ソラ

さんかい

  1. 1 ひねくれものの後輩君、ちょっと変わった先客さん
  2. 2 鬼婆様
  3. 3 中庭で side,僕
  4. 4 刺客 side,僕
  5. 5 中庭で side,私
  6. 6 刺客 side,私

Dear かのんせんぱい&まほ
ところどころアレンジしております。しばらく見覚えのある光景が続きますが、見捨てないで見てあげてください。私が飛んで喜びます。

1 ひねくれものの後輩君、ちょっと変わった先客さん

まだ梅雨の香りも抜けきらない7月某日。その日の天気は僕の心をまるでそのまま映したみたいで、やけに気味の悪い雲が立ち込めていた。
コンプレックスの小さな背はきっちりと車椅子の中に収まっている。別に機嫌を悪くする必要もないことにこれほどまでに苛立っているのは、やはり心の不具合が原因だろうか。

僕は、なぜこんなところにいるのだろうか。
僕が、一体何をしたっていうんだろうか。

……わからない。
では誰が悪いのだろう。

わからない。
僕は何も覚えていない。
気がついたら病院にいて、家族がいて、そしてなぜか僕は、身に覚えのない怪我をしていた。

いわゆる、PTSDってやつらしい。よくわかんないけど。

僕は、交通事故に遭ったらしい。学校帰りに、家の近くの交差点で。
だけど何も覚えていない。
事故の記憶どころか、その日1日の記憶が、すっぽり抜け落ちたように忘れている。

もうひとつわかることは、僕が物凄く運がよかったということ。

だって、僕は足の骨折くらいしか怪我をしていない。
いや、本当はもっと大怪我してたっておかしくなかったのだ。生きてたことすら奇跡だというのに、これだけで済んで本当によかった。
その割には意識不明の状態が長く続いていたから医者も心配したらしいけど、まあ起きたんだし、結果オーライだろう。

……結果オーライ、なんだけどね。

忘れてはいけないことを忘れている。
忘れたくなかったことを忘れている。
それが何だったかは覚えていない。だって忘れているんだから。

なんだかそれが、どうしようもない罪のようで。

誰だ、空はきれいだ、なんていったやつ。こんな空っぽな空洞の、一体どこがきれいだというのだ。
……ダメだ。全然関係ないものにまで当たり散らしてしまう。

「ほら着いたよ、あんたの病室」
お手本みたいな妄想の世界から唐突に引き戻される。
目の前に、白い扉が待っていた。

「へえ、ホタル君っていうんだ!私はソラ、河野ソラっていうんだ!よろしくね!」
私は満面の笑みに余りあるほどの喜びをおもいっきり弾けさせた。
当然だ。ここで喜ばずして一体いつ喜ぶというのだろう。

「……北村ホタルです。よろしく」
彼は下を向いてボソボソと呟くように言った。
相も変わらず無愛想な態度を呈していたが、それにも勝るほどに喜びは大きかった。

しかし、お姉さんのほうはそんな弟の態度を許容できなかったらしい。
「こらホタル!!あんたはまたそんなんで、これからお世話になる方に対して失礼でしょ!?」
「うっせーな、お世話ってったって入院すんの二週間とかそこらじゃん」
「だからって……あーもう、しゃあないな。ごめんねソラちゃん、初っぱなから騒がしくして」
「ああいえいえ、お気遣いなさらず!この病室にも騒がしい子いますし、そういうの慣れてるんで」
お姉さんは一瞬、呆気にとられたような表情になったが、次の瞬間にはニッコリ笑って「面白い子」と言った。
はて、私、なんか変なこと言ったかな。

「ホタルはそんなに重病って訳じゃないんだけど、見ての通り車椅子状態で。それにこの子、昔っから身体が弱くて、体調も崩し気味でさ。まああれだ、念のためってやつ。ああ、言ってなかったけど、私は北村シグレ。よろしくねソラちゃん」
「おお、シグレさんっていうんですか!めっちゃかっこいい名前ですね!」
「あはは、そんなこと言ったの、あなたが初めてだよ」

私たちが女子トークを展開している間も、ホタル君はムスッとした表情を崩そうとしない。
うーん、なんとかして話とか……。

「そうだソラちゃん、この病室って4人部屋なんだよね?ほかのお二人は?」
「あ、ああ、おばあちゃんは今日はリハビリでしょ、それからえっと、コウちゃんの方は……」
病院抜け出して裏山行ってます、なんて言えるはずない。なんと言ってごまかそうか……。
と戸惑っている間に、シグレさんは何か察してくれたらしく、納得したような様子だった。

「さあて、どうしよっかな。ほかの方にも挨拶しときたいんだけど、これからゼミあるんだよね」
「僕が代わりに挨拶しとこっか?」
「……いや、あんただとちょっと心配なんだけど。いや、ちょっとどころじゃないな、めっちゃ心配」
「はあ?なにそれ、僕だって挨拶の一つくらいできるし」
「開幕からコミュ症むき出しにしてた奴がなにいってんのさ」
「は?」
「あ?」

おっと、まさかのここで姉弟ゲンカ再発。ぶっちゃけこれ止められる自信ないんだよなあ。二人とも意地っ張りみたいだし。
まあ姉弟のことに部外者が首突っ込むのもあれだし、こりゃしばらく放置するしかないかなあ。
じゃあまあ、ここでしばらく様子見でも……。

バァン!

蝶番もろとも扉をぶっ壊しそうな勢いで開ける猛者。私の知るなかで、そんなことをしそうな人物は一人くらいしかいない。
「あっ、ソラ姉!ちょっ、隠れさせて!」
ああコウちゃん、あんたまた見つかったんだな。
で、ここに逃げてきたってことは……

……あ。
コンコンコン、とノックが響く。
ああヤバい。鬼婆様の参上だあ。

2 鬼婆様

コンコンコン、と無機質な音が鳴り響く。コウちゃんは「来たぁ!」と叫んで自分のベッドの下へ潜り込む。
と同時にカラカラと引き戸が横に滑り、白いナース服に身を包んだ看護師さんが現れた。愛想よさげにニコニコと微笑んではいるが、取って付けたであろうその表情の下には、般若の形相が隠れているに違いない。

「えっと、どうされたんです?」
事情を何も知らないシグレさんが看護師さんに訊ねた。
その質問は実にごもっともなものだった。そりゃいきなり病室に知らない男の子が飛び込んできて、その直後に示し合わせたかのように看護師さんが入ってきたのだ。うんうん、普通はそう訊くだろう。

しかし事情を知っている私とコウちゃんにとっては、それはあまりにナンセンスなものだった。
「ああ、大したことじゃないんですけどね?」
いや、病院側からしたら大問題だろう。
「この病室に、さっき男の子が入ってきませんでした?小学2年生くらいの、これくらいの背の子なんですが」
「あ、そんな子ならさっきここに」

「きっ、来ませんでしたよ!」
慌てて叫ぶ。我ながらかなり苦しい言い訳だと思ったが、既に言い放った言葉をどうにかできるはずがない。私には、ニコニコ笑ってなんとか誤魔化すことしかできない。
ベッドの下から怯えまくったコウちゃんの雰囲気がめちゃくちゃ伝わってくる。
いや、私も正直そうしたいんですけど。場所とか関係なくどっかに隠れて、縮こまってガタガタ震えて、「ひいぃっ……」なんて言ってたいんだけど。
現に鬼の如く微笑む看護師さんを見て、全く関係ないはずの蛍君ですら冷や汗を垂らしている。

「そうですか?おかしいですねえ、確かにここに来たと思ったのだけれど」
いやわざとらし過ぎるだろ。もうこれ絶対気付いてるよね?気付いててそんなこと言ってるんだよね?
……悪趣味かよ。やめてくださいよ心臓に悪いから。

「河野さん、本当に見てないんですよね?」
「い、いやいやいや見てないですよ!コウちゃんなんて入ってきてないし!」

……ああ、つくづく私は嘘を吐くのが苦手なようだ。
グッバイ人生。お前はいい奴だったわ。

しかし予想に反して、看護師さんはそれ以上追及しようとはしなかった。
あれ、これもしかして生還できる?
「まあ、そこまで言うのならもういいですよ。河野さん、お姉ちゃんがわりとしてよく指導しておいてくださいね」
「は、はいぃ……」
よかった、運がよかった。いや本当に。
背筋を伝った嫌な汗も、もう心配はないかな。

「ああそうそう河野さん、最後に一つだけ」
ひいっ、まだなんかございますか。
もういい加減にしてください泣きわめきますよ。

「私は一言も『白垣コウ』さんなんて言ってないですよ。『小学2年生くらいの男の子』とだけ言ったと思うんですが、どうだったかしら」

失礼しました、そう言って看護師さんは出ていった。無駄に緊迫した雰囲気から解放され、ドッと疲労感に襲われる。
うん、いや取り敢えずよかったよかった。怖かったけど、雷は食らわなかったし。うんうん、結果オーライってやつじゃない?
「な、なあ……あんた大丈夫か?」
「え〜、大丈夫デスヨ〜」
言ってて悲しくなる。おそらく今の彼の目には、死んだ魚のような目をした女の子が映っていることだろう。
その惨めな姿を想像しただけで、私は本当にどっかに隠れて、縮こまってガタガタ震えて「ひいぃっ……」なんて言って、ついでにしくしく泣きたくなるのだった。

3 中庭で side,僕

「なあ、おい待てって!」
意気揚々と中庭へ出ていく彼女を追いかける。しかしあの奔放な少女が律儀に僕の意見を聞くはずがなく、呑気に鼻歌を歌いながら歩いていく。もちろん返答はない。

「あー、もう……」
しょうがなく、僕もそのあとを追う。
夏日の正午前、既に気温はそれなりのものだった。カゲロウ立ち揺らめく……とまではいかないけれど、とにかく暑いもんは暑い。
それにプラスして、僕は今慣れない松葉杖を使っている。元々運動が得意な方ではないけれど、いつも以上に体力を消費しているのは事実だ。

「さあホタル君、ここで問題です!」
「いやいきなりだね⁉何の前振りもなし⁉」
「え?だから問題出すって言ったでしょ?」
「そういうことじゃなくてさぁ……いや、もういいようん。で?問題って何?」
「よくぞ訊いてくれたっ!」
「いやあんたが……」
僕の言葉をまたしてもサラッと無視、人差し指を得意気に立てて見せた。
……人の話はもうちょっとよく聞いた方がいいと思うよ。

「問題!ここに私は、一体何をしに来たでしょーか?」
それ僕が訊きたい。

「制限時間は10秒〜!もし答えられなかった場合、今日のお昼ご飯のおやつのプリン、私が頂きま〜す!」
「病院食のおやつにプリンなんてあったっけ……」
「問答無用!ほらほら時間がどんどんなくなるぞ〜。5〜、4〜……」
「10から6までどうした⁉」
「4、3!2〜〜……」
また返答なし。
あのねソラさん、マジで人の話聞く癖はつけた方がいいよ。将来恥かいても僕は知らないからね。
というか数えかた不安定かよ。ホントにそういうカウンターあったら嫌だなぁ……。

「にぃ〜〜……いぃ〜〜……ほらほら時間なくなるよ、ホタル君?」
「だあぁ‼わかったわかった‼えーっとえーっと……遊びに‼そう遊びに来たとかでしょ‼」
合ってようが外れてようがどうでもいいや。外れたらペナルティとかは言われて……ないね。うん。
「ん〜外れてはいないけど……漠然としすぎてるからやだ。私は断定が好き」
「好みかよ‼」
「まあ、そういう訳でホタル君不正解〜。残念だったねホタル君」
煽るようにニヤニヤと笑う彼女。いたずらっぽい、からかうようなその顔に、若干の苛つきを覚える。

「……で?結局何をするんだよ」
ぶっきらぼうに言った。
彼女はニッと笑って答える。ニヤニヤ笑いじゃなくて、純粋に楽しそうな笑顔だった。

「正解は、“かくれんぼ”でした!」

4 刺客 side,僕

中庭の一角の茂みの中、息を潜めて隠れる僕が居る。
周囲にはそれなりに高い木と、それなりにたくさんの低木、そしてそれらに囲まれたそれなりに広い空間。松葉杖を芝生の上に放って、骨折中の右足を投げ出す。
「30ー、29ー、28ー……」
あの女の子のカウントダウンの声がする。
この中庭は、別に大して広くもない。かくれんぼといっても、隠れられる場所は限られている。きっとここもすぐ見つかるだろう。

