終わりの世界と九つの話

終わりの世界

諸般の事情で世界はあと三日で終焉するということが告げられた。
二日間を人類は徒労とお馴染みの馬鹿騒ぎに費やした。
そして最後の日、人々は安らぎを求めて、それぞれの自宅にこもった。

終末の15分前、どこからか懐かしいメロディーが聞こえてきた。
有名なスコットランドの民謡、日本では『蛍の光』と呼ばれる曲。
それは文字通り、天上から鳴っていた。
人々は音に誘われ、戸外に出て夜空を見上げた。

「終わり良ければ、って言うけど、こういう終わり方でほんと良かったのかも知れないな。
自分の人生も、人類の歴史も、そんなに悪いもんじゃなかったよな」
と、人々は感じた。涙が止まらなかった。

世界は穏やかに終焉を迎えた。
遠い昔に録音されていたものであろう閉幕のアナウンスが流れ始めた。

我輩だけが猫である


「我輩だけが猫である。よって我輩以外の猫どもは皆殺しの目に遭わさなければならぬ。
そうすれば我輩に名前などいらぬではないか。我輩だけが猫であるゆえに」


私がいつまでも名前をつけてやらないことに内心憤るものがあったのだろう。
我が家の飼い猫はそう言い放って出て行くとそれっきり帰ってこなくなった。


しばらくすると目に見えて野良猫の数が減ってきた。
それに関するうわさや憶測をあちこちで聞くようになった。
そして野良猫に限らず、飼い猫の行方不明事件なども増えはじめ、猫の減少は全国へ波及していき、社会的な大問題となった。


「名前くらい、つけてやればよかったな」

もしかすると私は、猫たちの暗黒時代の幕開けに立ち会ってしまったのかも知れない。

ふたつの国


 “二つの国”

 ヘルツシュプルングとラッセルズという隣接する二つの国があり、この二国は古くから敵対関係にあった。
 南北に伸びている二国間の国境は半分近く山脈によって占められている。両国の王城はその山脈の東西に建てられており、距離の遠さと険しさとによって、その間の通行は不能とされている。しかし、上空からでも見ることができれば一目瞭然なのだが、実際には山頂付近に城がひとつあるのみである。
 その城にはヘルツシュプルングとラッセルズの女王が住んでいる。王家には代々女児しか産まれず、その子供は必ず二つの人格を持っていた。そして一方はヘルツシュプルングの、もう一方はラッセルズの女王として育てられるのである。二人の女王は何も知らず、お互いに激しく憎しみ合っている。

 人格は眠りを挟んで入れ代わる。一日が24時間では女王に二日に一日づつ、空白の日が生まれてしまうので、二国は48時間を一日として、同じ日付を二度繰り返す。女王のみは一日を24時間だと考えている。ヘルツシュプルングとラッセルズでは日付が半日(24時間)ずれる。自国の女王が目覚める日を一日の始まりとするためだ。国民たちは便宜上暗黙裡に、最初の24時間を太陽日、残りの24時間を太陰日と呼んでいる。

 二国にはそれぞれの家臣がいて、彼らも24時間で城を入れ代わって使っている。唯一の例外として、城にとどまっているのは、幼い頃から女王の身の回りの世話をしている、女王付きの侍女のみである。
 家臣たちは主に山脈の麓にある城の出張所的な部分で働いている。女王の秘密は一部の重臣たちしか知らされていない。
 彼らは常にカレンダーを気にしており、綿密なスケジュールを組み、こなしていく。ほんの少しのミスが国の破滅を招く。なぜこんなシステムが生まれたのかは謎であり、この綱渡り的なシステムが破綻せず、連綿と受け継がれてきたことは、奇跡を通り過ぎて、もはやひとつの神秘ですらある。


 “細長い国”

 ヘルツシュプルングとラッセルズの隣国に、東西の国から長い間攻め続けられた結果、人が一人通るのがやっとというくらい狭い幅の、細長い国土を持つに至った国がある。その国の住人は国王一人しかおらず、国王は通行税と、他国に出稼ぎに行った国民たちの仕送りで生計を立てている。


 “二つの国・蛇足”

