メイドール 試し
書きためていたもののごく一部を投稿してみました。
中身としては恥ずかしい部分もあり、また、書いている途中のものなので、あまりすぐの更新は期待しないで頂けるとありがたいです(汗
おれはしがない一大学生だった。そのおれの日常が突然変化したのは、2年生になったばかりの春だった。
ここは機械技術の発展した世界、とくにロボットなどの自律AIが搭載されるものがメインに据えられている。一家に一台はお手伝いのロボットが置いてあるといってもだれも驚かない、そんな世界だ。
俺はそんな世界で、割と安いアパートに一人で暮らしていた。
「はあ、いい加減片づけないとな・・・」
根っからの面倒くさがりであるそのアパートの一室の住人、木月功(きづきこう)は、布団に寝転がったままぽつりと呟いた。部屋はごみや教科書、積まれた段ボールに大量にインスタントご飯や本が詰められている。歩ける場所は入り口から布団までの直線コースと、その間にある机周辺のスペースだけだ。
「あ、そろそろ大学に行かないと」
遅刻を面倒だと考える功は大学の講義は30分位前に着くようにしていた。
「誰か片付けておいてくれないかな。面倒だし」
そうぼやきながら着替え、部屋を出て行った。今日は一時限が休講だったので、2時限目からである。
「おはよう」
「あ、おはよ」
講義開始1分前に滑り込んできたのは、2年になってできた功の友人の幹也だ。彼は功よりはるかに成績優秀で、たまに講義中の問題で分からないところを助けてもらったりもする。最近はバイトで忙しいらしく、あまり余裕がなさそうである。
「寝坊か?」
「まあ、遅れなかったんだからその表現はあってないと思うけど」
「ん、それもそうか」
回ってきたプリントを自分たちの分を取って後ろへ回しながら納得する功に、それ以上話すこともないらしく、幹也はプリントに目を通し始める。功もプリントに目を通すと、そこには現在のロボットの燃料の製法が書かれていた。言い忘れていたが、功がいる学校は工学系の大学である。ロボットの機構や燃料などの基本知識や、それ以外の日常製品にどのように使われているかについての講義である。正直言って興味はあるが、学問として数字を大量に扱うこの講義はどうしても苦手だった。
「えーこれは化石燃料を使用していた時と比べ、非常に安価で大量に、かつ使用前後ともに環境への影響はとても少ない。その理由としては・・・」
幸い今日は計算が少ない講義らしい。まあ、週3回もある講義というのはあまりにも多い気がするが、最近ではどこの大学でもこの系統の講義が増えている。有名大学では週5日もあるという噂もあるくらいだ。どうやらこのロボット技術に力を入れて、他国にその技術力をアピールしようとしているらしいが、成功しているのかは功にはわからない。
「・・・であるからして、この学科では特に、ロボットの内燃機構、主に電気の発電に使う燃料について力を入れているからして・・・」
ガチャ
唐突に講義室のドアが開き、数十人の視線がそちらに向けられる。当然功の視線も。
そこにいたのは、メイド服を着た長髪の女性だった。その髪はきれいな銀髪で、その表情は無機質なものだった。多少視線を巡らせた後で、目的のものを見つけたらしく、まっすぐにそちらに向かって歩き出した。どちらかというと功のいる方向へ歩いてきている、というよりも功だけを見つめているようにしか見えない。動揺と静寂に包まれた講義室の中を進む彼女は、まるでどこかの貴族のような雰囲気を感じさせる。そう考えている間に、彼女は功の目の前で立ち止まり、膝をつき頭を垂れた。
「あなたが私のマスターですね。これからよろしくお願いします」
そのセリフに、その講義室が凍りついた。
数十秒して、ようやく口をきけるようになった功が口を開く。
「えと・・・・・どういうこと?」
「詳しい話はまた後で。今はわたしは御迷惑にならないよう床に座りますので」
冷静に応対した彼女は、そのまま床に座ろうとする。
「え、あ、ちょっと待って。今席を開けるから。幹也君、荷物どけて」
「え、ああ」
幹也は戸惑いながらも二人の間の空いている席に置いた荷物をどけてくれた。功はそのままその空いた席にスライドし、彼女が座れる席を作った。
「私は床でよろしいのですが・・・」
少し不満そうな顔で彼女は呟きながらも功の隣に座った。百合のような香りに一瞬陶然とし、それから慌てて首を振る。
「私のことはお気にせず、勉学に励んでください。お邪魔でしたらぜひともお仕置きを・・・」
何の感情も浮かばない表情で言う彼女にどう対応すればいいのかわからない功は苦笑いをして黒板のほうへ目を向ける。それが合図かのように先生やほかの学生は慌てて視線を戻し、講義は再開された。
講義が再開されたのはいいが、功は隣に座った女性が気になって仕方がない。何とか意識をそらそうとすると、彼女はわざとらしく髪を功の顔に当たるようにしたり、胸を押しつけてきたりしてくるので一層集中を欠いてしまう。
「ちょ、ちょっと・・・」
「なんですか、お仕置きですか?」
即座に返事を返してきた彼女の反応に、何となく違和感を感じる功。
「そ、そんなことする気はないけど・・・してほしいの?」
「それを肯定するにはいささか度胸がいるようですが、どちらかといえばイエスですね」
「な」
隣で聞いていた幹也が唖然とした表情になる。
「じゃ、じゃあ後で詳しい話をするから今は余計な事をしないで座っていて」
「イエス、マスター」
功にそう言われ、彼女は素直に頷き姿勢を正し、それ以上ちょっかいを出すことはなかった。
講義が終わり、昼休みのこと。
「で、結局君は誰?」
功は昼食を買ってきて、次の講義の講義室の隣にあった空き教室で彼女と向かい合う。
「はい、私はあなたのお世話をするよう言われた人形です。こちらに説明書が」
そう言いながら彼女はメイド服のポケットから一枚の紙を取り出す。
「えーと、なになに・・・あなたは世界中の応募者1億752万とんで3人の中から選ばれました。我が社で開発した『メイドール』の1カ月貸出の権利を得たあなたは、このメイドをご自由にお使いください、ただし、注意事項をよく読み、それに沿った使用方法を心がけてください。扱いがひどい場合には、即座にこちらへ報告され、警察へ通報となりますのでご注意ください。では注意事項をよく読み、1か月の間、存分にお使いください。・・・・か」
読み切ると今度はどこから取り出したのか、思っていたよりも大きい冊子を渡される。見た感じはA4で100ページもあるかどうか、といったところだ。
「注意事項です」
端的にいい、読むように促す。
「こっちは・・・使用者三大原則
・使用者は『メイドール』に体罰を与えてはならない
・使用者は『メイドール』の嫌がることをしてはならない
・使用者は『メイドール』を傷つけてはならない
・・・・ておい」
「なんでしょうか」
「さっきのは要は来てすぐ帰るための方便だったのか?俺に体罰をさせて」
「イエス、マスター」
即座に肯定する彼女に呆れるしかない功。
「まあ、変態じゃないからかなり安心した。で、きみはなんでここに来たんだい?」
「アパートに行くと鍵がかかっていて、大家さんに聞くとここの大学に通っているそうだったので来させていただきました」
「そ、そうなんだ。えっと・・・・じゃあ、さっそくで悪いけど、俺の部屋を片付けておいてくれるかな。はい、鍵」
「業者などに確認しないので?」
「このまま君を一人にするのも教室に置くのも居心地が悪いだろうし、俺がいる状態で掃除をされるのも俺が邪魔だろうし・・・それに確認しようとしたところでその手段はないし」
「そうですね、わかりました」
そう言って彼女は鍵を受け取り、教室を出て行った。
「ふう、さてと・・・」
呟きながらケータイを取り出し、どこかへとかける。
[もしもし、どうしたのこんな時間に]
出たのは母親だ。ちょうどいい。懸賞好きの母のことだ、きっと自分の名前も利用したのだろう。
「もしもし母さん。また懸賞出したでしょ」
[えー・・・あ、そういえば出したかも]
「『メイドール』ってわかる?」
「あー確かそんな名前だったかも・・・・もしかして当たった?」
「そうだよ」
「あーならすぐに母さんに送って!母さん人手がほしいのよー」
「本人に聞いてからだから、今晩聞いてみる」
「お願いね、って本人?」
「そろそろ講義が始まるから、じゃ」
そう言って電話を切り、功は講義室へ戻った。
講義室に戻ると、早速幹也が顔を近づけてくる。
「で、彼女は?」
「このまま待ちぼうけも悪いし部屋の鍵を渡して掃除してもらうことにしたよ」
「・・・そうなんだ」
何とも言えない表情で幹也は相槌を打つと、それ以上は詮索してこなかった。
「でー、彼女は誰だったのさ?」
「・・・・」
