『暁蕣花の咲く処』』(ある子竜の物語)第4章〈4〉 ~フラットアース物語②

〈4〉



数日後、コトヌの町を出発した馬車に、僕は首尾よく潜り込んでいた。
町を出て三、四日は何事もなく過ぎたのだが、王都が近くなるにつれ、僕は段々と居心地が悪くなった。何かが僕のことを見張っている、そんな気がして、どうにも落ち着かなかったのだ。

それは最初、(わず)かな違和感だった。けれど翌日には、時折、誰かの視線が僕に向けられている、という感覚に(おそ)われた。
それが馬車に乗っているヒト達の視線でないことは明らかだった。天候不良の為に街道沿いの村に足止めされ、ひとりで馬車に残っていた間も、その視線は感じられたからだ。
ようやく天候が回復して、王都に向けて動き出した馬車の中で、僕は、その視線が次第に力を増して来るのを感じていた。

そして、その翌日からは、はっきりとした力として、僕を見ている存在を感じるようになった。それは、結界の働きかけだった。
王都が近くなると子供達は到着を待ちきれずに、寒風の中を何度も窓から身を乗り出しては、道の先を確かめていた。反対に、僕は一刻も早くここから逃げ出したいという気持ちと必死に戦っていた。それは丁度、僕の二倍以上もある大きな仲間を追って、今にも閉まりそうな池の出口に向かっていた、あの時の気持ちに似ていた。

翌日の昼、風に乗って、(とき)を告げる鐘の音が聞こえて来ると、子供達は両側の窓から顔を突き出して歓声を上げた。子供達が見つめる道の先には、幾重もの石壁で囲まれた丘陵が見えた。街道は馬車三台分の道幅は優にあったが、同じように王都を目指す馬車で、周辺は込み合って来ていた。一家の馬車も速度を落として、丘を取り囲む石壁に設けられた門に近付いて行った。

門の前には、順番を待つ馬車の列が出来ていた。 それだけでなく、この寒い中、徒歩で旅をして来たヒト達も大勢いて、こちらも長蛇の列を成していた。
(しばら)く待たされた後、馬車は門を通り抜け、再び快調に走り出した。落葉した木々の立ち並ぶ中を、道は緩やかに上り下りし、やがて二つ目の石壁が見えて来た。
ここにも門が設けられていたが、馬車は僅かの間停止しただけで、そこを通過した。門を出るとすぐに、大きな歓声が子供達から上がった。

見渡す限りに続く農地の向こうには、灰色の頑強な城壁が巡らされ、その内側に、ぎっしりと詰め込まれた家々が見えた。そして、町の中央に(そび)えるひと際高い丘の上には、幾つもの大きな建物が並び、その中心には一つの塔が建っていた。
塔が見えた途端、僕は思わず馬車から飛び出した。その塔から、こちらを(にら)みつけるような視線を感じたからだ。遠ざかる馬車の姿を見送る余裕もなく、僕は近くの小屋に身を隠し、気力の出力を最小にして、塔の波動()に感知されないようにした。

(どうしよう……見つかってしまったかな。)
馬車に乗っている間ずっと感じていた視線は、この塔が作り出している結界だった。
(そう言えば、父さんを捜していた時も、あの塔の波動(視線)を感じた。)
浮かんで来た記憶を確認して、僕はそっと小屋から出た。塔の結界は強力だったが、記憶に残っていた通り、結界の働きは警告だけで、それ以上の作用を与えて来る様子はなかった。

(あの塔に近付き過ぎなければ、大丈夫だろう。)
僕は、ヒトに見られても不審に思われないように、小鳥の姿に変化(へんげ)して、街に向かった。
記憶に残っている家の場所は、農地に近い街の外れだった。けれども、そこに立ち並ぶ家々には、父母のいた痕跡(こんせき)を示す波動さえ見つからなかった。

それから、僕は父母を(さが)して都中を飛び回った。父さんがいるかもしれないと思って、塔の結界が強まるぎりぎりの所まで行って、王宮の様子も探ってみた。けれど、そこにも父の気配は感じられなかった。
太陽が沈んで辺りが暗くなると、街の家々に明かりが灯った。僕はもう一度、父と母の波動を求めて、その灯火一つ一つを見て回った。しかし、街のどこにも、父母の姿を見つけることは出来なかった。

