『暁蕣花の咲く処』』(ある子竜の物語)第3章〈4〉 ~フラットアース物語②

〈4〉


池では相変わらず、仲間達が争っていた。僕は仲間達に悪いとは思いながらも、その中に割り込んだ。この池にいるのはやはり、農場の谷にいたような小さな気力の仲間達だけで、あまりにも大きさの違うその仲間達は、僕と争うことはしなかった。
僕はその仲間が池に、二ヶ月ほど滞在した。それで分かったことには、この池で生長するのは無理だ、と言うことだった。ここの精気(エネルギー)は薄すぎて、僕の器が満たされるには、百年も二百年もかかりそうだった。そんなに待っていたら、僕は一生ここから出られないことになってしまうだろう。早く生長する為には、仲間を食べてその精気を取り込むか、それとも、他にもっと精気の強い場所を探す必要があった。

だから、仲間達はお互いに争い、負けた相手を喰うのだ、と僕はようやく理解した。
けれど、僕は仲間を喰うことは絶対に嫌だった。流れの洞窟で助け合って暮らしていた仲間を食べるなんて、想像もしたくなかった。
僕は、もう一つの可能性を探すことにして、その池を出た。一つ知りたかったことは、半円形の谷へと連れて行ってくれたあの仲間は、一体どこから来たのか、ということだった。

僕達があの奇妙な穴を出た時、一緒だった仲間達の大きさは、せいぜい農場の谷の仲間達くらいしかなかった。それから僕と同じ大きさになるまでには、それなりに精気(エネルギー)の濃い場所で生長しなくてはならないはずだ。
彼は、この産洞の方向からやって来たのだから、この周辺に、彼が暮らしていた場所があるのではないかと、僕は考えていた。
それに、もしかしたらそこに、あの妙な穴を出た時に別れ別れになった僕の仲間達、流れの洞窟で一緒だった中間の気力の仲間や、大きな気力の仲間がいるかもしれない、という淡い期待も抱いていた。

僕はその池の出入り口を起点に、まず産洞の谷を探索してみることにした。他の場所と比べてほんの少し、産洞の谷には精気の甘い匂いがしていた。なので、濃い精気の()まっている場所があるとすれば、この谷の方に可能性がありそうだと思ったのだ。
ところが、この産洞の谷はやっかいな場所だった。谷の地形は入り組んでいる上に、至る所で力場が変わって、僕の感覚器を狂わせた。下に向かって飛んでいるつもりが、目の前の壁が途切れた途端に、地平線まで広がる空と荒野が見えたり、目印にしている池の出入り口から離れる方へ進んでいたのに、行く手に同じ出入り口が見えたりしたことなど日常茶飯事だった。

とりわけ、谷の奥に行くのは困難だった。力場が狂っているので、僕は主に視覚に頼って探索せざるを得なかったのだが、谷の奥には精気の匂いのする(きり)が立ち込めていて、度々、僕の視界を妨げた。霧に包まれると、上下左右が全く分からなくなって、気が付くと大抵、谷の入り口に戻されていた。それでも、探索している間に、谷奥の方がより精気の匂いが強い、と言うことが分かって来ていたので、僕は霧の晴れ間を狙って探し続けた。

その日も朝から霧が出ていたので、僕は探索を(あきら)めて岩棚で身体を休めていた。霧の日に動き回ると、せっかくここまで進んで来たのに、振り出しに戻されてしまうことになりかねなかったから、僕は(はや)る心を抑えてじっとしていた。
池のある谷の入り口付近と比べると、この辺りは霧のことが多かった。けれど、その霧は池と同程度の精気(エネルギー)を含んでいたから、微量ながらも気力を溜めることが出来たので、その点では都合が良かった。

ふっと、その霧の中から巨大な波動が出現して、反射的に僕の身体が緊張した。それは、僕よりも遥かに大きい仲間だった。その大きさは、僕の四倍を越すくらいはあるだろうと思われたが、あまりに差がありすぎて、それを正確に計ることさえ出来なかった。彼は、僕のいる岩棚の真下から上って来て、互いの結界が接触しそうな程の近距離を悠然と通り過ぎて行った。
それは初めて出会う、自分より気力の大きな仲間だったが、その威圧感と言ったら、恐ろしいなんて一言では片付かないくらいだった。僕はようやく、僕と出会った時の小さな気力の仲間達の気持ちが、少し理解できた。

