ライフゲージ
高層ビルが視界をさえぎり、複雑に道が分岐する都心はあたかもダンジョンのようである。
そんな都会というダンジョンの一角に回復ポイントのように人々を癒す場所が存在していた。
そこは喫茶店「ポション」。マスターが1人で切り盛りする小さな喫茶店。コーヒーの淹れ方にはどこよりもこだわりを持っていた。
そして、マスターには特別な機能があるのだった。
「いらっしゃい」
鈴が鳴りながら開いた扉から4人の男女が現れた。それぞれスーツを着た姿から企業に勤める会社員だろう。4人のパーティーは皆、疲れていた。
どうして分かるのかって?
それがマスターが持つ機能の1つ、ライフゲージが見えるのだ。
つまり一人一人の頭上に黄色い横棒のライフゲージが浮かぶのだ。
「ご注文は」
水を置きながら優しくマスターは聞いた。
4人のライフゲージは消耗していて半分以下まで赤色に変わっている。
なかでも一番若そうな男は8割近く赤色が占めている。
「いい香りだ」
パーティーでいえばリーダーだろうか、勇者のように凛々しい男性が店内を漂うコーヒーの香りに反応して答えた。
「うちのコーヒーはオススメですよ」
マスターは優しい口調で笑みを浮かべる。
「それにしましょう」
腕を突き上げる男は、さしずめ突進する戦士か。
若い男と紅一点の女性もうなづいた。リーダーの勇者が、
「じゃあ、それで」
指を4本示した。
「かしこまりました」
マスターがカウンターに戻りながら思っていた。パーティーでいえば、若い男は僧侶で女性は魔法使いかな、と。
真剣な表情でマスターがコーヒーを淹れ始めれば、4人のパーティーは営業という攻略法の打ち合わせをしている。
「当店特製コーヒーです」
ゆらゆら煙るコーヒーがテーブルに並べられた。4人とも話に夢中で、若い男が短く、どうも、と言ってくれただけだ。
「熱いうちにどうぞ」
軽くお辞儀をしたマスターはカウンターに戻った。やりかけだった洗った食器を拭きながら4人のライフゲージを見守っている。
リーダーの勇者がしゃべりすぎたのか、咳払いをして、思い出したようにコーヒーを一口すすった。
つられて3人もコーヒーを口にする。
『うまいっ』
店内に4人の声が響く。
マスターも彼らに見えないように口元を緩ませた。
4人のライフゲージは赤色がみるみる黄色へと変わっていく。
そうなのだ。マスターが持つ機能はもう一つあった。
マスターが淹れたコーヒーを飲めばライフゲージが回復するのだ。
「生き返るう」
若い僧侶が緩んだ表情で声をあげた。すぐに残りのコーヒーを熱そうに飲み干した。次々に周りも飲み干す勢いでカップを傾けていた。
ライフゲージは4人とも全て黄色に回復した。
飲み干し終わった勇者が立ち上がる。
「さあ、A社に乗り込んでバトル、いやいやプレゼンを決めて経験値、じゃなくて契約を得るぞ!」
わざとらしくちょっと寒いセリフが勇者から出てくる。
「おー」
小さい返事をして戦士と若い僧侶も立ち上がる。遅れて魔法使いの女性も立ち上がると、
「ねえホントにA社ばかりに片寄った営業は私たちのレベルアップにつながるの?」
溜め込んだ魔力が限界を超えて溢れ出すように不満を漏らした。
一度振り向いたリーダーの勇者だったがかまわず伝票をマスターに手渡した。代わりに戦士が声をかけた。
「大丈夫。俺たちは強敵のボス戦でも勝つように、どんなに難解なプロジェクトも勝ち取ってきただろう」
熱く語る戦士に、首を振って魔法使いの女性は応えた。
「もう限界」
さらに彼女は続けて言う。
「私この会社辞めるの。B社に転職するの」
「えっ」
釣りを受け取ろうとしたリーダーの勇者の手が止まる。
マスターはまさかの仲間割れにお釣りが渡せず、ただ固まっている。
「よりによってライバルのB社に就職だなんて。悪魔の契約だ」
声を震わすのは若い僧侶だ。
「何を言われても決定なの」
『うおーっ』
店内に断末魔のような声が響いた。同時に男たちのライフゲージがみるみる赤色に変わっていく。
「あの・・・・・・お釣り」
忘れられたマスターが気まずそうに声をかけた。
せっかく回復したライフゲージはすでにダメージMAXだ。
そしてマスターは思った。魔法使いは魔女に転職だと。
ライフゲージ