 ヘルツシュプルングとラッセルズの両国間の戦は、基本的に何も知らされていない家臣同士で、手加減抜きに行われているが、重臣同士の打ち合わせ次第で、見事な逆転劇を演出することも可能である。二国のバランスは常に保たれていた。

 父親を戦で失ったラッセルズの少年が女王の誕生祭の半日後、国境を超え、ヘルツシュプルングの王都を目指す。父親からは「お前の母親はヘルツシュプルングにいる」と聞かされていた。
 少年は王都でヘルツシュプルング女王の誕生祭パレードに遭遇する。手を振る女王の顔を見た少年は「同じだ! ラッセルズの女王と同じ顔してる!」と叫ぶ。それを聞きつけた重臣の命で少年は捕縛される。

 女王は戴冠前、二年半ほど行方をくらましていたことがある。二国の者たちは必死に行方を捜したが、すべて徒労に終わった。女王はある時ふらりと城に帰ってきた。失踪中の事は何も憶えてないのだという。女王は失踪の間、第三の人格として暮らしていたのではないか、というのが有力な説である。

 少年の装身具のひとつが王家に代々受け継がれてきた品物であることが分かり、それを聞いた女王付きの侍女が少年との面会を求める。少年の名を聞いた侍女は、この少年は女王の子であり、王家の血を継ぐはじめての男子だと宣言する。侍女は稀に現れる第三の女王から少年の事を聞かされていた。
 少年は女王の死後、二国を統合し、ヘルツシュプルング・ラッセルズの最初の王となる。近隣諸国から届いた祝いの品の中には当然、細長い国の王からのささやかな贈り物も混ざっていた。

氏族


あの少年には名前がありませんでした。

なぜ名前がないのかと言うと、私たちには名前を考え出す能力がないからです。

それでも世界の始まった日に創造主から与えられたという限られた数の名前がありました。人々は名前を氏族ごとに分配し、全員に配るには数が足りませんから、家長や年取ったものに名前を与え、その家族は、誰々の息子、誰々の妻、などと呼んで済ましていました。

時代が進むにつれて、人の数は増えていきますが、新たに名前が考えだされるということはありません。創造主が姿を現すということもありません。名前を巡っての争いが起こるようになりました。

あの少年の父親は隣接する氏族の男に殺され、名前を奪われました。持ち主の命を絶つという方法に頼る以外に、直接に名前を得ることはできません。

少年は父親の敵討ちの許しを得るため、巫女の住まいを訪れたのです。巫女は氏族に分配された、すべての名前を司る存在です。その体の至る所に、氏族の所有する名前が刺青のようにひとりでに浮かび上がり、刻印されています。現在使われている名前は黒く、所有者のいない名前は白く。少年の父親の名前は巫女の体から消えてしまいました。名前が他の氏族に奪われたということです。

私? 私ですか? 私は、次の代の巫女です。今の巫女であるお婆様が亡くなられたら、私がその後を継ぐことになります。

本来名前を巡る争いには巫女の立会いが必要なのですが、お婆様はかなりの高齢なので、少年の敵討ちには私が同行することになりました。仇の男のいる氏族はもともとは私たちの氏族と敵対的というわけではないのですが、近年、名前の不足による小競り合いが絶えません。

私たちは相手氏族の長老や巫女と話し合い、仇の男との決闘の約束を取り付けるつもりでした。もちろん少年を戦わせるわけにはいきませんから、代理人を立てます。どちらが勝っても遺恨は残さず。それが古来からのやり方でした。

しかし、私たちが相手氏族の部落に到着した時、仇の男は既に病で命を落としていました。五歳になる娘が一人いるといいます。名前の所有権は自動的にその娘に移ってしまっていました。通常名前の持ち主が死んだ場合、名前は一旦氏族の巫女の所有に戻り、その後同じ氏族の者に限り、命名が行えるはずなのですが、どういう偶然や意思が作用するのかはわかりませんが、稀にこういった事故が起こるということは巫女であるお婆様から聞き及んでいました。この場合には平和的な唯一の解決法があります。将来ふたりを添わせるのです。そうすれば、名前は私たちの氏族に、少年の血統に帰ってきます。

婚約を取り付け、私たちは帰路に就きました。夜闇が迫ります。その闇から飛び出してきた者に喉を突き刺され、少年の命は絶たれました。禍々しく暗い光を放つ刃物の主は仇の男の妻でした。娘を殺されるとでも思ったのでしょうか。結婚の約束くらいでは安心できなかったのでしょう。私も切りつけられました。女は逃げ、私は負った痛手で気を失い、あなたに助けられたというわけです。

本当にご足労をお掛けします。一度集落に戻り、態勢を整えてから出直そうと思います。悪くすると氏族同士の争いになるかも知れません。

それにしてもあなたは本当に不思議な方ですね。失礼ですけれど、この世界のことを全然ご存じないんですもの。

え…?

もと居たところでは猫を飼っていらっしゃったんですか?

猫にはあなたがご自分でお付けになった名前もある、と?

ご冗談を……。

でも、猫にまで名前があるなんて、なんという贅沢な土地なのでしょうね。

ふるさと


夢の対決が実現!

左足首靭帯断裂による2年半のブランクをものともせず、見事な復活優勝を遂げた、
最強の兎追い師、加野山!
 VS
2863分間無失点記録を今なお更新中、
無敗の小鮒釣り師、加野川!

同郷の二人、勝って故郷に錦(地元商店街での凱旋パレード等)
を飾るのはどっちだ?!

方舟


私はノア。

「もうすぐ大きな洪水で世界沈める……」

という神のお告げを受けたので、神の指示に従って、洪水から逃れるための大きな船を造った。

私は神の言葉を伝道してまわったが、人々は案の定私の話を信用しなかった。

しかし動物たちは本能的に危機を察知しているようで、自ずから次々と私の許を訪れてくる。

私は船に乗せる動物1種類につき2個体(つがい)を決めるための面接を行うことにした。

面接官は私と私の息子たちである。

「では、次の種類の動物たち、入りたまえ」


「失礼します」とそれぞれ丁寧に挨拶しながら、たくさんの兎たちが会場に入ってきた。

そして指示も受けていないのに、きれいな何列か縦隊でならんだ。

ノア「君、全員を代表して目と科を言いたまえ」

兎A「はい。我々は兎目、兎科、兎です」

ノア「よろしい。兎諸君、今回の選考で私たちが兎に何を求めているか、わかるかね?」

会場がどよめいた。

兎B「高く跳べることではないでしょうか。自分はこの中で一番高くジャンプする自信があります!」

兎C「いいえ! 兎の特質はどんな些細な音であろうと察知することのできる、この長い耳です。耳の長さなら私は誰にも負けません!」

兎E「兎の質の良し悪しは目の赤さに表れるというのが私の持論です。私の目を見てください!」

その他、歯の丈夫さ、毛並みの良さ、賢さ、繊細さ、血統(月で餅を搗いている兎の一族、因幡の白兎の子孫と自称するもの多数)などをそれぞれが熱心にアピールした。

ノア「静かに! 君らの言いたいことはわかるが、どれも私たちと神とが求めているものではない」

兎A「では、神が我々に求めているものは、選考基準は何ですか?」

ノア「選考基準は愛らしさだ」

再びどよめく会場内。

ノア「私たちの独断と偏見で君たちの中から、最も愛らしい雌雄を選ばせてもらう」

静まりかえったウサギたちをノアとその息子たちが選別していった。ノアが一羽の雌の前で足を止め、じっくりと観察する。

ノア「君、ちょっと跳ねてみたまえ」

兎F「は、はい」雌の兎が跳ねるのを見て、ノアは満足そうにうなづいた。

ノア「ふむ。健康状態も問題なさそうだな。雌は君で決まりだ。来たまえ」

兎G「待ってください! 彼女は僕のフィアンセです。僕たちは二羽ともが選ばれないのなら一緒に洪水にのまれようと誓い合ったんです」

ノア「残念だが君は不適格だな。(雌の兎に向かって)フィアンセがああ言ってるが君どうするかね?」

兎F「ごめんなさい。うさ吉さん、わたし生きたいの……」

兎G「ウサフィーヌ……! 馬鹿な!」

ノア「罰当たりな言葉を使うのはやめなさい」

その後、雄の兎も決まり、選ばれなかった兎たちは会場を追われた。

ノア「神の御名において言う。この部屋から出て行きたまえ」


面接の終盤には、唯一生き残ったティラノサウルスが船に乗せて欲しいとやってきたりもしたが、趣旨の違い、一体だけでは洪水を逃れても結局絶滅するしかないこと、船のスペースに限りがあることなどを説明し、丁重にお引取りいただいた。


