白い箱

たなはし 作

 平成31年の夏休みを甥っ子と過ごそうと思い立ったのは海の日も過ぎてもういくつ寝ると若い彼らは終業式の頃合いだった。梅雨の明けきらない肌寒い昼下がり、空っぽの部屋で寝転がっているときの発案だからつまるところ行き当たりばったりで、具体的なプランは“甥っ子に会う”以外何一つ用意していなかった。電話をかけると彼は驚いて、それから現代を生きる高校生らしく淡白に返事した。いいよ。それで俺たちの夏休みの予定は決まった。
 人間は喉元過ぎれば熱さを忘れ去るもので、毎年のように梅雨明けが遅いなとか今年はなんてことないな、などと夏をなめきっているのだが、ひとたび太平洋高気圧の天下が訪れれば為すすべもなくひれ伏してみっともなく汗まみれになる、このサイクルを飽きることなく繰り返している。一連の流れは俺にもしっかり当てはまり、ぶるる、これで七月かよ、と長袖を羽織って震えていたのが嘘のように、蒸し器と化した部屋の床でのびてしまっていた。蝉のほうがまだ賢い、奴らはどんな異常気象が春先に吹き荒れても土の中で辛抱強く季節を待ち、必ずの来訪を信じきって裏切られずに地上へ這い出してくるのだ。人間様ときたら、急に暑くなったと嘆きながらただぐったりしているしかない、そしてむき出しのフローリングに少しでも冷感を求めるも床暖房なら最高の具合に温まった木の温度にげんなりなんかしている始末。まだ本調子には程遠い汗腺から出るべたべたの汗が猛暑の無力感をいやましにする。俺は寝転がったまま目だけ動かして窓の外を見た。ありがたいことに午前中の陽はこのアパートの後ろから照りつけているからここは全部が影の中だ。薄暗い影から眺める完璧な夏休みの空、とても空っぽの空間とは思えない質量のある青と、かじればとろりと舌の上で濃厚にとろけそうな入道雲の白い塊。どこからかサンダルの樹脂がアスファルトを叩く軽快な足音がして、俺は昼からの予定を思い出す。リビングの床にへばりついた背中をやっとの思いで引き剥がすと、少し高くなった目線からベランダの床が視界に入った。蝉がひっくり返っている。六本の脚を宙に投げ出したこの気の早いロックスターは、八分前の過去から照りつける太陽光線の下へ戻ろうともがいている風にも見えたが、蝉からしたら迷惑な解釈を押し付けられているに過ぎない。感傷は頭でっかちの猿の悪い癖だ。
 待ち合わせは午後の二時、近所の河原にした。日陰に逃げ込んでぼんやりしていると、あちこちで楽しそうな場面が展開されているのが分かる。はしゃぐ子供、騒ぐ大人。賑やかなこちら側と対照的に、ゆるやかに流れる川の帯を挟んだ対岸では並んだマンションの棟々が空気遠近法にぼかされのんびり佇んでいる。上が開けているせいかあっけらかんとしてのどかなこの景色は要素要素が置き換わっても昔からずっと変わらない。いわゆる都会のオアシスだろう。近所といってもそこそこ距離があって、要はコンクリートで塗り固められた文明社会から一番近いってだけの話、自然をご近所さん扱いした人類の傲慢さが……
「おじさん」
 世界レベルに大げさにしたくだらない物思いから現実の景色に返る。例のハイ・コントラストの完璧な夏空を背景に、みずみずしい土手の草を踏んで俺の甥っ子が立っている。シンプルな白いTシャツと、美術部でインドア派だから日に焼けていない肌が光を容赦なく反射してきて目に染みる。この服装ではジーンズの紺だけが俺の目に優しい。
「久しぶりだな」
 と俺はつまらない挨拶をしながら目を細めた。色々な意味で眩しい若者が話をするのに適切な距離まで近づいてくるのを待つ間は、じろじろ観察してもさして問題ないだろう。十年前の自分より遥かに大人びて見える現代っ子は夏休みの解放感で髪を染めたりもしないらしい。俺は似合わない金髪で自分の頭皮をたっぷりいじめたもんだが。
「久しぶり」とおうむ返しをする彼は、俺と並ぶとそれほど背丈が変わらない、むしろいつの間にか抜かされていたらしい。「座る?」
「いや歩こう、そろそろ俺も夏の日射しが恋しいもんでな」
「あ、そう」
「本当ならこんな外で熱中症のリスクに挑戦してないで、涼しいビルで脱出ゲームにでも挑戦したほうがいいんだろうな」このまま川沿いに行こうと踏み出した足の下で石がごろごろする。「すまん」
「いいよ、こういう時でもなければ川になんか来ないし。それに母さんもたまには外で遊んだらってしつこいから。普通ならこんな暑い日には家に居ろっていうもんだと思うけど、うちは逆なんだ。母さん、ちょっと陰謀論者なんだよな」
 陰謀がどう関連するかは分からんが、俺の姉貴が心配するのも無理はない。未熟児で産まれて小さい頃は何かと病院のお世話になっていた息子が神様の手から離れても、部屋の中で青白いままなのが不安なんだろう。長いことお目通りが叶わなかったお天道様に嫌われてないか確かめたいのかもしれない。まあ、今この河原で夏の日射しに晒されている甥っ子を眺めているのは俺なんだが。
「お前、こういう日は帽子くらいかぶったほうがいいぞ。あったろ、前に姉貴がハワイで買ったでかいやつ」
「あれ、ココアが……犬が壊しちゃったんだよ」声変わりが上手くいった中低音がここにきて少し淀む。俺がココアとやらを知らないってことに気づいたらしい。犬なんか飼ってたか?「こないだ譲渡会で貰ってきたんだ、たぶんラブラドールとなんかのミックス。ちょっとおじさんに似てる」
「この野郎、なに笑ってんだ。いい意味で言ったんだと思い込むからな」
「大丈夫、はじめからいい意味だよ」
 一体どこでこんな人のあしらいかたを覚えたやら、余裕しゃくしゃくの笑い声が楽しげに転がった。俺にはそれが甥っ子の成長の証のように思えてどこか寂しいが、こいつは元からこうだったような気もする。立ち止まれば先を行く背中は相変わらず細身でまったく広いなんてことはない、ないものの、しゃんと背筋の伸びたいい背中ではある。俺は早足になって隣に並んだ。蝉が遠くでシャカシャカ、ジュワジュワやっている。
「お前んち、マンションじゃなかったっけ」
「飼ってもよくなった。それで毛の色がさ、茶色なんだ。焦げ茶色。だからココアって名前にした」
 安直だがかわいいネーミングだ。小綺麗なマンションの五階の一部屋で人懐こそうな大型犬が跳ね回る様子を想像するとさっきの飼ってもよくなったなんて発言がどうにも嘘くさく響いてくるが、日頃の行いのいいやつが言ったことなら特に疑う必要もないし、ほじくり返して雰囲気が悪くなるのも考えものだ。せっかく瑞々しい高校生の長期休暇の一日をこんな冴えないおじさんなんぞに割いてくれたんだ、できれば楽しく過ごしたい。それに、それに……とここで俺は不安になった。何かもっとほかに重要な理由があったはずなのに、一瞬のよそ見で忘れてしまって何一つ思い出す手がかりが無いような、胸騒ぐ嫌な感覚だ。無視したまま事を進めてもいいが、きっとどこかどうしようもなくなった瀬戸際でやっと正体を現して、崖の下の下まで引きずり込んでしまうのだ、恐ろしい後悔と苦痛とともに……まあ、それこそ落ちてこない空だろう。働きづめだと精神がやられる。
 それから俺たちは他愛のない話をしながら、ずっと川を下っていった。このまま海まで行けそう、なんてロマンに浸るのは簡単だが、実際のところ海まではかなりあり、お散歩ペースで歩いていたらきっと汗だくのまま埠頭に立って夕日を見送ることになるだろう。悪くない、悪くないが河口まで徒歩で行けるのかはそれこそこれから夕日が行く先でどんな人間がどんな言語でおはようを言い交わすのか知らないように(いや、中国語か?)、俺の知らないことだった。小学生の時分からやれ遠足だ花火大会だと訪れている川がどんな風に海に注いでいるかさえ未知の領域なんだから、俺という人間は本当にごく狭い世界で四半世紀を生きてきたわけだ。最寄り駅と学校、最寄り駅と会社、それからでかい駅数個。明日は途中下車するのも悪くないな、と浮かびかけた予定は現実の風を受けて霧散する。仕事帰りにそんな余裕ないだろ! と内心の突っ込みをして何故かうすら寒くなるのはいわゆる月曜日恐怖症に入るのか、はたまたさっき俺をさんざん脅かした妙な不安の延長なのかはやっぱり謎だった。とはいえ儚く消えたぶらり探索の名残を追い払い、甥っ子の「おじさんってどんな家に住みたい?」にゲームで作るようなやつ、などと答えているうちに不安の影も明け方の夢のように薄れて思い出せなくなった。サンドボックスゲームで初心者がやりがちな豆腐建築の話が続き、家具も置きやすいし何だかんだで四角い家ってのはものすごく近未来感満載でカッコいいだろ、と悲しくなるほどしょぼい語彙で礼賛すると、 なるほど、おじさんはナントカだ、と横文字の名前を挙げた。ちょうど行く手でわざとやったんじゃないかってくらい型通りのウェーイ! の声が日焼けした一団から放たれたので、俺は肝心なところを聞き逃した。行く手といっても距離をおいて通りすがるコースにいるわけなんだが、絵に描いたようなパーティピーポーがうまそうに何やらを飲んでいるのが見えると、とたんに甥っ子が心配になった。そういえばお互い手ぶらで休憩も挟まず炎天下を歩き続けている。狂気の沙汰だった。
「なあ、何か飲まなくて大丈夫か。熱中症になるぞ」
「平気だよ。飲んできたから」
「飲んできた分なんかすぐ汗に変わるんだぞ。油断してるとぶっ倒れてそのままお盆にしか帰って来れなくなるんだからな」
 さすが今の子は熱中症の危険についての忠告をきちんと受け取る下地ができているらしい。みるみる顔が曇る。
「分かった」
 もしかしたらお盆のほうが効いたのかもしれないな。おじさんは待ってて、と言いつけられて大人しくその場につっ立っていると、かわいい甥っ子はあろうことかパーティピーポーの輪に向かってずんずん歩いていく。そのままぽかんと見ていると、いや、見守っていると、陽気な笑顔の女の子からジュースの缶を受け取って帰ってきた。インドア派の型にはめてなめていた甥っ子の案外すごい行動力に舌を巻いている俺を尻目に、じゃあ行こうかと涼しい顔でプルタブを起こし、倒す。夏らしくカルピスだ。
「何」
「おじさんはお前のことを見くびっていたらしいな……インドア派はああいう人種が苦手なのかと」
「おじさんは古い」若者が台詞の辛辣さとは正反対の軽やかな声で笑った。「俺だってあの人たちと大して変わらないよ」
「そういうもんか」
「そうだよ」
 時代錯誤の失礼な物言いが甥っ子の機嫌を損ねていなくてよかった。この会話からしばらくして、俺たちは旅を延々海まで続ける代わりに途中の橋のたもとの日陰で座って話すことにした。よく考えれば分かることだが海まで数時間かかるなら海からも数時間かかる、駅なりバス停なりを探すのも手間だ。コンクリートの土台の一部に腰かけて日陰に入ると多少は涼しく、からりと広がった(こんなに広かったか?)夏の空を楽しむ余裕もできる。日向はまるで別世界だ、強烈な日差しでそれぞれの色彩に焼き付けられた岸辺や石や土手の輪郭とその間を動き回るノイズみたいな遠くの人々、全部が俺のいるここ、柔らかくぼかされた平穏な日陰の世界から切り離されている──いや、切り離されているのはこっちのほうか。心なしか時間もゆっくり流れるような気がするが、時おり靴の側面を登ってくる蟻の歩みは忙しない。などと小さな生き物を見おろして勝手にその生き方を批評している人間様の会話はというと、当然どうでもいい話に終始していた。学校のこと、今やっていること、彼女はいるのか(面白がってつついてやったらまた『古い』と言われた)、姉貴がどうの、犬がどうの、父親、友達、面白かった本、食べた飯。俺のほうは本当につまらない男で何の広がりもない話しかできないが、このよくできた若者はつまらなさそうなそぶりは一切見せなかったし、無理をして話を合わせているというでもなくて、会話が途切れれば沈黙を共有し、雲の形にコメントして笑いを誘う。あるいはまた脈絡なく話し始めたり、人のどうでもいい感想に耳を傾けたりする。こういう風に会話ができるやつは少ない。俺の苦手な同僚はいつもほんのわずかな沈黙にも気を使ってしゃべくりまくり、お互いに興味のない話を無理に続けて疲弊した、相手に悪意はなく、俺だって好きでつまらない人間なんかしてないからそれはいわば悲しいコミュニケーションの一例ってやつだ。
