茸占い

茸占い

茸不思議小説です。

 銀座の画廊で友人の個展を見た帰り、東銀座駅まで裏道を歩いていくと、小さなビルの二階に「茸占い」と紅色で書かれた、これまた小さな看板が吊るしてある。
 ビルの名前はただの「銀」である。シルバーでないところがいいな、と思いながら入口脇を見ると、一階が画廊、二階が茸占い、三階は商事会社の名前が書かれている。
 占いなど全く興味もなく、手相にしろ、神社のお御籤にしろしたことがない。ただ、茸には子供の頃から愛着があり、食べるのも見るのも好きである。自分の生まれが長野で、住んでいたのが町中だったが、夏の終わりの朝早くには近くの路上で朝市がたった。野菜はもちろん、採りたての茸がたくさん並べられていた。ちょっと遠出をして、山に入れば色とりどりの茸が生えていて、名前こそ知らないが身近なものであった。
 実は、今見てきた友人の絵というのは、ボタニカルアートで、茸を描いたものである。彼女は長野の高校の同級生だったが、美大にすすみ、植物画を専門とした。私はコンピューター関係の大学に進んでそれぞれの道を歩みはじめ八年になる。彼女はそれなりに名が売れ、茸の面白い絵の本も出版している。
 そんなこともあって、茸占いという看板に目が止まったのである。
 茸をどのように使って占うのかかなり興味を持ったが、一人でそのようなところにはいる勇気が湧いてこず、その日は通り過ぎてしまった。
 ところが、それからすぐに、その占い店にいくことになったのである。
 彼女、石持水(みず)が、ボタニカルアート展の最後の日に、パーティーをするのでこないかと私に電話をしてきた。前の個展の時も誘ってくれ、集まった連中が個性的で面白かったが、手書きでなければ芸術ではないと言った連中でちょっと置いてけぼりをくった感があった。
 画廊を片づけた後に、ビヤホールでするという。どのようなメンツなのか聞くと、画家仲間と、植物の専門家だという。私など場違いなのではないかと聞くと、コンピューター関係の人が来て欲しいということだった。理由はと聞くと、その場で話しましょうということだったので、出ると返事をしたわけである。コンピューターが必要とはどういうことだろう。
 銀座のその老舗のビヤホールはごった返していたが、一角に、テーブルをつなげて十四、五人集まって、開始の時間にまだ十分もあるのに、もうビールを飲んでいた。真ん中では水が大きなジョッキーを片手になにやら皆に言っている。石持水は高校の時から、目立つ存在で、大柄な美人系の顔をしているだけではなく、てきぱきと問題を解決する、皆に頼られる存在だった。
 それに引き替え、私は人の中にはいるのは好まず、機械お宅で、そのころからコンピュータが得意であった。彼女との共通点は、美術部に所属し、絵だとか、きれいなものが好きであったことではないだろうか。私もコンピューター上でグラフィックデザインなどをつくり、印刷して楽しんでいたのである。
 今の仕事も、フリーでコンピュータにより三次元グラフィックを作ったりしている。映画アニメの領域、コマーシャルの領域、建築の領域などから、手助けを頼まれる。
 私に気がついた水が立ち上がって手招きした。
 「博(はく)ちゃん、こっち」
 大きな声である。混雑しているホールの中でもよく聞こえる。水の隣の席が空けてある。私がいくと、水は周りの人に私を紹介した。
 「山科博人(はくと)、コンピューターグラフィックの専門家よ」
 集まっている面々はどのような人間がすぐにわかった。芸術系の人間たちである。どうして彼らは皆同じような雰囲気を持つのだろうか。洋和服の着こなしも皆個性的であるため、このような集団の中にはいると、皆個性が見えなくなって、人からげに、芸術系集団と同じ色になってしまう。
 その点、水はそのような中でも目立つ存在だった。そういった中に埋もれてしまわない個性とエネルギーを持っているのだろう。私は、よろしくと、頭を下げた。
 「座って、まず飲もうよ」と、ウエイターにビールを注文し、「博ちゃん、実は、我々これから、茸の芸術集団をつくるのよ、追々紹介するけど、ボタニカルアートの面々、日本画、洋画、水墨画、彫刻家、写真家、みなそろっているんだ、それで、茸をテーマに活動をするの、いずれ、小説家、料理家、探検家、様々な人を入れる予定よ」
 僕のビールがきた。この店はソーセージで有名である。机の上にはすでにいろいろなソーセージがでている。
 「博ちゃん、食べてよ、我々はもう始めているから」
 うまそうなソーセージである。
 「茸は動物でも植物でもなく、第三の生物集団、菌界に所属して、動物にも植物にも恩恵を与えているのです」
 そう言ったのは、水を挟んで私と反対隣に座っているひょろんとした男であった。四角っぽい顔が日焼けをしていて、がたいはがっちりとしていて大きい。柔道でもしそうな感じの男だったが、声は全く逆に静かであった。格好はありふれたシャツにズボンで、周りとちょっと違う。
 「彼は、茸の研究家、大学の准教授で、冬虫夏草の専門家、村下隼人さん」
 冬虫夏草は水の絵の中にもあり、虫につく茸であることをついこの間、NHKのテレビで知ったばかりである。
 「それで、僕はなにを期待されているのかな」
 「かなり大事なの、この集団のイメージをまとめて、表現してもらおうということ」
 「僕一人でやるのは無理ですね」
 「私たちも、もちろん一緒に考えます」
 この集団は、ほぼ私と同じ年代なのだが、その中で、私の斜め前に座っていた、ちょっと年のいった老人が言った。
 「渡辺年男先生よ」
 僕もよく知っていた。
 「茸の絵をお書きになる渡辺先生ですか、書き下ろしの文庫本持ってます、好きな本です」
 「いや、ありがとう」
 長野にすんで芸術活動をしている有名な茸好きの画家である。絵はどちらかと言うとシュールなものを描くことで名が売れている。
 「この集まりの名前は決まっているのですか」
 「うーん、まだなのよ」
 「何か作るのに、名前がないと難しいですね、水ちゃんないの」
 「うん、みんなで出し合ったのだけど、外国語にしちゃいたくないし、茸をつけるのは有り触れているし、それを方言に持ってくのも偏るし」」
 「加賀乙彦のくさびら譚を読んだことがあります」
 「くさびらも、話にはでたのよ、悪くはないけど、やっぱり直接的よね」
 「小口木版なさる方はいないのですか」
 「小口木版はしないけど、木版はします」
 「彼は版画家の松山灯台、もちろん、本名じゃないけど、名字は本名、でも、どうして」
 「びらんをおもいだしたから」
 「それがどうしたの」
 「くさびらん、草美卵とかくといい」
 「面白いねえ、確かに茸は草の美しい卵のようなものだ」
 と言ったのは、一番端で、ビールを飲み、もくもくとソーセージを口に運んでいた男だった。山男みたいに頬髭、顎鬚を伸ばし、太い腕で大きなジョッキを抱えている。
 きっと彫刻家だ、と思ったところに、水が、
 「彼は、チェーンソーでダイナミックな彫刻をつくるの、動物よ、だけど、皆茸の上に乗っていたり、茸の中に入っていたりするの」
 と説明をしてくれた。
 「草美卵、ちょっとやばい感じもあるけど、いいんじゃない」
 そう言ったのは、細面の女性だった。
 「日本画の、水中(みずなか)眼(まなこ)、日本画と言うより、材料が日本画に使うもので、絵は幻想画」
 「だけど、茸のイメージからは遠くなるな」
 「なにかつけたらいいんじゃない」
 「茸幻想集団、草美卵」
 「もう少し考えよう」
 「ともかく、茸お宅だらけよ」
 ということで、だいたいのイメージが出来上がり、茸の話に花が咲いた。
 そこで、私は銀座の裏道に入ったら、茸占いの看板を見つけたことを言った。
 「それ、どのあたり」
 「えーと、青木画廊というのが近くにあった」
 「幻想系の画廊ね、有楽町に近いわね」
 「どんな占いのかしら」
 「でもそんな目立たないところで占いの店を出しても人が入るのかな」
 「バーか飲み屋の可能性もあるわよ」
 「ここ引けたら行ってみる」
 という話になった。しかし、その会は十時まで続き、もうやってないだろうということになった。それでも、私と水、眼と灯台が寄ってみようということになり、行ってみた。銀ビルの一階の画廊はすでに閉まっていたが、二階の窓には電気がついていた。
 「のぞいてみようよ」」
 水が率先して、エレベーターに乗り込んだ。
 二階についてエレベーターをでると、エントランスになっており、アーチ型の木で出来たドアが正面にあった。
 丸いガラス窓には茸のステンドグラスが嵌めてあり、赤っぽい電気が灯っている。確かに「茸占い」と紅い字でかかれた木の札が掛かっている。
 水が戸を押して中に入った。我々も入ると、紅いビロードのカーテンに囲まれて、いくつかの椅子が用意されていた。コーナーには黒檀で出来た机があり、その上には、ところ狭しと、茸が乗っていた。もちろん本物ではなく作られたものである。
 我々がどうしようかと、立ったままでいると、机の後ろのカーテンが揺れ、背の低い、色の浅黒い女性が出てきた。
 「いらっしゃいませ、茸占いが必要でございますか」
 「どのようなことがわかるのですか」
 僕が尋ねると、その女性は大きな目を僕の方に向けた。
 「どのようなことでも占います、ただ、ご自分のことだけでございます」
 「集団はだめですか」
 水は茸の集団の将来を占ってもらおうと言うのだろう。
 「もちろん出来ます」
 「なぜ茸の占いなのかね」
 灯台はかなり興味をもったようである。
 女性は我々に椅子を勧めてくれ、自分も椅子を持ってきて我々の前に腰掛けた。
 「昔、東欧のある村で、今ではスロバキアですが、そのころは国が出来てない頃のことですが、そこの神聖な泉の辺生える茸の様子で、次の年の作物の出来を占う習慣がありました。そのうち、林に生える違う茸で結婚運、未来運などを占う老婆が現れ、その村の人々が老婆を頼りにするようになったということです。その本が茸占いの最初のもので、その後、世界のいろいろなところで、茸による占いが行われていました。日本では、東欧と同じように、豊作祈願のときに、茸を使って占ったところがあるようですが、ちらっと郷土誌などに見られるだけで、あまりはっきりしておりません。茸ではありませんが、他の作物や植物を使い占う風習はございます。
 私のところでは、東欧の茸占いを元にして、私が独自に作り出した方法で行います」
 眼も興味を持ったようだ。
 「何かの縁よ、占ってもらいましょう」
 水が私に言った
 「そうね、博ちゃん、今日の話の中の、草美卵を占ってもらおうよ」
 「うん、占ってもらったら」
 「そういうこと、博ちゃんがいいんじゃない、私だとしゃべりすぎてしまうから」
 彼女は自分のことをよく知っているようだ。
 そこで私が、茸の芸術集団をつくり、草美卵と言う名前を考えているが、将来はどうだろうと言うことを質問した。
 彼女は「字はどのように書かれますの」ときいた。
 「草に美しいに卵です、草片からつけました」
 と答えると
 「くさびらんはいいかもしれませんね」といいながら、
 彼女は立ち上がり、黒檀の机の方に我々を案内した。彼女は机の後ろに座り、我々は椅子を持ってその周りを囲んだ。机の上には木や石で作られた茸がたくさん立てられている。
 「今のお話をもう少し詳しくお話しください」
 今度は水が会の構成と、目的を話し、彼女は名刺をだした。
 占いの女性は水を見て微笑んだ。
 「ボタニカルアートの石持先生でしたか、私も見せていただきました。素敵ですね、小さいのですが、卵茸の子供の絵を買わせていただきました。
 「あ、私が不在の時に、画廊の人が応対した絵ですね、ありがとうございます」
 「かわいい絵で、この部屋にぴったりです」
 占いの女性が名刺をだした。
 茸占い、コプリーヌと店の名前があり、緋色卵(ひいろらん)とある。当然仕事上の名前だろう。
 水がそれを見ると、嬉しそうな顔をした。
 「あら、ささくれ一夜茸じゃない」コプリーヌは英名である。
 「それでは、机の上のお好きな茸をひとつ、それぞれお選びください」
 水が大きな紅天狗茸をとり、眼はノボリリュウを選んだ。灯台は唐笠茸、わたしは編傘茸をとった。
 この茸は木で彫られているもののようだ。
 それを受け取った卵は、順番に目の前に並べると、腕組みをして、じーっと見つめた。浅黒い顔に大きな眼、その眼の瞳が赤くなってきた。
 すると、彼女の目の前の四つの茸がかたかたと揺れ始めた。彼女が揺らしているわけではない。手は組んでいるし、脇に座った私から、彼女の足が机から離れているのは見える。
 電動で机が揺すられているということもない。ほかの茸は揺れていないのに、その四つだけが振動している。
 と、紅天狗茸が五センチほど飛び上がって、元のところに落ちた。その後、残りの三つも飛び上がって落ちた。倒れない。
 四つの茸は、机の上に乗っている茸の間を動き回り、また元のように、卵の目の前で整然と並んだ。不思議だ。
 卵の眼の赤みが消え、もとに戻っている。
 「草美卵はとてもうまくいきます、四つの茸がたおれませんでした。そのうえ、机の上の茸の間を自由に動き回り、また元に戻ったということは、今まで占った中で、もっともよい状態を表すものでした」
 水が尋ねた。
 「この集団には、絵描きだけではなくて、いろいろな人を入れたいと思いますが、大丈夫ですね」
 「はい、全く問題ありません」
 「集まりの時に、卵さんもお誘いしてよろしいですか」
 緋色卵はちょっと考えていたが、机の上の緋色の茸を一つとり、四つ並んでいる一番端においた。
 すると、五つの茸がまた振動をはじめ、飛び上がると、緋色の茸をはじめ紅天狗茸、ノボリリュウが倒れた。
 「私のようなものは入ってはいけないようです、安定しているものを壊してしまいます」
 「どうしてです」
 「きっと、将来を占うような者が入っていると、流れが乱れるのでしょう」
 「残念ですね」
 「模様しものには参加させていただきます、私も興味があります」
 「それはよかった」
 水が立ち上がった。
 「おいくらです」
 「今日はいりません、また個人でいらしてください」
 「それでは申し訳ありませんから、とってください」
 「それでは、お一人千円です、これをどうぞ」
 彼女は、透明の袋に入った茸をめいめいにわたしてくれた。
 「お守り茸です、身につけておくと、一生安全です」
 「何の茸ですか」
 「私が栽培している特別の茸ですの、またいらしてください」
 ということで、コプリーヌを後にした。

