Tokyo young story 6

Shino Nishikawa

Tokyo young story 6

東京の若者はみんな、ジャーナリストみたいだ

Tokyo young story 6
遠くで、上を向いて歩こうが流れている。
東京から大阪に向かう飛行機の中で、チケットを見て座席を探し、優斗は座り、バッグを足元に置いた。

明石家さんまさんは、お笑い芸人をやっている。明石家さんまさんは、赤い顔で、座席についた。

CAの雪奈は、26才。客の荷物を棚に置いていた。

ジャニー喜多川は、雑誌に挟んだ、若い男たちの写真を見て、赤ペンで書きこんでいた。
隣に女性客が来て、話しかけた。
「あら、お隣みたい。よろしいかしら?」
「はい、どうぞどうぞ。」

バンドで、最近メジャーデビューをした、ボーカルのテルと、ドラムの修五は、話しながら歩いてきた。
テルが言った。
「やっぱりさ、飛行機なんて、贅沢じゃないか?東京から、大阪に帰るだけだぞ?」
「いいだろう。俺たちだって、稼いでいるんだ。飛行機に乗れば、運気もあがるんだぜ。」
「そうなの?」

「お客様、お席をお探しですか?」
CAの雪奈が話しかけた。
「いえ、もう見つかりました。」
2人は、座席についた。

ジャニー喜多川は、隣の女性から話しかけられて、作り笑いをしていた。

修五が言った。
「あ‥、サンちゃんだ。」
「本当だ。偶然だな。」
「俺、話しかけてくる。」

修五がさんまさんに話しかけたので、優斗は、声を録音しようと、録音機を持ち、手を伸ばした。

『まもなく離陸します。』
離陸のアナウンスが流れたので、考え直し、優斗は録音機をしまった。

修五も席に戻り、ジャニー喜多川の隣の女性もおしゃべりを止めた。
雪奈は、CAの席につき、まっすぐ前を向いた。

『Tokyo young story 6』

カラン
レモンアイスティーの氷を、君久はストローで動かした。
今日は、久しぶりに、鷹雄と一郎と秀と君久とジアで、食事に来ている。
鷹雄が言った。
「君久が、政治家になるなんて、すごいよな。」

「うん。みんなのおかげだよ。ありがとう。」
「いやいや。僕たちは、何もしてないから。お金もきちんと返してくれたから、ありがたかったよ。」
「当然のことだ。」

秀が聞いた。
「だけど、国を動かすなんて怖くないか?」
「うん、そう思う事はあるけど、国会は、学生の時の生徒会を100倍でかくしたものだと思っているから。」
「へぇぇ。」
「生徒会には、ルールを守っている生徒しか入れないだろう?」
「まぁ、そうだよね。」
「僕は、ミサエを失くしたけど、その他のルールは、きちんと守ってきたんだ。」

選挙に出るのは、大ごとだった。後援会の人から、偽の奥さんを紹介されたのだ。
そのために、名前も変える事になった。
そういう事が、当然のように動いていた。

「あの偽の妻の事はいいの?」
「うん、気にしなくていいさ。むしろ、政治の邪魔になる。」
「確かに‥。あの人は、君久君とは合っていないよ。」

「うん‥。」
君久は、氷を動かし、聞いた。
「本当の名前なんて、どうでもいいよな?」

「うーん。」
鷹雄たちは、目くばせをした。
「僕たちも名前をペンネームにしたから、惜しいと思う時はあるよ。」
「そうか。」

「そういうのって、当然の事のように行われているよな。でも、僕たちは、週刊誌にそれぞれ100万円ずつ請求されたんだよ。」
「へぇ、そうなのか?」
「うん。時がたったら、また言ってくるかもな。」

「それは、大変だな。政治家だから、請求はもっと高くつくかな?」
「さぁ、わからない。だけど、みんなやっているんだろう?」
「そうだと思うよ。僕も他人の事は知らないんだ。政治以外の話は、むやみにしてくれないんだよ。」
「へぇ、それは、冷たい世界ですねぇ。」

「うん。でも、考えてみたんだけど、政治家よりも影響力があるのは、スターだよな?」
「そうかな?」
「うん。僕には、君たちがいるから安心だ。君たちの作品が、日本で一番売れているんだから。」
「いやいや、そんなに僕たちも、権力は持っていないからね。」
「そんなことないさ。」
君久は笑った。

「でも、こうして話していると、大学の頃を思い出すな。」

「そうだね。大変な事はあるけど、みんな前に進んでいる。」
ジアが答えた。

「僕もさ、最近、明代さんと付き合うことになったんだよ。」
一郎が言った。
「そうなのかい。おめでとう。ついに、一郎くんにも春がくるね。」
君久が言った。

「鷹ちゃんにも、いつかきっと春がくるよ。」
「いや、光子はもう戻らないんだ。どんどん小さくなって、ついに、光子のお母さんも亡くなってしまった。」


カラカラカラ
夕方5時。8才に戻った光子と、親戚の女性は一緒に歩いていた。
光子は、大阪に引っ越すことになったのだ。
親戚の女性、希子は言った。
「ちょっと早く、ついちゃったねぇ。」
「はい‥。」
「光子ちゃんは、飛行機に乗るのは初めて?」
「はい、そうです。」
「緊張しなくていいからね。飛行機って、とっても楽しいのよ。」

窓から、飛行機を眺めた。
光子と希子は、日本航空123便に乗り込む。

その日の午後3時の福岡空港。
飛行機整備士のマツと、日向は話していた。
マツはまだ若いが、チーフを任されている。
「この前さ、国際機の修理を見に行ってきたんだよ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「うん。すごかったよ。国内線とは、規模が全然ちがう。」
「まぁ、みんな、いつかは、国際線を担当したいよね。」
「うん。」

「これ、大丈夫かなぁ?」
親父たちが、垂直尾翼を見て、話していた。
マツは脚立に登った。
「うーん‥。」
『なんで、俺がこんな事を任されるんだよ。大好きなCAのノンちゃんは、機長とアメリカに行っているっていうのに。』

「大丈夫だと思うよ。」
「だと思う?」
「いえ。はい、大丈夫です!」
マツは、よく確認せずに、笑顔で答えた。

親父が脚立から降りながら言った。
「この飛行機に500人以上乗るなんて、信じられないよな。」
「世の中には、金持ちがそんなに多いんすかね?」
「そうだな。昔は、飛行機に乗るなんて、夢の夢だったもん。」

「それにさ、こいつ、この後、東京から大阪に飛ぶんだぜ?新幹線でも行けるっていうのに。」
『あー、知らね。』
マツは、頭の後ろで腕を組んだ。

「あ、ここにハンコくださーい。」
「う~ん。あ。」

「日向のでいいや。」
「ちょっとぉ、そういう事しないでくださいよ。」
マツは、日向のハンコを押した。

8月12日18時発123便に使用されたJA8119番機は、就航以来の飛行回数18800回、その日は、羽田―千歳線一往復、羽田―福岡線一往復。123便で、5回目のフライトだった。
さらに、このJA8119機は、これまでに二度の事故を起こしていた。

1978年6月2日の日本航空115便しりもち事故と、1982年8月19日の羽田空港発千歳行きが、視界不良とパイロットの判断ミスにより、滑走路の右に逸脱したのだ。

また、1985年2月から、墜落までに、客席後部の化粧ドアの不具合が28件発生している。


18800、812、1800、5
いややれ、ハイに、嫌レ、GOという訳だ。
もしかしたら、テロの可能性もある。

通常は、コックピットは、機長が進行方向左席だが、副操縦士の機長昇格訓練を実施していた事から、着席位置が逆だった。
墜落の危険がある中で、副操縦士と機長が、最後まで冷静でいられたのは、自分たちがテストを受けているという感覚があったせいかもしれない。

ちなみに、今回の事故は、115便しりもち事故の際の、修理ミスとされている。
また、1982年の事故の際には、副操縦士が操縦をしていた。123便の事故も、副操縦士が操縦をしていたところが、関連している。

115便の事故の際、JALは、ボーイング社に依頼したが、同社のエンジニアによる圧力隔壁の交換部分との繋ぎ目に挟む部材が、途中で2枚にカットされていたため、本来2列必要なリベットが、1列分しか利かない状態になっていた。


17時30分、お客たちは、地上に降りて、並んで、タラップを登り始めた。
「ついに、飛行機に乗れるわね。」
「うん。」
希子は嬉しそうだ。
「あら?」
希子は、人の中に、坂本九がいるのを見つけた。

「私達の席はどこかしら?」
「ここかな?」
「でも、番号がちがうわねぇ。」
「どこだろう?」

「光子ちゃん、見つけたわよ!」
希子が光子を呼んだ。
「私たち、一番後ろの席みたい。」
「ええ~!」
光子は満面の笑みを見せた。
「ほら。」

「景色は見えないけど、仕方ないわね。窓際の人に頼めば、少し見せてもらえるかもしれない。」
「うん、そうだね。」

デットヘッドの雪奈の姿もあった。
大阪に戻る際に、雪奈の実家がある和歌山で旋回する事は知っていた。
和歌山には、雪奈をずっと想い続けてくれる大五がいる。
それを想うと切なくなった。機長を見るたび、胸のときめきは終わらないし、可愛い整備士もいる。それに、前に、飛行機に乗っていた野球選手のことも忘れられない。

正直、大五の気持ちはちょっと重かった。だから、時々嫌いになる。
機長を想えば、辛くなるし、野球選手を想えば、胸のざわつきが治まらなかった。

「光子ちゃん、さっき見たんだけど、この飛行機に、坂本九さんが乗っているみたいなの。」
「ええ?どこ?」
「どこかなぁ?前の方かもしれない。」
「私、見に行ってくる!」
光子は駆け出した。

「あれ‥。」
123便には、スポーツ選手や、会社社長、女優、テレビで見た事のある人が、たくさん乗っていた。

「2階もある。」
光子は赤い階段を上って、ちらりと2階席を見ると、坂本九がやっぱりいた。

「ああ!」
光子は笑顔を見せると、坂本九がこちらを見て、うっすらと笑みを浮かべた。
坂本九は、座席名を見た。64H。この席で死ぬ事になると思うと、少しほっとした。
多分、今日、死ぬ事は分かっていた。

「あれ、今日、いないよな?」
坂本九は後ろを見た。後ろを見たって、2階席は8席しかない。
「ふん。」

「いたら、守りたかった。」
坂本九は、素敵だと思っていたお嬢さんを思い浮かべた。
「君は、誰かに抱かれている?いや、それはないだろうな。ずっと、僕の歌を聴いているんだから。」

「何をぶつぶつ言っている?」
自転車選手の辻が、坂本九を見た。
「いえ、なにも‥。」
「大丈夫かい?今、死ぬとか言っていなかった?」
「言っていないけど、死ぬのが怖いなら、もう降りた方がいいよ。」
「死ぬ事は怖くないさ。でも、この飛行機は危ないのかな?」
「さぁ、わからない。だけど、500人の人間が、一度に空を飛ぶんだもの。墜落の危険を考えるのは、当然だろ?」
坂本九が言った。

「あ‥。」
「どうした?」
「さっき、階段のところに女の子がいたよね?」
「俺には見えんかったけど。」
「ううん。僕が見た。可愛い女の子も一緒に死ぬんだな。」

「はああ。もしかしたら、僕のお嫁さんになるんだったのかな?」
「年が全然ちがうやろうが。」
坂本九と辻が話すと、隣に座っていた女優がちらりと坂本九を見た。


123便に搭乗していた会社役員たちは皆、死の危険を感じていた。
それでも、幽霊になって、会社を守っていきたいという思いが強かった。

ハウス食品社長の浦上は、社員と共に、数珠を握りしめた。

その日に乗っていた会社社長は、以下の通りである。

阪神タイガース球団社長、中埜 肇
阪神電鉄取締役、石田一雄
ハウス食品工業社長、浦上郁夫
神栄石野証券社長、石野喜一
ミサワホーム取締役、山本幸男

その他の著名人
女優、北原遥子
医学博士、塚原仲晃
コピーライター、藤島克彦
同人漫画家、緋本こりん

歌手、坂本九
元自転車競技選手、辻昌憲
元広島カープ捕手、竹下元章
美容研究家、和田浩太郎

123便の事故により、524人が亡くなった。


「あら?美容家の和田さんかしら?」
近くに座っていた女性が話しかけた。
「はい、そうです。」
「いつも、テレビで見ています。」
「ありがとうございます。」

「ママ、和田さんの住所、教えてもらおうよ。」
「ダメ。」

「ボウヤ、日本は狭いから、またいつか会えるわ。」
浩太郎は笑った。


元章は、息子の甲子園の応援に行く予定だった。
妻とはうまくいっていない。
ちらりと席を見ると、綺麗な女性が乗っているのに気が付いた。
飛行機に乗った時に、会った事がある。彼女はスチュワーデスだ。

自分がもう死ぬ事になると、感じてはいたが、まさか今日だとは思わなかった。
飛行機墜落の時には、彼女のクッションになりたいが、捕手の性で、この席で、どっしりと、その瞬間を迎えてしまうかもしれない。

まぁ、いい。それでも、彼女には、本気になると思っていた。
どんな姿を見られてもいいや。彼女の情の部分に、自分の姿が永久に刻まれれば、それでいい。

そう思って、死んでいった人間は、今までに何人いたのだろう?


雪奈は、元章がいるのに気が付いた。今思えば、ずっと夢中になっていた若い選手よりも、こちらの方が素敵な感じがする。
でも、自分は愛に恵まれない気がした。
けれど、今まで、どんなに素敵な男性に出会っても、ずっと自分の体を守りぬいてきた。
昔、大五と失敗をしたけど、そんな事は、もう気にすることではない。
だから、雪奈は、どんな事があっても、守られる気がした。

「今日は、機長昇格訓練だぞ。心の準備は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。」
管制塔と副操縦士と機長は、機長昇格訓練についてのやり取りを主にした。


「わくわくするね。」「そうだね、光子ちゃん。」
光子は、笑顔だった。
飛行機は離陸を開始した。
「ふっ‥。」
元章は、目を閉じ、歯を食いしばった。
飛行機の離陸には、いまだ慣れない。

「うっ。」
光子は、耳をふさいだ。希子は、涙目になっている。
もしかしたら、元章に気づいたのかもしれない。

「もう戻れないなぁ。」
「はい。」
浦上は社員たちと握手した。

「これで、皆とお別れなのね。」
浩太郎はつぶやき、先ほどの男の子をちらりと見た。

医学博士の仲晃は、自分の研究について、目を閉じ、空想した。

コピーライターの藤島克彦と、漫画家の緋本こりんは、恋人になれそうな関係だった。
同じ飛行機に偶然乗り合わせたので、2人のロマンスは始まっていた。

緋本は、CAに声をかけた。
「あの、紙あります?」
「はい、こちら、お使いください。」
「ありがとう。」

緋本はいつもノートを持ち歩いている。でも、CAに紙をもらってしまった。
CAにもらった紙を、ノートの下にそっと置いた。

坂本九のことが好きで、わざわざこの席を予約した北原は、自分が出演した舞台で、好きだった台詞を繰り返した。
「あれ、なんだったっけ?」
『○○だよ。』
マネージャーの林志の声が、頭に響いた。今日、林志はついてきていない。
林志と付き合うのはいやだった。
「俺が、一番に、遥子のことを想っているんだからね。」
この前、そう言われて、頭にきた。

坂本九は、上を向いて歩こうの歌詞を繰り返した。
ソングライターとしての自分が、永遠に歴史に残るには、この死に方が一番だと思った。
戦争でも、多くの人が燃えて死んだし、何人もの人が亡くなってきた。
若い頃、尊敬していた先輩が、突然死したっけ。
先輩の顔には、布がかけられ、可哀想だった。

『先輩、俺はね、先輩よりももっと、無様に死んでやる。』

辻は、ぼんやりとしていた。
自転車選手として、暑い日々を送ってきた。太陽で火傷だって、何度もした。
海外のレースの空き時間に、仲間たちと大きな夕日を見て、自転車に乗ったことを忘れはしない。

『燃えて、チリのように死ねるのなら、本望かもしれない。
俺の魂は、燃えて、この世から消えるんだ。』

離陸から10分、光子が言った。
「おばちゃん、私、トイレ行ってくる。」
「わかった。」

「私も行ってくるわね。」
希子もトイレに行った。

衝撃音がなるまで、コックピットやクルーは平和そのものだった。
コックピットでは、副操縦士の訓練について話した。

その直後だった。
ドーン
何かが当たったような音だった。
何が当たったのかは、いまだ解明されていない。
光子は、一瞬、後ろ髪をひかれた。

「きたきた。」
坂本九は、つぶやいた。

すぐに酸素マスクが落下した。

「ええ?」
絵を描き始めていた緋本は顔を上げた。
「何これ?」

機内アナウンスが始まった。
おそらく、乗務員は、訓練の一環だと思っていた。

わあああ
男の子が泣きだし、お母さんがなぐさめた。
浩太郎は顔を出し、言った。
「ボウヤ、大丈夫よ。私も一緒にいるからね。」
「うん‥。」

「はっ。」
眠りについていた元章は、目を覚まし、マスクを見て、雪奈を見た。
雪奈は、驚いて、呆然としていた。
乗客がトイレへと急ぎ、雪奈もトイレに行きたかったが、やめることにした。

ドーン、また爆発音が鳴った。
「まずい、なんか爆発したぞ。」
訓練もあったので、半信半疑だった。

オートパイロットが解除され、機体(エンジン、ランディング、ギア等の表示)の点検が行われ、4つのエンジン、ランディング、ギア等に異常はなかったが、航空機関士が、
「ハイドロプレッシャー(油圧機器の作動油の圧力)を見ませんか?」と提案する。

18時24分47秒、123便が、緊急救難信号「スコーク77」の無線信号を発信し、信号は所沢の東京ACCに受信された。


操作不能状態の操縦桿やペダルなど、油圧系の操作は副操縦士。
進路の巡視、計器類などの監視、パネルの操作、管制官との交信、クルーへの指示は機長。
エンジンの出力調整、緊急時の電動によるフラップとギアダウン、JALとの社内無線交信、さらに、副操縦士の補助は、航空機関士が担当していた。

異常発生直後から、油圧操作の効果がほとんどないにもかかわらず、繰り返し操縦桿での操舵を試みるなど、クルーは、操縦不能になった理由を最後まで把握できなかった模様である。
ボーイング747の機体形状の関係で、尾翼部分はコックピットから目視できないため、パイロットは油圧系統全滅を認識しながらも、油圧での操縦を試みている。

「ええ、何が起こったんだろう?こわいよ。」
「大丈夫よ、光子ちゃん。今ならまだ、戻れると思う。」
希子が言った。
死の覚悟をしていた乗客もいたが、ほとんどの乗客が、まだ戻れると感じていた。

「やばい。何か起きたな。」
辻が、坂本九に言った。
「うん。きっとすぐに戻るよ。やっぱり、死ぬのは怖い。」


「あー、起っちゃいましたね!」
「嫌だな。」
社員と浦上は、大声で騒いだ。まるで、宴会の時の声だった。

緋本は、斜め前に座っている藤島を見た。
『I love you』と書いた紙を投げられたらどんなにいいか。
しかし、思いとどまった。

25分21秒、機長がトラブル発生の連絡とともに、羽田への帰還と2万2千フィートの降下を要求し、東京ACCがこれを了承する。
123便は、伊豆半島へのレーダー誘導を要求した。管制部は、左右どちらへの旋回をするかたずねると、機長は、右旋回を希望した。
羽田は、緊急着陸を迎え入れる準備に入った。

無線交信の後、機長は副操縦士に言った。
「バンク(傾き)そんなにとるな。マニュアル(手動操縦)だから。バンク戻せ。」
「戻らない。」
副操縦士は、あっけにとられて言った。まだ半信半疑だった。

「あ、油圧が異常に低下しています。」
航空機関士が気づいた。

26分、「ディセント。(降下)」機長は、副操縦士に指示した。
「なんで、下降しないんだ。」機長は、ため息をついた。

27分2秒、東京ACCが123便に、緊急事態を宣言するか確認し、123便から宣言が出された。
続いて、123便に対して、どのような緊急事態かをたずねたが、応答はなかった。
このため、東京ACCは、JAL本社に123便が緊急信号を発信していることを知らせる。

「ハイドロプレッシャーオールロス。(油圧全て喪失)」
航空機関士が言った。
同じ頃、客室の気圧が減少していることを示す警報音が鳴ったため、とにかく低空へ降下しようとした。
しかし、ほとんどコントロールがきかない機体には、フゴイド運動やダッチロールが生じ、
ピッチングとヨーイング、ローリングを繰り返した。
「頭下げろ!」
「頭上げろ!」
機長は、指示を繰り返した。

28分頃、千葉県愛宕山の航空自衛隊中部航空警戒管制団、第44警戒群(通称、嶺岡山レーダーサイト)でも、123便のスコーク7700を受信していた。
ただちに、直属部隊である中部航空方面隊に報告され、航空救難で中心的な役割を果たす、
航空自衛隊の中央救難調整所 (RCC:Rescue Coordination Centre)が、活動を開始。


28分31秒、東京ACCは、123便に真東に向かうよう指示するが、機長は、「But Now Uncontrol」と返答し、東京ACCは、この時はじめて、123便が操縦不能に陥っている事を知る。
管制室のスピーカーがONにされ、123便とのやり取りが管制室全体に共有される。

「きゃあ!!」
光子の近くの収納スペースが落下した。

「えええ。」
乗客が不安げにこちらを見た。

「ママ、僕、気持ち悪いよ。」
浩太郎の近くの男の子がママに言い、浩太郎は心配そうに見た。

元章が雪奈を見ると、雪奈も具合悪そうに口を押さえている。
元章はうなだれた。

坂本九の隣の北原も、口を押さえて、ぐったりとしていた。

坂本九が席を立って、辻の下に来た。
「これは非常事態だね。僕さ‥、下に降りて、他の乗客の様子を見てくる。」
「そうか。わかった。お前が行けば、きっと喜ぶよ。」

坂本九が立ち上がった時、CAが来た。
「お客様、危険ですので、席にお戻りください。」

「でも、僕、坂本九なんだよ。みんなを励ましたいんだ。」
「ええ、嘘!」
「本当さ。行ってもいいよね?」
坂本九は階段を降り、下の階の乗客の手をとって、励ました。

雪奈は、窓のシャッターを上げたり、降ろしたりしていた。
元章も立ち上がり、雪奈の下に来た。
「お嬢さん、大丈夫かい?もしよければ、俺の席と変わろうか?」
「いえ、私は普段、スチュワーデスをやっておりますので、大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」
「そうか。」


31分2秒、東京ACCからの降下が可能かの問いに対し、123便は降下中と回答する。
東京ACCは、羽田より近く、旋回も最低限で済む名古屋空港への、緊急着陸を提案するが、123便は、羽田への飛行を希望する。
航空機と地上との無線交信は、英語で行われているが、管制部は123便の機長の負担を考え、日本語の使用を許可する。

ゴンゴンゴン
「はい。」
航空機関士が出た。
「客室の収納スペースが破損しました。どうすればいいですか?」
CAが言った。
航空機関士が落ち着くように言ったが、「落ち着いていられませんよ!」CAは言った。
「こっちはあの日なんだから。」
CAがにらみ、「やれやれ。」航空機関士が首をふり、破損現場を見に行った。

見に来た航空機関士に、坂本九が質問をしたが、航空機関士は無視をしてしまった。
他の乗客も、航空機関士に声をかけたが、さっそうと歩いて行ってしまった。

光子と希子は、航空機関士をじろりと見た。
心の中では、ヒーローなのかなと期待したが、嫌な感じがした。
心に重い鉛が沈んだ感じだった。
雪奈は、航空機関士を見て、「あの人か。」と落ち込んだ。いつもとげとげしい嫌な性格の人だ。

元章は、航空機関士を見て唇をかみ、緋本と藤島は、紙に×をした。
医師の仲晃は、何か悪いウイルスの番号を書いた。

浦上と社員は、酒を飲み、社員の一人はハチマキをした状態で、航空機関士を罵倒した。
阪神タイガース社長の中埜は、阪神の帽子をかぶり、航空機関士を睨み、何かを呼んだ。
そして、航空機関士はこの時だけ、立ち止まって、阪神の帽子をかぶった中埜を見たが、少し口元を笑わせて、去った。

中埜と石田は、航空機関士について、大声で議論をした。

石野証券の社長喜一と、ミサワホーム取締役の山本は、自分の存在を知られないように小さくなっていたが、航空機関士は見抜いていた。

航空機関士は冷酷な男だった。


コックピットに戻った航空機関士が報告をした。
「R-5の付近の酸素が落っこちてます、ディセント(降下)した方がいいと思います。」
「え、どこだ?」
「荷物の収納スペースの所が落っこちてる。」
コックピットの3人は、言葉を交わし、航空機関士が提案をした。
「緊急降下(エマージェンシー・ディセント)と同時に、酸素マスク着用させます?」

33分頃、JALは、カンパニーラジオで、123便に交信を求める。

「R-5のドア(機体右側最後部のドア)がブロークンしました。」
航空機関士が連絡した。
35分33秒、123便から、R-5のドアが破損したとの連絡があった後、その時点で、緊急降下しているので、後ほど呼び出すまで、無線を聴取するように求められ、JALは了承した。

「おい、JALになんて言った?」
機長が、航空機関士にたずねた。
「無線を聴いてろって言った。あいつら、何も知らねぇんだから。俺が○○について聞いた時、てんでダメだった。」

機長は言い返したかったが、言えなかった。
副操縦士が航空機関士をちらりと見ると、「お前らは、空だけを見ていなさい。」
航空機関士は、目線を前に戻してしまった。

37分、機長がディセンドを指示するが、機首は1000ⅿ余りの上昇や降下を繰り返すなど、不安定な飛行を続けた。
38分頃、これを回避するために、ランディング・ギアを降ろそうとするが、油圧喪失のため、下せなかった。

「○○〇!」
なんと言ったか、わからなかったが、もう一度、JALからラジオが届いた。
「うるせぇ!聞いてろ!」
「そんな言い方ないだろ。」
副操縦士が、航空機関士を注意した。

この頃、坂本九を含む乗客のほとんどが、不安定な飛行のため、体力を消耗して、自分の席で静かになった。

40分、パイロットは、ランディング・ギアの自重を利用して、ギアを出すバックアップシステムを用いて、これを降ろした。この操作によって、機体は右に大半径で旋回しながら降下し、同時に、ロール軸の振幅が縮小して、多少、安定した。

そして、富士山東麓を北上し、山梨県大月市上空で、急な右旋回をしながら、
高度22,000ftから6,000ftへと一気に降下し、横田基地まで24kmの至近距離にいたる。
その後、機体は、羽田方面に向かうものの、埼玉県上空で左旋回し、群馬県南西部の山岳地帯へと向かい始める。


坂本九は、2分ほど、目を閉じ、眠った。それは、長く寝たかなと思うほど、良い昼寝だった。目を覚ますと、山の上に来ていた。
「山の上に来ちゃったよ。」
「え?」
辻も目を覚ました。

喜一も山本も、みんな、立ち上がって、コクピットのドアを叩こうとした。でも、重い腰が上がらなかった。もしかしたら、ハイジャックなのかもしれないと思った。
でも、ついに、中埜が立ち上がった。
そして、コクピットのドアを叩き、航空機関士と話した。

ブンッ
中埜は、航空機関士を殴り、アゴをさすって、自分の席についた。
でも、それは、やりたかった事で、本当はできなかった。
人を殴るなんて、やりたくなかった。でも、やりたかった。
中埜は、天国に行った後でも、何度もこの席に座り、この時の出来事をやり直した。
航空機関士を殴り、改心させたのだ。この時ならまだ、戻れたのかもしれない。

実際には、何もできなかった。この時、初めて、阪神の帽子がみじめになり、帽子をとった。

航空機関士はもう一度、CAから呼び出された。乗客は、みんな航空機関士を罵倒した。
そして、航空機関士は、CAにささやいた。
「○○ちゃん、さっき、あの日って言っていたけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫です。」
CAは変な気分になった。

航空機関士は、もう一度、光子の席の方に来た。
雪奈は、ぼんやりとした頭で、息で白くした窓に絵を描いたりしていた。
元章は、本当に具合が悪く、頭を抱えていた。

一人の男が声をかけた。35才の太郎は、初めての飛行機旅行だった。
「おい、このままでは墜落するんじゃないか?」

航空機関士は笑顔で、太郎の席に来た。
「20分くらい前に、後ろの方で爆発音がしたんだけど、一体何かな?」
「君は良い子だね。これは、僕が仕掛ける日本で初めてのハイジャックだから、邪魔しないでくれる?」」
「貴様、爆弾を仕掛けたのか?」
「黙ってろ。」
航空機関士は、太郎の腹を強く殴った。
笑顔の航空機関士は光子の席の方まで来たので、光子と希子は極度に緊張しながら、見ないようにした。

40分44秒、東京ACCが、123便と他機との交信を分けるため、123便専用の無線交信周波数を割り当てし、123便にその周波数に変えるよう求めたが、応答はなかった。

「おい、何か歌ってくれよ。」
辻が声をかけた。
「僕、マイクがないと、ダメなの。」
坂本九が困り笑いで答えた。すごく具合が悪かった。

「トイレ、行かないとまずい。」
ハウス食品の社員が席を立ち、トイレに向かった。
「どうせ、もうすぐ死ぬぞ。」
浦上が声をかけたが、社員は、トイレに向かった。
社員はトイレをしながら、やっぱり生きたいと強く願った。

41分54秒、逆に、123便をのぞく全機に対して、その周波数に変更するよう求め、交信は、指示があるまで避けるように求めたが、一部の航空機は通常周波数で交信を続けたため、管制部は、交信する機に個別で指示し続けた。

上を向いて歩こうの口笛を、坂本九が吹き、乗客は、少しだけ笑みを浮かべた。
『僕さ、運動音痴だったんだけど、歌を練習して、口笛も吹けるようになったんだよ。』
坂本九と一郎は遠い親戚だった。
でも、運動音痴の坂本九にとって、体操銀メダリストの一郎は、ライバルのような存在で、少しだけ嫌いだった。
『その上、鷹雄さんと働くアニメーターなんて、卑怯だよ。』
そうやってうらやんだ事は、今更どうでもよかった。死ぬのは怖かった。

「最後に歌を残しておけば?」
辻が、坂本九に提案をした。
「どうせ、全て、燃えて消えてしまうよ。」
坂本九は笑った。
歌を書く時は、ほとんどが神頼みだった。今は、生きる事を祈るので、精一杯だ。

45分36秒、航空無線のやり取りを傍受していた在日米軍基地(RAPCON)が、123便の支援に乗り出し、英語で、123便にアメリカ軍が用意した周波数に変更するよう求めたが、123便からは、「Japan Air 123, Uncontrollable!」との声が返ってきた。
東京ACCが、「東京アプローチ(東京国際空港の入域管制無線)と交信するか?」と、123便に提案するが、123便は、「このままでお願いします。」と返答した。

「これはだめかも分からんね。」機長はつぶやいた。
そして、機体を、山岳地帯へと迷走させた。

乗客は、うろつく人も出てきた。
「暇。」と言って、女の人が、機内を行ったりきたりした。

浩太郎は、後ろの席を見に行くと、席が空いていたので、ボウヤを連れたお母さんに、後ろに移動するように提案した。

緋本は、藤島を見つめた。
藤島に話しかけて、想いを伝える空想をした。

そして、最初にCAにもらった紙を投げた。
藤島は、くしゃっと丸められた紙を見た。
『愛してます、ロメオ。』
美少年の絵の隣に言葉が添えてあった。
「ありがとう。」
藤島は、緋本を見た。

47分10秒、123便は、千葉県木更津市のレーダーサイトに誘導するように求め、東京ACCは、真東へ進むように指示し、「操縦可能か?」と質問すると、123便からは、「アンコントローラブル。」と返答がきた。
東京ACCは、「ああっ。」という123便のコクピットで上げられた悲鳴を聞いた。
その後、東京ACCは、東京アプローチの無線周波数に変更するよう求め、123便は了承した。

右、左との方向転換が繰り返し指示される中で、副操縦士に機長は叫んだ。
「山にぶつかるぞ!!」
機体は、6000ft(1800m前後)をさまよっていた。

副操縦士はトイレをもらしてしまっていた。
「大丈夫、がんばれ。」
機長は優しく言った。
「がんばれー。がんばれー。」
機長は、副操縦士を励まし、補助をしていた。

この頃から、エンジン出力の強弱で、高度を変化させる操縦を行い始めていた。
機長の機首下げの指示に対して、
「今舵いっぱい。」
副操縦士は返答した。

48分54秒、無言で123便の機長の荒い呼吸音が記録されている。

「あー、ダメだ。終わった。ストール(失速)する。」機長は言った
機首が39度に上がり、速度は108kt(200㎞/h)まで落ち、失速警報装置が作動した。
「マックパワー、マックパワー、マックパワー。(エンジン出力全開)。」
機長はあきらめることなく、指示を続けた。

この頃から、機体の安定感が崩れ、何度も機首の上げ下げを繰り返した。


49分54秒、JALがカンパニーラジオ(日本航空会社内専用の無線)で、3分間、呼び出しを行ったが、返答はなかった。

「スピードが出てます、スピードが。」
「どーんといこうや。」
困惑する副操縦士に、機長が励ました。

「頭下げろ、がんばれがんばれ。」
「今、コントロールいっぱいです!」
機長の励ましに、副操縦士が叫んだ。
速度が頻繁に変化し、不安定な飛行が続いたために、副操縦士は、速度に関して、頻繁に報告をした。
51分、依然続くフゴイド運動を抑えるために、電動でフラップが出され、53分頃から、機体が安定し始めた。

53分30秒、東京ACCが123便を呼び出した。123便から、「アンコントロール。」と無線が入ってくる。東京ACCとRAPCONが返答、RAPCONは、横田基地が緊急着陸の受け入れ準備に入っていると返答した。
東京ACCも、東京アプローチの無線周波数へ変更するよう求め、123便が了承する。

JA8119に搭載されていたラジオ磁気指示計(RMI)のVOR受信アンテナは、垂直尾翼の頂上付近に埋め込まれており、垂直尾翼が破壊された際に、回線が切断されていた。
クルーは現在地を見失った。

54分25秒、JALも呼び出しを行ったが、返答はなかった。
東京ACCは、123便から、現在地をたずねられ、東京ACCは、羽田から55マイル(100キロ)北西で、熊谷市から25マイル(45キロ)西と告げる。

その後、しばらく安定していた機体の機首が再び上がり、速度が180kt(330km/h)まで落ちた。出力と操縦桿の操作で、機首下げを試みたが、機首は下がらなかった。
55秒01秒、機長は副操縦士に、フラップを下げられるかたずね、
「はい、フラップ-10(今10度下がっているという意味)」と返答し、フラップを出し、機体を水平に戻そうとした。

55分5秒、横田飛行場の航空管制官が、この時だけ、「日本語にて申し上げます。」と前置きして、東京アプローチから、「羽田と横田が緊急着陸準備を行っており、いつでも最優先で着陸できる。」と知らせ、航空機関士が、「はい、了解しました。」と返答、これが123便からの最後の交信となった。
その直前に、航空機関士は、機長たちに、これが自分によるハイジャックだという事を打ち明けていた。

『そんな事は、最初から分かっていた。いや、最初に気づいていればよかった。
貴様は、拳銃を所持しているのか。家内はいるのか?親戚はいるのか?』

『はい、すみません。僕には、家族とかいないので。親は‥いますけど。』

機長と副操縦士は何を言ったのだろう?

おそらく、航空機関士は、クルーにも打ち明けた。
『同じ苦しみを味わったあなた方と、僕は一緒に天国に行けます。』

乗客にも、打ち明けたのだろうか?


その直後に、東京アプローチが、123便に対し、今後の意向をたずねたが、返答はなかった。その後も、56分前まで、東京アプローチとRAPCONが123便に対して、呼び出しを行ったが、応答はないままだった。


55分12秒、フラップを下げた途端、南西風にあおられて、機体は右にそれながら、急降下し始める。
55分15秒から、機長は機首上げを指示した。
55分43秒、機長が、「フラップとめな!!」と叫ぶまで、フラップは最終的に25度まで下がり続けた。
「あーっ!!!」

55分50秒、機長が言った。
「フラップ、みんなでくっついてちゃダメだ。」
「フラップフラップフラップ!!」
副操縦士は叫び、すぐさまフラップを引き上げたが、さらに降下率が上がった。

この頃、高度は、10,000ft(3,000m)を切っていた、
56分00秒、機長が、パワーとフラップを上げるよう指示するが、航空機関士が、
「上げてます。」と返答した。

56分07秒には、機首が36度も下がり、ロール角も最大80度を超えた。
機長は、最後まで「あたま上げろー、パワー。」と指示し続けた。

クルーの必死の努力虚しく、JA8119機は降下し続け、
56分14秒に対地接近警報装置(GPWS)が作動した。
56分17秒ごろには、わずかに機首を上げて、上昇し始めた。

『PULL UP』警告音とともに、「あーダメだ!!」機長は叫んだ。
ドーン
56分23秒に、右主翼と機体後部が樹木と接触し、衝撃で第4エンジンが脱落した。
この時、機首を上げるために、エンジン出力を上げたことと、急降下したことで、
速度は、345kt(640km/h)に達していた。

接触後、水切りのように一旦上昇したものの、機体は、大きく機首を下げ、右に70度傾いた。

最後の時、坂本九は、頬が後ろにつられる感じだった。みんな同じだったと思う。みんな、同じように、歯を食いしばった。


56分26秒に、右主翼の先端が、稜線に激突し、衝撃で、右主翼の先端と垂直。水平尾翼、第1、第2、第3エンジンが脱落した。
56分28秒に、機体後部が分離した。
機体は、機首を下げながら、前のめりに反転してゆき、
18時56分30秒に、高天原山の斜面に、ほぼ裏返しの状態で衝突、墜落した。

坂本九は、墜落の瞬間、真っ暗になり、自分達が宇宙に入ったように感じた。
そして、自由に宙返りをした。
真っ暗の宇宙の先から、bliss音楽が聞こえてきたが、必死で上を向いて歩こうを想い続けた。
「辻くん、ダメだよ!」
でも、辻は、自転車に乗り、向こうに行ってしまった。

「明日があるさを歌おう。」
坂本九は言い、みんながblissへと向かう中、一人、背を向けた。

墜落の瞬間、緋本の下に、藤島が来て、キスしてくれたように思った。
でも、あんな状況で動けば、落ちてしまう。
あの出来事はなんだったのか、緋本は天国に行ってからも何度も考えた。
吹き飛ばされ、体はバラバラになり、死んだ口は石とキスをしていた。
でも、それが、藤島だったように思い、天国にもその感情を連れ込んだ。

仲晃も、実は、緋本を愛していた。天国に行ってから、事故の出来事を何度も再現して、緋本はようやく、仲晃の気持ちに気づいた。
天国で、何度も、心での恋愛を空想した。今、誰と結ばれたのだろう‥。

浦上は、社員と手をつないでいた。
その社員が、自分の息子になるのかと考えた。
そして、まだ自分が生きないといけないとしたら、あと何年生きなければならないのだろう?バラバラになって飛び散り、着地した時、ようやくあきらめがついた。

中埜は、石田と手をつないでいた。子供に戻ったら、また、石田と仲良しできるのだろうか?他にも、友人はたくさんいた。自分には、大好きな兄弟もいたし‥。
でも、もしも、双子になれたのなら、楽だなと感じた。

喜一は、最後までお金について考えた。死んだら株価指数の世界にこのまま入れればいいと思った。でも、バラバラになった時、辛くなった。そして、自分の目から、悔し涙が流れ出ているのを見た。

幸男は、バラバラになった破片が、木の上についた。
自衛隊たちが探しに来た時、目玉おやじくらいになった自分は、天に手を伸ばした。
そして、天から迎えが来た。
「僕が真っ先なんだね。」
「そうだよ。」
「よかった。」
幸男は笑った。


57分、RAPCONが123便に対し、「貴機は横田の北西35マイル(65キロメートル)地点におり、横田基地に最優先で着陸できる。」と呼びかけ、東京アプローチも、123便に対して、横田基地に周波数を変更するよう求めたが、すでに123便は御巣鷹の尾根に墜落していた。

東京航空局東京空港事務所(羽田)は、123便の緊急事態発生を受けて、
東京救難調整本部(Tokyo RCC)を開設し、緊急着陸体制を整えた。

59分、東京管制部のレーダーから消失という事態となった。

嶺岡山レーダーサイト司令は、123便が墜落したと判断して、中部航空方隊司令部に、
スクランブル待機中のF-4EJファントムによる緊急発進を提案した。
19時01分、提案を了承した基地司令官の指示で、百里飛行場より、F-4戦闘機が離陸した。
百里救難隊による、最初の救難捜索機(MU-2S)や、救難ヘリ(KV-107)の出動は、航空自衛隊への、東京空港事務所長からの、災害派遣要請が出される前に行われた。


03分、東京救難調整本部は、防衛庁、警察庁、消防庁、海上保安庁などの関係機関に通報し、123便の捜索に当たった。
一方、レーダー消失直後は、まだ同機が低空飛行を続けている可能性も残されていたため、
管制や社内無線からの呼びかけも続けられた。

「ん‥?」後部座席にいた生存者が目を覚ました。

19時13分、時事通信が、「東京発大阪行きの日航123便がレーダーから消えた」とのニュース速報を配信する。

墜落から20分後の19時15分。
米空軍のC-130輸送機が、群馬・長野県境付近の山中に大きな火災を発見し、
上空位置で、横田TACAN(タカン)方位(305度)・距離(34マイル)を航空自衛隊中央救難調整所に通報した。
C-130輸送機に搭乗していた元在日米軍中尉が、事故直後に、厚木基地のアメリカ海兵隊救難ヘリを、現場に誘導したが、救助開始寸前に中止を命じられた。


21分、百里基地を緊急発進したF-4戦闘機の2機も、墜落現場の火災を発見し、
上空位置での、横田タカン方位(300度)、距離(32マイル)を通報した。

陸上からは、群馬県警察、埼玉県警察、長野県警察が、墜落現場の捜索にあたった。
21分には、長野県臼田署のパトカーが、「埼玉県と群馬県境あたりに、黒煙が見える」と通報した。

26分、NHK総合テレビジョンは、19時の定時ニュースの終了直前に短く第一報を伝えた。


19時30分、陸上自衛隊の群馬、長野部隊が、出動態勢を整え、派遣要請を待っていた。

19時30分、日本テレビ『大きなお世話だ!』の冒頭にて、ニュース速報(テロップ)で第一報を伝えた。

19時30分、TBS『クイズ100人に聞きました』放送中に、ニュース速報(テロップ)で、第一報を伝えた。

19時30分、テレビ朝日(ANN)『月曜スペシャル90』の冒頭にて、ニュース速報(テロップ)で、第一報を伝えたあと、番組を中断して、『ANNニュース速報』をニュースデスクから伝えた。キャスターは、萩谷順。

19時30分から、NHK総合テレビジョン『NHK特集 人間のこえ 日米独ソ兵士たちの遺稿』が始めるが、番組中にニュース速報があり、
「羽田発大阪行き日航機、レーダーから消える。日航機には乗客497人が乗っている。運輸省から入った連絡では、日航機から緊急事態が起きたとつたえてきた。」という内容が放送された。
35分、同番組は打ち切り、報道特別番組を終夜放送した。キャスターは、木村太郎。

この飛行機に乗るはずだった者たちは、ニュースを見た、驚き、自分が免れた事を恐れた。

その頃、鷹雄は、実家で、亮と勉の相手をしていた。
夕食のレトルトカレーの準備をしている鷹雄に、風呂から出てきた勉が、髪の毛を拭きながら言った。
「お父ちゃん、俺さ、モネだと思うんだよね。」
「どうゆうことなんだい?」
「ちょっと、待って。持ってくる。」
勉は、自分の部屋にかけていった。

「ご飯できたぞ。」
鷹雄が亮を呼びに行くと、亮は呆然として、墜落のニュースを見ていた。
「え‥。」

「光子。」

「お父ちゃん、これ見て!スイレンを描いてみたんだぜ。‥あれ?墜落だと?」
勉もニュースを見て、赤い顔をした。

19時30分すぎ、フジテレビ『月曜ドラマランド』開始直後のニュース速報(テロップ)で、第一報を伝えた。

目を覚ましていた乗客は、雪奈、光子、浩太郎に席を移動させてもらった母親と男の子である。
光子は、希子にふれたが、希子は眠ったままだった。
光子も希子によりかかり、眠ることにした。

雪奈は、シートベルトをとった。前の席が後ろまで倒れて、雪奈の足が挟まっていたが、なんとかシートから出た。前の人は眠っている。

そして、元章のもとに行き、ほほにふれたが、元章も眠ったままだった。
他の乗客は、倒れているのに、元章はシートにしっかりと座ったままだった。

「ママ、僕たち、生きてるね。」
「そうだね。これで、パパにまた会えるね。」
母親は、爆発の炎を見て、涙を流した。


なんと、もう一人の生存者がいたのだ。それは、航空機関士に腹を殴られた太郎である。
「お嬢ちゃん、生きていたんだね。よかったね。」
太郎は、光子に笑顔で話しかけたので、光子は少し嬉しくなった。

太郎は、他の乗客に話しかけた。
「おい!もうダメか?」

墜落から約1時間後の19時54分に、救難、救助のため、見切り発進した百里基地救難隊のKV-107ヘリコプターは、46分後の20時42分に、現場上空に到着した。
しかし、KV-107救難ヘリは、両側面のバブルウィンドウ横に、救難用ライト4灯を装備して、夜間の救難作業は可能だったが、赤外線暗視装置などの、本格的な夜間救難装備がないことなどを理由に、事故当夜の救助活動が行われなかった。

「おーい、おーい!」

「おい、こっち見てくれ!」
生存者たちは、大きな声で、ヘリコプターを呼んだ。

20時33分になって、救難調整本部、東京空港事務所長から、すでに現場に到着していた航空自衛隊へ、航空救難の要請が行われた。
在日米軍・航空自衛隊が把握した墜落現場の位置情報は正しい情報であったにもかかわらず、その情報が活かされることは結局なかった。
事故機の遭難から約1時間40分後と、遅れて出された航空自衛隊への災害派遣要請の背景には、運輸省航空局東京空港事務所の
「位置が確認できないことには、正式な出動要請はできん。」という幹部判断や、運輸省から、「レーダーが消えた地点を特定せよ。」と、何度も東京ACCに電話が入るなど、
所管行政当局である運輸省・航空局隷下組織の地上での位置・地点特定に固執した混乱や、錯綜が窺われる。


21時30分、ついに、陸上自衛隊への、災害派遣要請が出される。


当時の東京消防庁航空隊には、サーチライトを搭載したアエロスパシアル製救助ヘリコプターが、2機配備されていた。事故当夜は、関係省庁からの要請に備えて、いつでも出動できるように待機していたが、東京消防庁への出動要請はなかった。
のちに、運輸省・防衛庁・警察庁ともに、このヘリの存在を知らなかったことが明らかになる。


21時39分には、埼玉・長野両県警のパトカーが、三国峠の西北西に赤い煙を発見した。

フジテレビは、21時台の『夜はタマたマ男だけ!!』まで、テロップ速報のみで対応していたが、22時からの『三枝の愛ラブ!爆笑クリニック』を休止して、『FNN報道特別番組』を開始し、その後は、CM全面カットで、約10時間詳報した。

毎日放送(MBSテレビ・ラジオ)、22時からの『MBSヤングタウン』は、内容のほとんどを関連ニュースに変更し、ニュース以外は、音楽を流した。
なお、この番組に出演していた、明石家さんまは、搭乗を回避し、難を逃れた。


12日深夜までに、長野県警は、墜落現場は、群馬県側の山中であると発表した。
しかし、氏名不詳の110番通報によりもたらされた「長野県北相木村のぶどう峠付近に墜落した」との情報や、日本航空による22時の広報では、「御座山北斜面」
運輸省は、事故現場の緯度経度(北緯36度02分、東経138度41分)の他に、
「長野県南佐久郡御座山北斜面」
朝日新聞では、防衛庁からとして、「長野県の御座山北斜面」などの誤報が繰り返され、これらの情報で、地上からの捜索は混乱した。

北緯36度02分、東経138度41分は、御巣鷹山から北側2.0kmの群馬県側になるが、間違った情報が原因で、緯度・経度情報が、地上捜索隊の活動に活かされることはなかった。
消防・警察や、災害派遣要請によって出動した航空自衛隊の地上捜索隊、陸上自衛隊の各捜索部隊は、翌13日の朝までに、現場に到達することはできなかった。

海上では、乗客が機外に吸い出された可能性があることから、東京救難調整本部の通報を受けた海上保安庁の巡視艇3隻が、駿河湾周辺の捜索を行った。


8月13日午前1時からのニッポン放送(NRN・AMラジオ)『中島みゆきのオールナイトニッポン』は休止となり、その日の2部を担当していた上柳昌彦が、午前5時までの4時間、全国ネットで詳報した。

太郎は、機外に出て、用をすました。
自衛隊たちが登ってくるのが見えたので、再びシートに戻り、眠ることにした。
犯人と、疑われないためだ。

8月13日午前4時30分すぎ。
航空自衛隊救難隊による墜落機体の発見。
午前5時10分、陸上自衛隊ヘリによる機体発見。
午前5時37分、長野県警ヘリによる墜落現場の確認。

群馬県上野村の黒沢丈夫村長は、テレビ報道の映像を見て、現場が村内の「スゲノ沢」であると判断し、土地鑑のある消防団員に、捜索隊の道案内をするよう要請した。
現場までは、熊笹の生い茂る、傾斜角30度の急斜面で、約2kmの道のりに、1時間30分もかかる難路だった。

事故機には、多量の医療用ラジオアイソトープ(放射性同位体)が、貨物として積載されていた。また、機体には、振動を防ぐ重りとして、一部に劣化ウラン部品も使用されていた。これらの放射性物質が、墜落によって、現場周辺に飛散し、放射能汚染を引き起こしている可能性があった。このため、捜索に向かっていた陸上自衛隊は、すぐに現場へ入らず、別命があるまで、待機するように指示された。

8月13日朝の新聞一面は、この事故がトップとなったが、墜落地点の情報が、御座山など錯綜したまま、朝刊締切時間となり印刷され、「長野で墜落」や「長野・群馬県境付近で墜落」などの見出しになった。

墜落からおよそ14時間後の8月13日午前8時半、長野県警機動隊員2名が、
ヘリコプターから、現場付近にラペリング降下し、その後、陸上自衛隊第1空挺団(指揮官:岡部俊哉、第35代陸上幕僚長)が、現場に降下して、救難活動を開始した。


墜落時の猛烈な衝撃と火災によって、尾根およびその周辺で、発見された犠牲者の遺体の大半は、激しく損傷しており、また盛夏だったこともあり、遺体の腐敗の進行も早かった。

一方、奇跡的に尾根への激突を免れ、高天原山の斜面を滑落していった機体後部は、衝撃も少なく、火災にも巻き込まれなかったため、谷間で発見された犠牲者は、骨折や出血こそあったものの、そのほとんどは生存しているのか死亡しているのか、見た目では区別できないほどの完全な状態で発見された。

午前11時ごろ、4名の生存者が、長野県警機動隊、上野村消防団などによって、相次いで発見された。

先に、上野村消防団がかけつけた。
「あの‥誰か、生きておられますか?」
みんな、眠ったように、うなだれていた。
駆け付けた自衛隊員が、大声を出した。
「誰か、生きていますか?」
そして、光子、雪奈、2人の親子が手をあげた。

ヘリから隊員が降りてきた。みんなオジサンだったが、一人だけお兄さんがいた。
光子は、その人がかっこいいなと思った。そして、そのお兄さんが光子を助ける人だったので、少し緊張した。


11時30分、『FNNニュースレポート11:30』で、墜落現場に到着した中継スタッフから、生存者発見の一報を受け、生存者救出映像を、御巣鷹の尾根現場から、唯一生放送し、独占スクープとなった。
他局は、生中継機材が間に合わず、録画取材。

光子は、ヘリの中で、毛布にくるまり、唖然とした。
「お嬢さん、名前は言えますか?」
お兄さんが笑顔でたずねた。
「下関光子です。」
「年はいくつ?」
「8才です。」
「わかりました。」

「僕の名前は、草埜東次郎です。年は34才です。」
お兄さんは言った。


4名とも重症を負っており、陸上自衛隊のヘリコプターで、上野村臨時ヘリポートまで搬送され、4名のうち、2名の親子は、東京消防庁のヘリに移し換えられて、藤岡市内の病院に運ばれた。

自衛隊員たちは、後部座席の人間を、一人一人さわって、生存を確認した。
ハッピを着た一人の消防団員が、機外に出たシートに座って眠る太郎の頬にふれ、聞いた。
「おーい、生きておられますか?」

パチッ
突然、太郎の目が開いたので、「わぁ!」消防団員は驚いて、後退りした。

すぐに自衛隊員が来て、太郎を立ち上がらせた。
その時、テレビは回っていなかった。
スタッフ達は、興味津々で太郎を見たが、生存者が男だったので、肩を落とした。
「俺は嫌だよ、生き残った男の人を撮るなんてさ。」

自衛隊員が×マークをして、太郎は、報道されない事となった。
でも、太郎は、それが優しさだと感じた。太郎は歩いて、山道を降りた。

フジテレビは、『笑っていいとも!』を12時3分から12時30分すぎに一時中断し、生存者救出の生放送を中継した。(その日は、テレフォンショッキングのみ。)

8月14日に、群馬県の上毛新聞社は、墜落した事故機を、世界で初めてカラー写真で、一面トップで掲載した。

最初に現場へ到着したカメラマンは、『FLASH』(光文社)が、専属契約した大学生アルバイトだった。
遺体を含む現場写真の多くが、『FOCUS』(新潮社、休刊)、『Emma』(文藝春秋、休刊)、『FRIDAY』(講談社)などの写真週刊誌に、無修正で掲載された。


遺体待機所、遺体安置所として、群馬県藤岡市の小学校・中学校・高校の体育館と校舎が開放された。
最終的な身元確認の作業終了までには、約4カ月間の時間と膨大な人員を要した。
検視に利用された藤岡市市民体育館は、遺体の死臭が抜けず、取り壊された。

雪奈は、事故の後、何度も、元章が生存しているという空想をした。でも、死亡者一覧を見ると、元章の名前があったので、肩を落とした。


運輸省航空事故調査委員会は、事故発生後の8月14日に、墜落現場に入り、本格的な調査を開始した。調査には、事故機の製造国であるアメリカから、NTSB(アメリカ国家運輸安全委員会)の事故調査官らが、顧問として加わった。
事故から約1カ月後の9月6日、ボーイング社が声明を発表し、しりもち事故の際に、自ら行った圧力隔壁の修理にミスがあったことを認めた。

刑事裁判にて、業務上過失致死死傷罪での刑事責任追及を恐れた日米の関係者は、黙秘権を行使し、事故調査報告書も、墜落機のトラブルに至る詳しい経緯には踏み込めなかった。


事故から4年後に、アメリカ合衆国司法省が、ボーイング社に対し、日本の検察の捜査に協力するように促した。

優斗は、自分もなんとか、良い情報を得ようとしたが、うまく記事がまとまらなかった。
新聞記者として、一流新聞の記事を書く事は、優斗にとってあまりに普通の事だった。

鷹雄たちは、アニメーターとして世界に羽ばたいている。
鷹雄たちは、さらに、素晴らしい作品を残していった。

雪奈はなかなか傷が癒えず、10年後まで、怒りはおさまらなかった。
でも、大五と結婚したので、幸せに生きた。

太郎は、アンティーク太郎という芸名で、芸能界に入った。
「お前が、御巣鷹山の生存者ということは、コレだからな。」
「はい、分かってます。」
太郎はニヤニヤと笑った。でも、ニュースのコメンテーターとして、やはり何度か口をすべらせた。


慧の妻の桃子は、御巣鷹山のニュースを思い出すと、涙が出た。
助けられた女の子は、しっかりしていて、偉いと思った。

デパートで買い物中、桃子は、光子に会った。
光子は、ペンを見ている。桃子は、光子と出会えた事を、神様の巡り合わせだと思った。
桃子は、光子に声をかけた。
「何してるの?」
「えっ。」
光子はペンを戻し、もう一度顔を上げた。
「おばさんこそ、何してるの?」
もう、そこに桃子の姿はなかった。

光子が泣きそうになった時、桃子がペンを買って、持ってきた。
「はい、これ。あなたへのプレゼントです。」
「ありがとうございます。」

その後、光子は、桃子の娘になる事となった。

『Time leap』

鷹雄たち以外、光子の関係者が、タイムリープを使い、人生をずらした。
タイムリープというのは、神様が認めた場合のみ、施行されるものである。

幸せになる場合も、不幸になる場合もある。
苦労だけは、外せないものだ。

大切な物を失う事もある。

光子は、草埜東次郎と楽しそうに歩いている。
鷹雄はそれを見て、ため息をついた。

優斗は、現在でもジャーナリストをやっている。
いつも、ジャーナリストに見えないようなファッションを心掛けているが、東京の若者たちの服装はみんな、ジャーナリストみたいだ。

優斗は、大都会東京の人込みを歩いた。
さまざまな若者たちが生きている。

苦しみながら、夢を見ている。
彼らは、ハッピーエンドを待ち続けている。

【Tokyo young story 6end】
私が書くTokyo young story は以上で終わりです。

【明日があるさ】
【上を向いて歩こう】by 坂本九

Tokyo young story 6

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登録日 2019-09-01

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