茸占い
銀座の画廊で友人の個展を見た。その帰り、東銀座駅まで裏道を歩いていくと、小さなビルの二階に「茸占い」と紅色で書かれた、これまた小さな看板があるのに気がついた。
ビルの名前はただの「銀」である。シルバーでないところがいいな、と思いながら入口脇を見ると、一階が画廊、二階が茸占い、三階は商事会社の名前が書かれている。
占いなど全く興味もなく、手相にしろ、神社のお御籤にしろひいたことがない。ただ、茸には子供の頃から愛着があり、食べるのも見るのも好きである。自分の生まれが山梨で、住んでいたのは町中だったが、夏の終わりの朝早くには近くの路上で茸などの朝市がたった。野菜はもちろん、採りたての茸がたくさん並べられていた。少し遠出をして、山に入れば色とりどりの茸が生えていて、名前こそ知らないが身近なものであった。
実は、今見てきた友人の絵というのは、ボタニカルアートで、茸を描いたものである。彼女は高校の同級生だったが、美大にすすみ、植物画を専門とした。私はコンピューター関係の大学に進み、それぞれの道を歩みはじめ八年になる。彼女はそれなりに名が売れ、茸の面白い絵の本も出版している。
そのようなこともあって、茸占いという看板に目が止まったのだろう。
茸をどのように使って占うのかかなり興味を持ったが、一人でそのようなところにはいる勇気も湧いてこず、その日は通り過ぎてしまった。
ところが、それからすぐにその茸占い店にいくことになったのである。
彼女、石持水(みず)が、ボタニカルアート展の最後の日に、パーティーをするのでこないかと私に電話をしてきた。前の個展の時も誘ってくれ、集まった連中が個性的で面白かったが、手書きでなければ芸術ではないと言った連中で、疎外感というか、ちょっと置いてけぼりをくった感があった。自分はコンピューターアートの世界にいる。
銀座のビヤホールでするという。どのようなメンツなのか聞くと、画家仲間と、植物の専門家だという。私など場違いなのではないかというと、コンピューター関係の人が来て欲しいということだった。理由をたずねたのだが、その場で話しましょうということだった。なにかありそうなので、出ると返事をしたわけである。彼女たちにコンピューターが必要とはどういうことだろう。
銀座のその老舗のビヤホールはごった返していた。一角に、テーブルをつなげて十四、五人集まっている集団がそれだった。教えられた時間になってもいないのに、もうビールを飲んでいる。真ん中で、水が大きなジョッキを片手になにやら皆に言っている。石持水は高校の時から目立つ存在で、大柄な美人系の顔をしているだけではなく、てきぱきと問題を解決する頼られる存在だった。
それに引き替え、私は人の中にはいるのは好まず、機械お宅で、そのころからコンピューターとしか付き合えない状態だった。彼女との共通点は、美術部に所属し、絵だとか、きれいなものが好きであったことではないだろうか。私も今はコンピューターを駆使したグラフィックデザイン作家として、知られる存在になったところである。
コンピューターによる三次元の作品も得意なことから。映画アニメの領域、コマーシャルの領域、建築の領域などから手助けを頼まれる。
私に気がついた水が立ち上がって手招きした。
「博(はく)ちゃん、こっち」
大きな声である。混雑しているホールの中でもよく聞こえる。水の隣の席が空けてある。私がいくと、水は周りの人に私を紹介した。
「山科博人(はくと)、コンピューターグラフィックスの専門家よ」
集まっている面々はどのような人間がすぐにわかった。芸術系の人間たちである。どうして彼らは同じような雰囲気を持つのだろうか。洋服和服の着こなしも個性的だ。だが、このような集団の中にはいると、逆に個性が見えなくなって、人からげに、芸術系集団という同じ色になってしまう。
その点、水はそのような中でも目立つ存在だった。そういった中に埋もれてしまわない個性とエネルギーを持っているのだろう。私はよろしくと頭を下げた。
彼女は「座って、まず飲もうよ」と、ウエイターにビールを注文し、
「博ちゃん、実は、我々これから、茸の芸術集団をつくるのよ、おいおい紹介するけど、ボタニカルアートの面々、日本画、洋画、水墨画、彫刻家、写真家、みなそろっているんだ、それで茸をテーマに活動をするの、いずれ、小説家、料理家、探検家、科学者、様々な人にはいってもらう予定よ」
僕のビールがきた。この店はソーセージで有名である。机の上にはすでにいろいろなソーセージがでている。
「博ちゃん、食べてよ、我々はもう始めているから」
うまそうなソーセージである。
「茸は動物でも植物でもなく、第三の生物集団、菌界に所属して、動物にも植物にも恩恵を与えているのです」
そう言ったのは、水を挟んで私と反対隣に座っているひょろんとした男であった。四角っぽい顔が日焼けをしていて、がたいはがっちりとしていて大きい。柔道でもしそうな感じの男だったが、声は全く逆に静かであった。格好はありふれたシャツにズボンで周りと少し違う。
「彼は、茸の研究家、大学の准教授で、冬虫夏草の専門家、村下隼人さん」
冬虫夏草は水の絵の中にもあり、虫につく茸であることをついこのあいだ、NHKのテレビで知ったばかりである。
「それで、僕はなにを期待されているのかな」
「大事なことなの、この集団のイメージをまとめて、表現してもらおうということ」
「僕一人でやるのは無理ですね」
「もちろん私たちも一緒に考えます」
この集団は、私とほぼ同じ年代のようだ。その中で一人目立つ人がいた。私の斜め前に座っている年のいった老人である。
「渡辺年男先生よ」
画家だ。僕も名前も作品はよく知っていた。
「茸の絵をお書きになる渡辺先生ですか、書き下ろしの文庫本持ってます、好きな本です」
「いや、ありがとう」
長野にすんで芸術活動をしている有名な茸好きの画家である。本人の絵そのものはどちらかと言うとシュールなものである。
「この集まりの名前は決まっているのですか」
「うーん、まだなのよ」
「何か作るのに、名前がないと難しいですね、水ちゃんないの」
「うん、みんなで話たのだけど、外国語にしちゃいたくないし、茸をつけるのはありふれているし、それを方言にするのも偏るし」
「加賀乙彦のくさびら譚を読んだことがあります」
「くさびらも、話にはでたのよ、悪くはないけど、やっぱり直接的よね」
「小口木版なさる方はいないのですか」
「小口木版はしないけど木版はします」
「彼は版画家のモリーユ、網笠だけね、でもなんで」
「ビュランを思い出したから」
「それがどうしたの」
「クサビュランからくさびらん、草美卵とかくのはどうかな」
「面白いねえ、確かに茸は草の美しい卵のようなものだ」
そう言ったのは、一番端でビールを飲み、もくもくとソーセージを口に運んでいた男だった。山男みたいに頬髭、顎鬚を伸ばし、太い腕で大きなジョッキを抱えている。
きっと彫刻家だと思ったところに、水が説明してくれた。
「彼は、チェーンソーでダイナミックな彫刻をつくるの、動物よ、だけど、どの動物も茸の上に乗っていたり、茸の中に入っていたりするの、松山灯台」
「草美卵、ちょっとやばい感じもあるけど、いいんじゃない」
そう言ったのは、細面の女性だった。水が紹介してくれた。
「日本画の、水中(みずなか)眼(まなこ)、日本画と言うより、材料が日本画に使うもので、絵は幻想画」
「だけど、茸のイメージからは遠くなるな」
「なにかつけたらいいんじゃない」
「茸幻想集団、草美卵」
「もう少し考えよう」
「ともかく、茸お宅だらけよ」
ということで、おおよそのイメージが出来あがったところで、茸の話に花が咲きはじめた。
銀座の裏道に入ったら茸占いの看板を見つけたことを言った。
