共犯者たち

松見坂

共犯者たち



 動機も凶器も容疑者も揃っていた。しかし犯人だけがいない――。

 後輩の僕から云わせてもらうと、松井怜央(まついれお)が死ぬ理由は十二分にあった。別段好いてもいなかったし、彼が泡を吹いて死んでいく様を眺めては、むしろ口角が上がったほどである。往生際の悪く、手足を蝿のごとき醜さでバタつかせて暴れる彼を、誰もが黙って傍観していた。それに対して毫も疑問を抱かなかった。演劇部の面々は、水の溜まったグラスを口元へやることもなければ、旅館のスタッフを慌てて呼ぶこともない。その光景を角膜へと焼き付けるがごとく、じっと見ていた。今思えば、そうやって反射的に溜飲を下げていたのかもしれない。
 松井は食後のコーヒーを飲んでぶっ倒れた。つまり毒殺である。この演劇部の面々のなかに犯人がいるとふんだ僕は、早速事情聴取に取り掛かった。松井怜央が倒れてからわずか二十分後のことだった。
 簡単な調査の結果、次の四人に容疑者が絞られた。
 黒岩由美菜(くろいわゆみな)山垣哲太(やまがきてつた)高原望海(たかはらのぞみ)三野淳火(みのじゅんか)
 ――1人ずつ話を聞いていこう。


 一人目、黒岩由美菜。
「あいつが死んだことで楽しみにしていた旅行すら台無しになってしまった。死して尚、私に不快感を与えるとは、やはり生かしてはおけない男であった。……えぇ、その通り。私はこの旅行で怜央君を殺すつもりだった。見てこれ」
 そう云って、黒岩さんは自慢気に注射器を取り出した。
「空気を血管に注射すると身罷るのは有名だよね。少しなら平気なんだけど、例えば100mlくらいを一気にぐぐっと注入すれば、死ぬらしいよ。空気塞栓で脳梗塞になるの。寝てる間にやるつもりだった。でも万が一気がついて目を覚ましたら大変だから、食後のコーヒーをキッチンから持ってくる役割を担って、廊下にてこっそり睡眠薬を入れたの」
 動機について、彼女は以下の通り語った。
「行きのバスが隣席だったのだけれど、それが最悪なの。気色の悪い脂下がった顔でつまらない噺を繰り返してくる。で、帰りも隣席だって云われたから、耐えきれずに殺そうと思って。――あいつはとにかく面倒なの。例えばど~~~でもいいようなことをラインで送ってきたりとかね。うんざりしていることを分からせるために、最近はよく素っ気ない返事をしたりとか、既読無視したりとか、色々工夫してたの。それでもあいつは、ラインを止めなかった。本当に救えない阿呆でしょう。遊びの誘いを受けたときも、今月は無理って断ったら、じゃあ来月はどう、なんて抜かしやがる。笑止! お前と行く未来はねーけど私の性格がイイからやんわりと断ったのに、察しなさいな! 嗚呼、可笑しいこと!」
 黒岩さんは高笑いを旅館中に響かせながら消えていった。

 二人目、山垣哲太。
「怜央さんがぶっ倒れたとき、俺はカラオケをイメージした。カラオケだよ、(じゅん)ちゃん。例えばクイーンさ。クイーンのボヘミアン・ラプソディを歌い上げたときの快感! 開放感! 絶頂感! たまらないね、全く。それを感じたのさ。怜央さんが蝿のように呻吟なすっていたときは快哉を叫びたくてウズウズしていたよ。まぁ、驚きが上回って、できなかったけど。……え? うん、そうなんだ。俺が殺す前に死んだからね」
 そう云って、哲太は釣具を収納するべき長細いバッグを取り出した。チャックを少しだけ下げて中身を覗くと、猟銃が入っていた。
「俺の好きな悪の教典って映画でね、これ使うシーンがあってさ。だから免許とったんだ。こいつをさ、怜央さんの横ッ腹目掛けて撃ち込んだら最高だなって思ってさ! だから持ってきたんだ! ……そのためには、まず二人きりにならなくちゃァいけない。夜はダメだ。どうせ深夜まで酒を呑んだり遊んだりするだろうから、疲れ切って誘いに乗ってくれないだろうし。よしんばこっそり連れ出せても、銃声で皆が目覚めてしまう。だから朝だ。怜央さん用のグラスに睡眠薬を塗っておいて、早めに寝るよう仕向けるんだ。そして早朝に彼だけ山へと連れ出し、ターンと狩りに興じる、って寸法だ。まぁ、できなかったけど」
 動機について、彼は以下の通り語った。
「准ちゃんも分かるでしょ? あいつ、自分の噺ばかりするんだ。自分の趣味の映画とか、漫画とか、ばかりさ。俺思うんだけど、コミュニケーションは相手の言葉を『しっかり聞く』ところに重きを置くべきじゃないのかな。例えば、ラインの返事をおざなりにされただけで憂鬱になってしまう人間だって、世の中には沢山いるんだ。その点、あの先輩はまるでなっていない。マコトのコミュ障なんだよ。このまま社会に出ても、より沢山の人間が苛々してしまうだろう。だから、殺しておこうかなって……」
 哲太は「間違いない」と何度も頷きながら消えていった。

 三人目、高原望海。
「怜央には感謝するべきだとむしろ思うんだ。映画ではさ、最後に敵がバーンとやられて、よっしゃあと喜べるわけじゃないか。つまりウザったい敵の存在なくして、爽快感は得られないわけだよ。あいつは、それを与えてくれたんだよ。だから感謝しようぜ」
 そう云って、高原先輩は分厚いロープをビン、と引っ張った。事切れた心電図のようだった。
「こいつで自殺にみせかけようと思ってさ。今日、食後にコーヒーが振る舞われただろ? そういう夕餉のメニューだと事前に云われていたんだ。だから俺は、食事中に御手洗いへ行くふりをしてキッチンに忍び込み、ポットへ睡眠薬を落とした。ちゃぷん。それを飲んだ部員たちはしばらくしてからウトウトしだすだろう。ご多分に漏れず、怜央もだ。機会を見計らい、ロープを首吊り自殺用にくるりと結いて、梁から垂らす。そして眠りこけている怜央の身体を持ち上げて、頭を輪っかにくぐらせてから、手を放すんだ。がくん、とロープが首に食い込んで、骨が折れる。んで、死ぬ。まぁ、その前に死んじゃったけど」
 動機について、彼は以下の通り語った。
「いや俺自身はそこまで殺そうとか思ってなかったんだけど、頼まれてさ。小野香(おのか)に。なんて云ってたかな……。そうだ、アピールがうざかったらしい。ツイッターとかでさ、わざと『疲れたー』とか『目が痛い』とか呟くことで頑張ってます感を演出したりね! あと『~のキャラ好きだわ』ってツイートして、暗に『同じ作品見てますよ』アピールしたりね。うわ、なんか俺も寒気がしてきた。なんで客観的になれないんだろ。やっぱ死んで正解だったよ、怜央は。あの毒殺は天罰かもね」
 高原先輩は鳥肌の立った腕を擦りながら消えていった。

 四人目、三野淳火。
「安心感、っていうのかな。夏休みの宿題が全て終わったときというか、合格発表のサイトで己の受験番号を視認したときというか、そのような荷が下りた感じ。……あぁ、僕は、彼を殺さずに済んだのか。だって今殺されたんだから……。そう思って、ホッと息をついたよ。胸を撫で下ろしたよ」
 そう云って、三野さんはゴム手袋をポケットから引きずり出した。
「旅館にはモチロン温泉があるからね。夕食後に皆で入りに行くだろうから、そのときに溺れさせようかと。つまり事故死に見せかけるわけだね。うっかり湯船で寝てしまい、さらには誰も気がつかなくて、ゴボボボボ。でもそんな都合よく眠くなりはしないだろうというわけで、コーヒーを配膳するときに薬を混ぜた。そしてこのゴム手袋を用意してきた。最近じゃ、頭皮に付着した爪垢から、DNA鑑定で犯人を割り出せるみたいだし」
 動機について、彼は以下の通り語った。
「怜央はさ、見下しているんだね、他人を。なんだかヘコヘコして媚びへつらうようなキモチノワルイ態度をとっているけど、その腹は違う。ギトギトだ。俺はこいつより人間ができている。俺はこいつの陰口を云える、俺はこいつを好きじゃないと云える、俺はこいつを面倒に感じられる、――って、ずっと考えていたに違いないさ。あぁ、絶対にそうだね。……本人の口から聞いたわけではないよ。でもそういうのって、態度でじわじわと理解してしまうものでしょう。遊びに行ったとき早めに帰ったりとか、僕のSNSに絶対反応しないとか! 僕は嫌われているんだ! 見下されてるんだ! 絶対そうだ! あの野郎! 殺してやる!」
 三野さんはゴム手袋を振り回しながら消えていった。


 後日、僕は四人の話をまとめてみて、松井怜央の死因を理解した。こいつらは共犯者なのだ。ただ自覚がないというだけで(・・・・・・・・・・・・・)。……ちょっとその量が致死だったにすぎない。
 というか、結局松井怜央は死ななかった。三日後にケロッとして戻ってきた。殺意の渦中である部活にヌケヌケと再登場できた理由は、後遺症だ。胃洗浄が間に合わず、また点滴等による治療もそこまでの効果を表さなかった。よって、彼は間抜けにも記憶障害となったのだ。オーバードースにはたまにある症例である。
 今度は冬旅行に連れて行こう。

共犯者たち

拙作をお読み頂きありがとうございました。
フィクションですフィクションですフィクションです。

共犯者たち

一口サスペンス。部活の夏旅行にて一人の男が殺された。四人の容疑者全てに動機と凶器が揃っているものの、死因だけが一致しない。ならば一体誰が殺した?

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • サスペンス
  • コメディ
  • 全年齢対象
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