少し底意地の悪さを感じさせるような笑みを浮かべた男と、固く唇を引き結んだ気難しそうな青年がそれぞれ別にこちらに近づく。
「別に、大騎に説明することはねえよ。・・・・巧には後で教えるけど」
「なんで俺には教えねえんだ!?」
「教えたらうざいから」
「・・・・・感謝する」
俺の返答に声をかけたほうの男、大騎が落胆し、黙っている気難しい青年、巧はほんの少しだけ唇の端を引き上げる。実はこの二人、それぞれ女子に人気があるが、タイプが全く違うのになぜ功に話しかけてくるのかいまいちわからない。
「うざいってなんだよぉ!」
「その態度から声から」
「声量とか、行動とかかな」
「・・・・・・存在が」
「ちっくしょーーーーう!」
大騎は悔しそうに一声上げ、とぼとぼと自分の席に戻って行った。そこで功が視線を前に戻すと、こちらをちらちら見る姿に気がつくが、女子だったため、話しかける気にはならなかった。さすがに自分から厄介事を引き込む気はない。
「プリント配るから私語やめろー」
なんだか眠そうな半眼が特徴の先生のその言葉で、午後の講義が始まった。
4コマの後は今日は講義がなかったので、友人との話もそこそこに家へもどってきた。
部屋へ戻るとそこは見違えるように綺麗になり、布団も綺麗に干されていた。荷物を椅子の上に置いて眺めていると、部屋のドアから先ほどのメイド服の彼女が入ってきた。どことなく不機嫌な雰囲気に感じられる。
「あ、おかえりなさいませ。マスター」
「あ、うん。ただいま」
堂々としたその言葉に、思わずたじろいだ功だったが、すぐに言うべき事に気がつく。
「すごく綺麗になったね、嬉しいよ。ありがとう!」
そう言うと、彼女は驚いた表情になり、ほんの少しだけ頬の血色がよくなる。
「え、ええと・・・ありがとうございます」
「うん」
「・・・・・・・・・・・・・あの」
「なに?」
視線を少し下に下げた彼女に、功は不思議そうな顔をする。
「なんで頭をなでるんですか」
「え、いやだった?」
「あ、いやそういうわけでは」
撫でていた手をすぐに引っ込めると、彼女はほんの少し困ったように眉を寄せた。
「あなたはこういうことに慣れているんですか?」
「え?いや、まあ・・・頭なでてもらえたら嬉しくない?普通」
「・・・・・人によると思います」
「そうなのか・・・・じゃあやめたほうがいいのかな?」
撫でたときの絹のようになめらかな髪の心地よさに少し名残惜しさを感じながら言うと、彼女は恥ずかしそうに俯く。
「え、いや・・・そういうわけではなく」
「?」
「マスターはメイドを恥ずかしがらせるのがお好きなんですね」
「そ、そういうわけじゃないよ!撫でるのがいやだから、言ってるのかなって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいですよ、別に」
「え?」
「何度も言わせないでください。褒めるときは撫でてもいいと言ったんです!」
怒ったように顔を赤らめながら、彼女は少し大きな声で言うと、部屋の奥のほうへ行って正座をした。
「これより一カ月の間、メイドールとして、よろしくお願いします」
「あ、ああ。こちらこそ」
彼女の綺麗なお辞儀に功はあわてて座って下手くそなお辞儀を返す。
「それで、初めに決めなければいけないことがあるのですが」
「なんだい?」
「私の名前です」
彼女は無感情な瞳で功を見つめ返し、功は思わずのけぞる。
「え、えっと・・・・俺が決めるの?」
「はい、もちろん私が気に入らなければ拒否する権利も与えられています」
「・・・・・うん、わかった。ちょっと考えさせて」
「はい、わかりました。で、今夜は何が食べたいですか?」
「・・・作ってくれるの?」
「やることもないと思うので」
「そっか。ちなみに君の得意料理は?」
「肉じゃがとカレーとクリームシチューです」
「・・・・・・そっか」
味付けを変えただけな気がするのは功の気のせいだろうか。
「まあ、今の時刻だとぎりぎり調理までは終わるけど、味が染みないでしょ」
「そうですね」
「卵焼き、とかできる?」
「もちろんできますけど」
「じゃあそれでお願い」
呆れた様な表情から、少し困った表情に変えた彼女は言う。
「・・・・それはそれで夕食前までやることがなくなるのですが」
「そうか・・・・なら、買い物に行くか、まだ日が暮れるまで時間はあるし」
「買い物、ですか」
怪訝な表情になった彼女を功は立たせて部屋の外へと押し出す。