「それ、どのあたり」
「えーと、青木画廊というのが近くにあった」
「幻想系の画廊ね、有楽町に近いわね」
「どんな占いなのかしら」
「でもそんな目立たないところで占いの店を出して人が入るのかな」
「バーか飲み屋の可能性もあるわよ」
「ここ引けたら行ってみる」
という話になった。しかしその会は十時まで続いた。
お開きになり、外に出ると、水が茸占いの店に言ってみたいと言った。この時間ではやってないんじゃないかと言ったのだが、それでも、水と眼と灯台が寄ってみようと言ったので案内した。銀ビルの一階の画廊はすでに閉まっていたが、二階の窓には電気がついていた。
「やってそうよ、のぞいてみようよ」」
水が率先してエレベーターに乗り込んだ。
二階についてエレベーターをでると、エントランスになっており、アーチ型の木で出来たドアが正面にあった。
丸いガラス窓には茸のステンドグラスが嵌めてある。中には赤っぽい電気が灯っている。「茸占い」と紅い字でかかれた木の札が掛かっており、まだやっているようだ。
水が戸を押した。我々もあとについた。部屋の壁は紅いビロードの布で覆われ、椅子がいくつか壁際に置いてある。前には黒檀で出来た机があり、机にはところ狭しと茸が立っていた。もちろん本物ではなく作られたものである。だが誰もいない。
どうしようかと立ったまま部屋を見回していると、机の後ろのカーテンが揺れ、背の低い色の堀の深い顔をした女性が出てきた。
「いらっしゃいませ、茸占いが必要でございますか」
「どのようなことがわかるのですか」
女性は大きな目で四人を見た。
「どのようなことでも占います、ただ、ご自分のことだけでございます」
「集団はだめですか」
水は茸の集団の将来を占ってもらおうというつもりなのだろう。
「出来ないことはありません」
「なぜ茸の占いなのかね」
灯台はかなり興味をもったようである。
女性は我々に椅子を勧めてくれ、自分も椅子を持ってきて我々の前に腰掛けた。
「昔、東欧、スロバキアのある村でのことです、そこの神聖な泉の辺に生える茸の様子で次の年の作物の出来を占う習慣がありました。そのうち林に生える茸で結婚運、未来運などを占う老婆が現れ、その村の人々が老婆を頼りにするようになりました。老婆の占いが本になり、その本が茸占いの世界最初のものとなりました。その後、世界のいろいろなところで茸による占いが行われるようになりました。日本では、東欧と同じように、豊作祈願のとき、茸を使って占ったところがあるようですが、ちらっと郷土誌などに見られるだけで、あまりはっきりしておりません。茸ではなく、稲や他の植物を使い占う風習のほうが、稲作の日本としてはなじみがあったのでしょう、
ここでは東欧の古い茸占いを元にして、私が独自にあみ出した方法で行っています」
眼も興味を持ったようだ。
「何かの縁よ、占ってもらいましょう」
水が私に言った。
「そうね、博ちゃん、今日の話の中の、草美卵を占ってもらおうよ」
「うん、占ってもらったら」
「そういうこと、博ちゃんがいいんじゃない、私だとしゃべりすぎてしまうから」
彼女は自分のことをよく知っている。
そこで私が、茸好きが茸の芸術集団をつくり、草美卵と言う名前を考えているが、将来のことを占ってもらいたいことを説明した。
彼女は「字はどのように書かれますの」ときいた。
「草に美しいに卵です、くらびらんです、草片からつけました」
それを聞くと彼女はちょっと首をかしげた。
「ソウミランのほうがいいかもしれませんね、椅子を持ってこちらにどうぞ」
我々は机のまわりに集まった。机の上には木や石で作られた茸がたくさん立てられている。
「今のお話をもう少し詳しくお話しください」
水が会の構成と目的を話し名刺をだした。
占いの女性は水を見て微笑んだ。
「ボタニカルアートの石持先生でしたか、私も個展見せていただきました。素敵ですね、小さいのですが卵茸の子供の絵を買わせていただきました」
「あ、私が不在の時に、画廊の人が応対した絵ですね、ありがとうございます」
「かわいい絵で、この部屋にぴったりです」
占いの女性が名刺をだした。
茸占い、コプリーヌと店の名前があり、緋色卵(ひいろらん)とある。草美卵にちょっと似ている。
水がそれを見ると嬉しそうな顔をした。
「あら、ささくれ一夜茸じゃない」、英語でコプリーヌである。
「はい、この世では一夜で消えますけど、地球の中で永遠に続く茸です」
緋色卵が机の上の茸を指差した。
「それでは、どれかお好きな茸をひとつ、それぞれお選びください」
水が大きな紅天狗茸をとり、眼はノボリリュウを選んだ。灯台は唐笠茸、わたしは衣笠茸をとった。
机の上の茸は木で彫られているようだ。
それを受け取った緋色は、順番に目の前に並べると、腕組みをして、じっと見つめた。大きな眼、その眼の瞳が赤くなってきた。
すると私たちの前の四つの茸がカタカタと揺れ始めた。彼女が揺らしているわけではない。手は組んでいるし、端に座った私から彼女の足が机から離れているのはよく見える。電動で机が揺すられているということもないだろう。ほかの茸は揺れていないのに、その四つだけが振動している。
いきなり紅天狗茸が五センチほど飛び上がって、元のところに落ちた。その後、残りの三つも飛び上がって落ちた。どれも倒れない。
そのあと、四つの茸は、机の上の他の茸の間を動き回り、また元のように我々の目の前で整然と並んだ。不思議だ。
緋色の眼の赤みが消え、もとに戻っている。
「草美卵はとてもうまくいきます、四つの茸がたおれませんでした。そのうえ、机の上の茸の間を自由に動き回り、また元に戻ったということは、今まで占った中で、もっともよい状態を表すものでした」
水が尋ねた。
「この集団には、絵描きだけではなくて、いろいろな人を入れたいと思いますが、大丈夫ですね」
「はい、全く問題ありません」
「集まりの時に、緋色さんもお誘いしてよろしいですか」
緋色卵はちょっと考えていたが、机の上の緋色の茸を一つとり、四つ並んでいる一番端においた。
すると、五つの茸がまた振動をはじめ、飛び上がると、緋色の茸をはじめ紅天狗茸、ノボリリュウが倒れた。
「私のようなものは入ってはいけないようです、安定しているものを壊してしまいます」
「どうしてです」
「きっと、将来を占うような者が入っていると、流れが乱れるのでしょう」
「残念ですね」
「もようしものには参加させていただきます、私も興味があります」
「それはよかった」
水が立ち上がった。
「お支払いしなくちゃ」
「今日はいりません、また個人でいらしてください」
「それでは申し訳ありませんから、とってください」
「それでは、お一人千円です、これをどうぞ」
彼女は、透明の袋に入った茸をめいめいにわたしてくれた。
「お守り茸です、身につけておくと、一生安全です」
「何の茸ですか」
「私が栽培している特別の茸ですの、またいらしてください」
我々はとても満足して店を出た。道からビルを見上げると、二階の明かりが消えた。
「茸幻想集団、草美卵、そうみらん」の活動が始まった。
それぞれの個展でも茸幻想集団を宣伝した。だんだん名が知られるようになり、一年たつと、茸ガールと呼ばれる茸好きの女の子たちが、茸幻想集団、草美卵所属の者が行う個展に必ずあらわれるようになった。茸好きのおじさんおばさんも見に来るようになった。新聞にも取り上げられ、集団を作った効果が現れてきた。
水を中心とした草美卵はまとまりもよく、銀座で飲み会も頻繁に行われた。その場で、だれからともなく、そろそろ茸幻想集団、草美卵として何かやらないかという話がもちあがり、茸だから野外の音楽会がいいのではないかということになった。
