Psychopath. 【三日月】

稲穂本丸小説用

《残酷描写、サイコパス注意》

Isaiah Maxwell (アイゼア・マクスウェル)
188cm 34歳 ダークブロンドの髪に紫がかった青眼
大手法律事務所に勤める敏腕弁護士、職場近くで一人暮らし。出世欲や上昇志向なし。



 初めてそれに触れたのは、確か3歳の頃。
 当時俺は小さなカナリアを飼っていた。白い尾羽とレモンイエローの羽毛の綺麗な小鳥はどこか水仙に似ていて、Narcissus(ナルシセス)と名付けてとても可愛がっていたのを覚えている。
 ある夏の、とてもよく晴れた日だった。気温は高くても乾いた風は気持ちよく肌を撫でて、それをナルシセスにも感じてもらおうと鳥籠を窓際に置いて俺は絵本を読んでいた。
 チリリリ、と鈴が転がるように高く澄んだ鳴き声がとてもお気に入りで、絵本に目を落としながらも時々俺もチュイチュイ、ピピピ、と鳴き真似をして一緒に歌っていた。
 そうして絵本の中でドラゴンが退治されハッピーエンドに差し掛かった頃、ガシャン、と大きな音が部屋に響いて俺は飛び上がらんばかりに驚いた。

「ナルシセス!?」

 それは鳥籠が床に落ちた音で、顔を上げて名前を呼べばそこには大きな大きな野良猫と、落ちた拍子に歪んだ鳥籠の中でバタバタと暴れるナルシセスがいた。
 野良猫は俺に気付いていながらも、小さな子供に邪魔などできるはずがないとでも思っていたのだろう、こちらには目もくれず鳥籠を叩いて隙間からナルシセスを捕まえようと躍起になっている。
 助けなきゃ、ナルシセスが怖がって暴れてる…あのままじゃ籠に羽をぶつけて怪我をしてしまう。そう頭では分かっていたけれど、野良猫の目つきは鋭く、友達のアリシアの家で見た飼い猫とは表情に宿る気迫が全く違っていて。つまりは恐ろしくて俺は一歩も動けなくなってしまった。
 それでも、足が動かないならせめて、と身の回りに散らかっていた積み木を掴んで投げた。けれど幼子の力は弱く、積み木は猫たちよりずいぶん手前でワンバウンドして転がる。
 やがて前足をねじ込んでいて隙間が開いたのか、野良猫が籠の歪んだ部分に顔を突っ込む。逃げ場のないナルシセスは、聞いた事の無い声で叫んだ。

 ギィイイイイ!!!!ギイイイィィイ!!!

 金糸雀の金切り声、なんてブラックジョークが当時の俺に思いつくはずもなく、震えながらナルシセスの断末魔を聞いていた。涙が溢れていたからかナルシセスの最期の映像は記憶にない。ただ野良猫が窓から出て行ったあと、辺りに散らかっている鳥の餌や水、黄色や白の小さな羽根には時々血が滲み込んでいたし、硬かったのか腹が膨れたのか、頭部はかろうじて残っていた。
 俺はそれを泣きながら庭に埋めて、血の跡を綺麗に掃除して、両親には鳥籠を落とした拍子に飛んで逃げてしまったと説明した。なぜ嘘をついたのかは今でも分からない。


 それが俺が初めて触れた「死」だった。


 次に死を意識したのは、8歳の頃。
 もうすぐ弟が生まれるのだと教えられた。母は大きなお腹を撫でては聖母マリアの様に優しく笑っていた。俺はどうせなら弟と妹が同時に増えればいいのに、と言って父に笑われた。

「アイゼア、この子にとってお前はマクスウェル家の先輩だ。いろんな事を教えてやってくれ」

 そう言った父に頭を撫でられて、それまではこの家で両親と俺は大人と子供という垣根で区切られていただけに、頼られた事が誇らしく、俺は神妙な顔で頷いた。
 しかし予定日の3日前、母が足を滑らせて転んだ。苦しそうに蹲る母に慌てて隣に住むベスおばさんを呼びに走った。救急車で運ばれていく母の様子は子供の目から見ても尋常じゃない事態になっていると感じさせるもので、ふと、「ママが死んじゃったらどうしよう、弟が死んじゃったらどうしよう」と不吉な考えにとりつかれてしまって頭から離れなくなった。
 父は仕事場から病院へ直行することになり、取り残された俺はその日は隣のベスおばさんと食事をとり、夜は家にひとりぼっちで過ごすことになってしまった。
 病院から連絡がこないのは悪いことが起きてるわけじゃない、と自分を納得させても胸の奥が騒ついて落ち着かず、眠れたと思ったら母の苦しむ声が聞こえた気がして目が覚める、そしてママ死なないでと小さな手を組んで祈る。
 チリリリ、と。何度目かの幻聴の時にナルシセスの高く澄んだ声が聞こえた気がして、まだ暗い天井を見つめながら呟いた。

「あの時まもれなくてごめんね、ナルシセス。これからはぼくのかぞくをぜったいまもります、ナルシセスのところに行かないように、とおせんぼしてください」

 ピィ、と笑うように返事が聞こえた気がした。そして、その声を聞いてやっと心の底からすっかり安心して、俺は眠りにつくことができた。
 翌日、ベスおばさんは俺のための朝ご飯を作った後、部屋へは起こしに来なかった。きっと夜眠れなかった事を見透かされていたのだ。そして昼過ぎに、16時間も続いた陣痛を経てやっと弟がこの世に誕生したという知らせが届いた。



「…そうして俺は、家族のためなら何でもするとナルシセスに誓ったんだよ」

 酒の入ったアイゼアは上機嫌で語る。思い出語りを酒のアテに(というよりは無理やりつき合わされていた)ロバートは、それを語られ始めた時よりは少々感情移入した様子で、へえ、と微笑みのようなものを浮かべて締め括りを拾った。

