線のうちがわ

ちひろ

きらいな人

そこに線を一本引いてるからさ

乗り越えちゃ駄目だよ

「何してるの?」

大きくてガタイのいい体が重たい足を持ち上げて、どすんっと線の内に入ってきた。

私の目の前にできた大きな影は私を見下ろしていた。

「ちゃんといい子でいなさい」

だからさ、入ってこないでってば。

そこに、線が・・・。

心の内は少しも言葉にできなかった。

大きな体が足を一歩前に進めると私のすぐ目の前にまで圧迫感が押し迫ってきて、私は一歩後ろに引かずにはいられなかった。

「あなた、家族でも何でもないでしょ・・・」

やっとでた言葉はありったけの勇気を振り絞って震えながらであった。

大きな体がまた一歩、前に出た。

また一歩、また一歩。

私は後ろに下がるしか無かった。

また一歩、また一歩。

自分の後退する足に自分の足が大きく躓いた時、どすんっと尻もちをついた。

目の前には大きな影と大きくて太い足に、一本の白い線が見えた。

私は言葉を失った。

何も言い返せなかった。

私は私の中から、他人によって線の外側に追い出されてしまった。

大きな体はその線の内側で止まったまま、さっきまでのことが嘘のように動かなくなった。

私は尻もちをついたまま動くことなく、怖くて足が震えた。

線の内側に帰りたかったけれど、そこには到底私では敵わない大きな人間が私を追い出そうとして立ち塞がっていた。

「いい子でいなさい」

大きな人間は、もう一度そう言った。

「いい子でいたら、どいてくれる・・・?」

影が頷いたように見えた。

どすんっと大きな音を立ててその人間はいなくなっていった。

私はやっと腰を上げると、恐る恐る線の内側へ入った。

ここは安心できる私の中のはずなのに、いい子でいようとこの時心から誓った。

5分前までの自分を思い返した。

私のはずだったのに、誰かが私を追い出して、誰かの言う私が今の私になった。

本当の私はどこに行ったか分からなかった。

でも線の外側にいたら私でいることすらままならなかった。

私はよく分からなかったけれど、とにかく今の私はいい子なんだと思った。

線のうちがわ

線のうちがわ

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-09-09

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