デートアライブ 琴里バースデー2019
今年も8月3日がやってきました。そう、琴里の誕生日です。誕生日記念小説を書き始めて、今年で5年目になります。どうぞよろしくしくお願いします。
ツツジの白さ、彼女の純真さ
七月。夏もいよいよ本格化しようかという頃、琴里はフラクシナスで通常業務に勤しんでいた。現状では新しい精霊の類は観測されていないことや、保護している精霊たちの霊波も安定していることなどもあり、ラタトスクには珍しく平穏な時間が流れていた。
機関員たちがモニタを確認しながらタッチパネルを用いて解析を行っている。琴里は、彼らが解析した情報をもとにその事象の判断をしていた。
ふと琴里が艦長席に置かれた置時計を確認すると、そろそろ五河家に帰る時間が迫っていることに気づいた。モニタの電源を落として立ち上がると、
「作業の途中で申し訳ないけれど、私はそろそろ帰るわ。後はよろしく頼んだわ」
そう言って出入り口に向かうと、背後からはお疲れ様です、ご苦労様、もっと司令にいたぶられたいです! などの声が聞こえてきた。琴里は最後の声は聞かなかった事にして、司令室を出た。
今日は一週間に数度存在する、通常帰宅可能な日である。切羽詰まった場合にはラタトスクに数日こもる事も珍しくないが、先述の通り今は至って平和な状況のため、こうして夕方退勤という形を取っている。
「……さて。ちょっと休憩しようかな」
そう言って琴里はフラクシナスの最深部へ向かう。たどり着いたのは、原則琴里しか立ち入らないエリアである。あと、一応令音が侵入権限を所持しているが、滅多に立ち入ることは無い。
このエリアには生活できる設備が一通り揃っており、彼女は休憩するためにこの場所を利用している。艦長エリアと通常エリアを隔てる扉にはロックが掛かっており、それを解除するには指紋認証、声紋認証、パスワード認証が必要である。それらを解除して琴里はエリアへと入った。
休憩室へ入った琴里はぽつりと呟いた。
「お風呂でも入ろうかしら」
本来なら家に帰ってから入るのだけれど、ここ最近の熱さのせいか疲労が思ったより蓄積していた。そのためここで疲れを落としていこうと考えた。
「ま、移動は転送装置使うし、良いわよね」
――――というわけで、琴里は今、広々とした湯船に浸かっている。
タワーマンションのリビングの如き大きな窓からは天宮市が一望できる。
ちなみに、外からは見えない仕組みになっている。仮に外から見えたとしても、上空一万五千メートルのフラクシナスの、さらに内部なんて見えないかも知れないけれど。
琴里はその景色をぼーっと見つめていた。そして頭の中はある事で一杯だった。
「そういえば、もうすぐで私の誕生日だったわね……一年って早いものね」
そう。今日は七月三十日。琴里の誕生日である八月三日まで、あと四日なのである。
そんな事実を、琴里は今思い出した。
「嫌ね。自分の誕生日を忘れるなんて……」
琴里は自嘲気味に呟く。その後、ふぅとため息を漏らした。
白リボンの“私”であれば――または、精霊になる前の“私”なら――、自分の誕生日が迫っている事を知れば、「もう、いーくつ寝ると、誕生日ー」とか言って待ち望むのかもしれない。だけど、ラタトスクで艦長として奮闘する“私”は、そんな自分をも忘れて、日々精霊たちのために身を粉にしているのだ。――だから、忘れていた。
それに、両親が海外出張に行ってから、あまり誕生日というのを意識しなくなったことも関係しているのかもしれない。もちろん、その間も士道が祝ってくれたりしたのだが、加えて、琴里が精霊化してから、兄妹仲良く誕生日を祝うというのが無くなったのも確かだ。
確かに誕生日は自分にとってこの世界に生まれた証であるが、それを特別だと思わなくなったのだろう。
そこで琴里はかぶりを振った。
「……でも、今は違う。おにーちゃんだっているし、精霊の皆だっている。今の私は一人じゃないんだから」
そう呟く琴里の瞳には、司令官らしい決意の炎が燃えている。
と思えば、はっと琴里は何かに気づいて、顔を唇の上まで湯船に沈めた。
「(そういえば、最近おにーちゃんに甘えてないなぁ……)」
その事実に気づいた途端、お風呂のせいではない、全く異なる感情の熱っぽさに気づいて湯船を出た。