僕は仲間の波動(すがた)が完全に見えなくなるまで、岩棚で息をひそめてじっとしていた。
(彼はどこから来たのだろう?)
あれだけ大きな気力(ちから)を持つには、この辺りの濃度の精気(エネルギー)ではとても足りないはずだ。
(まさか、仲間を喰ってあれだけ大きくなった、ってことはないよな……。)
あの大きさになるには何十名必要なのか、なんて考えたくもなかった。いずれにしても、彼がやって来た方向に、仲間の集まる場所がある可能性は高そうに思えた。

辺りの霧が晴れて来たのを見極めて、僕は探索の続きを開始した。ただし、行く先は谷の奥ではなくて、仲間の現れた谷底に変更した。
霧は晴れても、谷底には光がほとんど差し込まず見通しが悪かったから、少し進むごとに目印を残しながら進んだ。
けれど、その目印もここでは長くは持たなかった。目印は霧に触れると、次第に力を失い薄れて行ったからだ。それが霧に含まれている精気の為なのか、他に原因があるのかは分からないけれど、とにかく目印が消えない内に急いで、かつ慎重に探索する必要があった。

谷底に下るにつれて、霧は濃くなり、精気の匂いも僅かに強まった。探索を再開してから程なくして、岩壁に開いた大きな穴を見つけることが出来た。しかし、穴はすぐに行き止りになっていた。僕は一通りその穴を見て回った。だが、そこから先へ行けそうな隙間は、どこにも見つけられなかった。
ただ、気になったのは、その行き止まりになった一番奥の壁のことだった。それは、普通の岩壁とは違って、表面が滑らかで冷たく、ずっと以前に、卵だった仲間達と閉じ込められた場所で見た、あの動く壁に良く似ていたのだ。

(あの大きな仲間は、ここから出て来たのだろうか。この壁の向こうが、あの流れの洞窟になっているという可能性はあるのかな? それとも、同じ壁があったのは、僕が最初に落ちた卵の生まれる洞窟の側だったっけ……?)
けれど、今はその先に行くことは出来ないのだから、それを確かめようもなかった。なので僕は、穴の外に出て探索の続きをすることにした。

ところが、穴に潜っていた短い間に、外は霧が深くなっていて、残しておいた目印を確認することが難しくなっていた。目を凝らして、ようやく目印らしき光を見つけると、僕は慎重にその光の方へ進んで行った。
一つ、二つ、三つ目の目印まで戻ると、辺りの霧が少し薄くなって、周りが見えるようになった。けれど、その先の目印は消えてしまったのか、いくら探しても見つけることが出来なかった。

僕は困り果てた。僕のいる場所は急な斜面になっていて、ここにしがみついているのは苦しかった。かといって、方向感覚の狂うこの谷を飛ぶのは避けたかった。後は、さっきの穴まで戻って霧の晴れるのを待つ、という手もあるけれど、時間が経てば残っている目印も消えてしまうから、どっちへ戻れば良いか分からなくなってしまうという点では、今と変わらないのだ。
(つまり、諦めて谷の入り口まで戻れ、ってことか。)

同じ戻るのなら、早い方が良い、と僕は歩き出した。この谷は、中にいる者を谷の入り口まで戻す方向に力が働いていて、そちらに戻るのなら、何も考えないでただ歩いていれば良かったのだ。
歩き始めてすぐに周辺の霧は晴れ、視界が良くなった。そのおかげで今いる場所が、谷の入り口と、今日の出発点だった岩棚との中間点くらいだと言うことが分かった。
(あの穴の場所は、意外と谷の入り口から近いのかもしれない。)
この谷では、奥に行くには長い距離を歩いたつもりでも、逆に戻るとほんの数歩しか離れていなかった、なんてことが良くあった。

現在位置が分かったので、僕は探索の続きに戻ろうと思って、目印にしている岩棚の位置を確認した。その時だった。さほど離れていない場所から、僕と同じくらいの大きさの仲間の波動(けはい)がしたのだ。
振り向くと、向かい側の岩壁の中腹、丁度僕のいるのと同じくらいの高さに、洞窟の入り口らしき穴が開いているのが見えた。仲間はそこから飛び立つと、谷の入り口の方向へと去って行った。

僕はすぐさま、仲間の出て来た場所へと向かった。そうして辿り着いた入り口から見る限り、穴はずっと奥の方へと続いている様子だった。
近くに他の仲間の波動は感じられなかったので、僕は、思い切ってその洞穴に入って行った。
穴はしばらく行くと狭くなった。けれど、そこには谷に立ち込める霧よりも濃い精気の匂いがしていて、僕は、この先に探しているものがあるという確信を持った。

更に進むと、狭くなった洞穴は、小さな水たまりを最後に途切れていた。
しかし、近寄ってみると、それは水たまりどころではなくて、底の見えない深い穴になっている事が分かった。その水からは、小さい気力の仲間達がいるあの池よりも、ずっと濃い精気の匂いがした。僕は迷わずその水に飛び込んだ。
水は、大粒状の何か分からない物質で濁っていて、とても重たかった。それを掻き分けながら潜って行くと、穴はやがて上方へと向きを変えた。

