すくらんぶる交差点(15)

十五 放水始め

「よし、放水始めろ」
 隊長の指示が飛ぶ。
「放水、始めろだって」「放水するの?」
「放水、大丈夫?」「いいよ。上司がいいんだって、いうから」
「相手は、民間人だよ」「あいつら、当分、風呂に入っていないだろ?」
「シャワー代わりかよ」「それなら、罪悪感はないな」
「そう、みんなのためだから」「みんなって、誰だ」
「国民だ」「「あいつら国民じゃないの?」
「独立しているそうだよ」「じゃあ、放水は侵略行為じゃないの」
「日本の国は、独立を認めていないよ」「じゃあ、日本国民だ」
「矛盾するね」
 命令の内容が、伝言ゲームのように変形して伝わって行くが、最終的には命令が実行された。
「放水」
 交差点の四か所の消火栓から、七人と一匹を取り囲むようにして、放水が始まった。

「ひゃっほー」「気持ちいい」
「水着でも持ってきたらよかったわ」「今年の水着?」
「まだ、買ってないわ」「いやに余裕だね」
「人生、楽しまないと」「楽しませすぎだ」
「もうだめだわ。いくら喉が乾いていても、こんなに水は飲めないわ」
「もったいない。このT市は、毎年、水不足で困っているんだろ」
「いやあ、十日ぶりの風呂だ。気持ちがいい。誰かシャンプー持っていないかな?」
「やめて。あんた臭いと思っていたわ。加齢臭だけじゃなかったんだ」
「うん、なかなか、エコ的な意見だ」
「ついでに、ワンちゃんも洗ってもらえば」
「ワン、ワン」コロが喜んでいる。
「おっ、犬が立ち上がったぞ。前足を掻いている。水泳の準備運動だ」
「コロだよ。コロ。名前を呼んでやってくれ」
「ちきしょう。水攻めだって。同じT松という地名がつくからといって、豊臣秀吉の真似をしなくてもいいだろう」
「おっと、さすが、課長さん。歴男じゃない」
「豊臣秀吉って、誰?」「中学で習ったろ。義務教育の常識だぞ」
「小学生だって知ってるぞ」
「知ってても、この水攻めを防げなかったんでしょ。役に立たないのなら、同じじゃない」
「無駄な知識ばかりため込んで、喜んでいるのね」「大人の余裕だ」

 最初、余裕の七人と一匹であったが、五分も放水が続くと、
「もう、やめて欲しいね」
「体の垢がすっかり、落ちた。今度は、脂分までが落ちていく」
「いやあん。足元が真っ黒じゃない。垢って、赤じゃないのね」
「交差点の信号は全て赤だよ」「通行止めだからね」
「おい、旗が倒れそうだ」「あたしたちの象徴」
「俺らの生きる目標」「とりあえずの団結の絆」
「もう、だめだ。耐えきれない」「お前、若いんだろ。もっと、頑張れ」
「頑張った結果が、ホームレスの人生か」
「仲間割れはよせ。とにかく、この旗だけは守ろう」

 七人と一匹全員が放水車に背を向け、肩を組んで円陣を作り、旗を守っている。

 機動隊側では、
「あいつら、しぶといね」「ほんと、一体、何を守っているんだ」
「この国に、このK県に、このT市に、守るべきものはあるのかなあ」
「自尊心?」「そう、自尊心」
「でも、すぐに、崩れるだろ?」
「一人ならばね。だから、ああして、みんなで守っているんだろう」

 七人側では。
「あいつら、しつこいね、俺たちに恨みでもあるの?」
「ふらふらしても生きていることに、無性に、腹が立つんじゃないの」
「どうして?」「自分もふらふらしたいからだよ。うらやましいんだ」
「それじゃあ、したらいいのに」「できないから、腹が立つんだよ」
「なんか、変なの?」「アンビバレンツな心境なんだよ」
「まあ、もういいかな」海子が言った
「もう、いいよね、みんな」空子が続いた。
 残りの五人と一匹が、二人を見る。
「旗を降ろそうよ」「権力に負けるのか」
「もともと勝負なんかしてないよ。マスコミが勝手に騒いだだけ」
「守るべきものがあるんじゃないのか」
「守るべきものは、あたしたちそれぞれの命」と海子が呟く。
「人のいない国家なんてないよ」空子が続く。
「そうね、あたしたちひとり一人が国家」「ゲリラ国家ね」
「集まれば強いね」「集まらなくても強くないと」
「そうだ」七人がお互いに顔を見合わせた。コロも「ワン」と泣く。

 突然、辺りがまっ黒くなった。空を見上げる。東の空、西の空は明るい。青空だ。なのに、この交差点の真上だけに雲が集結している。

「変ね。この上だけだよ」「向こうは、晴れているよ」
「天気雨かな?」「天気予報は?」
「ワンセグでは、晴マークだよ」「まさか、空の上でも、スクランブル?」

 突如、豪雨が襲って来た。野次馬たちが騒ぐ。ゲリラ豪雨だ。雨粒が大きい。当たると濡れると言うよりも、痛い。雨粒に映る駅前のビル。全てを含み、全てが雨粒の中に吸い込まれている。まずは、野次馬どもが一目散に逃げ出した。ドーナツの輪がひとつ減る。それでも、任務のために、七人を取り囲んでいる機動隊や市役所職員たち。あまりにも短時間、短分、短秒で、豪雨が降ったため、水がはけない。道路の雨水口から溢れだす。放水の水も加わり、五センチ、十センチと水かさが増す。
「放水止め」機動隊の隊長の声。
「あいつらは、どうします?」
「そんな状況じゃない。まずは、この浸水対策だ。水をくみ出すぞ」
 靴が完全に浸かるほどだ。この交差点の地下には、駐車場や駐輪場がある。溢れだした水が、行き場を求めて向かう。
「大変だ」駐車場の職員が非常の早さで、非常扉を閉める。それでも、水は低きに流れ込んで行く
「全員、土のうを積め」状況は一変した。その様子を雨に打たれながらも、じっと見ている七人と一匹。

「俺たち、何もしていないよな」「何もしていないよ」
「何で、ここだけ、ゲリラ豪雨なの?」
「私たちや、機動隊、野次馬の熱気のせいじゃない」「まさか」
「棒の下から水が溢れ出ないで、空から降ってきたね」
「見えない棒が、雷様のおへそをつついたんじゃないの」
「それ面白い」「かわいいんじゃ、ないんだ」
「かわいい、からは卒業よ。これからは、面白い、か、面白くないか、だわ」
「その度ごとに、顔を化粧するの?」「そうね。まずは、心からね」
「その通り。逆境こそ、ユーモアだ。ユーモアが国境を、県境を、市境を、地境を、人境を越えるんだ」
「その向こう側は?」
「青か、黒か、白か、虹色だ」

 しばらくすると、先ほどの豪雨が嘘のように雨がやんだ。雲は消え、陽が差している。だが、機動隊員たちは、浸水した地下駐車場の水をくみ上げるのに一生懸命だ。これまで、取り囲んでいた人々はいない。取り残された七人と一匹。

すくらんぶる交差点(15)

すくらんぶる交差点(15)

交差点に取り残された人々が、取り残されたことを逆手に取って、独立運動を行う物語。十五 放水始め

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-23

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