国語・魚屋・理科・社会

国語・魚屋・理科・社会

この世で一番怖いもの、それは……

昭和の時代の駄菓子屋さん


この町に、
生まれ育って七年になるかな?

ここは、とある田舎町。
家の近くには商店街がある、
四年に一度の大祭がある時、ここは京の都の祇園祭の様に賑やかになる。
通りのアーケードを越える高さの山車も怪獣が通る様にノソノソゴロゴロズシズシと名物になってる。
商店街の東外れの神社からお神輿も背負って商店街を抜け、西外れの神社まで一緒になって追いかける。
いつかは、あのお神輿を担ぎたいと度々思って見つめてる。
祭り以外はごく普通のどの町にもある商店街。用事があるのは古い文房具店や高くて手が出ないおもちゃ屋か、父親が写真好きなのもあってカメラ屋に同行する時ぐらい。ちょっとしたスーパーとデパートが入ったビルが最近出来てよく連れて行かれるけど、興味は無い。

通りを抜ける商店街の西側の外れにあるバスのロータリー近くには、素通りするだけでも店外が喧しく聞こえる小さなパチンコ屋を左に曲がって裏路地に入る。商店とパチンコ屋の賑やかさが少しずつ消え、ブロック塀や幼馴染のトモコちゃん家の板とトタンだけの壁や牧の木の塀を過ぎて、どこかの社長をしてるらしい小綺麗な大邸宅の番犬に吠えられ早歩きしてさらに進むと、突き当たりのT字路右側に地の神さんが祀られてるお堂がある、その斜め向かいがぼくの家だ。

戦後間も無い時に建てられた、平屋で土間もある古い家、ボロ家とも言う。
少しばかりか、隅から隅まで竿いっぱいに洗濯物を干せる庭もある。
周り近所は近代的な建物ばかりになってしまい陽当たりはまずまずだ。
家には煙突が二つある、今時ぼくん家くらいだろう。薪で沸かすお風呂のと、南にある便所のだ。
ぼくん家では、"お天気煙突"と呼んでいる、理由は簡単。
数時間後、明日、明後日が雨になる前の風呂炊きは薪が湿気で火のまわりが遅いから普段より多く要るし時間もかかる。便所は、だんだんと鼻をつくような匂いでとても臭くなる。どちらも嫌な事だけど、次の日は学校へ行く時に雨降りでなくても傘を持ち長靴で登校する雨予報になってる。
子どもながらに、とても不思議に思ったけど、"自然の法則だ、黙って教えてくれてるんだ有り難く思えよ?"と父親が言っていた、確かに便利でありがたいから"煙突の神さま"とも呼んでいる。

この庭には、他に古井戸がある。

使われなくなってだいぶ経つから汲みあげるレバーは錆び付いてて動かない。だけど、たまに覗き込んで大声を出して共鳴した自分の声を楽しんでる。三メートルくらいの深さで、底面には水が溜まって周りの壁の石は苔だらけ、シダ植物も疎らに生えている。
覗き込むと古臭い水と錆びと苔が混ざって、出来立ての蓬餅の匂いに似ている。夏や冬なんか、ちょっと涼んだり温まりたかったりしたい時も顔を突っ込んで遊んでる。そのお陰で、地上と地面下の温度差は理科の授業で習う前に知っていたし、それもあって好奇心なぼくは理科が得意分野になっていた。

そのぼくが通う小学校は、西に歩いて10分の所にある。
学校の近くには大きな池がある、
それを囲む様に小高い山が連なっている。車道も何本か通ってる、他は殆ど田んぼだらけ。所々に店がポツリと建っている。通学途中には、進学名門高校があるけどぼくには縁が無いと思いながら小学校へ通う。

子供ながらに、
"子どもというものは……"
と、たまに頭に浮かぶ事があるから、これから勉学に興味が湧いたらそっちも見るようにしようと思う。文字と言う人間界の伝達手段を覚え始めてまだ日が浅いし、強要されている教養を身につけることはだいぶ時間がかかりそうだから……
自分らしくマイペースに生きている。

