虚ろなファインダーで覗いた、窒息しそうなグラフィティ

祐喜代


「オレ、30なったら死ぬよ」

松島海岸まで釣りをしに出かけた仙石線の車中で、ふと友達にそんな事をポツリと漏らしてみた。

内心はわりと深刻だったけど、釣り日よりの陽気な天気に気を遣ったのか、自分でも意外なほど軽いノリで言っていた。

「へぇ、そうか。じゃあ死ななかったら酒おごれよ」

内心は深刻に受け止めたのかもしれないけど、友だちも僕に合わせて軽いノリであっさりと許容した。

釣りの楽しみを台無しにするつもりか?

そんな顏で友だちが押し黙り、窓の外を眺めていた。

急に照れ臭くなり、それを誤魔化すためにつまらない冗談でも言ったことにして、しばらく僕も窓の外の海ばかり眺めていた。

これが釣りを終えた帰りの車中だったらもっと重く響いていただろうか?

専門学校を卒業してから、僕は将来の展望を何も描かずにとりあえずバイトばかりしていた。

一応周囲には「将来は画家になる!」と豪語して創作だけは続けていたけど、夢無し、金無し。

おまけに彼女もいない不毛な毎日が退屈で耐え難く、日々メディアから飛び込んでくる不幸なニュースや、それに呼応するように起こる親しい人たちの自殺なんかで厭世観がどんどんひどくなっていた。

小遣いにもならない手描きのポストカードを作って夜のアーケード街で売ったり、個人的に欲しいと頼まれてイラストボードに描いた絵を知り合いに売ったりしていた。

それ以外はただバイトして友達と酒を飲み、一人の時はただ街をブラブラしていた。

それでもいつか自分の人生に何か奇跡的な出来事が起って、これまでの不甲斐ない日常が劇的に変わるかもしれないという、都合の良い期待だけは持っていた。

とりあえず30までは辛抱して生きてみよう。

30までに何もなかったら、多分その先も何もないだろう。

死んでから世に出る場合もあると思い、創作行為だけはやめずに30歳の誕生日を迎えるまでの生命維持装置として機能させておくことにした。

あてもなく街をブラブラしていた時、ふと街の至るところに書き殴ってあるラクガキが気になって写真を撮りたくなった。

家電量販店で安いデジカメを見つけて、それから街でラクガキを見かけたらただ撮りまくっていた。

街の余白をキャンバスがわりにした、犯罪を厭わない存在証明。

ほとんどがラクガキの域を出ないものばかりだったけど、中には“グラフィティアート”と呼べる完成度の高い作品もあった。

撮りためたラクガキの中から、有名なのか無名なのかはわからないけどやたらと目にするロゴなどをネットで検索してみたりもした。

退屈しのぎの手段でしかなかったけど、それをきっかけに何か面白い出来事にでもヒットしないかな?と期待していた。

そしてあるロゴを検索した事がきっかけで、とある同世代のアーティストに出会った。

直接会う機会まではなかったけど、SNSを通じて彼とコミュニケーションを取り、彼の個展があれば観に行ったりするくらいの間柄になった。

彼とはセンスが近いというか、彼の作品は僕がポストカードに描いていたポップな感じの作風にもっと鋭さを加えたエモーショナルな感じがした。

その雰囲気が興味を引き、僕は彼自身についても知りたくなった。

ある日、彼のSNSの更新を見たら、僕も以前から気になっていたラクガキの写真が載っていた。

「これを描いた親友が今日死んだ」

写真にはそんな言葉も一緒に添えられていた。

気になっていたラクガキは、バンクシーの作風によく似ていて、僕が撮りためた写真の中にも何枚か収まっている。

『不思議の国のアリス』のような少女が暗くて狭い穴の中に入っていこうとしているグラフィティ。

それはアーケード街のレコード店と楽器店の裏にある駐輪場の壁に描かれていた。

穴の中までは想像出来なかったけど、こちらにお尻を向けて頭から穴に入ろうとしている少女からは、一度入ったらもう出て来られないような、それを覚悟で出てくるつもりもないような、ひどく窮屈で息苦しそうな印象を受け取っていた。

SNSの更新によると、そのラクガキを描いた彼の親友はグラフィティだけでなく、バンドや写真もやっていたようだった。

彼のHPのリンクから彼の親友のHPへ飛んで、そこに掲載された作品を見てみた。

どの作品も僕好みの暗さがあって興味を引く。

彼も僕と同質の生き辛さや厭世観にやられている。

そんな気がしてすぐに気に入った。

HPに綴られていた彼の日記を読んでみると、常に鬱がひどいようで、生きる事に深く傷つき、疲れきっている感じがした。

彼は自宅の居間の照明のコードで首を吊って亡くなったらしい。

彼が自殺する何日か前の日記の中に「システムに殺される」という文章を見つけた。

僕は彼が読むことはないけど、追悼の意を込めて「なんか分かる気がするな」とコメントを残した。

彼がもし生きていたらバンクシーみたいに世界の不条理と戦っていただろうか?

彼がいくつで死んだかはおぼえてないけど、僕は自分で決めた命の期限である30歳になっても結局死ななかった。

そしてあの日釣りに行った時に友達と交わした「30を過ぎても死ななかったら酒をおごる」という約束を果たしたかどうかも忘れてしまった。

「システムに殺される」

時々ふと彼が遺した言葉を思い出す。

彼も本当は死にたかったわけではないんだろう。

僕はもう死ねないし、そのシステムに殺されずにいるだけだ。

虚ろなファインダーで覗いた、窒息しそうなグラフィティ

虚ろなファインダーで覗いた、窒息しそうなグラフィティ

自伝の短編小説です。

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