ピエール・ド・クーベルタン

Shino Nishikawa

ピエール・ド・クーベルタン

僕の名前は、ピエール・ド・クーベルタン

ピエール・ド・クーベルタン

僕は、ピエール・ド・クーベルタン男爵である。みんなが親しみをこめて、僕の事をピエールと呼んでいる。僕は、クーベルタンさんと呼ばれるのが一番好きだ。

近代オリンピックの父と呼ばれている。近代オリンピックを始めた男と言っても過言ではないが、正確に言えば、近代オリンピック開始を決めたのは、委員会の連中である。
僕のスピーチが決め手となった。

五輪マーク考案者は、僕だ。
五輪は、4年に一度開かれる。冬季五輪も合わせれば、2年に一度である。

五輪の開催地が決まると、夢の場所に五輪の城が築かれる。


ザッザッ
2004年、サッカーの赤いユニフォームを着た僕は、夢の場所にあるアテネ五輪の城に招かれた。そこにたどり着くには、いばらの道を通り抜けなければならなかった。
途中、十字にかけられた死体があった。
五輪のために死んだヘラクレスの死体もある。
アテネ五輪は、勇者が血をかけていたので、厳しい五輪だったと思う。
メダリストの王冠に、なんと、本物の棘がついていたのだ。

2019年、僕はまた、夢の場所にあるアテネの城に来た。
真夜中で、真っ暗だ。いばらはもう消えていた。
でも、残骸がまだある。白骨化したヘラクレスの死体がそのままになっている。

キィィ‥。
あれほど華やかだったアテネの城は、今では、幽霊屋敷のようだ。
僕は、勇気を出して、城に踏み込んだ。

バタンッ
幽霊屋敷の冒険には、付き物である。
ドアがひとりでに閉まった。

僕は、持っていたウォッチで、城の中を照らした。
ホコリがかぶった、勇敢な選手の肖像画がある。

真っ暗な2階に進むと、さらに不気味だった。
五輪で犠牲となった魂をもてなした気配もない。
ホコリにまみれ、さびれている。

僕は寂しい気分になり、部屋を見て回った。

「ピエールか?」
突然、声をかけられ、僕は振り向いた。
「君は?」
「アントニオだ。なぜ、ここにいる?」
「アントニオ。久しぶりだな。2004年の総会以来だ。」

ランプを持ったアントニオが、怒った顔でこちらに来た。
僕は言った。
「僕はただ、この城が、どうなっているか気になって来たんだ。勝手に入ってすまなかった。許してくれ。」
「仕方ない。ピエールだから、特別に許そう。」

アントニオと僕は、窓から、裏庭にあるお墓を眺めた。
「五輪のために、亡くなった奴らの墓だよ。」
「ああ、そうだな。早く生まれ変わってもらいたいものだ。」
「そういう君もそうだろう?」
「まだ、やり残した事がある。」
アントニオと僕はにやりと笑った。


僕は、去年、平昌五輪の城にも顔を出した。
城とはちがい、公民館のような場所だったが、馴染みやすかった。
とても厳しい教育の講話を受けた。
とても良い五輪だったと感じている‥。
いろいろな工夫をこらしていた。


僕は、1863年1月1日、名門貴族の3男としてパリに生まれた。
ノルマンディーのミルヴィンの城で、僕は幼少期の大半を過ごした。
約100年前に、イギリス人のチャンドラーが、古代オリンピックの遺跡を発見し、僕が子供の頃も、まだ調査をしていた。
1200年間も続いた、オリンピアの神々に奉納されたスポーツの祭典は、僕をとてもわくわくさせた。
ミルヴィンの城から外を眺め、子供の僕は、たくさんの空想にふけった。


紀元前775年。ギリシアの男3人、ノエ、ソロモン、エルメスが話していた。
ノエが言った。
「俺、なんで、翼なくしちゃったんだろう。」

「そうだよなぁ。俺たち、ずっと前は、翼で大空を飛び回っていたよなぁ?!」
ソロモンが言い、エルメスはうなずいた。

「ただの人間なんて、つまんないぜ。」
ノエは石を蹴った。

ザッ
「あんた達、こんな場所でだべってないで、ちゃんと働きなさい!」

「アグネテ?一体、君、今どこから来た?」
ソロモンが聞いた。
「その柱のすぐ後ろからよ。」

「いつから、俺たちの話を聞いていたんだ?」
ノエとエルメスは顔をしかめた。

「そんな事、どうだっていいでしょ。」
アグネテは、睨んで、行ってしまった。


「アグネテって、不思議な子だよな。」
ソロモンがニヤニヤと笑った。

エルメスが聞いた。
「ソロモン、アグネテの事が好きなのか?」

「え、好きってどうゆう事?」
ソロモンが聞き返した。
ノエが言った。
「アグネテと結婚したいかっていう事だよ。」

「アグネテとなら、結婚してもいい。」
ソロモンが言った。
「じゃあ、好きって事で決まりだな。」
エルメスが言うと、ソロモンが言った。
「嫌いだ。反対を言うとね。」
「反対の反対は、好きだろ?」
「そう。僕は、アグネテが好きだ。」

「ふぅ~。」「やっぱり、好きなのかよ。」
2人はソロモンを冷やかした。

別の日、街で、頭の上にかごを載せたアグネテとぶつかったソロモンは、振り返って、ニヤニヤと見つめた。アグネテは、ソロモンを一瞥し、行ってしまった。
「どこに行くんだろう?」
エルメスが言った。
「さぁな。わからない。」
ソロモンは言い、3人は歩き出した。
「あれぇ?アグネテがまた消えちゃったよぉ。」
ノエが後ろを確認して、びっくりして言った。

3人は、いつもの場所で、また話をした。
「アグネテは、やっぱり、魔女じゃないか?」
ノエが言った。
「さぁ。わからない。」
ソロモンはニヤニヤとしている。

「魔女かどうか、調べてみようぜ。」
エルメスが言い、ノエが聞いた。
「どうやって?」
「襲うんだよ。1人でいる所をつかまえて、みんなで暴行するんだ。」

「それは‥よくないんじゃないか。」
暗くなったソロモンが言った。
「大体、アグネテは、僕の好きな人だし。」

「だから、調べるんじゃないか。」
ノエが言い、ソロモンはさらに暗くなった。
ノエは、エルメスにさらに聞いた。
「いつ決行する?」
「明日の夕刻に、アグネテの家の付近で、待ち伏せしよう。」

「俺は、その計画に加わりたくない。」
「ふーん、じゃあ、いいよ。」
ノエが、背を向けたソロモンに言った。

「俺たちは本当に、アグネテをやっちゃうんだぞぉ~~。」
ノエとエルメスは、背を向けたソロモンを、嫌な感じで冷やかした。


次の日。待ち伏せをするノエとエルメスの下に、ソロモンがやってきた。
「まさか、本当に計画を実行すると思わなかったよ。」
「まだ、実行していない。アグネテを待っているんだ。」
ノエが言った。

「もう、この計画を中止してくれ!!」
ソロモンが大声を出した。
「なんだよぉ‥。」
エルメスとノエは、怪訝な顔でソロモンを見た。
「ちょっと調べるだけじゃないか。」

「やめろ!僕の好きな人に、手を出すな!!」
「ちっ。」

「あっ、アグネテだ。」
エルメスが言い、ノエとエルメスは、ロープと袋を持って、アグネテめがけて走り出した。
「待て、やめろ!」
ソロモンも追いかけた。

「アグネテ~!貴様、魔女だろう!」
「今日こそ、貴様を捕まえて、調べてやる!」
ノエとエルメスが叫ぶと、アグネテは振り向き、翼を生やした。

3人は息を飲んだ。
「翼だ‥。」
それは、3人が一番欲しかった物だった。

アグネテは、翼でふわりと飛び、家の前に降りると、家から、アグネテの両親が出てきた。2人とも、光輝いている。

父親が言った。
「私は、全知全能の神、ゼウスだ。隣にいるのは、妻のヘラ。
私の娘に何の用じゃ?」

「ゼウス様。」
「まさか、アグネテが、ゼウス様の娘だったとは知らなくて。僕たち、いつも突然現れるアグネテが、魔女かどうか、調べたかっただけなんです。」
「アグネテは、私の娘で、魔女でなく、神だ。」
「そうだったとは知らず、すみませんでした。」

「分かったのなら、良い。」
「今まで、黙っていて、ごめんなさい。」
アグネテも、にっこりとして、謝った。

ノニが聞いた。
「あの‥、ゼウス様は、オリンポス山の天空に住んでいると思っていました。人間界で、暮らしていたのですか?」
「いつもではないが、私は、人間のそばで、見守っているんだよ。」
「そうでしたか‥。あの、つかぬ事をお伺いしますが、僕たちの翼は、なぜ無くなったのですか?」
エルメスが聞いた。

「人間には、翼など、必要ないのだ。」
「でも、それでは、僕たち、神様のお手伝いをすることができません。」

「私達の手伝いなど、する必要はない。翼なしの体で、どのようにして、強くなるかが最も大切なことじゃ。」
ゼウスはそう言い残し、ヘラとアグネテと共に、金色の光に包まれ、消えた。

「ゼウス様ッ。」「ヘラ様ッ。」
「アグネテッ。」
3人は、消えた神を探したが、もう見つからなかった。


数日後、3人はまた集まった。今度は、石のテーブルと石の椅子に座り、話し合いをすることにした。
ソロモンが言った。
「翼のない体でどのようにして、強くなるかが、最も大切なことだと、ゼウス様は、おっしゃった。」
「ああ、そうだな。」
「どうする?」
「強くなるためには、鍛えることだ。」

「他の人間たちにも、教えなきゃならない。」

3人は、オリンピュアの祭典、オリンピックを始めることにした。
この3人こそが、最初のオリンピック委員会のメンバーとなる。

3人が始めたオリンピュアの祭典は、1200年続いたが、テオドシウス帝のキリスト教国教化にともない、393年に中止された。


「それを、僕が、始めるんだね。」
子供の僕は、気持ちの良い風にふかれて、つぶやいた。
『ああ、そうだよ。』

「でも、大丈夫かな?僕、まだ何もできないんだ。」
『大丈夫さ。』
『オリンピュアの祭典には、2000年前から、アマチュアなんていなかった。みんな、ひどく、偏った生き方をして、みんな偏った才能を持っていたんだ。』
『でも、そんなプロの祭典を、何もできない僕たち3人が、努力をして、何度も泣いて、始めたんだよ。』 

僕はその言葉を聞き、涙を拭き、城の中に戻った。
僕は、自分の部屋で、オリンピックの構想をねった。

「おーい、クーベルタン!外に来いよ。」
窓から覗くと、2人の兄オレールとセザールが、友人たちと一緒にクリケットをしていた。

僕は、外に出た。7才の僕は、兄達について行こうと懸命に頑張ったが、下手くそだった。
オレールが、倒れた僕に厳しく言った。
「立て!クーベルタン!」

「うっ‥。」
僕は無理をして立ったが、その瞬間、セザールの放ったボールが顔に直撃した。

オレールに支えられ、鼻血を出した僕は、城の中に戻った。
セザールが隣に来て、言った。
「クーベルタン、ごめんな。お前なら、よけられると思ったんだ。」

「次からもっと気をつけろ!」
「分かりました、すみません。」
オレールが言い、セザールが謝った。

セザールは、僕に言った。
「オレール、恐いな。兄弟なのに、気を使わないといけないのが、大変だ。」

僕は鼻をおさえたまま、セザールを見て、自分の部屋に入った。

夕食は、両親と兄弟3人、それから祖母と一緒に食べる。
父のシャルルが言った。
「フランスは混乱期にある。お前たちはしっかりと勉強して、立派な軍人になれ。」

「はい。」
セザールと僕は、仕方なく返事をしたが、オレールが言った。
「僕、スポーツ選手になりたい。イギリスでは、スポーツが教育として、学校で学べるんだ。」
「それは面白そうだ。」
セザールも僕もうなずいた。

父が言った。
「ダメだ。スポーツなんて、意味がない。やるなら、戦争の役に立つようなトレーニングをしろ。」

オレールが言った。
「戦争なんて、行きたくない。なぜ、人を殺すんだよ?」
「それは、自分の国のためさ。敵を野放しにして、家族が殺されたらどうする?」
「それは、嫌だ。でも、スポーツをやれば体が強くなるから、良い軍人になれるだろう?」
オレールは言い、みんな黙って、目を合わせたりした。
オレールは続けた。
「本当に、僕は、スポーツ選手になりたい。それに、スポーツは楽しいから、やりたいんだ。」


僕は、自分の部屋のベッドで考えた。これから、恐ろしい戦争が起きると思うと、涙が止まらなくなることもある。その時は、母が来て、なぐさめてくれた。
「クーベルタンは、戦争に行かなくも大丈夫よ。」
「でも‥、父さんが、僕たちが軍人になるように言っていたから。」

「軍人が無理なら、弁護士になればいいわ。」

しかし、中等教育を終えた僕は、陸軍士学校に入学した。
オレールとセザールが、その学校を良い成績を残して卒業していたので、少しは優遇してもらえるのかなと思ったが、全然ダメだった。
兄達についていくために、体を鍛えてきたものの、想像以上に厳しいものだった。
僕は数か月で退学し、城に戻った。

子供の頃、思い描いたオリンピック構想の紙を取り出した。
それをしばらく眺めて、天使の言葉を思い出した。
『オリンピュアの祭典には、2000年前から、アマチュアなんていなかった。みんな、ひどく、偏った生き方をして、みんな偏った才能を持っていた。』
『でも、そんなプロの祭典を、何もできない僕たち3人が、努力をして、何度も泣いて、始めたんだよ。』 

僕は涙が出た。体を鍛えても、あまり強くなれなかったし、学校もやめてしまった。
もう17才だ。僕には、何かのプロの道が残されているのだろうか?

トントン
「母さん。」

「クーベルタン。なるようになるわ。人生のいばらの道には、休憩所があるものよ。」
母が僕に言った。

ベッドで寝転がって、空想にふける僕に、軍人になったセザールが言った。
「まぁ、これでも読んで、元気出せよ。」
くれたのは、『トム・ブラウンの学校生活』という本だ。
「また、一緒に、クリケットしようぜ。」
セザールは言い残し、部屋を出た。

『トム・ブラウンの学校生活』は、主人公のトムが、イギリスのパブリックスクールを
舞台に、スポーツに躍動する物語だった。

時々、軍服姿の兄2人が、レストランやパブに連れていってくれた。
少しは気も晴れて、人生にもやる気が出た。

両親のおかげで、二十歳の僕は、イギリス旅行をすることとなった。
名門パブリックスクールを見学し、トム・ブラウンの学校生活を目の当たりにした。
僕は、混ぜてもらって、一緒にスポーツをやった。
フランス人よりも、外国人のイギリス人の方が、好きになった。
軍事学校で言われた酷い言葉を思い出したのだ。

『人の成長には、肉体と精神の融合が必要である。』
僕は、ノートに書き残した。

ラグビー校にある、『トム・ブラウンの学校生活』の著者アーノルドのお墓にも行った。
『僕は、フランスにおけるアーノルドになる。』
僕は決意をした。

しかし、フランスに戻ると、不穏な空気に包まれていた。
今は、混沌とした時代だと思う。気持ちは、空気によって変わりやすい。
僕は、法律学校に進むことにした。
しかし、法律の勉強は、僕には合わなかった。
授業中、うたた寝した時に、夢を見た。
それは、スポーツ選手になりたがっていた兄のオレールが、ラグビーのユニフォームを着て、泣いているという物だった。
僕は、ハッとして、子供の頃の事を思い出した。

「それを、僕が、始めるんだね。」
子供の僕は、気持ちの良い風にふかれて、つぶやいた。
『ああ、そうだよ。』

「僕は、オリンピュアの祭典を復活させなければならない。」

僕は、法律学校を1年で退学した。
兄のオレールとセザールとも会い、機嫌を確認した。悪くはないものの、オレールの方は、やっぱり、スポーツにまだ執着があるようだった。

僕は、ラグビーのレフェリーの資格をとり、試合で笛を吹いた。
スポーツと教育を自らの生き方と決めたのだ。
しかし、努力しても叶わないこともある。僕は、スポーツ選手向きの体は持っていなかった。
でも、僕は、スポーツ教育の発展のために、選手を育成したり、大会を開催したりして、フランス・スポーツ連盟を結成した。
1889年には、フランス教育省から、近代スポーツ普及の研究を命じられた。

