妖精の痕跡
今より遠く未来の事、文明社会の生活の水準が飛躍的に向上した未来的社会では娯楽として、ネットワーク、通信の技術も飛躍的に向上し、人々は思考を直接仮想空間に落とし込んで、もう一つの肉体を手に入れて情報をやり取りするようになった。
そんな中、荒廃した日本のある都市では、“一攫千金のもうけ話”の話が噂されるようになった。俗にうわさされ名付けられた妖精の痕跡という名称は“エンジェルネットワーク”と名付けられた電脳仮想空間にふさわしいいささかファンタジックな印象を受ける。実際は後ろめたい、どすぐらい裏側をもっていた。この噂のもとになった事件があったのだ。
昔、ある作曲家が構想中のアイデアをエンジェルネットワーク上にアップロードした。もちろんそれはいくつものネットワーク上の鍵(ロック)をかけ、安全を何重にも縛り付けて確保していたのだが、仮想上の彼の肉体はその無意識の間にそのヒントを口走ってしまい、構想中のアイデアを紛失してしまった。あとでわかることだがそれはハッキングの被害にあったのだ。それを手にした何者かが、その歌を発表したかもしれないしなかったかもしれない、けれど作曲家自身もその歌の事を忘れてしまった。作曲家は即興で歌をつくり、それをすぐに忘れてしまうクセをもっていた。そのくせは、彼の身体が機械的な改造を受けたあとも同じで、彼は肉体からその記憶を失う事で次の作曲を励んでいたのだ。つまりこの話から“妖精の痕跡”という噂が生まれたのだった。
妖精の痕跡