【連載】生涯青春ラケットとジェットの物語 024

万田 竜人(まんだ りゅうじん)

024 純国産ジェットエンジンの推力増強

初の国産中等ジェット練習機に搭載された純国産J3ジェットエンジンは訓練飛行に就航後
の推力増強型への改造によって、その命運は、飛躍的なビッグチャンスに恵まれた。

純国産J3ジェットエンジンを搭載した中等練習機は、就航当時から操縦性や離着陸特性に
優れていたが、その後、飛行訓練教官の声などを反映して推力を1200Kgから1400Kgに
増強してからは、操縦性の優位性のみでなく、燃費の良さでも既存の練習機を上回った。

しかしながら、後発の純国産J3ジェットエンジンを搭載した中等練習機は、その就航までに
手間取ったために機体総数で20機の納入にとどまった。
(先行エンジンの搭載分を含めて、中等T-1練習機シリーズは総勢60機で生産完了)

これは、1962年(昭和37年)から、最先端のF-104戦闘機の導入によって飛行訓練の
教育体系が変わり、それまでは高等練習機に位置付けられていたところのT-33練習機
が中等練習機に格下げとなったため、中等練習機の新規需要が激減したことによる。

中等ジェット練習機の飛行訓練上の位置付けは、レシプロ・エンジンを搭載した初等練習機
による訓練を修了したパイロットたちが、引き続きジェット機による中等飛行訓練を行うため
に用意されたもので、パイロットにとっては高等ジェット練習機につながる登竜門と云える。

したがって、飛行訓練プログラムを練り上げる飛行教官たちにとって、推力増強を果たした
J3ジェットエンジンを搭載した中等練習機は、離着陸性能や操縦性能をさらに向上させた
上で、燃費も格段に良いことから、生産が20機で完了することを惜しむ声が多かった。

その様な折に、対潜哨戒機として、日本の海域を守っていたP2V-7ネプチューン60機が、
当時、脅威を増しつつあった海外の潜水艦への対応能力を向上させるために更新の時期を
迎え、対潜機器の更新にとどまらず、エンジンについてもレシプロからターボプロップエンジン
への換装が計画された。

エンジン換装の具現化については・・・

◇運航維持のための常用エンジンとしては、ゼネラル・エレクトリックのT64ターボプロップが
換装エンジンとして採用され、エンジンの製造は石川島播磨重工業が担当した。

◇対潜哨戒機として緊急時の加速用の補助エンジンとしては、純国産J3ジェットエンジンの
推力増強型をベースに、塩害対策として耐食性を向上させたエンジンが採用された。

この両者のエンジンの組み合わせにより、巡航速度の運用にも幅が出て、タービンエンジン
のみの搭載になったことで運用面のみでなく整備性の良さも著しく向上した。また換装配備
された全機が無事故で無事に退役したことも、特筆に値することであると云える。

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この幸運を呼び寄せた、純国産J3ジェットエンジンの推力増強の機運は、国産ジェット機と
して、訓練教官たちに試乗機として供されたときに(当時の推力は1200Kg)・・・

操縦性も素晴らしく、離着陸性能も素晴らしい、願わくば訓練生にとってはジェットエンジン
として、更なる推力増強が可能ならベストであるという感想が述べられた。
(イギリス製の先行エンジンは推力1815Kgであった)

これについては、石川島播磨重工業の技術者たちも、かねがね、同じような構想を抱いて
きており、防衛庁の技術研究所で総合運転試験を一緒になって進めておられた防衛庁の
技術者たちも同じ推力増強の思いを描いていた。

「脱皮しない蛇は死ぬ」というニーチェの名言があるが・・・

まさに、NJEという五社連合によってエンジン開発が進められ、残念ながらトラブルの連続
でジェットエンジンとしての完成が危ぶまれた時期に、防衛庁の強い要望もあり責任体制の
明確化のためにエンジン開発が一社に絞り込まれることとなり、石川島播磨重工業は当時、
土光社長の強い意志決定もあり純国産ジェットエンジンとしてまとめあげる任を引き受けた。

結果、土光社長による適材適所の人材配置も効を奏し、純国産ジェットエンジンとして飛行
試験にも成功、防衛庁との契約を得て、純国産ジェットエンジンとしての量産体制にも移行
した。

当時、工場では最先端のF104戦闘機に搭載されているJ79ジェットエンジンも生産ラインを
流れ始め、純国産J3ジェットエンジンの量産開始と並んで生産工場内は活況を呈していた。

このようなエンジン生産に向けて意気上がる中で、純国産J3ジェットエンジンの推力向上は、
顧客にとっても我が社にとっても、強い希望となって行った。

同時に、顧客からの推力向上への期待に、具体的に応えることは、ジェットエンジンメーカー
として必須の命題でもあった。

推力増強の方法としては・・・

◇ジェットエンジンの回転数を過回転させて出力を増強させる
◇エンジン圧縮機を大改造してエンジンに余裕を持たせて出力を増強させる

この二つの方法が考えられるが、過回転の方法には、設計上のムリがあり長時間での運用
を考慮すると、顧客に向けて、積極的にはお薦めではない。

エンジン圧縮機の大改造は新しいジェットエンジンを設計し直す規模の設計変更となるため、
既に、国産化したジェットエンジンを創り直すことになる。

しかし、ここで土光社長の中長期展望によって採用された次世代の天才たちは圧縮機翼列
を、より洗練された設計に改変する研究を進めていた。このより洗練された翼列設計をJ3に
応用することで、大幅な出力増強が望めるのではないかという道筋が示された。

これによって、J3ジェットエンジンの推力増強を決定づける圧縮機について明確な見通しが
立ち、極めて洗練されたジェットエンジンへの脱皮が約束された。

次の段取りとしては、空気量を大幅に増すことが可能になった圧縮機に見合うだけの燃料の
供給量増加と燃焼器内での混合ガスの燃焼状況の確認、そして、より高熱・高圧となる混合
ガスを受け入れることになるタービン構造部の問題点の把握と設計の見直しが必要になる。

これらの燃焼器やタービン構造部の問題点を把握するために、新しい圧縮機の完成を待って
いては、顧客の推力増強への期待に対して時間がかかり過ぎるので、燃焼器とタービン構造
部についても並行作業で設計の見直しを進める必要がある。

そこで、担当部長の今井兼一郎が考え出した手立ては、純国産J3ジェットエンジンとして完成
した現有エンジンを過回転させ、新しい翼列設計の圧縮機が吐き出す風量に見合った空気量
に合わせて,燃料の供給量をシミュレーション、その上で、燃焼温度やタービン構造部の混合
ガスの流出温度などを計測して構造体としての問題点と対策案を把握するという方法である。

新しい翼列を設計した天才たちの試算では、現有の国産ジェットエンジンの推力1200Kgに
対して1400~1600Kgを達成出来るとシミュレーション結果を割り出し、これをエンジンの
過回転によって近似的に達成、その時の高圧・高熱の実態を計測することにした。

設計陣としては圧縮機のコンポーネントについては、先行して布陣が敷かれていたので、全体
の構造の適正化と燃焼器およびタービン構造部の改造について、新たな布陣が組まれた。

私は純国産J3ジェットエンジンとしての量産設計が完了した後は、製造工場における量産体制
の支援を行っていたが、推力増強に向けた新たな布陣が組まれたことに伴い燃焼器とタービン
構造部の設計要員の一人として任用された。

そして、最初の仕事は、現有エンジンを過回転させて推力1400~1600Kgに持っていった時
の燃焼温度やタービン構造部の温度を計測するための「熱電対」の設計であった。

設計の際には、ジェットエンジンとして空気と燃料の混合比など混合ガスとしての最適化などの
シミュレーションに詳しい数学家の権威である設計女史からのアドバイスをいただいて燃焼器
やタービン部の高温部の温度計測をするための熱電対を設計、エンジン過回転の運転試験の
タイミングに合わせて緊急発注をかけた。

この緊急発注をかけた後で、予想外の小さな事件が発生する。
(しかし、この時の教訓は、後の業務遂行に際して貴重な教訓を得ることになる)


(続 く)

【連載】生涯青春ラケットとジェットの物語 024

【連載】生涯青春ラケットとジェットの物語 024

純国産ジェットエンジンの推力増強と航空マンとしての幸運への道筋・・・

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-08-12

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