落下速度、肉塊

朽木 裕

 一年で二月が一番寒いって、本当? 僕の住んでいる地域ではもう雪も降らないだろうな。年に数回あるかないかだし。積雪なんて一回あるかないか。雪は好きかと聞かれれば、好きだ。積もれば遊びたいし景色が白に染まっていくのは汚いこの世が、束の間浄化されるみたいで、好き。まるで綺麗なものみたいに、つい錯覚してしまうから。

 そんな、二月十四日。雪が降った。慌てて天気予報をスマホから確認したけれどどこにも雪の情報はない。そしてスマホから顔をあげると視界にちらちら舞っていた雪はどこにも見当たらない。でも。雪は降った。そして僕はそれを見た。それが何よりも大切。

 雪は汚いこの世を束の間浄化してくれるから。まるで綺麗なものみたいに装ってくれるから。次に雪が降ったら僕は命を絶とうと決めていた。決めていた、から。バレンタインデー当日なのにまだごった返すデパートの催事場を足早に通り過ぎる。マスクをしていなかったけどインフルエンザにかかったら嫌だなと思う。そしてすぐに今から死ぬのに感染したかどうかも分からない風邪を気にする自分に笑いが込み上げた。エレベーターに乗り合わせた女性がいたので笑い声は抑えたけれど久々に愉快な気持ちになる。堪えたけれど、ぐ、と喉が鳴る。

 屋上で降りたのは僕一人で、風が吹き荒ぶデパートの屋上なんかにいるのも僕一人だ。何度も下見をしたから目を瞑っていたって歩ける。現実世界はうまく歩けなかった僕だけど。監視カメラの場所とその死角もわかる。二年前ここの管理会社に派遣で働いていたから。あの頃には僕が死角を縫うように歩き、柵を越えて、冬空に踊るように飛ぶなんて、僕自身が一番知るはずもなかった。
まだ生きていたいと、抗う声に、泣きながら心を砕いてきたけれど。

 もう抗うのにも疲れちゃったんだよなぁ。

 柵を越えて足場のない空に片足を出したら勝手に重心は傾いて。きぃんと神経系統の音が鳴るのを、耳が破裂するみたいにして聞いた、気がした。

落下速度、肉塊

落下速度、肉塊

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted