『暁蕣花の咲く処』(ある子竜の物語)第3章〈2〉 ~フラットアース物語②

〈2〉

波が収まった場所は、細長い洞窟だった。そこは洞窟の中いっぱいに、濃い精気(エネルギー)の水が(ゆる)やかに流れていて、僕と仲間達はその流れに身を任せて、ゆっくりとその空間を眺めた。やがて、流れは僕達を柔らかい紅光の差し込む空間へと運んで行った。
流れはさらに、その空間の底に近い場所に開いた穴から、外に流れ出しているようだった。僕達はしばらくの間、その穏やかな流れの洞窟で過ごした。

初めて飛び回れる程の広い場所に出た仲間達は、流れの緩い洞窟の上の方を不器用に飛んでいた。それを後目に、僕は一通りその細長い洞窟を探検した。
洞窟は大きく円を描いて閉じていた。横道らしきものもなく、出口と言えば光の差す空間に開いたあの穴ひとつだけだった。

洞窟の底に近づくにつれて、流れは少しずつ早くなった。けれど、僕はより激しい風の中を飛んだことがあったから、大して怖いとも思っていなかった。流れの行き着く先はごく短い通路になっていて、その向こうは明るい光に満たされていた。

僕の後ろを、よたよたと危なっかしげに付いて来ていた仲間達の何名かが、その明るさに目を回して、ふらふらと通路の真ん中へと引き込まれた。その途端、水流が急に早くなり、僕達は短い通路を押し流されて、いきなり明るい光の中へと放り出された。僕はとっさに水流に逆らって走った。
仲間のあげる叫び声が、みるみる遠ざかって行くのが分かったが、どうすることも出来なかった。

ようよう流れの緩やかな元の洞窟へ逃げ帰って、後ろを振り返った時には、一緒に流された仲間達は誰も戻って来ていなかった。周りでは、悲鳴を聞いた残りの仲間達が、遠巻きに集まってざわめいていた。
どうやら流れは、一定の間隔で強弱を繰り返しているようだった。

しばらく経っても流された仲間達が戻って来る気配がなかったので、僕は思い切って、仲間を探しに行くことに決めた。このまま知らぬふりをするのは、何だか申し訳ない気がしたからた。
水流が弱くなった頃合いで、僕は通路に踏み込んだ。すると、周りに集まっていた仲間達も、後をついて次々と通路を通って出て来た。

通路の先から降り注ぐ光は、僕達の視覚を刺した。生まれて初めて暗闇から出た仲間達は、悲鳴を上げていた。やがて、その明るさに目が慣れてくると、僕達は両側を垂直の壁に挟まれた空間を漂っていることが見えてきた。下は光の届かない暗い底、光に照らし出された上を見上げれば、遠くに黒い岩と波立つ水面が見えた。

流れに身を任せて進みながら振り返ると、後ろには続々と通路から出て来る仲間達の列で、淡い朱色の帯が出来ていた。
まるで大きな蛇みたいだ、と思ったその時、列の最後尾が突然乱れた。穴の出口で、誰かが朱帯を左右から引っ張りでもしたかのように、仲間の列がさっと横に広がり、見る間に溢れだし、雪崩を打って押し寄せて来た。
あっと言う間に、速い水流に巻き込まれて、仲間達と一緒に垂直の壁の間を押し流された。

渦巻く流れに翻弄(ほんろう)されて、上下の景色が何度も入れ替わった。恐慌状態に(おちい)った仲間達の羽音と叫び声で、周辺は耳が割れんばかりの騒ぎになっていた。
そんな中でも、僕は不思議と落ち着いていられた。それは多分、これが初めての経験ではなかったからだろう。
僕はじっと動かずに、流されるがままになっていた。流れは必ず何処かに行き着くものだ。それに、流されて行った仲間を探すには、その方が都合が良いだろうとも思った。

むしろ、僕は行く手に現れるモノに対して感覚を拡げ、備えていた。経験上、強引に連れ去られた行き先には、嫌な思い出があったからだ。
けれど、流れはあっけなく終点に辿(たど)り着いた。
左右に迫る岩壁が途切れると、開けた場所の真ん中あたりから、仲間の上げる歓声が聞こえた。緩くなった流れに逆らって、先に流されていた仲間達がこちらに駆け寄って来ていた。

ほぼ円形の広いその場所には、さっき通って来た場所よりも更に明るい光が差し込み、水底には植物に似た褐色のものが、ひらひらと揺れているのが見えた。
後から続々と流れ込んで来る仲間達で、その広い空間もたちまち一杯になった。が、それでもまだまだ、仲間達の列は後に続いていた。