穴を抜けた途端に、目の前に仲間の波動が現れ、僕は慌てて身体を縮小させて、相手と正面衝突するという事態を免れた。と言うのも、水に混ざる粒子が波動を遮るので、感覚器はほとんど役に立たなかったし、視界もひどく悪かったから、相手方近くにいることに全く気が付かなかったのだ。
ところが、身体を小さくすると、粒子はさらに厄介な相手になった。粒子はこちらの波動に対して、反対向きに働く力を持っていたのだ。極限近くまで縮小した身体に、幾つもの粒子がわっと寄り集まって来て、僕の身体は押し潰されそうになった。だから僕は、仲間が通り過ぎたのを確認すると、大急ぎで元の大きさまで戻った。そうして粒子の塊を振りほどき、ようやくひと息ついた。
どうやら最初からある程度の大きさがないと、この場所にいるのは難しいようだった。

僕は辺りに注意を払いながら、その場所を探検した。そこは最初に見た池……小さな気力の仲間達がいるあの池と、ほぼ同じような場所だった。ただ、この池にいる仲間は、もう一つの池よりも遥かに少ないようだった。ここでも、仲間達は争っていた。
全体の数が少ない分、直接戦う姿を見ることは少なかったが、自分の場所を確保しようと互いを威嚇する声は、あちこちから常に聞こえていた。

この場所にいるのは、僕よりも一回り大きな気力の仲間と、その半分程度か、半分よりも少し小さい気力の仲間達だった。その中で圧倒的に多かったのは、半分くらいの気力の仲間達だった。
この池の仲間達も、念話を使えなかった。ただ、農場の谷の時と同じように、仲間の波動を、同調音話を使って読み取ることで、ぼんやりとした映像としてだが、その考えを知ることは出来た。僕はその方法で、彼らがどこからこの場所にやって来たのか探ってみた。

それで分かったことには、彼らはこの池に来る前に、流れの洞窟と良く似た場所で暮らしていたらしかった。しかし彼らは誰も、あの奇妙な穴を通ったことは覚えていなかった。
(ここにいるのは、僕達とは違う場所で生まれた仲間達なのだろうか?)
僕は、争いにならないようにと仲間達との距離を保って、慎重に広い池の中を探し回った。けれど、この池にいる仲間の中に、見覚えのある者は見つからなかった。

その間にも、二名、三名と、僕と近い気力を持つ仲間が池を出て行った。この場所では大きい方のその仲間達は、争いはするものの、仲間を喰うことはしなかった。
その一方で、半分ほどの気力の仲間達は、争い喰い合って、その数を急速に減らして行った。
けれど、それも最初の内だけだった。半年、一年と過ぎる間に、気力をつけた小さい方の仲間達は、互いに牽制し合うだけで、実際にぶつかり合うことはほとんどなくなった。

たまに、彼らが戦うことがあったけれど、そんな時、争っているのは、必ず同じ気力の者どうしだった。仲間達が、自分より小さな者を喰うようなことは、一度も見かけなかった。だからそれは、仲間達の習性のようなものかもしれなかった。
更に半年が過ぎると、小さな方だった仲間の中から、僕と同じくらいの気力を持つ者も出て来た。そうかと思えば、まだ半分の大きさのままの仲間もいて、生長の仕方にも個性があるようだった。小さい方から僕と同じ大きさになった仲間は、続く一年の間にほぼ全員がこの池から出て行ってしまった。それに対して、最初から僕と同じくらいだった大きな方の仲間達は、半分以上がまだこの池に留まっていた。

一足飛びに、大きな仲間と同じだけの気力をつけた仲間達が池から出て行くと、残った小さい方の仲間達の中で、ぽつぽつと戦いが起こるようになり、そこからまた、僕と同じ程度の気力を持つ仲間が現れた。その仲間達もその後、一年とか一年半の間に皆、池から出て行った。

池に残っているのは、僕と同じくらいの気力の仲間が数十と、ようやく初めの倍の大きさになろうかという、最も小さな方の仲間達だけになっていた。小さな方の仲間達も僕がここに来た時と比べると、四分の一程度にその数が減っていた。
残ったその仲間達は、争いが最も激しかった初めの頃に、一度だけ負けた仲間を喰ってその気力を取り込んだものの、それ以降はのんびりと池の精気を蓄えて生長して来た者達だったから、池の中は比較的落ち着いていて静かだった。