やがて、その灯火も次々と消え、街のヒト達は皆、寝静まってしまった。ただ、多くの店が立ち並ぶ都の南東側だけは、祭り見物に集まったヒト達で、夜通し賑わっていた。
それでも、僕は(あきら)めきれずに、また王宮広場まで戻って来ていた。広場は塔に近く、塔の波動が怖くて、僕はそこから先に行くことが出来なかったが、その場所からは、かつて父の話してくれた翡翠色の屋根の宮殿を見ることが出来た。

(……父さん、母さん。)
懐かしい光景は、僕の中の幾つかの記憶を呼び起こしてくれた。広場近くの建物の屋根に降り立って、僕は身体を丸めた。
目を閉じて記憶に意識を(ゆだ)ねると、父と母の楽しげな声が全身に満ちて来て、少しだけ……ほんの少しだけ、僕は泣いた。

夜明け前、(しょう)の半刻を知らせる三点鐘が鳴り響くと、王宮の中のヒトの気配が急に騒がしくなった。それと同時に、街のヒトの波動もざわめき始めた。
それから半刻が過ぎて、東の空がほんのりと紅くなり、(そう)の正刻、つまり緑の正刻の六点鐘が鳴ると、王宮広場に通じる城門の前に、ぽつりぽつりとヒトが集まりはじめた。

(今日は緑の月の朔日(ついたち)、祭りのはじまる日だ。)
程なく王宮の門が開かれて、外で待っていたヒト達が続々と王宮広場に入って行き、半刻と経たずに、広場は大勢のヒトで埋め尽くされた。
そして、日の出を告げる緑の半刻の鐘が鳴り響く中、僕は久方ぶりに、その聞き慣れた音を耳にした。
カッ、カッ、カッンカッ…。繰り返すその音は、最後に、開く扉の遠話映像となって消えた。

一方、王宮広場に設けられた舞台には、蒼い衣装を身に(まと)った数十人のヒト達が現れて、四隅に蒼い旗や六色の吹き流しを立てたり、楽器を並べたりと、忙しく動き回っていた。
やがて、舞台上に並んだ奏者達が、ゆったりとした楽曲を奏で始めた。集まったヒト達から一斉に歓呼の声が上がり、広場の奥から数台の馬車が姿を見せた。
そして、最後に現れた馬車から、国王と王妃が降りて来ると、歓呼の声は益々大きくなった。

国王が席に着くと、演奏は一旦止んだ。蒼い衣装のヒトが舞台に登って、上座の国王に挨拶(あいさつ)をし、それが終ると、十数人のヒトが舞台の脇に並んだ。
(ちょう)刻、それは蒼刻とも呼ばれるけれど、その六点鐘が鳴り終ると同時に、舞台上の奏者達が、調子歌と呼ばれる楽器の音調を合わせる為の短い曲を演奏し始めた。それに合わせて、舞台脇で待っていた十数人のヒト達が、ゆっくりと舞台に上がった。

調子歌が終ると、数拍の沈黙の後、一本の笛が風の声で唄い出した。それに続いて高さの違う二本の笛が、それを追いかけて鳴り出し、弦と鼓が加わった楽の音は、大気を鋭く震わせた。
その楽の音に合わせて、舞台の上に立ち並んだヒト達が、楕円形の蒼い扇を手に舞いはじめた。舞い手が持つその扇が、右に左に動かされる度に、辺りには大きな波動が起こった。

「……其ハ一葉ヲ揺スル風、此方(こなた)カラ起キテ彼方(あなた)ヘト向カウ。其ハ源水ノ一滴、小泉ノ細波(さざなみ)ト生マレ大海ノ漫波(まんぱ)ト広ガル。其ハ始マリノ一瞬(とき)、矢影ノ如ク(はな)レ万歳ト成リテ(かえ)ル。」
楽舞によって巻き起こされた波動は、広場に集まったヒト達の波動(こころ)を揺らし、更に大きな波動となって、街全体へと(あふ)れて行った。

その最初の曲が終わる頃、西の空が揺らいだ気配がして、呼ぶ声が聞こえ出した。
(あの時と同じだ……!)
僕は大急ぎで、声の呼ぶ方を目指した。休みなく全速力で飛び続けること二日ほど、僕は鴻曄湖の(ほとり)に戻って来ていた。
呼ぶ声は、湖を取り巻くように連なる山々の一角から聞こえて来る。その最も高い峰の先端から、数本の波動の帯が四方に伸びているのが見えた。

(僕は、あの波動に捕らえられて、都からここまで連れて来られたのか。)
そして、あの山々の上には、卵の洞窟へ繋がる入口があるはずだ。僕の脳裏には、迫り来る白い山肌と、ぽっかりと開いた黒い穴の光景が浮かんでいた。
(祭りの笛と舞いは、産洞で聞いた遠話映像と同じだった。)
その音がきっかけとなって、僕達は卵の洞窟から精気の水の洞窟へ、更には精気の水の洞窟から竜族の暮らす世界へと(いざな)われて行ったのだ。

(それに、産洞の池に通じる岩壁が開いた時も、同じ音が聞こえた。……と言う事は、ヒトの祭りと、竜族の世界の現象が連動(リンク)している……?)
僕は山の中腹にある結界の洞窟へと急いだ。
こちらへ出て来た時は、外の景色に夢中で気が付かなかったけれど、こちらの結界は天井にあって、竜族の世界で見た結界を想像していた僕は、ちょっと面食らった。加えて、それは周囲の岩と同じ色をしていて、全く目立たなかった。
僕は、来た時と同じように気力の出力を絞って、その結界を通り抜けた。

産洞の谷に戻った僕が目にしたのは、辺り一面を真っ白に染める霧だった。谷底の池からは甘い精気(エネルギー)の匂いが漂い、池の周辺には、既にたくさんの小さな生物達が集まっていた。水量の増した池の水は程よく熱く、濃厚な精気に満ちていた。仲間達は、まだ誰も来ていなかったから、僕は池を独り占めにして、その精気を取り込んだ。

それから二十日ほどが過ぎようかという頃、ひとりの仲間がこの池に姿を現した。そして、それから数日の間は、毎日のように新参の仲間が増えて行った。
その頃、僕は少しの間だけ谷底の池から出て、農場の谷の先に広がる荒れ野まで行ってみた。以前、町の仲間に言われたことが、ずっと気になっていたからだ。

それは〈雨の季節〉と呼ばれるのも、納得できるような光景だった。ヒトの世界で見た雨の景色も似ていた。見渡す限りに広がる荒野は、霧に覆われて白く(にじ)み、その水分を吸い込んだ大地は、いつもの茶褐色から黒っぽい色に変わっていた。
普段は点々としか生えていない黒緑色の植物も、地面全体を(おお)うように広がって、その小さな葉に見合う小さな暗紅色の花をつけていた。花は、逆水滴型の花弁を二つ合わせたような形をしていて、しっとりと霧を含み重たそうに(うつむ)いていた。
何だか泣き()れているようなその花を見ながら、今度、町の仲間にその植物の名前を聞いてみようと考えていた。

それから、僕はまた谷底の池に戻った。池の水に含まれる精気の量は、一ヶ月が過ぎると、つまり、雨の季節の終わる頃には、最初の三分の二になり、水位も徐々に下がり始めた。
池には六年前と同じく、二つの大きさの仲間達が集まっていた。前回は小さい方に近かった僕の気力(ちから)も、この雨の季節の一ヶ月間、濃厚な精気(エネルギー)を取り込めたお蔭で、今は、大きな方の仲間に匹敵するほどに急成長していた。

仲間達は、それぞれに自分の場所を確保すると、池の周辺にいる生物達に変化(へんげ)して遊び始めた。僕は仲間達から少し離れた所に陣取って、そこから仲間達の様子を見ていた。
この仲間達とは六年前に、結界に(ふさ)がれていたあの池で、一度会っていた。
大きな方の仲間は、あの時は池を出て行かなかった者で、小さな方の仲間は、六年前は、池に来たばかりで(すみ)の方で(おび)えていた仲間達だった。
今頃はあの池にも、新たに別の仲間達が加わっているのだろう。

しかし、それは考えてみると不思議な話だった。六年毎、それは雨の季節から、次の雨の季節までの間隔なのだが、同時に、ヒトの世界で行われる緑の大祭の間隔でもあった。雨の季節を作り出している(きり)は、産洞の谷から湧き出して大地を覆う。
そして同じ時期、産洞の中では、祭りの楽舞がきっかけとなって通路が開く。雨の季節に発生する霧と、ヒトの世界の緑の月の祭りには、密接な関係がありそうだ。

けれど、ヒトにとっての竜族は、お伽話にしか出て来ない生き物だし、竜族にとってもヒトとは、世界の反対側よりも更に遠い所に住んでいる、いわば全く関係のない存在だった。
でも実際は、僕がそうしているように、ちゃんと行き来出来るし、二つの世界はごく近い所にあって、ヒトも竜族も実在しているのだ。