先に着いた僕達は、てんでに散らばって、この広い空間を探検することに精を出した。
そうして分かったことには、この丸い広場に流れ込む水流は一ヵ所ではないと言うことだった。ざっと調べた限りでも、三ヵ所の流入口があって、出口に関しては十箇所以上はあった。どの流出口も、道は蛇行していて流れは緩やかだった。

僕は近くにいた仲間達と一緒になって、流れの出て行く道のひとつに潜り込んだ。幾つかの通路は、先の方で一つに繋がっていた。暗闇の通路を抜けると、さっきと似たような広場に出た。そこに、僕達の一群とは違う仲間達が、別の穴から姿を現して僕達と合流した。
それから僕達は、くっついたり離れたりしながら、枝分かれした道の探検に熱中した。たとえ、ばらばらに動き回っていても、此処に在るよ、と言う仲間達の波動(こえ)が岩壁越しに伝わって来たから、少しも怖いことなんてなかった。

結局、最初の丸い広場から繋がる道の先には、四つのやや小さな広場があることが分かった。そして、そこから更に、奥にある大きな二つの広間に通路が伸びていて、それら大小合わせて七つの広場は、互いに複数の道で連絡していた。
そのもっとも遠い広場から、最初の広場に戻ることの出来る道は、僕達の一群が見つけ出したものだった。

その出入り口は、最初の丸い広場の水底に近い岩陰にあって、その近くには、褐色の平たい葉をつけた植物に似たものが、ゆらゆらと揺れていた。
僕達ははじめ、その褐色の葉に何の注意も払っていなかった。ところがその後、一つの事件が起きた。それは、僕達がこの空間に、少しずつ慣れてきた頃だった。

広場を自由に飛び回る大勢の仲間達の勢いに押されて、飛ぶことに不慣れな少数の仲間が、その揺れる褐色の植物みたいたものの真上を、よたよたと飛んでいた。その時、その内の一人が体勢を崩して、それを避けきれなかった他の仲間と一緒に、褐色の葉の中に落ち込んだのだ。
その途端に、褐色の葉が、驚くほど素早くその仲間達を包んで、水底に姿を消した。当然、周りにいた他の仲間達は悲鳴を上げ、慌ててその不気味な褐色のものから遠ざかった。

そうやって僕達が遠巻きに騒いでいた間にも、褐色の葉に包まれた仲間の波動は弱くなり、そして、全く感じ取れなくなってしまった。獲物を捉え損ねた辺りの葉は、しばらくの間、揺れざわめいていたが、やがて何事もなかったかのように静まり返った。
それからはもう、水底に近づく者などいなかった。さすがに気味が悪くて、僕達はその出入り口を使うのをやめた。

けれど、僕達はすぐに広場が連なるだけの、この緩やかな流れの場所に飽きてしまった。もうそれ以上、新しい発見がないと分かると、僕達はより流れの激しい方へ、つまり、流入口を(さかのぼ)って、その先に何があるのか探しに行く相談を始めた。

相談と言っても、仲間達はまだ発達途中で、きちんとした会話が出来たわけではなかった。好奇心を示して、流入口の近くをうろうろする仲間達を、僕が行こうと誘ってみたのだ。
しかし最初は、僕の誘いに乗ってくる者はいなかった。水の勢いに逆らって飛ぶのは難しく、僕以外の仲間は、まだそんなに上手に飛ぶことが出来なかったからだ。

けれど僕が、最も水流の弱い流入口、それは僕達が流されて来た通路だったが、そこから少しずつ探索を始めると、数人の仲間が一緒に付いて来てくれた。
それを何度か繰り返す内に、僕が先頭に立って飛ぶことで、後からついてくる仲間達が楽に飛べることが分かった。それからは、力に応じた位置をみつけて、探索に加わる仲間が増えていった。それは、良い飛行訓練にもなったのだ。そうしている間に、仲間達の飛ぶ能力は、飛躍的に向上した。

その一つ目の水路は、途中、僕達が一番始めに出て来た穴を越えた辺りから、少しずつ狭くなって、流れも急になった。そして、その先で道は大きく曲がり、流れの強い水路に接続していた。その水路に入ると、さすがに仲間達は飛び続けられなくなって、水流に流された。
それでも、流れの行き先は何となく分かっていたから、僕達は誰も騒いだりせずに流されるままになっていた。

すぐに水路は蛇行しながら緩やかになり、予想していた通りの場所に、つまり、出発点の広場に辿り着いた。
それからしばらくの間は、その道は仲間達の格好の遊び場所になった。仲間達は群れをつくって、順に先頭を入れ替わりながら緩い流れを遡った。そして、その先の分岐路から、二つ目の水路を、早い水流に乗って滑り降りて来るのだ。

