きいろいふうけい
原っぱで劇が行われていまして
「よく見たら絵だった。なんで本物だと思ったんだろう。どうみても子どものラクガキなのに」
彼女は「あー、あー」と続けてぼやいた。それで僕は四角いキャンディーを口に放り込んでくちゃくちゃとした。
「ねえ。貴方もそう思った? どう見ても本物じゃん?」
「うーん」僕は好きな女の子がヘアスタイルを変えたのをチラリと見てしまった時のような、何とも言えない気持ちになった。だから「もうさ、帰ろうよ。ここつまんないし。涼しいけど、黄色い壁と原っぱしかない。確かに天才じゃない素人ピカソが描いた壁画は或る意味では面白いかも。でも、もう此処に居たって始まりはないんだ。炭酸水だって泡が一度抜けると再び戻すのは不可能なんだ。そりゃ機材とか使えばできるかもしれない。しかし、それは違うだろ、別の泡なんて、結局、別で、また抜けてしまうんだ。オッケーわかった?」
「分からないわ。つまり、此処は飽きたからもう、帰りたいのね」
「ああ。そうなんだ」
「ふうん」
彼女は僕の返答に対して非常に嫌そうだった。頬は少し赤くなった。
「なら、これからカフェテラスに行かない?」
「あのカフェテラス? 夜にしか営業していなくて、夜なのにテラスが黄色く光っているカフェテラスか?」
「ええ。そこよ。素敵じゃない」
「君は本当に黄色が好きなんだな」
「あら、そうよ。昔からね」
彼女はニコリと笑う。僕はその表情がよく分からなかった。僕には好きな色なんてない。着色された存在をどうして好きなになるんだ? カフェテラスにこの時刻に行っても営業はしていない。なら、もう少しこの黄色い壁の下で座っていようと思う。僕はくるぶしまで生えた雑草の上に腰かけた。目線が地平線を映した。原っぱとそこそこに青い空と夏のシーズン終わりの雲が漂っていた。彼女は僕の行動に驚いた表情を浮かべるが笑った表情を崩さず、僕の隣に座る。
「ねえ。私と貴方の世界に隔たりがあると思う?」
「意味が分からない」
「私思うんだけど、人って絶対リンクしないでしょ? 雪の結晶だっけ? ほら姿形が絶対違うってラジオで聞いたわ。その形が重なり合わないように私たち人の意識とかもさ、こう、バラバラなのよ。ごつごつしてるいるとか、ギザギザしているとか、まるいとか。それって、世界の隔たりでしょ?」
「知らん。無理やり合わせる」
「そんな事したら摩擦が生じるわ。とても凄い熱が燃える」
「それが悪いのか? 冷えているよりはましだろ? それだけ分かり合おうとしている。証拠だと思うが」
「でも結局は同じ形になれない」
「うーん。そうかも」
「ということは私たちの間には壮大な隔たりの壁がある」
「はいはい、もうそれでいいです」
僕はそう答えた。すると彼女は僕にぐいっと顔を近づけて口を動かした。
「貴方の壁の向こう側と、私の壁の中と、壁を壊した混ぜた世界、どっちがいいかな?」
僕は少し息を吐いて「きっと殺風景さ。僕たちの後ろにあるような壁がなんの意味もなくあるように、そして原っぱにあって、どの境界にも友好的に平和的にそびえているようにさ。だからいろんな時代が過ぎて新しく創造されるんだ。もちろん、すでに創造されていた事柄もあるけどね。だから……」
僕はそう言って彼女の瞳を真っ直ぐ見た。きいろいふうけいがありました。
「私たちもチョットだけラクガキしていかない?」
僕はコクリと頷いた。
きいろいふうけい