九分小説 未来手品販売師

九分ほどで読み終わると宝くじに当たります。


 玄関のチャイムが鳴った。
 男がドアを開けると、そこにはスーツ姿の営業マンが立っていた。営業マンは、男の着る首元が伸び切ったシャツなど眼中にないかのようにニッコリ笑うと、名刺を差し出してきた。
『未来手品販売師』、とだけ書かれていた。
「我々は未来から来ました」
 営業マンがそう話す。男はノブを握ったまま何気なしに聞いていた。ちょうど暇だったので追い返す理由もない。
「未来では、もちろん科学技術が発達しています。様々なガジェットが、この時代からすればまるで魔法のごとく思える機能を持っています。そこで我々は、タイムマシンを用いて過去へ行き、ガジェットを『手品の小道具』として売りだしました。正真正銘、タネも仕掛けもないマジックができるというわけです」
 なるほど、と男は納得した。荒唐無稽な話であったが筋は通っている。ウォークマンをベートーベンに渡せば腰を抜かすだろうし、マシンガンを戦国時代に持ち込めば荒稼ぎできるかもしれない。
「どんなガジェットが?」
「実演しましょう」
 そういって、営業マンはずかずか家へ上がり込んできた。

 しばらく、男は自宅でマジックショーを楽しんだ。どれも眼を見張るものばかりだったが、現代でありがちなマジックばかりである。未来的なイメージは受け取れなかった。
「あまりにこの時代とかけはなれたエフェクトだと、むしろ感動しないんですよ。あくまでマジックらしくあることが大事なんです」
 そういうものか、と男は肯いた。そして紹介されたガジェットの値段を訊ねた。しかしそのどれもが、仕送りで生活を送る大学生には中々手を出せない桁数を誇っていた。
 一番安いのはどれだ、と云うと、営業マンは待ってましたとばかりに『紙コップ』を取り出した。
「これは最もシンプルなマジックですね。しかし、やはりタネも仕掛けもないですから、ご友人を驚かせるくらいには役立つでしょう」
 営業マンは、球状に切り取られたスポンジを取り出した。右手に乗せて、上から紙コップを被せる。そして紙コップを除けると、もうそこにスポンジボールはなかった。
 これなら俺にもできそうだ、と男は笑った。
「ただ、このガジェットには一つ注意点があります」
 営業マンが神妙な表情を浮かべる。
「──その扉を絶対にくぐらせてはいけない、ということ」
 指した先には玄関ドアがあった。男は意味が分からず首をひねったが、たいして気には留めなかった。
「それさえ守れば優秀なガジェットですよ」
 そして営業マンは、先ほどに比べれば安い値段を提示した。男は、それなら買ってもいいか、と判断して財布を取り出した。
 そして数枚の千円札といくつかの小銭を営業マンに渡した。
 瞬間、営業マンが消えた。
 テレビの電源が押されたように、パッと消えてしまった。
 男は驚いてしばらく固まっていたが、未来に帰ったのだろう、と納得することにした。彼の頭には、それ以上に大事なことがあったのだ。この紙コップを使って、Aに一矢報いてやることである。

