一匹の蟻

この小説はフィクションです。しかし真実も多く含まれています。小説中のフィクションと真実を見分けながら読んでいただけると幸いです。
さて、世界には巨悪集団が存在します。その巨悪集団に一人の刑事が挑みますが、巨悪集団を巨象に例えるなら、一人の刑事は正に一匹の蟻です。この小説は、一匹の蟻の物語です。

暗闇の中を男はよろよろと歩いていた。
幸いなことに住宅街に入ったとみえチラホラと家並みと街灯が見えてきた。
男は、街灯に照らされた道路沿いに建つ三軒目の民家の車庫に視線を移した。
シャッターが膝の高さほど開いている。男は這って車庫の中に入った。車庫の中には古いトラクターがあった。その車輪の間に潜り込んだ。もうそれ以上動けそうになかった。
男の脇腹からは今も血が流れ落ちていた。
男は服の内ポケットから小さなビニール袋を取り出し、袋の中に米粒ほどの硬い塊があることを指で確認すると安堵の表情を浮かべたが、そのまま動かなくなった。数分後には鼓動も止まった。


数日後、男の遺体を司法解剖した法医学者は、遺体の脇腹をえぐったような傷からの出血死と断定した。
その死因を聞いた西田刑事は吐き捨てるように言った。
「ふん、やぶ医者め、死因など分かりきっている。知りたいのはその傷が何によるものかだ。獣に咬まれたのか、銃弾によるものかだ」
「それが、、、傷口が腐敗していて判断できないと言ってます」と、部下の山田が言った。
「まあ良い、俺は判断がついている。それより血痕の追跡はどうだった」
「警察犬を連れていきましたが、北側の浜辺で切れていました」
「なに、浜辺から?、、、遺体や靴に海水や砂の付着は」
「どちらも確認されていません。靴に砂がついていても途中のぬかるみで落ちたのかもしれません。衣服に海水に浸かった跡もありません」
そこまで聞いて西田は、腕を組んで考え始めた。山田は、その場を離れようとしたが思い出して言った。
「手に握られていた米粒のような黒い物ですが、検査部では分からないそうです。東京の専門部署に送るそうです」
西田は口を開かず頷いた。山田は離れて行った。

考え事をしている時の西田は独特な姿勢になる。そしてその姿勢の時の西田には誰も近づかない。もし近づいて話しかけても返事すら返ってこない事をみんな知っていたのだ。
(傷跡は銃弾によるものだろう。獣に咬まれたなら助けを呼ぶだろうし車庫に隠れる必要がない、、、血痕が浜辺から、しかも海水に浸かった跡がない、、、二つ考えられる。船で来て浜辺に降りたか、引き潮の時、他から来たが満潮で血痕を消されたか、、、船で来たならその船は今どこに、、、船にも血痕があるはずだ、だが、とっくにどこかへ流されているだろう。運良く見つかれば何か手がかりになる物が見つかるかも知れないが、、、引き潮の時、誰かに撃たれた、、、犯人が近くだったら止めを刺されただろう、、、逃げていて撃たれた、、、当然犯人は追って来たはずだ。逃げ切って車庫に隠れたが出血死した、、、この推理通りなら、追って来た犯人の足跡があるはずだ。だが、死亡推定時刻は4日前の夜だ、あれから1度大雨が降っている。足跡は見つからないだろう。警察犬が浜辺まで血痕を辿れたのは奇跡だ、、、それにしてもあの傷でよく車庫まで歩けたものだ、1キロ以上あるだろう、、、しかし何故、民家に助けを求めなかったのか、、、)

西田はいきなり立ち上がり山田のデスク横に行き聞いた。
「被害者の身元はまだ分からないのか」
「はい、まだ、、、捜索願いが出ていませんので地元の人ではないようですが、、、」
「DNA鑑定はまだか」
「はい、まだです」
西田は自分のデスクに帰りまた考え始めた。
(被害者には、右手で握りしめていた小さなビニール袋以外は何も所持品が無かった。着ていたスーツの他は財布すら無かった。まるで、身元を知られないように意図的にそうしたかのように、、、これは間違いなく殺人事件だ、しかも何か裏がある、、、それにしてもあの米粒のような黒い塊はなんだ、、、)
その時、女部長かおるの声が聞こえた「西田さん、署長がお呼びです」
考え事をしている時でも、かおるの声にだけは反応する西田は、返事もせず不機嫌そうに立ち上がり、かおるの後について署長室に向かった。

署長室のドアをノックしてからかおるが言った。
「署長、立花かおるです、西田刑事を連れて来ました」
「おう、入れ」
二人が署長室に入ると、署長は窓際の大きなデスク付き椅子にふんぞり返っていた。
かおると西田がデスクの前に立つと署長は「あの被害者は、野良犬に咬まれて亡くなった、、、良いな」とだけ言った。
西田が何か言おうとするのを阻止するように「以上だ、帰りたまえ」と言って署長は椅子を回して背を向けた。
かおると西田は署長室から出ていくしかなかった。しかし、薄暗い階段の踊り場でかおるは西田に低い声で言った「全ての責任は私が負います。貴方は明日から長期休暇です、、、全てこの中に」
西田は無言で分厚い封筒を受け取った。
かおるはつま先立ちになり、西田の引き締まった頬に一瞬唇を押し当てると足早に去っていった。

アパートに帰ってくると西田は封筒を開けた。中には札束と手紙そして、あのビニール袋が入っていた。西田は手紙を開いた。かおると西田しか解読できない暗号で「極秘にこの物を調べてください。体内埋め込み用のマイクロチップの可能性があります」と書かれていた。
西田はその手紙を調理用コンロの上で燃やし、冷蔵庫の中からヤクルトを取り出して飲み干してから元の場所に座った。
西田はビニール袋を摘み上げ、中の黒い塊を眺めながら考えた。
(東京へ送ると言っていたが、、、建前上か、それとも取り止めたか、、、マイクロチップの可能性、、、)
西田は、ネットでマイクロチップについて調べてみた。画像を見ると形状は似ている。
(ふん、マイクロチップか、、、まだまだ日本では知らない人が多いが、欧米では既に体内に埋め込んでいる人が多い。日本でも犬猫は埋め込まれはじめている、、、しかしこれを被害者が何故握りしめていたのか、、、それに、こんなマイクロチップを何故、俺に極秘で調べろというのか、署内のマイクロチップ読み取り専用リーダーで調べ、、、そうか通常のリーダーでは調べられないのか、、、なら、特殊情報処理機関に持ち込めばよいだろうに、、、まあ、この金があればしばらく東京で過ごせるか、、、)
西田は明朝東京に行くことにして、冷蔵庫内の保存のきかない食品を取り出して食べ始めた。


東京の特殊情報処理機関の窓口で西田は、身分証とビニール袋を見せながら言った。
「これを調べてもらいたい」
「署長印のある検査依頼書は?」
「ん、そんな物が要るの?」
門前払いされた西田はかおるに電話した。検査依頼書のことを言うと、かおるに怒鳴られた。
「貴方、何年刑事やってるの、そんな事も知らなかったの!。それに、この件は窓口に出せるような事ではないでしょう。もっと頭を使いなさい」で、電話は切れた。
(フウ、相変わらずキツイ女だ、、、が、言われてみればその通りだ、、、さて、どうするか、、、)

その夜、西田は窓口に居た若い男の後をつけていた。男が街角を曲がったので急いで近づいて曲がると目の前に男が立っていた。
「僕に何か用ですか、ストーカーのような真似は止めてください」
西田は苦笑いしながら言った。
「刑事の尾行に気づくとは大したもんだ」
「お世辞は止めてください。用件を言ってください、僕は急いでいます」
「ちょっと込み入った話なんで、食事でも奢らしてもらいたいんだが」
「そんな時間はありません」
「分かった、、、このマイクロチップを極秘に調べてくれる人か会社を教えてくれないか、3万でどうだ?」
そう言いながら西田は、ビニール袋と現金を取り出した。
男は無言でビニール袋をつまむと、街灯に透かしてマイクロチップを見ていたが、スッと西田に返してからスマホを調べメモ用紙に電話番号を書いてよこした。
西田が金を差し出すと、男は手を小さく振って言った。
「この電話番号の人に相談すると良いです。お金は要りません」
西田は微笑んで言った「ありがとう、いつかこの礼はさせてもらうよ」
男は無言で去って行った。

翌朝、西田は電話した。西田が何も言う前に先方から元気な声が響いた。
「おはようございます。MTJの黒田です」
「おはようございます。西田と言います、よろしくお願いします。実は、警察署のリーダーでも読み取れないマイクロチップがありまして、それを貴社で読んでいただけないかと思いまして」
「わかりました、お手数ですが弊社までお越し願えますか?」
「場所はどちらでしょうか」
「甲府市です。甲府駅から車で10分ほどですが、何で来られますか?」
「甲府ですか?、、、分かりました、これから新幹線で行きます」
「新幹線で、、、では甲府駅に着かれましたらご連絡ください、社の者を迎えに行かせます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
電話を切ると西田は駅に向かった。新幹線に乗ると2時間ちょっとで甲府駅に着いた。電話するとすぐに車が来てMTJ社に案内された。
さっそく簡素な応接室に入れられ、社長の黒田と名刺交換した。名刺を見た黒田はちょっと訝しげな顔をして言った。

「刑事さんが直々に来られたとは、、、まあ、とにかく物を拝見させてください」
西田が手渡すと、黒田はビニール袋越しに眺め険しい表情をして「御一緒にこちらへどうぞ」と言って、西田を連れて検査室に入った。
社内のリーダーを使っても読み取れないことを確認した後、黒田は拡大投影機で注意深く観察し、感心したような顔で言った。
「こんなに小さいのに、、、どうも、、、これは電波遮へいカプセルのようです、、、真ん中に繋ぎ目があります、、、開けても良いでしょうか?」
「構いません」
黒田は特殊な手袋をはめ、慎重に米粒ほどのカプセルを開けた。
中には、同じ形状だが一回り小さい半透明の物があった。黒田はそれを拡大投影機で映した。
物の半分ほどは金色のコイルのような物が透けて見えている。
黒田がリーダーに近づけると、リーダー画面に662026と表示された。西田はそれをすぐ暗記した。

黒田は大きなため息をした後、くつろいだ表情で言った。
「カプセルは開けるのが大変ですが、このままにしておきますか?閉めますか?」
西田は少し考えてから言った「閉めてください」
黒田はカプセルを閉め、ビニール袋に入れて西田に渡すと手袋を脱いだ。それから腕を組み、しばらく考えてから独り言のように言った。
「こんなに小さいマイクロチップは初めてだ。しかもとても精巧に出来ている、、、カプセルにまでネジが切ってあり回転させて外す、、、カプセルは恐らくステルス塗料が使われているのだろう、、、うちの会社ではとても作れない。いったいどこで作られたのか、、、西田さん、このマイクロチップはどこで買われたのですか?」
「いえ、、、それは、、、」
「お、愚問をしました、すみません、、、」
西田は内ポケットから封筒を取り出し、黒田に渡しながら言った。
「ほんの謝礼です」
黒田は大袈裟に手を振って言った。
「これくらいの事で謝礼等とんでもない、私の方こそ良い物を見させていただき御礼したいくらいです」
西田は深々と頭を下げ礼を言い立ち上がった。黒田は駐車場まで送ってくれた。西田は車に乗り込んでから「いつかこの御礼をさせてください」と言った。黒田は笑顔で手を振った。その笑顔は、何故か西田の心に残った。

甲府駅まで送ってもらうと西田は時計を見た。ちょうど正午だった。駅前の食堂に入り山菜定食を注文した。出されたコップの水を飲み干すと考え込んだ。
(思った通りあのマイクロチップは特殊な物だった、、、マイクロチップ専門会社の社長が驚くほどの精巧な物だ。そんな物を何故あの被害者が握りしめていたのか?。それに662026、、、この番号の意味はなんだろう。カードの暗証番号とも思えぬが、、、)
西田は考え続けた。料理は目の前に置かれ、とっくに冷えている。2時になり、店員が話しかけた。
「お客様、昼の部は閉店時間になりました」
西田はなおも考え込んでいる。業を煮やした店長が出てきて凄んだ。
「おう、ふざけてんのか、うちの料理が食えねえなら出ていけ」
その時になって西田は我に返った。そして目の前の料理を見て現状を理解し「お、これは旨そうだ」と一言言って猛烈な勢いで食べ始めた。店長も店員も目を丸くして見ていた。

食堂を出ると西田は時計を見た。2時半になっていた。新幹線に乗れば夜までには東京に着くだろう。しかし何故か帰る気にはなれなかった。
西田は駅前の安いビジネスホテルに入り、部屋のベッドに大の字になった。考えても分からない事ばかりだったが、考え続けたかった。そしていつの間にか眠っていた。
目が覚めるともう外は暗かった。時計を見ると7時過ぎていた。テレビをつけニュース番組に変えた。
興味もなしに、政治家のスキャンダルニュースを見ていると、画面上段に緊急ニュースの文字が流れ始めた。
「本日午後6時30分ころMTJ社の工場兼事務所で火災発生。現在消火中、黒田社長と思われる焼死体発見、、、」
西田は驚いて思わず立ち上がった。(MTJ社、、、黒田社長、、、)

西田はビジネスホテルを飛び出すとタクシーを捕まえ「MTJ社へ」と怒鳴った。
MTJ社手前の道路には通行止めの帯が張られ、数人の警官が立っていた。西田は警察手帳を見せ帯をくぐって中に入った。工場はほぼ鎮火されていた。地元の刑事と消防隊員が現場検証を始めた。
少し離れた所から西田はそれを呆然と眺めていた。数時間前、黒田と一緒に居た検査室は跡形もなく燃え尽きていた。
(これは偶然か?、、、それとも、、、)
不意に西田の脳裏に黒田の笑顔が思い出された。そして次の瞬間、言い知れぬ恐怖を感じた。誰かの視線を感じて西田は辺りを見回した。しかし周囲に居る者は皆キビキビと動いている。西田を注視している者は見当たらなかった。しかしそれでも西田の恐怖心は消えなかった。

やがて西田は、両手で自らの頬を叩き、カツを入れてから近くの消防隊員に「黒田氏の御遺体は」と聞いた。消防隊員は手を休めずに「甲府署です」と答えた。
西田は警官の乗っているパトカーに近づいて言った「甲府署まで乗せて行ってくれ」そして返事も聞かずに乗り込んだ。数分後、刑事が一人乗るとパトカーは発車した。
車内で刑事が胡散臭さそうに西田を見てから聞いた「貴方は?」
西田は無言で刑事手帳を見せた。
「他署の貴方が何故ここに居るのか?」と刑事は訝しげに聞いた。
西田は少し考えて出鱈目を言った「黒田の友人だ、ニュースを見て飛んで来た」
「どこから?七曲署からか?」
「ああ」
「ふざけるな、ニュースが報じられてまだ1時間も経っていないぞ。七曲署から1時間で来れるはずがない」
「だから、ニュースを見て飛んで来た」
幸いなことに甲府署に着いた。西田はサッサとパトカーから出て署内に入って行った。
警察署の作りはどこも似たようなもので、西田は案内もなしに死体安置室にたどり着いた。

西田は覆いを取り黒田の顔を見た。次の瞬間、思わず顔を背けた。黒田の顔は変形していた。それは火炎によるものではなく、明らかに鈍器で強打されたものだった。
西田は黒田の全身の覆いを取り除き注意深く調べた。腕も足も骨を折られている上に、左手の指の爪は全て無くなっていた。拷問された事は疑いようがなかった。
その時ドアが開いて警官が2人入って来た。そして警官の1人が言った「誰だ」
それには答えず西田は詰問するような口調で聞いた。
「この御遺体は損傷が酷いが、倒れた柱の下敷きになっていたのか」
西田の語気に押され、警官は神妙に答えた「いえ、椅子に座ったままだったそうです」
「そうか、、、分かった、署長室はどこだ」
「上の階の奥です」

西田は安置室を出ると、そのまま警察署を出た。スマホの地図を見て歩いて駅前に向かった。
途中、食事をしてからビジネスホテルに帰るとすぐ風呂に入った。
湯船に入るとまた考え始めた。しかし以前に、のぼせて倒れたことを思い出し、何も考えず風呂を終えてベッドに入った。すぐに火事場での疑問が蘇った。
(これは偶然か?、、、それとも、、、偶然発生した火事なら何故、黒田氏は拷問され殺されたのか?、、、
まて、その前に、今日の事件と俺が持ち込んだマイクロチップと何か関係があるのか?、、、
あるとは思えない、、、とすると、今日の事件は黒田氏自身の何かが原因で、たまたま今日発生したと言う事、だろう、、、どう考えても、、、何度考えても、、、マイクロチップが関係しているとは思えない)
その時ふと駐車場での黒田の笑顔を思い出した。明るくて屈託のない笑顔だった。殺されるような暗い繋がりなどが有るとは到底思えない表情だった。しかし安置室での変形した顔を思い出すと、なにか得体の知れない恐怖がこみ上げてきた。(いったい、、、何がどうなっているんだ、、、)

翌朝、ビジネスホテルを出ると朝食もせず新幹線に乗った。車内で西田は、甲府での出来事をかおるに知らせるべきか迷っていた。
かおるは、七曲署では西田の紛れもない上司だ。しかし私生活では最愛の恋人だった。
二人とも貧しい家庭で育ち、苦学して刑事課部長と刑事になった。
かおるは女でありながら、張り込みも尾行も決して音を上げず、厳しい職務をこなして頭角を現し、刑事課部長にまで上り詰めた生粋の叩き上げ上司だった。
そんな経歴を持つかおるは部下にも厳しかった。へまをした部下を人前でも怒鳴りつけた。しかし、見込みのある部下には後で必ずホローした。

1歳年下の西田も何度か怒鳴られたが、二人だけになると遠まわしに慰め力づけてくれた。
昇級試験に落ちた夜、かおるが自分が勉強した問題集などを持って西田のアパートに来て、遅くまで勉強のポイントを教えてくれた。
その時、西田はかおるを抱きしめた。かおるは少し抵抗したが微笑んで言った。
「貴方が私より優れているのは腕力だけね。でも、刑事がこんな事をして良いの」
西田はパッと手を放して項垂れた。すると、かおるは両手で西田の顔を近づけ唇を重ねた。西田がたまりかねてかおるの身体に手を回すと、かおるは唇を放して静かに言った。
「署内の誰にも気づかれないように、、、出来るのなら、、、」
その後、二人は恋人同士になった。しかし署内では相変わらず、手厳しい上司と部下だった。
そんなかおるに西田は、何故か今回の件は知らせたくなかった。
「かおるを巻き込みたくない」理由は分からないがそんな気持ちがしてならなかった。

新幹線が東京に着いた。西田は、1日前に出たホテルにまた入った。
その夜、西田はまたあの特殊情報処理機関の窓口の男を待ち伏せした。
前回とほぼ同じ時間に建物から出て来た男に西田は声をかけた。
「この間はありがとう。黒田氏に会って、あのマイクロチップの件は解決したよ。君のおかげだ、飯を奢らせてくれないか」
男は一瞬驚いた表情をしたがすぐに思い出したようで笑顔になって言った。
「ああ、この間の刑事さん。良かったですね、、、でも食事は結構です。彼女との約束がありますので」
「そうか、彼女と食事か、それでは無理に誘えんな。ではせめてディナー代を出させてくれ」
そう言って西田は万札を取り出した。男はそれを見て迷っていたが、西田に強引に手に握らされて素直に「ありがとうございます。言い忘れていましたが、僕は川上と言います」と言った。
「川上君ね、分かりました。ところで、、、東京ではニュースにならなかったかな、黒田氏の工場が火事になり黒田氏が亡くなった事は」
「なんですって、、、」
川上は本当に驚いたとみえ、次の言葉が出てこなかった。その表情は、とても演技には見えなかった。
数十秒経って川上はやっと「黒田さんが亡くなった、、、本当ですか?」と言った。
西田は、甲府での経緯を川上に話した。そして最後に「と言う経緯だが、俺が持ち込んだマイクロチップは、火事とは無関係だよな。持ち込んだその日の夜、たまたま火事になったんだ」と付け加えた。

西田がふと見ると川上は深刻な顔になっていた。そして横を向き、ゆっくりポケットから携帯電話を取り出し「30分ほど遅れる~」等と言う声が聞こえた。
電話をポケットに入れた後、川上は「黒田さんが亡くなった件、もう少し詳しく聞かせてください」と言ってから近くのベンチに向かって歩き出した。
西田は少し怪訝に思ったが後に続きベンチに座った。するとすぐ川上は言った。
「午前中、MTJ社の工場でマイクロチップを開けてリーダーで調べていただき、正午には駅まで送っていただいたのですね。そしてその夜、工場が火事になり黒田さんは亡くなられた」
「そうだ」と言ってから西田は(まるで刑事から事情聴取されているようだ)と思い苦笑した。
そんな西田を気にも留めない素振りで川上はなおも深刻な面持ちで少し考えていたが、不意に重大な事を聞いた。
「マイクロチップのカプセルを開けてリーダーにかけて出た情報は何でしたか」
「うっ、、、、6桁の暗証番号だ」と一瞬言葉に詰まったが西田は答えた。本来ならば刑事がこのような内容を他人に話せることではないのだが、この時の川上の雰囲気は西田に答えさせる強い圧迫感があった。

「、、、6桁の暗証番号だけ、、、」
その後また少し考えてから川上は、スマホで何か調べメモ用紙に電話番号を書いて西田に渡した。
「明日その電話番号の人、山崎さんと言う人ですが、会ってマイクロチップを調べてもらってください。山崎さんのリーダーでなら他の情報も出るかも知れません。今は時間がないので詳しく御説明できませんが、山崎さんはマイクロチップの事は私よりもはるかに詳しい人ですので、、、下の電話番号は僕のです、用があったら電話してください」
そう言って川上は立ち上がり、逃げるようにその場から去って行った。後に残った西田は、呆気にとられた表情で川上の後ろ姿を見送った。
西田は全く訳が分からなかった。
(あのマイクロチップには 6桁の暗証番号以外にも情報が隠されていると言うのか?、、、)
西田は、考え込む前に空腹を感じて、近くの食堂に入った。そして自分自身に(今は何も考えまい考えまい)と言い聞かせて無事ホテルまで帰り着いた。

翌朝、西田は山崎に電話した。低い声でボソボソと話す山崎の声が聞き取り辛くイライラしたが、何とか会う約束をした。
午後3時、約束の場所に行ったらそこはマンションの1室だった。
チャイムを鳴らし、しばらくして出て来た山崎は、乱れた長髪とぼうぼうに伸びた髭で、むさくるしく見える顔に怯えたような小さな目が力なく光っている、みすぼらしい老人だった。
「朝、電話した西田です」と言うと一瞬、いま思い出したという表情をしてから山崎は西田を室内に入れた。
玄関との仕切りのカーテンを開けて中に入ると、そこは狭いワンルームだったが、座る所もないほどIT関係と思われる電化製品が置かれていた。
西田は勧められて椅子に座ったが、山崎は椅子が無いのか立ったままで、西田の話し出すのを待っていた。

西田は、ポケットからビニール袋ごとマイクロチップを取り出し「これの詳しい情報を知りたいんだ」と言いながら手渡した。山崎は、無造作に素手でマイクロチップを取り出し、デスク上の卓上型拡大鏡で見ながらマイクロチップのカプセルを開けた。そして何かボソボソ言いながら数分間調べていた。
その後、機材の下にあった段ボール箱からリーダー器を取り出し、パソコンと接続して電源を入れた。リーダーの読み取り装置の台の上にマイクロチップを置くとすぐ、6桁の暗証番号がパソコン画面に表示されたが、山崎はそれには構わず、キーボードを物凄いスピードで打ち何かを入力すると、暗証番号が消え英語の文章が現れてきた。
山崎はそれを少し読んで「暗号文ではないな」と呟き、なおも読み続けているうちに顔色が変わった。
山崎のその顔色の変化を見逃さなかった西田は、パソコン画面を覗き込んだが、英文1段目を読んでいる時、山崎は不意に荒々しく電源を切った。そしてすぐにマイクロチップのカプセルを閉め、ビニール袋に入れ西田に突き返して言った。
「すぐに帰ってくれ、ワシはこんな物と関わりたくない」
西田は訳が分からず「どうしたのですか、英文には何が書いてあったのですか」と聞いたが、山崎は怯えた目で西田を見、背中を押して西田を室外に出し中からドアの鍵を掛けた。

西田はしばらく呆然とドアの前に立っていたが、小さくため息をついてから「出直すか」と呟き帰り始めた。
マンションを出ると近くに公園があった。ベンチに座って今出て来たマンションを改めて見た。マンションと言うよりもアパートと言った方が良いような2階建て部屋数8つの古い建物だった。
そのマンションを眺めながら西田は呟いた。「何なんだ、、、いったい、どうなっているんだ」
西田は、室内に入ってからの出来事を思い返してみた。パソコン画面に英文が表示されるまでは、否、その英文を山崎が読むまでは何事もなかった。英文を読んだ後、山崎は怯え電源を切った。
(何故だ、、、あの英文には何が書いてあったのだ?)
しかし今、それ以上いくら考えても分かるはずがなかった。
西田はベンチから立ち上がり、舌打ちしてから駅に向かって歩き出した。辺りは薄暗くなっていた。
駅が見える所まで来て西田は立ち止まった。
(ケッ、明日またここまで来るのか)そう思うと、このままホテルに帰るのが馬鹿らしくなった。
西田は近くの漫画喫茶に入った。

翌朝、漫画喫茶を出るとコンビニで菓子折りを買いマンションに行った。しかし何度チャイムを鳴らしても山崎の部屋のドアは開かなかった。仕方なくベンチで時間を潰して、10時ころコンビニに行って、段ボールの空箱を貰って来た。その空箱をドアの覗き穴の前に差し出し、声を変えて言った。
「山崎さん、宅配便です」しかしドアは開かなかった。
それから2時間ほどして、今度は女性の声を真似て呼びかけたがダメだった。夕方まで何度も呼びかけたり電話したが、返事もなくドアは開かなかった。西田はホテルに帰り、川上に電話した。
「昨日、約束の時間に山崎氏に会ったが、マイクロチップを見せたら『こんな物と関わりたくない』と言ってすぐ追い返された。今日は朝から何度も伺ったが居ないのかドアも開けて貰えないし、何度電話しても出ない」と話すと川上は「分かりました。少し待っててください、僕の方から電話してみます」と言って電話を切ったが、10分ほどして「僕の電話にも出ません。電話番号を見れば僕からだと分かっているはずですが、、、」と言ってきた。
「仕方がない、明日また行ってみるよ、ありがとう」そう言って西田は電話を切った。

西田は翌日も朝から行ったがダメだった。その日2回目に行った時、室内に居るのかどうか気になりマンションの裏に行ってみた。ドアの反対側に窓があったがカーテンが閉まっていた。
仕方なくまたドアのところへ行くと、一人の老人がウロウロしていた。西田が無視してドアの前に行きチャイムを鳴らすと老人が言った。
「山崎さん、居ないようじゃ、、、ワシは家賃を貰いに来たんじゃが、居ないんじゃ、、、変じゃ 、今までこんな事は一度もなかった、、、風貌は悪いが律義な人でな、いつも期日通りに家賃をくれていたに、今日はまだ居ないみたいじゃ、、、ワシは後でまた来るが、貴方は山崎さんの友人かね」
「ええ、まあ」
「電話をかけても出んし、、、いったいどうしたんじゃろ」そう言いながら老人は去って行った。

西田も途方に暮れ、公園のベンチに座っていると川上から電話がかかって来た。
「西田さん川上です、山崎さんには会えましたか」
「今日も朝から何度も行ったがダメだった、どうも居ないようだ。どこに行ったか君は心当たりないかい」
「さあ、、、僕には分かりません」
「ところで、山崎さんはどんな経歴の人なんだい」
「僕が先輩から聞いた話では、元CIAの情報分析官だったそうです。ところがCIA内で情報漏えい事件が起き、犯人と間違われ告訴されたのですが、結局無罪放免されたとの事。しかしそれで嫌になつて辞めて日本に帰って来たそうです。
退職金等でお金はいっぱいあるそうですが、身に付いたIT関係の知識を役立てたいとシルバー人材センターに登録されていたので、内の機関で分からない事があった時などいろいろ教えていただいていました。
山崎さんのIT関係の知識は本当に凄いです。C言語を使ってのプログラミングもできます。
因みに僕もプログラマーを目指していたので、個人的にも山崎さんにいろいろお世話になりました」
「へぇー、CIAの情報分析官だったんだ。で、君もプログラマーを目指している」
「はい、ですが機関では窓口業務ばかりさせられて、ぜんぜんプログラミングをさせてもらえず、転職を考えていたところです。それでMTJ社の黒田さんに相談しょうと思っていたのですが、まさか亡くなられたとは」
「そうだったのか、、、でも、転職するのは考えものだぞ。余計なお世話かも知れんが、特殊情報処理機関も公務員と同等な待遇だろ。長く務めた方が得だと思うよ」
「はい、、、まあ、でもプログラマーは僕の夢ですから」
「うむ、まあ、俺がとやかく言えることでもないが、、、そうだな、自分が夢見た仕事につくのが一番幸せなことかもしれないな。俺も夢見て刑事になったが、今現在、幸せかどうかは、、、疑問だ」
「えっ、そうなんですか。刑事は男子の憧れの仕事だと思ってました、、、でも、やはり大変なんでしょうか」
「まあ、何の仕事でも、やってみたら大変なんだと、それより長電話になったが、君の方は大丈夫かい」
「あっ、本当だもうこんな時間、じゃ、今日はこれで」それで電話は切れた。

電話の後、西田は考えた。
(そうか、山崎氏はCIAの情報分析官だったんだ、、、だからあんなに簡単にマイクロチップのカプセルを開けて情報を引き出せた、、、だが、その後、何故あんなに慌てて、、、と言うより、英文内容を嫌って、、、いや、恐れていたような顔だった、、、あの英文は何と書いていたのか、、、せめて俺が読み終わるまで消さずにいてくれたら、こんなくだらない時間の過ごし方をしなくて済んだものを、、、)
そう思うと西田は、山崎に対して腹が立ってきた。
(だが、もし山崎氏に会えたとしても、山崎氏がもう一度マイクロチップの英文を出してくれるだろうか?、、、せめて英文内容を教えてくれれば良いが、、、)そう考えていた時、あの大家らしい老人が山崎の部屋の前に来た。西田も近づいて行き声をかけた。

「やはり居ないようです」
老人はチャイムを押そうとしていたのを止め西田の方を見て言った。
「そうですか、、、いったいどこへ行ったんじゃろ。山崎さんは身寄りはないと聞いているし、人間嫌いで人前にも出たがらんと他の住人から聞いたが、、、居ないんじゃしょうがない、、、まさか中で死んでいるとも思えんので合鍵で開けて中に入ることもできん」
『中で死んでいる』そう聞いた時、西田は不吉な予感がした。(まさかとは思うが)
「大家さん、合鍵をお持ちなら、ちょっと開けて見てもらえませんか。責任は俺が取ります」
西田はそう言ってから刑事手帳を見せた。老人はしげしげと西田を見てから言った。
「なんじゃ、刑事だったのかい、、、それなら居るか居ないかだけ確認してみるかの」
大家は鍵を開けそーとドアを開けたがドアチェーンが掛かっていた。つまり中に居ると言う事だ。
大家は怒ったのか、ドアの隙間から強い口調で言った「山崎さん、居るんなら出てきなさい」
しかし返事はなく、人の居る気配もなかった。西田は不吉な予感が強まった。

(ドアチェーンが掛かっている、、、まさか)
「大家さん、防犯カメラは、ありますよね」
「いいや付けてない」
「、、、ここで待っててください、窓を調べてみます」
そう言って西田はマンションの裏に回り窓を押してみた。思った通り鍵がかかっていなかった。カーテンを開け室内を見た西田の目に、荒らされ壊されたIT関係機材に埋まるようにして倒れている山崎の姿が見えた。
西田は急いでドアのところへ帰って来ながら言った。
「大家さん、警察を呼んで下さい。あ、番線切りも持ってくるようにと」

10分ほど経って警察官が来た。
西田は刑事手帳を見せながら「七曲署の刑事だが、友人として山崎氏に会いに来たが留守で、不審に思って大家さんにドアを開けて貰った」等と説明した。警察官は敬礼した。
他の警察官が番線切りでドアチェーンを切って中に入った。西田も後に続いた。

室内は壊されたIT関係機材が散乱していた。先に入った警察官が気づかずに山崎の素足に触れ悲鳴をあげ飛びずさった。
「ひぃ、電気が流れている」
西田も驚き、後から入って来た警察官を制して言った。
「漏電しているようだ、電源を切ってください」
警察官の一人がドアの上の電源を切った。その時、この地域管轄の刑事が入って来た。
西田はまた、山崎の友人として会いに来てこの現場に居合わせたと説明した。管轄の刑事は疑わし気に西田を見てから言った。
「分かりました、では外で待っててください、後でお話を伺います」
「俺も立ち会わせて貰えませんか」
管轄の刑事はムッとした顔で西田を見て言った。
「ダメです。貴方が友人としてなら、一般人と同じであり捜査に加われませんし、刑事としてなら管轄外ですので御遠慮願います」
西田はしぶしぶ外に出た。外では大家が事情聴取されていた。

西田は警察官の一人に言ってから公園のベンチに座った。
考え事をしていると、管轄の別の年配の刑事が来て西田の横に座り、名刺を渡しながら言った。
「七曲署からわざわざ、ご苦労様です。では経緯をお聞かせ願いますかな」
西田は、「事前に電話して、約束した一昨日の3時に会いに来たが居なかった。それからずっと待っていたがダメだった。電話も繋がらなかった。今日たまたま大家さんが来たので鍵を開けて貰った」と説明した。
「何用で山崎さんに会いに来られたのですか」
「コンピューターについて教えてもらいに」
「ほう、、、コンピューターについて教えてもらうために、わざわざ七曲署から、、、しかも二日も待っている」
年配の刑事は、顔は穏やかだが言葉には猜疑心が感じられた。
本当の事を話したくなかった西田は、話題を変えた。
「死因は感電死ですか?」
「、、、まだ何とも言えませんし、操作内容をお話するわけにはいきません、、、それより、本当の話を聞かせていただけませんか。どうしても山崎さんに会わなければならなかった理由を」
「個人のプライバシーに関する事ですので、話したくない。これで失礼します」
そう言って西田はその場を去った。その後ろ姿を、年配の刑事は苦虫を嚙み潰したような顔で睨んでいた。

西田はそのままホテルの部屋に帰ってきた。顔だけ洗ってベッドに大の字になり考え込んだ。
(これも偶然か?、、、偶然の感電事故死か、、、それともまさか山崎氏も殺されたのか?、、、殺された?、何故?、、、俺がマイクロチップを持ち込んだせいで?、、、それは関係ないだろう。第一、俺がマイクロチップを持ち込んだ事を誰がどうして知ったと言うんだ、、、ん、まてよ、、、この世に一人だけ、その事を知っている人間が居る。しかもその人間は、俺がMTJ社にマイクロチップを持ち込んだ事も知っている、、、まさか、、、、、いや、どんなに考えても、川上君が黒田氏や山崎氏を殺したとは考えられない。何より、殺す動機がない。二人とも、川上君にとっては大切な人だったはずだ、、、しかし、偶然が二度も続くだろうか。しかも3~4日の間に、、、)
いくら考えても分からない事ばかりだった。西田は考えるのを止め、バスタブに湯を入れようとしたその時、かおるから電話がかかってきた。

「どう、マイクロチップの方は何か分かった」
上司であるかおるに、これまでの経緯を話すべきか西田は迷った。とっさに決心できずちょっと間を置いた後で、とりあえずいつもの口癖を出した「、、、ぼちぼちです」
「そう、何が分かったの」
「い、いえ、まだ何も」
「ふん、貴方の事は私が一番知っているわ。貴方が『ぼちぼちです』と言った時は、既に何か掴んでいる時よ。しかも大きな獲物をね。いいから今までの経緯を話しなさい」
(ちぇ、相変わらず勘の働く女だ)
そう思いながらも西田は、そんなかおるに一目を置いていたし、人間的にも異性としても魅かれていた。
話す以外に術がなかった西田は、甲府での出来事から今日までの経緯を話した。その上、マイクロチップを持ち込んだ事を知っているのは川上しか居ないが、川上が二人を殺すとは到底考えられないとも話した。
話した後で西田は、推理の得意なかおるが何と言うか心待ちにした。

「『迷った時は原点に返る』それが捜査の基本よ。もう一度マイクロチップの内容を確認する事ね。川上がプログラマーを目指しているなら味方につけて手伝わせるのも良いかもよ。そうすれば川上の嫌疑も調べられるわ。話は変わるけど、今月はまだ月の物が来ないの。貴方この間ゴムを使わなかったの」
さすがに頭が良いなと感心しながら聞いていて、急にドキッとすることを聞かれ、西田は狼狽えたながら言った。「ちゃんと使ったよ」
「そう、それなら良いけど、、、まあ、二人ともあまり若くないから、そろそろ作っておいた方が良いかなとも思うの、でもその前に籍は入れたいわね、、、マイクロチップの件が終われば決めましょう」
「分かった」
西田に異存はなかった。しかしこうも主導権を握られると、将来尻に敷かれそうで不安にもなったが。

翌日、西田は川上に電話し「どうしても会って話したい事がある。1時間ほど時間をくれないか」と言った。電話でも話せたが、会って「山崎氏が死んだ」と言った時の川上の表情を探りたかったのだ。
「今、職安に来ています。ここが終わって時間ができたら、こちらから電話します」と川上は言った。
電話の後、西田は(職安に、、、気の早い奴だ、、、かおるが言ったように手伝ってもらうかな)と思った。
1時間ほど経って川上から電話があり、暇な時間ができたので会う事ができた。

会うとすぐ川上は、嬉しくてしょうがないと言う表情で言った。
「明日プログラミング専門会社に面接に行きます」
「そうか、それは良かったな。入社できるよう祈っているよ、、、こんな時に申し訳ないが、山崎氏が亡くなった。ニュースはまだ報じていないようだが、、、」
「なんですって」と、川上は素っ頓狂な声をあげた。そして見る見るうちに暗い顔になり呟くように言った。
「本当ですか、、、」その顔は、心の中がそのままにじみ出ていた。川上の犯行とは絶対に思えない。
西田は、全てを話すことにした。

「川上君、黒田氏の件も山崎氏の件も殺人事件の可能性が高いので黙っていたが、君には全て話そう」そう切り出してから、マイクロチップの中に英文があり、内容を読んだ途端に山崎氏が自分を追い返した事。自分はまだその英文を読んでいない事。その英文をマイクロチップから出すために川上君に手伝ってもらいたい事などを話した。

川上はしばらく考えから言った。
「僕が御役に立てれるとも思いません、、、リーダーもありませんし、、、それに今は、ショックが大きすぎて何もする気になれません。、、、明日の面接、、、」
突然西田が両手をついて頭を下げ大声で言った。
「悪かった。君の気持ちを考えず勝手なことを言ってしまった。許してくれ、、、今まで俺が話した事は聞かなかった事にしてくれ、、、明日の面接が上手くいくように祈っている。申し訳ない、俺はこれで消える」
西田は立ち上がり、もう一度深々と頭を下げてからその場を去った。

(俺は何と馬鹿な事をしたのだろう。明日面接を受ける若者に親しい人の死を告げるとは、、、しかも身勝手にも手伝ってくれ等と、、、)
西田は歩きながら自責の念に際悩まされていた。今自分がどこを歩いているのかも分からなかった。
前を歩く通行人が止まったので西田も止まった。大きな横断歩道に来ていた。ふと横断歩道の向こう側を見ると、「犬猫用マイクロチップ販売、埋め込み」と書かれた 垂れ看板が見えた。それを見て西田は思った。
(ちぇ、マイクロチップの英文内容を知るなら、川上君に頼まなくてもここでもできるだろう。かおるの口車に乗って川上君に話した俺が馬鹿だった、、、)

西田は横断歩道を渡るとペットショップに入っていった。店員に店長を呼んでもらって、店長に刑事手帳を見せながら言った。
「ここにリーダーがあれば、このマイクロチップの内容を調べてくれないか」
「分かりました」店長は快諾してくれた。
西田の予想通り店内にリーダーがあった。マイクロチップの入ったビニール袋を手渡し念のために言った。
「少し変わったマイクロチップで、カプセルを開けないと読み取りできない。カプセルを回して開けるんだ」
それを聞いた店長は少し訝しげにマイクロチップを見た後、拡大鏡で見ながらカプセルを開け、リーダーに乗せた。すぐに暗証番号が画面に映し出された。
「これだ、この後の内容が知りたい」

店長は不思議そうな顔で聞いた「この番号以外にも何か記憶されているんですか?」
「ああ、英文があるはずだ」
「すると、シールド解除入力、隠されたデータ読み取りのための入力が必要ですね」
そう言いながら店長はキーボードを打ち「暗証番号は?」と西田に聞いた。
「暗証番号?、、、いや、暗証番号がなくてもできるだろう。他のところではできた」
「いえ、それは無理です。4桁の暗証番号を入力しないとシールド解除できません」
「そんな、はずは、、、」
「申し訳ありませんが、当店ではできません」
そう言われマイクロチップを返されると西田はペットショップから出ざるを得なかった。

街を当てどなく歩きながら西田は考えた。
(どういうことだ、暗証番号が無ければ読み取れない、、、では山崎氏は何故できたのだろう、、、暗証番号を知っていたのだろうか?、、、訳が分からない、、、)
帰宅時間になったのか、いつの間にか仕事帰りの人が溢れていた。人混みに押されるようにして歩いて行くと駅に着いた。駅名を確認してから電車に乗りホテルに帰った。

翌朝、テレビニュースを見ていて西田は驚いた。昨日のペットショップが夜中、火事になり店長と店員二人が死亡したと報じていた。
(まさか、、、こんな事が、、、現場に行ってみるか、、、いや、今から行っても何も分からないだろう、、、)
少し考えた後、西田はかおるに電話し、ペットショップではマイクロチップを読み取れなかった事、そしてそのペットショップが火事になった事を話した。
かおるも電話の向こうで考えているようだったが「マイクロチップを持って行った先で、2度ならず3度も、、」と独り言のように言ってから、またしばらく考えたようだったが元気なく言った。
「3度も続いたなら、そのマイクロチップに関係があると考えるのが妥当です。しかし貴方自身には何も起きていない、、、マイクロチップを持ち込んだ所が、、、分かったわ、こちらでも調べてみるわ。貴方はもう1ヶ所だけ、どこかでマイクロチップを調べてもらって、その後そこで何が起きるか張り込みしてみて」
「分かった、そうしてみる」
「気をつけてね」と、かおるが珍しく労わる言葉をかけてくれたのが、西田はかえって不安になった。

西田は、ネットでリーダーを置いていそうなペットショップをさがし、ホテルから歩いても行ける距離のペットショップに行くことにした。しかし営業時間を見ると10時開店だったので、それまでまた考え込んだ。
(俺がマイクロチップを持ち込んだ所は3ヶ所とも襲撃されている。黒田氏は明らかに拷問されていたし、山崎氏は恐らく感電死させられた。ペットショップの店長と店員も襲われた後、火をつけられたのだろう、、、犯人は一人か複数か?、、、いずれにしても恐らく同一犯だ。そして犯行は夜だろう、、、犯人と出くわせた時のために銃は、、、持って行くべきか、、、ならば手錠も、、、運が良ければ犯人逮捕、、、それにしても犯人はどうやって、俺がマイクロチップを持ち込んだ事を知ったのか?。マイクロチップに発信機でもついているのだろうか?。あんなに小さいマイクロチップに、、、ん、まてよ、もしマイクロチップに発信機がついているなら、いつも持っている俺が狙われるはずだ、、、そうかカプセルだ。カプセルを閉めていると発信しない。開けたら発信するんだ。と言う事は、、、カプセルを開けて犯人をおびき寄せ、、、念のため応援を呼び易いように警察署の近くでやってみるか、、、犯人が襲ってくるのは夜だ、では夕方やれば良いか。それまで身体を休めておくか)そう思いつくと西田はベッドに大の字になった。

夕方西田は、警察署の近くの公園のベンチに座ってマイクロチップのカプセルを開け、5分後閉めた。
それから、そのベンチが見える街角に行き夜を待った。空腹になると、買って持ってきていたパンを食べた。
刑事になって10年目の西田にとって、これくらいの張り込みはどうって事はなかった。
しかし犯人は現れなかった。朝日が昇るまで張り込み続けたが結局現れなかった。西田はホテルに帰って寝た。数時間後、川上からの電話で目覚めた。

「西田さん、川上です。昨日面接を受けてきました。結果まだ分かりません。採用されても出社はずっと後になるだろうと思います。
それまで暇ですし、暇な時、黒田さんや山崎さんの事を思い出すと辛いです。それに御二人が殺されたのなら、一日も早く犯人が捕まって欲しいです。僕でもお役に立てれる事がありましたら手伝わせてください」
「ありがとう川上君。君に手伝ってもらえたら心強いよ。実は君と別れた後、ペットショップに行ってマイクロチップを調べてもらったんだが、するとそのペットショップまでもが火事になり、マイクロチップを調べてくれた店長と店員が亡くなった。恐らく放火だろう、、、
俺がマイクロチップを持ち込んで火事や死者が出たのはこれで3ヶ所だ。とても偶然とは思えない。
それで俺は、マイクロチップに発信機がついていて、カプセルを開けたら発信されるのだと思い、カプセルを開け犯人をおびき寄せようとしたが、一夜張り込んで待っても犯人は来なかった。マイクロチップに発信機はついていないのだろうか?。君はどう思う」

「マイクロチップに発信機ですか?、、、発信機には電源が要ります。あんなに小さいマイクロチップに電源つまりバッテリーですが、取り付けるのは不可能だと思います、、、
そうですか、、、マイクロチップを持ち込んだ所が3ヶ所とも、、、」それからしばらく考えてから川上は言った。「発信機の可能性があるとすれば、、、リーダーですね」
西田は驚いて聞いた「リーダーに発信機、、、そんなことができるのか、、、しかし俺が利用するリーダーがどれなのか前もって分かるとは思えない」

「はい、だから、世界中の全てのリーダーに組み込まれているのかもしれません。以前C国製IT製品の中に情報送信チップが組み込まれていた事が発覚して国際問題になった事がありましたが、あのように発信回路チップが基板の中に組み込まれていたら誰も分かりません。そして特定のマイクロチップが近づいた時だけ、その回路が使われ、リーダー装置から発信電波かネット回線を使ってどこかへ送信されることは可能でしょう。またその情報はどこかで管理されていて、今どこそこのリーダーで00のマイクロチップが読み取られた、と表示され、同時にリーダーの所在地まで分かるとしたら、管理者は電話1本で誰かをそこへ行かせる事が可能です」
西田は唸った。
「ウウ~む、、、そんなことができるのか、、、リーダーにそんなことができる、、、分かった川上君、君に相談して良かった。早速これから試してみるよ、必ず犯人を捕まえてみせる、、、明日また電話するよ」

川上との電話を切った後、西田はすぐかおるに電話し、リーダーに発信機がついている可能性が高い事、これからペットショップに行ってリーダーを使い、今夜張り込んで犯人が現れるのを待つと言う事を伝えた。
かおるは少し心配気に言った「一人で大丈夫なの」
「大丈夫さ、俺が優れているのは腕力だけだろ、こう見えても空手4段は伊達じゃない」
「充分に準備をして、気をつけてね」
「ああ」と西田は意気揚々と返事をした。

その後、西田はペットショップに行ってマイクロチップをリーダーで調べてもらった。それからさり気なく店内の非常口の有無や窓の配置等を調べた。
ペットショップを出ると、その入口がよく見え、しかも身を隠せる場所を探した。うまい具合に、狭い道路を隔てた斜め向かいの商店の間に幅1メートルほどの路地があった。西田はそこで張り込んだ。

夜8時を過ぎ店員たちが皆帰った後、店長が店内の明かりを消して、出て来て入口のドアに鍵を掛けようとした時、どこからか急に黒ずくめの男が現れ、いきなり店長の顔面を殴った。店長が倒れかけたのを、男は素早く羽交い締めにして店内に運び込んだ。
西田は路地から飛び出し、ドアを押し開けて店内に入った。

店内は、非常口の小さな蛍光灯だけで薄暗かったが、2~3メートル先に覆面をしている黒ずくめの男が、身構えているのが見えた。
西田が銃を取り出し構えると同時に男が何かを投げつけてきた。とっさに避けると、飛び上がった男の足蹴りが左右交互に襲ってきた。
男の2段蹴りを間一髪で避けたはずの西田の頬から血が流れ落ちた。西田は怯まず銃口を男に向けた。男は素早く店長の後ろに回り込み、店長の首に腕を巻き付けて低い声で言った。
「銃を捨てろ、この男を殺すぞ」
しかし西田は、男の言う通りにしなかった。
男の斜め横のデスクに飛び上がり間髪を入れず跳び蹴りを放った。男はとっさに店長を放し、身を引いて西田の蹴りを避け、椅子を投げつけてきた。飛んでくる椅子を西田が大きく避けた瞬間、男は入口に突進し出て行った。だが西田は、その後ろ姿に向けて銃の引き金を引くことができなかった。

西田は店の外に出た。通行人がひっきりなしに行きかっていた。既に男の姿はなかった。西田は、また店内に入って店長の様子を見た。顔面が青黒く腫れ上がっていて、まだ気絶したままだった。
西田は、携帯電話で救急車を呼んだ後、警察に知らせるか迷ったが知らせなかった。その代わり救急車を待ち、来た救急隊員に店内に怪我人がいると伝えてそこを去った。

西田は、歩いてホテルに帰った。フロントスタッフが西田の頬から血が流れているのを見て驚いて言った。
「どうしたんですかその頬」
「あ、ああこれね、公園を歩いていて枝に当たったらしい、どうって事はない」
そう言ってから西田は、部屋に入って鏡で頬を見ると2~3センチの鋭い切り傷ができていた。
(恐ろしい男だ、2段蹴りをかわしきれなかった。反対に俺の三角蹴りをかわされた、、、銃を持っていなかったら、やられていただろう、、、殺し屋だろうか?、、、可能性はあるな)
西田は、傷の手当てをしてから、かおるに電話した。
ペットショップでの経緯を話した後「犯人を捕まえられなかった」と、怒鳴られるのを覚悟して言った。
しかし、かおるは「その犯人は貴方より腕力が優れていたのよ、仕方ないわ、貴方が無事で良かった」と優しく言ってくれた。その優しい言い方がむしろ西田は薄気味悪かった。
(かおるに、優しい言葉は似合わないな)と西田は実感した。
「今日はもう遅いから寝なさい。今後どうするか私の方で考えておくわ」
「分かった」そう返事して西田は、言われた通りにした。

翌朝、早速かおるから電話がかかってきた。
「体調はどう、頑健な貴方だから大丈夫よね。でも一人だと心配だから助っ人を行かせるわ。
近日中に必ず犯人を捕まえて。昨日と同じようにリーダーを使っておびき寄せて、でも犯人も警戒しているでしょうから、頭を使ってね。犯人の心理状態を読んで、その裏をかくことね。
貴方よりも格段に頭脳明晰な助っ人を活用しなさい。健闘を祈るわ」
いつものかおるらしい言い方で、言いたい事だけ言って切れた。
(ケッ、かおるめ、言いたい放題言いやがって、、、)と思ったが西田は晴れ晴れとした気持ちになっていた。

その日の午後、かおるに依頼されたと言う老人が西田を訪ねて来た。老人は元刑事の山本勘助と言った。
初対面の挨拶が終わると山本は、穏やかな口調でこれまでの経緯を聞いた。
西田が経緯を話し終えると、山本は目を閉じて考え込んだ。その時間が長くて西田はイライラして来た。
西田としては、この後すぐ、どこかのペットショップのリーダーを使って犯人をおびき寄せ、今夜にでも捕まえたいと考えていた。その事を話すと、山本は目を開け険しい表情だが、穏やかな口調で言った。
「そうしても犯人はペットショップには来ないでしょう。今、犯人は貴方の素性を調べているところでしょう。そして貴方が刑事だということを知るでしょう、、、刑事が待ち受けている所に犯人は来ないでしょう。むしろ犯人はここへ来るかも知れない、貴方を殺すために、、、」
「うっ、」西田はドキッとした。よく考えたら山本の言う通りだった。

「犯人が覆面をしていたという事は、貴方は犯人の顔を知らない。しかし犯人は貴方の顔を知っている。
街を歩いてすれ違った人が犯人かも知れません。街に出ずとも、ホテルのロビーに座っている男が犯人かも知れません。
犯人が殺し屋なら、色々な殺害テクニックを知っているでしょう。毒針の吹き矢や青酸ガスの入ったスプレーを使われたら勝ち目はないでしょう」
西田の顔は見る見るうちに青ざめていった。空手4段などなんの役にも立ちそうにない。
しかし西田の顔色の変化など気にも留めない素振りで山本は話し続けた。
「証拠隠滅のために放火までする。犯人は、人を殺す事など何とも思わないプロの殺し屋でしょう。だが何故、犯人はそうまでしてマイクロチップを取り返そうとするのでしょうか、、、犯人にとってそれほど重要なマイクロチップ。そのマイクロチップには何が隠されているのでしょうか、、、ペットショップでは読み取れないのに、山崎氏は英文まで読み取りできた、、、それは何故でしょう、、、それを先ず解明するべきでしょう、、、犯人にとって重要なマイクロチップが、犯人の弱点になるかも知れません」

山本の話を聞いて西田は、川上に電話する事を思い出した。
「マイクロチップについてちょっと電話で聞いてみます」
西田はそう言って、カーテンの開けてある窓際に立った。すぐさま山本が行ってカーテンを閉めた。そして、やれやれと言う表情で元の椅子に座った。その時になって西田は、山本の行動の意味に気づき、苦笑いしながら山本に向けて一礼した。

西田は、気を取り直して川上に電話した。
「川上君、西田だ、どうも君の言う通りのようだ、昨日のペットショップも襲われた。俺は張り込んでいて犯人と戦ったが逃げられてしまった、、、そう、犯人と戦ったが俺の空手では倒せず逃げられた、、、うん、それで話しは変わるが、マイクロチップの読み取りの件。
ペットショップのリーダーでは読み取れないのになぜ、山崎氏が読み取れたのかが分からないんだ、、、
そう、ペットショップでは暗証番号が要ると、でも山崎氏は暗証番号なしで読み取れたんだ、、、」
川上はしばらく考えてから言った。

「たぶんそれは、山崎さんがシールド解除のプログラムを入力したのだと思います。山崎さんなら可能です」
「シールド解除のプログラムを入力した、、、そういえば、物凄いスピードでキーボードを打っていたな、、、あれはシールド解除のプログラムを入力していたのか、、、しかしそのような事が本当にできるのか、、、
川上君、君もできるのかい」
「さあ、僕にできるかどうか、、、やってみないと分かりませんが、自信はありません。山崎さんに比べたら僕など赤子みたいなものですから」
「分かった、でも近いうちに君にお願いするかもしれない。シールド解除のプログラムを調べておいてくれないかな」
「分かりました、プログラミングの勉強を兼ねて調べてみます」そう言って電話は切れた。

西田が元の椅子に座ると山本は聞いた。
「電話の御相手は?」
「プログラマーを目指している若者です。いろいろ教えてもらっています」
「、、、この部屋に盗聴器が無ければよいのですが、、、さて、これからどうするかです。この部屋に入った以上、私も狙われるでしょう、うかつに出歩けません。かと言ってじっとしていては益々犯人を優位にさせてしまいます。私どもはここに居て、犯人を引きつけておいて、外部の人に働いてもらいましょう」
そう言うと山本は携帯電話を取り出し、どこかへ掛け低い声で話し続けた。

電話が終わると山本は言った。
「このホテルの内外に不審な人が居ないか、数人の私服刑事に調べてもらう事にしました。それで運良く犯人が見つかれば良いのですが、、、それからマイクロチップを読み取るリーダーを00署に手配し、シールド解除のプログラムのできるプログラマーを探してもらっています。プログラマーが見つかれば私どもも00署に行って立会いましょう。プログラマーが見つからない時は先ほどの若者にお願いしましょう。、、、
今、私どもにできることはこれくらいだと思いますが、西田殿は他にも妙策がありますか」
と聞かれても西田に山本以上の考えがあるはずもなかった。西田は首を振った。

「では、今のうちに犯人について少し研究しておきましょう、、、
西田殿は犯人と戦われた。覆面をしていたとはいえ体型などは分かっているでしょう。どのような体型で身長はどれくらいでしたか?何か特徴はありましたか?」
西田は犯人と戦った時の事を思い返したが、体型や身長などを観察している余裕などなかった。
店内で犯人を見つけ銃口を向けるとすぐ反撃され、激しい攻防で犯人の特徴も見取れなかった。
その事に気づくと西田はうな垂れ唇を噛んだ。仕方なく西田は素直にその事を話した。
すると山本は「そうでしたか、仕方ありません、、、銃口を向けられてもとっさに反撃できるとは並みの反射神経ではありません。犯人はよほど攻撃慣れしていたのでしょう。
軍隊の特殊部隊出身か暗殺集団員かもしれません。しかし、そのような相手と互角に戦った西田殿も大したものです」と褒めてくれた。
西田はすぐに喜んだが、以前にもこのような言われ方を何度もされたような気がした。他人の落ち度を指摘した後は必ずホローする、、、しかし今の西田は、誰からそのような言われ方をしたか思い出せなかった。

「犯人は恐らくプロでしょう。と言う事は誰かに依頼された、、、
マイクロチップを奪い取れ、もしくはマイクロチップを取り返せと、、、問題はここです。
奪い取れならマイクロチップの持ち主以外の者。取り返せなら持ち主、、、いずれにしても依頼主にとってマイクロチップはとても重要な物、、、
殺し屋を雇うとしたら、まあ、内容にもよりますが、今回のような場合は恐らく千万単位のお金が必要でしょう。すると依頼主は、それだけのお金を出せる人であり、マイクロチップはそれだけの価値があると言う事になります、、、
このような事を考えますと、マイクロチップの英文に何が書いてあるのか、私も興味津々になります」
話を聞いていて西田は、山本の推理に舌を巻いた。かおるが「貴方よりも格段に頭脳明晰な助っ人」と言ったのを思い出し苦笑した。

「話がちょっと前後しますが、西田殿の話された経緯の中で疑問点が何箇所かあります。大したことではありませんので無視しても良いのですが、今は時間があるので考えてみましょう、、、
山崎氏が、マイクロチップの中に隠されていた英文を読まれてすぐ『すぐに帰ってくれ、ワシはこんな物と関わりたくない』と言われたそうですが、『こんな物と関わりたくない』、、、つまり山崎氏は『こんな物』の正体を知っていた。そして正体を知っていたからこそ『関わりたく』なかった、、、山崎氏が既に知っていた事、そして関わりたくなかった事とは何でしょう、、、そもそも山崎氏は、どんな経歴の方なのでしょうか」
「俺が、い、いえ、私が川上君から、あ、さっき電話した若者ですが、川上君から聞いた話では、山崎氏は元CIAの情報分析官だったそうです」
「ほう、CIAの情報分析官、、、では、様々な情報をご存知の方だったのですね、当然、一般人が知らないような特別な情報も知っていた、、、それでは、どんな情報だったかを特定する事はできませんね、、、それから山崎氏は感電死」

その時、山本の携帯電話が鳴った。山本は電話で二言三言話してから西田に言った。
「迎えが来たので帰ります。明日の朝迎えに来ますが、それまで部屋から出ないように。食事は今持ってきます。美味しくないかも知れませんが今夜だけ我慢してください」
それから1分ほどしてノック音がした。山本はドアの覗き穴から外を見てから開けた。ドアの前には、日本人らしからぬ若い大男がスーパーのビニール袋を下げて立っていた。
大男はずかずかと部屋に入ってきて西田に頭を下げ「大山大蔵と言います。よろしくお願いします」と丁重に言いビニール袋を手渡した。
何故か西田もかしこまって「七曲署の西田です、お世話になります」と答えた。
「大蔵君はレスラーの卵でしてな、今回はボディガードとして臨時雇いしました。以後ひいきにしてやって下さい」そう言ってから山本は大山と一緒に帰って行った。

その後、西田は椅子に座って考え込んだ。が、すぐに止めた。
(俺が何を考えたところで山本さんには敵わない。山本さんの言う通りにすれば良い)
ふと時計を見ると4時(まだ早いが他にすることがない。いただいた弁当を食べて寝てしまおう)と考えた西田は、大山が持ってきてくれた弁当を食べ、早目にベッドに入った。
人の運命は、何が幸いするか災いするか分からないものだ。西田が早目に寝た事が運命を狂わせた。

その夜、ホテル中が静まり返ったころ、西田はふと目覚めた。早く寝たせいか眠り足りて、それ以上眠れそうになかった。西田はベッドから出ると、窓ガラスとカーテンの間に顔を入れ外を眺めた。満月が中天にあり、幻想的な景色を見せていた。
ちょうどその時、部屋のドアが少しだけ開けられジエチルエーテルガスが噴射された。西田はその事に全く気づかなかったのだが偶然にも窓を開けた。
心地良い風が室内に吹つけ西田の頬を撫でた。西田はかおるの柔らかい手のひらを思い出した。両手で頬を挟まれ、かおるの唇が初めて自分の唇に触れた時の事を。
西田は珍しく感傷的な気分になった。そして、いつまでもその気分に浸っていたかった。

何分あるいは何十分そうしていただろうか。
突如として静寂に遠慮するかのようにドアチェーンを外す音、寝ていたら気づかないほどの微かな音が西田の耳に聞こえた。
西田は振り向いてドアの方を見た。途端に甘い臭気を嗅いだ。しかし西田は臭気には気を留めず、息を殺してドアを注視した。
するとドアが静かに開いて、防毒マスクを装着した男が入って来た。男はベッドに近づき、西田が居ないことに気づいて、辺りを見回そうとした時、西田の飛び蹴りの足が顔面に食い込んだ。
西田に手応えがあった。男はそこに倒れた。西田は明かりをつけ、男を後ろ手にして手錠を掛け防毒マスクを外した。
その頃になって西田はめまいを感じ男の横に倒れた。

翌日、激しくドアを叩く音と自分を呼ぶ声で西田は気を取り戻した。だが、四肢がしびれていて思うように動けなかった。西田は這うようにしてドアに近づいた。
男の脇を横切ろうとすると、男が倒れたまま蹴りを放った。しかし男もしびれているようで全く威力がなかった。
西田は何とかドアの鍵を開けた。すぐに大山が入って来て西田が倒れているの見て「西田さん、どうしました」と言って抱き起した。
続いて山本も入って来たが、山本は状況を注意深く観察していた。そしてすぐ甘い臭気に気づいたのか、ドアの外に出て大山に言った。
「大蔵君、息を止めてすぐ西田殿を廊下に出してくれ」
大山は、言われた通りに西田を出し、その後、男も引っ張り出した。
山本は救急車を呼び、警察にも連絡した。それから西田に話しを聞こうとしたが、口が回らないようで何を言っているのか分からなかった。

少し経ってホテルスタッフが来て驚いて言った。
「お客様どうされたのですか」
「部屋に何かのガスが充満しているようです。いま救急車を呼んでいますので、それまでここに居させてください」と山本が言った。
15分ほどして救急車と警察が来た。山本は救急隊員と警察に、室内にガスが充満している事と、西田を指して「この人は刑事で、手錠を掛けられている男は恐らく犯罪者だ。危険だから会話ができるようになるまで決して手錠を外さないように」と注意し病院へ同行した。

病院では最初、集中治療室に入れられ酸素吸入器をあてがわれたり血液検査等を受けたが、命に別状はない事が分かると一般病棟に移された。
病室のベッドに隣り合わせに寝かされている西田と男の間に椅子を持って来て座ると、山本は男の顔を見た。顔の左側に醜い大きな傷跡があり一度見ると忘れられないようだった。
山本は(この顔では覆面しないとすぐ顔がばれてしまうだろう)と思った。
男は、まだ焦点が定まらない目で山本を見、悪態でも付きたいのか口を動かしているが、言葉にはなっていなかった。
続いて山本は西田を見た。西田もぼーとした顔で何か言おうとしているようだが聞き取れなかった。
(話しが聞けるようになるまで、まだ時間がかかりそうだな)

山本は病室を出て電話を取り出した。その時、その地域管轄の年配の刑事が来た。刑事は山本を見るなり「これは立花さん、お久しぶりです。お元気でしたか?、、、なにゆえ立花さんがここへ」と懐かし気に、そして少し訝しげに聞いた。
山本は、ちょっと気まずそうに言った。
「加藤さんか、久しぶり。お元気そうで何よりです。話の前に、私は今、娘に頼まれて西田刑事の補佐をしています。それで私の名も山本勘助と言う事にしていますので人前では山本と呼んでください。、、、
それから、西田刑事の横で寝ている男は、数日前の甲府の放火殺人やペットショップでの放火殺人の犯人の可能性があります。犯人なら恐らくプロの殺し屋だと思いますので、証拠は何も残していないと思いますので慎重に取調べてください。、、、
加藤さんが、この事件の担当でしたか。奇遇ですな。、、、私が何でも話しますので、西田刑事の事情聴取はお手柔らかに。まだまだ発展途上の、まあ、有望な男ですのでな」
「そうでしたか、分かりました。で、二人の容態は」
「意識はあるようですが、まだ話せません。クロロホルムでも吸ったんでしょうか。ただ何故、二人一緒にこうなったのか。まあ、西田君が話せるようになれば経緯が分かるでしょうが、、、私はちょっと朝飯に行きます。その後、署の方へ行きますが、名前の件、頼みます」
そう言って山本は去って行った。加藤はその後ろ姿を見送ってから病室に入った。


数日後、署のリーダーにシールド解除のプログラムを入力している川上を、加藤、山本、西田が取り囲んでいた。山本は、つてを頼って色々探したがプログラマーが見つからず結局、川上に頼んだのだった。
川上も自信なさそうだったが、キーボードを打ち始めるとスムーズにENTERキーまで進んだ。そして液晶画面に英文が映し出されるとガッツポーズをして喜んだ。
その英文は『この者が33階級者であることを承認する 全ての者は跪け=フリーメゾン司教 ダニエル、ロスマイルド』となっていて、署名は手書きサインの写しのようだった。
川上は入力できた喜びで笑顔だったが、他の3人は英文を読んで深刻な顔になっていた。それに気づいた川上も笑顔を消した。

しばらく沈黙の時が流れた後、山本が西田に耳打ちした。すると西田は頷き、川上を連れて室外に出た。
「川上君、ありがとう。君のおかげで英文が読めた。後はこちらの仕事だ」と言ってから西田は封筒を取り出して川上に渡した。
川上は少し拒んでいたが、西田に「次の給料が入るまでは長いよ。それまでの生活費の足しにしてくれ。それから、結婚式に呼んでもらえたら嬉しい」と言われて受け取った。
「ありがとうございます。いただきます。結婚式、是非是非お願いします。祝辞もお願いできたら嬉しいです」西田が頷くと、川上は笑顔で署から出て行った。川上の笑顔が、何故か西田の心に残った。

西田が帰って行くと、加藤と山本は腕を組んで考え込んでいた。西田が脇に座ると加藤が言った。
「、、、マイクロチップは我が署で預かりましょう。一刑事が持ち歩かない方が良い」
「、、、そうですな、、、今となっては、その方が良いでしょう」と山本は答えた。
「言いにくい事ですが、、、西田君は七曲署に帰っていただきましょう。犯人を捕まえた功績は認めますが」
「いえ、その功績も胸中に収めただけで、形としては残さない方がよろしいかと、、、」
「なるほど、、、七曲署としては関わりにならない方が良いと」
「まあ、そう言う事ですな、、、このような厄介な事には、、、」そう言った後、山本はまた考え込んだ。
西田は、自分が脇に居るのに無視して二人だけで自分に関係した事を話し合っているのに憮然としたが、何故か口出しできなかった。二人のただならぬ気配には強い圧迫感があった。
「それでは我々はこれで」そう言って山本は西田を促し立ち上がった。その時、加藤に電話があり聞いた事を言った。
「犯人がどうしても西田刑事に会いたいそうだ」

西田が一人で取調べ室に入って行くと、犯人は椅子に繋がれていたが平然とした態度で座っていた。そして西田を見るなり、ロボットのような感情のない声で聞いた。
「お前には、何故ジエチルエーテルが効かなかったんだ」
「その時、たまたま窓の外の空気を吸っていた」
「たまたまだと、あんな夜中にか、しかも20分もか」と、犯人は忌々しそうに言った。
「ああ、たまたまだ。本当に偶然にだ、、、恐らく神様がそうさせてくれたのだろう」
「神様だと、、、」そう言うと犯人は少し間をおいてから続けた。
「フフフ、、、それは神様ではない、悪魔だ、、、悪魔がそうさせたのだ、、、今後お前はその事を思い知らされるだろう。フフフハハハハハ」
西田が立ち上がり出て行こうとすると、犯人はその後ろ姿に言った。
「我々の組織の恐ろしさを、お前は思い知るだろう」
西田は振り向かなかったが、背筋に冷たいものを感じた。


数日後、西田のアパートにかおるが来て二人だけの祝賀会を開いていた。
ビールの入ったグラスを掲げてかおるが言った。
「これにて一件落着、西田刑事の功績を讃えて乾杯」
西田は照れくさそうに顔をほころばせて言った「ありがとう、、、それもこれも山本さんのお陰だ、、、」
「えっ、山本さんのお陰、山本さんって誰」
「なに言ってんだ、かおるが寄こしてくれた助っ人の山本勘助さんだよ。凄い頭脳の持ち主だ、感服したよ」
「その人、山本勘助と名乗ったの、、、ぷっ、、、」かおるは笑いだした。
「なに笑ってんだよ、なにも可笑しいとこないじゃあないか」と西田は憮然として言った。
「山本勘助、貴方はそれ本名だと思ったの」と言ってかおるはなおも笑い続けた。
「うっ、本名じゃなかったのか、、、」
「アハハ、山本勘助は武田信玄の軍師。今時そんな名前の人が居るわけないでしょ」
「じゃあ、あの人は誰なんだ」
「アハハ、その内わかるわ、、、相変わらず考えの浅い人、よくそれで刑事が務まるわね。でも良いわ、私がずっと見守ってあげるから」
そう言うと、かおるは両手で西田の頬を挟んだ。

それからほぼ1ヵ月後、二人は婚姻届を出し、身うちだけのささやかな披露宴を催した。
かおるの父が宴会場に入って来ると、かおるは「お父さん」と言って花嫁衣装のまま抱きついた。
後ろについていた西田は初対面のはずの、かおるの父の顔を見て驚いて言った。
「山本勘助さん、、、」それ以上、言葉が出なかった。
「やれやれ、お前のやる事だから察っしはついていたが、やっぱり西田君だったか」
そう言う山本を不安気に見ながら、かおるは聞いた。
「私の夫としては落第点?」
「まあな、だから一生お前が付いていないとダメだろう」
「ありがとう、お父さん」
西田は半泣きの顔で親子の会話を聞いていた。


それから2週間ほど経って川上から結婚式の招待状が届いた。西田は夫婦で出席と返信した。
その翌日、西田は嫌な話を聞いた。
結婚後、新たに借りたマンションで同居のかおるの父から、あの犯人が釈放されたと言うのだ。
父、一徹は話しを続けた。
「さすがにプロだ、ホテルのお前の部屋に侵入した住居侵入罪以外は何の証拠も残していない。住居侵入罪ではせいぜい23日間の拘束しかできない。その間に加藤さんたちが放火殺人の証拠を必死で探したが有力なものは見つからなかった。
その上、もっと不愉快な事がある。あのマイクロチップは拾得物として公開されると言うのだ、、、
どうも上からの指示らしい」
西田は驚いて言った「上からの指示で、拾得物として、、、」
「そう、そして当然持ち主に返される事になるだろう。持ち主がどうやって所有者であると証明するかは解らんがね」
「なんということだ、あのマイクロチップのせいで5人の方が殺されたと言うのに犯人は無罪放免とは、、、」
「証拠が無ければ警察は何もできんよ」

それから1ヵ月ほどして西田夫婦は川上の結婚式に出席した。
ありふれた内容だったが祝辞も無事述べて西田は安堵した。
今夜はホテルに泊まって明日帰れば良いという状況でもあり、西田は少し飲み過ぎた。
披露宴の後、川上夫婦が西田のもとに来て祝辞の礼を言った。新婦は恥ずかしそうに川上の後ろに寄り添っていた。
自分の妻と見比べ(初々しくて何と可愛い嫁さんだろう)と西田は思った。
西田の視線に気づいたかおるが軽く手をつねった。その痛みにハッとしてかおるを見た西田に川上が寂しそうに言った。
「黒田さんと山崎さんも居てくれたら、、、」

西田は途端に酔いがさめるような気がした。忘れかけていた犯人放免が苦々しく思い出された。
その事を一瞬、川上に話そうかと思ったが思いとどまった。
(どうする事もできないのに話して不愉快な想いをさせる必要はないだろう。しかもこの目出度い時に、、、)
しかし川上は、その後の捜査状況を聞いてきた。
西田は仕方なく「マイクロチップの内容が分かった後は管轄外で分からない」と言った。
それ以上言えない自分が悔しかった。

その後は平凡な日々が続いた。
かおると西田は、七曲署で以前と変わらず上司と部下として任務に没頭していた。二人が結婚した事を知っているのも幹部数人だけで、西田の同僚は誰も知らなかった。
二人が結婚した事が知れても任務に支障が起きるとは思えなかったが、二人は公表しょうとしなかった。
当然指輪もしなかったが、二人の休日が重なり、揃ってどこかへ行く時だけ指輪をはめた。その時の二人は新婚夫婦気取りで熱々の雰囲気を振りまいていた。
まるで束の間の新婚生活気分を満喫するかのように、、、。


いつしか季節は変わり、路面凍結注意報が報じられるようになった。
そんなある日、帰宅した西田に父一徹の沈痛な声が掛かった。
「加藤さんが亡くなった」
「本当ですか、そんな、、、まだ、そんな御歳ではなかったですよね」
「ああ、寿命ではない、、、殺されたんだ、、、両腕の骨を折られ両足の爪をはがされ、川原に転がされ凍死していたそうだ、、、」
「なんですって、、、両腕の骨を折られ両足の爪をはがされ、、、」西田はふと黒田の事を思い出した。
(もしや犯人は、、、)
西田の思いを察したのか一徹が言った。
「あの犯人の可能性があるな。取調べの時、ずっと黙秘を続ける犯人に殴りかかったことさえある加藤さんを、犯人は憎んでいたようだったそうだから」
(あの温厚そうな加藤さんが殴りかかった、、、しかし、だからといって加藤さんを憎んでの犯行とは思えない、、、他に何かがある、、、)
数日後、西田と一徹は加藤の葬式に参列した。


それから3週間ほど経って、加藤の死を忘れかけていた西田に、思いもよらないニュースが入って来た。
『都内のアパートで新婚の川上夫婦の他殺死体が発見された~』
西田はすぐさま、かおるに電話し管轄の警察署に詳しい情報を教えてもらうように頼んだ。
その結果、新妻は首の骨を折られ即死。川上は口にガムテープを貼られ、両足を椅子に縛り付けられ、左手の爪をはがされ、右手で何かを書かされた後、首の骨を折られて死んでいたとの事だった。
その事を聞いて西田は倒れそうになった。
不意に西田の脳裏に披露宴の後の川上夫婦の仲睦まじく初々しい姿が思い出された。
(あの川上夫婦が、、、あの川上夫婦が殺された、、、何故だ、何故、、、)


悲しい思い出も時が経てば薄らいで行くものだ。しかも仕事に忙殺されている人間にとっては尚更だった。
川上夫婦が殺されてから2ヶ月が経って、かおるも西田も川上夫婦の事を思い出さなくなっていた。
そんなある日、かおるは生理がない事に気づいた。
目まぐるしく起きる出来事で我が身の状態すら考えていられない日々を送っていたかおるだったが、昼食後、吐き気をもよおしてトイレに走り込んだ。その時、初めて自身の身体の変化に気づいたのだった。
(前回はいつだったかしら、、、)かおるはスマホのカレンダーで確認し、3ヶ月以上経っている事を知った。
翌日、西田に内緒で産婦人科に行ったかおるに『3ヶ月です。順調です』との嬉しい言葉が贈られた。
そしてその夜、西田も満面の笑みを浮かべた。
「お父さんにいつ話そう?」
「折を見て私が話すわ、貴方は黙っててね」
「分かった、これは女性の特権だものな、、、でも、お父さんに心臓麻痺を起こさせないようにね」
「まあ、貴方ったら、いつからジョークが言えるようになったの」
と言いながらも嬉しくてしょうがない表情のかおるだった。かおるのその顔が西田は何故か心に残った。


それから10日ほど経った。
西田は、ある事件の重要参考人の張り込みで二日家に帰れなかった。明け方、交代の刑事が来た直後、一徹から電話が来た。
「昨夜から、かおるが帰って来ていない。まだ仕事中か?、、、帰らない時はいつも電話があるのだが、今回はまだない」
かおるが1日2日帰らない事は時々あるが、そんな時はいつも事前に一徹や西田に電話をしていた。
西田はちょっと不安になったが、一徹には「分かりました、署の方で調べてみます」と言って電話を切った。
その後すぐ署に電話すると、昨夜9時ごろ一人で帰ったとの事だった。西田は胸騒ぎがしてきた。
一徹に電話して伝えた後「私はこれから、署からの足取りを追って見ます」と言って電話を切った。

署から駅まで歩いて10分、電車を乗り継いで1時間、駅からマンションまでは歩いて15分ほどかかる。しかも途中に薄暗い公園沿いの道がある。
(電車内は大丈夫だろう。何か起きたとしたら、あの公園だろうか?とは言え、刑事部長であり合気道高段者のかおるは、刃物を持った痴漢でさえ取り押さる腕がある。そうそう事件に巻き込まれるような事はないと思うが、、、)
西田は駅を飛び出すと公園に急いだ。近づくにつれて何故か胸騒ぎが強まった。公園入口が見えてきた。多くの警察官がキビキビと動いて、侵入禁止のテープを張ったりしている。
西田は破裂しそうな鼓動を抑えて警察官の一人に刑事手帳を見せながら「何があった」と聞いた。
すると警察官は「女性の他殺死体が見つかりまして、、、」と言葉少なく答えた。

西田は、かおるでない事を祈りながらブルーシートで囲まれた中に入った。
検分が終わり、遺体が担架に乗せられようとしていた。
西田は、周りの人を押しのけて遺体に近づき、顔を覆っている布をどけた。
瞳孔が開いた目で空中を見ている、紛れもないかおるの顔がそこにあった。
西田は、その場に崩れ落ちた。頭の中が真っ白になった。言葉が出なかった。涙も出なかった。ただ魂だけが肉体から出ていったようで、周りの人が話しかけても返事すらしなかった。

それからどれほどの時が過ぎたのだろう。
西田は、二人の警察官に肩を支えられパトカーに乗せられ、七曲署に運ばれた。
署内では署長が鬼のような形相で歩き回っていた。そして西田を見つけるやいなや、西田の襟首を掴んで怒鳴った。
「これはどういう事だ、西田、答えろ」
幸いにも署長のその声で正気に戻った西田は、署長を突き飛ばし、血が滲むほど握りしめた拳を突き上げて怒鳴り返した。
「俺が必ず犯人を捕まえる」


『刑事部長殺害される』のニュースが日本全国に放送された。大ニュースになり衝撃が全国に広がった。
署長は記者会見時、報道陣の答弁に追われ口走った「犯人の目星はついています。必ず犯人を捕まえます」すると、犯人についての質問が飛び交った。しかし署長は「犯人についての情報は、今は話せません。話せば犯人を優位にします」と何とか切り抜けた。

西田もまた食事をとる暇もないほど慌ただしい状態だった。
証拠物件の収集調査、聞き込み、司法解剖(これは、かおるの裸体を他人に見られたくなった西田にとっては気が狂わんばかりの苦渋に満ちた行為であった)の実施立会い、その後の葬式等で1週間があっという間に過ぎた。
その頃の西田は、精神的疲労も肉体的疲労も頂点に達し、気を抜いたら倒れてしまいそうだった。しかし西田は頑張り通した。
(倒れてなどいられるか、泣いてなどいられるか、、、必ず犯人を捕まえてやる)その思いだけで西田は立っていた。西田にとっては恐らく一生で一番辛い日々だったろう。しかし西田はその時を乗り越えた。

事件後10日ほど経ってやっと通常の日々になった。
西田は、刑事部長室のかおるの私物を受け取ってマンションに持って帰った。
かおるが亡くなってから急に老いが進んだような一徹が、それを整理し始めた。
1冊の古いノートを開くと1枚の女性の写真が貼り付けてあり、その下に「世界一憎い人でも世界一逢いたい人」と書いてあった。それを読んで一徹の目から涙が溢れた。
西田は、気づかなかったふりをして台所に入り夕食を作った。
テーブルに二人分の食物を並べてから一徹に「食事ができました」と言うと、普段と変わらない表情で食卓に着いた。

二人は向かい合って一言も話さず食事し、終えるとテーブル上を片付け、お茶を入れた。
一徹は、お茶を一口飲んでから独り言のように話し始めた。西田は、また椅子に座った。
「一人っ子の娘が高校に入ったばかりの時、妻が出て行った。以来私一人で娘を育てた、、、
気丈な娘は、何も不満を言わなかった、、、しかし今分かった、、、娘は母親にも逢いたかったのだ。だが、私への遠慮か、自分自身への決意のためか一度も会いに行かなかった、、、気丈な娘だった、、、気丈な、、、犯人は奴だろう、、、しかし何故、、、娘を殺したのか。殺す必要がどこにあったと言うのか!」
いつしか一徹の声は叫び声になっていた。溢れ出る涙を拭こうともせず一徹は叫んだ。
「なぜ娘を殺した!何故だ、何故、殺した」

一徹の無念の絶唱が心に突き刺さり、居たたまれなくなって西田は寝室に入った。
ベッドに腰を掛け、両手で頬を挟んだ。かおるがよくそうしてくれたのを思い出した。かおるの柔らかい唇の感触も思い出した。ベッドに横たわると、枕も毛布もかおるの匂いがした。
このベッドで何度抱き合っただろう。何度身体を温め合っただろう。
かおるとの思い出が、走馬燈のように西田の脳裏を駆け巡っていた。西田の目からも涙が溢れた。

西田は捜査に没頭した。仕事が終わってもマンションに帰らなかった。公園沿いの道に立ち、通行人に声をかけ目撃者を探した。夜通しそうして翌朝そこから署に行った。
風呂にも入らず髭ぼうぼうの姿は浮浪者のように見えた。さすがに署長も哀れに思ってか、西田に特別休暇を言いつけた。しかし西田は聞かなかった。
署長は折れて「分かった、好きにしろ。だが、署内のトイレでも良いからシャワーを浴びて髭を剃れ、臭くて敵わん」と言い、着替えのスーツや下着まで西田に押し付けた。一徹に持って来させたようだった。

それから数週間後、西田が居ない真っ昼間にマンションに覆面男が侵入した。
覆面男は一徹を顔面への一撃で気を失わせ椅子に縛り付けた。それから口にガムテープを貼り、頬を平手で叩いて気を取り戻させてから、テーブルを隔てて椅子に座って言った。
「西田に伝えろ。3日後の夜7時、北海岸に一人で来いとな、、、お前も来るな、爺を殺しても面白くないからな、、、念のため」
そう言うと覆面男は立ち上がり一徹の足を蹴り骨を折った。ガムテープを貼られた一徹の口からうめき声が漏れた。
「ふん、俺が憎いか、、、憎め憎め、憎んで俺を殺しに来いと西田に言え。俺を殺すチャンスを一度だけくれてやる。だから一人で来い。他の者を連れて来れば死人が増えるだけだ、、、じゃあな」
そう言うと覆面男は出て行った。

その後、覆面男から電話で「かおるを殺した男だ、爺が死にそうだ、今夜はマンションに帰るんだな」と言われた西田は、すぐ帰った。
マンションの部屋に入って一徹を見つけるとガムテープをはがして容態を聞き、すぐに救急車を呼んだ。
救急車を待つ間に覆面男が言った事を聞き、西田は憤怒の形相になった。


北海岸は街外れから1キロほどの直線道路の先にある。つまり海岸から直線道路を監視することができる。
斜め上から射す満月の明かりで、夜7時でも道路も砂浜もくっきりと見えていた。
西田は海岸に着くと周りを見回した。誰も居ない。時計を見た。6時55分。西田は振り向いて直線道路を見たが誰も見えなかった。
(騙されたのか?)そう思った時、背後に人の気配を感じた。振り向くと、どこから現れたのか男が立っていた。月明かりで顔の醜い傷跡も見えた。
西田が突進しょうとすると、男は銃口を向けた。西田が懐の拳銃に手を伸ばそうかと迷った時、男は言った。

「遅い!、馬鹿者、銃は振り向く前に取り出すのだ。俺が引き金を引いていれば、お前は死んでいた」
男はそう言うと、銃口を向けたまま西田に近づき「上着と武器をそこへ置け。空手で勝負をつける」と言った。
異存がなかった西田は、荒々しく上着を脱ぎ銃もホルダーごと外してそこへ置いた。
その横に男も上着と銃を置き、3メートルほど離れて立った。

西田は身構え、いつでも攻撃できる態勢をとった。しかし男は突っ立ているだけだった、が隙が無かった。
西田は跳びかかり2段蹴りを放った。しかし簡単にかわされた。
砂地に着地して西田は態勢を崩し、よろけた。男が襲ってきていれば避け切れなかっただろう。冷や汗が出た。
西田の心理状態を見抜いてか、男は馬鹿にしたように笑って言った。
「馬鹿者、こんな足場の悪い所で跳び技をするな、自滅するのが解らんのか」
西田はすぐさま突進し、蹴りや手刀を繰り出した。しかし男にことごとくかわされた。何分やっても同じだった。有効打突が一度もない。
西田は攻撃を止め、肩で息をした。その瞬間に男の平手打ちが西田の頬を打った。平手打ちなのに西田は吹っ飛び、砂地に倒れた。
すぐに西田は起き上がろうとしたが、男に胸元を踏み付けられた。

「もう良い、やめろ。お前の空手では俺を倒すことはできん。レベルが違いすぎる、、、ホテルでお前の跳び蹴りを食らったのは、防毒マスクのガラスが曇っていて良く見えなかったからだ」
そう言うと男は、上着の所に行き袖を通した。
西田は「うおー」と吠え突進したが、避けながらの裏拳をみぞおちに喰らって、その場にうずくまった。
男はその場に腰を下ろし西田に銃口を向け引き金を引いた。
消音器を着けているらしく低音の噴射音が聞こえた。その瞬間、耳の横を弾丸がかすめたのが分かった。

男は静かに言った。
「今、お前は死んだ、、、もうお前は死人だ、、、死人、これから俺の話す事を良く聞け、、、
お前は、9,11ハメリカ同時多発テロ事件を覚えているか、、、」
西田は(何を脈略のない事を言うのだ)と思ったが頷いた。男は続けて言った。
「では、あれが当時のハメリカ大統領や戦争屋が仕組んだ、やらせテロ事件だった事も知っているか」
西田は少し考えた後、首を振った。男は舌打ちしてから仕方なさそうに言った。
「世界の裏事情を何も知らんようだな。あれは、奴らが仕組んだやらせテロ事件だ。その証拠ならネットで調べればいくらでも載っている、、、
3,11東日本大震災も同じだ、奴らが仕組んだ、、、奴らは人間ではない。人を殺す事など何とも思っていない。奴らは、自分たちの仲間以外は、人とは思っていない、ゴイムつまり家畜と思っているのだ。
そんな奴らが起こした3,11の人工地震の後の津波で俺は家族も住まいも全て失った、、、
海外出張中の俺は助かったが、両親も妻も娘も遺体さえも見つからなかった、、、
その後、俺は自暴自棄になり荒んだ暮らしを送っていた。
ヤクザともしょっちゅう喧嘩した。だが5~6人を相手にしても負ける事はなかった。
ある時『その腕を借りたい』と声をかけられた。通常の仕事に就く気を無くしていた俺はその誘いに乗った。連れていかれた所は秘密結社の暗殺集団組織だった。そこで俺は暗殺マシーンに変えられた。心までもな、、」
そこで話しを切って男はタバコに火をつけた。それから箱とライターを西田に投げた。西田も1本口にくわえた。それを見届けてから男は再び話し始めた。

「秘密結社に依頼が来れば、俺は何の仕事でも完璧に処理した。1度も失敗しなかった、お前に出会うまではな。
しかし、ホテルでお前に蹴りを喰らい捕まった事で、俺は雇い主の所に連れていかれた。
雇い主は、奴らの配下組織フリーメゾンの33階級者だった。その33階級者は、偽物のマイクロチップを埋め込まれ、本物のマイクロチップを盗まれ激怒していた上に、成功率100%だった俺が失敗した事で怒り狂っていた。
そして俺にまでマイクロチップを埋め込んだ。どんなに離れた所からでも10分おきに所在地を送信し、遠隔操作で爆発させれる殺人用のマイクロチップをな。
そして33階級者は言った『私のマイクロチップに関係した者を全て始末しろ。邪魔する奴も全て残忍な方法で殺せ。期限は3ヶ月だ。できなかったらお前はこうなる』そう言って何かのスイッチを入れた。
数秒後、近くに居た給仕が倒れ血反吐を吐いてもがき苦しみ始めた、、、
その期限とは明日だ、、、それまでにお前を残忍な方法で殺さねばならん、、、」

男は大きくタバコを吸ってから火を揉み消した。そして顔をゆがめて不気味な笑みを浮かべて言った。
「だが、、、お前はもう死んでいる。いくら俺でも死人は殺せん、、、」
男は内ポケットから封筒を取り出し、西田に投げて寄こして言った。
「その中にカードとメモリースティックが入っている。俺が得た金と、奴らの行った悪事についての情報が記録されている。お前はこれから闇に潜り、それを使って奴らに復讐しろ。その手始めに俺を殺せ」
そう言うと男は立ち上がり「ついて来い」と言って歩き出した。
西田がついて行くと、波打ち際数メートルの所に深い穴が掘られてあった。男は自分の銃を西田に渡し、穴に入って座った。
「さあ、ここで俺を殺せ。足が付くからお前の拳銃は使うな俺の拳銃を使え。その後埋めろ、、、早くしろ、潮が満ちてくるぞ、、、どうした、かおるの仇を討ちたくないのか、早くしろ」

西田は銃口を男に向けた。しかし引き金を引けなかった。
「馬鹿者、何をためらっている、早くしろ、、、俺を殺して復讐の鬼になれ、、、そして奴らに復讐しろ、、、
奴らのマイクロチップで殺されなくても俺はがん末期だ、半年も生きられん。病気やマイクロチップで死ぬくらいなら、お前に殺された方が良い。さあ、撃て」
西田がなおも躊躇していると男が怒鳴った。
「お前に引き金を引かせてやる、、、かおるは妊娠してたんだってな、どおりでナニした後、腹を踏み付けたら股間の穴から血が吹き出し」
西田は思わず引き金を引いていた、2度も。しかし、男は死んでいなかった。男はうめきなだら言った。
「馬鹿もの、、、弾を無駄にするな、、、ここを狙って撃て」そう言って震える手で自らの額を指さした。
西田は男の額を撃ちぬいた。

月光に照らされた男の顔は安らかだった。西田は、男の顔から視線を外せなかった。いつしか男の顔がぼやけて見えてきた。
憎い憎い男だった。殺したくてたまらない男だった、、、そして今、殺した。
(なのに、この涙はなんだ)
西田の心の中に言いようのない寂寥感が広がっていった。

どれほどの時が流れたのか、穴の中に潮が流れ込んできた。西田は我に返った。穴の脇にスコップが置いてあった。西田はそれで砂を放り込んだ。
男の顔が埋まりそうになった時、手を止めて黙禱した。何か言うべきかと思ったが言葉は出なかった。
西田は砂を掛け続けた。穴が埋まるとスコップを沖に放り投げてから、上着の所に行った。
銃ホルダーをつけ上着を着ると、男の銃の消音器を外し内ポケットに入れて上着のボタンを掛けた。それから振り向いて穴の方を見た。穴のあった所も砂浜の一部と化し、見分けがつかなくなっていた。
(あと1時間もすれば海の中に隠れてしまうな、、、せめて、それまで)西田はそこに座った。


海岸からマンションに帰るとすぐ西田は、コンピューターにメモリースティックを差し込んでみた。
冒頭に男からのメッセージがあった。

この資料を読む前に、俺の懺悔話しを聞いてくれ。
俺は、東日本大震災で家族も家も全て失い、自暴自棄になり挙句の果てには殺し屋にまでなった。殺し屋になってから俺は、東日本大震災が奴らによる人工地震で引き起こされた事を知った。
しかし当時俺は「そんな馬鹿な話しがあるか。地震や津波が人工的に起こせるはずがない」と思っていた。だが、その後いろいろな資料を調べてみると、人工地震だった数々の証拠が出てきた。俺は我が目を疑った。しかし認めないわけにはいかないほどの証拠が確かにあった。俺は、人工地震だったと認めた。
そして、人工地震だったのなら「誰が何のために起こしたのか」と言う疑問の答えも導き出した。
その答えを知った俺は、自分自身の愚かさを思い知らされた。
よりにもよって俺は「俺の家族を殺した奴らの手下になっていたのだ」
その事実を知った時、俺は死にたくなるほど後悔した。俺は、殺し屋なんぞにならず、正しく生きて、奴らを訴えるべきだったのだ。

だが今となってはもう遅い。俺は、何十人も人を殺した。依頼を受けての事とは言え、人の命を奪った事に変わりはない。今さら陽の当たる世界に出て奴らを訴える事などできはしない。
それで、お前に頼む事にしたのだ。お前の妻や友人知人を殺していながら虫の良い事を言ってすまぬが、俺の命と全財産を引き換えに、どうか俺の頼みを聞いてくれ。
とは言っても、お前も殺人者になった以上、表立った事はできまい。それで、お前にはある女性のボディガードになってもらいたいのだ。
これから、お前はその女性に会って俺との出来事を全て話し、彼女に奴らを訴えさせてもらいたい。
だが、そうすると、彼女は奴らに命を狙われる事になる。だからお前は、陰から彼女を守ってくれ。
彼女は実に有能な人間だ。必ず、奴らを訴えてくれるだろう。

メッセージの後、女性のプロフィールがあり、続いて東日本大震災を引き起こした人工地震の証拠文献や、奴らの犯した数々の犯罪の記録などが載っていた。
西田は、それを読み終えるまでマンションから出ないつもりでいた。いつの間にか冷蔵庫内の食品も無くなり、ご飯に味噌を付けて食べた。4日後やっと読み終え、風呂に入って眠りについた。
目が覚めてからも起き上がらず、今後の事をずっと考え続けた。
やがて西田は立ち上がった。男の頼みを叶える決心をして。


「松平法律事務所」は、昔ながらの家並みが残る住宅街の外れにあった。
大きな門扉の脇の小さな引き戸を開けて入ると、広い庭の向こうに母屋が見えた。そこまで歩幅間隔の敷石が連なっている。その上を歩いて西田は母屋の玄関前に来た。
西田が、玄関の呼び鈴を押そうとすると「何方でしょうか」と横から声が聞こえた。
西田が声の方を見ると、30歳半ばと見える小柄な女性が庭帚を持って立っていた。
西田は軽くお辞儀をしてから「西田友一と言います。松平和子さんでしょうか。突然お邪魔してすみません。朝から何度も電話したのですが通じませんでしたので直接お伺いしました」
「えっ、電話が通じなかった?、、、ちょっと失礼します」そう言って和子は西田の脇を通り玄関の引き戸を開けて入って行ったが、すぐに引き返して来て言った。
「どうも失礼しました。受話器が外れていました」和子はぺこりと頭を下げた後、キッと奥を睨んだ。それも一瞬ですぐに笑顔になって聞いた。
「どんなご用件でしょうか」
「仕事の依頼です」

和子は急に嬉しそうな表情をして西田を招き入れた。
昔ながらの畳8畳の広間に通され、大きな座卓の前に座らされた。数分待たされた後、左手に湯吞が2個乗った盆を持ち右手に大きな急須を提げて和子が入って来た。
対面に座り二人の湯吞に茶を注ぐと和子は聞いた。
「どんな御依頼でしょうか?」

「人工地震で東日本大震災を起こし15893人もの日本国民を殺した犯人を殺人罪等で訴えたいのです」
和子は驚いて「えっ、人工地震で東日本大震災を起こした、、、」と言った後、まじまじと西田の顔を見た。
西田は、和子の驚きの表情など関知せず話を続けた。
「東日本大震災は人工地震によって引き起こされました。その証拠がこの中に入っています。また、その犯人についてもおおよその見当がついています。犯人についても、この中に入っています」そう言って西田は、メモリースティックを和子の前に置いた。
そのメモリースティックは、西田が、男から受け取ったメモリースティックの中から、人工地震の証拠文献と犯人についての資料だけをコピーし入力した物だった。

「この証拠文献を読まれ、告訴の可否を御判断ください。1週間以内に御返事いただければ幸いです」
西田はそう言った後、名刺と封筒を和子の前に置いた。
「このお金は事前調査費用です。御引き受けいただければ前金としてとりあえず百万円、勝訴のあかつきには一千万円を御支払いします。御検討をお願いします」
そう言って西田は立ち上がった。和子も立ち上がり、無言で玄関までついて行った。
西田は扉を開け外に出て振り返り、一礼して去って行った。和子は結局何も言えなかった。


西田が帰った後、和子はノートパソコンを持って来てメモリースティックを接続し、人工地震の証拠文献を読み始めた。
人工地震の特徴とされる地震波形とその解説から始まり、数々の証拠資料が載せられていた。
その証拠資料一つ一つの正否ついて判断できるほどの専門知識があるわけではない和子は、ざっと読み進め次の、人工地震を起こした犯人についての文献を読んだ。

犯人についての文献
『はじめに   「誰が人工地震を起こさせたのか」その答えは簡単です。日本を滅ぼしたい人たちです。
では、日本を滅ぼしたい人たちとは?、、
その人たちは、日本だけを滅ぼしたいのではありません。 
その人たちは、250年ほど前から「25項目から なる「世界革命行動計画」と呼ばれるアジェンダ(行動計画書)」を作って、世界人類を支配し、最終的には人類を5億人にする(これはジョージアガイドストーンに刻まれている)計画を立て、少しずつ実行していたのです。

人類を5億人にする。
そのための人類削減計画には、ワクチンを使って子孫を残せないようにする(子宮頸がんワクチン)とか、自然災害を装って人工地震等で殺害するとか、国を煽って戦争を起こさせ殺し合いをさせるとか、色々な方法があるのです。そして、それらの方法を実行する前には当然、実験もします。

日本を滅ぼしたい人たち(今後は「奴ら」と呼びます)にとっては、日本はちょうどいい実験場であり、日本人はちょうど良い実験材料なのです。
何故なら、日本は島国で放射漏れを起こしても、奴らの国まで汚染されないし、日本人は大人しくて逆らわない。奴らにとっては正に最適な実験場であり、人体実験材料だったのです。

その上、お金もむしり取れる(ともだち作戦の結果、米国被爆者の賠償金請求裁判について調べてみてください、酷いものです。)
今の日本と日本人は、両手両足を縛られリンチされ、お金を奪われているようなものです。奴らに好きなようにいたぶられています。

ちょっと下劣な想像をしてみましょう。
既に何人も殺している犯罪者が、首尾よく、妙齢の美しい女性を誘拐したとします。
この犯罪者は女性をすんなり殺すでしょうか。恐らく、殺す前に強0し十分に楽しんでから殺すでしょう。
では奴らが、自分たちより優秀で民度の高い、目障りな日本人を抹殺しょうと考えた時、奴らは日本人をすんなり殺すでしょうか。
恐らく、日本人を苦しめて苦しめて、いたぶってから殺すでしょう。当然、お金も搾り取れるだけ搾り取ってから殺すでしょう。まして自分たちの意に反する政権(東日本大震災や阪神淡路大震災時の政権)ができたなら尚更でしょう。

昨年(2018年)は台風が多かった。しかも台風の進路が異常だった。
沖縄から北海道まで見事に日本列島上を通ったのもあったし、南の方で1回転してからも日本列島に上陸したのもあった。台風だけでなく、大阪でも北海道でも地震があり、多くの人が被災した。
もしこれが自然災害でなく、気象兵器を使った台風や人工地震だったなら、日本人はどう対応するべきでしょうか。

いや、その前に、東日本大震災や阪神淡路大震災が人工地震だったなら、日本人はどう対応するべきでしょうか。
気象兵器を使ったり人工地震を起こさせたなら人災です。死者が出れば殺人事件です。何万人も無差別に殺せば多量虐殺です。
これは重大な犯罪です。被災者や死者の身うちは、犯人を告訴しなければなりません。
なのに何故、日本の 被災者や死者の身うちは黙っているのでしょうか。
人災であったとしたら東日本大震災では15893人も虐殺された事になるのです。こんな大事件を何故、真剣に調べないのでしょうか。

9,11が奴らの仕業であり、人災であり、多くのハメリカ国民が訴訟を起こしています。では東日本大震災はどうでしょうか。自然災害ですか人災ですか。
15893人もの死者が出た大事件を何故、日本人は真剣に調べようとしないのか。

一部の日本人が色々調べて、それなのに人工地震の証拠を示してネット等で発表すれば、やれ陰謀論者だ、いかれた人たちだ、と頭ごなしに否定する。
そう言う人たちの中には当然、奴らの工作員も混じっているのでしょうが、工作員でない普通の日本人なら、陰謀論の一言で否定せず、もっと真剣に調べてみたらどうでしょうか。
もし東日本大震災が人工地震なら、15893人を虐殺した犯人は、人工地震説を否定する日本人を見て、腹を抱えて笑っていることでしょう。そして「日本人は馬鹿だ、やっぱり家畜だ」とますます馬鹿にしている事でしょう。

あの津波で私も家族全てを失いました。辛い日々を経験しました。
同じ境遇の者として、被災された方々へ、心からお悔やみ申し上げます。
敢えて心苦しい事を言います。被災された方々に「東日本大震災は人工地震だったのです」等と言うのは不謹慎極まりない事かもしれません。
しかし私は、被災された方々にも真実を知っていただきたいと思います。そして、東日本大震災は人工地震だったと証明されたなら、殺人犯として犯人を告訴していただきたい。

そのためにも東日本大震災が人工地震だったかどうか本当に徹底して調べる必要があるのです。
しかも、日本政府も日本の警察も科学者も一緒になって調べるべきです。
9,11は、ハメリカの色々な分野の科学者が集まって、科学的根拠を示して告訴しました。日本もハメリカと同じようにするべきです。

以下、私の推測ですので、読まれたらすぐに忘れてください。
東日本大震災も阪神淡路大震災も、他の多くの地震も人工地震であり、昨年の台風は気象兵器によるものだったと、日本政府高官は知っていると思います。
否、私のような素人でさえ「変だ」と気づいたのです、色々な情報を得ている日本政府高官が知らないはずがない、と思うのです。
では、日本政府高官は知っていながら何故、何もしないのでしょうか。

「何もしない」のではなくて「何もできない」のだろうと私は思うのです。
日本政府高官は真実を知っていても何もできないのだと。
恐らく日本政府高官は、奴らに脅されているのだと思うのです。
「言うことを聞かなければ、南海トラフ地震を起こすぞ。富士山を噴火させるぞ。原発を破壊し、放射能で日本人を絶滅させるぞ」等と言われているのではないかと思うのです。

奴らはいずれ日本を滅ぼすつもりです、日本政府高官が言う通りにしなければ容赦なく、日本破滅行為を実行するでしょう。だから日本政府高官は何もできません。
では、どうすればいいのでしょうか。日本は日本人は奴らの言いなりになり、奴らの意のままに扱われ、実験材料として殺されるしかないのでしょうか。

私は、今こそ国民が立ち上がるしかないと思っています。
「こんな地震波形があるが、東日本大震災は人工地震ではないのか。政府は検証しろ」
「東日本大震災以前に地球深部探査船ちきゅうが震源地に居たが人工地震の準備をしていたのではないのか説明しろ」
「ともだち作戦の兵士が被爆した本当の原因は何だ、説明しろ」
「福島第一原発の爆発はデスラエルのマグナBSP社による遠隔操作核爆発ではないのか真実を言え」
等と数万人規模のデモを起こすべきです。そして「国民に糾弾されましたので、真実を明かすしかありません」と日本政府高官が奴らに言えるように仕向けるしか方法がないと思います。』

ここまで読み終えて和子は、目を閉じて今読んだ内容を反芻した。
(これは途方もない内容だわ、、、私一人で、、)と考えていた時、奥の部屋との仕切りの襖が開き父が入って来て座卓の上を見て言った。
「和子、お客が来てたのかい、珍しいね」
「珍しいね、ですって!。お父さんなの受話器を外してたのは」
「ん、受話器、、、何のことだか父さんは知らんぞ」
「とぼけないでよ、私に依頼が来ないように受話器を外したり電話に細工したりしたんでしょう。今日の方も電話が通じないから直接ここまで来てくださったのよ。お客さんに失礼でしょ」
「まあまあ、大声で何を話しているの、もっと慎ましくしなさい」そう言って父の後ろから母が入って来た。
母も座卓上の大きな急須を見て「まだ、お茶があるようね、ちょうど良かったわ」と言い、台所に行って自分と父の湯吞を持って来て父の横に座った。

母は、父と自分の湯吞に茶を注ぐと、父に目配せした。父は目で頷いたが口ごもっていた。それを見て母は、しょうがないわね、と言う表情で父を見てから男性の大きな写真を和子の前に置いて言った。
「どう、男前でしょ。家柄も良い上にこの方、銀行員なのよ、和子にはもったいないくらい、私が10年も若ければ、私が嫁ぎたいくらいだわ。どう、会ってみない」
和子は即座に座卓の上の写真を母の前に突き返して言った。
「私は誰とも結婚しないって前から言っているでしょう。私は生涯独身弁護士で通すわ。」
「お前、またそんなことを。弁護士なんてしなくても、お金ならあるじゃないか。お前、もう35だぞ、いいかげん結婚しないと誰も相手してくれなくなるぞ」と父が声を荒げて言った。
「和子、お父さんの言う通りよ、女性はいくら美人で才能があっても歳が過ぎると貰い手が無くなるの。それに一人娘の和子が御婿さんをもらって跡を継いでくれないと、300年続いている松平家は絶えてしまうのよ。そうなったらご先祖様に顔向けできないでしょう。いつまでも我儘言ってないで、この辺で結婚しなさい。
お父さんもお母さんも約束を守って、弁護士事務所を開いて3年間待ったのよ。今度は和子が約束を守る番でしょう。」
「事務所を開いても、いろいろ妨害して私に弁護士の仕事をさせなかったじゃない、約束を守った事にならないわ。私に3年間、弁護士の仕事をさせて。ダメなら家を出るわ、東京で事務所を開くわ」

父は立ち上がり怒鳴った。
「お前はまだそんなこと言ってるのか、この親不孝者。松平家を潰す気か」
父は、座卓でもひっくり返して暴れそうな剣幕だったが何もせず、荒々しい足取りで部屋から出て行った。
母も大きなため息をついて「貴女、いつもそう言って、、、親を悲しませるのも程々にして」と言ってから部屋を出て父のところへ行った。

父は居間の安楽椅子に座り、憮然とした顔で庭を見ていた。母は父の横に座ると、大きなため息をついてから独り言のように言った。
「明日はまた家出ですかね、、、」
「あの忌まわしい事件さえ起きなければ、、、弁護士になるのを止めるべきだった、、、今さら遅いが、、、」
「私も同じ、、、私は、まさか和子が司法試験に合格するとは思っていなかったものですから、、、」
「よりにもよって1回で合格するとは、、、いったい誰に似たのか。ワシもお前も、そんなに頭が良かったとは思えんのじゃが、、、」
「ほほほほ、トビが鷹を産んだのですよ、、、で、明日どうしますか、部屋から出れないように鍵をかけときますか」
「そうすると、あの頑固者は また2階の窓から飛び降りるじゃろう、怪我でもされたら敵わん、好きなようにさせておけ」
「ほほほほ、頑固なのは貴方似ですものね」
「ふん、ワシは頑固でも折れる時はおれる、じゃがアイツは折れることを知らん。あれでは嫁の貰い手がない、、、松平家もワシの代でお終いじゃ、、、それだけは何とかしたいんじゃがのう」
「運命でしょうかね、、、運命には誰も逆らえないのでしょうかねえ、、、」


一人になると和子は、しばらくぼーとしていたが気を取り直したような表情でノートパソコンを持って自分の部屋に入っていった。
中から部屋の鍵を掛けると机の前に座り耳栓を着けた。それからもう一度文献を読み直した。
読み終えると和子は(これは告訴できる事柄だろうか?)と考えた。
(この証拠資料を読むと、人工地震の可能性が高いように思える、、、本当に人工地震だったと証明されたとしたら、正に人災であり、故意の殺人であり、重大犯罪だ。当然、犯人が居て、その犯人を告訴するべき、、、最大の焦点は「人工地震だったと証明されるか」と言う事と「犯人を特定できるか」と言う二点だわ、、、でも、何故これを私の所へ、、、西田さんの住まいは東京、弁護士は多いわ、なのに何故、名古屋の私に依頼するのかしら、、、そうだ明日、東京の先輩に相談しょう。ついでに西田さんにも会おう)

そう考えると和子は東京に行く準備をした。いつの間にか東の空が薄明るくなっていた。
(ちょうどいい時間だわ)そう思うと和子は部屋のドアを開けた。
ドアの横に小さな座卓が置いてあり、その上におにぎりと漬物とゆで卵がビニール袋に入れて置いてあり「家出しても、しっかり食べてね」と書き置きがあった。
さすがに心が咎めた和子は、書き置きの裏に「ありがとう、お母さん、東京の先輩に会ってきます」と書いてからビニール袋をバッグに入れ出発した。
新幹線の中でおにぎり等を食べ終えると、和子は睡魔に襲われ東京に着くまで眠っていた。

通勤ラッシュ時の東京駅に着いて和子は驚いた。東京へは何度も来ているが通勤ラッシュ時は初めてだった。
(アハハ、またドジった。こんなに早く来ても先輩に会えない、、、仕方ない、コーヒーショップでも、、、)
和子は駅ビル内のコーヒーショップに入った。8時半になってから先輩に電話した。
「忙しくて昼間は会えない、夜どこかで一緒に食事しょう」と言われ、和子はまたため息をついた。
計画性のない自分の行動を改めて後悔した。せめて前日に電話しておくべきだった。とは言え、先輩に会おうと思ったのが今日の明け方では電話もできなかった。
(だとしても、思い立ったらすぐ行動、、、私のおっちょこちょいは、いつ治るのかしら、、、そうだわ、西田さんへも電話しておいた方が良いわ)

電話で「今日お会いできないでしょうか」と聞くと「今、新幹線の中です。後、20分ほどで東京駅に着きます」との返事「じゃあ駅ビルの00コーヒーショップで待ってます」「分かりました」となった。
(へえ~このような時もあるんだ)と和子は喜んだ。
30分ほど経って西田がコーヒーショップに入ってきた。和子は手を振って居場所を知らせた。
「昨日はどうも」そう言いながら西田は和子の対面に座った。
「おはようございます。私、今日先輩に会う予定があって東京に来たのですが、あのメモリースティックの内容について少し御確認したい事もありましたので、、、西田さんは今、名古屋から帰られたのですか?」
「はい、日帰りするのもどうかと思い、名古屋観光しょうと思い立ったのですが、よくよく考えたら見たい所がなく、一泊しただけで帰って来ました。で、確認したいと言う事は何ですか」

和子は、素早く頭の中を整理して言った。
「『犯人についての文献』の『はじめに』からの文章は西田さんが書かれたものでしょうか」
「いえ私ではありません、友人が書いたものです。この依頼自体が友人の依頼です。
友人は半月ほど前に亡くなりましたが、私への遺言としてメモリースティックが送られてきたのです」
「そうだったのですか、、、ご愁傷様です、お悔やみ申し上げます」
和子はそう言って頭を下げ、続けて聞いた。

「でも何故、私に依頼を、、、東京にも弁護士はいっぱい居られるでしょう」
「貴女への依頼も友人の指定です、、、貴女は友人の知り合いだったのですか」
「お友達の、御名前は?」
「名前は私も知りません」
和子は驚いて聞いた「お友達の名前をしらない」
「はい、知りません。友人は一度も名前を言いませんでしたから、、、顔に傷跡のある男です、一度見たら忘れられない顔です」そう言って西田は、自分の顔に指先で傷跡の位置を示した。
「顔に傷跡がある、、、私は、そのような男性は知りません」
「友人を知らない?、、、しかし友人は貴女のプロフィールを載せた上に、有能な人だと書いていました『必ず、奴らを訴えてくれるだろう』とも、、、まあ、プロフィールは弁護士会のホームページ等でも調べられるでしょうが、『有能な人』『必ず、奴らを訴えてくれるだろう』と書いてあると言う事は、友人は貴女の事を良く知っていたと思えるのですが」

和子は少し考えてから言った。
「いくら考えても、顔に傷跡のある男性は知りません、、、」
西田は合点がいかない表情で言った。
「、、、そうですか、、、でも、まあ、友人の指定だったので名古屋まで行ったのです」
「そうでしたか、わざわざ御越しいただき、ありがとうございました、、、
文章内容についての話に戻りますが、では東日本大震災で被災されたのも、御友人だったのですね」
「そうです、津波で御家族全て失われたと聞きました、、、その後、東日本大震災が人工地震により引き起こされたと知って、どうしても告訴したくなったそうです。しかしその前にガンで寿命が尽きた」
「そうだったのですか、、、」そう言うと和子は少し黙って考えた。
(書いたのが西田さんでないなら内容について尋ねても仕方ないわ、、、さて、どうしょう、、、)
和子が、質問を止めようかと迷っていると西田が言った。

「昨日の今日で、お聞きするのは早すぎるのですが、告訴できそうですか」
「まだ何とも言えません。人工地震だったと証明される事が前提条件になりますので、先ずはその事から、、、もし証明されたら、これは国際的な大問題になります。日本政府が認めるかどうかもわかりません」
「証明されたら15893人の方が殺害された事になりますが、それを日本政府が認めないかも知れないと?」
「今の段階では全て憶測ですので、、、とにかく1週間、考えさせていただきますわ」
「分かりました、よろしくお願いいたします」と言って西田は軽く頭を下げた。
誠実そうなその仕草をみて和子は好印象を抱き、西田がそのまま立ち去るのではないか、もう少し一緒に居て欲しいと瞬間的に思った。和子は言葉を選んで言った。

「私としましては、告訴代理人についても多少知っておきたいのですが、西田さんの御職業は?」
「、、、昨日差し上げました名刺に記載されている通り私立探偵をしています」
「あっ、そうでした探偵でしたはね」
(いけない、またドジった、つ、次の質問は、、、ダメ思いつかない、ど、どうしょう、、、)和子は焦った。
幸いにも、和子の心理状態に無頓着な西田は言った。
「探偵とは言っても依頼が無ければ、ただの暇人です。これから家に帰ってもする事もありません」
それを聞いて和子はホッして言った。
「弁護士も同じですわ、依頼がないと暇を持て余してしまいます」
「えっ、有能な貴女が暇なのですか?」
「暇です。事務所を開いて3年間、両親に邪魔をされて1件の依頼もありませんでしたので、有能かどうかもわかりません」
「えっ、ご両親に邪魔をされて1件の依頼もない、、、どういう事ですか」

(しまった、言わなくよい事を、、、またドジった、、、でも良いわ、何もかも言っちゃおう)
「両親は私が弁護士になるのを反対していまして、事務所を開いてからも昨日のように受話器を外したりして依頼が来ないように邪魔をするんです。だから今日のように家出して」
「えっ、家出、、、貴女はいま家出してるんですか」
(しまった、家出の事まで言わなくても、、、)仕方なく和子は苦笑交じり答えた。
「はい、家出して東京に着いたばかりです。でも、先輩弁護士に会う約束はありますよ」
西田は目を丸くして言った。
「弁護士が家出、、、」
「はい、過保護な両親への反抗です」

和子がそう言った時のふくれっ面に、思わず西田は噴き出してしまった。
(まるで十代の生娘のようだ、しかしプロフィールでは今年35歳、、、面白い女性だ)
「家出と言う事は、行く当てがないと言う事ですね。つまり暇だと言う事ですね」
「はい、その通りです。今夜先輩と食事するまでは暇です」と言って和子はいたずらっ子のような目で西田を見た。もうやけくそだった。
西田は(俺も暇だと言った。暇人同士付き合えって事か)と解釈して言った。
「私で良ければ観光ガイドに変身しますが、どこか行きたい所がありますか?」

コーヒーショップを出ると二人はスカイツリーに行くことになった。
「東京は何度も来ていますが、スカイツリーはまだ行ったことがありません。我儘言ってすみません」
「構いませんよ、私もスカイツリーは初めてですし、今日は二人で童心に返ったつもりで楽しみましょう」
実際スカイツリーからの眺めは素晴らしかった。西田は知人から聞いてはいたが本当に富士山が見えたのには、ちょっと感激した。
東京はこれだけの大都会でありながら、北京やソウルと違って空気がきれいだと言う事が実感できた。

和子もスカイツリーからの絶景に魅せられているようで、しばらく無言で眺めていた。
その横顔を盗み見た西田は、和子がかなりの美人である事に気づいた。同時に35歳で独身だということに疑問を持った。
(まあ、俺には関係のない事だが、、、昨日知り合ったばかりの二人がこうしてここに居る、、、これも何かの縁か、、、いや違う、あの男のせいだ、、、
かおるを殺し、義父を骨折させ、友人知人を殺された、、、憎い憎い男、そして俺が射殺した男、、、)
ふと我に返ると和子が居なくなっていた。あたりを見まわすと人混みにの向こうの曲部分に隠れそうな所まで行っていた。西田は、急いで近くへ行った。その時、腹の虫が鳴いた。思い返せば今日はまだコーヒーショップでコーヒーを飲んだだけだった。

展望台を一周すると、西田が誘ってスカイツリーレストランに入った。
椅子に座ると和子が言った「ここ高いんでしょう」
西田は微笑して言った「お金の事は心配しないで」
「探偵って高給取りなの、それとも元からお金持ちなのですか」
「いえ、、、友人が9桁の遺産をくれたのです。依頼した貴女とここで食事するくらいは構わんでしょう」
「へぇー友人の遺産、すごい、、、でも東日本大震災で全て失われたとか、、、」
「詳しい事は知りませんが、たぶん元からのお金持ちだったのでしょう」西田は、男の職業は言わなかった。

2時ころスカイツリーを出た。そこで別れる事にした。
「今日は、ありがとうございました。名ガイドのおかげで楽しかったですわ」
「名弁護士の貴女にそう言われて光栄です」
「名探偵はお世辞も、お上手なんですね。恐れ入りましたわ」
「ハハハ貴女には敵いません」西田は、笑みを浮かべて和子を見た。
和子は、西田の視線をはにかむような表情で受け止めた後「では、これで失礼いたします。告訴の件は1週間以内に御連絡しますので」と言って背を向けた。
西田は、和子の姿が街角で見えなくなるまで見送ってから歩き出した。

西田は、マンションに帰ると荷物を置いてから入院中の義父を見舞った。
義父立花一徹は、顔の腫れは治っていたが、骨折の方はまだ2~3ヶ月の入院が必要だった。
西田は義父に、北海岸での男との出来事を既に話していたが、義父の男に対する憎しみは少しも変わっていなかった。とは言え、西田によって射殺された事で心中のケジメはついているようだった。
そして、西田が射殺した事が決して明るみに出ないよう、適切なアドバイスをくれた。
義父のアドバイスに従い、西田は刑事を辞め、表向き探偵の看板を挙げた。
税務署等への収入源の書類作成上、守秘義務のある探偵業は好都合だと言う事だった。
おかげで男からの遺産を表ざたにしないまま自由に使うことができた。

しかし義父は、男の願いの人工地震の犯人を告訴することについては消極的だった。
「遺産は慰謝料としていただいておけば良いですが、あんな男の願いを聞いてあげる義理はないですね」と義父は言った。
以来、西田は犯人告訴の件については話さなかった。
今も名古屋に行った事も話さず、夜通し歓楽街で遊んでいたと言った。
義父は「金があるのですから、それも良いでしょう。無理もない事です。私とて足が治ったら同行したいくらいです」と言い虚し気に笑った。


そのころ和子は、先輩弁護士の林と食事していた。
林は、和子よりも4年早く東京で弁護士事務所を開いていた。顧客に恵まれているのか林は羽振りが良かった。和子を銀座の料亭に連れていき高級料理を振る舞った。
和子は驚いて言った「林先輩、凄いですね」
「ははは、和子さん、弁護士になったならこれくらいの生活はしないと、、、貴女も実家の事務所など閉めて東京で開きなさい。顧客ならいくらでも紹介してあげるよ」
「ありがとうございます。でも両親が許してくれないんです。弁護士になった事さえ反対しているんですから」
「もったいない話しだ。弁護士になりたくてもなれない人が多い中で、司法試験に1度で受かった有能な貴女を実家に埋めてしまうとは、、、ところで今も独身なのかね」
和子は(またこの話し、うんざりだわ)と心のなかで舌打ちしながら答えた。

「ええ、まあ、、、結婚なんてしたくありません」
「貴女のような美人が、これまた勿体ない事だ、、、あの時、愚妻との関係が無かったら貴女にプロポーズしたものを、そう思うと今も後悔しているよ」
「何を言われます、素晴らしい奥様じゃあないですか、社長の御令嬢で才女で名のしれていた、私にとっても憧れの奥様です」
「貴女にそう言ってもらえると嬉しいよ、酒がうまい。今夜は飲むぞ。貴女も少しは飲みなさい」
そう言って林は和子の盃になみなみと注いでくれた。
和子は「ありがとうございます」と言って盃を口に運んだが、舐める程度で卓上に置いた。

「林先輩、少し教えてください」
「ん、何かね」
「林先輩は東日本大震災をどう思いますか?実は昨日、『東日本大震災は人工地震で起こされたもので人災だから犯人を告訴して欲しい』との依頼があったのですが」
林は持ち上げていた盃を置き、しばらく無言で和子を見つめていた後、深刻な面持ちで言った。
「、、、貴女は、それについては関わらない方が良い」
林の面持ちにつられ和子も顔を強ばらせて聞いた「どうしてですか?」
「、、、一人の弁護士がどうのこうのできる問題ではないんだ。日本という国の存亡にも関わる、、、」
その言葉では引き下がれないと感じた和子は言った。
「でも人災なら15893人もの方々が殺害された事になります、大犯罪です。放っておけません」

林は胸元で腕を組み、目を閉じて考えていたが辛そうに言った。
「和子さん、、、悲しい事だが、世の中には正義を貫けない事もある、、、貴女が言う通り人工地震だと証明されたら大虐殺事件だ。当然犯人を告訴するべきだが、犯人は日本の同盟国だ。まあ、同盟国とは外交上言っているだけで実際は日本を支配している国だ。そんな国を相手に告訴できると思うかね」
「じゃあ、15893人の方々はどうなるんですか?、虐殺されたと分かっても遺族の方々は何もできないのですか?、殺人事件だと分かり犯人が分かっていても何もできないんですか?」
「そうだ、何もできない、だから正義を貫けない事もあると言ったんだ」
林の声には強い憤りが込められていた。理由は分からなかったが、和子を黙らせる力があった。

しばらく沈黙が続いた後、林が苦し気に言った。
「和子さん、悪い事は言わない、その依頼は断りなさい、、、
実はそれは、私が数年前から密かに準備している案件なのだ、しかし公にするには多くの賛同者が要るし、最適な時期を選ばなければならないんだ。失敗すれば私の命に関わる、、、いや、私の命だけでなく、本当に日本の存亡に関わる、、、
想像してみたまえ、正義を貫くために 日本国民の多くが『ハメリカによって15893人が殺された』と世界に向けて発信したらどうなるか、、、もっとも、そうなる前に二本政府によって潰されてしまうだろうがね」
和子はそれ以上何も言えなかった。うつむいて黙っていると林が陽気な声で言った。
「和子さん、その話はもうお終いだ。久しぶりに会えたんだ、楽しく飲もう、、、さあ、盃を持って」
和子が盃を持つと「前途洋々な和子さんの未来を祝して、そして一日も早い結婚を願って乾杯」と言って酒を飲み干した。和子も同様にするしかなかった。

強いてそうしたのか、その後はいつもの林のまま陽気に飲んでお開きになった。
和子はタクシー代まで出してもらって料亭前で林に見送られた。
夕方予約していたホテルの部屋に入ると、ドッと疲れを感じた。風呂から出て、洗った髪をタオルで包みベッドに入るとすぐに寝入った。

翌朝、みだれ髪に櫛を入れながら和子は、昨夜の林との会話内容について考えた。
(林先輩は既に何もかも知っているんだわ、、、東日本大震災が人工地震によって引き起こされた事も、犯人がハメリカだと言う事も、、、そして犯人がハメリカだと、二本政府は何もできない事も、、、
林先輩が言われたように、私はこの件には関わらない方が良さそうだわ、、、この件、断ろう。断るなら早い方が良い。西田さんに電話しょう)

和子が電話すると、寝起きの悪い西田の無愛想な声が聞こえた。
「ふぁーい、西田で~す」
「おはようございます西田さん、えっ、いま起きられたんですか?」
「、、、いつもは、まだ寝てます、、、松平さん、ですよね。急ぎでなければ、あと2時間くらい眠らせていただければ幸いです、、、」
「わかりました、2時間後にまた御電話差し上げます」と言って電話を切って時計を見た。9時過ぎだった。
(2時間後って事は11時だわ、いつもそんな時間に起きるのかしら?)
仕方なく和子は、2時間後ホテルをチェックアウトしてから電話した。いつもの西田の声が聞こえた。

「先ほどはどうも失礼しました。用件をどうぞ」
「告訴の件、お断りしたいと思いまして、それでメモリースティックとお金をお返ししたいのですが、お会いできないでしょうか。お返ししたら、すぐ名古屋に帰るつもりですので、できるだけ早くお会いしたいのです、勝手言ってすみません」
「、、、今日お返しいただかなくてけっこうです。さほど荷物になるとも思えませんので、いつかまたお会いできる時まで持っていてください。私としては、気が変わってくださるのを期待しています」で電話は切れた。
和子は(気が変わることはないけど、、、まあ良いわ、このまま名古屋に帰ろう)と考え、駅に向かった。

西田は、和子に断られても落胆しなかった。
最初はあの男の遺言だからやろうと思ったが、名指ししていた和子が断ると言うなら、強いてお願いする気も起きなかった。また東日本大震災の被災者でもない西田自身は、あまり関心もなかった。
まして、告訴後に和子のボディガードなどしたいとも思わなかった。
男の遺産で、お金は使い切れないほどあり、今は留守番がてらマンションに居るが、義父が退院すれば立花家とも縁を切り、海外にでも行ってのんびり暮らすつもりでいた。
そんな心づもりだった西田は、告訴の事などすぐに忘れてしまった。


数か月後
林は、一匹狼的な同年代の政治家と料亭で食事していた。
「中本さん、機が熟しました。例の件を国家で、、、手はず通りに、、、」
「そうですか、わかりました」

数日後、衆議院議員中本の質問。
「~人工地震のこれだけの証拠がありながら何故、政府は検証しないのでしょうか。仮に人工地震であったと証明されたら、東日本大震災は人災であり、殺人事件と言う事になりますが、そうなった場合、15893名の亡くなられた方々に対して、また数万人の被災者の方々に対して政府はどう責任を取るおつもりか、ご返答願います」
その後すぐに、テレビの国会中継が中止された。だが、数人の同志がネット動画配信した。その日のうちに視聴者数が10万人を超えた。
同じ日、林弁護士は、数万人の署名を添えて裁判所に告訴した。しかし、どこの新聞もテレビニュースも報じなかった。林は、自ら動画配信した。これも同志により緊急拡散された。1週間後には視聴者数100万人を超えた。それでも新聞テレビは報じなかった。

林は、動画でデモを呼びかけた。
次の日曜日、国会議事堂前に数千人が集まり「政府は国民に真実を言え!東日本大震災は人工地震だったと認めろ!人工地震で引き起こされた東日本大震災の死者はハメリカによる虐殺事件だ。二本政府はハメリカを訴えろ!」等と叫んでデモ行進した。
しかしそのデモはテレビ新聞で報じられなかった。
林はデモの動画をネット配信した。だが数時間後、配信は停止された。林が配信元に問い合わせても「不適切動画と判断されました」と答えるだけで理由も説明もなかった。
林は「契約違反だ、告訴する」と言ったが、相手にされなかった。

林は、事務所で夜遅くまで告訴に必要な書類を作り、それをカバンに入れて事務所を出た後、行方不明になった。
翌日、家族から捜索願いが出され、警察が捜索したが、2週間経っても林の行方は分からなかった。

そのころ中本議員は、痴漢容疑で警察に捕まり、テレビ新聞で大々的に報じられた。
中本議員の供述と痴漢されたと言う女性の供述に大きな食い違いがあるにも関わらず、テレビ新聞は女性の供述のみを報じ続けた。
中本議員は憤慨し、女性を名誉棄損で告訴することを発表した。するとその翌日、女性は失踪しテレビ新聞による報道もされなくなった。
中本議員は、この理不尽な事件の裏に政府の圧力を感じていたが、その証拠を掴むことはできなかった。

林弁護士は1ヵ月経っても行方が分からなかった。
中本議員は、管轄の警察署に行き捜索状況を聞いた。しかし「全力で捜索しておりますが、何も進展がありません」と聞かされただけだった。
中本議員は、担当刑事のしらじらしい言い方から、警察署にも何らかの圧力が掛かっているのを感じ取り(これでは恐らく林弁護士は発見されないだろう)と思った。

中本議員は、林弁護士の家族を見舞った。初めての訪問に妻は驚いて聞いた。
「中本議員と夫とどのような御関係なのでしょうか?」
「大学のころからの友人です。」
「そうでしたか、、、お越しくださり、ありがとうございます、、、」
「奥さん、こんな時に聞くのも何ですが、行方不明になる前に何か変わったことは無かったですか」
「、、、変わったこと、ですか、、、」林の妻は少し考えてから言った。
「関係ないかもしれませんが、、、夫の失踪前に、外国人が家の周辺にたむろしていたのを何度か見かけました」
「外国人?」
「はい、外見は日本人のようでしたが、話している言葉が日本語ではなかったです」
「、、、う~む、そうですか、、、その事は警察に話しましたか」
「いえ、、、警察の事情聴取を受けたころは混乱していて思い出せませんでしたから」
「わかりました、、、奥さん、今日はこれで失礼します。また寄らせてください」そう言って中本議員は立ち上がった。その時、玄関のチャイムが鳴った。林の妻が急いでドアに近づき「どなたですか」と尋ねた。
「松平和子です」
「ああ、和子さん、はい、はい今開けます」

ドアを開けると、小柄な和子が「名古屋名物ういろう」と書かれた紙袋を下げて立っていた。
和子は、東京に来るといつも林に会い、自宅にも何度か招かれていて妻とも親しかったが、しばらく来ていなかった。だが、林が行方不明になったと知ってすぐ来て、以来2度目の訪問だった。
和子は土産を手渡しながら「その後、何かわかりましたか」と聞いた。その時、帰ろうとしていた中本を見て、軽く会釈した。
林の妻がそれに気づき和子に紹介した「国会議員の中本さんです」
「あ、松平和子です、林さんの後輩弁護士です」
「中本です、、、貴女も弁護士ですか」
(こんな若くて可愛い人が弁護士、、、)中本はちょっと意外な気がした。そして少し話をしてみたくなった。

中本は土産の紙袋を見て言った「名古屋から来られたのですか」
「はい」
「私も生まれは名古屋です、しかし高校からは東京で林君とは大学の時からの友人です」
「え、そうだったんですか。私は司法試験を受ける時、林先輩にいろいろ教えていただたおかげで受かりました。恩人のような先輩です、、、その林先輩が行方不明になられたと知って驚いて、、、」
「私も心配で、、、先日、警察署に行って現状を聞きましたが『全力で捜索している』と言うだけでした。何故か警察も当てにならないように感じました」
「警察が当てにならないのなら、私はどうしたら良いのですか」と突如林の妻が大声で言った。
中本の言葉を聞いて、抑えきれない憤りが言葉となって噴き出したような言い方だった。
「夫が行方不明になって1ヵ月以上経っても警察の言う事はいつも同じ『全力で捜索しております』だけです、私が行くとあからさまに迷惑そうにしますし、本当に捜索しているのか疑いたくなります。警察以外で夫を探してくださる所があるのでしたら頼みたいくらいです」と林の妻は怒りのこもった声で言った。
「、、、」
中本は何か言おうとして止めた。警察について言える「事」があったが今は言わない方が良いと判断したようだった。その時、和子が控えめに言った。
「私の知り合いに探偵が居ます」
「探偵?」と言って林の妻は和子を見た。
中本も和子の方を見て言った。
「、、、探偵か、、、探偵も人によりけりだが、当てになりそうなら頼んでみるのも良いかもしれない。会ってみたいな」
「私、電話してみましょうか?」
中本は頷き、林の妻は「お願いします」と言った。

「もしもし、西田さん、松平和子です、、、覚えていますか?、、、ああ、良かった、実は探偵をお願いしたいのですが、お会いできないでしょうか?、、、ええ、私は今、東京に来ています、、、わかりました、ちょっと待ってください」和子は携帯電話を耳から外し、林の妻に小声で聞いた「明日11時、東京駅ビルで、、、」
林の妻が頷いたのを見て和子は「では明日11時にコーヒーショップで」と言って携帯電話を切った。
携帯電話でのやり取りが聞こえていた中本は「私も同席して良いですか」と林の妻に聞いた。
林の妻は「是非お願いします」と言いながら軽く頭を下げた。
「では、今日はこれで失礼します、、、松平さんは泊まられるの?」
「いえ、駅前のホテルに帰ります」
「じゃあ駅まで一緒に行こう、、、すみませんがタクシーを呼んでもらえませんか」


翌日の11時、駅ビルのコーヒーショップに4人が集まった。和子が西田を二人に紹介した。
中本に、探偵以前の職業を聞かれ西田が「七曲署の刑事でした」と答えると中本は安心したように言った。
「元刑事なら警察の裏事情も分かっているだろう。林君の捜査は、どうも上からの圧力がかかっているようで進展がみられないなのだ。警察が当てにできないなら自分たちでやるしかない。それで西田さんに来てもらったのだ」
中本の後、林の妻が経緯を話し、続いて中本も国会での質問やその後の報道機関の対応等を話した。
最後に「私と林君がやっていた事は、二本政府にとっては、どうしても隠しておきたい事だろう。政府が警察に圧力をかけたとしても不思議はない」と中本が付け加えた。

(政府が圧力をかけたなら、林氏は警察では発見できないだろう。俺が探しても無駄だと思うが、、、)と思ったが西田は口に出さなかった。
ダメだった場合、お金は返すつもりで一応基本料金で引き受けた。
藁にも縋る表情で「よろしくお願いします、夫を見つけてください」と頭を下げてから林の妻は帰って行った。
その後、中本が低い声で耳打ちした。
「奥さんの前では言えなかったが、政府が絡んでいたら、まあ絶望的だろう。遺体が見つかれば良い方だ、、、奥さんが言ってた『日本人に似た外国人』の方からたどったら案外と探しやすいかも知れない、、、時どき捜査の進捗状況を教えてくれるとありがたい」
それから和子に「私は帰るが松平さんは」と聞いた。
和子がすぐ「西田さんともう少しお話ししたいので、、、」と言うと中本は軽く手を振ってから去っていった。

西田と二人だけになると和子は「西田さんだけにお話ししておきたい事があるのです」と前置きしてから話し始めた。
「奥さんや中本さんの話されたこと以前に、私が林先輩から聞いた事です。西田さんに依頼された『東日本大震災は人工地震で引き起こされた人災だからハメリカを告訴する』と言う事について林先輩にご相談したのですが、その時、林先輩は『貴女はその件に関わらない方が良い。その件は自分が数年前から準備している事柄だが、場合によっては命に関わる事になる』と言うような事を言われました。まるで今回の御自身が行方不明になる事を予想していたかのようでした。」
「その話はいつの事ですか?」
「西田さんにスカイツリーへ連れていっていただいた日の夜です」

西田は少し記憶をたどった後「、、、あの時、貴女が『先輩と会う約束がある』と言われてたのは林さんの事だったのですか?」と聞いた。
「はい、そうです、、、それで、私が西田さんから例の依頼を受けていた件は、林先輩の奥さんにも中本さんにも話していませんし、話さない方が良いと思ったのです」
「、、、まあ、そうですね、私の依頼は別件ですし、林さんが行方不明になられた事とは関係ありませんでしょうから」
「ですので、これはお返しいたします。」そう言って和子は、メモリースティックと封筒を西田に差し出した。
すると西田はそれを和子に押し返して言った。

「これは、もう少し貴女が持っていてください。そして後でもう一度見てください。
実は私も、林さんが告訴したことに関心を持ち、告訴から行方不明になられたまでの経緯等を調べてみた事があるのです。するとその内容が、メモリースティック内の友人が言っている内容とよく似ているのです。告訴に至る経緯ですので似た内容になるのかも知れませんが、何か気になるのです。友人は『今こそ国民が立ち上がるしかない』と言っていますが、林さんは正にそれを実践して、その結果、、、」
「、、、とにかく、林先輩を探しください。私からもお願いしますわ」
「、、、見つけられるかどうか分かりませんが、やってみましょう」そう言って西田は立ち上がった。


林弁護士事務所のある地域を縄張り内に持つ組の、有力幹部が仕切っている事務所に、西田は一人で入って行った。
「なんだ、てめえは」すぐに組員数人が西田を取り囲んだ。しかし西田は平然と言った。
「00組の趙に紹介されて来た。劉さんに会いたい」
若い者が奥に入って行き、帰って来ると他の者に目配せした後で言った「こちらへどうぞ」
案内された狭い応接室のソファーに座って5分ほどすると、目の細い四角顔の男が入って来て、訛りのある日本語で言った。
「趙とどんな関係だ」
「以前、助けた事がある」
「助けただと」
「ああ、薬で捕まえたが逃がしてやった」
劉は、無遠慮に西田を見まわして言った「デカか」
「ああ、以前はな、だが今はケチな探偵だ、、、1ヵ月ほど前に林弁護士が拉致された。その情報を買いたい、、、これは前金だ。良い情報なら倍出す」そう言って西田は札束を劉に渡した。
劉は札束を見て一瞬目を輝かせてから、急に愛想よい表情になって言った。
「1週間後に来てくれ、必ず良い情報を仕入れておく」

1週間後、劉は小声で言った「龍グループがやった。既に東京湾に入っているとの事だ。龍グループを使ったのがハッキリしないが、893ではないらしい」
西田は立ち上がって言った「肝心なところが分からないなら、良い情報とは言えない。1週間後にまた来る」
「うっ、ま、待ってくれ、、、これを言うとワシらが潰される、そんな組織だ」
「霞が関か桜田門か?」
「霞だ」
西田は、札束を手渡すと事務所を出た。若い者が後をつけたがすぐに見失った。

その夜、西田は中本に進捗状況を知らせた。中本は興奮して言った。
「霞が関が龍グループを使って弁護士を拉致したとしたら、大問題になる、、、しかも、人工地震で告訴した弁護士となれば、政権与党は、、、」
「、、、確かに、だが龍グループへの依頼人を特定できない」
「実行犯を片っ端から捕まえて吐かせろ」
「俺は、いや私は警察じゃない、、、警察は霞が関の言いなりじゃないのか」
「うっ、、、霞が関、、、大物政治家でさえ敵にしたくない組織、、、俺のような孤立無援の政治家ではとうてい刃向かえない日本最大の組織、、、」

「だが私が分からないのは、そんな大組織が何故、一人の弁護士を、、、まあ、人工地震でハメリカ告訴となれば、ハメリカも見過ごせない。主従関係のような霞が関に『煩わしい芽は小さいうちに摘んでおけ』との指示があったとも考えられるが、、、」
「、、、全ては、証拠か、、、」
「証拠が無ければ警察は何もできない、、、林さんの奥さんに何と伝えたら良いのか、、、」
「、、、これが日本の現実か、、、国の安泰のためなら国民一人の命など奪い取っても良いと言うのか、、、
それ以前に、自国に従わせるために15893人もの命を奪い、それを糾弾する者を抹殺する国、、、
そしてその国の言いなりになるしか選択肢のない国、、、これが日本の現実か!、、、」
「、、、分かった、奥さんには、今中本さんが言った事を伝えよう。他に言いようがない」
翌日、西田は自宅に行って林の妻に伝えた。林の妻は泣き崩れ叫んだ。
「日本が憎い、ハメリカが憎い、夫を、夫を返せ!」

マンションに帰ってきても西田の耳に林の妻の絶唱が響いていた。
義父はまだ退院できず、一人だけの室内で西田は食事した。茶を入れて座ると、ふと数ヶ月前の義父の絶唱を思い出した。そして同時に、最愛の妻を殺されたあの時の憤りと悲しさが蘇ってきた。
その憤りと悲しさに償うためにはどうすれば良いのか、西田は考えた。椅子に座ったまま考え続けた。
(かおるは何故、殺されたのか、、、かおるだけでない、川上君もその妻も、、、ペットショップの店長も、、、
米粒のようなマイクロチップのために、その持ち主の怒りのために殺された。何の罪もない人が、権力者の身勝手な指示により殺された、、、しかし日本は、その権力者を捕まえる事もできない、、、

東日本大震災も日本を言いなりにさせるために、奴隷にするために奴らが起こし、15893人もの何の罪もない日本国民を殺した、、、そしてその事を訴えた人をも、奴らの手下になった二本国民の組織が殺した。
、、、日本は何故このようになったのか、、、誰が日本をこのようにしたのか、、、その答えは分かっている、、、
全ての根源は奴らだ。奴らが金を搾り取るために日本をこのようにしたのだ。言う事を聞かなければ人工地震で日本を破滅させるぞ、と脅して、、、
フリーメゾンの33階級者、、、どんな人間だろう、、、自分のマイクロチップのためなら日本人を虫けらのように殺させる。日本人など、まるで『人間ではない』とでも思っているかのように、、、
このような人間に本当に日本が支配されているなら、人工地震で東日本大震災を起こし、15893人もの日本国民を殺しても、奴らは何とも思わないだろう。正にあの男が言った通りだ、奴らは人間ではない、、、)

考えるにつれ西田の心中に、奴らに対する憎しみが湧いてきた。
(奴らは人間ではない、悪魔だ、、、奴らを叩き潰す事はできないのか、、、あの男が奴らの悪事を載せていた。あの資料をもう一度読んでみよう。何か奴らの弱点が解るかも知れない)
西田は寝室に入ってメモリースティッをコンピューターに接続し、男が載せていた奴らの悪事を読み返し始めた。

読んでいくうちに、奴らは日本だけに悪事を行っているのではなく、世界中の多くの国に対して悪事を行っているのが分かった。
そんな国の中で現在貧しい国のほとんどが、奴らによって既に経済植民地化されていた。
そのような国は、国民を養うために借金に借金を重ね経済破城していた。
国民は食物を得るためだけに働いているようなもので、働けど働けど暮らしは楽にならなかった。
国民の不満は高まる一方で、不満を抑えきれなくなった国民による暴動や略奪が頻繫に発生した。
生きるために、必死で金を得ようとし、金を得るためなら殺人をも犯すようになった。治安は悪化し、暴行事件が多発した。
国民も為政者も、他人の事など考えていられず、自分の事そして、金を得る事しか考えられなくなった、、、

(南米の半数以上の国や東南アジアの数か国、アフリカの多くの国が既に、奴らによって破城させられている、、、
どこでも同じだが、働けば利益が出る。しかしその利益を奴らが奪い取るために、働いている者には利益がない。
膨大な借金のため働いても働いても利益を得れない国民と国、、、そのような国から搾り取った金で巨万の富を得た奴らは、金の力で軍事大国の政治家を買収し、意のままに操って戦争まで仕掛ける。
その犠牲となったイラキーやリビラーは、国土は荒廃し経済破城している。これらも全て奴らの仕業。
こんな奴らに、日本も金を搾り取られている。そのせいで日本経済は停滞し、働いている人の収入は上がらず、将来の見通しが立たず結婚もできない若者が増え、生活費にも事欠く年金生活者が溢れている、、、かと思えば、為政者や霞が関連中は高額所得でのうのうと暮らしている。これも奴らの仕業。
正にアメとムチ。仲間に入れば儲けさせ、従わない者は金を奪い取る。仲間に入れば奴らの言いなり、同国民でも不幸にする。その犠牲となった一人が林弁護士か、、、自分たちの安泰のため、言い換えるなら自分たちの収入のため、同じ国民の一人を抹殺した、、、これが二本の為政者や霞が関連中の行いか、、、

終戦までの日本には「清貧」と言う言葉があった。
ほぼ全ての日本国民が、貧しくても清く正しく生きていた。貧しくても、互いに助け合って生きていた。
人々の心の中には、他人を思いやる優しさがあった。だから貧しくてもみんな幸せに生きられた、、、
それを奴らは壊した。
『人間にそのような、他人を思いやるような優しい心など必要ない。人間は、支配する者とそれに従う者だけが存在すれば良い』とでも考えているのか、奴らは金と武力で世界中を支配しょうとしている。
そして現在の奴らの力は巨大だ。『世界中の富の半分以上を1%の富裕層が持っている』と聞いたことがあるが、正に奴らの財力は巨大で、その財力でハメリカをも操り、人工地震をも起こさせた、、、
ハメリカをも意のままに操れる奴らに、、、俺一人で何ができようか、、、)
そこまで考えた時、西田は日本の未来に絶望した。

(とても俺一人でどうにかできる事ではない、、、
生活に不自由しないだけの金の有る今、俺も為政者や霞が関連中と同じように、苦労して生きている一般国民を無視して、日本の未来など考えもしないで、ただ自分の事だけを考えて生きて行けば、、、それは容易い事だが、、、
かおるは、、、殺された、かおるは、ど、う、な、る、、、川上君や妻はどうなる、黒田氏や山崎氏は、、、
33階級者の身勝手な都合で、虫けらのように、ただ、殺された、だけなのか、、、
二本政府と日本国民を奴らの意に従わせるために、人工地震を起こされ15893人もの方々が殺された、、、
だが、、、いま生きている俺は、かおるやその他の殺された人々の事など何も考えず、ただ自分の事だけを考えていれば良いのか、、、俺もまた『自分さえ良ければ他人がどうなろうと知ったことではない』人間なのか、それでは奴らと同じではないか、、、どんなにきれいごとを言っても、自分の事しか考えない人間は、、、、他人の事を思いやれない人間は、、、結局、奴らと同じになってしまう、、、まあ、それでも、奴らのように、他人を殺したり、貧困のどん底に突き落としたりまではしないのだろうが、、、心底は奴らと同じではないか、、)
西田は考える事に疲れてきた。ベッドに大の字になると、すぐに睡魔に襲われ眠った。

西田がふと気がつくと北海岸に居た。(今は引き潮、、、大潮か、、、)そう思った時、波打ち際に白い物が見えた(なんだ、、、)怪訝に思い西田は近づいた。
大きな茸でも生えているように見えたのは、腐敗しかけた肉が残っている手の骨だった。
その手が、ゆらゆら揺れて、まるで西田を招いているように、、、突如その手が伸びて西田の足首を掴んだ。
強い力だった、西田は思わず「放せ」と叫んだ、途端に目が覚めた。

外は既に陽が高くなっていた。西田は洗顔し服を着替え、北海岸に行った。
夢とは違って満潮の海岸は、浜辺を狭くし荒波が道路近くまで押し寄せていた。
この海岸の海の底の砂の中に、それは今も有るはずだった。西田は無意識のうちに手を合わせていた。
どれほどそうしていただろうか、西田は手を放した、しかし心はまだ乱れていた。
西田は海岸に背を向け歩き出した。
「奴らは巨大過ぎる、、、」と呟いた。
(どうやって戦えと言うのか!)西田は心の中で叫んでいた。


数日後、和子から誘われて西田はコーヒーショップで会った。
前置きもなく和子は言った「林先輩は誰に」
「話してもどうにもならない事です」
「奥さんがあまりにも可哀そうです。せめて実行犯を捕まえて追及するべきでは」
「警察に頼んでください。私ではどうすることもできません」
「もう頼みました。でも龍グループを捕まえてと言っても、何も証拠がないのでダメだと言われただけでした」
「そうです、警察は証拠がなければ何もできません。証拠があっても警察がそれを無視したらそれまでです、、、それに警察は上からの指示には逆らえません。上が『林さんは行方不明だ』と言えば下の者は行方不明としか言えません、、、弁護士の貴女なら、それくらいの事はご存知でしょう」

和子は肩を震わせて言った「、、、貴方を見損ないましたわ」
「無理を言わないでください、探偵は犯人を捕まえられません」
「、、、」
和子は怒らせた目で西田を睨んでいた。西田は和子の顔から視線を逸らし、立ち上がって言った。
「では私はこれで、、、」
「待ってください、もう一つお話しがあります」
西田は小さいため息をつきながら座った。

「貴方の御依頼お引き受けしますわ」
西田は驚いて言った「人工地震の件、告訴するんですか」
「はい、林先輩の意思を継ぎます。弔い合戦です」
「、、、危険ですよ、林さんの二の舞いになる可能性もある」
「分かってますわ、でも誰かがやらないと林先輩が浮かばれません」
そう言った和子の目には強い意志が宿っていた。わずかな時間の沈黙の後、西田は言った。
「、、、分かりました、よろしくお願いします。近日中に前金を御支払いします。では、今日はこれにて」
西田は立ち上がるともう一度和子の目を見た。らんらんと輝いた瞳が西田を見上げていた。
西田はそれ以上なにも言わず、軽く一礼してその場を去った。
西田は歩きながら思った。
(ちえっ、結局ボディガードをする羽目になった、、、北海岸であの男の亡霊に憑りつかれたかな、、、)


翌日、西田はレスラーを目指している大山大蔵と会っていた。
「西田刑事、お久しぶりです」
「刑事はもう辞めている、それより突然だが、君は大型バイクは乗れるかい」
「はい」
「良かった、、、君に是非とも頼みたい事があるんだ、大事な話しだ。その前に好きな物を注文してくれ、代金は気にするな、腹一杯食べて精力をつけてくれ」
大蔵は大喜びして注文した。収入の少ない大蔵は、レストランで腹一杯になるほど食事したことがなかったのだ。

ウエイトレスがメニューを持って去った後、西田はテーブルの上に分厚い封筒を置いて静かに言った。
「中に500万円入っている。この金で、君の体に似合った大型バイクを買って乗り回してくれ。そしてライダーグループを作り、君がリーダーになるんだ。
でも暴走族ではないぞ、健全なライダーグループだ。100人くらいのメンバーを集めて都内を走り回れ。
君は良く目立つし、プロレスラーを目指しているから、決して履歴を汚してはいけない。だから健全なライダーグループだ。
交通ルールを守り、警察に捕まるような事は絶対にしてはいけない。
グループ規約を作り、交通ルール違反した者は脱退させろ。
あくまで好きでバイクを乗り回している。乗り回すのに交通ルール違反する必要はない、と言う考えだ」
ここまでの話を聞いて大蔵は顔をほころばせガッツポーズをした。しかし西田は険しい表情で話を続けた。

「君にはスター性がある、ライダーグループはやがてテレビ新聞にも載るようになるだろう。問題はこの後だ。
君のグループが人気が出れば出るほど、既在の暴走族は面白くなくなるだろう。そのうち嫌がらせをしたり喧嘩を仕掛けてくるだろう。しかし決して挑発に乗ってはならない。決して警察に捕まるような事をしてはならない。あくまで健全なライダーグループだ。
そうしているうちに暴走族の中に混じって龍グループが近づいて来るはずだ。君には龍グループの本当のリーダーを調べて欲しいんだ。これは危険な任務だ、充分に気を付けてくれ。
本当に危険な時は電話してくれ、助けに行く、、、
私の電話番号は携帯電話の中に記憶させず暗記してくれ、それと携帯電話を使った後は必ず送受信遍歴を削除するように。私の方から連絡するから、君からの連絡は緊急時だけにしてくれ、、、、以上だが何か質問は、、、金が要る時は言ってくれ、必要経費は出す、、、危険だが、どうだ、やってくれるかい」
大蔵はちょっと考えてから言った「やりますやります、是非やらせてください」
二人は笑顔で頷き合った。その時、テーブルに乗りきらないほどの料理が運ばれて来た。


数日後、名古屋に帰る前の和子と会う約束をしていた西田は、下着の上に銃ホルダーを着け、男の銃を差し込んだ。その上に、ボディガードに必要な小道具を装着したチョッキを着て上着を着た。
それから100万円入りの封筒を内ポケットに入れてからマンションを出た。
駅ビルのコーヒーショップに着くと和子は既に座っていた。
西田は向かいに座ってから封筒を和子に差し出して言った。
「前金です、よろしくお願いします」
和子は少しはにかみ、躊躇したが無言で受け取り小さなお辞儀をした。

その後二人は沈黙を続け、西田が窓の外の景色を見ながら、かき回すスプーンがコーヒーカップに当たる微かな音だけが聞こえていた。
数十分後、用件が終わっても立ち去らない西田に気づいて、和子は怪訝な顔で言った。
「どうしましたか、まだ他にも何か、、、」
西田は腕時計を見て言った「、、、新幹線に乗るにはまだ早いので、、、」
「えっ、新幹線?」
「はい、貴女と同じ新幹線」そう言って西田は微笑んだ。
和子は驚きの表情で言った「どういう事ですか?」
「貴女の御両親にどうしてもお願いしたい事がありまして、、、」
和子の驚きの表情が更に高まった。

新幹線の中で西田は、東京土産の入った大きな紙袋を下げて和子の横に座った。だがすぐに立ち上がり、紙袋を棚の上に置いて「へぇー、自由席でもこんなに空いているだ」と言いながら座った。
それから和子の方を向き「こんなむさ苦しい男が隣では御不満でしょうが、どうぞ御勘弁のほど」と言った。
和子は憮然とした顔で言った「、、、両親に会う理由を言っていただけませんでしょうか、名探偵さま」
「探偵には守秘義務がありますので、御容赦のほど」
「、、、では、あちらの空いてる席に座られたら、二人並んで座る必要はありませんでしょ」
「私は美人の横に座りたいのです。それに少々お願いしたい事がありまして、、、」
和子は、噴き出しそうな顔になったり口を尖らせたりしたが、好奇心に負けて言った。
「お願いしたい事って、なんですか?」

「その前に、告訴の進捗状況をお聞かせください。それと林弁護士の告訴を引き継がれたのか、貴女が新たに告訴されたのか、それによって今後の取り組みも変わってくると思いますので」
西田の深刻な顔につられ和子も真面目に答えた。
「初めに訂正です。貴方は、告訴と言いますが、被害者本人でないので告発というのが正しいです、、、
さて貴方は私が新規に告発することを御望みだったのでしょうか?。
でも貴方の依頼内容と同じでしたので林先輩の告発を引き継ぎましたわ。奥様の承諾を得て林先輩の代理人と言う事で手続き続行中です。
とは言え、検察官が告発状を処理中に林先輩が行方不明になり処理が中断されていましたので、処理再開の請求をしてきました。」

「そうですか、、、それで構いません。時間の節約にもなりますから、で、今後の取り組みですが、貴女は名古屋に帰られてからどうされるのですか」
「先ず、ネットで林先輩から引き継いだ事を告知します。本来ならテレビや新聞で大々的に告知し、世論を味方につけたいのですが、全く無視ですので仕方ありません。
人工地震が真実なら、15893人の方々が殺害された事になり、大虐殺事件なのです。その事をどうしても多くの日本国民に知っていただかなければなりません。名古屋に帰った後、この事を出版物にして、公共機関や新聞社等に配布していこうと考えています」

「分かりました、良い御考えです。検察官としてもすぐに結論を出せるとも思えませんし、上からの指示で故意に遅らされる可能性もあります。何より、人工地震だとの証拠文献が証拠として扱われるかと言う問題と、犯人をハメリカ国として扱うか、もしくは『奴ら』を個人として扱うか等、難しい判断を必要とするでしょう。
また、林弁護士は『東日本大震災は人工地震によって引き起こされた』と言う事実を隠匿した、として二本政府を告訴したわけですが、人工地震だったと証明されなければ、告訴自体が根拠のない言いがかりになってしまい、場合によっては逆に名誉棄損で訴えられかねない。
何はともあれ、検察官が起訴できると判断してくれれば良いですが、、、
いずれにしても世論を味方に付ける等のバックアップは必要でしょう。少人数だけでやれば林弁護士の二の舞いにさせられる危険性があります。」
『林弁護士の二の舞い』と言う言葉を聞いた時、和子は一瞬暗い顔をしたが、すぐに明るい顔に変えた。
その変化を見逃さなかった西田は(林弁護士の二の舞いになど俺が絶対にさせない)と強く思った。

「さて、進捗状況はお話ししました。次は西田さんがお話ししてくださる番ですわ。私にお願いしたい事って何でしょうか?」と和子が西田の目を見据えて言った。
「、、、貴女に私の婚約者に」と西田が言った時、名古屋到着のアナウンスが流れた。
西田は「では、この話の続きは御両親の前で、、、」 と言って立ち上がり棚の荷物を降ろした。
その時、可愛いふくれっ面の和子と視線が合った。西田はいたずらっ子のように笑って視線を外し出口に向かった。和子は慌てて立ち上がり後に続いた。


松平家に着いたのは夕方だった。和子の後について家の中に入った西田を見て両親は慌てた。
母親が「あ、ああの、どなた様で、、、」と狼狽えているのに構わず西田は深々と頭を下げて言った。
「お母さま、お初にお目にかかります。西田友一と言います。和子さんの婚約者です」
「えっ、あ、ああの」母親は、部屋に入ってきた父親に助けを求めるように視線を送ったが、父親も「和子のこ、こ、こ婚約者、さま、、、良く、お、お越しくださった」と上ずった声で言ってウロウロした。
西田は母親に土産を渡し、勝手に奥に進んで座卓の下座に正座した。それを見て両親は遠慮がちに上座へ座った。和子も仕方なさそうに両親の横に座った。

両親と和子が座り終えると、西田は居ずまいを正して深々と頭を下げたまま言った。
「御両親さまに謹んで御願い申し上げます。私こと西田友一を和子さんの婚約者として、この家に置いてくださいませ」
両親も和子も狼狽え続けた。お互い顔を見合わせ言葉にならない声でやり取りをしていた。
「わたくしめの願いをお聞き届けいただくまでここを動きません。何卒お聞き届けくださいませ」
母親にせっつかれて父親がどもりながら言った「わ、わかりました、よ、喜んで聞きとどげます」
西田は頭を上げ、微笑んで和子を見た。和子はまだ目を白黒させていた。
その後、慌ただしく夕食が作られ、4人でのぎこちない家族団らんの食事がとられたが、西田は我が家の如く平然と振る舞っていた。

その夜、西田が風呂に入っている間の親子の会話。
「ど、どこの馬の骨だ」と父
「馬の骨じゃないわ、西田さん。探偵よ、以前は刑事だったの」と和子
「どうでもいいけど、本当に和子の婚約者なの」と母
「どうでも良くないわ、まだ婚約した覚えはないわ」和子
「まだ婚約してないって、でもお付き合いしてるんでしょ。あんなハンサムな人、さっさと婚約しなさい。グズグズしてたら逃げられてしまうわよ」
「母さんの言う通りだ、さっさと婚約しろ、今夜夜這いして既成事実を作ってしまえ」
「何を言ってるの、お父さん」和子が大声で言うと両親は口に人差し指を当てた。
その時、西田が極秘部にタオルを当てて風呂から出て来た。3人は飛び逃げた。

西田の松平家での生活が始まった。
洗顔している西田の後ろにタオルを持って和子が立っていた。
西田は気づかないふりをして持っていたクシャクシャのハンカチで顔を拭きながら振り向いた。
「あ、和子さん、おはよう、良い天気ですね」
しらじらしい西田の言葉に和子は口を一文字にしたままハンカチを奪い取りタオルを押し付けた。
西田が「ありがとう」と言って微笑みかけると、和子は西田を睨んで言った。
「どう言う御つもりですか探偵さま」
「、、、しばらく同棲と言う事で、、、御親戚や御友人の方々へも婚約者と言っておいてください」
そう言うと西田は、さっさとあてがわれた2階の部屋に入って行った。

4人での朝食の時、西田が言った。
「この後、家の周りを歩いて見たいのですが、和子さん、案内してください」
「私は、メールやら何やらで忙しいです」
「和子、一緒に行きなさい、婚約者だろ」
「お父さん、いいかげ」
和子の言葉を遮って西田が言った「では、お母さま御一緒にお願いします」
母は父と顔を見合わせた、父が目で言い、母は承諾した。

西田と母は連れ立って家を出た。
道で母の知っている人に出会うと、西田は「和子さんの婚約者の西田友一です、よろしくお願いします」と一人一人に丁寧に挨拶した。その後、母に、今の人がどんな人かと聞いた。また、家の周りの電柱を見上げたり、和子の部屋が見える道路脇周辺を見回したりした。
翌日は父と、少し遠くまで歩き、望遠鏡でなら和子の部屋が見えるビルの屋上にまで上がって見たりした。
その帰り道、父が聞いた「西田君、本当に和子を嫁にもらってくれないかね」
「、、、ありがとうございます、、、そのお話しは、和子さんを守り通せた後、改めてお願いします」
父にも状況が理解できたとみえ、厳しい表情で歩いて行った。

西田が松平家に住むようになって4日目の朝、和子が印刷所に行きたいと言うので、当然のように西田は同行した。恋人同士のように肩を並べて歩きながらも、西田はいつも周りを警戒していた。
それでも、和子の友人知人に出会うと「和子さんの婚約者の西田友一です、よろしくお願いします」と挨拶した。
友人知人が去ると、和子は激怒し顔を真っ赤にして西田の手を引いて言った。
「私に恥をかかせる御つもりですか。婚約者婚約者と言っておいて、貴方が去っていったら、その後の私や両親はどうなりますか」
「、、、とにかく生きていく事が最優先です、林弁護士の二の舞いになってはいけません、、、それに、、、嘘が真になる事は珍しいことではない、、、」
そう言って西田は、和子の目を優しく見つめた。和子の顔はほのかな紅色に変わった。
それ以来、二人は恋人同士の雰囲気を漂わせるようになった。

『ハメリカによる日本国民大虐殺』 
東日本大震災はハメリカによる人工地震で引き起こされました。つまり東日本大震災で亡くなられた15893人の日本国民は、ハメリカによって虐殺されたのです。~詳しい事は『東日本大震災の真実を知り、ハメリカを告発する会』のホームページをご覧ください~。

印刷されたばかりのチラシを読んで西田は和子に言った。
「、、、宣戦布告ですね、、、『人工地震の証拠があるのか、無ければ名誉棄損で訴える』と逆にハメリカに告訴されそうだ」
「望むところですわ。むしろ訴えられた方が良いです。そうなればテレビ新聞も報道せざるを得なくなるでしょう。テレビ新聞が報道すれば多くの日本国民が、東日本大震災の真実を知る事になりますわ」
西田は和子の顔を見て微笑んだ。和子ははにかんで横を向き言った。
「このチラシを一人でも多くの人に読んでいただきましょう」

和子は、そのチラシを様々な場所へ置かせて貰った。許可されれば役所や図書館、公民館、コーヒーショップやレストラン、居酒屋にまでも。
名古屋市内だけでなく県外にも精力的に出かけて行って置かせてもらった。
『東日本大震災の真実を知り、ハメリカを告発する会』のホームページの観覧数は日を追うごとに増していった。
チラシにも、人工地震である証拠が載せられていたが、ホームページにはより詳しく載せられ、奴らについても載せられていた。その上で、林弁護士が行方不明になった事。警察の捜査が進んでいない事等も載せられた。
1ヵ月で観覧数100万を超え、2万近いコメントが寄せられた。それでもテレビ、新聞では報道されなかった。

そのころから、和子の周りに不審な者の姿が見受けられるようになった。西田は緊張した。
いつも恋人同士のように和子と並んで歩いていたが、西田は四方八方に注意していた。また、人混みの多い所や夜間の外出はできるだけ避け、和子の友人に誘われても夕食会等は行かなかった。
更に1ヵ月が何事もなく過ぎた。
気を張り詰めていた西田は、マンネリ化した日々につい気が緩んでしまった。早朝の約束の時間に起きれず、和子一人で歩いて30分ほどの所の友人宅へ行かせた。幸い無事着いたと電話があった。
もともと友人夫婦と西田を含め4人でドライブに行く予定だったのだが3人だけで行った。

片道2時間ほどの観光農園の収穫祭に参加し、夕方帰ってくる途中で、しつこく煽っていた後続車に追突された。運転していた友人男性に後続車運転手が飛び出して来て怒鳴った。
「何故、急ブレーキをかけた」
「黄信号だったからです、それに急ブレーキではなかった、2度踏みしたよ。正規の車間距離なら追突しなかったはずですよ」と真面目な友人男性は少し窓を開けて言った。
「このドジ、黄信号なら走り抜ければ良いだろ、俺の車どうしてくれるんだ」
「とにかく警察を呼びますから」そう言って友人男性は警察に電話した。

その時、追突した車の後ろに車が止まり、二人の男が降りて来て友人男性の車の横を通り過ぎて行き、すぐ引き返して来た。二人の男はその行き帰りに後部座席の和子を盗み見ていた。
それに気づいた和子は西田に電話し、現状と不審な二人の男の事を伝えた。
それを聞いて西田は不安になり、一緒に行かなかった事を悔やんだ。西田は友人宅まで行って帰りを待つ事にした。幸い、警察が早く来て処理してくれ、無事帰ってきた。
西田はホッとした。そして二度と気を抜くまいと心に誓った。

その出来事のおかげで西田は、ますます用心深くなった。和子がちょっと近所に行く時でも必ず同行した。
近所の人や友人は、西田のことを「和子にベタ惚れの婚約者」と冷やかした。
和子は顔を赤らめたが、西田は、気にも留めていなかった。
そんな事を考えている精神的な余裕は無かった。
西田は、あの男と戦って以来「この世には自分よりも強い人間が居る」と言う事を思い知った。
相手によっては空手4段など何の役にも立たない事を実感していた。
西田は暇さえあれば、相手がどこでどういう風に襲ってくるか、武器はどのような物を使うか、それに対して和子をどのようにして守るか等を常に考えていた。
そのような事を考えていると、いつしか襲う側の人間の心理状態まで想像できるようになった。
西田は今、プロのボディガードに匹敵するほどの警護能力を身につけていた。


数日後、検察官から不起訴通知が届いた。『提出された文献だけでは人工地震だという証拠能力に乏しい』という理由だった。
和子は落胆しながらも疑問に思った。
(あれだけの文献を調べれば誰でも、人工地震だと確信するはずだわ。それなのに検察官は何故、、、)
西田に話すと「3ヶ月近く経ってやっと不起訴通知が届いた事を考慮すれば、上からの圧力と解釈してほぼ間違いないでしょう。ある程度予想された結果です」と言って平然としていた。

和子は、とにかく急いでホームページに載せた。その数分後から続々とコメントが寄せられてきた。
内容は『不起訴は不当だ』というのが大半を占めた。
『政府は証拠を本当に検証したのか』 
『人工地震と認めると大変なことになるから不起訴にしたのだろう。それでも二本国の政府か、恥を知れ』 『人工地震と認めると、ハメリカによる日本人大虐殺が事実になるから、二本政府は認められないのだろう。ハメリカの奴隷政府め』
『これだけ証拠文献があれば人工地震だった事は明白だろうに、真実を認められない政府は、日本国民のための政府か、それともハメリカのための政府か』
等、検察官に対してではなく政府に対するコメントがほとんどだった。
それだけホームページの観覧者が、この問題が陰謀論などではなく本当に人工地震だったと確信しており、しかも犯人はハメリカだと見抜いている証だった。

観覧数は3日で1万人を超え、政府を糾弾するコメントが2千を超えた。しかしテレビ新聞は相変わらず無視だった。政府による圧力が報道機関にも及んでいる事は確実だった。
和子は、テレビ局や新聞社に直接出向いて「ネット民の関心がこれほど高いにも関わらず、何故、報道しないのか」と直談判しょうかと西田に話した。
しかし西田は「政府の圧力なら、何を言っても無駄です」とにべもなく答えた。
和子は、西田の返答に苛立ちを覚えた。しかし、ではどうするのか名案は無かった。
和子も西田も、もう打つ手がないかのように思えた。しかし、このような状態を和子の両親は喜んでいた。

両親は、和子と西田が、このような告訴を止め一日も早く結婚することを望んでいた。
西田が松平家に住むようになって、西田の人柄が解るにつれ両親は「この人こそ松平家のために神仏が与えてくださった男性だ」と思うようになり、二人が結婚する気になるように数々の裏技を使った。
ある時は、入浴中の和子の衣服を隠し「今空いているから」と西田に入浴を進めた。西田は脱衣所まで行ったがシャワーの音に気づき引き返した。
またある時は、和子の寝室の鍵を合鍵で開けておき「和子が呼んでいる」と言って西田を寝室に入らせた。しかし西田は、和子の安らかな寝顔を見ただけで満足して自室に帰った。
またある時は、二人だけで料理を作るように勧め、両親は居なくなった。しかしこの時も、二人は仲良く料理を作り、テーブルに並べて両親が現れるのを待っていた。

結局、両親の裏技は一度も功を奏しなかった。両親は意気消沈したが、気を取り直して二人に個別に相手をどう思っているのか聞いた。
和子は「西田さんは良い男性です。でも私は結婚したくありません」と言い、西田は相変わらず「今はとにかく和子さんを御守りする事しか考えられません」と繰り返すだけだった。
二人の結婚に対して、打つ手がないのは両親も同じだった。
そのようなこう着状態が続いていたある夜、西田に大山大蔵から電話がかかってきた。

「もしもし、西田さん、、、今度の日曜日の朝、俺のグループと暴走族が勝負する事になりました。それで、奴らが悪辣な事をしないように見張っていただきたいのですが、、、」
「分かった、場所と時間は」
「田島通りの首都高速大宮線の真下です。そこに8時に集まって、代表5人ずつで浦和南入口から高速に入り浦和北料金所で出て、一般道を通って田島通りに帰って来ます。俺が帰って来るまでの間、高速の下にいる者たちが襲われないか陰から見張っていていただきたいのです」
「分かった、8時前に行って隠れている。だが、無理をするなよ」
「大丈夫です、ドライブテクニックなら暴走族なんかに負けませんよ」そう言って電話は切れた。

西田は、月に2~3度大蔵に電話して状態を聞いていた。
3ヶ月足らずで70名ほどのメンバーを集めた大蔵に西田は驚いた。
大蔵は、ハーレーダビッドソンCVO LIMITED に乗り、真っ白いTシャツの背中に『ライダー募集』と書いて走り回った。
目立つ巨体と高級バイクは、すぐにライダーに知れ渡り、一緒に走りたいと言う若者が集まった。
実はそんな若者は、バイクには乗りたいが、暴走族にからまれたり因縁を付けられるのを恐れていたのだ。しかし、大蔵が一緒だと安心して走れた。また、大蔵もいかつい顔と巨体に似合わず、誰にでも優しく接したから、友が友を呼び、瞬く間にメンバーが増えた。
大蔵は、女性ライダーにも分け隔てせず対等で、女性ライダーも20人を超えていた。その事が、既在の暴走族の嫉妬心を煽り「ライダーならドライブテクニックで決着を」と言う事になったのだった。

当日、西田は始発新幹線で東京に行き、7時にはグループ集合場所に着いていた。周りの地形や設置物等を注意深く観察した後、高速道路の支柱の陰に隠れて皆が集まるのを待った。
7時半を過ぎるとバイクが集まり始めた。
中に大蔵の姿が見えるとすぐライダーグループと暴走族はそれぞれのリーダーのバイクと並べて駐車し直した。大型バイクが多いライダーグループと一般的なバイクばかりの暴走族は簡単に見分けられた。

8時になると、ライダーグループから大蔵を含め5人が前に出、暴走族からも5人が出てきた。
暴走族側は大蔵を睨み付けていたが、大蔵は涼しい顔で応じていた。それでも、大蔵と暴走族のリーダーは握手をし、放した途端に皆、突進してバイクに飛び乗り、高速入り口に向かって出発した。
西田はその時の時間を記録し、残っている暴走族の動きを警戒した。しかし、ライダーグループの方が倍近くの人数だったせいか暴走族に不穏な動きは無かった。

15分ほどで先ず大蔵と同グループ二人が、それから少し遅れてまた同グループ二人が帰って来た。
ライダーグループから歓声が上がった。2~3分遅れて暴走族の5人が帰って来た。勝敗は歴然だった。
暴走族のリーダーはバイクから降りるといきなり大蔵に殴りかかった。しかし大蔵は、わけなくかわして腕を捩じ上げた。暴走族のリーダーは悲鳴を上げた。
それを見て他の暴走族らも襲い掛かろうとしたが「みんなやめろ、この男の腕をへし折るぞ」と大蔵に言われ動きを止めた。
「俺たちはバイクで走り回りたいだけなんだ、邪魔をしないでくれ」そう言って大蔵は暴走族のリーダーの腕を放した。
暴走族のリーダーは「くそっ、覚えてろ」と捨て台詞を吐いて去って行った。残りの暴走族も後に続いた。

ライダーグループから歓声と拍手が起き、みんなが大蔵を取り囲んだ。大蔵はヒーローになった。
西田も拍手しながら大蔵に近づいた。大蔵は西田に気づくと「あ、西田さん」と言い満面の笑みを見せた。
「見事だった、、、俺の出番は無かったな」
「すみません、来ていただいて、でもちょっと不安だったものですから」
「いいよ、ちょうど君に会いたいと思っていたところだったから」
大蔵は小さく頭を下げた、それからみんなの方を見て言った。
「あ、そうだ、、、みんな、この人は西田さん、元刑事で今は探偵をされている。俺たちの強力な後ろ盾だ。何か困った事があれば相談してくれ」
「おいおい、俺の事はあまり公表しないでくれ、それよりどこかで飯でも食おう」
「ありがとうございます。ちょっとだけ待ってください」西田にそう言ってから大蔵はみんなに向かって言った。
「俺は、これから西田さんとでかける。みんなは自由に走ってくれ。解散」

それから大蔵は、バイクのトランクから予備のヘルメットを取り出し、西田に手渡しながら言った。
「どこか行きたい所はありませんか、どこでも御案内します」
「ありがとう、君が腹一杯食べれる所ならどこでも良い」

大蔵の好きなファミレスで、ウエイトレスが目を丸くするほど注文した後、大蔵は夢中になってこれまでの出来事等とハーレーダビッドソンの素晴らしさを話した。
「~本当に凄いです。1923㏄は伊達じゃあないです。加速が素晴らしいです。俺もうメロメロです~」
話しが終わりそうにない大蔵を制して西田は言った。
「気に入ったバイクが見つかって良かったな、、、だが大蔵君、気を付けろよ、問題はこれからだ。今日の暴走族たちもこのままでは収まらないだろう、たぶん仕返しをしてくる」
「大丈夫ですよ、あんな奴らどうって事ないですよ」
「そうだ、君一人ならどうって事ない。だが、これからの君はメンバー全員を守っていかなければならないんだ。これが難しい。もしメンバーの誰かが一人の時に奴らに襲われたらどうする、、、いくら君が強くても守れないんだ。その辺を考えなければいけない」
西田の話を聞いて大蔵は真顔になった。

「それとスパイだ。君のグループに、君やグループの行動を奴らに知らせる人間が居るかも知れない。
それが怖い。奴らは卑怯者だ、一人の時に襲う。俺は空手4段だが、5~6人に襲われたら倒されるかも知れない。ましてバイクが好きなだけのライダーでは恐らく簡単にやられてしまうだろう。
グループには女性ライダーも居るのだろう。彼女たちをどうやって守る。
スパイから行動状況を聞いて一人の時に襲われたら大変な事になる、、、
メンバーが増えれば増えるほどこの問題は大きくなる。この事をいつも頭の中に入れておいてくれ。
それから、メンバーの中に日本語がおかしい者はいないか、もし居たら、龍グループと関係が無いかどうかを調べてみてくれ。龍グループは在日系が多いし、奴らは金のためなら平気で仲間を売る、、、
グループの者との連絡はどうしてる」
大蔵は真剣な表情で言った「ほぼ全員メールで連絡してます」

「住所はどうしている」
「入会時に住所電話番号とメールアドレスを書いてもらっています」
「その住所は確認しているか」
「いえ、、、」
「一度、信用できるメンバーと手分けして全員の住所を確認してみると良い。
住所が00事務所とかと同じだったら893と関係があるかもしれないし、在日系は要注意だ。
通名を使っているのが居たら俺に知らせてくれ。俺が調べてみる」
料理が運ばれてきた。しかし、大蔵は硬い表情のままだった。
「俺が今まで話した事は、食事が終わるまで忘れてくれ。今はとにかく食べよう」
食事と会話が終わると西田は、大蔵に東京駅まで送ってもらいその日のうち名古屋に帰った。
松平家に着いて、和子に何事もなかった事を知って西田は安堵すると、急に疲れを感じた。

