ガラスのハート

ちひろ

赤いハート

ゴトッ パラパラ...

何かが落ちた。

赤くて大きなハートの形。

ガラスに見えるそれは落ちた衝撃で少し砕けていた。

丁度私の両手位の大きさに見える。

拾い上げるのが怖かった。

だってもしこれが私のハートだったら落としちゃったんだもん。

欠けてしまったし。

私は逃げるようにして自分の部屋にかえった。

胸に手を当ててみる。

ドクッドクッ

確かに脈打つその音に安心すると、私はそのまま眠りについた。



図書館で本棚の前にいると一人の男の子が声をかけてきた。

私より年下に見える。

「これ、君のでしょ?」

目を向けると、少し欠けている赤くて大きいガラスのハートが見えた。

「どうして、それ?」

「分かるんだ。ハートは持ってると誰のハートか分かるようになってるんだよ。お姉ちゃん、ハート落とすの初めて?」

私が驚いていると、聞いてもいないのに男の子は続けた。

「僕はもう3回落としたよ。1回目はお姉ちゃんみたいに置いて帰っちゃったけど。2回目からはちゃんと拾って帰ってるんだ。」

「え?」

私がまだ困惑していると男の子は手に持ったハートを私に押し付けてきた。

「これ、君のハートだよ。無いと何も感じなくなっちゃうよ。」

少し慌ててそのハートを受け取ると、男の子はほっとしたように笑った。

「昨日、いきなり此処で落ちてきたの。でも私はこんなの持ってなかったし、よく分からなかったの。」

「持ってる人は、少ないんだよ!レアだよ。傷ついた人だけ貰えるんだよ。」

少し嬉しそうにそう言った男の子に、私は更に少し困惑した。

確かに思い当たる節はあった。

昨日、大切な人に裏切られていたことを知って
過去の色々な記憶が黒く染まっていくのを感じて
私は自分と言うものを少し信じられなくなっていた。

「じゃあさ、これ持っていたら駄目じゃん。傷ついたってことでしょ?」

少し諦めとも吹っ切れたとも取れる表情で私が笑うと、男の子は怪訝そうな顔で首を傾げた。

「どうして?傷つかなきゃ、他の人のハートのカケラ貰えないんだよ。あっそうだ。僕のハートのカケラお姉ちゃんにちょっとあげる。」

今後はきょとんとする私を余所に、男の子はごそごそと手提げバックの中から青いハートを取り出した。

するとそのままハートを手から離した。

ゴッ と鈍い音がする。

「え?」驚いた私が慌ててしゃがむと、男の子は「いーの」そう言って散らばった青いハートのカケラを一つ拾い上げると私に手渡した。

「なに?どうするの?」

「これさ、お姉ちゃんが昨日落としちゃって欠けちゃったところにくっつけるといいよ。」

「え?」

私がその男の子の青いハートのカケラを、私の赤いハートの欠けた部分に押し込むとふわっと急にカケラの重さなんて何にも感じなくなって、ハートを持ち上げてもそれは落ちてこなかった。

ハートの一部は青いカケラになった。

その欠けの辺りは黒くもくすんでいたけれど、少し明るくなった気もした。

男の子のハートをよく見ると、欠けた箇所が今落としてできたのを除いて3つあってその全てがオレンジや黄色水色や緑ピンクに紫沢山の色に輝いていた。

「お姉ちゃんもこうやって、傷を治していくんだよ。」

私は何かに気付いたようにハッとした。
しばらくの沈黙が続いた後、男の子のハートのカケラを見た。

私が黙っている間ずっと男の子は不思議そうに私を見ていた。

「その欠けたとこ、私のハートのカケラあげる。」

昨日自分のハートのカケラを持って帰らなかったことを後悔した。

「駄目だよ。お姉ちゃんのハート傷ついちゃうよ。まだ治ってもいないのに」

「・・・君のそのハートの色んな色のカケラ、どうやって貰ったの?」

男の子は嬉しそうにカラフルなハートのカケラに目を向け、また私を見るとこう答えた。

「色んなね、お姉ちゃんみたいな大人の人がくれたんだ。初めてくれた人がね、「大切なものだからいつも持って歩きなさい」って。それから公園で仲良くなったお兄ちゃんとか色んな人がくれるんだ。」

私は男の子の目をじっと見た。

「自分のカケラを持ってる人もいたけど、持ってない人はいつもその場で落として僕にくれたんだよ。今お姉ちゃんにしたみたいに!」

弾みながらそう言い終えた男の子は、言い終わった後も嬉しそうだった。

「それってさ、もっと傷つくじゃん。」

「そういうものなんだよ。」
「ってあるお兄ちゃんが言ってた。」

嬉しそうに二ヒヒとはにかむと、男の子はカケラを拾いながらこう言った。

「誰かを助けると自分も傷つくんだって。また傷つくんだよ。でもほら、カラフルに輝くんだよ。」

男の子が両手で大事そうに抱えたそれは、眩しくて私には見れなかった。

「お姉ちゃんのハートもカラフルになるよ。」

傷ついたおかげでね。そう言ってるように聞こえた。

男の子がいなくなった後も、私は本棚の横から動けなかった。

静かなこの空間が更に何の音も発していないように感じた。

流れ出た涙はとても綺麗なものだった。

ガラスのハート

ガラスのハート

  • 自由詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
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