彼らは絵に限らず、芸術に関する知り合いはたくさんいる。音楽好きもたくさんおり、野外ステージでロックのライブをやろうということになった。茸ライブである。草美卵の一人が知っている有名なロックグループに依頼することになった。
長野の富士見市に広い草地があると一人がいい、そこを第一候補とした。音楽のための仮設ステージを作り。会員めいめいがテントを張り個展を開く。ずいぶん大きな物になる。
子どもたちも楽しめるように、会場の草原には灯台がチェーンソーで作った彫刻を配置する。そこに照明器具を設置することで、夜までかかってもできるようにする。
茸の料理の屋台をたのみ、いろいろな国の茸料理を味わえるようにする。茸ハンバーグ、焼き茸、茸ステーキ、様々な茸料理である。
三千人ほどの人を集めようと言う大きな企画が立てられた。さすがに、マネージは我々素人集団では出来ない。プロに依頼することで、そういったことに強い、水が適したイベント会社をあたることになった。テレビの中継も行われることにした。
時期は来年の茸のよく生える九月下旬に行うことにした。
問題は天気である。九月という台風シーズンは怖いが、雨が降ったら、傘を差してみてもらおうと言うことにし、台風なら中止とした。
問題は資金である。水に訊ねると、それは大丈夫という。水を含め芸術関係者には相当のパトロンがついているようだ。それは任せておくしかなかった。
このような企画が立てられ、実際に動き出した。すべて順調な滑り出しで、問題はなさそうである。私が宣伝を引き受け、茸ロックのイベント情報をテレビや新聞にながした。
年があけ、開催があと半年後となった四月の一日、草美卵の集会後、水と二人で、茸占いに行ってみることにした。天気だけは我々の思うようにはならない。その日のことを占ってもらうのである。
コプリーヌにいくと、緋色卵が笑顔で迎えてくれた。
「うまくいっているようですね」
彼女は我々を見て微笑んだ。
「ええ、それで、秋に長野で野外ロックライブと茸芸術をミックスしたフェスティバルをしようと言うことになりました」
「新聞で知っています、ときどき、草美卵がでてきます」
「それで、九月二十八日の長野の会場の天気を占っていただこうと思って来ました」
今回は水が率先して机の前に座った。
「占ってみます、百パーセントわかるわけではないのですが」
机の上を見つめている緋色の眼が赤くなり、机の上のすべての茸が動き出した。するすると机の上を動いて、次第に真ん中に集まってきた。集まる途中に転ぶのがでてくるが、一度転ぶと起きあがれない。そうこうしていると、動きが止まった。
「雨はほとんど降らないみたいですね、ただ、晴天ではないかもしれない」
彼女はそういうとすこしばかり浮かない顔をした。
「前の時に、この集団はうまくいくと申しました、それは確かなのですが、このライブでちょっと小さな事故が起こるかもしれません」
「怖いことですか」
「怖いことではありません、なんといったらいいか」
「防げませんか」
「それはできないでしょう、ただ、何かあってもうろたえなければよいと思います」
「そうなったら、どうしたらよいでしょう」
「放っておくしかないと思います」
「観客に悪いことでしょうか」
「いえ、観客ではありません、茸幻想集団、草美卵にそうでています」
「中止したほうがよいのでしょうか」
「そうは思いません、なにかおこるにしても、起こった本人にはハッピーの結果です。それは確かです」
一体何が起こるというのか、私は水と顔を見合わせた。何かあっても心配し過ぎないようにということだろうと二人で理解した。
最後に緋色卵は、
「楽しんでくださいね、それが一番いい結果になります」
といってくれた。
その日を迎えた。予想通り雨は降らなかった。ただ薄い雲がかかり、日の照りはあまり強くない。だが寒さはほとんど感じなかった。茸芸術祭のそれぞれの個展は十二時から五時まで、野外会場のロックの開始は二時からになっている。
