真夏のアップルパイ

 誓うのは、神さまに、アップルパイを丁寧に、三角形に切ったあと、祈るように誓うのは、きみのこと、どうか、いつまでも、たいせつにします、という、決意にも似たもの。
 夏。
 白いシーツの海に浮かぶ、きみは、おだやかに眠っている。
 町のはんぶんが、いつのまにか、ひまわりに侵食されている。黄色い波が押し寄せ、ビルを、学校を、家を、のみこんだ。ぼくたちの神さまは、どうにもこうにも、のんびりしていると思う。天にいるのか、地にいるのか、はたまた、ぼくたちが見ている景色の、裏側にいるのか、もしくは、いないのか。どこにいるかも、それ以前に、いるかどうかもわからない神さまに、誓いを立てる、ぼくの心臓も、いつか、ひまわりの花に、蝕まれたらいい。というのが、矛盾点、ぼくの、きみへの想いに、なにひとつとしていつわりは、ないはずなのに。たいせつにします、という誓いを、ぼくが、蔑ろにしてしまうときが、万が一にも訪れるかもしれない、かたちのない不安に、苛まれる夜は、自棄になって、そんなことすらも考えてしまう。子どもみたいな寝顔の、きみ。前髪に、指を這わすと、くすぐったそうに眉間を歪めるけれど、ぜったいに目を開けない、きみ。
 夏の夕焼けは、ひまわりの群生を染めて、蜂蜜色に溶けだす世界。うつくしいそれを、知らないきみへ、ぼくは写真を撮り、きみの部屋に飾っているから、大丈夫、たとえばもし、ほんとうに、ぼくが誓いを、やぶることになっても、だいじょうぶ、きみが眠っているあいだのことを、まだ見知らぬ、あらゆることを、おしえてあげる。午後の、三時の、おやつの時間を過ぎてから焼く、アップルパイは、夜のごはんのあとのデザートに、最適ってことも、手帳の、三十五ページ目に、記しておく。レシピと共に。
 真夏。
 ひまわりは、まいにち、生き生きと咲いている。連日、三十五度を超える暑さに、にんげんの方が元気がない、さいきんの町。
 海に行くと、神さまがいる気がして、ときどき行く。逢ったことはいまだ、ないのだけれど。なんとなく、いつか、逢える気がしている。なんとなく。

真夏のアップルパイ

真夏のアップルパイ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2019-08-01

CC BY-NC-ND
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