 そういうことで「茸幻想集団、草美卵」は活動を始め、それぞれが、個展を開くときには、この集団の活動として宣伝をした。だんだん、名が知られるようになり、最近は茸ガールと呼ばれる、茸好きの女の子たちが、この集団名の個展にあらわれるようになり、茸好きのおじさんおばさんも見に来てくれ、集団を作った効果が大いに現れてきた。
 そんな中で、集団としてのもようし物を企画しようと言うことで、野外ステージで、茸ライブを行うことにした。茸の名前を冠した作曲を依頼することになった。草美卵の中の一人が有名なロックグループを知っており、それに依頼した。長野の富士見市の広い草地に仮設ステージを作り、会員めいめいがテントを張って、個展をする。周囲の明り取りは、まさに灯台がチェーンソウで作った彫刻を草むらの中に配置し、照明を設置する。ステージの周りには茸の料理の屋台をだし、いろいろな国の茸料理を味わえるようにする。茸ハンバーグ、焼き茸、茸ステーキ、様々な茸料理である。
 五千人ほどの人を集めようと言う大きな企画である。さすがに、マネージは我々集団だけでは出来ないので、プロに依頼することにした。草美卵も知られてきたこともあり、ロックグループも玄人に好まれているプロであったことから、テレビの中継も行われることになった。
 茸のよく生える九月下旬に行うことにした。椅子を少しは用意するにしても、とても五千人規模では無理である。ライブは立ったままか、参加者に茸の模様のついたビニールの風呂敷を配り、草地に座って聞いてもらうことにした。
 問題は天気だけであった。九月という台風シーズンは怖いが、雨が降ったら、傘を差してみてもらおうと言うことにし、台風なら中止とした。
 こんな企画が進む中、水と飲んでいて、ふと、茸占いに行ってみようと言うことになった。天気を占ってもらうのである。
 コプリーヌには客はいなかった。
 緋色卵が笑顔で迎えてくれた。
 「うまくいっているようですね」
 彼女は我々を見て微笑んだ。
 「ええ、それで、今度長野の野外でロックライブと茸芸術をミックスをしようと言うことになりました」
 「新聞で知っています、ときどき、草美卵がでてきます」
 「それで、九月二十八日の長野の会場の天気を占っていただこうと思いまして来ました」
 今回は水が率先して机の前に座った。
 「占ってみます、百パーセントわかるわけではないのですが」
 卵が机の上を見つめていると、眼が赤くなり、机の上の茸が動き出した。するすると、机の上を動いて、次第に真ん中に集まってきた。集まる途中に転ぶのがでてくるが、一度転ぶと起きあがれない。そうこうしていると、動きが止まった。
 「雨はほとんど降らないみたいですね、ただ、晴天ではないかもしれない」
 彼女はそういうと、浮かない顔をした。
 「あまり、よくないことがでています。前の時に、この集団はうまくいくと申しました、それは確かなのですが、このライブで、ちょっと事故が起こるかもしれません」
 「怖いことですか」
 「なんといったらいいか」
 「防げませんか」
 「防げません、ただ、今お二人には申しあげました、何かあってもうろたえなければよいと思います」
 「その時、どうしたらよいでしょう」
 「放っておくしかないと思います」
 「観客に悪いことでしょうか」
 「いえ、観客ではありません、茸幻想集団、草美卵にそうでています」
 私は水と顔を見合わせた。後で、気をつけなさい。何かあっても心配し過ぎないようにという、ことだろうと、二人で理解した。

