わたしになったぼくのところに、遊びにやってきた。アップルパイを持って、やってきて、ぼくだった頃に読んだ本が、ずらりと並ぶ本棚の前にしゃがみ、絵本を読んでいた。日がな一日、読んでいるものだから、ぼくは、あのこたちが持ってきたアップルパイを、ちまちま食べながら、テレビを観たり、パソコンで動画を観たり、うたたねをしたり、していた。
 水族館のことは、よくおぼえている。
 まだ、ぼくが、わたしではなく、ぼくで、ルルも、まだ、ぼくのなかだけの、ルルだった。
 すいそうのいろが、海よりも、空に近かったことが、印象的だった。ミュージアムで、くじらのぬいぐるみを買って、そういえば、くじらは、いなかったな、と思った。いっしょにいた、きみが、アンモナイトの化石を買っていて、そういえば、アンモナイトもいなかったな、と思った。その頃の、きみは、いまのきみとは、くらべものにならないくらい、おとなしいひとで、ぼそぼそとちいさな声でしゃべったし、笑ったときも顔を見られないよう、うつむいて笑っていた。黒い服しか持っておらず、まいにち黒い服を着ていて、ぼくは、おしゃれだと思っていたけれど、クラスの子たちは、まいにちお葬式みたいと言って、きみに近寄りもしなかった。
 おかあさんと、おりあいがわるいという話は、なんとなく、みんなの耳に入っていて、けれど、きみが、そのことについて黙っているから、ぼくも、なにもきかなかった。いまのきみは、あかるくて、はつらつとしていて、あの頃のきみから、なにか、こう、重たくて、じめじめしたものが、抜け落ちた感じで、げんきにすごしているようで、よかったと思う。街ですれちがっても、もう、きみは、ぼくのこと、まるで、ぜんぜん、わからないだろうけれど。
 だって、ぼくは、わたしに、なった。
 あの、水族館での、こと。ミュージアムで、ぼくは、くじらのぬいぐるみを、きみは、アンモナイトの化石を、買って、ふたりで、バスのなかで、それをじっと、眺めていた日の、ぼくは、もう、いないのだ。正確には、いて、わたしになった、ぼくのなかには、いて、きみたちがみている世界には、いない、ということ。けれど、ルルのせいにすると、ルルは、きっと、怒るので、ルルのせいには、しない。ルルは、ぼくを、わたしにして、あのこを、ふたりにしてから、すっかり、その存在を、消してしまった。まるで、さいしょから、いなかったみたいに、跡形もなく、ルルは、いなくなった。
「「ねぇ、この本、借りていっていい?」」
 部屋のなかに、夕陽が射す頃、ぼく(わたし)の本棚から、各々選んだ本を抱えて、あのこたちは、そう言うのだった。
 ひとりめのあのこは、しあわせな結末の本を、ふたりめのあのこは、かなしい結末の本を、好んだ。もともとは、ひとりだった、あのこの、たとえば、安直だけれど、明るい面と、暗い面、表と裏、陰と陽、的なものが、分離して、ふたりになったのかなと想像することも、あった。ぼくのなかにいたルルだが、ルルの思考が、ぼくには、ぜんぜん、わからなかった。結局、わからずじまいだった。けれど、ルルが、ずっと、ぼくのなかに存在していたとしても、ルルのことがわかるようになるかといえば、まるで、一切、自信がないのだった。
 あのこは、ふたりになっても変わらず、おいしいアップルパイをつくる。
 夜になると、かろうじて世界と繋がっている、ぼくの意識は、途切れる。わたし、が、ぬっと顔を出し、眠る、ぼくの、頬を、やんわりと、つねる。
 くじらのぬいぐるみは、おしいれのなかに、きっと、いる。

ぼくを、わすれないで

ぼくを、わすれないで

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-16

CC BY-NC-ND
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