同調率99%の少女(27) - 鎮守府Aの物語

同調率99%の少女(27) - 鎮守府Aの物語

=== 27 演習試合(後半) ===
 神奈川第一鎮守府の艦娘達との演習試合後半戦。今までの自分たちにない力と迫力を持つ、強敵鳥海率いる神奈川第一鎮守府の艦娘達に、那珂たちはどう立ち向かうのか。互いに消耗する中、彼女たちが見た結末とは?

登場人物

<鎮守府Aのメンツ>
軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。演習試合前半をかろうじて中破で生き残る。後半では強敵鳥海にどう立ち居振る舞うか。

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)
 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。演習試合前半で轟沈。

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。演習試合後半の旗艦。いろいろなことに責任を感じやすい彼女が見せる戦い方とは。

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)
 鎮守府Aに在籍する長良型の2番艦。演習試合後半では支援艦隊。

軽巡洋艦長良(本名:黒田良)
 鎮守府Aに在籍する長良型のネームシップ。演習試合前半で轟沈。川内とともに、試合中に何かあったときのための作業係となる。

軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)
 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。演習試合後半でも支援艦隊所属。ビギナーズラックは……あるか!?

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)
 鎮守府Aの最初の艦娘。演習試合後半では本隊所属。元来のドジっ子属性が発揮される中、初期艦・秘書艦の意地なのか奮闘する。

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合後半では本隊所属。那珂と組んで奮戦する。現状の白露型では一番の姉艦たる意地を見せられるか?

駆逐艦村雨(本名:村木真純)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合後半では本隊所属。

駆逐艦夕立(本名:立川夕音)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。演習試合前半で轟沈。

駆逐艦不知火(本名:知田智子)
 鎮守府Aに在籍する陽炎型の艦娘。演習試合後半でも本隊所属。

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子)
 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。演習試合後半でも支援艦隊。

工作艦明石(本名:明石奈緒)
 鎮守府Aに在籍する艦娘。工廠の若き長。演習試合では艦娘達のステータスチェックとジャッジ・アナウンス役。悪いと思いつつもやはり自分らの鎮守府Aの艦娘びいき。

提督(本名:西脇栄馬)
 鎮守府Aを管理する代表。演習試合の最初と最後の号令係。自分の艦娘達の戦いっぷりと勝敗の行方を実は誰よりもハラハラしながら気にして見ている。

<神奈川第一鎮守府>
練習巡洋艦鹿島
 村瀬提督から提督代理を任された艦娘。今回はほぼほぼ西脇提督と一緒に行動。霧島曰く、天然の魔性の女。影では変な言われようだが、出張先では提督代理を務めることが多い、神奈川第一鎮守府の上層部でもかなりの位置に実はいる女性。

軽巡洋艦天龍(本名:村瀬立江)
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半で轟沈。那珂のことを知りたくて、試合終了後の懇親会でなんとかして絡んでやろうという考えで頭の中はいっぱい。

駆逐艦暁、響、雷、電
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合前半で轟沈。試合終了後の懇親会では鎮守府Aで唯一仲良くなった川内と絡む。

重巡洋艦鳥海
 演習試合に参加する神奈川第一鎮守府側の独立旗艦。演習試合後半の旗艦。那珂の強さに興味を示し、一騎打ちを申し出るも断られた。そのため戦いの中でその強さと彼女のことを知ろうと立ち回り仕掛ける。僚艦の艦娘達はなにかと彼女を気にかけた素振りがあるが、鳥海は何か事情を秘めている。

戦艦霧島
 演神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合後半でもその強烈な火力の一撃で戦場をかき乱す。

軽空母飛鷹・準鷹
 演神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合後半では本隊ながらも後方に位置して航空攻撃を繰り出す。

駆逐艦秋月・涼月
 演神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。演習試合後半では常に鳥海に付き従い連携の取れた攻撃を仕掛ける。

<鎮守府Aにかかわる一般人>
那珂の通う高校の生徒達
 同高校から、一年~三年、教師と大人数で見学のため来ている。生徒会からは和子が来ているため、神通は終始安心することができている。
 なお、メディア部の井上は提督に頼みこみ、学生の立場として撮影・記録担当。

五月雨の通う中学校の生徒達
 五月雨はじめ白露型担当の少女達の通う中学校からも見学目的で十数人が来ている。

不知火の通う中学校の同級生2人
 不知火の中学校からは、彼女の友人兼艦娘部のメンバーが二人来ている。彼女らもまた近い将来なるために観察を熱心に行う。

提督の勤務する会社の社員
 西脇提督と同じ会社に勤務する社員も数人来ている。西脇栄馬という先輩(後輩)が関わる艦娘世界とはどういうものかを興味本位で見に来ているとかなんとか。

ネットTV局のスタッフ達
 縁あって鎮守府Aとつながりを持った。ネットテレビ局。今回は演習試合はじめイベント全体の撮影・広報役。

後半戦開始

後半戦開始

 那珂たちが前半戦開始前と同じポイントに立つと、神奈川第一の鳥海たちもまた同様に同じポイントに立っていた。しかし、その陣形は何かおかしい。

「何……あれ?」
「……鳥海さんと駆逐艦のお二人が前に、戦艦の霧島さんと空母のお二人が……ちょっと見えにくいですが前の三人の遥か後方にいますね。少ない人数でも、前衛と支援艦隊で分けたのでしょうか?」
 那珂がぽろりと素直な疑問を口にすると、並走していた神通が確認がてら説明をする。
「ふつーなら6人で来ると思ったんだけどなぁ~。まぁ理にかなってるよね、あの並び方。」
「そう、ですね。遠距離を狙える戦艦と空母が後方に……。以前、近代の海戦の参考書で見たことある気がします。」
「油断できないなぁ~鳥海さん。やっぱあの人強いわ~。」
 那珂の普段の口調気味な感想に神通は言葉なくコクリと頷いて同意した。

 気を取り直して那珂はメンバー全員に向けて音頭を取った。
「さて、うちらも陣形変えるよ。」
「「はい。」」

「さてここからは旗艦の神通ちゃんにお譲りしま~す。神通さん、よろしくね~。」
「うぇっ!?」

 那珂は普段の軽調子でおどけながら神通に手で仕草をしながら主導権を譲った。未だその調子に慣れぬ神通は思いっきり驚き慌てる。しかし呼吸とツバを飲み込み、すぐに感情を落ち着けて思考を切り替える。
 もう一度開いたその目つきを見た那珂は、安心して口をつぐんだ。

「そ、それではこれから後半戦です。先程の作戦どおり、私と那珂さんそれから駆逐艦の4人は梯形陣という並びになって基本的に戦います。支援艦隊の妙高さん、五十鈴さん、名取さんは遠距離からの砲撃支援をお願いします。細かい動きは旗艦の妙高さんにお任せします。」
 神通からの確認と指示に全員返事をした。
 もはや誰も、そこにいて指示をしているのは数週間前までは素人(艦娘)JKだった少女としてではなく、艦娘神通としか見ていなかった。

 神通としても、もはや自分をまだ新人という免罪符を振るうつもりはなかった。艦娘をやっていなければただひたすら黙って静かに過ごす人生を送るしかなかった。それ以外をきっと考えなかっただろう。そんな自分がこうして普通の人間なら絶対に立てない海上に立ち、大勢の仲間がいて、彼女たちに指示を出している。
 なんと面白おかしい人生なのだろう。艦娘になってから成長できている気がする。今までは短い間隔・尺度でしか見ていなかったが、艦娘着任前、後、訓練直後、そして今、日々積み重ねた結果の自分。ある程度大きめの分類で見てみると、その時自身にできなかったことが、次の分類で見てみるとできている。

 自身の成長物語の妄想はここまでにしておこう。神通は考えふけるのをやめた。この間、神通は全員に指示を出し終わり、前方を向いて沈黙していた。
 那珂始め他のメンツから見ると、単に戦い前の精神統一か何かの微細な時間としか捉えられていない。

「神通ちゃん?」
「……はい。気持ちを落ち着けました。もう、大丈夫です。」
「そっか。うん。後ろは任せて、旗艦さんは安心して前を目指してね。」
「はい。……それでは皆、行きましょう!」

 掛け声とともに陣形を変え始める鎮守府Aの艦娘達。終わった後、神通は通信で明石に合図を送る。それを受けて明石は提督に伝えて提督が宣言した。


「それでは……始め!」


--


 提督の声がメガホンを介して検見川浜の一角に響き渡った。
 神通達はまず様子見のためゆっくりと10度の方角へ動き出した。とそうして神通たちが動き始めるわずか前に鳥海は秋月・涼月を伴って速力を数段回飛ばして動き出した。
 神通からは同じように動き始めたようにしか見えない。しかし、違いはすぐに判明する。

「え、速い?」

 独り言のように口にして驚きを密やかに表す。それは後ろに並んでいる不知火始め皆も気づく。
 最後尾の那珂から通信が入った。

「神通ちゃん、敵の動きが速い。この陣形じゃ不利かもしれないから一旦複縦陣になろ。」
「わかりました。那珂さん、私と並走してください。他の皆さんは私か那珂さんの後ろに!」
「「「「了解!」」」」

 那珂の進言を受けて神通が指示する。那珂が最初に速力を上げて神通の隣に移動し、そのうしろに村雨、五月雨がスライドして移動する。結果として神通の後ろには不知火と時雨が残った。

神通 不知火 時雨
那珂 村雨  五月雨


 陣形の変更が終わる頃には鳥海は目前に迫っていた。
「まずい!二手に分かれるよ!」
「はいぃ!!」
 那珂の急いた指示に神通も焦りをつられて湧き出して返事をする。

「遅い!!」
ズザバァァ!!

 鳥海達はまったく加減せぬ速力で神通と那珂の間を激しい波しぶきを立てて通り過ぎる。ギリギリで避けることができた神通と那珂の列はフラフラ若干蛇行するが、体勢を立て直すべく前進を続ける。一方速力を一旦緩めた鳥海は速力を緩めながら順次回頭してグルリと反時計回りに方向転換して鎮守府Aの艦隊の右舷に当たるメンツを目指す。
 そして主砲を左舷に構えた。

「てーー!」鳥海の掛け声が響いた。

ドドゥ!
ドゥ!
ドゥ!

「きゃあ!!」「!!」「きゃっ!」

 狙われた神通、不知火、時雨は直撃こそしなかったものの、足元、自身にかなり近いポイントにペイント弾が着水し水柱を立ち上げられたことに悲鳴を上げて驚いた。
 砲撃した鳥海達はペイント弾が自身から離れてすぐ速力を上げて移動していたため、神通たちが驚きによる身体の硬直を解いて視線を返した時にはすでにいなかった。

「神通ちゃん!5度の方角! 前!前! あーもう二人とも前方10度の方角に砲撃開始だよ!」
「「はい!」」

ドゥ!
ドドゥ!
ドドゥ!

 神通達の左舷に回り込もうとしていた鳥海たちを邪魔すべく那珂達は応戦する。那珂の咄嗟の指示による砲撃は方角やタイミング良く、鳥海ら三人を狙い撃ちする形になった。
 しかし、そのペイント弾はすべて当たらなかった。

ズド!ズドド!ズドアァァァ!!!
バッシャーーン!!
「甘いです。」


 鳥海は海面に向かって数発砲撃し、故意に水柱と激しい波を巻き起こす。それらは通常の戦闘であれば目くらまし程度で防御力皆無でしかないが、ことペイント弾を使う演習においては強力な防壁となる。ペイント弾はすべて激しい勢いの水柱と波でかき消されてしまったのだ。

「なっ!?」
 那珂はさすがに驚きを隠せず戸惑う。そしてその戸惑いをさらに悪化させる出来事が直後に起こった。

ヒューン……

ザッパアァァーーン!!

「うわうわ!」
「きゃあ!」
「きゃー!」
 那珂に続いて村雨、五月雨も悲鳴を上げる。

「夾叉夾叉!」
「きょうさってなんですかぁーーー!?」
「さみはだまってなさーい!」

 当たりはしなかったが間近に着水したことに那珂がやや慌て気味な分析結果を口にする。後ろの二人の反応はもはや気に留めない。砲撃をかわした那珂たちはやや355度に針路を向けて大きめの時計回りをした。鳥海達とは一定の距離を開けて対峙し続ける。
 一方で神通達は那珂から警告されて前方を向き鳥海達を狙うべく構えたものの、反航となっていたため攻撃のタイミングを逃した。

「ほ、砲撃かいs
「神通さん!反航!ダメです!」
「距離を取る!」

 神通が指示を言いかけると反航戦になっていることに時雨が気付いて忠告し、不知火が次に取るべき行動を叫ぶ。

 先輩たる駆逐艦二人に言われ、神通はトリガースイッチを押すのをギリギリで止め、10度の方角に針路を切り替えて鳥海達から距離を取った。その後反時計回りに大きく弧を描き始めた。
 ふと視線を左に向けると、那珂たちもまた同じように弧を描いていた。このまま互いが進めばどこかで合流する。
 さらに神通は斜め後ろに視線を向けた。鳥海達はまだ反対側を向いて回頭していない。位置関係を把握してハッとし、すぐに通信する。

「那珂さん、この位置なら、全員で雷撃すれば!」
「おっけぃ。やる?」
「やります!!」

「不知火さん、時雨さん、雷撃用意!」
「村雨ちゃん、五月雨ちゃん、思いっきり雷撃!」

「「「「はい!」」」」


 那珂と神通の揃った掛け声で各々が雷撃を放つ体勢を取り、そして放った。

ボシュ……ボシュ……
ボシュ……ボシュ……

シューーー……

しかし、放った魚雷とは別に那珂達に轟音を発して近づいてくるものがあった。
 撃ち終わって油断していた。油断していたというより、安定して確実に狙って撃つために速力を一時的に大きく落としてそれぞれがベストに近い体勢にしていた。結果として魚雷を撃つには最適な状態にはなったが敵の攻撃に対応するには不適だった。
 那珂は空気の流れの嫌な変化を鼻先で感じた。

「皆ジャンプかしゃがむかして回避!!」」

 那珂は早口で指示を出しながら主機をはめている足を海面から放し重力に従って海面に伏せた。

「「えっ!?」」
 那珂の早口と行動に理解が追いつかない残り5人がそれぞれバラバラな振る舞いをしたその直後。


ズドゴオオオォォ!!!


 轟音が鳴り響き白き爆弾が飛来した。

ヒューーーーン……

ズドゴアアアアアァァァン!!!


「「きゃああー!!」」

 バシャバシャ!バッシャーーン!!

ズザバァァーー……


 後方からの戦艦の砲撃をかろうじて避けてノーダメージでいられたのは那珂だけだった。那珂が海面に顔を出すと、神通らは前方にふっ飛ばされていた。
 と同時に、那珂たちのはるか前方で爆発音と水柱の立ち上がる音が巻き起こった。

ズドドドオオオオオォ!!
バッシャーーーーン!!

くじかれる出だし

くじかれる出だし

--

ザパァ!
「神通ちゃん!みんなぁ!!」

 神通たちは那珂から数m離れていた。同じタイミングで海面に顔を出す者もいれば、被弾の拍子に天地逆転して吹っ飛び着水して沈んだため、いまだ藻掻いている者もいる。
 那珂は浮き上がるのと同時に移動を再開し、神通たちに近づく。
「被害状況確認して!」

「皆さんの状態を教えてください! わ、私は中破です!」
 神通がそう叫ぶと、那珂を始めとして皆ほうほうの体で報告し合った。
「あたしも中破。前半から変わってないよ!」

「ゴメンなさぁ~い。私耐久度0になっちゃいましたぁ。きっと轟沈ですぅ~。」と村雨。
「ふえぇ~~ん痛かったよぅ~。私は小破です~。」と五月雨。

「……大破。」一言で済ませる不知火。
「っつぅ……。すみません。僕は中破です。」
 ほぼ最後に時雨が言い終える形となった。

 全員の状態を聞いて飲み込んだ神通と那珂は顔を見合わせた。
「たった一発でメンバー全員がこれだけの被害なんて……。」
「ううん。一発じゃない。瞬間的に2~3発は飛んできた感じかな。一発だけじゃちょっと距離空いてる6人全員をさすがに狙えないはずだもん。」
 神通は那珂の判断と想定に頷くしかできない。
 神通たちは全員立ち上がり終わりひとまず集まった。すぐに狙われないとも限らないし、自分たちが狙った鳥海達の結末が不明なのだ。そうこうしているうちに明石から発表があった。

「千葉第二、駆逐艦村雨、轟沈!」


 言われた本人と友人たちそして那珂と神通は一斉に落胆のため息を吐いた。
「ハァ……私今回いいところなしですねぇ……。」
「まぁまぁ。よその鎮守府との初めての演習試合だもの。こういうこともあるさ。ね、さみ、那珂さん?」
「そ、そうだよますみちゃん!」

「私がもっと早く的確に回避指示出しておけばね~。ほんっとゴメンね村雨ちゃん。」
「わ、私も……旗艦として至らなくて。」
「わあぁ! 二人とも頭下げないでくださいよぉ! 熱い戦いの雰囲気味わえただけでも十分ですから。それに戦艦の攻撃受けてこんな姿になったのは、ある意味勲章ですしぃ。」
 那珂と神通二人から謝罪を受けて村雨は慌てて取り繕って苦笑気味にフォローし返した。

 アハハと誰からともなしに笑い出す那珂達。しかし視線はすぐに先程までの前方に向く。
「とりあえず村雨ちゃんは退場ってことで、残りの皆は引き続き鳥海さんたちの撃破、だよ。」
「砲撃に気を取られてわかりませんでしたけど、魚雷はどうなったのでしょうか?」
 神通がそう口にすると、那珂がサラリと答えた。
「放送がないっていうことは、相手は轟沈に至ってないってことなんだろーね。」

 事実、鳥海たちは魚雷の波をうまくいなし終えた様子だった。遠く離れた場所で立ち上がった水柱や波が収まったことで鳥海たちの姿をすぐに確認できた。実際の状態はどうだか那珂たちは把握できていないが、ピンピンしているように見えた。
 鳥海たちは丁寧にも、那珂たちが体勢を立て直すのを待っていた。

「はぁ~~~どうやら外したか回避したかなんだね~。元気いっぱいピンピンしてるよぉ。」
「皆で一斉に雷撃したのに……そうなるともう一回仕掛けないと三人とも倒せないのでは?」
「もう一回雷撃するんですか?」
 神通の提案に五月雨が反芻して確認する。しかし那珂はそれに対して頭を横に振った。
「ううん。多分もう一斉雷撃は通用しない気がする。あとはそれぞれのタイミングで攻撃の一つとして雷撃を挟むしかないかな。」
「砲撃と雷撃を五月雨式に、ですね。」と時雨。
「私がなぁに、時雨ちゃん?」
「……さみ、そういうボケはいいから。」
 五月雨の反応が素のものだとすぐに気づいた時雨はキョトンとしている彼女のことは無視し、神通と那珂に進言した。
「二手に分かれたほうがいいかと思います。ますみちゃんがやられてしまったのは痛いけど、残り5人でうまく立ち回るしかないかと。」
 時雨の言葉に頷く全員。そして那珂が口を開いた。視線は神通に向けたまま。
「そうだね。二手に分かれよっか。」
「人選はいかがします?どちらか二人っきりになってしまいますが。」
「はい。」
 シュビッと音が鳴るかのような静かだが素早く鋭い挙手で不知火が注目を集めた。何かを提案したいのだ。
「はい、不知火ちゃんどうぞ。」

「神通さん、私、五月雨で。那珂さん、時雨で。」
「おおぅ。そのこころは?」と那珂。
「足し引きすると、みんな中破になるので。」

「「へ?」」

 不知火以外揃って間の抜けた一言を発した。不知火は五月雨に耳打ちし、説明の代行を依頼した。
「え、ええと。不知火ちゃんが大破、私が小破なので、足して二で割ると二人とも中破だろうって。」
「あ~アハハ……そういうことね。な~るほど。」
 納得の意を苦笑に乗せて示す那珂。この微妙な空気を早く変えたかったので言葉を引き継いで話を進めることにした。

「え~っと、不知火ちゃんの提案採用。あんまりあちらさんを待たすのも悪いからサクッと行動しよう。神通ちゃん、指示お願い。」
「え、あ、はい。それでは、不知火さん、五月雨さん私についてきて下さい。時雨さんは那珂さんに従ってください。以後、そちらの指揮系統は那珂さんにお任せします。」
「りょ~かい。それじゃいっくよ、時雨ちゃん!」
「わかりました!」

 那珂と時雨から返事を受けた神通は不知火と五月雨に視線を向けた。移動を始めて離れていく那珂たちのことをもはや気に留めない。
「それでは行きましょう。」
「あの~私達、どうすればいいんでしょう? 正直言って、勝てる気がしません……だって。」
 言い淀む五月雨の視線は不知火に向かう。その行動の意味するところは、不知火の耐久度の判定にあった。
 五月雨の視線を追って不知火を見た神通は、ハッと気づいた。

「不知火さんをカバーしながら戦います。私……が旗艦なので、私が盾に、です。」
「そんな! それだったら小破の私がお二人の盾になりますよー!」
 なぜか神通に食らいつき始める五月雨。神通と五月雨の名乗り合い合戦が2~3巡した時、不知火がある方向に頭と視線を急に動かし、珍しく叫んだ。
「二人とも動いて! 対空!」
「「えっ!?」」

 神通が上空を見ると、後方から前半戦に何度か見た敵爆撃機・戦闘機の編隊が向かってきていた。それに気づいた神通は慌てて指示を出しながら自らも動く。
「ここから離脱します!二人とも機銃パーツを上空に向けておいてください!」

 敵航空機の編隊が迫る中、神通たちは一気に速力を上げてようやく移動を再開した。


--

 自らを囮にし、敵が一斉雷撃をしやすいタイミングを作る。目論見が合えばきっとするはず。そしてこちらはそのタイミングを逃さない。
 鳥海は速力をやや緩め、鎮守府Aの艦隊に背を向けたまま彼女らの行動を待つ。うまく翻弄しておいたから、彼女らの意識はほぼ確実に自分らに向いている。鳥海はそう踏んでいた。
「今です。霧島さん、お願いします。」
「……了解よ。」

 数発の一撃でうまく行けば全滅できる。鳥海の望むところは那珂だけが生き残り他は全滅が理想だが、演習試合ベースの距離設定であっても、長距離砲撃はなかなか細かい調整が難しい。那珂含め全滅してしまってもそれはそれでアリかと鳥海は判断した。

 そして放たれた戦艦霧島の全砲門斉射。その直前の一斉雷撃。全ては期待通りのタイミング。
 しかし結果は、駆逐艦村雨以外は轟沈の報告なし。想定と異なるがそれは些細な問題でしかない。戦艦の砲撃を食らって(耐久度的に)無傷でいられるわけがない。
 そして自身らに迫る雷撃は、軌道がほぼ読めた段階で真横に針路を変え、全速力でギリギリでやり過ごした。数発のうち2発ほど海面から飛び出して対艦ミサイルのように迫ってきたが、そのうち一発は屈んだ姿勢のため容易にかわし、もう一発は秋月の機転のきいた機銃による弾幕により、届くギリギリで爆破処理した。ただ、狙いの妙な鋭さは誰のものか、なんとなく察するものがあった。

 それだけでも、一人だけが異様に強いあるいは将来期待しうる強さの可能性を秘めていることが読み取れる。
 あの少女の可能性をもっと引き出したい。そして戦いたい。

 鳥海の標的は、完全に那珂に絞られていた。そのためには僚艦が邪魔だという判断の思考に至った。


--

 神通達が移動し始めた後、那珂達は大きく反時計回りで進んで近づいた。相手はもちろん鳥海達だ。しかしそのまま接近するつもりはない。
「時雨ちゃん、あたしの右後ろに隠れて、魚雷を一発発射して。」
「あ、はい。でもすぐバレるんじゃ?」
「なるべく最初から深く潜るようにしてね。あたしは今からおおげさに砲撃して気を引いておくから。」
「わかりました! 狙いは?」
「駆逐艦のうちどちらかでいいよ。」

 那珂は時雨に指示すると、弧を描く移動を速力を緩めずドリフトするように激しい波しぶきを立てて中断し、方向を急転換させて左腕の主砲パーツから砲撃した。狙いは鳥海たちの移動を一旦緩めることだ。相手の力量や経験値を想像するに効果があるとは思えないがとにかくすることにした。

ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

「今ですね!」
ボシュ……ザブン
 時雨は那珂がわざと立てた波しぶきに隠れるようにして移動を多めにとってから魚雷を発射した。魚雷へのインプットは、浮上と直進をエネルギーの燃焼を最小限に抑えて行い、互いの距離の中間まで来たら燃焼を強くしてスピードアップ。標的が進む方向へと一気に向かわせるのだ。

 直後那珂の砲撃が鳥海たちの間近に届いた。
バッシャーーン!!

ドドゥ!ドゥ!

ベチャ!ベチャ!


「うあっちゃ~~やっぱあっさり相殺しちゃうかぁ~。なんかそんな気がしてたんだよね~~。でももう一発!」
 那珂が放ったペイント弾のうち、2発ほど以外はすべて鳥海の砲撃で相殺されてしまった。その間、鳥海たちは速力を緩めなかった。那珂の思惑による行動は通用しそうにない。それでも時雨の魚雷が当たるかどうかを見届けないといけないため、左腕のすべての主砲パーツでもう一巡砲撃する。しかし今度はわざとらしくないよう、ややマジ狙いだ。
 つまり、全てのペイント弾は鳥海に集中して向かっていった。

「小賢しい!! それで私の動きを止められると思うのなら甘いです!」
 そう口にしたものの那珂の砲撃の数に対し自身の主砲の連射数で対応しきれず、数発相殺したが残り数発は姿勢を動かしてかわした。そうして視線を下に向けた時、鳥海は気づいた。

「はっ! き、緊急回避!!」
 最終的に鳥海は那珂の作戦にハマった。時雨に打たせた魚雷は狙い通りに敵に近づいていた。真ん中にいた駆逐艦秋月の足元を捉え、海上に飛び出した直後に爆発した。

ズガアアアァァン!!

「きゃあーー!!」
 間近で爆発に巻き込まれた秋月は訓練用の魚雷の爆発のシミュレーションどおりの衝撃で吹っ飛び、海面を何回も横転して海面に複数の波紋を作った。
「秋月!」「姉さん!」
 列から外れた秋月を復帰させるべく鳥海たちは針路を転換して秋月に駆け寄る。その時、鳥海たちは神通らの針路上に入ってしまった。
 そのことに気づいた神通たちも、この機を逃す手はない。

「二人とも、梯形陣に!一斉に撃ちます!」
「はい!」「(コクリ)」

 神通は針路を左に5度ほど緩やかに変え、続く二人が自分の真後ろでなくなったところで速力を自身が問題なく砲撃可能なギリギリまで落としてから砲撃開始した。

ズドォ!
ドドゥ!ドドドゥ!

「応戦!涼月も頼みます!」鳥海は撃ちながら素早く口にする。
「はい!」
ズドドォ!ドドゥドゥ!


ベチャベチャ!ベチャ!

ピチャ!

「っ……雑魚風情が、私に被弾させるなんていい度胸してますね……。」
 神通たちの放ったペイント弾はほとんどが鳥海によって相殺されたが、そのうちの一発が鳥海をかすめた。すると鳥海は眼鏡の奥の目を鋭く細めて神通たちを睨みつける。
 梯形陣と流れによってすでに鳥海たちから離れつつあった神通たちは背後を見せないように速力を高めて反時計回りに大きく転換し、再び針路に鳥海たちを納める移動をし始めた。
 そして鳥海らが神通に気を取られたスキに那珂たちもまた、移動を再開しゆっくりと近づいていく。


--

 神通に応戦している間に秋月が大勢を立て直した。
「すみません。もう大丈夫です。」と秋月。
「なら動きましょう。一旦那珂さんを目指します。私が思い切り目くらましするので、油断したスキにあの駆逐艦の少女の方を至近距離の雷撃で倒して下さい。あちらの小賢しい3人は無視です。」
「「はい!」」

 秋月・涼月の返事を確認するやいなや鳥海は速力を通常より3~4段階上げることを指示して動き出した。
「遅れないように!」

ズザバアアアアァァーーーー

「おぉ、近づいてくる……ってはやっ!! ヤバイ、曲がるよ時雨ちゃん!」
「はい!」

 鳥海たちが近づいてくることに那珂はすぐ把握したが、その速力に焦りを隠せない。那珂は敵を左舷に見つつも距離を取るべく10度だけ右に針路をずらす。そんな動きはまったく妨害にも回避にもなんにもならないとわかるほど、鳥海たちは猛スピードで迫る。

「てーー!」
 那珂が叫んだ。

ドドゥ!ドゥ!ドドゥ!

 那珂と時雨は左腕あるいは左手に持った主砲パーツで左舷の方角に向けて砲撃した。

ドゥ!ドドゥ!ドドゥ!
ドゥ!ドゥ!

 那珂が向かう方向に進路を変えた鳥海達は速力を緩めず、そして那珂たちの砲撃に臆さず、応戦しながら猛スピードで移動した。例によって那珂たちの砲撃の大半は相殺されてしまった。
 残り数発が鳥海に当たる。しかし鳥海はまったく慌てる様子を見せない。

「よしヒット。ってなんで当たってるのに平然と来るのーー!?普通びっくりするか何かで動き止めるでしょ~~~!」
「那珂さん追いつかれます!!」

 那珂が愚痴り、時雨が状況を冷静に口にする。時雨の指摘したとおり鳥海はまさに目と鼻の先に迫っていた。その時、那珂はとっさに時雨に指示した。
「雷撃用意。ただしギリギリまで動作をしないで。」
「カウンターですね?」
「そーそー。ただし狙うのは足元じゃないよ。あの人たちの体に直接向けちゃってね。あたしはエネルギー噴出のための水しぶき起こすからそれに向けてね。」
 那珂が早口で言うと時雨はもはや声に出さず頷くのみで承諾を示した。時雨は、那珂が自分に通常の雷撃をさせるつもりがないことを察した。


そして、両艦隊がぶつかる。

バッシャーーン!
バッシャアアアァーン!!

