シロヒメは白馬の星をつかむんだしっ☆

koyasumi

「なんでもないようなことが~、ぷりゅぷりゅだったとおもーう~♪」
 その日――
「白姫?」
「………………」
 アリス・クリーヴランドが見たのは、いつも明るい白馬の白姫(しろひめ)がふさぎこんだ様子で歌っている姿だった。
「あの……『ぷりゅぷりゅだったと思う』って」
「………………」
「白姫……」
 本気で心配になってくるアリス。いつもならここで、こちらの問いかけに対して何か反応があるはずなのだ。
 しかし、白姫はなぜか黙りこんだままでいる。
「本当にどうしちゃたんですか?」
「………………」
「白姫……」
「……ぷ……」
「『ぷ』?」
「ぷ……ぷ……ぷっりゅーーーーーーーーーーーっ!!!」
「きゃあっ!」
 突然いなないた白姫に、アリスは驚きひっくり返った。
「なっ……なんなんですか!?」
「うるせーし!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ!」
 容赦なく蹴り上げられ、またもひっくり返る。
「やめてください、暴力は!」
「ぷりゅぅ~……」
 鼻息荒くアリスに迫る白姫。
 ――と、
「………………」
「し……白姫?」
「……ぷ……」
「『ぷ』?」
「ぷ……ぷりゅぅぅぅ~……」
 白姫は――
「な……!?」
 つらそうに顔をしかめ、背を向けて肩をふるわせ始めた。
 アリスは驚き、
「ほ、本当にどうしちゃったんですか、白姫!?」
「……なんでもないし」
「なんでもなくありませんよ!」
「うるせーし!」
「きゃっ……」
 またも蹴られるとアリスは身構える。
 しかし、
「………………」
「あれ?」
 再びヒヅメが飛んでくることはなかった。
「ぷりゅ……ぷりゅ……」
「!」
 アリスは驚愕する。なんと白姫が――
「な、泣いてるんですか!?」
「泣いてなんか……ないし」
「泣いてるじゃないですか!」
「うるせーし……」
 その声にも力がなかった。
「白姫……」
 これは……これは本当に異常事態だ!
「白姫」
 アリスは姿勢を正し、
「何があったんですか? 話を聞かせてください」
「………………」
「自分、白姫の友だちじゃないですか。隠し事はなしですよ」
「隠し事なんか……ないし」
「白姫」
「………………」
 アリスは辛抱強く待った。
 すると、
「…………し……」
「え?」
「……て……、……だし……」
 はっきり聞き取れない言葉に耳を傾けるアリス。すると、白姫が驚くべきことを言っていることに気づいた。
「シロヒメ……負けてしまったんだし」
「えっ」
「負けてしまったんだしーーーーーーーーーーっ!!!」
 涙まじりのいななきが響き渡った。

「そうですか……麓華に」
 麓華(ろっか)――
 それは、白姫の主人であり従騎士のアリスにとっても仕えるべき人である騎士・花房葉太郎(はなぶさ・ようたろう)の先輩シルビア・マーロウの愛馬の名。
 白姫と麓華は普段から仲が悪かった。
 というのも、成り行きから麓華の父・麓王(ろくおう)を駆る騎士・金剛寺鎧(こんごうじ・がい)に、白姫に乗った葉太郎が勝利してしまったために。
 父を尊敬かつ思慕してやまない娘の麓華は、そんな白姫を許せなかった。
 そして、事あるごとに対抗するような態度を取り続けているのだ。
「でも麓華はいい子ですから……お父様のことが大好きでそれで」
「カンケーないし!」
 白姫がプン! とそっぽを向く。
「あの子、ムカつくんだし! シロヒメにいじわるばっかりして! シロヒメ、なんにも悪くないのに!」
「それは……」
 確かに、白姫は悪くないとは言える。
 正々堂々の勝負だったということで、麓王も白姫に遺恨は持っていない。
 しかし、麓華の気持ちもわからなくはない。敬愛する父を敗北させた相手に対して、おだやかな気持ちではいられないのだ。加えて、白姫自身が『遠慮』や『謙虚』といった言葉からほど遠い性格である。そんな白姫の態度がいっそう麓華を刺激してしまっているのだろう。
「でも……やっぱりケンカはだめですよ」
「シロヒメ、悪くないし。むこうがからんできたんだし」
「何か余計なことを言ったんじゃないんですか」
「余計なことってなんだし?」
「悪口とか……」
「シロヒメ、悪口なんか言ってないし。ホントのこと言ったんだし」
「本当のこと?」
「実力でシロヒメに勝てないからいじわるするんだって」
「……で、実力で負けちゃったんですね」
「うるせーし!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ!」
「シロヒメ、負けてないし!」
「いや『負けた』って白姫が言ったんじゃ……」
「だって、あの子、無駄に力あるんだし! シロヒメ、吹き飛ばされてしまったんだし!」
「そうなんですか?」
「そうなんだし。それで驚いて、目を回してしまったんだし」
「お父さんの麓王も大きな身体で力持ちでしたから」
「シロヒメはもっと繊細で優雅なんだし! だから……その……」
「力負けしちゃったんですね」
「だから、負けてないって言ってるしーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ!」
「ぷりゅぅ~~……」
「や、やめてください、八つ当たりは!」
「とにかく、このままにはしておけないし」
「えっ?」
「シロヒメの一族は代々騎士の白馬なんだし。ママもおばあちゃんもそのまたおばあちゃんもずーっと騎士の白馬なんだし。そんなシロヒメが負けるなんて許されないんだし!」
 白姫の声に力がこもる。
「リベンジするんだし! 特訓して強くなって!」
「白姫……」
 リベンジ――復讐なんてやめてほしいとアリスが言いかけたところで、
「アリスも手伝うんだし」
「えっ!?」
「シロヒメの特訓を。そのためのアリスなんだし」
「え、えーと……」
 アリスは、
「イヤなんだし?」
「いえ、イヤというわけでは……」
 思わず考えてしまう。
 復讐なんてことにはもちろん賛成できない。しかし、白姫が自分から『特訓』などと言い出すのはきわめて珍しいことなのだ。
 普段の白姫は努力やがんばりをあまり好まない。
 というか、まったく好まない。
 この間も――
『白姫、ちょっといいですか』
『なんだし?』
『手伝ってもらいたいことがあるんですけど』
『えー、めんどくさいしー』
『そんなこと言わないで、たまにはお手伝いしてください』
『イヤだし。なんでアリスを手伝わなきゃなんないし』
『なんでって……友だちじゃないですか』
『えー、友だちになったつもりないんだしー。アリスが勝手に言ってるだけだしー』
『そ、そんな……』
『とにかくイヤなんだし! これ以上ごちゃごちゃ言うと白馬虐待で訴えるんだし!』
『白姫ぇー』
 ――というようなことがたびたびある白姫なのだ。
 そんな白姫が、成り行きとはいえ『特訓』という言葉を口にした。
 これは彼女が変わるきっかけになるかもしれない。
 もっとも、自分は『お手伝いはイヤ』と言いつつ、こちらにそれをさせようという考えは引っかからなくもないのだが。
「……わかりました」
 しばらくして、アリスは言った。
「白姫が本気なら自分もお手伝いします」
「本気に決まってるし! これを見るし!」
 ごぉぉぉぉーーーーーっ!!!
「白姫の目が燃えてます!」
「そうなんだし。太陽のように燃えてるんだし」
「本当に本気なんですね、白姫」
「当たり前だし。馬は夢を目指してひた走る生き物だし。『あかるいひ』と書いて『馬』と読むんだし」
「明るい日……って『明日』じゃないですか、それは!」
「同じなんだし! 明日を目指してひた走るんだし!」
「と、とにかくわかりました。自分、協力します」
「当然だし。白姫は白馬のお姫様なんだし。そこらへんのムカつく子に負けられないんだし」
「白馬のお姫様?」
「そうだし。名前がもうそのまま『白』『姫』だし」
「それはそうですけど……」
「ちなみに『白馬に乗ったお姫様』という意味ではないし。白馬『で』お姫様なんだし」
「はぁ……」
「あれ、ややこしいんだしー『白馬の王子様』って。普通、白馬が王子様って思うんだし」
「思わないと思いますけど……」
「あれもややこしいし。ほら『白い恋人』ってあるし」
「ありますね……」
「でも『褐色の恋人』っていうのもあるんだし」
「えっ?」
「それだと、恋人が褐色だって思ってしまうんだし。でも、本当の意味は『褐色の色をしたもの』――つまりコーヒーの恋人ってことなんだし。ややこしいしー」
「あの……一体なんの話を」
「あっ、そうだし、こんなこと話してる場合じゃなかったし。とにかく……」
 白姫は再び瞳に炎を燃やし、言った。
「シロヒメ、やるんだしーーーーーーーっ!!!」

「ぷりゅりーこんだーら、ぷりゅりゅなみーちーを~♪」
「『ぷりゅりこむ』って何ですか……」
「ぷりゅがー、はくばのー、どこんーじょーお~♪」
「『白馬のど根性』?」
「まっしろにもえるー、はくばーのしるし~♪ はくばーのほーしをつかむまで~♪」
「『白馬の星』って……」
「ぷりゅーあーせながせ~、ぶりゅーぷーりゅするな~♪」
「『ぷりゅぷりゅするな』?」
「ゆーけゆーけ、しろーひーめ~♪ ぷりゅんとーゆーけ~♪」
 ――アリスは、
「あの……」
「なんだし。さっきからうるさいし」
「いやあの……特訓は?」
「ぷりゅ?」
 白姫が首をひねる。アリスは口もとを引きつらせつつ、
「さっきから歌ってるだけですよ? 特訓はいつ始まるんですか。歌の特訓してるわけじゃないんですから」
「まったくアリスは何もわかってないしー。アホなんだしー」
「アホじゃないです」
「シロヒメは気持ちを高めてるんだし」
「気持ちを?」
「そうだし。特訓に入るための気持ちを作ってたんだし。そのために歌ってたんだし」
「はぁ……」
「シロヒメの根性見せるんだし。ど根性白馬なんだし」
「ど根性白馬?」
 わけがわからないながら、とにかくアリスは、
「じゃあ、これから特訓に入るんですね」
「そうだし」
「自分は何をすればいいんですか?」
「そこに立ってんだし」
「ここに?」
「そうだし。ぷりゅぷりゅボールを完成させるためにボール投げこむから、アリスはその的として……」
「イヤです、ボールの的なんて! というか、なんですか『ぷりゅぷりゅボール』って!」
「魔球だし」
「何の特訓なんですか!」
「ハッ! しまったし……歌で気持ちを作りすぎたせいで特訓が違う方向に行きそうになっていたし」
「白姫ぇ……」
「だって昔のテレビにこういうのがあったんだし。スポ根なんだし」
「白姫はすぐ影響を受けるんですから……」
「影響されていいんだし。テレビはおもしろいから」
「テレビと現実は違います」
「そんなのカンケーないし。だからシロヒメも白馬養成ギプスつけるんだし」
「ないですよ、そんなギプス……」
 早くもついていけない思いのアリス。
 しかし、ここでめげてはだめだと、
「あの、もっと普通に特訓したほうがいいんじゃないですか」
「普通に特訓?」
「はい」
「具体的に何すんだし」
「えっ? 具体的にって……」
「何をすればいいか具体的に言ってみんだし」
「それは……」
「それは?」
「それは……その……ふ、普通に」
「何も考えてないのにテキトー言ってんじゃねーし!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ! や、やめてください、暴力は!」
「あっ、これ、特訓になってるし」
「えっ?」
「アリスを蹴って脚力を強く……」
「やめてください、そんなひどい特訓!」
「なにがひどいんだし? シロヒメのストレス解消にもなって一石二鳥だし」
「やめてください、そんなひどいストレス解消!」
「一石二馬だし」
「なんですか、一石二『馬』って!」
「アリスを蹴ることで馬がそれだけよろこぶという」
「よろこばないでください! ひどすぎますよ!」
「えー、アリス、協力してくれるって言ったんだしー」
「協力はしますけど、ひどいことは……」
「なんかいろいろ文句言われてめんどくさいしー。やる気なくすしー」
「そんな……ど根性白馬って言ってたじゃないですか」
「アリスがやる気なくさせるのが悪いしー。なんとかするしー」
「そんな……」
 白姫らしいわがまま全開の発言に、アリスは途方に暮れてしまう。
「とにかくこんな早く投げだしたらだめです! その……勉強しましょう!」
「べんきょお?」
「はい! どういう訓練をすればいいか、それを勉強するんです!」
「わかったし」
「白姫……!」
 思いがけずすぐうなずいてもらえて、アリスの顔がほころぶ。
 やっぱりいままでの白姫とは違うのだ。
 真面目に特訓したいというその気持ちは本物で――
「じゃー、テレビ見るし」
「……え?」
「テレビ見るといろいろ勉強になるし。それに楽しいし。だからテレビ見るんだしー」
「あっ、ちょっ……確かに勉強になるかもしれませんけど、もっと他に、本を読むとか、詳しい人に聞くとか」
「テレビ見るしー」
「ちょっ……待ってください、白姫ぇーーーっ!」

「ぷりゅドリアーーーーン!!!」
「また影響を受けて……」
「ぷりゅーりゅー♪ ぷりゅーりゅー♪ ぷりゅーりゅー♪ ぷりゅーりゅー♪」
 映画のテーマソングを口ずさむ白姫を前に、アリスは肩を落とすしかない。
「いい映画だったんだしー。シロヒメもあんなふうに特訓するし」
 ――というわけで、
「本当にこれを飲むんですか、白姫?」
「ぷりゅ……」
 白姫も『それ』を前に、明らかにひるんだ様子を見せる。
「勢いで作っちゃったけど……まずそうなんだし」
「そうですね……」
 映画の主人公がジョッキいっぱいの生卵を飲むシーンを見て「自分もやってみたい」と言い出した白姫。馬の白姫に同じことはできないので、代わりとして身体によさそうな野菜や果物を手あたり次第に混ぜてジュースにしてみたのだが――
「これはアリスが飲んでいいし」
「なんでですか!?」
「ありがたく思うんだし」
「ありがたくないですよ! 白姫の特訓じゃないですか!」
「うるせーし! いいから飲むしーっ!」
 バシャーーッ!
「きゃあっ!」


 続いて、
「さあ、用意しましたよ」
「これをシロヒメが塗るんだし?」
「そうです。お手伝いにもなっていい特訓じゃないですか」
 ペンキの入った缶と、それを塗るためのブラシを前にして――
 白姫は、
「やっぱり、なんだかめんどくさいしー」
「えぇ? やってみたいって言ったの、白姫ですよ!」
「映画見てるときはそう思ったけど、よく考えてみたら大変そうなんだし」
「大変は大変ですよ。じゃなかったら特訓になりませんから」
「シロヒメにこういうの向いてないんだしー。エリートだからー」
「えぇぇ~……?」
「というわけで、これもアリスがやるし」
「だから、それじゃ白姫の特訓になりませんよ」
「だいたいおかしいし。どこにペンキを塗る馬がいるし」
「それは……いないですけど」
 しかし、ペンキ塗りよりもっとあり得ないことをたくさんしている白姫に言われても――
「じゃ、次行くしー」
「ええっ!?」
「いやー、過酷なんだしー」
「過酷も何も、まだぜんぜん特訓できてませんよーっ!」


「ぷりゅー」
「がんばってください、白姫」
 坂道を上る白姫とアリス。
 ただ歩いているわけではない。
 白姫はロープでつながれた何本もの重い丸太を引いていた。
「シロヒメ、重いコンダラを引くんだし。それが白馬のど根性なんだし」
「なんですか、コンダラって。まあとにかく、やっと特訓らしくなってきましたね」
「『やっと』ってなんだし」
「あ、いえ、何も……」
 またやる気をなくしては大変とあわてて口を閉じる。
(でも……)
 アリスは疑問を覚える。
(どうして、自分が下から丸太を押してるんでしょう。これは白姫の特訓じゃ……)
「ほら、しっかり押すんだし、アリス!」
「は、はい! って、やっぱり自分がこうしてるのは違うんじゃないでしょうか」
 そのとき、
「ふー、やれやれ」
「! ち、ちょっと……」
 アリスは驚きあわてて、
「な、なに休憩しちゃってるんですか!?」
「だって疲れたんだしー」
「いきなり止まったら、重さが全部こっちに……」
「そーそー、これも邪魔なんだしー」
「ちょっ!?」
 丸太を引っ張っていたロープを外され、
「し、白姫、何をやっ……きゃあーーーーーーーーっ!」
 ガラガラガラゴローーーーーーン!!!
「ぷりゅ?」
 坂道の下の惨状をふり返って――白姫は、
「ぷりゅりん❤」
「なんですか、その『失敗しちゃった、てへへ』みたいな反応はーーっ!」
「あっ、アリス、生きてたし」

 そんなこんなで――
「いよいよ再戦ですね、白姫」
「ぷりゅ」
 自分で『ひっしょお』と力強く書いたハチマキを頭に締め、白姫は静かに気合をみなぎらせていた。
「まあ、ほとんど特訓になってなかった気はしますけど」
「なんか言ったし」
「い、いえ、何も……」
「じゃあ、出陣するし! アリスもついてくるし!」
「自分もですか?」
「当たり前だし。家臣なんだから」
「白姫の家臣になったおぼえはありませんよ!」
 こうして――
 白姫とアリスは勝負の場におもむいた。


「よく逃げずに来ましたね」
「ぷりゅ~」
 白姫が鼻息を荒くする。
 その前には気品を漂わせる赤褐色の馬――麓華が悠然とたたずんでいた。
「ぷりゅふんっ! そんな余裕でいられるのもいまのうちだけなんだし。すぐに泣いて逃げ出すんだし」
「その言葉、あなたにお返ししましょう」
「ぷりゅーーーーっ!」
「落ち着いてください、白姫。怒っていたらまた負けますよ」
「シロヒメ、負けないしーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ」
「大丈夫ですか、アリス様」
「す、すみません、麓華……」
 吹き飛ばされたアリスを麓華が支える。
 そして、白姫をにらみ、
「心配してついてきてくださったアリス様にこのような無体を。本当にあなたは駄馬ですね」
「ぷりゅーーっ! また悪口言ったしーっ!」
「だから落ち着いてください、白姫。麓華も挑発しないでください」
 会うなり険悪な空気になる両者にアリスはあわてる。勝負をするためにここにいるといっても本気で傷つけあうようなことにまではなってほしくない。白姫も麓華も共に正義と平和のために働く騎士の馬なのだから。
 行きすぎそうになったら止めなければ――そう自分に言い聞かせ、
「では、この勝負、アリス・クリーヴランドが立会人をつとめさせていただきます」
「アリス、ちゃんとやるし」
「もちろん公平にやりますよ」
「そうだし、公平にだし。公平にシロヒメのことひいきするし」
「ありませんよ、そんな公平」
「駄馬が……」
「ぷりゅーーーーっ!」
「だから勝負の前にケンカはやめてください!」
 アリスは懸命に両者を引き離し、
「そ、それではあらためて……」
 姿勢を正すと、右手を大きく上げて、
「はじめーっ!」
 距離を開けて向かい合っていた白姫と麓華は――
「あっ……」
 驚きの声をもらすアリス。
 ためらうことなく互いを目がけて地を駆ける馬と馬。その姿は、背に騎士を乗せていないとはいえ、まさに騎士の突撃(ランスチャージ)を思わせる勇ましさだった。
「!」
 激突。と同時に両者がすれ違う。
「し……!」
 白姫の身体がかすかにゆらいだ。
 正面からぶつかり合った両者であったが、かすかなずれが互いを交錯させた。そして、力で勝っていた麓華が、わずかではあるが白姫を押しのけた形になったのだ。
 すると、
「!」
 アリスは目を見開く。
 体勢を崩したと思われた白姫がそこから柔軟な変化を見せた。
 麓華も小さく動揺の息をもらす。
 細かなステップで麓華の脇に移動する白姫。
 あわててそれに応じようとする麓華だったが、スピードでは一歩劣り、軽快な動きで周囲を回る白姫に翻弄される。
(白姫、本当に……)
 アリスは白姫の言葉を思い出す。
『だって、あの子、無駄に力あるんだし!』
『シロヒメはもっと繊細で優雅なんだし!』
 そう言っていたことは間違いではなかった。確かに動きの繊細さでは白姫が上だった。正面から戦うのが騎士、そして騎士の馬の信条とはいえ、自分の特技を生かすというのも一つの戦い方だ。
(これは……リベンジできるかも)
 思わず熱くなっていた自分に気づき、アリスははっとなる。いまの自分はあくまで立会人なのだ。白姫が言っていたような『ひいき』はできない。
 ――と、
「えっ……!」
 またも驚きの声をもらすアリス。
 戸惑っていた麓華が――動きを止めた。
(このままじゃ……)
 白姫は麓華の周囲を回っている。
 つまり、このまま動かなくては脇を取られてしまうということだ。
 正面からの突撃、または背後への蹴りなど、前後には死角のない馬。しかし、側面は彼女たちの大きな弱点と言っていい。そのため馬は左右の視界が人間よりはるかに広いのだ。
(麓華、どういうつもりで……)
 今度は白姫のほうが動揺を見せる。
 と、麓華が挑発するような目を白姫に送る。
 白姫はそれにいきり立ち、
「あ……!」
 無防備な側面目がけて、ためらいなく突っこんでいった。
「白姫……!」
 やりすぎはだめ――
 と、アリスが声をあげるより先に、
「!」
 ズドンッ!
 全体重を乗せた白姫の体当たりが麓華の脇腹にめりこんだ。
「麓……!」
 これでは大怪我を!
 遅ればせながら止めに入ろうとしたアリスの目に、
「!」
 笑っていた。
 麓華が――
 苦しそうに顔をゆがめつつも、横目で白姫を見て「狙い通り」と言いたそうな笑みをにじませていた。
 白姫もその異変に気づく。
 とっさに離れようとするも、これまた馬の弱点と言うべきか、前方への突進力と裏腹に後退は不得手だ。白姫もそれは例外ではなく、
「……!」
 退きそこねた白姫の懐に、麓華が首をもぐりこませた。
「ああっ!」
 驚愕。
 飛んだ。
 自分とほとんど大きさの変わらない白姫の身体を、麓華はなんと力任せに跳ね上げてしまったのだ。
 それはまさに『飛ぶ』という表現がふさわしい高さだった。
 アリスがあぜんと声をなくす中、白姫の身体が放物線を描き、
「!」
 ――ズシンッ!
「白姫!」
 たまらず悲鳴まじりの声がもれる。
 地面に叩きつけられた白姫は、そのままどうしようもなく――
「っ!」
 息を飲む。
 立った。
 もはや戦闘不能と思われた白姫が、脚をふるわせながらも立ち上がったのだ。
 アリスは気づく
(白姫……自分から跳んだんですね)
 麓華に跳ね上げられそうになった寸前、逃げられないと悟った白姫は、勢いを殺すべく自ら大地を蹴って飛び上がったのだ。
 それでも、完全に勢いを殺せたわけではなく、体勢は大きく崩されてしまったのだが。
「あ……!」
 麓華の膝が折れた。
 その口から、苦しそうな息がこぼれる。
 平気に見せていたが、彼女もまた白姫の体当たりによってダメージを受けていたのだ。そこから白姫を投げ飛ばしてみせた彼女の剛毅さに、アリスはあらためて瞠目する。
 両者はふるえる脚に力をこめ、再び向かい合った。
「白姫……麓華……」
 アリスの胸に不吉な予感――いや確信が渦を巻く。
 止まらない。
 止められないのだ。
 白姫も麓華もここで引けない。戦いの中に生きる騎士の馬として、傷つけば傷つくほどむしろ敵に背を見せることは許されない。
 そして――両者は、
「!」
 駆けた。
「っ……」
 その瞬間、アリスは、
「はぁーーーーーーーーーーーっ!」
 ズドォォン!!!
「!」
 白姫、そして麓華が共に驚愕にふるえた。
 再び正面からぶつかり合った彼女たち。
 そこに、
「くっ……」
 なんと――
 アリスの姿があった。
 激突する寸前、なんとそこにアリスが割って入ったのだ。
 とっさの思わぬ行為に白姫も麓華も勢いを止めることができなかった。
 そんな騎士の馬たちの突撃を受け――アリスは、
「……て……だ……さい」
「!」
 息をつまらせ、かすかに咳きこみながらアリスは言った。
「やめて……ください……」
「………………」
「勝負は……終わりです」
 そして、
「!」
 力なくくずおれるアリス。
 広い野原に、馬たちの驚くいななきがこだました。

「アリスはアホなんだしーーーーーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ!」
 久しぶりの馬キックに、アリスは悲鳴を上げて吹き飛んだ。
「な、何をするんですか!」
「ずっとこうしたかったんだし。アリスの怪我が治るまで待ってたんだし」
「やめてください! また怪我したらどうするんですか!」
「大丈夫だし。怪我するギリギリのところで痛めつけてるから」
「なんてひどい白姫なんですか!」
 白姫と麓華の決闘から一ヶ月――
 負傷した白姫と麓華、そしてアリスはそれぞれに回復して、これまでと変わらない日常を送れるようになっていた。
「でも、やっぱり、アリスはアホなんだし」
「アホじゃないです」
「アホだし! なんで勝負の邪魔したし!」
「邪魔はしていません」
 アリスはいまでも一ヶ月前の自分の行動はまちがっていないと断言できた。
 白姫はいきりたち、
「邪魔したし! それに邪魔するにしてももっとやり方あったし! 馬は急に止まれないんだし!」
「あのときは……他に思いつかなくて」
「だから、アリス、アホなんだし! 何かあったらどうするんだし!」
「えっ……」
 白姫が――自分を心配してくれた?
「……あ、ありがとうございます」
「なにお礼言ってんだしーーーーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ!」
「アリスは本当にアホなんだし。わけわかんないんだし」
「だから、アホじゃないです! それに……」
 アリスは白姫の目を見て、
「何かあったら大変なのは白姫たちだって同じです」
「……!」
「自分は葉太郎様の従騎士です。葉太郎様の馬である白姫に何かあったら、葉太郎様に申しわけが立ちません」
「………………」
「それに白姫は……友だちですから」
「アリス……」
「麓華のことだって。麓華に何かあったらシルビアさんが悲しみますから」
 白姫は、
「……『何か』なんてなかったんだし」
 強がるようにそう言って、顔をそむける。
 しかし、アリスは、
「『何か』はもうありました」
「ぷりゅ?」
「白姫も麓華も。百パーセントの力を出せてたら絶対に自分は止められませんでした」
 そう、止められなかった。
 止められたのは――両者が共にぎりぎりの状態だったからだ。
 逆に、あそこで止めていなかったら、本当にどちらもどうなっていたかわからなかった。
「ぷりゅふんっ!」
 それでも白姫は強がるように鼻を鳴らし――そして、
「……よかったんだし」
「えっ?」
「特訓しといてよかったんだし。アリスを鍛えられたから」
「白姫……」
 やっぱり自分の無事をよろこんでくれている? 胸を熱くするアリス。
 と、すぐにはっとなり、
「いや、あの特訓は白姫の特訓だったんじゃ……まあ、結果として自分も鍛えられてしまいましたけど」
「そうだし、特訓だし」
 ごぉーーっ! 白姫の目が燃える。
「また特訓すんだし。特訓して強くなって今度こそリベンジするんだし」
「もうやめてください、リベンジは。白姫も麓華もどっちも強いことはわかりましたから」
「そんなんじゃ納得いかないし。白黒はっきりさせんだし」
「『白』姫だけに?」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ! な、何をするんですか!」
「アリスがつまんないこと言うからだし。当然だし」
「やめてください、ひどいことは!」
「これも特訓だし。アリスを蹴って脚力を……」
「やめてください、そういうひどい特訓は!」
 そこに、
「何を言っても無駄です、そのような駄馬に」
「ぷりゅぅっ!」
 たちまち白姫の目が吊り上がる。
「何しに来たんだし! そっちからリベンジに来たんだし!?」
「あなたなどに用はありません」
「ぷりゅうっ!?」
「アリス様」
 麓華がアリスに向き直り、深々と頭を下げる。
「先日は大変失礼をいたしました」
「えっ……」
「未来の騎士であるアリス様に怪我を負わせるなど……騎士の馬としてあるまじき行いにおよんでしまい、どのように償いをすれば」
「そ、そんな、おおげさですよ。自分が勝手にしたことですから」
「そうだし、アリスが勝手によけいなことしたんだし」
「駄馬が……」
「ぷりゅーーーーっ!」
「ちょっ、だからやめてください、ケンカするのは!」
 またも一触即発になってしまう白姫と麓華。
 と、そこに、
「白姫!」
「白姫ーっ!」
「ぷりゅ~♪」
 白姫が笑顔を見せる。
 そこに現れたのは、白姫がいつも仲良くしている子どもたちだった。
「白姫、大丈夫?」
「ケガはもうよくなったの?」
「ぷりゅっ!」
 元気いっぱいにうなずく白姫。
 そんな白姫に子どもたちも笑顔を見せ、次々と抱きついてきた。
 と、そのとき、
「きゃっ」
 駆け寄ろうとした女の子の一人が足をもつれさせた。
 そこへ、
「ぷりゅっ」
 すかさず支えに入ったのは、麓華だった。
「あ……ありがとう」
「ぷりゅ」
 優しい眼差しで麓華がうなずく。
「あの……えーと」
「麓華っていうんですよ、その子」
「ロッカ……」
「ぷりゅ」
「ありがとう、麓華」
 女の子が麓華に身体を寄せる。応えるように麓華も優しく鼻先をすり寄せた。
 と、それを見ていた他の子どもたちも、
「麓華、やさしー」
「麓華ー」
 次々と麓華を囲み、女の子と同じように彼女の身体をなで始める。あたたかな好意を受け、麓華はうれしそうに目を細めた。
 すると、
「ぷりゅ~~……」
 子どもたちを取られた形の白姫が、見る見る怒りのオーラを立ち昇らせていく。
「だ、だめですよ、ケンカは! みんながいるんですから!」
「ぷりゅ……」
 さすがに子どもたちを巻きこむことはできない。それはわかっているが、でも収まらないという顔で、
「……勝負だし」
「ちょっ、だから暴力は……」
「暴力なんてしないし! シロヒメ、平和的な馬だから!」
「いや、白姫、ぜんぜん……」
「ぷりゅーっ!」
 パカーーーーン!
「きゃあっ! お、思いっきり暴力的ですよ!」
「アリスにはいいんだし」
「よくないです!」
 と、白姫は大きく息を吸い、
「ぷりゅりゅぷーりゅぷ~りゅ♪ ぷーりゅぷりゅぷりゅりゅ~♪」
「あ……」
 それは――
 白姫の、そしてアリスにとっても友だちである鬼堂院真緒(きどういうん・まきお)が作った『ナイトランサーのうた』だった。
 馬とは思えない軽快な歌声に、子どもたちも思わず、
「しろいかーめんは、せーいぎのかめん~♪」
「きみをたーすけに、どーこへでーも~♪」
 白姫と一緒になって『ナイトランサーのうた』を歌い出す。
「ぷ……!」
 そんな子どもたちに、今度は麓華のほうが戸惑い出す。
 と、そこへ、白姫が余裕をにじませ、
「勝負だし」
「な、何を……」
「もちろん! 歌の勝負なんだし」
「ぷりゅぅっ!?」
 いつも落ち着いている麓華にはめずらしく、あからさまな動揺のいななきをあげる。
「う……歌……」
「そうだし」
 白姫はそんな麓華の様子を見て取り、
「ひょっとしてー。歌がニガテとかだったりするんだしー?」
「!」
 麓華はあわてて、
「そ、そのようなこと……。わたしは騎士の馬として、歌で勝負ということに納得が」
「なに言ってんだし! みんながいるのに力づくの勝負とかできないし!」
「それは……その通りですが」
「といわけで、そっちも歌うしー」
「ぷ、ぷりゅ……」
「ほーら、歌うしー。みんなー、この子も歌うんだってー」
 白姫の身振りで言いたいことを察したのか、
「えー、麓華も歌うのー?」
「歌って、歌ってー」
「歌って、麓華ー」
 子どもたちの期待のこもった視線を受けた麓華は、
「ぷりゅりゅりゅ……」
 追いつめられたように顔をゆがめ、そして、
「ぷ――!」
 その歌声は、
「う……」
 アリスや子どもたちが思わず口もとを引きつらせる中、
「やーい、ヘタクソだしー。オンチなんだしー」
「ぷぅっ!?」
「これはもう完全にシロヒメの勝ちなんだし~♪ リベンジできちゃったんだし~♪」
「な、何を……! だから、騎士の馬に歌など……」
「これはそういう次元の問題じゃないんだし!」
「ぷりゅぅっ!?」
「歌には繊細さが求められるんだし。センスが求められるんだし。それがダメっていうことはガサツでセンスがないっていうことなんだし。騎士の馬失格なんだし」
「ぷりゅりゅぅっ!?」
 がくっ――! 白姫の言葉を受けた麓華が膝をつく。
「ぷ……ぷりゅ……」
「いや、そこまで落ちこむことはありませんから」
「いいんだし。落ちこませとくんだし」
「白姫ぇ~……」
 すると、
「麓華、どうしたの?」
「大丈夫、麓華?」
「ぷりゅぅっ!?」
 白姫が驚き、鳴き声をあげる。
 一緒に歌っていた子どもたちが再び麓華のそばに集まり始めた。心配そうに声をかける子どもたちに、沈んでいた麓華の表情がやわらいでいく。
「ぷりゅりゅりゅりゅ……」
 白姫はわなわなとふるえ、
「なんて『こーかつ』なんだし」
「えっ?」
「弱ってるフリしてみんなの同情を引くつもりなんだし。とんでもない子だし」
「フリじゃなくて本当に弱ってましたから。……白姫のせいで」
 そこに、
「アリス様!」
「えっ! な、なんですか、麓華?」
「どうかわたしを特訓してください!」
「ええっ!?」
「わたしに歌の特訓を! その駄馬に勝つために!」
「ぷりゅーっ! だから悪口言うんじやねーし!」
「アリス様!」
「え、えーと……」
「アリス、そんな子の言うこと聞いちゃだめだし! 特訓するならシロヒメとだし!」
「ええっ!?」
「シロヒメと!」
「わたしと!」
「も……もう特訓は許してくださーーーーーい!!!」

シロヒメは白馬の星をつかむんだしっ☆

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