やがて、小さな方の仲間達からも、ひとり、ふたりと池を出て行く者が現れ、更にそれから半年が過ぎた頃には、残っていた僕と同じ大きさの仲間達も、次々と池から出て行き始めた。
僕は仲間のひとりにくっついて、池の外へ出てみた。彼は産洞の谷を出ると、農場の谷を越えて、真っ直ぐに半円形の谷へと向かった。そこで彼は、僕が以前にそこで出会った仲間と同じように、谷には行かずに、その手前の荒れ野に降り立った。
僕はしばらくの間、遠くから仲間の姿を眺めていたが、彼は荒野をあちこち歩き回るだけで、何か目的があって移動しているようには見えなかった。何日か経っても、彼がそこから動く気配はなかったので、僕は産洞の谷に戻った。

離れていたのは一ヵ月にも満たなかったはずだが、もう池の中には小さな方の仲間達しか残っていなかった。いや、もはや小さいと言われるのは、仲間達にとって不本意なことだっただろう。彼らは今や、僕がこの池に来た頃の大きな方の仲間達と、同じくらいの大きさにまで生長していたからだ。
(それなら、大きな方と小さい方の群では、この池にやって来た時期が違うってことになるのか……。)

僕はあることを思い付いて、一つ目の池、最も小さな気力の仲間達が集まっていた最初の池へと行ってみた。半ば予想していた通り、その池にはもう誰も残っていなかった。
(恐らく最初から、成竜(おとな)になった時の大きさで分けられているんだ。)
それは、一つ目の池にいた仲間達は皆、その池の薄い精気でも、十分に器が満たされる程度の大きさだったと言うことだし、二つ目の池は、今の僕と同じ大きさに生長する仲間の為の場所なのだ。
そしてそれは、もっと大きな仲間が、それらの池から現れる可能性はない、と言うことでもあった。

(だとしたら、三つの大きさになっていたあの妙な穴は、仲間達を仕分ける為に存在しているのかもしれない。……でも、二つ目の池には、見知った仲間はひとりもいなかった。)
そこがどうも()に落ちないことだった。そうは言っても、二つ目の池にいた仲間の数は、流れの洞窟で一緒だった仲間達と比べて遥かに少かったから、僕が知っている仲間達は、別の所で暮らしている、という可能性がないわけではなかった。

それにしても、と僕は小さな溜め息を漏らした。僕がこの産洞で過ごすようになって、すでに長い時間が経っていた。ここで仲間達が生長したのと同じように、僕の気力もそれなりに増えていた。しかし、それでも器はまだ、ほとんど空に近いという状態だった。
一体、あとどれだけの気力を溜めれば、僕が成竜(おとな)になるのに十分になるのかなんて、想像もつかなかった。ただ、今の状況から言って、二つ目の池の精気でさえも、僕が生長するには薄いということは分かった。だからと言って、仲間を喰うのは論外だった。

(仲間を殺してしまうなんて、絶対に出来ない。)
以前に〈外〉の世界で出会った、蒼い波動体の生物のことが、今でも頭から離れなかった。
(生きたい、もっと大きくなりたい。そう叫んでいたあの生物……。その気持ちは仲間達だって同じのはずだ。)
だけど、僕だって大きくなりたかった。その為には、もっと精気のある場所を見つけなくてはならなかった。そう言う場所があるとすれば、あの僕の何倍も大きかった仲間がやって来た所だろう。
そう考えて、僕は池を出て、仲間と出会った辺りを探し回った。
けれど、そこには最初に見つけた行き止まりの穴以外、それらしい所は見つけることが出来なかった。勿論、その穴も何度も調べた。しかし、その行き止まりの壁は、全く動きもしなかったし、その辺りで仲間に出会うこともなかった。

仕方なく、僕は池に戻って来た。こうなったら、例え少しずつだとしても、ここで気力をつけるしかなかった。次々と池を出て行く仲間達を横目に見ながら、僕は池の隅に陣取っていた。
池に残る仲間達とは気力の差が開いているので、仲間達は誰もこちらに近付いて来ようとはしなかった。何もすることなく、独りで座っている時間と言うのは、堪え難いものだった。それに比べたら、〈外〉の世界で雪に閉じ込められていたあの時の方が遥かにましだった。
(せめて、仲間達と話せたら良かったのに。)
何度そう考えたかしれなかった。けれど、僕に出来たのは、ただ遠くから仲間達の様子を眺めていることだけだった。

『暁蕣花の咲く処』』(ある子竜の物語)第3章〈4〉 ~フラットアース物語②

『暁蕣花の咲く処』』(ある子竜の物語)第3章〈4〉 ~フラットアース物語②

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-09-02

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