茸ロックに長野や関東近辺の若いグループから参加したいと言う申し出があいつぎ、四時から始めるところを早く開始することにした。二時から五時までを一部、一時間休憩後、二部を六時から九時とした。名の知れたロックバンドは二部である。もう真っ暗だろう。
泊まっているホテルから会場に行って驚いた。まだ十時なのに、若い人たちが会場でうろうろしている。仮駐車場にはずいぶんたくさんの車がすでに止まっている。整理係が足早に車を誘導している。
我々はめいめいのテントで、作品の展示を完成させた。テントには絵、版画、小型木彫り、金属装飾品、絵本、ガラス細工、たくさんの茸の作品がならべられている。素人茸研究家による実際の茸の陳列もあり、近所の高校生の生物部が作った茸の標本の展示もあった。茸の栽培会社の展示コーナーもある。
そういったものを見に来ている小学生のグループ、家族のグループもめだつ。野外に設置されている、灯台のつくったチェーンソーによるダイナミックな動物と茸の周りに集まって記念撮影をしている人たちもたくさん見られた。
二時近くなると、野外ステージの前は人たちで埋め尽くされるような状態になった
テレビで放映された私のコンピュータグラフィックによる宣伝効果はかなりあったようだ。
「大成功だね」
水は大喜びである。
「天気も持ちそうだし、もっと人が増えそうだな」
テレビの中継は、個々の展示であるテントの中を紹介したり、ライブの準備の様子を映したりしている。これはニュース用である。ライブが始まれば一つの番組としてつくるために編集するという。
草美卵の仲間たちは自分のテントと、進行整理の役割をもっていた。灯台は野外でチェーンソー彫刻のデモンストレーションをしている。あっと言う間に大きな丸太を茸や動物の形にしてしまう。
水のテントには茸のボタニカルアートがところ狭しと掛けてある。眼のテントには茸の掛け軸や色紙が飾ってあり。子供用の茸の水彩画がとても奇麗だ。
私は本部のテントで全体の進行を場所、場所に設置しておいたカメラからの映像をPCで見ていた。
もうすぐ二時になろうと言うときに、水がかけこんできた。
「博ちゃん、どうしよう、一万人越しそうなの」
「そりゃ、いいじゃないの、イベント会社は大喜びだろう」
「そうなんだけど」
「どうしたんだい、何かうまくいってないの」
「イベント会社はよくやってる、ずいぶんアルバイトをかき集めて、観客の安全確保には気を使っている、だけど多すぎて心配になってきた」
「水らしくないね、うちの連中も予定通り動いていると思うよ、結構展示のテントにも人がきてくれている」
「うん、茸学者の旗先生と渡辺先生見なかった」
「朝に会ったきりだね、大はしゃぎだったよ」
「茸が好きで好きでしょうがない人たちよ」
「何か用事かい」
「用事はないんだけどね、あと、茸の小説を書いている山内君、茸料理家の相良さん、茸手品の赤井さんもテントにいないのよ、今日会っていない」
「あの人たちはステージが始まれば、ロックを聴きにくるよ、会場に行ってればいいんじゃないの」
「そうね、あの占いの人が言ったことが気になっているの」
「われわれの集団に何か起るんだったな、でも俺たちはどしんとしていればいいって言ってたじゃないか」
「そうね、それしかないものね、それじゃ、私は会場に行くわ、博ちゃんはずーっとここにいるの」
「誰かいないとね、このコンピューターで会場の映像は入るし音も入る」
僕は本部テントで、PC画面をみているつもりであった。
「それじゃ、お願い」
水は会場に戻った。
PCを画面では、ステージで司会が用意を始めている。ここは会場から少し離れているが、生の音も聞こえてくるだろう。
