いちごジャムと、傾く世界

 いちごと、山盛りの砂糖を、どろどろになるまで、煮ているあいだに、夏は、おわっていた。
 気づけば、町は、季節とともに、傾き、めくれあがる大地の裂けめに、犬が落ちたとか、家の一部が持っていかれたとか、そんな、うわさは、きくけれど、にんげんがまきこまれた、という話は、きかないし、家のなかの傾斜は、生活していて不便、と感じることもまるでなく、ただ、窓の外の世界が、斜めに見えるだけの、ようは、つまりは、ぼくらの、平衡感覚が、おかしくなっただけのことなのだと、ぼくは思う。テレビのニュースでは、えらいひとたちが、地殻変動の異常だとか、宇宙のバランスが崩れているからとか、はたまた、異星人のしわざだなどと、さわぎたてるけれど、どれも、根拠のない、憶測であって、解決策もなく、季節のうつりかわりとともに、傾いてゆく町を、どうしようもないと、傍観しているだけである。
 みんな、みんな、見ているだけ。
 次第に、真向かいの家が、近所のマンションが、遠くの山が、傾いてゆくのを、見ているだけの、ぼくたち。
 外出禁止令が出てから、一度も逢っていない、きみの、大好きないちごジャムを作りながら、想うのは、あたりまえだけれど、きみのことだ。きつね色に焼けたパンに、いちごジャムを、これでもかっ、というくらい塗りたくるきみが、愛しいのだ。バターナイフに、こんもりジャムをのせて、パンの表面が見えなくなるまで塗りたくる、きみが。
 家が、学校が、コンビニが、ビルが、道路が、窓から見る景色が、すべて、斜めになっているのに、家のなかは、ふつうで、ごはんを食べていても、お風呂に入っていても、眠っていても、テーブルや、浴槽や、ベッドが、傾いて、困る、なんてことはないので、たぶん、きみも、大丈夫だろうと思う。おそらく。きっと。
 鳥が、飛んでいる。
 斜めに傾いた町など、空を飛ぶ鳥には、関係ない。
 かんせいしたジャムは、なべから、びんにうつしかえる。
 なんせ、郵便配達も、宅配便も、お休みしているので、きみに、ジャムを届けられないのが、かなしい。
 さいきんは、料理をしているか、もう、何度も、読み返した小説を、さらに、くりかえし、読んでいるか、手紙を書くか、している。
 もちろん、きみ宛ての手紙だが、渡せない、それは、机のすみで、山となって、積み重なっている。
(おわりのない遺書を、書いている気分だ)

いちごジャムと、傾く世界

いちごジャムと、傾く世界

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-20

CC BY-NC-ND
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