へびがみている

あおい はる

 へびが、ぼくたちのことを見ていたのは、爬虫類を専門にあつかう、ペットショップの、ショーウインドーから。
 夏が、あまりにも暑くて、世界が少しだけ、歪みはじめた頃に、恋をしたひとが、運命のひと、だなんて、テレビのなかの、アナウンサーなんだか、タレントなんだか、よくわからない女のひとが言っているのを、シリアルを、がりがり噛み砕きながら観ていた、朝は、どことなく、宙に浮いている感覚が、否めなかった。きれいなひとばかりと、やさしいひとばかりではない、世の中で、でも、ぼくは、そのどちらでもない、きみのことが、好きだった。宇宙に行ったことはないけれど、ロケットの丸い窓から覗く、青い地球のようだと、ぼくは思っていた。むかし、動物園で、檻越しの、トラの気持ちが、なんとなくわかっていたときの、ぼくは、きっと、誰よりも、透明なサイダーだったよ。ぐんぐんと、気温が上がっていく部屋で、コーヒーを飲んでいると、忘れかけていたものや、どうしたって忘れたいことなんかが、ふつり、ふつりと、火にかけたミルクパンのなかの、牛乳のように、揺れて、目を覚ます。
 きみが、あの、狂おしいほどに青い海に置いてきたものが、どうか、藻屑になりませんようにと、ささやかに祈るのは、眠るときと決めている。
 真夏のシエスタ。
 ショーウインドーのなかの、へびは、細く、赤い舌を、ちろちろと出して、ぼくは、触れられてもいないのに、身震いをした。へびと、ガラス越しに、じっとみつめあっていた、きみは、飽きたのか、ザッハトルテが食べたいと言って、すたすたと歩き出した。
 うろこ、のような表皮の、へびのことが、しばらくは、あたまからはなれない予感がして、めまいがする。湿り気を帯びて光る、あの、細長く、くねくねとくねる、からだが、もしかしたら、毎夜、夢にあらわれるかも、と想像すると、ゆううつになる。ぼくが、そんなふうに、ひとり勝手に妄想を、してるとは、つゆしらずに、きみは、すたすたと、ザッハトルテに向かって、一直線なのだった。
(ハロー、いびつな、八月から)

へびがみている

へびがみている

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
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CC BY-NC-ND
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