「ちょっとお金下ろしてくるから学校の正門前で待ってて」
「イエス、マスター」
どこか納得のいかない表情をしながらも、彼女は功の言われた通り正門前で立ち止まり、功だけが大学内にあるATMへ向かった。
お金をそれなりに下ろしてから、功は正門へと急いで戻る。彼女が待ちぼうけで迷惑しているのではないかと考えたからだ。
「ねえ、君面白い格好してるね。これから僕らとお茶しない?」
「・・・」
数人の男、おそらく功と同じ大学の学生だとは思うが、いささか軽い気がする。その男たちの誘いをまるで目の前にいないかのように正面を凝視したまま微動だにしない。端から見れば気の強い美人に男たちが絡んでいる図になるが、彼女のメイド服が一層の違和感を醸し出している。
「おーい」
「お待ちしておりました、マスター」
功が声をかけると間髪入れずに彼女はこちらを向き、丁寧にお辞儀をする。
「あん?」
「誰だてめえ」
「いきなり女性の前で態度が変わるような人は信用できませんね軽い男です性根が腐っているんでしょうかそうですかちなみに彼は私のご主人様です」
「・・・・・うん、間違ってないけど罵倒の中に混ぜて紹介するのはやめてほしいな」
少ししょげながらも功は言葉を返す。
「そして私は彼の奴隷」
「「「はあっ!?」」」
功の言葉をスルーして続けた彼女の言葉に、男たちは驚く。功は疲れたようにため息をつき、頭をかく。
「うん、そうして俺に奴隷と呼ばせるか肯定させて傷つけたってことにしたいんだろうけど、無理だよね。君から言い出してるから君からは認められてるわけだし」
「・・・・・・・・・・・・ちっ」
先ほどまでの微妙な感情表現よりも少しだけだが露骨に顔をしかめて舌打ちする彼女に、ようやく人間味を感じた功は、何となくほっとする。
「ちっ、いこーぜ」
「そうだな」
「ちくしょうこのリア充め」
悔しそうに男たちが立ち去り、後には功たち二人が残された。
「そ、それじゃ行こうか」
「はい」
功が近くのバス停に歩き出すと、本当に従者のように斜め後ろを彼女はついてきた。
「バス、ですか」
「うん。どうかした?」
「いえ、大学の近くで買い物を済ませるものとばかり思っていたもので」
「あはは、食材は家に残ってるから近場の買い物の予定はないよ。それにこの近くだと買いたいものがないしね」
「・・・・・そうですか」
どこか納得のいかなそうな顔で彼女は黙り込み、それからしばらくは二人の間には沈黙という静寂が満ちた。
それから10分位してにバスが来て、二人は乗り込む。功が二人分支払おうとすると、彼女はそれを制して右手をバスについている精算機へとかざすと、彼女の分の料金が支払われた。
功は驚きながらも自分の分の料金を支払い、二人で並んで席に着く。
「自分で払えるんだね」
「交通費等は経費で支払えますから」
「そっか」
それは素直にありがたいので、軽くだが彼女の頭をなでる。
「・・・・・・い、今のは撫でる場面ですか?」
「お金が浮くのは嬉しいことだし、君が自分からそういうことをしてくれたのに感謝してるからだよ」
「そう、ですか」
困ったような表情ではあったが、彼女の横顔はどこか嬉しそうであった。
バスが着いたのは、功の住む街の一番大きな繁華街だった。
「ここで何を?」
「君の服だよ」
功がそういうと、彼女は眉根を寄せ、数秒後に何かに気が付いたかのように目を見開くと、そのまま後ずさるように功から距離をとる。
「ま、まさかあなたは私に服を着せて着せ替え人形として遊ぶつもりなんですかそうなんですかまあ確かに危害を加えているわけでもないので私が嫌がらなければ大丈夫なんですがいやあなたにそんな趣味があったとは思いませんでした」
「・・・何を勘違いしてるのか知らないけど、一か月間もそのメイド服だけで過ごすのは嫌かと思って。それに、俺もメイドを引き連れた男、っていうより、普通に目立たないような格好でいてほしいし」
「・・・・・本当に?」
「ああ、それに、メイド服以外の服も君には十分似合うだろうし。折角可愛いんだから」
「・・・・・・っ」
功の言葉に彼女はわずかに顔を赤らめ、顔をそらす。
「・・・・よくもそんな恥ずかしいセリフが言えますね」
「恥ずかしいか・・・・・た、確かに」
改めて考えてみると、結構恥ずかしいセリフだったのかもしれない。二人とも顔を赤らめたまま微妙な沈黙が流れる。
