深圳孤儿

深圳孤儿

西暦2026年の深圳、かつての賑わいは消え、社会主義市場経済の遺跡が立ち並んでいる。改革開放時代にいびつな人口ピラミッドを建立した中国共産党政府は一人っ子政策の失敗糊塗に四苦八苦したあげく、朝鮮半島統一戦争で滅んだかつての経済大国に温故知新を求めようとしたのだが・・・

西暦2026年の深圳。人通りが途絶え、綺麗なままの廃屋がいくつも立ち並び、かつての賑わいは嘘のようだ

西暦2026年の深圳。人通りが途絶え、綺麗なままの廃屋がいくつも立ち並び、かつての賑わいは嘘のようだ。
「もともと静かな漁村だった。昔に戻るだけだから問題はない」
狂ったような繁栄からポツンと取り残された一軒家。強引な開発と再三再四に渡る立ち退き要求を撥ね付けてきた古老が言う。
高台だった場所は重機によって強引に掘削され、この場所だけビルの屋上のようになっている。
「ずうっとずうっと昔からこうだったよ。どんなに急峻な山もいずれ崩れて平らになる。ここもじきそうなる。ご覧なさい」
老人はCNNの取材クルーを猫の額ほどの庭に案内した。地平線はどこまでもまっすぐで、やがて青色に変わる。

10年代末から始まった貿易戦争は米中を疲弊させ、世界を巻き込んだ。関税の掛け合いは中国の輸出品目の全てにおよび、税率は250%に達した。
もちろん、中国当局は手をこまねいていたわけではない。一人っ子政策による人口ピラミッドを立て直し、内需拡大を目論んだ。
まず、産児制限を撤廃し、ふたりっ子政策へ舵を切った。しかし、農村は農村、都会は都会という二重戸籍が出生率の足かせになっていた。
農民は都会で住民登録をできないため、家族を呼び寄せて定住することが非常に困難なのだ。出稼ぎ労働者のままでは収入が安定しない。
これは、中国政府にとって絶対に譲れない一線だった。都会の人口が増えれば、生活が豊かになり、余裕が生まれる。すると良からぬ考えが生まれる。
政府に不満を募らせたり、もっと豊かになろうとして力をつける者が出てくる。
そこで政府は都会の人口を増えすぎないようにしたまま、人口を増やす方法を模索した。

最初は3人目を産んだ世帯の税金を減免した。やがて5人目の子供からは全額免除した。この優遇措置が功を奏したのか、定かではないが、出生率が持ち直した。

しかし、新たな問題が発生した。
捨て子である。
特に女の子は農村にとって余剰人員とされ、ネグレクト、人身売買、あげくは間引きが横行した。
中国政府は人道に対する罪であるとして厳しく取り締まったものの、お腹を空かせた女児が街をあるく姿は日常茶飯事になった。

「どうしたものか」
深圳の行政庁は頭を抱えていたた。「こういう時は、隣国に学べ、ですよ」
年老いた女性職員が窓の外を見やった。今は東海と呼ばれている海である。その向こう側に東海省の島々が連なっている。
「小日本か。朝鮮統一戦争の煽りで爆心地だらけになったんだな」
行政長官の目にはあかあかと燃え上がる日本海が鮮明に焼き付いている。
「どのみち、自然保護区になる運命でした。そうでなくても急激な人口減少で日民たちは負のスパイラルに陥ってました」
「そんな国から何を学べというのかね?」
長官はいぶかしんだ。
「あります」
女性はきっぱりと言い切った。
彼女によれば、末期の日本では経済事情や様々な制約から子供を持つことをあきらめ、ペットを飼う家庭が増え始めていた。小動物とはいえ、エサは食うし病気にもなる。
予防接種やトリミングなどのコストもバカにならない。下手をすれば子育て費用ほどの出費になる。
子供をあきらめた夫婦はペットに情熱をそそぐ反面、愛想をつかしてしまう飼い主もいる。
「なるほど、譲渡会かね!」
ふむふむと耳を傾けていた長官は身を乗り出した。すでに行政府としてもこれといった有効だが打てないまま、万策尽きていた。
「やりましょう! 知り合いに子供好きの奥さんも保育士資格を持つ女性もいます」
女性職員は顔をほころばせた。
そしてあれよあれよという間に計画は進み、孤児院が乱立しはじめた。スタートアップの早い中国である。不況下とはいえ、どこからともなく資金が集まり、ビジネスモデルが確立した。
都会と農村の出生率格差は歪んだままで、子宝にめぐまれない夫婦もそれなりにいた。もちろん、相変わらず人身売買を手掛ける闇業者もいたのだが、行政府の補助金が付くとあって、急激なパラダイムシフトが進んでいった。

しかし、問題が発生した。せっかく見つけた里親に捨てられてしまう子が出始めたのである。
「困ったものだ。人の命を何だと思っているのか?」
行政長官は女性職員に相談をもちかけた。
「ああ、それでしたら小日本の事例があります」
彼女は虚空をタイピングして古い文書を拡大投影した。既に漢訳されている。
「なるほど」
長官は一読するなり、うなづいた。

「えーっ!?」
市内の某孤児施設。
すっとんきょうな声を張り上げたのは、譲渡会に参加した里親候補たちである。
なかには席をけったり怒号をあげて帰る者がいた。
「人の善意を愚弄している!」と係員に食って掛かる参加者がいる。彼女が握りしめている誓約書には、こんな注意が印刷してあった。

「子供は社会の宝です。一度、さずかったからには最後まで責任をもって育てましょう」
さらに厳しい戒めが並んでいた。
里子は不妊手術を受けさせ、異性から遠ざける事。里子を養育するためには莫大な食費がかかる、さらに健康維持や教育のコストなど家土地が買えるほどの金がかかる。
また、里親より先に死んでしまうことがある。そのショックに耐えられる精神力が要求される。
子供が里親のいう事を聞かなくなったり暴力をふるうこともある。時には犯罪の加害者になることもある。
幼いうちはかわいくても子供はすぐに成長する。かわいげが無くなったからと言って養育をやめる事はできない。

そして、最後に強烈な文言で覚悟を問うていた、
「これらもろもろのリスクを受け入れたうえで、なおも里親になりたいと思う鋼鉄の意思があるか」

その後、深圳に浮浪女児の姿が絶える事はなかった。

深圳孤儿

深圳孤儿

  • 小説
  • 掌編
  • 時代・歴史
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-11

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