かくれんぼをやろう。
そうあの子が言い出したときは「はあ?かくれんぼなんて何言ってんだこいつ」と思ったものだが、話を聞くと、骨折をしている僕のことも考えてくれているのだということがわかった。

「何でかくれんぼなんだよ」
「何でって、そりゃあその足で“おにごっこ”とか“だるまさんがころんだ”とかできないでしょ。かくれんぼなら殆ど動かなくていいし」

そして、僕の入った病室のルームメイトのことも。

「にしたって二人でやるもんじゃないよね普通。あいつ誘えばよかっただろ、あのちっちゃい……何て言ったっけ」
「コウちゃんのこと?あの子なら今日はパスだって。ほら、こないだ病院から脱走してたじゃん?」
「外出禁止令でも出たのか?」
「いやそれはない。けどちょっと見張りが厳しくなったらしくってさ。コウちゃんあんなに走ってたけど、実はあの子喘息なんだよね。入院してる理由もそれの発作らしいし」
「……」
「そろそろ懲りたんじゃないかな?毎回あんな感じなんだよね、見つかったあとって」
「初めてじゃないのかよ」
「とっくに常習犯だよ。で、次はもっと上手く抜け出すために、今日は作戦を練るんだって。おばあちゃんと一緒に」
「ちっとも懲りてないじゃん……喘息なんだし、知ってるなら君も止めようよ」
「うーん……無理☆」
「何で⁉」
「私も昔はよく脱走してたもんだから」
「じゃあおばあちゃんと一緒にっていうのは……」
「おばあちゃんも協力してま〜す」
「そっちも何で⁉」
「何でか知らないけど昔っから肯定的なんだよねー。ま、それはともかく!ホタル君!ふたりかくれんぼしましょう!」
「何そのどこぞの都市伝説みたいな名前」
「最初の鬼は私ね。隠れる範囲はこの中庭!病棟の中とかは禁止で〜す。60数える間に隠れてください!」

そんなこんながあって今に至る。
こちらの怪我のことも考慮してかくれんぼを選んでくれたのはわかる。更に範囲の狭い中庭を選ぶことでお互いの負担を減らそうと図ってくれたのも知っている。
うん、わかるよ。こっちにちゃんと気を使ってくれていることは凄くよくわかるよ。

……わかるんだけれども、それくらいなら病室で遊べるやつやりましょうよ。あるでしょ、カードゲームとかオセロとか将棋とか将棋とか。
……将棋やろうよ。誰か居ないの将棋好き。僕の身の周りに居ないんだよ、将棋好き。

ああそうだ、そういえば僕と同じ病室にお歳を召した方がいらっしゃった気がする。何て名前だったか覚えてないけど、もしかしたら将棋に付き合ってくれるかもしれない。

……。

……。

……ねえ、あの子遅くない?

いやいやいや、やっぱ遅いよね?遅すぎないあの子?
なに?あの子このそれほど広くない中庭で迷子になるほど方向音痴なの?
時計を持っていないから時間こそわからないけど、体感だともう20分くらい待ちぼうけしてる気分なんだよ?多分正確には5分も経っていないんだろうけど、にしたって5分も見つからないもんなの?

見つかるだろうが普通。はよ見つけてくれ。
……かくれんぼで見つけてくれ、だなんて変だけどね。

なんて、ひとり脳内でイライラ処理をしていたそのとき。

「あ、おにーちゃん見ーつけた!」

「ぎゃああぁぁぁっ⁉」

……突然後ろから声を掛けられた。

「びっっっくりしたぁ‼何だよ君⁉」
「何だよって言われても……あ、おにーちゃんもしかしてびびったの?」
僕の後ろでへらっとした笑顔を浮かべているのは、初日に看護師さんに追いかけられていた男の子だった。
名前は……確か、「白垣コウ」だったか。
誰であれ、とにかく考え事してる人の背後からいきなり声を掛けるのは遠慮していただきたい。心臓によろしくない。
……そんな旨を5分ほど掛けて丁寧に説明したのだが、本人に反省の色は全く見られない。クソガキめ。

「ていうか、何で君がここに居るの。今日は病室に居るんじゃなかったの?」
「えー、だって病室に居るの飽きちゃったし、おばあちゃんお昼寝始めちゃったし、ソラ姉におにーちゃんとのかくれんぼの相手お願いされたから」
……ん?
お願いされた?かくれんぼの相手を?