ドイツ帝国による古代オリンピア遺跡の発掘も終えられ、ヨーロッパでは、オリンピュアの祭典への夢が語られていた。

スポーツフェスティバルは、世界各地で行われている。
そして、大きな戦争へ向かう力も、世界では動いていた。

僕はもう、待てなかった。
1892年11月25日、フランススポーツ連盟創立5周年記念式典で、僕は、世界で初めて、オリンピュアの祭典の復興を説いた。
簡単な事に思えるかもしれない。でも、当時、オリンピュアの祭典の復活を大きな場所で説くという事は、大変な勇気が要る物だった。
大きな戦争が起きようとしていて、人はすぐに処刑されるような時代だったからだ。
それでも、僕の考えは受け入れられた。
1894年6月23日、パリ大学の大講堂で開かれた、パリ国際アスレチック会議で、
オリンピックの復興が、満場一致で可決された。
その日までも、話合いを何度もしていた。そして、スポーツ教育もすすめていた。
「多分、可決するだろう。」と言われていたが、不安で、前の晩は、よく眠れなかった。
しかし、結果は良かったので、天に上りそうな気持ちになった。

この時、1896年に、オリンピックの故郷であるアテネで、第一回の近代オリンピックの開催を決めた。
1896年が、オリンピアードの1年目とする。
オリンピアードは、開催年から始まる4年の期間のことである。
夏季オリンピックの正式名称は、
「Game of the (回数)Olympiad」で、直訳すると、第〇回オリンピアード競技大会である。

大きな戦争が待っている世界はどんよりとしていて、毎日暗い気分だったが、オリンピックの話合いをしている時は、希望が持てた。
初代会長には、ギリシャ人のデメトリウス・ビケラスがつき、僕は、事務総長になった。
しかし、翌年から、会長には、僕が就任した。

僕は言った。
「スポーツの力を取り込んだ教育改革を、地球上で展開し、これによって世界平和を実現する。」

これは、後に、オリンピズムと表現される理念である。
しかし、世界規模のスポーツの祭典、オリンピックの真新しさに飛びついた委員も、多くいた。

今でも伝わっているオリンピズムの根本原則は、こうだ。
「オリンピズムは、肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。その生き方は努力する喜び、良い模範であることの教育的価値、社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。」


世界大戦が始まる前に、オリンピックが始まった事は、本当に良かった。
1896年アテネオリンピックは、僕の求めていた祭典そのものだったが、はっきり言わせてもらうと、集まった選手の質がよくなかった。
みんなが怒鳴り合っているし、オリンピズムが全く浸透していなかった。
オリンピックを開く事は、命がけだと思った。
開くたびに、いろいろな事が起こる。
兄のオレールが撃たれそうになり、セザールが守るという事件も起こった。

本当に、質の良い選手を集めてもらいたいと思った。

「オリンピックは、勝つことではなく、参加することにこそ意味がある。」
僕は言った。
「自己を知る、自己を律する、自己に打ち克つ、これこそがアスリートの義務であり、最も大切なことである。」


1912年のオリンピックに芸術競技を採用する事が決まった。

僕は数年前から、芸術に興味を持つようになった。自分にはスポーツ教育の道があると決めて、生きてきたが、気づくと、僕はスポーツの先生ではなく、貴族の男として扱われていた。
それに、世界規模のオリンピックを取り仕切る事で、精神が少しだけ狂うようになってしまっていた。芸術をやる事で、狂った物を心から取り出す事ができた。

古代オリンピックは、ゼウスに捧げるための儀式だった。スポーツは、強く美しい肉体で神を表現することから生まれたものであり、芸術も、神を表現する手段である。
肉体と精神の向上において、芸術はなくてはならない物である。
古代オリンピックの時は、ネロ帝が芸術競技を始めたのだ。
僕は貴族出身だったため、右派思想を持っていて、ネロ帝の事が好きだった。
僕は、社会進化論の信棒者で、優れた人種は、劣等人種に社会的恩典を与えなくてもよいと考えていた。
その考えは間違っていたけど、当時は、いろいろな事が起きた。今ではよく思い出せない。
たいして、どうでもいい事だと思う。
僕は、なんと言われようと、世界平和のために、オリンピックを進める必要があったのだ。

1912年のストックホルム大会で、僕は、芸術競技文学部門で、ホーロット&エッシェンバッハという芸名を使い、金メダルをとった。作品名は、『Ode au Sport』スポーツ賛歌である。金メダルは当然だった。
僕の精神は狂い、魔法の研究も、独自にすすめていたのだ。

オリンピックには、当然、素晴らしい肉体と精神力を持った選手も出場した。
そして、オリンピックでの、人生をかけた試合に、感動して涙を流すこともあった。

しかし、オリンピズムが浸透していない選手を見ると、腹が立つ事もあった。
僕たちが、第一回のアテネオリンピックで、女性選手の参加を認めなかったのは、古代オリンピックの真似をしたのもあるし、まず、一般の女性たちを喜ばせたいとも考えたのだ。

結局は、第二回から、女性選手の参加が認められた。
それでも、一般の女性たちを悲しませることは赦せなかった。

一部の選手が、みんなの前で、恋人とキスをしたりしたのだ。

「もっと、君に、オリンピズムを厳しく話そうか?」
僕は、キスをした選手につめよったが、選手はヘラヘラとして、聞かなかった。

僕は、ムカつく奴らをとっちめるために、オリンピックの父親として、オリンピックの魔法規範も作る事にした。
それは‥、それは、とても呪われたもので、ここで話す事はできない。
オレールが結局、選手として、オリンピックに出場できたので、オレールに呪いの魔法がかかると怖いと思ったが、怒りの方が大きかった。

一晩中、呪いの魔法について考えた後に、フリーメイソンの会議や、CIO(IOC)の会議があったので、正直、辛かった。
でも、魔法について、考えることは、やめられなかった。

今でも、多分、その魔法が残っていると思う。

1925年、僕はCIOの会長を退任した。
「もし輪廻というものが、実際に存在し、100年後にこの世界に戻ってきたなら、私は、自分が作った物、全て、破壊することになるでしょう。」

‥この言葉は、自分がかけた魔法についてを意味している。それは、大変厳しい物なのだ。

1936年、ベルリンオリンピックで、ナチスドイツが示した熱意に、非常に感動した。
このオリンピックが、僕が死ぬ前に見た、最後のオリンピックであり、一番最高の物だと思った。
まさか、ナチスドイツが、歴史上最も悪と呼ばれる組織になろうとは、この時、思いもしなかった。

僕は、家族はつくらなかった。オリンピックのせいで、命が犠牲になった。
まるで、それは、星のような数だと思った。でも、戦争の方がもっと多い。
戦車によって、飛び散る泥の数だけ、きらめいた美しい命が失われている気がした。

1937年、スイス、ジュネーブのラグルンジュ公園で、僕の下に、金色の光が、まるで雪のように降ってきた。
誰からも愛されなかったと、自分では感じていた。
最後まで、僕は狂っていて、家では魔法使いになりきっていた。

それでも、世界平和のために生きた。
だから、僕の死は、綺麗な物だなと感じたんだ。


僕はまた、アテネ五輪の城のアントニオに会いに来た。
その前に、白骨化したヘラクレスを、埋葬しなければいけない。

『君は、僕の弟だ。』
僕は、ヘラクレスのお墓を作った。


コンコン
「こんにちは、アントニオ。」
「やぁ、ピエール。ちょうどよかった。今日、晩餐会を開くんだよ。君も参加してくれ。」
「いいとも。楽しみだ。」

五輪の犠牲になった命のお墓の場所に、晩餐会の準備がされていた。
ドレスアップした失われた命たちが、パーティーにやってくる。

「最高のパーティーだね。アントニオ。」
「ああ、そうだな。全ては、君が始めてくれた。オリンピックのおかげだよ。」
僕は、輝くパーティーと命を見つめた。

「アントニオ。僕、生まれ変わって、また生きる事を決めたんだ。」
「そうか。君ならきっと、うまくやっていけるさ。」

「うん。僕、もう一度、頑張るよ。今度は‥、やっぱり‥。」
僕は言いかけ、アントニオはこちらをちらりと見た。

「やっぱり、みんなを幸せにしたいんだ。」
僕は笑った。

僕は、生まれ変わって、またこの世界にやってくる。
その時に、また会おう。

僕の名前は、ピエール・ド・クーベルタン!

End

ピエール・ド・クーベルタン

ピエール・ド・クーベルタン

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-08-03

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