無垢

Amebaゲーム「艶が~る」幕末にタイムスリップした女子高生が維新志士たちと恋に落ちる恋愛シミュレーションゲームなのですが、その高杉晋作さんルートを、本編では主人公視点で描かれたものを高杉晋作さんの視点で描いた二次創作短編です。

ゲームにおいてエンディングが4つあり、その4つ全てをミックスさせて創っていますので、ネタバレを多く含みます。未プレイで、ネタバレが好きではないかたは避けていただくようお願いします。

ラブシーンが若干入りますが、表現は規制してありますので青年向けではないです。

―1―

「どうして歩いたらダメなんですか? 同じ日本人なのに。」

ギョっとする表情を隠せなかった事にうろたえた。俺としたことがなんたるザマだ。

壬生狼の追手を撒く為に馴染みの置屋に忍びこんで出くわした女。

この娘は間者なのか?

だがカマをかけてみたのにきょとんとした顔をする。これが素振りなら大したたまだ。

ただの無学な女かと思えばそうでもない。口に出す言葉はいちいち真理をついている。
なのに着物の着方を忘れたなどとほざく。誘っているのかと、からかうと顔を赤くして怒る、どうやら本当に知らないらしい。

あとから藍屋に女を預かった経緯を聞いて合点がいった。

外国の衣服を纏い壬生狼に追われていた。ならば敵でも間者でも無い。
上海出身かとも考えたが訛りが無さすぎる。しばしば会って話すうちに気づいた。周囲は気づかぬようだが俺には判る。こいつは時折英語を口にする。
おそらく母親が日本人のエゲレス人だ。事情があって家族と離れてしまい帰れない、そんなとこだろう。

ならば今の時勢に無知な割にやたらと博学なのもおかしくない。

しかし、こいつは俺のことが怖くないのだろうか。

英国本土ではこの国で起きてることなど何も知らされてないということか。

なめやがって。

が、それが現実か。

このままではこの国は植民地になってしまう。

それが何を意味するか、渡航した事もない井の中の蛙連中は何も解ってない。

歴史を奪われ、自由を奪われ、文化を奪われ、言葉を奪われ、自尊心を奪われ、子孫を奴隷にされる。

そんな事にはさせん、絶対に。

その志を為すために、我が命をかけ、他者の命も奪う。

松陰先生の遺志を継ぐ。

それが俺の全て。他を犠牲にしても必ず成し遂げる。

ずっと、そう考えていたんだ。

なのに何故、こんな異国の女を松陰先生の墓前に連れて行ったのだ、俺は。

無防備に寝息をたて眠っている。

「元気が無さそうだったから。」

そんな理由で俺の後をつけてきたという。

あれには参った。

尾行に気づかなかった自分も不甲斐ないが、こんな小娘に惑わされるとは。

遊女が抱いてほしくて色気を振り撒くのなんざいくらでもあしらえる。

元気が無さそうだったから?

なんだそれは。俺の身しか案じてないような、己の欲が無い愛情。

何が狙いだ?そんな風に周囲に警戒する日々。

こいつにはそれが必要ない。

参った。

惚れたかもしれん。



―2―

首を傾げるとシャラリと揺れるかんざし。艶やかな笑顔。元々の器量は良いし品は最初からあった。

酌の仕方や三味線、舞の指先も短期間でずいぶんと上達したものだ。

だが……。

「その"電話"を使うとどんなに離れた場所でも話す事が出来るんですよ。」

「へぇそらすごい。」
太夫を目指すと宣言してから、よほど稽古を積んだのだろう。評判は上々だった。
巷で噂になっているのは器量や芸もいいが空想話が何より楽しいというものだ。

「世界の裏側の人とも話せますよ。」

「世界の裏側?」

「はい。ブラジルの人とも話せるんです。」

「ぶらじる……?」

「あっ、いえ、あはは。」

笑ってごまかせてるつもりか。芸は上達しても相変わらず嘘やごまかしが下手な女だ。

こいつは世界地図を見たことがあるし世界が丸いことも知ってるということだ。

だがそんな事に気づける人間の方が少ない。

「それはどんな仕組みなんだ。」

「人が悪い。物語でっしゃろ。」

「振動です。」

さらりと答える女に古高が目を見開く。
間者ではなく、男を引き留めることに興味がない遊女が居る、揚屋を密会に使う口実に使えと紹介した。
口実に使っていた遊女に本気で惚れられて困っていたらしい。

ふん、誰かれ構わず甘すぎる言葉を吐くからだ、自業自得だ、お前の歯が無くならず揃っているのが信じられん。

とからかって遊んでいたのだが、こいつの仕事がうまく行かないと俺も困る。

「三味線と同じです。弦の振動で音が出ます、弦を押さえれば音は止まりますよね。」

三味線を鳴らしながら説明をする。不思議な女だ。年の割に男女のイロハにはあれだけ初(うぶ)だというのに恐ろしく聰い。

「桝屋さん。これを持ってください。」

「これは……茶筒でっか?」

「はい。秋斉さんにもらえました。」

……お前、紙で出来た茶筒がどれだけ高級品だと思っているんだ。

もしかしてエゲレスの伯爵令嬢なのか?

それを遊びに使うとは藍屋はずいぶん絶句したことだろう、想像すると笑えてくる。

その片方を持って立ち上がり桝屋の席から壁際の俺の方に歩いてくる。

「桝屋さん、筒を耳に当ててください。」

俺を見ていたずらっ子のように笑う。

ほお、なんだその顔は。生意気な。

茶筒に口を当て何かを話したようだ。だが何も聞こえない。

それなのに離れた場所に居る桝屋が吹き出した。

どういうことだ?



―3―

「糸の振動で声が伝わるんです。高杉さんに聞こえない小声でも桝屋さんには、はっきり聞こえるでしょう?」

「ほんまや、こらすごい。」

「これがもっとすごくなるんです。」

「なるほど。あんさんの物語は事実をもとにしてはるわけや。」

「はい。」

そんなやりとりをしながら茶筒にコソコソと何かを話しては笑っている。

「おい、お前ら俺の悪口を話しているだろう。」

「悪口やない。事実や。」

「高杉さんっていつもあんなに変態なんですか?と聞いていたんです。」

「ほら事実やろ。」

「桝屋、それ以上言うとお前の女遍歴をあることないことこいつに吹き込むぞ。」

「高杉さんのは悪口だから信じません!」

「信頼が無いようでっせ。」

なんて女だ。どれだけ鈍いんだ。こんな女泣かせの肩を持つとは。

「お前はもう少し人を疑うべきだ。危険な輩は山ほど居るぞ。」

「危険かどうかは話してみないとわかりませんよ。」

「話しているうちに斬られたらどうする。お前を追いかけまわした壬生狼とも仲良くしているようだが。人斬り集団だぞ。教養も思想もない烏合の衆だ。」

「そんなふうに言わないでください。」

「わてもあん人らとあんさんが仲良うするのは心配や。」

「桝屋さんも嫌いなんですか。京都の人は多いですね……。」

伏し目で膝上の手をキュッと握る。何故そんなに心を傷めるんだ。

「みんな仲良くできればいいのに。」

「あんさんは優しいなぁ。」

よく言う。腹の中でそんな事思ってないだろう。

「甘い、甘いんだ。この国が外国に侵されようとしている、それを助長するのが幕府で、奴等はその犬だぞ。倒さなくてはならないんだ。」

「高杉はん、おなごの前でやめなはれ。」

「話し合えばいいと思います。」

「話し合いは拒否されたんだ、意見が食い違い、聞き入れるつもりもない、なら倒すしかないだろうよ。」

「そうじゃなくて。」

凛とした真っ直ぐな眼差し。俺に怯まない肝。

「意見じゃなくて。和歌が好きとか、夕焼けは綺麗とか、子どもは何歳かとか、好きなお酒の種類とか、お団子が好きとか、そういう話をするんです。

国が違っても言葉が違っても意見が食い違っても。

そういう話をした人を斬れますか?」

目が離せない。

心を奪われる。

深みにはまるな、と言い聞かせても抗えない。

お前はいったい何者なんだ。



―4―

「お前、何を迷っている?」

「ん? 迷ってなどいないぞ。」

「噂になっているぞ。京潜伏中に遊女に惚れて浮わついていると。」

「ふっ。言わせておけ。謹慎を解くしかないほど俺以外に頼れる者が居ないのをやっかんでいるだけだろうよ。」

脱藩の罪で投獄、謹慎を経て、釈免された。連合艦隊との和議交渉に立つ為だ。

領土を侵されてはならない。それは植民地化を促進する。
幕府に政治は任せておけない、倒幕は必須だ。

浮わついているわけじゃない。
あいつの笑顔、照れた顔、怒った顔、一生懸命に話す仕草が頭から離れない。

「手を出すなよ。」

京から離れる前に古高に釘を刺した。

「無理強いはしまへん。鬼の居ぬ間に誘惑しましょか。」

「やめておけ。」

冗談では無いという口調に古高がおやと顔つきを変える。

「お前、あいつに自分のしてきた事を話せるのか?」

『国が違っても個人を知ったら斬れない』

なんと日より見な甘い考えだと一蹴する自分が居る。

あいつは育ちが良さそうだから、英国本土で優しい者に囲まれていたのだろう。

植民地先で欧米人が現地人にどんな酷い扱いをしているかなど知らないのだろう。

今回の交渉はなんとか凌いだが、奴等は再三植民地化を狙って小突いてくる。対抗する為には武力をあげるしかない。

だが……。

暗殺をする際に言い聞かせること。

情を持つな。

相手に子どもが居るだろう、妻が居るだろう、親が居るだろう、と考えてはならない。

情を持てば斬るのを躊躇う。

以前に大義の為にと俺は英国大使館を焼き討ちした。

あいつと知り合う前だ。

あいつが外国から来た女だろうと考えてる今の俺に同じことが出来るだろうか。

"情を持てば斬れない"

その教えが"真"であるならば。

あいつの言う

"知れば斬らない"

もまた"真"になるのではないか。

斬れないなら話し合うしかない。何度でも。それが"和"じゃないのか。

浮わついているどころじゃない。

俺はこのままでは宗旨変えをしそうだ。

それはあってはならない。俺が引き返してどうする。誰がこの国を守る。たとえ大事なものや人を犠牲にしても国は守らねばならん。国が落ちぶれたらば全てが犠牲になるからだ。

京に行こう。

あいつに会いに。

別れをきっちりつける為に。

あいつは、俺と共に生きるべきではない。



―5―

もとより京に長く潜伏するつもりはなかった。
数年前はしばらく過ごしたが同志を募る為の宣伝活動の為だ。

今は攘夷派と開国派の対立は薄れ、開国はするが幕府は倒すという思想を持つ者たちも出始めた。倒幕の流れは変わらない。宣伝はもう必要ない。

俺はいろいろと目立ったことをするから藩内にも敵が多い。

桂が藩内調整をするまでの短期間、京に身を隠していただけだ。

だから、機嫌を取る必要もなかった。

怒らせて嫌われたのなら、それはむしろ都合がよいはずだったんだ。

他の女にしなだれかかられているのを、あいつに見られた。

誤解を解こうと追いかけ手を掴んだら振り払われた。

「触らないで!」

俺は狼狽した。

そのまま、長州に戻れば良かったのだ、機嫌など取らずに。

なのにあいつの泣き顔が頭から離れず、泣き止んで欲しくて、笑って欲しくて、物を贈るなどと馬鹿げた行為しか思い起こせず、懸命になった。

それをもう一度嫌われに行こうというのだからこんな本末転倒もない。

「まぁ必要ないかもしれんが。」

ひとりごちる。

もう2年も会ってないのだ。

俺のことなど、とうに見限って別な男と仲良くやっているかもしれん。

それならば一目でいい。あいつの太夫姿を見ていこう。
まさか本当に太夫になるとはな。

そんな考えで会いに行った。

なのに、だ。

また、泣かせた。

泣きながら逃げられた。

呆れるぞ。何故、俺のような男をずっと想い続けられたんだ。お前なら他に言い寄る男がたくさん居ただろう。

別れを告げに来たのに潤んだ瞳で見上げられ口にされそうになった。

聞かなくてもお前の気持ちなどとうに知っている。

だから、口にするな。引き返せなくなるだろう、拐いたくなるだろう、ずっと傍に留め置きたくなるだろう、俺は死線に向かうというのに。

「血濡れた手でそいつに触るな」

追いかけた先にあいつを抱き止め慰めていた新撰組の土方にそう凄みながら、俺は同じことを自分にも思う。

土方と俺の何処が違う。

志や目指す場所は違えど、あいつにとっては同じことだ。

"話さずに知ろうとせずに人を斬る"

土方に資格が無いように、俺にもあいつの傍に居る資格は無い。

お前には平和な暮らしをしてほしい。戦いになど行かぬ男にしておけ。

泣かずに済むように。


―6―

「貴様はこいつを見くびっている」

土方が言う。いわく、この女は人が亡くなることに誰彼構わず等しく心を傷めるが、
たとえ人斬りでも、鬼ではなく人のように扱ってくれる、
自分は確かに敵味方ともに血濡れた人斬りだが、自分が触れたところでこの女の価値は下がらない、
そんな女じゃない。


……黙れ、

貴様がそいつを語るな。

そんな事は知っている。

俺が一番知っている。

きっと俺が付いてきて欲しいと望めば傍に居てくれるだろう。

そして巻き込むのか。いつ死ぬともしれない世界に。
毎日毎日泣かせるのか、明日は我が身だと。

そんな世界に置き去りにして自分が死んだらどうするのだ。


ならば俺の気持ちなど知らない方がよいだろうよ。

気まぐれで女好きで冷たい男だったと。

馬鹿な男に惚れた過去だと笑い、幸せな生活をさせたい。

だから、

だから、

俺を嫌いになれ。

よりによって座敷に戻ってきたお前を乱暴な言葉で傷つける。
壁に背中を打ち付け身体をまさぐった。
酷い男だろう、嫌いになってしまえ、

「ひどい……」

そうだ、嫌いになれ。

「告白もさせてくれなかったくせに……」

「……っ」

駄目だ。

こらえろ。

だが抗えない。

口にしてしまう。

顔にだしてしまう。

ずっとずっとお前の事を想っていたと。

聰い女だ。少ない言葉でもすぐに気づく。

駄目だ、顔を臥せろ。目を見るな。

そう考えるのに吸い込まれるように瞳をのぞく。

つかの間ゆらぐ瞳。

信じられないという顔をした後に。

泣き腫らした瞳が切なげに微笑む。

至上の幸せを手に入れたような顔をする。

頼む、

やめてくれ、

俺を骨抜きにしないでくれ、

唇に指先がつつと触れ、おずおずと口付けをかわす。小刻みに震えたそれが俺を煽る。

2年も離れたあいだ、こいつが俺だけを想い、誰にも口付けさえ許さなかったのだと知らされる。

だが。

胸の奥でごぽりと水の音がした。まずい。

肩を押し返し、身体を離そうとするが、首を振って離れるのを拒まれる。

違う。駄目だ、離れろ。

ゴホッゴボゴボとひどい音を出して血を吐いた。

「高杉さんっ!」

人を呼んで無理矢理引き離させる。

「放して!高杉さん!高杉さん!いやぁぁぁ!」

朦朧とする意識の中で泣き叫ぶあいつの声が聞こえる。

伝染るな。

伝染らないでくれ。

やがて意識が途切れた。


―7―

「よう藍屋。浮かない顔をしているな。」

置屋の庭に忍び込み縁側に座る置屋の主人に話しかける。
藍屋は一瞬ギョっとした顔をするが直ぐに隙の無い嫌みな笑顔を見せた。

「誰のせいや。」

「俺か。」

「ほんに。よくもまあしゃあしゃあと言わはる。うちの太夫をあんなに泣かせて。」

「"うちの"太夫ねえ。」

ニヤリと笑って返す。"お前の"太夫と言いたいくせにと意味を込めて。
藍屋は表情を崩さない。嫌な奴だな。

「頼みがある。」

「へえ。なんでっしゃろ。」

「あいつの最初の客を俺にしてくれないか。」

「拐うつもりか。」

京訛りの抜けた声色。油断の無い表情。こいつと斬り合うことになったら俺は勝てるだろうか。

「いや、けじめをつけていくつもりだ。」

きっちりと別れをつけに来たと言いながら、俺のやり方はずいぶんと女々しいものだった。
あいつに嫌われてそのまま去ろうとした。
だが会ってよく解った。

あいつは強い。

ちゃんと語っていこう。

俺はお前に芯から惚れている、と。

それでも俺は倒幕の志を選ぶと。

「あん子が着いて行きたい言うたらどないするんや。」

「あいつは喋らない。」

「まさか。」

「そうだ、俺は1日だけ会って去る。」

太夫に会うには決まりがある。最初に会った時に太夫は喋ってはならない。

2度目で話すことが出来、床入りが可能なのは3度目だ。それも太夫が嫌なら断ることも出来る。たとえ相手が大名でも。

天子に会う事も可能な最高位の女。
それが太夫だ。

「お前が言い聞かせろ。置屋の顔に泥を塗るな、と。あいつは世話になったお前を裏切らない。必ず言いつけを守るだろう。そういう女だ。」

「はあ~……。」

嫌味たっぷりに吐き出されるため息。

「そんなんされたら後でどんだけ泣くことやら。」

「口説けばいいだろう。得意じゃないのか。」

「何を阿呆なことを。」

「惚れているだろうが。」

「誰がや。」

「あいつに惚れない男のほうがどうかしている。」

「そりゃありがたい言葉やな。商売繁盛や。」

「まあ俺の前で認めたくないのは解るが……これだけは頼む。」

「へえ。」

「あとは頼む。どうかあいつを幸せにしてやってくれ。」

言われんでもそのつもりやという顔で笑う藍屋を見て、俺は置屋をあとにした。

去り際に二階のあいつの部屋を見上げる。最初に忍び込んだ部屋。

もう行かない場所だ。


―8―

三千世界の鴉を殺し主と添い寝がしてみたい。

お前に一番最初に会った時に俺が奏でた曲だ。覚えているか?

品の良い顔をしながら着物をはだけたお前は曲の意味も分からなければ、着物を着ることも出来ず、着せてやろうかとからかうと、お願いしますと言いやがった。

なんて色気の無い女だ。元はいいのにな。

そんな風に思っていた。

遊女をやっていればすぐに周りに馴染むだろう。やがてすれた女になるに違いない。

だがお前は変わらない。

美しくはなった。綺麗に舞うようにはなった。

質は変わらない。藍屋の言いつけ通りに口は開かないように我慢していたが顔に出しすぎだ。
俺の身体を心配しておろおろした表情をし、舞を誉め、綺麗だと伝えれば、顔を真っ赤にして目を潤ませる。

俺が元気が無さそうだったから、つい付いてきた、と話したな。

子どもか、と最初は思っていたんだ。

けれど違う。

「国が違っても話せば解りあえる」

「土方さんに謝ってください!」

お前は子どもじゃない。

この世にはどうすることもままならない事や信じられない不幸がある事を知っている。

知っていて、

"誰もが誰の事も斬らない世の中に"

したいと願ってる。

無知じゃない。
子どもじゃない。

芯が強い、大人の女でありながら、お前はどこまでも無垢なのだ。

三味線を奏でながら、伝えたい事を伝えた。

心の底からお前に惚れている、と。

けれど、それでも俺は死にに行くと。

お前が太夫になったら叶えたいささやかな野望があると話しただろう。

俺の墓前で賑やかに舞ってくれ。

その三味線を託す。

俺は近いうちに戦か病で死ぬ。

だが志は果たすぞ。

迷いはあった。お前の為に生きてみたいと何度も思った。

けれど、今の世のままでは、斬り合いはずっと続くのだ。

俺がお前の理想の礎になろうぞ。

話し合い、斬り合わない世の中にする為に。

俺は死にに行く。

お前は生きろ。

命を生み出すのは女だ。

育てるのも女だ。


俺は男として、お前が笑って過ごせる世の中にする為に命を燃やそう。

"おもしろきこともなき世におもしろく"

いつ死んでも悔やまぬようにずっとそうやって生きてきた。

今は違う。

"おもしろきこともなき世をおもしろく"

俺は世の中を変えるぞ。

お前の為に。

さらばだ。


―9―

穏やかにたゆたう波の音を聞きながら砂を踏みしめて歩く。

頬がヒリヒリと痛んで思わず笑った。ずいぶんと力いっぱい叩かれたものだ。

坂本と結城を迎えに行ったら、坂本の背中に隠れたお前が出てきた時はずいぶんと驚いたが、なんとなく俺は予期していた気もする。

江戸に付いてきた時に。

思わず連れて行ってしまった時に。

松陰先生の墓前に連れて行った時から、お前は俺と一蓮托生の運命(さだめ)を歩くことに決まったのかもしれない。

「今生の別れを済ませたつもりだったからな。」

そうつぶやくと、二の句を継ぐ前に口に手を当てられた。

「幸せになれというから幸せになりに来たんです。私は、勝手に高杉さんの傍に居ます。」

お前は馬鹿な女だ。

器量が良くて知性があって、太夫にならずとも引く手あまただったろうに。

死にに行くと解った上で俺が良いと言う。

なんなんだお前は。最初に口付けた男と添い遂げなければならぬと釈迦に決められたのか?

男慣れしていない無垢なお前を苛めるのが楽しかった。

だが惚れたのはその眼差しだ。強くて真っ直ぐな瞳。

「俺の負けだ。」

強情なことに関しては負けないつもりだったんだがな。
倒幕の志も闘いも邪魔はしない、死が近くても最後まで傍に居るのがお前の幸せだと言い張るなら。

ならばせめて、とろけるくらいに愛してやる、覚悟しろ。

「お前が泣いたら俺は何もかも投げ出して涙を止めたくなる。だから、泣かないと約束しろ。」

抱き締めてそう言うと顔を真っ赤にして固まられた。

……。

マズイな、苛めたい。

死ぬまで優しくしようと思ったんだが。

「島原を飛び出して追いかけてきたくせに、何故この程度で赤くなるんだ。」

クックッと笑うと

「そっ……でも……。」

口ごもって俯く。

顎を掴んで上を向かせ赤くなった目元に口付ける。

つつつ、と指先を頬から首に這わせ、離し、髪の毛束をもてあそぶ。

抱き締めた腰を擦りながら、

「もう1度言え。俺の傍に居るのがお前の幸せだと。」

「いっ、嫌です!」

「ん? なんだ、さっきのは嘘か?」

「違っ……嘘じゃない、です、けど、あっ。」

腰をグッと掴んでニヤリと笑った。

後悔しても遅い。

俺を選んだのはお前だ。たっぷりと苛めながら、優しくしてやるからな。

引いてやったのに追いかけてきたのはお前なんだから。

もう離す気は無いぞ。


―10―

まったくどいつもこいつも解りやすい野郎どもが。

綺麗に微笑み座敷を去ったあいつが元太夫だと市が勝手にばらすと、興が乗って収拾がつかなくなったので抜け出してきた。

「え。もう行くんですか? 盛り上がってるのに。」

と聞く結城に

「そうだ。俺はあいつを抱きに行くからな。」

と笑って返すと目を見開いて耳まで真っ赤にする。

幼なじみと聞いたが、こいつもエゲレスから来たのだろうな。髪の色が明るいのは混血のせいなのだろう。

廊下に出て少し行くと桂とあいつが話している声が聞こえてきた。

「貴女と晋作を侮っていた、すまない。」

と詫びる桂に、微笑み返す。

綺麗だな。

太夫の顔、だ。あいつが慌てたり顔を赤くするのは俺の前だけか。

桂に声をかけ、自分の部屋に連れ出して一緒に入ると、聰いお前はすぐに俺の体調不良に気付く。

それでも泣かないという約束の為に時折歯噛みしながら微笑んで話していた。

だが思った以上に病が身体を蝕んでいる。

咳き込み、血を吐いた。

傍に置くとは決めた。

可愛がろうとも思った。

だがお前に死なれるのは困る。

病で苦しめたくはない。

接触すると伝染る危険が増すだろう。

「あまり……近づくな。」

咳の合間にそう伝える。

「私は、労咳にはかかりませんよ。」

言葉を噛み締めるように、ゆっくりと話す。
「予防接種を受けているんです。この時代では労咳は不治の病でも、私の時代では治療も予防も出来ます。」

なんということだ。

「私、未来から来たんです。」

今まで、不思議に思っていたことの辻褄が合っていく。

そうか、外国から来たのではなく、未来から。

未来の日本から。

「だから、どんな時でも傍に居れます、傍に置いてくださいね。」

肩を引き寄せ抱き締めた。顎を掴んで柔らかく上唇を噛む。

伝染らない。

何度口付けても、抱き締めても。

伝染らないんだな?

泣きそうな顔をしながら、それでも「幸せだ」と笑うお前に何度も口付けをした。

「お前は……」

「なんですか?」

未来から来た娘。

未来の"日本"から来た娘。

『どうして歩いたらダメなんですか? 同じ日本人なのに』

……未来の、日本には、植民地化も、支配も、戦もないんだな。

平和なんだな。

お前はそこで育ったから、こうなったんだな。

じわりと腹の底が温かくなる。

嬉しさが言葉に出来なかった。


―11―

病が身体を刻一刻と死へと誘なっていたが、戦局は優勢だった。

犠牲が無いわけではないが、負け戦にはならない。

お前は約束通り、泣かなかった、止めなかった。

だが俺は知っていた。お前が時折俺の傍をふと離れて声を押し殺して泣いていたのを。

きっとまた泣いているのだろうな。探し歩くと、海辺に立ち背中を震わせているお前を見つけた。

「おい、」

声をかけるとビクリとして振り返らない。

そしてそのまま沖へ走り出すとザブザブと海に入って海水に潜った。

慌てて近寄ると振り返ったお前は綺麗に口角をあげて

「暑かったので水浴びしちゃいました。」

と笑った。

ギュッと強く抱き締める。

痛がるほどに強く。

「高杉晋作さんは私の時代でも有名なんです。日本を倒幕に押し進めた英雄で、明治維新志士なんですよ。

歴史が高杉さんを必要としてるんです。だから私は高杉さんのする事を止めません。

約束は守って、泣かずに、最期まで傍に居ますからね。」


お前を泣かせたくはない。

出来るならなるべく長く傍に居てやりたい。

けれど、俺は解ったんだ。

お前が未来から来たと知って、解ったんだ。

何故、こんなにも俺はお前に惹かれていたのかが解った。

お前は俺の理想の世界なんだ。

松陰先生が語り、友と語り、戦友と語った理想の世界。

皆が等しく、意見を出し合い、殺し合わず、支配されず、弾圧もされない。

考えていることをそのまま口に出しても誰にも殺されない政治をする国。

それが俺の、俺たちの理想だった。

無謀な夢だと言うものが多かった。

ただ不毛な殺し合いをしているだけだろう、倒幕に意味は無いとも言われた。

だが理想はある。未来にある。

松陰先生の教えは叶わぬ夢ではなかったんだ。

お前の傍に居てやりたい。

けれど、俺はそれ以上にお前に会いたい。

俺が志を果たして、それが繋がり、お前の世界が育まれ、お前が生まれる。

俺はほどなく死ぬだろう。

だがそれが未来を創る。

そして未来から、お前が来るんだ、俺の前に突如現れる。

お前が生まれる為に。

お前に会う為に。

俺は全力で命を燃やし、必ず、この世界をお前の居た未来に繋げてみせようぞ。

許せ。長く傍に居てやれないが。

お前に出会えないほうが、俺は嫌だからな。

そう思いながら何度も強く、強く、抱き締めた。


―12―

とうとう限界が来た。

血を大量に吐き、視界が真っ白になって気を失った。

皆がもう大丈夫だ、休めと口々に言ったが松陰先生の命日まではと戦線に残り続けた。

そうでなければ志半ばで倒れた同志に顔向けできん。

同志が眠る墓地のすぐ近くに建てた庵で俺は療養を始めた。

柔らかく毎日が過ぎて行く。相変わらず、お前は律義に約束を守り、辛さをひた隠して毎日笑っていた。

その穏やかな生活とお前の笑顔に癒されたのだろうか、医者に手の施しようが無い、明日にも死んでもおかしくないと言われていたのだが、最近はずいぶんと調子が良かった。

だから、お前を床に押し倒した。

煽りにしかならない甘い抵抗を見せたお前に

「明日には墓の中かもしれないからな。」

と言ってしまった。

「全部、あげます。」

目を潤ませて震えながら、そう言われる。

「私を全部あげますから、そんな事を言わないでください……。」

襟元をはだけさせ、白い肌をねぶるように眺めた。

「変わらず、綺麗な肌だ。」

許せ。

俺の勝手を許して欲しい。

穏やかに優しく言葉で甘やかして、抱き締めて、撫でて、
そうやって過ごした方がお前には心地よいだろう。

その方が身体にも負担がかからず長く傍に居てやれるだろう。

だけど、俺がお前を抱きたい。

心だけじゃなく、お前の身体にも俺を覚えていて欲しい。

落とした唇を顎から下に這わせ鎖骨に吸い付く。

「あっ……晋作さ……んっ」

お前の手が背中にまわり俺にしがみつくようにして声を出すのを耐えている。

「好きだ。」

耳に吐息を吹きかけてべろりと舐めあげた。

最初にそうした時はぎゃあぎゃあ騒がれて変態だと言われたな。

「晋作さんの、へっ……変態」

「まだ言うのかよ。」

ニヤリと笑って聞いてみる。

「変態だから、嫌いか?」

「意地悪言わないでくださいっ!」

「それは無理だな。」

「もうっ……やっ、あん」

「お前が可愛いのが悪い。どうしても苛めたくなるんだ。好きだ。」

「……なんでっ、いつも言わないのにぃ、今、言うんですかっ」

「普段言わないのはお前のせいだぞ?」

「私のせい?」

「お前が言わないのに俺だけ何度も言うのは不公平だろう。」

はたとした顔をし、言われてみれば、口にしてなかった、と気付いたような顔をする。

お前は挑戦的に笑う。


―13―

お前は時折生意気な顔をする。

珍しくて面白い笑顔だ。媚びた女の顔や優しい顔や切ない顔なら何人も見たが、
男に挑むような顔をする女はこの時代には居ない。

「晋作さんが言わせなかったくせに。そんなカワイイ事考えてたんですか?」

クスクスと笑う。ほお、生意気な。ずいぶん余裕があるじゃないか。

「好きです。」

「……。」

「勝手なところも、強引なところも、全部、好きです。」

「……っ」

「好き、好き、晋作さんが好き。」

余裕が無いのは俺か。

たまらなくなって股間を押し付けた。

「あっ」

いきりたった俺を直に感じたのか、お前が切なげに声を洩らす。

背中をかきだいて肌を密着させる。

一厘もお前と離れたくない。

もっと深く繋がりたい。

乳房や脇腹に何度も舌を這わせ、お前の可愛い声に酔う。

「好き。」

「やめろ。」

「どうして?」

「俺の負けだ。参った。俺は苛めるのはいいが苛められるのは慣れてないんだ。」

「苛めてるつもり無いですよ? だって好きなんだもん。」

「頼む、そんなに言われたら、すぐに果てる。」

「ふふっ、参ったとか頼むとか言われたの初めてですね。私、初めて晋作さんに勝ちました?」

「最初からお前には負けっぱなしだ。」

そう言うと、お前は目を見開き、やがて極上の微笑みで幸せそうに目を閉じた。

だが次の日、目覚めるとお前は消えていた。

俺はお前の置き手紙に気付かず、家中を探し回ったあと、お前が本当に消えてしまったのではと考えた。

未来から突然移動してきたと言っていたのだ。急に未来に戻ることもあるかもしれない。

やがて置き手紙を見つけ、お前が俺の命を救う為にカメラを探しに出かけたのだと知る。

なんて強い女だ。

可能性に賭け、傍に居られる時間を投げるのか。

「似た者同士だったのかもしれないな。」

薄く笑ってつぶやく。

無垢なお前に惹かれていたが、向こう見ずな一面にも自分と同じものを感じて惹かれたのかもしれない。

ならば俺はお前に賭けよう。

お前を信じて、できるだけ生き永らえるとしよう。

俺の残りの人生はお前にやると決めた。

だから、お前の好きなようにしていい。


―14―

カーテンの隙間から差し込む白い光が、肌を柔らかく照らしていた。

つつつと肩から腰へ手のひらで撫でていくと、

「ん……。」

身をよじって目を覚ます。振り返ったお前の首に手を回して半開きの寝ぼけ眼に口付ける。

毛束をくるくるといじって頭を撫でた。

「晋作さん、なんか、変。」

こそばゆそうな顔で笑って言う。

「変?」

「昨日から、すごく優しいです。」

「俺はいつも優しくしてるつもりだが。」

「いつもは意地悪が半分入ってるんです。」

「泣いていたからな。甘やかしてる。」

「ふふ、こんな風にしてくれるならわざと泣いちゃおうかな。」

本当は一緒の時代を生きていた筈の幼なじみの

墓前に立つというのはどんな気分だろう。

あの後、無事にカメラを手に入れて戻ってきたお前とともに俺は未来に移動してきた。
不思議なことにお前は出会った頃の若さに戻り、同じく俺の身体もその頃に若返っていた。

予防接種を受け、労咳にかからないようにする、もしかかっても治療すれば死ぬことは無いのだという。
なんという進歩だ。これが日本か。

結城はカメラを使って戻ることも可能だったろうにそのまま残る道を選んだ。
坂本の遺志を継ぐ為に。

墓前に立ち涙を流すお前は哀しみとともに微笑みを浮かべていた。誇らしいと言って。

「私が出会った人は、全員が維新志士だったんですね。翔太君も含めて。」

もし未来に移動出来なかったとしても。
お前が俺の墓前でそんな風に誇らしく微笑んでいてくれたなら。

俺は十分幸せだったろうと、思ったが伝えない。泣かれたら困るからな。

ベッドから抜け出して服を身に纏うお前の背中を見つめながらそう考えていると

「着替えをじっくり見るのはやめてください、晋作さんの変態!」

「……。」

生意気な。やっぱり苛めてやろうか、こいつ。

一瞬腹黒い心持ちになったがこらえた。大事な話があるんだ。

「俺はお前に詫びないとならんのだ。」

「はい?」

「俺の残りの人生。全部お前にくれてやると約束したんだが。破ってもいいか?」

「どういう、意味ですか?」

不安のよぎった顔。許してはもらえないだろうか?

なんとなくお前なら、仕方ない、と許してくれるような気がするのだが。

「政治家になりたいんだ。」


―15―

ほどなく死ぬだろうと考えていた命なら。

残り全部をお前の為に。と思っていた。

だがこの時代で過ごし、学ぶうちに知った。

この時代では死は遠いのだ、背中合わせではない。

自由な思想を語っても捕まることはなく、弾圧も拷問もされない。

俺は叶えられなかった夢を、死と引換ではなく追いかけることが出来る、お前の傍に居るままで、お前を危険に巻き込むこともなく。

お前は浮かない顔で目を伏せた。約束を違えようというのだ、怒っているのかもしれない。

「それは……。この日本が晋作さんの理想と違ってて、ダメだから変えたいという意味ですか?」

「そうではない。」

「ガッカリしたから、じゃなくて?」

首を振る。お前は時折そんな事を口にするな。テレビで俺が政治討論番組を真剣に観ていると不安そうに聞くのだ、
「今の政治家って晋作さんから見ると腑抜けに見えます?」
と。

それをお前の母親が
「腑抜け……?」
と聞き返すのが俺は面白かったりするのだが。

「彼氏が三味線のお師匠さんだからなの?あんた話し方が古くなってない?」

「そ、そうかも!」

と慌てて誤魔化すのをニヤニヤ眺めていると頬を膨らませて俺を睨むのだ、その顔が苛めたくなる要因なのにな。

まさか太夫をやっていたなど母親も思うまい。

「どんな時代になったとしても愚かな奴は愚かなままだ、争いや怠惰だってあるだろう、
全ての人間が素晴らしく、何も悪い事など無い世界などありえないのだ、それは理想ではない、まやかしだ、幻想だ。
俺は失望などしていないぞ。毎日毎日この時代を学ぶたびに感動している。
飢餓もなく、支配されず、戦も無い。
思想を自由に発言出来る、素晴らしい国になった。誇りに思う。」

「じゃあ政治家になりたいのは何故ですか?」

「欲が出たのだ。」

「欲……。」

「俺はしばらくは死なずに済み、お前の傍に長く居てやれる。すると欲が出た。

日本を変えたいのではないのだ。

日本の力を使って、俺は世界を変えたい。

この国と同じように、戦が無く、平和な状態を世界に拡げたいのだ。」

すーっと涙が頬を落ちていく。泣かせてしまった。

「いや、いい、お前が泣くなら、いい。すまない、欲張り過ぎた。」

ゆっくりと首を左右に振る。そして微笑む。

「嬉しいんです。」


―16―

「晋作さんが、私の為だけに時間を使うと言ってくれた時、すごく嬉しかったです。

けど、すごく哀しかった。もっと生きて、いろいろな物を見て、晋作さんのしたい事が出来たら、って。

だから私は、賭けに出たんです。カメラを見つけて、未来に連れて行って、生きてほしい。って。

晋作さんが晋作さんのしたい事を追いかけられるのが嬉しいんです。嬉しくて泣いてるんです。」

顔を涙でくしゃくしゃにして、鼻をすする。

なのに、とてつもなく、

お前は、綺麗だ。

「けれど、政治家は反対です。」

「なに?」

「晋作さんは政治家にはならない方が良いです。」

「俺では力不足ということか。」

確かに俺はこの時代の事を知らな過ぎる、技術は遥かに進歩していて毎日学ぶがなかなか追いつかない。

「そんな意味じゃないです。晋作さんはパソコンだってもう私よりずっと詳しいじゃないですか、優秀な政治家になれますよ。」

「ならば、」

何故、反対するんだ?

「政治家は目立ちます。あなたがあの"高杉晋作"だと気づかれます。」

「そんなわけは」

ないだろう、そんなこと判るわけない、と言おうとした。

「有名だからです。遺品や文献や資料がたくさん残っています。残された指紋や晋作さんの系列の子孫の遺伝子情報を調べられたら、判ってしまうんです。」

絶句した。計り知れない技術だ。そんな事まで可能なのか。

「だから、政治家ではなく、私と一緒に官僚を目指しましょう。」

「官僚……。」

「私、あの時代で過ごして解ったんです。過去は未来に繋がっていて、過去に国を思って懸命に活動した人たちが、今の国を創ってるんだって。

だから、私も、晋作さんと同じ理想を追いかけます。

一緒に未来を創りましょう。」

「はっ、はははっ。」

グイっと抱き寄せて見つめた。

たいした女だ。底が知れん。俺は命が延びても一生お前に夢中だ。

「お前は結城も維新志士だと言ったが、お前もだ。あの時代の俺たちとお前たちの魂が惹かれあってお前たちは現れたんだろう。」

「ふふ、私も維新志士ですか? 嬉しいです。私は晋作さんの恋人で、同志にもなれたって事ですね。」

ニヤリと笑って深く口付けをする。



歴史上の俺の辞世の句は訂正願いたい。



"世の中は げに面白きこと ばかりなり"


― 終 ―

無垢

以下、書き上げた当時にblogに載せたあとがきの抜粋です。

晋作様の本編を最初にプレイした時は花エンドでした。

序盤に主人公が「どうして歩いたらダメなんですか?同じ日本人なのに」と口にしたあたりで気に入って。
江戸に連れていき松陰先生の墓前でのシーンと。
土方さんとのやりとり。
長州に行ったあとの龍馬さんや翔太君とのやりとりもすごく気に入って。
その後すぐに月エンド用の特別アイテムが出たので、月→水と読んだら。
もう、三味線所持でだけ読める"三千世界の鴉を殺し~"の演奏シーンが素晴らしく良くてね。
ああ~。書きたい。これは書きたいよ、と。
かなり以前から構想だけは練っていました。
月エンドで主人公が翔太君も維新志士だったと口にした時に。
ああ、私は、晋作様の本編の主人公がいちばん好きだとしみじみ思いました。
強く、賢く、いじらしい。
この主人公に、
晋作様の口から「お前も維新志士だ。」と言わせたい。
それでラストシーンを決めて、あとは本編のイメージを損なわないように努力しながらエピソードに肉付けして創りました。
どうだろう、書いた自分は満足だけども。
読み手には楽しめていただけたんだろうか。
お付き合いくださったかた、本当にありがとうございました。

無垢

Amebaゲーム「艶が~る」の二次創作小説です。高杉晋作さんルートを高杉晋作さんの視点で追いかけたお話になります。ネタバレを多く含み、ゲーム未プレイのかたはよく判らない創りになっていますのでご注意ください。

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  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-10-22

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