 那珂は時雨の雷撃を支援するためにわざと海面に機銃掃射して複数の水柱を立たせ。
 鳥海は秋月・涼月の雷撃を支援するためにわざと副砲で連続砲撃して複数の水柱を立たせ。
 それぞれの旗艦は駆逐艦に指示した。

「今だよ!」「はい!」
「今ですよ!」「「はい!」」


「「えっ!?」」
 那珂と鳥海が互いに顔を見合わせつつも本当にぶつからぬようその身を捩り飛び退いて強引に針路を変えたその時、その後ろに続くそれぞれの艦隊の駆逐艦は指示通り雷撃の操作をした。

 鎮守府Aの時雨が発射した魚雷は、那珂が起こした海水の水柱に直撃し、その直後青白い光を噴出して勢い良く宙を直進していった。対して神奈川第一の秋月と涼月が通常用途通り海中に放った魚雷は鳥海の起こした海水の壁により敵に気づかれずに海面ギリギリの深さを高速で泳いで直進した。
 そして……


シュー……ズガアアアアァン!!
「うあっ!!」

ヒュンッ……ズガッ!ズガアアアァン!!
「え!? きゃあ!!」「きゃーー!!」


 海中を進む2本の魚雷が時雨の足元で爆発し、宙を進む2本の魚雷否対艦ミサイルが秋月と涼月の腰回りの艤装に直撃して爆発を起こした。3人の駆逐艦はその衝撃でそれぞれ後ろに吹き飛ばされる。そしてその衝撃の余波の爆風で那珂と鳥海も煽られバランスを崩しかけるが、僅かに蛇行しながらもなんとか体勢を立て直した。

 その驚き様を比較すると、度合いは鳥海のほうが大きかった。
「な……飛んできたのって魚雷!? そんな使い方するなんて……!」
「時雨ちゃぁーん!だいじょーぶー!?」
 那珂は敵への驚きというよりも、時雨の被弾に対して驚きそして心配していた。
 後方に数mふっ飛ばされた時雨は何度もでんぐり返しする最中那珂の声に意識を取り戻した。しゃがんだ姿勢で両足で踏ん張り片手で海面を触り長い航跡を作ってスピードを殺してようやく立ち上がって返事をした。
「は、はい! 多分轟沈はしていないかと!」
「一旦離れよう! そっち行くよ!」
 那珂は機銃パーツを取り付けた腕を背中に回し、暗に警戒しながら敵たる鳥海達に振り向かず速力を上げてその場から離脱した。


--

 一方の鳥海は、被弾して同じく後方にふっ飛ばされていた秋月・涼月両名に駆け寄るべく後退していた。
「二人とも、大丈夫ですか!?」
「つぅ……なんなんですかぁ今の!?」と秋月。
「いったぁーい……何が飛んできたのかよくわかりませんでしたよ……。」
 涼月も耐えきれぬ痛みを表情と口に表しつつ疑念の言葉を発する。二人の駆逐艦をなだめつつ鳥海は想像した分析結果を口にした。
「あれは……魚雷でしょう。どうやったのかわかりませんが、艦娘の魚雷をあのように使うなんて普通は考えらません。しかもそれをやったのが那珂さんではなく、駆逐艦の娘ということは……あちらの教育体制を甘く見積もっていました。彼女らを追い詰めるとどうやら手強くなりそうですね。非常に面白いです。」
 鳥海の様子をじっと見つめる秋月と涼月。

「いいでしょう。こちらももはやなりふりかまっていられません。……霧島さん、応答願います。」
 後方の霧島に鳥海は通信した。すると霧島はすぐに返事をした。
「はい。早く次の指示を頂戴。」
「お待たせして申し訳ございません。次は神通、不知火、五月雨を狙ってください。飛鷹も同様にその三人を。集中して徹底的に早期に潰してください。隼鷹は支援艦隊を攻撃して邪魔してください。途中の行動に関しては問いません。」
「了解よ。それじゃあ那珂さんたちは?」
「彼女は私の獲物ですから。」
「はいはい。あなたの最後の戦いを綺麗に飾れるように支援してみせるから、安心して立ち回りなさいな。」
「感謝します。」

 通信を終えると鳥海は二人の駆逐艦に向かって指示した。
「二人ともまだ動ける耐久度ですよね?」
「「はい。」」
「いいでしょう。標的は引き続き那珂、時雨の両名です。」

 鳥海は遠く離れた場所から飛鷹・隼鷹の航空機が放たれたのを確認すると、隊列を立て直して発進した。

変化する戦況

 後半戦もしばらく経つと、那珂・時雨を追い回す鳥海達、神通たちを追い詰める霧島の砲撃・飛鷹の爆撃隊の爆撃、妙高達を苦しめる隼鷹の爆撃・攻撃隊からの攻撃、それぞれが中々目的を果たせぬすくみ状態になっていた。

 特に苦戦を強いられたのが神通ら、妙高らである。
 激戦区でない限り、深海棲艦相手に対空など通常はありえない。そのため対空訓練の度合いが低かった鎮守府Aの面々は、演習で初めて本格的に対空を経験することになり、中々慣れないでいた。
 相手のように砲撃で支援を行いたい妙高は、対空装備を整えていた五十鈴の対空射撃でなんとか致命傷を逃れていた。同じ長良型の名取はそもそも対空の訓練をまだ受けていなかったため、五十鈴に指示されるがままとりあえず空に向かって機銃掃射するという初心者丸出しの対応をしていた。

「これではーー、遠距離砲撃で支援するなんてできませんねー。」移動しながらのため声を大きめに出して言う妙高。
「たった4機のおもちゃくらいの飛行機なのにこんなに苦戦するなんて……対空に強いとされる軽巡五十鈴の艤装が聞いて呆れるわね。もっと訓練しておけばよかったわ私!」
「でもー、りんちゃんの指示のおかげで私ー、役に立ててるかもー!」
「えぇそうねー! もっと頑張りなさいよ名取!」
「えへへ~! りんちゃんに褒められたぁ~~!」

 同じ場所に留まるのは自殺行為のため、妙高率いる支援艦隊は航空機に追われて8の字や様々な文字を航跡で海上に描くように回避運動に集中していた。そのため、まともに支援ができない。
 防御の要として強く意識している五十鈴は、どうにかして空襲の合間を縫って落ち着いて妙高に砲撃させてあげたいと考えていたが、その対策を考える時間すら作れないでいた。
 ふと意識を一瞬だけ前方に向けると、同じように神通が回避運動に取り組んでいる姿が垣間見えた。その動きは、頼もしさすら覚えるものだったため安心して自分達の危機の方へと意識を戻した。

--

 神通たちはグルリと大きく回って鳥海達に再び砲撃を加えようとしたが、その前に彼女らが動き出し、そして那珂とぶつかったため離れて様子を見ていた。
 両艦隊がぶつかる手前、その行動をそばで見た五月雨と不知火が神通に進言した。
「あのままだと鳥海さん達、那珂さん達とぶつかっちゃいますよ!なんとかしないと!」
「!!(コクリ)」
 しかし神通は、二人の言葉に頭を横に振って制した。
「いいえ、このまま様子見です。ヘタに私達が加わると、那珂さんの邪魔をしてしまうかもしれません。きっと那珂さんなら、何か考えているはず。」
 神通の言葉に五月雨と不知火は眉をひそめたまま黙りそして神通の見る方向を同じように見ることしかできなかった。
 そうこうしているうちに那珂と鳥海らがぶつかった。そして両者の雷撃。前方で波しぶきと水柱と爆風が発生して視界不良な海域が構築されたのを目の当たりにした。

 そして神通はタイミングを読んだ。すでに那珂と時雨の無事は遠巻きながら確認済みだ。
「行きましょう。遠巻きに砲撃してなんとか倒せれば……。」
「「はい!」」
 神通が動き出したことに駆逐艦二人はようやく明るい表情を取り戻して返事をした。

 速力をやや上げて鳥海達に迫る神通達。しかし、その行く手を遮る物があった。
「あれは……また戦闘機!?」
 神通が口にしたその存在とは正しくは、飛鷹が放った爆撃機・攻撃機の編隊だった。
「た、対空用意!すべての機銃を上空に向けて構えておいてください!」
 神通の指示で五月雨と不知火は機銃パーツを構える。針路はまだ前進するため変えない。このまま進めば航空機らのコースとぶつかる。

「神通さん!まっすぐ前に飛行機来てますよぉーー!?」と五月雨。
「……回避!回避!?」不知火もさすがに焦りを隠せない。

「いいえ、まだです!」

 神通は、後半戦が始まる前に五十鈴から密かに受けたアドバイスを思い出していた。


--

 皆が観客とおしゃべりしたり思い思いに休んでいる中、神通は手招きだけで密かに五十鈴に呼び寄せられた。
「なんでしょう?」
「旗艦であるあなたに敵の情報とアドバイスをしておくわ。」
 五十鈴の台詞に頭に?を浮かべた顔をする神通。そんな反応を無視して五十鈴は続けた。

「これは私自身の反省でもあるんだけどね、爆撃機と攻撃機、違いをよく覚えておきなさい。」
「……どちらも敵の艦を攻撃するための艦載機ですよね? あ……爆撃と雷撃?」
 一応の正解を口にし途中で本当の正解を答えた神通に、五十鈴はコクリと頷く。
「えぇ。本当の艦船のそれを見たことなんてないけれど、艦娘の艦載機から放たれる爆撃と雷撃は、見た目に違いがなかったわ。私達はそれを見誤ったから、前半戦で苦戦して長良の轟沈を許してしまったのよ。だから……敵の航空機の挙動をよく見て、予測して動きなさい。撃ち落とすのは私もできなかったけれど、人間が遠隔操作する以上はきっとどこかに限界があるはず。視界にせよ、旋回の角度にせよ攻撃範囲にせよね。引きつけておいてどうにかするっていう手もあるわ。……曖昧でゴメンなさいね。そういう戦略的なシチュエーションは川内ならきっと漫画やゲームを引き合いに説明できるんでしょうけど。」
「あ、いえ……そんな。私も前半戦で偵察機を操作して敵航空機と空中戦していたので、五十鈴さんのおっしゃりたいことなんとなくわかります。……なんとか、対策考えてみます。」
「うん。頑張ってね。」

 五十鈴のアドバイスを受けて神通はやる気と責任感が増した。ある意味プレッシャーにもなったが、そちらの方面では考えないようにした。


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 あの時受けた五十鈴からのアドバイス。それをどう実現するかは自分にかかっている。
 対空射撃してもたくみにかわされる。艦載機の操作はさすが空母の艦娘、自分達が想像付かないくらい上手いのだ。
 しかし人間が脳波で操作する以上、そしていくら最新技術を駆使した機械といえどこかに限界があるのだ。
 ふと、自分が操作したときのカメラ視点を思い出した。カメラの画角そしてカメラからの映像を映し出す人間の目の視野角。どういう原理かは知らないが自分の目で見える光景にカメラの映像が、まるで映像の端をわざとぼかしたかのような光景として飛び込んできていた。敵の空母艦娘も同じ見え方をしているなら、きっと端は見えづらいはず。
 神通はそう予想し、その仕様を突こうと試みた。

「私が合図をしたら同じ姿勢で後に続いてください。その際、機銃パーツも私と同じ方向に向けて撃って!」
「「はい!」」
 早口になっていた神通の指示に不知火と五月雨は素早く返す。

 迫る敵爆撃機・攻撃機の編隊。そしてついに攻撃が神通達に向かってきた。

ババババババ!
ボシュ、ボシュ、ボシュ……

「今です!」

 神通は咄嗟にしゃがんで姿勢を低くし、身体を素早く左に傾け、11時の方角に針路がずれるようにした。その際機銃パーツをつけた右腕を上空へ向けたままだ。事前にほんのわずかにかがんだので、その動作は後ろの二人に気づいた。そのため駆逐艦二人も咄嗟に後に続くことができた。

 そして


ババババババババ!!!

ズガッ!ボゥン!!


 神通から不知火そして五月雨と、3人の流れるようなしゃがみつつの右手上空への対空射撃の弾幕は、見事に敵爆撃機・攻撃機4機に命中し、撃墜に成功した。
 そのまま神通達は10~11時の方角に進み、鳥海や那珂たちとも違うポイントに移動した。

「よし。できました。」
「爆撃機と攻撃機、撃墜。」
「やりましたねぇ~!これでもう空からの攻撃は怖くありません~!」
 不知火と五月雨の言葉に神通は強く頷く。

 速力をやや緩めながら姿勢を戻すと、不知火と五月雨も後に続いて戻した。
「もう私の完全なマネはいいですよ……。」
「エヘヘ、はい。それで次はどうしますか? やっぱり那珂さんたちに合流して鳥海さんたちを?」
「?」
 五月雨の問いかけに神通はすぐに首を振らずに考えるため黙り込む。
 多分那珂は何か考えているだろう。いきなり両艦隊の戦闘海域に紛れ込むのはまずい気がする。神通はタイミングを見計らい、とりあえず那珂に通信して確認することにした。


--

 しかしその時、何か違和感に気づいた。空気の流れがわかる気がする。無数の空気の流れの中に、嗅ぎ覚えのある嫌な匂いのする流れがある。遠くから、きっともう間もなく轟音がする。

ズドゴアアアアアァァ!!!

 神通の嫌な予感は的中した。戦艦霧島の再びの砲撃が襲ってきたのだ。

ズオオオオオォォォ……
バシャ!ベシャシャ!!
ザッパアァァーーーン!


 なぜ感じ取れたのかわからぬままにとっさの判断で神通は左に倒れ込み左半身を下にして海面に倒れ込んだ。直撃はしなかったが砲撃たるペイント弾の壁からは逃れられずに右手と右膝から下が白濁で染まった。

 五月雨は立ち位置的に運良く2つのペイント弾を目の前と背後に見過ごした形になりなんとか被弾を免れる。
 そして不知火は身を前に倒してかわした……はずが、背中の艤装にペイント弾が命中し、その衝撃に耐えきれず強制的に後ろへふっ飛ばされてしまった。急な体勢の変化で首を痛めるほどに頭が振り子のようにガクンと背中側へと激しく揺さぶられる。

「し、不知火ちゃん!!!」

 我に返り真っ先に異常事態に気づきのは五月雨だった。目の前を通り過ぎたペイント弾が目の前にいた不知火を連れ去った。視界から一瞬にして消えた不知火に何が起こったのか刹那理解が及ばなかったが、失った我を瞬時に呼び戻すことはできた。
 五月雨は急停止して前へつんのめりつつも海上を通常の航行ではなく普通に駆けて方向転換し、不知火へと駆け寄った。不知火はもともと通ろうとしてたポイントから10数m後ろへ何度も横転しながらふっ飛ばされていた。
 神通はというと、一度海中で反転して方向転換し不知火の方向を向きながら浮上した。そのため不知火が被弾したという実感は、彼女に五月雨が駆け寄る光景を見て数秒して理解した。

「ふ、二人ともだいじょ……不知火さん!!?」

 神通は瞬間的に速力を数段回飛ばしで上げて不知火の元へと駆け寄った。五月雨の支えで海中から身を起こした不知火は飲み込みかけた海水をゲホゲホと咳払いをして苦しんでいる。もちろん彼女が苦しむ原因は海水の鯨飲だけではない。むしろ、被弾した艤装に引っ張られる形で吹き飛んだ際に痛めた首や背中や頭部などの部位が主たる原因だ。
 不知火は、若干過呼吸に陥っていた。
「不知火ちゃん?不知火ちゃん!?喋れる?大丈夫?」
「カハッ……ケホッ……!」

 五月雨が介抱のため声掛けをするも、不知火は咳と荒げた呼吸音しか発さない。五月雨が不安げな表情のまま顔を上げて神通を見つめる。神通もまた、不知火の容態に憂慮の面持ちでいた。
「神通さぁん……不知火ちゃん、まずいんじゃ?」
「……えぇ。ちょっと提督に伝えます。」

 神通は視線を何もない海上の方角に向け、腕のスマートウォッチを操作して通話アプリを起動し、提督に通信した。
「はい?どうした?」
「不知火さんなんですが、被弾の衝撃で打ちどころが悪かったらしくて、苦しそうで……。」
「ち、ちょっと待ってくれ。おーい明石さん……」

「千葉第二、駆逐艦不知火、轟沈!」

 明石は轟沈判定の叫びを上げた後、提督の声掛けに応じて神通との通信に参加した。
「はい、神通ちゃん? 不知火ちゃんがどうしました!?」
「あの……不知火さん、打ちどころが悪くて様子がおかしくて、早く診ていただきたいんです。」
「あらま大変!わかりました。今から川内ちゃんたち向かわせますね。提督は試合の一時中断を。」
「わかった。」
「すみません、お願いします……!」

 神通の懇願に提督も明石もすぐに応対した。提督の放送で試合の一時中断が発表され、明石の指示で川内・長良が小型のボートを引っ張って再び戦場の海域に姿を現した。
 神奈川第一の艦娘達には鹿島の口から事の概要が伝えられ、その場に待機が指示された。

「お待たせ! 迎えに来たよ不知火ちゃん。」
「ダイジョーブなの、不知火さん?」
 ボートを引っ張って川内と長良が口調はそのままながら心配そうな表情で神通たちのいるポイントにやってきた。
 神通と五月雨は川内と長良と一緒に不知火をボートに誘導して乗船させた。
「よし。不知火ちゃん、さぁ同調切って。後はあたし達に任せなさい。ね、長良さん。」
「そうそう。そうだよ! 前半でやられちゃったんだから、せめてこれくらいはあたしに役立たせてよ。」
「……!……!」
 不知火は未だ荒々しく呼吸をしながらボートに寝かされた後、神通の手を掴みながら同調を切って本来の智田知子と駆逐艦不知火の艤装に戻った。体重と重量でボートがやや沈むが、幾つかのパーツは長良が手に持つことにしたためボートの耐重量に収まった。

 ボートを引っ張ってゆっくりと進み始める川内と長良。そんな二人を見送る神通は誰へともなしに言った。
「あの、私試合止めて不知火さんの容態を見に行きます……!」
「……あんた、それ本気で言ってるの? 本当に言ってるんだったらひっぱたくからね、神通。」
「え……!?」
 カラッと明るい雰囲気から一瞬にして恫喝気味の顔と雰囲気になった川内が神通の戸惑いの言葉を遮った。

「そりゃ不知火ちゃんの容態心配だろうけど、だからって一度決めたことをやり遂げないで戦場から離れるなんて許さないよ。あたしの敵討ちしてくれるって言ったよね? 大人しいあんたがあそこまで言ってくれたこと、すっごく嬉しかったんだから。あの決意をあんたにさせる原動力にあたしがなれたんなら、親友としてこれほど嬉しいことないよ。その決意をひっくり返さないでよ。」
「せ、川内さん……。」
 憤りを覚えた川内は語気強くそのまま続ける。
「不知火ちゃんのことはあたしたちや明石さんに任せて、あんたはあんたのやるべきことを果たしてよ。体育会系の部活だってそうだよ。誰かが怪我したとしてもその介抱は他の人にお願いして、残りのメンバーは試合を続行してその人の分まで頑張って自分達のできることをやるんだよ。あんたいわば試合に出てるチームのリーダーなんだよ!? あんたがすることは不知火ちゃんについていって容態を診ることじゃない!」
「じ、じゃあ……私は何を?」
「あんたにはまだ五月雨ちゃんがいるじゃないのさ。それに那珂さんに時雨ちゃんも。……前半で取り乱したあたしが言うのもなんだけどさ、感情に流されないでよね。もう行くね。」
「あ……。」

 川内の怒りの琴線に触れてしまったことに神通は激しく後悔した。一瞬でも感情に流されて自分の役目を放棄しかけた。川内と皆を自分で説得してこの手に獲ったその役目を手放すなんて、相手が川内ではなくともきっと怒られたか注意されたかもしれない。

 神通は頭をブンブンと横に振った。反動で長い髪が何度も顔に当たる。
 思考をクリアにし、自分を見つめ直した。

((私は旗艦神通。皆をまとめあげて艦隊を勝利に導いてみせる。そのためには鬼にだってなってやる。))
((……言い過ぎた。川内さんに影響されたかな。……せめて恥ずかしい負け方をしないよう一矢報いてみせる。))

主力艦隊を討て

主力艦隊を討て

 神通は再び決意した。その強い感情の高まりは、五月雨への指示となって表に表れる。
「雷撃用意を。ただしいつでも打てるよう角度調節だけでかまいません。」
「は、はい! 鳥海さんたちを狙うんですね?」
「いえ。私達の標的はあちらです。」
 そう言って神通が指差したのは、遠く離れた位置にいる霧島と準鷹・飛鷹だった。
「え……でもいいんでしょうか?」不安そうに尋ねる五月雨。
「私たちはあちらの編成を支援艦隊ともなんとも聞いていません。ただ離れて攻撃してきている相手です。だとすれば、私達が攻撃したらダメということはないはずです。」
「なるほどー。」
 理解したのか否かイマイチ判別しにくい返事をする五月雨に神通は続ける。
「ある程度近づいてから魚雷を放ちましょう。きっと私達なら攻撃して逃げられるはず。」
「え……と、なんでなんですか?」
 五月雨が素朴ながら鋭い質問をする。それに神通は一拍置いて答えた。
「私が担当している軽巡、五月雨さんが担当している駆逐艦は、軍艦の中でも船速が速い艦種なんだそうです。対して戦艦や空母は遅い。それが艦娘の同じ艦種にどの程度再現されているかわかりませんが、同等であると考えれば……可能かと。最大速力で近づいて、魚雷を撃ってそのままの勢いで逃げる。」
「果たして……うまくいくでしょうか?」
「転びそうになっても踏ん張って進みましょう。私が叫んで合図をしたら、車でいうところの……こうした動きで曲がってこの時に撃ちます。そしてこうして逃げます。この間、速力はなるべく落とさないでください。」
 説明を口にするが、口頭だけでは説明できそうにない部分はジェスチャーを加えて五月雨に伝える。神通は車やバイク等で行うドリフトを想定していた。その動きに五月雨は若干引く。
「うわぁ……なんか怖いです。私できませんよぉ~~。」
「やるんです。私だってできないかもしれません。でもこのくらい吹っ切れないと、きっと私たちは遠くからの砲撃でこのままやられるだけです。そんなの……悔しいじゃないですか。」
「神通さん……。」
 苦虫を噛み潰したような険しい表情をする神通を見た五月雨は、先程神通が川内に叱られていたのを思い出した。神通の気持ちをなんとなく察した五月雨は、もう反論的な愚痴を発するのをやめる意思表示した。
「が、頑張ります。私だって、ゆうちゃんもますみちゃんも不知火ちゃんもやられて悔しいです。神通さん、私も吹っ切れてみます!」
「(コクリ)私達に似合わない行動を、たまにはしてみましょう。」」

 意識合わせをした神通と五月雨は向かうべき方角を見定め、姿勢を低くし思い切りダッシュし始めた。


--

 神通と五月雨はいきなり速力を最大のリニアに近い度合いにまで高めた。訓練時に一度だけ出したことのある速力、それに近い高速。神通と五月雨の身体は水の抵抗と僅かな波で何度も上下に揺さぶられるが、それでも必死に耐えて進む。
 その行動に標的となった霧島達と、那珂と交戦中だった鳥海も気づいた。

 鳥海は那珂に反撃しながら霧島に通信した。
「あれは……霧島さんったら倒せなかったのね。……霧島さん、応答願います。」
「はい。」
「敵がそちらに向かっています。近づかれる前に撃破を。」
「そんなのこっちだってわかってるわよ。けど戦艦の主砲はペイント弾であっても装填に時間がかかるのよ。すぐには撃てないわ。」
「それでは飛鷹。すぐに次の爆撃機か攻撃機を飛ばして。」
「ち、ちょっと待ってくださぁい! さっきの撃墜されたショックで頭がまだ痛いんです。すぐに飛ばせる体調になれません!」
 鳥海は若干険しい表情をする。
「仕方ないですね。それではこうしましょう。一人でもよいので生き残れるようなんとかしてください。その一人が中破しなければどなたでも構いません。」
「くっ……しれっと無茶苦茶言ってくれるわね。」
「ひどいことを言っているようですがお願いします。」
「あんたのことだから何か考えがあるんでしょうね。なんとかやってみるわ。」
 霧島は苦々しく表情を変え、飛鷹と隼鷹は不安げな表情をさらに深める。
「生き残った方はなんとか敵に反撃を。敵が油断するのは攻撃した後と相場が決まっています。軽空母の二人の場合は中破してしまわないように特に気をつけて。それではお願いします。」
「はいはい。わかったわ。」

 霧島は鳥海との通信を切断した。そして向かってくる神通たちから離れるために移動し始める。
 神通と五月雨は霧島たちが動き出したのに気づいた。


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「相手が動きましたよ!」と五月雨。
「問題、ありません!このまま突進するように……!」
「はぁい!!」

 多少の跳ねを恐れるのをやめた神通と五月雨は最大に近い速力で前進し霧島たちにグングンと迫る。対して霧島たちは初速も遅ければ加速も遅い。演習時の暗黙のルールを皆で守っているとはいえ、速力の違いは歴然だった。
 神通は自分の魚雷発射管の腹をパンパンと叩いて合図をしてから口を開いた。

「そろそろ行きます。次に私が叫んで曲がってみせたら続いて下さい! 転んでもかまいません。とにかく最大出力で撃って!」
「はい!!」

 神通は曲がった時にバランスを崩さないようしゃがみ始める。それを見て五月雨も若干腰を落とした。霧島達との距離が神通が想定している距離にまで縮んだその時、神通は行動を起こした。
「今です!!てーー!」

ボシュッボシュッボシュッボシュッ
シューーーーー……

 思い描いたとおりのドリフトばりのカーブを始めた神通の姿勢は左足を完全に折り曲げそれを軸に、伸ばした右足で半円の航跡を描いた。そして半円の途中で右腰の魚雷発射管の全てのスイッチを流れるように押した。神通の思いを載せた魚雷は浅く沈み海上スレスレを一気に進む。

 ボシュッボシュッボシュッ
シューーーーー…・・

 同時に、神通の後方からも魚雷が放たれたのか、神通の4本に続いて4本が神通の魚雷を追いかけるように忠実に向かって泳いでいった。タイミングとしては神通が想像していた以上にベストなものである。
 しかし撃ったと思われる当人の当惑の声が響いた。
「あれ?あれあれ?えええぇーーー!? 私まだ押してないのにどーしてどーして!?」

 神通はその言葉を気にする間もなくドリフトばりにカーブしてUターンを始めていた。そのため彼女がしたのは、自身の放った魚雷とその後を自身の期待通りの角度で広がりつつ追いかけていった五月雨の魚雷を視界の端で見届け、満足したところまでである。続く五月雨は自身が意図せぬ挙動をした魚雷に焦りと疑問を抱いたが、とりあえず神通に続いてUターンして敵から離れることにした。

 二人が放った魚雷は扇状に広がきった後、霧島達めがけて逆扇状に集約していった。その速さたるや霧島・隼鷹・飛鷹の最大船速ではとても逃れられない。2~3本ならば不可能ではないが、その多さと範囲で逃れるのことの不可能さを格段に高めていた。

シュー……

「くっ!? ダメッ、とても逃げ切れな……!」
「「きゃあああ!」」
 霧島、そして隼鷹と飛鷹が前のめりの姿勢で全速力の回避行動を続ける。しかし彼女たちの努力虚しく、彼女らを追いかける動作を若干し始めた魚雷達に捕捉された。
 そして演習試合の海上に命中音付きの魚雷の炸裂音が轟き渡った。

ゴガッ!ズドボオオオオオオォォン!!!!
ザッパーーーーン!!!