「……何で?」
「いやー今日ね、なんか『せいみつけんさ』ってやつの日だったんだって。それでソラ姉連行されてっちゃったから、おれが代わりに来たの」
……そうか。
あの子も入院中ということは、当然だけどそれなりに抱えているものがあるのだろう。あの子の能天気さを見ていると忘れがちだが、「精密検査」とはつまりそういうことだ。

え?ていうかあいつなに、精密検査サボろうとしてたの?
やばくね??

……そういえばあの子、昔はこのコウとかいう奴と同じように、よく病院から抜け出していたんだっけ?まさかそれの延長で精密検査も?
……コウよ、お前は将来は大事な検査をすっぽかしたりするなよ。

「で?おにーちゃんどうするの?かくれんぼ続ける?」
「いや続けねえよ。かくれんぼ自体あの子が言い出したことだし」
「そりゃそうだよね。おにーちゃんもう中学生なんでしょ?それなのにこんなガキっぽい遊びしたいって言うんだったらこっちが引くよ」
「君が言うな。あと、それ遠回しにあの子ディスってるよね?」
「ソラ姉はいいの。前からそうだし」
「……」

やっぱ、あの子は変な奴だ。

5 中庭で side,私

「もういーかい」は言わない主義だ。
だって、「もういーよ」って相手が答えちゃったら、声で場所ばれちゃうじゃん。そんなのつまんないもんね。

「さぁてさて!そろそろ60経ったかなぁ?」
途中から数えるのに飽きて目分量に頼り始めてしまったので、正直、今何秒経ったのかなんて正確な時間はわからない。

が、しかぁし‼そんな細々したことにいちいちこだわるのは馬鹿らしい!
……あ、ちなみにこれは私の座右の銘だ。ルーズな私らしいでしょ?
あんたが言うな、そう思ったそこの君。気にするな。

「どーこーにー居ーるーかーなー?」
中庭、なんて格好つけた名前が付いてはいるが、ぶっちゃけここはそれほど広くない……と思う。
よその病院の中庭なんて入ったことがある筈がない。だけどおばあちゃんが昔「ここの中庭はうちの庭よりも狭いんだねえ」とか言ってた気がするから、きっとそんなに広くはないのだろう。
……まあ、おばあちゃんの家がとんでもない大豪邸とかっていうんなら話は別だけどね。

「あれ?ソラちゃんかい?」
「はいはーい?」
突然誰かから名前を呼ばれて振り返る。この病院には長いので顔見知りの人は多いので別に驚きはしなかったが、一体誰だろう。

そこに居たのは、眼鏡を掛けたおじいちゃんと、杖をついたおばあちゃん。その老夫婦に、私は見覚えがあった。
「あ、あぁーーー‼こないだの!」
「そうそうこないだの。あらー、随分久し振りに感じるねぇ」
二人が検診に来たのは、確か一週間ちょっと前。たまたま私が暇だったときに一緒に話をしたのがそのときだった。

「今日も定期検診ですか?」
「いや、今日は孫の顔を見にね」
「へぇ、お孫さんいらっしゃるんですか!いくつの子ですか?」
「さぁ、もういくつになるのかねぇ……もう、ここのところ会ってないから」
「今日も?」
えぇ、と頷いて、おばあちゃんはどこか遠くを見る目をした。
「私の娘もろくに会えてないって」
「娘さんっていうと、その子のお母さん?」
「そう」
はぁ、と呆れたような困ったような溜め息が聞こえた。

「反抗期なんだろう」
おじいちゃんがしゃがれた声でそう言った。
「こんな狭っ苦しい場所に押し込められて……あんな小さな子なのに、可哀想に」



「……あの、その小さな子って……」



━━「こんなところに居ましたね、河野さん」
……背後から恐ろしい雰囲気とともに、とっくに聞き慣れてしまった鬼婆様の声がする。

あ〜あ……もう見つかっちゃったかぁ。
本当のかくれんぼの鬼は私じゃない。私だって逃げていた側だったのだ。

現実と、この鬼婆様から。

……ゲームオーバーだなぁ。
ぼそっと呟いて、もうしょうがないやと諦めた。

ごめん!ホタル君。
いつまでも、逃げれる訳ないし。

6 刺客 side,私

「河野さん、私、昨日夕ごはんのとき言いましたよね?明日は精密検査だから、忘れないようにって」
鬼婆様……もとい沢渕さんの叱責がグサグサと心に突き刺さる。
否、勿論さぼろうとした私が悪いのは重々自覚しているのだが。
「まさか忘れていたわけじゃないでしょう?今朝も言いましたし。なぜさぼるんですか。私だけではなくて、看護師総出で捜していたんですよ」
「すみません……」
心配してくれているというのは充分すぎるほど伝わっている。だから余計に、己のエゴで行こうとしなかったことを後悔した。

精密検査に行きたくなかった理由は簡単。また結果を教えてもらえないのが怖いからだ。
ちなみに検査を受けるのは何もこれが初めてではない。そしてさぼろうとしたのも、また同様に初めてではない。

「まったくもう、私、何回も言ってますよね。これで何回目だと思ってるんですか」
「えっと、2、2回目くらい……?」
「通常の検査も含めて6回目です。……まぁ、」
気持ちはわからなくはないですけど、と言って溜め息を吐く沢渕さん。
……呆れられてる。6回目ともなればしょうがないか。
この後悔の気持ちも変わらない。前も、その前も全く同じことを思って、結局繰り返してきた。もう、何を言っても意味がないのだろうと思われていることだろう。
……結局はエゴか。

つかつかと歩く沢渕さんの背中を追いかける。急いでいるのだろうか、結構な早足だ。
……理由は言わずもがな、私がサボっていたからだと思うが。本当にごめんなさい。
曲がり角を曲がったところで、トンっと誰かと肩が当たった。
「っと、気をつけてよ……あれぇ、ソラ姉?あのおにーちゃんと遊ぶんじゃなかったの?」
ぶつかったのはコウちゃん。天然パーマのくるくる髪がふわっと揺れて、上目遣い気味にこちらを見てきた。
……相変わらず生意気な雰囲気だ。まぁ、私も大概だとは思うけどね。
「コウちゃんこそ、病室に居るんじゃなかったの?」
「え、あ〜いや〜まぁ……い、色々あったの!」
こういうとき、コウちゃんの嘘は下手くそだ。
「で、ソラ姉は?」

「あ〜私?私はちょっとその〜、精密検査をさぼろうとしてたことがばれまして」
「せいみつけんさ?」
「そうそう、で、ホタル君とのかくれんぼを中断して……あ」
やばい。完っ全にホタル君のこと忘れてた。
「……まさかソラ姉、おにーちゃん置いてきたとか?」
「……ソノマサカデス」
はぁ〜〜っと深すぎるほどの溜め息を吐くコウちゃん。
……私、年下の子にも呆れられてる。
「しょうがないなぁ、ソラ姉は。じゃあ、おれが代わりにおにーちゃんと遊んであげるよ」
「ほんと⁉あ〜助かった、お願いしていい?」
「いいよ別に……ところで、鬼婆さん待ってるけど」
「へ?」

「こ〜う〜の〜さ〜〜ん?」
……背後からとんでもない殺気が伝わってくる。
きっと今、私の後ろには、般若の形相の沢渕さんが立っていることだろう。コウちゃんが沢渕さんを「鬼婆さん」と呼んだのが何よりの証拠だ。

「わわわ、ごめんなさいごめんなさい!すぐ行きま〜す!」

ソラ

ソラ

『完璧なものはまるで山の稜線のように凹凸で不平等。そうでないものはまるで海の水平線のように平らで平等なのがある。……ならば、空は?』 夢の中で、誰かからの問いを聞いた気がした。

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-08-19

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著作権法内での利用のみを許可します。

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