 玄関の扉をくぐらせてはいけない。
 その言葉が妙に引っかかり、男は仕方なくAを自宅へ呼んだ。掃除の行き届いていないここを見られることには抵抗があったが、背に腹はかえられない。
 Aを待っている間、男は営業マンから渡された名刺を眺めていた。ザラついた真っ白な長方形に、『未来手品販売師』とだけ印字されている。そして裏には、謎の幾何学的マークが描かれていた。ネットで軽く調べてみると、小さな新興宗教がヒットしたが、男は取り立て気にしなかった。
 Aがやってきた。「よう」と片手を上げて合図をし、もう片方の手にはコンビニのビニール袋がぶら下がっている。中身は度数の強い酒とビーフジャーキー。ひょいとサンダルを脱いで、半ズボンから伸びた浅黒い足をずんずん室内へ進めてくる。友人宅へ伺うことに慣れているその様に、男は劣等感を抱いた。
 二人は、カップラーメンの容器とか、おにぎりの包装紙とか、三ヶ月前のヤンジャンとかをザッと端に寄せ、低いテーブルを挟むようにして座った。
 さっそく、と紙コップを取り出す。「今から、マジックをするよ」「お前マジック得意だったのか」「得意というか、これしかできないんだけど、まぁ見て」「あとでやり方教えてくれよ」「それが無理なんだ。タネも仕掛けもないから」「おっ。でたでた! ならさ、俺一度やってみたかったことがあるんだけど、いいか?」「なに?」「俺の指示通りにマジックをしてくれないか。つまりさ、仕掛けがありそうな点を潰していくけど、それでもマジックを続けて欲しいんだ」性格が悪い、と男は顔をしかめた。しかし気にすることではない。
「もちろん、いいよ」
 男は財布から十円玉を取り出して、テーブルの上へ乗せた。「これが消えるよ」緊張で声が少し震えていた。Aは食い入るように硬貨を見つめ、尻尾をふる犬のようにそのときを待っていた。
 紙コップを被せる。「3、2、1」そして持ち上げる。すると、なんと、そこには十円玉が置かれていた。「あれ」
「おや」Aが拍子抜けした声をあげる。
「待って、もう一度」再び紙コップを乗せ、三つ数えてから、持ち上げる。しかし十円玉に変化はなく、蛍光灯に反射して銅色の輝きを発していた。男にはそれが憎らしくてたまらない。なぜだ。なぜ消えない。まさか偽物をつかまされたのか。
 その後、他のものでも試してみた。アヒルのフィギュア、ボールペン、消しゴム、シャツのボタン……。しかし結果は変わらず、何回紙コップでそれらを隠しても消えなかった。
 考えてみれば当然のことである。そもそも『未来手品販売師』なんてまどろっこしい仕事あるわけがないのだし、よしんばあったとしても、「紙コップの下のものを消す」なんてガジェットを発明する意味がわからない。いや、なにかしらの研究の副産物なのかもしれないが……それをわざわざ過去へ行って売りさばく訳だって分からない。
 詐欺だったのだ。言葉巧みに、ただの紙コップを数千円で買わされた。
 男は自らの愚かさを嘆き、放心状態となった。Aは、そんな彼に愛想を尽かし、やがて挨拶もそこそこに帰宅してしまった。
 窓が夕焼けで赤く染まる頃、男はふと我に帰り、「ちくしょう」と叫んで紙コップを壁に叩きつけた。紙コップは「ガキン」と壁にヒビを作ったが、その違和感に男は気がつかなかった。

 数時間後、男は不貞寝から覚めた。のそりと上体を起こしてみれば、胸にわだかまっていた不快感はさほど残っていない。こんなこともあるか、と楽観的に捉えられた。
 それでもまだ、思い出せばイライラした。
 Aのことを考えると憂鬱であった。今頃、彼の友人グループでは笑い話として自分のことが語り継がれているだろう。
 起き上がろうと床に手をついたとき、濡れた感触があった。なに、と思い手を見れば、黒い。インクの匂いがした。床には、小さなインクの水たまりが出来ていた。
 その中央にはボールペンが転がっている。
 インク漏れか。男は泣きっ面に蜂のような気分に陥って、億劫ながらキッチンペーパーを取り出した。床のインクを染み込ませ、シミになった箇所は濡らした雑巾で擦る。そしてボールペン本体をくるくる回しながら拭いているとき、とある閃きが訪れた。
「ボールペン……」
 もしや、と軽い気持ちで、今度はビー玉を用意した。投げ飛ばした紙コップを拾い、ビー玉に被せてみる。
 持ち上げると、ビー玉は消えていた。試しにもう一つ、と別のビー玉を下へ滑り込ませる。すると、やはり消えていた。
 なるほど! と男は納得した。不良品なんかじゃないのだ。このガジェットは本物だ。あの営業マンが言葉足らずだったにすぎない。
 今度はピンポン玉に被せてみる。消えた。では五百円玉は? 消えなかった。
 男は法則に気がついたことに舞い上がり、夜中であるにもかかわらずAに電話をかけた。Aはすぐに応答した。なにやら騒がしいところにいるようだった。
「今度こそマジックをみせる!」「いや、明日とかでいいって。もっと練習してから見せてよ」「違うんだって、もうできるんだ」「えー、じゃあ、こっち来いよ。今サークルのやつと飲んでるから、披露してくれよ」「わかった、わかった」Aは大学近くの焼き鳥屋を述べた。
 これでやつを見返せる!
 男は、財布とスマホと紙コップだけ持つと、寝癖も直さずに家を飛び出した。慌ててアパートの階段を駆け下りる。脱兎のごとく道路へ飛び出した。そして最寄り駅まで駆けていく途中、焦りが災いし、すっ転んでしまった。その拍子に手から紙コップが離れていき、弧を描くように飛んでいくと、地面に被

九分小説 未来手品販売師

元々、友人たちと「趣味で映像作品を作ろう」って話になったときに書いたものです。
拙作をお読みいただきありがとうございました。

九分小説 未来手品販売師

短編です。 無聊を託っていた男の前に、『未来手品販売師』と名乗る胡散臭い営業マンが現れる。彼から「紙コップ」を買い上げた男は、早速それを友人に自慢しようとしますがなんやかんやで死ぬ。

  • 小説
  • 掌編
  • ホラー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-15

Copyrighted
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