明治不忍蓮華往生

No37304

『長い19世紀アンソロジー』https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=66201264 へ寄稿した作品のWEB再録になります。山田風太郎の明治シリーズとか峰隆一郎の明治◯◯刀シリーズとかみたいなのを書こうとしました。

 青々とした蓮の葉に覆われた不忍池を背景に、ふたりの剣士は、じっと相対していた。
 ともに、手にしているのは抜き身の刀だ。無論、明治も十年を過ぎた今の世においては、すでに禁制品となっている。ときは昼過ぎ、ところは上野の公園地だ。それでいて騒ぎにならぬのは、かれらがともに、濃紺の制服を身につけているからに他ならない。決闘の場に現れた場違いなものたちは、怪訝な顔こそ浮かべるが、二人が警官であることを認識すると、深く関わろうとはせず足早に立ち去っていく。──否。場違いなのはむしろ、かれらの方であろう。明治十一年、一八七八年には上野公園はすでに人々のあつまる場となっている。上野戦争で一度は戦地となった上野の山だが、元々が景勝地として有名であった土地である。明治に入り江戸期の禁足令も解かれ、先年には内務卿大久保利道の肝いりで万国博ならぬ内国勧業博覧会の会場ともなった。そしてこの陽天気である。五メートルばかりはなれて殺気を交流させる男らが居なければ、今頃の時刻には遅めの昼飯にありつくべく、池の畔には人の姿があったことだろう。
 日常を壊して対峙するふたりの間にある距離は、互いの間合いにあと一歩、といったところである。
「引いては、いただけませんか。捻木(ねじき)警部」
「聞けない相談だね、藤田警部補」
 捻木の構えは、正眼。ごくふつうの構えでありながら、どのような切り込みにも対処するという余裕がそこには見て取れる。故に、対峙する藤田は踏み込むにためらっている。
 対する藤田の構えは、おなじ正眼に見えてやや左に傾いている。それは、かれが身につけているはずの流派の構えではない。故に、対峙する捻木は出方を決めかねている。
 ときは五月、すでに桜は葉桜となり、陽光は初夏の気配をまとっている。対峙する剣士らの肌には汗が浮かび、柄糸をぬらす。だが、どちらも動くことはできない。
 動きが生まれたのは、捻木が再び口を開いたときだった。
「動くな、藤田五郎」
 鈴を転がしたような、鉄を打つような、奇妙な響きを伴った声が藤田の耳へと届き、声は刹那、藤田を縛る鎖となる。その技がいかなる種類のものであるか、藤田は預かり知らない。二階堂平法にあるという、敵手の刀を膠着さしめる技か、はたまた敵手に暗示をかける忍法の類か。ともかく、常道の技ではあるまい。
 だが、声が藤田を縛っていたのは、ほんのわずかのことであった。藤田が動きを止めていると思いこんでいる敵手は、まだ何歩も踏み込んではいない。
「一度見た技が通じると思うか!」
 拘束が解けるや、藤田は鬼神丸の銘を持つ愛刀を構え、そのまま駆けた。駆けるとともに、刀身は完全に横倒しとなり、左脇へと引き寄せられる。刺突へと転じる動作である。その所作は、藤田が自分の流派として他言している無外流のものではない。かれが人生の中でもっとも多くの人を斬ったころに身につけた技術だった。
 一歩、斜めに構えていた刀身は完全に地面と平行になり、二歩、その切っ先は刺突として敵手の腹に迫り──
「── 動くな、斉藤一」
 あと一寸だった。あと一寸、それで鬼神丸は、かれが今までにしてきたのと同じように、敵手の肌を裂き、臓腑を刺し貫き、命を絶つはずだった。
 陽光が、葉桜を青々と照らし出している。空は抜けるように青い。あと一寸足らずですべての動作を制止させられた藤田は、なぜかそんなことを今更に認識していた。激しい運動をしていたところから急にすべての動きを封じられた藤田の前進からは一挙に汗が噴き出し、息が細切れになる。
 刀を引っ提げた男がゆっくりと近づいてくるのを、固定された視界が捉えている。捉えているのに、動けない。藤田五郎の名を呼ばれたときとは、妖術の効き目は大違いだった。
(一体、どこで)
 藤田は、自身が獲物を追うものであると認識していた。ゆえに、自身が得物として追われたと言うことに理解が及ばず、ただ目前に迫る死を前に、走馬燈にも似た異常な回転で、思考が巡る。
「やあ、俺のことを分かったつもりだったようだが──
いかんせん、付け焼き刃の知識じゃあ一寸、俺を殺すには及ばなかったらしいな」
 捻木の声も、水底から響くかのごとくに遠い。――否。音だけではない。あらゆるものが、藤田の周りから遠ざかるようであった。思考が、次第に藤田の周囲の現実を浸食し始めているのだ。

「捻木太輔、ちゅう警部を知っとうな」
 大警視の執務室に入ってすぐ、藤田に投げかけられたのはそのような言葉だった。直接見知っているわけではないが、警視庁の剣道場で時折十人抜きだの二十人抜きだのと派手なことをしているのは把握している。
「たしか、薩摩者かと記憶していますが」
「そう、それが問題でなあ」
 河路利良大警視は、明治政府幹部に多い、薩摩訛の強い言葉で嘆息して見せた。
「この間からの実業家殺し、どの程度知っとうか?」
「は、一般的な報道程度でしたら」
 大警視は唐突に話を変えた。と、藤田には思われたが、おそらくは両者は同じ話題なのだろう。
 内原製鋼の御曹司、内原玲二氏が何者かに惨殺されたのは、四月に入ってすぐのことだった。現場には何も残されていなかったため、怨恨にせよ物取りにせよ、個人的な動機による事件であろうと目されていた。玲二氏の私生活がやや荒れていたこともあって、捜査は初動から見当違いの方向へと進み、何の成果もあげられぬまま日々を浪費することとなった。次の事件が起きるまでは。
 二件目の被害者は、南部有功氏だった。海南製糸創業者である氏は人望が厚く、また、北進一刀流免許皆伝の腕前であったところから、私怨や有象無象の物盗りによる犯行という線が消えることとなったのである。代わり、捜査線上に浮かんだのは不平士族の集団による犯行だった。先年に西南戦争が終結したとはいえ、不平士族らによる小規模な反乱や争乱、脅迫事件は今でも時折起きている。脅迫事件はとくに、西洋の文化に対して親和的と目された人士に対し行われることが多い。内原氏、南部氏ともに新興の実業家であったことからこれらの事件も、その類の犯人によるものであろうと目されたのだ。
 続く三件目、四件目の被害者も同じく実業家であったため、この方針は変わることがなかった。ただし、捜査の上で何個か、過激派の不平士族集団を潰しはしたものの、肝心の犯人を挙げることは未だできていない。それが、藤田の知るかぎりの事件のあらましだった。
「その犯人がな、おそらく捻木じゃ」
「は」
「じゃけん、斬ってほしい」
 黒檀の執務机の向こうで、大警視は端的に伝えるべきことを告げた。感情は、すこしもその顔から伺うことはできない。
「物証はなか。動機もわからん。ただ、何人かがな、あの剣筋は捻木じゃと。──それに加えて、事件と時を同じくして彼奴は姿を消しちょる。ほぼ、クロと見て間違いあるまい」
 そのようなわけで、藤田は左腰に懐かしい重みを感じながら捻木の姿を探すこととなったのだった。

 人を斬るのは、藤田にとって簡単な仕事ではない。
 剣でもって他人を害すること、それそのものが難しいと言っているわけではない。単純に剣で人を斬った経験であれば、藤田は現在生きている人間の中では上位に入るほうであろう。
 では、なにが難しいのか、といえば、かれは
(証拠もなしに、なにも知らぬ相手を斬ることはできぬ)
 と、思っているのだ。
 それは、現代的な証拠主義と一見すると同じに見えるが、心の内にある理屈はまるで異なっている。かれは、相手の思考を辿り、自身のことと同じように思えなければ斬ってはならぬ、と思っているのだ。できることならば、生育の環境から好みの食べ物、抱いた女のこと、なにもかも知りたいと思うほどだ。
 が、往々にして人を斬るべきタイミングを先延ばしにはできぬのも事実である。今回も、なるべく早く敵を見つけだし、殺すべき案件だろう。従って、捜査に際してかれがまず行ったのは、赤線近くの寂れた居酒屋の暖簾をくぐり、奥の座敷へと進むことだった。
「誰をお探しで」
 座敷には誰もいない。誰もいないが、畳に数枚の紙幣をおくと、声だけは聞こえてくる。
