たった一人のラヴィーニア 上

いも陽花

 おいで、ラヴィーニア。と、彼女の父は優しく手招きをした。
 父は柵の向こう側を指差す。彼の指先に導かれるまま、ラヴィーニアはそれに目をやった。

 それは美しい少女のような姿をしていた。一糸纏わぬ上半身は、色白でほっそりとしていた。ラヴィーニアは今まで、野生のそれは土と泥に塗れていて、薄汚れたものだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。それとも、もう人間の手で洗われ整えられた後なのだろうか。ただ見ただけのラヴィーニアには分からなかった。

 金色の髪はふわふわとしていて、まるで雲のようなそれは胸元を隠すように長く伸ばされていた。雲の奥には、私ならけして他人に見せたくはならないものがあるのだろう。ラヴィーニアはそう思った。

 頭の上に生えた、髪と同じ色の短い毛に覆われた長い耳は後ろに倒され、物憂げに伏せられた瞳は、柵に隔てられたこの距離からでは、どんな色をしているのか窺うことはできない。

 ああ、あれは怯えているのだろうか。それとも怒っているのだろうか。ぼんやりと考えるラヴィーニアには、柵の中の生き物が自分と同じ歳の頃に見えていた。顔と体つきを見ただけの話であるが、自分と極めて似ていると、そう思った。

 しかし、リボンをあしらったよそ行きの服を身に纏ったラヴィーニアと、衣類の類を一つも身につけていないそれは、一つの柵によってどうしようもないほどに分けられていた。

「初めて見ただろう。怖くはないか?」
「いいえお父様。とっても面白いですわ……本当に足が四つあるのね。形も私たちと全然違う」
「はは、そりゃそうだ。あれは動物だからね。あの足全てで地を強く蹴り走るんだ。とても美しい生き物だよ」

 そう、何よりも目を引くのはそれの足であった。それこそがラヴィーニアとその生き物との決定的な差であった。少女めいた華奢な上半身こそ人間のようだが、下半身には強靭な足が四本もあった。その全ての先には、ラヴィーニアたち人間のように小さな爪の乗った柔らかな五本の指は無く、大きく厚い爪が一つだけ生えていた。蹄だ。それには、まるで、馬のような、蹄があった。手には人間と同じように指があるのに、足はまったくの異形である。あれは動物だからね。そうラヴィーニアの父は言った。自分に似ていると感じたラヴィーニア自身、確かにそう思う人もいるだろう、むしろそう思わない人はいないだろう、とも思っていた。

 それはセントールスであった。

 またの名を人馬というそれらは、人間によく似た姿をし、しかし知能や文化レベルは人間より大きく劣る。亜人、または蛮族とされる生き物の一種であった。
 ラヴィーニアは知識として、それを知っていた。目にしたのは今日、この展示会が初めてである。

「ええ本当に……綺麗です。走っていたらもっと良かったのに」
「おや、ふふ、走らせたらきっと逃げてしまうよ」
「あら! お父様ならなだめられるでしょう?お父様は乗馬の名人ですもの」

 ラヴィーニアはそう言い、自慢の白い翼を広げた。

「どうも、ロザリオさん」

 と、背後から声をかけられた。
 ロザリオとは父の名である。声の主が今日の展示会の主催者であることはラヴィーニアにも分かっていた。

「ああ、どうも。まったく、素晴らしいですよ、ここまで集めるとは。このセントールスは北部産で?」
「ありがとうございます。ええ、北部の山岳地帯から。比較的金毛種が多いのですよ」
「なあるほど。雄と雌と……大きい方はつがいですかね」
「捕獲時に共にいたので、おそらく。手前にいるのが子どもですね。雌です、美しいでしょう、均整が取れている」
「ええ本当に。きっと娘も気にいるでしょう、特に子どもの方を。そうだろう? ラヴィーニア。欲しいのは子どもだね?」

 よしよし、とラヴィーニアは内心ほくそ笑んだ。ラヴィーニアには人馬が必要だったのだ。そう、必要だった。今日この日のために良い子にしていた。勉学に大人しく励み、ピアノの稽古にも大人しく励み、常に大人しく、穏やかに微笑んでいた。

「ええ! 小さくて可愛いわ! 乗れるようになるまで育ててみたいです」
「ははは、そうですかそうですか。では縄は娘さんに持ってもらいましょう」
「おや、大丈夫なのかね?」
「心配ありません。抵抗しないよう調教はしております」

 主催はそう言い、柵の鍵を開け、向こう側に入っていった。人馬たちは逃げもせず、主催を見もせず、だらりと無気力な姿を見せていたが、一番小型の者の首に縄がかけられた途端「うう、うう」と唸り始めた。
 人馬の言語だろうか、ラヴィーニアには全く意味が分からなかったが、それをしっかりと耳に刻み込んでいた。「うう、うう」

 拒否だろうか、悲しみだろうか。
 それとも大切にしてくださいよという肯定の言葉だろうか。ラヴィーニアには人馬の何もかもは分からない。

「大切にするんだよ、ラヴィーニア」
「はい。お父様」
 そしてまた主催と父が『難しい話』を始めた。ラヴィーニアはそれに目をやった後、また改めて人馬を見つめる。すると、偶然だろう、少女のような姿の、その者と目が合った。
 バチン、と音がしたような気がした。

 なにもかもわからない人馬の瞳は、ラヴィーニアと同じ青色だった。

たった一人のラヴィーニア 上

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ハイ・エデン小話

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更新日
登録日 2019-08-26

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