燈子

燈子

あ~疲れた~~。
燈子は家に着くや否や、中学校のバドミントン部の練習着でリビングにあるソファに倒れこんだ。
「お母さん、ご飯は?お腹すいてもう動けない~」
リビングと台所に仕切りがないので声が良く通る。
母の理子は台所にある4人掛けのダイニングテーブルで弟の健二の横に座っている。小学校の宿題だろうか。理子が人差し指でプリントを指しながら、なにやらぶつぶつ言っている。
「ねえちゃん、おかえり~」
燈子の声を聞いた健二が、算数のプリントから顔を上げた。くりっとした大きな目。透き通った白い肌。サラサラの黒い髪が健二の肌の白さを際立たせている。自分の焼けた肌と癖のある髪とは大違い。小学校に入学しても相変わらず健二はかわいい。健二は女の子に間違えられることはしばしばだ。間違えられる度に「ぼくはおとこなのに」と涙目で燈子に訴えるのだが、それがまたかわいい。こんなこと言ったら嫌われちゃうな。 
「あんた帰って来てそうそう寝ないでよ。お弁当出すとかいろいろあるでしょ。夜ご飯すぐ準備するから、さっさと手を洗ってきなさい」
「はぁ~い」
動かすのは決まって口だけだ。一旦横になってしまうと、体がソファに吸い付いてしまう。もはや呪いだ。そう簡単には立ち上がれない。
なぜこんなに手を洗うのは面倒なのか。いっそのこと、玄関に洗面台があればいいのに。さすがにあたしでも玄関で横にはならない。玄関に洗面台があれば、わざわざキッチンの奥にある洗面台まで行かなくて済む。ソファにダイブしても手は洗ってあるのでお咎めなしだ。よし、あたしが家を建てるときは玄関に洗面台だな。
そんなくだらないことを真面目に考えていると、

パシンッ!

理子が燈子のお尻を叩いた。筋肉質な燈子のお尻は良い音がした。
「あんた、まだソファでダラダラしてるの。いい加減にしなさい。健二を見習いなさいよ」
ダイニングテーブルに座っていたはずの理子が、いつの間にかソファの前に立っていた。理子の足の隙間から台所を見ると、健二が食器をテーブルの上に並べている。
「今日はあんたの大好きなハンバーグよ」
燈子は聞いた瞬間立ち上がった。
「えっ!!すぐ手洗う!!」
ソファの呪いもハンバーグにはかなわない。
これじゃどっちが年上なのか分からないわねという理子の声が聞こえたが、ハンバーグに免じて聞こえないふりをした。

燈子

燈子

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-07

Copyrighted
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