「何でもする、の枠が随分と強固ですけど」

 感情の抑制が苦手な弟マシューは時々人を死なせてしまう。爆発した感情のままに破壊してしまい、残った死体を見た兄は叱りもせず諭しもせず、警察に連絡さえせずに処理の「クチ」を世話してしまった。ロバートも過程は違えど世話してもらったのは同じなので、苦笑して曖昧に濁す程度ではある。
 アイゼアは楽し気にくふくふと笑いを呼気に混ぜながらグラスを煽る。今夜は随分と酒が進んでいるようで、血行の良さが目立つ白い肌が桃のように色づいている。

「でもアイゼア」

 ふとヘイデンが声をあげる。こちらはアイゼアと対照的に未だほとんど酔っていないのか、持参したらしいジャーキー(何の肉かは聞かなくても分かるし欲しいとも思わない)を嚙みちぎって咀嚼しながら流行外れの大きな黒縁メガネの奥の目をきょろりと動かす。

「君、マシューが生まれた日俺とボーイ・スカウトに行ってなかったっけ」
「………は?」

 ヘイデンの問いかけに、アイゼアよりも先にロバートが頓狂な声を上げると、ポップコーンがはじけるような軽さでアイゼアが声を上げて笑いだす。

「あはっ、あっはははは!」
「は、えぇ!?なんだよ嘘かよ!!」
「さあテントを張るぞって時に電話だって呼び出されてアイゼアがいなくなったから、残った仲良くもない班員たちと半泣きでテント張ったもん。赤ちゃん空気よんで!って思ったから覚えてるよ」

 身内だけで宅飲みというリラックスできる空間にいるせいか、アイゼアはいつもよく飲み、よく喋る。政治、仕事、趣味、話題は豊富で造詣も深く、同時に頭を使わないその場の盛り上がりだけのトークも上手い。それでも、時折こうやって何の得にもならない嘘をまことしやかに語っては場を混乱させることがあり、その被害は主にロバートが受ける。
 今回の嘘はヘイデンが幕引きを担う事も予定通りだったのだろう、アイゼアは笑いすぎてグラスの酒を零すほど楽しそうだ。

「ちなみにカナリアも飼ってない」

 アイゼアは笑いの波が引いてくると、グラスからこぼれた酒をナプキンで拭いながら新たに酒を注ぐ。露呈した嘘に自らとどめを刺して酒を一口流し込むとグラスをテーブルに置いて背もたれへ深く身を預ける。

「でも野良猫が小鳥を食ってたのは本当、隣の家のベスおばさんの飼ってたカナリア」
「何のために長々と嘘を語られたんだ俺は…」
「ロバートはお人よしで反応が面白いからからかわれてる」

 嘆くロバートにあっさりと告げるヘイデン、そしてそれを否定もせずにまた笑っているアイゼア。こうしているところだけ見ればごくごく普通の、中年間近の青年たちにしか見えないこの三人は、人に言えない猟奇的な繋がりの上に立っている。
 己の目的のために人を殺す事を躊躇わない男、人の肉が世界一のご馳走だと謳って憚らない男、そしてそれらの異常を愛しながら総てを観たがる男。


 アイゼアの騙る嘘には常に少しだけ本当の事が含まれている。


 野良猫がカナリアを食べた時、血や羽根や残骸は隠して「飛んで逃げた」と言ってみた。それは飼い主であるベスおばさんが悲しむから、といった殊勝な理由などではなく、「死というものは無かったことになるだろうか?」と不意に浮かんだ疑問から生まれた嘘だった。
 その嘘のあと、夜中にカナリアの声で眠れなくなったのも本当だった。死んだことを隠した罪悪感だったのか、嘘を自分の頭も信じて姿なき者の声を作り上げたのか、しばらくは鳥の鳴き声が耳から離れなかった。

 アイゼアが語る言葉は意味を持たない。状況証拠、証言、隠蔽工作によって、真実はどうとでも捻じ曲げられるのだと3歳の夏に知ってしまった。
 アイゼアは観察が趣味になった。人は信じたい事を信じる、人が欲している嘘をつけば、それに進んで騙されようとする事を知っていた。
 アイゼアは一つ息を吐いて背もたれに深く沈んだまま瞼をおろす。

「…嘘が上手いほど、遊びは続くんだ」

 口元は笑みに弧を描いている。滲むような優しさを含んだ声はヘイデンとロバートにも届いていたけれど、おそらくその真意が伝わる事はない。

その衝動は異常なんかじゃない、君は俺の大事な人だ。
守るよ、君を。君たちを。
俺は、嘘が上手だから。
君が己の狂気を嘆かず済むように、騙してあげる。
どれだけの人が犠牲になっても構わない、君たちを守れるなら。
そうしたら、楽しい時間は永遠に終わらない。




Isaiah Maxwell (アイゼア・マクスウェル)
188cm 34歳 ダークブロンドの髪に紫がかった青眼
大手法律事務所に勤める敏腕弁護士、職場近くで一人暮らし。出世欲や上昇志向なし。
人が人を殺す事に興味を持ち、その一連の行為を見る事が趣味。異常者を見分ける力に長けていて、対象者に近づいてはその秘密を共有、観察したがる。
証拠隠滅やアリバイ作りを手伝い、何十もの死体を「無かったこと」にしてきた。衝動を堪え踏み止まってる人間の背中を押して一線を超えさせるのが大好き。自ら人を殺したい欲求は全くない。

Psychopath. 【三日月】

Psychopath. 【三日月】

  • 小説
  • 短編
  • サスペンス
  • ミステリー
  • 成人向け
更新日
登録日 2019-08-14

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