そうやって遊んでいる間に、その水流の中でも自在に飛べるようになった仲間達は、次の冒険を求めて、僕の探索に加わってくれた。
僕達がすでに遊び場にしていた水路の先は、出発地点から伸びる三番目の通路と合流してすぐに、大きな洞窟に繋がっていた。
ただその洞窟に出るための道は、流れが激しくぶつかりあっていて、僕でさえ最初はそこを越えることが出来なかった。
無論、仲間達がそれを越えられるようになるまでには、長い時間がかかった。

そうして、仲間達がついて来られるようになった頃には、大勢の仲間達の間にも、僅かながら気力(ちから)の差があることが分かって来た。
気力(ちから)とは、身体に蓄えられた精気(エネルギー)のことで、それは、僕達の能力と密接に関係していた。

新たな道を探索することに熱心なのは、仲間達の中でも、気力の大きな者達の一群だった。それよりも小さな気力の仲間達、実のところ、そちらの方が仲間全体の八割近くを占めていたのだけれど、彼らは、流れの緩やかな奥の広場に満足しているようで、一番目の広間に出て来ることさえ滅多になかった。

そう言うわけで、仲間達の間にも、随分と飛行能力の差があった。けれど、何しろ仲間の数はものすごく多かったから、最初はそんなことに気付きもしなかった。
僕達が広場の通路から、より大きな洞窟へと探検に出掛けるようになった頃、この小さな気力の方の群れは、ようやく一番目の広場へ出て来て、緩い流れの通路を(さかのぼ)り、それより少し早い水流に乗って滑り降りて来るという、あの遊びをするようになった。

その所為(せい)で、一番目の広場とそこに繋がる二つの通路は、小さい気力の仲間達で大混雑していた。だから、一足先に広い洞窟へと出て行った僕達は、大半の時間を広い洞窟の方で過ごした。そこは、これまでいた広場の空間よりもずっと広くて、より複雑な地形をしていた。僕達は、幾つもの群れに分かれて、その洞窟を隅々まで探検した。

ここには水底だけではなく、所々の通路の壁に、あの不気味な褐色の葉が群生していて、僕達の探検の邪魔をした。しかしその内、洞窟探検に慣れてくると、仲間達はその不気味な葉に、どれだけ接近して飛ぶことが出来るかを競う遊びに興じ始めた。勿論、僕もそれに参加した。それらは熱が苦手なようで、波動(からだ)を熱に変換すると、たちまち小さくなって水底に沈んで行った。

やがて、その洞窟も探検し尽くすと、僕達は、さらに外側の流れの速い空間へと挑戦した。とは言っても、それはしばらくの間、独りきりの挑戦だった。
その内に、小さな気力(ちから)の仲間達が、緩い流れの広場から、少し流れの強い僕達のいる洞窟へと出て来るようになり、やがて、全ての仲間がこの洞窟の中で過ごすようになった頃、ようやく探索に加わる仲間が現れた。

探索に加わって来たのは、最も気力(ちから)の大きな群の仲間だった。その頃には、最初に感じていた仲間内の気力の差は、よりはっきりとして来ていた。仲間達は、その気力(ちから)の差で、大きく三つの群に分かれ始めていたのだ。
群れの先陣を切って動き出すのは、いつもこの最も大きな気力の者達で、それに続いて動き出すのが中間の気力の仲間達だった。
面白いことに、この中間の群れは、今いる洞窟に出て来た頃には、大きな気力の者達と同等の気力だった。それが、この洞窟で過ごす間に、二つの群れに分かれたのだ。

最も大きな気力の者達は、仲間全体からすれば、その一割にも達しない、ほんのちっぽけな集団に過ぎなかった。けれど、僕達は一群となり、勇んで外側の、より速い流れの空間への冒険に乗り出した。

僕達の気力(からだ)は、濃厚な精気(エネルギー)のおかげで飛躍的に生長していた。勿論、僕の身体も、もうすっかり元の大きさを取り戻して、より大きく生長していた。
一緒に探索をしている最も大きな気力の仲間達は、成長したことで念話(テレパス)を使えるようになり、以前より意思の疎通がずっと簡単になった。そしてこの場所では、それが最も大切な能力になった。

洞窟の外に広がっていたのは、網の目のような水路が張り巡らされた空間だった。その通路の中を、ある所では、激しい水流が吹き上がる穴が、またある所では、きらきらと紅光を反射して輝く石柱が何十本と立ち並ぶ広場が、僕達を待ち受けていた。

その中を僕達は、互いに離れないように声を掛け合いながら、一群となって進んで行ったのだ。これまでのように、てんでにばらばらに探索するには、この空間は大きく、僕達は少数だった。
加えて、網の目の水路にはあの不気味な褐色の葉の仲間みたいなものが、数多くはびこっていて僕達を捕らえようと待ち構えていた。

内側の洞窟では動かなかったその葉も、ここでは、突然するすると腕を伸ばして来て、僕達の行く手を遮った。その度に、僕達は力を合わせて波動(ほのお)を強め、それを追い払わなくてはならなかった。
ところが、その不気味な葉には変わり種がいて、それらは僕達にとって最大の難関になった。それは、一見すると細い枝だけが伸びているように見えるが、嫌らしいことに、その枝の間に、ほとんど透明な絡み付く糸を張っているのだ。

最初にそれに絡み付かれた時は、本当に(あせ)った。無我夢中で暴れまわって、それをばらばらの破片にして、やっと逃れた。
そして、もっとも厄介なのは、この枝の動くやつだった。そいつは突然、岩陰から伸びて来て、僕達を捕まえようとするのだ。それの動きがもう少し速かったなら、初めてそれに出会った時に、僕達はまとめて、その餌食にされてしまっていただろう。

けれど、異変に気が付いた仲間の一人が声をあげ、僕達は、何とかそれをすり抜ける事が出来たのだった。
それでも、その動く枝みたいなやつがいるのは数ヵ所だったから、後に中間の気力(ちから)の仲間達が探索に加わり、僕達が幾つかの群れに分かれて行動するようになると、よくよくその場所を仲間達に教えて、そこを通らないように注意しあった。

その頃、次第に気力(ちから)の大きな仲間達の波動(からだ)は、明け方の空に浮かぶ雲のような淡い朱の色から、艶やかな紅へと輝きを増して来ていた。同時に、一族の特徴である飾り尾羽にも、はっきりとした模様が現れ始めていた。
二本の飾り尾羽の模様は、核心(コア)波形(パターン)と同じく各々で異なり、個人を示す標識みたいなものだった。それが現れたと言うことは、より成竜(おとな)に近付いたという証しでもあったから、大きな気力の仲間達は、常に、その飾り尾羽を誇らしげに(なび)かせて飛んだ。中間の気力の仲間達は、それを(うらや)ましそうに眺めていた。

それから、かなりの時が過ぎて、最も小さな気力の仲間達も外側の空間へ出て来るようになると、僕達は小さな集団に分かれて、飛行速度の遅いその仲間達を、群れの内側に包み込む形で行動するようになった。この網の目のような水路は、狭くなった場所や、不気味な褐色の葉が生い茂る場所が多かった。だから、大きな群れで行動するのは、得策ではなかったのだ。

勿論、それを先導するのは、この場所に詳しい最も大きな気力の者達だ。僕も一つの群れを率いて、この網の目の通路を巡り歩いた。僕達の群は、およそ二百の集団で、その約一割が中間の気力の仲間達だった。今や、彼らは成長して鮮明な模様(パターン)を現した飾り尾羽を自慢げに靡かせて、群れの外側を飛び回っては、小さな気力の仲間達をまとめあげていた。

僕達は、群れで相談しながら網の目の通路を渡り歩き、面白い場所やきれいな風景を見て回った。僕の一番のお気にいりは、小さな光の柱が踊っているように揺れる広場だった。
仲間達は、それぞれに自分の好きな場所を主張しあった。だから、僕達の周りにはいつも、たくさんの念話が飛び交っていた。
小さい気力の仲間達は、流れのちょっとした変化とか、不気味な褐色の葉に少し近寄り過ぎたとかで、いちいちうるさいくらいに騒ぎ立てた。
けれど、そう言う会話もまた、僕のお気にいりの一つだった。

小さな群れに分かれて行動するようになってから、僕達はより頻繁に、他の群とお互いの情報を交換するようになった。だから、たくさんの群れに分かれていても、僕達は常に仲間全体のことを把握していた。
しかし長い間には、少なくない数の仲間の生命が失われた。それでも僕達は、大多数が無事にこの空間で生き抜いていた。



その終結の予兆は、仲間達の生長の限界となって現れた。あれほど著しかった仲間達の気力の増加が、ある時を境にぴたりと止まったのだ。
それまでは僅かな個体差もあったが、それ以降、仲間達の気力は、きっちり三つの群に揃った。
気力の差は、身体の大きさにも反映される。なので、最も大きな者は、最も小さな者の約二倍の体長に、もう一群は、丁度その中間の大きさになった。
一方の僕は、と言えば、そろそろ最も大きな者と比べても、三倍を越すほどの体長になっていた。それでも、気力の増加は、一向に止まる気配はなかった。

それから程なくして、あの音が聞こえた。澄んだ硬質の音と扉が開く映像が終わると、それに続いて呼ぶ声が聞こえて来た。
『此処へ、早く。』
声を聞くと、仲間達は一様にそわそわとしだした。とりわけ、最も小さな気力の仲間達は、すぐにも群れを離れて走り出しそうな気配だった。それを抑えて、僕達は警戒しながら、その声の方へと向かった。