谷底の池に滞在している間、僕にはとにかく、考え事をする時間だけはたっぷりとあったから、それについて何度も考えてみた。核心(コア)の記録には、そう言う奇妙な違いが、これまでにも幾つかあった。そして、何でも教えてくれるようでいて、ある部分に大きな欠落があった。その一つが産洞に関することで、もう一つは、仲間達の行動についてだった。

竜族(僕達)の能力には二つの系統、生れつき持っている能力と、気力(ちから)の大きさに応じて習得する能力とがあった。前者が結界することや飛ぶことで、後者の最も基本的な能力が念話だった。
卵から生まれたばかりの仲間達と暮らしていた時、仲間達は最初、念話を使えなかった。それが、生長して気力(ちから)をつけた仲間達から順にその能力を身に付け、最終的に流れの強い洞窟の外周に出た時には、全員が念話を使うようになっていた。

でもその能力も、あの奇妙な穴を通り抜けた時から失われてしまった。そればかりか、仲間達は皆、それ以前の記憶もなくしていた。それは、産洞の池にいた仲間達だけではなく、町で出会った若竜達も、工房で働く成竜(おとな)達も、産洞でのことは全く覚えていなかったのだ。
しかし、その一度失われたはずの念話の能力は、半円形の町に入ると、仲間達が普通に用いる能力となっていた。それもまた、一つの謎だった。

僕の経験から言えば、気力(ちから)を失っても、一度身に付いた能力は失われることはなかった。だからこそ僕は、本来の気力の大半を失っていたにも関わらず、仲間達と暮らし始めた最初から念話を使えたのだし、ヒトの世界の洞穴では、虫に変化(へんげ)することも出来た。
それを考えると、仲間達の能力は失われたのではなく、封印されてしまったと考えるべきなのではないだろうか。僕は、あの奇妙な穴を通った時に感じた、身体の内側を探るような力のことを思い出していた。

(あの力は、核心を目指して入り込んで来た。その所為で、仲間達の核心が書き換えられたのだとしたら……?)
思い返してみれば、嫌な感じのする結界は、それ一つだけではなかった。産洞の谷の池の奥にも、最も大きな仲間がいる池の出入り口にも、同じような力を持った結界があった。
但し、谷底の池の仲間達は、その直前にいた池のことだけは覚えていたから、似たような力を持っていても、その働きは各々違うのかもしれなかった。

仲間について分からないことは、他にもあった。それは、産洞の谷を出た仲間達が、どうして直ぐに、目的地へ行くことが出来るのかと言うことだった。
僕は最初、産洞の谷から最も近い農場の谷の存在さえ知らなかった。それに対して、それ以前の記憶を全く持っていないはずの、最も小さな気力の仲間達でさえ、池を出るとすぐさま農場の谷へ向かった。それよりも大きな仲間達は、更に遠い半円形の谷まで迷わず移動して行った。僕にはそれが不思議だったのだ。

(それに、どうして仲間達の人形(ひとがた)は、はじめから成竜(おとな)の大きさなのだろう?)
この池で過ごした半年の間、様々な生物達に変化(へんげ)して、その性質を学んでいた仲間達は、その総仕上げとばかりに、人形になる練習をしていた。それを横目に見ながら、僕もこっそり人形になってみた。
六年前、初めてこの谷底の池に来た時と比べて、二倍以上になった気力とは裏腹に、人形になった時の僕の背丈は、ようやく頭一つ分伸びただけで、仲間と比較すると、彼らの胸の高さくらいの背丈しかなかった。

一体いつになれば成竜(おとな)になれるのか、それに関しても、核心の記録は、全く答えてはくれなかった。そういう風に、とにかく僕達の一族に関することで、核心の記録は沈黙することが多かった。

けれどもそれは、僕の記憶が一度壊れた所為かもしれなかった。このところ、記憶に関して不自由を感じることは少なくなっていた。しかし、核心の記録に、全く問題がないとは言えない。
(でもそんなの、どうやって直せば良いのか分からないよ……。)

そもそも僕はヒトの世界で生まれた。その時点から、僕と仲間達の間には差があるのだ。生まれた時には、既に僕の気力は、農場の谷で働く仲間と同じくらいの大きさだった。
もし、その大きさのまま、生まれたばかりの仲間達と出会っていたら、果たして彼らは、僕を受け入れてくれただろうか。
(それに、大きくなりすぎて、あの奇妙な穴を通り抜けられなかったかもしれない。)