まだまだ嫌々な勉強を教わりに、毎日休みもせず通い続ける事だけで精一杯なのに、明日からは算数の時間に"かけ算"と言う訳がわからない、気が遠くなりそうなものまで学ばないといけないらしい……誰が決めたんだ!
子どもには、他にはやらなければならない事が山ほどあるのに、と思いながら宿題の計算ドリルをやっている。
規則正しい勝手に決めたルールに従って、同じ数字ばかりを繰り返し書き並べてどこが面白いのか?それがぼくの意見だ。
つまらないけど、とっとと終わらせて駄菓子屋さんへ行こう!と問題を解いてゆく。

ぼくが、商店街の一角に新しく出来たデパートとスーパーのビルに興味が無い理由は他に、気持ちの背丈と同じくらいの価値がある駄菓子屋さんがあるからだった。

宿題も早々に済ませると、

「かあちゃんッ!宿題終わったぁー
駄菓子屋行ってくるぅー……お金ッ!」

「あんた、昨日やったばっかじゃん!もーッ、今月はこれでもうやらないかんねぇ!……ハイッ、ほらッ!」

「やったー!ヘヘッ行って来るぅー」

今のぼくが唯一の楽しみである駄菓子屋通い、迷う事無く向かうことにした。家を出て西へ向かう、通学路の慣れた道を途中までを歩くと大通りと交差する。小学校の近くなのに手押しの信号も無い、大丈夫か?
車の通りがまばらなので、チャンスを見極めて渡る。
左に少し歩いて角から三軒目に魚屋さんがあるが、魚を買いに来た訳では無い。
この、魚屋さんのガラスケースの横隣、左の通路らしい軒にエンジ色の小さな暖簾が駄菓子屋さんの入り口だ。

誰に教わった訳でもなく、気が付いてみたら通い続けていた魚屋の駄菓子屋さん。今のぼくの憩いの場所。
この通り沿いにも雑貨屋兼駄菓子屋さんがあるけど、ここのおばちゃんは愛想が無くて好きじゃない。
夏にはアイスの種類が沢山あるからその時くらいだ、あとはたまにカロリー豆の量り売りをしてるから
姉がそれを買いに同行するくらい。
単独では断然魚屋の駄菓子屋さん!

口コミか噂が広がってか放課後が過ぎて下校時間ともなると大勢子どもたちが来るようになった、お陰で繁盛しているのか、最近店先にガチャガチャを置く様になった。そればかりか、週明けの昨日なんて、数当てルーレットの10円ゲームやスーパーカーの王冠が蓋になってるコーラの自販機まで置くようになった。
メインだった魚屋のスペースも半分占領されてしまってる……大丈夫か?
子どもながらにそう思った。

この魚屋の経営や存続はぼくには関係ない、とりあえず今日の獲物を物色しようと暖簾をくぐる……

「こんちわーッおばちゃん!」

隣の魚屋から声がする、

「あ、あーはいよー……
今そっち行くからちと待っててぇー」

待たせる間に、お気に入りのお菓子を確認。新入荷のものを探すことに夢中になる。やがておばちゃんが手拭いで手を拭きながら奥の通路から来た。

"……タッタッタッガラーッ"
「はいはーい、いらっしゃい!」

「おばちゃーん……
何か新しいのあるぅー??」

物色したが、真新しいものが見つからなかったのでおばちゃんに聞いてみた。お気に入りの、厚紙に貼り付けてぶら下がってる入り口の左の壁にある赤い紙袋の甘納豆のお菓子を眺めながら。洋風より和風を信条としていたぼくは今、一番のお気に入りのお菓子だ。これを食べて居ると頭が空っぽになる、甘さと風味が鼻と舌から伝わって脳のてっぺんまで染み渡る。これを口にしている時は、自分自身への唯一のご褒美だ。昔からあるお菓子だろうが、これを考案した人は神様だと思っている。

「あ、あーそうだった。
午前中に届いたお菓子で新しいのが入ってるって配達のお兄さんに言われたんだった、ちと待ってておくれぇ、
今取って来るからー!」

そう言うと、また通路の奥へおばちゃんは消えてった。

"あー……行っちゃったよぉ"

と、思いながらおばちゃんを待ってる間、他のを選ぶ時間にした。
厚紙に貼り付けてぶら下がってる赤い紙袋の甘納豆のお菓子はくじ付きだから、おばちゃんの目の前でしか買えなかった。こういうルールは、子どもにとってとても大事だと思うぼくだった。お金を払って品物と交換する、この当たり前が放課後の社会勉強なのだ。それと不正は許さない!それがぼくの信条だ。
家でテレビを観てバラエティに飽きるとニュース番組を観る。政治家の汚職のニュースが最近多いし、子どもでも悪いことはわかるからとても腹立たしく思う、バレたら言い訳する政治家たち。その真似をするのも皮肉で面白がって遊んでいる、お金を使わない遊びも信条の一つだ。

"タイムイズマネー=時は金なり"

学校で女担任の先生は口酸っぱく言っていたことが身に付いてしまった。
そのお陰で、時間の無駄も考えるようになるし、消費するもので無駄遣いをしないように勿体無いと言う教育も受けている。

駄菓子も子どもの大事な消費だ、
よく考えてから買おう。
今日は取り敢えず、甘納豆のお菓子をおばちゃんが来てから売ってもらい、あとは定番のクッピーラムネとUFOカステラで、いいや……と掌のお金と相談する。
するとおばちゃんが戻って来た。

「あー、待たせてごめんねー
ヨイショッと、この箱の中に新製品があるよ!見てみるかい?!」

「あ、うん!見せて見せてーッ」

ぼくは喜んで箱を覗き込む、
待った甲斐があったなぁヘヘッ

箱の中には二つ、二種類のお菓子がそれぞれまとめて入っていた。
商品名はカタカナと思われる、
はっきり見えないのもあってかしばらくしておばちゃんがそれぞれ箱から出してくれた。

「あー、ベビースターラーメンだ!
それと……?何とかバット?!……

あ、チョコ、バットか!」

一つは、インスタントラーメンは食べたくないけどパリパリ食感を味わいたかった時に手軽に食べられるお馴染みのスナック菓子だった。
もう一つもお馴染みのバットの様に長いチョコをまぶしたスナック菓子……

ん、あれ?どれも見たことあるし食べたことがあるし、新作じゃないじゃん!疑問に思っておばちゃんに聞いてみる、

「おばちゃーん?新作ってどれぇー
みんな知ってるのだよぉ!」

「あーそうだねぇーおかしいねー、
ん?あー、まだ下に何かあるよー?
どれ、これはなんだろうねぇー……」

ゴソゴソと、ベビースターラーメンとチョコバットの箱を出して、底にあった梱包材の雑紙に包まれたものを出して紙を開けてみた。
文庫本くらいの厚さと大きさで、重そうにおばちゃんが持っている。
ガサ、ガサガサーッ

「おやー?これはーお菓子かい?!」

おばちゃんが、怪しそうなパッケージを見て言う。ぼくもおばちゃんの手にしたそれを覗き込むと、

"おばけカードけむり"

と書いてある……は?おばけ?!
おばけって食べられたっけ???
そう思うとおばちゃんが言う、

「あー、これはお菓子じゃないねぇ
食べられないおもちゃだよー
遊び道具かな?どうやって遊ぶんだろうねぇー?!?!」

ぼくは直ぐに答えた。

「あ、おばちゃん。一つもらうから今ここでやってみるよ!」

「あーそれがいいねぇハイ、これ。」

「うん、おばちゃんこれいくらぁ?」

「あ、そうそう新製品だからー
んー……箱に書いてあるかなぁ?
あ、あったあった、20円だねぇ」

「うん、じゃぁこれ50円!」

「はいはい、じゃお釣りはーとー
30円ねぇーハーイまいどありぃー!」

他に買おうとして手に取っていたお菓子を置いた。買うのを楽しみにしていた甘納豆の存在も今は頭から消えてる。この怪しそうなパッケージの怪しいおもちゃの実演が始まった。

売主のおばちゃんにも未知の物らしい、二人でワクワクドキドキしながら紙製の袋とじを開封する。

中から出てきた物は、ただのカードだった。表面にはオドロオドロしい妖怪かおばけが印刷されていて、その裏面には怪しいものが塗りたくってある、その上にセロファンが貼られている。

恐る恐るセロファンを剥がす、
何かの糊の様にベトベトしてる様だ。
おばちゃんが、パッケージ裏面に遊び方が書いてあると読んで説明してくれる、どうやら人差し指と親指に着けてピタピタと着けたり離したりするらしい。触った感触はセロファンを剥がした時のネバネバ感はなく意外と見た目よりサラサラしていた。
遊び方の説明通りやってみると……

モヤ〜 っと、けむりの様なものが出た。驚いた瞬間に、

〈けむり=火=熱い=危険!〉

と、公式が出てくる。
ハッと思ったが、感覚は熱くはない。けむりは風に流されてモヤ〜ッと入り口を出ていった。

「あ、それ熱くないのかいー?!」

おばちゃんも心配して聞いてきた、

「全然!おばちゃんもやってみなよッ!ほら。」

熱くないのを調子に乗っておばちゃんにも勧める、おばちゃんもやってみて熱くない事を確認する。

「あー、何だか不思議なおもちゃだねぇー、へぇー……今夜お父さんにもやらせてみようかねぇーふふふ。」

おばちゃんは上機嫌だ。

新製品を立証実演したぼくは、気が済んで駄菓子屋のお客に戻り先にキープしておいたお菓子の精算を済ませる。

「ハイ、170円ねぇー
でも、はじめにこのカードのぶんは貰ってあるから150円ねぇーハイ、
ありがとうーまた来てねぇー!」

「うん、おばちゃん、ありがとうー!!」

お菓子を買って目的を達成したぼくも上機嫌になり、おばちゃんにお金を払い紙袋にまとめてくれたお菓子を渡された。

"ん?ちと重いなぁー……
150円分ってこんなに重たいっけ?"

ちと気になったが、新製品を誰よりも早く手に入れ売り手のおばちゃんにまで実演した満足感がいっぱいのまま家へ帰った。帰り際の魚屋さん、もう陽が沈みかかってきたのかガラスケースの蛍光灯と天井からの裸電球が丁度点いた。ぼく以外に後から他の子どもたちもお菓子を求めに駄菓子屋さんへ入っていく。
明日、このカードを学校で実演すれば人気者だ!新し物好きの珍し物好きだからなぁーぼくと同じ子どもたちも。
そんな事を思いながらニヤニヤして帰った。よし、かあちゃんにも見せてやろう!そう考えると足が勝手に持久走の速さになっていた。

「たっだいまーッ!」

"ジャーッ、ガタンッ、トントン……"

かあちゃんは夕飯の支度中だった。

「かあちゃん!
ただいま戻りましたッ!」

「あ、お帰り!長かったねー駄菓子屋さん近くなのに。何を買ってきたのー今日は?」

「かあちゃん、これ見てよー
新作のおもちゃだって!」

ぼくはかあちゃんの前で、さっきの駄菓子屋のおばちゃんにやった様に新製品を実演しようと紙袋から例のカードを出そうとゴソゴソ漁った……
ところが、

……あ、あーーッ!!

ぼくは驚いたのと同時に罪悪感と、この先怒られる事を妄想した。
なんと、駄菓子屋のおばちゃんは
新製品のカードを実演した物以外の残り未開封のこれから売り物にする全てを紙袋に入れていた……
これは、重いわけだ。

ガクーーンッ……

「どうしたのーあんた?
どれ、見せなさい……な、何コレ!?

おばけカードけむり
20円 × 50袋……って?!

これ、あんた
千円もするやないのーッ??
そんな大金持ってるわけないでしょー
あんたがッ!!

ま、まさか万引きしてきたんじゃないでしょぅーねぇー!
ねぇーッ?あんたーッ?!」

かあちゃんのこの言葉で、人生の今までで肩の重力が5倍くらいに感じたくらいに脱力感に襲われる。
この後、激怒してぼくを疑ってるかあちゃんを2時間かけて何遍も説明と詳細の言い訳をして疲労困憊したぼくは、説得し納得したかあちゃんに手を引かれ、もうとっくに閉店している魚屋のシャッターを叩きおばちゃんに謝りに行ったのであった。

翌日の算数の時間のかけ算の初授業は、2の段と5の段は、その日でマスターしてしまった理由をクラスメイトに聞かれても笑ってごまかして放課後までやり過ごしたのであった。
おばけカードけむりは、持っていったが披露する余裕もなかった。その代わりに、2の段と5の段をスーパー小学生並みに暗唱してしまったから目立って良かった。
下校の途中、思い出したかの様にカバンから取り出して、一人でペタペタ遊びながら帰宅した。
この日は、魚屋の駄菓子屋さんへは行かなかった、皆勤賞ならず……残念!



おわり

国語・魚屋・理科・社会

うちのかあちゃんだった。

国語・魚屋・理科・社会

幼心のトラウマは、数字に強くさせる力がある。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • サスペンス
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-13

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