その途中、僕達は洞窟の流れがいつもと違うことに気が付いた。普段は速い流れになっている場所で流れが止まり、いつもは穏やかに流れているはずの広い通路で、水流が強くなっていたのだ。加えてその流れは、通常と逆向きになっていた。

気力(ちから)の大きな仲間達は、警戒の声を上げて群れを留めた。しかし、いつもは水流が少し強まっただけでも嫌がる小さな気力の仲間達の方は、しきりに行こうと主張した。
群れの多数派は、その小さな気力の仲間達だったから、結局、僕達は、その流れに乗って声の導くままに進んで行くことになった。

その流れは道の先で、見覚えのない小さな穴に流れ込んでいた。これまで僕達は、何度となくその場所を通ったことがあったから、その通路が新しく出来たものだと確信を持って言えた。中間の気力の仲間達は、その通路を進むことに不安を訴えた。
僕も、その新しい通路に入るべきかどうか迷っていた。呼ぶ声と狭い穴というのは、どちらも嫌な思いでしかなかったからだ。

同じように、近くにいた別の群れの中からも、危険だと主張する念話(こえ)が聞こえて来た。その群れでも、行こうと誘っているのは、小さな気力の仲間達で、中間の気力を持つ仲間達がそれに反対し、群れを率いる最も大きな気力の仲間を困惑させていた。

しばらく経つと、数十組の群れが穴の前に集まって来た。どの群でも、行こうと言う声と反対する声が争っていた。中間の気力の仲間達だけでなく、最も大きな気力の仲間も、その通路の行く先に漠然(ばくぜん)とした恐怖を感じているようだった。

けれども最終的に、僕達は、その通路を進む決心をした。
すでにこの場所にいるべき期間は過ぎ去り、次の段階へ移る時が来たのだと言う確信が、仲間達の中にあったからだ。
その理由の一つは、身体()の容量が、もう限界だということだった。仲間達の生長が止まったのは、そこに理由があったのだ。

小さな気力の仲間達の器には、まだ若干の余裕が残っていた。しかし、それ以外の仲間達、とりわけ最も大きな気力の仲間達は、完全に満杯になってしまった器に焦りを感じていた。
僕達には、お互いの持つ気力の大小を、正確に推測する能力があったが、同時に、自身の持つ容量……これを器と呼ぶのだけれど……その器に対して、体内に蓄えられた気力(エネルギー)が、どれくらいの割合になっているのかを、知ることが出来た。

満杯というのは、これ以上受け入れられないと言うことで、それは、非常に危険な状態だった。何故なら、器の余裕がないと言うことは、僅かな外力を受けただけでも溢れる、つまり身体()が破れて、壊れて(死んで)しまう可能性が高いからだ。
濃厚な精気(エネルギー)で満たされているこの場所では、気力の取り込みを微調整するのは難しい。だから、出来れば早くこの場所から出たいのだ、と彼らは言った。

僕は内心で、この先に待つ場所がどんな環境かなんて、全く分からないのに、と思った。けれど、それは言葉にはしなかった。仲間達も、そのことは感じているのだ。それが、漠然とした恐怖として、彼らを躊躇(ちゅうちょ)させていた。

本当は、僕としては、もう少しこの場所に留まっていたかった。僕の器は、まだかなりの余裕を残していたからた。いや、余裕と言うよりも、ほとんど空っぽと言う方が正確なくらいだった。
だからと言って、仲間達と離れて、独りこの場所に残る気はなかった。ひとりぼっちなんて二度とごめんだった。

僕達は、群れごとに一塊となってその穴を(くぐ)り抜け、その先に続く細い通路を慎重に進んで行った。暗い通路には、僕達を誘導するかのように、壁に小さな紅い光が点々と(またた)いていた。
通路をしばらく進むと、別の方向から近付いて来る仲間達の気配を感じた。
やがて、互いの道は一つに合流し、少し広くなった。それからしばらくは、合流した仲間達と、お互いの情報を交換する念話(こえ)で辺りが(にぎ)やかになった。

先へ進むと、また違う方向から仲間達の一群が近付いて来た。それで僕達は、仲間達が、みんな同じ方向へと集められているのだと確信することが出来た。
そうやって、通路は何度も合流を繰り返し、最終的に大きな流れとなって、全ての仲間達を深い淵へと連れ出した。

そこは、光の差し込まない暗く静かな場所だった。僕も仲間達も息をひそめて、次に起こる何かを待った。けれど、その何かは、なかなかやって来なかった。

最早、大きな気力の仲間達は、底に集まって苦しそうな波動(呼吸)をしていた。反対に元気なのは、小さな気力の仲間達だった。彼らは、この流れのない空間の上層を、互いに押し合いながら漂っていた。中間の気力の仲間達は、そんな仲間達の様子を、困惑したように眺めていた。

その中で、僕は呼ぶ声を探していた。呼ぶ声の示している『此処』が、この場所ではなかったからだ。呼ぶ声は、壁の向こう側から聞こえて来るようだった。
けれど、その場所を上から下まで探してみても、小さな隙間ひとつ見つけることは出来なかった。それどころか、この場所を取り囲む壁の全てが、滑らかな表面をしていて、所々に小さな突起がある以外、身を隠せるような(くぼ)み一つ見当たらなかったのだ。

気が付くと、いつの間にか、僕達が入って来た通路もなくなっていた。
僕はもう一度、天井や底も含めて、隅々まで出口を探し回った。
正直、僕は焦っていた。前回、同じように仲間達と、狭い穴に閉じ込められた時のことを思い出したからだ。あんな苦しい思いをするのは絶対に嫌だった。

それに仲間達だって、器がほぼ満杯になっている今の状況で、あんな力を加えられたら、たちまち身体が壊れてしまうことは明らかだ。あの時と違って、今度は身を守ってくれる卵殻はないのだ。

僕のその焦りは、青息吐息をついていた最も大きな気力の仲間達に伝わってしまったらしい。淵の底の方から、仲間達の(うめ)く声が聞こえて来て、僕の焦りを余計に強くした。
僕はもう、なりふり構わずに、呼ぶ声の聞こえて来る方向の壁を叩いたり引っ掻いたりした。最後には体当たりまでしてみたが、壁に傷一つつけることは出来なかった。

その様子を、初めは何事だろうかと遠巻きに眺めていた中間の気力の仲間達も、その内に、僕の意図に気が付いてざわめきだした。
やがて、その騒ぎは小さな仲間達にも広がり、半ば恐慌状態に(おちい)った仲間達の波動(こえ)で、静かだった水淵が泡立ち揺れた。

ポォーンと、その騒ぎを貫くように、水底の方で何かが弾ける音がして、それに続いて、ポン、ポポンと幾つかの破裂音が同時に響いた。
突然の音に茫然としている小さな気力の仲間達を掻き分けて、僕は音のした方へと走った。中間の気力の仲間達は、一体何が起こったのかと目配せするばかりで、誰もその理由を知らなかった。

それら大勢の仲間達から少し離れて、一塊になった最も大きな気力の仲間達は、悲痛な波動(かお)をしていた。僕がそっと近寄って行くと、彼らは涙声で、そこで起きた出来事を説明してくれた。
仲間達が起こした波動(騒ぎ)は、溢れ出す寸前だった大きな仲間の(からだ)を揺らし、気力の均衡を失わせた。制御を欠いたその波動(ちから)は、隣にいた別の仲間の波動とぶつかり合って、大きな衝撃波となり、周りにいた複数の仲間を巻き込んで、壊れてしまったのだ。

やがて、音の正体が仲間全体に伝わると、重い沈黙が降りて来た。そして、ここへ来たのは間違いだっただろうか、と全員が思いはじめた頃、あの音が聞こえた。
カッ……カッ……カッンカッ。
繰り返されるその冷澄な響きを聞いても、誰も身動き一つしなかった。その硬い音が鳴り止むと、しばらくの間、静寂が訪れた。

突然に、シェーン、シュエーンと大気を引き裂くような音が鳴り響き、 文字どおりに僕達を飛び上がらせた。音は次第に間隔を狭め、次々と連なって大きさを増して行き、それから、唐突に果てた。
数拍の沈黙の後、音は再び、一定の間隔を刻みはじめた。その一定の調子に、トゥアァン、タァーゥンとうねるような響きが加わって、音は、一つの旋律を奏で出した。旋律は、シャン、カシャンという金属音と同時に、白刃がぶつかり合って散る火花を遠話映像(テレヴィジョン)として送って来た。

その激しい音の背後に、低い(うな)り声が(ひそ)んでいることに、最も早く気が付いたのは、小さな気力の仲間達だった。彼らが、その音に導かれて続々と上方へ集まって行く姿を、大きな気力の仲間達は、ただ呆然と見上げていた。

隠れていた唸り声は、その旋律が終わる頃、(とどろ)きとなって現れて僕達を誘った。同時に、ここへと呼ぶ声は、少し大きくなったように感じられた。
すると、上の方から、歓声なのか悲鳴なのか分からない声が聞こえ、一部の仲間の波動が、急速に遠ざかって行くのが分かった。

僕は、急いでその声の聞こえた方へと向かった。けれど、辺りは小さな気力の仲間達で一杯になっていて、先に進むことも難しかった。
何とか騒ぎの近くまで辿り着いた時、僕がそこに見たのは、ぽっかりと口を開いた白い光だった。さっきまで、隙間一つなかったはずの壁に、大きな穴が開いていて、そこから眩しい光が差していたのだ。