 そして、とうとう、その日を迎えた。予想通り、雨は降らなかった。ただ、薄い雲がかかり、日の照りはあまり強くなかったがないわけではない、ライブにはちょうどよいだろう。
 観客は五千人どころではなく、七千人は超しているだろう。ライブだけではなく、茸の絵の展示や、絵本、実際の茸の展示もあり、子供づれや中学生、高校生だけの参加も多かった。
 「大成功だね」
 水は大喜びである。
 テレビの中継は、個々の展示であるテントの中を紹介したり、ライブの準備の様子を映したりしている。これはニュース用である。ライブが始まれば一つの番組として収録する。
 ライブは午後である。二時から始まる。
 草美卵の仲間たちは自分のテントと、一つの役割をもっていた。灯台は野外でチェーンソウ彫刻のデモンストレーションをしている。あっと言う間に大きな丸太を茸の形にしてしまう。
 水のテントには茸のボタニカルアートがところ狭しと掛けてある。眼のテントには茸の掛け軸や色紙が飾ってあり。子供用の茸の水彩画がとても奇麗だ。
 私は本部のテントで全体の進行をPCで見ていた。
 もうすぐ二時になろうと言うときに、水がかけこんできた。
 「博ちゃん、どうしよう、一万人越しそうなの」
 「そりゃ、いいじゃないの、イベント会社は大喜びだろう」
 「そうなんだけど」
 「どうしたんだい、何かうまくいってないの」」
 「それは大丈夫、イベント会社はよくやってる、ずいぶんアルバイトをかき集めて、観客の安全確保には気を使っている」
 「うちの連中も予定通り動いていると思うよ、結構展示のテントにも人がきてくれている」
 「うん、茸学者の旗先生と渡辺先生見なかった」
 「朝に会ったきりだね、大はしゃぎだったよ」
 「茸が好きで好きでしょうがない人たちよ」
 「何か用事かい」
 「あとね、茸の小説を書いている山内君、茸料理家の相良さん、茸手品の赤井さんもいないのよ」
 「あの人たちはステージが始まれば、ロックを聴きにくるよ、会場に行ってればいいんじゃないの」
 「そうね、あの占いの人が言ったことが気になっているの」
 「われわれの集団に何か起こるって言ってたけど、俺たちはどしんとしていればいいって言ってたじゃないか」 
 「そうね、それしかないものね、それじゃ、私は会場に行くわ、博ちゃんはずーっとここにいるの」
 「誰かいないとね、このコンピューターで会場の映像は入るし、音も入る」
「それじゃ、お願い」
 ということで、水は会場に戻った。
 PCをみると、司会が用意を始めている様子が映し出されていた。少し離れているが、生の音も聞こえてくるだろう。
 
