雲は遠くて(4)

いっぺい

  1. 151章 米津玄師の、子どもの頃の自分に向けての手紙
  2. 152章 『幸福とはポエジー(詩)である』 と語る アランの言葉
  3. 153章 映画『クラッシュビート・心の約束』、大ヒットする
  4. 154章 フランシスコ教皇の核廃絶のメッセージ

151章 米津玄師の、子どもの頃の自分に向けての手紙

151章 米津玄師の、子どもの頃の自分に向けての手紙

 5月5日の日曜日、午後4時を過ぎたころ。よく晴れた夏の日差しのような一
日だった。

 高田充希(みつき)がオーナーの≪カフェ・ゆず≫には、川口信也と新井竜太
郎と森川純と
松下陽斗(はると)、そのほかは女性で、信也の彼女の大沢詩織(しおり)、
竜太郎の彼女の野中奈緒美(なおみ)、森川純の彼女の菊山香織(かおり)、
陽斗の彼女の清原美樹(みき) 、川口信也の二人の妹の美結(みゆ)と利奈
(りな)、
今も信也に心を寄せるピアニストの落合裕子とマンガ家の青木心菜(ここな)、
心菜の親友のマンガ制作アシスタントをしている水沢由紀(ゆき)という、
華(はな)やかな、13人が集まっている。

 信也が、ロッキングオンの『Cut』の2017年9月号を買った。
今ではなかなか入手できない雑誌ため、アマゾンの中古品で、11.700円で
買った。
定価は710円だった。
その特集が『米津玄師(よねづけんし)』で、アマゾンのカスタマーレビューに
は、
『米津さんの子どもの頃の自分に宛てた手紙も感動しました。』と書いてあっ
て、
信也は、どうしてもその記事を読みたくなったのだった。

そして、信也は、「その記事のコピーだけど、欲しい人!」って、みんなに呼び
かけてみた。
そしたら、このメンバーが≪カフェ・ゆず≫に集まったというわけだ。

 店のキャパシティーは40席。下北沢駅の西口から歩いて2分の一軒家ダイ
ニング。
店の前にはクルマ6台の駐車場があり、全面喫煙。フローリングの床ゆか。
16席のカウンター、4人用の四角いテーブルが6つ。
ミニライブ用のステージと、黒塗りのYAMAHAのアップライトピアノがある。

「コンビニのコピー機でコピーしたんだけど、それがけっこうむずかしい作業
だったりしてね。
あっははは。『Cut』って雑誌がA4サイズより大きくって、A4の倍のA3には、
わずかにおさまりきらないだよね。そこをなんとかA3におさめました。あっはは

これと綴(と)じたホッチキスの針(しん)だって、
普通針足5ミリだけど、6ミリを使ってんですよ。あっははは。」

 そう言いながら、信也はみんなに、『Cut』のコピーが入った白無地の紙の手
さげ袋を配(くば)る。

「しんちゃん、お疲れ様でした。ありがとうございます!」

 清原美樹がそう言って微笑(ほほえ)む。

 みんなも笑顔で、「疲れ様!」とか「ありがとう」とか、信也に言う。

「米津玄師が子どものころの自分に手紙を書くっていう気持ちはわかりますよ
ね、
子どものころって、感受性も豊かで、やっぱり誰もが詩人なんだろうね。
詩なんかを書かないとしても」

 竜太郎がそう言った。みんなも「そうよね」「そうだ、そうだ」とか言った。

「そんな子どもの心をオトナになると忘れたりするから、おかしな世の中になっ
ていくんだよね」

 松下陽斗(はると)がそう言って、彼女の清原美樹と目を合わせる。

「愛を感じられなくなったりするんでしょうね。感受性も衰退すると、
子どものころの瑞々(みずみず)しい感じやすい心も無くなってしまったりね」

 落合裕子はそう言った。

「そうですよね、裕子さん。愛って、それを感じるセンサーそのものが弱って働
かないと、
愛って、感じ取れないものだと思うんです」

 青木心菜(ここな)がそう言った。

 女性バーテンダーの沢井悠花(ゆうか)は、手際てぎわも良くシェーカーを振
い、
ジンがベースのいま人気のネグローニを作って、
カウンターの席でくつろぐ、大沢詩織と信也の姉妹の美結と利奈に差し出し
た。

