姉姫妹姫
上の池に姉姫が居ました。
下の池には妹姫が、やはり住んで居りまし
た。
周りの山はずんと高く、空を睨んでてっぺ
んに雪を被り、二人の姫など知らぬげに、厳
しく立っていました。
小さな妹姫は里の子と遊び、姉姫は、いつ
も山ばかりを見て暮していました。
姉姫の見る山は、いつも決って同じです。
高い山のなかでも一番高い、高角山の雄々
しい姿を、姉姫はいつも見て、夕暮れまでを
過ごしました。
日が暮れるとそして、少しだけ優しい溜息
を吐いて、それから向きを還し、上の池に帰
っていくのです。
朝焼けの朝も、夕焼けの夕も。
雨降りの日にも、それは変わりません。
そんな日には姉姫は、雲に隠れて見えない
山に、一日中悲しそうな目を向けてじっと、
立って居るのでした。
姉姫が高角山をみるのには、訳が有りまし
た。
高角山には、雄々しい荒ら神が住んでいま
した。
そしてその荒ら神は、白い雪の頂きに立っ
て天を、じっと睨んでいました。
姉姫は或るとき、雷に乗って麓へ降りてき
た、高角山の荒ら神に出逢ったことが有るの
です。
その時から姉姫は、毎日山を見るように成
りました。
そして誰にも知られないように、毎日そっ
と、溜息を吐くのです。
昨日も今日も。
小さな妹姫は相変わらず里の子と、仲良く
遊んでいました。
春も夏も。
秋が来ても冬が去っても。
姉姫は、やはり高角山を眺めていました。
或る年の秋のこと。
里では取り入れの祭りが、楽しげに行なわ
れていました。
山々にはもう雪が何度か降っています。
天を睨んでいた荒ら神は、ふと辺りを見回
しました。
雪ばかりです。
気がつくと麓のほうからは、賑やかな太鼓
や笛の音が聞こえてきます。
荒ら神は、雷を空に一度投げつけると、雪
を崩して高角山を駆け降りて行きます。
すさまじい唸りが聞こえて、里の人々は高
角山を見上げました。
見たこともない、大雪崩です。
姉姫は山を見て、それから麓の里を振り返
りました。
小さな妹姫の駆けてくるのが見えます。
里の人々は、祭りの道具を放り出して逃げ
惑うばかりです。
恐ろしい大雪崩の真っ先には、あの高角山
の荒ら神が立っています。
このままでは人々は、きっと雪崩に埋れて
しまうに違い有りません。
姉姫は急いで上の池へと飛び込みました。
身をひと震いすると、姉姫は池の水を飲み
干して、山をひと巻きするほどの大きな蛇に
成りました。
池の縁へ揚がるとそこに体を伸ばして、姉
姫の大蛇は雪崩の前に身を横たえます。
高角山の大雪崩は、激しく大蛇に打ち当た
り、それでも止まりません。
雷のような音を出して大蛇を埋め尽くし、
それでもまだ麓へと押し寄せて行きます。
小さな妹姫は、下の池に入りました。
姉姫がしたように自分も出来ると思ったの
です。
妹姫はやはり大蛇に成りました。
そして今度こそ、大雪崩が駆け降りるのを
食い止めました。
その晩は、雪に成りました。
冬がもう来るのです。
積もり始めた雪が、姉姫の大蛇と上の池。
妹姫の大蛇と下の池を、包みます。
高角山の荒ら神は、不思議そうにそれを見
て、それから山へ帰って行きました。
里の人々は、姉姫と妹姫を憐れんで、春に
なってから二つの池の畔に、二本の花の咲く
木を植えました。
やがて何年かが経って、二本の木に淡い色
の花が咲くと、下の池の花は総て里の方に向
かって咲いていました。
人々は、妹姫の気持を知りました。
けれど誰も、上の池の花が何故、高角山に
向かってだけ咲いているのか、その訳を知る
ものは、有りませんでした。
姉姫妹姫