心理学

草片文庫(くさびらぶんこ)

心理学

ホラー系小説です。縦書きでお読みください。


 私の住むマンションの部屋に、半年前に越してきた四歳の坊やが、ときどき遊びにくる。私は七十になったばかりのじいさんである。
 定年になり、することもなく、ぼんやりとしていると、その坊やが遊びにくる。まあ、子供には興味があり、私にはとてもよい友達だ。遊びに来るようになったのには理由がある。一月ほど前であろうか、私がエレベーターの前の段差で毛躓いて、足首を捻挫した。そのとき、乗り合わせていたのが、その坊やと母親であった。彼女はすぐに管理室に連絡をしてくれた。私は管理員が呼んでくれたタクシーで近くの整形外科に行くことができた。
 数日後、私は御礼を持って、一階上の彼女の家にいくと、母親は遠慮しつつも私の選んだお菓子を受け取った。そして言った「かえってにすみません、足は大丈夫ですか」とたずねたので、「おかげさまで、大したことはありませんでした、助かりました」と言ったところに坊やが玄関口にでてきて、「だいじょうぶ」と私は見上げた。
 大丈夫だよと答えた私は「いくつ」と聞くと、坊やは四本指を突き出した。
 「お利口さんだね」
 母親はそれを聞くと嬉しそうに、「言葉は早かったんです」といって、「ね」と坊やの顔を見た。坊やは「うん」と頷いた。
 「遊びにいらっしゃい」
 と坊やに言うと、やっぱり「うん」と頷いた。
 「私は一人ですし、ちょっとだけなら、遊ばしてあげてもいいですよ」
 そう言って、母親に名刺を渡した。
 名刺には、とある大学の名誉教授とあり、心理学博士(児童心理)とある。
 それを見た母親は、まあ、「先生でいらっしゃったですね、しかも、子どものご専門、ご相談にあがることがあるかもしれません、こちらこそよろしくお願いします」
 と深々とお辞儀をした。
 それからしばらくして、母親が坊やをつれて、私の部屋をノックした。
 のぞいてみると、二人が立っている。
 ドアを開けると、母親が小さな目の周りを真っ黒に塗って長い睫をつけて、坊やの手を引いて立っている。
 「いつぞやは、おいしいお菓子ありがとうございました」
 「いえ、こちらこそ、なにか」
 「あの、この子のことでご相談とお願いがありまして」
 「はい、どうぞお入りください」
 坊やは、「こんにちわ」といって入ってきた。礼儀正しく育てている。
 「失礼します」
 母親もあがってきた。居間のソファーに通すと、母親は腰掛けるやいなや、「この子、いうこときかなくなったんです」と私を見た。
 坊やはお母さんの隣でちょこんと腰掛けて、もじもじしている。
 「おとなしいじゃないですか」
 「いえ、人の前じゃそうですが、私と二人だけのときは、なんでも「やだ」「やらない」がとても多くて、半分くらい私の言うことを否定するんです。
 「自我がでてきたのではないのですか」
 「だけど、私が小さいときは、親にそんなこと言ったことはないんですもの、気になりまして」
 「そうですか、それで、私にできることはありますか」
 「この子を教育してくださいませんでしょうか、私の言うことを聞くように」
 「保育園にはお入れにならなかったのですね」
 「ええ、入れたかったのですが空きがありませんでした、来年は幼稚園に入れることになっているんです、それまででもお願いできますでしょうか」
 「うーん、一番いい教育は放っておくこと、大事なときに一言言うこと、なんですが、でもかまいませんよ、私にできることなら」
 「あの、一日に一時間なり、二時間の間、教育していただけないでしょうか」
 「ええ、いつでもどうぞ、もしお母さんが一人でお買い物にいかなけれがならないようなときも、どうぞどうぞ、ご遠慮なく、私はたまに買い物にでますが、それ以外はほとんど家で、本を読むか、テレビを見るかしかありませんでな」
 「ありがとうございます、それでおいくらぐらいお払いしたらよろしいでしょうか」
 「いえ、いりませんが、坊ちゃんに何か食べさせた方がよいなら、それをお持ちになってください」
 お母さんが家の中を見回した。
 「私の家の中は児童心理と部屋を研究している者に設計させました、怪我をしないようにです、それにトイレにしても年寄り用、言うなれば小さい子と同じですな」
 それを聞いた母親の顔はパッと明るくなった。
 「おやつと飲み物をもってくるようにします。朝の十時頃から十二時頃まで、二時間というのはどうでしょうか」
 「かまいませんよ、今、ちょっと遊んでいかないかい」
 坊やに声をかけた。
 「でも、いきなり」
 「いや、いきなりになるといけないので、これから一時間も遊ばせて、家に送りますよ」
 「どうだい、坊や」
 「うん」
 「それじゃ、お母さん、今日は一時間ほど遊んでもらいますね」
 「それじゃあ、お願いします」
 母親は子どもをおいて家に戻った。
 「坊や、なにして遊ぶかい」
 わたしがきくと、その子は「わからない」と答えた。
 「いつもなにして遊んでるの」
 「遊んじゃいけないんだって、勉強している」
 「ああ、そうか」
 その子は遊び方も知らないらしい。きっと親がそういう風に育てられてきた人なのだろう。
 「おうちではお母さんお父さんの言うことをはいはいと聞くのだよ」
 「うん」
 「ここでは、自由にしていいんだよ」
 「自由ってなに」
 「好きなことだよ」
 「好きなことない」
 そこでテレビゲームをとりだした。
 「坊や、約束してくれるかい」
 「いいよ」
 かなり素直な子である。
 「お母さんに、なにしていたと聞かれたら、おじさんのところでは、勉強していたと言ってちょうだいね」
 坊やはうなずいた。
 「それじゃ、遊ぶことを教えてあげよう、坊やの家ではできないことだよ」
 「なーに」
 そこで、テレビゲームをつないで画面に映した。戦争ごっこのゲームである。相手を機関銃で撃ちまくって、皆殺しにしないと、自分も殺され、ゲームは負けとなる」
 操作は簡単なので、小さい子供でもすぐ覚えられる。案の定、坊やはすぐに機関銃を発射するボタンの操作を覚えた。
 急に飛び出した敵をすぐに撃つ。最初はすぐに撃てなくて、自分が殺されてしまった。だんだんと生き延びることができるようになる。
 「相手を撃ったら、やったーと大きな声で言うんだよ」
 坊やはにこにこして、敵に機関銃の弾をあびせ、「やったー」と大きな声をあげた。瞬く間に、一時間が過ぎようとしている。
 「さて、そろそろ、おうちに帰る時間だよ」
 「もっとやりたい」
 「明日くればいいよ」
 「うん」
 「おじさんとこでは、勉強を教えてもらったというんだよ」
 「うん」
 「お母さんの言うことははいはいと聞くんだよ、そうすればここで遊んでいいよ」
 「これが遊びなの」
 「そうだよ」
 こうして坊やを家に送った。
 「どうでしたかしら」母親が心配顔で聞くと、私が答える前に、坊やが「勉強おそわった」と答えた。
 母親は満足げに「よかったね」と母親の頭をなで、私に「ありがとうございました、明日からお願いします」と深々と頭を下げた。
 「どうぞどうぞ」
 私は笑顔で部屋にもどった。
 次の日、十時になると母親が白いミニスカートに、赤いブラウスというちょっと派手な格好で坊やを連れてきた。青いショルダーバックを肩に掛け、手にはバスケットを吊るしている。
 坊やは戸が開くとすぐに中に入ろうとした。
 「挨拶をするのよ」
 母親にいわれて、あわてて「おはようございます」とかしこまってお辞儀をした。
 「はい、おはよう」
 そのあと母親がおはようございますとおじぎをした。
 「それでは今日から願いします」
 「ええ、いいですよ、十二時をちょっとぐらい遅れてもかまいませんから、どうぞゆっくり買い物をしてきてください、子育てには息抜きが必要ですから」
 そういうと母親は嬉しそうにうなずいた。
 「昨日はあれからこの子、私の言うことよく聞くのですよ、さすがは偉い先生だと感心してるんです」
 そういって母親はバスケットを私に渡した。
 「ケーキとジュースが入っていますので、先生の分もありますので、よろしかったらどうぞ」
 「ありがとうございます」
 「それではお願いします」と母親は出かけていった。香水の匂いが入り口に残っている。
 「さあ、坊や、昨日の続きをしようか」
 「うん」と、坊やはセッティングしておいたテレビゲームのスイッチを入れた。かなり物覚えの早いこどもである。昨日とはちょっと違うが、今日もやはり戦争ゲームである。
 もうバキューンとか、死ねとかいう音や言葉が聞こえてくる。戦争ゲームだ。
 そのうち、「あ、やられたー」という坊やの声が聞こえた。
 「おじさん、死んじゃった」
 坊やがちょっと離れたソファーで本を読んでいた私のところにきた。
 「どうしたんだい」
 画面は相手の戦士が後ろに回り込んで藪の陰から、主人公を撃ち殺してしまったところで止まっていた。
 「ほら坊や、ただ相手を殺すだけじゃだめなんだよ、他の敵が後ろにいないかと、いつも気を付けていないと撃たれてしまうよ」
 坊やはうなずいた。
 そこで私は私しか知らない数字を押して再スタートさせた。このゲームの再スタートには暗証番号を入れる必要がある。坊やには教えていない。今日の戦争ゲームは昨日のゲームと違って自分も殺される。
 坊やはまたゲームを始めた。さっきより銃を撃つのがゆっくりになった。きっと、周りを見ながら自分を移動させているのだろう。それでもしばらくすると、「やられたー」という声が聞こえた。
 画面は迷彩服に身を固めた金髪の男が主人公を撃ち殺したところで止まっていた。
 「ほら、この男に殺されたのだろ、やられたらやり返しなさい」
 というと坊やはうなずいた。再スタートを設定してやると、またすぐ始めた。
 今度はなかなか銃を撃つ音が聞こえなかった。これもしばらくするとバキューンという音が聞こえ、「やったー」という声が聞こえた。
 本をおいてテレビのところに行ってみると、さっき主人公を殺した金髪の兵士を坊やが撃ち殺したところだった。
 「うまいね」
 私が褒めると、今度は相手をどんどん撃っている。
 「たくさん殺してごらん、でも自分が死なないようにね」
 坊やはかなり長い間ゲームを続けることができた。「あ、死んじゃった」
 というので見にいくと、「たくさん殺した」と、嬉しそうだ。
 「ほら、ここを見てごらん」
 私はゲームの上の方に四角に囲まれた数字を示した。
 「読めるかい」
 「うん、八十八」
 「えらいねえ、八十八人も殺したんだよ」
 「それじゃ、これを見てごらん」
 殺した数の隣にある枠の中の数字を指さした。
 「それはなに」
 「これはね、坊やが生きていた時間だよ、長いほどたくさんの相手を殺せるからね、長い方がいいんだよ」
 「十三とある」
 「そう、十三分生きていたんだよ、もっと長いともっとたくさん殺せるよ」
 坊やはまたゲームを始めた。
 坊やには「お母さんに、数字の勉強をしたと言いなさい」と言っておいた。
 そんなことを繰り返し、十二時より少し前に母親が迎えにきた。
 坊やに「お母さんのいうことをよく聞くんだよ」と送りだした。
 
 そういった遊びを二週間続けた。坊やを送ってきた母親が感心したように言った。
 「この子、数字に滅法強くなりました、先生の教え方がいいのだと思います。それに、時間もしっかりと頭に入ったようです、ありがとうございます」
 「よかったですね、お子さんの頭がいいのですよ」
 「どのように教えていらっしゃるのですか」
 「ははは、企業秘密です、大したことしてないですよ」
 「これからもよろしくお願いします。幼稚園に入ってからもお勉強見てもらえないでしょうか」
 「来年の四月ですよね、そのころになったら考えましょう」
 それからは、もっと高度な戦争ゲームを取り入れた。飛行機の操縦士になって、敵の国のよりたくさん人の集まっているところに爆弾を落とし、もう一機のパイロットよりたくさん人を殺すと勝ちというゲームである。
 あらかじめ人が集まっているという情報を元に、そこに行くって爆弾を落とすのであるが、敵の飛行機がじゃまをし、行くまでの時間がかかってしまうと、人が散りじりになって、殺す人の人数が減るというゲームである。敵機をすぐに撃ち落として、早く着けばたくさん殺せる。
 坊やはなかなか上手にたくさん人の集まっているところを選んだ。マーケット、床屋、魚屋、八百屋、クリーニング屋、車屋、駅、小学校、の中から、たくさんの人のいるところを選ぶことと、人が集まっている時間を選ぶことを坊やは誰に教わったわけでもないが、何度か繰り返すとわかるようになった。最初自分の知っている床屋さんに落としたが、お客は一人で、死んだのは主人とその客の二人だったが、お母さんとよく行くマーケットに落としたら何十人もの人が死んだ。次にマーケットに落としたときは、開店前だったので店員さんたちと店長だけだった。
 敵機を交わすのも上手くなった。敵機が遠くに見えると、飛行機の頭の向きから行く方向がわかるようになり、迂回したり下に下がったりして上手にかわした。
 こうして、何日か遊んでいると、とても多くの人を殺すことが出来るようになった。
 私は必ず一ゲームが終わると、「何人死んだの」と聞く。
 坊やは画面の隅にでる数字を読んで教える。
 「それじゃ、それまで何人死んだの」
 と聞く。
 爆撃ごとに死んだ人の数が画面の右端にならんでいる。
 坊やはノートにその数字を書いて足し算をするようになり、二桁の足し算だけでなく、三桁の足し算もできるようになった。
 母親が、「本当にこの年で、足し算がこんなにできるなんて、驚きました」
 母親がお礼の商品券をもってきた。
 「おもしろいかい」
 もってきたおやつを食べる時間にキッチンに入ってきた坊やに聞くと、うなずいて、「もっと違うのがやりたい」
 とせびった。
 それで動物の狩りのゲームを買ってきた。
 「これはね、町を歩いていて、人に見つからないように動物を矢でうっちゃうんだ」
 人が通っているときに矢を射ると警察に突き出されて監獄に入れられる。それまでに何匹の動物を矢で仕留めることができるかというゲームである。それはさらに、矢を洋弓にセットする時間がかかり、ボタン一つで爆弾を落とすより高度なゲームだった。人が来たら袋に入れて隠さないといけない、見つかったら出だしに戻る。
 坊やは、夢中になって、猫、犬、鳩、カラス、雀、時々、狸などに弓を向けた。なかなかうまく当たらないのと、見つけても弓をつがえている間にいなくなってしまったり、途中で人が来て弓をしまったり、かなり忙しい。
 それに慣れるのに時間がかかったが、それでも坊やは一月きも経つとかなり上手くなった。生き物の性格もよく分かるようになった。
 母親が老人に言ったことには「今まで、猫や犬なんて全く興味がなかったのに、町を歩いていて見つけると、そうっと近づいて触っちゃうんです、何か教えてくださったのかしら」
 「ええ、動物は怖くない、かわいがりなさいと教えました」
 「内の主人も私もどうも動物が苦手で、どうしようかと思っていましたけど、先生の教育がすばらしいのですね、よかったと思っています」
 わたしは相変わらず、「家に帰ったらお母さんのいうことをよく聞くんだよ、ここでしていることはいってはいけないよ、いってしまったらここにはこれなくなるからね」と諭していた。坊やは、
「遊べなくなるのはいやだもん」とこっくりと頷いた。

 こうして四月になり、坊やは幼稚園に入った。
 私は喧嘩ゲームを買ってきた。両手にゲームに繋がった手袋をはめ、画面の相手を殴ったり、叩いたりするのである。自分の手を強く握られると投げられて負けであるが、五分以内に二十回叩くか、殴った後に相手の手を強く握ると、相手が投げ飛ばされて負けである。
 このゲームは自分の体を動かしながらできるのでかなりハードで面白い。
 ボクシングのようなものだがルールはなく、殺したり傷つけたりしてはいけないのだが、どこを叩いていてもよいことになっている。
 坊やは一週間も経つととて上手くなり、負け知らずになった。
 しばらくすると、母親が幼稚園の報告に来た。
 「先生、この子か弱かったのに、なぜか幼稚園のガキ大将になったのですよ、幼稚園の先生が言うには、内の子は相手に怪我をさせたりはしないのだけど、とても強いそうです、どうしてかしら」
 「人間の勉強をしたからかもしれませんね」
 老人は出任せを言った。
 老人はキックボクシングのゲームを買ってくると、ボクシング遊びと同じように、足袋を坊やに履かせて、キックで相手を蹴り倒すと勝つ遊びを教えた。
 さらに今までやってきた戦争ゲームも続けて遊ばせ、坊やはどのゲームも力強く行うことが出来るようになった。
 坊やが面白がったのは言葉遊びのゲームである。
 相手に悪口を言うと、相手も坊やに悪口を言う、どっちの悪口のほうが強いか、機会が判定する。最新のゲームで、とある心理学者が研究のために開発したものである。大人用なのだが、私はちょっと工夫して子供でもできるようにした。
 画面に老人がでてくる。そうすると坊やは画面に向かって、「死んじまえ」とか「きたねえ」とか雑言を浴びせた。女の人がでてくると「ぶす、あほ、できそこない」などと声をかけた。母親に似た女性がでてくると「消えちまえ」とか「邪魔だ」とか邪険にし、父親らしき男がでてくると「能なし」とか、「豚箱にはいれ」とか騒いだ。
 そのゲームの後では、必ず「うちに帰ったら、そんなことを言ってはいけないよ」と坊やに言い聞かせた。
 こうして幼稚園が終わり、小学校に行くことになった。
 母親と父親がやってきた。父親が一緒とは珍しい。
 「内の子も小学校に入ることになり、どこかの塾に行かせようか迷ったのですが、先生にお願いできないかと思いまして、塾と同じほどのお手当は出せますが、いかがでしょうか」
 と、頭を下げた。
 「私は塾の講師のように上手に教科を教えることはできないと思いますが、少しはお助けできると思います」
 当たり障りのない返答をしておいた。
 こうして小学生になっても少年は私のところに週三回、小学校が引けてから教科書を持って私のところにきた。
 私のところでは、まず宿題を手伝ってやらせてしまい、その後ゲームをさせた。
 4Kの100インチのテレビを購入し、新式のゲーム装置を入れた。幼稚園の時に、手袋や足袋をはめさせてやったゲームをより行動的にしたもので、自分でピストルを持ち、画面の人間を撃ち殺すものや、ナイフをかざして相手の心臓めがけて刺すと相手が死ぬものなど、いろいろな殺し方を経験できるゲームである。車を運転して相手の車に銃弾を打ち込んだり、飛行機を操縦し爆弾を落としたり、飛行機を撃ち落としたりするゲームの体験版も購入した。本物のコックピットまではいかないが、かなり凝った操縦席があり、そこで操縦管を握って画面を見ながら敵機を撃ち落とすのである。簡単なシミュレーション装置である。車のものもある。
 高学年になるに従って、より高度なゲームをそろえた。ドローンで個人の家を爆発し敵の大将を殺したり、ドローンでよその家をのぞいて写真を撮ったりした。
 画面にでてくるのは実際の人の写真を動かしておりCGでないところも、このゲームの特徴である。
 ゲームの中で、少年はよその家を覗くのも好きになってきた。五年生になる頃には、女性の家の風呂場の窓の隙間からドローンで女性のからだの写真を撮ったりした。
 少年は小学校の教科はとてもよくできた。ゲームからは家、車の原理や、運転の社会的なルールなども覚え、ゲームにでてくることは教科に繋がった。一つのゲームとしては、家に火をつけてたくさん燃えた方が勝つものや、その中にすんでいた人の数、すなわち焼死した人の数が多い方が勝つものがあった。燃えやすい建材でできているものを選び、家族数が多いと考えられる家に放火する方がよいわけである。もちろん、セキュリティーのかかっている家では、すぐに人が駆けつけて、捕まると負けになる。歩いている人に見つかっても同様である。最初少年は豪華な大きな家に火をつけたが、焼死したのは富豪の老人一人だけであった。車をパンクさせるゲームでは、もちろんたくさんの車をパンクさせた方がいいのだが、運転手が気付き、パンク修理をしてしまうことがある。それではマイナスの点数がつく。一方、パンクしたまま気がつかずに走ってしまい、事故が起きれば点数が増えるし、死者が出ればさらに点数が増える。少年はだんだん要領がよくなり、女性ドライバーの車をねらうようになり、そうするとパンクに気がついても、直すことはしないし、気がつかずに運転をして事故を起こした。また、空き巣に入り高額なものを盗むと点数が上がるゲームもあった。この場合には、見つかったり殺してしまったりすると点数が下がる。目的をきちんと果たさないと点数にならないのである。
 小学校六年生になると、誘拐ゲームを好んでやった。富豪の娘をさらって、いろいろな条件を出して、より高額な身代金を獲得すると点数が上がる。必ずしも娘を戻さなくてもよく、殺してしまってもかまわない。どちらにしても一時間のゲームで、身代金の獲得と、その間に捕まらないという条件で勝ちになる。生きて返してそのために捕まってしまったら負けなのだが、一時間の間捕まらなければよい。殺さないと得点が上がるが捕まるリスクは上がる。彼はなかなか交渉が上手で、いつも勝っていた。
 少年の母親がやってきて「父親とも相談して、一時間かかりますけど私立の中学を受験させることにさせました、ご指導よろしくお願いします」と頼みに来た。
 この辺りでは最も有名な受験校である。私は受験参考書のページを示して、毎日自宅で一定のページ数を理解するように指導をした。私の部屋に来たときにはゲームをさせ、いっさい勉強のことは言わなかった。
 その結果、彼は見事にその私立中学校に入った。親の喜びかたは大変なものであった。私のところに高額な商品券をもってきた。遠慮なくいただくことにして、中学に入っても高校受験の準備を頼まれた。しかし私は塾にいくことを薦め、部活も活発に行うように言った。その上で時間のあるとき来てくれればいろいろ教えるよと言っておいた。
 彼は柔道部に入った。今時柔道部に入る子供は少ないと見えて、特に受験校なので、部員は少なかった。
 「どうして柔道部にしたんだい」
 日曜日に私の部屋に来た彼に聞いた。
 少年は「相手を倒すには武術を身につけておいた方がいいでしょう」
 と言った。
 私は小学校低学年の時にやらせた戦争のゲームを復活させた。もちろんもっと複雑なものである。相手の将軍を暗殺するゲームである。爆弾を落としたりピストルで撃ち殺すよりもっと知的な殺戮ゲームである。将軍を取り囲み守っている兵隊はそれぞれ特技を持たせる。目がよくて銃の上手な者、力が強く相手をくみ倒す者、足が速い者。将軍を殺すことができても追いかけてきてこちらがやられてしまう。策略に長けたもの。そういった者も殺していかなければ将軍を殺すことができない。
 中学生になった少年は周りの者を誰から殺していったらいいか考え、すべて殺し終わると将軍を狙撃したり、場合により毒殺したりした。しかし、だんだんと取り巻きをすべて殺さなくても、将軍を殺すことができるようになった。 
 日本の警察ゲームもさせた。このゲームは非売品で、とある業者から譲ってもらった。警察の中の書類を盗みに入ったり、管理されているピストルを盗んだりするゲームである。彼はそれで日本の警察の仕組みを覚えた。
 その上で銀行強盗のゲームやら、刑務所内でほかの受刑者と脱獄を企てるゲームやらをやらせた。彼は上手にこなしていった。
 彼は中学三年になり、高校はかなり離れた有名私立男子校を受け合格した。寮生活になり私のところにはほとんど来れなくなった。
 親は最後の挨拶に訪れて、感謝の言葉と高額な謝礼を置いていった。
 私は親には内緒でゲームを彼にプレゼントした。小学校の時にやった簡単な戦争ゲームとサバイバルゲームである。サバイバルゲームは新しいものでともかく相手を殺さないと自分は生き残れないものである。

 それから、十年、私ももう八十半ばである。
 テレビを見ていたら、大きくなった彼の写真が映し出されていた。
 ニュースの速報だった。
 渋谷の駅前の大きな交差点である。ハチ公の前である。このスクランブル交差点は、あんなに多くの人が、ぶつからずによく渡れるものだということで、世界的に有名な場所である。
 そこで、二十八人の人が刺された。十八人が即死である。使われたのは出刃包丁。犯人は著名な国立大学の五年生。
 それは彼だった。
 彼は淡々とインタビューに答え、
 「あの有名な交差点で渡りきるまでに何人殺すことができるか、試してみたかった」
 と言った。
 心理学者が彼の性格について説明していた。
 いつも心理学者はそうなんだ。後で説明する。それを防ぐ手だてなどなにも示唆しない。
 私は実験心理学者である。思った通りの人間が出来上がった。

心理学

心理学

退職した年寄りの児童心理学者の部屋に遊びに行くぼおや、大きくなったらなにになるのだろう。

  • 小説
  • 短編
  • ミステリー
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日 2019-08-02

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