 江戸のころに、警察に当たる職務を遂行していたのが同心や与力という存在であるのは、有名な話だ。与力を補佐する同心が奉行所ごとに百人から百五十人足らず、与力に至っては各奉行所に二十五人ずつ程度の人員しかいなかったというのも、同じほどには有名だろう。しかし、一万人規模の江戸という都市にそれだけの人員で、業務が成り立つわけがない。──と、言うことで出てくるのが、同心に私的に雇われて実際の捜査を行う、岡っ引きだとか御用聞きだとかと呼ばれる存在である。
 明治に入り、川路大警視の下で近代警察が陣容を整えていく一方、旧体制において警察力を担っていたかれらは仕事を失っていったわけではない。警視庁創設期において、旧警察機構に携わっていたものを雇い入れ、そのノウハウを取り入れることは当然に行われたし、雇い入れられないまでもそれまで通りに捜査に協力するものも存在した。この店は、そういった元御用聞きが情報を売るための場所なのだった。
「捻木太輔という男だ。警視庁に勤めているが、一月ほど前から姿が消えている」
「近頃世間を騒がせている事件に関係がありますね」
 座敷の奥から、声が響く。はじめに聞いたものとは性別も年齢も異なる声だ。この答えが返ってくるからには、つまり、情報屋の間ではすでに捻木の犯行は知られているということだろう。それを伏せていることを責めはしない。情報はかれらの商材だ。仕入れた商材を最大に高く売れる機会を待って売りつけることを責めはできまい。藤田は畳の上に札束を放り出した。さすがに、自費ではない。捜査費として大警視より支給されたものが出所だ。
「奴さんなら、今時分は魚塔廊って郭だな」
 また、別の声が別の方向から響く。
「妓のところにいるのか。その相手が事件の原因か」
「申し訳ございませぬ、そこまでは、我らの網にもかかっておりません」
 続けて藤田がいくつかの質問を行い、尋ねることのなくなった頃、どこからともなく彼の目の前に膳が現れた。藤田は江戸の御用聞きがいかなる習慣を持つのかは知らない。ただ、この店の習慣がどう考えても一般的ではないことはわかる。
 急ぎ気味に早めの昼食を腹に収めると、かれは買った情報のとおりの楼閣へと足を向けた。


 幕府が瓦解し、公娼街の地位を失ってもなお、吉原は外界と隔絶した世界だ。明治五年に芸娼妓解放令が発布され、形式の上で芸姑、娼妓らはそれまで彼女らを縛っていた年季奉公から「解放」された。だが、あくまで移動の自由を認めるだけのもので、売買春の禁令ではなかったために、見世は名だけを貸座敷と変え、女も訪れる客もこうして残っているというわけだ。
 とはいえ、今はまだ正午にもならぬ頃だ。通りを行き交う人の数は少なく、見世も今ひとつ生気を失ったかのようだ。いまごろ吉原を闊歩しているのは、朝帰りを通り越して今頃になって家路へと付くどこぞのぼんぼんか、この街の中で生活を送るものが所用で外へ出ているかのどちらかだろう。
 情報屋から仕入れた話に従い、大門よりひとつ目の角を左に曲がり、江戸町二丁目を抜け、東西にのびる羅生門河岸に入ると、活気は更に失われる。羅生門河岸は、黒い板塀をめぐらせた吉原の外周に面する通りであり、すなわち片側を黒い板塀に覆われている。板塀の向かい側に立つものは、昔は河岸見世と呼ばれた最下級の座敷ばかりだ。それでも、江戸の頃には客を引く女郎らが格子の向こうに待ち構えていただろう。だが、明治に入って十年余り、いまや東京の花街と言えば柳橋、新橋の「柳新ニ橋」だ。河岸に立つ妓楼の中には、廃業し、看板もおろしたままの見世すら見える。吉原は、往時の盛況を保つことは出来なくなっているのだった。
 狭い河岸を歩いていく先に、ちいさな鳥居が見えた。九郎助稲荷神社だ。その手前、向こうから数えて三軒目にあるのが『魚塔楼』なる見世だった。
「失礼、捻木警部殿」
 廓の主人は、藤田が格子の外から覗き込んだ時点で、何かを悟ったような顔を浮かべた。話を聞くまでもなく、一月以上の間上の座敷に連泊している客がいる、とあっさりと白状して、座敷に通しすらしてくれた。
 座敷の中には、女物の打掛を羽織り、窓の方を向いて──すなわち、廊下から入った藤田に背を向けて横臥する男の姿があった。その口元からは、煙が上がっている。こちらからは見えないが、煙管をくゆらせているらしい。
「誰だい。幇間(たいこ)にゃ用はないが」
 いかにもらしい「堕落」の記号を纏った男は、こちらを向きもせず誰何する。
「僕は藤田五郎警部補と申します。捻木警部殿ですね」
「そうだが、あんたのほうは……何処かで見た気はするが、聞かん名だね。誰に頼まれた、毛見大警部あたりかな」
 藤田の足が座敷に入り、二歩進んだところで、すい、と捻木が身を起こした。何気ない動作、かに見える。しかしこのとき、互いの間にある距離は、藤田── そして、おそらくは捻木の間合いでもあった。
 場所は、いくら場末とは言え廓である。互いに何の得物も手にはしていない。だが、捻木の体に染み付いた感覚が、自身の領域を侵犯されることに反応したとみえる。
「大警視からの依頼ですよ」
 あえて、藤田は事実を口にした。直属の上司ではなく警視庁のトップの名を出せば、捻木が犯人であることを疑っている、と白状するようなものだ。が、この場合、事実を告げることで相手の反応を引き出すほうが上策と考えたのだった。
「あっちゃあ、親父さんかあ。俺を斬れって?」
「はっ、いえ、はい、」
 だが、返ってきた反応は、予想以上のものだった。逆に動揺を見せてしまった藤田を前に、捻木はにやりと笑って煙を吐き出した。
「あんた、人を斬ったことのある顔をしているもの。厭でもわかる。だが、何だって馬鹿正直に得物を置いてきたんだい」
 藤田の腰に刀のないことをまるでとがめるかのように、捻木は眉をしかめてみせる。場末とは言えここは郭だ。求められるまま、藤田は腰のものを預けてきたのだった。
「人を簡単に斬る人間は、簡単に殺されますから」
「ってことは、俺を斬ることは簡単だと思っているわけかい、あんた」
「いえ、僕はまだ、あなたのことを知らない。それではあなたを斬ることは絶対にできません」
「はあ、そりゃあまた、妙な信念さね」
 互いの流派だとか警視庁での仕事だとか、これから殺し合うことの分かっている男たちは、核心からもどかしいほどに遠すぎる、他愛もない話を四半刻ほど続けただろうか。ふと会話のとぎれるときがあった。
「さて。それじゃ『藤田五郎』さんよ。──動くな」
 沈黙を払うように捻木が口にしたのは、奇妙な響きを伴った声だった。そう言われて、動かずにいるものも居るまい、と返そうとした口が動かない。なにが起きた、と腕を上げようとして、口を動かすことも敵わないと知り、ようやく藤田は自身の身に異変のあることを知った。
「どうだい、外道の技だが人を斬るにはなかなか役立つ」
 動かすことの出来ない視界の中、羽織った打掛を引きずって、捻木が藤田の前に立つ。
「悪いが、あと一人、どうしても殺す必要があってね」
 頭上から声が落ちる。声だけではない。微かな金属の擦過音──刃物を鞘から抜き放つ音もそこには伴われていた。藤田の背中に、汗が吹き出る。いかなる業を受けたのかはわからない、わからないが、動かねば─── 
「あれ」
 動かねば死ぬ、と思い、足に力を込めた途端、視界がぐるりと回転した。どうやら、暗示はごくかんたんなものだったらしい。どのような理屈によるものかは分からないが、藤田の体の自由は戻っていた。かれは畳を蹴って跳ね起きる。先だってまで藤田が座っていた座布団に匕首が刺さっているのが目に入り、今更に心臓が跳ね上がった。
「ひでえや、偽名を名乗ることはないだろ!」
「人を殺そうとしておいて言うことか、だいたい偽名じゃない!」
 罵り合いながら、ふたりの男たちは一挙に距離を詰めた。座布団に突き立った匕首へと、二本の手が伸びる。が、互いに相手を妨害するべく手を振り払おうとした結果、匕首は明後日の方向へと弾き飛ばされた。
 舌打ちとともに、捻木の体は廊下へと躍り出た。捕まえてくれ、と叫ぶ藤田の声と、娼妓らの悲鳴、お膳だのをひっくり返す音、慌ただしい足音がいっときに混じり合う。
 上へ下への騒ぎの中、捻木が階下へと駆け下りるのを、藤田はたしかに確認していた。確認していたが、しかしそれは、芸姑の持つ十段ほど積み上げたお膳が彼の前でまさに倒れようとしていたときのことでもあった。
「その男! 殺人犯だ、外に出すんじゃない!」
 目の前で崩れ、かれの行く手を阻むお膳の上を飛び越しながら、藤田は叫ぶ。しかし、見世の主人も誰も、男の前に立ちはだかろうとはしない。一月近く逗留していた馴染みである──という以前に、殺人犯だと名指しされた男を前にして、身を張って止めようとするものもまず居まい。殺人犯だと宣言したのは間違いだった。藤田は小さく舌を打つ。
 階段を半ば飛び降りるように駆け下りて、藤田は誰のものかもわからない草履を突っかけ、河岸に出た。だが、その時点ですでに、捻木の背ははるか彼方にあった。走り、追いかけるが、幾つかの角を曲がった時点で、もはや背中すらも見出すことが出来なくなる。見失ったのだ。残されていたのは、三つ目の角で脱ぎ捨てられた打掛のみ。
「畜生、まずったな」
 赤い打掛を手に、藤田は吐き捨てる。吉原は巨大な街だ。見失ったものを見つけ出すには不向きに過ぎる。
 と。持て余している打掛から、ひらりと舞い落ちたものがあった。古い紙片だ。折り畳んだ四隅がすり切れている。長い間持ち運ばれていたものらしい。
「あっ」
 紙片を開いた藤田は、驚愕に目を見開いた。

 第一回目の内国勧業博覧会が開かれたのはこの先年、明治十年のことだ。日本国内の産業を振興するという目的のもと開催この博覧会の推進者は、先述の通り、内務卿大久保利道であった。
 さて、こちらも先にふれていることであるが、明治十年の日本と言えば、ひとつの大きな出来事があった。西郷隆盛の下野をきっかけにして勃発した内戦──西南戦争である。
「うん、捻木くんなら鹿児島に行っていたよ。たしか、半隊長だったかな」
「田原坂に回されていたらしいんだが、何せ田原坂だろう。話を知っているものがだれも生き残っとらんのだ、すまんな」
「所属していた隊が壊滅したのをいいことに、ほかの隊に転属を繰り返して城山まで戦い続けた、って聞いたぜ。いや、酒の席で聞いたことだから、本当かどうかは知らんが、本当なら大した執念だ」
「弟だったか甥だったかが私学校の出で、最後まで籠城していたそうだな。ま、薩摩者にはよくあることだが」
「恨み言?いやあ、聞いたことはありませんよ、そういう人じゃないでしょう。……何かあったんですか、捻木警部に。最近そう言えば姿を見ませんが……」
 警視庁に駆け戻った藤田が行ったのは、捜査の基本中の基本とも言える、聞き込みだった。叶うならば、捻木泰介が警視隊として鹿児島に居た頃の知り合いに話を聞く心づもりがあった。が、聞き出せる話から判断する限り、かれの直属の部下、あるいは上官はほとんど全滅に近い有様であったらしい。
 藤田もまた、西南の役に従軍していた。が、最前線ではなく後方支援を主とする舞台への配属であり、田原坂や鹿児島城での苛烈な戦いは伝え聞くだけにすぎない。それでも、伝え聞く苛烈さと、かれの置かれた立場から、終戦のあとに抱いた心理を想像することはできる。
──明治十年九月末、城山に籠城していた西郷隆盛は自刃、かれが伴っていた主だった将らも戦死か自刃を遂げ、西南の役は集結した。半年にわたって繰り広げられた内戦の中での死者は、両陣営併せて一万二千人を数え、日本最後の内戦は、日本最大の内戦ともなった。
 戦争が終結すれば、動員されていた兵隊や警官は平時の配置へと戻される。元が警視庁勤務であった捻木は、東京へと帰ることになる。最後まで鹿児島で戦っていたかれが帰ったころ東京は、十月を迎えていたはずだ。
 明治十年十月。この月、東京では一つの催事があった。三月から起きていた戦争のために開催が危ぶまれていたが、なにしろ内務大臣その人の肝いりで企画された博覧会である。内国勧業博覧会は、予定通りに上野公園で大々的に開催されることとなった。
 藤田は想像する。つい昨日まで命を削りあう戦場にいた男が、そのようなものとは何の関係もなく浮き足立つ人々を見たときのことを。否。自身の体験のうち、もっともそれに近い状況を思い起こし、増幅させる。
 幕府の瓦解する前夜、かれが京都にいたときの話だ。かれは密命を負っていた。敵対する組織に潜入し、情報を逐一吸い上げるという密命──ようは、間者の仕事だった。かれはその種の仕事に才能を持っている。仕事の内容に不満があったわけではない。何しろ警官になった今でも似たようなことをしているほどだ。かれは、仕事を完璧にこなしていた。求められた種類の情報を得られるよう組織の幹部に取り入り、そちらでの仕事も完璧にこなし続けた。
 そんな仕事を続けて、どれほど経ったころだったか。市中を歩いていたかれは、往来のなかで立ち止まった。かれに密命を負わせた男のもとへ、定時報告を告げに行く途中であったと記憶している。潜入先はもちろん、本来の組織のものにも見られるわけには行かないゆえ、変装をして周囲に警戒しながら歩いている、その途中だった。何の前触れがあったわけでもない。何のきっかけがあったわけでもない。ただ、かれのほかに通りを行き交う人々が、ごく自然な調子で、かれの緊張も警戒も知らず歩いていることに気づいた、それだけだった。たったそれだけのことで、かれの心中にはすさまじい疎外感が生まれ、代わりに存在していたはずの気力や張り合いといったものがすべて抜け落ちていくのがわかった。
 しばし呆然と立ち尽くしていたかれは、それでも身についた習慣に従って報告に赴いた。その場で、どのように言ったものだったか。かれはこれ以上の潜入は危険であることと、潜入先を壊滅させるに足る情報とを上司に伝え、納得させたのだった。それでその仕事は終わり、あとは潜入先を抜けるためという名目で、島原の馴染みのもとへと時化こんで、七日ほど逗留し続けた。もしも彼の所属元の組織に「離脱すれば死罪」との掟がなければ、それこそ捻木のように一月でもそれ以上でも逗留し続けたやもしれぬ。
 あのときの驚くほどに投げやりな気持ちは、容赦なく突き進む時代に引きずられることでいつの間にか霧散していた。たゆたう水では、蓮の芽も出ぬ、とは、拙い俳句を好んだかれの上司が口にした、拙いたとえだったか。だが、時代はもはや安定に向かっている。いまならば疎外感は消えずに残り、怨念を芽吹かせる。
(斬れる)
 いまや捻木警部は、藤田の合わせ鏡のような存在になっていた。かれを斬ることは、自分の身を斬るようにつらいだろう。ゆえに、斬れる。矛盾しているようでかれの信念からすれば筋の通った確信が、藤田の心中に確固と浮かんでいた。

 そしてかれは、上野公園に立っていた。その手には、内国勧業博覧会の広告がある。
 手がかりとなったのはその広告の裏、博覧会開催時の上野公園の地図と、そこに出展する企業の一覧だった。正確には、記された企業の名を塗りつぶす黒い墨が手がかりとなった、というべきか。
「……ん、なんだ。早いじゃないか」
 上野公園には、無数の施工中の建物や、整地中の土地がある。三年後、明治十四年に第二回の開催が決定されている第二回の内国勧業博覧会のため、工事が今から進んでいるのだ。
 捻木はそんな工事中の建物のうち、モルタルづくりの西洋建築で夜を明かしたようだった。この建物は三年後には、美術館として華やかな装いの客を受け入れ、第二回内国勧業博の目玉として揚州周延によって錦絵が描かれることになる。
「これでも遅いほうです。何せ、直接大久保利道を襲撃するものと思って、屋敷の側で一晩じゅう不寝番をしたんだ」
「そりゃあ見当違いだったな、体調は大丈夫かい」
 木材に腰掛けて刀の手入れを行っていた捻木は、相変わらずの軽い調子で立ち上がった。着流しだったいでたちは、警官姿になっている。大久保卿を油断させるための方策なのだろう。
 捻木がいままで斬ってきた無数の名士たち、政治家たち──かれらの共通点は、第一回の勧業博に出資もしくは出展を行っていた、ということだった。捜査班がその共通点に気づいていないのか、あるいは気づいていても犯人像を公にしたくない大警視の意向を受けて直接に動きはしないのかは、藤田の知ったことではない。ともかく、捻木は彼が手にしていた広告の裏に書かれた名前をもとに、標的を決定していたのだ。
 順当に行けば次は池田某というどこぞの実業家が捻木の手にかかっていたのだろう。だが、藤田がかれの元を訪れた。それで、犯行の順番が繰り上がったのだ。おそらくは最後にとっておくはずだった最後の大物――勧業博の立案者であり、西南戦争のときの政府首班でもある、大久保利道の順番が。
「さて。分かるだろうが──大久保さんがここに着いたら、あんたの負けだ。俺はあの人の動きを止めて、なにがあろうと斬り伏せるからな」
 一晩中大久保卿の屋敷周辺で張り込みを続けて、夜が白み始めたころ、藤田は見当を間違えていることに気がついた。そこで、屋敷の警護にあたっている警官に大久保卿が普段立ち寄る場所はないか尋ねたところ、返ってきた答えが、この工事現場だったのだ。
「と、言っても、ここじゃあ少し狭すぎるな」
 作りかけの建物は、壁こそないものの、無数の木材や張り巡らされた布といったものに満ちている。互いに、手にしているのは打刀、長さ二尺二寸、六十センチあまりの長物だ。斬り合うに向いていない場所であることは明白だった。
 そのようなわけで、彼らは不忍池周辺の平地にて向き合うこととなり──そして、冒頭に至るのである。

(ここで死ぬのか)
 と、藤田は思う。簡単に人を斬るものは、簡単に斬り殺されることになる──そう思って、なるべく敵手のことを知り、心の負担になるよう気を配ってきたが──なるほど、その基準で言えば、今回はあまりに性急に過ぎた。何しろ、なぜ捻木が自身の古い名を知っているのか、それすら分からぬ始末だ。
 斉藤一。それはかつて、かれが新撰組という浪士集団の一角を成していた頃に名乗っていた名前だ。この時代、すでに新撰組は無名の組織ではない。近藤、土方、沖田あたりとなれば、知るものは少なくないだろう。
 だが、斉藤一はそうではない。現代新撰組の組長は誰であれ有名人である。そのため現代人である我々には分かりづらいが、明治十一年においてはまだ、斉藤一という名前は世に知られたものではないのだ。その名を知られていた驚きは、相当のものであろう。
 しかし、何というざまだ。藤田は自嘲する。いまの名ではかからなかった妖術に、青春のかなたに捨ててきた名前を呼ばれてかかるとは。どうやら、自分にとってあの名前は、動揺を誘うに足るものであったらしい──
 薄ぼんやりとした視界の中、敵の持つ刃だけが鋭く陽光を照り返している。鮮烈な光は、大上段に振りかぶられ、なおいっそう輝きを強めた。
 その光が、走馬燈を呼び起こしたか。かれは、暗い路地に立っていた。どこか、と考えるまでもない。そこは京の街だった。むせかえるほどに血なまぐさい、かれの青春の幻影だった。
 宵闇の路地には、いくつもの死体が転がっている。死体は、不逞浪士のものでもあり、斉藤と同じ羽織姿の隊士のものでもあった。立っているのはただ二人、斉藤と、彼に剣を向ける薩摩の浪人だけだ。
 だが、斉藤ももう、剣をとれぬほどに手傷を負っている。対する浪人は、まだ剣を振りかぶるだけの体力はある。ああ。これは負けるな。泥の中にいるように重い手足をぶら下げて、斉藤は迫り来る白刃をただ眺めていた。だが、厭な気分はない。ここでなら、死んでもいい。斉藤はそう思った。思った途端、かれの周囲には死体に代わり、花が乱れ咲いていた。咲くは蓮華だ。そうか、ここは泥中なのだ、藤田は得心する。動けぬのも道理──
 ──何してやがる、斉藤よぉ。
 泥中に沈みかけたかれに、誰かの声が届いた。背を誰かの掌に強くたたかれ、かれは転げるようによろめいた。
 頬を、鋭い痛みが走る。耳には風切音が残っている。
「はぁ!?これも解くのか、何なんだあんた」
 避けたのは、大上段からの切り込みだった。ならば下段よりの切り返しがある。敵の居場所を確認する暇はない。藤田はがむしゃらに地面を転がる。身についた勘で、かれは返す刀をかわしきった。
 捻木は刀を振り上げきっている。対する藤田は、片膝をついている。捻木は、隙だらけの胴を藤田にさらしている。藤田は、下方より体勢を復帰せねばならぬ不利を負っている。
「あ、ああああ、あああああ」
 叫んでいたのは果たして我であったか彼であったか。藤田の足が地面を蹴って、刀とともにからだが跳ね上がる。捻木の刀がくるりとかえり、刀が振り下ろされる。赤い血が、乾いた地面に飛び散った。
 藤田は、がくりと膝をつく。その前で、腹を深く穿たれた男の手から、刀がぽとりと落下した。
「──あはは、強いねえ、あんた」
 穿ったのは、膵臓のあたりだ。すぐには死なずとも、手当は間に合わぬ。血に濡れた愛刀を抜き取ると、捻木の腹からはごぷりとどす黒い血が溢れ出た。
 地面に倒れ伏した捻木は、手を地面につき、起きあがろうとしている。意図を察し、藤田は手を差し伸べた。
