簡単だよ

“簡単だよ”
死神は管を巻く。時々彼は嗚咽混じりに心境を吐露して、自分の居場所のなさに世界を放りだそうとする、だが彼はなぜ相棒だったのだろう?
友人関係もそうだ、人間関係も、死神が吐露する所によると、困難は必ず苦痛をともなってくる。けれど死神いわく、その障害の超え方さらも千差万別・十人十色の問題だという。それなら、なぜだか人助けをしたがる僕の中の死神にも頷ける。まあ神もそれぞれという所だろうか。とにもかくにも平日の夕方は物事の諦めや終わりにもにて、ささやかな郷愁を誘う。千差万別、けれど同じものが残る。街を見渡す、栄華を極める高速の拘束された生命の流転。
“簡単だよ”
そうだ。簡単なのだ、自分以外を理解する事は、観測しうるという事は。自分を理解する事よりも簡単だ。だから自分の理性と知性は時折自分を放棄して、世界に自分の居場所を明け渡すのだろう。そうしているうちには人は安楽を知覚する。聴覚は昨夜の花火の爆音を許して、心地よい音に映像を重ねる。視覚は新しいものを探して、インターネットサーフには連綿ときりがない、どこかの誰かの幸福を見る勇気があっても、古い旧知の仲の現在は知りたくもない。嗅覚は清潔さをならべたてる。ぬりつぶす香水で窮屈な屋内ではまれに鼻はばかになる。味覚は世界との知覚の対話、だいたいが同じ感覚を覚える。その瞬間に感覚は永遠をさとって、世界と対話が可能な気がする。
“簡単だよ”
管をまくのは死神か僕か、僕は何を記録するのか、決して世界は、今流れるこの瞬間の苦痛を一々すべてにともなって、拡大していばったりしたりはしない、したり顔は死神だけで十分だ。頭の中をかすめて、自分の揚げ足をとる自分がいつも自分の中にいる。けれど、努力とともに苦痛を超えようと考え、考えた瞬間から何かを成立させたあとにはその挑戦者は信じているのかもしれない。この苦難を超えるその瞬間に神が宿るという事を。そういえば、なにをしてたって何かしらの困難とぶち当たるのがこの世のしかけだ、街の成り立ちを多少理解したふりをして、体感的には想像で補う。人はものをつくり消費する、そのはざまにそれぞれの永遠の姿を見る。ただ似せているだけなのかもしれないその姿を。浴衣姿がちらつく人込みと、無駄に思える石づくりの橋のアーチ。コンクリートからコンクリートを渡ってまるで世界を掃除するように、どこかに生産の手段を探して、人が無駄を浪費して無駄でない瞬間を作ろうとする、その残骸を眺める死神がいる。川岸に打ち捨てられた空き缶さえも美しく思える自分がいた。

簡単だよ

簡単だよ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-03

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