「千年の間、この島への立ち入りを禁ずる」

傲岸不遜で知られた発明家N氏の遺言は100年を経ずに破られた

国がなくなり新たに世界連邦が発足したため不都合な決まり事は破棄された訳だ

N氏の在世中の20年に遺言が守られた97年、あわせて117年間 人が訪れる事のなかった島

視覚的な隠蔽が施され衛星写真はおろか近くに行っても見ることが出来ない「無かった事」になっていた島

そこに私は足を踏み入れた。世界連邦政府お抱え総合化学者チームの一員として。

N氏が発明した反重力装置を搭載した軍用ヘリと、ベテランパイロットの神業的操縦技術をもってしても、島の端、切り立った断崖ぎりぎりに着陸するのが精一杯だった。何者も寄せ付けようとしない、気流と潮流の乱れも、視覚的な隠蔽同様、N氏の防衛システムによるものであることは明らかだった。

 島は見渡す限りガラクタの山である。形も大きさも異なった色々な機械がそこらじゅうにうずたかく積み上げられている。それらのほとんどは見たこともないような物だが、用途不明の機械に混じって、冷蔵庫やその他の家電製品、ショベルカーのような重機類、それに見慣れない型の作業用ロボット等が廃棄されていた。

 軍人の一人が、ガラクタの山の一部をロードローラーか何かで均して作ったような道を見つけた。

 その道を半時間かそこら進んでいくと、遠くに小規模の広場と小屋が見えた。小屋の前にはロボットが一体立っていた。

 ロボットは我々に気付いたようだ。しかし、我々が小屋に到着するまで、こちらに視線を向けるだけで何のアクションも起こさなかった。

「君はなんだ?」と、私。

「わたしはN氏に造られたロボットです」

「それはわかっている。君はここで何をしているんだ?」

「わたしはここで発明をしています」

 なるほどそうか、と我々は納得した。N氏は『発明家』を発明していたのだ。色々な憶測はあったが、この島は『発明家』のための実験場だったのだ。

「なるほどそうか。君は発明家なんだな」

「わたしはN氏に造られた発明家です。ここである物を発明するように命ぜられています」

「なるほど……」

 ある物?我々一同は思わず顔を見合わせた。

「この島はN氏が君という発明家のために用意した実験場ではないのか」

「ある種の意味でそれは正解です」

「N氏の真の意図は、この島で君にある物を発明させることか?」

「そうです」

「その、ある物とは何なんだ?」

「発明です。わたしはこの島で、発明を発明しています」

「発明を発明? どういう意味だ。君は何を言っている?」

「発明とはあなたがたの言う『真理』です。N氏が仰るには、真理とは宇宙を掌に包んでぎゅうぎゅうと押し固めたもの、もしくは、すべての中心にある寒天状の物体からのスプーンでのひとすくいのことを言うそうです」

 ロボットは語り続けた。

「N氏は自分の命の続くうちに発明を発明することはできないと考え、私とこの実験場を作りました。千年間の不可侵を約束させたので、少なくとも百年はもつだろうとN氏は仰いました。
 わたしはほとんどゼロから始めました。N氏が与えてくれた最小限の道具と材料からです。まず、エネルギー源と鉱物資源の確保から着手し、そして人類の発明史を順になぞっていきました。それが終わるとまだ人類が発明し得ない物、タイムマシン、ワープ装置、兵器等、あらゆる物を発明していきました」

「タイムマシン……?」私はやっと口が継げた。

「そうです」

「馬鹿な、そんなものが」

「わたしは発明しました。あれがそうです」ロボットがガラクタの山を指差して言った。しかし我々にはどれが問題の機械なのか判然としなかった。

「実験はしたのか? 正常に作動したのか?」

「実験は無意味です。わたしは完全に発明しました。それにこの世界にわたしが発明したほとんどの物は不必要です」

 人間は手ごたえを欲しがる。N氏ほどの天才でも自分の発明品を実際に使用せずにはいられなかっただろう。

「馬鹿な、そんな物が存在するはずがない」

 その時、小屋の奥から電子レンジの調理完了メロディーのようなものが鳴った。

「あなたがたは運が良かった。発明が完成する前にこの島に侵入していたなら、わたしはあなたがたを排除しなければなりませんでした」

 そう言ってロボットは近くのガラクタの山を背に寄りかかった。

「わたしの役目も終わりです。機能を停止します」

 ロボットは動くのを止めた。

 小屋の奥から、取り忘れ防止ブザー的な不愉快な音が鳴った。

 小屋の中にあったのは正真正銘電子レンジの形をした機械だった。何が入っているのかは暗くてよく分からなかった。

 私は中身を確かめるために取っ手に手を掛けた。誰も止めるものはなかった。私は扉を開けた。

 扉の中からはあらゆる災厄と希望がごちゃまぜになったものが飛び出した。それは最初、目映い光だった。そう感じられた。夏の激しい日差しが地面に濃い影を作るように、我々の思念は空間に焼き付けられた。

 N氏は宇宙を発明したのだ。新しい宇宙は我々の宇宙を侵食しながら、瞬く間に広がっていった。



(ヤフー掲示板「ショートショートの窓」の企画で書いた、ふくまるさんとの共作です。「●」から上がふくまるさんの「島(前編)」、下が自作の「島(後:パンドラの箱編)」として発表されたものです。
「島(前編)」は、ふくまるさんの許可をいただいて掲載しています。)

アデボーゼ市場自殺願望


なんだろうここは? 海だ。だけどなんか鉛みたいな色してるな。空も一面雲に覆われていて暗いし、でも海と空の境界の部分は、なぜか真っ赤に光って見える。

おれは何で、さっきから足元の石を拾って海に投げこんでいるんだろう。ここは砂浜ではなくて、ごろごろとした石がそこらを埋め尽くしている。まるで賽の河原のようだ。

後のほうでは大勢の人間が集まっていて何やら騒がしい。その中には牛や馬や、その他の動物の頭をつけた、悪魔のような姿をしたやつらもたくさん混じっている。

どうもおれはこいつらの気を引くために石を投げていたものらしい。

そうだ。ここは『アデボーゼ市場』というオンラインゲームの中だった。こいつらはこのゲームのプレイヤーたちなのだ。


カジノのような、この世界の集会場の隅にある、談話室に場面が移動する。おれと二人の仲間がテーブルを囲んで座っている。おれたちはあまりイベントには参加せず、ここでダラダラと会話していることが多いようだ。

仲間の一人は線の細い感じのやつで、もう一人は厳めしい顔をした賢者のような男だ。線の細いほうはこの世界の最強プレイヤーで、通称『ゲーム王』と呼ばれている。

ゲーム王が何か言ってる。
ジャブラ……?、っておれの名前か。濁点ふたつもあるな。
なに? え、なんだって? 死ぬって誰が? 
お前が死ぬの? でも死ぬって言ってもここゲームの中だぞ?
リアルに? リアルに死んじゃうわけか? 現実で? 
そうそう、ってお前な。

は? このゲームってお前が作ったの? 
嘘だろ? あとは勝手に自走していくから大丈夫? そんなこと言われてもなぁ……。
ゲーム王の称号、おれに譲る? やだよ、おれゲーム王ってガラじゃないし。

じゃあね、ってお前……あ、消えた。


別に悲しいってわけでもないし、それほどあいつに思い入れがあったのかどうかもわからない。でも何だこのすっごく遣る瀬無い感じは……。

大きな窓を開けてバルコニーに出る。海と空はあいかわらず暗いし、その境界はやはり赤々と燃えている。

おれはプレイヤーの群れに向かって叫ぶ。

××××が死んだ!!