それまで暗闇の中にいた僕達には強烈すぎるその光に、仲間達は声も出せない有り様で、痛みにじたばたと暴れまわっていた。中には、半ば意識を失っている仲間もいた。
穴の方へと引き()られて行く仲間達の間から、(ほう)々の体で脱出して、僕は、仲間達の上に飛び上がった。水位が下がったために、天井と水面の間には、僅かながら空間が出来ていたのだ。

さすがに、今まで濃い精気(エネルギー)の水の中にいたので、そこから出てすぐは、乾いた大気に肌や目鼻口が焼かれるような感じがした。それは、久々の感覚だった。

身体が慣れるのを待って、光の差し込む穴を覗き込んだ僕が見たのは、断崖絶壁だった。精気の水は、そこから暗い底へと落ち込んでいた。
轟の正体はこの滝だったのかと、独り納得して、見えていないと言うことは、逆に良いことかもしれないと思った。この光景が見えていたら、きっと、小さな気力の仲間達は大騒ぎをして、一歩も前に行こうとはしなかっただろう。
音に誘われて集まって来た仲間達は、流れに導かれるままに端まで運ばれ、一様にヒャッと言う声を上げては、水と一様に流れ落ちて行った。

それを確認して、僕はまた、仲間達のいる水の中へと戻った。
時間が経つにつれて、壁に開いた穴は次第に大きくなり、それに伴って、僕達のいる洞窟の水位は、みるみる下がって行った。
穴の大きさが洞窟の半分まで達すると、滝の落ちて行く先が見えるようになった。流れはそこから穏やかな川になって流れ出ているようだった。
もう、洞窟に残っているのは、中間の気力の仲間が少しと、大きな気力の仲間達だけになっていた。

滝の轟きは、大きな気力の仲間達にとっては苦痛らしく、彼らは皆、滝から離れた壁の一角に集まっていた。
『ここへ、早く。速く!』
一段と大きくなった呼ぶ声には、急かすような響きが加わっていた。
淵に残っていた中間の大きさの仲間達が、洞窟を離れて行った気配がして、後は、僕と大きな気力の仲間達だけになった。彼らは迷い、そして恐れていた。

恐れは、滝に原因があった。落ちることが怖いのではなく、満杯になった身体が、落下の衝撃に耐えられるだろうか、と迷っていたのだ。仲間の死が、彼らを慎重にさせていた。

けれども、僕達を導いている何かは、それ以上待ってはくれなかった。
また、カッ……カッと、いつもの硬質な音が響いて来たかと思うと、繰り返すその音が終わらない内に、壁の半分までに大きくなっていた穴が、一気に水底まで広がった。
僕達は、洞窟に残っていた大量の水と一緒に、もはや滝ではなくなった出口に向かって、勢いよく押し流された。

そうして行き着いたのは、奇妙な場所だった。細長い楕円形をしたその場所の壁や天井、それから底にも、たくさんの穴が開いていたのだ。先にこの場所に着いたはずの仲間達は、どこへ行ったのか、大半が姿を消していた。

奇妙な、と言ったのは、その無数の穴が、それぞれに波動(ちから)を放っていたからだ。
僕は、近くの穴に寄って行った。その穴は丁度、小さな気力の仲間が通れるくらいの大きさだった。その穴は、結界されていた。その波動はごく弱いものだったが、触れてみると、ぞわぞわと寒気立つ嫌な感触があった。
それにも関わらず、小さな気力の仲間達は、恐れる様子もなく、続々とその穴を通って何処かへ出て行ってしまった。

一方、中間の気力の仲間達は、底に近い壁の周りをうろうろしていた。
ターン、ターン、とどこかで聞いたことのある音が響いて来て、近くにいた小さな気力の仲間が、慌てた様子で壁の穴に潜り込んで姿を消した。
音は僕達に、出て来い、と誘い掛けていたのだ。

ターン、ターン、タンタッタン、と音の調子が変わり、ダン、ダダンという重い音が加わると、中間の気力の仲間達が、何か思い切ったように、大きさに見合った穴を選んで、それを通り抜けて行った。
どうやら、その場所に作られている穴は、三つの大きさになっているようだった。
壁や天井に開いていたのは、どれも小さな穴だった。一方、壁の穴でも、底に近い所に開いた穴は、中間の気力の仲間と同じ大きさになっていた。大きな仲間が通れるような穴は、底の部分にしかなかった。