 時間になった。ロックのグループが、マイクを抱えると「茸になれー」と大声を上げた。観客が「オー」と拳をふる。それから、彼らは歌いだした。「茸になって、地球の平和をーー」と続けた。もうあとは、会場が一体となって、大きなサウンドが、空の雲の中にまで昇っていった。
 なにも問題はなさそうである。
 ロックグループはときどき、「茸になれー」と大声を上げる。二時間半、休みも取らず歌い続けた。エネルギーがほとばしる。若い連中だ、これからも伸びていくグループだろう。
 そして、最後にやはり「茸になれー」と怒鳴って終わった。
 観客たちはなかなか立ち去りがたいようで、その場でワサワサしていたが、三十分もたつと、三々五々、散り始めた。
 水が本部テントにやってきた。
 「博ちゃん、大成功だったね」
 「うん、よかったね、あの五人はいたのかい」
 「会場の観客に混じって、ロックを楽しんでたわ」
 「そう、何事もなく終わったね」
 「あの、茸占い当たらなかったわね」
 「すべて当たるといことはないんだろ、こういうことは当たらないほうがいい」
 「一時間後に、展示のテントをたたむのよ、その後、本部に皆集まって、それから、ホテルに行こう」
 今日はホテルに泊まって、打ち上げをする予定である。
 こうして六時、後片付けを終えた草美卵のメンバーが本部に集まった。ステージ撤去や、テントなどはイベント会社がしてくれる。
 集まったメンバーに代表の水が声をかけた。
 「今日はどうもご苦労様でした。おかげさまで、大成功でした。ホテルに戻り、七時から打ち上げを始めます」
 水はそういって不思議そうな顔をした。
 「旗先生、渡辺先生、山内君、相良さん、赤井君、いない」
 「ロックにノリノリで聞いてたよ」
 灯台が言った。
 「まだ、向こうにいるのかな」
 水が首を傾げているところに、ステージを取り壊している監督がやってきた。
 「みなさま、ご苦労様でした、ステージはまもなく撤去します、ところで、観客のいたところに不思議な物が生えているのですが、ご存じですか」
 「なんですか」
 「大きな茸が、にょきっと」
 「始まる前はそんな茸なかったけどね」
 灯台が言った。
 「ちょっと行ってみよう」
 そこで、ステージの前に行ってみた。ステージはだいぶ解体されている。
 ステージの前にはまだ、残って遊んでいる人たちがいた。
 そこには、人の大きさほどの茸が五つ、にょきっとたっていた。子供たちが数人取り囲んでいる。
 五つの茸すべてが、真っ白で、子供たちが細長い帽子のような傘に手を触れると、赤い胞子がぱらぱらと散った。
 そばによっていくと、子供の一人が水に言った。
 「おばさん、この茸、人だったんだよ」
 「どういうこと」
 「あのね、歌のお兄さんが、茸になれーっていったら、ここにいたおじさんとおばさんが、茸になったんだ」
 「そんなことないでしょう」
 「俺も見たよ」
 他の子供たちも口をそろえた。
 我々は顔を見合わせた。
 水が私のところによってきた。
 「博、あの占いのことは内緒にしとこう」
 