だから、気力を失ったのは、悪いことばかりではないはずだ。けれど、もしもあの時、気力を失わずに済んでいたら、と僕は考えずにはいられなかった。
そうすれば、僕は今頃、成竜(おとな)になっていたかもしれないし、少なくともこうして、傷付いた記憶の修復に悩むことはなかったはずだ。

人形への変化を習得した仲間達は、六年前の仲間達と同じように、次々と谷底の池を出て行った。最後の仲間が出て行ってからも、僕はひとり、谷底の池に残っていた。
もう僕の気力は、この池にいた若竜達の誰よりも大きくなっていた。それなのに、まだ成竜(おとな)の背丈には足りないものだから、半円形の町で貰った服は、上衣の袖も下衣の裾も長すぎて、やっぱり格好悪かった。そんな格好で、町へ行くのは躊躇(ためら)われた。それに、僕には半円形の町へ行って、何をするという目的もなかった。

だが、それを言えば、ヒトの世界でも、僕は目的を失ってしまっていた。生まれた場所である王都では、父も母も見つけることが出来なかったからだ。
残された手掛りは、父が軍人だった、と言うことだけだった。せめて父母の名前を覚えていれば、時間をかけてでも、王都に住むヒト達の記憶を片端から探して行くことも、あるいは出来たかもしれなかった。

谷底の池の水量が減り、その精気の濃度も谷の他の場所と変わらなくなった頃、ようやく僕は、産洞の谷を出てヒトの世界に行く決心をした。
父母についての手掛りは少なかったけれど、それでも捜し続けていれば、他に何か思い出せるかもしれないと、思い直したからだ。それに、実を言えば、コトヌの町で見つけた〈勉強〉の続きもしたいと思っていた。

とは言え、コトヌの町では、新しい手掛りを見つけられる可能性は少なかったから、もっと大きな町へ行ってみようと考えていた。
(勉強して、学校に入る。……それから役人になる。)
それは、ヒトの大人達の考える〈良い仕事〉だった。だから、裕福な商店主の子供や貴族の子弟は、家に雇われた先生から勉強を教わるのだ。

勿論、県の中心地のような大きな町には、子供達を集めて勉強を教える公立の学校があった。しかし、そこに入るには、郡単位で行われる試験に合格しなくてはならず、その試験対策の為に、町には幾つもの塾があった。
塾には郷や郡が設置している(おおやけ)のものと、かつて役人をしていたヒトや、有名な先生が開いているもの……こちらは私塾と呼ばれるらしい、があった。そう言った塾に通うのは、大抵が自分の家で先生を雇う余裕のない家の子供達だった。
それでも、私塾に通うにはそれなりのお金が必要で、そういう余裕もない家の子供は、里長なり村長なりの推薦を受けて、公立の塾に通うのだ。その代わり公立の塾では、厳しい選抜が行われるから、その授業についてこられない子供は、どんどん辞めさせられるという話だった。

それで、僕の立てた計画とはこんなものだった。まず、どこかの家で子供達と一緒に勉強しながら、その間に、ヒトのように話す練習をするのだ。それから、公立の塾で勉強して、学校に入る。学校を卒業したら、次は役人になって、そうしながら、父を捜すのだ。
だって、軍人と言ったって、大きく分ければ役人なのだ。王様に仕えて、国の為に働くことにかわりはない。もしかしたら、そうやって勉強している間に、父の手掛りを見つけられるかもしれないのだ。

とにかく、今の僕に必要なのは何かしらの目標だった。いや、それは目的と言うより、居場所なのかもしれなかった。
なかなか成竜(おとな)になれない僕には、居場所がなかった。仲間のいる半円形の町には、成竜にならないと入れないし、産洞の谷や農場の谷にいる仲間達は、僕のことを恐れるだけで、話し相手にもならなかった。

早く成竜(おとな)になりたくても、僕の身体が生長出来るのは、六年毎の雨の季節の間だけだけだった。それ以外の時期の薄い精気では、僕の器はちっとも満たされなかったのだ。
次の雨の季節までの六年間、それは独りきりで無為に過ごすには、長すぎる時間だった。

『暁蕣花の咲く処』』(ある子竜の物語)第4章〈4〉 ~フラットアース物語②

『暁蕣花の咲く処』』(ある子竜の物語)第4章〈4〉 ~フラットアース物語②

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted