指先の秘密

kina

 14歳の頃いつも一緒にいた美咲には、爪を噛んだりささくれを剥いだりするくせがあった。私と会話している最中でも、授業中でも、ところ構わずに人差し指や親指を口元へ運んでいく。私と居るときは会話を続けたまま、指の皮を歯で挟んで剥きながらながら私を見つめている。

「でもさ……好きなんだからしょうがないじゃん」なんていいながら、爪を噛みやすいよう顎を傾ける仕草は、タバコを吸うような格好にも見えた。妙に色気を含んでいて、子供っぽいはずの行為が大人びているのが不思議だった。
 爪を歯で噛みちぎりながら話をしているせいか、途中で美咲の言葉はよく聞き取れなくなった。夏休み真っ只中の雑然としたマクドナルドの片隅では、尚更だ。

「叶わぬ恋は切ないですね」なんて返してみると、

「わかってたまるか」なんて跳ね返されてしまう。

 私は話よりも指のことが気になって仕方がなくなり、美咲の指をずっと見てしまった。赤い血が滲むのを、なんだか綺麗だなとぼんやり思いながら。その赤い鮮血を彼女の舌がちょっとだけペロッとなめとると、今度はゆっくりと指先が赤くなっていく。

「また見てたでしょ」
「ごめん。でも、痛くないの?」
「痛い。でも、馴れた」
「馴れるもんなの?」

 とっさに私が尋ねると、美咲は黙ってしまった。彼女の切れ長の目元が伏目がちになり、窓の外を見やる。

「さあ」

 横顔のまま窓の外に向かって吐き出すようにつぶやくと、彼女は指をしまって向き直り、汗をかいたドリンクカップを握った。細い指先でストローをくわえると、喉元がひくひく動いた。ストローから唇を離すと、思い立ったように美咲は言った。

「舞も噛んでみたら」
「え」
「気が紛れるよ」

 血の滲んだ指先がいよいよ頭から離れなくなった私は、それからすぐに美咲とは距離ができてしまった。けれど、あの夏のことは長く脳裏に焼き付いていた。
 実際に私が「爪を噛む」を決行したのは高校生になってからのことだった。美咲は私に大きな不満を感じていたのが漠然と理解できた。美咲の欲求不満が私に乗り移って指を噛ませているのではないか、と想像してはかき消した。指先の小さな痛みに心が恐ろしいほど冷静さを取り戻した。無意識のうちにできるようになっていくと、病みつきになって止められなくなった。

 マニキュアなんて塗れない不格好な爪になって十年が経ち、爪噛みにも年季が入ってきた。大人になり、いっとき恋愛にハマると爪を噛むのを忘れるのが不思議だった。
 気取った都会のカフェで意中の人を待ちながら、窓ガラスに映る自分を見やると、血の滲む指先を食んでいるその姿にはっとした。わずかに感じる鉄の味から、当時の彼女の抱えていた感情の一端が私に流れてくるような気がした。今、私は叶わない恋をしている。

「美咲の好きな人、って」

私は美咲の孤独を想像しようとして、止めた。


指先の秘密

指先の秘密

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  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-08-09

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