壱拾弐龍国書 ~終焉を喰む者~
まだ仮なので推敲しなおしたりするかもしれません。生温かい眼で見てやってください^^;
月白菫龍(げっぱくきんりゅう)が紫紺(しこん)の空を跨ぐ刻。
永い時に忘れ去られたようなそこはまさに廃城であった。
その巨体を支えるための石垣は苔むし、装飾用に用いられた葉(よう)雀(じゃく)石(いし)や焔(えん)瞳(どう)石(せき)などの妖美樹石(ようびきせき)は全て抉り取られており、所々に髑髏(どくろ)の眼奥の様で辺りに死の香りを漂わせていた。
その石垣に支えられ聳(そび)え立つのは洋城。
何匹もの龍の骨格が天に向かい吠えるようにも見える。
外から微かに聞こえる獣竜達の遠吠えだけでビリビリと怯えるようにその壊れた身体を震わせ、今に崩れ落ちてもおかしくないほどだった。
その城の内部に佇む2つの漆黒の影。
片方の影は、崩れ落ちた石壁の自然の塔に凛と立つ少女だった。
長い髪を後ろに高い位置で一つに束ね、黒を基調としたセーラー服を着ており、女子高生だとわかる。
ただ、少女の異様さを醸し出しているのは少女が羽織る純白の死に装束ともう一つの眼のように額に輝く花(はな)緑青(ろくしょう)の勾玉(まがだま)。
そして少女は2つの暗器械(あんきかい)を持っており左手には切っ先が毒に濡れた鉄扇(てつおうぎ)、もう片方には柳葉刀(りょくようとう)を握っていた。
もう片方の影は、こちらは烏羽色(からずばいろ)の髪を上で纏めていたが、そのしっかりとした骨格から男性だということが分かる。
男は鉄紺(てつこん)の斑衣(ファーイー)(民族衣装)を身に纏い、自分の身長ほどあろう薙刀をもち、先端の刃は月白菫龍の生み出す妖光を受けながら紫紺の中でその身体に敵の血を染み込ませるその時を待っていた。
2つの影は互いに少しも動きはしなかった。
少女は殺気をみなぎらせ、その閉じられた瞼をゆっくりと持ち上げる。
開いた瞳の色は――――――中黄(ちゅうき)。
その瞳に気押され、男は半歩、下がる。
それが男の過ちだった。その隙を逃さず少女は紫紺に舞う。そのまま少女は男の背後に飛び、鉄扇をひらり一舞。
閃いたのは白鼠(しろねず)の線。鉄扇から放たれたそれは、男に振り向く間も与えず、深々と男の眉間をとらえた。眉間から空に朱の花弁がほろりと散っていく。
ゆっくりとその身体は地に向かい倒れこむ。小さく小刻みに身体を痙攣させ、やがて男は沈黙した。その開かれたままの虚ろな瞳に最期に映ったのは紫紺の闇に浮かぶ月白菫龍と少女の影だった。少女は血だまりに倒れた男の方を一瞥すると月白菫龍を見上げる。
自身を見つめる爛々と輝く二つの瞳に気づかずにゆっくりと白く息を放つ。
―――その一瞬が少女を運命の歯車へと乗せて行く。
突然、右脇腹に鈍いしびれが走った。何かがそこに喰らい付き肉を抉っている。が、不思議と痛みは少なく、強い不快感とともにほう…と指先から力が抜けゆくのを感じた。
持っていた柳葉刀と鉄扇がコーーーンと高く澄んだ音を立て、苔生した床を弾く。
それを合図に視界がゆっくりと暗む。思考は朧に紫紺に熔け行く。
その間に目にしたのは自身を乗せ、走る闇色の狼獣竜(ろうじゅうりゅう)の姿だった―――。
タ―――ンと澄んだ音で目が覚めた。それは耳元に落ちた妖美樹石の音だった。岩肌を伝い白藍の滴が一際飛び出た岩の先端へと集まり、丸みを帯びると重力に惹かれ地へと落ちる。空を舞うその瞬間だけ水滴は宝玉へと姿を変え―――。タ―――ンと澄んだ音とともにその身を煌めかせ砕け水の玉へと戻った。その砕けた音だけが窟の中に木霊する。
しばし、その音に耳を傾け、記憶を振り返る。
おぼろげな記憶――壊れた鏡の破片を組み合わせるかのように記憶を辿る。
廃墟で目を覚ました――男が襲ってきた。それを――殺した。やっと去った恐怖に身を緩めた瞬間――右脇腹を噛み砕かれ―――。
「―――ッ!」
飛び起き破け解れたセーラー服を捲り右脇腹を見る。そこにあったのは。
「―――――――――!?」
正三角を2つ上下に重ね合わせグルリと円で囲まれている紋。
噛み傷は―――無い。そんなことより異様だったのは、その正三角の中に閉じ込められたようにその中に描かれた黒い大蛇。それが―――蠢いている。それに気づくのは遅すぎた。先ほどから何かが聴こえる。いや、自分自身から何かが聴こえてくる。それは呪詛のように。
≪喰ませろ。我に喰ませろ。全てを。≫
繰り返される呪詛。何より恐ろしいのは自分の中に自分ではない何かが得体の知らない何かがいるのだ。
声なき悲鳴が妖美樹石の落ちる音とともに木霊する。
「起きたのか。」
「――っ」
声の方を威嚇しながら振り向く。声の主は――年齢は二十くらいだろうか。よく視えないのは窟の中で暗いせいだけでなく闇に紛れるように黒の衣を身に纏い、同じ黒の長髪を伸ばしているせいだった。その代わり、闇に浮かびあがるような白磁の肌に狼のような精悍な顔つき。その瞳の色は紫紺で、静かな闇を湛えている。
「大分、傷の方は治ったようだな。――精神の方は参っているようだが。さすが、“龍の器”と言うべきか。」
そういいながら男は近くの適当な岩に腰かけ、持ってきた碗を置く。
「―――“龍の、器”?」
「…とりあえず、横になれ。主(あるじ)はまだ万全じゃない。大切な器だからな。」
促され、ゆっくりと横になる。男は落ちた布を持ってきた碗に入れ絞る。碗の中には両黄色の液体が入っており、どうやら傷薬と混ざっているらしい。それを額に優しく置く。窟の中に居るせいかややひやりとしたその感触が気持ちを少しだけ落ち付かせてくれた。
「主がここに来た刻の事を、覚えているか?」
「―――。」
しばらく俯き、思い出そうとする。―――想い――出せ…な…。
「無理をするな。精神が壊れてしまうかもしれん。」
「わた…私は…―――――――。」
壱拾弐龍国書 ~終焉を喰む者~
続く…かな?
十二国記に影響されちゃいましたw