「どこで、お会いしましたか」
 捻木が正座する手助けをしつつ、藤田はどうしても聞きたかったことを尋ねた。首を落とす前に、それだけは確認しておきたかったのだ。捻木は苦しげに口を開いた。
「小松川の、警察署で。あんた、よくわからん役職で出向してたろ」
 藤田は二つほど瞬きをした。小松川の警察署、つまり、第六方面第二署だ。一時期、署内の汚職摘発のために出向していたことがある。正規の仕事ではなく今回同様密命であったため、書記兼戸口取調掛、とかいう妙な肩書であったのは捻木の言うとおりだ。そして──「藤田五郎警部補」が出向するわけにはいかぬという書類上の問題で別名を考えろと言われて、面倒だったので斉藤一と名乗ったことを、藤田は思いだしていた。
「うん、でも、悪くない。良いな、こういうのも」
 肩すかしを食らった気分でいると、捻木がだれともなくつぶやくのが聞こえた。制服の上衣とシャツは、すでに寛げられている。
「言い残すことは」
 捻木は首を左右に振った。
「頼むよ」
 藤田は捻木の求めに従いかれの脇に立ち、かれが短く持った刀を自らの腹に突き刺すのを待った。切っ先が腹の皮を破り、横に引かれる。あとは、慣れたことだ。
 空は驚くほどに澄んでいる。鳴いている鳥は不如帰(ほととぎす)だろうか。不忍池には、いささか季節をはずした蓮がただ一輪だけ咲いていた。赤い放物線を描いて、捻木の首が飛んだのは、そのような景色の中でのことだった。首は、藤田が羨ましさを覚えるほど、満足した顔をしていた。
──首の皮一枚残す、とは行かねえんだな。
 また誰かに、そんな声をかけられた気がしたが、藤田は別段驚きはしなかった。それが何人であるのかは、すでに気づいている。
「うるさいな、おまえだってそんな芸当できなかったろ」
 ここは上野だ。慶応四年、上野戦争の舞台となり、彰義隊最期の地となった地だ。
「でも、助けてくれたことには礼を言う。あとはさっさと成仏しておけよ、原田」
 新撰組で組長をつとめていた原田左之助も、彰義隊の一員として戦闘に参加し、命を落としたと聞いている。いや、正確には上野の山のあたりではなく、どこぞかの
邸宅で死んだのだったとも聞いた気がするが──まあ、
細かいことは気にしない質の男だった。多少の距離など問題にはならないのだろう。
 後処理だのの雑用をすませ、藤田は警視庁へと戻った。あとは大警視に報告をすませるだけだ。懐かしい亡霊に会ったせいか、人を斬った後にしては軽い足取りで廊下をあるいていた藤田は、どうも庁内が妙に騒がしいことに気がついた。
「何かあったのか」
 手近なところにいる巡査を捕まえ、何が起きたのかを尋ねる。巡査は、質問が信じられぬ、と言いたげな表情を浮かべ、返答した。
「どうしたって、ご存じないんですか。内務卿が、暗殺されたんですよ」
「は」
 今、下手人になるはずの男を斬ったばかりじゃないか。思わずそう叫びかけた口を慌てて押さえ込んでいるうちに、巡査はなおざりな敬礼をして立ち去って行った。市内の警戒に駆り出される途中だったのだろう。
 この日。明治十一年五月十四日、内務卿大久保利道は、東京府麹町紀尾井坂において斬殺された。犯人らは犯行後自ら出頭し、のちに国事犯として処刑される。
 各々の命に従って、廊下を警官たちがあわただしく行き来している。藤田はそんな中、泥のような気分で廊下に背を預けて、ただただ口元を押さえていた。
(どうか、時代よ、流れる水のごとくあれ)
 かれは、心からそう願った。そうしなければ、不忍池に蓮華のふたつ浮かぶさまが、心のうちにどうしてもわき上がってきてしまうのだった。
<了>

明治不忍蓮華往生

明治不忍蓮華往生

明治十一年、某日。 不忍池のほとりにきらめく白刃がふたつ。 彼らは何ゆえに剣を交わすのか──?

  • 小説
  • 短編
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  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-09-06

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