 笑顔もかわいい24歳の女性バーテンダーの沢井悠花は、白の開襟ブラウ
ス、
黒のベスト風エプロンもよく似合う。

「美結さん、利奈ちゃんとは、すっかり、お酒を楽しむ仲間になっちゃいましたよ
ね!」

 そう言って笑顔で、詩織は両隣に座(すわ)る美結と利奈とグラスを合わせ
る。

1997年3月21日生まれ、22歳の川口利奈は、今年、管理栄養学科を卒業
して、
兄の信也の会社の外食産業大手のモリカワ本社に就職したばかりだ。

 川口美結は1993年4月16日生まれ、26歳。信也の飲み仲間の新井竜太
郎が副社長の、
外食産業最大手・タナールの傘下の芸能事務所・クリエーションで、
タレントや女優やミュージシャンの仕事をしている。

 大沢詩織は1994年6月3日生まれ、24歳。詩織は、モリカワで仕事をして
いる。

「ねえ、詩織ちゃん、うちのお兄ちゃんがね、あそこで、落合裕子さんと青木心
菜(ここな)さんと、
楽しそうに話しているけれど、詩織ちゃんはいつも平気んあんだもん。
心が広いなあって、いつも感心しちゃうのよね、わたし・・・」

 微笑みながら美結は、詩織にそう言った。

「初めのころは、ちょっと嫉妬(しっと)することもあったんです。あっはは。
だけど、それじゃ、お互いに、うまくいかないことがすぐにわかったから・・・。
しんちゃんも、わたしも、自由を尊重する芸術的な生き方を大切にしているから。
クリエイティブな創造的なことをしたいと思ったら、既成的な価値観とかからも
自由でないとダメだったりするでしょう。そんな自由や、
自然な形で続けられるお互いの愛とかが大切だと思っているんです。
お互いを、嫉妬とかで縛(しば)りあったりしても、愛は続かないとわかっている
んです。
米津玄師(よねづげんし)もこの手紙の最後には、子どものころの自分に向け

『あなたの思想、理念、美意識に今も共感します。
どうかこれからもぼくを遠くの方へと導いてください。よろしくお願いします。』っ
て書いてますけど、
芸術をやっていくにして、普通に生きるにしても。
やっぱり子どものころの、まっすぐな気持ちや清らかな感性や大きな夢とかっ
て、
大切なんだなあって、米津さんみたいに私も思うんです。
ねえ、美結さん、利奈ちゃん、そうですよね。あっははは」

 詩織は美結と利奈にそう言うと、明るく笑った。

 下記は、米津玄師(よねづげんし)の、
『子どもの頃の自分』という『もうひとりの自分』に向けての手紙、800字ほど
の全文。

お元気ですか?最近あなたのことをよく思い出します。
あなたに比べてぼくはいくつか大きくなって、色々とできることが増えました。
さらにいい曲が作れるようになったし、他人の言っていることも理解できるよう
になりました。
そう言われるとあなたはどう思うんだろう?誇らしく思うのか、それとも悔しいと
思うのか。

今ぼくは概ねあなたの予想した通りの未来にいると思います。
バンドという形ではないものの、
あなたがこうでありたいと願ったことはなかなか叶えられているんじゃないか
な。
まだ途中段階ではあるものの、ぼくとあなたならきっと全部上手くいくでしょう。
あなたは「誰かの思い通りに動いてなんかやるものか」という怒りで日々生き
ていたので、
ぼくがこう言えばまた少し違う角度に歩いて行ってしまうかもしれませんね。

「いつか大人になって過去を振り返ったとき、
今の子供の頃の自分を馬鹿にするようなやつになってませんように」
と願っていたのをよく憶えています。
今まさに大人になったぼくは、あなたの望み通り、やっぱりあなたを誇らしく
思っています。
自分の能力を疑わず、日々怒りと不安に身を委ね、ヘラヘラと笑みを顔に張り
付けていた
あなたをとても美しいと思います。

あなたの思想、理念、美意識に今も共感します。
どうかこれからもぼくを遠くの方へと導いてください。よろしくお願いします。

☆参考文献☆

Cut 2017年9月号 ロッキングオン

≪つづく≫ --- 151章 おわり ---

152章 『幸福とはポエジー(詩)である』 と語る アランの言葉

152章 『幸福とはポエジー(詩)である』 と語る アランの言葉

  7月20日、土曜日、午後4時を過ぎたころ。

 上空には灰色の雲から青空も見えたけど、ときどき小雨がぱらついている。
6月7日ころに始まった長い梅雨だ。

 川口信也(しんや)と森川純(じゅん)、岡林明(あきら)、高田翔太(しょうた)の、
クラッシュ・ビートのメンバー4人が、吉祥寺の焼き鳥屋の『いせや』のテーブル席で、
ゆったりと一杯やっている。4人ともまだ独身だ。

 彼らは学生のころから、ここから近くのライブハウスの『クラブシータ』や
『ブラックアンドブルー』とかで、ライブやパーティをやったあとは、
この『いせや』で一杯やるのが定番だった。

 美味(おい)しい焼き鳥が、一本、単品で90円という庶民派感覚の『いせや』は、
JR吉祥寺駅北口から歩いて5分ほどだ。

 信也たちは、焼き鳥やもつ煮や枝豆や酢のもの盛り合わせやお新香をつまみながら、
生ビールや生酒(冷酒)や焼酎緑茶割りとかを楽しんでいる。

「それにしても、京アニに放火した青葉って男は、ひどいヤツだよね」

 岡林明(あきら)がそう言った。

 岡林明は、1989年4月4日生まれ、30歳。
早瀬田大学・商学部卒業後、大学のバンド仲間の純に誘われて、
外食産業大手の株式会社モリカワに入社。下北沢にある本部で課長をしている。
ロックバンド・クラッシュ・ビートの、ギターリスト・ヴォーカリスト。

「おれに言わせれば、あいつは、人間じゃないね。それも動物以下だよ。微生物以下。
生き物として認めたくないね。まあ、凶悪・卑劣・冷血な殺人鬼ところで、
あの世に行っても地獄から出られないさ。あっははは」

 高田翔太(しょうた)はそう言いながら笑った。

 高田翔太は、1989年12月6日生まれ、29歳。
早瀬田大学・商学部卒業。現在、下北沢にある株式会社モリカワの本部の課長。
大学時代からやっているロックバンド、クラッシュ・ビートのベーシスト・ヴォーカリスト。

「青葉ってヤツはさあ。まず、愛ってものが、何もわかってないわけじゃん。
それなのに小説を書いているって、信じられないよな。
あの事件直後に、「京アニに投稿した小説が、盗まれたので火をつけた」って言っているらしいけど。
頭が狂っているヤツの言いそうなことだよね。
犠牲になった人とかのことを思うと、かわいそうで胸が痛むけど。
しかし、いまの社会には、青葉みたいに、頭の狂っているのが多いくて困るよね」

 森川純がみんなの目を見ながら、そう言った。

 森川純は、1989年4月3日生まれ、30歳。
早瀬田大学・商学部卒業。現在、株式会社モリカワの本部の課長。
父親は、モリカワの創業者・社長の森川誠(まこと)。
ロックバンド・クラッシュ・ビートの、ドラマー・ヴォーカリスト。

「おれはね、世の中の人間が、あの青葉みたいに、人間失格というか、翔太が言うように、
人間以下の微生物以下になっていく原因には、
まず、純ちゃんも言うように、第1には、人の痛みがわからなくて、想像できない。
つまり『愛』が理解できないとがあると思うよ。
第2には、詩的なセンスがないだろうね。美しいものが理解できない人間なんだろうね。
そして第3には、この自然界で生きていることの感謝する心とかがないことがないとがあると思うよ。
この3つを持っていれば、普通は、あんな殺人鬼にならないだろうね。
そんな普通の人間として、持っているべき心というか想像力が、衰退したり欠如しているから、
人を傷つけても平気な無神経な人間が多いんでしょうね、いまの世の中・・・」

 いい気分で冷酒に酔いながら、川口信也がそう言った。

 川口信也は、1990年2月23日生まれ、29歳。
早瀬田大学・商学部卒業。純に誘われて、株式会社モリカワに入社。
下北沢にある本部の課長をしている。
クラッシュ・ビートの、ギターリスト・ヴォーカリスト。

 信也は、さらに話をつづける。

「最近ついついと考え事していて、おれは思うんですけど、愛とか美とか自然界って、
哲学者のウィトゲンシュタインも言うように、語りつくせないものですよね。
ですから、ちょっと考え方の方向というか、視点を変えてみたんですよ。
じゃあ、幸福に生きるためにはどうしたらいいかって、考えてみたんですよ。
幸福について語った人では、アランの『幸福論』は、よかったです。
アランは、こんなことを『幸福論』の中で言ってますよ。
『およそ、幸福というものは、ポエジー(詩)であり、
ポエジーとは行動を意味するからである。人は棚ぼた式の幸福をあまり好まない。
自分で作り上げることを欲するのだ。子どもはわれわれの庭を見向きもせず、
砂の山や麦の切れっぱしなどを使って、自分で立派な庭を作る。
蒐集(しゅうしゅう)を自分でしなかった蒐集家というものが考えられようか』

子どもって、結局のところ、ポエジー(詩)的な存在なんでしょうし、愛とか美とか自然界も
ポエジー(詩)なんでしょうね。だから、そんなポエジー(詩)がわからない人間には、
幸福がわからないんだろうし、幸福には生きられないですよね・・・」

「そうだよなあ。幸福って、ポエジー(詩)と同じことなんだろうね。
幸福にもポエジー(詩)にも、愛も美も自然もあるわけだから。
さすが、しんちゃんだね。あっははは」

 そう言って、冷酒にご満悦の純が笑う。

「しんちゃん、さすがに、鋭いね。あっははは。幸福って、ポエジー(詩)無しには、
実現不可能なわけだよね。あっははは」

 ビールジョッキを片手に、高田翔太はそう言って笑う。

「世の中って、ポエジー(詩)を大切にしていない気がするしね。
それだから、幸福な社会も、どんどん遠のいてるんじゃないのかなあ?
まあ、こんな世の中だから、おれたちも、もっとポエジー(詩)を持って、
音楽やって、幕末の志士たちみたいな気持ちで、世直ししていかないと!あっははは」

 そう言って笑いながら、岡林明は焼酎緑茶割りを飲む。

「よーし、幕末の志士のように、音楽に命をかけてみようか!ね、みんな!」

 純がそう言うと、みんなで大笑いをした。

≪つづく≫ --- 152章 おわり ---

☆参考文献☆

1.幸福論 アラン 串田孫一・中村雄二郎=訳 白水ブックス
2.ウィトゲンシュタイン:モチベーションの上がる言葉51選
  http://motiv.top/word/wittgenstein/
3.心の哲学まとめWiki ウィトゲンシュタイン
  https://www21.atwiki.jp/p_mind/pages/75.html

153章 映画『クラッシュビート・心の約束』、大ヒットする

♪ お知らせ ♪
この8月末から、ぼくは、YouTubeで、
いろいろな歌のカバーを、ギターの弾き語りですが、アップ始めました。
現在11曲です。目標は、100曲アップですが、オリジナルの良い歌も作りたいです。
思えば、3、4歳の頃ですけど、たぶん、親戚のお姉ちゃんですけど、
歌のレッスンで、ピアノの先生の家へ通っていて、ぼくも、ついて行きました。
そんな記憶があってか、童心にも帰れるような、歌が好きなんです。笑。
◇ My YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCOyJXTmB1z6CdzuawVE9oOg

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153章 映画『クラッシュビート・心の約束』、大ヒットする

 2019年10月6日、日曜日の正午過ぎ。
まぶしい青空が見える、気温も26度ほど。

 下北沢駅西口から歩いて2分の、高田充希(みつき)の店≪カフェ・ゆず≫では、
映画、『クラッシュビート』の第2作目の『心の約束』の大ヒットを記念して、
雑誌の週刊芸能Fan(ファン)の取材が行われていた。