1週間後の夜、また大蔵から電話があった。
メンバー全ての住所を調べると、二人の男が通名らしいと言った。メンバーの書いた苗字と住所の表札の苗字が違い、メンバーは「中山青一」で表札には『金黒雲』となっていた。もう一人も氏名は日本名だったが、住所は激安簡易宿泊所になっていて、在日系の住人ばかりで日本名の者は居ないと言われたとの事。
西田はこの二人を調べる事にした。

メールで二人の写真を送ってもらい、先ず中山青一の住所に行ってみた。
確かに表札は『金黒雲』だったが、近所で聞いてみると「金さんは在日0国人だが金持ちで、同国人を引き取って育てている御奇特な人」との事だった。
中山の写真を見せると「ああ、中山君だ、バイク好きでしょっちゅう出かけててる。小さい頃から知っているが、良い子だよ、ただ両親はあちらの人で中山君を預けて逃げたそうだ」との事だった。
西田は(駐車場には中山のバイクも停めてある。この男は大丈夫だろう)と思った。

次に川崎の簡易宿泊所の方を調べた。
在日0国人らしい年寄りの管理人に、グループの男の日本名を言い「ここに住んでいる彼に教えられて来た。部屋を見せてくれ」と言うと、胡散臭そうな目で睨まれた後「そん男は居ない。部屋なら勝手に見ろ、名札の掛かってない部屋は空いている」と言われた。
西田は宿泊所の中に入ってみた。名札はどれも在日系の名が書かれていた。
名札の掛かってないドアを開けて見ると、ベニヤ板で仕切られた3畳ほどの窓のない部屋ばかりだった。
西田は宿泊所を出た。宿泊所を1周してみたが自転車が数台あるだけでバイクは無かった。
だが、ぬかるみにバイクのタイヤの跡があった。(これはグループの男のバイクかも知れない)と思った西田は、男が帰ってくるのを待つ事にした。

宿泊所の入り口が見える、道路を隔てた民家の塀に身を潜めた。
夜、男がバイクに乗って帰ってきて宿泊所に入った。それから少し経って宿泊所の前に停まったワゴン車から数人の893風の男が出てきて、外国語で会話しながら宿泊所に入って行った。
どうもこの宿泊所は、どこかの組の専属らしい。
(つまりメンバーの男も組員か、、、問題はどこの組か、だな。さて、どうやって調べるか、、、)
翌朝、またワゴン車が来て、メンバーの男を含め6人が乗り込んだ。西田はナンバーを記憶した。
西田は宿泊所の周辺の聞き込みをした。在日0国人の多い地域のようで、話しかけても誰にも相手にされなかったが、コンビニの若い白人系店員が「ここ、00組、ナワバリ」とぎこちない日本語で言った。

さっそく00組に行ってみると、あのワゴン車が駐車場に停めてあった。
メンバーの男が組員であることは、ほぼ確定した。
西田は趙に電話し、00組と龍グループとの関係を聞いた。その結果、龍グループはもともと00組の配下だったが、現在は00組をしのぐほどの勢力になって、独立し対立し始めているとの事だった。
(元00組の配下か、、、00組の親分は在日0国人の李、通名平龍三。龍グループの親分は、、、)
趙に聞いても龍グループの親分の名は分からなかった。親分の名だけでなく、構成員の数も収入源もよく分からないが、ドンパチ的な事件が起きて捕まるのは、だいたいいつも龍グループの構成員だと言った。
『ワシらはもうドンパチはしない、割に合わないからな。今もやっているのはあのグループくらいなもんだ。
なんも知らん若いのを集めて鉄砲玉にしとる。若いのは使い捨てだ。ワシらは極道だが、あそこまではできん、奴らの幹部は人間じゃねえ』

電話で趙が言った『人間じゃねえ』の言葉に、西田は何か引っかかった。
(極道893でさえも尻込みするほど、残忍な事を平気でするグループだと言うのか、、、
まあ、グループの男が00組の者だと言う事は確実だな、まさか対立している龍グループから00組に潜入しているとは思えない、、、だが00組の者が何故、ライダーグループに入っているのか、、、ただバイクが好きで個人的に入っているだけなのか、、、まあ、龍グループでないから放っておくか)
西田は、大蔵に電話して調べた事を話し「あの男は00組の者だが、不審な動きをしない限り他のメンバーと同じに接して良いと思う。だが新しく加わるメンバーは皆、住所等を確認しておいてくれ」と付け加えた。


西田は、ほぼ1週間ぶりに松平家に帰った。
離れている時も何度も電話をしていたので無事だとわかっていたが、直接顔を見ると更に安心できた。
1週間ぶりに見た和子の顔は心なしかやつれて見えた。
西田が「留守中に何かあったのですか」と聞くと「検察官から不起訴通知が届いて以来、何もする気にならなくて部屋に閉じこもっていたの。これから、どうしたらいいのかも考えつかないの」と落ち込んでいる表情で和子は言った。
「私に少し考えがありますが、その前に眠らせてください」そう言って西田は部屋に入った。

西田は疲れていたとみえ、4~5時間眠っていた。
洗面所に顔を洗いに行くと和子がタオルを持ってきた。
タオルをもらって濡れた顔を拭くと、期待のこもった眼差しの和子と目と目が合った。
西田はタオルを肩にかけると、庭に面した椅子に座った。その横に和子も座った。
少し間をおいてから西田は話し始めた。
「、、、他の検察官に訴える事もできますが、少し後にしましょう。その前に、もっと世論に訴えましょう。もっともっと多くの人々に知っていただかなければいけません。そして多くの人々に知っていただくには、それなりに時間がかかる事は仕方がないでしょう。焦らないことです。
それと、これからはハメリカ人にも知っていただきましょう。911で訴えを起こした人々にメールで質問するのです。『311東日本大震災はハメリカによる人工地震ではないのか?。
もしそうなら、ハメリカは日本国民15893人を虐殺したことになる。貴方がたハメリカ人に正義があるならば、人工地震であるか検証して欲しい』と。『正義』と言う言葉を使われると、たぶんハメリカ人は強く反応してくれると思います。そしてもしハメリカ人によってハメリカ議会に質問書が提出されたりすれば、しめめたものです、、、」
和子は、小さく手を叩いてから笑顔で言った「妙案ですわ、さっそく取り掛かりましょう」

その後、二人は大きな座卓にノートパソコンを置いて、ハメリカの人々にメールを送った。
無視されたのか、返信メールの来ない人もいたが、多くの人々が「事実とすればとんでもない事だ、人工地震の証拠資料を送って欲しい」等の返信をくれた。
西田と和子は数日その対応をした。その結果、日本以上の成果が得られた。
1週間ほど経って、ハメリカ下院議員の一人から「精査した後、議会に提出したい」との返信が来たのだ。
和子は喜んだ。しかし西田は「単なる社交辞令かもしれませんし、下院議員一人だけでは物足りないです。もっともっと多くのハメリカ人に知っていただきましょう」と言って、00人権団体や人道主義団体等のホームページのコメント欄などにも書き込んだ。

国民性の違いか、このような事についての反応は、ハメリカ人は日本人よりもはるかに積極的だった。
自国大統領までもが関与していた事が発覚した911を経験しているハメリカ人は、311当時の自国大統領や政府への不信感をつのらせ、現政権への反感も加わって『自国政府機関はまた、やったのか。また、卑怯な自作自演テロをしたのか、しかも今度は日本で』
『大統領も政府も信用できない。また陰で悪事を行っていたのではないか』
『自国大統領や政府機関は、過去にも何度も策略をめぐらせ他国を不幸にしてきた。今回は、よりにもよって同盟国の日本にまで悪事を働いたのか』
『本当に、我が国による人工地震によって東日本大震災が引き起こされたとしたら、大犯罪だ。真実を究明するべきだ』等と自国政府に抗議のメールを送った。
そのようなメールが日に日に増し、政府機関も無視できないほどになった。
ハメリカ政府機関は「この件について慎重に精査する」と発表した後、二本政府に人工地震の証拠資料を全て提出するよう要請した。


ハメリカからの要請を受けた二本政府は、内閣官房長官を通して総理大臣に伝えられた。
驚いた総理大臣は「どういうことだ、ハメリカから何故今になって、このような要請が来たのだ」と官房長官に聞いた。
「詳しい事は現在調査中ですが、ハメリカのとある人権団体が『東日本大震災はハメリカの人工地震によって引き起こされた』との日本からのメールを受信し、証拠資料を調べてハメリカ政府機関を糾弾したようです」と官房長官は答えた。
「なに、日本からのメールだと、、、いったい誰がそんなメールを、、、」
「今も調査中です、数日後には送信者が判明するものと思われます」

数日後、ハメリカ人権団体へのメールの送信元について、官房長官から総理大臣に伝えられた内容。
送信元=松平和子
数ヶ月前『東日本大震災はハメリカの人工地震によって引き起こされた。二本政府はその事実を隠匿した』と言う事で、当時の二本政府を告訴した林弁護士(失踪中)の後輩弁護士。林弁護士の告訴を引き継いでいたが不起訴処分された。
この件についてネット拡散とビラ配布を継続中であり、数週間前からハメリカへもネット拡散を行っている。
総理大臣から官房長官への返信
「君の権限で、国民生活に支障の起きないように処理してください」
官房長官から腹心への指示
「林弁護士と同じに」


数日後、松平家周辺に新たに不審な若者グループ出現。
西田は、若者グループの正体を暴くため策をめぐらす。
翌日、両親をタクシーで待ち合わせ場所に行かせて待機させる。
西田は、ボディガードに必要な備品をフル装備して和子と出発。
松平家を出て50メートルほどで3人の尾行者あり。
西田と和子は両親の乗っているタクシーが停めてある人気のない街角へ。
街角30メートル手前で西田と和子はダッシュ。
当然尾行者もダッシュ「曲がり角、いつも危険が潜んでいる」のに。
街角を曲がった所で西田は待ち伏せ、和子はタクシーに乗り込み両親と帰宅。
西田の策に見事に引っ掛かった若者3人。西田に次々と当て身を喰らい倒れたところを両手両足を結束バンドで縛られた。

西田の尋問
「龍グループか」
答えようとしない3人の足を踏み付けると、一人が頷き続いて二人も頷いた。
「誰に頼まれた」
西田がまた、足を踏み付けようとすると、その男は慌てて、ぎこちない日本語で言った。
「上からの命令だ」
「上から、それは誰だ」
「知らねえ、本当だ、いつも指示と金をくれる男だ。名前も知らねえ。だが喧嘩が強くて逆らえねえ」
「どんな男だ、日本人か」
「日本人じゃねえ、0国人だ、体はお前よりも大きい。しかし素早く動く」
「空手か」
「似ているが空手じゃねえ、よくわからねえが、とにかく強い。へまをやった奴が殴り殺されるのを見た事がある。あいつには逆らえねえ、、、
俺たちをどうする気だ、、、こうなった事を知られたら俺たちもタダではすまされねえ。な、頼む、警察には知らせないでくれ、このまま逃がしてくれ」
その男は、警察よりも0国人を恐れているのが見て取れた。

西田はもともと警察に引き渡そうとは考えていなかった。「ストーカーだ、龍グループだ」と説明しても、警察は適当に書類を作って釈放するだけなのが解っていたからだ。
それよりも(この3人を逆利用できないか)と西田は考えた。
「、、、その0国人は、そんなに強いのか、、、俺は空手家だ、強い奴と戦いたい。お前たちが、その男を呼び寄せて俺と戦わせてくれるなら、お前たちを逃がしてやっても良い」
3人は顔を見合わせた後、さっきの男が言った。
「ほ、本当か、本当に警察には突き出さないんだな」
「ああ、俺は警察側の人間じゃない、ただの空手家だ、用心棒として雇われているだけだ。強い奴がいるなら戦いたい、、、松平家を見張っているのは、お前たち3人だけか?」
「いや、6人だが、3人は夜勤組で今は寝ている」
「そうか、それなら好都合だ。お前たちがこうなった事を知っている人間は居ないんだな、、、良いだろう、お前たちを逃がしてやるよ。その代わりその男を呼び出してくれ。そもそも、お前たちはいつもはどこに居るんだ。いつもは何やっているんだ」
逃がしてもらえると分かってホッとしたのか、男の口は軽かった。

「いつもは川崎のヤードに居る。俺たちのようなのが20人ばかり居て一緒に生活している。たまに工事現場に連れて行かれ働かされる時もあるが、その金はもらった事はない。その代わり、上の人間が定期的に食糧を運んでくれるから飯はいつも腹一杯食える」
「そこにその0国人も居るのか」
「いや居ない、どこに居るのか知らないが、仕事がある時だけヤードに来て、何人か連れていく。0国人の仕事の時は、後で直接金をくれるから皆な喜んでついて行くが、帰って来ない人間も居る」
「帰って来ない人間も居る って、お前たち仲間内で電話したりしないのか」
「電話なんて無い。持っていたら取り上げられるし、密入国してる奴らはパスポートも取り上げられている」
「それじゃあ、その0国人とどうやって連絡し合っているんだ」
「緊急の時は公衆電話を使えと言われているが探すのに苦労している。だが、だいたい3日に1度くらい、上の者の使いと言う奴が来てくれて、命令や食糧をくれる」
「ほう、上の者の使い、、、その男は今度いつ来る。お前たちはその男とどこで合ってるんだ」
「、、、一昨日きたから、たぶん今日の午後来ると思う。場所は00公園横に停めてあるワゴン車の中だ、他の3人はそのワゴン車の中で寝ているが、暑くてかなわん、早くヤードに帰りたい」

聞きたい事を聞き終えた西田は「ちょっと待ってろ」と言ってその場を去り、00公園に向かった。歩きながら警察に電話し、ストーカーした3人を連れていくように言った。
00公園横に、確かにワゴン車が停まっていた。西田は素知らぬふりをして通り過ぎながら中を見た。
3人が窮屈そうに寝ている。
西田は曲がり角を曲がった所で 、上の者の使いが来るのを待った。
その時(上の者の使いが車で来たら逃げられるかもしれない)と考え、先にワゴン車内の3人を縛っておくことにした。寝ぼけている3人を縛るのは造作なかった。
「後で良い所に連れていってやるから大人しくしてろ」と言って西田はワゴン車のドアを閉めた。

それから1時間ほどして、ワゴン車の前に乗用車が停まった。
運転手は後部座席のドアを開け、大きなビニール袋を取り出して下げ、ワゴン車のドアを開けた。中の3人が縛られているのに気づき、驚いている運転手の肩を叩き、振り向かせてから当て身を食わせて乗用車の助手席に運んで両手両足を縛った。
西田は車を運転して、人通りのない川岸の車道に行った。
車を停めて助手席の男の頬を叩いた。男は数秒間虚ろな目をしていたが、やがて覚醒して西田に気づいて驚いて体を起こした。そして両手両足を縛られている事を知ってわめきだした。
西田は、男の頬を軽く叩いてから聞いた。
「静かにしろ、話しを聞きたいだけだ、、、龍グループの幹部はどこに居る」

男は無言のまま西田を睨んでいた。
「言え、それとも痛い目にあいたいのか、、、よく考えろ、お前が話しても俺が黙っていれば誰にも分からん。お前は今まで通りにしていれば良いんだ。
幹部の居場所さえ教えてくれたら良い、そうしたら俺が一人で会いに行く」
「てめえは何者んだ、龍グループの人間にこんな事をして生きていられると思ってんのか」
「ふん、お前の質問は後回しだ、先ず俺の質問に答えろ。幹部はどこに居る」
次の瞬間、西田の中段突きが男の右頬にめり込んだ。男はのけぞり口から血が流れ落ちた。
西田は、中指と人差し指に大きなタコのある握り拳を見せて言った。
「次は顎の骨を砕く、言え、、、俺は警察ではない、黙秘権は通用しない」
西田が2発目を繰り出そうとすると、男は「ま、待て、い、言う」と聞き取りにくい声で言った。

「川崎中原の小さなマンションだ。武蔵中原駅の真ん前、そのマンション全部、龍グループが使っている。だが、入り口のリーダーに手のマイクロチップを当てて確認しないと中に入れん」
西田が男の両手を調べると、左手の親指の人差し指側の付け根にマイクロチップが埋め込まれているのが分かった。
「そのマンションだけでも、命知らずの若いのが100人は居る、お前が一人で行けば生きて帰れん。00組でさえ近づかん。俺をこんな目に合わせた、お前は長生きできん」
「そうか、、、俺は別に長生きしたくないんでな、それに、お前が死ねば俺の仕業とは誰にも分かるまい」
「なんだと、、、俺を殺す気か」
「ああ、一人殺すのも二人殺すのも同じなんでな」

男は西田の顔を注視していたが、次第に怯えの表情に変わった。
「お、お前は一体何者だ、何をしょうとしているんだ、龍グループに盾突くつもりか、、、り、龍グループは、」
「龍グループは霞が関に使われているんだろう」
「うっ、ど、どうしてそれを知っている、、、お前は何者だ」
「龍グループに妻を殺された、、、一人ずつ殺していく、、、お前もそろそろ行くか、、、」
「ま、待ってくれ、、、何でもする、何でも言う事を聞く、殺さないでくれ、た、頼む」
西田は懐から拳銃を取り出し消音器を取り付けた。それを見て男はパニック状態になり小便を漏らした。

西田は銃口を向けたまま言った「何でもするか」
「な、何でもする、、、だから殺さんでくれ」
「半年ほど前に林弁護士が龍グループに殺された。その事を知っているか」
「し、知っている、あの時も俺が繋ぎをした。実際に手を下したのはヤードの若いのらだが、みな消された。若いのを消したのはマンションの兵隊たちだ。兵隊はボーナスをもらって、縄張り内の歓楽街で楽しんでいると聞いた」
「お前は兵隊じゃないのか」
「とんでもねえ、俺はパシリだ、兵隊は殺し屋だ。普通の人間ではできん」

西田の頭の中に閃くものがあった。自分の頬を人差し指でなぞりながら聞いた。
「ここに傷痕のある兵隊が居るか、、、空手が強い、、、」
「三島の事か、、、あんた、何で三島を知ってる、、、あいつは化け物だった。別格だ。だが、何か失敗したとかで、霞が関に連れて行かれ、その後は分からん」
「霞が関にフリーメゾンの33階級者が居るのか」
男は急に震えだし、怯えた声で言った。
「あ、あんた、何故その事まで知ってるんだ、、、その事はグループ内でも口出し厳禁だ」
「ふん、お前のようなパシリでも知ってる事が口出し厳禁なのか」
「ち、違う、俺は偶然知ったんだ。マンションのトイレに入っていた時、幹部が電話で『三島を霞が関の33階級の所へ連れて行け』と言うのが聞こえたんだ、本当だ、、、グループ内では、上の事は話してはいけない事になってる、上からの命令には絶対服従で、逆らえば消される。それがグループの掟だ」
男は、作り話をしているようには見えなかった。西田は考えた。

(いろいろ情報を得る事ができた、、、さて、これからどうするか、、、何よりこの男をどうするかだな、、、拳銃まで見せた以上、、、消すしかないか)
「お前は在日0国人か、家族はどこに居る、、、武士の情けだ、骨は届けてやる」
「ど、どいう意味だ、お、俺を殺すつもりか、か、か、勘弁してくれ、何でも話したじゃないか、た、頼む、こ」
「俺の質問に答えろ、在日か、家族は居ないのか」
「在日じゃねえ、在日がいっぱい居る地域で育ったが、生粋の日本人だ。ただ、仲間が在日ばかりで、いつの間にか俺も893になっちまった、、、
家族は離散して両親も兄弟もどこに居るかわからねえが、育ててくれたばあちゃんが川崎に居る。
月に一度は会いに行って生活費もやっている。俺の一番大事な、ただ一人の身うちだ、、、」

「、、、生粋の日本人か、、、」
「そうだ、生粋の日本人だ、本当だ嘘じゃねえ、先祖代々の墓だってある、ばあちゃんの故郷の奥多摩に」
「少し黙ってろ、、、お前を生かすか殺すか考えている」
西田は、男を黙らせてから車のエンジンをかけた。燃料メーターを見ると満タンに近い。
(川崎まで往復できるな、、、手間がかかるが、行くか、、、)
西田は「この銃で三島とやらを殺した」と言ってから拳銃を懐にしまって車を走らせた。
走りだして少しして男が恐々と聞いた「ど、どこへ行く気だ」
「、、、お前の婆さんに会いに行く、、、お前の言った事が本当か確かめる、お前が信用できる人間か、、、」

西田は、車を運転しながら聞いた「三島について知っている事を話せ」
「三島は1年ほど前から時々マンションに来るようになった。噂では上に雇われたプロの殺し屋だと言ってた。若い兵隊が『プロの殺し屋がどの程度か試してやる』と言って殴りかかったが、数秒で障害者にされた。以来、誰も近づかなくなった。9か月ほど前、警察に捕まったと聞いたが、1ヵ月ほどしてマンションに帰ってきた。その後トイレであの事を聞き、誰かが連れて行ったようで見かけなくなった。俺が知っているのはこれだけだ」
「フリーメゾンの33階級者については」
「それは、さっき話したトイレの中で聞いた事だけだ、、、本当かどうかわからねえが噂では、白人の33階級者が日本に来ていて、そいつが日本を操っているとか、まあ都市伝説だろうが」
その後、西田は無言で運転していたが、高速道路のパーキングエリアで車を停め、外に出て電話した。
ワゴン車の3人もストーカーだから連れていくようにと警察に知らせ、それから和子に「これから川崎に行く、いつ帰って来れるかわからないが、できるだけ外出しないように、もしどうしても出る時は、充分気を付けて」と伝えて切った。

車を運転し始めると、西田は独り言のように言った。
「、、、俺は妻を殺された、、、腹に子が居たのに、犯されてから腹を踏み潰された、、、お前、妻は居ないのか」
「居ねえ、ナニの相手は居るが、、、あのマンションに居る者は、客が来ない時の女は自由に抱けるんだ。だからグループの若い者は、少々不満があっても逃げ出さない。上は上手く考えている」
「女には不自由しないって事か」
「そうだ、、、新入りの兵隊は、1週間とびっきりの女を好きなだけ抱かせてもらえる。それでその女の虜になるんだ。最初に飴を与えて、その後は暴力で上の奴隷にする。これが0国人のやり方だ」
「龍グループは0国人が支配しているのか」
「そうだ、幹部はみな0国人だ、だがその幹部を操っているのは」
「霞が関か」
「と言う噂だ、下の者で霞が関の人間を見た者は居ないが」

「大事なことを思い出した。松平家を見張っていたのは何のためだ。これも霞が関の指示か」
「、、、『林弁護士と同じに』と言う命令が下ったと聞かされたから、また霞が関だろう。だが最初の1週間くらいは、行動範囲を調べたり、拉致する場所を決めるための下調べだ。その後、実行部隊が来る」
男の話を聞いて西田の背中に冷や汗が流れた。
(この情報を知れたのは幸運だった。実行部隊が来る前に和子さんを逃がせる)
「、、、林弁護士はどうやって拉致されたんだ」
「俺は実行部隊じゃねえから良く分からねえが、拉致する時はいつも数人で取り囲んで、後ろの人間が90万ボルトのスタンガンを首筋に当てるそうだ。相手は声も出さずすぐ気絶するから、車のトランクに入れて運ぶそうだ」
「そしてその後、実行部隊も消すのか」
「ああ、そう聞いた。相手を海に沈めた後、兵隊の射撃の練習台にされるそうだ。東京湾は重しを付けられた死体がいっぱい沈んでいると言ってた。
実行部隊は使い捨てだ、だが代わりはいくらでも居るそうだ。街には不法滞在の外国人が溢れているからな。とは言っても外国人だって人間だ、それを騙して連れて来て働かせた後、虫けらのように殺すんだ。
人間のする事じゃねえ。俺は龍グループが嫌になっているが、逃げ出せないんだ。上の人間は、裏切り者は絶対に見つけ出して殺すからな」

それからしばらく西田は無言で運転していたが、高速道路の料金所を出ると「信号を曲がるのか」と聞いた。
その後は男の指示通りに運転して、古い民家が立ち並ぶ中にある、みすぼらしい家の前に停まった。
「ここか」
「ああ、ばあちゃんが一人で住んでる」
「お前はおばあさんに何と呼ばれている」
「賢治だ」
「賢治か、分かった、お前の友人と言う事でちょっと会ってくる。お前の言ったことに嘘が無ければ後で会わせてやる」
「勝手にしろ」

入口の引き戸の上の表札が「宮澤春江」と書かれているのが、夕暮れ時の薄明かりで何とか読めた。
西田は引き戸を開けて「こんばんは、、、宮澤さんのお宅でしょうか」と丁重に言った。
「はあい」と返事が聞こえ、奥から腰の曲がったおばあさんが出てきた。そして「宮澤ですが、どなた様ですかいの」と怪訝そうな顔で言った。
「私は、賢治君の友人で西田友一と言います。近くへ来たので寄らせていただきました」
「なに、賢治の友人、ならあんたも893か、わたしゃ893に用はない、帰れ」
「アハハ、待ってください、おばあさん、私は893ではありません。民生委員です。893を辞めさせる側です。それで、おばあさんに相談に来たのです」
「みんせいいいん、、、あのガキゃ、また何ぞ悪さしでかしたんか、、、わしゃ貧乏人じゃ賠償金なんぞ払えんぞ。すまんがそう言って被害者に謝っといてくれ」
「はいはい、分かりました、ちょっと待っててください」

西田は車の中に入って笑いながら言った「良いおばあさんだ、気に入った、、、会いたいか」
「け、ここまで話し声が聞こえて来やがった、元気なのが分かったから会わなくても良いや、いつも顔だけ見て金を渡して帰るんだ、長く居たら何時間でも小言を聞かされるからな。30過ぎても糞ガキ呼ばわりでダチも連れて来れねえ、、、2週間前に金も渡してるし、まだあるだろ、行ってくれ」
「これが今生の別れになっても良いのか」
「まだ俺が信用できないのか、、、」
西田は無言で男を見た。それからフッと顔をほころばせ、ポケットからナイフを取り出して男の手足の結束バンドを切って言った「いいから会ってこい、次はいつ会えるかわからんからな」
男も忌々しそうに西田を見ていたが、ドアを開けた。
西田は「待て、これを持って行け」と言って財布の中のありったけの金を差し出した。
男はまた少しの間西田を見ていたが、ひったくるように金を取ると家の中に入って行った。

「この糞ガキゃ、また何ぞ悪い事したんじゃろ」
「違う、近くに来たから寄ったんだ、臨時収入もあったから持って来たんだ」
等という話し声、というより怒鳴り声が聞こえていたが、5分ほどで男は出てきて荒々しくドアを開けて車に乗り込んできた。逃げようと思えば逃げれたはずだが、、、。

少し走らせた後コンビニに寄って、西田はATMで金を降ろし、男は下着を買ってトイレで履き替えてきた。
それからまた少し走ってファミレスに入った。料理を注文し終えると西田は、ATMで降ろした金を男に渡して言った。
「知らなかったATMでは50万しか降ろせないんだな、、、これじゃ足りないだろうから次に会った時に500万渡す。その金で顔を整形手術しろ。龍グループを抜けて、俺の仲間になってくれ」
男は驚いた顔で西田を見た後、どもりながら言った。
「あ、あんた、いったい、な、何者なんだ、な、な、何を考えているんだだ」

「さっきも言ったろう、奴らに妻を殺された、俺は奴らに復讐したいんだ、、、いいか、これから俺が言う事を良く聞いてくれ、、、お前は東日本大震災が人工地震で引き起こされた事を知っているか」
「東日本大震災が人工地震で、、、なんだそれは、、、そんなこと知らねえ、、、聞いた事もねえ」
「東日本大震災は、奴らが起こした人工地震で引き起こされたんだ。
そしてその後の大津波で三島は家族を失い殺し屋になった。殺し屋になった後で三島は、東日本大震災が奴らによって起こされた事を知り、奴らに復讐しょうとしたが時間がなかった。末期がんだったのだ。
それで俺に、代わりに復讐してくれと言った。俺も奴らに復讐したかったので引き受けた。そしたら大金とあの銃をくれた。その後、三島に要求され、あの銃で殺した、、、
俺や三島だけじゃないんだ。東日本大震災が人工地震で引き起こされたなら、人災だ、殺人事件なんだ、しかも死者15893人という大虐殺事件だ。日本国民が15893人も殺されたんだ。
俺は日本国民の一人として、奴らに復讐したい。お前も生粋の日本人なら、俺や三島の気持ちを察してくれ。仲間になるのが嫌なら、せめて龍グループや霞が関の情報を教えてくれ」

男は愕然とした表情で西田を見つめていた。
男の頭の中で「生粋の日本人」と言う言葉が、何故か急に重くのしかかってきた。
(俺と同じ日本人が15893人も殺された、、、)そう思うと男は、言いようのない怒りがこみ上げてくるのを感じた。
西田の話は続いた。
「林弁護士が何故、殺されたか知っているか、、、
東日本大震災が人工地震で引き起こされた事を二本政府に認めさせるために、林弁護士は二本政府を告訴したのだ。それで、認めたくない二本政府によって消されたんだ。
そして今度は、林弁護士の意思を引き継いだ松平和子をも『林弁護士と同じに』しょうとしているんだ、、、解るか、日本国民を殺した犯人を告訴しょうとしている日本人を、二本政府は消そうとしているんだ。
そしてお前はその手下だったんだ。三島と同じようにな、、、
だが三島は自分の愚かさに気づいた。家族を殺した奴らの手下になり、同じ日本人を殺していた愚かな自分自身に気づいたんだ、それで俺に復讐を託して死んだ、、、だから俺は、三島のためにも妻のためにも、そして15893人の日本人のためにも、奴らに復讐したいんだ、、、」
その時、料理が運ばれて来た。二人の生粋の日本人は無言で食事した。
夜遅く松平家の前に車が停まった。
「お前が俺の敵でない事を願っている」そう言って西田は車から出て、松平家の中に入って行った。


翌朝、西田は和子と両親に、4人で旅に出ようと誘った。そして午前中にレンタカーを借りてきて出発した。
西田には旅の目的などなかった。ただ、松平家から離れていたかった。
車で行けしかも一番遠いところ、そして目立たない所を目指そうと思った。
とは言え東名高速は昨日往復したばかりで、さすがに二日続けて走る気にはなれなかったので中央自動車道に入った。
急ぐ必要がないので、サービスエリアで休息を取りながらのんびり走った。それでも3時には諏訪インターに着き、今夜は諏訪湖湖畔の宿に泊まる事にした。
宿の駐車場に着くと和子の父が言った「二人はここで待ってなさい、おい母さん」
和子の両親はいそいそと宿の中に入って行き、2~3分で出てきて西田と和子を呼んで言った。
「和子、いいか経費節減だ、わしら夫婦に一部屋、お前と西田さんで一部屋だ良いな」
父の言葉には有無を言わせぬ迫力があった。和子は西田を見た。西田は苦笑しながら頷いた。

部屋に入ると西田はすぐに支度して大浴場に行った。和子も後に続いた。のんびりしていたのか和子が部屋に帰って来て30分ほどして西田が浴衣姿で帰って来た。
部屋は見晴らしが良かった。諏訪湖が一望できた。和子は窓際に座って景色を見ていた。
西田が横の椅子に座ると、くつろいでいるように見えた和子は厳しい表情で言った。
「この旅行の目的は何ですか?、その前に、昨日の出来事を聞かせてください」
和子の挑みかかるような瞳で見据えられ、西田は少し戸惑った表情をしたが、フッと吐息をした後で言った。
「、、、龍グループに『林弁護士と同じに』との命令が下ったそうです」
和子の顔色が変わった。しかし西田は平然と言った「しかし、心配しないでください。私が必ず守ります」

その後西田は、昨日龍グループの一味を捕まえて聞き出した、大まかな内容を話した。そして実行部隊が来る前に移動しておき、反撃の準備をしたいと考えている、と付け加えた。
「反撃の準備?」
「はい、、、龍グループは当然、私たちが帰って来るのを待ち伏せしているでしょう。つまり彼らは松平家に目を向けている。他は安全です。他の場所で私たちは、なすべきことをしましょう。ネットでの対応ならどこからでもできるのですから、、、ついでに旅行を楽しみましょう」
落ち着き払っている西田を見て、和子の不安そうな表情は消え、代わりに、何かを訴えるような眼差しで西田を見つめていた。
和子のそのような眼差しに気づいた西田だったが、指一本触れることはなかった。

宿の食事が終わった後、4人は諏訪湖が見えるテラスで、酒やコーヒーを飲みながら夜景を楽しんでいた。
母が独り言のように言った「旅行するなんて何年ぶりかしら、、、」
「そうだな、、、和子が小さいころは、近場の遊園地なんぞは良く行ったが、旅行らしい旅行はしてないな」
「、、、そう、私たちは新婚旅行もしてないのよ、和子が羨ましいわ。こうして婚前旅行さえしてもらっているのですもの」
和子は飲んでいたコーヒーを吹き出した。しかし西田は考え事をしていたのか無表情だった。
「ところで式はいつにするの、うちは親戚が多いから準備が大変なのよ、早く決めて知らせてね」
「何を言ってるのお母さん、私は結婚なんてしないわよ」
「和子、そんな我儘を言うもんじゃない、早いとこ結婚して老い先短い父さん母さんに楽をさせてくれ」
「何を言ってるのお父さん、不動産収入があってお金持ちで、無職で苦労なんてしてないじゃない」

和子の声が聞こえたのか隣席の人が失笑した。父は、人差し指を口に当て和子を制した。
物思いにふけっている西田に気づいた母も、父と和子を制してから西田に注目させた。
和子と両親の会話をよそに、西田はこれからの事を考えていた。
(ネットでの対応だけならどこからでもできる。しかし、逃げ続けても未来は好転しない、、、
いっそのことハメリカに行って、ハメリカで告訴するか。そうすれば龍グループとて、まさかハメリカにまでは追って来ないだろう、、、しかし、そうするなら、告訴するのは林弁護士の奥さんの方が良い、、、
日本国内では世論の盛り上がりは、あまり期待できそうにないが、ハメリカで直接告訴すれば、、、)

西田は、突然和子に言った「林弁護士の奥さんと一緒にハメリカに行きませんか」
和子は驚いて西田を見た。声が聞こえた両親も驚いて顔を見合わせた。
「まあ、行くとは言っても、今すぐと言うわけにはいかない。いろいろ準備して、林弁護士の奥さんとも打ち合わせして、、、そうですね、奥さんに原告代理人になっていただいた方が良い」
「ハメリカで告訴するのですか?」
「そうです、被告はハメリカですから、、、きっと林弁護士もその御つもりだったと思うのです、、、
『東日本大震災が人工地震で引き起こされた事を隠匿した』と言う事で二本政府を告訴し行政裁判を行っても、そして仮に被告の有罪が確定しても、被告であるハメリカが『二本の国内法の判決に従う義務はない』と無視されたらどうにもななりません。
それでも、ハメリカは国際的な批判を受けることにはなるでしょうから、林弁護士は、一応正規の手はずを踏んでおこうと考えられたのだと思います。まあ、林弁護士もまさか日本の報道機関の無視がこれほど酷いとは予想されていなかったのではないかと思いますが、、、」

「西田さんの御考え、良く分かりましたわ。でもそうなると、奥さまが原告代理人になられたら私は不要では」
「そうです、しかし奥さんには当然弁護士が必要になる。恐らく貴女に顧問弁護士を依頼されるでしょう」
「例えそうなっても和子、お前は顧問弁護士を断るんだぞ。お前は顧問弁護士などやってる暇はないんだ。一日も早く結婚して子を儲けると言う大役があるんだからな」
と、聞き耳を立てていた父が、やっと出番が来たとでも言いたげな顔で言った。すると次の出番を待っていたかのように母が言った。
「お父さんの言う通りよ和子、高齢出産は危険だから一日も早く子を産まないと」
「お父さんもお母さんもいい加減にして」そう言って和子は立ち上がり、西田の手を引いて言った。
「向こうへ行きましょう、ここでは話もできないわ」
手を引かれるままに西田は立ち上がり和子の後に続いた。

二人が手をつないで去るのを両親は驚きと狂喜の表情で見ていた。
「おい、母さん見たか。手をつないでたぞ」
「ええ見ましたとも、初めて見ましたわ、、、大進歩です」
「男と話はできても触れることができなかった和子がやっと、、、」そう言って父は目頭を押さえた。
そのころ和子は、西田の手を引いている事に気づき、慌てて手を振り放した。途端に顔を真っ青にして後ずさりし、怯えた目で西田を凝視した。その目は、日頃の和子の目ではなかった。狂人の目としか言いようがない、怪しげな光を帯びていた。西田は驚き恐怖心を抱いた。
和子はすぐに走り去った、まるで獣が逃げ去るように。

わけがわからないまま佇んでいた西田は、気を取り直して部屋に帰った。だが、鍵でドアを開けてもドアチェーンが掛かっていて開かなかった。
西田は小さい声で「和子さん、西田です開けてください」と言ったが返事はなかった。
(風呂にでも入っているのかな)と思い、西田は宿の中をぶらぶらして時間をつぶし、30分後にまたドアを開けたが、まだドアチェーンが掛かっていた。
西田は更に30分待った。しかしまだドアチェーンが掛かっていた。西田は、少し大きめの声で「和子さん開けてください」と言った。すると中から、すすり泣きと「嫌、来ないで、嫌、、、近寄らないで、、、」と言う和子の声が聞こえた。
驚いた西田は「どうしたんですか和子さん、とにかく開けてください」と言ったが、部屋の中からは、和子のすすり泣と「嫌、来ないで、来ないで 、、、」と言う声が聞こえるだけだった。
仕方なく西田は、両親の部屋に行き事情を話した。話しを聞いて両親は、顔を曇らせ顔を見合わせた後、母が一人で和子の部屋に行った。その後、父が言った「西田君、すまんが今夜はワシの部屋で寝てくれ」

翌朝の朝食時、西田と父が座っている向かいの椅子に和子と母が来て座った。
和子の顔はいつもと同じだったが、やつれているようにも見えた。
母も沈痛な面持ちだったが、強いて明るく朝の挨拶をした。
西田は挨拶を返した後、無言で食事しながら昨夜の父が言った事を考え直してみた。
「和子さん、どうしたんですか」と聞いた西田に父は申し訳なさそうに言った。
「西田君、すまん、、、和子の事は今度改めて話すから、今夜は勘弁してくれ、、、ワシは今、天国から地獄に突き落とされたような気分なんじゃ、、、それと勝手なことを言って申し訳ないが、和子とは明日からも今まで通りに接してくれないか、、、頼む、、、」
そう言われた西田は、その時はそれ以上なにも言えなかった。そして今、沈痛な面持ちの母を見ると尚更なにも言えなかった。西田は、父に言われた通りに今まで通りに接する事にした。

朝食を終えると、少し荷物を整理してから車に乗り込んだが、昨日は助手席だった和子は後部座席に座り、助手席には父が座った。
西田は「これから上越市に行きます」と言ったが、誰も返事しなかった。
途中のサービスエリアに寄ったりしながらのんびり走ったが、それでも昼前には上越JCTから北陸自動車に入りすぐ上越ICで出て一般道を北上した。
西田は(直江津港に行って雄大な日本海を見せたら3人の気も晴れるだろう)と思ったのだ。しかし直江津港は、長い長い防波堤があって雄大な日本海はあまり見えず、西田は地図で調べて川を隔てた西の船見公園に行った。その公園からは正に雄大な日本海が見えた。
西田は、駐車場に停めてから車から出て砂浜の波打ち際に行った、当然3人もついて来るだろうと思って。
しかし、5分経っても10分経っても3人は車から出てこなかった。

雄大な日本海を見れば少しは気も晴れるだろうと思ったが、実際に見ている西田の心さえも晴れなかった。
むしろ、3人の事が気になり西田の心まで暗くなった。
西田は仕方なく車に戻り、民家の密集した地域を抜けて走っていると鮮魚料理店があり、昼食をとることにした。
今朝水揚げされた新鮮な魚の刺身の船盛や寿司を注文しても無言の3人に、居づらくなった西田は大きな生け簀の中で泳ぐ魚を見に行った。
魚など興味もない西田は、魚を見てはいたが頭の中ではこれからどうするかを考えていた。
(和子さん、いったいどうしたんだろう。サービスエリアで話しかけても返事もしなかったし、俺の方を見ようともしなかった。まるで、恐ろしい猛獣にでも出会ったような怯えた表情で顔を背けていた。
しかも和子さんだけでなく両親までもが無言のままだ、、、これではとても旅行を楽しむことなどできない。
かと言って松平家に帰るわけにもいかない、、、さて、どうするか、、、)
西田がふとテーブル上を見ると料理が並べられていたが3人はまだ箸を持っていなかった。西田は慌ててテーブルに着き「さあ食べましょう」と言ってから箸を持った。西田を見て3人はやっと重そうに箸を取った。

夕方、新潟市に着いた。繫華街の目に留まったホテルの駐車場に車を停めたが、父は何も言わなかった。
西田は一人でフロントへ行き、家族用の部屋とシングルルームを借り、鍵を受け取って車に帰り言った。
「家族用の部屋を借りましたので、どうぞ御ゆっくり。私はこの町に用事がありますので、ちょっと出かけます。明朝9時にこの中のレストランで一緒に食事しましょう」
そう言ってから西田は、3人の荷物をポーターに頼み、自分の荷物を持ってホテル内に入って行った。
部屋の風呂に入って、西田は大きなため息をついた。やっと寛げた。
(今夜は一人でのんびりしょう。あんな暗い表情の家族と一緒では気が休まらん、、、明日はいつものようになっていたら良いが、、、)


その夜、西田は大山大蔵に電話した。
月に1~2度かけていたが、00組の組員ライダーを調べた後の電話以来、既に1ヵ月ちかく経っていた。
相変わらず元気はつらつとした大蔵の声に、今の西田は元気づけられた。
「元気なようで安心した。ところでグループの方はどうだい。メンバーは増えたかい」
「はい、100人を超えました。現在106人です」
「ほう、凄いな、で、テレビ局からの取材はまだないかい」
「はい、テレビの方はまだありません。でも先週の土曜日、東京のラジオ番組に特別ゲストとして出させてもらいました。番組最後の5分間は自由に話して良いと言われたので、健全なライダーグループでライダー募集中と言ったら、その夜からメールでの問い合わせが殺到して、返信するのに大変でした。これからもっともっとメンバーが増えそうです」
「そうか、それは良かったな。で、暴走族からの嫌がらせなんかはないか」

「それが、、、グループで走っている時は全く出てこないのですが、解散しての帰り、女性ライダーが5人の暴走族らしいバイクに追われたそうです。でも、その女性は運転テクニックが良くて、わざわざ高速に入って簡単に振り切ったそうです」
「ほう、そんな事があったのか、、、運転テクニックがある女性で良かったな、普通の女性ライダーだったらどうなったか分からない」
「はい、それでそれ以降、同じ方向に帰る者はできるだけ数人で一緒に帰るように、それからいつも同じコースで帰らないように、と説明しておきました。西田さんに教えていただいたおかげで、今のところ問題は起きていません。」

「そうか、良かった。だが、襲う方は虎視眈々とチャンスを待っているから怖い、、、
こちらは3人グループ2交代で下調べされていた。まあ、下っ端だったので捕まえて警察に渡したが、実行部隊が来ると面倒なので、今逃げて新潟に来ているところだ」
「えっ、そうなんですか、新潟へ、、、大変ですね。でも何故、狙われているんです」
「依頼主が『東日本大震災はハメリカによる人工地震で引き起こされ15893人が殺された』と言う事で、今ハメリカを糾弾していて、それで二本政府に狙われているんだ」
「えっ、どういう事ですか、意味がわかりません」
「、、、そうだな、良い機会だから君にも話しておくよ、、、君は、東日本大震災が人工地震で引き起こされた事を知っているかい」
「あ、それネットで何度か見ましたが、やっぱり本当だったのですか」
「ああ本当だ、最初は俺も疑っていたが、人工地震の証拠がいっぱい有る。その上ハメリカには犯行の動機もある。だから依頼主はハメリカを糾弾している。
だが『ハメリカの人工地震で15893人が殺された』と世界に向けて配信したらどうなる。ハメリカは否定し、配信者を『なんとかしろ』と二本政府に圧力を掛けるだろう。それで二本政府は、配信者を消そうとしているのだ。
この件で以前、告訴した弁護士は、龍グループの実行部隊によって消された事が分かっているが、警察は上からの圧力でかまともに捜査しない。これが日本と言う国の現状なんだよ」

「へぇー、、、本当ですか、、、驚きました、、、でも考えたら、あれが人工地震なら人災。故意による殺人ですよね、、、ハメリカによる殺人事件」
「そうだ殺人事件だ、しかも15893人も殺されたんだ、虐殺と、、、大虐殺と言えるだろう。それでハメリカを糾弾しているのに、その糾弾している日本人を二本政府は消そうとしているんだ。こんな馬鹿な話はない。今の日本は何かおかしい、、、おかしいと言えば、テレビや新聞などの報道機関もおかしい。
日本人が15893人も殺され、それを糾弾しているのに無視して報道しょうともしない。まあこれは恐らく二本政府の圧力のせいだとは思うがね。
それと、もっとおかしいのは、他でもない我々日本国民だ。
我々と同じ日本国民が15893人も殺されているのに、その事について日本国民は何もしょうとしない。
遺族の方々も誰一人として告訴しょうとしない。

もし多くの日本国民が『人工地震だと言う確かな証拠がないから告訴できない』と言うなら、一度ネット等で調べてみれば良い。人工地震の証拠がいっぱい見つかるだろう。
または『このように人工地震の可能性があるので、日本政府は徹底的に調べて欲しい』と日本政府に訴えれば良い。
それなのに日本国民は何もしない、、、いったい日本国民はどうなっているのか。
自分たちと同じ日本国民が15893人も殺されているのに腹も立たないのか。ハメリカに対して憎しみも起きないのか。俺はハメリカが憎くてたまらないが、他の日本国民は何とも思わないのか。
『同じ日本国民であっても他人だ、自分には関係ない事だ』と無視するのか。
それとも多くの日本国民が『自分と家族が暮していくだけで精一杯、他人の不幸な出来事にまで関わっていられない』としか言えないなら、『お前、それでも日本人か。お前のような日本人のために、大東亜戦争時の日本軍人は自らの命を顧みず、死にもの狂いで戦ったのか。お前は、大東亜戦争時の日本軍人に対して恥ずかしくないのか』と言われかねない、、、おっと、長電話になった、すまない、では、またな」

それで西田は電話を切ったが(言いたい事だけ、しかも自分の持論だけ言って切ってしまった)と後ろめたく思った。(実際に長電話にはなっていたが、切るタイミングがまずかったな)そう思ったが、かと言ってもう一度掛けるのも気が引けた。(次回の電話で謝ろう)と考え、大蔵の事は頭の中から消した。
その後、西田は夕食がてら新潟の街を歩いてみることにした。
(まさか龍グループはここまで追って来はしまい)と思っていたから、銃やボディガード用小道具は何も持たずに部屋を出た。

ホテルの斜め向かいに寿司屋があった。昼も寿司だったが、美味かったのでまた入った。
その店の寿司も美味かった。(寿司はネタ次第だな)西田は改めてそう思った。
(ついでに地酒も味わってみよう)と思い品書きを見ると「越乃寒梅」があった。それを注文しょうとすると年配の板前が言った。
「お客さん、古い事をご存知のようですな、しかし越乃寒梅よりも美味しい酒がありますよ。昔の評判で選んじゃあいけません。これを試してみてください」
そう言って出された「久保田」は本当に美味かった。喉元をスッと流れ落ちるような爽やかな飲み心地がした。お銚子2本がすぐに空になった。これくらいの酒量で酔う西田ではなかったが、何故かそれ以上飲まなかった。

勘定をして外に出ると、出口の左右に居た男がいきなり殴りかかってきた。西田は難なくかわして一人の男の腕を捩じ上げた。男の悲鳴に多くの通行人が驚いて立ち止まった。その時、しわがれ声が聞こえた。
「勝負あった、そこまで、、、さすが西田友一、三島を捕らえた男だけの事はある」
西田が声の主を見ると、杖を両手でつかみ仁王立ちしている老人が居た。
「すまんが、ちょっと付き合ってくれ」
そう言って老人は歩き出した、西田が必ずついて行くと確信しているかのように。
しかし西田は迷った。新潟で、自分の姓名を知っている人間に会うと言う事に違和感を覚えた。
すると手を捩じ上げていた男が「心配無用です、危害はくわえません」と言った。
西田はなおさら迷って言った「いきなり殴りかかってきた、お前にそう言われてどうして信用できるのか」
男は困り果てた顔で言った「そう言われましたら返す言葉もありません、、、では私を人質にして、ついて行ってください」
西田は、男のその顔の表情を信じて腕を放し、ついて行った。

大道路脇に黒光りする高級車が停まっていて、後部座席に老人が座って手招いていた。
西田が乗り込むと老人が運転手に言った「どこか静かな所へ行って停めてくれ」
車が走り出すと「先ほどは御無礼した、本物の西田殿か試したかったんじゃ、許してくれ」と老人が言って頭を下げた。
「そんなことより、どうして俺がここに居る事が分かったのだ」
「ハハハ西田殿、レンタカーに発信機を付けるなど容易い事、、、では盗聴器には未だに気づいておらんのじゃな。まあ、警護者養成学校に行っていない西田殿では無理からぬ事ではあるが、、、
先ほどの大蔵殿との電話内容を聞かれて影の総理殿が諌めるようにと言われたんじゃ、、、
ワシは影の総理殿の使いの者じゃ」

西田は驚き、冷や汗が流れた(日本には影の総理が居ると聞いたことがあるが、本当に居たのか。それどころか、発振器と盗聴器だと、いつからだ、、、)
西田の心中を見抜いたかのように老人は言った。
「今は性能の良い盗聴器が有ってな、松平家の中にも西田殿の服にも取り付けてある。50メートル以内なら電波が届き充分に聞き取れる、、、
それと影の総理殿は居る、、、日本に存亡の危機が迫った時だけ出て来られるんじゃ。つまり今が存亡の危機なんじゃ、、、そしてその危機を作っているのが西田殿と松平和子殿なんじゃ。
こう言えば西田殿はもう話の中身が解ったじゃろう、、、

西田殿は生粋の日本男児じゃ、立派な志の持ち主じゃ、大蔵殿に言われた『大東亜戦争時の日本軍人に対して恥ずかしくないのか』、、、正にこの気持ちこそ日本男児の証じゃ、、、消すには惜しい御仁じゃ。誠に、消すには惜しい御仁なんじゃ、、、じゃから、影の総理殿はワシを遣わされたたんじゃ、、、
のう西田殿、貴殿のお気持ち、、、日本男児として正義を貫こうとするお気持ちは良く解る、、、
じゃが、これ以上は止めてくれ、、、これ以上やれば、またあの邪悪な連中が動き出す。
あの連中なら原発を破壊するなど容易い事、富士山とて噴火させられる。じゃが、そうなったら日本はどうなる、、、日本国民はどうなる、、、あの連中は、日本国民を根絶やしにする事に微塵の罪悪感も持っとらん。
そんな連中を、今までは何とか金で鎮めてきたのじゃ、、、あの連中を怒らせてはならんのじゃ、、、
悲しい事じゃが、これが日本の実情なんじゃ、、、頼む西田殿、これ以上あの連中を怒らせんでくれ」
老人にそう言われて西田は言葉に詰まった。

車はいつしか小高い丘の上の道路脇に停まっていた。眼下にはきれいな夜景が見えている。
無言の西田に遠慮するかのように、老人は夜景を見ながら低い声で言った。
「きれいな夜景じゃ、、、影の総理殿もここの夜景を好まれて時々お越しになる、、、
『今の日本は何かおかしい』、、、正に西田殿の言われた通りじゃ、、、日本は、おかしくなってしもうた、、、
終戦後のアメリカのGHQによる日本国民愚民化政策のせいではあるが、それでも戦争を体験した日本国民が大半を占めていたころは、まだ良かった。だが、戦争を知らない国民が中心になるようになって、日本国民は金儲け至上主義に変わっていった。まあ、これも、あの邪悪な連中の企ての一つなのじゃが、、、

あの連中はどこの国にでも入り込んで、その国の経済を意図的に悪化させ、国民が生活費を稼ぐだけで精一杯という余裕のない状態に追い込んでしまう。
そして金を稼ぐこと以外は何も考えられない、他人の事などかまっていられない精神状態にしてしまう、実に陰険極まりない連中なんじゃ、、、
あの連中は、武力を使わず経済関係へ侵入して相手国を滅ぼし、国民の心の中まで侵略してしまうんじゃ。心の中まで侵略して、他人を思いやる心も、助け合いの心も滅ぼしてしまうんじゃ、、、
あの連中は、人の皮を被った悪魔なんじゃ、、、
自分たちの仲間以外の者は人間と見なさん、家畜としか奴隷としか見なさんのじゃ。
人を殺すのも家畜を殺すのと同じ感覚なんじゃ、、、じゃから、他人を殺しても何とも思わん。
正に鬼畜じゃ、鬼畜としか言いようがない連中なんじゃ、、、そんな連中が、陰から日本も世界も支配しているんじゃ、、、
表の世界で政治家が、どんなに善政を行おうとしても、それがあの連中の意にそぐわない事であったなら必ず潰されてしまうんじゃ。じゃから政治家は、日本国民のための政策ができず、あの連中の利益につながる政策しかできんのじゃ。当然、日本は悪くなる一方じゃ。年を追う毎に悪くなる一方じゃ。」

不意に西田は言った「その悪魔を倒すことはできないのか!影の総理でも倒せないのか」
西田の言葉の内に強い憤りが籠っている事を老人は感じ取った。しかし老人は悲哀に満ちた面持ちで静かに言った。
「、、、今となっては、、、あの連中を、あの悪魔どもを倒す事は誰にもできまい、、、」
「今となっては、、、とはどういう事ですか」
「、、、終戦までの日本国民が、あの連中の正体を知って世界中に訴え、世界中の支持を得たなら、あるいは倒せたかも知れん。じゃが、その可能性に気づいたあの連中は、日本国民の心を変えてしもうたんじゃ。今の日本国民では団結する事ができん、バラバラに立ち向かっては、あの連中を倒す事はできんのじゃよ。どこの国のどんなに立派な大統領が立ち向かっても一国だけでは到底敵わないほど、あの連中は巨大な力を持ってしまったんじゃ。今はもう誰も太刀打ちできまい。
終戦までの日本国民のあの団結力で一丸となって立ち上がり、それに多くの外国人が加わってくれたなら、あるいは、、、
日本も世界も、あの連中の巨大な力に気づくのが遅すぎたんじゃ、、、」
老人の話しを聞いて、西田は弱々しく言った「今の日本国民では、、、無理なのか」

それからしばらく沈黙が続いた後、老人が申し訳なさそうに言った。
「交換条件と言えば気を悪くされるかも知れんが西田殿、東日本大震災に関する事を全て辞めてくれたなら、貴殿や松平家に、龍グループが今後一切手出ししないよう我々が話をつけよう、、、
和子殿は実は不幸な身の上なんじゃが、貴殿なら恐らく救えよう。和子殿とめおとになられ松平家を存続させてあげなされ」
「和子さんが不幸な身の上、、、どういう事ですか」
「、、、その内、御両親か本人から話されよう、、、ではホテルへ御送りいたそう」
そう言ってから老人は運転手に指示した。
その後はホテルに着くまで無言だった。西田が車から降りても老人は西田の方を見ずにドアを閉めさせた。

部屋に入ると西田はベッドに大の字になり、ここ数日間の目まぐるしい出来事を思い返した。
(、、、まさかここで影の総理の使いに会うとは、、、しかし何故、新潟で、、、もしや影の総理は田0家の身うちか、、、まあ、影の総理の正体を詮索してもしょうがない、、、それより、これからどうするか)
考え続けているうちに眠っていた。

翌朝8時前、レストランに行こうとした西田に和子の父から電話が掛かってきた。西田が挨拶をして、これから一緒に朝食をと言おうとするのを遮って父は言った。
「今、新潟空港だ、すまんが和子がどうしても、と言うんで、朝の飛行機で名古屋に帰る」
「えっ、本当ですか、、、でも御実家の方は危険だと思いますが」
「分かっているよ、実家には帰らん、ワシは名古屋市内にマンションとか借家とかをいろいろ持っているんで空いている所へ入ってしばらく暮らすよ。君には迷惑をかけてすまん。和子は、男性恐怖症の病気が再発したんでな。この件は日を改めて話すから、、、」
そう言って父からの電話は切れた。西田はため息をついてからレストランに行った。

食事しながら西田は、これからどうするかを考えた。
(一人で旅行しても意味がない、、、仕方がない名古屋に帰るか)
9時ころホテルを出て夕方には名古屋に着いた。西田は、レンタカーを返してから歩いて松平家に行った。
龍グループや影の総理側の見張りが居ないか、辺りを警戒したが見当たらなかった。
松平家に住むようになって、渡されていた鍵で西田は家の中に入った。家の中は、誰かが侵入した形跡はなかった。西田は自分の部屋に入り、ベッドに横になると、そのまま眠ってしまった。
ふと目覚めて時計を見ると夜中だった。西田は、明かりもつけず考えた。
(さて、どうしたものか、、、)

今の西田にとって一番の問題は、人工地震についての配信や、ハメリカへ行って告訴する計画を止めるかどうかだった。和子があんな状態でも、西田一人でも配信は続けられるし、林弁護士の奥さんを説得して一緒にハメリカへ行って告訴する事は充分可能だった。だが、昨夜の影の総理の使いの話しを聞いて以来、西田は迷っていた。
(配信や、ハメリカでの告訴を起こして、もし奴らが報復措置を取ったら、、、そしてその報復措置が東日本大震災以上の災いを招いたら、、、
配信を続けたり、ハメリカで告訴を起こす事で奴らを追い詰め倒すことができるなら未だしも、、、その可能性は極めて低い、、、今の日本国民では、どうする事もできないのか、、、
では、虐殺された15893人の方々はどうなるのか。犬死なのか、天災と思って諦めろと言うのか、、、
三島、、、俺は、どうすればいい、、、三島、答えろ、俺は、どうすればいいんだ、、、)

窓の外が明るくなるまで考え続けたが結論は出なかった。結論が出ないまま西田は松平家で一人で暮した。
時折こっそりと出て家の周囲を調べたが、見張り人を見つける事はできなかった。
(影の総理側が龍グループに話を付けたのかな。だとしたら和子さんたちも帰って来れるのだが、、、)
と思ったが、和子や両親に電話するのも気が引けてしなかったが、向こうからもかかってこなかった。
そんな状態のまま1ヵ月が過ぎた。一人での暮しに、さすがに飽きてきた西田は、生活必需品購入を兼ね外出しょうとし、松平家の門を出た。待ち構えていたように一人の男が西田に近寄って来て言った。

「よう、兄貴久しぶり、ずっと待ってたがなかなか出てこないんで、もうここには居ないのかと思ったぜ。
へへ、会えて良かった。どうだい兄貴、俺の顔、男前になっただろ」
そう言って男は、誇らしげに西田に顔を見せた。
西田は、さっぱりわからず言った「見覚えのない顔だが、俺を『兄貴』と呼ぶとはどういう事だ」
男は喜んで言った「へへ、やったね!兄貴にさえも見破られなかった。整形手術は完璧だ」
「整形手術、、、」西田は、やっと思い出した「お前、あの、、、」
「思い出してくれたかい、兄貴に言われて整形手術した00よ」と男は00を低い声で言った。
「こんな話、立ち話じゃできねえ、兄貴どこかへ行こ」
二人は近くの喫茶店に入った。

注文をした後、男はすぐに言った。
「兄貴、突然ですまないが金をくれ。前の50万では足りなかったんだ」
西田は、以前のやり取りを思い出して即座に言った。
「分かった、ここを出たら銀行に行こう500万で足りるのか」
「ひゃほー、やったね、やっぱり俺が見込んだ兄貴だけの事はある、、、実は俺、不安だったんだ、もし兄貴が金をくれなかったら借金どうしょかと、、、何せ、電話番号も何も教えてくれてなかったから、松平家の前で待つしかなかったんだ」

「そうだったのか、すまん。心配をかけたな、だが安心しろ金は必ずやるよ。それより見事な変身だな」
「ああ、兄貴でさえ見抜けなかったんだ、これなら龍グループの奴らに見つかりっこねえ」
「それは良いが、俺を兄貴と呼ぶのは、、、」
「いいや、兄貴と呼ばせてもらうぜ、兄貴以外に兄貴と呼べる人は居ねえ、俺にとっちゃあただ一人の兄貴だ。俺をビビらせ小便ちびらせたただ一人の人だ、兄貴の資格が充分にある。俺はこれから兄貴について行くぜ、地獄の果てまでもな」
西田は、苦笑するしかなかった。

喫茶店を出ると二人は銀行に行った。西田が500万引き下ろして賢治に渡すと、賢治は230万だけ取って行き、その銀行から送金した。賢治が帰って来たので残りの金を渡そうとすると賢治は手を振って拒んだ。
「いいから持っていろ、当座の軍資金だ」と西田に言われて、賢治は目を輝かせて受け取った。
銀行を出ると賢治が言った。
「ところで兄貴、今も松平家に住んでいるのかい。良かったら俺も泊めてくれないかな、野宿もあきたよ」
「なんだ野宿してたのか、、、すまなかったな。分かった、主人に聞いてみるよ。だが今夜はホテルに泊まりな。ホテルでゆっくり休んで、そうだな衣服も新調すればいい、大企業の幹部社員のような身なりにしろよ」
「分かった兄貴、そうするよ。へへ、嬉しいな、夢見てるようだ」
その後二人は繫華街に行きホテルを決めた後で別れた。

一人になると西田は、デパートの電話コーナーに行って和子の父に電話した。
「お父さま、お変わりないでしょうか、和子さんの容態はいかがでしょうか」
「おお、西田君か、、、ワシら夫婦は相変わらずだ、和子も大分良くなった、最近やっとワシとも話すようになった、、、だが、西田君と以前のように話せるかどうか、、、西田君を近寄らせて、また悪くなってはとも思って電話もしなかったんだ」
「そうでしたか、、、」
「元気かね、今どこに居るのかね」
「元気で、ずっと御実家に居りますが、、、」
「ん、実家?ワシの家かね」
「はい、名古屋に帰ってきてからずっと、、、留守番を兼ね奴らが襲ってくるのを待ち構えています」

「なに、そうだったのか、世話をかけたね、、、ワシも家をが心配で一度見に行こうか迷っていたところだったが、君が居てくれたなら安心だ。で、奴らは襲ってきたのか」
「いえ、まだです。もしかしたら和子さんが居ないのに気づいて他を探しているのかもしれません。まさか、そちらに怪しい者たちが居ませんでしょうか」
「怪しい者と言われてもワシには分らんが、、、そう言えば、見慣れない男たちが3人でウロウロしていたと母さんが言ってたが、、、」
「それはいつの事ですか!」
西田の語気に驚いて父は言った「昨日だ」
「今どちらに居られるのですか、私がこれから行きます」
「00マンションだ。00駅の真ん前6階建ての茶色いマンションの304号室だ。00駅を出たらすぐ分かる」
「分かりました、これから行きますので、中に居てください。その男たちを探してみますので少し遅くなるかもしれませんが、、、」
「分かった、、、気を付けてくれ」

西田はすぐに近くの駅に行き00駅を探した。その駅から電車を2度乗り換えて四つ目の駅だった。
昼間で電車の本数が少なかったせいか00駅に着いたのは1時間半後だった。
駅を出ると、言われた通り真ん前にマンションはあった。
西田は、いきなりマンションに入らず、さりげなく周りを調べた。エレベーターや裏口の状態、防犯カメラの位置などを確認して敷地内に入ると、自動販売機の脇に3人の男がたむろしていた。
西田は無関心を装って通り過ぎ、郵便ボックスを調べたふりをして引き返し、3人に聞いた。
「君たち、ずっとここに居たのかい、郵便屋さんが来たかどうか知らないかい」
3人のうちの一人が言った「うるせぇ、消えな」
「目上の人にはもっとていねいな言い方をしなさい」
「なんだと、この野郎」と言ってさっきの男が殴りかかってきた。西田はかわして腕を捩じ上げた。

「痛てててて、放しやがれ、ちくしょう、放せ」
他の二人は身構え、一人が突進しょうとした時、捩じ上げていた男を突き飛ばした。二人はぶつかり合い倒れた。もう一人が攻撃してくるよりも早く西田は、みぞおちに中段突きを食らわせた。その男は声も出さず沈んだ。あっという間の出来事だった。
腕を捩じ上げていた男がよろよろと立ち上がりながら言った「何だてめえは」
西田は、偽の刑事手帳をチラッと見せ「公務執行妨害で連れて行こうか、2~3日鉄格子の中に入るがいい」と言った。
3人は急にうろたえて口々に「待ってくれ」「勘弁してくれ」「俺が悪かった」と言って後ずさった。
「君たちはここで何をしているんだ、このマンションの住人かい」
「違う、ダチの帰りを待っているだけだ、金を貸したのに返さねえから、帰って来たらとっ捕まえようと」
「君たち高校生か、どこの高校だ」
「00高校、でも学校には黙っていてくれよう、悪いのは金を返さないダチなんだからよう」
「分かった、だがダチが帰って来ても警察沙汰になるような事はするなよ。それからここに居たら不法侵入になるから敷地の外で待ちな」
そう言って西田は場を離れエレベーターに乗った。

松平家の部屋の呼び鈴を鳴らして少し経って、ドアが開き父が顔を出した。西田は先ず、たむろしていた3人は高校生で関係なかった事を伝えた。すると父は安堵した表情をしたが、すぐに顔を曇らせて言った。
「せっかく来てもらったのに、追い返すようで申し訳ないが、、、会いたくないそうなんだ、、、」
西田はすぐに察して言った。
「構いませんよ、気にしないでください。一日も早く御回復されますよう御祈りします。あ、それから、御実家にもう一人泊めたいのですが、構いませんか」
「もう一人?」
「はい、私の弟ですが」
「弟さんか、構わん構わん、空き部屋はいっぱいある、どの部屋でも使ってくれ」
「ありがとうございます。ではこれで」
西田は部屋に入る事なく帰って行った。

00駅から電車に乗ると、西のビル街の谷間にちょうど陽が沈もうとしていた。
目は陽を見ていたが頭の中にはなかった。西田は和子の事を考えていた。
(和子さん、どんな状態なのだろう、、、一目顔を見たかったが、今も男性お断り状態なのか、、、心の病、、、厄介だな、早く治れば良いが、、、それはさておき、これからどうするか)
元の駅に帰って来るとラッシュアワーが始まっていた。駅を出るのに苦労するほどの人混みだった。
西田は駅前で食事し、近くのスーパーで生活必需品を買って帰った。

松平家の部屋に帰って来てコンピューターを起動すると和子からメールが来ていた。
「マンションに来ていただきながら、顔も見せず追い返してすみません。
申し訳ありませんが、私の心はまだ男性を受付ません。でも、メールのやり取りは可能ではと、今やっと気づきました。異性だと思わないようにして、ここまで文章を打てました。
嬉しいです。メール通信は可能です。御叱りの言葉でも何でもかまいません、お返事ください」
西田はさっそく返信した。
「メールができて良かったです。私の事は気にしないで早く良くなってください。」

「ご心配いただき、ありがとうございます。さて告訴の件ですが、ハメリカからの問い合わせは、病気を理由に停止中にしていました。しかしこれから再開しょうと思いますが、西田さんの方はどうされていましたか」
「私の方も停止していましたし、これから再開するべきかも迷っています。」
「え、再開を迷っている、、、何かあったのでしょうか?」
「はい、ありました。でも、その事は和子さんが元気になられた後、お話しします。メールでは第3者に知られる可能性がありますので。とにかく一日も早く良くなられますように」
「どんな事でしょう知りたいです、メールでは本当にダメなんですか。早く知りたいです」
「では、早く良くなってください。私も、いつもの貴女に早く会いたいです」

で、メールのやり取りを終えた。メールのやり取りでは、和子が病気だと言うのが信じられないほど正常な内容だったし、病気になる前の和子の文体と少しも変わらなかった。
(心の病気とは、このようなものなのか、、、異常を引き起こす事柄以外は正常にできる、、、
それより明日からどうするか、、、賢治をここへ泊めてやる事になるが、野郎が二人で暮らすというのも、、、
まあ奴が一緒に居たら、龍グループが現れた時すぐに見分けられるか、、、いやその前に、影の総理側は龍グループに話を付けたのだろうか?話しが付いていて、もう龍グループが襲って来ないなら、和子さんたちもここへ帰って来れるのだが、、、)


翌朝、賢治から電話が掛かってきた。
「兄貴、おはよう、さっそくだけど、今日からそこに泊まれるかな」
「ああ、大丈夫だ、主人の許しを得た」
「良かった、じゃあ後1時間ほどしたら行くから」
「分かった、待ってる」

1時間ほど経って呼び鈴がなったので西田は門を開けに行った。門の外に出ると、どこの若社長かと思うほど立派な身なりの賢治が立っていた。タクシーにもいっぱい荷物が乗せてあり、嬉しそうに賢治が言った。
「兄貴、すまねえ、荷物運ぶの手伝ってくれ」
「荷物そんなにいっぱい、どうしたんだ」
「俺、欲しい物がいっぱいあったけど今までは買えなかったんだ、でも兄貴にもらった金でやっと買えたんだ。嬉しくて嬉しくて」
とにかく二人は空き部屋に荷物を運んだ。

その後、賢治は2時間ほど部屋の中の整理をしていたが、終わったのか静かになった。
静かになってから数時間経って、何をしているのかと西田が部屋を覗くと賢治は居ない。
階下に降りて行くと賢治は普段着になって料理を作っていた。
西田に気づくと賢治は言った「よう兄貴、もう少しで昼飯できるから部屋で待っててくれよ」
30分ほど部屋で待っていると賢治に呼ばれ、食卓について驚いた。7品の料理が並べられていた。
西田は目を丸くして言った「どうしたんだ、この料理」
「へへ、、、兄貴、これからは料理、洗濯、掃除、何でも言い付けてくれ、何でもできるからよう。893のパシリは何でもできねえとドヤされるんで、何でもできるようになったんだ」
料理も美味かった。和子の手料理よりも格段に上だった。

昼食の後、賢治が茶を入れながら聞いた「ここの家族は何んで、ここに住まないんです」
「龍グループに襲われないように逃げているんだ。反対に俺は、龍グループが現れるのを待っている。実行部隊を捕まえようと思ってな」
「実行部隊なんて下っ端を捕まえたって仕方ないですよ、奴ら、トカゲの尻尾切りみたいなもんで、用済みになりゃ消されるんですから」
「そうらしいな、かと言って、幹部を捕まえる方法がない」
「へへ、方法はありますよ」
そう言って賢治は、横に置いていた書類入れから数枚のA4用紙を取り出して食卓の上に置いた。
それには、隠し撮りされたような写真が貼り付けてあり、下に在日系の名前が書かれていた。
「これは、、、」と西田は驚いて言った。

「へへ、兄貴の所へ来る手土産代わりに調べておいたんだ。
龍グループのトップは李夷釜と言うらしいんだが、川崎のマンションには住んでいないらしいし、写真も手に入らなかった。李の直属の部下二人、金柁倶と馬邨淳も名前は分かったが、写真はだめだった。
金の部下、楊と楓はマンションに居てマンション内を仕切っている。楊と楓は、それぞれ5~6人の兵隊頭を持っているが、その下の兵隊の数や名前は多すぎて調べられない。
馬邨淳の方は、どうも霞が関関係らしくて、俺がトイレで聞いたのも馬の声だ。
滅多にマンションには来ないらしいが、たまに兵隊を選んで連れていくとか聞いた。
兄貴が捕まえるのは、この馬邨淳がいいと思う。とは言っても写真がないからな、、、
マンションで幹部の事を調べているのがバレたら消されかねないので、おっかなくて上の階には行けなかったんだ。6階から上が幹部の居場所だが、エレベーターを出た所と階段を上がった所に見張りが居るんだ」
「そうだったのか、そんな危険を冒してまでして良くこれだけ調べてくれたな、ありがとう」
「ちぇ、水臭いぜ兄貴。俺は、兄貴の言う通りに整形手術して龍グループから抜けれたんだ。俺の方こそ、礼を言わなくちゃなんねえ立場だよ」

その後二人は、馬邨淳を捕まえる事が可能かどうか検討した。
「、、、なんにしても、ここに居ては何もできないな。川崎のそのマンションの近くに行って張り込みしないと」
その時、西田の携帯電話が鳴った。西田は電話番号を見た。知らない番号だったが開いた。
新潟で出会った老人のしわがれ声が聞こえた。西田の驚きをよそに老人は言った。
「、、、龍グループについて調べるのも止めなさい。我々と話しが付いていて、もう龍グループは貴殿や和子殿を襲わない、、、
その家に盗聴器が仕掛けてある事は言っておいたはず。送信機を介して、どこからでも貴殿の話し声を聞く事ができるんじゃよ。我々の組織の情報収集能力は世界一なんじゃ、、、
西田殿、我々は約束を守っている。貴殿も約束を守って、全てから手を退いてくれ」
西田は青ざめ、背筋に冷や汗が流れた。一言も発せず電話を切った。

西田の表情を見て賢治は驚いて言った「どうしたんですか、誰からの電話ですか」
賢治には答えず、否、声も出せず西田はしばらく放心状態になっていた。
(まさか今も俺を見張っていたとは、、、恐ろしい組織だ、、、あの組織がその気になれば、俺など簡単に消せたと言う事だ、、、)
「兄貴、どうしたんですか」
賢治の声で我に返った西田は、震える手で紙に書いた。
「この家に盗聴器が仕掛けてある、、、二人の話し声は新潟でも聞けるらしい」
それを見て賢治も驚き、黙った。
「外に出よう」と書いて賢治に見せ、西田は部屋に行って着替えた。

西田は、下着から上着全て着替えて賢治と外に出た。無言でしばらく歩いて、以前入った店とは違う喫茶店に入った。注文をした後、やっといつもの表情になって西田は言った。
「以前、家の中を調べたが盗聴器は見つけられなかった。だが、今も確実にどこかに仕掛けられている。
盗聴器だけでなく、恐らく監視カメラもな。
お前のスマホでもビデオを撮って送信できるんだろ。あの組織は、スマホなんかよりももっと高性能な監視カメラを使っているのだろう。あの家の門の辺りにもな。
以前は見張り人が居たが、今は監視カメラで、快適な室内に居ながら監視できるんだ。見張り人が居ないからと安心していた俺がマヌケだった」

賢治が不安そうに聞いた「あの組織て何の組織ですか」
「影の総理の組織だ。以前、影の総理の使いの人に会った事がある」
「影の総理の組織、、、そんなのがあるんですか」
「ああ、あるんだろう。現に二人が話しているのを聞いて、たぶん新潟から電話してきた。龍グループについて調べるのを止めろとな」
「へぇぇ、、、そんな事が、、、」
「以前、聞いた事がある。人間の体内に発信機と殺人機器を埋め込んで、その人間の現在位置を調べられ、裏切れば、世界のどこからでも殺人機器を作動させ殺せると、、、
恐ろしい世の中になったものだ。その内、監視カメラに殺人光線装置でも取り付けて、世界のどこからでも、誰かを殺せるようになるかもしれない。人間が機械に監視される世界だ、、、
俺もお前と同じように整形手術した方が良いかもしれないな」
賢治の顔も青ざめていた。

コーヒーを一口飲んでから西田は言った。
「せっかくお前が調べてくれた龍グループだが、これでは手出しできないな。龍グループだけでなく、告訴の件も全て何もできない。何かしようものなら、影の総理組織まで敵にまわしてしまう、、、」
「影の総理って、そんなに恐い組織なんですか」
「いつの間にか、家の中や服に盗聴器を取り付けたりできるんだ、、、これが何を意味するか考えてみろよ。盗聴器でなく時限爆弾や猛毒ガス発生器だって取り付けられると言う事だ。
俺は、知らずに発信器付きのレンタカーで新潟まで行ってたんだが、もしこれが、前輪に時限爆弾を取り付けられていて高速道路走行中に爆発していたら、運転不能になり大事故を起こして死亡と言う事になっていただろう。時限爆弾でなく、無味無臭の有毒ガスを発生させられても同じく交通事故死という、ありふれた死因で消されていたかもしれないんだ。あの組織なら、そういう事ができるってことだ」
「へぇぇ、、、怖いな、まるで映画の中の話しみたいだ」

「その通りだ、今までは空想の産物だった事が、実際にできるようになっているんだ。
人工地震もそうだ。今までは、『できるはずがない』と思われていたができるようになっていて、実際に起こされたんだ。それも1度ではなく何度も起こされている。
人工地震だけでなく人工津波もそだ。以前、人工衛星で観測されたのだが、西太平洋で何の前触れもなく突然大津波が発生し、香港方面に向かっていたのだが、数分後に跡形もなく消えたそうだ。大津波さえも起こしたり消したりできるなら、海に面した国家は、人工地震や人工津波を起こせる者たちの言いなりにならざるを得なくなる。正に今の日本のように、、、
その結果、日本はどうなると思う。その者たちの言いなりに金を奪われ続け、日本国民が働けど働けど決して豊かになれない国になってしまうんだ。昔の被植民地国のようにな、、、」
「言いなりに金を奪われ続け、、、それじゃあ、いつもカツアゲ喰らってるいじめられっ子と同じだ」

「いじめられっ子か、正にその通りだが、それが今の日本なんだ。残念ながらな、、、
日本国民が一生懸命働いて納めた税金が奪い取られている。
日本には一般会計と特別会計があるが、特別会計の中には国民に知らされていない使途不明金がある。日本国民は、自分たちが納めた税の使い道を知る権利があるが、知らされていない。
数十年前、勇気ある国会議員が調べていて国会公表直前に殺されたが、何故その国会議員は殺されねばならなかったのか、知る権利がある国民に何故、税の使い道が知らされないのか、、、
見方を変えて考えれば、日本国民に知られてはマズイ人々が、日本国民に知られてはマズイ事をしているからだと言う事になる、、、そしてそのマズイ事を調べたり糾弾したりすると、、、消される」

「、、、俺は、その消す方の使い走りをしていた、、、当時はその事に罪悪感などなかった。まあ、上からの指示に逆らえば、自分が消されかねない立場だったから、何かを考える余裕がなかったんだが、、、
結局俺は、何の罪もない人を消す手助けをしていた、、、俺、兄貴のおかげで龍グループを抜けれて良かったよ、、、」
「、、、三島も最後は、今のお前と同じように、奴らの言いなりになって人を殺していた事を後悔したのだろう。それで、俺の妻や友人を殺した罪滅ぼしに、俺に殺される道を選んだ、、、
だが、三島に人殺しをさせた張本人は今ものうのうと生きている。その張本人こそ殺人鬼だ。そして、人工地震を起こすよう指示した人間こそ、人の皮をまとった悪魔だ。日本人を虫けらのように殺した鬼畜だ。
、、、だが俺は、そんな鬼畜の存在を知っても、どうする事もできない、、、
捕まえる事も、妻や殺された日本人の仇を討つ事もできない、、、」
そう言った後、西田は大きなため息をついた。

しばらく沈黙が続いた後、西田はコーヒーを飲み干し、吹っ切れたような表情で言った。
「さあて、これからどうするかな、、、賢治、お前はこれからどうする」
「んな事、俺に聞かれても分らねえよ。俺は、兄貴について行くって決めてんだ。行き先は兄貴が決めてくれよ、地獄の底までだってついて行ってやらあ」
西田は苦笑しながら言った「俺について行くとは言っても、俺はもう龍グループへの仕返しも告訴も止め、どこかで気楽に暮らすつもりなんだ。ついてきたって仕方ないだろ」
「いいや、それでも俺はついて行く」
「分かった、勝手にしろ」

喫茶店を出ると二人は近くのデパートに入った。階段脇の電話コーナーから西田は、賢治の携帯で和子に電話した。
「和子さん西田です、具合はどうですか。電話で話すことは大丈夫ですか」
「えっ西田さん、、、もう大丈夫です、でも電話番号が違いますが」
「私の携帯も盗聴される可能性がありますので弟のを借りました、、、
さて、もう龍グループが襲ってくる心配が無くなりましたので、松平家に帰って来られても大丈夫です。
ただ盗聴器が仕掛けられていますので、近日中に業者に依頼して取り除きます。それが終わり次第、私と弟は松平家を出て行きますので、その後、帰って来られれば良いかと思います」
「えっ、もう龍グループが襲ってこない、、、何故それが分かるのでしょうか?。それと西田さんは松平家を出て行く、どうしてでしょうか」
「龍グループが襲ってこないのは、そのような取り決めがされたからです。それと私が出ていく理由は、もう龍グループが襲ってこないので、私が和子さんを警護する必要もなくなったからです」
「取り決めって、どんな取り決めでしょうか」

「あの告訴の件を取り止めれば襲わない、という取り決めをしました。私はもう告訴を止めました。貴女も止めてください」
「えっ、何故ですか」
「告訴をして奴らを怒らせると、東日本大震災よりも酷い災害を起こされる危険があるからです」
「えっ、東日本大震災よりも酷い災害を起こされる、、、そんな事が、、、」
「奴らならできるんです。原発を破壊する事も、富士山を噴火させる事もできるそうです。だからこれ以上、奴らを怒らせてはダメだと言う事です」
「だからといって告訴を取り止めたら、東日本大震災で亡くなった15893人の方々や林先輩はどうなるんですか。虫けらのように、ただ殺されただけですか。犬死ですか」

「その通りです。虫けらのように、ただ殺されただけです。犬死です。日本も日本国民も何もできないのですから、、、
巨大な力を持つ奴らの言いなりになり、自分の大切な人を殺されても泣き寝入りするしかないんです。
悲しい事です、悔しい事です、しかしそれが今の紛れもない日本ですし、日本国民なんです、、、
奴らと戦う事もできない日本であり日本国民であるなら、何をされても泣き寝入りするしかないんです。
ほんのわずかな日本国民だけが立ち上がって、奴らを糾弾して、それを口実にされて壊滅的な災害を起こされ、東日本大震災よりも悲惨な状態にされたら、日本や日本国民はどうなりますか、、、
日本国民は、正に奴らの奴隷と同じなんです。殴られようと殺されようと、何をされても逆らえないんです。悲しくても悔しくても泣き寝入りする事しかできないんです。そらが日本と日本国民の現状なんですよ」
「、、、そんな、そんな話、もう聞きたくありません、、、切ります」
電話が切られた後も、西田は携帯電話を耳に押し当てたままだった。賢治がそれに気づいて言おうとして西田の顔を見て、すぐに顔を背けた。西田の目からあふれ出ている涙を、賢治は見てはいけないと判断したのだ。だが、賢治自身も泣いていたのだが、、、。

ふと気がつくと、デパート閉店のアナウンスが流れていた。西田と賢治は、手洗い場に行って顔を洗ってきた。そして晴ればれとした顔で西田は言った。
「どこかで飯食って一杯飲もう」
二人は繫華街に行き居酒屋に入った。
「今夜は、お前の歓迎会だ存分に飲め」そう言って西田はメニューを賢治に渡した。
その後、二人は無言で飲み食いしていたが、いま思い出したかのように賢治が言った。
「奴らには、何をされても逆らえないんですかね、、、まるで893の親分子分みたいだ、、、」
「、、、俺は893の世界の事は知らないが、結局この世は弱肉強食なんだろ。人間社会では強者に弱者が食われる訳ではないが、言いなりにはされる。つまり弱者は強者の奴隷にされるんだ。正に、今の日本とハメリカの関係のようにな。日本とハメリカじゃなく日本と奴らとの関係と言った方が良いかも知れんが、、、」

また、しばらく沈黙が続いた後、コップ酒を飲み干して賢治が言った。
「、、、奴らの奴隷にされたまま、、、今後、日本はどうなるんですかねえ」
「さあな、、、これ以上、良くなる事はないと思うよ、悪くなる一方だろ、、、
影の総理の使いの人が言ってたが、政治家が日本を良くしようとしても、その政策が奴らの不利益になるようなら潰されてしまうと。
逆に言えば、政治家は奴らの利益になる事しかできないんだ。奴らの利益って事は日本国民が損をする事だから、そんな事を続けていたら日本国民はどんどん貧乏になり、その日の食事を得るのが精一杯の生活にされてしまう。
日本国民がこんな状態なのに、今の政権与党は外国人受け入れを決めた。これも奴らの言いなりにやった事だと思うが、こんな状態で外国人を受け入れたらどんな結果を招くか、誰でも想像できるだろうに、、、

三島が奴らの悪事について色々書いていたが、奴らは日本だけでなく世界の多くの国を隷属させている。奴らのやり方は基本的にどの国に対しても同じだ。その国に入り込んで、先ず最初は大企業を儲けさせる。そして株価を吊り上げて一気に落とす。日本のバブル崩壊が正にこれだ。
しかしこの時、奴らや奴らの手下どもは前もって分かっていたから大儲けできる訳だ。東日本大震災の時も、事前に知っていた建材会社だったかが大儲けしている。
奴らや奴らの手下は儲けるが、大企業も一般投資家も大損をする。そこへ奴らの金融機関が乗り込んできて借金地獄を広める。ハゲタカファンドとはよく言ったものだ。
大企業や一般投資家が借金だらけになれば、その国の経済はたちまち停滞してしまう。
長い長い不況が始まり、一般庶民は貧困にあえぐようになる、、、

だが、それでも日本はまだ良い方だ。何故なら、日本国民は民度が高いせいか、経済的に苦しくなってもあまり犯罪を起こさない。
他国では、貧困故に暴動を起こしたり、略奪、殺人などの凶悪犯罪が増えて治安も行政も悪化し、国は借金を増すばかりになり、国民のための政策が更にできなくなる。負の連鎖が続き経済破城すると、この時も待ってましたとばかりに、奴らの金融機関が乗り込んできて、経済植民地にされてしまう。
、、、日本はまだ良い方だとは言え、日本とて、いずれ経済植民地にされてしまうだろう。今の状態を、あと何年維持できるか。10年20年、、、恐らく30年もは持つまいと俺は見ている」

西田の話しを聞いて、賢治は益々うなだれて言った「日本の未来は真っ暗闇ですね」
「ああ、俺もそう思っている。まるでブラックホールに吸い込まれるような気持ちだが、そのブラックホールは、奴らが250年もかけて作り上げたシステムなんだ。
奴らは250年もの間、何世代も引き継いで世界人類を奴隷にするシステムを作り上げたんだ。
その根本が通貨発行権の独占だ。この権利を得た奴らは、膨大な金を意のままに操れるようになり、その金の力で国をも操れるようになったのだ。そして、世界最強の軍事力を持つハメリカをも操り、正に、やりたい放題の悪事を続けている。奴らにとっては、人工地震による東日本大震災も、悪事のほんの一部だろう」
「へぇぇ、、、250年も前から、、、」

「そうだ、奴らは250年前から、世界人類を奴隷にする方法を考え、金による支配システムを作ってきたんだ。今度ネットで『25か条の世界革命行動計画』と言うのを検索して調べてみると良い。奴らがいかに恐ろしい集団かが解るだろう。
まあ、一つの目標に向かって250年も世代を超えて引き継いできた、その精神力には恐れ入るが、それが人類を奴隷にするためでは、全人類で阻止しなければならないのだが、もう既に阻止できない状態になってしまっている」
「もう誰も止められないんですか」
「ああ、影の総理の使いが言うには、奴らの力が巨大になり過ぎて、もう誰も止められないそうだ」
「、、、そんな、、、何か方法はないんですか、、、」

「日本が核武装でもして世界一強い国になれば、だが、それをハメリカが許すはずがない。そんな事をしょうものならたちまちハメリカに叩き潰されるだろう。徹底的にな、結果日本は滅びてしまう、、、
たった一つ方法がある、、、お前は巨象の天敵は何だか知っているか、、、蟻だよ、、、
巨象はライオンでも踏み潰して殺すほど強いが、蟻の大群に囲まれて死ぬこともある。
巨象は、蟻を狂ったように踏み潰すが、足の指と指の間に蟻が入り込んで、そこの柔らかい肉に嚙みつくと、象は痛みのため寝れなくなり、やがて狂って死ぬ、、、
奴らは巨象と同じだ、しかし全人類が一斉に立ち向かって行けば倒せるだろう、、、
だが、全人類が立ち向かう事はないだろうな、、、日本国民でさえ団結して立ち上がれないのに、全人類が立ち上がれるはずはない、、、
それも、奴らがテレビやネットを使って、何十年もかけて人類を個人至上主義に変え、他人と団結できない人間にしたからなのだが、、、このように奴らは、未来を見据えて、予測して前もって手を打ってきたんだ、俺たちのような凡人が今さら適うはずがないさ、残念ながらな」

賢治は、無言でコップに酒を注ぎ、一気に飲み干した。既に目が座っていた。
「、、、ちくしょう、、、なんてえこったい、、、日本の未来は真っ暗闇で、悪くなる一方で、、、じゃあ、俺たち若いもんはどうなるんだ、夢も希望も持てないてえのかい、、、より良い明日を望んじゃあいけねえてえのかい。それじゃあ俺たちは何のために生きているんだ、若いもんはどうすりゃあ良いんだ」
最後の方の言葉は大声になっていて、周りの客が一斉に賢治を見た。すかさず西田がなだめた。
「待て、賢治、落ち着け、捨て鉢になるな、、、こんな時だからこそ考えなければならんのだ」
「何を考えろと言うんです、俺たちのような凡人が今さら何を考えたってダメなんだろ」

「、、、そうかも知れん、、、だが賢治、ちょっと聞いてくれ、、、
今から80年ほど前の日本も、今以上の窮地に立たされていたんだ、連合国側のABCD包囲網等によってな。そしてその上にアメリカからハルノートを突き付けられ、日本はアメリカと戦う道を選んだ。勝ち目がない戦争に突入したんだ。
その時の天皇陛下や軍部の心境がどんなであったか、御前会議時の天皇陛下や軍人の御言葉を調べて読んでみると良い。ただ当時は、日本軍はあったが、今は自衛隊はあっても日本軍はない。
だから全く同じ状況ではないが、調べてみると何かの役に立つかもしれないよ」
「80年前、、、御前会議、、、日本軍、、、自衛隊、、、よ、く、わ、か、ら、ねえ、、、」
賢治はろれつが回らなくなってきた。西田は店を出ることにした。
結局、二人は夜中まで飲み、かなり酔っていたが歩いて松平家に帰って行った。

翌日は二人とも二日酔いだった。それでも昼ごろ起きて、盗聴器除去業者を呼んだ。
業者はすぐに来てくれて、盗聴器用電波探査機器で家中を調べてくれ、7個の盗聴器を発見してくれた。
7個のうち6個は壁に埋め込み型のコンセントの中に、1個は浴室の照明機器の中に仕組まれていた。
西田は苦笑交じりに言った「これでは素人では見つけられない」
「そうです。だから我々プロが必要なんです」と業者は得意げに言った。
「ついでに発信器も探してください」
「発信器?」
「聞いた話では、発信器を介して遠くからでも聞けるとか」
「ああ、最近出回っているWi-Fi利用の中継器ですね、、、こちらにWi-Fiルーターありますか」

西田がルーターを教えると、業者はルーターの裏蓋を外して接続されていた基盤を外して見せてくれた。
それはカードほどの基盤からリード線が2本出ているだけの物だった。
西田は驚いて言った「こんな物で遠くまで送信できるのですか」
「はい、このリード線を接続するだけで、ルーターの電源でWi-Fi入力でき、ネットが使える所ならどこでも盗聴音を聞けます」
「凄い、と言うより恐いな、、、」
「はい、便利な物ができればできるほど危険も増えてきます。いま話題になっています5Gも、普及すると強力な電磁波で人体に悪影響があるそうです。それを政権与党は推進しようとしています。こんな与党では日本は破滅してしまいます。一日も早く政権交代しないと、、、」
この業者は、どうも話好きな野党応援者らしい。西田はさっさと金を支払って帰ってもらった。
(さあ、これでもう安心だ、和子さんたちが帰ってこれる。明日は俺たちの荷物をレンタカーに乗せて出発だ。とりあえず東京にかえるか、、、)

翌朝西田はワゴン車をレンタルして来て、自分と賢治の荷物を積み込んで昼ごろ出発した。高速道路のサービスエリアから和子の父に電話し「松平家の盗聴器も除去済みですので、安心して帰って来てください」と伝えた。
父に「和子の病気ももうすぐ良くなるから、西田君も家に居てくれ」と言われたが、「和子さんが本当に良くなられましたら改めてお伺いいたします」といって電話を切った。
西田はそれから車の外に出て大きな伸びをした。良い天気だった。心まで清々しくなるような気がした。
(もう、煩わしい事には関わるまい、、、東京でのんびり暮らそう)西田はそう決めてから車に乗り込んだ。

夕方、東京に着いたが、それから不動産屋に行くのも面倒に思い、その夜はホテルに泊まった。
翌朝、不動産屋に行きマンションを2部屋借りた。
賢治が1部屋で良いと言ったが「その内お前が結婚するだろうから2部屋必要だ」と西田は言った。
そのマンションで西田はまた探偵を始め、賢治を従業員として登録した。1週間経っても2週間経っても仕事の依頼はなかったが、金儲けをするつもりのない西田は気にも留めなかった。
毎日、昼ごろ起きてネットで動画を見たりして過ごした。傍から見れば中年と若者の引きこもりにしか見えなかったが、夜は一応食事を兼ねて外出した。
そのような生活をしていると月日の経つのが早い。あっという間に1ヵ月が過ぎた。
西田は、告訴の事も和子の事も忘れかけていた。そんなある日、和子の父から電話がかかってきた。

「西田君、そろそろ松平家に帰って来ないかね。和子も良くなったよ。ワシの手に触れても大丈夫になった。1度帰って来て和子と手をつないでみてくれないかね。それで大丈夫なら体もつないで」
西田は慌てて父の言葉を遮って言った。
「ありがとうございます。今こちらの仕事が忙しいので、後ほどご連絡いたします」
仕事など全く忙しくなかったのだが、父の話しを聞くのも煩わしかった。
引きこもりのような暮しに馴染むと、些細な事でも煩わしく感じられるようになっていた。西田の、今のそのような感情こそ、奴らの企てた「不動人間化政策」の現れだったのだが、西田は気づいていなかった。

インターネットとは本当に便利な物だ。部屋に居ながら色々な事を知れるし、動画やゲームで楽しく過ごせる。しかしインターネットが普及したことにより、体を動かすと言う事が激減した。その結果、自ら努めて運動しょうとしなければすぐに運動不足になってしまう。
今の西田がそうだった。夕食のために数百メートル歩く以外は全く体を動かさなかった。
筋肉質だった体はいつの間にか脂肪太りに変わり腹も出てきた。40歳を過ぎ、年齢的な体の変化もあるだろうが、運動不足によるところが大きかった。
マンションに住むようになって入らなくなったズボンが3本もできた。西田は、さすがに焦った。
(運動しないと、やばいな、、、)とは思うのだが、パソコンの前に座るといつの間にか一日が過ぎていた。

西田は決心した(1日に1時間歩こう)
いつもより1時間早く起きてマンションを出、気の向いた方へ30分歩き、それから帰って来る。ついでに朝飯兼昼飯を買って帰って食べる。程よく腹も空いて美味しく食事をいただける。一石二鳥だ。
西田は今日もあてもなく歩いていると和子の父から電話がかかってきた。
「もしもし、西田です、こんにちは」
父は挨拶の言葉も抜きにして言った「今、東京駅だが会えないかね」
「えっ、東京駅、わかりました。2時間ほどで行けると思います」
西田は急いでマンションに帰り支度して出た。そして駅ビルのコーヒーショップで父と会った。

会ってすぐ父は言った「君に相談したい事があって一人で来た」
冗談をよく言ういつもの父と違って、何か切羽詰まった気配を西田は感じ取り神妙に話を聞くことにした。
「和子がハメリカに行くと言って家出した。たぶん林弁護士の奥さんの家に居ると思う。一緒に行ってくれないかね」
「えっ、林弁護士の奥さんの家に、、、私は家は知りません。それより何故ハメリカに行くと言い出したんですか。まさか東日本大震災の告訴の件でですか」
「そうだ、いつだったか君に告訴を止めるように言われて落胆していたようだったが、ハメリカからのメールを見てまた、その気になったようなのだ、、、例の病気も、ワシに対しては以前と同じになっているが、ワシ以外の男性とは一対一で対応した事がなくて完治しているかどうかも分らん、、、ワシも愚妻も、そんな状態の和子にハメリカ何ぞへ行って欲しくないんだ。早く君と結婚して、ずっと松平家に居て欲しいんだ」

いきなり結婚の話しに持っていかれ、西田は言葉に詰まった。西田の心情などよそに父は続けた。
「西田君、早く和子と結婚してくれ。和子をハメリカへ行かせないでくれ。このことを頼めるのは君しか居ないんだよ、、、
確かに和子は病気持ちだが子は産めるんだ。松平家の子孫を残せるんだ、、、
それとも君は和子が嫌いなのか、和子とは結婚したくないのか。もしそうなら、せめて和子を孕ませてくれ。どうしても君と和子の子が欲しいんだ。松平家の世継ぎが欲しいんだよ」
父の言葉に押され、西田は口ごもりながら言った。
「いきなりそう言われても、、、病気の事もありますし 、そんなに簡単に結婚は、、、」
「和子の病気の事は大丈夫だ、気にしなくてよい。最悪の場合、眠らせておいて仕込めば良いんだ。だから結婚がだめでも、せめて和子を孕ませてくれ。君と和子の子ならワシら夫婦は喜んで育てられる」

父の話しを聞いて、西田は吹き出しそうになりながら思った。
(眠らせておいて仕込め、、、いくら何でも父がそこまで言うか。まあ、松平家を途絶えさせたくない気持ちが強いのだろうが、、、和子さんとの結婚か、、、)
正直なところ西田は、和子との結婚について真剣に考えた事がなかった。松平家に数ヶ月いて毎日和子と一緒に居ても、まるで下宿屋にでも居て、下宿屋の家族と接しているような感覚でしかなかった。
決して和子が嫌いなわけではなかったが、和子との夫婦生活を想像することはできなかった。
西田にとっては、夫婦生活ということが、どこか異次元空間での出来事のように、おぼろげにしか感じられなかったのだ。それは、妻を殺され、その犯人を自分が殺したという秘密を持っている西田だけの独特な感情のせいかもしれなかった。

西田が黙っているのを、和子との結婚に迷っていると判断し、もうひと押しだと思ったのか父は更に言った。
「西田君、何とか和子と結婚してくれ。和子の子が父なし子では松平家としては面目が立たん、、、だが、どうしても嫌ならせめて種付け馬の役を」
「種付け馬の役」さすがに西田も聞くに堪えず、思わず大声で父の言葉を遮っていた。だが、西田の大声とその言葉の内容に周りの客は驚いて西田を見た。それに気づいて西田は赤面した。
(とにかく、もうこの辺でお父さんの話を止めておかなければ)と思って西田は言った。
「わかりましたお父さん、結婚について考えてみます。それよりハメリカに行くのを止めるのが先決です。私から電話してみましょうか」
「そうだな、そうしてもらえると嬉しい」

西田が電話すると、送信元を確認したのか和子は開口一番に言った。
「何の用ですか西田さん」
一瞬ムッとした西田だったが、さり気なく言った「お久しぶりです和子さん。ご病気の方はいかがですか」
病気の事を気遣われると和子はうろたえて答えた「たぶんもう大丈夫です」
「たぶんもう大丈夫とはどういう事でしょうか。はっきり良くなったと言っていただかないと御会いできません」
「、、、西田さんは本当に、、、私に会いたいのでしょうか?」
「はい、和子さんが本当に元気になられていて、私と手をつないでも発病しないのでしたら、お会いして話したいことがあるのです」
「話したいことって何でしょう。告訴取り止めの話なら以前お聞きしました。でも私は、林先輩の意思を引き継いでいますので取り止めできません。林先輩の奥さんとハメリカに行って告訴します」

西田は「それは危険です」と即座に言いたかったが、自分の主張を変えようとしない、意地っ張りの和子の性格を知っている西田はわざと間を置いた。そして和子をじらせてから矛先を変えさせる事を言った。
「、、、私と貴女の結婚について御話したいのです、、、私には重大な秘密があります。その秘密を御話しした後で、もし貴女が同意してくださるなら求婚したいと考えています。しかし貴女の病気が完治していず、私と手もつなげないようでしたら御会いする事はできません」
「西田さんの秘密って何でしょうか?どうせ大したことではないんでしょう」
「私は人殺しです、、、電話ではこれ以上、話せません、、、貴女に、こんな私とでも会う御気持ちがありましたら、病気が完治された後で御連絡ください」

西田はそれで電話を切った。
電話のやり取りが聞こえていた父は衝撃を受けたようで顔を強張らせて言った「西田君、、、君は、、、」
「はい、私は人殺しです」と西田は、父にだけ聞こえるくらいの低い声で言って立ち上がった。
何か言おうとする父を遮って「では、これで失礼します」と言って西田は、その場を離れた。
コーヒーショップを出ると(さて、これからどうするか、、、せっかくここまで来たのだ、、、そうだ、あそこへ行ってみるか)と考え、西田はスカイツリーに行った。
数ヶ月前に和子と行った展望デッキから景色を見ると開放的な気分になった。その時、腹の虫が鳴いた。
思い返せば起きてからまだ何も食べていない。
西田はスカイツリーレストランに行こうかと思ったが、カップルばかりなのを見て(野郎一人で入るような所ではないな)と思い止めにした。結局、スカイツリーを出て近くの大衆食堂に入った。


数日後、和子は『東日本大震災の真実を知り、ハメリカを告発する会』のホームページに、ハメリカに行って告発する事を載せ配信した。
ホームページは誰でも見ることができる。そしてそのホームページを見て苦悩する人間が居る事を、和子は全く知らなかった。

老人は影の総理に報告した。影の総理は舌打ちした後で言った。
「浅はかな凡夫よのう、、、消せ」
「しかし彼の者は、松平家のただ一人の世継ぎでございます。渡米を阻止するだけでよろしいかと、、、」
「なに松平家の世継ぎだと、、、わかった、その方に任せる」
「ははあ」老人は平伏した。
老人は、影の総理のおん前を辞すると、自室に帰って座椅子に座った。その顔は苦渋に満ちていた。
(何とか思いとどまらさせたいが、、、西田では、だめだったか、、、龍グループ、やり過ぎねば良いが、、、)


いつものように夜の外食から帰って、風呂の準備をしていた西田に隣室の賢治から電話が来た。
「兄貴、今、龍グループのダチからの電話で『女を襲え』と指令があったそうだ。たぶん松平家の女のことだと思うんだが、、、」
「なに、、、わかった。その友達に『よく知らせてくれた、ありがとう』と礼を言っておいてくれ」
西田はそう言って電話を切ると、すぐに和子に電話した。
「和子さん。今どこですか、、、」
西田の語気に驚いて和子は思わず「林先輩の家ですけど、これから出かけます」と言った後(本当の事を言う必要はないわ)と思い言い換えようとしたが、西田の次の言葉を聞いて言えなくなった。
「龍グループが狙っています、家から出ないでください。私がこれからそちらへ行きます、私が着くまで家に居てください」
「でも、友人と会う約束がありますので、それにタクシーで行きますから大丈夫です」
で、電話は切れた。西田は胸騒ぎを覚えた。

西田は林弁護士の家の住所を調べると、ボディガード用の装備を身につけてマンションを飛び出した。
タクシーに乗り林家に行ったが、家の灯りは消えていて和子も奥さんも居ないようだった。
西田は、さり気なく家の周りを調べ誰もいない事を確認してから、玄関が見える暗闇の中に潜んだ。そして(龍グループに連れ去られた後でなければ良いが)と祈りながら、これからどうするかを考えた。
(龍グループが、和子さんらが外出した事を知れば、帰って来るのを待ち伏せするだろう、、、そして、タクシーから降りたところを狙うか、、、和子さんと奥さんが降りてタクシーが行った後で、、、確か賢治が、龍グループはスタンガンを使うと言ってたな、数人でスタンガンで気を失わせ車に乗せて行くと、するとどこかに車を停めているはずだな、、、)

それからしばらくして、西田がどこかで見た事があるようなワゴン車が、林家の前を徐行しながら通り過ぎ、50メートルほど先で止まった。ワゴン車から二人の男が出てきて、辺りを警戒するように見回しながら林家の前まで行き、白い手袋をはめた手で玄関のドアノブを回して鍵がかかっていることを確認してからワゴン車に帰って行った。その後、ワゴン車はバックして林家の手前30メートルほどの所に止まった。

1時間ほど経ってタクシーが林家の前に止まり、二人の女性が降りてきた。すると、ワゴン車の助手席側と後部のドアがわずかに開いた。タクシーが走り去ると同時に、ワゴン車の中から3人の男が飛び出した。
3人の男は、玄関の手前に立っている女性と、玄関の鍵を開けている女性に次々と棒状の物を首筋に押し付け、倒れ掛かった女性を抱きかかえていた。ほんの数秒間の出来事だった。
ワゴン車が林家の前に来て止まると、西田は先ずワゴン車の運転手を引きずり出して手刀一撃で倒した。
それから3人と対峙した。1人が棒状の物を突き出して来た。西田はかわして、その腕にも手刀を叩きつけ、その手で顔面に肘打ちを食らわせた。男は血反吐を吐いて倒れた。
2人目も数秒で倒したが、3人目は女性を抱きかかえたまま喉元にナイフを突き付け、訛りのある日本語で「くるな、きたら、このおんなころす」と言いながらワゴン車に近づいて行った。

その時、和子の絹を裂くような悲鳴、そして「嫌、やめて、離して、離して」と、怯えきった泣き声が響いた。
すぐに近所の家の灯りがつき、「なんだ」「どうしたんだ」と言う声が聞こえると、男は周りに視線を移した。
その瞬間、西田の飛び蹴りが男の顔面にめり込んだ。男は和子を抱えたまま後ろ向きに倒れた。幸い、ナイフは男の手から放れていたが、和子はなおも怯え続け異常な表情になっていた。
和子は、ぐったりしている男の手から放れたが、うずくまったまま泣き声をあげ続けていた。
西田が「和子さん、もう大丈夫です」と言って近づくと、和子は後ずさりながら「嫌、来ないで、来ないで、やめて、、、」と更に泣き声を上げた。
完全に狂人の顔になっている和子は、西田を認知する事もできなくなっているようだった。
西田は、仕方なく警察に電話し、婦警も二人来てもらうように頼んだ。そうしているうちに周りには近所の人々が集まってきた。

近所の人々にいちいち説明する気になれなかった西田は、無視して4人の男を次々と結束バンドで縛っていった。
その時、近所の男が和子に近づいて話しかけた。和子は、更に怯え後ずさった。西田は、男に怒鳴った「その女性に近づくな。男性恐怖症だ、、、すみませんが女性の方、彼女を介抱してもらえますか」
西田は、それから玄関の前に倒れている林弁護士の奥さんを抱き起こし、背中に渇を入れて覚醒させた。
奥さんに怪我はないようだったが、状況が全く理解できない様子だった。それでも、怯えている和子に気がつくと、走り寄り顔を抱えて声をかけた。

15分ほど経ってパトカーが2台来た。西田は警官に経緯を話し、4人の男を連れていってもらい、婦警には和子の状態を説明し、病院へ連れていくかどうかを相談した。婦警が「精神錯乱だけなら署の方で休ませていれば良いでしょう」と言うので、林弁護士の奥さんに一緒に行ってもらうことにした。
西田自身は、重要参考人として婦警と共に署に出向いたが、上着の下に三島にもらった拳銃を装着していたので、所持品検査されないかと不安になった。
幸い、和子に身辺警護を依頼されていた探偵だと説明すると所持品検査はなかった。まあ、元七曲署の刑事だった事が大きな信用を得ていて、警官や婦警からは仰ぎ見られるような状態だったが。

翌朝、和子の両親に知らせると4~5時間で飛んできた。そして、すぐに入院させるよう警察署長に言った。
署長の許可を得て、両親が付き添って入院する事になったが、当分、男性の面会謝絶になるから、と父が言った。
西田も既に一通りの事情聴取は終わっていたので、マンションに帰ることにした。
マンションに帰ると、いつもならまだ寝ているはずの賢治がすぐにやって来たので「賢治が知らせてくれたおかげで、和子が助かった。ありがとう」と言い、詳しい事は起きたら話すから、とにかく眠らせてくれと言って、風呂に入ってから眠りに着いた。

西田が目覚めたのは夕方だった。空腹だったので、賢治を誘って夕食に行った。食堂で注文を終えるとすぐに賢治が聞いてきたので、林家の前での経緯を話した。その後、スタンガンの威力についても話した。
「スタンガンがあんなに威力があるとは知らなかった。一撃で動けなくなるんだな」
「奴らの使っているのは一番強力なやつで、しかも相手を殺しても良いと思っていやがるから、頭や首筋に当てるんです。腕なんかでも痛くて動けなくなるのに、頭や首筋にやられたら堪ったもんじゃない」
「もしかして、お前やられた事があるのか」
「あるよ、奴らは威力を確かめるためにヤードの連中に人体実験するんだ。その時ふざけて俺にもやりゃがった。俺は頭にきて、片腕で殴り倒してやった」
賢治はそう言って、腕のやられた所を見せてくれた。そこには2センチほどの火傷の跡があった。

「酷いもんだな、、、だが、彼女たちが無事でよかった。これもお前のおかげだよ」
「へへ、そう言われると照れらあ。でも、俺よりもダチが教えてくれたおかげだよ」
「そうだ、それで思い出したが、そのダチ、お前に知らせて大丈夫なのか。もしバレたら消されないのか」
「大丈夫さ、何せ俺はまだ龍グループの一員のままの状態で、婆ちゃんが寝たきりになったんで看病するんでマンションに帰れないと言ってあるんだ。それに俺がこの顔になった事はダチにも知らせてねえんだ」
「そうか、それなら良いが、で、そのダチも在日系か」
「ああ、でも奴は信用できるんだ。在日は良し悪しが極端で、悪い奴は全く信用できねえが、良い奴は日本人以上に義理堅いんだ。そうでねえと893の幹部にはなれねえ。奴はその内、馬邨淳の片腕になるかもしれねえ」
「馬邨淳?、、、」
「前に話した馬邨淳だよ、霞が関関係の幹部だが、ダチをひいきにしている。俺は在日じゃねえから、いつまで経ってもパシリのままだったんで、頭にきてたんだ」
「そうだったのか、それ」その時、料理が運ばれてきた。二人は話をやめて食事した。


夕食を終え、マンションの部屋に帰って寛いでいた西田の携帯電話が鳴った。
「西田殿か、、、」
「はい」西田は声を聞いただけで、影の総理の使いの老人だとわかり、緊張して返事した。
「なにゆえ貴殿があの場に居たのかは知らぬが、よくやってくれた。ちょうど良い結果になった。これで和子殿は当分動けまい、、、
影の総理殿は申された『消せ』とな、、、じゃが某は、和子殿の渡米を止めるだけで良いと思ったんじゃ。じゃが、龍グループにやらせれば消してしまいかねぬから心配しておった、、、良い結果になった。誠に好都合な結果になった。後は、貴殿が和子殿とめおとになって松平家を継いでくれ。そして決して東日本大震災の事には関わるな。そうすれば、龍グループには二度と手出しさせぬ、、、良いな西田殿、、、」
それで電話は切れた。西田は何も言えなかった。

西田は、ベッドに大の字になった。しかし昼間寝ていたせいか全く眠くならなかった。頭の中に色々な事が思い浮かんだ。
(、、、長い物には巻かれろ、、、か、、、東日本大震災の事など忘れて、和子さんと結婚して、ありふれた幸せに浸って、子孫を残して死んでゆく、、、それは容易い事だが、、、
奴らの存在を知っても、東日本大震災の真実を知っても、何も知らぬふりをして、ありふれた幸せを得て、ありふれた一生を終える、、、ありふれた幸せか、、、

その、ありふれた幸せさえも得られず、苦労しながら生きている人々の何と多いことか、、、生活費にも事欠き、病院へも行けない老人の何と多いことか、、、収入が少なく、結婚もできない若者の何と多いことか、、、結婚はしても、将来の不安から子を持つ事を断念せざるを得ない夫婦の何と多いことか、、、
こんな状態で日本は先進国といえるのか、経済大国と言えるのか、、、

貧しくとも幸せだと思えるならまだ良い。だが、多少の金があっても幸せだと思えない人も居る、、、
かおるの義父は高額年金生活者だが、老いてから最愛の一人娘を殺された、、、
今後、義父にどんな喜びがあると言うのか、義父の未来にどんな幸せが訪れると言うのか、、、
殺された黒田氏の妻子や両親に、どんな幸せが、、、殺された川上夫婦の身うちに、どんな喜びがあると言うのか、、、ペットショップの店長と店員のように、何の罪もないのに殺された人たちの家族や友人にどんな幸せが、、、最愛の妻を殺された俺に、どんな、、、
そうだ、、、かおるを殺されても、、、俺は、これからまた幸せになれる可能性がある、、、他の人たちに比べたら俺は恵まれている方だ、、、その恵まれた未来を、俺は自ら捨てる必要がどこにあると言うのか、、、

幸せになれば良い。奴らによって殺された人たちの事など忘れて幸せになれば良い。東日本大震災で殺された人たちの事など忘れて幸せになれば良い。他人の事など忘れて、自分と家族だけが幸せになれれば良い、、、だが、、、
三島、、、お前は、あの世から今の俺を見てどう思っているのか「結局、お前は何もできない無能な人間だった」と思っているのか。情けない奴だと蔑んでいるのか、、、三島、これ以上、俺にどうしろと言うのか)

西田は、眠れなかった。ベッドから出て窓を開けた。冷たい風が西田の顔を優しく撫ぜた。
かおるが西田の頬を両手で挟み、唇を重ねた事を昨日のことのように思い出した。
同時に、西田が泊まっていたホテルの部屋に三島が忍び込んできた時のことをも思い出した。そして、あの後で不思議に思った事も、、、
(あの時、三島はどうやって部屋の鍵を開けたのか?しかもドアチェーンまで、、、そればかりではない、ホテルの通路には防犯カメラが死角がないように設置してあったのに、三島は写っていなかった、、、
それがプロの殺し屋の技術だと言われれば、舌を巻くほかないが、、、殺し屋、、、か、、、
殺し屋、、、一匹の蟻でも指の間に入り込んで噛みつけば巨象を倒せる、、、か、、、俺一人なら、、、)
その時、西田は途方もない事を思いついた。

翌日、西田は賢治に聞いた。
「お前のダチは、馬邨淳がいつ龍グループのマンションに来るか知っていないかい」
賢治は一瞬怪訝そうな顔をしたが「奴なら知っていると思う、聞いてみようか」と言って携帯電話を取り出した。西田はそれを制して言った。
「今じゃなくて良い。ダチが一番寛いでいると思う時に、他の話のついでにさり気なく聞いて欲しいんだ」
賢治は少し考え、西田の意図が何となく分かったとみえ「分かった、今夜にでも電話してみるよ」と言った。
その後、西田は霞が関やフリーメゾンに関することをネットで調べ続けた。

1週間ほど経って、和子の父から電話がかかってきた。
「西田君、その節は和子を守ってくれてありがとう。礼にも行かず申し訳ない、、、実は和子は、明日退院して名古屋に帰るが、その前に和子は君に会いたいそうだ。とは言っても病室でカーテン越しの会話になるがの。それでも良かったら会ってやってくれないかね」
「和子さんが望まれているなら喜んで御会いします」
「そうか、ありがとう。では3時に病室に来てくれ」

3時に病室に行くと、両親が出てきて言った「ワシらは別室に居る。よろしく頼む」
病室内はベッドを囲むようにカーテンがかかっていた。そのカーテンの外側の椅子に西田は座った。
すると明かりが消え、しばらくして和子の弱弱しい声が聞こえた。
「、、、西田さん、、、今まで御礼も言わないで、ごめんなさい、私を守ってくださったのでしょう、、、でも私は、あの時の記憶がないのです、、、ただ、怖かったことしか覚えていないのです。貴方がどうやって私を守ってくださったのかも覚えていないのです、、、
林家の前で突然、首筋が痛み気を失って、気がついたら男性の腕に捕まっていて、その事を認識すると、あの8年前の悪夢が思い出され、怖くなって記憶がなくなったのです、、、
数ヶ月前に、無意識に貴方の手を握ってその事に気づいて、瞬間8年前の悪夢が甦り、記憶がなくなった時と同じに、いえ、その時以上に、あの時は何も分からなくなっていたのです、、、

、、、8年前、、、私は覆面をした男性に犯された後、3人の男性に一晩中犯され続けました。私が泣いて抵抗しても何度も何度も犯されました、、、その時の事を思い出すと途端に記憶がなくなるのです、、、今こうして話している時も、、、
でも今は、何が何でも西田さんに話さないといけない、その強い気持ちで、何とか8年前の事を思い出さずにいます、、、お分かりでしょう。私は、汚れた女性です、、、貴方に相応しくない女性なんです」
「覆面をした男に、、、だが、貴女は生きている」突然、病室内に西田の声が響いた。
「えっ、」
西田がカーテンを捲り上げ入って来た。和子は青ざめ後ずさりながら叫んだ。
「だめ、西田さん来ないで、近づかないで」
しかし西田は和子の言葉を無視して、ベッドの横に仁王立ちになって言った。

「俺の妻は、犯されて殺された。腹の中に3ヶ月の子が居たが、その腹を踏み潰されて子ともども殺された。
だが、貴女は生きている、、、どんな過去があろうと、生きていることが絶対条件なんだ、死んでしまったら何もできないんだ。生きることだ、強い意志を持って、とにかく生きる事だ。
貴女の病気など俺が治してやる。俺と結婚するなら、俺が治してやる。だが、貴女は俺と結婚する勇気があるか。俺は人殺しだ、妻と子を殺した犯人を俺は殺したんだ。貴女に、人殺しの俺と結婚する勇気があるのか。答えろ和子。俺と結婚するか」

和子は、今にも落ちそうなほどベッドの端にうずくまり西田を見上げていた。今の和子には精神錯乱を発症させる時間などなかった。本物の仁王様が立ちはだかっているかのような、強烈な圧迫感を目にたたえて西田が見下ろしていた。他の答えをしょうものなら押しつぶされかねない気迫が西田の体から噴き出していた。和子は、恐る恐る答えた。
「結婚します」
「なに、聞こえない。貴女は誰と結婚するのか大声で言え」西田の声は怒鳴り声だった。
和子も大声で言った「私は、西田友一と結婚します」
「俺は、人殺しだ、それでも俺と結婚するのか」
「はい、結婚します。貴方がどんな人間であろうと、私は貴方と結婚します」

和子のその言葉を聞くやいなや、西田は和子に飛びついて抱きしめた。まるで絞め殺すかのように強い力で。和子は息が詰まった。次の瞬間、西田の両手が体から放れ、和子の頬をはさみ唇が塞がれた。
和子は驚愕し慌てたが、何故か次第に心が安らいでくるのを感じた。
このまま眠ってしまいたいような、安らかな思い、、、
(なんだろう、この感覚、、、)和子は目を閉じ、不思議な感覚に酔いしれていた。
いつしか西田の両手が和子の体を優しく抱きしめていた。唇が外れそうになると、和子は西田の首に両腕を巻き付けた。
(この感覚を放したくない、、、ずっとずっと、このままで居たい、、、)

それからどれほどの時が過ぎたのか、病室のドアが静かに開き父が入ってきた。そしてそっとカーテンを上げ二人を見て腰を抜かした。
「あわわ、か、か、母さん」
母が飛び込んで来た時には、西田と和子は離れて恥ずかし気に座っていた。
母が父を支えて立たせると、西田は二人の前に跪いて言った。
「お父さん、お母さん、和子さんを俺にください。和子さんを嫁にください」
ベッドの端で頬を染め、恥ずかし気にうつむいている和子を見て、両親は大粒の涙を流し、母は和子を抱きしめ、父は西田を立たせて言った「ふつつかな娘だが、幸せにしてやってくれ」


東京のマンションに賢治を残し、西田は松平家に入った。
1ヶ月後、盛大な結婚式が行なわれた。式の後、新婚夫婦は新婚旅行にも行かず子作りに励んだ。
新婚といえど41歳と35歳の夫婦では、子どもを産めるか不安だったのだ。
二人の努力が実って2ヶ月後には懐妊が確認され、夫婦はもとより両親は狂喜乱舞した。
しかし、その頃から西田の外泊が急増した。
和子が、行き先を尋ねると「東京のマンション、探偵の依頼だ」と言うばかりで詳しい事は言わなかった。
結婚した当時、和子が告訴の件を話し始めると西田は「その件はもう何もしない方が良い。だが、林弁護士のかたきは俺が討つ。お前は子を産み育てる事に専念してくれ」と言われた。
和子は「林弁護士のかたきは俺が討つ」と言った時の西田の気迫にただならぬものを感じたが、何も言えなかった。ただ、以前にも増して力強さが見て取れるようになり、西田に対する信頼感も増していった。


龍グループのマンション1階の専用駐車場はいつも満車で、たまに来る関係者は道路を隔てた斜め向かいの駐車場に停めていた。
夜遅く、その駐車場に馬邨淳を囲むようにして3人の男が入って来た。その時、どこから現れたのか、覆面をした黒ずくめの男が馬邨淳を含む4人に次々とスタンガンを押し当て、4人は声を上げる間もなく倒れた。すぐにワゴン車が来て運転手が確認した後、二人で馬邨淳だけを乗せ走り去った。ほんの数十秒の出来事で、龍グループはもとより近所の人々も誰も気づかなかった。

ワゴン車は奥多摩地区の全く人っ気のない林道に入って行った。
下見していた退避場所にワゴン車を止めエンジンを切ったら、全くの暗闇になった。車内の隣人の顔も見えない。しかし、近くに川があるのかせせらぎの音が微かに聞こえる。静かだった、不気味なほど静かだった。その静けさを引き裂くように、後部座席前例に寝かされていた馬邨淳が呻いて目を開けた。
馬邨淳は起き上がろうとして自分の手足が縛られているのに気づき、0国語で何か叫んだ。
すると後部座席後列から黒い手が伸びて馬邨淳を引き起こした。そして首に腕を回し軽く締めた。
「だ、誰だ、やめろ、苦しい、放せ」馬邨淳はもがいた。後列から伸びた黒い手は更に強く締めた。馬邨淳は声も出せなくなって必死にもがいた。不意に黒い手が緩んだ。馬邨淳はむせ込みぜえぜえと荒い息をした。しかしまた締め付けられた。

「や、やめろ、だ、誰だ、やめろ、やめてくれ、ううう」また緩められた。馬邨淳はまたぜえぜえと息をした。
「ち、ちくしょう、誰だ、てめえは、お、俺が龍グループの馬邨淳だと知っててやっているのか、龍グループに喧嘩を売るつもりか」
馬邨淳の後ろから、低い声が聞こえた。
「、、、これは復讐だ、、、龍グループに虫けらのように殺された者たちのな、、、」
「な、なんだと、復讐だと、てめえはいったい誰だ」
「、、、三島の霊に憑りつかれた死神だ、、、お前が三島を殺したのか」
「み、三島だと、あ、あの殺し屋の三島か、、、ち、違う、俺が殺したんじゃねえ」
「お前が三島を霞が関に行かせたんだろ、、、そして、三島は殺された、、、お前が殺したようなものだ」

黒い手にまた力が加えられた。馬邨淳はもがいた。馬邨淳の意識が消える寸前に手が緩められた。
馬邨淳はぜえぜえと息をしながら言った。
「も、もう勘弁してくれ、何でもする、もう、許してくれ、か、金が欲しいのか、金、内ポケットにある、カ、カードもある、暗証番号は912654だ、500万ほどある、そそれで勘弁してくれ、お、俺には女房と子が居るんだ、殺さないでくれ、た、頼む」
「、、、霞が関の誰の指示だ」
「た、田島だ」
「田島、名前は」
「名前は知らない、ほ、本当だ、電話で田島と名乗っただけだ、分かっているのは電話番号と田島だけだ、電話で仕事内容を聞いて、その結果を伝えるだけだ。それで幹部の口座に謝礼が振り込まれる」
「三島を霞が関に連れて行ったのも田島の指示か」
「ああ、だが、待ち合わせ場所までだ、代々木公園入口の待ち合わせ場所まで連れていったら、田島の使いの車が待っていて、三島はその車に乗せられた。その後の事は分からないと連れていった運転手が言ってた。本当だ、三島について知っているのはこれだけだ」

「林弁護士も田島の指示か」
「ああ、住所と名前を言った後『消せ』と」
「謝礼はいくらだった」
「1千万だ」
「1千万、桁が違うんじゃないのか」
「いや、1千万だ、政治家などだったら1桁上だが、民間人ならそんなもんだ。その代わり、警0への根回しなどは全て奴らがやってくれる事になっている」
「、、、1千万で人を殺すのか、、、」
「楽な仕事だ、倒して車に乗せて船着き場まで運んで、船で沖に行き重しをつけて沈めるだけだからな」

(、、、そんなやり方で、、、そんな気持ちで、、、林弁護士を殺したのか、、、そして、もし賢治が教えてくれていなかったら和子も同じように、いや、恐らく犯してから、、、)
西田の心の中に抑えきれない怒りがこみ上げてきた。無意識のうちに手に力が込められていった。
馬邨淳はもがき、体を痙攣させたが僅かな時間のあと静かになった。だが西田はなおも締め付け、やがて馬邨淳の首が鈍い音を発した。西田はやっと馬邨淳の首から手を放した。
しばらくして西田は賢治に言った「ヘッドライトを点けてくれ」
賢治が点けると、西田は馬邨淳の体を車から引きずり出してライトの前に寝かせた。そして携帯電話で、顔写真を撮った。それから馬邨淳を裸にし、服などの遺留品を全てビニール袋に入れて車内に置き、賢治と二人で馬邨淳の両手両足を持って、道端から崖下に放り投げた。馬邨淳の体が崖下の岩に叩きつけられた音を聞いてから、二人は車に乗り込み帰って行った。

数日後、龍グループのマンションの郵便受けに「龍グループへ」と宛名書きされただけの手紙が届いた。
龍グループの幹部が開封すると、変わり果てた馬邨淳の顔写真が1枚、そして写真の裏には「これは復讐だ、次は金柁倶だ」と書かれていた。
龍グループは大騒ぎになった。だが西田の眼中には既に龍グループはなかった。
西田は馬邨淳の携帯電話から田島の電話番号を調べ、田島の実像を調べる事に没頭していた。
(一口に霞が関と言っても色々な省庁がある。職員だけでも数万人だろう。その中で田島と言う男を探し出すのは難しい。しかも本名かどうかも分からない、、、電話番号から手繰っていくしかなさそうだが、番号は09055546076か、、、普通の電話番号なら地域によって分けているが、携帯の番号では何も分からない。いっその事、こちらからかけてみるか、、、かけるとしたら、公衆電話だが、駅にあったかな)

西田は駅に行って何とか公衆電話を見つけて電話した。受話器にガーゼをあて声を変えて。
「田島か、害務省の熊谷だ、仕事を頼みたい」
「害務省の熊谷?、、、いつもの末広はどうした」
「末広とは別ルートだ、老人を拉致してもらいたい、だが、決して殺すな。住所は」
「待て、その前に、合言葉を言ってみろ」
「合言葉、、、末広に聞いていなかった、すまん、また電話する」
西田は電話を切ると、一瞬顔をほころばせた。
(ふっ、鎌をかけて害務省と言ったが、本当に害務省か、しかも末広と言う人間、、、上が分かれば田島に用はない)

西田は、本名かどうか疑わしかったが一応、害務省の職員名簿を調べてみた。
害務大臣の私設秘書に末広恵子と言う名があった。西田は、まさか女性秘書にこのような事をさせているとは思えなかったが、害務大臣と合わせて調べてみることにした。
害務大臣、薄雲雄造は、政界でも札つきの傲慢大臣だったが、外国首脳にもずけずけとものを言うので、国民には人気があった。とは言え、私生活でも何かと問題が発覚して週刊誌等を騒がせていたが。
その私設秘書の末広恵子は、薄雲の妻の旧姓と同じで、妻の歳の離れた妹か親戚ではないかと思われた。職員名簿に載っているような女性秘書が、そのような裏の事をしているとも思えない西田だったが、調べてみることにした。

外務省庁舎の警備員には探偵の身分証を見せたが入館者受付票を書いてくださいと言われた。
それを書いて受付に持って行くと「何課のどなたに御用ですか」と聞かれて「秘書の末広恵子さんです」と答えると、受付嬢は電話しながら「御用件は」と聞いた。西田が答えようとすると、電話がつながったようで少し話した後で「3階のA3会議室にお越しくださいとのことです」と言って 一時通行証をくれた。

西田がA3会議室に行くと、色々な顔立ちや肌の色の外国人が室内に居て雑談していた。
これから会議は始まるのかデスクが四角に並べられていて、一面の真ん中のデスクに日本人らしい中年の女性が座っていた。
西田は、恐らくその女性が末広恵子だろうと思い近づいて行くと、その女性が言った。

「西田友一さんですか、初めまして、末広恵子です」
西田は、恵子のデスクの前に立って言った「初めまして、西田友一です、よろしくお願いします」
「本日の集まりに私立探偵の方が来られるとは思ってもみなかったです、感激ですわ」
「えっ、集まり、、、といいますと、、、」
「はあ、西田さんは集まりに来られたのではないのですか、、、では、何用で」
その時、進行係と思える男性の声がした「では、時間になりましたので皆さん御着席ください」
西田が迷っていると、恵子が自分の隣の席に座るよう促した。西田が座って室内が静まると男性が言った。
「本日は、国際交流自由懇談会にお越しいただきありがとうございます。本日のテーマは『国際交流の現状について』です。最初に外務大臣秘書の末広恵子さんに御話ししていただきます」

恵子が座ったまま国際交流について話し始めたが、興味のなかった西田は真剣に聞いていなかった。
それよりも、この懇談会が終わった後、恵子とどういう風に話をするかを考えていた。
(まさか「お前が龍グループに林弁護士殺害を依頼したのか」とは聞けない、、、それより、会いに来た理由を考えておかないと怪しまれる、、、)そう考えている西田に不意に話を向けられた。
「、、、以上が害務省としての国際交流の現状でございますが、何か御質問などありましたら遠慮なくいただければ幸いでございます、、、私の話は堅苦しい内容でつまらなかったようですので、探偵をされておられます西田さんに、探偵の御立場から見た国際交流について御話いただきたいと思います。はい西田さん」

そう言ってマイクを渡された西田は、ちょっと間を置き開き直って話し始めた。
「、、、人が生きていけば何らかの問題に出会います。その問題が、その人自身で解決できるなら良いですが、問題の中には自身で解決できないような法律的なものや、こっそりと調べなければならない事もあります。そんな時に、私のような探偵が必要になります。
最近多いのが、国際結婚したが離婚したい、子どもを自分が育てたいので養育費を相手に請求したいが、どうしたらよいか、と言うものです。このような依頼の時は、私は相手国の法律まで学ばされます。まことに国際的な環境に追い詰められています」数人の外国人から笑い声が漏れた。
西田は、さっさと話を終わらせたいのだが、自分が何を言いたいのかも考えないで話し始めたので、話を締めくくることができそうになかった。とにかく話を続けざるを得なかった。

「私の立場から言わせていただければ、国際結婚などしない方が良い。日本人には日本人の配偶者が一番理解し合える。それなのに、特に若い方々は国際結婚をしたがる。おかげで私は商売繫盛、、、されど若い方々、私を金持ちにして後で集ろうと考えているなら、必ず失望するであろう。何故なら、私は札つきの守銭奴であり、儲けた金は1円たりとも放出しない」室内に爆笑の嵐が吹き荒れた。
「御静粛に願う、某の話が盛り上がるのはこれからだ、、、吾輩は守銭奴である。名前はまだない。西田友一と言う名前があったような気がするが、外国の法律を学んでいる内に忘れもうした、、、」
いつしか西田はお笑い芸人に変身していた。真面目腐った顔で笑いを誘う話をするので尚更おもしろかった。隣席の恵子までが笑い転げていた。
「と言うわけで吾輩の高校講座は終わるが、皆の者、大儀であった。苦しゅうないから笑い死んでしまえ」で何とか話終えると、爆笑と拍手喝采がとどろいた。

恵子が拍手しながら言った「素晴らしい公演でしたわ、どこの芸能プロダクションから来られたのですの。探偵は噓なんでしょ、、、こんなに盛り上がった懇談会は初めてですわ」
西田は苦笑するしかなかった。自分にこのような話芸ができようとは思ってもみなかった。やけくそで話した結果がこのようになっただけだった。
西田の後で数人が話をしたが、みな堅苦しくつまらない内容で室内はしらけムードに変わった。恵子が最後にもう一度話して閉めた。2時間ほどの懇談会は終わった。

西田は、わざと他の人たちと一緒に立ち去ろうとした。恵子が慌てて呼び止めた。
「西田さん、どこへ行かれます、私との話があるんでしょう」
「あ、ああ、そうでした、、、つい、いつもの団体行動の癖が出て、、、」
「団体行動の癖って、何ですの」
「恥ずかしながら、刑務所に長く居りましたので、、、刑務所内ではいつも団体行動でしたから」
「アハハ、なるほど」

「本当ですよ、今の日本の会社は刑務所と同じなんですから。何から何まで団体行動。
他の人たちとズレた事をすれば、即座に爪弾きされます。なので、いつも皆と同じようにする。そして目立たないように、飛び出さないように気を付ける。まさに団体行動至上主義の国、、、
そんな国の中で薄雲大臣は、いつも御自身の考えを述べられている。御立派な方です、私は尊敬しております。
その、薄雲大臣の秘書をされておられる末広恵子さん、、、さぞかし御立派な御方だと思います」
「まあ、お上手ですこと。私はどこにでもいる小母さんです、何もできません。ですが、少しでも大臣の御役に立てれるように、外国人と交流して、今の外国人が日本に対してどのような気持ちでいるのか等を知って、大臣に御話しするようにしているのです」
「まさに御立派なお志です。私なんぞは日本のために何もできない凡人です」

「アハハ、謙遜も御上手ですね、ところでそろそろここへ来た目的を御話しいただけませんでしょうか」
西田は少し間を置き、顔を曇らせてから言った。
「、、、ヤードについて御存知でしょうか」
ヤードと聞いて、恵子の顔が一瞬強張ったのを西田は見逃さなかった。しかし恵子は訝しげな顔で聞いた。
「ヤード、、、ヤードって何でしょう」
「不法滞在の外国人を集めて、外界から隔離したような状態で働かせている所です。そこから逃げて来た外国人と、たまたま知り合って話を聞いたのです」
「本当ですか、、、まさか、そのような所が日本にあるとは初耳ですわ、、、で、それはどこにあるのでしょう」
「その外国人が逃げていると、頭上に高速道路があり、その標識にTomei-Kawasaki ICというのが見えたそうですので、川崎の北の方ではないかと思います」
「まあ、川崎に、、、」

「その人はナイジェリア人だと言っていましたが、在留資格がない上にヤードでパスポートを取り上げられ、毎日数人の外国人と一緒に車に乗せられ建設現場に連れて行かれ働かされていたそうです。働きぶりが悪いと食事ももらえなかったとか、、、
真実かどうかはわかりませんが、現在の日本にこのようなことがあって良いのかと思い、尊敬する薄雲大臣にお知らせしょうと思って来たのです」
「、、、そうでしたか、、、驚いて、考えがまとまりません、、、折を見て大臣に御話しします、、、その結果等、西田さんに御知らせいたしますので、連絡先を教えてください」
西田は探偵事務所の名刺を手渡しながら言った。
「事実としたら、日本人として恥ずかし事です。ただ彼の言うには、建設現場に連れて行かれる時の運転手たちの会話は日本語ではなかった、よく分からないが0国語のようだったそうです。もしかしたら在日0国人たちがやっているのかも知れません」
「そうですか、、、在日0国人の可能性があるのですね、、、わかりました。御知らせくださってありがとうございます、、、あ、そうそう、これを差し上げます、これを見せれば一時通行証なしでここまで入れますので、、、
また何かございましたら御知らせください。また、御会いしましょう」
西田は丁重にお辞儀をして退出した。

害務省庁舎を出ると、西田は恵子について考えた。
(一見どこにでもいるような気のいい小母さんに見えるが、、、「ヤード」と聞いた瞬間に見せたあの表情が気になる、、、さてどうやって調べるか、、、小さな会社などなら帰りを待ち伏せできるが、このような出口が何箇所もある所では無理だ、、、仕方がない帰るか)
西田は駅に向かって歩き出した、そして歩きながら更に考えた。
(俺の最終目標は、奴らを、日本を陰で支配し操っている悪魔どもを始末する事だが、そのためにはどうしても33階級を捕まえ、奴らのトップの居場所を聞き出さねばならんのだ、、、
恵子が33階級から直接指示を受けているのか、間に害務大臣が居るのか、、、もし害務大臣が居るなら、恵子は33階級の事を知らないかもしれない、、、
直接害務大臣に聞いた方が手っ取り早いが、害務大臣が拉致されたとなったら大問題になるだろう。まあ、俺一人で害務大臣を拉致する事は不可能だろうが、、、)

西田は電車に乗っても考え続けた。そしてまた癖が出た。
(、、、影の総理なら奴らの事を知っているだろう、、、こんな回りくどい事をするよりも、影の総理に聞いた方が早いが、教えてくれるとは思えないし、反対に消されかねない、、、
回りくどくても一人でできる事からやるしかないか、、、
よもや、たった一人の人間が立ち向かって来るとは、奴らは思っていないはずだ。それこそが奴らの、巨象の弱点だ、、、俺にできるのは、その弱点を突くしかない)
考え事をしている西田に、駅到着アナウンスなど聞こえていなかった。マンション最寄り駅はとっくに過ぎていた。山手線なら1周すればまた到着するが、、、
西田がふと気がつくと電車は初めて見る景色の中を走っていた。
西田は苦笑いしながら、次の駅で降りて引き返した。マンション最寄り駅に着いたら既に暗くなっていた。

西田は1週間ぶりに松平家に帰った。和子も両親も何も変わっった事はなかったが、漏電の疑いがあるとかで3日前に電力会社の人が来たと言う。西田はピンときた。
翌日、業者に来てもらい盗聴器を探してもらうと、また5個見つかった。しかし西田は除去しなかった。
夫婦の寝室のコンセントにもあったが、それもそのままにした。
そればかりか西田は業者に頼んで、極秘に盗聴器と受信機と盗聴器用電波探査機を買った。

松平家での生活は退屈だった。暇つぶしに何度かレンタカーで旅行した。
旅行中、和子が言った「そろそろマイカーが欲しいわ」「わかった、買おう」
旅行から帰ると、西田は和子とマイカーセンターに行き、5人になっても余裕のある大型車を買った。
さっそく業者の所へ乗って行き、発信器等がないか調べてもらったがまだなかった。
西田は一応安心したが、一番心配なのは監視カメラだった。これは業者に聞いても、電波の種類が違うので調べようがないと言われた。

西田は父に頼んで、車の出入口のついでに、家外からは分からない秘密の出入口も作ってもらった。そして東京のマンションに行く時は、夜その出入口を通った。
また和子には、留守中も自分が一緒に居るような一人芝居をするように頼んだ。つまり盗聴器を逆利用したアリバイ工作だった。
また、松平家に居る時の西田は、努めて家族思いの優しい夫役を演じた。できるだけ和子や両親と共に過ごすようにして、近所の人々にも「家族思いの優しい旦那さん」と言う印象を植え付けた。
そうしながら西田は、薄雲大臣と恵子の事を調べていた。

ちょうどその頃、薄雲大臣の妻名義の土地に不正取得の疑惑が起きた。土地購入時に893まがいの男どもが、元の所有者宅に押し掛けたと言う事が明るみに出たのだ。それと同時に、大臣の妻の家系は元在日0国人だった事が判明した。日本人よりもはるかに高い犯罪率が問題視されている在日0国人でもあり、土地購入不正取得疑惑は高まった。
だが薄雲大臣は「妻の事は妻に聞いてくれ」と言って平然としていたし、妻は「顧問弁護士に聞いてください」と言うばかりだった。

国民は、そのような言動をする大臣と妻に反感を覚えた。害務大臣辞任を要求するデモ数千人が国会議事堂前を埋めた。国民のその要求に押されたのか、野党だけでなく与党の中からも辞任を求める声が上がった。
結局、辞任要求に屈したかたちで薄雲は害務大臣を辞した。
大臣と一般議員では警護の度合いが違う。西田は、自分一人でも何とかなりそうな気がした。
西田は和子に「また東京に行ってくる。少し長くなるかもしれないが心配しないように」と紙に書いて見せた。
西田と和子は、大事な会話の時はいつの間にか筆談するようになっていたのだった。

西田は東京のマンションに入ると、賢治と入念に打ち合わせをした。
その夜、賢治にはレンタカーを用意させ、待ち合わせ場所に行かせた後で西田は身支度をして出た。
かねてから調べておいた、薄雲議員の行動パターンに合わせて、繫華街のクラブに行った。
高い店だったが、それくらいの金は持っていた西田は、客を装って入った。
カウンター席に座ると、ウイスキーの水割りを注文し、さり気なく薄雲議員を探した。カウンター席にもフロアー席にも見当たらなかったが、個室内から薄雲議員の声が聞こえた。
西田は、トイレに行くふりをして個室ドア近くに盗聴器を取り付け、席に帰ると水割りを飲み干して店を出た。物陰に隠れて盗聴音を聞きながら変装した。

1時間ほど経って「タクシーを呼べ」と言う薄雲議員の声を盗聴器を通して聞いた西田は、大通りに行き流しのタクシーを拾ってクラブ前に行き、運転手に「店の酔っ払いを乗せるからここで待っててくれ」と言って待たせた。
それからクラブに入って店員のふりをして「タクシーが来ました」と言い、薄雲議員が出てくるとスタンガンを首筋に押し付け、倒れかかった薄雲議員を支えて一緒にタクシーに乗った。
待ち合わせ場所でタクシーを降り、タクシーがいなくなるとすぐ賢治の運転するワゴン車が来て、西田は薄雲議員と共に乗り込んだ。そしてまたあの林道に行った。

西田は、薄雲議員の両手両足を縛った上に目隠しをしてから覚醒させた。それから口元に布をあて声を変えて言った「お目覚めですか薄雲議員、、、御不自由をかけすみませんが、しばらく御辛抱願います」
「ううう、誰だ、手を放せ」
「俺の質問に答えてくれたら放してやるよ」
「何だと、ふざけるな!今すぐ放せ」
西田は、後ろから手を伸ばして薄雲議員の首を絞め、薄雲議員がもがき始めると放した。薄雲議員はぜえぜえと荒い息を吐いた。
「もう一度絞めようか薄雲議員、俺の質問に答えないともっと苦しむぜ」

「な、お、お前は何者だ、何故こんな事を」
西田は、また首を絞め薄雲議員を黙らせてから言った「数ヶ月前、林弁護士を消せと指示したのはお前か」
「、、、林弁護士、し、知らん、何の事だか分からん」
「とぼけるな、もっと苦しみたいか」
西田が、また絞めようとすると薄雲議員は慌てて言った「ほ、本当だ、何の事か分からん」
「お前の私設秘書の末広恵子が田島を通して龍グループに殺させた林弁護士の事だ、お前が知らんはずがない。白を切るならこの場で殺す」そう言って西田は、また絞めたが、失神直前で放した。
薄雲議員はぜえぜえと息を吐きながら途切れ途切れに言った。
「、、ほ、本当だ、、本当に知らん、、す、末広恵子は、妻に頼まれて私設秘書にしているが、話をした事もない。妻の身うちはみな在日系で通名を使うから本名かどうかも知らん。ワシの私設秘書の肩書きを利用して何かアクドイ事をしているらしいが俺は関与していない、本当だ、、、
ワシは騙されて妻と結婚したのだ、結婚してから妻が在日系だと知った。しかも893と繋がりのある在日系で、ワシさえも脅そうとする。離婚届を送り付けたら、荒くれどもを連れて来て居直った。どうしょうもない悪女だ。土地購入疑惑もワシを無視して勝手にやらかしたのだ。そのせいでワシは大臣から陥落だ。全く忌々しい糞在日の疫病神だ」
薄雲議員の言葉には激しい怒りがこもっていた。
(言ってる事に噓はないようだ)と思った西田は少し考えてから言った。

「、、、害務大臣だったお前が知らないなら、末広恵子は誰に指示されたんだ」
「あの女は、いつでも害務大臣秘書を口にしているようだが、官房長官との繋がりもあるらしい。いつだったか、妻を通して官房長官に紹介してくれとしつこく言われた事がある」
「、、、官房長官に、、、それはいつ頃の事だ」
「3~4年前だ」
「、、、官房長官か、、、」西田は、またしばらく考えてから言った。
「お前はフリーメゾンの33階級者を知っているか、害務省が接待しているはずだが」
「な、なんだと、フリーメゾンの33階級者、、、何故お前がそんなことを知っている、お前はいったい何者だ」

「ふ、もうすぐ死ぬ身だ、話してやろう、、、俺は、33階級者の命令で妻や友人を殺され、復讐を誓った男だ。俺は、妻や友人の仇を討つつもりだ、、、
そればかりではない、8年前の東日本大震災も33階級者の命令で起こしたのだ。その時の死者15893人の仇も討つ、、、言え、33階級者はどこに居る」
「、、、お前の妻や友人を殺させたのは33階級者かも知れんが、東日本大震災を起こさせたのは33階級者ではない。その前の29階級者だ、、、IS国から密かに派遣されていた、、、しかし3年ほど前に本国に帰った後、病気で死んだと聞いた。33階級者はその後がまだ。
33階級者なら官房長官の方に居るはずだ。害務省は奴らとは関わりがない」

「、、、関わりがない と言いながら33階級者について詳しいんだな、なぜ知っている」
「大臣クラスの者なら、これくらいの事は皆知っているよ、不愉快極まりない嫌われ者だからな、、、
お前は奴に復讐すると言うが、どうする気だ、殺すのか、、、奴が居なくなればワシらも喜ぶ、だがつかの間のぬか喜びだ。また違う者が来るからな。しかも日本で殺されたとなれば膨大な報復措置を喰らうだろう。
だから、奴を殺すなら出国した後にしてくれ。そして犯人が日本人だとは決してバレないようにしてくれ」
「、、、奴は大臣連中からも嫌われているのか」
「ああ、奴や奴らの組織の者は、日本人を人と思っていない、奴隷か家畜くらいにしか見てないんだ。そして日本と言う国は、便利なATMくらいにしか思っていないんだ。ワシに言わせれば奴らこそ人間でない人でなしだ鬼畜だ。奴らの組織は悪魔組織だ、、、お前が奴を殺すなら手伝いたいくらいだよ」

「、、、そんな嫌われ者を、日本政府は何故、排除しないのだ」
「排除できるわけないだろ、奴らはハメリカさえ支配しているんだ。日本の国力や平和ボケした日本人がどうして奴らを排除できる。言いなりになって金を貢ぐしかできないんだよ」
「、、、影の総理の使いも同じ事を言ってたが、、、」
「なに、お前は影の総理に会ったのか、、、お前はいったい何者だ」
「俺が会ったのは影の総理の使いと言う老人だ、影の総理には会っていない」
「影の総理でなくとも、あの御老人に会われただけでも名誉な事だが、どこで会った」

「新潟の飲み屋で飲んで出たら待ち伏せしていたが、あの老人は、そんなに凄い人なのか」
「あの御老人がお前を待ち伏せしていた、、、ガハハハッこれは傑作だ、よくよくお前はあの御老人に見込まれているんだな。あの御老人は、日本の裏社会を仕切っておられる方だ、言わば893の総元締めだ。
だが、そういう御老人も影の総理には従うし、表の総理とて逆らえん。影の総理と言うよりも影の天皇と御呼びすべき方だ」
「ふ~ん、影の総理はそんなに偉い人なのか。しかしそんなに偉い人でも奴らの言いなりになるんだろ。
奴らにとっては日本人は奴隷なんだから、影の総理はたかだか奴隷の元締めか奴隷頭だな」
「馬鹿者、言葉を慎め、あの御方が守ってくださるから日本は存続できているのだ。あの御方がいなかったら日本は、今ごろは南北に分断され、同じ日本人同士で戦争していたかも知れないんだぞ」
「ふん、そんなことは一般の日本人は誰も知らない。あんたが言っている事が本当かどうかも分からない。
そんなことを誰が信用するのか。影の総理が日本を守っていると言う確かな証拠でも有るのか」

「、、、まあ、お前に理解できないのも無理はない、、、だがな、世界は力関係なのだ。力が強い者が弱い者を支配する。だが、弱い者とて支配されながらも何とか生きていかなければならん。
支配されるのが嫌だからと言って死んでしまえば身も蓋もない。先ず生きることだ、そして少しずつでも強くなることだ。影の総理は長年、耐え忍んできた、日本が強くなるのを待ちながらな」
「ふん、無理だね、今の日本や平和ボケした日本人では、何年待っても強くなれるはずがない。
奴らに、いいように洗脳されて、日本の現状どころか自分の状況すら理解できていない。自分が奴隷にされている事さえ気づいていないんだ。こんな日本と日本人が奴らよりも強くなれるはずがない」

「、、、お前はどうやら自分の状況くらいは理解しているようだが、ではお前ならどうするつもりだ」
「俺は一匹の蟻になる。そして巨象の指の間に入り込んで嚙みつく。手始めに33階級者を消す」
「、、、途方もない事を、、、だが、、、一匹だからこそできるかもしれん、、、
面白い、やってみろ。ワシが密かに害務省に入る機密情報を伝えよう。存分にやってみろ、、、だがその前に小便させろ、我慢できん」
西田は、薄雲の目隠しをとり手足を放した。そして車内灯を点けドアを開けて自ら先に出た。車外は真っ暗闇だったが車内灯の明かりで数メートル先までは何とか見えた。そこまで行って西田は言った。
「これより先は危険だ、数十メートルの断崖絶壁になっている。既に一人落としているが、あんたを2番目にするのは止めた」
「ふん、こんな老い耄れを殺して何の得になる」そう言って薄雲がそこまで行くと二人は並んで小便した。
二人が引き返すと運転席の賢治も出てきて小便した。賢治が帰ってくると西田は言った。
「この人の家へ行ってくれ」


その後数ヶ月間、東京のマンションには行く用事がなく、西田は松平家で過ごした。そうしながら西田は、薄雲からの知らせを待っていた。
33階級者が出国する事が分かれば、西田も出国し、外国で33階級者を捕まえ、奴らのトップの居場所を聞き出した後、妻や友人のかたきを討つ。
焦る必要はなかった、否、焦りは禁物だった。
たった一人で戦うには、自分の存在を奴らに知られてはならなかった。
狙っている事を奴らに知られたら、自分の命などすぐに消されてしまうのは火を見るよりも明らかだった。
33階級者を捕まえるのもかたきを討つのも、誰にも知られずにやる。それ以外に方法はなかった。

(まるで忍者だな、、、そうだ、暇つぶしに忍者について調べてみるか)
そう思って忍者について調べた事が、数年後の西田の身を守る事になろうとは、この時の西田には想像すらできなかった。
(33階級者が出国した場合、武器を持ち込めない機内や空港では何もできないだろう、、、いや、武器によるか、、、竹や木やプラスチックでできた物なら持ち込めるな、、、忍者も使う吹き矢や箸も、使いようによっては良い武器になる、、、竹の箸でも目に10センチも突き刺して先端を回せば、脳を破壊して即死だ、、、だが、即死させる前に聞き出さねばならん、、、厄介だな、殺すだけなら簡単だが、、、
土地勘のある国内なら車で拉致して聞き出せるが、はたして外国で拉致できるだろうか、、、
誰しも本国の空港に着いたらホッとする、その時がチャンスなのだが、、、当然、奴らの仲間が車で出迎えに来ているだろう。殺すだけなら、その車に爆弾をとりる事もできるし、空中からドローンで接近し、ドローンごと爆発させれば証拠も残らない。殺すだけなら簡単だ、、、まあ、爆弾を手に入れる事の方が難しいか)

そんなこと考えていた西田に和子が言った「貴方、難しい顔をして何を考えているの」
「ん。ああ、忍者の事をちょっとね」
「忍者?」
「ああ、、、忍者はすごいね、消えたり飛んだりする。俺もできないかなって、、、」
「そんなマンガみたいな事を考えてないで、この子の名前でも考えてよ。お父さんの考えた名前はどれも古めかしくて無理よ」
「え、この子の名前、お父さんはもう考えているの、まだ性別わかってないだろ」
「お父さんは、絶対に男の子だ、だから慎之介とかQ太郎とかのび太とか怪物くん」
西田は噴き出して言った「プッ、何だそれ、昔のマンガの主人公の名前じゃないか」
「そうなの、お父さんは『みんなに親しまれる名前が良い』って言ってるの。でも、いくらなんでも怪物くんじゃあ子がかわいそうだわ。だから貴方が考えた方が良いわ、男の子の名前をね。女の子は私が考えるわ」
「わかった、考えるよ、で、予定日はいつだい」
「来月末だって」そう言って和子は重そうな腹を擦った。西田はその姿を、目を細めて見ていた。

翌月末、和子は男の子を産んだ。西田や和子以上に両親は喜んだ。
和子が母乳を与える時以外は両親が取り合いするようにして抱きかかえていた。
そんな両親を見て、西田は苦笑したが内心では(これで松平家への役目は果たせた、、、俺は、いつでも消えれる)と決意を新たにしていた。

子どもの存在は大きい。松平家の中に新たな光源でもできたかのようで、家族みんなの表情が明るく照り返していた。まさに家族みな幸せに包まれていた。
そんなある日、突然、中本議員が松平家に来た。西田も和子も驚いた。
中本は開口一番、西田の襟首を掴んで言った「西田君、水臭いぞ、なぜ知らせなかった」
「、、、お忙しいと思いまして、、、」
そこへ子を抱えた父が入って来ると中本は西田を放し、子を覗き込んで言った。
「ふん、まあ良い、こんな可愛い子を産ませたのだ、大目に見よう、、、おお、まさに評判通りだ、、、たまたま里帰りして耳にしたが俺の実家の辺りまで、この子の評判が届いていた、、、良い顔だ、西田君この子は将来大物になるぞ」

中本の実家は松平家から2~30キロ離れていて、子の評判が届くはずもないが中本流の褒め言葉だった。
一通り近況話をした後、中本は思い出したように言った「東日本大震災の告訴の件はどうなっている」
和子は西田と顔を見合わせてから何か言おうとするのを、西田が遮って「ここは盗聴器が仕掛けられていますので」と紙に書いて見せた。中本は驚いて二人を見た。
西田が「中本さん、少しドライブに行きましょう」と誘うと、察したのかすぐに応じた。
西田は車のトランクから盗聴器用電波探査機を取り出し、自分の衣服や中本の衣服、それから車内も調べてから車を走らせた。
走り出してすぐ中本は言った「なぜ盗聴器があるんだ。いったい誰がそんなことを」
西田は車を近くの公園脇に停めてから言った。

「影の総理が、俺や和子が告訴しないか調べているんですよ」
「なに、影の総理。どういう事だ、詳しく話せ」
西田は、影の総理の使いと会った事、そして自分たちが告訴を止めなければ、奴らによって東日本大震災以上の災害を起こさせられる危険性がある事などを話した。
聞き終えた中本は、腕を組みしばらく考えてから言った。
「影の総理、、、噂には聞いていたが、本当に居たのか、、、君は、その使いに告訴の件を止められたのか、、、だが、そうすると林君はどうなる、震災で殺された方々はどうなる、、、犬死か、、、殺された家族や被災者は、ただ、泣き寝入りするだけなのか、、、そんな理不尽なことが、、、」
「影の総理はつまり、長い物には巻かれろと言いたいのだと、、、しかし俺は、、、」

「なに、君は、一人で何かするつもりなのか、、、一人で何ができるんだ、一人で何をするつもりだ」
「、、、一人だからこそできるかも知れない事を、、、」
「なにぃ、、、一人だからこそできるかも知れない事、、、」
「はい、、、奴らは巨象と同じです。そして俺は奴らから見れば一匹の蟻と同じです。簡単に踏み潰されます。しかし指の間に入り込んで噛みつけば巨象を倒せます」
「、、、ううん、、、しかし、、、どうやって指の間に入り込む、、、見つかれば即、踏み潰されるぞ」
「はい、だから日夜その事を考え続けています。そして、いつの日か必ず林弁護士や震災で殺された方々のかたきを討ちます」
「、、、ううん、、、面白い、やれ。俺でも役に立つ事があったら言ってくれ、何でも協力する」

それから1週間ほど経って、中本から衆議院議員バッジが送られてきた。同封の手紙に「先輩からもらった物だが、君の何かの役に立つかも知れない。健闘を祈る」と記されていた。西田は、ありがたく頂だいた。
その翌日、薄雲議員から「33階級者が本国に帰る」との知らせがあった。
ロンドンに居る孫が重い病気で危険な状態になったらしく、33階級者は急きょ帰国するようだが、また日本に来るのは間違いないとの事だった。
33階級者がどのような人間かを知っておきたかった西田は、とにかく同じ飛行機に乗りたかった。
薄雲議員に便名を聞くと、まだ分からないが、わかり次第連絡すると言われた。
西田は、成田空港で待機することにして、その夜松平家を抜け出して新幹線に乗った。

西田は、海外経験は1度ハワイに行っただけだった。英語も旅行会話程度しかできない。成田空港出発ロビーの長椅子に座って大きなため息をついた。
(こんな俺が、はたして海外で目的を達成できるだろうか、、、まあ、現在位置や地図なんかはネットで分かるが、毎日野宿と言うわけにもいくまい、とにかく住む所を確保しないといけないが、ロンドンでのアパートの借方は、、、)
西田は、ネットで調べ始めた。その時、薄雲議員から電話がかかってきた。

「奴の乗る便名が分かったBA0006便だ。昼12時43分発だから、今すぐBAカウンターに行ってチケットを買え。もし満席だったらキャンセル待ちに並んで外務審議官の特務移動だと言えば必ず乗れる。
それから、奴の写真をメールで送った。記憶したら削除しておいた方が良いが、奴はファーストクラスだから一番に飛行機に乗る、搭乗口で鬼畜の顔をよく見ておいても良い。吉報を待っている。あ、言い忘れる所だった。ロンドンに着いたら00に電話しろ。お前の力になってくれるはずだ。00の連絡先もメールに入れてある、、、良いな、必ずかたきを討ってくれ」
「ありがとうございま」
「礼は後回しだ、急げ」
西田は、電話を切るとBAカウンターへ走った。幸い空いていてビジネスクラスの席が買えた。

西田は、出国審査を経て出発ロビーに行き、椅子に座ってメールを見た。60歳ほどの気難しいそうな白人の顔写真と、ロンドンの在英国日本国大使館職員、川島早苗の電話番号とメールアドレスが載っていた。
西田は、全精神を集中してそれを記憶した後で削除した。
12時20分になるとファーストクラスの搭乗アナウンスがあり、写真通りの気難しそうな白人が機内に入って行った。ファーストクラスの乗客は数人だけで、すぐビジネスクラスの搭乗となった。
西田が機内に入って行くと、あの白人がファーストクラスの席にふんぞり返っていた。西田は、殴り掛かりたい衝動に駆られたが、抑えて自分の席に着いた。そして(こんなに近い所に居て何もできないのか、12時間以上も同じ機内に居ても、どうにもできないのか。何か良い方法はないか)と考え続けた。

ファーストクラスエリアの後ろがトイレと食事配膳ユニットになっていて、その後ろからビジネスクラスエリアになっていたが、離陸前から通路はカーテンで仕切られた。だが、トイレに出入りするファーストクラス乗客の足元が西田の席からでも見えていた。
西田は考えた(33階級者がトイレに入った後、トイレを待つふりをして待ち伏せし、出てきたらボールペンを目に突き刺して殺し、トイレに放り込む、、、ダメだな、殺したいのはやまやまだが、殺せば聞き出せないし、俺が殺した事がすぐにバレてしまう、、、
それにしても33階級者ともあろう者が一人もボディーガードが居ないのだろうか。まあ、ボディガードまでファーストクラスに座らせるとも思えないが、ではビジネスクラスに座らせているのか)
そう思い西田は、ビジネスクラスのエリア内をさり気なく見回した。居た居た、最前列の左右の通路側の席に屈強な体つきの男が二人座っていた。恐らくその二人が33階級者のボディガードだろう。

(凄い体だな、まさに筋肉隆々だ、俺の正拳突きや二段蹴りでも倒れないかも知れん、、、あんなのが常時ボディガードしていたら拉致するのも難しい、、、忍者のように煙幕を張ってかく乱させ、その隙に拉致するか、いや、視界を遮るほどの煙幕を張れば、自分も見えなくなってしまう。マンガや映画ではそれでも良いだろうが、実際、煙幕で見えなくなったら、拉致して逃げる事もできないだろう、、、
ジエチルエーテル、、、三島ほどの男でさえ、ホテルの俺の部屋に侵入する時ジエチルエーテルを使った、、、俺も化学薬品や最新武器の知識を身につけるべきだな、、、
ふっ、、、いつの間にやら俺も、殺し屋の端くれになってしまったか、、、刑事から探偵になる人間は居るだろうが、それから殺し屋になるのは俺くらいのものか、、、)
西田がそのようなことを考えていると機内食が出された。朝から何も食べていなかった事を思い出すと急に空腹感が襲って来た。西田は考えを中断して食事に没頭した。


結局、機内では何もできなかった。33階級者を拉致する名案も思いつかなかった。数十メートル先に座っているのにどうすることもできないままロンドンヒースロー空港に到着した。
西田は憮然とした顔で空港内を移動し、入国審査に並んだ。33階級者は既に見当たらなかった。だが、階段を降りていくとターンテーブル脇に二人のボディガードと立っているのが見えた。
手荷物しかない西田は、素知らぬふりをして通り過ぎ、柱の陰から3人を観察した。
(思った通りあの二人がボディガードだったか、、、それにしても緊急帰国だろうに荷物が多いな。まあボディガードの分もあるのだろうが、、、カート3台か、、、)
3人が税関カウンターに行くのを見届けてから、西田は、別のカウンターを通って到着ロビーに出た。
途端に女性に日本語で声をかけられた。

「西田友一さんですか、川島早苗です、初めまして」
驚いた西田が声の主を見ると、日本人にしては大柄な女性が立っていた。
「貴女が川島早苗さん、初めまして西田友一です。迎えに来てくださったのですか、ありがとうございます」
その時、あの3人が出てきた。思った通り数人の男たちが出迎えに来ていて、33階級者を囲むようにして空港出口に向かって行った。その後ろ姿を西田は歯噛みしながら見おくった。
そんな西田に「貴方をホテルに御送りしますわ」と言って早苗は、キビキビとした態度で歩き出した。
西田がついて行くと空港内の地下駐車場に、目立たない色の乗用車が停めてあった。

早苗は運転席に座り車内から助手席のドアを開けて西田に座るよう促した。西田が座るとすぐに出発した。
地下駐車場を出ると、空は薄暗くなっていた。初めて見るロンドンの夕暮れ、しかし感傷に浸っているような西田ではなかった。12時間以上もすぐ近くに居ながら何もできなかった事が悔しくてならなかった。
西田がそんなことを考えていると不意に首筋に激痛が走り意識を失った。


後部座席の男が吐き捨てるように言った「馬鹿な男だ、俺が隠れている事にさえ気付かなかった」
「当然でしよう、気配を消せる我々に、こんな愚かな男が気づくはずがないわ、それより、どこに捨てるの」
「00川の橋の上から放り込めば良い」
「重しはあるの」
「ああ、持ってきてある、これを首に巻き付ける」
そう言って男は、大きな石を縛ってあるロープの片方を見せた。
それから数分後、西田の体は橋の上から放り込まれた。車は対向車が来たせいか、すぐに走り去った。

川の水の冷たさに意識を取り戻した西田は、水底で何とか首のロープを外して浮かび上がった。しかし、それまでだった。冷たい水のせいで意識がもうろうとしてきた。既に数百メートル流されていた。
川の湾曲部で岸に近づいた時、誰かに抱え上げられるのを感じたが、その後は記憶がなかった。
次に気がつくと、段ボールで囲まれた中で火を焚いて西田の衣服を乾かしている年配の浮浪者が見えた。浮浪者は、西田が気が付いたのを知って、無言で暑い白湯が入ったコップを手渡してくれた。
その白湯を飲むと体内から温まってきて元気が出た。
その時、薄汚い毛布に下着一枚でくるまっていたことに気づいた。それから数時間、乾いた衣服を順次渡され身につけていった。まだ湿っぽかったが、朝には上着も何とか着れた。
段ボールの囲いから出てみると、橋の下だった。恐らく放り込まれた橋の一つか二つ下流の橋だろう。

陽が昇って暖かくなると、西田は浮浪者と一緒にホテルを探して入った。
不幸中の幸いで、濡れてはいたがパスポートもカードも無事だったので、自分と浮浪者エドワードの衣服を新調してから、レストランで食事した。
英語が不得意な西田は、食事中もあまり会話ができず、食後すぐ家電の店でスマホを買い、その翻訳ソフトを使って何とか会話した。
エドワードはもう20年も浮浪していたが以前は銀行マンだったと言った。身に覚えのない横領の罪を着せられ解雇させられてから家族も離散、家も土地も没収され追い払われたと言う。
西田は、命の恩人のエドワードにできるだけの事をしようと思った。

話が一段落すると二人は部屋に帰って眠った。夜7時ころ起きて、エドワードを起こし夕食をとった。
その後また改めてベッドに入ったが、西田は眠れなかった。考えねばならん事が山積だった。
(俺を殺そうとした 、あの女は何者だ、、、奴らの手下か、それとも、薄雲の紹介と言う事は、薄雲自身が俺を消そうとしたのか、、、しかしそれならば何故、俺に33階級者の帰国を教えたのだ。俺を消すだけなら、こんな手間ひま掛けなくても、日本国内でもできたはずだ、、、)

西田は、スマホで在英国日本国大使館の職員名簿を調べてみたが川島早苗の名はなかった。
(職員名簿にないと言う事は、やはり薄雲の仕業か、、、う~ん、薄雲の仕業なら何故、33階級者の帰国を教えた、、、薄雲に電話してみるか、いや、そうすると俺が生きている事を知られてしまう、、、
それと空港であの女に会わなかったら、俺は33階級者の後をつけ、奴の住居を見つけるつもりだったが、今となっては住居を探す術もない、、、さて、これからどうするか、、、)

西田は、朝までいろいろ考えたが妙案は思いつかなかった。
(焦ってもしょうがない。とりあえず今日はエドワードのアパートを借りよう。それから、当分の間の生活費を預金する口座も作ろう。望むなら職安に行って仕事も探してやろう)
二人での朝食時、西田はスマホを使ってそのことを伝えた。エドワードは「Thank you」を連発した。
朝食後、エドワードがどうしても住みたいと言うので、あの橋の近くの小さな一軒家を借りた。それから、銀行に行ってエドワード名義の口座を開き、まとまった額を預金した。エドワードは驚いて目を白黒させた。
その後、西田が仕事をしたいかと聞くと、今はまだ働きたくないというので職安に行くのはやめた。

一軒家は二日後から住めると言うのでホテルに帰った。夕食時、エドワードが「一緒に住んでくれ」と言うので西田もそうすることに決め、Wi-Fiの手配や、家具や家電の購入で二日間が楽しく過ぎた。
一軒家に住んで落ち着くとエドワードが聞いた「TOMOKAZUは何用でロンドンに来た」
西田は少し考えてから言った「フリーメゾンの33階級者に会いに来たが、どこに居るかも分からない」
「フリーメゾンの33階級者?。」
「ああ」
「居場所は調べれば分かると思うが、会ってどうする」
「殺したい」

エドワードは冗談だと思ったのだろう微笑んで言った「では調べてやるよ」
エドワードは、届いたばかりの電話帳でフリーメゾン団体の幹部の電話番号を調べて電話した。そして数分後には33階級者の登録上の住所と電話番号が分かった。
西田はGoogleマップの航空写真に住所を打ち込んでみた。すると、お城のような大邸宅が映し出された。
拡大してよく見ると、周囲を高い壁で囲まれ、正門には守衛所があり、そこから本宅まで1キロほどの直線道路があった。本宅の裏側にも何軒も家があり、33階級者がどの家に居るのかも分からない。
西田は舌打ちした(住所が分かっても、これではどうすることもできないな、、、まてよ、孫娘が病気で急きょ帰国、、、では、病院を調べれば、奴の居場所が分かるかも、、、)

西田はエドワードに、33階級者の孫娘が病気だが、どこの病院に入院しているか分からないか、と聞いた。
するとエドワードは「彼らのような大金持ちは病院に行かない。邸宅内に病室があり、医者が来るか、専属の医者が居て治療する」と言った。西田は悔しかったが納得した。
(一般人の感覚で奴らの事を考えてもダメだな、、、う~ん、、、さて、どうするか、、、)
西田が考えあぐねていると、エドワードが自分のPCを持ってきて、言いたいことを日本語に訳して見せてくれた。PCには「西田のスマホは文字が小さくて見え辛い。このPCの方が良い。ところで、何をそんなに考え込んでいるんだい」と表示されていた。
西田は多少迷ったが、33階級者によって妻が殺された事、自分はそのかたきを討ちたくてここまで来た事を表示して見せた。

エドワードはそれを見て驚き「では、さっき殺したいと言ったのは本当だったのか」と表示させた後、まじまじと西田の顔を見た。西田がうなづくと、エドワードは腕組みをして考え込んだ。
数分後エドワードは入力した「33階級者の事は、この国の者なら誰でも知っている。昔からの貴族で大金持ちで、慈善事業に努めている有名な方だ、表向きはな、、、だが俺が銀行マンだった頃から、フリーメゾンの儀式に幼い子供を生贄にしていると言う噂もあった、、、
金持ちは、自分たちの悪事をいくらでも隠せるから、俺は金持ちを信用しない、、、
日本人は正直で嘘をつかない事は俺も知っている。お前が言った事も本当だろう。と言う事は、33階級者は人殺しだ。許せん、、、お前のかたき討ち、俺にも手伝わせてくれ」
西田はエドワードの手を取って言った「Thank you very much.It was good to reveal the secret」

エドワードが手伝ってくれるとは言っても、西田はこれから何をどうして良いか分からなかった。分からないまま1週間が過ぎた。エドワードは、PCでいろいろな動画を見ることに夢中になっていたからか平然としていたが、西田は内心焦っていた。
(孫娘が良くなれば33階級者はまた日本に行くだろう。奴が日本に行く前に何とかしたいが、、、せめて孫娘の状態が分かればな、、、ん、まてよ、薄雲は孫娘が病気だと、どうして知ったのだ、、、そうか薄雲は元害務大臣だ、それくらいの情報を入手するルートくらいは持っていても不思議はないか、、、)
そのような事を考えているとエドワードがPCを持ってきて西田に見せた。内容は「フリーメゾンの裏側」という5分ほどの動画だった。

映像は赤外線カメラで撮影したのか白黒だった。デスクの上の子供か人形か分からないが、白い頭巾を被った者たちがナイフで切り裂いているようだった。見終えるとエドワードは翻訳ソフトを使って入力した。
「これは本当の映像らしい。子供も本物だと説明欄に書いてあった。俺は数日いろいろ調べたが、世界各国で行方不明になっている子供が増えているそうだ。戦争孤児やストリートチルドレンはもとより、ダイズニーランドなどの遊園施設でも行方不明になる子供が多いそうだ。
ハメリカで遊園地職員が逮捕されて分かった事は、陰にマフィアが介在していて組織的な取引が日常的に行われているそうだ。まさにブラックビックビジネスで大金が動いている。そしてこれも辿っていくとフリーメゾンの存在が見えてくるらしい」

エドワードは次の動画を見せてくれた。その動画は、戦乱中の国の5~6歳の少女が連れ去られ、手術室で麻酔をかけられベッドに寝かされる映像や、胸部が開いた子供の体を無造作に袋詰めする手術着姿の男の、隠しカメラで撮られたらしい映像だった。西田は思わず顔を背けた。
エドワードはまた「C国の臓器摘出販売の動画もある」と入力してから、その動画も見せてくれた。
この動画も衝撃的だった。生きたまま冷凍庫に入れられた人の映像や、胸部や腹部が開いた死体置き場の映像など、日本では観覧禁止放映禁止になるような動画だった。
しかし、このような本物の動画が存在すると言う事は、本当にそのようなことが起きていると言う事だ。そしてこのような事には大金が動く。つまり、人を殺して大金を得ている人間が居るということだ。

西田は胃がむかむかしてきた。しかしそれ以上に激しい憤りがこみ上げてきた。
西田は荒々しく「子供を殺して、人を殺して金儲けをしている奴らが居るのか」と入力した。
エドワードも厳しい表情で返信入力した「その通りだ、ビックビジネスだ。しかし奴らには罪悪感はない。
奴らにとっては他人は家畜と同じなんだ。奴らは、人ではなく家畜を殺していると言う感覚だ。だから家畜である人間を殺すのに罪悪感など持たない。まさに悪魔だ。
33階級者もこのような人間だとしたら、儀式の生贄に生きた子供を使うのも十分にあり得る事だろう」

西田はしばらく考えた後で入力した「このような奴らを放っておくのか」
エドワードもしばらく考えてから入力した「俺に何ができる、、、お前なら、どうする」
しばらく二人の沈黙が続いた後で西田は入力した。
「8年前、日本は大地震と大津波で15893人が亡くなったが、これも奴らによる人工地震で引き起こされた。
人工地震だと言うことは人災だ、人殺しと同じなんだ。何の罪もない15893人が殺されたんだ。
そのことを訴えようとしていた日本人弁護士も殺された。
俺の妻は、33階級者の盗まれたマイクロチップに関連したために、33階級者の差し向けた殺し屋に殺された。俺は33階級者を殺したい。33階級者だけでなく、奴ら全員も殺したい。こんな、人間を家畜扱いして殺すような奴らは皆殺しにしたい」

「日本の大地震と大津波の事は、拾った新聞で読んだ記憶があるが、それも奴らがやった事だったのか、、、まあ奴らならやっても不思議はないだろう。人を殺すことに罪悪感もない悪魔たちだ。俺だって殺意が湧いてくる。だが、どうやって奴らを殺す。奴らは大金持ちで、ボディガードをいっぱい雇っている。
33階級者の屋敷にしたって、警備員が24時間警備しているし、訓練されたドーベルマンが何十頭も放し飼いされているそうだ。」
「、、、今は良い考えが思いつかない。だが考え続けていればその内、妙案が浮かんでくるだろう。否、必ず良い方法を見つけてみせる。貴方も考えてくれないか」

その後、二人はネットを使っていろいろな事を調べた。奴らの歴史や勢力拡大の方法、金を使っての大国首脳の操り、そして大国首脳による他国支配の実態等、奴らに関する事は調べられること全て調べ尽くした。その結果二人は、奴らは現在既に地球全体を覆いつくすほど勢力を広げていて、奴らの支配が及んでいない所を探す方が難しいくらいだと言う事を思い知らされた。
西田とエドワードは、そんな巨大な勢力を有している奴らに、たった二人で立ち向かおうとしている、、、
正気の沙汰ではない。正に、巨象と蟻だった。近づいて行くのを知られただけで踏み潰されてしまう。
巨象に気づかれないで足指の間に入り込む、、、奴らに気づかれないで、奴らの弱点を攻める。そのためにはどうすれば良いか。先ずは、奴らの弱点とは何かを知らなければならない。
奴らの弱点、、、そんなものがあるのだろうか、、、

実は、弱点は有るにはあるのだ。それは、過去から現在に至るまでの、奴らが行った数々の悪事を世界中の人びとに知らせる事だ。
東日本大震災が奴らによる人工地震で引き起こされ15893人が殺させたと言う事や、911ハメリカ同時多発テロ事件も奴らの仕業だし、嘘をでっち上げてフセイン大統領を殺しイラクを破滅させ石油利権を奪い取った事も、無実のカダフィ大佐を殺してリビアを攻めたのも奴らの策略だった事も、「ナチスによるユダヤ人大虐殺」と言う大噓を世界に広めたのも、奴らの仕業だと世界中の人びとに知らせれば、そして世界中の人びとが奴らに騙されていた事に気づき、奴らを糾弾し、奴らの住居等を取り囲んで暴動を起こせば、あるいは奴らを滅ぼせるかも知れない。
それに気づいた西田は(そうだ、日本国内ではできないが、ここからならできる。とにかく、できる事から始めよう)と考え、その日からネット配信を始めた。エドワードに英訳してもらって、全世界に向けて、、、。

ネット配信を始めて1時間もすると、返信やコメントが寄せられてきた。エドワードは、律義に一つづつ読んで返信していたが、すぐに読み切れなくなった。
エドワードは「00について御知りになりたい方は00をご覧ください」という風にして、奴らの悪事に関する資料の題名等を知らせた。子供の誘拐や臓器摘出販売の動画等も、どんどん拡散配信した。
コメントの中には「でたらめを言うな」「嘘を広めると刑事告発するぞ」と言ったものもあったが、そのようなコメントには十分過ぎるほどの真実の資料を返信した。
資料についての質問や反論への回答などで、西田と二人で、いろいろ調べていた事が非常に役に立った。

1週間ほど経ってから、コメントの中に脅迫まがいの内容が見受けられるようになり、中には「お前の居場所を特定した。配信を今すぐ止めなければ不幸な結果になる」と記された上に、家の地区名までも記されていた。西田は、すぐにエドワードと旅に出た。そして旅行しながら配信を続けた。
二人は、イギリスだけにとどまらずフランスに渡り、ヨーロッパの旅行を兼ねて移動しながら配信した。
奴らがいかに強力な情報網を持っていても、配信した後すぐに移動されては居場所を特定する事はできなかった。

ドイツに入ると西田は「ホロコーストは奴らが広めた大噓だ」と題した英文コラムを資料と共に配信した。
「ナチスは毒ガスでユダヤ人を殺してなどいない。博物館のガス室は戦後に作られた偽物だ。ドイツ国民は奴ら偽ユダヤ人に騙されているのだ」と言う内容は大反響を起こした。
西田はすかさず「奴ら偽ユダヤ人の大罪」と言うコラムと、奴らの悪事を記した膨大な資料を配信した。
当然「どなたかドイツ語に翻訳してください」とも記していたので、数日後には同じ内容のドイツ語資料がドイツネット界に広まった。
西田は付け加えて「移民受け入れも奴らによる国家破滅政策」と題したコラムを配信した。これもまた今現在、移民を受け入れたために数々の弊害で苦しんでいるドイツ国民の心に響き、移民政策を決めた、奴らの手下の国会議員に対するデモが始まった。
西田は「奴らの手下の国会議員を糾弾しても成果は小さい。我々が本当に糾弾するべき相手は奴らだ」と、奴らの悪事の手口を分かり易く説明した資料と共に配信した。
その結果デモは更に広まり、ドイツを本拠地とする奴らの一派の邸宅を取り囲んだ。

西田とエドワードはドイツを出てフランスに入った。フランスも移民による弊害が高まっていた。
西田は「フランスの移民問題と奴らの暗躍」と題したコラムと資料を配信した。
それから数日後にはイタリアから配信した。その後ハメリカニュースヨークに渡った。
ニュースヨークでは「東日本大震災は、この国による人工地震によって引き起こされた人災だ。つまり、人殺しだ。亡くなられた15893人の方々は殺されたのだ。これはハメリカによる日本国民大虐殺だ。ハメリカは人殺し国家だ。ハメリカ国民に正義があるなら、国を糾弾し真実を解明するべきだ」と過激な内容のコラムと人工地震に関する資料を配信した。

ニュースヨークでは数ヶ月前にも、東日本大震災についての同じような内容の配信があり、一時デモまで起きたが、発信元の日本人女性が病気になり配信が途絶えると自然消滅していた。
だが今回はニュースヨーク市内から配信され、しかも東日本大震災の件だけでなく、奴らの悪事についても詳しく英文で配信されていた。
ハメリカ人は、東日本大震災の件にも関心を示したが、それ以上に、通貨発行権を奴らに奪われているせいで、ハメリカ国民が得るべき利潤が奴らに収奪されていると言う事に関心を示した。
この事を分かり易く説明した資料を読んだハメリカ国民の多くが、ハメリカを操っている奴らの存在に気づき、奴らを糾弾するデモが始まった。
そのデモが大きくなる前に、西田とエドワードはロンドンに帰って来た。そして、その後の経過を見るために配信をしばらく中止した。

家の中で久しぶりに寛いだエドワードが西田に言った。
「TOMOKAZUのやり方はまるでネットゲリラだな。と言うよりも忍者のようだ。正に神出鬼没だ」
いつの間にか英会話が上達していた西田は、エドワードの言う事が聞き取れて微笑んで言った。
「全て貴方のおかげでです。貴方が英訳してくれなかったら、ここまでできなかった。」
「いやTOMOKAZUの名文のせいだよ、俺ではあんな文章は思いつかない、、、で、これからどうする」

「ネット配信の方はしばらく止めて様子を見ましょう。これから考えたい事は、奴らの第2の本拠地デスラエルをどうするかです。デスラエルは偽ユダヤ人がパレス人から土地を奪って作り上げた国です。そして国民の多くが奴らの手下です。
東日本大震災の時、壊れるはずがない福一原発を破壊したのがデスラエル国の安全管理会社だったのです。奴らはデスラエルに居ながら遠隔操作で福一原発を爆発させた。
地震や津波を起こすために海底で爆破させた核爆発の放射能を隠匿させるためと言う理由だけで、、、
決して許す事のできない国と国民ですデスラエルは、、、」

「そんな事があったのか、、、
ドイツではナチスによる600万人のユダヤ人虐殺などという大噓を広め、今では、そのことを再検証するだけで罰せられるという法律まで作っている、、、法律を作ってまでして自分たちの嘘を隠そうとする。そして日本では真実を隠すために原発まで破壊した。
そのせいで、どれほど多くの人が苦しめられ、どれほど多くの無駄金を使わされるか、、、
そんな他人の事など一顧だにしない偽ユダヤ人、、、
まあ、自分たち以外は家畜と見なす奴らなら無理からぬ事か。だが、そんな奴らこそ人間ではないのだ、正に悪魔だ。奴らこそ悪魔だ。そんな悪魔に手加減無用だ、TOMOKAZU徹底的に攻めるべきだ」
二人は翌朝から「デスラエル国の悪魔的犯罪」と言う題名で英文を作り上げ、それに関する資料を準備し始めた。

デスラエルのガザ地区の空爆についての動画を見ていたエドワードは、涙を流しながら怒鳴った。
「悪魔め!こんなに小さい子を、、、檻に入れてなぶり殺しにしているのと同じだ、、、白リン弾まで使うとは」
西田が驚いて近寄り、動画を見て顔をしかめた。
動画には、 白リン弾で全身焼けただれた子供の死体が映し出されていた。
(高い塀で囲まれ逃げようのないガザ地区のパレス人の子供たちに 白リン弾を使うとは、、、人間のする事ではない、、、
東京大空襲の時、外側から円を描くように爆弾を落としていき、逃げ場を無くして皆殺しにしょうとしたアメリカ軍と同じだ、、、日本軍はアメリカ軍を鬼畜と言ったが、正に鬼畜、、、そしてデスラエル人も全く同じだ)

数日後、出来上がった英文と資料をメモリースティックに保存し、意気揚々とデスラエルに飛ぼうとしたが、念のためデスラエルについて調べて愕然とした。空港での出入国検査が非常に厳しいのだ。
もし、メモリースティックを調べられたら厄介な事になる。
二人はデスラエル入国を断念し、隣国ヨーダン入国、死海湖畔のホテルから、コラム題名にヘブライ文字「פשעים דמוניים בישראל」を付けて配信した。すぐに英文での返信が届きだした。
資料内に、ガザ地区への白リン弾使用で焼けただれた人々の写真や動画も含まれてあり、デスラエル軍の犯行と断定されていたが、その事実を知らされていなかったデスラエル国民から、驚きと自国軍の蛮行に対する批判が多く記されていた。まあ、二人には予想されていた事だったが。

いつもの通り、配信した後ホテルをチェックアウトしょうとした時、エドワードが白人旅行者から、陸路でヨーダンからデスラエルへ入国できると聞き、急きょ予定を変えた。
念のためPCやメモリースティックをホテルのセーフティボックスに預け、普通の観光客に扮して乗り合いバスに乗った。
国境のキングフセイン橋までは数十分だった。ヨーダンの出国審査はまるっきり問題なく、橋を通る専用のバスでデスラエル側に渡り、心配していた入国審査も質問項目が多くてウンザリはしたが無事入国できた。
二人は他の旅行者と一緒にジエルサレムに行き、嘆きの壁近くのホテルに入った。

西田がデスラエルに入国したかったのは、ネット配信後のデスラエル国民の様子を見たかった事と、ネットで知った女性兵士に会いたかったからだった。
女性兵士は、日本人の父とデスラエル人の母を持ち、21歳の二重国籍者だったが、18歳以上は男女とも兵役があるので兵士となっていた。
彼女のインタビューの中に「国を守るために戦う」と言う発言があり、それを聞いた西田は(この女性はデスラエルの本当の歴史を知っているのだろうか)と思い、会って話をしてみたくなったのだ。

運良く、休暇でジエルサレム滞在中の彼女に会うことができた。
彼女はソロモリンと言い、日本語も少し話せたが会話は英語だった。
西田に、日本の事を熱心に聞いた後で「日本国中を旅行してみたい、でも住みたいとは思いません。私の母国はデスラエルです」ときっぱりと言った。
西田はそれを聞いてわずかな違和感を覚えた。
(社会主義国で政府に洗脳され、自国が最高の国だと思い込んでいる人ならともかく、デスラエル国なら自由に日本の事を調べられ、日本の方が良いと普通の人なら思うだろう、、、)

西田は聞いてみた「貴女はデスラエル建国の歴史を知っていますか」
「知っています、学校で習いました。ユダヤ人は2000年以上も前からこの地に住んでいました。しかし他国に支配され追い払わられ世界各地に逃げましたが、1948年ここに建国し帰って来ました」
「そのために、以前住んでいたパレス人を追い払ったりガザ地区に閉じ込めた」
「仕方ないですわ、この土地はもともとユダヤ人の土地ですもの」
(偽ユダヤ人が言う事か)と西田は不愉快になったが顔に出さず、話題を変えた。
「お父さんは日本人ですよね、今どうされているのですか」
「父はエンジニアでデスラエル各地で働いています。めったに家に帰ってきません。母はデルアビブに住んでいます。私は、ユダヤ人の母にユダヤ人として育てられました」

その後は世間話をして帰ってきた。
二人はホテルのテラスでコーヒーを飲みながらソロモリンについて話した。
「ソロモリンは『この土地はもともとユダヤ人の土地』だと言ったが、この国の人はみな同じような考えなのか」
「たぶんそうだろう、、、自分たちの祖先はユダヤ人ではないのに、そう思い込まされているんだ。この土地を奪い取るのに都合の良い口実をな。だが、奪い取られたパレス人はどうなる、高い塀に囲まれたガザ地区に押し込められ、他の地域でパレス人が戦闘を起こす度に空爆され、じわりじわり殺されていく、、、これではガザ地区の人びとは人質のようなものだ。いや実験動物とさえ言える。爆弾の威力を試すためのな」
「、、、74年前、広島長崎に落とされた2種類の原爆も同じだ、日本国民は実験動物にされた」
「奴らは基本的に同じ考えなんだろう。自分や自分の仲間以外はみな家畜もしくは奴隷、殺そうとどうしょうと自分たちの勝手だと。自分たちは神に選ばれた特別な民族だと思い込んでいるんだ。
このホテルのスタッフだって同じだ、客を見下した応対をする。全く不愉快な国だ、長居するべきではない」
西田も同感だったが、もう少しこの国の奴らを観察しておきたかった。

翌日、西田は一人で街を歩いた。石でできた道、石でできた壁、石だらけ、、、
(こんな所に住んでいると、心まで固くなりそうだ、、、そうか、この街の人たちから感じる無味乾燥的な雰囲気は、石だらけと言う環境から生まれたのかも知れない、、、日本人の俺には到底なじめそうにないが)
西田は、1時間も歩かないでホテルに帰ってきた。そしてエドワードに、その日のうちにヨーダンの死海湖畔のホテルに帰ろうと言った。エドワードも賛同した。
夕方には湖畔のホテルに着いて、二人は何故か心が和んだ。
シャワーを浴びてテラスに座って、死海の彼方に沈む夕日を眺めていると無性にビールを飲みたくなったが、イスラム教徒の国では無理だ、早くロンドンに帰ろうと思っていると、エドワードがニコニコしながら大きな紙袋を持ってきた。

紙袋の中を覗いて西田も笑った。
ビールと氷とグラス、それにつまみのチーズやフライドチキンまで入っていた。
「どうしたんだ、これ」と西田が聞くと、エドワードはいたずらっ子のような顔をして言った。
「この国にだって酒飲みは居るし、ビール工場だってある。だが小さい紙袋にグラスを入れて他の人に分からないように飲んでくれ、とのホテルスタッフの御注意だ」
二人は、ロンドンに帰る前に酔っぱらった。だが、翌日の夕方にはロンドンの家でまたビールを飲んでいた。

その翌日二人は、デスラエル向けに配信したコラムのコメント等を読んでみた。
「貴殿のコラムによって私は、2000年前のユダヤ人は白人ではなかった事を始めて知った。では、白人はいつからユダヤ教徒になったのか?。私は、自分のルーツを調べたくなった。貴殿のコラムに感謝する」
と言うコメントもあったが、「白人のユダヤ教徒であったとしても、この土地は、神との契約でユダヤ教徒に与えられた土地であり我々は住む権利がある。パレス人は出ていくべきなのだ」と言う内容や「アメリカ人も、もともとはインディアンの土地だったのを武力占領して住み着いた。デスラエルのユダヤ教徒を非難するならアメリカ人も非難するべきだ」と追求逸らし風なコメントもあった。
結局、白リン弾使用についてデスラエル軍を非難するコメントはあっても、もともとパレス人の土地だったのを奪い取った事について不当だと認めた内容のコメントはなかった。

エドワードが吐き捨てるように言った「しょせんこんなものさ、奴らは自分たちの非は決して認めない。
武力で奪い取った事を悪だと思わないんだ、、、まあ、それを言ったらイギリス人も同じかも知れないがね。だが俺は大英博物館の宝物は全て元の所有国に返すべきだと思っている」
「奴らは本当に『神との契約でユダヤ教徒に与えられた土地』だと思っているのだろうか」
「それを疑えば、あの土地を奪い取った理由がなくなるから、誰もその事に触れようとしない、、、卑怯者だ」
「分かった、次のコラムは『神との契約でユダヤ教徒に与えられた土地だ、と言う証拠を示せないデスラエルのユダヤ教徒は卑怯者だ』と言う内容にする」
「アハハ、良いだろう、存分にやれ。だが、奴らの最大の本拠地があるこのイギリスでは、まだ何もしないのかい」
「、、、ずっと考え続けているが、まだ良い方法を思いつかないんだ」


そのころ薄雲は、西田から連絡がない事を懸念していた。
(到着名簿からロンドンに着いたことは分かっているが、その後2ヶ月なんの連絡もない。こちらから電話しても通じないし、影の総理から紹介された川島早苗にも連絡できない。いったいどういう事だ、、、まさか西田は消された、、、としたら誰に、、、奴らに気づかれて、、、やはり影の総理に御聞きするべきか)
薄雲は影の総理に電話した。
「御老人、ご無沙汰しております。お変わりありませんか」
「おお、薄雲殿か、それがしは元気じゃが、そちらはどうじゃ」
「つつがなく暮らしております」
「そうか、それは何よりじゃ。ところで何用かの、選挙が近いが軍資金の無心かの」

「いえ、無心ではありません。あの西田の事が気になりまして、もう2ヶ月も連絡がありませんもので、、、」
「おお、西田殿の事か、なに2ヶ月も便りがないと、、、う~む、あの律儀な西田殿が、、、分かった、こちらで調べてみよう」
「お願い致します」
電話が切れると老人は、悲哀に満ちた表情で庭木を見つめた。
(消すには惜しい男じゃった、、、じゃが、いま奴らと事を起こす訳にはいかんかったのじゃ、、許せ西田殿)
その時、襖の向こうから早苗の声が聞こえた「御前の御呼びです」
老人はすぐに表情を変え、薄暗い廊下を歩いて行った。

それから1週間経ったが影の総理からの連絡はなかった。
(何かを御尋ねすれば、いつも翌日には返事をいただける、それが今回は既に1週間、、、西田は消されたのか、、、まさか影の総理に、、、まさか、、、だが、あり得る、、、もし、ワシの推理通りなら、西田の事は忘れた方が良いか、、、)
薄雲は腕組みをほどき、眼鏡をかけていつものように新聞を読み始めた。その新聞の大見出しには「ヨーロッパに続きハメリカでもデモ、富裕層への不満爆発か」と書かれていた。


火というものは不思議なものだ。最初はマッチ1本の小さな火でも、燃える材料さえあればたちまち大火事になってしまう。そして小さな火は消せても、大火事になるとなかなか消せない。
ヨーロッパ特にドイツで、奴らによる「ナチスのユダヤ人大虐殺」の大噓が暴かれ、同時に奴らによって仕組まれた移民政策による弊害があらわになると、数日のうちに大デモになった。そしてそのデモはすぐに近隣諸国に飛び火しヨーロッパ全域を覆い尽くしそうな状況になった。
数日遅れてハメリカでも、自国の通貨発行権が奴らの手にあると言う信じがたい現実に気づいた国民がデモを起こし、すぐに全土に広がった。
各国首脳は緊急会議を開いて対策を議論した。当然その状況は奴らの耳にも達した。そして奴らの上層部もまた緊急会議を開いた、一番大きな本拠地のあるロンドンで。


テレビニュースを見ていたエドワードが西田を呼んで言った。
「TOMOKAZU、これ見てみろ。奴らの親玉ロスマイルド家に高級車がひっきりなしに入っていってる。車に乗っているのは各国の、奴らのボスだそうだ、、、奴ら、何をする気だろう」
西田は、食い入るようにテレビニュースを見ながら考えた。
(世界中から奴らの幹部が集まってきている、、、奴らを叩き潰すには最大のチャンスだが、、、俺一人で何ができるか、、、俺に核爆弾があればな、大豪邸ごと吹っ飛ばせば人類のためになるだろうに、、、
2~3日で奴ら幹部は帰っていくだろう、、、それまでに何かできないか、せめて幹部一人だけでも拉致できれば、いろいろ聞き出せるだろう)西田は考え続けた。

(奴らの一人を拉致するにしても、幹部一人に5~6人のボディガード、ボディガードは恐らく銃を持っているだろう。そんな奴らを俺とエドワードでどうやって拉致するか、、、
まてよ、、、ボディガードが多い、、、人が多い、、、人が多いとパニックも起きやすい、、、)
西田はグーグルマップでロスマイルド家周辺の地形や道路状況を調べてみた。
ロンドンの北40キロほどの所にロスマイルド家はあった。ほぼ円形の周囲5~6キロほどの森の中に大邸宅があり、森の外側は高い塀で囲まれていた。緊急出入口が他にもあると思うがマップで見る限りでは、邸宅から南に伸びた一本道の先に大きな門があるだけだった。
通常はここから出入しているらしく、ストリートビューの動画とテレビニュースの動画の背景が同じだった。

(金持ちの奴らのことだ、地下に核シェルターや地下道もあるだろう。だが多くの車が門に向かっている時に門が開かなかったら、、、連なっている車は立ち往生、歩いて邸宅に引き返す人がいても、多くの人は車内に閉じこもっている。ボディガードを追い払って、幹部一人だけの車を奪えたら、、、とは言え俺が潜入する事さえできないだろう、、、となると門を出た後か、、、門から幹線道路までの4~5キロは田園地帯の中の狭い1本道、ところどころ大きな街路樹があるな、待ち伏せには好都合だが、、、
なんにしても、やるとしたら武器が要る。スタンガンや麻酔銃は数日で手に入るだろうか)
西田はエドワードに聞いてみた。するとエドワードは西田に、拉致するためのおおよその計画を聞いた。
西田は、田園地帯の中の狭い1本道で邸宅から出てくるのを待ち伏せして、ボディガードを倒した後、奴らの車を奪って逃走する計画を話した。エドワードは、しばらく考えてから言った。

「計画の条件として、夜間で通行車両が1台だけの時で、車内に要人1人とボディガード3人が乗っていたと仮定して考えてみよう。先ず、走っている車をどうやって止めるか、それからボディガード全員をどうやって車外におびき出すのか」
「街路樹を道路を塞ぐように倒す。まあ大き目の枝でも良い。すると当然運転手が出てきて木をどける。その時、街路樹の陰から麻酔銃で眠らせる。運転手が眠れば他のボディガードが出てくるだろう。その時、他のボディガードも」
「ダメだなそれでは。麻酔はすぐには効かない。眠くなる前に運転席に逃げ込むだろう。そして車内で麻酔針を見つければ、奴らはすぐ引き返すか応援を呼ぶだろう。麻酔銃ではダメだ」

西田が言葉を失って考え込んでいると、エドワードは付け加えるように言った。
「襲う時は短時間で終わらせないといけない。麻酔銃はダメだ。やるからには1発で仕留められる拳銃の方が良いだろう。それと、全員が車外に出ざるを得ないようにする方法を考えた方が良い。車外に出たところを陰から狙い撃ちにすれば5~6人を倒すことも可能だろう、、、催涙ガス弾でも打ち込むか、だが、防弾ガラスだとガス弾で車窓を突き抜けれるかどうか」
「、、、それなら警察官のふりをして車を止めさせ、窓を開けた時に催涙ガスを噴射させるか」
「ふむ、それでも良いが、反射神経の良い奴だったら銃撃するかも知れない、防弾チョッキ着用だな。それと銃は消音器付き、、、手に入るかどうか、、、まあ、必要な物すべて書き出してみてくれ」

西田が、結束バンドや目隠しまで細かく書き出すと、エドワードはひと通り目を通してから懐かし気に言った。
「昔を思い出すな」
西田が怪訝そうな顔でエドワードを見ると「俺は銀行マンになる前は軍の資材部に居たのだ。伝票通りに武器や弾薬を準備する。簡単そうに思えるだろうが大変な仕事だった、、、そのつてで、これだけ集められるかな、もう30年以上も前の事だからな、まあ、やってみよう」
それからエドワードは何時間もほうぼうへ電話をかけていたが、外が暗くなってから済まなさそうに言った。
「他の物は明日の夕方受け取れるが、銃と弾薬は4~5日さきになるそうだ」
西田はちょっと考えて言った「よくよく考えたら、催涙ガスを使い強力なスタンガンで仕留められるなら銃は要らない。ボディガードの銃を奪うことも可能だろうしな。だが、催涙ガスとスタンガンは強力なのが良い」
「それは大丈夫だ、軍の戦闘用の本物を使う」

翌朝二人は、レンタカーで下見に行った。田舎者風の出で立ちで「お上りさん」を装って。
幹線道路から一本道に入る角で警察官が検問をしていた。左折しょうとして警察官に止められた。
「一般車両通行止めです」
助手席のエドワードが窓を開けながら驚いた顔で言った「何事じゃい、ワシゃ小麦の出来具合を見に来たんじゃ」
「今日はダメです、明日にしてください」
「嫌じゃ、ワシは今日見て、今日のうちに田舎へ帰らねばならんのじゃ。そこどけ」
その時、警察官の一人が車のナンバープレートを見て聞いた「おじいさん、田舎はどこですか」
「うっ、」エドワードは目を白黒させながら西田を見た。
西田は笑いながら幹線道路を走らせ、カーブした所に車を停めて、双眼鏡で一本道を観察した。

一本道には500メートルごとくらいに警察官が立っていた。つまり今も重要人物が出入しているが、明日にはなくなる?、、、
(今日みな帰っていくのだろうか、、、一泊二日、慌ただしいな、まあ忙しい連中だろうからあり得るか、、、
スタンガンなどの武器は今日の夕方か、、、武器をそろえて出直しだ)二人は家に帰った。
しかし武器類は届かなかった、手違いで明日になると言う。西田は地団駄を踏んで悔しがった。
仕方なく二人は、暗くなってから幹線道路に行き、虚しく一本道を眺めた。闇の中をヘッドライトの明かりが何度も通り過ぎて行った。西田は、自分の不運を嘆いた。だが、不運ではなく幸運だったと後日気づくことになるのだが、、、

翌日の昼ころ武器類全て届いた。二人は複雑な表情で点検した。1時間も経たないうちに準備ができた。全てが入っているリュックサックを背負ってみて西田は苦笑した。
エドワードは西田をなだめるように言った「今夜決行だ、、、1日遅れて帰る者だって必ず居ると信じよう」
二人は、夜に備えて休息した。
夕方、少し早めに食事した後、防弾チョッキの上から、いろいろな装備品の入ったチョッキを着てその上に警察官の制服を着た。
二人は、外が真っ暗になってからレンタカーで出かけた。
一本道入口を通り過ぎ2キロほど先の小さな空き地にレンタカーを停め、そこからリュックサックを背負って歩いて一本道に入った。一本道がカーブして幹線道路から見えない所の街路樹の陰に二人は身を潜めた。


それから1時間ほど経つと、幸運なことに邸宅から出てくるヘッドライトの明かりが見えた。しかも好都合なことに1台だけのようだ。二人は決行する事にして水中メガネを付けた。
西田は一人で街路樹の幹線道路側20メートル辺りに立ち、交通誘導用のライトを点け停車の合図をした。
車は街路樹を過ぎて停車した。エドワードがすぐに車の後ろに忍び込んだ。西田はそれを認知すると運転席の窓を叩いた。
運転手が怪訝な顔で窓を開けた直後、西田は息を止め催涙ガススプレーを噴射した。
運転手や助手席の男は、顔面にもろに催涙ガスを浴びてもだえ苦しみ、後部座席の男女も激しく咳き込んだ。西田はすかさず運転手と助手席の男をスタンガンで気を失わせ、エドワードは後部座席のドアを開けて男女にスタンガンを当てた。
西田は、運転手と男を車外に出し、結束バンドで手足を縛って路肩に寝かせた。それから4方のドアを開け、上着で扇いで催涙ガスを希釈させ、後部座席の男女をライトで照らして見た。
エドワードは女性を縛った後、男性も縛ろうとして驚きの声を発した。男には両腕がなかった。

エドワードが、男性を女性側に押しやり後部座席に乗ると、西田は窓を全開にして車を走らせた。
数分後レンタカー横に車を止め、男女をレンタカー後部座席に移した。それから車内に遺留品がないかチェックし、窓を閉めドアをロックしてキィーを茂みの中に放り投げた。
レンタカーに乗り込むと後部座席のエドワードが低い声で一言言った「完璧だ」
西田はレンタカーを走らせ、かねて見つけていた森の中の廃家に入った。エドワードと二人で男女を家内に運び入れると、レンタカーを外部から見えないように隠した。
家内に入っていくと、エドワードがペンライトを口にくわえて男女に目隠しをしていたが、終えると親指を立て顔をほころばせた。西田は頷き、リュックサックからペットボトルを取り出し1本をエドワードに、1本を自分でふたを開け乾杯して飲んだ。人生で一番うまい水だった。

しばらく経って女性が先に気づき、体をもぞもぞさせ「ここは、、、どこ」と英語で言った。
西田が抱き起そうと肩に触れると「誰!」と大声をあげた。西田は構わず抱き起して壁にもたせ掛けて座らせてから低い声で言った。
「質問に答えてくれたら危害を加えるつもりはない、、、名前は?。ロスマイルド家で何をしている」
「シルル、通訳兼メイド」
「通訳、日本語はできるか」
「はい、他に8か国語できます。それでロベルト様にスカウトされました」
西田は試しに日本語で聞いた「お生まれはどちらですか」
シルルはすぐに日本語で答えた「スイスのベルンです、、、貴方は日本人ですか、何故このような事を」

それからは日本語での会話になった。
「俺は、ロスマイルド家に恨みを持つ人間だ。これは復讐だ。だが、貴女がロスマイルド家と関係ないなら開放しても良い。しかし今夜の事は秘密にしてもらいたい」
「ロスマイルド家への復讐、、、何があったのですか」
「ロスマイルド家の一味が雇った殺し屋に妻を犯され殺された。だが、復讐の理由は他にもある。8年前、日本で大地震と大津波で多くの人が亡くなったが、それはロスマイルド家率いる金持ち集団が人工地震で引き起こしたものだ。俺は、個人的な復讐と合わせて、人工地震で殺された方々の仇を討ちたい。ロスマイルド家や金持ち集団を滅ぼしたいんだ」

「、、、」
シルルは何も言わなかった。何と言って良いか分からないようだった。その時、動物の唸り声のような奇声が廃家内に響いた。エドワードがペンライトで照らすと、男が上半身を起こして何かわめいていた。
すぐにシルルが声をかけた。すると男は静かになった。
シルルが西田に言った。
「私に彼の顔を見せてください。彼は耳は聞こえますが話せません。私はまだ、彼の表情を見ながらでないと彼の言いたい事を理解できません」
「どういう事だ」
「彼は身体障害者で、うまく言葉を発音できません。でも知能指数はものすごく高いです。顔の表情や口の動かし方で意思を伝えます。私は8年かけてやっと彼の意思を理解できるようになりました。彼は今、緊急に伝えたい事があるようです。すぐに彼の顔を見せてください」

しかし顔を見られたくない西田とエドワードは、仕方なくビニール袋に目と口の所をくりぬいて被った。それからシルルと男の目隠しを外して、男の顔をペンライトで照らした。
シルルが何か言うと、男は奇声を上げながら顔の表情を変化させた。シルルは注視した後、西田に言った。
「おしっこをしたいそうです。トイレに連れていってさせてください。私を自由にしてくだされば私がお世話しますが、無理でしょう」
仕方なく西田は男を背負い、ペンライトで照らしながら外に出て、塀の脇に立たせズボンのジッパーを下げてやった。後ろから支えたまま男の体を傾け、臭い水がズボンにかからないようにした。
西田が「終わったか」と英語で聞くと、男は頷いた。こちらの言う事は全て解るようだ。

家内に入ると、シルルの横に男を座らせペンライトで顔を照らした。男はすぐに奇声をあげた。
シルルが言った「貴方の望みは何ですか、金ですか、と聞いています」
「俺に質問する前に、お前を何と呼べば良いか言え」
シルルが、西田の日本語を英語に訳して伝えると、男はまた奇声をあげた。
「私は、バーナード、ロスマイルド三世、heirと呼べば良いと言ってます」
「なに、バーナード、ロスマイルド三世、、、HEIR、、、」
ビニール袋を被っているので西田の表情は分からなかったが、声だけでも西田の驚愕が伝わってきた。

バーナードが奇声を発しシルルが日本語に訳して言った。
「貴方は、私がバーナード、ロスマイルド三世だと知っていて誘拐したのではないのか。
催涙スプレーやスタンガンを使った鮮やかな誘拐手口など、モサドの手口に似ているが、デスラエルの手の者か、それともハメリカ、ロットフェラーか?。
解せぬのは日本語を使う事だ、日本人の雇われ特殊部隊員か」
西田は驚愕が治まっていなかったが、猛然と閃くものがあった。少し考えた後で言った。
「俺がロットフェラーの者で、お前を人質にしてロスマイルド家を破滅させようと企てていたとしたらどうする」
「できもしない事を企ても無駄だろう」
「どうかな、ハメリカのドローン技術とデスラエルの情報収集力が手を組んだら不可能ではないだろう」

西田の言わんとする事を理解したと見え、バーナードは沈黙し考え込んでいるようだった。
その間も西田は、バーナードが勘違いしている事を利用して、ロスマイルド家とロットフェラー家そしてデスラエルを戦わせて共倒れにできないかと考えていた。今までに調べて身につけていたロスマイルド家ロットフェラー家や奴らについての知識を総動員して考えた。そして妙案が浮かんだ。
「お前の体内にもマイクロチップと発信器が埋め込まれているのだろう。そろそろ仲間が来るころではないのか、、、1キロ以内に近づけば面白いショーが始まる。だがそうなった場合、ヨーロッパやハメリカでデモが起きている現状でロスマイルド家に対する反感が増すのではないか、、、俺には、どうでも良い事だが」
バーナードが奇声を発しシルルが言った「私のポケットにある携帯で御支配様に電話して、しばらく誰もここへ近づけるなと伝えてくれ、その後、話し合おうと言ってます」

「御支配様だと、それは誰の事だ」
「ロベルト、ロスマイルド様です。バーナード様の祖父でありロスマイルド家の支配者です。
ポケットの電話は、御支配様とバーナード様つまり私とだけが直接お話しできる特別回線になっています。
電話を取り出して1を3回押してください」
西田が言われたようにすると、数秒後に低いが威厳のある声で「シルルか、今どこに居る」と聞こえた。
西田は電話をシルルの耳に押し当てた。静まり返っている室内では携帯電話の音声も充分に聞こえた。

「御支配様、バーナード様も御無事です。ここがどこだか分かりませんが、誰も近づけるなとバーナード様が申されています」
「どうしたのじゃ、電波の発信源は大きな森の中じゃが、道を間違えて迷い込んだのか。誰も近づけるなとはどういう事だ」
「拉致されました」
「なに!、誰がそのような謀反を、、、その下郎に代われ、直接話す」
西田は携帯電話をそのままにして言った「その下郎は英語があまりできないのでシルルを介してくれ、、、
1キロ以内に近づいたらデスラエル特殊部隊の餌食になる。盛大な花火大会が見たいなら構わないが」

西田の出まかせをシルルが伝えると、ロベルトは大声で言った。
「うぬっ、デスラエル特殊部隊だと、昨日握手しておいてもう破るのか。さては最初から企んでおったな。
許さん、許さんぞ下郎。この仕打ち、百倍にして返してやる」
西田は、おかしくて噴出しそうなのを我慢しながら言った「ならばどうする、ここへ攻めて来るかい」
その時、バーナードが奇声を発し、シルルが電話口で言った「ご自身の命に代えても話し合いで解決させますので、しばらく誰も近づかせないようお願いしますと、バーナード様が言われました」
「う、う、つ、命に代えても、じゃと、い、いかん、お前を死なせるわけにはいかん。息子が逝ってしもうた現在、ロスマイルド家の世継ぎはお前しかおらんのじゃ。お前まで逝ってしもうたらロスマイルド家は途絶えてしまう。下郎に言え、金はいくら欲しいんじゃ、いくらでもくれてやるから孫を世継ぎを助けてくれ。どうしてもダメならワシを殺せ。その代わり世継ぎは助けてくれ」

「老いぼれの命など要らん。両腕のないこの男の両足を、少しずつ切り刻んでやろう。お前たちが儀式で生贄にした子供たちの呪いを思い知るが良い」
バーナードが奇声を発したが、シルルが伝える前にロベルトのわめき声が響いた。しかし西田は無視して電話を切った。西田は、携帯電話の電源を切って自分のポケットに入れてから言った。
「これで当分、誰もここへは来ない、、、この男の両足切断を始めるか」
西田は立ち上がり、ペンライトでバーナードの足を照らしてから縛ってある足首を強く掴んだ。
バーナードは奇声とも悲鳴ともつかぬ声を上げた。その時、シルルが大声で言った。

「止めてください!。バーナード様に危害を加えないでください。バーナード様は不幸な御方です。これ以上バーナード様を不幸にしないでください。お願いします、お願いします」
西田は、そのシルルの声には切実な願いがこもっているように感じ、バーナードを庇う訳を知りたくなった。
「ふん、この男が不幸だと、世界一の金持ちの世継ぎがか、、、
両腕がない上に言葉も発せられないかも知れないが、望めば人殺しでもできる特権階級のこの男の何が不幸だというのだ。
自分たちの狂信的な宗教儀式のために生きている子供の腹に短剣を突き刺して殺す事さえできる、この男が不幸だと言うなら、生きたまま短剣を突き刺されて殺される子供たちはどうなるのだ。自分の仲間以外は家畜と同じだから、不幸だと思いやる必要はない、とでも考えているのか」

バーナードが低く奇声を発すると、シルルが西田の言った事を英訳して伝えた。数秒後バーナードが弱々しく奇声を発したのでペンライトで顔を照らしてやると、バーナードは涙を流しながら口を動かしていた。
それを見てシルルが低い声で言った。
「、、、自分を殺せ、、、せめて、苦しまないように一思いに殺してくれ、とバーナード様は言っています、、、でも、でも止めてください。お願いです、、、」
シルルの言葉を遮るようにバーナードの大きな奇声が響いた。シルルはバーナードの顔の表情を読み取ってから静かに言った。

「、、、バーナード様はこう言ってます、、、貴方の言う通り、ロスマイルド家は罪を犯したのです。その報いを受けなければいけません。自分がこのような身体で生まれた事も、そして貴方の手によって死ぬ事も、罪の報いです。自分が死ぬ事により、ゲルマニーに続きイギリスロスマイルド家が途絶える事になるのも報いです。自分はいさぎよく報いを受けます」
再びバーナードの奇声が始まったが、すぐにシルルの大声に遮られた。
「違います、バーナード様、それは違います、、、確かに、バーナード様の所に連れて来られた最初の1~2年は苦痛でした。毎日毎日辛くて自殺を考えた時もありました。でもその後、私はバーナード様が立派で優しい御方だと気づいたのです。そしていつしか私は、バーナード様にお仕えする事に喜びを感じるようになったのです。今の私は、バーナード様にお仕えして、少しも苦しいとは思いません。バーナード様がお望みでしたら私は、一生お仕えしたいと思っています。本当です、本心です、、、
バーナード様、死ぬ事を考えないでください。生きてください、、、バーナード様を御産みくださったオードリー様も懸命に生きられているじゃないですか、、、」
大声に続くシルルの話は英語だったが、西田は何とか聞き取れた。

西田は無言のまま、ボディガードから奪っていた拳銃を取り出し、ペンライトで照らして二人に見せた。
そしてゆっくり安全装置を外してバーナードに向けた。シルルの顔色が変わった。西田は構わず引き金を引いた。発砲音が闇夜に木霊し、バーナードの頭上の壁に穴が開いた。
「、、、その男はいま死んだ」と、西田は下手な英語で言って立ち上がった。
それから、ペンライトで照らしながら二人の結束バンドを切って立たせ、外に出ようとした。
今までずっと無言だったエドワードが不安げに聞いた「、、、良いのか」
西田はまた下手な英語で答えた「この二人は悪魔ではない」


4人が車に乗り込むと西田が発車させながら聞いた。
「ロスマイルド家の世継ぎともあろう人が、こんな夜更けにたった二人のボディガードを連れてどこへ行こうとしていたのだ」
シルルの英訳を聞いてバーナードが怪訝そうにシルルに伝え、シルルが言った。
「バーナード様の行動パターンを把握していて待ち伏せしていたのではないのですか?。
毎月この日はオードリー様に会いに行くのです。そして月を見ながら会話されるのです。
それがバーナード様の最大の楽しみなんです。だから鬱陶しいボディガードもできるだけ少なくして、、、」
「そこはどこなんだ、今からでも、そこへ行った方が良いのか、それともロスマイルド家に送った方が良いのか、、、そこへ行くなら道を教えろ」
シルルが道を教え、数十分後小さな民家の前で車を止めた。
バーナードとシルルが降りると、西田は無言のまま走り去った。


翌日の昼ころ目覚めた西田がキッチンに行くとエドワードがコーヒーを入れながら厳しい表情で言った。
「招待状が届いている」
手渡された招待状には「日本のサムライとエドワード。昨夜のお礼にささやかな晩餐会を催したい。7時に迎えに行く。是非ともお越し願う。ロベルト、ロスマイルド」と直筆でしたためられていた。
「こんなに早く、どうして分かったんだろう。ビニール袋を被っていたから顔はバレていないはずだが」とエドワードが不安を隠し切れない顔で言った。
「たぶんレンタカー屋を調べたんだろう。奴らにとってはこんな事、朝飯前だ」
「で、どうする、行くのか?」
「ああ、ここを知られた以上、逃げようがない。たぶん見張られているだろう」

夜7時、家の前に車が止まる音が聞こえて、西田とエドワードが出かけようとするとエドワードの携帯電話が鳴った。エドワードが電話のスイッチを入れると、威厳のあるロベルトの声が西田にも聞こえた。
「ロベルトだ、今家の前に来ているがデスラエル特殊部隊と市街戦をするつもりはない。部隊に発砲するなと伝えてくれ」
エドワードが噴出しそうな顔で西田を見たので、西田は指でOKを示した。
エドワードは部隊長のような横柄な口ぶりで一言言った「了解した」
電話を切った後、エドワードは噴出して言った「やれやれ、まだ特殊部隊員だと思っているようだぜ」

そんなエドワードが先に外に出て顔色を変えて西田を見た。何事かと外を見て西田も驚いた。
黒塗りの高級車2台を挟んで前後に2台ずつ大型軍用車両が停まっていて、数十人の兵士が辺りを警戒していた。さすがに西田も噴出した。
西田は捕虜のように両手を挙げて笑いながら先に歩きだした。
西田が高級車に近づくと、助手席から屈強な男が飛び出し後部ドアを開けた。すると先ずシルルが出て来て続いてよぼよぼの老人がゆっくりと出て来た。するとすぐ、黒ずくめの屈強な男4人が老人を取り囲んで周りを警戒した。西田はシルルに軽く会釈した後、老人に近づいて手を伸ばした。

老人は西田の手を握って言った。
「ワシがロベルト、ロスマイルドだ。日本のサムライよ、その方の名は何と言うのだ」
西田は英語で答えた「TOMOKAZU NISHIDA と申します。御支配様直々のお迎え、感謝いたします」
続いてエドワードも握手しながら挨拶した「エドワード、ロビンソンです。私はTOMOKAZUの付録です」
初対面の挨拶が終わると、ロベルト、シルル、西田と並んで後部座席前列に座り、エドワードは二人のボディガードに挟まれて後部座席後列に座った。3人が並んで座っても狭く感じない大型高級車だった。

皆が乗り込むとロベルトがシルルを介して西田に聞いた「予約済みのレストランはどこですか」
「いえ、どこも予約していません」
「なに、、、では行き先もワシに任せてくれると言うのか、、、」
「はい、この車に乗った以上、私は命を御支配様に御預けしております。煮るなり焼くなり御髄に」
「ううむ、さすがはサムライじゃ、見事な心意気、、、じゃがワシとてジェントルマンの端くれ、騎士道精神を備えておる。世継ぎの命の恩人に不埒な真似はせぬ。安心して過ごすが良い、、、
分かった、では我が家に参ろう。我が家で最高の礼をもって歓待する」
ロベルトは運転手や助手席の男にいろいろ指示した。車は音もなく、と形容できるほど静かに走りだした。

(これが高級車の乗り心地か)と初体験を楽しんでいるとシルルが言った。
「Mr,TOMOKAZUに聞きたい事がいっぱいあるが、自分は日本の礼儀を知らぬ。非礼があるかもしれぬが許されたい、と御支配様が申されています」
「わたくしめには身に余る御心使い、感謝します。どうぞ御遠慮なく何なりと御聞きくださ」
「うむ、、、では先ず、その方の所属部隊と階級を教えてくれ」
西田は噴出したいのを必死で抑えて言った「いえ、私はどこにも属していません、ただの探偵です」
シルルから英訳を聞くとロベルトは「な、に、」と言って目を見開いて西田を睨み付けた。そして数秒経って「ただの探偵だと、、、」と言って絶句した。

数十秒経って落ち着いたのかロベルトは矢継ぎ早に聞いた。
「ただの探偵が何故、我が世継ぎを誘拐した。そもそも、その方がロンドンに来た目的はなんだ。それよりデスラエル特殊部隊とはどんな関係なのだ。どうやって特殊部隊をロンドンに集結させた」
西田は小さく「ふっ、」と失笑してから話し始めた。

「私は特殊部隊とは全く関係ありません。バーナード殿が私の拉致手口がモサドに似ていると言われたので、とっさにデスラエル特殊部隊の一員を装う事を思いついたのです。そして、ロスマイルド家と特殊部隊やハメリカロットフェラー家と戦わせ、共倒れさせようと考えたのです。単なる思いつきです。
私がロンドンに来たのも一人ですし、ロンドンに来た目的は、フリーメゾン33階級者への復讐のためと、できる事なら、世界を陰で操るロスマイルド家を潰そうと思ったのです。
それでいろいろ調べているうちに、ロスマイルド家に多くの影の支配者が集まってきたので、とにかく誰でも良いから拉致して情報を得ようと思ったのです。しかしスタンガンなどの武器到着が1日遅れて落胆していたのですが、昨夜気を取り直して待ち伏せしているとバーナード殿が通りかかったのです。
まさかロスマイルド家の御世継ぎだとは思ってもみなかった事ですが、いま思い返せば何か運命的なものを感じます」

「ううむ、、、」シルルから英訳を聞いてロベルトは唸った。それからしばらく考えてから聞いた。
「フリーメゾン33階級者への復讐とは、何故だ、何があったのだ、、、いやその前にその方は、ロスマイルド家にも恨みがあるのか。
何故ロスマイルド家をデスラエル特殊部隊やロットフェラー家と戦わせ共倒れになるよう企てた。
しかも、その企てのためなら、世継ぎを殺し、その犯人を特殊部隊として我がロスマイルド家と戦わせる事もできたはずだが、何故そうしなかった、なぜ、世継ぎを殺さなかった」

今度は西田がしばらく考えてから話し始めた。
「お話しすると長くなりますが、この際なにもかも順を追ってお話ししましょう。
先ず、私が刑事だったころ、日本に居た33階級者の雇った殺し屋に妻を殺されました。私は、その恨みを晴らすため殺し屋と戦いましたが負けました。
しかし殺し屋は、33階級者によって体内に殺人用発信器チップを埋め込まれていて、翌日には殺されるが、どうせ殺されるなら、お前に殺されたいと言って私に拳銃をくれました。私はその拳銃で殺し屋を殺しましたが、その時殺し屋は、殺し屋の身うち全てが亡くなった東日本大震災が、ハメリカによる人工地震のせいだから、人工地震を起こした奴らに復讐してくれと言う遺言を私に託しました。

それで私は、人工地震を起こした奴らについて調べていくうちに、人類を陰から支配している集団の存在に気づいたのです。そしてその集団のトップが、失礼ですがロスマイルド家であり御支配様。
その御世継ぎ様を昨夜、幸運にも拉致できた、正に神が与えたもうた最高の機会、、、
御世継ぎ様を人質として、ロスマイルド家とデスラエル特殊部隊やロットフェラー家と戦わせ共倒れさせる事も可能だったかもしれません。
そして、そうしてロスマイルド家やロットフェラー家などの支配者層を倒せば、人類にとって一番良い事だと思いもしました、、、
しかし私は、御世継ぎ様とシルルさんを見ていて、そうすることができませんでした。
何故できなかったのか、私には分かりません。恐らく私は、世界一の愚か者なのでしょう」

西田の話をシルルから聞いたロベルトは、腕を組み目を閉じてしばらく考えてから言った。
「、、、凡夫よのう、、、人類のためと言う大志があるなら、そのようにするべきであったはず、、、
正に神が与えたもうた最高の機会を、その方は捨ててしもうたのじゃ、、、
愚かな事よ、そのような者では世界の頂点に立つことはできぬ。
世界の頂点に立ち、世界をけん引していく者は、大志のためなら、どんな非道も厭わぬくらいの気構えがなければならぬ。その方は軟弱者じゃ、その方は世界の頂点には立てぬ、、、
じゃが、その方はサムライじゃ、サムライとは人の情けを知る者、そしてその方は世界一の正直者じゃ、よくぞこの話しをワシに聞かせてくれた、、、
ちょっと確認したいが、ではその方は本当に一人で、いやエドワードと二人だけでこのような事をしたのか」

「はい、そうです」
「、、、何と、、、ロスマイルド家にたった二人で挑むとは、、、その方は、それで勝算があると思ったのか」
「、、、勝算などというものは考えた事もありません。ただ私は、自分を一匹の蟻だと思ったのです。そしてロスマイルド家を巨象だと、、、
巨象に見つかれば一匹の蟻は簡単に踏み潰されます。しかしもし見つからずに巨象の足指の間に入り込み嚙みつく事ができたら、あるいは巨象を倒せるかも知れないと、、、
そして私は今、巨象の足指の間に入り込みました」そう言って西田はポケットから小さなリモコンスイッチを取り出した。
「このスイッチを押せば、私の体に巻き付けてあるプラスチック爆弾が爆発します。恐らく、この車内の者はみな即死です。押してみますか」

ロベルトをはじめ車内の者みな顔色を変えた。
西田は、とうとう噴出して言った「ジョークです」
みなの顔がホッとした時、すかさず西田は言った。
「一匹の蟻でも自らの命を捨てる覚悟があれば、御支配様と刺し違える事もできると言う`たとえ`です、、、
しかし私は御世継ぎ様を殺せませんでした。御支配様の言われる通り私は軟弱者です。私は今後、日本に帰って家族とともにひっそりと暮らすつもりです」

いつしか車はロスマイルド家の門の中に入っていた。
正面に見える大豪邸には至る所に明かりがともされ、遊園地にでも来たような錯覚を起こさせた。
玄関の前に車が止まると外からドアが開けられ、西田が車外に出ると、周りの者がみな恭しく出迎えた。
ロベルトが車外に出て西田の横に並ぶと、国王にでも接するかのように皆その場に跪いて首を垂れた。
その者たちの前を、ロベルトは意に介さず悠然と歩いて行った。西田は気おくれしてロベルトの一歩後ろを歩いた。そして(けっ、居心地の悪い、こんな事ならレストランの方が良かった)と思った。

大広間を通り抜け、長い廊下の突き当りの扉を開けて入ると、大きなテーブルがあり、正面横の椅子にバーナードが座っていたが、ロベルトに気づくやいなや立ち上がり首を垂れた。
ロベルトは正面右横の椅子に座り、西田を正面椅子その横にエドワード、その横にバーナードを座らせ、西田の後ろにシルルを控えさせた。テーブルの対面には、ロスマイルド家の主だった者と見受けられる男女が座って、興味深気に、あるいは興味なさ気に西田とエドワードを見ていた。
皆が席に着くとロベルトが手を叩き、料理が運ばれて来始めた。
ロベルトが西田とエドワードに言った。
「時間が足りなくてまだできていない料理が多い、ゆっくり食べてくれ。先ずはシャンペンで乾杯だ」

それから宴会が始まったが、高級そうなどんな料理を食べても、西田は美味しいと感じなかった。否、感じている余裕がなかった。あとからあとから皆に質問され、通訳のシルルとのやり取りに忙殺された。
デザートが出され、宴会終了間近になるとロベルトが皆を黙らせてから言った。
「世継ぎの命の恩人であるこの二人を友人として認める。皆の者もこれからは、そのように接するように」
それからロベルトは西田に言った「その方は今日から友人だ。困った事があったらいつでも相談してくれ」
ロベルトが目で合図すると、シルルが携帯電話を西田に手渡して言った「1を3回押せば私に繋がります」
西田はロベルトに小さくお辞儀をしてから携帯電話を受け取った。

宴会が終わると、ロベルトに「もっといろいろ話しを聞かせてくれないか」と言われ、西田は気疲れしていたが快諾した。
小さい部屋に案内され丸テーブルに椅子を5つ配されて、西田は真ん中に座らされた。
西田とバーナードの間の椅子にシルルが座ると、ロベルトが言った。
「、、、車内での続きになるかも知れぬが、、、たった二人だけでロスマイルド家に挑むとは、、、誰も考えぬ事だろう、、、その方は、どうやってそのことを考えついたのか」
「、、、妻を殺された後の私は、ずっと一人でした。そして、ロスマイルド家について調べ、その巨大さを知れば知るほど、たった一人で何ができるかと考えました。しかしある時、一人だからこそできる事があるのではないかと発想を変えてみたのです。そして気づきました。一人なら目立たない、巨象は一匹の蟻が近づいても気にも留めないだろうと。
それで私は、ロンドンに帰る33階級者を追尾してきました。しかし、出迎えに来ていた日本人女性の車に乗り空港から市内へ向かう途中で、気を失わされ川に投げ込まれました。幸いにも、エドワードに救われ、こうして生きていますが、その日本人女性もまたロスマイルド家の者だったのでしょうか。もしそうなら私の行動はロンドンに着いた時から既に知られていた事になりますが」

「なに、出迎えに来ていた日本人女性の車に乗っていたら、気を失わされ川に投げ込まれた、、、
その女性の名は、、うちの者ではないと思うが調べてみよう」
西田が「川島早苗」と告げるとロベルトはどこかへ電話をかけ「何か分かり次第知らせてくれる」と言った。
その時バーナードが奇声をあげシルルが言った「見事な発想の転換だ」
「まったくだ、まさか、一人や二人でロスマイルド家に挑むとは誰も想像しない。確かに『一人だからこそできる事』だ。さすがは日本人、恐るべき日本人だ」とロベルトも言った。
「しかし私は、結局なにもできなかった。私は敗者だ、もう生きる望みもない」
シルルの英訳を聞いたバーナードが高く奇声をあげ、シルルが言った。
「何を言うMr,TOMOKAZU貴方は敗者ではない。貴方は勇者であり、情けを知る素晴らしい人間です」
「バーナードの言う通りだ。その方は敗者などではない。その方こそ勝者だ、何故ならその方は、ワシを味方に変えたではないか。その方が望む事ならワシはできる限り協力しょう」

ロベルトのその言葉を聞いて西田は、信じられないと言う顔でロベルトを見ながら言った。
「御支配様の今の御言葉は本当でしょうか。もし本当なら私は数々の御願い事がありますが」
すぐに願い事を言い出されるとは思っていなかったロベルトは、少しうろたえ気味に言った。
「本当だ、しかし、できる限り、とも言っておる。とにかく願い事を言ってみろ」
「では初めに、、、怪しげな儀式のために生きた子供を生贄にしないでいただきたい」
「誰がそのような事を、、、我がロスマイルド家にはそのように事をする者は居ないと思うが、もし居たら今後は止めさせよう。他には?」

「御配下組織に臓器販売組織があるなら止めさせていただきたい。いくら高収入だとしても、生きている人間から臓器を摘出するのは殺人と同じです」
「ううむ、、、噂には聞いていたが、、、うちの組織にはないと思うが調べてみよう。それから」
「8年前、日本で起きた大地震と大津波はハメリカによる人工地震のせいだと言われているが、これの主犯と施工の実体を知りたいです」
「その件は確か、ハメリカとデスラエルが企てたと聞いたことがあるが、、、分かった、調べさせよう」
「次に、言いにくい事だが、私が一番嫌悪している事は、自分の身うち以外の者は人と見なさず、ゴイム家畜と見なし、虫けらのように殺す事。御支配様も同様の御考えなのか。
33階級者はそのような考えのようで、私の妻を含め日本人が何人も殺された」

「なに!、それは事実か!、家畜と見なし虫けらのように殺しただと、、、合点がいかぬ詳しく話せ」
「、、、後で分かった事だが、33階級者の手に埋め込まれるはずのマイクロチップが盗まれた。
盗んだ犯人は死亡していたが、マイクロチップは警察が保管し、私が担当していろいろ調べた。そのマイクロチップをリーダーに設置すると、リーダーを通してマイクロチップの位置が分かるようになっていた。
それで33階級者は、その場所に殺し屋を行かせた『関わりのある者全て残酷な方法で殺せ』と命令して。
それで、妻をはじめリーダーを置いてあったペットショップの店長や店員まで殺された。
妻は妊娠中だったが犯され腹を踏み潰されて殺され、他の人たちも拷問されたりして惨殺された。

俺、いや私は復讐を誓い殺し屋と戦ったが勝てなかった。しかしその時、殺し屋は、33階級者の事も自分の体内に埋め込まれた殺人用マイクロチップの事も話してくれたし、遺言として渡された資料には、日本の大地震大津波の原因が人工地震であった事、そしてその人工地震を起こさせた犯人たちについての情報をも記載されていたのだ。
俺は、殺し屋に頼まれて殺し屋を殺したが、俺が本当に復讐すべきは33階級者だと考え、後を追ってロンドンに来た。
俺は、いや私は33階級者に復讐するべきだが、33階級者よりももっと上部の人、御世継ぎ様を拉致した。御世継ぎ様に復讐すれば良かったのかもしれないが、私にはできなかった、、、」

西田の話が終わると、しばらく静寂の時が流れた。やがて静寂を破るようにバーナードの低い奇声が響きシルルの悲し気な声が聞こえた。
「何と無慈悲な事を、マイクロチップのために人を殺すとは、、、バーナード様の御言葉です」
ロベルトは携帯電話を取り出し怒鳴った「33階級者を連れて来い、、、なに!日本へ行った、、、」
ロベルトは携帯電話を切りポケットに入れると忌々し気に言った。
「ワシが直々に問いただそうと思ったが、糞ったれが、、、
分かった、その方が恨むのも無理はない。33階級者は、こちらでそれなりの処置をする。その方の気が済むような結果になるだろう。
ところでその『自分の身うち以外の者は人と見なさず、ゴイム家畜と見なし、虫けらのように殺す』と言う事だが、それはどこから出た言葉だ」

「殺し屋の遺言の資料にも載っていましたが、世界を陰で操る支配者層は特殊な宗教者で、皆この考え方だと聞いていますし、生きている子供を生贄にするのも、その宗教儀式ゆえだと」
「、、、ううむ、、、巷ではそのように喧伝されておったのか、、、
その方が信じてくれるかどうかは分からぬが、我が一族は生粋のユダヤ教徒ではない。はっきり言って宗教に関心がない。かと言って無宗教では世間体が悪いので表面上ユダヤ教徒と言っている程度だ。
だから『ゴイム』と言う言葉も使ったことがない。
それにワシは、身うち以外の者を家畜だと思ったことはない。それどころか、皆さんが存在するからこそ我が一族は収益を得る事ができるのであり、ワシは皆さんの発展を願っておる。
もともと我が一族は金貸し屋だ。金貸し屋は、皆さんが貧乏になれば回収できなくなる。だから皆さんの発展を願わずにいられないのだ。だから『虫けらのように殺す』などという気持ちは一切ない」

世界を陰から操る支配者層の頂点に立つ御支配様から直々にそう言われては、西田は何も言えなかった。西田は立ち上がり深々と一礼して言った。
「わたくしめのような者のぶしつけな御願い、さぞ御不快だったでしょう。どうぞ、ご容赦ください」
「何を言う、その方の正直な気持ちを聞けて、ワシは嬉しい。
これを機に今後は、バーナードの良き友人になってくれぬか。バーナードは身体のせいでか人付き合いをせぬ。だが、その方なら既に気心が知れている。シルルを介せば会話も問題なかろう」
「わたくしめのような者には勿体ない御言葉、ありがとうございます」西田また立ち上がり一礼した。
「さて夜も更けた、今宵はここまでにせぬか、、、家の者に送らせよう」
ロベルトがそう言ってから手を叩くと、扉が開いて黒ずくめの男が手招いた。西田とエドワードは、ロベルトとバーナードに改めて一礼し男の後について行った。

ロスマイルド家の車で送られ、夜中に家に帰ると、西田もエドワードも疲れ果てていた。
対面時は平静を装っていても相手は世界を陰で操る権力者、本来ならば一般人が身近に接して会話ができるような人間ではない。
西田は、丸テーブルを隔てて座っているだけで、威圧感に押しつぶされるような気がしたが、内心やけくそで、この際言いたいことを言ってやろうと思ったのだった。だが家に帰ってくると、どっと疲れが出た。
エドワードも同じだったのか、いつもより無口でさっさと自分の部屋に入って行った。

翌日の昼ころ起きてキッチンに行くと、エドワードはコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
西田もコーヒーを入れ、エドワードの対面に座り、リモコンでテレビを点けた。しかし、目は画面を見ていても頭の中では別な事、これからどうするかをぼんやりと考えていた。
神の御引き合わせか単なる偶然か、御世継ぎバーナードを拉致していながら何もできなかった事が、西田の心を萎えさせていた。
(けっ、何てぇこったい、、、)ふと賢治の口ぶりを思い出し心の中で呟いた。
今の西田は虚脱感に囚われ、何もする気になれなくなっていた。
(さて、これからどうするかな、、、いっそ日本に帰るか、、、)とは思っても、荷作りするのも気だるかった。

その時エドワードが新聞をどけながら真剣な表情で言った。
「昨夜のロベルトの話をTOMOKAZUはどう思う」
急に話しかけられ一瞬混乱した西田だったが、ロベルトの話をひと通り思い出してから言った。
「即答できるような内容ではなかったし、まああんなものだろう、、、ただ33階級者が居なかったのが残念だ。もし連れて来られたら、この手で殺したかったが、、、」
「他のことはどう思う。特に子供の生贄の件は、、、ロスマイルド家はあの儀式をしてないと思うかね」
「さあ、、、まあ、あの時は『ロスマイルド家でやっている』とは言えないだろうから、あのように言ったのかも知れないが、、、臓器販売の件も同様だろう、真実を話したかどうかは何とも言えない」

「その通りだ、、、俺は、TOMOKAZUと違って、通訳を通さずにロベルトの話を直接聞いた訳だが、政治家の答弁のように歯切れの悪い話し方だった。
もともと俺は、金持ちの話は信用しないが、ロベルトの話も信用しない方が良いように思う」
「分かった、そうしょう、、、」(だが、では、これからどうする、、、)結局どうするか考えつかなかった。
まるで糸の切れた凧のように西田の心は定まらないまま日々が過ぎて行った。

それから1週間ほど経って、シルルから手渡された携帯電話が鳴った。
西田が出ると、前置きもなくシルルは言った「川島早苗の正体が分かりました」
西田は驚いて言った「本当ですか?」
「はい、たぶんこの女性だと思いますが、写真を確認していただきたいです、今夜ロスマイルド家に来ていただけませんか?。迎えの車を行かせますので」
「分かりました、お世話になります」

エドワードも誘ったが行きたくないと言うので、西田は一人で迎えの車に乗った。
8時ころロスマイルド家に着いた。
ロスマイルド家で食事したくなかった西田は家で済ませて来ていたので、誘われた夕食を断ると小さな部屋に通された。少ししてシルルがパソコンを持って入ってきた。
そして挨拶もそこそこにパソコンに写真を映し出した。間違いなく川島早苗だった。
西田が驚きを隠せない表情で「この女性だ」と言うと、シルルは一瞬ホッとしたような顔をしてから言った。
「川島早苗34歳、日本の影の組織の一員です、暗殺専門の、、、でも1度も証拠を残していません」

西田は思わず「なんだと、暗殺専門、、、」と大声で言った。
「はい、日本の影の組織は世界各国に諜報員を潜ませていて諜報活動をしていますが、まあそれはロスマイルド家も同じですが、暗殺の時は彼女他数名が出向きます。この国の機関も彼女をマークしていますが、いつも証拠がなく、どうすることもできません。名前や顔が分かっていても捕まえる事ができないので、各国諜報員の間では『まるで忍者集団だ』と評価されているそうです」
「まるで忍者、、、」そう呟いてから西田は考え込んだ。
(あの女が暗殺専門諜報員、、、あり得ない話ではないが、そんな女が俺を消すために、わざわざロンドンに来たのか、、、まあ、たまたま他の事で来ていた時に、俺の暗殺指令が入ったのかもしれないか、、、
それにしても、暗殺指令を出したのは、、、)

その疑問を聞くと、シルルは分かりきった事と言う顔で言った「日本の影の総理でしょ」
(、、、影の総理が俺を暗殺、、、俺が33階級者を狙っていたからか、、、あの時点で俺が33階級者を狙っている事を知っていたのは薄雲だけのはず、と言う事は薄雲が影の総理に知らせたか、、、
だが、幸いにも俺は生きている。俺が生きている事は、恐らく影の総理側はまだ知らないだろう。チャンスだ。いや、何がチャンスなのか、、、影の総理側にとって、俺が死んだ事になっていても、今の俺には何のメリットもない、、、それどころか今の俺は、俺を殺そうとした女の正体が分かっても何もする気になれない)
そんなことを考えているとシルルが言った「人工地震の件は、やはりハメリカとデスラエルの仕業でした」
西田は驚いて聞いた「その事はどうやって分かったんです」

「ハメリカとデスラエルの者が、地震を起こす日時を決めた会話の録音データが残っていたそうです。そしてその日時を決めた数秘術の導師は、、、実はあの、子供を生贄にする者たちと同じ系列の秘密組織の者、でもロスマイルド家はその秘密組織とは関係ありません」
「録音データが残っていた、、、そんな重要な物が本当に残っていたのか、信じられん」
「あの秘密組織の者は顕示欲が強くて、自分たちが決めた事やった事を、何らかの形で公表して楽しむらしいのです。録音データも、聞いても99パーセントの人は何のことか分からないが、その事に関心のある1パーセントの人は意味が解る。そうやって911の時も秘密組織の者は楽しんでいたそうです」
「なんということだ、人を殺して、人を不幸にして楽しんでいるという事か、、、悪魔だ、正に悪魔だ、、、」
「その通り、悪魔です、、、そして実はロスマイルド家は、、、」

その時部屋のドアが開き、メイドに付き添われてバーナードが入って来た。そしてシルルの隣の椅子にバーナードが座るとメイドは出ていった。バーナードは食事を終えてきたらしい。
バーナードがシルルに向かって唇を動かすと、シルルは「あの女性の事と人工地震の事を話しました」と英語で言った。バーナードは頷き、また奇声をあげ唇を動かした。それを見届けてからシルルは西田に言った。
「今夜は御支配様は不在ですので、心置きなく話し合いましょう、とバーナード様は申されました」
西田は軽く一礼して言った「わたくしめには勿体ない御言葉ありがとうございます」
バーナードは顔を歪めてから唇を動かしシルルは言った。
「このバーナードに対して、そのような丁重な言い方はやめてください。年齢も貴方の方が上だし、自分よりもはるかに色々な経験をされています。自分はロスマイルド家のただ一人の世継ぎと言う立場に生まれただけの、何も知らない若輩者です。自分を友人と思ってくださるなら、どうか対等な対応をしてください」

西田は頷き微笑んでから言った。
「分かった、ではこれからは俺流の話し方をする。で、さっそく率直に聞くがバーナードは、子供を生贄にする儀式に参加した事があるのか」
シルルの英訳を聞いてバーナードは、西田が見ても分かるほど顔を曇らせて唇を動かした。
「ある、、、何度も、、、その度に、自分のために子どもが殺された」
西田は驚き、バーナードの顔を注視した。バーナードもまた西田をジッと見つめていたが、不意にその目から涙が流れ落ちた。シルルがハンカチを取り出してその涙をぬぐった。

それからシルルを介しての長い話になった。
「自分がこのような体で生まれた事は、先祖から続く悪行の報いだと自分は思っていますが、0教導師は『ルシファーへの貢物が足りないせいだ』と言って生贄を要求したのです。
自分が物心ついてから19歳になるまで、毎年1度はその儀式をして生贄を、、、
しかし、19歳の時自分は『その儀式をやめないなら自殺する』と言ってやっと止めれたのです。
その儀式をやめても、自分の体に何の変化もなかったですが、ちょうど10年後父が急死し、翌年母が交通事故で亡くなると、導師が『儀式をしないからだ』と言って儀式再開を要求し、自分は自殺をほのめかして対立しています、、、
自分は、人の命を奪ってまで生きていたいとは思っていないのです。しかし導師たちは、生贄は人の命とは思っていないのです。ゴイム、正に家畜の命としか思っていないのです」

バーナードはそこで一度話を切り、コーヒーを飲みたいと告げシルルはインターホンのスイッチを入れて告げた。数分後メイドがコーヒーを三つ持って来て3人の前に置いて出ていくと、シルルがバーナードに少しだけ飲ませた。まだ熱いようだったが、バーナードが催促してもう一口飲み、再び話し始めた。
「御支配様は御立場上、真実を話せません。しかし自分は、貴方に嘘を言いたくない。
自分は、他の誰にも話さないが、貴方にだけは何もかも話しておきたいのです、、、
それは自分が逝った後、自分について本当の事を知っている人が一人だけでも居て欲しいからです」
シルルは西田にそう伝えた後、バーナードを見ながら咎めるような口調で英語で言った。
「また、そのような事を」
西田にもその英語は理解できた。そして二人の仕草から「バーナードが逝く」と言う話を、今までに何度もしていたのが見て取れた。

「ロスマイルド家は呪われています。膨大な金を手にするために行った数々の悪事の報いです。
それに加え、その膨大な金を守るために、近親結婚をし相続人を血縁者のみにした報いです。
御支配様の子は、自分の父とその姉の御二方だけ、しかも御二方は病弱でした。しかし御支配様はその二人を結婚させ子を産ませたのです。
父の姉つまり自分の母は体力的に子を宿す事ができませんでしたので、母から受精卵を取り出し、代理母に自分を産ませました。
代理母オードリーは自分が2歳になるまでこの部屋に居て、自分に母乳を飲ませてくれましたが、以降は追放されました。現在は月に一度夜間だけ会いに行けます。
そしてその時、貴方に襲われたのです。自分はこの事を神の御意思ではないかと思っているのです。神は自分に、何らかの意図をもって貴方を遣わされたように思うのです」

そう聞いて西田は「畏れ多い事を、俺はそんな人間ではない」と言おうとしたが、言えないまま話は続いた。
「自分はこんな体で、シルルをはじめ多くの人に負担をかけてまでして生きていたくないと、いつも思っていました。しかし貴方に殺されそうになった時、自分は恐怖を感じました。ほんの一瞬、このままでは死にたくないと思いました。
いつもは、もう生きていたくないと思っていながら、銃口を向けられたあの時自分は死にたくないと思ったのです、何故?。その後ずっと、その事について考えました。しかしまだ分かりません」
バーナードはそこで止めてコーヒーを飲ませてもらい、再び話し始めた。

「Mr,TOMOKAZU教えてください。貴方は何のために生きているのですか?、、、
人は皆、何のために生きているのですか?、、、そして自分は何のために生きているのですか?
貴方に銃口を向けられた時、今死んだら自分は何のために生きてきたのか、と思ったのです。そしてそう思ったら急に怖くなったのです。
膨大な金を持っているロスマイルド家の世継ぎと言う肩書きを持った自分が、周りの者に苦労をかけ、、、
何の罪もない子どもを殺してまで、自分は生きて来て、しかし何もしないで死んで良いのか、、、
Mr,TOMOKAZUどうか教えてください。自分は何をすればよいのか、、、」

バーナードにそのように聞かれ、西田は返事に困った。40数年生きてきたが「何のために生きているか」などとは考えたこともなかった。
一生懸命勉強して大学に入り、更に勉強して刑事になった。その後は刑事と言う仕事に追われながらも、かおると結婚して、ささやかながらも幸せを感じていたが、殺し屋三島にかおるを殺され復讐を誓った、、、
「何のために生きているか、などという事は俺は考えたこともないので何とも答えようがない、、、
それにバーナードと俺では立場が違う。俺は一般人だが、バーナードは金も権力も持っている。もしバーナードがしょうと思えば、俺などよりもはるかに大きな事ができるだろう。問題は何をするかだ、、、
世界には貧乏で困っている人がいっぱい居るが、バーナードがその気になれば、そんな貧乏人を救う事もできるだろう」

「その事は御支配様に相談した事があります。しかし御支配様は『貧乏人を助けてはダメだ。人口が増えすぎてしまう』と言われたのです。しかも『世界人口は現在すでに増えすぎている。300人委員会で世界人口を5億人にするべきだと言う意見が出ているのだ。人口増加につながる事はできないし、ワシやお前は、むしろ5億人にする方法を考えねばならんのだ』とも言われたのです」
「なに!世界人口を5億人にする方法、、、現在の世界人口は約75億人それを5億人にするというのか、、、では70億人はどうするのだ、殺すのか、、、」
「自然に5億人にまで人口が減るのを待っていたら何十年何百年もかかってしまい、それまでに食糧不足等で世界戦争が起きて人類全てが滅びてしまう危険性が高い。だから世界のエリートが集まって相談し、エリート集団が世界を管理支配する必要があると御支配様は言われているのです。
、、、それに75億人を5億人にする、それを実行せねばならんような人間が、一人や二人の生贄の命などに構っていられるか、という御支配様の御考えなのです」

この話しを聞いて西田は仰天した。正に言葉を失って呆然となった。
(世界の支配者たちは、こんな事を考えていたのか、、、
こんな事を考えているなら、、、人工地震で15893人の方々を殺しても何とも思わないのも当たり前だ、、、ましてや一人や二人、虫けらのように殺したところで、、、
一人一人の肉親や周りの者に悪魔と呪われようと、世界の支配者たちは、、、
あの夜、御支配様が俺に言った事は単なる建前、あるいはリップサービスだったのか、、、)
西田は、愕然とした。自分が生きてきた世界の狭さを思い知らされた。
(住む世界が違いすぎる)西田は、気を取り直して辛うじて言った。

「バーナードと俺では、住む世界も考えねばならない事も違いすぎる事がよく分かった、、、俺が何を言ったところでお前の役に立つ事はないだろう」
「そんなことはないです。貴方も自分も同じ人間です。美味しい物を食べて美味しいと感じ、美しい者を見て美しいと感じ、愛しい人を愛しく思います。
反対に病気で苦しみ、突然の死に悲しみ、意に沿わない出来事で腹を立てます。同じ人間です」

「、、、確かに、同じ人間には間違いないだろう。しかし立っている環境が違う、、、
俺は、ありふれた幸せで満足だが、俺よりも貧乏な人は、より多くの金を求めて苦しみながら生きている。
世界には金がなく、食べ物を得るために仕方なく娘を売春宿に売ったり、自ら体を売る女性もいっぱい居るのだ。世界にはそのような金がなくて苦しんでいる人びとが溢れているが、バーナードは金がない苦しみは知らないだろう。
しかしバーナードには、世界人口を5億人にするという苦渋の選択をしなければならない時が来るのかもしれない。同じ人間であっても立場の違いというものがあるのだ」

わずかな時間、会話が途切れた。その間に3人はコーヒーを飲み終えた。
シルルに口の周りを拭いてもらったバーナードが言った。
「立場の違いはあっても、貴方には良き友人で居ていただきたい、、、お願いできますか」
「願ってもない事、こんな俺でよければ喜んで、、、ところでお前は、ネットを使ったテレビ電話はやっていないのかい。はっきり言って俺は、ここへ来るのは気が引けるのだ。テレビ電話の方が良い」
「テレビ電話、、、ラインは使っていますが、しかしテレビ電話などではなく、貴方にここまで来ていただきたいのです、、、自分を友人と思うなら、時々気軽に会いに来て欲しいです」

「分かった、ではそうしょう、、、それと、要らん事かも知れんが、お前は足でキーボードを押す事はできないのか。それができるなら誰とでもメール交信できるじゃないか」
「10年以上も前からやっています、自分の部屋には大きなキーボードが置いてあり、それで周りの者に意思を伝えたり、親戚などへの手紙やメールも送っています。でも今はシルルが正確に読み取ってくれるので、、、シルルには本当に感謝している」
最後の言葉を伝えてシルルは頬を染めバーナードを見つめた。バーナードも慈愛のこもった眼差しでシルルを見ながら唇を動かした。
「御支配様さえお許しになれば、シルルに我が子を宿して欲しいのだが、、、」
そう伝えた後、シルルは顔を真っ赤にしバーナードの肩を叩いた。その仕草は正に恋人同士のものだった。
それを見て西田は言った「俺は、武骨者だが恋路の邪魔はしたくない。そろそろ帰る」
バーナードとシルルは顔を見合わせ一瞬オロオロしたが「必ずまた来てください」と言って慌てて車を手配してくれた。

家に帰ると既に夜中だったが、エドワードはまだ起きていた。しかし西田が無事に帰って来たからか、すぐに自室に入っていった。西田も軽くシャワーを浴びてベッドに入った。しかし眠れそうになかった。
(恐ろしい事を聞いてしまった、、、人類を5億人にするだと、、、エリート集団は、本当にそんなことを考えているのか、本当にそうするつもりなのか、、、
俺のような凡人に、エリート集団の考えなど理解できるはずはないが、もしそうするなら、いつ、どうやってやるつもりだろう、、、まだ数十年先のことなのか、それとも数年先、、、そしてやるとしたらやはり核兵器だろうか、、、しかし核兵器だとその後何百年も人が住めなくなってしまうだろう、、、
やめた、いくら考えたって分かるはずがない、、、)考えるのをやめると眠くなった。

翌日の昼ころキッチンに行くと、エドワードはコーヒーを飲んでいた。西田もコーヒーを入れて向かいの椅子に座った。エドワードは無言だったが、目は昨夜の出来事を話せと言っていた。
西田はいきなり言った「奴らは、人類を5億人にする気らしい」
エドワードは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになり、慌ててティッシュペーパーを口に当ててむせた。
ティッシュペーパーで口の周りを拭ってからエドワードは聞いた「本当の話しか、、、」
「ああ、たぶんな、、、いつ、どうやってかは聞いていないが、本気らしい、、、
今のままでは人口が増えすぎて、やがて食糧不足になり戦争が起きて、人類絶滅になる可能性が高いそうだ。だからその前に人類を5億人にする、、、」

「、、、ふん、勝手なものだな。金持ちは食糧を買い占めて高くても買う国へ売る。高くて買えない国の民は飢え死にする。今この瞬間だって多くの人が餓死しているんだ、、、そんなアクドイ事をしている金持ち集団が、今度は人類を5億人にするってか、、、
奴らは自分たちを何様だと思っているんだ、神様にでもなったつもりか、、、」
そう言ったエドワードの怒り方に心地よいものを感じた西田は、火に油を注ぐような事をいった。。
「現在75億の人類を5億人にする、つまり70億人を殺すと言う事だ。そんなことを考えている人間にとっては、人工地震で15893人殺そうが生贄で数人殺そうが気にも留めないらしい」

エドワードは吐き捨てるように言った「やっぱり奴らは人間じゃない、悪魔だ」
「しかしその悪魔に人類は支配されている。誰も逆らえない、、、
結局、一匹の蟻ではどうすることもできなかった、、、俺は、日本に帰ってのんびり暮らすよ。そのうち70億人の一人として、みんなと一緒に消滅させられるさ、、、」
エドワードは、腕を組み憮然とした表情で宙を睨んでいたが、独り言のように言った「何か方法はないか」
西田は心の中で怒鳴った(あるわけねえ!、あったらこんな世界になってねえ!)

西田は自室に入ると航空券を予約し、それから荷作りした。1時間もかからなかった。
飛行機は明日の夕方発。時間があるので、せめて家族に土産を買おうと思ったが、あいにくの雨。レンタカーも返したし、雨の中を歩いて買い物に行くのも気が引けた。
土産は空港で買うことにして、ベッドの上でスマホで動画を見ながらゴロゴロしていた。
その時、シルルから手渡されていた携帯電話が鳴った。送信元はシルルしか居ない(昨夜会ったばかりだが、、、)と怪訝に思いながら受信にすると、シルルの悲鳴のような興奮した声が聞こえた。
「バーナード様が危篤状態です、すぐ来てください。迎えの車を行かせます」
驚いた西田が詳しい話を聞こうとしたが、すぐに電話は切れた。
(あのシルルの興奮した様子からすると、冗談などではないだろう、、、行くしかないな)
西田はそう思い、迎えの車を待っていた。それから20分ほどで車が来たので飛び乗った。

ロスマイルド家に着くと異様な雰囲気に包まれていた。家政婦やメイドに至るまで緊張して顔を強張らせていた。西田は通りかかったメイドに、シルルに呼ばれて来たと言うと、昨夜の部屋に案内してくれた。
部屋に入っていくとシルルが落ち着かない顔で椅子に座っていた。
「バーナードはどうした」と西田はあいさつ抜きで言った。
シルルはオロオロしながら言った「今、邸宅内の集中治療室で手当を受けています。意識不明のままです」
西田はシルルの手を握って言った「落ち着いて、、、大きく深呼吸して、、、昨夜俺が帰った後からの事を話してくれ」
「、、、あ、貴方が帰った後、バーナード様の寝室に御送りしたら急に苦しみだし、床に倒れて悶えていました。私はすぐにみんなに知らせました。5分ほどで主治医が来られ、検診しすぐに集中治療室に運ばれました。その後、昨夜、バーナード様と接した者全てを集めるようにとの侍従長の指示があり、西田さんへも電話しました」

西田はシルルの横に座って考えた。
(急に苦しみだした、、、何か特別な持病でなければ毒薬だろう、、、ただ一人の世継ぎ、、、)
その時、ドアの外から呼ばれ、シルルと一緒に食堂に行った。大きなテーブルの周りに、すでに十数人が座っていて心配そうな面持ちでひそひそ話をしていた。
シルルと西田が座って10分ほどして、侍従長と思われる威厳のある老人が来て立ったまま言った。
「御世継ぎ様は、毒をもられた、、、皆はこれからカスター警部の指示に従ってもらう。カスター警部の許可がない者は食堂から出ないように」

その後、カスター警部が一人づつ尋問を始めた。大まかな質問のようだったが、すぐに二組に分けられていった。シルルと西田の番になり、二人は同じ組に入れられた。
全員が終わると、西田たちの組は別室に入れられ待機させられたが、西田とシルルは一番に呼ばれ、別室でデスクを挟んでカスター警部の対面に座らされた。
シルルはいろいろ質問されたが、西田は昨夜、ロスマイルド家で食事しないで直接小部屋に入れられた事を話すと退出OKになった。
西田とシルルは小部屋に帰り、丸テーブルを挟んで座った。

しばらく経ってシルルが不安げに聞いた。
「、、、私はいつもバーナード様の傍に居ます、、、私が一番疑われるのでしょうか、、、」
「そんな事はない。毒をもられたと言う事は、毒を入手保持していた者と言う事になるが、シルルにはそうする動機も内通者も居ないのだろう。それに犯人は既に逃げて邸宅内には居ないはずだ。言っては悪いが、カスター警部のやっている事は無駄だ」
「えっ、そうなんですか!犯人はもうここには居ないんですか」
「ああ、俺はそう思う」
シルルが不思議そうに西田を見ていたので、西田が「俺は元刑事だ」と言うと、シルルは目を丸くした。

「カスター警部に言いなさい。昨夜、邸宅から出て行って帰ってきていない者、出て行った後、連絡がつかない者を調べなさいと、ただしカスター警部のプライドを傷つけないように」
シルルは急に元気になり、いそいそと出て行った。そして数分後、カスター警部と一緒に入って来た。
カスター警部はすぐ西田に握手を求め、西田は快く応じた。
「TOMOKAZU刑事、犯人逮捕に協力してくれ。何が何でも捕まえないと私は命を失うことになる」
そう聞いて西田は思った。
(白人至上主義の多いこの国の警部が、日本人の俺にさえ依頼する、、、御支配様の脅しか、、、)
西田は下手な英語で言った「俺で役立つなら喜んで」

その場でさっそく考えを聞かれた西田は、考えられる二つの事を話した。
「一つ目は、昨夜のバーナード様の食事にだけ毒を入れた場合、犯人は恐らく昨夜のうちに邸宅から逃げているでだろう。もし逃げずに邸宅内に残っているとしたら、その人間は並みの精神力の持ち主ではない。並みの人間なら必ず挙動不審が見られるだろう。
さっき集まった人たちの中に、軍の特殊部隊出身者がいたか調べた方が良い。
二つ目は、10日ほど前にここに多くの人が来たが、その時にバーナード様が毒を飲まされていたかも知れないと言う事だ。現在では、飲んで10日ほど経ってから死に至る毒があると聞いている。もしその毒を飲まされていたら犯人特定はまず無理だろう。捜査と同時に、毒の成分分析も急いだ方が良い」
話を聞いてカスター警部は、西田の推理に驚嘆し、すぐに部下に指示した。それから西田に言った。
「事件が解決するまで、ここに居て欲しい」西田は渋々頷いた。

外はすっかり暗くなっていた。
(やれやれ、明日の今ごろは飛行機の中だったはずだが、、、仕方ないキャンセルするか)
西田はスマホで航空券をキャンセルした。それを見ていたシルルが怪訝そうな顔で言った。
「どこ行きの航空券のキャンセルですか」
西田は苦笑交じりに言った「天国」
シルルは、ふくれっ面になり狐に化かされたような顔になった。

翌朝になってもバーナードは意識不明のままだった。
カスター警部同様、医師たちも命がけだった。バーナードがもし死んだら、御支配様にどんな目にあわされるか、そう思うとゾッとした。医師たちは懸命に治療した。
治療室は世界一の設備が整ってあり、医師も世界最高峰の者たちが集められていたが、バーナードは生死の境を行き来していた。
医師たちは、できうる限りの手を尽くした。しかし毒物の検出もできなかった。医師の一人が言った。
「変だ、こんな事はあり得ない。薬物が検出されないのにメトヘモグロビン値が上昇している。もしかしたら、あの刑事が言ったように特殊な新薬かも知れない。こうなっては胃を切開して見るしかない」

緊急切開手術が行われた。
その結果、幽門の近くに米粒ほどの、わずかに穴の開いたカプセルが胃壁に付着していた。医師は慎重にそのカプセルを取り除こうとしたが、なかなか外れなかった。仕方なく付着部分をメスで切り離した。そのカプセルはすぐに分析班に回された。
胃内部は、それ以外に異常は見当たらずすぐに縫合され、手術は終わった。
それから数時間後、バーナードは急速に回復に向かい意識も取り戻した。
医師たちは肩を抱き合って喜んだ。
ちょうどそのころロベルトが帰ってきた。すぐに医師たちの話を聞き、涙を流しながら一人一人に礼を言った。

その翌日の午後、カプセルについての分析結果が報告された。
[カプセルは飲み込まれると、カプセルの外側にある物質が胃酸と反応して強い粘着力をもち、胃壁に付着して離れなくなる。カプセルの穴の開いた部分の蓋が長い時間をかけて胃酸で溶け、内部の薬物が漏れ出して胃酸と反応し、メトヘモグロビン血症を発症させる有毒物質になる。]
その報告を受けたロベルトは「そんなカプセルを、いつ誰がバーナードに飲ませたのかそ。その犯人を探し出せ」と怒鳴った。

その話をカスター警部から聞いた西田は考えた後で言った。
「そんな小さなカプセルなら他の食べ物と一緒に飲み込んでも気づくまい。しかも、蓋の部分が何日で溶けてしまうかも分からない。『いつ誰が』は調べようがないだろう。それよりも、そんなカプセルをどこが作ったかを調べた方が良い。恐らく特殊な機関だろう」
カスター警部は、御支配様に進言し、すぐに製造元が調べられた。そして数日後、ハメリカの世界一の製薬会社の研究室で試験的に作られた物であるらしい事が分かった。
そのような物を使えるのは世界にただ一ヶ所、ハメリカのロットフェラー家のみ。そしてそのロットフェラー家の者二人も10日ほど前の会議に来ていた。
「おのれロットフェラーめ、我がロスマイルド家の子孫滅亡を企てたか」ロベルトは激怒した。

その翌日、バーナードへの面会が可能になった。西田はシルルに連れられて病室に入った。
見たこともない医療機器に囲まれるようにベッドがあり、脇の椅子にロベルトが座っていた。
二人が近くとロベルトが急に立ち上がり、唇に人差し指を当てて見せ低い声で言った「今、眠ったところだ、向こうで話そう」
するとすぐバーナードの奇声が聞こえた。シルルが近きバーナードの顔を覗き込み、唇の動きを読んで言った「自分は眠くない、ここで話してください、とバーナード様は言ってます」
ロベルトは椅子に座り、そのとなりにシルルと西田が立った。

西田と視線が合うとバーナードはわずかに微笑み、唇を動かした。シルルがすぐに訳した。
「御支配様に聞きました、また貴方に救われたらしいですね。ありがとうございました」
西田が驚いて言った「いや俺は何もしていないが、、、」
するとロベルトが言った。
「その方が、『飲んで10日ほど経ってから死に至る毒がある』と話してくれたおかげで、医師たちが胃を切開してカプセルを見つけ除去して世継ぎは助かったのだ。その方が言ってくれていなかったら医師も原因が解らぬまま世継ぎは死んでいただろう。だから、その方のおかげで世継ぎは助かったのだ。ワシからも礼を言う」

そう言ってロベルトは、椅子に座ったまま日本人のように頭を下げた。それから続けて言った。
「その方は、その毒の事をどうやって知ったのだ」
「探偵をしている時、依頼主女性のボディガードをする事になったのですが、その時、暗殺方法や武器、薬物についてネットでいろいろ調べたのです。その中に、その毒の事も載っていました」
「そうだったのか、、、その方が調べた事が世継ぎの命を救う事になるとはな、、、」
その時バーナードの奇声が聞こえ、シルルが言った。
「自分は、Mr,TOMOKAZUと出会えたのは神の御導きだと感じているのです、、、
そして神は、自分とMr,TOMOKAZUに何か重大な事をさせようとしているような気がするのです」

「ううむ、、、ワシは神は信じないが、こうして世継ぎが救われた事を、、、神に感謝するべきだろうな、、、
しかし、何の神に、ユダヤ教の神かそれともキリスト教の神か、、、
そういえば、その方は何の神を信じているのか?。日本には神はいるのか」
「はい、日本には八百万の神々がおられます」
「なに、八百万も神が居るのか」
「はい、八百万も居られるので日本国民は幸せです。御一人が休まれても他の神様に御守りいただけるのですから」

「ううむ、、、なるほど、一人だけの神よりも八百万の神が居る方が良いのか、、、で、その八百万の神は何を教えているのだ。モーゼの十戒ようなものがあるのか、まさか、八百万の戒めがあるのではないか、、、」
「いえ、日本ではたった一つ『悪い事はしない』と言う教えだけです」
「なに!、『悪い事はしない』と言う教えだけだと、、、しかし考えたら、、、素晴らしい教えだ、誰でもできそうだが、誰にでもできる事ではない、、、特にワシには無理だ、、、『悪い事はしない』か、素晴らしい教えだ」
その時シルルがバーナードの言葉を伝えた。

「『悪い事はしない』。良い教えですが、自分はもう既に悪い事をしてしまった。だからもう自分は救われないのだろうか」
「はい、自分の犯した罪は消えません。人はみな一生、自分の罪を背負って生きていくしかないのです。
しかし、ただ生きていくだけではダメなのです。自分の罪のつぐないをどうやってするのかと言う事を常に考えながら生きていかなければなりません。同時に二度と『悪い事はしない』生き方をする事です。そうすれば、八百万の神は、憐れんでくれて救ってくださるのです」
「自分の罪のつぐないか、、、考えさせられる言葉だな、、、少し眠くなってきた」
それを聞いて西田は、バーナードに向かって軽く頭を下げてからその場を離れた。

西田とシルルが病室を出ると後ろからロベルトに呼び止められた。
「別件だが、ちょっと話しがある」
ロベルトについて別室に入り椅子に座るとすぐロベルトは言った。
「ハメリカのロットフェラー家を叩き潰したい。妙案があったら聞かせてくれ」
「そのような事をいきなり言われましても、、、」
「それもそうだな、では妙案が浮かんだら聞かせてくれ」
西田はシルルと一緒にその部屋を出て、宿泊用にあてがわれていた小部屋に帰った。

バーナードが病気になりここへ来て以来、西田は3度の食事以外はいつもこの部屋で過ごしていた。
ベッドに寝転びスマホで調べ事をしたり動画を見たりして、家で過ごすのと全く変わらない過ごし方をした。
だが、飽きてきた。数日前に航空券をキャンセルしてから急に日本に帰りたくなった。
ロンドンに来てから2週間に1度くらいの頻度で和子や賢治に電話はしていたが、3ヶ月も経つと日本そのものが恋しくなった。
ここに来て1週間、バーナードも良くなってきたようだし、そろそろ帰らしてもらいたいと思い、シルルにロベルトへ言ってもらった。だが、もう少し居てくれと言われ、その上、例の件の妙案はまだかと催促された。
西田は仕方なく、妙案を考えた。

(妙案か、、、ふっ、一時はロスマイルド家とロットフェラー家それにデスラエルを戦わせ共倒れにしたいと考えたりしたが、いつの間にか俺はロスマイルド家の一員のようになってしまった、、、
はたしてこれで良いのだろうか、、、
今は日本に帰りたくなっているが、日本に帰って俺はどうするつもりなのか、、、
何も考えずに、家族とのんびり暮らすだけで良いのか、そんな暮らしで、俺は本当に満足するのか、、、
けっ、どうとでもなれ、人生なるようにしか成らん、成り行きに任せるか、、、で、妙案は、、、

今時、マフィアの勢力争いのようにマシンガンで殺し合いをさせるわけにもいかないだろう。ではやはり、相手の弱点を突くのが良いか、、、ロットフェラー家の弱点、、、
そう言えば、俺とエドワードがメール配信した事で、ヨーロッパもハメリカもデモが起きて、そのデモが金持ちの家を襲うようになって、金持ち集団のボスどもがこの家に集まった、、、なぜ?、、、
そうか、金持ち集団といえども群衆が怖いのだ。デモ隊が暴徒化して襲って来ても、金持ち集団はデモ隊に反撃する事ができない。もし、そうしたら益々デモ隊を過激にさせる事になる、、、
デモ隊を暴徒化させ、ロットフェラー家や関連会社を襲わせるのが一番良いようだが、どうやってデモを起こさせるか、、、俺とエドワードでやった事をもう一度、、、
まてよ、東日本大震災の人工地震の日時を決めた音声データがあると言ってたな、それを使えば、、、)

西田は、妙案をロベルトに話す事にした。
「ロットフェラー家を潰す方法を御話する前に確認したいことがあります、、、ロスマイルド家は東日本大震災の人工地震には関与しなかったのでしょうか」
「その件は調べたが、我が一族は一切関与していない。ロットフェラー集団とデスラエルが00教の数秘術導師に相談してやった事だ」
「分かりました、で、その音声データですが、入手可能でしょうか、コピーでも良いのですが」
「可能だと思うが、それをどうする気だ」
「それを証拠としてロットフェラー集団とデスラエルを告訴します。当然、相手は否定するでしょうからハメリカやデスラエルでデモを起こします。ハメリカ政府もロットフェラー集団もデスラエル政府もデモを止める事はできません。やがてロットフェラー集団もデスラエルも暴徒化した群衆によって壊滅的な打撃を受けるでしょう。それをロスマイルド家は高みの見物をされていれば良いのです」

ロベルトは懐疑的な顔で言った「そんなに簡単に行くかい、第一デモを起こせるのかい」
「私には実績があります。ヨーロッパのデモもハメリカのデモもデスラエルのデモも私とエドワードが起こしました。音声データが手に入れば、デモを起こすことは可能だと思います」
ロベルトはいきなり立ち上がって叫んだ。
「なにぃ!ヨーロッパやハメリカのデモを起こしたのは、その方とエドワードだったのか」
「はい、、、ヨーロッパでは最初にドイツで、ナチスによるユダヤ人大虐殺の嘘を暴露しましたし、ハメリカでは人工地震と通貨発行権について糾弾しました。それが発端となって大規模なデモになりました」

ロベルトは崩れるように椅子に座ると、信じられないという顔で言った。
「、、、あ、あのデモもその方とエドワードの二人で起こしたのか、、、お、恐ろしい男だ、、、その方は本当に恐ろしい男だ、、、その方が敵でなくて良かった、、、」
「では、音声データを入手してください。その音声データを聞いてからデモを起こす方法を考えます。
ですが、入手するにも時間がかかると思います。その間に一度、私を日本に帰らせてください」
「うむ、、、良いだろう。航空券の手配とかは我が家でする。手配でき次第知らせるから待っててくれ」
西田とシルルは一礼してロベルトの部屋を出て行った。その後ロベルトは、西田との会話を録音したスマホを、病室のバーナードへ届けさせた。それを聞いたバーナードもまた心の中で言った「恐ろしい人だ、、、」

数日後、折り曲げたベッドに座っているバーナードに、西田は別れの挨拶をしていた。
「Mr,TOMOKAZU必ずここへ帰って来てください」
「心配するな2週間で帰ってくるよ」
「その頃には自分も歩けるようになっているから、またいろいろ話し合いましょう」
「ああ、分かった、とにかく早く良くなってくれ、では」そう言って西田は病室から出て行った。
その後ろ姿をバーナードは心配そうに見送った。

西田は、ロスマイルド家の車で邸宅から直接空港に行く予定だったが、途中で運転手に言ってエドワードに会いに行った。エドワードには電話で状況を伝え、直接空港に行く事も話していたので、少し驚いていたようだったが、数週間ぶりに会うと相好を崩して喜んだ。
「2週間ほどで帰ってくるよ」
「ああ、日本酒を楽しみにしている。家族によろしくな、、、そうだ、一緒に連れて来れば良い」
「ううん、、、そうだな、考えてみるよ、じゃあな」西田は、再び車に乗った。

西田が機内食を食べているころ、ロベルトは配下の者にこっそりと言った。
「日本の影の総理の者に伝えろ、あの男は危険だ、とな」


西田が数ヶ月ぶりに日本の土地を踏んだころ、老人は影の総理のおん前に平伏していた。
「早苗の仕置きを生き延びるとは、、、あの男が生きていたそうだ、、、ただ運が良いだけの男なのか、、、御神のご加護を授かりし者なのか、、、あの男の行く末を、その方に任せる」
「ははあ」
おん前を辞すると老人は、自室で早苗を呼んだ。
襖の向こうから早苗の声が聞こえた「御老、お呼びですか」
「あの男が日本に帰って来たようじゃ」
「えっ、、、」老人には襖の向こうの早苗の仰天した顔が見えるようだった。
「では、もう一度、、、このしくじり、この身に代えましても」
「まて、早まるでない、、、ご加護を授かりし者かどうかを吟味せよ、、、決して早まるでないぞ」
すぐに早苗の気配が消えた。老人は複雑な表情で庭木を見つめていた。

数ヶ月ぶりの松平家は何も変わっていなかったが、息子友和はすくすく成長していた。しかし西田が抱くと火が付いたように泣き出した。和子が慌てて抱き取るとピタリと泣き止んで、西田を腐らせた。
父が言った。
「ワハハ子どもは正直者だ、放っておくから嫌われる。和子にも嫌われないように早く二人目を痛て」
父の背中をつねってから母が言った「今からでも間に合いますよ、これからはお父さん役に徹してください」
「さあさあ、お父さんもお母さんもあっちへ行って、旦那様はお疲れなのよ、少しは気を利かせて」
母に押されて廊下にでた父は「和子の奴、早く二人だけになりたいもんだから、」と未練そうに言った。
母は媚を含んだ目で父を見ながら言った「私たちも二人だけになりましょう」父はゾッとした。

和気あいあいの楽しい1週間があっという間に過ぎた。
揺り籠の脇に座って手編みしながら、思い出したように揺り籠をゆすり、ついでに西田を見たりする和子を、西田は、何か幻でも見ているような感じで眺めていた。その時、備え付け電話が鳴り母が言った。
「友一さん、川島早苗さんと言う方から電話ですよ」
川島早苗と聞いて、西田は自分の顔色が変わったのを感じた。それを和子に見られないように急いで電話口に出た。
「はい、西田友一です」
数十秒後、西田は「分かった、必ず行く」と言って電話を切った。

翌日の夜、早苗に呼び出された所は、人気のない河川敷だった。車で一人で行き、堤防上の駐車場に車を停め、川原に降りて行った。薄暗かったが目が慣れてくると、何とか川と岸が見分けられた。
辺りを見回したが誰も居ない。時計を見ると約束の時間の1分前だった。
不意に背後に気配を感じて前に飛んだ。背中に鈍痛がしたが構わず数十メートル走り、止まって素早く振り向いた。その瞬間、手刀が振り下ろされてきた。間一髪で外し、攻撃に転じた。
しかし西田の攻撃は全て外された。運動不足の西田はすぐに肩で息をし始めた。
すると女の笑い声が聞こえ侮蔑しきった言葉が響いた「ふん、なんてぇザマだい、本当にこの男が三島を倒したのかい、信じられねぇ。こんな男が御神のご加護を授かっているはずがねえ、やっちまえな」

女の言葉が終わるや否や、二人の男が蹴りや正拳突きを繰り出してきた。西田は川に走り込み中洲に上がった。二人の男が追って来て川から中洲に上がる直前に、西田は捨て身の二段蹴りを放った。幸い一人の男は倒せたが、すぐにもう一人の男に攻められた。しかし川の水面の浅い方に居た西田は、動きの鈍った男を何とか倒せた。
女が襲ってくると思い西田は、中洲に上がった。その時、鈍い発砲音がして肩先に痛みを感じた。
西田は、転げながら中洲の葦の茂みに隠れた。そして三島にもらった銃を取り出し消音器を取り付けた。
数秒後、せせらぎに混じって女が川の中を歩く水の音が聞こえた。

西田は、茂みの中から水音の方を見た。幸いなことに、遠くの信号機の灯りに照らされて女の輪郭が微かに見えた。その女が中洲に上がって来て言った。
「ふん、その茂みに隠れているのは分かっている。我々は昔の忍者と同じ修行をして、人の気配を感じられるんだ」
女はそう言ってからまた発砲した。弾が西田の頭上を通過し、後方の石を弾き飛ばした音がした。
西田は、火を噴いた銃口の辺りに向けて発砲した。女の銃が弾け飛んで川に落ちる音がした。同時に西田は跳びかかり二段蹴りを放った。顔面と胸部に蹴りがめり込んだ確かな手ごたえを感じた。

女は崩れるように倒れた。西田はすぐに女をうつ伏せにして手足を結束バンドで縛った。その時、女が忍者と言う言葉を使ったのを思い出し、手首だけでなく、親指同士、人差し指同士、五指すべて指同士も結束バンドで縛った。
以前、忍者について調べた時、忍者は縄抜けができる、特に女忍者は縄抜けが得意だとあり、縄抜けできない縛り方まで載っていたのを西田は思い出したのだ。
縛った後、西田は女の胸部を調べた。思った通り鎖帷子を着ていた。蹴りが胸部だけなら女は倒れなかっただろう。

西田は女を背負って急いで車に運び、その場を去った。二人の男も縛った方が良かったかも知れないが、西田は、少しでも早くその場を去る方が良いと判断したのだ。
西田は、20キロほど離れた交通量のない川沿いの道に車を停め、車内灯を点け助手席の女の顔を見た。
蹴りがめり込んだ所が既に腫れ始め、ひどい顔になっていたが、紛れもなく川島早苗だった。
西田は、消音器を付けた銃を構えてから、片手で早苗の頬を軽く叩き覚醒させた。
早苗は数秒間、もうろうとしていたようだったが、状況を理解したと見え暴れ出した。しかし、たとえ忍者でも抜けれないように両手両足を縛られていては虚しい行動だった。

早苗は暴れても無駄だと理解すると悪態をつき始めた。
「コノヤロー放せ、糞馬鹿、放しやがれ、この中年変態じじい、放しやがれ、糞00,00」
あまりの罵声のうるささに呆れて西田は言った。
「お前、本当に女か、胸も平だがまさか、オカマじゃあないのか」
「うるせぇ!黙れ、放しやがれ、俺は女だ、文句あっか、胸が平だと、だからどうした、俺は間違いなく女」
西田は、仕方なく頭を銃床で叩いた。早苗は一瞬呻いて大人しくなった。
「いい加減にしろ、騒いだらまた叩く、今度はもっと強くな」
西田は、そう言って早苗の目の前に銃床を突きつけた。早苗はその銃をしげしげと見て言った。

「この銃は三島のだ、何故お前が三島の銃を持っている」
「三島にもらったんだ」
「噓つけ、あのケチな三島が銃をくれてやるはずがない」
「、、、お前は何故そんなに三島の事を知っているんだ。三島とどんな関係なんだ」
「ふん、そんな事を聞いてどうする、それより俺をどうする気だ」
「さあ、、、どうするかな、、、今は俺もどうして良いか分からん、、、俺自身これからどうして良いか分からん。お前が名を名乗って俺を殺そうとしたということは、影の総理が俺を消せと命令したのだろう。そしてもし俺が逃げれば、俺の家族を人質にするだろう。俺一人ではとても家族を守り切れない。
家族を殺されるくらいなら俺が殺された方が良い、、、
俺は今、しょせん一匹の蟻では奴らを倒せないと思い知らされ絶望しているのだ。もう生きる望みもない」

「なんだその、一匹の蟻というのは、お前はロンドンの川に突き落とされた後、どうやって生きていたんだ」
「、、、それをお前に話しても意味がないだろうが、後でお前があの御老人に話してやるのも面白いかも知れないから簡単に話しておこう」
そう言った後、西田はロンドンでのいきさつを話した。話し終えると早苗は、西田がロスマイルド家と親しくなった事に驚き「もったいない、何故ロスマイルド家にずっと居なかった、世界一の権力者だぞ」と言った。
西田は寂し気に言った。
「こんなに早くお前が襲ってくるということは、ロスマイルド家から影の総理へ、俺の帰国を知らされたという事だろう。つまりロスマイルド家に裏切られた訳だ。もうロンドンに行く事もないだろう、、、
日本に居てもお前たちに狙われる、、、俺の家族に決して手を出さんと約束してくれるなら俺の命をくれてやるよ。だが、その前にあの御老人と話をさせてくれないか、、、電話番号は?」

西田は早苗の頭にコブを作りながら電話番号を聞き、影の総理の使いの老人に電話した。
「お久しぶりです、御老人」
「ん、その声は西田か」
「御老人、お願いがある。俺の命ならくれてやるから、その代わり松平家の者には一切手出ししないでくれ」
「いきなり何事だ、詳しく話せ」
「とぼけるな、早苗と二人の男に襲われた。俺を殺せと指示したのはアンタだろう」
「なにぃ!早苗に襲われた、で、貴殿がこうして電話しているということは、早苗を倒したわけだな。早苗は死んだのか」
「今ここに居る、声を聞かそうか」

西田はそう言ってから携帯電話を早苗の口元に近づけた。すると早苗はプイと横を向いた。その横顔はあばずれ女が不貞腐れているのと同じだった。
「変だな、さっきはあんなにうるさかったのに、今は話したくないようだ、、、おい、どうした、あの御老人に声を聞かせたくないのか」
西田がそう言って電話を口元にやると、またプイと反対方向に顔を振った。つまり西田の方に顔を向けた。
目と目が合った。車内灯に照らされた早苗の顔は、目の下が晴れているが、よく見ると美人だった。
不意に早苗が怒鳴った「なに見てんだよ、この変態じじい」
早苗のその怒鳴り声は、もろに電話に入った。わずかに間をおいて老人の声が聞こえた。

「、、、ワシは変態じじいではないが、、、早苗、何をしておる。なぜ西田殿を襲った」
早苗は急に声まで変えて言った「ご、御老、そこつな事を申し、申し訳ありません、、、じ、実は、その、、、」
「ワシは、西田殿が ご加護を授かりし者かどうかを吟味せよ、と言ったはずじゃ、襲えとは言っておらん 」
「あ、はい、、、申し訳ありません」
「西田殿、誠にあい済まぬが、こ度の詫びをしたい、どこかで会ってくれぬか。そちらの都合の良い日時場所を言ってくれ、ワシの方から出向く」
老人の丁重な話し方につられて西田も丁重に言った。

「そのような御気使いは不要です。ただ、松平家の者には一切危害を加えないと御約束いただければ、それで結構です」
「もとより、そのような事をするつもりはなかった。では、そこに居る忍の者の勇み足という事で納めてくれぬか。せめてもの詫びの印にその女狐を進呈する、煮るなり焼くなり西田殿の好きにしてよい」
「御冗談を、私には妻子が居ります。このような者をいただいては家庭不和の基となりましょう。謹んでご辞退します。この者は、ここに残しておきますので」西田はそう言って電話を切った。

西田は電話と銃をしまうと、運転席から出て外から助手席のドアを開けて早苗を抱えて出し、うつ伏せに寝かせて手足の結束バンドを切った。
西田は、何も言わずに運転席に乗り込むと、助手席には早苗が座っていた。そして西田が口を開く前に言った。
「寒くて死んじゃうよぅ、こんなとこに置いてきぼりしないでくれよぅ。俺が悪かった、謝るからさぁ、乗っけてってくれよぅ」
西田同様、早苗もびしょ濡れだった。西田は苦笑しエンジンをかけヒーターのスイッチを入れた。

しばらくして西田が聞いた「お前は三島の事をよく知っているようだが、どういう関係だったのだ」
「ん、三島か、うちの暗殺部隊の同期、半年間一緒に講義を受けた、奴は空手は強かったけど暗殺技術は俺の方が上だったから、よく懲らしめてやった」
「へぇー信じられん、あの三島を懲らしめた、、、それより、お前のその話し方何とかならないか、糞ガキのようで不愉快だ。お前、本当に川島早苗なのか、ロンドンであった早苗とは別人のようだが」
「あっ、そう、、、じゃあロンドンの時の外交官用の早苗になるね、ちょっと待ってね」
そう言うと早苗は、何やら呪文のようなものを呟いていたが、一瞬ガクッと体を震わせた後で言った。
「これで良いわ、はい、外交官用の早苗です」

西田は仰天した。正にロンドンで会った川島早苗の声だった。声だけでなく話し方も違う。
「い、一体どういう事だ」
「忍者の変身の術です、自己暗示をかけ、人格そのものを変えるのです。修行すれば誰でもできるようになりますわ。ちなみに私は七変化、七つの人格に変われます、、、
本当に外交官用の早苗でよろしいでしょうか、慎ましい新妻や、妖艶なくノ一にもなれますけど」
西田は目を丸くして言った「い、いや、それでいい」背筋が寒くなった。
「そ、空には飛行機が飛び交い、多くの人がスマホ片手に歩いている現代でも忍者の修行をしているのか」

「はい、良いものは廃れません、相撲も空手も剣道も今なお続いているでしょう。忍術も密かに受け継がれています。特に暗殺術は日本独自の技があり、その技で暗殺された時は外国人には解明できません。
私の海外での御務めが一度も表沙汰にならないのはその技のおかげです」
西田は恐る恐る聞いた「そんなお前が、ロンドンでは何故、俺を殺しそこねたんだ」
「今、分析し直せば、貴方の驚異的な生命力を考慮しなかった私の判断ミスです。何故なら普通の男性なら100キログラムの白人でも、130万ボルトのスタンガンを首筋に当てられれば、30分は意識不明のままです。そして意識不明のまま水温の低い川に重しを着けて沈めれば数分で絶命します。しかし、貴方は死ななかった。私は、その原因の方を知りたいです。
先ほども私の飛び蹴りを背中に受けながら倒れなかった。女性とは言え、5センチの杉板を割る私の蹴りを受けても倒れなかったのは三島と貴方だけです。それに私が撃った弾、当たらなかったのですか」

そう言われて西田は、肩先の痛みを思い出した。見ると服が破れ、血がついていた。弾がカスったとみえ皮膚が裂け血が出ていたようだが今は止まっていた。痛みも我慢できないほどではなかった。
背中の鈍痛も、蹴りを受けた時たまたま走り出そうとして衝撃を弱めたのかも知れなかった。
そう考えると今回も生き延びられた原因は、単に運が良かったせいかも知れない。
(あの時の早苗は、間違いなく俺を殺そうとして襲ってきたのだ。しかしこれで2度、俺は生き延びた。
ふん、俺はもしかしたら、本当にご加護を授かりし者かも知れん)

突然、早苗が大声で言った「いけない、私の銃、川の中に落したままだ。誰かに拾われたら大変な事になるわ。西田さん、お願い、あそこへ連れて行って」
西田は無言で発車させた。ヒーターのおかげで衣服が少し乾き始めていた。あの中洲に行くとなると、また川に入らねばならないだろう。そう思うとうんざりした。
(そうか、あそこで降ろして逃げよう。こいつらも自分たちであそこに来たのだ、車か何か置いてあるだろう)
西田は最初に停めた駐車場に車を止めた、すると早苗が「すみません、ヘッドライトで川を照らしてください」と言った。西田が渋々そうすると早苗は車から出て行った。
(仕方ない、銃が見つかるまで居てやるか)
銃は意外と早く見つかった。銃を片手に川の中を歩く早苗を見て、西田は発車させた。

まだ暗いうちに松平家に帰り着くと、音を立てないように浴室に行きシャワーを浴びた。シャワーでは冷えた体は温まらなかったが、浴槽に湯が溜まるまで待つ気がしなかったのだ。
寝室に入り寝巻きを着て和子の横に潜り込むと「どこに行ってたの」と和子は言った。
「話しは明日だ、今は温めてくれ」そう言って西田は和子を抱きしめた。途端に、隣に寝かせていた友和が泣き出した。和子は友和を抱き寄せて乳を含ませた。
薄明かりの中で見えるその姿の何と愛おしいことか。堪らず西田は、友和ごと和子を抱きしめた。

数日後、朝食後の歯磨きをしていると、あの老人が訪ねてきた。
「この間は済まなかった。詫びと言ってはなんだが、話して置きたい事もあって来た。だが、その前に松平家の世継ぎを拝ませてくれぬか」
和子がいそいそと抱きかかえてくると、老人は赤子の顔を覗き込んで言った。
「良い顔をしておる、、、この子は大物になるぞ、和子殿、心して育てよ、、、で、名は何とした」
和子が誇らしげに言った「松平友和と言います」
「なに、友一、、、父と同じか」
「はい、呼び名は同じですが、漢字が夫は一で息子は私と同じ和の字です」
「そうか、両親から一字づつもらったのじゃな、良い名じゃ、、、じゃが、子一人では心もとない、もっと子作りに励むがよい」和子は顔を赤らめた。

その後、西田は老人について行った。
西田が車に乗り込むと、老人が運転手に言った「浜辺にでも連れていってくれ」
車が走り出すと老人が言った。
「ロベルト、ロスマイルドと親しくなったそうじゃの。いきさつを聞かせてくれぬか」
「その前に、川島早苗を使って俺を殺そうとしたいきさつを聞かせていただきたい。薄雲の依頼だったのですか、それとも」
「影の総理の御意志じゃ、あの時はたとえ外国ででも事件を起こしてもらいたくなかったのじゃ、許してくれ」
そう言って老人は、隣に座っている西田に深々と頭を下げた。

「じゃが、今後は二度と貴殿を襲ったりせぬ。それどころか、貴殿にそれがしの跡を継いでもらいたいのじゃ。
後で詳しく話すが、その前にロベルト、ロスマイルドとの経緯を聞かせてくれ。
腑に落ちんのじゃ。貴殿が死んだと思っていた我らに何故、ロベルトが貴殿の帰国を『あの男は危険だ』と言って知らせてきたのか。我らに貴殿を殺させようと考えたのか、ロベルトの真意が掴めぬ。
ロンドンでのいきさつを聞かせてくれ」
生きる望みを失い、全てに無関心になっていた西田も、ロベルトが自分を裏切った理由を知りたくなった。
西田はできるだけ詳しくロンドンでの経緯を話した。ロンドンだけでなく、ヨーロッパやハメリカ、デスラエル各国に行きメール配信によってデモを起こさせた事も、バーナードを拉致したが、殺すことも利用することもできなかった事も話した。そして最後にハメリカ、ロットフェラー家を攻撃する方法をロベルトに話すと、ロベルトが酷く自分を恐れた事も話した。

話を聞き終えると老人は、腕を組んで考え込んだ。
いつの間にか車はどこかの浜辺に着いていた。太平洋であろうか大海原が目の前にあった。
西田はふと北海岸を思い出した(三島の骨はどうなっただろう。あのまま何年も何十年も、、、)
そんな事を考えていた西田に、というよりも独り言のように老人は言った。
「、、、そうか、そういうことだったのか、、、正に、西田殿は恐ろしい御方じゃ、、、」
西田には、老人が言いたい事がサッパリ分からなかった。

「西田殿が言った、ロットフェラー家の弱点を突いた攻撃方法、つまりデモを起こして暴徒化した群衆によりロットフェラー家やその関係会社を襲わせる方法は、ロットフェラー家だけの弱点ではなく、ロスマイルド家にとっても弱点だったのだ。そしてその弱点を突かれたらロスマイルド家といえども滅びてしまう、、、
西田殿はその事に気づいていなかったかも知れぬが、ロベルトは気づいた。恐らく、西田殿がロスマイルド家を出た後でな。だから我が組織に知らせた。我が組織は西田殿を殺そうとしていた、生きていたことが分かれば必ず殺すだろうと考えてな、、、

だが影の総理殿は、生きていた西田殿に驚き、もしや西田殿は御神のご加護を授かりし者つまり、日本国を守るために御神から遣わされた御方ではないかと御考えになられたのじゃ、、、
のう西田殿、貴殿は一匹の蟻と言うたが、その一匹の蟻が奴らを、世界を陰で操る邪悪な集団を倒す方法を見つけてしもうたんじゃ、恐らく、ロベルトは恐れおののいたに違いない。
話を聞いたワシとて今は西田殿が恐ろしいのじゃ、、、

西田殿、貴殿のその智慧を日本国を守るために使っていただけぬか。日本国はいま存亡の危機に直面しておるのじゃ。奴らはますます日本国を滅ぼそうと企てておる。
奴らの魔手から日本国を守ってくだされ、せめて10年。10年すれば我が国の秘密兵器が完成する。
そうすれば日本国は無敵になる。何故ならその兵器を使えば核兵器を無力化できるのじゃ。
核兵器を発射したらその上空で爆破できる。発射した所が放射能汚染されることになるのじゃ、どこの国も発射できなくなる。
それだけでない、その秘密兵器を使えば宇宙からどこの国でも攻撃できるのじゃ。

その兵器が10年以内には完成するのじゃ。そうすれば、日本国はやっとハメリカから真の独立ができる。
そして、日本人によって日本国を統治できるようになるのじゃ。
そうなれば、忌まわしい多額の使途不明金もなくなり、消費税を廃止しても財源を確保できるようになる。
ハメリカの言いなりに、高いコストをかけて中東まで原油を買付に行かなくても、ウラジオストク経由でロシアの安い天然ガスを輸入できるし、何より水を燃料にしたエンジンが実用化されるじゃろう。
そうすれば日本国は半永久的に繫栄を続けられるのじゃ。
西田殿、影の総理の傍に居て日本国を守ってくだされ、伏してお願い申す」
そう言って老人は頭を下げた。

西田は言葉を発することも忘れて考え込んだ。
(俺にそんな能力があるとは思ってもみなかったが、この老人が言われる通りなら、確かに俺は奴らを倒せるのかも知れない、、、
日本にいながらでもメール配信をしてデモを起こさせれるし、デモを暴徒化させ襲わせる事も可能だろう。その事を奴らに思い知らせ日本支配を止めさせれば、日本は良くなる、、、)
「御老、俺でも日本のために役立つなら何でもする。この西田友一を存分に使ってくれ」


それから10年後、日本国は真の独立を果たした。
奴らによって開発を止められていた、数々の革新的な発明や開発を行い、数年で技術力も経済力も世界一になり世界のけん引国になった。
秘密兵器の完成により軍事力も世界最高レベルになったが、日本国は決して武力を笠に着ることなく、どの国とも対等に接した。り地域以外は。
正に、終戦までの日本国の目標「大東亜共栄圏」が世界中に広まったのである。

  「たった一匹の蟻でも、できる事があるのだ」
自分の事だけを考えて生きていくのは容易い。しかし日本人なら、他人の事を思いやる心を持ち続けることだ。それは、辛く苦しいことではあるが、日本人は昔からその心を持ち続けてきた。その心を失えば、生粋の日本人ではなくなってしまうかも知れない。

                        完                 令和 元年 七月 二十九日

一匹の蟻

私のつたない小説を読んでいただき感謝いたします。もし、御感想や御批判等いただけるのでしたら、下記メールアドレスにお願い致します。
sryononbee@yahoo.co.jp

令和元年 10月11日  追記
小説内の「奴ら」(ロスチャイルド)の悪事については「日本の美しい魂を、とりもどす」というブログに詳しく記載されています。このブログを読まれて「奴ら」の悪事がどれほど酷いものであるかを御知りになられる事を御勧めいたします。

一匹の蟻

この小説は一匹の蟻の物語です。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-03

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1
  2. 2