僕は、それぞれの大きさの穴を、幾つか見て回った。どうして仲間達が、自分の大きさと同じ大きさの穴を選ぶのか、不思議に思ったからた。
器が満杯で、余裕のない大きな仲間は、身体を縮小することは出来ない。だから、大きな仲間が、より小さい穴を通ることが不可能だということは分かる。けれども、小さな仲間が、大きな穴を通ることなら出来そうに思えたのだ。

理由はすぐに分かった。穴は、各々大きさに比例した力を持っていたのだ。
大きな穴の結界は、最初に見た小さな穴より格段に強いものになっていた。同じように、中間の大きさの穴は、両者の中間の力を持っていて、それはどちらも、より弱い力のものが、通り抜けられないようになっていたのだ。
そうやって、各々の穴は、その大きさに見合った気力を持つものしか通さない仕組みになっていた。

音は再び調子を変え、ドーン、ドーンと突き上げるような重低音を加えて、出て来い、出て行け、と僕達を急かしていた。
僕は迷った。最も大きな穴でさえも、僕の大きさからすれば小さいと言えるものだった。けれど、他の仲間達と違って、僕の器には余裕があったから、身体を縮めさえすれば、小さい穴を通ることも可能だった。

本当のことを言えば、どの穴も通りたくはなかったのだ。どの結界からも、何だか嫌な感じがしていたからだ。しかもその感じは、結界の力が増すほど強くなった。
とりわけ、最も大きな穴の結界からは、何かが舌舐めずりして待っている、というような感じさえ受けた。

その場所に残っている仲間は、少数になって来ていた。精気の水の量も次第に減少し、今はもう、この空間の三分の一を満たしているだけになっていた。
大きな気力の仲間がひとり、穴に入るのを躊躇(ためら)って、水面近くを旋回していた。
そして、他に方法はないものかと探すように、水の中からほんの少し鼻を突き出して悲鳴を上げた。彼は慌てて水の中に戻ると、そのまま、大きな穴に潜り込んで姿を消した。同じような光景は、あちこちで何度も繰り返された。

彼らは、水から出るくらいなら、あの嫌な感触を我慢する方がよっぽど良いと判断したのだろう。それほどに、初めて大気の中に出る時の痛みは激しいものだった。
だけど、僕はその痛みが一時的なもので、それによって死んでしまうというものではないと知っていた。その痛みよりも、僕には、得体の知れない結界を通る方がよっぽど怖かった。
卵の洞窟で出会った結界の不気味な力を、僕は忘れてはいなかった。

『速く、早く! 閉じてしまう!』
声がしきりに呼んでいた。残る仲間は、僕ともうひとりだけだ。独り残される恐怖が、最終的に僕の背中を押した。
僕は身体を縮小して、最も小さな穴を通ることに決めた。その結界の強さならば、もし何かあっても、自分の結界を強めることで、対抗できるだろうと判断したからだ。

僕は覚悟を決めると、出来る限りの力を外縁に集め、小さな穴に身体を潜り込ませた。穴の結界に触れると、何者かが身体の内側を手探りするような、そんな嫌な感触が入り込んで来た。だから、僕はその力が大事な核心まで及ばない間に、急いでそれを通り抜けた。

結界を離れるとすぐに、僕は駆け出した。穴の中の水量は体半分が浸かるくらいしかなくて、乾いた大気が身体を灼いたが、この際、痛みなどに構ってはいられなかった。一刻も早くその場所から離れたい一心で、とにかく水を掻き分けながら走って、その狭い穴を抜け出した。

穴を通り抜けた途端に、激しい風が吹き付けて来て、僕の身体は空中に舞い上げられていた。
風に運ばれ、くるくると回転しながら、僕の身体はどんどん上昇して行った。
風はごつごつした岩壁の空間を通り、迫り出した岩の下をきわどく擦り抜けて、更に上って行った。
やがて岩壁の一角が開けて、そこから紅黒い光が覗いた。風が一段と強まり、身体がぐっと持ち上げられたと感じたその時、ぴたりと風が止んで、僕は真下に落ちて行った。

何かにぶつかった衝撃と、トップンと水を叩く音が伝わって来たのと同時に、視界が(にご)った。次に、精気(エネルギー)の薄い冷たい気が身体を包み、全ての感覚器が一斉に不満の声を上げた。

僕は慌てて、濁ったその水から空中へと飛び出した。そうすると今度は、精気の極めて薄い大気が、僕の鼻やのどを焼いた。けれどそれは、程よく熱くて、肌には心地よかった。身体に(まと)い付いていた冷たい泥水をふるい落とすと、僕はようやく、自分が落ちたその場所に目を向けた。
そこに見えたのは、ぞっとするような光景だった。

『暁蕣花の咲く処』(ある子竜の物語)第3章〈2〉 ~フラットアース物語②

『暁蕣花の咲く処』(ある子竜の物語)第3章〈2〉 ~フラットアース物語②

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-24

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