「・・・この度たびは・・・、
『クラッシュビート』の第2作目の『心の約束』の大ヒット、ホントにおめでとうございます!」

 担当記者の、杉田美有(すぎたみゆ)が、そう言って、みんなに微笑(ほほえ)んだ。

 テーブルには、この映画の主人公のモデルとなっている川口信也や、
信也の彼女の大沢詩織や、この映画の原作者でマンガ家の青木心菜(ここな)、
マンガ制作アシスタントの水沢由紀や、
この映画の主役的キャストの三人の子どもたち、
信也の子ども時代の役をしている、福田希望(ふくだりく)、
希望(りく)の親友の役の遠藤優斗(ゆうと)、仲良い女の子の役の、白沢友愛(とあ)もいる。
12歳や13歳になる、三人は、いまや巷(ちまた)の人気スターだ。
そして、子どもたちの合唱団の先生役の沢口貴奈(きな)がいる。そんな8人だ。

「今回の映画も、ほんと、楽しくって、見どころも満載だったのですけど。うっふふ。
わたしとしては、最初はいじめられ役だった、優斗くんに聞いてみたいことがあるんです。
優斗くんは、ご家庭が貧しいという設定もあって、仲間外れになりやすかったですよね。
でも、歌うことが大好きで、合唱団に入ることにして、すぐにみんなと打ち解けて、
仲良くなって、希望(りく)くんと、友愛(とあ)ちゃんとは、三人の大の仲良しになって。
映画の中では、友愛(とあ)ちゃんは永愛(えま)ちゃんで、
希望(りく)くんは信也くん、優斗くんは真吾くんなわけですけど。
優斗くんの演技が、真意迫っていたというか、本当にかわいそうになってしまいました、
わたしは。あの演技の秘訣というものは、何かあったんですか?」

 記者の杉田美有(みゆ)は、テーブルの真向かいにいる、優斗にそう聞いた。

「あれはですね。ぼくって、実際に、学校でも、みんなになかなか、
打ち解けられないっていうか、みんなとワイワイ騒いだり、盛り上がったりできない、
そんな内向的な一面があったんですよ。実際にちょっといじめの対象になったって、
感じた時期もあったし。いまは全然違いますけどね。あっはっはは」

「そうだったんですね。優斗くんは、繊細でナイーブなところが魅力的ですしね!」

「あ、ありがとうございます!そうなんですよ、ぼくって、変なところに気を使ったりして、
ナイーブなんですよ、ひとりで遊ぶのが好きだったりして。
いまじゃ、この映画に出たせいで、何事にも積極的というか、アクティブというか、
ずいぶんと変わっちゃいましたけどね。あっははは」

そう言って笑う、優斗の表情や目の輝きは、スターが持つオーラそのものだ。

「えーと、では、次のお話に移りますけど、今回の物語の最後は、
みなさん、合唱団で、美しいハーモニーで、楽しく歌っていても、
うまく歌えないで、合唱をやめようとする子どもたちもいたりしたじゃないですか。
でも、そこで、美しく歌うことよりも、自由に楽しく歌うことのほういが大切だって、
みんなで考えたりして、その結果、脱落しそうになる子どもたちも、
みんな帰ってきて、みんな笑顔の、大合唱団になっちゃうわけじゃないですか。
あのラストは圧巻というか、感動で、私は泣きっぱなしでした!」

 と言って、記者の杉田美有(みゆ)は、ちょっとまた目を潤ませる。

「まあ、世の中って、美しいことも、楽しいし、大切だけれど、
それよりも、自由が大切だってことですよね。
どんな理屈や論理や価値観よりも、個人の自由が尊重されるべきなんですよ。
たとえば、どんなに世の中に通用しているシステムがあるとしても、
個人の自由は尊重されるべきなんですよ。
村上春樹さんも、エルサレム賞受賞式典スピーチの『卵と壁』 では、
小説を書く理由は、たった1つしかないと言って、
それは個が持つ魂の尊厳を表に引き上げ、そこに
光を当てることで、小説における物語の目的は、警鐘を鳴らすことだ、
って言ってますもんね。
日本民芸館を設立した思想家の柳宗悦(やなぎむねよし)は、
『美の法門』という著作で、『自由になることなくして、真の美しさはない』
って言ってますよね」

 川口信也が、笑顔で、テーブルのみんなをゆっくり見ながらそう言った。

「わたしも先生役ですけど、撮影中も、子どもたちからは、学ぶことばかりなんです。
ホント、子どもたちって、自由そのものなんですから・・・」

 子どもたちの合唱の先生役の沢口貴奈(きな)がそう言った。

 テーブルのみんなは、明るく笑った。

☆参考文献☆

1. 【全文版】卵と壁 ~村上春樹氏 エルサレム賞受賞式典
https://ameblo.jp/fwic7889/entry-10210795708.html
2. 声に出して読みたい日本語 人生を祝祭にする言葉  斎藤 孝 草思社 

≪つづく≫ --- 153章 おわり ---

154章 フランシスコ教皇の核廃絶のメッセージ

♪ お知らせ ♪
ぼくの、YouTubeでの、カバー曲の、ギターの弾き語りですが、
順調でして、25曲ほどになりました。   いっぺい(乙黒一平)
◇ My YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCOyJXTmB1z6CdzuawVE9oOg
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154章 フランシスコ教皇の核廃絶のメッセージ

 11月25日、午後六時過ぎ。

 川口信也は、先日、書き上げた詞に、メロディをつけ終わったばかりだった。
 この歌作りは、期日のある仕事であるので、いまは、ほっとして、のんびりと、
ひとり、部屋で、カフェオレを飲みながら、信也は、テレビを眺めている。

 NHKの生放送番組の『これでわかった!世界のいま』をやっている。

 ローマ・カトリック教会の、フランシスコ教皇(きょうこう)が、
23日から来日していて、被爆地の長崎と広島で、
核廃絶のメッセージを発信したりしている。

「へーえ。やっぱり、こんな世の中でも、世の中を良くしていく、
力となるものは、やっぱり、個人だし、人間なんだよなあ。
フランシスコさんのような、私心のない、心のきれいな人が、キリスト教の指導者ならば、
キリスト教を批判していた、あの、ニーチェさんも、きっと、驚嘆し、感激したんだろうな。
こんな改革を実行する教皇とならば、歓喜して、仲良くなったんじゃないだろうか。
なにしろ、ニーチェは、
『わたしが神を信じるなら、踊ることを知っている神だけを信じるだろう。』
とか、って言っていて、
宗教は、大嫌いってわけじゃないんだろうけど、
まず、それよりも、個人の尊厳とか、本当の人間らしい生き方を、考える人で、
自由や美や芸術を愛する人だからなあ、ニーチェは・・・」

 フリードリヒ・ニーチェは、『アンチクリスト』(『反キリスト者』)という、
腐敗が目立つ、キリスト教を批判する書を、1888年の晩年に書いている。
作曲することもあった、芸術好きの、ニーチェの本は、よく読むほうの信也だ。
特に、アンソロジーのような『座右のニーチェ』(斎藤孝・著)は読み返すほうだ。
その中の、次の言葉などを、信也は好きだ。

『一度も舞踏しなかった日は、失われた日と思うがよい。
そして、哄笑(こうしょう)を引き起こさなかったような日は真理は、
すべて贋(にせ)ものと呼ばれるがいい。』

『芸術は生を可能にする。生へ誘惑する偉大な女であり、
生への刺激剤である。』

『歌う鳥たちのもとへ行くがよい、
あなたがかれらから、歌うことを学びおぼえるために。』

『君たちは君たちの感覚でつかんだものを究極まで考え抜くべきだ。
君たちが世界と名づけたもの、
それはまず君たちによって創造されねばならぬ。』

『君たちはただ創造するためにのみ学ぶべきだ。』

『行動者だけが学ぶことができるのだ。』

『おまえ、偉大な天体よ。おまえの幸福もなんであろう。
もしおまえがおまえの光を注ぎ与える相手もいなかったならば。』

『まことに、人間は不潔な河流である。
われわれは思いきってまず大河にならねばならぬ。
汚れることなしに不潔な河流を飲みこむことができるために。』

 さて、6年前、フランシスコ教皇は、6年前、教皇に就任して、82才。
教会の歴史は長く、2000年間も続く、その266代。
約13億人の信者の、全世界のカトリック教徒の精神的指導者。

 フランシスコ教皇は、カトリック教会の改革者としても知られる。

 改革の中でも、核兵器の廃絶について、フランシスコ教皇は、
「核兵器を持つこと自体を、断固として許されない!」という、強い姿勢を示した。

 これまでの、カトリック教会は、核兵器については、相手の攻撃を防ぐためには、
核兵器を持つことは、ある程度は、否定していなかった。

 どうして、教皇は、ここまで、核兵器廃絶に、強い思いを持っているのかというと、
一枚の写真に、教皇は、心を動かされた。

 それは、原爆が投下された直後の長崎で撮影された、
死んだ弟を背負っているとされている少年の、一枚の写真。

「この写真を見たとき、胸を垂打たれました。千の言葉よりも、人の心を動かします」

 と語る、教皇。去年の1月に、教皇は、核兵器の悲惨さを知ってもらおうと、
いろんな人に、自(みずか)ら、この写真を配った。

 フランシスコ教皇は、カトリック教会の改革者だ。

 改革のその1つは、腐敗の防止。これまで、カトリック教会の中心地バチカンの教会では、
マフィアとの関係もあるといった指摘もあった。
そこで、外部の企業を使って、怪しいやり取りなどの、
お金の流れをチェックするなどの改革をしている。

 改革の2つ目。カトリック教会では、聖職者による性的虐待が大きな問題となっている。
しかし、聖職者は罰を受けることなく、それを隠そうとする疑いすらあった。
虐待に気づいた場合など、すぐに連絡を求めるなど、厳しい対応を打ち出した。

 3つ目。今月の11月17日。教皇は、この日を、『貧しい人のための日』に定めた。
バチカンで、苦しい生活をしている人たち、1500人を招いて、食事会を行った。
これまで教皇は、雲の上の存在で、そのことが権威に繋(つな)がってきた。
しかし、フランシスコ教皇は、人々に寄り添う存在に、大きく変えようとしている。

 このように、教皇は、教会の姿勢を次々と変えようとしている。
同性愛や人工中絶を認めない立場を維持してきた教会。
しかし、教皇は、個別のこれまでの問題について、
教会のこれまでの姿勢をも、変える改革を、次々と打ち出している。
教皇は、同性愛や人工中絶など、そうした人たちを、
排除するのではなく、
困っている人がいれば、手を差し伸べるべきだという方針を打ち出した。

「協会が扉を閉ざしてしまったら、その使命を果たせません。
懸け橋になるのではなく、障害になってしまうでしょう。」

 教皇は、そんなスピーチをしている。

 一定の条件のもとでは、認めていた死刑についても、
教会の教えそのものを改めてた。どんな条件でも一切認めず、
全世界で廃止されるように取り組むとした。

 これまで禁じてきた、既婚男性の司祭も、  
一部の地域では認めるのではないかと言われている。

 40年以上も、バチカンを取材してきたジャーナリストのマルオ・ポリティさんは、
カトリック教会を現代の価値観に順応させたと指摘する。

「これらは、すべて新しい。これまでになかった改革です。
教皇は、これまで、カトリック教会にあった、性にいての、
こだわりを取り除きました。避妊薬や離婚、結婚せずに同棲する若者たち、
こんな問題に対する説教は無くなりました。
非常に重要な変化です」と語る、マルオ・ポリティさん。

 次々と打ち出す大きな改革に、教会内では、反対勢力の反発も根強いと指摘する一方、
それでも、教皇は改革を進めていくだろうと、マルオ・ポリティさんは言う。

☆参考文献☆

1.『座右のニーチェ』 (斎藤孝・著) 光文社新書
2.NHK 『これでわかった!世界のいま』 (2019年11月24日放送)

≪つづく≫ --- 154章 おわり ---

雲は遠くて(4)

雲は遠くて(4)

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-08-07

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著作権法内での利用のみを許可します。

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