「ま、まあまずは買い物だよ買い物。行こう」
「イエス、マスター」
二人はその場の空気を換えるようにいつもの雰囲気に戻った。
そうして二人が来たのは、安さと品の多さが売りな大型の古着店だった。下着だけは新品らしく、それなりの値段はするが。
隣からのジト目の視線が痛い。
「し、仕方ないだろ。大学生には金はあまりないんだ」
「まだ何も言っていませんが、それが言い訳がましく聞こえるのは仕方ないのでしょうか」
「・・・・ご、ごめん」
功がうなだれると、彼女は小さくため息をついて功の背中を押す。
「ほら、せっかく来たんですから、早く入りますよ」
そうして押されながら入った功は早くもすさまじい後悔に襲われていた。
「初心なんですね、下着で動揺するなんて」
「あ、当たり前だろ」
「ではどれがいいかあなたが判断してください」
「はあ!?」
功の叫びをよそに、彼女はいくつか物色したあと、気に入ったらしいいくつかの下着を片手で持ち、もう片方の手で功の手をつかんで試着室付近まで連れてきて、空いた試着室前に立たせる。
「では、私はこれから着替えますので、着替え終わるまでそこにいてください」
「・・・・」
功が恥ずかしさで目をそらしているのを気にせず、彼女は試着室のカーテンを閉める。
功がそれを見計らってそろりそろりと距離を取ろうとすると、中から彼女が声をかけてくる。
「着替え終わった時にあなたがいなかったらこの下着姿のままあなたのところへ行って捕まえたら一緒に試着室の中へ入れて目の前で着替えますから」
その声に、功は諦めるしかなかった。
わずかな布ずれの音が聞こえるような気がして沈黙しているのがすぐに耐えられなくなった功は着替えている最中の彼女に話しかける。
「そういえばさ、君ってたとえば持ち主の実家とか別の場所とか離れたところで仕事をさせて大丈夫なの?」
「それはバイトをさせたりするということでしょうか?」
「まあ、そういうのもありか。あ、いや、そういうことじゃなく、持ち主がいないところにこの1か月間置いといてもいいのかなって」
「私は別にかまいませんが、それで私に何らかの損害が与えられた場合、責任はあなたになりますから普通はしませんよ」
「そっか」
「・・・・・それに、1か月後のこともありますし」
「どういうこと?」
「後で説明します」
そう言ったあと、少しの間彼女は沈黙し、やがてカーテンの隙間から顔をのぞかせる。
「この隙間から見てくれますか?」
「え、あ・・・うん」
この場面で逃げ出したい気持ちはほぼ頂点に近かったが、下着姿で追いかけられるのだけはごめんなので覗くしかない。なんだか背徳的な雰囲気を感じながら覗くと、彼女は簡単なレースをあしらった白い下着を身に着けていた。元々の白髪と相まってまるで雪の妖精か純白の雪のようなイメージだった。
「ど、どうでしょうか」
「・・・・う、うん。似合ってると、思うよ」
「そうですか。ではこの系統にします」
納得したように彼女は言い、功に顔を引っ込めるように手で示す。功が顔を引っ込めると、ふと周りからとんでもなく痛い視線を感じた。
「見てよ、あいつ。堂々と女の着替え見てたわよ」
「えー、変態ジャン」
など言われ、功はその場に膝から崩れ落ちた。
「どうしました?」
「・・・・・もう死にたい」
メイド服に戻った彼女に聞かれた功は、床に手をつき、大きくため息をついた。
「それよりも、服のほうを選びたいのですが」
「あ、ああ。もう少ししたら立ち直るから、先に見てて」
「・・・イエス、マスター」
少し不満げな表情でありながらも。彼女は服売り場のほうへ歩いて行った。
1分ほどで回復した功が立ち上がり、あたりを眺めまわすと彼女は真剣な表情で服を見つめていた。
「おう、木月。こんなとこで何してんだ?変質者ごっこか?」
「・・・立ち直ったところで追い打ちしないで下さいよ、真先輩」
後ろから声をかけられ、ため息をつきながら功が振り返るとそこには二人の女性がいた。功よりも頭半分くらい低い女性としてはやや高めの身長の女性がニシシ、と笑い、それより頭一つ以上は低い女性のほうはその後ろに隠れてこちらを覗いている。真と呼ばれた背の高いほうの女性は右手を挙げて小指を立てる。
「おまえ、ここにいるってことはこれでもできたか?」
「え、いや、そういうわけではなく・・・」