つい先ほど、あと少しで帰宅するとの連絡を琴里から受けて、士道は夕食の準備を始めた。というのも、今日は他の精霊が家に来る予定が無く、五河家にいるのは士道と琴里の二人だけだからだ。つまり、作る夕食も二人前なのである。
だけど、そこは家事を何年もやっている士道である。本日の夕食のタネは事前に仕込んであった。
「あいつ疲れてるみたいだし、今日はハンバーグにしよう」
冷蔵庫から作り置きしていたタネを取り出して、予め油を熱しておいたフライパンに載せる。ジュウという香ばしい音を立てて、みるみるうちに表面に焼き色が付く。しばらく置いたら、頃合いを見計らってひっくり返す。そして、その作業を何度か繰り返した。最後に焼き具合を確かめて、それをお皿に盛りつけたレタスの上に置く。そしてその上から具材入りのタレを掛ければ、士道お手製のハンバーグは出来上がりだ。
完成した料理などを食卓に運んでいると、どたどたどた! と階段を誰かが下りる音がして、そして勢いよくリビングに入ってきた。
「ただ今だぞおにーちゃんっ!」
「おう、お帰り琴里。お仕事お疲れ様」
「うん。ばっちりだぞー!」
そう言って琴里はビシっとサムズアップした。
「それは良かった。ほら、ハンバーグ出来てるから食べよう」
「おお! 私の大好きなメニューだ」
琴里は小さい頃からハンバーグが大好きで、事あるごとに母親に作ってもらっていたのを士道は知っている。その母親――と父親――が海外出張に出かけてからは、こうして士道が作ってあげているのだ。
士道が一旦キッチンに戻ると、後ろから琴里がやってきて、言った。
「――愛してるぞ、おにーちゃん」
最近言われていない言葉を突然受けて、士道は思わず振り返った。しかし、すでに琴里は席に着いてハンバーグを食べている。そして、満面の笑みを浮かべる。そんな光景を見て、士道は琴里が妹で本当に良かったと実感するのであった。
琴里はもともと人見知りが激しくて、人間関係にもあまり積極的では無かった。そのため小さい頃は家で遊ぶ時間の方が多かった。しかし、ある日を境に、琴里は徐々に周りの子達とも付き合うようになった。そのきっかけが白リボンであると琴里は考えているのだが、それを誰から貰ったのか、その記憶がはっきりしないのだ。五年前みたいに士道から貰ったのか。または、当時の琴里の様子を見て両親から貰ったのか。未だ思い出せない。
いずれにせよ、幼い頃に真剣に自分と関わった人は家族だけなので、本当に感謝しないといけない――――。
というような事を、翌日、琴里は令音との会議中に考えていた。
「――――というわけなのだが。琴里?」
「……え? ああ、悪いわね。ちょっとぼーっとしていたわ」
琴里が謝ると、令音はその様子を見て、
「ちょっと休憩にしよう。琴里も疲れが溜まっているようだ」
「悪いわね……」
「構わないさ。琴里には重要な任務をこなしてもらっている」
そう言って令音は二人分のお茶をお盆に載せて戻ってくる。
お茶をすすっていると、令音が沈黙を破った。
「それで。先ほどは何を考えていたんだね?」
「ふえっ?」
唐突に切り込まれたものだから、琴里は慌ててお茶をいささか軍服にこぼしてしまう。
後で士道に洗ってもらうことに後ろめたさを感じつつ、琴里は正直に答える。若干頬を赤らめ、唇を尖らせて。
そこには、年相応の女子としての恥じらいが混じっていた。
「……士道の事よ」
「ほう」
令音は眠たそうな表情で相槌を打つと、また一口お茶をすする。
「士道には精霊保護の事で凄く苦労や迷惑をかけているんですもの。司令官として、その事を考えるのは当然でしょ?」
「そうだね……だが、他にもあるんじゃないのかな?」
「どういう意味よ?」
琴里が問うと、令音は静かに告げる。
「もっと本質的な事さ――“おにーちゃん”の事だ」
どきんと鼓動が跳ねるのを感じた。何故、今おにーちゃんの話が出てくるのか……。琴里は疑問に感じざるを得なかった。
それはともかく、やはり令音には隠し事は不可能である事を、改めて痛感した。令音は、琴里が精霊化した後、ラタトスクの司令官に就任して以来の仲である。お互いの事は当然良く知っている。だからこそ、令音には彼女の考えている事が手に取るように分かるのだろう。
これ以上“おにーちゃん”の事について根掘り葉掘りされるのは堪えられないので、琴里は仕事の話を振る事にした――。
その日の夜。士道はリビングでテレビを眺めていた。今放映されているのは、あの有名なお昼の司会者が、日本の様々な場所を巡って、その土地の歴史を探訪する番組である。
今回は北海道が舞台らしい。その有名司会者とそば付きのアナウンサーが、現地の人に案内されながら、その土地の歴史の説明を受けている。
今彼らが訪れているのは硫黄山という場所だ。なんでも、ここに咲くエゾイソツツジという花がテーマのようだ。
この花は、本来標高の低い場所にしか咲かない種類であるらしい。しかし、現在咲いている場所は標高が高い場所なのだ。では、なぜここに咲いているのだろうか――その理由は、この辺り一帯が大昔低い土地であったからだそうだ。その事を受けて有名司会者は、きっとその花はどんな環境でも適応していこうという、確固たる意志があるのでしょうとコメントした。つまり、エゾイソツツジは環境が変わっても、変わらず大地に根を生やして生き抜いているのである。
その会話の一部始終を見ていた士道は、一つの案を思いついた。
「これなら……」
そう呟いた彼は、その花の詳細を携帯で調べ始めるのであった。
時間は過ぎて、琴里の誕生日である八月三日となった。
夜が明けて空に明るさが見え始めた、午前五時半過ぎ。五河家の前に二人の人物の姿があった。片方は隣に比べて背が低いが、ぴんと背筋が伸びていて、どこか凛とした印象を受ける。対してもう片方の人物は、背は高いもののやや猫背気味である点が特徴的である。
その人物は隣の女性に話しかけた。
「いやぁ。久しぶりの我が家だね、はるちゃん?」
はるちゃんと呼びかけられた女性は、感慨深そうに答えた。
「えぇ、そうね。我が子の誕生日だから帰って来たけれど、何にも変わってないわね、たっくん……?」
「そうだね――士道も元気にしているといいね」
「しーくんは大丈夫よ、きっと。昔から兄妹水入らずですもの」
そう言ってはるちゃんこと遥子は微笑んだ。
「はるちゃんの言う通りだ」
そう応えた、たっくんこと竜雄も、遥子につられるように笑った。
夫婦は幾時ぶりの我が家に足を踏み入れる。玄関で靴を脱ぎ、荷物を寝室に置いてから手洗いなどを済ませた。そして、しばらくはしん……としたリビングでのんびりとした時間を過ごすことにした。
「ことちゃんとしーくん、驚くかしら?」
「ああ、きっと驚くと思うぞ。琴里は今日が誕生日だし、きっと喜んでくれるさ」
「だといいわね。あの子だってまだ中学生だし、母親の顔見たいわよね」
遥子がいたずらっぽく笑うと、竜雄はおかしいとばかりに、
「どうする? 琴里が無邪気におかーさーんおかえりー! とか言って迎えてくれたら?」
「そりゃあ母親としての深い愛を以ってして受け止めてあげるわよ。でも……」
「どうしたんだい、はるちゃん?」
「むしろ、ことちゃんにそれをされて喜ぶのはたっくんの方じゃないかしら?」
「……はは。そうかもね」
竜雄が照れたように笑うと、遥子は小学生が「やーい先生に言ってやろ!」というノリで、いたずらっぽく言う。
「ひょっとしてたっくん、実の娘に欲情してる?」
「そんなことは無いぞ!」
その後も、何かと遥子にいじられる竜雄であった――――。
その後、起きてきた琴里がリビングにいる両親に気づいて士道を起こしたところで、兄妹と両親は久しぶりに再会した。そして、竜雄が「昔みたいにおかえりのハグを……」と琴里に言うと、「ごめんねおとーさん」とすげなく断られていた。また、遥子と竜雄は翌日の四日、昼頃に日本を発つ予定だと二人に告げた。
琴里は遥子にべったりで、女子トークに華を咲かせた。士道は竜雄と男同士の雑談をして時間を過ごした。そうしてあっという間に時間は過ぎ、両親が食休みで寝室に戻った昼下がり、士道はとある物を手に持って琴里の部屋を訪れた。
「琴里入っていいか?」
「はーい、どうぞだぞーおにーちゃん」
中から元気な声が聞こえてきた。今は無邪気な妹モードのようだ。そんな事を想いながら、士道は扉を開ける。
「何か用、おにーちゃん?」
琴里が椅子ごと士道に振り向き、こくりと首を傾げる。士道は手に持っていたものをテーブルに置くと、ベッドの縁に腰を下ろした。
「いや特に無いんだが、琴里が何してるかなって」
「えぇ何それ。私は学校の宿題をやっている最中だぞー」
琴里が頬を膨らませながらも、士道に宿題の様子を見せる。取り組んでいるのは漢字の書き取りのようで、ノート一杯に熟語がびっしりと書き連ねてある。そして琴里の手を見ると、シャープペンシルが擦れてできた跡も見て取れた。
「頑張ってるんだな……偉いぞ、琴里」
そう言って士道は琴里の頭を撫でる。
「ん……ありがと、おにーちゃん」
そう言った彼女の表情は見えなかったが、髪を括っている白いリボンがぴこぴこ動いているのを見ると、どうやら嬉しいようだ。
再びベッドの縁に腰掛けて、士道は琴里が勉強する様子をただ眺めていた。
――――そうすること三時間。ふと琴里が大きく伸びをして、「終わったぁぁぁ」と声を上げた。その時、士道がテーブルに置いてあったとあるものを手に取って、琴里を呼んだ。
「琴里、今日誕生日だったよな」
「……ん? そうだったね」
そう言って振り返る彼女の前に、士道は白い花の鉢植えを差し出した。
「うわぁ、何このお花……とってもきれいだぞー。何て名前なのだー?」
「ああ。エゾイソツツジって言うんだ。普段は北海道にある山に咲いている花なんだ」
「へぇ……」
琴里はとても気に入ったらしく、鉢植えを色々な角度から観察している。その表情は、無邪気さゆえの年相応の女の子らしさが溢れていた。
「どうしてこれを私にくれたのだー?」
「まず、このツツジは標高の低いところにしか咲かない花なんだよ」
「ふむふむ」
「なんだけど、北海道にある硫黄島のつつじは、高いところに咲いているらしいんだ」
「え、それはどうしてなの?」
琴里が驚きに表情を染めて尋ねる。
「昔、山全体が隆起して押し上げられたんだ。だから、元々ツツジが咲いていた場所は標高が高くなったんだ」
「へぇ……でも、私にこの花をくれた理由と、その話はどう結びつくのだ―?」
「――つまり俺が言いたいのはな……このエゾイソツツジは環境が変わっても、変わらず咲いているんだ。だから、これからも琴里にはそうやって、どんな事にも立ち向かっていけるような、芯の強い女の子になってほしくて、これを選んだんだ」
士道は段々と恥ずかしくなってきて、琴里から顔を逸らして頬をかいた。だから、今琴里がどんな表情をしているかは分からない。あまりの内容にどん引きしているかも知れない――そう思った士道の頬に、何やら温かい感触が伝わった。驚いてそちらを向くと、琴里がそっぽを向いていた。いつのまにかリボンは黒いものに変わっていた。
「……士道の割には、ちゃんと考えてくれていたのね。一応感謝しておくわ」
そう言って、ふんと鼻を鳴らして腕を組む琴里であった。
「実は、もう一個プレゼントがあるんだ」
「え?」
士道の思わぬ言葉に琴里は鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべた。
次に士道が差し出したのは、十センチ四方の箱だ。
「開けていいかしら?」
「ああ、どうぞ」
士道の了承を得て、琴里は丁寧にラッピングを解いて、箱を開けた。そこに入っていたのは……。
「黒と白のリボン……」
「ああ。他の物が無いか考えたけど、一番琴里が使う物ってやっぱりそれだろうなって思ったんだ。喜んでくれると嬉しい」
士道の言葉を聞いた琴里は、無言のまま、箱の中から白と黒のリボンを一つずつ取り出して士道に手渡した。
「……結んでちょうだい」
「え、どうやって」
戸惑う士道に、琴里は上目遣いに応えた。
「――昔みたいに、私の髪を結んでくれれば良いわ」
「おう……分かった」
司令官モードの琴里に気圧されながらも、士道は結んであったリボンを解き、新しいリボンで琴里の髪を括っていく。その間、目を閉じて作業が終わるのを待つ琴里であった。
「ほら、終わったぞ」
士道の声で琴里は目を開けて、鏡の前でその様子を眺めた。
そして振り返って、言った。年相応の無邪気さを装い、司令官の時の凛々しい表情で。
「――ありがとうおにーちゃん……愛してるぞ、おにーちゃんっ!」
[終]
デートアライブ 琴里バースデー2019
今年も最大限琴里の誕生日をお祝いしたいです。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。「愛してるぞ、おにーちゃんっ!!」