スコップランド

らっきょ太郎

「ねえ。新しいタイプのスコップが新登場したって、放課後に見に行かない? あたし、開店したばかりのお店知っているんだ」
 セーラー服の女の子は笑って言った。髪の毛はカールしてリボンが付いていた。右手にスクール鞄を持ち左手にはピンク色のスコップを持っていた。
「最近、買ったばかりじゃない」
 私は答えた。
「だってこのピンク色のスコップ、飽きたんだもん。それに新作は一回掬うだけで五キロも掬えるんだよ」
「ばっかみたい。そんなスコップいらないじゃん。何でみんな持ってるのよ」
「ははーん。なに、年寄みたいな事を言ってるの? 時代よ、時代。今の時代はスコップなしでは生きていけないの」
 女の子の言葉に私は「ふーん」とだけ答えた。
「なによ? 見に行かないわけ?」
「そうよ。パスよパス」
「つまんないし! それなら、別の人を誘っていくからね」
「どうぞ~。それに私、これから委員の仕事があるの。それでこれからグランドに行くわ」
 私の言葉に女の子はスコップをぶんぶんと振り回して「いいのがあっても教えないんだから!」と言ってズカズカと校門へと向かって行った。
 私は女の子が去る姿を数秒見た後にグランドへと向かった。グランドには黒い日差し傘を持ったカエル先生がいた。日差しは確かに強かった。でも汗は一滴もない。両生類は汗をかかないのか? 私はそう疑問に思いながら「すいません。少し遅れました」と言った。
「非常識だ」
 カエル先生は即答した。
「すいませんでした」
 続いて私も答えた。
「誠意のない声だな」
「謝っているからいいじゃないですか?」
 カエル先生は答えず野球部が使用しているグランドの一部へと向かって歩いた。私もカエル先生の後を追って歩いた。到着した場所はピッチャーが投球するマウンドの上だった。
「ワタシはこのひっくり返した茶碗のようなマウンドが嫌いなんだ」
「知りませんよ。そんな事」
 私はじりじりと照らす日差しをうざいなと思いながら返答した。
「グランドは真っ直ぐで平坦であるべきだ。と思う。そっちの方が美しいと思わないか」
「さあ。考えた事もありませんね。グランドの形を気にしている女学生なんて多分、世界に三人もいませんよ。三人いたとしても、後、五千年後の出来事でしょうね」
「まあいい。とりあえずワタシはお昼の時間、職員室で牛肉ピーマン炒めを食っている野球部の顧問がいやに教育と言うものを語っているのを黙って聞いていた。するとこの顧問、ワタシが最近結成した望遠鏡で星に住むシーラカンスを観察しようの会をバカにしやがったのだ。シーラカンスなんて海とか川とか沼とか泉とか博物館とか水族館に住むヤツでしょ? そんな変な会に部費を回すくらいならウチのグランドのマウンドをもっと高くしてやってくださいよ。そうです。最近の学生は発育がいいせいかすぐに真っすぐになるんです。なんならマウンドの中はコンクリートとか、アスファルトとか、月の石とかで固めて下さいよ。それでね、ワタシはこう思ったんだ。それならマウンドを逆に掘りグランドの中で一番低く下がった場所にしてやろうとな」
「あっそ」
 私は本当にあほらしく思い、深いため息を吐いた。
「あっそ。ではない」
「カエル先生が一人でやれば?」
「君は馬鹿かね? 疲れるだろ」
「そう思うならこんな下らない事を思いつかないで下さい」
「だがね。君は委員なのだ」
「そうですが、私は美化委員です。マウンドを掘る委員なんかに入ったつもりはないですし、そんな委員活動のために此処に来たわけじゃないです」
 私は振り返り帰ろうとした。だがカエル先生は「もしかして君。スコップを持っていないの?」と言った。
「……。持っていないですけど?」
「まさか、持っていないとは。君は本当に女子高生かね?」
「うるさいですね。興味がないだけです」
「ふーん、なら帰っていいよ」
 カエル先生はそういってスコップを口から吐いた。びちゃりと音を立てて赤い土の上に落ちた。緑色のスコップだった。
「カエル先生のくせにスコップ持っているんですか? というより、なんかムカつきました。何ですかその言い方は、まるでスコップを持っていない人は人権がないような口調です」
「気にするな。それにこれは『普通』のスコップだ。最近流行っているスコップじゃない。ただ掘るためだけにあるスコップさ」
 カエル先生は私にこのように言った後、日傘をポイッと放り投げた。続いてざくりとマウンドにスコップを刺して土を掬う。それからまた差し込んでグイと持ち上げて土を掬い上げた。少しずつ、少しずつ土をえぐり出していく。私はカエル先生が放り投げた日傘を持ち上げて自分の頭に影を作った。
「暑くないですか?」
「暑いに決まっているだろ?」
「でも汗はかいていないわ」
「汗だってかく場所を選ぶ」
「偉そうな汗なのね。カエル先生の汗は」
 土は辺りに散っていた。マウンドは食われた後の魚の肉のように黙っている。
「私、初めて見たわ。本来のスコップの使い方。こんなふうに土を掘るんだ」
「感動したかい?」
「ええ。ちっとも」
「それはよかった」
 大きな入道雲がグランドの上をゆっくりと通過した。気温が下がる。それで私は口をゆっくりと動かした。
「ねえ。人の身体に、思いにスコップを突き刺して無理やり掘り出す、あの、近代的なアイテムが私、嫌いなの」
「何故? みんな手っ取り早くて嬉しがっている」
「手っ取り早くないからこそ掘り出した価値があるんじゃないの?」
「さあ? ワタシはカエルだから人間様の意思疎通には良い回答はできないな。カエルは唄うだけだし」
 カエル先生はゲコゲコと言った。
「ダサい声」
「それでもいいんだ」
 私は少し沈黙した。黒い日傘をクルクルと回転させた後に「ねえ。どこまで掘るのよ」と聞いたら、カエル先生は「素敵が見つかるまでかな」とやんわりとした声で答えた。

スコップランド

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  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-09-13

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