二時になった。最初の若い人たちのロックのグループがマイクを抱えると「茸になれー」と大声を上げた。観客が「オー」と拳をふる。それから彼らは歌いだした。「茸になって、地球の平和をーー」と続けた。もうあとは会場が一体となって、大きなサウンドが空の雲の中にまで昇っていった。
なにも問題はなさそうである。
ロックグループはときどき、「茸になれー」と大声を上げる。次のグループに変り、また変り、とPCの画面では途切れなくロックが響いてくる。
どのグループも最後にかならず「茸になれー」と怒鳴って終わった。申し合わせていたようだ。
五時、薄暗くなってきた。個展テントは終了した。家族ずれなどは少なくなっている、それでもロック会場は満員の状態であった。ロックはいったん休憩で次は六時からである。会場では準備が始められ、司会者も交代している。
六時になるともう夜の様相になった。イベント会社はなかなか手際がよく、会場には大きなライトがいくつも点灯されていて明るい。
PCの画面で大きな音と共に野外ステージのロックの映像が飛び出すように動きはじめた。
テントの外に出てみると、野外ステージのあたりに光が満ちている。音もかなり大きく聞こえてくる。
PCの画面ではロックのグループが汗だくになって叫んでいる様子が大写しになっている。すごい迫力だ。
時間はあっという間にすぎた。PCから「茸になれー」と大声が聞こえ、サウンドがパタッとやんだ。人々のワーッと言う声が集まって鼓膜が破れそうだ。司会が、ありがとうございました、と声を張り上げ、ステージの上のライトが消えた。
おわったようだ。といっても、聴衆の声はまだ聞こえている。
それもとぎれてくる。
水が本部テントにやってきた。
「博ちゃん、終わったわ、大成功だったね」
「うん、よかったね、あの五人はいたのかい」
「会場の観客に混じって、ロックを楽しんでたわ」
「そう、何事もなく終わったね」
「あの、茸占い当たらなかったわね」
「すべて当たるといことはないんだろ、こういうことは当たらないほうがいい」
「展示のテントの中身だけはまとめておけよ、イベント会社の人にそれを渡したら、後はすべてやってくれる、我々はホテルにもどろう」
今日はホテルに泊まって、明日、会場のあとかたづけをしてから、東京に戻る予定である。
夜の十時、会場をあとにした。星は薄い雲で隠されているが、雲の切れ間で光っている。
次の日、いい天気になった朝食をたべてから会場にいった。イベント会社の人たちが忙しく働いている。テントはほとんどが撤去されていて、中のものはそれぞれの指定したところに輸送手続きがなされているはずである。自分の物は昨日のうちに事務所に送り返した。
草地に立っている灯台の作った茸と動物の木彫りはまだそのままだ。市のほうで買い上げてくれた。この場所をうまく利用して、公園のようにしたいようだ。地元の子どもたちがもう遊びに来ている。
仮設の野外ステージに行った。ステージ脇には大きなトラックが何台もきており、解体された部分が積み込まれている。イベント会社のステージの設置監督が運転手らに指示をしている。ステージの解体の様子を見ようと近づくと、声をかけられた。
「草美卵の方ですね、今日中にはほとんど終わります」
「ありがとうございました、おかげさまでいい音楽会になりました」
「よかったですね、こんなに人が集まると思いませんでした」
水がそこにやってきた。
「おはようございます、ありがとうございました」
「あ、おはようございます、いいイベントでした、我々の会社でも、こんなにすごいのは初めてです」
「とてもスムースに行ったのは、そちらの会社のおかげです」
「そういえば、あっちのほうで、大きな茸がはえていましたよ、はじめてみましたあんなに大きなやつは、さすが長野ですね」
彼が、昨日聴衆が集まっていた草地のはずれのほうを指差した。
「ステージを設置しにきたときにはあんな大きな茸はなかったから、生えたばかりだと思いますよ」
「へー、私も見に行こう」