反応は薄い。そしてすぐにやつらはやつらの会話の中に戻っていく。


「無駄だ、関心がない。疲れると思っている……」と、
いつの間にか隣に来ていた賢者っぽい男がおれに言う。

プラネッタ


 ドーム型の天井に無数の星が映し出されている。北極星はだんだんと北へ下がって行き、ついには地平線に隠れてしまった。代わりに現れてくるのは射手座の南斗六星や、南十字星。アルファケンタウリも見える。

 どうやら南半球へと到着したらしい。

 男は小窓から外の様子を確認した。暗くて若干視界は悪いが、おおよそ予想通りの光景が広がっている。

「空間の移動に問題はないようだ」

 このプラネタリウムは、男が長い年月をかけてこつこつと作り上げたもので、主な機能としては上部の余計な空間をないものとして、天候その他に関係なくダイレクトに星空を映し出す機能、空間との因果を完全に遮断し、時空間から断絶した実体のない状態で空間を自在に移動する機能などがあり、世界各地の星空を時間を選ばずいつでも楽しむことができる。

 デメリットとしては、時空間と再び繋がるにはもともとプラネタリウムの建造された場所に戻らなくてはならないことが挙げられ、移動先で断絶を解除して外部に降り立つことはできず、地上の様子は小窓から窺うしか方法がない。

 地球のあちこちをゆるい速度で廻り、空間の移動に満足した男は、北半球に戻り、次に時間をゆっくりと遡ることにした。

 時間移動はこのプラネタリウムのおまけの機能であり、空間移動装置開発の途上で偶然できてしまったものだ。過去にも未来にも行くことができるが、やはり現代のプラネタリウムの設置場所以外では扉は開くことはできない。

 時間を遡る。ドーム型の天井には星空の動きがダイジェスト的に映し出されていく。お馴染みの星座はその形を変えていき、北極星は竜座のトゥバンに極点の玉座を譲った。星々の光度は変化し、いくつかの超新星爆発が星空を明るく照らす。男は快い眠りに落ちていく。

 リミッターのアラームで男は目を覚ました。何が起こるかわからないので宇宙の誕生以前には戻らないようにリミッターを設定していた。

 寝起きの男はだるそうにパネルを操作し、現代より先の未来へと移動した。

 男は小窓から外の様子を確認した。思った通りである。男は現代へと戻る。

「さて、どうするかな」

 数時間前、大規模な戦争により地球が崩壊したのと、男がプラネタリウムの作動テストのために空間を遮断したのはほぼ同時だった。男は窓越しにその光景を窺い知った。世界中を見て廻ったが、どこも大地は原型をとどめず、もはや人類をはじめ、すべての生物が死滅したことは確定的だった。

 未来の地球には大気すらなかった。

 なぜ自分だけ生き残ってしまったのだろう、と男は自問する。いや、なぜ一人取り残されてしまったのか。外界には出ることもできず、時空間には存在すらしていないのである。

 答えは出ないが、このプラネタリウムの居心地を良くするため、一画に自分の居住スペースを備え付けておいたのは正解だったかも知れない。食料も切り詰めれば一ヶ月くらいはもつだろう。

 残された時間で宇宙の過去未来、あらゆる場所を漂流し、時空間から断絶している自分を認識することのできる誰かを探そうと男は考える。


 夜の学校の窓から外を見ると、地球、月、太陽の順で星が直列していた。

 月があんまり小さく感じたので掴めるんじゃないかと思った。

 月が落ちてきて校舎の壁に跳ね返り、手元へくる。

 それを掴む。

 間違えてバレーボールを掴んでしまう。

 月とボールの大きさはそんなに変わらない。

 それを放り出し、今度こそ間違いなく月を捕まえる。

 月は手の中で大人しくしている。

 あまり長時間このままでいるのは気が引けるので、すぐに地面に向かって月を放り投げる。

終わりの世界と九つの話

終わりの世界と九つの話

短い読み物をいくつかまとめています。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-13

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 終わりの世界
  2. 我輩だけが猫である
  3. ふたつの国
  4. 氏族
  5. ふるさと
  6. 方舟
  7. アデボーゼ市場自殺願望
  8. プラネッタ