 こうして、われわれの茸芸術集団は五人が茸になった。彼らの失踪は、ちょっと世間が騒いだが、事件性が全く感じられないことから、彼らの縁者から失踪届が出された状態で進展していない。われわれも話を聞かれたが、皆それぞれの役割に専念していたことから、それ以上何もなかった。五人が一緒にどこかに行くようなことも考えられず、忽然と消えた五人が問題を抱えているような事実は浮かび上がらなかった。
 水は私に言った。警察はさかんに首をひねっていた。
 「あの茸占いに彼らを捜してもらおうか」
 私は首を横に振った。
 「近寄らないほうがいい」そんな気がした。
 あれから、一週間後、ロックステージのあったところに、水と二人で行ってみた。五つの大きな茸は一夜茸のように、黒く腐っていたが、少し離れたところに、真っ赤な大きな茸が生えていた。スマートな赤い茸である。
 「あれ、ずい分大きいけど、卵茸じゃない」
 「ウン、でも卵茸の形をしているけど、赤じゃなくて緋色だね」
 私たちは、緋色卵を思い出して顔を見合わせた。きっと、茸占いの店、コプリーヌはもうないだろう。
 

茸占い

茸占い

銀座の裏通りにの小さなビルに、茸占いの看板が出ていた。その店の名はコプリーヌといった。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-23

Copyrighted
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