功が真の言葉にどう答えるべきか悩み、真の後ろの女性を見るが、ひたすら動揺して真の小指と功の顔を交互に見ているだけで役に立つとは思えない。それにもともとこの人は功の前ではほとんど口を開かない。
「よかったな、彼女じゃないってよ。奏」
にやりと笑いながら真は振り向くと奏と呼ばれた後ろの女性は慌てた様に俯く。
真は本名が香咲真(こうさきまこと)。功のいるサークルの先輩で、過去の講義ノートや過去レポートなどをいろいろ都合してもらっているため早々邪険にもできない。
奏は本名が御津崎奏(みとざきかなで)。功のサークルに一緒に入ってきた同学年の人である。正直それ以上は知らない。
「それはそうと、真先輩たちはなんでここに?」
功が改めて疑問を口にすると、真は少し驚いたように眉をあげた後、奏の肩に手を回す。
「あたしらは、そう、デートだよ、デート」
「・・・そうですか」
奏の動揺ぶりから嘘だというのは分かったが、それ以上突っ込む気にもなれず功はそのままスルーした。
「マスター。マスターはどれがいいでしょうか」
そのタイミングで十着程の服を持った彼女が現れた。それを見て真と奏の動きが止まる。
「・・・・ええっと、君がいいのでいいと思うけど」
「それがこれだけあるというのですが」
困ったように抱えた服を持ち上げる彼女に、功は頭をかく。
「全部でいくらくらい?」
「・・・・軽く7万は超えるかと」
「うっ」
手持ちの金額ギリギリで、バス代が出せるかどうか不安になる。
「おい、功」
「なんですか、真先輩」
困った表情のまま功が真のほうへ向きなおると、真は万札をひらひらさせる。
「金、貸してやってもいいぜ」
「ほ、ほんとですか?・・・・利子は?」
「ゼロでいい。ただ一つ質問に答えてくれりゃあいい」
「なんですか?」
「その子はなんだ?」
真剣な目つきで功をにらむ真の表情は、功を十二分に威圧していた。
「え、ええとですね」
「彼はわたしの御主人様です」
「余計なことは言わなくていいから」
彼女が脇から言うのを注意するが、奏は「え、ご、ごしゅじんさま?え?え?」とものすごく動揺している。
「彼女は母の懸賞で当たったメイドロボットですよ」
「・・・・へえ、ならちょっと見ていいか?」
真がものすごくきつい目つきで彼女を眺めながら言う。そのまま功の返事を待たずに試着室に彼女を連れ込んだ。
ごそごそ・・・・ごそごそ・・・。
「おい、見せてくれたっていいだろ?」
「マスターの許可がないので、最低限これくらいです」
ガチャガチャ
「おお、なるほどな」
バサ
30秒ほどで出て来た二人はお互いに納得のいった表情だった。その間功は隣でそわそわしている奏をどう扱ったらいいのか分からず黙って待っていた。
「功、この子気前がいいから全額払ってやる。返さなくていいぞ」
「え!?」
驚いて二人を見ると、彼女は少し顔を赤くしていた。真のほうは「初めて見たな、あんなタイプの生態義肢とか、どこで作ってるんだろ・・・興味あるな・・・」と独り言を呟くばかりでそれ以上のリアクションがない。
「そいじゃ、邪魔するのも悪いしあたしらはここらで帰るよ。じゃーな」
「はい」
会計を終えて真と奏はさっさと帰ってしまった。奏は何か言いたそうにちらちらと振り返っていたが。
「それじゃ、後はちょっとした雑貨を買っていこう」
「イエス、マスター」
そうして二人は近くの雑貨店で残りの必要雑貨を買っていった。室内用のスリッパを選ぶのにウサギと猫のデザインで30分も彼女が悩んだのは余談である。
「それでは調理をしますので、座って待っていてください」
「うん」
予定以外のものも買い、財布の中身が絞られた後の雑巾のようなありさまだったが、いずれ買うつもりだったのでそこは文句を言うまい。明日から切り詰める必要があるが。
「でもなあ、やっぱり出費でかいよなあ・・・・」
「いずれ買うものでしたら男らしくすっぱり心を決めたほうがいいですよ」
台所で作業をしながらもちゃんと返事をしてくる彼女に、先ほど買って設置したばかりのこたつつきテーブルに顎を載せる。
「それよりものんびりするなら明日の準備でもしてはいかがですか?」
「それもそうだね。そういや小さいレポートが一つあったっけ」
彼女の提案に功は荷物をあさり始めた。
数分後、出来上がった料理を皿に盛り、彼女は功の対面に座る。そこに用意されたのは功の分だけの料理だった。
「えっと・・・君の分は?」
「私は食べなくても大丈夫です。機械ですから」
すぐに返事をした彼女に変な遠慮や気遣いの色はない。本当に必要ないのはわかるが功の気持ち的にあまり面白くない。
「うーん・・・」
「落ち着かないようでしたら私は料理に使ったフライパンなどを洗っていますが」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね」
なんだかんだいって初めての異性(ロボットのはずだが)との食事にこのように一人だけ食べていることに違和感を感じていた。どうにかしてこの違和感を消したい功は少し悩んでから口を開く。
「こうしている間暇だろうし、洗いものはこの食器と一緒に洗えば大丈夫だろうから・・・うん、こうやって食事している間は、今日あったことを教えてほしいかな」
「事務報告ということですか?」
「いや、そうじゃなくて・・・」
真顔で質問してくる彼女に功はどう説明すべきか迷ってしまう。
「つまりね、今日どんなことがあって、自分はどう思ったかとか、俺の行動で何か不満があったら教えてほしい。他人の心情に色々鈍いからね、俺」
「そうですか。了解しました」
あっさりと頷いた彼女は少し視線を巡らせると、口を開く。
「今日は朝にこのアパートの前まで来て鍵が閉まっていることを確認したのちに大家さんに事情を聴き、大学にいるマスターの元へと向かい、挨拶し、マスターの命令通り部屋の片づけを・・・」
「い、いや。そういうことじゃなくてね。うーん、じゃあ、それで大家さんと話した時どう思った?俺に会った時どう感じた?」
「機械である私にそれを聞くのは変な気がしますが」
少し困ったような表情で言う彼女に、それもそうか、と悲しそうに小さくため息をつき、功は頭を掻く。
「・・・・そうですね、マスターにあった時は、平凡な人だ、と思いました」
「・・・そっか」
こちらから求めたのだし相手は機械なのだから期待してもと諦めかけたところに一言言われ、功は少し驚いた。
「そして今日一日を通して、マスターは変人だと思いました」
「そ、そうなんだ」
どの辺が変なのかはよく分からないが、悪口を言っているのではなく、どこか白紙の紙にほんの少しイメージを描いてそこから得た印象を言われている感じがした。
「そしてできれば早く私の名前を決めてほしいです」
「ご、ごめん・・・」
率直な要求に功は頭を下げる。
「そういえばご飯は食べなくてもからだとかは汚れるよね。どうするの?ここ共同風呂だよ」
「それはマスターが汚れた私の体を布巾越しに撫でまわしてあわよくばラッキースケ」
「いやいやいやいや!そんなことは考えてない!ただお風呂とか入るのかなって・・・」
顔を赤くしながら否定する功に彼女は少し首をかしげる。ちなみに功の住んでいるところは激安だが風呂トイレ共同で、結構古い建物だ。
「説明書にも書いてありますが、一応入浴は可能です。ですが、基本的に自分で布巾一つあれば体を拭いて済むので、あまり必要はありません。副次的な機能がメインとなります」
「副次的な機能?」
功が疑問をそのまま口にすると、彼女は肯定するように首を動かす。
「いわゆる『背中を流す』というものです」
「な、なるほどね」
「ご希望ですか?」
「い、いや。いいよ」
自分がさっきから顔が赤くなってきていることに気が付いている功は早く話をそらそうと残っていた食事をかっこみ、食器をまとめる。
「ごちそうさま!」
「お粗末さまでした」
丁寧に一礼し、彼女は食器を受け取り、流しへ持っていく。
「それじゃあお風呂入ってくる」
「はい、上がったら名前お願いします」
「う・・・」
まるで予定されたコースを無意識に走らされたような感じがして、少し苦い顔になる功だった。
風呂からあがると先ほど服と一緒に買ってきた寝巻に着替えた彼女が正座をして待っていた。
「おかえりなさいませ。それで」
「うん、名前のほうだけどさ。いくつか考えたから、君の好きなのにしてくれる?」
「承知しました」
軽くうなずき、彼女は功を見つめる。功は机の上にあった適当なプリントを取って裏にいくつか名前を書く。
・ミント・アリアクレス
・ユキ
・ディアス
・月
など、合計10個もの名前を書くと彼女に渡す。
「・・・・多いですね」
「まだいくつか思いつくけど、この中のが一番しっくりくるかと思って」
「そうですか」
そうして彼女は悩み始めた。そうしている間に功は彼女の前にペンを置き、明日の講義の教科書を用意し始める。彼女が少しペンを動かすとこちらに声をかけてくる。
「気に入ったのをいくつか印をつけましたが。コレの名前だけのものは別途に決めるということですか?」
「あ、考えてなかった」
今気がついた、という表情をすると彼女はほんの少し不満げな表情になり、また少しの間管と向き合った後ペンを動かしてからこちらに見せる。
「でしたらこのような名前でどうでしょうか?」
月野ユキ
ぱっと見たとき、功にとってすぐにすとんと納得のいく名前だった。
「いいよ、すごく似合ってると思う」
「あ、ありがとうございます」
彼女、今はもう月野ユキだが、は顔を少しほころばせる。
「それでは今日の重要案件は終わりましたし、私はスリープモードに入ります。明日は何時に出発の予定ですか?」
「明日は1コマから講義だから、7時には起きたいかな」
「承知しました。でしたら私は6時に起動します」
そう言って壁のほうに正座のまま寄っていく。
「それではお休みなさいませ」
「い、いや、ちょっと待ってよ」
功が慌てて止めると、不思議そうにこちらを見る。
「そうやって寝られると気になるからさ、横になってくれる?こたつの中に体入れていいから」
「承知しました、マスター」
ユキは頷いてこたつに体を突っ込み、胸のあたりまで毛布をかけてから言う。
「それでは改めて、お休みなさいませ、マスター」
「うん、お休み」
功が返事をすると、ユキは目を閉じ、それ以上動かなくなった。
「さて、もう少し準備したらパソコンいじって寝よう」
そうして、深夜頃に功は布団に入った。
翌朝、静かに揺り起こされる感覚とともに意識がゆっくりと覚醒する。
「マスター、お時間です。起きてください」
「ん・・・ああ」
目を開けると斜め上から綺麗な顔が覗く。
「もう朝か」
「はい、マスター。朝食は既にできております。遅刻しないよう早めに済ませて頂くことをお勧めいたします」
ユキはそのまま丁寧に功の体を起こし、自分の力で体を支えられるまで支えていてくれた。
「ん、着替えるから少し後ろ向いてくれる?」
「承知しました、マスター」
すぐに頷きくるりと後ろを向いたのを確認すると、功は服に手を伸ばし着替えた。
「もういいよ」
「はいマスター」
着替え終え、声をかけてユキがこちらを向くのに合わせて功はこたつに足を入れる。そこには既に朝食が載せられていた。ユキに向かいに座るように言い、ユキがそこに座ることを確認すると、話しかける。
「今日はどうするつもり?」
「お邪魔でなければ付き添いますが、それができない場合は周辺の情報収集に動きます」
「そっか、今日は付いてきてもいいけど、今日も含めてすることないと思うけど」
「そうですか、ではそれなりに対策はするので今日は失礼いたします」
付いてくるつもりらしいことはわかったので、功もそれ以上は聞く気はない。話を変える。
「それにしても、やっぱりすごく嬉しいな」
「突然なんですか?」
脈絡のない話題の変化にユキは困惑したように少しだけ眉根を寄せる。
「うーん、まあ可愛い女の子に優しく揺り起こされて、ちゃんと目が覚めるまで支えてもらって、朝御飯も用意してもらって、付いてきてもらえるというのは・・・・なんというか、すっごい幸せ者な感じ」
笑顔で言うと、ユキは恥ずかしそうに顔を赤らめながら目をそらす。
「貴方が主なのですから、当然です」
「そうなんだけどね、やっぱり嬉しいことには変わりないよ」
功がそう言うと、ユキは俯いてしまった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
功が食べ終わるとユキはそのまま手早く食器を片づけ、部屋の入口に立つ。功はそのまま荷物を確認し、部屋を出る。ユキもそれに合わせてドアを開けて功を外へと出し、ドアを閉める。功が鍵を閉めると斜め後ろに静かに立っていた。
「かっこいいね、なんか」
「メイドですから」
その一連の流れるような動作に功がコメントすると、当然だと言わんばかりにユキは返事をした。
メイドール 試し
ここまで読んでいただいた方には感謝の限りです
試しとは銘打ってありますが、このタイトルで次に投稿するときは続きになるのではないかと勝手に思っています
次の更新はいつになるか分からないので、気長に待って頂けるとありがたいです
最後に、ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました