すべて終わってしまえ

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 うっかり人を殺してしまい、案外簡単に人は死ねるものだと知った。精神病の彼女は自殺未遂で片腕を失い、満足に自傷行為も出来なくなって、とうとう俺に殺された。愛していたし死こそが彼女の幸せだったとは全く思わないが、どこかで彼女は永遠に幸せにならないだろうと思っていたし、うっかり、本当にうっかり、殺した。彼女の精神病が俺にも移っていたのだと思う。
 彼女は俺以外の誰にも望まれていなかった。俺もそこまで切実に望んでいなかった。漠然と楽しくなってほしいとだけ思っていて、同情していた。腐ると気分が悪いなと思い、彼女をバラバラにして冷凍庫に入れた。いつ気づかれるだろう。人が死んだって。
 仕事に行くのが嫌になって、飛んだ。精神病の彼女と付き合っていると友達はいなくなる。遮光性が全然ないカーテンを閉め切って部屋に閉じこもる。コンビニにたまに行く。金銭的余裕はさほどないが、まだ大丈夫だ。俺はずっとこうしたかった。脳みそを止めてしまいたかった。ただ何か申し訳なくて、その勇気がなかった。彼女のためとか親のためとか、俺は生まれてからずっと、誰かのために、やめることができなかった。何かをしなきゃいけなくて、でも何もできないから、本当は全部やめちゃいたくて、でもやめられなくて、とりあえず、彼女を支えることにしていた。死んじゃったら、何にもない。
 パソコンがあればいくらでも時間を潰せる。こいつで金儲けだってできるだろう。やってみようか。失敗したら、俺も死んじゃおう。……なんて思ったが、やっぱりやめだ。金があったってもう無駄だ。というか別に欲しくない。なんにもいらないんだ。
 最近よく、人と話したいと思っては、やる気が失せる。本当なら今から死んじゃえばいいんだが、死ぬのっていまいちわからなくて、痛いのは嫌だなあと思いながら、先延ばしにしていた。人が一人で生きていくのは多分難しくて、それで、誰かと関わらなきゃ終わるって怖さがたまに来る。未だに終わることを恐れている。とっくに終わっているのに人間らしいことをしなきゃと思う。俺はちょっとだけオッサンだけど、取り返しがつかないほどじゃなくて、ここまできたのにまだ申し訳ない。生きてるのも死ぬのも申し訳ない。八方塞がりだ。助けて欲しくて、パソコンの電源を入れようとして、涙が溢れる。声を殺してうずくまって泣いた。
 俺は大切な彼女を殺してしまった。病気の彼女のために必死で生きていたのに、俺まで病気になって殺してしまった。彼女を必要としていたのは俺だけだったのに。一人がこんなに怖いと思わなかった。誰でもいいと思っていたのに、病気の俺には彼女だけになっていた。何にもできない。君がいなきゃ何にもできない。
「うう、う、う、う」
 吐きそうで声が抑えられそうにない。怖いが、死ななければならない。俺はもうダメだ。もうダメだ。助けて。助けて。助けて。もう。
 窓にスマホを投げつける。カーテン越しじゃ窓は割れない。ボロボロ涙をこぼしながら、カーテンを開けて、鍵を開けて、窓を開けた。6階。死ねるだろうが、ここから飛ぶのか? 涙が先に落ちる。なんで人は殺せたのに自殺はできないんだ!
 何をするのもつらい。ダメだ。ダメだ。地面を見つめる。俺は拒絶している。何かが。本能かもしれない。生物として、死ぬのを怖がっている。そんなのもういらないのに。あ。

 地面を見つめていたら、何かに押された。

すべて終わってしまえ

すべて終わってしまえ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-08

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