 神通はその音を聞いても移動する速力を緩めなかった。続く五月雨も同じだ。二人が速力を落として止まったのは、明石からの発表を聞いてからだ。

「神奈川第一、戦艦霧島、軽空母飛鷹、轟沈!」

 減速しながらカーブして方向転換後神通と五月雨は停止した。二人の視線の向く先は霧島たちがいた海上だ。
「ふぅ……なんとか、なりました。」
「やりましたね~! 私たち、あの戦艦さんや軽空母さんを倒したんですよ!」
「えぇ。」
 五月雨の喜びにあふれる言葉に短く相槌を打って同意する神通。傍から見ると冷静そうな神通も、内心は小躍りしたくなるくらい喜びと達成感に溢れていた。しかしキャラではないことを厳として自覚しているので行動に移すことはしないが。

「ありがとうございました五月雨さん。あそこまでタイミングよく私に合わせてくれたのはすごいです。さすが経験トップです。」
「あ、エヘヘ。あ~でもアレ違うんです!私まだ撃ってなかったんです!」
 神通が先刻の攻撃の連携の良さを褒めると五月雨は照れ笑いしたがすぐに慌てた表情になり、言い訳を言い出した。しかし神通としては彼女の見事な連携プレーを褒める気しかしなかった。
「そんなに謙遜しなくてもいいですよ。」
「うー! ホントなんですよぉ~。アクションスイッチを押して撃ち方決めなきゃって思ったらいきなり発射されちゃったんです。」
 五月雨の言葉の雰囲気に嘘が混じっていないことを感じ取った神通は疑問をどうやってぶつけて解析したらよいか一瞬悩んだが、今それをする必要もないだろうと判断し、五月雨に一言返した。
「ともあれ、無事に攻撃が成功してよかったです。2人も倒せたのですから。」
「はい! でも……一人残っちゃいました。隼鷹さんでしたっけ?」
「えぇ。軽空母ですね。」
 神通と五月雨が隼鷹のいるポイントへと視線を向ける。同調して強化された視力とはいえ、それなりの距離があるために間近で見るような鮮明さとはいかない。しかしそれでも隼鷹が中腰になって息を切らしている姿だけは確認できた。轟沈した二人は視界にあれど無視だ。
 おそらくは中破、よくて大破間近だろうと神通は察した。艦娘制度の教科書で学んだことをふと思い出した。艦載機を扱う艦娘は、艤装の健康状態が中破になると、艦載機を発着艦することができなくなるかあるいは著しく精度が落ちてまともに扱えなくなるという。それには同調率が大きく影響していた。

 戦闘中のため、神通は難しいことはすぐに思い出せなかったが、関係しそうなポイントだけはスッと思い出した。実際に被害がない演習中とはいえ艤装の健康状態はつぶさに把握できる。把握したことにより心が乱されば同調率にさらに影響する。おそらくはその複合条件のために艦載機が扱いにくくなるのであろう。
 そう考えると今の隼鷹、彼女の状態から想像するに、最大の武器である艦載機を扱えないのはこちらにとって不幸中の幸いかもしれない。後はじわじわと倒すかあるいは無視して放っておいてやるか、好きにできる。
 神通はそう捉えた。


--

「行きましょう。早く那珂さんに加勢します。」
「えっ!? 隼鷹さんはいいんですか?」
 五月雨が驚いて尋ねると、神通は頭を振って答えた。
「彼女は放っておいて、後で倒してもいいでしょう。おそらくは中破していますから艦載機は扱えないはず。さすがに攻撃能力がない相手を二人がかりで追い打ちして倒すのは……気が引けますので。」
 相手に情けをかけ寛大、冷静で心優しい判断と言い表せなくもないが、傍から見聞きすれば傲慢な考えで慢心と思われてもまったくおかしくなかった。
 神通は視線を隼鷹の方向から真逆に向けた。つまりは那珂と鳥海たちが戦っている海域だ。もはやターゲットから取り除いた相手を見る気はなかった。五月雨は神通のその様に一抹の不安を感じていたが、仮にも年上、従い頼るべき軽巡艦娘と熱心に信じていたので反論をせず彼女の動きを真似て行動再開した。
 そんな二人がこれから向かうその先では、那珂・時雨VS鳥海・秋月・涼月の戦いの膠着状態があった。


--

 霧島と飛鷹が轟沈判定をくだされたその海域では、ようやく雷撃による激しい波しぶきと水柱が収まって視界が開けてきた。辺りが収まる前に轟沈をくだされた霧島と飛鷹は落胆していた。
「はぁ……さすがにあの速さと多さでは逃れられなかったわね。狙いもえらい的確だったし。那珂さん以外も侮れないじゃないの。」
「う~、私も轟沈です。それにしても隼鷹、大丈夫だった?」
「えぇ。二人のおかげでなんとかね。後1~2発砲撃を食らったら中破になる程度にはやられちゃったけどね。」
 準鷹は中腰になって艦娘の制服の端々をギュッと絞って海水を抜き出した後、顔を上げて霧島達に言葉を返した。

「さて、これからが肝心ね。準鷹一人でどうやって切り抜けるかだけど……あら?」
「おや?なんかあの二人、近づいてこないどころか明後日の方向向いてますね。あ、あっち行っちゃった!」
 霧島が神通たちの異変に気づき、続いて飛鷹がその様子の確認内容を補完した。
「え、なんでなんで!? 私まだ生き残ってるのに……。」
 準鷹はその意味のわからなさに不気味な感覚を覚えた。霧島と飛鷹も同様だ。
「何かの作戦なのかしら? あえて準鷹にトドメを刺さない、と。まさかまだ雷撃が残って!?」
 霧島の言葉に飛鷹と準鷹は慌ててソナーの感度を上げて海中の探知を試みる。しかし反応はない。仮にあったとしても停止しているこの状況はもはや準鷹をかばうことも逃すことも叶わない。
 警戒を説いて飛鷹が尋ねる。
「あの二人って相当強いんでしょうか?」
 準鷹がその言葉にウンウンと頷いて同じ質問だと意思表示した。二人の疑問に霧島は答えられるはずもなくただ言葉を濁すのみにした。
「さてどうかしらね。あの鳥海が特にマークしてないところを見ると、鳥海のお眼鏡に適う相手ではなさそうというくらいしか想像できないわ。」
「でもこれはチャンスですよね。このスキに準鷹が艦載機放って攻撃すれば、あの二人を逆に追い込めます。準鷹どう? 体調は回復した?」
 飛鷹が尋ねると準鷹はステータスアプリを見つつ自分自身の身体の状態を手を当てて探ってから答えた。
「え、えぇ。飛ばせるだけの同調率と精神状態だとは思う。」
「そう。私たちはもう行くから、後は頑張って反撃なさい。それから雷撃にだけは気をつけて。深く潜らせて狙ってくる可能性もあるらしいから。」
「は、はい。」

 一人になることに戸惑う準鷹を簡単に鼓舞した後、霧島と飛鷹は堤防沿いに向かって行った。準鷹はその二人の背中をしばらくジッと見ていたがすぐ思考や感情を切り替えた。
「逆にチャンスってことなのね。勝敗は行動の速さで決まるんだから、今のうちに……。」
 中破一歩手前の彼女は、バッグから艦載機たる専用紙を2枚取り出し、おもむろにクシャクシャと丸めてアンダースローばりに海面スレスレに飛ぶよう投げた。
 丸められた紙くずは薄いホログラムを纏って攻撃機に変化し、安定状態になって超低空飛行で飛んでいった。

支援艦隊の防衛戦

 神通の行動に疑問をいだいたのは霧島達だけではなかった。監督役および見学側として堤防沿いに観客とともにその場にいた提督や、不知火の治療開始を見届けてから戻ってきた川内もその行為を目の当たりにした。

「いや~お待たせ~。後は技師の○○さんたちが病院に連れて行くってさ。ねぇねぇ提督。戦況はどう?」
「あぁ川内か。神通と五月雨すごいよ。二人だけの雷撃で戦艦霧島と軽空母飛鷹を倒したよ。」
「マジで!? う……なんかあたし神通にあっという間に追い越されそう。」
「ハハッ。あの娘は順調に経験を積んでるな。あながち現実になるんじゃないか?」
「うー。提督の意地悪!」
「ゴメンゴメン。でも成長の度合いなんて人それぞれだから、気にすんな。君は別のやり方で活躍してくれればいいんだよ。」
「まぁ……わかるけどさぁ……。」
 口をとがらせ不安を湧き上がらせる川内を提督はカラッとした笑いでからかいつつ最後は励まして落ち着かせた。

「ところで……神通と五月雨ちゃん、なんで隼鷹に近づかないだろうね?」
「間合いとかタイミングとか図ってるんじゃないか?」

 提督と川内、そして周りの観客が見ている中、神通と五月雨は隼鷹に追い打ちをかけるどころか、逆の方向つまり那珂と鳥海の戦いの方向へと向かうべく動き出そうとしていた。

「えっ? 神通ってばどっち行くのさ!? まだあの隼鷹ってやつ轟沈してないでしょ?」
 川内の言葉に反応して会話に入り込んできたのは、タブレットと実際の光景を交互に見て確認していた明石だ。
「そ~ですねぇ。まだ隼鷹さんは轟沈していません。それに艤装の健康状態は○○%です。中破までは後少しですが行動に支障はありませんね。」
「敵の艤装の健康状態なんて読み取れないし、距離あるとまた艦載機の餌食になるの多分わかってないぞ。何考えてんだ二人は。」と提督。

「神通ってば……大丈夫かなぁ。教えたいけど、口出ししちゃダメなんでしょ?」
 提督と明石は同時に頷いた。
 川内はたった今明石から聞いた敵の状態を伝えたかったが、提督と明石に釘を刺されたため眉をひそめ腕組みして見守るしかなかった。


--

 そんな堤防沿いからの懸念にも気づくことなく、神通達は前進していた。移動しながら主砲の砲身の向きを調整する。前方の戦いにすぐ対処できるよう、ペイント弾の装填をステータスアプリの更新ボタン連打で急がせつつ。
 前方では激しい戦いが続くと思いきや、静かに対峙する那珂と鳥海がいた。今のうちなら通信しても問題ないと踏み那珂に通信を試みた。

「那珂さん、こちらは戦艦を倒しました。」
「神通ちゃん? やったね~。こっちはなかなか切り抜けられそうにないよ。参った参った~。」
 那珂は台詞の最後に苦笑を交えて愚痴る。しかしそれほど苦戦しているように感じられない口ぶりだ。
「私も加勢します。挟み撃ちにして雷撃をしましょう。」
 神通は那珂に提案してみた。那珂からの返事は数秒経った後聞こえてきた。
「あー無理。タイミングがもう図れないんだよね。思った以上に駆逐艦の動きがいい仕事してるし。」
「それではその駆逐艦達を先に倒すように狙いましょうか?」
「うーん、それもどうかな。鳥海さんが妙にかばってる素振りしてるからなぁ~。狙いの精度や回避力が上がってて、敵も本気出してきたわ~って感じ。」
 那珂の言は歯切れ悪く聞こえた。食い下がって神通は提案を続けたが、那珂からは想定せぬ返しを受けてしまった。
「……では、今のこの距離で私達がそうっと最大速の雷撃するか、五十鈴さんたちに支援砲撃を頼みましょうか?」
「うーんとね、そっちはそっちで最後まで倒してね。まだ一人轟沈判定上がってない人いるでしょ。」
「え? あぁ、隼鷹さんですね。あの雷撃で生き残ったのは意外でしたが、きっと彼女は中破しているかと。となると艦載機が使えないはずですので、危険度は低いかと。」
 神通がやや自信ありげに自信に関わる先程までの戦況を説明すると、那珂はそれに喜ぶ声色を示さず、静かに返してきた。
「……神通ちゃん、その判断は危険かなぁ。」
「え?」
「そういうの慢心って言うんだよ。今あたし鳥海さんから目離せないからそっちを構えないから、一度状況を確認してね。あたしとしては鳥海さんとの戦いに集中したいんだよね。だからそっちには後方の安全を任せたよ~。」
「わ、わかりましt

 神通が那珂に返事をし終わるが早いか、五月雨が叫んだ。
「神通さん!! 何か飛んできます!!」
「えっ!?」
 那珂の不安、五月雨の不安は現実のものになった。
 真っ先に気づいた五月雨が追加情報を急いで口にした。
「160度の方向、えとえっと私の右後ろです!!」
 五月雨の急いた指摘を耳にした神通は素早くその方向に視線を向けた。目を細めて凝視する必要もなくすぐにその物体がわかった。


ブーン……

シュバッ!!


「きゃっ!」
「きゃあ!」


 高速の攻撃機は神通達スレスレで上空に旋回し急上昇して飛び去る。二人は突然の攻撃機の襲来にバランスを崩し、まっすぐの前進をやめて蛇行し、ぐるりと反時計回りに旋回して脅威から逃れる移動を続けた。
 急上昇した攻撃機は大きく縦回転をして再び海面へと降下していく。
 そして海面スレスレを風圧により水しぶきを巻き上げながら神通達めがけて直進しながらエネルギー弾をボトボトと海中に落とした。
 それらは、青白い光を尾のように残しながらやがてスピードを攻撃機よりも上げて海中を進みだした。

「危ない! 右10度にずれて避けます!」
「はい!!」

 神通は素早く指示を口にして行動に移す。五月雨はそれに続いて移動し、攻撃機からの雷撃をかろうじてかわした。二人ともスピードに乗り始めていたためかわすのは問題なかったが、同時に敵攻撃機を見逃してしまった。
 時計回りに回頭し続けていざ攻撃機を見据えようとしたとき、それはすでに自身らの射程距離を抜けて遠く離れていた。

((まずい。向こうには五十鈴さんたちが……!))


 対空用意に遅れた神通が見た時は、敵攻撃機は神通たちを抜け那珂と鳥海たちを超えた先へと飛び去っていた。標的が五十鈴達に向いていることは火を見るより明らかだ。
 神通は慌てて通信する。

「五十鈴さん! そちらに攻撃機が向かってます!」
「……わかってるわよ!」

 五十鈴はなぜか若干の苛立ちを交えながらそれ以上の言葉を返さず、神通との通信をブチリと切った。


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 自身らを追い回していた敵航空機が急に墜落していった。五十鈴たちはようやく空襲の恐怖から開放された。と同時に幸運の発表を聞いた。
 霧島・飛鷹の轟沈である。
 その前に轟いた雷撃の炸裂音がその全てを物語っていた。

「ふぅ……。やっと攻撃が止んだわ。どうやら神通達がやってくれたのね。」
「えぇそのようですね。これで私達も本分を果たせそうです。」と妙高。

 五十鈴が顔のこわばりを緩めて妙高の言に頷いて同意を示していると、隣にいた名取が駆け寄って来た。

「ふぇ~んりんちゃぁ~ん! 怖かった~! 生き残れたよぅ~!」
「ちょっ、名取!?」
 ガシッと効果音がせんばかりに抱きついてきた名取に五十鈴は驚いて裏声になりかけた。おとなしい名取こと宮子が感情的に抱きつくなどあり得なかったからだ。友人の珍しい一面に若干感動を覚えた五十鈴だが、すぐに彼女を引き剥がした。

「ホラ離れて! 戦場で抱きつかないの!危ないわよ。」
「あ、うん。」五十鈴に怒鳴られても名取は笑みを保って返事をした。

 二人の掛け合いを見て微笑んでいた妙高はタイミングを図り終えたのか、二人に言った。
「それでは二人とも被害状況等を報告してください。」
 その指示に五十鈴は目視およびスマートウォッチのステータスアプリで確認する。同じ手順を名取にもすぐに教えて同じようにさせた。
「五十鈴、外装に故障はありません。ただし耐久度が5%減です。」
「私はどこも問題ありませ~ん。あ、えっと。ステータスは……です。」
 五十鈴の報告に、自身のステータスをすべて読み上げての名取の報告が続く。妙高はそれを受けて体勢を立て直す作戦を言い渡した。
「改めて砲撃支援に移ります。五十鈴さんは念のため引き続き対空の警戒を、名取さんは流れ弾や魚雷があると危険なので周囲の警戒にあたってください。」
「了解。」「り、了解しましたぁ。」

 五十鈴と名取は眼前の様子を改めて見た。
 那珂と鳥海たちは五十鈴たちが空襲に悩まされていた一方で砲撃し、回避し、時々雷撃を撃ち、それを爆破処理して戦場たる海域に2~3mの水柱を立てたりし、それらの繰り返しをしていた。五十鈴達が落ち着いて観察できるようになったこの時遠目でその様子を見ても、那珂と時雨は鳥海達に決定打を与えているとは言い難い。

「まずいわね……さすがの那珂も切り抜けるのに苦戦してるわ。あの鳥海って人、一筋縄では行かないわ。」
「や、やっぱり早く助けたほうがいいよね……? ここから私たち砲撃する?」
 五十鈴の苦虫を噛み潰したような表情で行った洞察の一言に名取は不安げながらも助ける意思を示す。その言葉に頷くが、五十鈴は素直に同意しきれなかった。
「小説やドラマの世界だと隙がないとか良く言われるけど、正直どういう感覚なのかわからなかったわ。けどなるほど、現実にはこういうことを言うのね。」
「りんちゃん?」
 五十鈴は観察してはみたものの、砲撃をして当てられる自信が湧き上がらない。外野が砲撃をするのを許す空気を鳥海は纏っていない。なんとなくゾワリと身体が震える。それが感じ取れた。

 つまり鳥海には隙がない。

 五十鈴はテレビなどの物語でしか聞いたことが無い”隙がない”という状態を現実に初めて感じ取ることができた。腕が上がらない。鳥海を狙うべく睨みつけても、妙な覇気を察知してすぐに視線をそらしたくなる。臆病風に吹かれでもしたのかと自分を揶揄したくなってくる。

 そんな臆病めいた自分にバチがあったかのような事態が通信で伝わってきた。というよりも鳥海から外した視線の先に異変があるのに気づいたのだ。

「五十鈴さん! そちらに攻撃機が向かってます!」
「……わかってるわよ!」

 神通からの通信。五十鈴の視界の先で神通と五月雨が急に動き激しく何かをかわすのが見えた。そして小さく聞こえるプロペラ音。さきほどまで苦しめられていた存在だ。
 隼鷹の艦載機が飛んできたのだ。
 五十鈴は自分への腹立たしさをこちらの心境など知らぬ神通にぶつけて彼女からの通信をブチリと切り、妙高と名取に報告した。
「航空機が一機。いえ……その先に……もう二機!? 飛んできます! 妙高さん、対空準備しますから、回避運動の指示お願いします!」
「えぇ、このまま停止していたら危険ですしね。速力スクーターで発進。五十鈴さんを先頭、名取さんは私の後ろについてください。」
「「はい!」」
 妙高は素早く返事をし、そして指示を出して3人だけの支援艦隊を再起動させた。

 ほどなくして隼鷹の航空機がやってきた。その後ろからもう二機も迫って合流しようとしている。
 先頭を任された五十鈴はその後の妙高の指示どおり、大きく8の字を描くようにその場の海域を動き先導する。最初の1機目が後の2機と合流すべく速度を落とした。1機目をあっという間に追い抜いた後の2機が交差して弧を描いて再びの合流ポイントを五十鈴達の上空に定めた。
 そして……


バババババ!!!


 機銃掃射を五十鈴は左20度に針路をずらしてかわす。交差し終わって通り過ぎた攻撃機2機は大きく旋回して再び五十鈴たちを視界に収めた。同時に最初の1機が飛行速度遅めに飛んできたせいでようやく五十鈴たちを射程距離に収める位置についた。


ヒュー……


バシュ!バシュ!ザッパーーーン!

シュー……

 それは重みを感じさせるエネルギー弾を次々と落下させ海面に水柱を立てる。いくつかは海中に没した後、五十鈴達の方向に向かって進みだした。さすがに学習していた五十鈴はその光景を目にするや否や素早く妙高に判断を仰いだ。

「今度は誤らないわ。妙高さん、回避指示を!」
「はい。全員速力車で大きく時計回りに回頭!その後速力バイクにやや減速!」
「「はい!」」妙高の指示に急いた返事をする五十鈴と名取。
 五十鈴の意図を察した妙高は彼女の意を汲んで回避のための速力と方向を指示した。向かってくる数本の航跡を引く魚雷は五十鈴達の位置を予測していたかのように若干角度を変えて向かってきた。それでも通常の速力より約2倍の速力バイクで直進やがて右に角度をずらつつ進む五十鈴達を追いかけきれなかったのか、それらは五十鈴達が通り過ぎた後ろ20m位置を直進してやがて何も誰もいない海域で爆発した。
 回頭し終えて前方に3機を視界に収めた五十鈴は、即座にその位置関係を分析した。

 近い距離に最初の1機、やや離れて旋回し終えて合流し向かってこようとしている後の2機。いずれもそのまままっすぐ飛んでくれば合流して3機になり、広範囲攻撃でもしてきそうな予感が五十鈴の頭をよぎった。そうなると多少横に針路をずらしてもかわしきれない。
 たった3機、されど3機。
 撃ち落とすか? しかしまだ距離がある。射撃のプロでもないのでさすがに距離あるうちに撃ち落とすのは無理だ。近づけばいいことだがリスクがある。
 それ以上の思案を敵機は許してくれなかった。

 前方の1機がやや速度を落として後からの2機と合流した。想定通り3機の編隊だ。五十鈴が妙高に指示を仰ぐ前に妙高が叫んだ。
「速力はこのまま、5~6秒後に左10度で!」
「はい!」
 五十鈴は妙高の指示どおり左に針路をずらした。5秒も進むと敵機も目前に迫っていたが、始まった射撃をギリギリでかわすことに成功した。妙高の判断と指示は的確だった。
 敵機と通り過ぎた五十鈴は今度は左に旋回し続ける。反時計回りに海上を進み、同じく反時計回りに旋回してきた敵機を三度視界に収めた。
 その敵機は再び二手に分かれていた。完全に旋回し終えて五十鈴達の正面に2機、右舷に1機と迫ってくる。

「挟まれる! 妙高さん!!」
「えぇっと……右45度に突っ切って!」

 前と右から迫ってくる敵機の隙間を妙高は狙った。五十鈴は返事をする間も惜しんですぐに体と意識を指示通りに傾け、姿勢をやや屈めながら海上を右ななめに爆進し始めた。右に激しい波しぶきと航跡が描かれる。
 迫る前方の敵機、右の敵機をやり過ごしたが、五十鈴達の動きは読まれていた。

「「「えっ!?」」」

 五十鈴、妙高、名取はすでに通り過ぎたと思っていた先程まで前方の敵機2機のうち、1機が自身らにまっすぐ向かってくるのを視界の端に収めた。“その攻撃機”はまとっているホログラムとエネルギー波をまるで炎が激しく燃えがるように発して突っ込んできた。
 同時に燃え上がる攻撃機は広がったエネルギーから無数の爆撃と雷撃、射撃用のエネルギー弾を撒き散らして五十鈴たちに向けて急降下して迫る。

「かわせn……!」

 五十鈴が叫びかけるが、その言葉の残りを言い切ることができなかった。


ヒュー……

バババババババ!
バシャバシャ!バシャバシャ……
シュー……


 展開された弾幕と乱暴に放たれた爆撃用のエネルギー弾が先に五十鈴達に豪雨のように降り注いで着弾し、遅れて攻撃機本体が五十鈴の背面の艤装に命中し衝撃で彼女を無理な大勢で転ばす。そしてトドメは海中から襲いかかる無数の一撃必殺の槍たる魚雷であった。

ズザバアァァァ!!バシャッ!バッシャーン!
ズガアァーーーン!!
ザッパーーーン!!


--

「千葉第二、軽巡洋艦五十鈴、重巡洋艦妙高、轟沈」

 明石による発表が放送された。

 当の本人たちは爆撃雷撃の衝撃で天海逆転しながら転げ回って海中に沈み、浮き上がって顔を出したときに現実のものとして知ることとなった。

「ぷはっ! ……はぁ、はぁ。くっ……まだやれr……えっ!?」
「ぷっはぁ~……けほっケホッ。え、りんちゃん轟沈?」
 五十鈴と名取は顔を見合わせ、そして同時に仰天の声を上げた。そんな少女達のそばに浮かんできた妙高もまたすぐに自身の結末を知った。

「妙高さんも轟沈……。」五十鈴が言い淀む。
「申し訳ございません二人とも。私の判断ミスで思い切り被害を受けてしまいました。」
「いえ、気になさらないでください。急に曲がって特攻してくるなんて……あれをかわすなんて超人的なこと絶対できませんし。」
 海面に浮かび姿勢を整える三人。五十鈴と妙高の視線は自然と名取に向く。
「それにしても……まさかあんたが生き残るなんて思いもよらなかったわ。」
「あ、え……うん。私もびっくり。どうしよう~一人でなんて何もできないよぉ。」
 不安で表情と姿勢を包み込んで示す名取に五十鈴は自身の額を抑えてため息をついた。呆れる五十鈴と異なり、妙高は至って冷静に尋ねる。
「名取さん、ステータスはどうなっていますか?」
「はい。……○○%です。」
 名取から耐久度の数値を聞いた五十鈴と妙高は顔を見合わせて状況を認識した。
「名取さんは大破の一歩手前といったところでしょうか。」
「正直、まだ基本訓練終えていないあんたがそんな状態で残ったってどうしようもないんだけど。」
「うぅ……ゴメンね~生き残っちゃってぇ……。」
 申し訳なさそうに悄気ながら謝る名取に本気でツッコんでやり込める気はない五十鈴は、訓練の中の身の彼女ができそうな水準での行動指針を考えそして口に出した。

「生き残ったんならせめて一矢報いてみなさい。私たちが離れて動き出したらまだ飛んでる攻撃機爆撃機が確実にあんたを狙ってくるでしょうね。だからその前に対空射撃しまくるか、あっちに向かってダメもとで砲撃か雷撃して今のこの戦況を掻き乱すのよ。」
 そう言いながら五十鈴が指し示したのは鳥海たちの方向だ。結局まともに支援攻撃をできなかったため、後のすべてを名取のビギナーズラックに託すつもりなのである。
「うぅ~……できるかなぁ?」
 五十鈴は弱音を吐く名取の肩に手を当てて釘を差した。
「できるかじゃない。やるのよ。どうせ死にはしないんだしうちの学校からは誰も来てないんだから、こんなときくらい思い切りはっちゃけなさいな。」
 五十鈴は退場のため彼女からゆっくりと離れた。妙高も合わせて離れ始める。
「やられる前にやるのよ。ほんっとに気をつけてよ。いいわね?」
「う、うん。怖いけどなんとかしてみるね。」
 弱々しい決意の声を聞いた五十鈴は一抹の不安を拭い去りきれず後ろ髪を引かれる思いで退場者の待機先である堤防へと向かっていった。

神通の後悔と決意

神通の後悔と決意

 五十鈴たちの様子を遠巻きに見ていた神通は、何も行動できずにただボーっと海上に佇んでいた。数歩分後ろで五月雨も同じようにしている。

「あ、あぁ……五十鈴さん、妙高さん……名取さん!」
「あ~~、あ! 危ないです! ねぇ神通さん!助けに行かないと!」
 五月雨の悲痛そうな感情が多大に込められた懇願が耳に飛び込んでくる。神通はそれに答えたかったが自身の慢心から来る判断ミスでこの状況を招いてしまった悔いが、我が身をギュッと縛り付けているようで救援の一歩を踏み出すことができない。
 さらに声が出せない。口をパクパクと開け閉めし僅かな呼吸だけが漏れ響く。

 神通が動けず、合わせて五月雨が動かないでいるその先で五十鈴達が対空のため回避行動を行っている。やがて神通たちの視線の先で海に水柱が立ち上がり、波しぶきが撒き散り衝突音やら炸裂音やらの多重奏が鳴り響いた。
 そして神通と五月雨は放送を聞いてしまった。

 五十鈴と妙高の轟沈判定である。

 神通は”艦娘とは航空攻撃でこうもあっさりとやられてしまうものなのかな”と甚だ他人事かつ勝手な感想が頭に思い浮かんだ。口は呆気にとられたという感情を示すように半開きのままである。
 やがて神通はようやく動くきっかけを得た。一人残ってしまった名取の危機だ。
 五十鈴らが離れていくと、それを待っていたかのように残りの航空機が時計回りループを止めて大きく逆向きに旋回し、名取めがけて急降下してきた。

「あ……あ! 名取さん!」
 神通の上半身が前へと動き出した。神通はコアユニットに速力スクーターで前進を命じる。その思念に呼応して神通の艤装がようやく再稼働して神先幸の体を前へと進ませる。
「五月雨さん、行きます!」
「は、はい!」
 神通は後ろを見ずに指示を口にするだけして前進し始めた。速力をすぐに1段階上げてまさにダッシュばりの高速航行だ。穏やかな検見川浜の海とはいえ、高速で移動すれば水の抵抗で体が跳ねては沈みを繰り返す。しかし気になるほどではない。神通は対空射撃を用意してそして叫んだ。

「名取さーーーーん!だ、蛇行してくださーーい!それから機銃を上にーーー向けてーー!」

 一方の名取は背後の上空から空気を切り裂く音を聞き、急降下してくる存在を理解して逃げるべく前進し始めたところだった。その時前方から自身へと向かってくる神通の声を聞いた。
 神通の指示は適切な対空の行動の範疇ではあったが、それを基本訓練真っ只中しかも運動音痴の名取が実際に行動に移せるべくもない。しかも名取は親友の五十鈴からやられる前にやってみせろとある意味指示を受けていて、同時に二人の指示をこなせるほどの精神状態ではなかった。
 結果として、名取が優先的に行動に移したのは五十鈴からの指示だった。

「えっとえっと……きっとりんちゃんはあっちの敵を攻撃するのを望んでたんだよね。あっちには那珂ちゃんもいるし。私だって……りんちゃんの、友達だもん。やっと友達のために艦娘になるって行動移したんだもん。友達にがっかりされないよう、やれるもん!」

 名取はそう口にした後、腰の左側に位置する魚雷発射管装置のスイッチに手をあてがい、そして4つすべて押した。

ボシュ、ボシュボシュ……ボシュ……シューーーーーーーー

 名取の魚雷は2本は海面スレスレの海中を緩やかな右寄りの曲線を描いて高速で進み、もう2本は急速に深く沈みそして大角度で浮上するコースを描いた。
 いずれも名取はそう念じていない。咄嗟のインプットが偶然そうなっただけだ。

「やった!きちんと撃てた! やったよ~りんちゃあぁ~~~ん!」

 名取は初めてまともに雷撃を放つことができた現実をすぐに五十鈴に知らせるべく、未だ堤防へ向かっている最中の彼女の方向に視線を向けて手を振って知らせた。

 しかしその雷撃の結末はよろしくなかった。
 海面スレスレを進む2本は敵の涼月に爆破処理され、深く沈んで浮上した2本は鳥海達を超え、那珂達を超えて誰もいない海上に水柱を立ち上げて終わりを迎えた。

 そんな雷撃の結末を名取が試合中に知ることはなかった。自分の成功体験に満足するというある意味幸せな状態で名取は試合を終えることができたのだ。
 名取の意識は自身の成功体験を親友たる五十鈴に知らせることに全て向けられた。回避行動はおろか速力調整なぞ頭にあるはずもない。
 結果として背後に迫る敵機の脅威に気づかず恰好の的であり続けた。

ズガアアアアァァァァーーーン!!!


「きゃああああぁーーーー!!」

「名取さん!」
 神通は速力バイクで進み、体が波に合わせて激しく上下しながら叫んだ。敵機に激突される名取を目にし唖然としたが今回はそれでも止まらない。
((きっと、きっとまだ大丈夫。これは慢心じゃなくて希望だから……!))
 そう思いながら爆走するが、とうとう間に合わなかった。

「千葉第二、軽巡洋艦名取、轟沈!」

 無残にも明石の報告の叫びが耳に飛び込んできた。その瞬間、神通は速力を2段階減速した。

「やった! あなたたちの行動なんて予測しやすいのよ。これで支援艦隊全員潰した!」
 遠く離れて、ギリギリの精神状態で操作していた隼鷹が左のこめかみを押さえて若干苦しそうにしながら叫んだ。彼女の目的はほぼ果たされた。残るは自身らをピンチにさせた神通と五月雨である。


--

 名取に近づこうとしていた神通たちは力なく水上に立ち尽くそうとしたが、その行動もこれ以上の前進も阻むものがあった。残り1機となった戦闘機である。
 本来の戦闘機ならば敵航空機以外への攻撃能力は持ち合わせる機体は限られているが、そこは艦娘の艦載機だ。雷撃のエネルギーと同等のエネルギーを機体にまとい、ホログラムのように姿を模してまるでミニチュアの戦闘機・攻撃機・爆撃機のように見せる。
 実質的にはあらゆる機種の特徴を再現できるのが艦娘の艦載機なのである。名取に特攻したこの時の航空機は最初は爆撃機状態だったが、その爆撃投下用のエネルギーをすべて自身の機体にまとい強力な自爆をしてみせる特攻機となった。
 そして神通達に向かってきた戦闘機は、最初に神通達に向かってきた機体そのものである。戦闘攻撃機となったその機は神通達の3~4m上空という近距離の高さから機銃掃射してきた。

ババババババババババ!!


「危ない!!」
「きゃっ!!」

 神通は咄嗟に右に体を傾けて航跡を左に引っ張って残しつつ避けた。五月雨も小さな悲鳴を上げたが危なげな様子なく神通に従って回避し、戦闘機とすれ違った。

ブゥン・・・・・・!!

 たかだかおもちゃ程度の大きさとはいえ、エネルギー波をまとった恐るべき兵器である。その風圧で神通と五月雨の髪は激しくなびき、脅威を間近に感じさせられる。基本訓練の時に味わった程度とは比べものにならない脅威。甘さや未熟さなどあるはずもない。自分たちを本気で潰しにかかってきてる他鎮守府の艦娘の航空機。
 何度も脅威を感じさせられたその機を早くどうにかせねばと神通は焦る。

 神通の頭には轟沈した名取の心配はもはやなかった。轟沈判定されて物理的に問題なくなった他人の心配よりも、今ある自分たちの危機とこれからの行動が優先されるべき指針だからだ。今この時、神通の中から名取に感情的な自分は自然と消え去っていた。
否完全に消え去ったわけではなく、彼女たちの結末を原動力とする程度に利己的な神通は存在した。


--

 何度目かわからぬ衝突が予測された。
 このままだと自身らの左舷に命中もしくは戦闘攻撃機の特攻が当たりかねない。神通は目前に迫る魚雷群を見据えた。このままではどう動いても被雷してしまう。

 自分があえて見逃してしまったから。

 逆にピンチになってしまうなんて完全に自分の失態だ。自分たちだけのピンチなら気にかけるほどでもなかった。しかし現実には五十鈴ら3人の轟沈という大惨事を招いてしまった。
 こんなこと予測できなかった。いや、危険予測としてあらかじめ事態を考えて対策を練っておかなければならないはずなのに、自分の今までしたことがないはっちゃけたアクションと作戦で戦艦を倒せたから、興奮のために危険を予測する思考が鈍っていた。いや、鈍ったのではない。無視したのだ。自分が強くなったと思い込んで残った敵を格下に見て情けをかけた。
 神通は心の底から悔やんだ。しかし今この時過去の行動を悔やみ続けるよりも目の前の脅威をどうするかが頭の中を占めていた。とはいえ後悔を完全に忘れていたわけではなく、片隅のその感情は神通を奮い立たせた。

「五月雨さんは減速して右120度回頭して離脱、絶対に私に付いてこないでください!」
「えっ、神通さん!!?」

「私が巻いた種は、私が片付け、ます!!」
 五月雨に見えぬ角度で、思い詰めて渋らせた顔で神通は叫んだ。

ズザバアアアァァ……

 神通は五月雨に一言指示した後、彼女の反応を一切気にせず速力を数段階飛ばし最大速力リニアまで上げて身体を左に傾けて航行の方角を変えた。本来の航行のコースであれば、その先に待つのは海面スレスレを飛び続ける戦闘攻撃機と海中を海面スレスレで泳ぎ進む魚雷だ。待つ、ではなく向かってくるという表現がふさわしい。
 敵機から放たれた魚雷は艦娘が使うようにコースや速度が調整されて進む。この時の魚雷は神通達のコースを予測してまっすぐだった。五月雨を離脱させた今、被弾の可能性があるのは自身神通だけだ。それも神通が進む方向をあえて敵機の方に向けて魚雷群のコースから逸れたため、被弾する可能性はなくなり神通に待ち受ける脅威は敵機のみになった。
 だがむしろその戦闘攻撃機こそが恐ろしいと神通は痛感している。だからその危険に身を委ねる気はサラサラなかった。
 両腕に2基ずつ取り付けた機銃を前方へと構えそして敵を見据える。敵機も神通の動きを待ってましたとばかりに機体の角度と向きを変えて神通めがけ特攻コースをまっすぐ伸ばす。
 神通は姿勢を平行に戻し、いよいよ迫る敵機との衝突に備えた。
 上空をにらむ。
 この機体さえ撃破すれば、後はあの隼鷹だけだ。今度は油断せずにあの敵機を破壊してみせる。そうして撃破できたのなら、そのままの勢いで隼鷹を確実に仕留める。今度は迷わない。情けをかけない。最悪差し違えてでもあの空母を倒してみせる。

 決意は強く固まり、その決意を後悔や憎しみといった人間をかき乱す感情でぐるぐる巻きにして発火させた。

 そして・・・・・・


バババババババババ!

ボシュボシュボシュ……
シュバッ!!

 肘に近い端子に機銃を取り付けていたため神通は最初の掃射を、脇を締め腕をクロスして行った。4基8門から超高速の微細なエネルギー弾が宙を飛び交う。しかしそれらはスピードに乗った敵機にとって大した障害ではなく軽い錐揉み飛行であっという間に過ぎ去る。
 神通の上空を敵機が通りすぎた。まさにその時、神通は左腕を背後に伸ばした。左腕の3番目4番目の端子に取り付けた連装機銃パーツからは機銃掃射が止まらない。
 つまり弾幕になっていた。機銃による弾幕がエネルギー刃となって敵機に切り込まれる。

「そこ!!」


 伸ばした左腕を頭だけで僅かに振り返り腕の角度・向きを確認する。のんびり確認していたのでは遅すぎるが、予測して予め角度・向きを計算して振って伸ばしたので、その行為は単に機銃掃射の結末をチラ見したいという思いで行ったに過ぎない。つまり射撃にはすでに影響はない。


ガガッ……バシューーーー!!!
バーーーン!

 スピードに乗っていた神通の数十m後ろでエネルギーが蒸発し、爆発の咆哮が鳴り響く。神通は撃破を確信し反時計回りに急回頭した。
 刹那、上空に見たのはエネルギー波の蒸発による火花と、艦載機を形作っていた紙が燃えて誘爆して巻きあがった爆煙だった。小さくとも中々に迫力ある光景だったが、神通はそんな光景に感傷にひたる間もなく引き続き反時計回りに回頭し、航行する向きを変えた。
 目指すは離れたポイントにいる隼鷹である。


--

 もう艦載機は撃てまいと一瞬思ったがその考えを瞬時に収める。再び艦載機を放たれる前に倒さなければ、今度こそ自分達のほうが終わりだ。
 強引なイメージで全速力を艤装に念じて猛然と海上を走るが、神先幸としての体力の限界が見え始めたのか、その疲れにより精神状態が怪しく揺さぶられているのか、期待通りの速力と安定した前進にならない。このままではたどり着く前に一度へばってしまう。そうなると隼鷹に逃げる時間を与えてしまう。それはイコール艦載機発艦によるさらなる危機を意味していることはすぐに連想できた。

((もう少し保って、私の体力!))

 体力と精神の限界が近いため自然と蛇行し始めるが、ようやく隼鷹を自身が自信を持って狙える有効射程範囲に捉えた。ただし停止した状態のことだ。自身の能力の限界に従って狙い撃つのでは意味がない。艦娘となった人間の動体視力と反射神経の強化っぷりは自身も重々理解している。一般的な艦船では船速が遅いとされる空母だが、艦娘としての空母が大幅に自身ら軽巡・駆逐艦に劣るとも思えない。
 つまり十分避けられる恐れのある距離だということを念頭に置かなければならない。

 神通は狙おうとして構えかけた腕を一旦下げ、全速力で走る時のように脇腹にあてがって前進に意識を戻した。
 やるなら絶対相手が避けられない距離で砲撃するべき。そう考えた。
 視線は隼鷹からずっと反らさない。睨みを利かせ、自身がより確実に狙い撃てるタイミングを図る。疲れなど気にしている場合ではない。軽く頭を振って思考と集中力を強制的に回復させる。
 隼鷹が動き出した。しかしゆっくりとした初動。スピードに乗っていた神通は身体と足の艤装を若干傾けて敵の動きに呼応した。それだけで十分隼鷹の向かう方向へ行ける。

 逃さない。

 やがてあと100mを切る距離まで近づいた時、隼鷹の懐に動きを見た。神通は青ざめた。まさかまだ艦載機のストックがあるのか!?
 こうなったら放たれる前に特攻して至近距離で倒すしかない。いや、それでは遅い。

「や、やあああぁぁーー!!」

ドゥ!
ドドゥ!
ガガガガガガガ!

 神通は遮二無二に砲撃して相手の動きを阻止することにした。叫び声をあげてその行動は正解だった。
 隼鷹は近づいてくる神通がただの一回も砲撃せずに向かってくることに嘲笑し残りの艦載機を放つことにしたが、神通の突然の攻撃に目を見張って驚きその手の動きを止めた。さすがに航行まで止めるわけにはいかないので20度右に針路を変える以外はそのままの前進を保つ。それは神通にとっては若干遠のいただけで、方向的にはまったく問題なかった。

 再び、三度砲撃する。移動しながらの砲撃でありなおかつ確実に当てる必要はない砲撃のため、とにかく数打つ。
 そしてトドメはようやくの至近距離砲撃。ぶつかろうとも避けるつもりがない神通の動きは純然で迷いのない突進となった。そんな神通の行動に覚悟を決めた隼鷹も、神通の砲撃の一瞬の合間を縫って最後の艦載機を放って迎撃せんとする。

「やああぁーーー!!」
「ただでやられるわけにはいかないんだから!!」

ドドゥ!ドゥ!ガガガガガガガ!

ブォン・・・・・・!!

 神通の砲撃によるエネルギー弾が宙を切り裂いて飛び、一方で隼鷹が放った艦載機がエネルギー波を纏い、まるで燃え上がる火の鳥のような爆撃機となって上空に急旋回し急降下してきた。

「「しまっ・・・・・・!?」」
 二人同時に同じ声を上げる。ただし視線は違う。隼鷹は自身の目線の高さのまま、そして神通は上空。
 そして……

ベチャ!ベチャ!

 先に相手の攻撃が命中してしまったのは隼鷹だった。神通から放たれた3~4のペイント弾に先だって機銃の弾幕が隼鷹の前と後ろを塞ぎ彼女に前進する意志をくじかせ、直後飛来するペイント弾の命中率を格段に高める役目を果たした。ペイント弾が命中した隼鷹はその衝撃でよろけて神通とは反対側に倒れ込む。
 神通はそんな彼女を案じてしまい、本当にぶつからぬよう針路を数度左に傾けた。それが神通の最後の情けだった。

ブワアアアァァ……ズッガアアアアアアァーーン!!!

「きゃあああ!!!」

 左に舵を切ったため右側を先にして当たり判定を拡大させた神通の背中に上空から縦旋回して急降下してきた爆撃機否特攻機が命中した。ペイント弾ではない訓練用のエネルギー波がその衝撃で火花が激しく散り爆発を起こし神通を左に思い切り吹き飛ばす。結果その衝撃で神通は隼鷹とは異なり海面を何度ももんどり打ちその身を強く打ち付けてしまった。
 辺りを爆煙そして熱によって気化したペイント弾による白濁とした濃厚な白い煙が包み込む。やがてその煙が四方八方に散り景色が晴れる。

 二人から離れた位置で停止していた五月雨がその光景の行く末を目の当たりにした時、明石の放送を耳にした。

「神奈川第一、軽空母隼鷹、千葉第二、軽巡洋艦神通、轟沈!」

 神通は己が一瞬望んだ通り、相打ちを果たして敵を撃破することに成功した。

「あ、ああぁ……神通さぁん!!」

 その場に響いたのは五月雨の悲痛そうな叫び声だけとなった。


--

 五月雨は慌てて駆け寄るべく速力を数段飛ばした。ペイント弾が当たっただけでよろけながらも海上になんとか立ちとどまった隼鷹とは違い、神通は海面を転がって最後は足の艤装、主機部分のみ残して海中に沈みかけている。そんな神通の様子に気づいたのは五月雨だけでなく隼鷹もだった。

「つぅ……は~ぁ。負けちゃった。ま、でも相打ちだからいっか。ん?」


「神通さん! 神通さーん!」
 五月雨は前進途中から主機の推進力による移動を忘れて普通に海面を走って神通に駆け寄りそして沈みかけた神通の上半身を持ち上げようとした。
「ふ……んっと……! うえぇ~持ち上がら……ないよぅ~~!」
 海水を吸いしかも気を失って力が抜けている神通の体は、艤装と同調してパワーアップしているはずの五月雨こと早川皐月の腕力では持ち上げることは難しかった。そんな少女の様子に気づいた隼鷹が駆けより声をかけた。

「私も手伝うよ。」
「えっ!?」

 五月雨が顔をあげると、そこには先程まで敵だった隼鷹が焦燥しきった顔ながらも優しい笑顔で手を差し伸べていた。五月雨の驚きの一声の先が沈黙だったのを承諾と受け取った隼鷹は肩からかけていたバッグを背中に回し、五月雨とは逆の方向から神通の体を持ち上げた。
 ザパァ……と海水が滴り落ち、水分を吸って若干重みを得ながらも神通の体は海中から上がった。

「神通さん!神通さん!しっかりしてください!」
 しかし神通は気を失っていて五月雨の声に反応しない。
「あ~、彼女気絶してるわね。訓練用とはいえ艦載機がまとうエネルギー波って結構強力なんだよね。多分彼女のバリアが発動して衝撃を和らげてくれたとは思うけど、それでも強い一撃だったんだと思う。」
 自身がやったのに他人事のように分析を口にする隼鷹に、五月雨は普通の人であれば感じる苛立ちなどは一切感じなかった。そんな感情よりも神通への心配がはるかに勝っていたためだ。彼女の口から出たのは、敵である隼鷹への問いかけだった。

「ど、どうすればいいんでしょう……!?」
「んーとね……私が堤防まで運んでおくよ。」
「えっ?」
 五月雨は目を見張った。隼鷹はそんな少女の反応を気にせず続ける。
「あなたはまだ生きてるでしょ。だから早く試合に戻って。私は負けちゃったんだし、もう自由の身だからさ。それに私の攻撃が原因だから……せめてこれくらいはさせて。あなたのお仲間さんはちゃんと安全に運ぶから安心してよね。」

 そう言って神通を持ち替えて背中に背負おうとする隼鷹を五月雨はポカーンと見ていたが、その動きにハッと我に返り、背負う動作を助けた。
「あの、あの……本当にお願いしても……?」
「えぇ。もう艤装の演習用判定はクリアされたから全力出せるし、もし運ぶの辛かったらうちの人呼んで一緒に運んでもらうから。ホラホラ行った行った。この神通って人が残してくれたチャンス、大事にしてよ。残ってるうちらの仲間はハッキリ言って強いから、早くあなたもあなたのお仲間さんに合流してあげて。」

 もはや隼鷹の動きを止めることなどできない五月雨は神通の身をまかせる決意を固め、あてがって持ち上げていた神通の右腰からそっと手を離した。

「それじゃあ、神通さんのことお願いします!」
「うんうん。お姉さんに任せて。」

 五月雨は隼鷹と、彼女の背中に背負われている神通それぞれに対して一礼をし、その場から反転して一路那珂と時雨のもとへとダッシュしていった。
 残された隼鷹はしばらく敵チームだった少女の後ろ姿を見ていたが、目を閉じ軽く息を吐いて視線を堤防に向け、やがてゆっくりと航行を再開した。

「さて、私も行きますか。……あ、もしもし飛鷹?私も負けちゃったわ。……うん、うん。ありがと……ね。あ、うん。お願いしよっかな。」
 移動しながら隼鷹はすでに退場して堤防下の消波ブロックに腰掛けていた飛鷹に通信し、神通を運ぶのを手伝ってもらうことにした。

那珂VS鳥海

那珂VS鳥海

 五十鈴や神通たちが奮闘している中、那珂は時雨とともに鳥海らと一進一退の攻防を続けていた。雷撃合戦をなんとか切り抜けて耐久度を中破ギリギリで収めた時雨をかばうように那珂は彼女の背後を位置取り、鳥海たちから距離を開ける。

「時雨ちゃん、状態の報告をお願い。」
「はい。まだ中破です。大丈夫です、まだやれます。」
「うんうん。女は根性だよ~。中破同士がんばろ。とはいえさすがにこのまま普通に砲戦してたら、これ以上は切り抜けられそうにないかも。」
 那珂が不安を若干含めて愚痴を漏らすと、隣を併走していた時雨が口を噤んだまま不安そうな視線を向けた。那珂は彼女に顔は向けずただ視線をわずかばかり動かしてその表情を確認した後、若干速力を上げ時雨を追い抜いた。その際、指示にも懇願にも取れる言葉を投げかけた。

「うまく距離を取って、五十鈴ちゃん達に支援砲撃してもらおう。射線上に入って巻き込まれないよう、しっかり付いてきて。」
「了解です!」

 言い終わると那珂は速力をスクーターよりわずかに上まで出力した。時雨も置いてかれまいと前傾姿勢になってスピードに乗る。
 鳥海たちがようやく体勢を立て直した頃、那珂と時雨は反時計回りに大きく距離を取り回って再び鳥海たちを遠目ながら正面に迎える位置取りをした。

 その時、那珂の視界の左端から右端へと上空を横切る存在があった。それは隼鷹の艦載機である。その方角と向かう方向からして、五十鈴達を狙っていると那珂は容易に察しがついた。
 それは時雨も気づいたようで、那珂に急いた声で言った。
「あの!今のってもしかして!?」
「・・・・・・うん。ちょっとヤバいかも。」

 そう一言だけ発して那珂はすぐに通信した。相手はもちろん五十鈴である。
「ねぇ五十鈴ちゃん、そっちに
「えぇ見えてる。すぐに迎撃態勢に入るから、私たちのことは気にしないで。それからそっちを支援できそうにないからもうしばらくあんたはあんたで頑張って。」
「アハハ・・・・・・さいですか。五十鈴ちゃんたちの支援もらいたかったけど、自分の身が最優先だもんね。うん、そっちも気をつけて。」
 長々と話していてはあっという間にたどり着いた敵航空機に狙われかねない。那珂はそう察し、五十鈴も同じ懸念を抱いていたため互いにややぶっきらぼうに通信を終え、それぞれの戦闘態勢を継続させた。
 那珂は反時計回りをやや角度鋭く針路を変え、鳥海たちに向けた。
「時雨ちゃん、魚雷はあと何本残ってる?」
「ええと、右ゼロ、左4本です。」
「上等!もうちょっと近づいたら撃たせるから、心づもりだけしておいて。」
「はい。」

 那珂はそう指示し、速力をそのまま維持して鳥海たち目指して猛然とダッシュした。途中、距離とタイミングを見て時雨を真後ろに移動させる。二人だけの単縦陣だが、目的はあった。
 対する鳥海らは背後を取られぬよう、発進するとすぐに反対方向に回頭し、那珂たちと反航すべく針路を切り替えた。

 やがて再び激突せんとグングン迫る那珂と鳥海。その前に那珂は完全に背後にいて同一線上を辿る時雨に指示した。
「魚雷1本放って。標的は3人のうち真ん中。速度はあたし達の同じ針路を一足先に行く感じで!」

 ボシュッ・・・・・・シュー・・・・・・

 時雨は言葉での返事の代わりに行動で答えた。
 時雨の魚雷は真下に放たれ一度深く海中に潜った後、海面に向けて急旋回した後速力を一気に高めて前へと泳いでいった。その針路は那珂がこれから海原をかき分けようとしていた流れだ。そして唯一違うのは、途中で魚雷は20~30度左に曲がり、敵の向かう位置を目指したことだ。
 青白い光の矢が海中に現れたことに気づいた鳥海は冷静に指示した。

「やはり来ましたね。向き、速力に問題なしこのまま直進。涼月、念のため爆破処理準備願います。」
「はい!」

 魚雷の針路と速力を予測した鳥海は自身に当たる可能性はないと判断したが、最後尾にいる涼月が魚雷の発するエネルギー波に巻き込まれる危険性を想定し、内々に教えていた通り魚雷の直前での爆破処理を指示した。涼月は教えられた通り自身の魚雷発射管と主砲パーツを構えてやや中腰になる。距離はまだあったため、鳥海の合図がなければ迎撃態勢を解除するだけだ。


--

 そんな敵の一方で、那珂は魚雷をよける方向を想定し、針路をやや10度右にずらし、小さめに弧を描くように移動を調整した。那珂の目的は反航戦を逆丁字戦法にして背後を狙うことだった。
 付き従う時雨は単に魚雷の結末しか那珂に尋ねない。
「魚雷当たるでしょうか?」
「うーん多分外れるかな。まぁ敵の動きを切り崩すのが目的だから、途中経過はどうでもいいんだよね。」
「え・・・・・・はぁ、そうなんですか。」
 時雨の表情がやや曇る。その気配に気づいた那珂はフォローの言葉で続けた。
「時雨ちゃん、そうガッカリしないで。道具はアイデア次第で色んな用途に使えるし、結果はそう急ぐものじゃないよ。ぶっちゃけあたしも探り探りだからあたしの行動が正解ってわけじゃないし。だから戦局を見てもしなにかよさげなアイデアあったら言ってね。うまく立ち回って見せるから。」
「あ、はい!」

 そうして那珂と時雨は再び鳥海たちと接近した。ただし今回は目的があるため、中距離を保ちつつ反航戦を切り抜ける。互いに砲撃はせずに通り過ぎた。鳥海もまた無闇な砲撃戦を繰り広げるつもりはないのだ。

 背後を狙おうとしたが相手は遠くに。自身の射撃に自信がないわけではないが、相手が相手なので素早い移動中に中距離砲撃するのでは効果が望めないと那珂は考えた。実際の軍艦の海戦の戦術が艦娘相手に通じるとはどうしても思えなかったので慎重にならざるを得ないのだ。
 艦船とは違い生物である以上は、艦娘(深海棲艦)は姿勢を変えて避けることも、海中に咄嗟に潜って避けることも、ジャンプして避けること等いくらでもできる。それでも陸ではなく水の抵抗を受ける海面を進む以上、ある程度似通う。
 加えて演習試合では諸々の制限を設けて行われることがあるため、その海戦はより実際の軍艦の海戦に近づく。それ故、スーパーヒーロー同士が戦うバトル等とは異なり、決定打に欠け戦闘が無駄に長引くことも多々あり得る。もちろん戦闘技術に長けた艦娘がいれば戦局が一気に傾くこともある。

 今のこのとき、この戦いで頭一つ二つ抜きんでた存在は二人いた。那珂と鳥海である。担当する艦種の違いや発想力の差はあれど、実際には二人の実力はほとんど拮抗していた。そのため、戦闘はまさに決定打に欠ける展開とならざるを得なかった。


--

 遠く離れた海域で五十鈴達が対空戦闘を切り抜け、神通達が思い切った反撃に転向する。
 自分たち以外は展開が進んでいる。那珂は視線はずっと鳥海に向けながら、頭の片隅ではそう観察していた。

 疲れた。

 相手の背後を取ろうと立ち回りすぎてペース配分が乱れる。那珂は速力を自然と落としていた。相手の鳥海はそのわずかな変化を逃さない。

「てー!」

ドゥ!ドドゥ!!

 鳥海の指示が発せられて僚艦の秋月・涼月は一斉に砲撃した。エネルギー弾の射線上にさしかかった那珂はハッと我に帰って現実を見た。
「ヤバッ!姿勢低く!」
「はい!」
 那珂は上半身を咄嗟に傾けて姿勢低くした。那珂の鋭い叫びのような指示に時雨もすぐに従って、命中予測された射線上の高さから辛くも逃れる。

バッシャーン!!

 那珂と時雨が通ってきた海上の航跡10m右にエネルギー弾が着水して水柱を発生させる。二人の航跡が間延びした蛇行を見せると、鳥海は続けざまに砲撃した。

ズドッ!ドドゥ!ドゥッ!

 那珂は姿勢を低くしたまま速力をようやくあげた。時雨も従い、その危機を逃れたタイミングで姿勢を戻した。
「那珂さん!敵に狙われ始めてます!僕達も攻撃を!」
「ゴメンゴメン!ちょっと油断してた。そろそろちょっとは動きを見せないとね。方向変えて二人だけの複縦陣に切り替えるよ!」
「はい!」

 那珂は角度緩めに一斉回頭し、時雨と併走する形になった。二人だけなので複縦陣というよりは単横陣だ。実際の艦船とは異なり正面に向けてすべての砲撃を注力でき、向かってくる攻撃も正面に見ているだけに対処もしやすい、まさに艦娘の本来の戦闘陣形、突撃陣形だ。ただ常に敵を真っ正面に見なければならないだけに敵の動きを逃しやすく、自身らの陣形も崩されやすい。
 それでもタイミングを見計らい、反撃に転じた。
「時雨ちゃんはあたしから5度くらい左に向けて撃って。てーー!」

ズドゥ!
ドゥ!

 那珂と時雨の砲撃でエネルギー弾は鳥海たちの針路の予測ポイントの10m手前、そしてもう一発は三人の中間にいる秋月を捉えた。

「秋月、相殺ですよ!」
「はい!」

ドドゥ!
ドドゥ!

バチッ!!

 向かってくるエネルギー弾の射線を想像した鳥海は逃れようもないと察し、自身と秋月で砲撃することで危機を封殺した。

「続けて!!」

ズドッ!
ドドゥ!
ドゥ!

 砲身が冷えぬうちに鳥海・秋月・涼月は一斉射した。陣形をあくまでも艦船と同じくさせて崩さない鳥海たちは横向きの砲撃を行う。
 その砲撃を那珂と時雨は言葉で明示をせず黙って互いの考えた方向へ姿勢と針路を傾けて避ける。そしてまた一定間隔を開けて併走状態に戻った。
 しかしその先の展開は、鳥海らが速力を上げて時雨に近づいたせいで、那珂達にとって丁字不利となってしまった。

「しまった!時雨ちゃん速力あげて一旦離れて!」
「は・・・・・・!」

「もらいました!!」と鳥海が甲高く叫ぶ。

ズドッ!
ドドゥ!
ドゥ!

 那珂の指示で速力をあげようとした時雨の動きを逃さない鳥海達三人の一斉砲撃が、時雨の到達予測ポイントまでも捉えた。
 時雨は那珂の指示通りに動いてももはややられると感じた。と同時にこれまでに那珂が行った動きを思い出してそれを再現した。

 時雨は海面から両足を素早く離し、身を捩って海面に平行する形で宙返りし、命中の面積を限りなく減らした。鳥海らによるエネルギー弾が時雨の左(上)と右(下)の宙をギリギリ触れぬ間隔で過ぎていく。エネルギー弾の行く末は、元々が時雨を狙う射線だったため、海面に早々にも着水した。そのため時雨から一定の距離を開けていた那珂にまでは届かなかった。
 宙で身を捩った時雨は海面に着弾して起きた水柱の音を聞いた後自身も着水して激しい波しぶきを巻き起こした。那珂は前進をやめ急回頭して時雨に駆け寄る。
 時雨が沈んだポイントの海面はようやく穏やかになろうとしたが、その静けさはすぐに破られた。

ザパァ・・・・・・

「ぷはっ!! ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」
「時雨ちゃん! ダイジョブ!?」
「コホッ・・・・・・は、はい!」

 時雨は足の艤装の主機の推進力を使って一気に浮上して宙へと飛び上がった。その際、止めていた息を吐いて咳き込む。
 那珂は時雨の背中に手をあてがって前進を暗に促した。止まった状態では、移動し続けている鳥海たちに背後を取られてやられかねないからだ。
 時雨もまた那珂の促しを受けて意図に気づき、すぐに前進をした。

「時雨ちゃんナイス回避!」
「は、はい。ちょっと前に那珂さんがした避け方を思い出したので、やれるかどうかよりもまず身体が動いてました。」
「うんうん!そーいう発想と行動、そういうのを期待してたんだよ。あたしたちはまだまだイケるよ。」
 那珂は時雨を強く鼓舞した。時雨はやや気恥ずかしさを覚えながらもまんざらではない様子で小さくはにかんでみせた。


--

 前進しつつ那珂はチラリと後方に視線を向けると、なぜか鳥海たちは停止していた。それを見て那珂は怪訝に思い、自身らもまた鳥海たちを真っ正面に見る姿勢になるべく回頭して立ち止まった。

((何・・・・・・なんで停止したの?))

 那珂がジッと見ていると、鳥海が動きを見せた。それは、遠目からではわずかとしか見えぬ腕をまっすぐ向ける構えだった。
 そして……


ズドアアアアァァ!!


「!!!」


 鳥海が自身の艤装の主砲の本来の射程を発揮すべく、中遠距離砲撃をしたのだ。
 那珂は相手の観察をしすぎて同じ行動を取り、立ち止まってしまったことを後悔した。那珂と時雨は相手の砲撃のエネルギー弾の通る道筋が二人の間にあったことを察して、互いに逆方向に倒れ込んだ。

「ぷはっ!時雨ちゃん、さっきと同じように併走して前進!」
「は、はい! でも那珂さん、まっすぐだと鳥海さんの砲撃の射程範囲のままです!」
 海中から一気に浮上して体勢を立て直すよりが早いか前進しながら那珂は切羽詰まった口調で言った。
「姿勢低くして突っ込むの!距離あっても立ち止まったらあたしたちの負け!動き続けないとダメ!」
「はい。となるとまた接近戦ですか!?」

 時雨の確認に那珂は行動だけで示した。身をかがめてまるでスピードスケートをするかのように一気に加速して疾走し始める。時雨は那珂の行動に一瞬呆気にとられたが、ハッと我に帰って同じ行動をし始めた。

 その様子を視界に収めていた鳥海は穏やかながらも敵をあざ笑うかのように言った。
「あなた方が安全圏だと思っている距離、私にとっては造作もありません。……向かってきますか。」
 鳥海は那珂達の針路を想定し、突進してくるその身をまっすぐに狙うべく撃ち出した。

ズドオオオオゥ!

ズドオオオォ!!

 鳥海は引き続き立ち止まったまま中遠距離砲撃を行う。
 那珂と時雨はその砲撃をスッとかわして前進を続けた。スピードに乗っているため避けるのは容易だ。避けたことで若干航行コースを変えてしまったがすぐに元の航行の範囲に戻り、二人は緩やかな弧を描いて一旦二手に分かれて鳥海らに向かう。
 形としては挟み撃ちになる。

 鳥海はその流れを見て、冷静に後ろの二人に指示を出した。
「おそらく近距離で砲撃か雷撃をしてきます。私が盾になりますので二人はあの駆逐艦の撃破を狙ってください。」
「盾だなんてそんな!だったら私たち三人で相殺しましょうよ!」
「そうです!姉さんの言うとおりです。」
「・・・・・・二人共、その気持ちだけで十分です。私は重巡、まだまだ耐久力はあります。それにあなた方は、自分たちの判断だけで簡単に相殺ができるほどの成績なのですか?」
 鳥海の鋭い指摘に駆逐艦二人はすぐに黙った。それ以上言葉を発さない二人が理解を示したことを察すると、ゆっくりと航行を再開した。

 鳥海が動き出したのに気づいた那珂は時雨から通信を受けた。
「敵が動き始めました。どうしましょう!?」
「なんとかうちらの真ん中に収めるよう動くよ。」
「了解です。やや僕の方に向かってるようですから、こっちですね。」
 そう言って針路を5度左に動かした時雨に那珂は追随して動いた。5度の角度は進むうちにそれ以上広がる。そして再び鳥海らをきっちり挟み込むように位置取った。

「もうちょっと距離縮まったら、一度あたしたちも間隔狭めよう。で、あたしの最初の合図で一気に間隔縮めて迫る、もう一度合図したら一気に離れて通り過ぎて反航戦!」
「!! そ、そうか! はい、わかりました!」

 那珂の目的が敵のギリギリでの砲雷撃かつ離脱でないと時雨は理解した。リスクが減ったことを察すると俄然やる気をみなぎらせ、手に持つ主砲パーツに片方の手をグッと強く当てて安定させた。

 あくまで敵からは寸前での砲撃逃げであることを匂わせたままでいる。それがどこまで本心を悟られずにすむかは自身の指示のタイミングと反射神経による。プラス時雨がきちんと追従できるかもだ。
 前方からは鳥海が相も変わらずターゲットを時雨から外さぬよう針路を調整して向かってくる。その度に時雨は相手の針路から逃れ、那珂は間隔を縮めすぎないよう詰める。
 やがて距離を測った那珂は1回目の合図を出した。

「今!」

 那珂と時雨は鳥海らをほぼ等しい距離で左右に捉えたまま、角度鋭く一気に迫った。その速さと勢いに鳥海は後ろの二人に指示を出した。
「秋月は若干速力落として雷撃用意、涼月は秋月と並走!砲撃を右に構え!」
「「はい!」」

 鳥海たちもまた、タイミングを測り終えた。そして……

「てー!」鳥海の合図の声が甲高く響く。

ボシュ……シューーー……
ドドゥ!

 秋月の魚雷が深く潜りいっきに速度をあげて鳥海を追い越し、涼月の砲撃が右10度の線上に向けられる。そのわずか前に那珂が2回目の指示を叫んだ。

「今!」と那珂。
「は……あぶっ……!?」

 那珂の指示と同時に敵の攻撃に驚いた時雨は悲鳴に似た叫びを上げ、それと同時に瞬時にその上半身を左前方に思い切り傾ける。涼月の砲撃を寸前で避けられたがそのせいでバランスを崩し、本来想定していた作戦行動に移るのに遅れてしまった。よろけた先わずか1m手前を秋月の魚雷がエネルギー波の羽を極大に広げて突っ切る。

「うわうわっ!!」

 左前方に傾けた上半身を更に前に屈めてその姿勢と慣性に沿うように時雨は下半身そして足の主機の推進力で海面を思い切り蹴り、プール飛び込みをするごとく前の前の海面にダイブした。

ザッパーーーン!!

「時雨ちゃん!!?」

ズドドドオオオォ!!
 時雨の後方の誰もいない場所で魚雷が爆発を起こして海面を荒げた。
 那珂は当初の反航戦として鳥海達を通り過ぎようとしていた前進をやめて主機の推進力を使わず海面をジャンプして強引に回頭した。若干通り過ぎていたために完全に方向転換した時、眼前に見たのは、海面から浮き上がろうとしている時雨を囲む鳥海達三人だった。

「まずい! 時雨ちゃん浮かないで!沈んで沈んで!!!」

 那珂の悲痛な叫びが周囲にこだまする。駆け寄ろうと目論むが間に合わない。那珂の眼の前で展開される、鳥海ら三人によるこれから浮き上がろうとする時雨の近距離での狙い撃ち。

「これで一人、打ち取りました。」

 鳥海の冷たい一言が聞こえた時那珂は腰の背面部分から熱い力を感じ、次の瞬間腹の底から震えるほど叫んでいた。

「……あああああああぁぁぁっあぁぁ!!!!」

 那珂の叫びに呼応するかのように、那珂の立つポイントを中心として海面が激しく波打ち始める。合わせて那珂の腰の背面にあるコアユニットからパチパチと破裂音も響き始めた。それは直接的ではないが周囲の艦娘ですら覚えないわけがない異変として察知された。

「何……なんです!?」
 鳥海は思わず主砲のトリガーから手を離し振り向いて視線を時雨から那珂に向けた。その時鳥海が見たのは、やや中腰になった那珂が海面を思い切り蹴る瞬間だった。

バシャアアアァ!!!

 那珂はまるで水上バイクで最大速度を出して水の抵抗により跳ね上がったかのように前方へ跳躍して鳥海らに迫った。その光景はまさに宙を切り裂く巨大な矢だ。那珂は跳躍と同時に右腕の全主砲・副砲・機銃を前へ向けて撃った。

ズドォ!
ドゥ!
ガガガガガ!

 那珂よりも先にエネルギー弾が鳥海らに到達する。
「きゃ!」
「きゃあ!!」
「二人とも!?」
 それらは秋月・涼月を囲むように飛来し二人をひるませ後方へと転ばせる。二人の危機を瞬時に感じた鳥海は予備動作なしで海面を蹴り二人をかばうように倒れ込んだ。その位置は、丁度那珂が突っ込んでくる位置だった。

ガッ!
「くはっ……!」

 那珂は鳥海にぶつかる直前、砲撃した右腕を背後に振りかぶり代わりに左腕を前方に突き出した。その拳は鳥海が左肩に装備していた艤装のショルダーパーツに命中し、それを砕いて彼女の肩を突き左肩から後方によろけさせる。しかし鳥海は咄嗟に左足で踏ん張り、秋月たちをかばおうとして伸ばした右腕を咄嗟に左へと薙ぎ払った。

ガシッ!

 鳥海が右腕に装備していた主砲の砲身が那珂の左鎖骨~首に命中した。その衝撃で那珂は飛翔の勢いを殺され、方向を右つまり鳥海らとは逆方向へと変えざるを得なかった。というよりも変えられてしまった。

バシャーーー……ザザザザザ

 2回ほど宙を横転しながらも那珂は姿勢を戻して土下座に近い体勢で海面に3つの航跡を立て踏みとどまる。対して鳥海は、右に薙ぎ払ったその姿勢の限界を感じて受け身を取る如く海面へ倒れ込んだ。
 那珂は相手総崩れのその隙にジャンプして回頭し、時雨に駆け寄って彼女の浮上を助けた。
 時雨はなんとなく聞こえた那珂の指示により、浮き上がろうとする前に足の主機を海上に向けその推進力でギリギリ浮上を免れた。潜っていたため我慢していた大きな息を吐き出して酸素を体内に循環させようやく呼吸をすることができた。
「時雨ちゃん! もー大丈夫だから早く早く!」
「うっく……はい!」

ザアアアアアアアアァァ


 那珂は時雨を引航しながら敵から距離を取った。
「ゴメンなさい……また僕がピンチを招いてしまって。」
「いいっていいって。」
 那珂はほんの少しだけ速力を落とし時雨と並走して彼女の目を見つめる。時雨は那珂の優しい目を見て気持ちを落ち着けることができた。ホッとして視線を那珂の顔から下に移した時、時雨は仰天した。
「那珂さん!! 首と肩! 血が出てるじゃないですか!!」
「え……?」
 那珂は指摘された左首筋から肩にかけてを撫でた。アザが出来、制服が赤く染まっていた。強く押すと制服に染み込んだ血が指にうっすら付着する。指摘されるまでまったく痛みはなかったし、指摘されても痛みは感じない。まったく感じないというわけではなく、気分的に気にならないといったほうが正しい。
「あ~ホントだ。でも……これくらいはいいや。後で病院行くから。」
「え、でも……」
 時雨は心配で食い下がろうとしたが、演習試合の大事な局面であり那珂の気持ちをおもんぱかってそれ以上は口にしなかった。


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 背後を見ながら那珂は停止するポイントを見計らい、鳥海らに向けて回頭して止まった。そこは鳥海の射程の範囲内ではあるが、彼女らの体勢が戻るまでは安心できると踏む。

 そしてようやく鳥海らも体勢を立て直した。
「くっ……ハァハァ。だ、大丈夫ですか、二人とも?」
 左肩を抑えて荒げた呼吸をしながら鳥海は秋月・涼月に歩み寄った。
「すみません……私は今の機銃掃射をくらって大破になってしまいました。」そう正直に報告する秋月。
「は、はい。私はなんとか。姉さん大丈夫ですか?」自身の無事を報告する涼月は喋りの勢いをそのまま秋月への心配の声掛けに向けた。

「まさか……あんな動きができるとは。」さすがの鳥海もたった今までの出来事に驚きと焦りを隠せない。
「あの人……今のは何だったんですか?」と秋月。
 鳥海は唾を飲み込み数秒黙っていたがゆっくり口を開けた。
「わかりません。彼女のアクションは天龍や霧島達から聞いていたのである程度予測範疇でしたが、さすがにあんなことまでは。艦娘になって向上する身体能力の水準を超えているのでは……。それに私達が急に感じたしびれ。一体何が起こったやら。」
 鳥海の心に戸惑いと恐怖が芽生える。しかしそれは純粋な恐怖ではない。理解不能な物への畏怖の念そしてそれを突き詰めたいという好奇心の混ざった感情だった。


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 堤防付近で見ていた艦娘そして提督らも那珂の異変を間接的に感じていた。ただし提督はそれを明石から聞いてようやく状況を把握した。
「今の那珂ちゃん、すごいですよ提督。」
「ん?どうしたんだ?」
「あ~提督は直接はわかりませんでしたね。私も一応艦娘ですし、こうやってコアユニットを装備しているので感じたのですけど、那珂ちゃんの同調率が瞬時に跳ね上がったと同時に周りの艦娘の同調率が一斉に下がったんです。一人の同調率の上昇が他の艦娘に影響するなんて私も初めてです。」
「ん、アレか?けど他の艦娘にも影響ってどういうことよ?」と提督。

「わかります。私も今さっきピリッと感じちゃいました。今のって何なんです!?」
 そう口にして会話に割り込んできたのは神奈川第一の鹿島だ。
 タブレットですべての戦況をチェックしていた明石は顎に手を添えて考える素振りをした後、提督に耳打ちした。それは那珂の同調率の変移だった。明石はそれを局外極秘にせねばならないと捉えたからだ。
 提督は明石から観察と想定を聞き、どう伝えるか悩んだ末に鹿島に向けて説明した。
「ハッキリとはわからないです。ただうちの川内が暗視能力を持っているように那珂固有のものかもしれないし、別のなにかかもしれない。ところでそのピリッとしびれる感覚は今は?」
「ええと、ありません。」
 鹿島はブレザーの裾に突いているコアユニットの収納装置を撫でながら言った。その反応を見て提督はコクンと頷いて続けた。
「鹿島さん、どうかこのことは口外しないでいただきたい。何分初めての現象で調査が必要なので。この現象はうちの工廠から通じて艤装装着者管理署の本部と製造会社に報告しておきます。」
「あ……はい。それはもちろん。」
 数割増しの真面目な懇願に鹿島が同意を見せたことで提督は密かに胸をなでおろした。やがて皆視線を再び前方の海上に向けた。
 海上を見つめながら、提督は今の現象を整理した。那珂は再び同調率を動的に変化させたのだろうと。瞬発的に能力が高まることも期待できるその現象、提督が公式に記録して把握しているのは五月雨と那珂だけのものだ。しかし過去の報告と比較してみると、他の艦娘にまで何かしら影響を及ぼすのはおかしいと感じるのは容易すぎた。
 一抹の不安が提督の眉をほんの僅かにひそめさせ続けていた。


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 鳥海たちの警戒態勢が増したこともあり、那珂と鳥海の戦況は再びにらみ合いになった。さすがの那珂も先程発揮した状態をもう一度出そうにも出来ないのだ。
 しばらく経ち、遠く離れたポイントで雷撃の炸裂音と高い水柱と波しぶきが起きて海面を広範囲に揺らした。神通と五月雨が敵を撃破した知らせが続く。それを耳にして那珂は安堵し、時雨は喜びの声を那珂に通信して聞かせた。
「さみ達、やったんですね。すごいや。僕達も負けてられないですよね?」
「うん、そーだね。二人にMVPをかっさらわれないようにしないとね!」
「アハハ。はい。」

 軽口を叩き合う余裕を見せる那珂と時雨だったが、再び容易に動かせぬ戦況になったことをひしひしと感じ取って、切り込み口を探るため安易に動く気が起きない状況だった。
 小刻みな移動を繰り返して間合いを縮め、那珂と時雨は再び鳥海たちに近づく。それは鳥海たちも同様だ。

 何度か移動を繰り返して再びゆっくりとした速度、速力徐行から停止に切り替えたとき、那珂は神通から通信を受けた。

「那珂さん、こちらは戦艦を倒しました。」
「神通ちゃん? やったねー。こっちはなかなか切り抜けられそうにないよ。参った参った~。」
 そう口にする那珂。すると神通から支援の提案を受けた。確かに揃って雷撃して混乱させることができれば撃破は難しくないかもしれない。しかしつい先ほどからの敵の動きが気になるのだ。やはり警戒されている。戦況を一時的に動かせたのはいいがその結果敵が遠のき、また決定打に欠ける展開が待ち受ける状況になったことに那珂は反省と後悔をしていたのだ。その考えから那珂は神通の提案をやんわりと拒否した。
 それでも食い下がる後輩に対し、撃破の発表がされぬ敵艦娘が一人いることに気づいてそれを指摘した。

 敵はもう中破だろうし捨て置いても良い

 そういう内容だったのでその判断の危険性を那珂は即座に感じた。思慮深い後輩にしては珍しい判断だ。劇的な撃破劇で気分が向上しているのだろう。その気持ち自体はわからないでもない。しかし未来の可能性を必死に探り、得た答えではどうあっても残った敵空母にやられる神通の未来しか見えない。それに自分達と鳥海の戦いも他の邪魔されず続けたい。
 那珂は厳し目に後輩を諭した。

「……神通ちゃん、その判断は危険かなぁ。」

 その指摘の先を那珂はもはや覚えていなかった。冷たくあしらった気もするし、やんわりとした気もする。どのみちあの後輩ならわかってくれるだろうと信じていたから後味の悪さはない。
 そうして那珂が鳥海と対峙し続ける間、外野の展開は那珂の不安が半分的中する流れになっていた。それでもなお、那珂は動き出せなかった。傍にいる時雨もその空気のおかしさをつぶさに感じ取り、目の前の軽巡に従うしかなかった。


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「ゴメン那珂。やられてしまったわ。後よろしく。」
「申し訳ございません那珂さん。ろくに支援もできないまま……。」
 五十鈴と妙高から思い切り悄気た声色で報告を聞いた那珂は困り笑いを浮かべて返した。
「いーえいーえ。戦局が複数あると大変だってわかっただけでもめっけもんですよ。あとはあたしに任せて。」
「那珂……あんた、まぁいいわ。あ・な・た・たちに任せる、わね。」
 五十鈴は那珂に違和感を覚えたが、気にせず通信を切った。

 神通が逃した隼鷹の艦載機によって五十鈴達はついに撃破されてしまった。それを那珂と時雨は鳥海たちから視線を外せぬまま音と海面の様子だけで察した。報告を本人達から聞きやっと現実のものとして理解に至った。
 あと残るは自分と時雨、神通そして五月雨の四人である。
 那珂は内心焦っていた。ある程度覚悟していたとはいえ、ここまで切り抜けられないのはもどかしい。歯がゆい。イライラする。後半の残り時間も迫っていることに気づいていてその感情はさらに膨れ上がっていた。


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 ごまかしの前進と砲撃を3巡ほどさせたとき、遠くで激しい爆発音が連続し、那珂の外野の戦況がさらに動いた。

「神奈川第一、軽空母隼鷹、千葉第二、軽巡洋艦神通、轟沈!」

 後輩が相打ちで敵を撃破した。
 あの大人しいながらも頑固で意志の強い少女にしては十分頑張った。順当なところだ。那珂は後輩の成果をさも自分のことのように喜びを心の中で溢れさせた。その身を呈して戦況を自艦隊に有利に保ってくれた。それに応えたいが残り時間は少ない。
 敵は強いのだ。一時的なスーパーアクションでは撃破には至ることはできそうにない。川内の思考ではないが、スーパーヒーローになるには現実にはこんなにも不安定で足りない。

 ゴクリと唾を飲み込み息を吸って吐いて酸素を肺に取り入れる。その時、那珂は五月雨から通信を受けた。

「あ、あの!私生き残りました!今そっちに向かいますね!」
「五月雨ちゃん?」と那珂。
「さみ……そっか。うん、よかった無事で。すぐ来て。」
 時雨の優しい声かけに五月雨は明るい雰囲気を湧き上がらせてスピードをあげた。ほどなくして那珂と時雨の右舷に五月雨が姿を現した。

「二人とも、お待たせしました!」
 五月雨は右手を額にあてがって敬礼のポーズをした。
「うん、やっと合流できたね。これで戦力的には五分五分になるわけだ、うん。あたしとしても心強いや~。」
「えぇ、僕もですよ。さみ、耐久度の報告を。」
「あ、うん。えっとね……○%でぇ、中破の手前かな。」
 五月雨からの報告を聞き、那珂は改めて今の状況を思い直し、そして二人に伝えた。

「よし、ちょっと状況を整理しよう。」
「「はい。」」

・那珂:中破
・時雨:大破
・五月雨:小~中破

 艦娘としての耐久度判定とは別に、那珂は肉体的に痛みを感じていた。鳥海から先程受けたなぎ払いにより、左鎖骨~首付近が痛むのだ。そういう肉体的な負傷まではさすがに耐久度判定には反映されない。あえて本人が申告しなければ、見える形でない限りは他のメンツが知ることはない。
 那珂は自身の肉体的状態については二人に明かさなかった。

「敵も3人、重巡に駆逐艦二人ですね。人数も艦種的にもほぼ互角でしょうか。」
「そうですよね~。那珂さんなら重巡って言っても問題ないです!だから互角です互角!」
「アハハ……時雨ちゃんも五月雨ちゃんも、それは言い過ぎだよぉ~。」
 那珂は後頭部に手を当てて髪を撫でながら恥ずかしそうに言った。
「いえ、さみの言う通りですよ。囲まれて狙われてた僕を助けてくれた那珂さんの動き、僕は直接見てないけど、感じるものはありました。あれをまた発揮してくれればきっと勝てます。残り時間もあと僅かですしこの三人で最後まで……!」
 時雨の言を聞き、一瞬表情を曇らせる那珂。彼女の期待を裏切るのは忍びないが、楽観的になっても仕方ないのだ。戦況は戦術とともに芳しくない。
「うーん、そうは言ってもねぇ~。自由に発揮できたらいいんだけど、ホラあれですよ。うち特有のあの変化。五月雨ちゃんならわかるでしょ?」
「あ……はい。ということは?」
「うん。」
 那珂の一言と頷きで時雨と五月雨は理解した。同調率の瞬間的な動的変化、あれを発揮できたことを公式の記録に残しているのは那珂と五月雨しかいない。五月雨もまた最初に発揮して以降何度か試したが、意図的に再現することは叶わなかったのだ。
 そのことを十分理解しているがゆえ、五月雨は察して無理を言うことはしなかった。時雨はそんな友人のことをわかっているがため、彼女の思いを察して自分ももはや控えた。
 二人の反応を確認して那珂は視線を鳥海へと戻した。眼の前の鳥海達が近づいてきているのが見て取れた。
 その時通信が入った。鳥海である。


--

「……はい。」
「私です。鳥海です。」
「鳥海さん!? ど、どうしました?」
「残り時間も少ないので最後くらいは観客の近く、肉眼で見応えのある戦いをしませんか? ちょうど3対3になりましたし、条件的には良いと思うのですが。」
「え? ……それは、始まる前の提案とかそういう話の……?」
「いえいえ。単純に距離を活用した戦いに疲れただけです。それに今回は見てくださっている方々もいらっしゃるのに、ずっとドローンのカメラや双眼鏡で観覧していただくのもどうかと思いまして。」
「はぁ……。」
 突然の鳥海の提案に那珂は思考の切り替えが追いつかなかった。自分も話題の切り替えが突然すぎると三千花始め友人達から言われることしばしばだが、鳥海たるあの女性も中々だ。那珂は友人たちの気持ちがわかったような気がした。
 しかしその内容を否定したいとは思わない。むしろ同意なのだ。那珂もまた、距離ある海域を動きまくって飛んでくる砲撃を回避して無駄に時間を消費する展開に辟易していた。
 そのため那珂の返事は鳥海の意に沿うものになった。
「まぁ、いーんじゃないでしょ~か。」
「よかった……それではすぐに移動しましょう。」

 鳥海の明るい声に合わせて那珂は普段調子で返事をした。が、心の中までは素直に明るくできない。確かに賛同し得ることだが、鳥海の真意がわからないのでそう疑念を感じてしまい拭い去れない。
 ただ承諾した以上は合わせないといけない。那珂は駆逐艦二人に尋ねるのを忘れていたと気付き、振り向いて弱々しく白状した。

「あのさ、二人とも。鳥海さんから提案を受けたんだ。時間も近いし皆がもっとハッキリ見える堤防の近くでお互い近距離で戦わないかって。勝手に承諾しちゃったんだけど……いいかな?」
 那珂の恐る恐るの言葉を聞き終わった時雨と五月雨は顔を見わせた後、笑顔で答えた。
「いいと思いますよ。実は……広く逃げ回るのに疲れていたところだったんです。普段の訓練では皆もっと近い距離感でやっていましたし。それに近いイメージになるのでしたら。」
「堤防の近くでっていうのはいいと思いますけど、私はちょっとだけ怖いなぁ~って。あ、でもでも! イヤってわけじゃないですよ。思い切りが大事って神通さんも言ってましたし、今日は私、なんでもできるって気がしているんです!」
 フンス、と鼻息荒く意気込む五月雨に那珂はもちろん時雨も笑みを漏らした。
 同意を得られたということで那珂は胸をなでおろし、二人を引っ張るように先導して堤防の近くへと航行を再開した。

決着

決着

 那珂たちと鳥海たちが急に戦闘を止めて戻ってくる光景を見て観客はもちろん、提督らとすでに轟沈した艦娘達は訝しんだ。

「あ、あれあれ?なんで那珂さんたち戻ってくるの?それにあっちの人たちも。ねぇ暁何か知ってる?」
 堤防の石壁に寄りかかって見ていた川内は暁に尋ねた。その暁は川内のいる位置の海側、消波ブロックに乗り上がって見ていた。その少女もまた同じような疑問を口にして驚きを隠さない。
「ううん。鳥海さんってば何も言わないからわからないわ。ぜーんぶ上の人だけでお話終始させてるし……。」
 暁の愚痴に傍にいた響雷電はそれぞれの声量とともに頷いた。他鎮守府の艦娘の様子を堤防の上から視線を下げて見ていた川内は、眉をひそめたままその視線を那珂たちが戻ってくる海上に戻した。

 戻りながら那珂は提督に、鳥海は鹿島に事の次第を報告することにした。
「そ、そうなのか。わかった。今回は観客やテレビ局も来てる手前確かにもうちょっと近くて見やすいほうがいいだろうしな。今更だろうけどこちらとしても特に問題はない。あと少ししかないから、頼むぞ。」
「うん、りょーかい。」

 提督は隣にいた鹿島にこの事を伝え、相手からも同じ内容を聞いたため話はすぐに互いの鎮守府の代表同士で承認された。
 ただ一つ提督が心配したのは、近いがゆえに流れ弾が観客に飛んでこないかという点であった。それは鹿島も同じ心配をしていた。そこで、すでに退場した艦娘らに念の為の防壁代わりになってもらうことが指示として両鎮守府の艦娘に発令されるに至った。


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 堤防の先、約50mの位置に20m程の距離を開けて那珂達と鳥海達は改めて対峙した。今までよりも堤防も突堤も近い。観客も近いため流れ弾を懸念したがそれは提督らが対策を考慮してくれたため気にせずにいられる。
 その防壁を担う鎮守府Aの艦娘達、神奈川第一の艦娘達はある意味特等席での観戦だ。

「うおああ! 那珂さーん頑張れー!」
「さみー、時雨ー頑張ってね~~!」
「不知火と神通のことは心配しないで頂戴! 村雨と長良、名取に面倒は任せてあるから!」
 川内、夕立そして五十鈴の掛け声が響く。神奈川第一からも天龍や暁達、霧島の掛け声が発せられていた。

 雰囲気はいよいよ最終決戦という空気を嫌でも感じてしまう。那珂がそう感じた空気は鳥海も感じとっていた。どう決着を付けるかに思考を張り巡らせる。
 近距離での戦いはとにかくスピーディーに動き回り、敵の攻撃を避け攻撃を命中させなければならない。そして砲雷撃戦だけではなく肉弾戦の可能性も頭に入れておかねばならない。とはいえ鳥海も那珂も格闘技の経験なぞあるはずもない。艤装の外装を活かした肉弾戦も、先程の自身らの咄嗟の行動で危険性を覚えたばかりなので最悪最後の手段だろうと互いに思っていた。

「せっかく近距離で戦うのです。ルールを決めましょう。」
「いいですね~それ。じゃあ、場所は長さ堤防のあそこから河口のあそこまで、幅は突堤のあそこまで。いわばリングです。いかがでしょう?」
「えぇ、良いでしょう。その位であれば適度に動けていいと思います。それでは、こちらからもお願いよろしいでしょうか?」
「えぇどーぞ!」

 せめてものルール決めだ。近距離での戦いとはいえ、ある程度の広さを確保して自分だけでなく時雨と五月雨両名の回避の確実性を担保しておきたい。
 那珂はこの後の展開と作戦を雑に考えながら鳥海の提案を待つ。

「3対3、お互い艦種も丁度良いことですし、それぞれ1対1というのはいかがでしょう?」
「えぇ、いーですよ~~……へっ!?」
 一旦戦闘を中断して那珂は気が緩んでいた。軽快さと安堵感が底辺で支配する会話の雰囲気と流れで思わず即答してしまったのだ。
 後悔とはまさにこのことだなと思って慌てて言い直そうと一文字発しようとしたが鳥海の言のほうが早かった。
「その返事は承諾として確かに受け取りました。これで安心して駆逐艦二人に任せ、私も本来の目的を果たせます。」
「う、うぅ~~……ずるいですよぉ~今の流れぇ!」
 高い声ながらもくぐもった那珂の文句は鳥海には届かなかった。メガネの奥の表情はきっとしてやったりといった感じなのだろうと那珂は妄想する。その妄想が現実にどうなのかは鳥海の口ぶりからは感じ取れないが、冷静に感情を隠しているのだろうと思うに留めた

「騙すような言い方で申し訳ございません。けれど、最後にあなたのような艦娘と戦えることが……いえ、まだ戦いは終わってないですね。時間ももう限られているのでそれでは行きましょう。」
「最後? そーいえば始まる前もそんなこと言っていた気がしますけど、何かあるんですか?」
「いえ。こちらの問題です。お気になさらずに。」
「はぁ。そんじゃまぁ、覚悟を決めましたのでこっちもOKです!」

 那珂は通信を終えて、未だ脳裏をもやもやした感情で支配されながら振り返り五月雨達にルールを知らせた。せめてもの反抗でわざとらしく大げさに鳥海のセリフを再現してみせ、駆逐艦二人の笑いを大いに誘う。
 きっかけや原因はどうであれ、お互いの心は温まって精神状態は回復し、覇気を得た。

「というわけだから、時雨ちゃんは秋月って娘を、五月雨ちゃんは涼月って娘をお願いね。ヤバかったら入れ替わってもいいから。もし撃破できたら片方を手伝いに言っていいよ。」
「はい。頑張ります。」
「はい! か、勝ちたいです!」
「うん、勝とう。あたしも腹をくくったよ。」

 二人から意気込みを聞いた那珂は自らも意気込みを語る。途中で前方を向き、そして締めくくった。
「自分の限界まで動いて一瞬でケリをつける勢いで、やっちゃうよぉ~。」
 言葉の末尾は那珂の普段調子だが、語り口調の奥に秘める攻撃的な鋭い感情を察して時雨と五月雨はその身を引き締めた。


--

「それじゃあ散開!」
「「はい!」」

 那珂は中腰になった後、かつて鎮守府で一度見せたことのある、激しく波しぶきを立てて爆走してまっすぐ突っ切った。真正面で待ち迎えるのはもちろん鳥海である。五月雨達二人の行動の行く先を見ることなく、動きはまるで一瞬だった。

ザバアアアァァ!!!

「速い!? くっ……!」
 鳥海は那珂の突進のスピードに目を見張った。今までとは異なり近距離のため、先にスピードを出されては進むも戻るも対応できなくなる。どうにか右側に倒れ込むように体を動かしてこれから予測される突進してくる那珂の物理的な一撃をかわそうと目論む。
 どちらも格闘のプロというわけではなく、機械的に身体能力が強化されたただの少女と女性であるため、相手の動きに完璧に対応するのはよほど元々の運動神経が良くなければ可能とは言えない。
 一応学校の体育でも成績は良い那珂は、疾走中ながらも鳥海を逃がすまいと追随した。
 そして那珂の砲撃が鳥海を狙い撃つ。

ドドゥ!
ベチャ!

 そのまま突っ込めば鳥海と物理的に衝突してしまうところだったが、那珂は高速航行の勢いを利用して海面を思い切り蹴って鳥海の左舷の宙に半月を描くように飛び上がって避けた。
 一方の鳥海は命中の衝撃を物ともせずバランスを取り保ち、バランスを取った右とは逆、左腕を飛翔中の那珂へと伸ばし、反撃に転じた。

ズドンッ!

バシャ……ザアアアアアァァl

 那珂はフィギュアスケートのジャンプ・回転のような流れるような動きで鳥海の攻撃を回避し、海面に着水したと同時に体の回転を止め高速航行を再開した。そこはまだ航行を始めていない鳥海の背後を取る形になった。

ドドゥ!ドゥ!

ベチャチャ!

「くっ!」

ザアアアアアァァ……

ブン!

 背後を撃たれた鳥海は低速ながらもようやく安定した航行をし始めて那珂の方向に回頭する。しかし那珂は反時計回りに弧を描くように移動し、鳥海のこれからの砲撃の射線上からすでに逃れていた。そして那珂は低姿勢になって高速で蛇行しながら鳥海に迫る。

「また速い!!」

 蛇行に惑わされ鳥海は狙いを定めることができずにまた那珂の砲撃の餌食になった。

ドゥ!ドゥ!ドゥ!

 蛇行しすれ違いざまに鳥海の右腕・腰を白濁に染めさす。那珂の主砲の砲撃による衝撃程度ではよろけないが、外装が大きいため対応に若干の時間差が生じる。
ブン!

「追いつけなっ……!」

 鳥海が右へ振り返り砲を構える頃、那珂は蛇行から通常航行に戻りすばやく時計回りに小さく半周してまっすぐ突っ切る。完全に有利な丁字になった。
 そして……

ドゥ!
ドドゥ!
ドドゥ!


 移動しながら続けざまに連続砲撃。たとえ那珂とはいえ移動しながらの砲撃では威力が落ちるが、そんなことはお構いなしにとにかく当てる。当てられるだけ当てる。


「くっ、小賢しい!! えっ!?」

 鳥海が那珂の方を向き直すとやはりすでに那珂は鳥海の視界から消えていた。

((なんて速い。そして恐ろしい運動能力。先程までとはまったく違う。さっき垣間見たあのときの速さ迫力強さには劣るけれど、とても対応しきれない。これが……これが軽巡洋艦那珂の本気の力なの!?))
 そう分析する鳥海は止まらぬよう速力をあげて小刻みに動き始め、続けて那珂を考えた。
((いえ、これは私が知る艦娘の単なる力ではない。この娘……の最も得意とするフィールドにわざわざ飛び込んでしまったということなの?それだけじゃない。だとすると私は……。))

 那珂の間合いに入ってしまったことをようやく理解した鳥海は、もはやこの近距離戦で素直に追いかけていては勝てぬことを察した。気づいたら中破の耐久度に達してしまっていた。
 幸い那珂の先程からの砲撃一発一発は大した威力ではないし、追いかけられぬならば自分の艦種の能力を生かすしかない。

 那珂は左舷に旋回し、距離を開けて鳥海と対峙した。鳥海はところどころをペイントで白濁に染めてはいるが、至って平然とまっすぐ立っている。
((やっぱ小さな砲撃だけじゃ轟沈判定はまだまだ遠いかぁ~。雷撃をしたいけどこの距離だと反則気味だし、避けられたらあっちの川内ちゃんたちや消波ブロックに当たって危ないもんなぁ~。立ち位置が逆になるよううまく動くしかないか。))

 那珂は鳥海に近づかないよう右40度に移動を再開した。鳥海を左舷に見ながらの動きだ。それをされる鳥海は右舷に那珂を見て構える。しかし互いに砲撃はしない。
 那珂は気づいたら弾薬エネルギーが少なくなっているため、もはや無駄な数打ちゃあたるやり方をできないと悟っていた。やるべきは残りのエネルギーを全部費やしての高出力の砲撃がベストと考えていた。対して鳥海は那珂を警戒しているがゆえ、そして強烈な反撃を食らわすためにあえて温存することにした。
 互いに思いは違えど結果として無駄な砲撃合戦をしたくないという点では一致していた。


--

 そんな二人の一方で、時雨と五月雨は秋月・涼月と戦っていた。決して見ごたえのある激戦ではないが、一進一退の攻防を繰り広げて観客をハラハラさせていた。

 大破である秋月を追い回す時雨も大破していた。しかし互いに相手のそんな状態は知らない。お互い、目に見える形で状態が見えるペイント弾の付着を見て想像するしかない。
 時雨の連続砲撃を辛くもかわし続けていた秋月だったが、ようやく反撃に転じる。

ドゥ!

「くっ……!」

 時雨は左舷に向かってきたその砲撃を速力アップ+宙で身を捩って回転してかわす。しかし、その後かわし続ける体力が切れてしまった。それは2度も海中に身を落としていたことも影響していた。
 一回転半して一度バランスを崩しながらも航行に移行した時雨に2撃目、3撃目の秋月の砲撃が迫る。

ドドゥ!
ドゥ!

ベチャ!

「うっく……まだまだ!」


「千葉第二、駆逐艦時雨、轟沈!」
 明石の声が聞こえてもすぐに停止することをせず時雨は反時計回りに移動して秋月を捉えようとする。それを止めたのは提督の声だった。
「時雨、轟沈判定だぞ!今すぐ停止しなさい。」
「えっ、提督!? 僕は……え? あ……。」

 時雨はようやく現実を直視し、姿勢でもハッキリ肩を落として緩やかに速力を落としてやがて停まった。
「はぁ……多分、もうちょっとだったのになぁ……。」

 時雨が視線を秋月に戻すと、彼女は主砲を一旦下ろして別の方向を向こうとしているところだった。その方角には涼月がいる。そして彼女と戦っている五月雨も。
 どちらかといえば秋月が見ていたのは、五月雨の方だった。

((まずいな……さみ。気づいてないや。教えたいけどもうダメだしなぁ。まだ耐久度的にはギリギリで中破行っていなかったって言ってたし、頑張ってもらうしかないか。))

「頑張ってね、さみ。」

 時雨は小さく一言を数十m離れた海上にいる友人に投げかけ、回頭して堤防へと向かっていった。


--

 涼月と戦う五月雨は、時雨より危なげという点では観客をハラハラさせる攻防を繰り広げていた。闘争的という概念など程遠い性格をしている五月雨である。1対1となるとどうしても相手に気後れしてしまっていた。相手の涼月もまた穏やかな性格をしていたが、彼女はリアルでも姉である秋月とともに真面目に黙々と訓練に励み堅実に成果を積み重ねてまずまずの評価を得ていた。姉妹揃って多少なりとも戦闘センスがあり必要なケースで強気になれる性格だ。
 この今の戦闘で優位に立っていたのは涼月だった。

ドゥ!

バッシャーン!
「きゃっ!」

 五月雨は善戦していたがとうとう背後に涼月を迎えてしまい、続けざまに飛んでくるペイント弾をかろうじてかわして逃げ続けていた。立ち位置的に反撃ができない状態だ。

((うぅ・・・・・・せっかく思い切ってみるって神通さんと決心したのに、涼月さんの砲撃が怖くてどうにもできないよぅ。))

 どうにかして相手と面と向かって対峙したいがタイミングが掴めない。大なり小なり被害を気にしないで思い切れば急速回頭して反撃することも不可能ではないことは頭の中のシミュレーションで答えは出ている。しかしせっかくここまでギリギリで中破に到達せずに来たのにという思いが拭い去りきれないのだ。
 とはいえそのようなみみっちい考えがいけないのだということも十分理解している。
 五月雨は様々な要素を天秤にかけまくり、逃げ惑いながら考えを整理してようやく決断した。

((よし、次の砲撃をやり過ごしたら海面をジャンプして強引にむき直してみようっと。そうすれば涼月さんもビックリして砲撃をやめちゃうはず。))

 五月雨は逃げの姿勢を活かすことにした。わざとらしくならないよう、少し速力を落として肩で息をする仕草をした。あとは後ろからする航跡を作る音で涼月との距離感を計る。視線の先では時雨と秋月が戦っている姿が見えた。しかしその光景もぐるりと旋回し続けることで見えなくなる。友の奮闘が励みになり、五月雨は下腹部から太ももにかけて力を入れる。
 そして……


「えいっ!」


ザパアァッ!!

 五月雨は前方に航行する力を瞬時に止め、後方右80度に向けて飛び退く形にジャンプし、空中で身を捩って方向転換をした。後を追ってきていた涼月とは狙い通りあっという間に距離が縮まり衝突の危険性が一気に高まる。
「えっ!?あぶな……!」
 涼月は五月雨をかわすべく左に身体を傾け思わずのけぞりバランスを崩しかけるが前進を保った。その結果、五月雨を右舷に一瞬見て通り過ぎた。
 わざと追い抜かせることに成功した五月雨は空中での回転を海面へ着水して止めた。先についた右足を軸にすぐさま回頭して涼月を追いかける構図に持ち込みたかったが、姿勢のバランスはそれを許してくれなかった。

「あうっ!!」

ザッパアァーーン!!


 先に付いた右足に続いて左足をつけて踏ん張ろうとしたが五月雨は耐えきれずに左側面から海面に飛び込んだ。その音を聞いた涼月は大きめに旋回して向きを変えて五月雨を再び視界に収めた。
 その場で五月雨が浮き上がってくるのを待って狙えばよいものだが、涼月はそれをせず、わざわざ五月雨の近くまで移動した。一方で沈んだ五月雨はもがきつつも浮き上がる際、主砲を装備している腕を先に海面から上げ、偶然にも涼月がこれから向かってくる方向に向けた。そして後から浮き上がらせるその拍子にトリガーを押してしまった。

ドドゥ!

「!?」


ベチャ!ベチャ!


「うえっ!? な、何・・・・・・? あれ、ペイント?」

 涼月はこれからまさに五月雨に向かおうと必死に前進していた矢先に突然の砲撃とその命中を受けて呆気にとられた。そしてザパァと勢いよく浮き上がった五月雨に対して何もできずただ呆然としてしまった。五月雨の形勢立て直しを許してしまったのだ。

 そのとき自身の視界の左端、五月雨からすると後方の戦闘の結果が放送された。呆然とする中で涼月は数秒経ってから遠くから姉である秋月が向かってくるのを見た。呆けた顔がやがて自然と喜びと自信の表情に移り変わる。
 一方で五月雨は浮き上がる際の様々な音と自身の集中力の一時喪失のため、たった今の放送が頭に入ってこなかった。

「ケホッ、ゴホッ・・・・・・せっかくのチャンスだったのに~。」

 海面に全身を出してすぐ前進し始め、涼月をきちんと狙うべく構える。対する涼月は五月雨とは違う方向を見ていたのだが、五月雨は若干の距離もあったためかその視線の動きと先に気づかない。わずかなチャンスを捉えるのに夢中だった。

ズザアアアァ……

「えーい!」

ドゥ!ドドゥ!

ベチャ!

「くっ!」

 姉の来る方向に気を取られて五月雨の砲撃を再び食らってしまった涼月は頭をブンブンと振って思考をリフレッシュさせて五月雨を見定めた。そして左45度に向けて移動を再開する。その際秋月に通信を取り、五月雨を挟み撃ちにしようと目論んだ作戦を進言した。妹のアイデアに秋月は乗ることにし、大破のその身を奮い立たせて速力を上げた。
 五月雨は涼月を右舷に見ながら時計回りに近づく。そのとき、涼月のその先から秋月が向かってくるのにようやく気づいた。

「あれ!?あれあれ!?なんで秋月さんがぁ!? 時雨ちゃんは……あ!」

 五月雨は移動しながら時雨の行方を探すと、彼女はすでに退場して堤防に向かっていた。愕然としたが友人を暗に責めても自身の境遇を嘆いても仕方ないと感じ、目の前の敵二人に意識を戻す。

((敵が増えちゃったから、もう背中は見せられないよね。もう誰にも頼れないんだし……!))

 まだ涼月と秋月が合流していないこの時がチャンスだと感じ、五月雨は両腕から砲撃した。右腕は自身の右50度の方角に移動しつつある涼月を、左腕はこれから向かってくる秋月に向け、同時砲撃した。

ドドゥ!
ドゥ!

ペシャ!
バッシャーン!

 連装砲だった右腕の砲撃の一発が涼月の耐久度をまた下げた。秋月に対して当たらずもきょうさだ。さすがに何度も違う方角に対して同時砲撃をできるほどマルチタスクな脳ではない五月雨は右腕だけを構えて狙いを定めることにした。
 その狙いはこれからやってきてさらに近づいている秋月である。必死になっていた五月雨のやる気は彼女に素早く鋭い砲撃をさせた。

ドドゥ!

「きゃあ!」

 再びきょうさになって驚き蛇行する秋月。そこに五月雨は装填が半分終わって一つの砲身から撃てる状態の連装砲から間髪入れず砲撃した。

ドゥ!

ペチャ!

「!!」

 秋月はペイント弾の付着に左の頬をゆがめて気まずい表情をした。蛇行のバランスを取り戻しようやくまっすぐの移動になった時、自身についての放送を聞いた。


「神奈川第一、駆逐艦秋月、轟沈!」


 たった一発で秋月は轟沈判定になってしまった。しかしたった一発ではない。最終決戦が始まって時雨が当てた数発が効いていたのだ。そのため五月雨からの一発で轟沈判定を得た結果である。

 敵を倒した五月雨は秋月の轟沈に喜びを沸き立たせたが、その感情の増大を途中で止めて意識と視線を涼月に戻す。
 ギリギリの戦いで油断してはいけない。ゲーマーたる川内から、何かのゲームに喩えられてそう教わった。記憶力のよい五月雨はその教えを思いだし、素直で律儀なため忠実に守ろうとした。

 涼月はせっかく姉と一緒にしようとしていた挟み撃ち作戦に至ることができなかった。姉が加勢してくれるという安心、そして秋月は妹と助けてあげられるという慢心。その二つの要素が涼月と秋月の共闘を阻んだ形になった。一気に意気消沈する涼月。そこに同調率ではなく、速力低下という目に見える油断が生じた。
 さすがの五月雨もその変化を見逃さなかった。航行を涼月に向けて一直線にし、移動しながらの砲撃の安定を図って命中率を高める。ペイントの装填が完了した両腕の主砲をほんの少し間隔と角度をつけて涼月に向けて定め、そしてトリガースイッチを押した。


ドドゥ!
ドゥ!

ペシャ!ペシャシャ!

「あ……。」


 涼月は飛来するペイント弾を避けられなかった。五月雨の放ったペイント弾は見事に彼女の胸元と腹に当たり、耐久度判定を一気に下げた。

ドゥ!

ペシャ!

「まだ……まだだよ!」
 五月雨は一発だけ装填を待ってからダメ押しですぐさま発射した。そして本当に突進しないよう身体を左に傾けて左に旋回して涼月を左舷に見るように距離を開け、様子を見る。


「神奈川第一、駆逐艦涼月、轟沈!」


 明石からの放送を聞き、五月雨はやっと胸を仕草的にも気持ち的にも撫で下ろした。
「や、やった……私、一人で勝てたんだぁ~!なんだかすっごく久しぶりな感じ。うぅ~~嬉しいよぅ~~!」

 安心して自然と停止した五月雨は半泣きした。そして後方を見てその先の堤防のそばにいる時雨に向かって小さく手を振った。
 対する時雨、そして夕立は五月雨に向かって声大きくエールを送って返した。
「さみー、よく頑張った!偉いよ!」
「やったじゃん~さみぃ!あと少しっぽ~~い!」

 友人二人からの声援を受け、五月雨は頬を伝い始めた涙を左手でぬぐい取り、視線をこれからの方向に向け直した。
 その先には、那珂と鳥海がグルグルと弧を描いて航行し続けている。


--

 素早い動きで鳥海を翻弄し続けていた那珂は僚艦の時雨と五月雨の戦いの結果を耳にしても思考や感情に一切影響を及ぼさなかった。那珂の集中力の向く先は完全に鳥海に絞られていたためだ。
 対する鳥海もまた、結果的に負けに至ってしまった秋月と涼月に対し、口ではもちろん心の中でも労いの言葉をかけなかった。そんなことよりも目の前の好敵手との戦いに専念したかったためだ。

 互いに無駄な砲撃は避けるようになった。弾薬エネルギーが残り少ないためでもあるが、互いに機会を窺っているためだ。鳥海の重巡主砲ではもちろんのこと、那珂の軽巡主砲であってもエネルギーを溜めに溜めた強力な一撃ならば、あと一撃で敵を倒せる耐久度に二人ともなっていた。
 那珂は後半戦開始時点で中破、鳥海は最終決戦が始まってみるみるうちに耐久度を下げられて今や大破に近い中破。互いに疲労も溜まっていて、次の砲撃が最後になる、実質勝敗が決まると考えていた。それだけに隙を窺う集中力も半端なものではない。先ほどまでの距離ある戦いとは違い非常に近いために一瞬の隙が敗北につながる。そのことを重々理解していた。

 那珂は鳥海の狙いがカウンターであるということを察していた。今までは腕を掲げて砲撃をしていたため、そこに隙があると思い込まれていたのだ。しかし川内型の砲は、別に腕を向けなくとも、砲塔と砲身さえ適切に向いていれば腕の構えなど全くの不要なのである。そこを突くことにした。
 もし失敗してトドメの砲撃をできずにカウンターを食らってしまえば自分は確実に負ける。ブラフの砲撃をすることで倒せるだけのエネルギーが足りずにトドメの砲撃をしてもその先に待つのは敗北。後を託せるのは唯一残った五月雨だけ。しかし彼女では鳥海の迫力に対し完全に気後れしてしまうのは容易に想像が付く。作戦を言い渡したいがそんなことをしてしまえば隙ができる。那珂は心の中だけで頭をブンブンと振る仕草をして集中力を戻した。

 鳥海とまるでランデブーを踊るようにさきほどからクルクルと旋回して円を描いていた。それはまだ変わらないが那珂は左腕を身体に隠しつつ手首から先、つまり1番目の端子に取り付けた主砲のみ顔を覗かせて待機させた。鳥海から常に見えている右腕はずっと腰にあてがって海面に対し水平に向けていた。アクションスイッチを押して角度を調整しそれを先ほどから続けている旋回の最中、バレないように小刻みに行う。
 そして意を決して動いた。腰に当てて水平にしたままの右腕をあえて肩の高さまで掲げてトリガースイッチを押し下げた。


ドゥ!ドドゥ!ドゥ!

 ギリギリの出力で右腕の全砲門から一斉にした砲撃。それらによるペイント弾は鳥海を捉えて彼女の服や艤装に命中した。

ペシャペシャ!

 しかし鳥海はそれらが見せかけの砲撃だと見抜いていた。それ故のけぞったり回避したり相殺するといった動きを一切せずに食らうがままにしておいた。耐久度に大きく影響があるほどではない。
 そしてその直後に来るであろう一撃を待った。

 那珂は鳥海が素直に砲撃を食らったのを見て、自信があるのか狙いがあるのか避けないのを見て確信した。
 川内型の砲の特徴に気づいていない。

 最初の砲撃から数秒経ち、互いに4分の1周をしたタイミングで那珂は左腕の手の甲つまり1番目の主砲から砲撃した。
 しかしその動きは身体をピクリともさせずだ。

ズドオオオオォ!!

「!!?」

 ベッシャアアァ!!

 那珂の腹の先から何かが発射された。そう気づいた時には遅かった。鳥海は右胸元から肩、そして右腕の主砲パーツにかけてびっしりとペイント弾を食らってしまった。彼女の視線は右腕の主砲群に向いていたため、那珂の身体に隠れていた左腕のことなど頭から抜け落ちていたのだ。
 強烈な一撃の衝撃でよろけた自身の被害状況を確認する前に鳥海は急いて左腕の主砲で反撃の一撃を発射した。

「つああああ!!!!」


ズドゴオオオオオォォォ!!!!


「やばっ……うあっ!!!」

バッシャーーーーン!

 那珂はたった今の砲撃で弾薬エネルギーを使い果たし相殺叶わず、また鳥海への命中確認をしたところで体力が限界だったことに気づき、回避ができなかった。自身の主砲の砲撃よりも衝撃が強い重巡の砲撃の衝撃により那珂は左に思い切り吹き飛ばされ、海面を二度ほど跳ねて海中に没した。

「那珂さん!」
「「那珂さぁーん!」」
「那珂!!」

 二人の戦いの空気に入り込めなかった五月雨が叫ぶのと同時に外野たる堤防沿いからも口々に叫び声が発せされる。

 程なくして、誰もが聞きたくなかった発表が明石の口からなされた。
「千葉第二、軽巡洋艦那珂、轟沈!」

 那珂は海面に顔を出した直後にその放送を聞いて落胆した。やはり、鳥海を倒す一撃に足りなかったのだと悟った。もし倒せていたら、先にその旨放送がされるはずなのだから。

「う~~~ハァ……ダメだったかぁ~~~。」

 そう口を真横に大きく開いて愚痴をこぼした。そして事態は那珂が心配していた通りになってしまった。どう考えても勝てない構図、鳥海VS五月雨である。

 しかしその後見たのは意外な光景だった。それは那珂自身起こしたことのある状態だったが客観的に見られなかった光景、そして鎮守府Aで最初に同調率の動的変化を起こした初期艦の本気モードだった。


「う……ああああぁぁあぁぁ!!!」
キイィーーーン……
 五月雨の発する悲鳴じみた雄叫びのごとき叫び声。
 浮き上がった那珂は腰のコアユニットから痺れるような感覚をおぼえた。それは鳥海も同じであるが彼女は二度目だった。そしてその感覚は先程の那珂のように素直に畏怖しつつも称賛し、好敵手として喜べるものではなかった。

「な、これは……!」

 背筋にゾクリとくる、純粋無垢で得体のしれぬ恐怖。那珂はその恐怖を発する存在とその原因を察することができたので恐怖を軽減できたが鳥海はそうではない。
 この演習試合何度目かわからぬ仰天をし動けない。そして……

ズドドゥ!

ベシャ!

「うっ!」
ザッパァーン!ズザザアアアァ……

 突如食らった砲撃に鳥海は吹っ飛ばされて右舷から着水した。慌てて身を浮き上がらせて砲撃の元の方向を見ると、その先に立っていたのは隣の鎮守府のただの駆逐艦でありながら、先刻の飛びかかってきた那珂以上の妙な迫力と気配を感じる一人の少女であった。

「神奈川第一、重巡洋艦鳥海、轟沈!」


--

 自身の敗北を理解した鳥海はたった今起こったことに対して戦慄を覚えた。演習用のペイント弾とはいえ、ただの駆逐艦の砲撃で重巡洋艦である自分が衝撃ではじき飛ばされるなどあり得ない。きっと傍から見ればただ単に砲撃がまぐれ当たりしたようにしか見えないのだろうが、当事者の艦娘達にはハッキリわかる反応。
 鳥海は自分の鎮守府で訓練として駆逐艦からの最大出力の砲撃を食らうシーンを咄嗟に思い返した。先ほどの五月雨が放ってきた砲撃はそのどれとも比べ物にならぬ大出力だったように思える。まるで自分のように重巡洋艦レベルの重い一撃だ。
 もしかして違う鎮守府では駆逐艦でも高性能の主砲を装備でき、それが許されているとでもいうのか。自分のところよりも人が少なく練度も低いと提督や鹿島から教えられていた弱い隣の鎮守府にこのような艦娘がいるなどいうことがあり得てよいのか。

 いや、那珂ばかりに気を取られていた自分を悔いた。そして井の中の蛙になっていたことも反省した。違う鎮守府には艦娘の異なる成長がある。最後の最後にそれを思い知らされた鳥海の眼鏡の奥の表情は、どこかすがすがしい笑顔だった。


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 最後まで海上に立つ艦娘は鎮守府Aの五月雨一人になった。そのため複雑な判定確認なく、西脇提督と鹿島は揃って発表した。

「「今回の演習試合、千葉第二鎮守府の勝利となります!」」

 その瞬間、観客席たる堤防沿いと消波ブロックの前に並んでいた艦娘たちは大いに歓声を上げた。

試合後

 勝敗を提督と鹿島が発表した後、那珂は五月雨に慌てて駆け寄った。なぜなら、崩れるように力尽きて倒れ込もうとしていたからだ。意識が飛んで気絶したのではと想像するに容易い。

「五月雨ちゃん!!」

ザブン!

 若干潜るはめになったが救出に事なきを得た那珂は時雨たちを呼び寄せ、五月雨を運んでもらうことにした。
 そして自身はある方向に向かう。その先にいるのは鳥海だ。

「鳥海さん。お疲れ様でした。」
「那珂さん……えぇ、お疲れ様でした。」

 鳥海がそれ以上口を開きそうもないとわかると那珂はその重々しい空気を壊すべく軽調子で言った。
「鳥海さんに及ばなくて残念でしたよ~。まさか五月雨ちゃんにぜーんぶ持って行かれちゃうなんて。でも、最後以外はいい勝負できたって思ってます。鳥海さんはいかがです?」
 那珂がそう言うと、鳥海はため息を吐いて数秒して答えた。
「私こそ、試合はもちろんあなたとの勝負にも負けていたとわかりました。あなたのその強さ、それはいったい?」

 那珂はその質問にあごに指を当てて考える仕草をして答えた。
「ん~~、これ別の鎮守府の人に言ったらダメって釘刺されたんですけど、鳥海さんには特別に教えてあげちゃいます。私、同調率が98%あるんです。」
「きゅ、98%!?あなたまさか……改二なのですか!?」
「かいに?いーえ、私はただの那珂ですよ~。」
 那珂のあっけらかんとした口ぶりに鳥海は驚き呆れ、そして納得した。

「そう、ですか。改二でもないのに同調率が……。あなたの強さの理由がなんとなくわかりました。それならば重巡洋艦である私はおろか、加賀さんたち空母、そして戦艦霧島ですら敵わなかったのも頷けます。そうなるほどまでに、あなたは軽巡洋艦那珂の艤装と馴染んでいる、いえ馴染みすぎているのですね。だから、本来想定されている艦娘の動作を超える動きができる。しかし不可解なのは、少し前に飛びかかってきたあなたや、ついさっきの駆逐艦の妙な気配。あれも同調率が高いと及ぼせる影響なのですか?」
 その疑問に那珂はさすがに答えられなかった。それは提督や明石からもっとも釘を刺されている、鎮守府Aに配備される艤装の最重要機密にかかわるからだ。
 那珂は考えるそぶりをしてうなりつつ答える。
「うーーん……それに関してはあたしはなんとも。あのときは必死でしたし、さっきの五月雨ちゃんについても正直何が起きたのか。後で明石さん……うちの工廠の人たちに聞いてみないと。」
「そう……。」

 二人は話を切り上げた。堤防の先にいる提督と鹿島に集合を叫ばれたためだ。


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 堤防の消波ブロックの先に両鎮守府の艦娘たちは整列した。堤防には提督と鹿島を囲むように観客が群がっている。

「改めて発表します。総合的な勝利は千葉第二です。MVPについてはこの後試合中の判定を確認してから発表をします。……みんなご苦労様!君たち的にも観戦してくれた皆さんとしても、良いものが見られたんじゃないかなと思っているよ。」
「皆さんお疲れ様でした!弊局としても、千葉第二の皆さんの強さを知ることができて勉強になったのではないですか?」

 提督に続いて鹿島がそう口にする。すると神奈川第一の艦娘達は口々につぶやき頷き、鹿島の台詞を肯定した。
 提督は一度締めくくりかけたが鹿島の台詞を聞いて自分のところの艦娘達に問いかけた。
「いやいや、うちとしてもお隣さんである神奈川第一の皆さんの強さを身をもって学べてよかったです。だよなぁみんな?」

「うん、そーだよ!勉強になったし面白かった!」
「そーですね。まぁあたしは前半戦で早々に退場だったけど、那珂さん達の戦い見ていてそう思いました。きっと神通もそう思ってると思いますよ。」
 と川内は那珂に続いて意見を口にした。その意見に続いたのは夕立だ。
「うんうん!あたしももーちょっと試合参加したかったけど、そー思うっぽい!」
「そうね。私もそう思います。」
 夕立に続いたのは妙高だ。本来続くと予想された時雨は、気絶してしまった五月雨を介抱するため先に工廠に戻っていた。

「よーしみんな。工廠に一旦戻ってくれ。この後は○○TVさんからのインタビューが待っているからな。」
「えー!?みんなこんなに汚れてるのにテレビに映させる気ぃ!?提督ってばきっちくぅ~~!」
 那珂は身体をブンブンと振りながらわざとらしく文句を言うと、その場にいた皆はアハハと笑いを漏らした。当の提督はその返しに無言でたじろぐしかなかった。


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 工廠に戻った艦娘達は高速洗浄装置で全身のペイントを簡単に洗い流し、艤装を解除した後観客の前に姿を現した。ちなみにTV局のカメラと那美恵の学校のメディア部の井上のカメラは那珂たちが出てくるところから撮影を再開していた。

「はぁ~~これでなんとか綺麗に……ってうわぁ!」
「や~や~どもども。当校のヒロインにヒーローインタビューですよ~。」
「は~あ。さっぱり。うおっと、那珂さん急に止まらないでくださいy……え?」
 那珂を驚かせたのは井上の撮影だ。続いて出てくる川内も捉える。そんな学生の撮影をも撮って全体を捉えるのはネットテレビ局のカメラだ。二つのカメラのことなど気にせず那珂の高校の学生、五月雨達の中学校の学生はそれぞれの学校出身の艦娘達に駆け寄る。そんな自然な姿をテレビ局の撮影クルーは熱心に撮っていた。

「会長、お疲れ様です!」
「なみえちゃんすごかったよ~!めちゃかっこいい!女のあたしでも惚れちゃう!」
「男の俺なんか元から会長に惚れてたっすよ!」
「俺も俺も!」
「あんた達……どさくさに紛れてなみえちゃんに告ってんじゃないわよ。」
「会長、お疲れ様です。後でさっちゃんのところに連れてってください。」

「お、和子ちゃん。うん、和子ちゃんが看てあげると神通ちゃんきっと喜ぶよ。あとみんなもありがとー!あなたの学校の那珂ちゃんは勝負には負けたけど試合には勝ちましたよ~!」
「「アハハハ!」」
 那珂は同校の学生達それぞれにきちんと声をかけて応対し、最後に皆に普段調子の冗談めいた口調で改めて報告をした。その口ぶりの軽さに皆笑いを隠さない。


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「ながるんお疲れ様!会長もすごかったけど、俺達的には前半のながるんの猛ダッシュと突進がよかったなぁ~。あれは熱い展開だわきっと。」
「あぁわかる。○○のちょうどボス戦みたいな感じだよなぁ。ね、ながるん?」
 男子生徒数人が口々にゲームを絡めて自身の行動に触れたことに川内は気恥ずかしさを覚えたが素直に同意しそして感謝を示した。
「え?あーうん。そう言われるとそうかも。負けたあたしなんか気にしてくれてありがとね。」
「「お、おぅ!」」
 川内のキリッとしつつも柔らかい笑顔に男子生徒らはドキッとしてまごつく。同校では黙って立っていれば正統派美少女トップレベルと評される川内こと内田流留である。その素の可憐さと男子趣味による人懐こさで男子の間ではまだまだ影ながら人気は誇っていたが故の反応だった。


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 その後、那珂達鎮守府Aの艦娘と神奈川第一の艦娘たちはテレビ局からの取材を受けながらステージを本館に移した。
 医者にかかりにいった不知火はその後経ってようやく回復し、鎮守府に戻ってきた。その前に五月雨と神通は意識を取り戻していたため、出迎える際にその姿を見せることができた。

 MVP発表と演習試合締めくくりのための報告会は、本館1階のロビーで行われた。提督と鹿島が本館裏手口の手前に経ち、那珂達鎮守府Aのメンバーは二人から見て左側、神奈川第一鎮守府のメンバーは右に並んだ。

「えー、改めて今回の演習試合ご苦労様。試合の評価をまとめたので、ここで発表させていただきます。」
「本件はうちの村瀬提督にも報告し、評価をすりあわせていますので公式なものです。」
 西脇提督に続いて鹿島が説明をする。

「それでは最優秀MVPは……。」


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 発表が終わった後、妙高と大鳥夫人によりお茶と軽食が運ばれ、その場で簡単な懇親会が開催された。その場には艦娘をそれぞれに囲んで和気藹々とした会話の花がそこかしこに咲いている。

 神通は病院から戻ってきた不知火と共に卓を囲んでいた。その隣には和子とその友人達もいる。加えて不知火の学校の同級生もいるという大所帯。その賑やかさにやや辟易気味だったが、これもまた人脈作りの一環だと己に強くいいつけ、この場の雰囲気をどうにか享受していた。

「ねー智子、あんたマジで大丈夫なの?」
「(コクンコクン)」
「艦娘ってああいう目にもあうんやね。ウチも今のうちに身体鍛えておかなあかんね~。」

 神通は不知火が同級生としている会話を横に聞き、もう片方では和子とその友人達のお喋りを同時に聞いていた。仲良くしている二人の友人が自分の友人でもあるというわけではないことはわかっている。和子の友人とはイメチェン以降、会話をして急速に距離が縮まった気がするがそれでも自分の中では友達というランクに至るほどではない。冷静に分析する思考の隣で、そんな自ら距離を開けてどうするという自分を叱る思考もあった。集団の中のボッチはやはり辛い。

 和子は愛想笑いして輪の中に無理して混ざろうとしている友人を見てハッと気づいて話題の流れをどうにか変えるよう試みた。
「アハハ、そうだよね。ところでさ、さっきの艦娘の戦いどう思いました?私としては親友ですし、さっちゃんに個人的MVPをあげたいなと思ってます。」
「あ~和子っちはさすが神先さんびいきだね~。かくいう私も神先さんに一票かな~。」
「私はね~、あの時雨って娘かな。最後のほうまで残ってたし、会長と一緒にずいぶん長いこと組んで戦ってたからなんか好きかもあの娘~。」
「あたしはね~……」
 口々に感想と個人的な好みを言い出す女子生徒ら。それでも最終的には和子の気持ちを察したのか、話題の集約先を神通に定めた。
「まぁでも、友人としてはさ、神先さんを推したいね。」
「やっぱそ~だよね~。神先さん……っと神通さんだっけ。神通さん海にミサイルみたいなの撃って敵倒すところスクリーンで見てても迫力あってよかったよ~。」
「あたしもあたしも!知り合いが活躍するのってこんなに誇らしいんだね~ってよくわかったもん。」
 そして最後に和子が、神通の肩に手を置き優しく言葉をささやきかけた。
「さっちゃん、皆さっちゃんのこと誇りに思ってますよ。だって私はもちろん○○ちゃんも○○さん達もすでにさっちゃんの友達だもの。誰がなんと言おうと、私たちの中ではさっちゃん……ううん。神通ちゃんが一番です。」
「わ、和子ちゃん……皆ぁ……あり、ありがとう、ございます……!」
 これまでの自分の艦娘としての行動がプライベートの世界に影響を与え、報われた気がして神通は思わず涙ぐむ。それを見て和子や友人達は柔らかい笑みでじっと神通を見つめる。
 そんな神通とその友人たちに混ざりたかったのか、男子生徒の一部が顔と言葉を突っ込んできた。

「俺も俺も!」
「僕も神先さんすげぇ活躍したって思ってるよ!」
 急に男子生徒から称賛と同意の言葉を受けて神通は涙目をそのままで表情に狼狽の色を付け加えた。そんな神通をかばうように女子生徒の一人が男子に向かってツッコむ。
「あんたら……さっきは会長がいいっていってた男子にまざって激しく頷いていたのにかっるいわねぇ~~。」

「え~~いいじゃん別に。」
「僕は純粋に戦う女の子はかっこいなって思っただけだし。なぁ?」
「そうそう。神先みたいな大人しい娘があんな特攻かけたりとか、その普段とのギャップがまた萌えm
「ちょっと……私達のさっちゃんに変な妄想抱かないでくださいね。」
 男子生徒達のよからぬ発言に和子をはじめとして女子生徒達はさらに神通の前に壁として立ち塞がるように身を寄せ合った。
 神通は目の前と周囲で展開される自身のための攻防に苦笑するしかなかった。


--

 川内は懇親会が始まると、暁らとともに提督と鹿島を囲んで今回の演習試合に関わる事情を聞いていた。

「へぇ~そういう風にして今回の演習試合って決まったんだ。上の人には上の人の事情あるんだね~。」
「当たり前だろ。よその地方局との演習試合は地域にもよるけど、全国的にも月に1回以上はされているんだと。それでお互いのところの艦娘達の交流や情報交換をする、と。」
「えぇ、そうです。うちも神奈川第二やアメリカの艦娘達の演習試合を頻繁に行っています。」
「まぁ、そちらは海自や米軍が近いためでもあるんでしょうね。」
 提督がそう指摘すると鹿島はフフッと笑みを漏らして同意を示した。
「それじゃあうちはよそよりも演習試合が格段に少なかったってこと?」と川内は素直に疑問をぶつけた。
「あ、あぁ。それについては本当、申し訳ない。君たちを世間知らずなままにさせていたことは心苦しかった。今回やっと実現できて一安心だよ。」

「アハハ。でも提督。一回だけじゃダメでしょ? 今後も開いてくれないと。」
「わ、わかってるよ。次は千葉第一とやるのもいいなと思ってるんだ。」

「そーいやうちは千葉第二だよね? 千葉第一鎮守府ってのもあるんだ。それにそちらは神奈川第一ですけど、第二鎮守府ってのもあると?」
 またまた素直に川内は質問をぶつけた。その質問に提督と鹿島は順番に答え始めた。
「あぁ。うちはここ検見川浜にあるだろ。千葉第一は千葉県の銚子市にあるんだ。」
「うちの神奈川第一は横浜市の磯子に構えています。」と鹿島。

「最寄り駅は根岸よ。もし遊びに来るときは間違えないでよね川内。」
「そうそう。間違えて磯子駅から来るとちょっとだけ遠いから気をつけてね。」
「わ、わかったよ!ってかいつあたしがそっちに行く話になってるの!?」
 暁と雷が補足的に説明して川内をやり込めると鹿島と提督は苦笑した。そして鹿島は説明の続きをする。
「それで、神奈川第二鎮守府は熱海にあります。」
「へぇ~~、熱海!いいところじゃないですか。暁たちは神奈川第二に行ったことあるの?」
「うん。まだ2ヶ月目くらいの新人のときにね。響と雷も一緒だったわ。演習終わった後、神奈川第二が提携してるっていうホテルの温泉に入ったのよ。ね、響、雷。」
 暁がそう言うと、二人は良い思い出を湧き上がらせたのが強く頷いてみせる。対して電の反応はあまり良くない。ショボンとしながら弱々しく口にした。
「いいなぁ~3人とも。私はまだ行ったことないのです。」
「あのときは電はまだ着任してなかったから仕方ないよ。」と響。
「ウフフ。それじゃあ今度演習しに行く時は、連れて行ってもらえるよう提督にお願いしておきますね。」
 そう鹿島が言うと、電はパァッと表情を明るくして安堵の空気を取り戻す。

 いくつか雑多な話題を経て、再び川内の質問が提督らに差し出された。
「そういやさ、鎮守府って一つの都道府県にいくつあるの?」
「ん~、大体0~2個だな。海に面していてもない県もある。」
「深海棲艦の脅威の頻度や艤装装着者制度のための設備と敷地確保の条件が揃っていないと開設できないんですよ。ですので、鎮守府によっては防衛担当海域が隣の県にまで広がっているところもあるそうです。」
 提督に続き鹿島が答えた。
「へ~、そうなんだ。ってかうちら普通に鎮守府って言っちゃってるけど、昔の本物の鎮守府は横須賀、呉、舞鶴、佐世保の4つと警備府が日本国内じゃ1つしかなかったけど、艦娘の鎮守府はたっくさんあるってことなんだよね。」
「さ、さすが川内はそっち方面じゃ博識だな。まぁな。深海棲艦はあらゆる海域に出没するようになってしまったから、さすがに本物の鎮守府通り4つじゃ対処しきれないだろ?」
「わかるけどね。それにしても面白いなぁ~艤装装着者制度って。こうして今回よその鎮守府の艦娘と戦ってみてわかったけど、よそにはよそのなんというか、いい感じの物があるね~。」
「いい感じって何よ川内~。曖昧すぎない?」

 暁が川内にそうツッコミを入れると響・雷そして電はクスクスと笑ってその場の雰囲気を賑やかした。
「べ、別にいいじゃん! 察しなさいよね。」
「アハハ。ま~いいわ。理解してあげる。」
「く~~~、相変わらず生意気なしょうg……ガキだなぁ。」
「!!! また良からぬこと言いかけたわね! もー許さないんだから~!」
「お、やるの?一対一ならあんたとじゃあ負けないわよ?」
「二人とも、いい加減に」「してよね!」「するのです!」

 川内と暁の掛け合いが繰り広げられようとしたが、それは響達によってツッコまれそれ以上展開されなかった。提督は鹿島とともに目の前の中高生達の仲の良いやり取りを呆れながらも微笑ましく視界に収めていた。


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 那珂は最初こそ自校の生徒達に囲まれ、メディア部の井上から学校向けのインタビューを受けていたが、それが落ち着いた空気を見せるや否や神奈川第一の艦娘達の突撃を受けて彼女らの輪の中に拉致された。救いの表情と手を同級生らに求めた那珂だったが、井上を始め同級生、ファンの男子生徒達からは見送りの朗らか笑顔のみ送られ、肩を落として大げさに溜息を吐いて素直に拉致られた。

 那珂を連れ去った主犯は天龍と霧島だ。
「自分のとこの学校の用事は済んだんだろ?さ~あたし達ともちゃーんと絡んでくれよ。な?な?」
「えぇそうね。那珂さんには聞きたいことが山ほどあるし。」
「え?え?えぇ~!? 天龍ちゃんはしっかたないと思うけど霧島さんまでどうしたんですかぁ?」
「おいあたしは仕方ないってどういうk「ふふっ。いいじゃないの。」
 那珂の言い草に天龍は文句を言いかけたが、それは霧島の強引な割り込みに阻止された。
「霧島さんこそMVPゲットしちゃったし、あたしとしては悔しい思いでどうせならプライベートなことあれこれ聞き出していじってやろうと思ってたんですよぉ~!」
「あなた……サラリと怖いこと言うわね。」

 那珂が連れてこられた神奈川第一の輪には、密かに一番話したかった鳥海の姿はなかった。
「おっし。あたしがまず聞きたいのはだ……」
「うぅ~わかったからとりあえず首に腕回すのやめてよぉ~左のところまだ痛いんだから。」
「あ、そういや鳥海さんにやられたところだっけ?マジ大丈夫なのかよ?」
「うーん、一応血止めと消毒はしてもらったけど、後でちゃんと病院行けってさ。」
「まぁ名誉の負傷ってやつ?」
「天龍ちゃん……他人事だと思ってぇ……。」
「アハハ!わりぃわりぃ。」
 那珂と天龍は昔からの友人ばりの親しげな雰囲気で掛け合いをする。
「そういえば、鳥海もあなたのパンチを左肩に食らったのよね。彼女も鎮守府戻ったら最寄りの提携病院で看てもらわないといけないわ。」
 霧島の言に那珂はウンウンと頷く。そして話の流れ的に鳥海に触れる良いタイミングだと感じて口にした。
「そーいえば鳥海さんの姿見えませんけど、どこですか?」
 那珂の質問に霧島と天龍そして周りにいた艦娘達はやや気まずそうに、しかしどこか照れを交えている。それに那珂は思い切り頭にクエスチョンマークを浮かべて目を点にさせた。

「彼女は……婚約者と一緒に外にいるはずよ。」と霧島。
「えっ、婚約者!? っていうことは、鳥海さん結婚するんですか?」
 那珂が素っ頓狂な驚き方を示すと、隣にいる天龍がニヤニヤしながら言った。
「あぁ。ま~ホントなら本人の口から言ってもらった方がいいんだろうけど、いいよな霧島さん?」
「えぇ。」

「鳥海さんはな、結婚するからもうすぐ艦娘辞めるんだよ。んで、今回は提督に無理を言ってお願いして参加っというわけ。」
「そ、そうなんだ……まさか艦娘やめるだなんて。強かったからきっとこれからもそっちで活躍するんだろーなって思ってたよ。」
「うちじゃあ戦績の上位組に常にいるつえー人だけに、提督も辞めるのを惜しがってたもん。だけど、本人の意思尊重ってことで。」
 そう天龍が説明すると、霧島は思い返して深々とため息をついて口にした。
「でもまさか鳥海が結婚だなんて未だに信じられないわね。」
「そうだよなぁ~。」天龍は霧島の発言に深く頷いて同意を示す。
「彼女、何事も結構淡々として事務的だったから、彼氏がいたことにまず驚いたわね。」
「アハハ! 霧島さんそれってひでーよ!」
 霧島的には鳥海のプライベート事情に引っかかるものがあったのか冗談めかしてやっかんでみせ、笑いを誘うのだった。


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 霧島と天龍の会話が続くが、那珂はそれが頭に入ってこなかった。気がかりなのは何も鳥海が結婚とか彼氏がいたとかそういう事自体ではない。結婚間近の女性に怪我させてしまったかもしれないというおそれについて、那珂はその心配で頭が一杯になってしまった。
 あまり記憶が定かで無いとは言え、パワーアップした腕力でもってパンチを食らわせてしまった。防御用の肩当てらしきものを砕き、生身にも影響を及ぼすほどの一撃。思い返すと嫌な予感が頭を占める。

 那珂はもはや居ても立ってもいられなかった。目の前で会話が続いているが気に留めず立ち上がる。
「お? どうしたんだよ那珂さん?」と天龍。
「うん。ちょっと。鳥海さんのところに行ってくる。」
 那珂の発言に天龍たちは驚く。
「さすがに今は二人っきりにさせておいたほうがいいんじゃない?」
 霧島の言葉には同意できるが、どうしても伝えておかねばならない言葉と思いがる。素直に従ってなぞいられなかった。
「でもあたし、謝らないといけない!」

「おい待てよ!」
「ちょっ、那珂さん!?」
 那珂は天龍達の制止も聞かずその輪から離れ、ロビーを駆けて裏口から外へと出ていった。


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 那珂は裏口から外に出て左右を見渡した。しかし鳥海の姿はない。そこにはただ普段見慣れた庭が広がっているだけだ。人気を避けるなら本館西にある木々しかない敷地の角か、グラウンドの先の林か堤防沿い。
 とりあえずグラウンドに出ることにした。

「鳥海さーん!どこー!?」

「なに、そんな大声で。」
「えっ!?」

 不意に聞こえた鳥海の声。ハッとして那珂がキョロキョロすると、当の本人は婚約者の男性とともに裏門を出てすぐのグラウンド側の壁に寄りかかっていた。那珂は少し駆けて荒くなった息を深呼吸して落ち着かせ、鳥海に一歩二歩と近寄ってから口を開いた。

「ここにいたんですか鳥海さん。」
「えぇ。」
「あの、そちらは……?」
「言ってなかったですね。彼です。今回は私たちの付き添いとして特別に同行してもらったのです。」
 鳥海から紹介されて男性は一礼した。那珂も釣られて会釈をする。
「あ、さっき霧島さん達から聞いてきました。今度ご結婚されるとか?」
「あの人は勝手に……まぁいいわ。えぇ、結婚を機に艦娘をやめることになりました。」
「やっぱりそうなんですか。だから“最後”っておっしゃってたんですね。」
「えぇ。プライベートなことですし、他所の鎮守府との演習試合に事情を持ち込む必要なんてないから言わなかったけれど。思わせぶりなことで気にさせてしまってゴメンなさい。」
「い、いいえいいえ!」
 那珂がブンブンと手と頭を振ると鳥海は右手拳を口に添えて微笑む。そして那珂に返した。

「それで、私になにか用ですか?」
 鳥海の問いかけに那珂はハッとして改まり、問いただした。
「そ、そうでした。あの……左肩大丈夫ですか?」
「左肩? あぁ、試合のときの……。」
 鳥海は思い出したように自身の肩を私服の上からそっと撫でた。そして視線を肩から那珂に戻して言った。
「まぁ、痛みはだいぶ引いたから大丈夫でしょう。艤装と同調していたときに受けたものだからきっと残ったとしても大したことないと思います。」
「でも、これから結婚されて、その……結婚式で花嫁の体に傷があったりしたら!! あたし申し訳ないですよ!」

 那珂の心配の声を受け、鳥海はもちろん、婚約者の男性も目を点にした。
「「へ?」」
 時間にして2~3秒といったところだが、那珂にとっては1分くらいに感じた妙な沈黙。そして静寂は二人の失笑で破られる。
「ふふっ……そんなこと? あなた結構律儀なのね。でも……気にしてくれてありがとう。」
 鳥海がそう言うと続けて男性が口を開いた。
「うちの葵のこと心配してくれてありがとうございます。俺はもちろん、俺の親族や友人だってそんなこと気にしないと思うよ。仮に後に残ってしまったとしても、名誉の負傷ってことで逆に見せびらかしてやるさ。なぁ?」
「えぇ。私が艦娘してることは皆すでに知ってますし。」
 那珂は目の前の二人がまったく気にする様子もなく笑い飛ばしたことに拍子抜けした。

「あ、アハハ……そう言っていただけるとなんかホッとしました。えっと……鳥海さん? いま葵って?」
「あ、申し遅れました。私、本名は細萱葵(ほそがやあおい)といいます。先祖が……まぁ、私たち艦娘にとって本名よりも担当艦名が全てだから、名前で気にすることなんてないでしょう?」
「あ、はい。そうですね。けど結婚されて艦娘やめるんですし、今後もしお会いしたときになんとお呼びすればいいのかちょっと気になったもので。」
「そうね。それじゃああなたのお名前も伺ってよいですか?」と鳥海。
「はい! あたし、光主那美恵っていいます。高校2年です。」
 那珂は背筋を若干ぴしりと正し自己紹介をした。
「那美恵さんね。ご心配ありがとう。私こそ花の女子高生の身体に傷をつけてしまって申し訳ないわ。首筋大丈夫?」
 お返しとばかりにケガのことを口にする鳥海に、那珂は苦笑しながら返した。
「え~と、はい。まぁ。それじゃーお互い後で病院行かなきゃですよね!」
「フフッ、そうですね。お互い様。彼も言ったけど、これは名誉の負傷そして良い記念。あなたのような強い艦娘と出会えたこと、私はきっと忘れません。」
「あたしだって鳥海さんのこと、忘れません。他所の鎮守府にはまだまだ強い人がいるんだなってわかってすごく勉強になりました。それに鳥海さんの記憶に残ることができたなら、誇らしいです。」
 那珂の言葉に鳥海ははにかんだ。
「私は艦娘をやめるけど、うちの鎮守府には私以上に強くなれる素質のある娘がたくさんいます。私は退役日までの期間、彼女らの訓練の監督役としてサポートに徹するつもりです。元々提督もそのつもりだったそうですし。最後に聞いてくださった私の我儘の恩返しを精一杯してから、辞めようと思っています。」
 那珂はコクンと頷いた。婚約者の男性は語る鳥海を感慨深い目で見つめている。
「あなただってきっとまだまだ強くなれる。そして千葉第二の他の娘もきっと。それと負けじと神奈川第一の艦娘達も強くなります。お互い切磋琢磨して精進して、この日本の海を守ってください。私は一主婦として、あなた方の今後を見届けますよ。」
「はい……期待しててください!」
 鳥海の言葉に感極まり那珂は思わず涙ぐむが、強い決意を表わすために鼻をすすり涙を人差し指ですばやく拭い取って言った。

 その後、那珂は鳥海と婚約者の男性を再び二人っきりにするため、お辞儀をしてから本館へと駆けて皆のもとへと戻っていった。

一日の終わり

 懇親会は1時間ほどでお開きとなった。
「えー、ご歓談中であると思いますが、このへんで一度お開きとさせていただきます。この後のスケジュールですが、神奈川第一の皆様は帰られるということなので、支度のほど我々もお手伝いし、お見送りさせていただきます。今回弊局に見学しにきてくださった皆様は、ここで自由解散とします。知り合いの艦娘と引き続き敷地内を見学なさっても結構です。本館内は1階のみ自由に居てくださってかまいません。それから……」
 提督の案内に皆思い思いに相槌を打ち、この後の予定と行動をどうするか考え始める。その一方で神奈川第一の艦娘達は西脇提督の案内の後、鹿島を中心に集まって合図の元に帰り支度を始めた。

 那珂たちは彼女らの艤装をトラックに積み込むのを手伝うため、神奈川第一の艦娘の後をついていくことにした。そんな鎮守府Aの艦娘の後ろを見学者たちがついていくという、いわゆるカルガモの親子の引っ越し状態が出来上がっていた。


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 工廠前に停められたトラックに神奈川第一の艦娘達の艤装を積み込む。その作業は本来であれば運搬用のリフトを使い技師達が行うことになっていたのだが、那珂達はせっかくということでそれを自分達が代わりにすることにした。
 作業に真っ先に加わったのは那珂達川内型だ。三人はもっとも外装が少なく、コアユニットのみの装備であっという間に地上でも艦娘になることができたためだ。外装の多い五十鈴達や時雨たちは明石に頼んで取り外せる外装は全て外してもらい、限界まで軽装化してから積み込み作業に臨むことにした。
 程度の差はあれどどの少女も、地上であるために移動は海上のようにいかないながらも腕力や身のこなしは海上で発揮するのと同じ力量を簡単に発揮できる状態になって、神奈川第一の艦娘達の艤装を持ち運び始めた。

「申し訳ございません皆さん。手伝ってもらってしまって。」
 鹿島が前の前で自身らの艤装が運ばれる様子を申し訳なさそうに見て言った。那珂は試合の疲れを感じさせぬ溌剌とした声で受け答えをする。それに川内が続く。
「いーえいーえお気になさらずに! だって手伝いたかったんですもん。ね、みんな?」
「はい!これくらい朝飯前ですよ!」
「(コクリ)」
 神通は不知火と一緒に運んでいたことと、特に反応を示す必要もないだろうと判断したため、無言で頷くに留めた。それを見て不知火も同じく首を縦に振って返事とした。鎮守府Aの他のメンツはやや離れたところから那珂の言葉に賛同を示しあった。

 艦娘とはいえ見た目普通の少女であるクラスメートがいかにも重そうな機材を運ぶ光景を目の当たりにした和子ら高校生、五月雨達の同級生たる中学生たちは我が目を疑う。そしてそんな光景をネットテレビ局の取材クルーが引き続き撮影していた。途中、同学校からの生徒に艦娘の艤装を試しに持ってもらい自身らと対比し、それをネットテレビ局に撮影してもらうという余興を挟んで艦娘の陸上での実情をアピールすることも忘れない。
 そして神奈川第一のトラック車に艤装を全て積み込み終わった。


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 先にトラック車に出発させ、残る神奈川第一の艦娘らを送り出すことになった。那珂たちは工廠前から移動し、本館前の正門に戻ってきた。神奈川第一の艦娘達が乗り込むマイクロバスを車道脇に停め、那珂たちと鹿島や天龍らは向かい合って立ち並んだ。

「それでは皆さん、これで失礼させていただきます。」
「この度は演習してくださり誠にありがとうございました。またよろしくお願いいたします。」
「ウフフ。こちらこそありがとうございます。」
「道中お気をつけて。」
 鹿島と挨拶を交わす提督はやや頬に熱を保ちドギマギしながら鹿島の言葉に頷きそして互いに手を前に差し出し握手をしあう。そんな管理者二人の周りで那珂たちもまた揃って別れの挨拶を口にしあっていた。

「天龍ちゃん、霧島さん、それから鳥海さん。この度はホントーにありがとうございました!」
「おう!今回は那珂さんにやられたけど、次は負けねーからな。」
「私も結構油断があったから反省してるわ。あなた達との戦い、勉強になるものがあったわ。やっぱり他の鎮守府の艦娘との演習はいいものね。」
「うん。あたしたちもためになったよ。鳥海さんも……あ。」

 那珂が天龍・霧島から視線を鳥海に移すと、彼女は車に詰め込んだ荷物の確認をしている婚約者の男性と寄り添っていた。しかし那珂からの視線を感じて向き直して那珂らに近寄ってきた。
「艦娘生活最後にあなたのような強い人と出会えて本当によかったと思います。もっと早くこちらの鎮守府との演習試合が実現していれば良い交流ができたんでしょうけれど。」
「エヘヘ。私もそー思います。」
「今回私が得た経験はしっかりとうちの艦娘達に教え伝えます。そこまでが私の仕事でしょうから。そして次に千葉第二と演習試合するときは圧勝してみせます。覚悟してください。」
 鳥海の口調は優しげだが厳とした鋭さもあった。那珂はたじろぐものの笑顔を絶やさずに接した。


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 那珂たちが言葉を交わす一方で、川内もまた仲良くなった神奈川第一の艦娘たちと別れの挨拶をかわしていた。
「じゃあね、暁、響、雷、電。直接戦えたわけじゃないけど、初めての演習試合なんだかんだで楽しかったよ。」
「お互い前半戦でやられちゃったものね。でも私も楽しかったし勉強になったわ。川内が言ってた通り、那珂さんはほんっとに強いのね。あの鳥海さんをあそこまで追い詰めるなんて。すごいわ!」
 暁がそう口にすると響がコクンと頷き、そして雷と電が言葉で反応を返した。
「うちにも軽巡洋艦那珂が着任したらああいう感じの人になるのかしら?」
「強い人だといいのです。」

「アハハ。あんな人がこの世の中に2人もいたら周りは疲れるってば。あたしとしては一人いてくれりゃ十分だけどさ。」
 川内の言い返しに暁たちは苦笑する。
「な、なんにせよそう思える人がいるっていいわね~。」と暁。
「そう、だね。」
 響が小さく言葉で同意すると、川内が尋ねた。
「そっちにだっていれば安心って人いるでしょ?」
「うーん、あんまりそういうの意識したことないわ。電はどう?」
「えぇと。私からしてみると、むしろ軽巡や重巡の人達みんなそうなのです。」
 雷が尋ねると電は当たり障りのない無難な答えを口にする。それは素直な気持ちと理解していたのか、雷も暁・響も強く頷いて同意を示すのだった。

「演習試合もそうだけど、私達は有る種目的を果たせたから満足ね。」
 いきなり方向性の違う事を言い出す雷。それに電と暁そして響は頭にクエスチョンマークを浮かべて呆ける。が、雷から耳打ちされてすぐに理解で表情を明るくしかしニヤケ顔にする。
「川内が気になって仕方ない西脇提督を見られたんですもの。」と雷。
「うえっ!?」
「そ、そういえばそうだったわね。うちのパパ司令官より若くて頼りなさげだったけど、ちゃんとリーダーしてて結構かっこいい人だったじゃないの。うん。川内ってばああいう人がタイプなのね~。」
暁が達観したように頷きながら言う。
「はわわ……。」
「ちょ!ちょ! そんなんじゃないっての! 単にぃ~、兄貴的な感じで……そこまでいえば大体わかるでしょ!?ホラホラそういう話はもういいから!」
 雷の茶化しに暁が乗り、電が顔を真赤にしてうつむき、響が視線を若干そらして口に手を当てて方を小刻みに揺らして耐える。川内は4人のそれぞれを受けて頬を赤らめてアタフタと取り繕った。
 暁達4人が顔を寄せ合ってヒソヒソ話をしている中、その輪に入り込めぬ川内はバツが悪そうに頭を乱暴にかきむしって明後日の方向を見て、その輪が解けるのを待っていた。


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 神通は五月雨、そして神奈川第一の隼鷹・飛鷹とともに別れの挨拶をかわし合っていた。
「お二人の艦載機、とってもすごかったです!私達ずーっと苦戦してましたもん。」
「あなた達こそ中々手強かったよ。色々考えさせられたな~って思ったもの。」
 五月雨の純度100%の感想に飛鷹が返した。
「そっちにも早く空母の艦娘が着任するといいわね。その時また再戦願いたいわ。もちろんあなたの偵察機の操作テクもなかなか良かったわよ。」
「うぅ……恐縮、です。」
 隼鷹が神通を評価すると、神通は恐縮しペコペコした。

「ところで……神通さん。その後身体の調子は大丈夫?」
「あ、はい。もう大丈夫です。なんだかんだで……着任当初から体力づくりは欠かしてませんから。」
「フフッ。あまり無理しないでね。」
 隼鷹の心配に神通はペコペコしながらも強気で返す。そんな神通を隼鷹は微笑み返して労うのだった。

「じゃ、またね。」と飛鷹。
「それじゃあね。」隼鷹も続けて口にした。
「「はい。お気をつけて。」」
 神通と五月雨は揃って晴れやかな笑顔で二人に返すのだった。


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 それぞれの挨拶が終わり、やがて鹿島を除く神奈川第一の艦娘全員がマイクロバスに乗り終わった。鹿島はバスの乗車口前に立ち、代表して最後の挨拶を述べる。
「それでは西脇提督、それに皆さん、失礼致します。」
「本日はご足労いただきありがとうございます。道中お気をつけて。のちほどメールでも連絡差し上げますが、村瀬提督にもよろしく伝えておいてください。」
「ウフフ。はい。それでは……。」

 鹿島が乗り込み、バスの扉がプシューという音とともに閉まった。そしてやがてゆっくりと速度を上げて那珂達から遠ざかっていく。西脇提督と那珂達鎮守府Aの面々は神奈川第一の艦娘達の乗せたバスが見えなくなるまで手を振り続けるのだった。


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「さてと。皆、今日はご苦労様! これで本日のイベントは終わりです。この後は後片付けだけど、那珂達はなにかあるのかい?」
 提督がそう尋ねると、那珂は川内と神通そして阿賀奈を呼び寄せて話を確認し合った。
「見学会としては一通り皆に見てもらえたから、あたし達はそろそろ皆と一緒に帰ろうかなって思ってるよ。あとはうちの学校内の連絡とかあるからちょっとだけ場所貸して。」
「あぁいいよ。会議室を使うといい。」

 提督がそう促すと、那珂は同高校の皆に合図を出し会議室へと向かうことにした。同じく五月雨達は自分の中学校から見学に来た生徒達、不知火も少ないながらも同級生達と場所を変えて小打ち合わせに臨んでいった。残る提督や妙高・明石ら大人勢は片付けおよびネットテレビ局の撮影の締めのため、少女たちに続いて本館へと入っていった。