水に誘われて私もそちらに向かった。
「今日、いつ帰るの」
「お昼ごろの電車」
「ところでね、旗先生、渡辺先生、山内君、相良さん、赤井君が、やっぱり連絡がつかないのよ、イベント会社から、五人のテントを片づけていいかといわれたので、中のものを送る住所をおしえたんだけど」
「そりゃあふしぎだな」
彼の言ったところに来ると、人の大きさほどの茸が五つ、にょきっとたっていた。子供たちが数人でまわりを取り囲んでいる。
五つの茸すべてが真っ赤で、子供たちが細長い帽子のような傘に手を触れると、赤い胞子がぱらぱらと散った。
そばにいくと、子供の一人が水に言った。
「おばさん、この茸、人だったんだよ」
「どういうこと」
「あのね、昨日お父さんと一緒に歌聞きにきたの、ほら歌のお兄さんが、茸になれーっていったでしょ、そうしたらここにいたおじさんとおばさんが、茸になったんだ」
「そんなことないでしょう」
「俺も見たよ」
他の子供たちも口をそろえた。
我々は顔を見合わせた。
水の眼が少しうつろになった。私にこんなことをいった。
「博、あの占いのことは内緒にしとこう」
数日後、新聞が大見出しであの五人の失踪を伝えていた。茸の研究者や芸術家がさらわれた、というものだった。
失踪は不思議なものだった。五人とも事件に巻き込まれるような事実はあがらなかった。われわれも話を聞かれたが、明らかになったのは、ロック会場で五人が「茸になれ」とさけんで、音楽を楽しんでいたことだけだった。その後、だれも彼らをみていなかった。子供の言っていたことは警察には言わなかった。
彼らの縁者から失踪届が出されたが、そのままの状態でいまだにこの事件は解決の方向にすすんでいない。
私は水に言った
「あの大きな茸なぜはえたのだろう」
水もうなずいた。
「あの茸、子どもが言っていたように、本当に彼らだったのかもしれないわ」
「幻想小説だね」
「あの茸占いに彼らを捜してもらおうか」
私は首を横に振った。その前に、二人でもう一度あの会場にいってみないか、と水をさそった。
二人で富士見町に私の運転する車で行った。
会場跡はきれいに整地され、草地は踏みつけられたからだろう、かなり黄色っぽくなっている。広場には灯台の作った木彫りがまだそのままおいてある。
五つの茸の生えていたところにいった。
茸はもうなかったが、周りに赤い茸が数え切れないほど生えていた。
「このちいさな茸、真っ赤と言うより、緋色よね」
「水、あの大きな茸たちが彼らだったら、この茸は彼らのこどもだな」
「うん、彼ら好きな茸になってしあわせなんだろうな」
「もう、忘れようか」
「まだだめ、この色は緋色卵を思いださせるわ、やっぱり、五人がどうなったか占ってもらいたい」
「そうか、それならもどろう」
私は車を運転しながら、横にいる水の眼が、どこを見ているのかわからなかった。
夕方、銀座の駐車場に車をいれ、無口になった水と裏道を歩いていった。
コプリーヌのある銀ビルの下に来た。見上げると、二階の角にあった星占いの看板はなかった。薄明かりがついている。
「あがってみよう」
水を誘った。
エレベーターではなく階段を一歩一歩のぼった。
コプリーヌの前のエントランスにきた。茸占いの看板は無い。木でできたドアを押した。
「あいてるよ」
そう言って、水があわてて中に入った。部屋の中は明るかった。木でできた動く茸たちがたくさん置いてあった机の上を見た。
水が、あっと叫んだ。
机の上には赤い、緋色の一夜茸が何本も生えていた。
みんなで話をしているように、ゆらゆらゆれて。
水と私が机の前に立つと、緋色の一夜茸が、いっせいに我々を見て微笑んだ。
「茸たちの方がしあわせなのね」
水の一言に、緋色の一夜茸が一斉におじぎをした。
茸占い
私家版 第十三茸小説集「珍事件、2022、一粒書房」所収
茸写真:著者: 長野県藤見町 2017-10-21