チュウカドン

それは
私が小学生の頃

近所に住む
妹的存在
四歳年下の葉子を連れ

地元では都会と呼ばれる
駅二つ向こうの街へ映画を観に行きました。

私は大人ぶり
映画を楽しみにしている葉子と手を繋ぎ

その実は
とても不安を抱えていました。

もし
葉子が迷子にでもなり
拐われたりしてしまったら
全て私の責任

連れてくるのではなかった。

なぜ
葉子のお願いなど聞いてしまったのか。

葉子は滅多に来れない都会の様子に
キョロキョロして
すぐ注意を引かれてしまい
危なっかしい事この上ない。

それでも
とりあえず目的の映画は見終わり
あとは
食事でもして帰ろうかと。

あの頃は
この街に来たら
食事と映画は私的にワンセットだったので。

多くの同級生や先輩達が
そうしてきた伝統のようなものです。

━━━葉子、何が食べたい?

『わたしね!ラーメンをひとつぜんぶ!!』

私もこの様子を何度か見た事がありますが
まだ幼い葉子は
お店に頼み小さなお碗を貰い
いつも親から分け与えられた
ミニラーメンを
食べていたのですよね。

なんとなく
全部たべたい、という
気持ちも解る気がしましたし

まあ

残した所で怒りはしまい。

注意もしまい。

そう
考え

駅ビルに入っている
中華屋さんへ。

ここは
あの当時では
それなりに華がありながら

それでいて
リーズナブル

私もそれまでに
何度か入った事もありますし
無難かな、と思いまして。

ああ!
そういえば
少し話は横道に入りますが

あの頃
この手の中華屋さんには
ハレのメニューとして

【鯉の丸揚げ甘酢餡掛け】

と、いうメニューがよく
ありませんでしたか?

最近あれ
ほとんど見掛けませんね。

これって
ひょっとして
私の地元だけの事なのでしょうか?

はい、
話を戻します。

今日は初めての葉子映画デビュー記念日であるし
ここは
思いきって贅沢に。

店員さん
『ご注文は?』


━━ チャーシュー麺と・・・春巻きを
ひとつづつお願いします。

店員さん
『はい、チャーシュー麺と春巻きで!』

そして
やがて運ばれてきた
そのふたつを葉子の前に。

私は水だけ。


葉子は不思議そうにも思わず
夢中で食べていました。



良いのです。

葉子が食べきれる筈もない。

残したのを
私が食べれば良いこと。

すると
突然

オーダーさえしていない
【中華丼】と【かに玉】が
運ばれて来たのです。

なにこれ

頼んでないですけど・・

そう
店員さんに伝えると

テーブルふたつくらい離れた席にいる
見知らぬお爺さんが
静かに手を振りながら

『お姉ちゃんも食べなさい』

そう無表情で話し掛けてきたのです。

いま、思えば
まるで
サ◯キとメイ…

いや、
もっと貧相グレード上級の

ほた○の墓状態の姉妹のように
見えていたのでしょうか。

いえ、私は兄ではないですけど。

たしかに
あの当時の葉子はセッちゃんと少し似ていた。

妹に食べさせる為に
我慢する姉のように見えていたのかも。

だが
当時の私もまた
幼く
そんな年寄りの憐憫の情など
知る由もない。

私は思いました。



人拐(ひとさら)い】だ、と。


このままでは
心配していた葉子どころか
私まで拐われてしまう。

老人
『子供が遠慮するのではない!食べなさい!』

葉子
『玉子焼き!好きい━━♪』


━━━葉子っ!ダメッ!!

そう
葉子がのばした箸をべちりと叩き

ご老人に

━━━申し訳ないのですが
見知らぬ方からご馳走になるわけには!

ここで
食べようものなら
その(かた)に連れて行かれかねない、

私と葉子は
かに玉&中華丼程度に替えるほど
安くはないのです。

しかし

中華丼はともかく
たしかに
かに玉は高いメニュー

それは
この店で
鯉の丸揚げを大将とすれば
次鋒くらいの実力者。

子供が気楽に頼めるメニューではない。

しかし
ここで
葉子が意外にも
チャーシュー麺と春巻きのほぼすべてを
完食してしまったのです。

なんという
計算外

私はどうする。

目の前に並べられた
中華丼とかに玉を無視し

あらたにオーダーするのか?

それとも
葉子が半分ほど残した
ラーメンスープのみを啜るのか?

老人
『お姉ちゃん!食べなさい!』

もう
私はどうして良いか判らなくなってしまい

━━━それでは中華丼だけご馳走になります。

葉子は

じゃ、わたしもぉ♪
とばかりに
かに玉に箸をのばそうとする

まだ
食うのか!!

こんなに小さいのに!

なんで?!

しかし
私は中華丼を食べながらも
必死で食べようとする
葉子の箸をブロックして
食べさせないようにしていました。

最悪
中華丼を食べたのは私だけだし
かに玉を残しておけば
人拐いによるターゲットは私だけで済む

幼い葉子は守れるし
何の負い目もない。

それに
中華丼くらいなら

『食べた分はっ?オウっ姉ちゃんよう?!』

そんな風に後で脅されたとしても
楽勝でカバーできる予算がある。

ただ
かに玉となるとヤバいかもしれない。

そんなこんなで
カニ玉には一切手をつけず

這々(ほうほう)(てい)で店を後にしました。

正直
あのとき
お爺さんにちゃんとお礼を言えたのか

そもそも
払いをどうしたのかさえ
よく覚えていません。

よく覚えているのは

かに玉を食べそこなった葉子が
繋ごうとする私の手を振り払い

電柱の影などに
拗ねて隠れようとして

なかなか帰れなかったこと。

姉の心
妹知らず

と、まあ
そんな事を思いだしながら

先ほどまで
某店にて中華丼を食べていました。

地味に感じるメニューかもしれませんが
やはり
しみじみ美味しい。

チュウカドン

今回はかに玉、いえ…芙蓉蟹の代わりに
ハーフ餃子(3個)も付けてみました。

チュウカドン

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-15

Copyrighted
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