 会議室に集まった那珂たち同高校のメンツは、見学会の締めとして連絡会を行っていた。
「鎮守府公式の演習試合のイベントも終わって、あたし達の見学会としてもスケジュールは全て終了しました。皆さん色々感想を持っていただけたかと思いますが、それをぜひSNSや学校のホームページで感想を述べて情報共有していただけると艦娘部として助かります。」
「そ~ですよ~皆さんの自主的な情報共有は大事ですよ~! ちなみに艦娘部の三人はレポート提出必須ですからね~。来週までにまとめてくださいね~。」
 那珂の言葉の勢いに乗って阿賀奈が言う。部活動の範疇としてしっかり釘を差された形の那珂ら三人はほんわか顧問のセリフに“えぇ~~!”という本気半分冗談半分のリアクションを取る。生徒達や他の教師はその光景を見てクスクスと笑いを漏らした。

「それからメディア部の井上さん、今回色々撮ってもらったと思うけどどうでした?」
 那珂が尋ねると、井上はカメラとタブレットの操作を一旦止めて視線を那珂たちに向けた。
「えぇ。えぇ。とりあえず撮りまくってマイク集音最大で皆さんの意外な会話もしっかり動画撮影しておきましたので、いかようにでも編集することはできます。我がメディア部からの記事にも期待していただけると幸いです~。」
 試合以外大したことしてないし、変な内容の記事が書かれることはないだろうと判断した那珂は井上の発言に言葉なくコクンと頷いて相槌を打ち、引き続きの確認・編集作業に没頭してもらうことにした。

 その後見学会に参加した生徒達から自由な意見を集めたところ、工廠で整備をする技師に惹かれたのか、艦娘とまではいかないが技師として那珂ら同高校からの艦娘を支えたいという申し入れがあった。
「おぉ~! それは嬉しいなぁ~! ○○くんと○○くんに△△さんね? うんうん。そういう形での艤装装着者制度への参加も是非お願いしますって提督も明石さんも前々から言ってたんだよね~。だからこのことはしっかり伝えておくよ。もしなんだったら別日程で工廠の見学を明石さんにお願いするし。君たちの意思が固いんだったら艦娘部としてもあたしと四ツ原先生が入部を認めます。いいですよね、先生!」
「えぇ!もちろんです! 青春ね~~。部活動に生徒が集まってくるなんて。先生顧問冥利につきちゃうわ~。」
 その後の阿賀奈の妙な悶え方は無視することにして、那珂は話を締める方向へと進めた。

「それじゃー連絡事項はこれで終わりです。皆さん今日はお疲れ様でしたー! 最後は提督にお別れの挨拶して帰りましょ。」
 那珂の音頭に生徒達は異なる温度差ながらも賛同しあうのだった。

 会議室を出た那珂たちは、まだロビーで片付けをしていた提督にひと声かけた。
「提督。会議室使い終わったよ。」
「お。もう帰るかい?」
「うん。皆を送った後片付け参加するから待ってて。」
 那珂のセリフに神通が強く頷き、川内が渋々そうに頷く。そんな三人を見て提督は笑って返した。
「いやいやあともう少しだし今日はいいよ、そのまま帰って。」
「そーお?それじゃあお言葉に甘えちゃうよ。後でやっぱ手伝ってーっていってももう家にいるかもしれないよ。」
「はいはい。大丈夫だって。安心して帰宅しなさい。」
「よーっし、提督からあたし達も帰っていい指示が出たから一緒に帰るよ川内ちゃん、神通ちゃん!」
「おー!やったぁ!もうヘトヘトだったんだぁー!」
「(コクコク)」

 その後、提督は那珂たちに続いて挨拶のため前に出てきた阿賀奈ら高校教師達と社交辞令的な会話をしあう。先に本館を出た那珂ら生徒達は教師達が提督・妙高を伴って出てきたのを確認した後、一礼して歩みを鎮守府外へと向けて再開しだした。

ex 1:ヒロインインタビュー

 演習試合が終わり懇親会が始まった。ネットテレビ局の段取りによって懇親会の最中に行われたのは、ヒーローインタビューばりの参加艦娘達への取材だ。

 ネットテレビ局の取材クルーの一人の司会により進行が進んでいく。とはいえ別に会場のど真ん中に移動させられてというわけではなく、カメラと司会役のスタッフとADが本人のところにその都度移動した。
 順番は脱落順だ。川内は那珂や神通と揃ってインタビューしてもらえると勝手に思い込み鼻息荒くして待っていた。夕立の次にマイクを向けられたことに何の疑問も抱かずに臨んだ川内に待っていたのは、自分の盛大で豪快な突撃とあっけない脱落に対する解説の要求と今後への意気込みだけだった。

 熱血な質問を期待していたわけではないが、自身の醜態たる最期について根掘り葉掘り聞かれた川内はインタビューが終わるや否や眉をひそめて歯ぎしりをして明らかに不愉快満点の表情で一緒にいた暁らや提督らを苦笑させた。

 その後前半戦最後に脱落した神奈川第一鎮守府の龍田達へのインタビューが少々長く続き、続いて後半戦で脱落した順にカメラとマイクが向けられていった。

 神通はカメラとマイクが向けられた瞬間に和子や友人達の影に隠れてしまったことで、テレビ的にも本人的にも友人的にもかなりみっともない態度を晒してしまう。
「もー、さっちゃん!艦娘になって最近はしっかり振る舞えるようになったのになんで隠れちゃうんですか?ホラ、テレビにそのまま映っちゃいますよ?恥ずかしいですよ?」
 和子のお叱りの言葉に友人らもウンウンと頷き神通をフォローする。しかし言葉と行動が合っていない。神通の腕を引っ張ってカメラ前に出そうとしているのだ。
「神先さん、ホラ。あたしたちも間近でし~っかり見ててあげるから大丈夫だよ。」
「あ、うー……○○さん、和子ちゃん、やめてぇ……!」
 友人達にある意味売られた神通は顔を思いっきりうつむかせつつ気を取り直してどうにかインタビューに応対し始めた。
 インタビューの内容は、仮にも旗艦として後半戦を最後の方まで五月雨ら駆逐艦を牽引して戦い抜いたその実績に対する印象のためか、戦い方や仲間との交流に関する質問が多かった。神通はそれに対し自分の得意分野と感じたのか妙な安心感を覚えたのか、心落ち着けて回答していくことができた。
 結果として、神通のインタビューは川内が当初望んでいたような充実した内容になった。……ということを川内はまったく知る由もなかった。


 最後の三人、つまり那珂の順番が回ってきた。自校の同級生・下級生らに囲まれて談笑していた途中で司会のスタッフからマイクを向けられた。
「それではお次は那珂さんにお話を伺いたいと思います。え~~、那珂さんは神奈川第一鎮守府の旗艦の鳥海さんと死闘を繰り広げ、惜しくも負けてしまいましたが今の心境をお聞かせいただけますか?」
 司会の言い回しに苦笑したが、その質問を受けて那珂は首を傾げて“んー”とぶりっ子声で小さく唸った後2~3秒して答えた。
「死闘って……。そんな漫画やアニメの世界じゃないんですから~。ん~~~? 負けは負けで悔しいですね~。もっとカッコ可愛く勝ちたかったです。」
「でもいい線いってたじゃないですか? まずは前半戦ですが、相手の旗艦の軽巡洋艦天龍さんと何度か一対一で戦うことがあったようですが、彼女との戦いはいかがでしたか?」
「え~っと。これ正直に言っちゃっていいですか?」
 那珂の妙な確認にテレビ局スタッフ達は一瞬目を点に仕掛けたが、すぐに微笑して言った。
「えぇえぇ、かまいませんよ。艦娘の皆様の素の感想をお聞きできることが何よりです。」
「それじゃ~。天龍ちゃんは実力的にはきっとあたしよりほんの少し下ですかね~。」
「ほぉ~。試合のVTRを見たところ、ちょっと苦戦していたシーンもあったように見えましたが?」
「それはなんていうんですかね~。演出ですよ演出。天龍ちゃんってばあたしと一対一で戦いたがってたけど、あたしは前衛のみんなをうまく戦場に誘導したかったので、正直天龍ちゃんと戦い続ける気はなかったんですよねぇ。」
「ハハッ。なかなか辛口ですね。」
「でもまぁ、実力は拮抗していたと思いますし、思っていた行動はさせてもらえなかったな~というのが彼女との戦いで思った正直なところです。」
「なるほど。彼女は剣も使っていましたし、装備的な面も影響はあったのでしょうか?」
「あ~、それはありますあります!天龍ちゃんと龍田ちゃんって、接近専用の武器持ってるんですよね~。あれずるいですよね~!だからあたしはカタパルトで応戦しましたけど!」
「そういう機転の効き方は素晴らしかったですよ。」
「エヘヘ、ありがとうございます~。」

 いくつかの質問に対する回答の後、後半の鳥海との最終決戦の話題に移った。
「鳥海さんの強さはいかがでしたか?」
「はい。あの人はほんっとに強かったです。担当の艦種が違うっていうのももちろんあるんですけど、純粋に立ち回りが油断できなくて強いと感じましたね。」
「おぉ~那珂さんにそこまで強く語らせるとは~。これはこの後のインタビューが楽しみですね。」
「そりゃ~もうあれこれ鳥海さんから聞き出してください。お願いしますね?」

 那珂の若干わざとらしい演技気味の回答と説明に、司会のスタッフ達は感嘆の息と声を漏らしてテレビ撮影を演出する。そして続けざまにいくつか質問が続き、那珂はそれに答えていった。

 そうして那珂の番が終わり、スタッフ達は鳥海のいる席へと向かっていった。那珂はしばらく鳥海の様子を見ていた。しかし鳥海の席とはテーブルを囲む島がそもそも異なるためボソボソとしか耳に入ってこない。あまり見続けていても意味はないと判断し、那珂は周りの同級生下級生たちとの歓談に意識を戻した。


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 またしばらくしてからスタッフたちの姿が自然に司会に飛び込んできた。彼らが向かったのは最後まで戦場たる海面に立っていた五月雨の席だ。個人戦として見るならば唯一の勝者たるこの少女に注目しない理由がない。テレビ局スタッフたちの五月雨への応対の様は今までの艦娘達とは異なるものだった。ただ等の五月雨が普段の数倍以上よろしくない。
 同級生や時雨らに囲まれつつインタビューを受けている彼女のその様子は、慌てふためかないタイミングなど一切ないというくらいアガりまくった状態だからだ。見かねた別のスタッフが提督を呼び寄せたことで五月雨の慌てっぷりは穏やかものになる。そこでようやくまともなインタビューが展開され始めた。提督と五月雨、鎮守府の顔たる二人がインタビューに立ったことでテレビ局の思惑通りに進んだのか、大分長い時間が費やされた。

 那珂はもはや途中で気にするのを止めていたため気づかなかったが、別のタイミングでふと思い出して見ると、すでにインタビューは終わり、五月雨は時雨らとともに会話に戻り、提督もまた神奈川第一の鹿島の元へと戻っていた。

 那珂はふと思った。あのまま五月雨がテレビ局スタッフへの露出が増えた暁には、もしかしてアイドルデビューも可能性としてあり得るのか!?と。

 アカン、愛しの五月雨ちゃんに先を越されてしまう!
 アイドルになるのはこのあたしを置いて他にはない!

 ただそうなったらなったで色々楽しそうなので、艦隊のアイドル五月雨を応援、後援、支援、プロデュース、マネージメントする心構えくらいはある。マネージャーとして五月雨に付く傍であわよくば……。
 学友との会話を進める脳の極一部で、那珂はそんな妄想を膨らませていた。


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 親睦会がお開きになった直後。那珂はテレビ局スタッフから、最後に相手の鎮守府のメンツや視聴者に対する面目を立てることをしてくれとお願いされた。親睦会もお開きになり終幕間際でそんなこと言われても困ってしまう。それにテレビ局が作成したいのはドキュメンタリーと聞いている。それなのにテレビ的な見どころとクライマックスが求められているというのは、矛盾をはらんでいるのではないか?

 さすがに拒否したり文句を言える立場ではないことを理解していたため、那珂は苦笑をしつつ曖昧な態度を取りつつ、承諾の度合いを強めて会話を終えた。
 きっと大抵のテレビ番組はこういうことなのだろうと、那珂は察することができた。
 仮にも話を受けてしまった以上は提督と五月雨・妙高に相談せなばならない。那珂は片付けを周りに一旦任せて、提督らに近づいて話した。歩いている間にふと思いついたアイデアを引っさげて。
 そうして提案したのは、神奈川第一鎮守府の艦娘達の艤装の運び出し・積み込みを手伝うということだった。

「……ということなの。」
「そうか。テレビ的にドキュメンタリーといえどなにか演出が求められてるんだな。」
「そう思うでしょ~?な~んか現実を知ってちょっとなぁ~って思ったよぉ。」
「アハハ……でもテレビに協力できるってなんか私、ワクワクしちゃいます!」
 提督と意見が合い愚痴に拍車がかかりそうになったが、五月雨の純朴な喜びようにあてられて那珂は瞬時に現実に戻ってきた。

「それで考えたんだけど、神奈川第一のみんなの艤装をあたしたちで運んであげるっていうのはどうかなって思ったの。」
「運び出す!?」
「えぇ~! そんなこと私達できますかねぇ~~?」
 提督の仰天に続いて五月雨が遠慮がちに否定の念を交える。二人と対照的なのは妙高だ。
「それはいいですね。神奈川第一の皆さんの純粋な助けにもなりますし、今日来てくださってるみなさんのご学友・同僚の方々へのアピールにもなります。コアユニットだけ装備して同調すればいいのですよね?」
「えぇそうです!」妙高のドンピシャな返しに満面の笑みで頷く那珂。
「うーむ。みんながそれでいいなら俺は構わないよ。ただ明石さんや○○さんら技師のみんなにも了解を得ないと。」
「それなら早速。ねぇ~~~明石さぁ~ん!」
 那珂はその場で声を張って明石に呼びかけた。自社や神奈川第一の技師とまだ談笑していた明石は気づいて駆け寄ってきた。

「はいはいなんですか?」
「実は……ということなんですが、いかがですか?やってもいいですか?」
 那珂の提案を聞いた明石は数秒うつむいて考え込んでいたが断って那珂たちから離れて先程までいた席に戻った。そこには神奈川第一の技師たちがいる。身振りを交えて何かを話していた明石は相手から指でサインをもらい、それをそのまま那珂たちに返した。そして那珂たちに再び近寄って口を開いた。
「先方からも承諾いただいたので別にいいですよー。ただ一応精密機械なんで、私達の注意に従って運んでくださいね。」
「やった!それじゃあみんなに伝えるね!」

 明石からもOKサインをもらった那珂はこの提案を伝えるべく鎮守府Aのメンツを集めた。
 那珂が説明すると、五十鈴はもちろんのこと神通そして不知火、時雨らも快く承諾の意を示した。川内と夕立は初めて開く口では面倒くさがったが、那珂が鼓舞しながら説得すると態度を改めて承諾した。
 全員からOKを受け取った那珂は提督と明石に目配せをする。ハンドサインをした提督は帰り支度を始めた神奈川第一鎮守府の鹿島に向かってそのことを伝えた。

ex 2 お礼

 神奈川第一鎮守府の艦娘達の艤装を運ぶことになった。

 運ぶとはいえ、すべてがすべて那珂たちがやれるわけではない。艤装が積み込まれた台車の移動と神奈川第一のトラック車両への積み込みであり保管場所から台車への運び出しは明石ら技師たちが運転する台車が担当するてはずだ。工廠の入り口にたどり着いた一行は明石達技師の指示によりそこで待機となった。それは神奈川第一の艦娘も同じだ。
 しかし明石達技師に続いて工廠内に入っていく者達がいた。ネットテレビ局のスタッフ達は事前に両鎮守府から許可を得ており、また見学者たちもおおよそテレビ局スタッフの雰囲気を感じ取っていたため気にはしなかったが、気になる集団がいた。

 那珂達である。

「え? おーい那珂さん!ここで待ってろってあんたらもじゃねーの?」と天龍。
「使う以外で艤装に触ろうとすると○○さんたちにものすごく怒られるのよ!」
 霧島は自身の鎮守府の技師と思われる人物の名を口にし、艤装の取り扱いに関わるエピソードじみた白状をする。

「えっへへ~。まぁそこで待っていなさいって!」
「「???」」

 那珂の不敵さがほんのりこもった意地悪そうな笑顔を送られて天龍を始め神奈川第一の艦娘達は疑問符を頭に浮かべて呆けた。そんな彼女らをよそに那珂たちは技師たちに付き従って工廠の奥へと向かっていく。


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 保管庫出入り口付近で明石は一旦立ち止まり、振り返って注意を呼びかけた。対象はネットテレビ局スタッフである。
「申し訳ございませんがここから先は関係者以外立ち入り禁止ですので、◯◯テレビの皆様はご遠慮願います。」

 明石の説明に艦娘達はヒソヒソと口にし合う。
「関係者以外って、なんだかあたしたちすごいすごくね?」と川内。
「事実、艦娘も工廠の関係者ですしね。」やや冷静に同僚に返す神通。

「そーそー。あたしたちはえら~い関係者なんだから、ここから先はあたしたちだけっぽい。」
「ゆうったら……。偉さとか関係ないって。立場的に偉いのは……明石さんと提督かな?」
「そうねぇ~。ここでは明石さんがトップでどちらかというと提督さんはあたしたちより下の下っ端かしら。」
「村雨、さすがにそれは。」
 身振り手振りやや大きめな体の振りを交える夕立の言に時雨がツッコみ、村雨が補足し、その毒舌気味な補足を不知火がツッコみ、そんなやり取りを一人クスクス笑う五月雨という構図があった。

 そんな中学生組のとなりでは五十鈴たちが同じように感想を言ってやりとりしていた。
「ねぇねぇりんちゃん!あたしたちも関係者? 関係者!?」と長良。
「えぇそうよ。高校生なんだからはしゃがないでくれる?友人として恥ずかしいわ。」
「まぁまぁりんちゃん~。普通の学生の私達がこういうこと言える側になるって感慨深いものがあるし、気分が高まるのってわかるよ~?」
 五十鈴のツッコミに続いて名取はやんわりとフォローするのだった。

 そんな皆のおしゃべりを冗談を交えて制する艦娘が一人。那珂である。
「アハハ。みんな~。色々言うのはいいけど、こういう何気ない会話もしっかり撮影されてるからね~?」
「うぇ!? マジで!?」
「(フルフルフル)」
 真っ先に反応したのは川内と神通だ。川内は珍しく慌てながら服や髪の毛を整えだす。神通はいつもどおり縮こまるのみだ。その隣りで、腕を組みながら落ち着きはなって五十鈴が冷静なセリフを口にする。
「ま、そうでしょうね。私は普段どおりだから気にしないけど、長良や名取には恥ずかしくないようきちっとしてほしいところね。」

「そう言いながらも、実は緊張で足がプルプル震えている五十鈴、17歳であった。」
「……那珂あんた! 変なナレーション付けるのやめてよ!!」
「まぁまぁりんちゃん。そんな大声あげるのって恥ずかしいよ?」
 那珂のボケと長良のツッコミにより、冷静さをつらき抜き通すことはできない五十鈴の姿がそこにあった。


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 那珂達は工廠の中のある区画、自身らの艤装が保管されている場所に来た。那珂と五月雨は2回目だが他の面々は初めて見る艤装の保管の様子に感心のため息を漏らして眺めている。

「神奈川第一の皆さんの艤装はこっちですよ。」
 明石に促されて那珂たちが視線を向けたのは、保管庫の端の端の棚だった。そこに12~3個の艤装が棚の区画一つ一つに収まっている。

「端っこに置くのはなんか意味あるんですかぁ?」と那珂。
「いえ、特に。決まりとかもありません。ただたんに私達の艤装と分けて置いておきたかっただけです。」
「はぁ……私、ここ初めて見るわ。艤装ってこうやって仕舞われていたのね。ねぇ那珂はあまり驚いてないわね?」
 那珂の質問と明石の回答の端で五十鈴がそう口にする。
「んっふっふ~。五十鈴ちゃんよ。私はすでに一度見ているのだよ~。ね、五月雨ちゃん!」
「は、はい!けど、2回目でもやっぱり圧倒されちゃいます。」
 五月雨の感想に時雨たちが同意を示してウンウンと頷いているその脇で川内はふと疑問を口にした。

「てかさ、どうせすぐに帰る人達のなんだから仕舞わなくてもいいんじゃないっすか?」
 やや乱暴な物言いでの疑問には、明石ではなく女性技師の一人が答えた。
「それは駄目なのよ。艤装はあなたたち艦娘が装備するために一時的に下ろす以外は、どんなに短い時間でも必ず保管用のスペースに仕舞うよう制度上義務付けられているの。」
「ほへ~~なんか面倒っすね。」
「一応精密機械だからね。仕方ないわ。」
 女性技師の言葉に明石や他の技師達は強く頷くが、質問した当の本人は興味なさそうに返事する。

 皆愚痴や感想は程々に、神奈川第一の艦娘達の艤装を運び出す準備を始めた。基本的には保管庫に内蔵のリフトで台車まで自動的に運び出す。それと同時に那珂達は自身の艤装のコアユニットと一部パーツだけを装備して同調し始めた。
 台車を工廠入り口まで持っていくのは那珂達の役目だ。
「台車は少ないのでとりあえず一人分ずつ持っていってくださいね。」と明石。
「「はーい!」」

 艦娘達の返事が響き渡る。と同時に那珂の違うタイプの台詞が響いた。
「そだ!ここから出たらテレビ局の人たちに録ってもらお。いいですか明石さん?」
「ん~そうですねぇ。ここまで来て何も撮らせないのはあんまりですしね。」
 リフトを操作する技師と話していた明石は那珂の方に振り向いて許可を伝えた。那珂はそれを受けて小さくガッツポーズをして保管庫の入り口へと駆けていく。
「よっし!それじゃああたし伝えてきます!」
 そう言って艤装が台車に運ばれるその様子を見ていた川内達をよそに出ていった。

 保管庫の入り口付近で待機していたテレビ局スタッフは、那珂の姿を見て振り返った。
「……というわけですが、これで大丈夫ですか?」
「えぇかまいませんよ。やっと撮影許可が降りるんですね~。待ってましたよ。」
「申し訳ございません。で、なにかあたしたち心がけることってあります?」
「いえいえ特に。皆さんはカメラを気にせず普段通りに運ぶ姿を見せてください。多少はっちゃけてもらってもいいですよ。」
「は~い。」
 軽快に返事をして自身も運ぶために戻ろうとすると、背後からファインダーの気配を早速感じ始める那珂だった。


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 台車を運ぶ第一号として、那珂と川内が保管庫から工廠の大通路へと出てきた。テレビ局のカメラはすかさず撮影を始める。
 那珂と川内が二人で台車を動かして工廠の入り口へとゆっくり進み出すと、二人を映していたカメラの内の一台が追随しはじめた。
「ねぇ那珂さん。普通にしてろっていうのはこのあたしには無理だね。」
 一緒に台車を押している川内をチラリと見ると、今までに見たことのないくらいの仏頂面をしている後輩の顔がそこになった。
「何を偉そうに言ってんのさ……。まぁ川内ちゃんの気持ちもわかるけどさぁ。とりあえずカメラを見ないだけでいいよ。」
「は、はい。」

 那珂と川内の後を追ってテレビカメラとリポーター代わりのスタッフがついて来る、そんな不思議な4人編成となって工廠の入り口に戻ってきた。
 そんな光景を見て真っ先に開口して仰天してみせたのは天龍だ。

「えっ!?おいおい何してんだよ!!」
「ちょっと那珂さん?」
「!!」

 神奈川第一の艦娘達が口々に驚きを吐き出す。天龍、霧島を始めとして皆アタフタとし始める。

「えっへへ~。そんな驚きなさんなって。ちゃーんとそちらの技師の皆さんにも許可もらってるから。」
「そうですそうです。なんだかんだで演習面白かったし、気持ちっすよ気持ち。ね、那珂さん?」
「そーそー。お・れ・い!」

 天龍らの反応なぞ完全に想定の範囲内だった那珂は至って冷静にかつ普段どおりの軽調子で振る舞う。先輩が強気なため川内も強くノる。総じてふたりとも平常運転なのである。

「後から他のみんなも運んでくるからね~。皆の艤装、責任持って積み込んでみせますぜぃ!」
「お、おいおい……。あたし知らねぇ~ぞ~。」と天龍。その視線は周囲にいる霧島ら艦娘に向けられた。
「よく○○さんたち許可したわねぇ……。」霧島はこめかみ付近に手を添えてわずかにうなだれてしまっている。
 二人始め神奈川第一の艦娘達は那珂の軽口に苦笑するしかなかった。


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 そんな神奈川第一の艦娘達と見学者が見守る中、那珂と川内は台車をトラックの荷台にくっつけて止め、載せてきた艤装を二人で持ち上げて荷台にいる神奈川第一の技師らに受け渡した。二人が運ぶところはテレビカメラのファインダー以外に、見学者の視線も向いている。
 一般人たる彼らは海上を自由に移動し砲撃雷撃する艦娘の様を見て迫力感は抱けたが、どことなく現実味がなかった。そんな見学者たちがこの眼の前の知り合いの艦娘達に驚異のパワーアップの現実味を抱けたのは、まさにこうした重そうな機材をやすやすと運ぶ様だった。

 テレビとしても艦娘たる少女や女性達がまさにすごい存在ということを示すのに、段階を踏むという意味でこうした現実の延長線上たる豪快な行為は最適だった。
 そのためテレビ局スタッフの態度もそれまでとは若干違う。


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 後からやってきた神通や五十鈴、時雨たちによる運搬もまた、テレビ局スタッフや同級生らを驚かせ続けるのに十分な行為だった。那珂と同じ学校の高校生たちは、我らが会長であればこのくらいありうるかも?という勝手な妄想のもと目の前の展開を見ていたが、さすがに時雨や五月雨たち他校の中学生艦娘らが同じことをしていると、これまた改めて艦娘となった人間の異常さを覚えるのに十分すぎた。

 一通り艤装の運搬と積み込みが終わると、最後の運搬組に続いて明石らも外に出てきた。それを待ってテレビ局スタッフは那珂や時雨、明石ら鎮守府Aの艦娘らに感想を聞きつつのインタビューを始める。

「ふぅー……。まぁこんなもんでしょ。」と那珂。
「さすがに疲れましたよ。いくらパワーアップしてるっていってもしょっちゅう重いもの運ぶわけじゃないからなぁ~。那珂さんは疲れないんすか?」
 川内の質問に那珂はカラリと答える。
「ん? いや~あたしだって疲れてるよ。けどテレビの目もあるし、今の川内ちゃんみたいなヘトヘトすぎる表情をみっともなく世間に見せられませんよ。」
「うえっ!? あ、あたしそんな顔……してましたぁ!!?」

 那珂のあっさりとした指摘に川内は慌てて頬やこめかみを触って自分が今していた表情を確かめる。そんな慌てふためいた行為に那珂はもちろん、神通や五十鈴らは失笑しあう。

 テレビ向きの意識や振る舞いがないそうした艦娘同士の素のやり取りを撮るのもまた、テレビ向け撮影のしどころなのである。那珂たちは自分たちが思っている以上に撮影されていることを、知るよしもない。


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 一通り艤装の運搬が終わると、鎮守府Aの艦娘達は工廠入り口の一角に集まった。そのタイミングを見計らって那珂の高校のメディア部の井上がテクテクと歩み寄る。

「いや~、皆さん海の上だけでなく陸の上でもすごいですねぇ~!ささ、会長。ここで一言一言」
「うわっ。井上さ~ん。まだ作業終わってないよ。」
「まぁまぁ気にしませんので。」
 強引な井上の促しに那珂は苦い表情を浮かべるが、口元はたぶんに緩んでいる。彼女からのインタビューにまんざらでもないのだ。
 那珂は井上に今回のイベントでの撮影はどうか尋ねてみた。後で大々的に尋ねるつもりだったが、二人だけの本音探りということで聞きたいこともあったからだ。
「そ~ですねぇ。○○テレビの皆さんと仕事ごいっしょできたのはすっごく良い機会だと思いましたよ。プロの撮影テクとか立ち回りとかこっそり教えてもらえたのでワタシ的には大満足です。ただ欲を言えば私率いる○○高校メディア部がこの鎮守府の全ての宣伝と広報を担当させてもらえたらなぁ~というのはありますねぇ。」
「アハハ、井上さんったら!」
「エヘヘ~。まぁそれはやりすぎとしても、メディア部としては会長ひきいる艦娘部のために広報の高みを目指してみせますから。今後共メディア部をご贔屓に~。」
「ハイハイ。それじゃ~この後の様子まできちっと撮影しておいてね~。」
「このメディア部井上にお任せあれ~。」


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 メディア部井上とのやりとりもほどほどに皆のところに戻った那珂は天龍達に向き直しそして合図した。
「さ~て天龍ちゃんに霧島さん。あたしたちきちんと運べたでしょぉ~~?」
「あー、わーったわーった。わかったからよぉ!ありがとよ!感謝してやったんだからそのうぜぇ表情で迫るなっての!」

 フフン!と鼻息鳴らして小憎たらしい表情を浮かべて天龍に顔を近づける那珂。そんなうっとおしい那珂を片手で払う仕草を交えつつツッコんだ。
 霧島に至っては何度めかわからぬ、こめかみ付近を抑えて苦笑交じりのため息を吐いて言った。
「なんとなくあなたのことがわかってきた気がするわ那珂さん……。テレビの目もあってこうしてイベントごとのときにこういうことしてくれるなんて……戦闘だけじゃなくて普段も一筋縄ではいかないわね。」
「お褒めに預かり光栄で~す!」

「「褒めてない褒めてない!」」

 天龍と霧島の目立つツッコミで神奈川第一鎮守府の艦娘達の笑い声が漏れたことで那珂はツカミは鷲掴みでOKだと判断すると、会話の流れと主導権を我らが西脇提督と提督代理の鹿島に譲るようウィンクで促すのだった。

同調率99%の少女(27) - 鎮守府Aの物語

なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=75905877
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1aTXOubIZIP-Gfgz2yBYbZtxnng55xrhFpNy09tWweyk/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

同調率99%の少女(27) - 鎮守府Aの物語

神奈川第一鎮守府の艦娘達との演習試合後半戦。今までの自分たちにない力と迫力を持つ、強敵鳥海率いる神奈川第一鎮守府の艦娘達に、那珂たちはどう立ち向かうのか。互いに消耗する中、彼女たちが見た結末とは? --- 2020/01/08 - 全話公開完了しました。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-14

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 登場人物
  2. 後半戦開始
  3. くじかれる出だし
  4. 変化する戦況
  5. 主力艦隊を討て
  6. 支援艦隊の防衛戦
  7. 神通の後悔と決意
  8. 那珂VS鳥海
  9. 決着
  10. 試合後
  11. 一日の終わり
  12. ex 1:ヒロインインタビュー
  13. ex 2 お礼