懐かしの森
誰も知らない、わからない様にぼくらだけの場所を目指す……
誰も知らない森の向こう……
遠い昔のある所……
ぼくらだけが知っている、
そんな森への入り口があった。
大人たちは見向きもしないし近づかない
鬱蒼とした、子供の
背丈くらいのススキの間。
神社の脇道の小川の隣、
大人たちには寄り付く虫も
子供たちには寄り付かない。
危ないから近づくなと、
叱言を言う大人たちにわからぬ様に
森へ行く時は着替を持ち、
暗くなる前には必ず帰る……
これがぼくらの暗黙のルール。
履くものは長靴かゴム草履、
友達の名案でススキの間の入り口を
山土の粘土を拾い敷き詰めて、
大人どころか誰にも入られぬ様に
脚元をぐちゃぐちゃにした。
毎日退屈な授業が続く中の水曜日、
クラブ活動をサボったこの時間
仲間たちかゾロゾロ集まって来る……
全員集合したかな?準備良し!
今日は新米が加わった、
仲間の妹の女の子。
片手には大事そうにちっちゃな白い花を
握りしめてここに来た。
秘密の場所を悟られない様に
自転車は神社に遊びに来たと装い、
境内までの階段横へ
子供らしく転がした、
いたずらされても気にしない。
軍手をはめてススキを掻き分け、
ぼくらは進む進む……
ススキに紛れてヘクソカズラの蔓に
仲間の女の子が足に絡まりつまづくと
驚き泣いて膝小僧が泥だらけ。
ぼくはハンカチ代わりにシャツを脱ぎ
泥を拭ってもう大丈夫と、
少し休んで宥めてから再出発した。
上り下りの高低差、
大人に負けまいと大股歩き。
神社からだいぶ離れて
小川の底の苔も無くなり、
誰かが渡した丸太橋の上に立つ。
ススキもヘクソカズラも無くなって
草が雑木林に変わり森の空気になる。
脇道のあぜ道も山道になると、
クマが出そうな薄暗い場所に
仲間が歌うと真似してぼくも、
つまづいて泣いてた女の子も歌う歌う……
元気に腕振り大股で歩いた山道も
森を抜けて小高い丘の頂上に、
窓とちっちゃな煙突一つの小屋がある。
ここがぼくらの目的の場所、
ぼくらが見つけた大切な場所……
ちょうど隣町との境界線上で
苔が生えた大きな石碑と並んでる。
険しかった仲間の顔が、
笑い顔に変わっていく……
「こ、こんにちわッ!」
皆揃って大きな声で引き戸を開けると、
奥で一人座ってるおばあちゃんが
ぼくらに気づき、
「おー!いらっしゃい、よく来たねー
さぁどうぞどうぞお入りなさい。」
ここは秘密基地でも、
大人が危ないと言う場所でも無い所
ぼくたちが見つけた特別な場所……
あれから、何年経ったかなぁ?
遠い昔からある所、
何十年ぶりかに訪れた
さも無い隣町の駄菓子屋さん。
おばあちゃんの娘さん、
ボロ小屋になっても後を継ぎ
今日は昔話を言いに来た。
あの時につまづいた女の子、
今日一緒に居る今は隣で妊婦さん。
お店で娘さんの子供も遊んでる。
秘密の場所の仲間たちも時は流れて、
懐かしの森の駄菓子屋さんに
これからもずっと無くならぬ様にと
皆が願う空気と変わってる。
暗くなる前に帰ろうと、
小屋のお店を出た山の向こう
枯れた空気に染まる夕空、
お別れ間際に手を繋ぐ長い影。
森も山も夕焼けも
小屋のお店もぼくたちも、
変わらない気持ちを確かめて。
妊婦さんの気持ちも返り、
途中で手にしたシラヤマギクを
石碑の前にお供えし、
駄菓子屋さんをあとにした。
森を下りうた歌う、
懐かしの森がそうさせる。
無人と思った山道に、
子供達とすれ違う。
数人男の子と女の子が一人、
片手にちっちゃな白い花を持ち
泣きながら男の子に手を引かれて。
後輩たちが駄菓子屋目指してる、
「おい、ぼくたち?
暗くなる前に帰りなよ!」
ぼくがそう言うと、
一斉に立ち止まり振り向いて
直ぐに無言で歩きはじめた子どもたち。
少し歩き遠くで歌が聞こえてきた、
森の色がススキ色に変わった場所で……
おわり
懐かしの森
いつまでも色褪せることのない童心を抱えて、老いてからもこの想いと生き続ける……