 そのうちに橋の落とす影は回り、日の射す角度も変わっていった。俺たちはどちらともなく立ち上がり、座り疲れた脚を運動させた。やや弱まった光線と触れ合って夏の休日の余韻を味わう。川遊びに興じていた人々も賑やかさよりだらだらした雰囲気に包まれて、水際でちゃぷちゃぷやったり飲み物の残りを静かに片付けたりしはじめている。俺はのびをして、無駄に両腕を振り回した。よーし、そろそろ帰るか。
「おじさん、俺さ、言わなきゃならないことがある」
「なんだよ改まって」いきなりどうした。振り返った俺はドラマ仕立てに夕日を背に受けている。シリアスな話にはうってつけだな。「何でも言ってみろって」
「おじさんはもう死んでる」
 内心立てていた予想は全部外れた。恋愛相談、進路相談、金銭、姉貴や義理の兄についてのこと、犬のこと、何かの宣言、社会情勢、環境問題、そういった諸々の一番最後にも来なかったのが俺自身の死亡宣告だ。もう死んでるって? ひでぶと言いながら倒れるにはあまりにも真剣な眼差しが突き刺さる。賑やかだった真昼の残り火に照らされた甥っ子の目鼻立ちが作る陰影は姉貴にとてもよく似ていて、どこか懐かしさすら覚えた。これが姉貴なら良かった、それならいつもの意味のない嘘だと笑い飛ばせるがこいつは違う。
「……いつ」
「五年前」昔すぎる。「五年前の今日、会社で倒れて次の日までそのままだった。脳卒中だってさ。母さんがショックで辛そうだったから、ココアを飼ったんだよ。おじさんにちょっと似てるよって言ったら笑ってくれたんだ」
 突然思い出せるようになった会社の暗い廊下、偽物の観葉植物が幅をきかせたあのトイレ前の廊下が最後の景色だったって訳か。俺はわざとニヒルぶった笑みを浮かべてみせた。こういう馬鹿なことをしていれば茶番のように受け入れられる、真面目に向き合う自信はないし何よりそうすることで襲い来るであろう後悔がとても怖かった。今はまだ他愛のない話をしている最中だ。真剣ではあれど軽やかに話を続ける。
「つまり、五年ぶりの再会ってわけか。それにしちゃ……」それにしちゃお前は随分慣れきった態度だな。
「去年も同じ話をしたよ。その前も。死んだ次の年から電話がかかってくるようになった。俺だけにさ。『平成28年の夏を一緒に過ごさないか』って」
 確かに俺は今回の誘いをかけるときこう言った、『平成31年の夏を一緒に過ごさないか』。去年の焼き直しだったのか。それは一回限り有効な言い回しだぞ。
「正直毎年だし今年はいいかなって思ってたよ。いや、おじさんの事は嫌いじゃないけど俺にだって予定があるし、いっつも川だし……はは。でもさ、どうしても会わなきゃいけなくなった。おじさんが平成31年の夏休みって言ったから」
「前と同じ台詞でボケてたからか」
「違うよ」彼はほかのどのくだらない話題と変わらない調子で朗らかな声を転がした。「今さ、令和なんだ、元号が変わって。だから令和元年の夏休みなんだよ」
 だからきっとこれで最後だ、と続ける声は笑いとは別の震えかたをする。トンビの家系に生まれた面倒見のいいタカが前例のない霊的現象につけた理屈は、なるほど納得できそうなものだ。当事者としてじゃなくテレビのしょぼくれた心霊特集をビール片手にへらへ眺めてる時だったら相対性理論より余程はっきり頷ける。でも俺は本来なら空中にフワフワ浮かんで三角の布を頭に付けたり、でなかったら白い服を着て意味ありげにデスクの周りでウロウロしていなきゃいけない人間(の霊魂)だ。少しくらい突っつかせてほしい。そもそも元号が変わったって本当か?
「平成が終わったってことはじゃあ、今年はお悔やみムードってことか」
「いや。生前退位だからむしろお祭り」
時代は変わったな。いきなり死ぬよりずっといい。
「そんで五月から令和元年になったんだ。その時は友達と飲んでたよ」
「そういや、五年も経ってたか……」
「うん」
 短い返事は五年分の重みを醸し出しながら、豊かな響きで夕まぐれの空に溶けた。俺はしばし影法師をやめることにして、その場でくるりと半回転する。まあ相変わらずの影法師なんだが、幸い甥っ子が空気を読んで隣まで来てくれた。言われてみればぐっとあどけなさを落とした横顔に、寂しさが降りつのる。今からでも冗談でしたって展開になってほしい。
「嘘じゃないかとか疑わないわけ」
「姉貴だったら疑うけど、お前だからな」
「なるほど」
 姉貴とももう会えないのか。ふと目を落とせば橋脚から落ちたらしい蝉が脚を縮めて石の間に挟まっている。

 日は一秒一秒をすり潰すように沈んでいった。粉になった時間がそこらじゅうを感傷的なトーンに変え、どんな物の裏にもとろりと濃い影を引いた。何もかもが映画的で過剰にドラマチックに見える魔法のひととき、昔の人が道で行き逢うどんな人にもあなたはどなたと問いたくなった異質な世界。川の水もまっ昼間の眩しさを砕いて、波がぶつかり合うたびに惜しげもなく振り撒いた。そしてこちら側の岸とあちら側の岸を繋いだ橋はのんびりと景色に線を引き、向こうを楽園に見せている。甥っ子はそれをずっと見ている。俺はそれも景色に加えた、いつの間にか大人になっていつか俺の年を跨ぎ越えていくはずの若者は、この世のものとは思えないほどうまいこと夕暮れに居場所を見つけた、足元の石のキャラメル色が、サンダルの上の足とひとつづきになっているみたいだ。
「将来は画家か?」俺は唐突に聞いた。不在のまま過ぎた過去より少しは未来の話がしたい。
「建築。俺も四角い家が好きなんだ、遺伝かな」
「美術部だから画家ってのは安直だったな。そうか、四角い家かあ」
「リアルに豆腐ハウスの模型作りまくってる」
「すげえな」
「俺が設計した家が建ったとこ、おじさんに見せたかったな」
 よせやい。鼻の奥がつんとした。
「もしかしたら俺が取りつくかもしれないからな、幽霊にも住みやすく作ってくれよ」
「吹き抜けだらけにしてみようかな」
「いいなそれ」
「でしょ」
「てっぺんに窓をつけてくれよ。寝っ転がると空が見えるやつ」
「一番いいとこにする」
「うーん、絶対取りついてやりたいな……じゃあ、そろそろ行くか。暗くなる前にさ。色々と」
「うん」
「頑張れよ」
「もちろん」
「じゃあな」
「じゃあね」
「ココアによろしく」
「はは」



 平成32年の夏休みを甥っ子と過ごそうと思い立ったのは海の日も過ぎてもういくつ寝ると若い彼らは終業式の頃合いだった。梅雨明けのやたらと暑い昼下がり、空っぽの部屋で寝転がっているときの発案だからつまるところ行き当たりばったりで、具体的なプランは“甥っ子に会う”以外何一つ用意していなかった。電話をかけると、ずっとプルプルいうだけで誰も出ない。ちょっとばかり寂しいがそりゃあ若い甥っ子だ、夏は忙しいもんだろう。諦めてごろりと寝転がると吹き抜けのてっぺんの窓が最高の青と白を切り取っている、動きはないが、こうしてぼんやり眺めていても、不思議と見飽きなさそうだ。それで俺の夏休みの予定は決まった。

白い箱

白い箱

平成最後の夏、甥っ子を誘って川でぶらぶらウォーキング。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-25

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