令和を生きることを許されなかった男

そうま 作

登場人物の死亡描写があります。ご注意ください。

「申し訳ございません」
 目の前の若い女は訳の分からない説明と謝罪を繰り返すばかりだ。今時の公務員試験はバカでも通るらしい。これは今日のネット配信のネタに決定。あーあ、こんなことなら録音しておけば良かった。

「失礼します。市民課の方は下がって結構です、この方と2人で話をさせてください」
「お前帰るんだったら管理人に言っとけ、入り口の自動ドア全然反応しねーぞー」
 バカ女と立ち代わりで颯爽と入ってきたのは、俺と同じくらいの男。高そうな黒いスーツを身にまとい、姿勢も良く片手で眼鏡をあげる姿がいかにも「仕事が出来ます」感が満載で嫌いなタイプだ。女も出たしちょうどいい、スマホのボイスレコーダーで録音を始めよう。
「お前らテープ回してへんやろな」
 先ほど女にかけた声とはかけ離れた重く低い声が室内に響く。慌てて男の顔を見るとにっこり微笑んでいた。
「すいません、関西出身ではないのでイントネーションが変でしたか? というか、そもそも今時テープって珍しいですよね」
「冗談に聞こえねえよ」
「ですよね、やっぱりあの社長やめないかな。面白くない人が芸人の会社の社長なんて」

 男が説明した内容は、やはり先ほどの女と同様だった。俺は令和に居ることを認められなかったらしい。
「世間的には令和元年の夏。ほとんどの方は令和に存在することを認められた方々で、令和元年の夏を思い思いに過ごされています」
「令和って5月1日からだぞ? なんで今更認められなかったことが通知されんだ?」
「3月中には令和に居られないことが決まっていたんです。ですが、上層部のOKまでに時間がかかりまして。今年、選挙多かったので」
「じゃあ俺は今令和じゃなくて平成を生きているのか」
「そうですね。平成31年の夏休み、と言えば良いのでしょうか」
 目の前の鼻につく男も、外のうるさいセミも、令和元年を生きているのに、俺は平成31年を生きている。訳が分からない。
「令和に居ることが認められなかったってことは、俺どうなるんだ?」
「先ほどの女性から聞いていないですか。基本は死んで頂くのですが」
「はぁ!?」
 驚いて飲もうとしていた水を落としかける。ペットボトルを置いていた場所には水溜まりができていた。イライラする。タバコを吸おうとすると「法律で7月1日から建物内は全面禁煙になっております」と注意された。
「そもそもお前は誰だよ」
「名乗るほどのものではありません。とりあえず、国家公務員です」
 黒い笑みを浮かべた男はそう言うと、飲み物を買ってくると言って部屋を出て行った。

 部屋に戻ってきた男はカメラを回すと言って、三脚にビデオカメラを設置する。小学校の運動会くらいでしか見ないような品物、お役所は俺らの税金で買って使ってんだな。タブレットとかにすりゃ良いのに。
「いくつか確認させていただきますね。貴方は大学卒業後ずっと職に就かずアルバイトなどもせず家に引きこもって居ますよね? 理由はあるんですか?」
 席に着いた男はブラックの缶コーヒーを飲みながらなかなかヘビーな所を突いてくる。視線を合わせたくない。何となく右手を見る。
「特にねえよ」
「ご両親が亡くなった後はどうなさるおつもりですか」
「遺産があるだろ」
「その遺産を全て娘にやると言った場合は?」
「遺留分の請求をすればいいだろう」
「その辺の知識は無駄にあるんですね」
「お前口悪いな」
「そろそろ時間ですね、夏休みは終わりです」
 さっきまで聞こえていたセミの声は聞こえなくなった。令和を生きることを許されなかった人間だけが過ごせる、平成31年の夏休み、か。マジで今日の配信ネタに──


「お疲れ様です。令和元年8月13日、午後3時13分。ナンバー48、殺処分完了。これから現場片付けます」
「お疲れさまです。今日の報告書は明日までにまわしてください」
「承知しました」
「8月31日までに該当者全員処分可能でしょうか」
「31日は土曜日です。休日出勤はしたくないので30日までに終わらせます」

令和を生きることを許されなかった男

Twitter @souma0w0

web企画「平成31年の夏休み」参加作品

令和を生きることを許されなかった男

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
更新日
登録日
2019-08-24

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted