Staras 上と宙

Shino Nishikawa

Staras 上と宙

この物語を出版するつもりはない。

Staras

ガンジス川を遊泳する男がいる。
髭をのばしたお爺さんの隣にいる薄汚れたシャツの男の子は、泣きそうになった。
今日、赤ちゃんの頃以来、ガンジス川に入るようだ。

バシャ
男はガンジス川から上がると、インド人女性たちは嫌そうに男を見た。
男はピッタリとした赤い海水パンツをはいている。
清潔そうなバスタオルで体を拭いた。

インドネシア
パシャ
白い壁の前の女性は、ピッタリとした白いワンピース、パーマがかかった髪の毛でポーズをとった。
「ママに反対されない?」
カメラマンは聞いた。
「ううん、喜んでる。」
女性は言った。

カシャ
高校生らしい女の子は、一眼レフカメラで蝶の写真を撮った。
「デジィ!」
男子生徒が女の子を呼び、デジィは笑い、手を振った。

何人かの男子生徒がいたが、デジィを呼んだ男がかけてきた。
「リザ!」
「また、写真撮っているんだ。」
「うん。」
「ジャカルタにも、カメラを持って行く?」
「いや‥。」
2人は街を歩いた。

さっき、写真を撮られていた女性の写真が貼ってある。
リザが言った。
「ジョアンナさん綺麗だね。少し、デジィに似ている。」
「従姉だから。彼女がどうしてこんなに有名になったのかは、分からない。」
「彼女、きれいだから。デジィは写真の勉強をして、ジョアンナさんのことを、撮ってあげれば?」
「無理。恥ずかしい。こんなすごい人と、できれば関わりたくない。」

デジィとリザは付き合っていないが、ジャカルタの学校に進学した二人は、同じアパートの隣の部屋に住むことになった。

デジィは高校の頃に、精神病で入院をした。
統合失調症と診断されたのだ。デジィはよく一人でしゃべっていたので、仕方がない。
それでも、デジィは統合失調症でなかった。
デジィは軽い、自閉症である。
日常生活はなんとか普通に送れるので、両親は仕方なく、デジィが希望した洋裁の学校に進学させた。
デジィは才能の代償として、精神病を患っている。
デジィのことを好きだったリザが、隣の部屋に住みたいと言ったので、両親はそれを許した。
デジィが心配だったからだ。

ガチャ
リザがドアを開けた。
「あ、鍵、閉めてなかった。」
「気をつけた方がいいよ。ジャカルタは都会だから、狂人がいる。」
「うん。」
リザは、デジィの部屋に入ってきた。

「こんな薬、飲んでいるんだ?」
リザが、デジィのサプリメントを手にとった。
ひと瓶7000円はするサプリメントを5種類飲んでいる。
「親が進めてきたものだから。」
「そうか。」

「じゃあ、もう帰って。」
「分かった。」
デジィは、リザを部屋から追い出した。

一人の男がサングラスをして、ジャカルタ空港を歩いている。
この男は、インドネシアの競泳選手である。
海外の試合に出場するために、何度かこの空港を利用したことはあるが、今度ジャカルタで開かれる競泳の国際試合があるので、空港がどんな感じか見ておきたかったのだ。

「モデルの写真がこんなにある。」
ブランド広告の前を、男は小走りで通り過ぎて、立ち止まった。
「やっぱりな!!」
大きな声で言ったので、客がちらちらと男を見た。
「あああ!」
男は頭を抱えて、しゃがんだ。
男はスマホを開いた。
ファイサル・キキ
キキはインドネシア人なので、どちらも自分の名前だ。
代表選手として提出した写真である。

自分の写真とジョアンナの写真を見比べて、キキは口をへの字にした。


「なんでそんなに練習するの?」
男の競泳選手ルードが、プールサイドでキキに声をかけた。
キキは、ゴーグルをはずし、答えた。
「なんでって。予定がないから。」

ルードはキキのライバルである。
ルードは言った。
「彼女つくったら?」
「いや、いいや。」
キキはまた泳ぐために、中の方に行った。
恥ずかしくなったキキがゆっくりと泳いでいると、ルードが飛び込んで、速く泳ぎ始めた。
今日は勝負する気になれない。

キキは帰ろうとした。
ルードが言った。
「ええ?もっと一緒に泳ぎましょうよぉ!」
「やっぱり今日は帰りたい。ごめん、また今度‥。」
「わかった‥。」
ルードは、水着が張り付いたキキのお尻を見つめた。

キキの水着はピッタリしすぎていて、もう少しではみ出しそうだ。


ガガガガ
デジィは眼鏡をかけ、ミシンをかけている。
放課後は7時くらいまで、教室で課題ができるのでありがたい。
「デジィ、まだいたんだ。」
「リザ。」
「終わりそう?一緒に帰る?」
「いや、いいよ。」
「せっかくだしさ、一緒に帰ろうよ。」
リザがデジィの前の席に座った。

学校にもジョアンナの写真が貼ってある。
「綺麗だね。彼氏いるのかな?」
「わからないけど、好きな人がいるらしい。」
デジィが小声で言った。
「そうなの?!」
「うん。ジョアンナさんの好きな人は、水泳選手のキキって人。」
「なんで知ってるの?」
「前に言ってきた。」
デジィはニヤリと笑った。

「俺たちも付き合う?」
「いや、いいよ。あなたと結婚したくないし。」
「どうして?」
「誰とも結婚したくないの。」
2人はスーパーマーケットにより、別々の部屋に入った。

ついに競泳の国際試合の日がきた。
ガンジスで泳いでいたインドの競泳選手のビサルは、サングラスをつけ、空港を歩く。
一斉にカメラのフラッシュがたかれる中、ビサルはジョアンナのポスターの前で立ち止まった。

ジョアンナはキキを見に来た。2人はまだ話した事はないのに、ジョアンナはキキと知り合いのような感覚だった。
ジョアンナの実家はお金持ちではない。
近くに駅があって、薄汚れた小さな家に住んでいた。
お母さんは、丸見えの庭に洗濯物を干したので、ジョアンナと妹のメリーは恥ずかしかった。
すると、パパがつるバラを植えてくれて、洗濯物が見えなくなった。
ジョアンナの家族は、ちゃぶ台でご飯を食べた。
パパは屁をしたり、くちゃくちゃと食べたので、もうこんなのは嫌だと思ったが、
パパは、「モデルがやりたいなら、やってみなさい。」と言ってくれた。

なんと、ジョアンナとメリーは、小学生の頃からモデルをやるのを許された。
ジョアンナとメリーは、デジィと妹のアリーのすぐ近所に住んでいて、デジィの両親も、自分の子がモデルをやるくらいなら、姉の娘たちの方がいいので、ジョアンナとメリーを推薦したのだ。

ジャカルタまでは、電車で3時間かかるので、芸能界が身近にあったわけではない。

「あら?あの人、映画スターのジルだわ。」
ある日、ジョアンナのママ、バルサが、デジィの家に映画スターのジルが出入りしているのを見てしまう。
「ユディ、さっきの人、ジルよね?」
バルサは、デジィのママ、ユディにたずねた。
「ええ。パパの弟なの。」
バルサはおどろいた。

そんなわけで、バルサの家と芸能界の縁ができたのである。
バルサは若い頃、何回かモデルをしたことがあった。
こんなに不景気と言われている時代に、きらびやかな世界に、娘たちが行けることが嬉しかった。
「次はないかもしれないよ。」
娘たちに何度言っただろう?

「あんたはおかしいから、芸能人なんかやめなさい!」
「私は芸能人じゃない!私はモデルなの。」
そのたびに、ジョアンナは泣きながら言う。
ジョアンナが一番憧れていたことは、映画に出る事だと分かっていた。
ジョアンナがモデルだけで我慢をしていたので、仕事をすることを許した。
それから、ジョアンナとメリーが4月生まれなのはラッキーだった。

でも、雑誌に出られるだけでもすごいことだ。
「一度やめて、普通の仕事に戻ったら?」
「まだ、ダメ。」
「ジャカルタに彼氏がいるんだ?」
「違う。好きな人も芸能人なんだからさ、今は頑張りたいだけ。」
ジョアンナが言うと、バルサは息を飲んだ。

「その人って映画スターなの?」
「ちがう!なんでそんなに映画スターにこだわるの?」
「いや‥、所かまわずキスするような人と、一緒になってほしくなかったから。」
「あのね、私の好きな人は、キキさん。」
「キキさんって誰だい!」
「教えない。」

競泳の国際試合に、ジョアンナの姿がちらっと映ったので、バルサは胸をなでおろした。
「メリーも連れて行ってくれればよかったのに。」


ジョアンナは頬をふくらませた。
嫌なことを思い出したのだ。
昔は、家は和式トイレだったのに、小学2年の頃に洋式になった。
すると男子達は、いまだに和式トイレの女の子を可愛がった。
ジョアンナは、少しだけ良いマンションに住んでいる。
キキは、安いアパート暮らしの女子を可愛がるかな?

キキはジャージ姿で、客席をのぞき、ジョアンナの姿を確認した。
手を振りたかったが、まだ一度も話したことがないのだから、そんな関係じゃない。
キキは恋愛に不器用だった。
国際試合という切羽詰まった状況になると、頭がクリアになる気がする。

キキは決めた。なんとかしてジョアンナの撮影を見に行き、話しかける。絶対に。

キキは今後の人生について決めたことを想い、ニヤニヤとした。
「自信があるのかい?うらやましい。」
ビサルは英語で話しかけた。
「えっ?」
キキは立ち止まった。

「君はこのプールで何度も練習をしているんだろう?僕は25メートルプールか、川でしか泳いでない。」
「そう‥。なんといっていいか。」
「でも今日は、全力で戦うよ。」
ビサルはキキと握手をした。

ジョアンナは今日という今日まで、水泳の試合が男女一緒の日だと知らず、落ち込んでしまった。
練習にハイレグの女子選手が登場して、ジョアンナは「いやー。」と声を出したかったが、出なかった。代わりに、じっと見た。
嫌な人をじっと見ると、すっきりするのが分かる。

リザとデジィも、競泳を観に来た。
「あれ?ジョアンナさんがいる。」
リザが言い、デジィは少し笑った。
「やだ、どうしよう。」

まわりの客もジョアンナに気づき、少し笑った。

男子選手の練習になり、ジョアンナは笑ってキキを見た。
キキはジョアンナの目の前のコースで練習して、ジョアンナの目の前でプールから上がり、ジョアンナから目をそらした。

キキがジョアンナから目をそらしたので、ジョアンナは悲しくなったが、キキのお尻を見ると、自分の物だと確かに思った。
キキに気持ちを確認したい衝動にかられたが、今は我慢する。

「お姉ちゃん、どうするの?」
部屋でメリーが聞いた。でも、これは夢で、普段、メリーとはうまくいってない。
「キキが街を一人で歩いていたら、話しかける。でも、それ以上のことは‥。」
「何?できないの?」
「うん。だって、こんなに好きになっちゃったのにさ、フラれたら生きていけないよ。」

いよいよ試合が始まった。
女子選手の後ろ姿は哀れな物だった。
それなので、ジョアンナは指を組み、彼女達の幸せについて祈る事にした。

リザはデジィに話しかけた。
「あいつら、きもくない?」
「うん‥。」
「まるで、エイリアンだ。」
リザが言い、デジィは笑った。

キキの番が来て、キキは確かにジョアンナを見たので、ジョアンナは下を向いた。
『一番になってほしくない。』 
ジョアンナは強く思って、キキは二番だった。
ジョアンナは、二番でも許せなかったが、キキはまたこちらを見たので、許すことにした。

ビサルは最下位だ。
「くそ‥。」
見た目は良い男なのに、弱い自分が情けなかった。
インド人記者がインタビューしようと近寄ってきた。
「答えることは何もない。」
「いやいや、困りますって。それじゃ。あなたはインドの代表なんだからさ。」

「すまない、負けてしまった。」
ビサルは言った。
「それだけ?」
「ああ、それだけだ。」

「インタビューも練習しましょう!」
インド人記者は、ビサルの背中に向かって言った。


「あれ?ジョアンナ?」
「ああ、偶然!」
試合の後、入口で、ジョアンナが飲み物を買おうか迷っていると、ヘアメイクをしている男レノが声をかけた。
「来ていたんだ?」
「うん。」
「知り合いでもいるの?」
「いない。でも、ほら、好きな人がいるから。」
「えっ?!」

「あれ?言ってなかった?」
ジョアンナは恥ずかしそうに笑った。

トイレで用をすましたデジィとリザは帰ろうとした。
2人はジョアンナを見つけた。
「ヤバい!」
デジィはバッグで顔を隠し、走った。
ジョアンナは一瞬、こちらを見たが、また大人っぽく笑って、レノと話し始めた。
ファンがジョアンナの写真を撮ろうとして、
ジョアンナは「ノー。」と言って、笑って断った。

デジィも何度かジョアンナに言われたことがあるが、別に写真を撮ろうとしていたわけでなくて、メールをしていただけだった。
ジョアンナは人としても面白い。

最下位のビサルのことをみんな気にしない。
ビサルはジョアンナに近づいた。
「こんにちは。」
「え?」

「え?ってなんだよ。」
レノがジョアンナにつっこんだ。
「だって‥。別に知らない人だったからぁ。」

「モデルのジョアンナでしょ?」
「うん。どうして知ってるの?」
「空港で、君の広告を見たよ。」
「そっか、ありがとう!あなたは、モデル?」
「いやいや、ちがう。僕は競泳選手さ。今日も出ていたんだ。」
「へぇ~、そうなの。私のボーイフレンドも競泳選手よ。今日は2位だったわ。」
「オーマイガー!キキ?」
「ええ、そうなの。」

『まだ、話した事ないけど。』

「じゃ、また会おう!」
ビサルは手を振ってお別れした。
ジョアンナは、大スターと会った後の気分になった。

ジョアンナはレノに聞いた。
ジョアンナにとって、レノは弟のような存在だ。
「次、撮影所、いつ来る?」
「撮影所?スタジオだろ。」
「うん、そうだけど。」
「次は、きっと来月だ。」

「はいはい、今日もよろしくね。」
今日のメイク担当はおばさんだ。
「はいっ、よろしくお願いします。」

一番いいのは、若いお兄さんの時だ。でもあんまりない。
外国人のカメラマンの日は、大体来てくれるけど、そんな撮影の日は必ずメリーが来る。
モデルとしてのキャリアは、ジョアンナの方が上だが、メリーはとても綺麗なので嫉妬してしまう。
メリーが肩を出した黒いミニドレスで、腰に手をあてて、カメラマンを睨んでいた時は、正直ゾッとした。
その日は、ジョアンナはロングドレスを着せられた。

黒の伊達眼鏡とグリーンのパーカーで撮影所に入ったが、ヘアメイクをして、ドレスで登場すると、「ほら、やっぱりね。」と、ジョアンナは気合が入った。
メリーが呆然として、ジョアンナを見つめ、ジョアンナは勝ち誇った感じで、カメラの前に立った。
「あー、可愛い。」
ピンクのキャラクタートレーナーに着替えたメリーは、モニターを見た。
「ぶれた写真が一枚もないよ。」
「見せて!」
ジョアンナが来た。
「ああ‥。」
ジョアンナが思うほどでもなかったが、みんないいと言っているので、よしとしよう。
「もう一回撮る?」
カメラマンが聞いた。
「うん。」

「あ、ぶれてる。」
「えええ!」

「やだぁ!」
ジョアンナは、小学生の頃、初めての撮影の後は、ぶれた写真を思い出して、車の中で大泣きした。
そして、高校からは本気になったので、ぶれた写真が何枚あるか、数えるようになった。
今では、写真がどんなにぶれても気にしない。
前に、外国人の可愛いメンズモデルと撮影した時には、ジョアンナばかりがぶれてしまって、痛い思いをした。
『このメンズ君、なんで全然ぶれないの。』

「すみません。もう一度いいですか?」
「いいよ。」

次は、ジョアンナはうまく写り、メンズ君の目は、眼鏡の奥で逆さになったりしていたので、ジョアンナは満面の笑みを見せた。
『よかった。』

「ごめん、今度は僕が。」
「いいわよ。」
ジョアンナは笑った。
笑うと、何もかも忘れられるから不思議だ。

「今日、担当させていただきます、ラビです。」
「ラビ?」
「ラビって、珍しい名前ですよね。」
ラビは二十歳くらいの女の子で、ヘアメイクをしてくれたが、あまりよくなかった。
一応、何枚かは採用になったが、あまり好きではない。
できたら、モデルを引退したようなババアがいい。

ジョアンナも、やってあげてもいいと思っている。
ジョアンナはいずれ、モデルを辞めるつもりだった。
みんなが自分を忘れるまで、撮影所で片付けの仕事をすればいい。

「そんなのヤダ‥。」
「大丈夫ですかっ!?」
「うん、大丈夫。ごめんね。」
「いえ‥、お気に召さないようでしたら、言ってください。」
ジョアンナの魂は生粋のお姫様である。だから、モデルの仕事もうまくいった。

お母さんは、「モデルなんてダメだから!」と言ったが、
従妹とその両親が応援してくれたので、モデルで第一線を走ることができた。
あとは、友達が‥、いや、好きな人がインドネシアの第一線を走っていたためだ。
ジョアンナを追う男は多かった。それなので、好きな人を選ぶのに苦労した。
もしかしたら、キキのことを、本当に愛しているわけではないのかもしれない。

「人はだれしも、一番愛している物は自分なんだからね。」
お母さんはよく言う。

メリーと仲良くしたいのに、うまくいっていない。
お母さんが撮影所に来た時に、3人で撮ったのが、とても面白くて、泣きそうになった。
子供の頃のような姉妹に、戻れた気がした。
出来上がった写真を見て、ジョアンナは聞いた。
「これ、使わないでしょ?」

「いや、わかんない。聞いてみるね。」
スタッフの眼鏡の男は答えた。
「ううん、使わなくてもいいよ。でもさ、私、これ欲しいんだ。」
「わかった。あとであげるね。」
「ありがとうございます。」

ジョアンナは、お母さんが来ても、かっこよく決めポーズをつけた。
むしろ、お母さんが見ている方が、本気になれた。
デジィのお母さんなら、
「はずかしいから、やめなさい!」と、言うはずだ。
バルサは、デジィのお母さんユディの姉である。
2人は全く正反対の性格だ。だから、うまくやってこられたのかもしれない。

ジョアンナは、男についてよく分からない。あまり経験がなかったので、下心に意識を向けた事がなかった。
それがとてもよい。下心ムンムンのカメラマンとも、仲良くおしゃべりしながら、ポーズを決めた。
「ゲエ。‥あら、ごめんなさい。」
ジョアンナはしゃべりながら、ゲップをした。
ゲップをする癖が治らないが、別に意識してない。

ブッ
「あら、失礼。」
ポーズを決めながら、ジョアンナが言った。
「え、今の音、ジョアンナ?」
「そう、ごめんなさい。おならしちゃった。」
「アハハハハ!」
「でも、実はでてないから。」
「出てたら、もっと臭うでしょう。」

よく、成功した大女優が言う。
「私は、他の女優たちより、恵まれた環境にいたわ。とても素晴らしいスタッフに囲まれて、仕事をしていたのよ。」

ジョアンナも同じだった。
みんな、ジョアンナの魅力にとりつかれて、この世界を訪れた者たちだ。

その日、ジョアンナは腹を下していた。
腹の痛みに耐え、ポーズを決める。
「あれ?いつもとちがうんだね。」
「うん、ちょっと、トイレ行ってくる。」
「わかった。」

「大丈夫?」
「うん。」
「腹?」
「うん、そうだけど、ちゃんと拭いたから。」
ジョアンナが言うと、カメラマンは少し引いて、ジョアンナを見た。
「あら、やだ。」
ジョアンナは赤くなった。


「あんた達、そんなんじゃ、生き残れないんだからね!」
小学生の頃、撮影の後片付けを手伝うジョアンナとメリーに、一線を走るモデルが言った言葉だ。
「え‥。」
2人はメモ帳を持って、その人達の撮影を勉強した。
今思えば、どうしてあんなことが許されたのかは分からない。

まず、モデルは敬語を使わない。
「はい」も、「はーい」と言う。
だから、ジョアンナとメリーは、言葉遣いにも気をつけた。
モデルの世界の言葉遣いは、外とは真逆である。
しかし、メリーは、60才をこえたお爺さんカメラマンに、タメグチをきく自分が怖くなった。
それ以来、敬語に直した。でも、モデルらしく、高い声で話すことにした。

「わかりましたぁ!」
「はい、ありがとうございましたぁ!」

「あんた、もう少し、ちゃんと話せないのかい!」
見学に来ていたバルサが言った。
「ごめーん、ママ!ちょっと待ってくれるぅ?」

スタッフがバルサに挨拶をしたが、バルサは無視をした。
「こんなところ、もう出ようよぉ!」
バルサは、メリーの背中を持って、外に出した。
「あんたは一体、どうしちゃったんだい?」
バルサは泣きだしそうだ。
メリーも泣いた。
「ママ、ごめん。スタジオでは私、モデルなんだからさ。」
「でもさ、メリー、いつもの声でちゃんと話そうよ。」
「うん。」
メリーは泣いた。


ジャカルタのスタバで、デジィはパンを食べた。
隣に、男が座ったと思ったら、地元の友達ウィリーだった。
「デジィ?」
「うん。」
「ここ、座っていい?」
「いいよ。」

「お前、今、なにやってんの?」
「え‥。」
デジィは、ウィリーを見た。
お前なんて呼び方をしたのは、彼氏しかいなかったからだ。

「洋裁の学校に行ってる。」
「そうなんだぁ。俺は、大学で、バスケをやってるよ。」
「へー。」
デジィは下を向いた。大学のことはよくわからない。

「でも、うまくいかないかもしれない。人付き合いが下手だから。
人から、嫌われたらどうしようとか、思わない?」

「別に‥、その人のことが嫌でも、何も言わなければ、何も伝わらないよ。」
「ええっ?」
「どんなに心の中で憎んでも、口に出さなければ伝わらない。」

「ああ、そっかぁ。だから、デジィってしゃべらないんだね。」
「うん。」


「よっす、デジィ!」
「あ、どうも。」
図書館で雑誌を読むデジィに、地元の友達イヴァンが話しかけた。
「お前、今なにやってんだっけぇ?」
「え‥。」

「洋裁の学校に行ってます。」
「あ、そっかぁ。俺もだよぉ、偶然だね。」
「うん。」
「でも、俺はァ、洋裁は向いてないね。俺はァ、バレーをやる。」
「ええっ?」
「バレーボールだよ。」
「そっか、頑張ってね。」
「あ、そのモデル、デジィに似てんだねぇ。」
「従姉なんだよ。」
「あ、そっかぁ。でも似てねぇよぉ。」
「うん‥。」

インド‥
ガンジス川で水浴びをして、お爺さんは手を合わせて目をつぶり、若い女性もそうした。
若者たちが来て、叫んだ。
「そこから、今すぐに上がれー!この川は神聖なんかじゃない!」

水浴びをしていた者達はぶつぶつと文句を言い、若者のうちの一人カビーヤは、近くにいた男達にガンジス川に落とされた。

若者たちはカビーヤを拾い上げ、川を後にした。
「だけど、ガンジスは普通の川だよ!だってさ、ガンジス川で毎日泳いでいたビサルさんは、最下位だったんだぜ!」
「うん。ガンジス川の効果は、絶対に何もない。」

「あ、ビサルさん!」
ビサルが長めの赤い海パンをはき、上半身は裸で、サングラスをかけ、歩いてきた。
「ガンジスで今日も泳ぐんですか?」
「ああ、当然だ。ガンジスは神聖な川だよ。」
「だけど、ビサルさん、負けっちゃったじゃないか。」
「でも、インドネシアで良い事があった。ある女性と出会って、俺は恋に落ちたよ。」
ビサルはサングラスを外して、太陽を見つめた。

「え‥。」

ビサルは、モデルの仕事を始めた。
最初のうちはポーズが分からなかったけど、だんだんと慣れてきた。
ちょっと恥ずかしいとは思ったが、ジョアンナを思い出せば、どうってことない。

インドの若者たちは、ビサルのポスターを呆然と眺めた。
ビサルは街の人気者である。

インドネシア
「いらっしゃいませ。」
デジィは、スタバよりは格下のチェーンのカフェで働いている。
スタバは好きだから、働きたくはなかった。

レジの前に、長身で優しげな男が立った。
「えっとぉ、カプチーノひとつ。」
「かしこまりました。」

カプチーノを飲みながら、雑誌を見るその男を、デジィはちらりと見た。
『この人はよく来るから、もしも、自分目当てだったらどうしよう。』
デジィは胸に手を当て、顔をしかめた。中二病がいまだに治らない。

「注文いい?」
「はい。」
そこにいたのは、リザだった。
「どう、仕事慣れた?」
「うん。」
「コーヒー、Sサイズ。」
「かしこまりました。」

デジィはまた、さっきの男を盗み見た。
ジョアンナが表紙の雑誌を読んでいる。
『よかった。私じゃなくて、ジョアンナさんが目当てみたいだ。』
「エドさん?こんにちはぁ!」
「リザ!」
その男エドとリザは、知り合いみたいだ。

数日後、リザとデジィは、本屋に立ち寄った。
「あれ‥これって、リザの知り合いの人じゃない?」
「本当だ。エドさん、モデルやってたんだ。」
「きっと、ジョアンナさんが目当てで始めたんだよ。でも、この顔じゃ‥。」

「あっ。」
リザが男を見て言った。
「有名なバレーボール選手。」

「ビアンカだ。」
ビアンカは、ジョアンナさんが表紙の雑誌を持ち、レジに向かった。
少し赤くなって、本屋を出た。

デジィは言った。
「有名人に声かけちゃダメだよぉ!」
「わかってるって。俺はデジィとはちがう。」

「この雑誌、買う?」
デジィは、エドが出ている雑誌を指して聞いた。
「どうしよう。エドさんのことは好きだけど、今は金欠なんだよ。
そうだ、デジィが買って、俺に貸してよ。」
「えー。いやー、いいわ。」
「ふーん。じゃあ、仕方ない。」
結局、リザはエドさんの雑誌を買った。

「さっきさ、エドさんのこと、この顔じゃって言ったでしょ。なんのこと?」
リザは聞いた。
「ああ。ちょっと顔がうすいからぁ、ジョアンナさんとじゃ、合わないと思ったんだ。」
「エドさんはモデルだけじゃなくて、バスケもやっているよ。」
「そうなんだ。」

デジィは疲れたように、買い物袋をさげて、部屋に入った。
2人は、一緒に夕ご飯を食べた事はない。
リザは、デジィの礼儀正しい所が好きだった。

デジィは、マット布団の上で、少し目を開けた。
天井には天窓があるので、光で起こされる。
掃除が出来ないのが難点だ。本当の自分の家でなくてよかった。
こんなアパートなら、一生住める気がするが、そんなことをしたら、みんないなくなってしまう。
デジィは夢を見た。
バスの中で、ジョアンナさんは大きな瞳でこちらを見て、大きな声で言った。
「私なんて、あんたの年の時、もう第一線に立ってたんだからね!」
まわりの客は、ジョアンナさんをジロジロ見て、デジィは吹き出した。
「まだ線にも立ってません。」

「自分が何になるのかもわかりません。」

精神病になったから、高校もやめてしまった。
自分は遅れてしまっている。勉強もできないし、洋裁も好きじゃなかった。

今の自分にあるとしたら、とりあえず、ラヴかな?

ウィリーは聞いた。
「デジィ、アドレス教えてよ。」
「お断り。」
「どうして?」
「あまり、男の人と連絡先交換しないから。」
「ふーん。」

イヴァンも聞いた。
「デジィ、連絡先交換しよ。」
「ダメ。」
「なんで?」
「私、携帯には、お父さんの連絡先しか入れてないから。」
「あ、そっか‥。」


学校の休憩時間、女の子達と仲良くおしゃべりしていたリザが、こちらに来た。
「デジィのアドレス教えて。」
「断る、すぐに会えるじゃん。」
「でも、念のため。」
「いや、いいわ。あんまり、男と連絡先交換しないから。」
「そっか‥。」

授業の少し前に、スマホのアドレス帳を開いて、デジィは口をへの字にした。
正直いうと、お父さんの連絡先も入っていない。
妹のアリーとはうまくいっていないので、名前だけが入っている状態だ。

もう仲良くしたくない、中学の友達数人の名前もある。
もう嫌だ。ウィリーもイヴァンも優しいが、自分のことをよく知っているリザを選ぶのがいいのかもしれない。
「サ・イ・テ・イ。」
デジィは顔をつっぷした。

学園祭では、デジィはカフェでデザートを担当することになってしまった。
「なぜに?」
正直言って、デジィはクラスの中のエース的存在だった。
でも、生徒は気づいていないし、先生はデジィを見ないようにしている。

リザが来て言った。
「デジィ、残念だねぇ。服の勉強をしているのに、カフェの担当になるなんて。」
「うん。リザはどこ担当?」
「ファッションショー。女子のヘアメイクをする。」
「マジ?すごいじゃん。多分、ジョアンナさんが見に来るよ。」

「リザー!」
ファッションショーの女子たちがリザを呼び、リザは走って行ってしまった。


インドのビサルは、50メートルプールで練習していた。
「ビサルさん、俺たちまでいいんですかぁ?」
若者たちも来ている。
「ああ、好きに泳いでいい。」
「ありがとうございます。」
「すげー広いなぁ。」
「うん。」
「やばくないかぁ!」
若者たちはビートバンを使って泳ぎ始めた。

「キサルさん‥。」
「ばか、ビサルさんだよ!」

ビサルは、どうやったら自分がもっと速くなるか、考えていた。
自分はジョアンナさんに惚れているが、愛し合っていない。
だからきっと、もっと速くなれるはずだ。


学校の自習の時間に、リザは女子たちとファッションショーについて話し合っていて、デジィは、次に作る服のデザインを考えていた。
念のために、子供用のデザインも書いてみる。

そして、顔と髪の毛と腕と足を描く。
洋裁をやり始めて、デザイン画を描いているうちに、絵がうまくなったようだ。
「あ‥。」

「きっと、このままだと、漫画家になれるな。」

「そうだ、いいことを思いついた。漫画家になろう。」
デジィは思いついたことを考えて、ニヤニヤとした。
実家は裕福だ。だから、実家に戻って、どこかでバイトしながら、漫画家を目指せばいい。
ジョアンナさんは、デジィを追って来ると思うが、描いた漫画を見せてあげよう。

「デジィ、これ見て。」
リザが来た。
「え‥?」
「バレーボール選手のビアンカさんも、モデルを始めたんだよ!」
「すごい!!」
バレーボール選手とは思えない奇抜な衣装で、しっかりとポーズを決めていた。
「でも、モデルってなんの意味があるの?」
デジィは吹き出した。

リザが言った。
「かっこいいじゃん。」

「まぁ、そうだよねぇ。目の保養になる。‥えっ!」
デジィが次のページをめくると、ビアンカがズボンを脱いで、パンツ姿になっていた。
パンツと言っても、ただのパンツではない。
ぴちぴちの海パンだ。


学祭当日。
デザートを盛り付けるデジィの前に、エドが来た。
ジョアンナさんが一人で来て、お茶を飲んでいたので、
「ジョアンナさんと一緒に座ってあげて。」
デジィは言った。
「え‥。」
エドは振り向いて、一人でいるジョアンナさんを見た。
「モデルのジョアンナさんと、仲良くしてあげてください。」
「うん‥。」
エドはジョアンナのテーブルに座って、何か話しかけ、ジョアンナさんは少し泣いた。

デジィは気分を良くして、デザートの盛り付けに取り掛かった。

「味はいいけど、音楽の趣味が悪い。」
ジョアンナさんは、エドに言った。
「そう‥?ジョアンナは、どんな音楽が好きなの?」
「ジョウ・ヒサイシ。彼、見た目は悪いけど、良い人だと思う。」
「たしかに。僕も、ジョウが好きだよ。」

「あ‥。」
出来上がったデザートをカウンターに置いたデジィは、ビアンカが来ていることに気づいた。
「ビアンカさんだ‥。」
ビアンカはサングラスをつけて、辺りを見回し、サングラスを下にずらして、ジョアンナさんを見つめた。
そして、こちらに来て、注文を迷い始めた。
デジィの前に立ったので、デジィは身を引いてしまった。

ビアンカはランチプレートを注文し、テーブルに置いた。

エドとジョアンナは、ビアンカをちらちらと見ている。
サングラスをつけたビアンカは、シャツの前を開けて、割れた腹筋を見せた。

「やめろ!」
「やだぁ。」
ジョアンナは笑った。

そして、ビアンカはジーパンを少し脱いで、パンツを指した。
そのパンツは、雑誌ではいていた海パンだ。

「こっちこいよ!」
エドは、ビアンカの手を引いて、自分達のテーブルに座らせた。
ジョアンナはにんまりとして、楽しそうだ。

デジィも笑ってしまった。

「デジィ?」
「リザ!」
「何か楽しい事でもあったの?」
「いや、ジョアンナさんが来ているから。」
「本当だ。」
リザはジョアンナを見た。
生徒がジョアンナに迷惑をかけることを心配したが、今日はエドとビアンカが彼女を守っているから、大丈夫だ。

ビアンカがジョアンナに聞いた。
「俺たち2人なら、どっちが好き?」
「別に、どちらでもいいよ。」
「ええ?!それどういう事?!」
エドが身を乗り出した。

「私、彼氏いるから。」
「そうなんだ‥。」
2人は少し残念そうにした。

久しぶりに撮影所に来たレノが、ヘアメイクをしながら、ジョアンナに聞いた。
「メンズモデルとの撮影、初めて?」
「何回かしたことある。でも、うまくいかなくて。」
「そりゃそうだよ。でも、ジョアンナなら、大丈夫。人形だと思えばいい。」
ジョアンナは自分の姿を鏡で見た。
ジョアンナはモデルがやりたかったし、こういう風になるのが好きだったし、
強力なバックがいることを分かっていた。
ママがモデルをやっていたし、親戚はみんな応援してくれている。

「そういえば、今日、メリー来てるかな?」
「どうかな?」

「あっ。」
メリーは、アリーと手をつないできた。
「アリーちゃんと?」
「うん。そこで会ったから。」
「そう。見学する?」
「うん。」
アリーはうなずいた。

ジョアンナはただの知り合いだと思っているが、社長はバルサに惚れていた。
それもラッキーだった。

「どんな感じにする?」
ジョアンナは、お洒落な眼鏡のスタッフに聞いた。
スタッフは写真を持って、説明をした。
「うん、わかった。」
ジョアンナは、モデルの仕事が、普通の仕事とはちがうと分かっていた。

ジョアンナとメンズモデルは、近づいたり、喧嘩ポーズをしたりした。
近づいて、喧嘩して、大喧嘩して、また近づくというストーリーが完成した。
メリーは心の中で嫉妬したが、アリーは大笑いしていたので、よかった。

「やだ、ごめんなさい。」
自分の白目の写真を見て、ジョアンナは笑った。
「ううん、いいよ。」
メンズモデルは、目を合わせられなかった。
一度合わせたんだけど、ちょっとくらくらとしてしまった。

着替えて、悪魔ポーズをして、悪魔のカップルになって、その後は、ロマンティックなカップルになって、撮影は終了した。
ロマンティックな撮影の頃に、飽きたメリーは、アリーを外に連れ出した。

「今日はありがとう。」
「ううん。」
メンズモデルは、満足した感じだ。

「この後は?」
「私、彼氏と会うから。」
「そうか‥。」
メンズモデルは頭をかき、後ろを向いた。

キキは彼氏じゃない。

「彼氏ってホント?」
「うん。」
お洒落な眼鏡のスタッフが聞き、ジョアンナは答えた。

ジョアンナは外に出て、地下鉄に駆け下りた。

「お姉ちゃん!」
「メリー?」
「うん。アリーちゃんはもう帰った。どこ行くの?」
「水泳の競技場。」

「えーなんで?」
「好きな人がいるから。」
「ええ、誰?もしかして、ルード?」
「ちがう。キキの方。」
ジョアンナは笑った。
「そうなんだ、ついて行ってもいい?」
「ダメ。」
ジョアンナは、モデルとしてはライバルのメリーに、なかなか優しくできなかった。

「なんでぇ~~。」
メリーは足をバタバタした。
ジョアンナは昔のような姉妹に戻ったかなと思い、少し笑った。

「お姉ちゃん、私、この前、一人でアリゾナに行ってきたの。」
「はぁ?何ソレ。撮影?」
「ちがう。ただの1人旅。」
「はぁ?ふざけんなよ、お前!」
ジョアンナは大声を出し、まわりの客はじろじろと見た。
ジョアンナは恥ずかしさと悔しさで、電車を降りた。
「ちょっと、お姉ちゃん。子供みたいだよ!」

「子供扱いすんな!!」
前に、ジョアンナは、バルサにも大声を出していた。

ジョアンナは恥ずかしさをこらえ、また次の電車に乗った。
とにかく、誰か、すごい人に会って、力をもらいたかった。

それに、あの競技場に行っても、キキには会えないかもしれない。
でも、あそこに、良い感じのベンチがあった。
あそこで、キキと弁当を食べられたら、どんなにいいだろう。
でも、ジョアンナはお洒落な女だから、そんなことはできない。
あのベンチで缶コーヒーを買って、ジョウ・ヒサイシの曲を聞いて、のんびりしたい。
明日は休みだ。休みの日は、絵を描いていることが多い。
下手な絵だけど‥。
一度、キキとの結婚式の絵を描いてみて、少し泣けてきた。
私って、どんだけ、けなげな女なんだよ。
でも、エドを思い出すと、エドと付き合うのもいい感じがする。

あ、そうだ。
私、ブランドのこと、何も知らないから、今度デジィに聞いてみよう。
インタビューで、よく好きなブランドを聞かれるから。

『ブランドとか、あまり気にしてないの。ロゴって見えなくなるでしょ。』
あ、良い感じがする。
正直言って、ユニクロの服が一番よかった。
でも、モデルらしく、GAPの白無地のトップスを着た時には、みんなが私を見つめていた。

「お前、どんだけ自分のことスキなんだよ。」
ジョアンナは、よく自分に向かってそう言う。
「はい、好きです。それの何が、いけないのかわからないし、私は、誰かに嫌われたり、変に思われたりすることは気にしない。」

「やっぱり、私はすごいかもしれない。」

「だって、こんなに綺麗なんだもん。」
ジョアンナは、鏡で自分をまじまじと見つめた。
ジョアンナは、ずっと憧れだった一人暮らしをしていて、少し良いマンションに住んでいる。
「みんな、なんとかして、ここに住もうとするんだよ?」
ジョアンナは、言った。
「それは、あなたがいるから。はい、ちがいます。」
ジョアンナは、一人でいる時、一人でしゃべる癖が治らない。
お節介な嫌な人が、ジョアンナに作業療法を紹介して、一度、行ってみた。
すると、いつものカメラマン、タナさんもついてきて、一緒に作業をした。
楽しかったけど、やっぱりモデルに戻りたい。
みんな応援してくれているし、きっと大丈夫だ。

「ああっ!」
ジョアンナは、中学の時、バスケ部の練習中に鼻を折り、入院した。
ジョアンナのおじいちゃんが医師だったので、よかった。
むしろ綺麗になった。メリーとアリーちゃんは、魔女みたいと言うが、ジョアンナは気に入っている。
メリーもバレー部で鼻を折ったが、そこまで鼻が伸びなかった。
メリーは、ジョアンナにボールを当てた子が、わざとだと分かっていた。
「ンカ、お姉ちゃんのこと、ありがとね。きゃはは!」
メリーは、ジョアンナにボールを当てたンカに言った。

ジョアンナも、メリーにボールを当てた子に言った。
「チョン、メリーのこと、ありがとね。あの子、おかげで綺麗になったからさ。」

ジョアンナは、水泳競技場がある駅で降りた。
一度、止まって、考えるポーズをした。いつでもポーズを決めちゃう。
何気なくやるのがコツだ。
「キキ、いるかな‥。」

辺りは暗くなってきている。
ガコン
自動販売機で缶コーヒーを買った。
いい感じだと思ったベンチには、先客がいる。
「まぁ、お爺さんなら、いいか。」
ジョアンナは、お爺さんの隣に座った。


ワアアア
インドでは、水泳の大会が行われていた。
ビサルは、世界では最下位でも、インドでは一番速い選手だ。
女子選手に、自分が何を言ったかも分からないほどの、酷い言葉を浴びせた。
でも、ネットニュースの世界で生きている日本の女子選手よりは、悪い奴ではないと分かっている。
ネットニュースに自分を載せる事が、どれほどのストレス解消になるか知っている。
俺はバカではない。
ピッタリとした水着をはく。
一番に、誰に体を見せたいのかは、分かっていた。

『好きな人が盗られたという、劣等感があるから、競泳を続けている。』

俺の好きな人は、ジョアンナだ。
ジョアンナはきっと、俺の体を見てはくれない。
見てくれないから、見てくれるまで、自慢の体を見せつけたい。

レースが始まった。
今日は、いつものとりまきの後輩、クマールも参加している。
スタート前、クマールはこちらを、ちらちらと見た。

やっぱり、今日もビサルが一位だ。ビサルは笑い、隣の選手と握手をした。


「ああ~。ルードの記録よりも、3秒も遅いよ。」
競技場で、スマホでレースを見ていたキキがルードに言った。
「ほら、こんな奴も出ているし。」
キキはクマールを指した。
クマールは遅れすぎて、途中で棄権した。
水の中で立って、顔をぬぐっている。

「インド、ヤバくない?」
ルードが言った。
「黄色の帽子ってのがなぁ‥。」
キキは笑った。
ビサルは、仁王立ちでインタビューを受けている。


涼しい風が吹いて、ジョアンナは身震いした。
冷たい缶コーヒーを買ってしまった。
『間違えちゃった。いる?』
って、ダメだよね。

ジョアンナは笑った。
『きっと、お爺さん、糖尿病だよね。』

ジョウ・ヒサイシの曲を聴く予定だったが、今は音楽がない方が心地よかった。
『お爺さん、入れ歯かな‥。』
ジョアンナは下を向いて、お爺さんをカメラだと思って見つめてみた。

「ええっ。」
何か冊子を読んでいたお爺さんは、ジョアンナのしている事に気づき、声を出した。
「それ、なんですか?」
「これは脚本だよ。」
「へ?脚本?映画関係者なんですか?」
「そう。監督をやっているの。」
ジョアンナはびっくりした。
ジョアンナはにんまりして、考えた。
『でも、危なっかしい映画かもしれない。』

「どんな映画なんですか?」
「うーん‥。シリアスな部分もあるし、笑顔になれる所もある。僕は、庶民の生活を描きたいんだ。」
「そうですか‥。」

ジョアンナは思い出した。
ジョアンナは、以前、業界人に本名を聞いて、教えてもらえなかったことがある。
それなので、人に名前を聞くのが怖かった。

「お嬢さん、あなたは、映画に興味があるの?」
お爺さんは聞いた。
「はい。私、モデルなんですけど、女優をやるのは、ママが許してくれなくて。」
「モデル?あら、じゃあ、本物のジョアンちゃんかい?」
「はい、ジョアンナです。」
「おやおやおやおや。」
お爺さんはジョアンナと握手し、ジョアンナも満面の笑みを見せた。

「ヤマダ監督ぅ!」
なんと、その人は、日本で一番有名な映画監督だった。
「はいはいはいはい。」
その人は立ち上がった。

「あっ‥。」
「ママの許可が出たら、僕の映画に主演してね。」
ヤマダ監督は笑って、行ってしまった。
ジョアンナは、久しぶりに親族の男性に会った気がした。

パパはジョアンナが二十歳の頃に亡くなっていたし、おじいちゃんも去年亡くなったから、親族の男性はいなかった。


試合の後、ビサルは、後輩達にメシを御馳走することにした。
ファミレスで、クマールは泣いている。
ビサルは、トイレに行っていなかった。
仲間が言った。
「な、こんな場所、もう出ようぜ。お前、あんな負け方しといて、一位の人におごってもらうなんて、ダメだよ。」

「あ‥。」
ビサルがトイレから戻ってきた。
「どうした?メニューを選べ。全部、俺が払う。」

「いいんですか?」
「もちろんだ。」

クマールが言った。
「ビサルさん、すみません。今日は、負けてしまって。」

「負けたこととメシは関係ない。」


ジョアンナはベンチで、ジョウ・ヒサイシを聴いた。
やっぱりいい。
ジョアンナの想像の中では、キキはいつも一人でいるイメージだった。
ちょっとは、私の雑誌を見てくれているかな‥。

アハハ!
キキが仲間と談笑しながら歩いてきた。
ジョアンナは胸をおさえた。
好きな人には、自分に仲間がたくさんいることを見せたいものだ。

「あれ‥?」
ルードがジョアンナに気づき、キキに耳打ちした。
「あれ、ジョアンナさんじゃない?」
「うん‥。」

「今日こそ、告れば?」
「えー、でも、なんかこわい。」

ジョアンナは立ち上がった。
「え‥。」
キキの方に歩いてくる。
「キキさん!」
「はい。」
「あなたの連絡先を教えてもらえる?」
「ええ、なんで?」
キキは笑ってしまった。
「私と友達になってほしいから。」
「ああ、そっかぁ。うん、いいよ。」
キキはニヤニヤとして、答えた。
ジョアンナは、モデルの時の睨みをきかせた。

「えっとぉ、俺だけでいいのぉ?ルードのは?」
「いい。」

「アハハ!」
ルードは笑った。もともと、ルードはメリーの方がスキだったのだ。



電車の中で、リザがデジィに聞いた。
「デジィが、今までにした一番悪い事を教えて。」
「えっ、悪い事?」
「うん。」

「えっとぉ‥。」
デジィは元彼としたラヴな悪い事が一番の悪い事だった。
でもそれよりももっと酷いのが‥。
いや、これは絶対に言う事はできない。

「うーん。」
「言いたくないなら、言わなくてもいいよ。」

「満員電車の中で、目の前にいた女性のトレンチコートに口紅をつけちゃったこと。」
「何ソレ。」
「何も言わずに逃げちゃった。」
「やだ、最低。」

リザは少し女っぽい。
リザになら、本当の一番の後悔を話してもいいかもしれないが、嫌われるに決まっている。
リザは半笑いで、遠くを見つめている。
「リザの悪い事は?」
「デジィほど、悪くはないから。」
リザは笑った。
デジィも少し笑った。
『一番悪い事を思い出すと、やっぱりそれほど悪い事ではなかった。
ジョアンナさんと私のおじいちゃんが死んだ日に、恋人と過ごした事。
その時の恋人は変な人だったから、その時の恋人は、リザだと思ってもいい?』

「何?」
リザは笑った。
「別に。」
デジィは笑った。
おじいちゃんのことが好きでない方が普通だ。だって、おじいちゃんにはおばあちゃんがいる。


デジィにとって、ジャカルタのような都会はキツイ場所だった。
でも、田舎に戻れば、終わりな気がした。

満員電車も苦手で、端の席が空いていれば座って、手すりに顔を押し付けた。
ガタン
駅に電車が止まり、デジィは顔を上げた。
すると、前にエドさんがいて、
「顔が菌だらけ。」
デジィに向かって言った。

デジィは何も言わなかった。
そもそもデジィのようなちっぽけな女学生が、インドネシアのトップリーグで活躍する先輩と知り合いという事自体、異常な事だった。
デジィは、保険がきかない精神病のクリニックに通っている。
カウンセラーの前で、デジィは、大泣きした。
「みんなが私を大人っぽいと言ってくる。私はまだ子供なのに‥。
私は人から見られているんです。」
それは、精神病の症状でなく、本当のことだった。

クリニックを出たデジィは、泣きはらした顔で、駅の階段を降りる。
見た事もないお洒落なスーツを着たイヴァンが、早足で階段を駆け下りた。
どうやら、デジィとは別の電車に乗るようだ。
イヴァンがどこに住んでいるのかは知らないが、同じ方角だったので嬉しかった。
でも、こういう事を、ずっと続けていてはダメだと思った。

時々、デジィは疲れ果てて、アパートに戻るのもやっとだった。
ちっぽけなアパートに住んでいても、デジィを見た人の多くが、
デジィを気にしているように思えた。
最近のデジィは、学校にはやっとの思いで通っていて、あとはバイトと、家ではDVD三昧だ。
学生なのに、勉強をしていない。ずっと映画を観ている。
このままではいけないと思うので、明日は、ビーズを買いに行こう。
絵の勉強は、20代前半に集中してやればいい。

『二十歳って、もう20代前半?』
デジィは、布団で心配そうに天井を見た。
何にもなれなければ、とても退屈そうだ。

でも、ジャカルタで、何にもなれなそうな気がする。
二十歳のみんなは、何をやっているんだろう?
運動かな?
ウィリーが言うバスケ、イヴァンが言うバレーボール。
エドさんが所属するバスケットボールクラブ、ビアンカが載っている雑誌。
ジョアンナさんの地位。
デジィが思うより、ずっと上の物だ。
デジィは、何も思わないことにした。関わらなければいい。
映画を観ていると、ふわふわと体が浮いた感じになる。
いつか映画を書きたい。

デジィは焦らなかった。
少しは泣いたけど、その事ではない。
自分の愚かな若さに、泣けてきただけだ。
デジィが勉強をしなかったから、他の誰かが頑張って勉強をやっている。
だから、少しは、他人の役に立ちたい。
勉強が出来る人達の服を作ったりして、優しい王子の冷えた手をとって、ダンスがしたい。

311が日本で起きて、カラスが飛んだ。
ジョアンナさんは、誰かに支えられていた。
その瞬間、アリーとメールしていたのは嬉しかった。
ジャカルタの空から、カラスが数日間いなくならなくて、
本当に不吉だなと感じた。
ジョアンナさんは311が嫌そうだった。
ジョアンナさんがやることは、みんなが真似する。

日本の風が吹き、ジョアンナさんは、駅で鼻血を出した。
ジョアンナさんが手をあげていたので、デジィは駆け寄った。
「ジョアンナさん。これ。」
ティッシュを渡すと、どこからともなく、見た事ない男が現れて、ジョアンナさんを支えた。
「ありがとう。」
男は言い、ジョアンナさんをトイレに連れていった。
「手を上げたって、しょうがないじゃん。」
男は、ジョアンナさんに言った。
あとで分かった事だが、その男は、プロ野球選手ニコ・ジェフリーだった。
ジョアンナさんのおかげで、デジィはいろいろな人を知ることができた。

アパートで、デジィは雑誌を読んだ。
服の作り方は、左から右へ流れていく。
テキストを見返すが、何が何だか全く分からない。
これも精神病の影響だろうか?
雑誌を見ていたって、服がまともに作れなければ、なんの意味もない。

デジィはビーズでアクセサリーを作ることにした。
かなり豪華な物を作れる。
でも、こんなもの、デジィだってつけない。

多分、ジョアンナさんもつけないだろう。
ジョアンナさんは、プライベートでは、ヒッピーみたいなアクセサリーをつけていた。

恥ずかしくて、とてもじゃないけど、ジョアンナさんには見せられない。

「やっぱり、映画を観よう。」
デジィは、布団に寝転がって、映画を観た。
ジャカルタに住んでいて、とても疲れている。
映画製作現場に行く気分じゃない。
でも、書くなら、どうだろうな?
デジィは少し笑った。
二十歳という若さが、本当に愚かで、情けなかった。
何かを持っていたら楽しいかもしれないが、何もない人には、恐怖の年齢である。

デジィは、自分が生まれる前の記憶がぼんやりとあった。
恋人と、木の下でモデルの練習をする、前世のジョアンナさんを覚えていた。
だから、本当に、ジョアンナさんを応援していた。
デジィはそんなことをしないので、写真写りが悪い。


「俺、バレリーナになるから。」
「はぁ?何言ってんだよ、お前。」
外で、言い争う声が聞こえたので、デジィがのぞくと、リザが弟のガウルと話していた。
ガウルが言った。
「俺、絶対にバレリーナになって、世界の舞台に立ってやるから。」

「だから、それ、きもいって言ってるじゃん。」
リザが言った。
デジィは、部屋の中に戻った。
ガウルが奇声を出して、デジィはイヤホンをつけた。

リザは無理にドアを閉めたが、ガウルがドアをドンドンと叩いて、リザは部屋にガウルを入れた。
デジィは少し休むことにした。

カフェのバイト先には、嫌な先輩がいた。
大学名を聞くと、名前も知らない大学だった。
勉強ができないデジィが言うのもなんだが、先輩は歴史に残れなそうだ。

『この手で、何ができるかな。』
デジィは学生時代、手をよく見つめた。
絵を描くつもりなら、左手も鍛えるべきだ。
ペンを使うのは、想像以上に力を使う。

『でも、パソコンに打つならどうかな?』
デジィは考えた。

「注文、いい?」
「はい。」
「こんにちは。」
「あ、どうも。」
そこにいたのは、イヴァンだった。
「俺、彼女できたから。」
「そうですか。よかったですね。」
デジィは笑った。

「コーヒーひとつ。」
「Sサイズで、いいですか?」
「あ、うん‥。」
イヴァンは残念そうにした。
バレーボールの世界に入るには、少し身長が足りていなかった。

図書館に、ビアンカが載っている雑誌が置いてある。新刊は借りられないので、デジィは毎月、図書館で読んだ。ビアンカの写真はどんどん過激になっていくので、楽しかった。
かっこいい先輩を知っていて、エドのことも、ビアンカのことも、遠くから見るのが好きだった。
もちろん、ジョアンナさんが泣いた時には、どちらかが愛してあげてほしい。


『じゃあ、明日、10時に駅で会おう。キキ』
「どうしよ、何着てこう?」
ジョアンナは部屋で笑った。
ベッドの上に、何着か服が置いてあって、頭にはヘアバンドをつけていた。

「きゃ~。」
ジョアンナはベッドにつっぷした。
『セクシーポリス。』
昔、コスプレの撮影をした時のことを思い出して、ジョアンナは首を振った。
そういう撮影でも、胸とパンツを出していなければ、ジョアンナは平気だったし、大体は、他のモデルの子と一緒だった。
それに、ジョアンナもスタッフと同じ片付けの仕事をしたりした。

駅につくと、キキが待っていた。
「じゃ、行こうか。」
「うん。」
今日は、遊園地に行く。
ジョアンナがずっと夢見ていたことだった。
キキはジョアンナの手を握ると、
「ええっ。」
ジョアンナは手を放してしまった。
「私ね、手をつなぐとか、そういう事って、一回しかした事がないの。」
「そうなんだ、俺もだよ。」

「だから、大丈夫。」
キキはジョアンナの手を握った。


「はい、どうぞ。」
ビサルは、インドの貧しい子供たちに金貨のチョコレートを渡した。
後輩達も手伝っている。
女の子はしばらくチョコレートを見つめて、包み紙をはがして、チョコレートを口に入れて、にっこりと笑い、ビサルはその子の頭をなでた。

男の子は、本物の金貨ではなかったので、「わああ。」少し泣いたが、ビサルが何か言い、泣きやんでチョコレートを食べた。

「みんな、食べれば元気になる。」
ビサルは言った。

「ビサルさーん!」
若い女の子達がビサルに駆け寄り、一緒に写真を撮った。

スタジオでも一緒に撮ることになって、雑誌にも一応出たし、よかった。
ビサルは、芸能人の道を歩むことにした。それは、みんなを助けたいからだ。
でも、それには、もっと水泳で速くなる必要があった。
海外の速い選手が、速く泳ぐコツを教えてくれるはずがない。
アフリカから来たチビが、ビサルを指導した。
そいつの言う事が嘘かと思ったが、言う通りにしたら、速くなった。
いい奴だ。インドにずっといてほしい。

アフリカから来たナダルが、プールサイドで、後輩達と楽しそうに話す姿を、ビサルは眺めた。


疲れ果てたデジィが、イヤホンをつけ、目を閉じた。
ずっとイヤホンをつけているので、耳が痛い。
デジィはイヤホンをとり、キンキン痛む耳を抑えた。
すると、電車に乗ってきたエドがデジィを見つけ、隣に座った。

デジィは身を引いた。
隣に男性がいること自体、ちょっと苦手だった。
十代では、ラヴな失敗を繰り返したので、もう二度とラヴな失敗をしないと決めていた。

「デジィコさ、よく、手すりにこうやっているでしょ?」
「はい。」
「あれ、やめたほうがいいよ。いろんな人が触っている物だからね。」
「わかりました。」

「学校どう?」
「行っていません。」
「ええ?ダメだよぉ。将来が無駄になる。‥学校に行っていないなら、何をやってるの?」
「GAPで働いてます。」
「GAP?あそこ高いでしょ?デジィコのような、二十歳の人が働く場所じゃないよ。」
「でも、年上に見られているから。」
デジィが言うと、エドは首をふった。
「デジィコはまだ子供。ジョアンナに比べたらね。」
「ジョアンナさんは、トップモデルですから。」
「そう。綺麗だよね。」
エドは言い、遠くを見た。

次の駅で、ウィリーが乗ってきて、エドとデジィに挨拶したので、デジィは安心した。
エドは、ウィリーと話し始めて、次の駅で降りていった。
デジィは、エドとはもう関わりたくないので、エドが手を振ってきたが、無視した。

「エドさんと付き合ってるの?」
「いや、エドさんは、ジョアンナさんのことが好きだから。」
「あー、そっかぁ。俺、あの人、よくわかんない。」
ウィリーは、苦笑いをした。

「デジィ、彼氏できた?」
「私、彼氏とか作らないよ。」


「今日、どこ行く?」
3回目のデートで、手をつないだジョアンナがキキに聞いた。

「俺の家、来る?」
「うん、いいの?」
「いいよ。」
キキは言い、ジョアンナは笑った。

デジィは、電車が嫌いで好きだった。
いろんな人と会えて、たまらなくわくわくしたし、夕方の涼しい風が好きだった。
でも、こんなにたくさんの人がいるのに、知り合いを一人も見ない日と、
知り合いに会っても、無視される日は虚しかった。

虚しいといえば、デジィはまだビーズで豪華な物を作っていて、もしかしたら売りに出せるかなと思っている時、ジョアンナさんとキキが手をつないで、安そうなシンプルアクセサリーをつけていた時も虚しかった。
デジィが無理して勉強したブランドや、夜遊びのことも、
「あんまり、その場所に行ったことない。」
ジョアンナさんはそう言った。
自分よりすごい人が、自分が知っている都会を知らない時は、本当に虚しい気分になる。

だから、こんな都会から、出なくていけないと感じ始めていた。

ジョアンナさんとキキが、何をしたのかは分からない。
でも、二人は、堂々と手をつないで歩いて、ビアンカはそれを見て青ざめた。
ジョアンナさんとキキがしたことは、普通の恋人通しがやるような物だろう。
デジィが十代で経験した‥。
いや、ジョアンナさんは二十代だから、もっと深い物かもしれない。
デジィは、恋をするのは、二十代の方がよかったかもしれないと考えた。
いや、でも普通、十代で恋をしても、二十代でもまた恋をする。
デジィは普通じゃないから、仕方がない。

パラッ‥
デジィはいつものように、ビアンカが載っている雑誌をめくった。
「あ‥。」

『ビアンカ選手は、バレーボールの世界選手権に出場するため、この連載は休止いたします。』

「あはは、そういえば、その人、バレーボール選手だったよな!」
「えっ。」
大学生っぽい眼鏡の男が、雑誌を見て言い、デジィは振り向いた。

「ああ‥。」
デジィは雑誌を戻し、1階を見た。
図書館は二階建てだ。
なんとなく、イヴァンを探したが、いなかった。
似ている人が階段をのぼっていたが、デジィは間違えない。

デジィは図書館から出ることにした。

GAPの仕事は、きつかった。
辛くなって夜の11時まで、ロッテリアで過ごしてみたが、帰ることにした。

デジィはまた精神病になってきていた。
学校にまた行かれなくなったデジィは、女友達とも会わなくなった。

キキと手をつなぐジョアンナを見たエドは、思わず影に隠れた。


久しぶりに学校に顔を出したデジィを、リザはキルトの展覧会に誘った。
「キルトの展覧会、一緒に行こうよ。」
「うん、いいよ。」
「デジィ、それくらいの交通費ある?」
「ある。」
「うん、じゃあ、行こうか。」

「手をつなぐ?」
「いい。」
「そっか。わかった。」

「デジィってさぁ、女友達いないでしょ?」
「うん、縁を切りたいと思ってる。」
「はああ?最悪だ。じゃ、男だけ?」
「いや、男もいない。だって、誰とも連絡先を交換してないもん。」
「じゃあ、ただの知り合い?」
「うん。」

キルトの展覧会を見た2人は、ちょっと疲れたが、胸がいっぱいになった。

「デジィって、可愛いね。」
「は?」
「いやいや、言っただけだよ。」
リザは笑った。

「おーい、デジィ!」
「ウィリー。」

「俺さぁ、バスケのプロになったから、この近くで練習しているんだ。」

「へぇぇ。」
「誰?」
リザが聞いた。
「地元の知り合い。ウィリーのこと、知らない?」
「知らなかった。」
「よろしく。」
「リザです。よろしくお願いします。」

「今日さぁ、エド先輩が超怒っててぇ。」
「そうなんだ。」
「あの、エドさんなら、僕も知り合いですよ。」
リザが自分を指した。
「マジィ?エド先輩がぁ、壁にボールをぶつけたりしてぇ、超こわくてぇ、俺、練習ぬけてきたんだよね。」

ジョアンナの事で、むしゃくしゃしたエドは、壁にボールをぶつけたりした。
「お前ら、きちんと練習しなよぉー!!」
エドが、ボールを壁に当てながら、そう言ったので、ふざけているだけかと思い、最初は後輩たちも笑っていた。
でも、後輩がとれないような強いボールを出して、ウィリーもやっとの思いでパスをとった。
「遅い!」
ウィリーがフォームを決めていると、後ろにエドが来ていた。
「でも練習だしぃ、アホの先輩からぁ、フォームが汚いって言われてぇ。」
「人に向かってアホって言うな。フォームなんて、気にしてなくていい。」
「はい。」

エドの強いボールで、ついに後輩の一人が鼻血を出した。
エドは気まずくなり、トイレに入った。
トイレにいると、泣けてきた。
トイレットペーパーを多くとり、トイレからで、鼻をかんでいると、鼻血を出した後輩が入ってきた。
「ごめん、大丈夫?」
「うん‥。」
『先輩にはハイだろ。』
その時は、エドは我慢した。

ウィリーも来て、エドを見たが、さっき良い事を言ってくれたので、何も思わなかった。

午後の練習で、エドは奇声を出した。
そして、エドは倒れ込み、鼻血を出した。
「ええ‥。」

「大丈夫ですかぁ?」
ウィリー達もかけよったが、エドは倒れていて、調子が悪そうだ。
ウィリーは練習を早退した。

次の練習で、「この前はすみませんでした。」エドは謝った。
ちょっと泣けてきたが、エドはもともと大人になりきれてなかったので、大丈夫だった。全部、ジョアンナがあんな男と付き合ったせいだ。

仲の良いチームメイトが、エドに良いパスを回して、後輩に本当の実力を見せつけたので、
エドも難しいシュートを決めて、実力を発揮でき、失敗なんて、気にする必要なかった。
むしろ、いい方向に転んでくれた。


デジィはスタバでVOGUEを読んだ。
ジョアンナさんもVOGUEに載るようになったので、デジィは嬉しかった。

ジョアンナさんは今まで、インドネシアでしか出回らない雑誌に載っていた。
それなので、外国のファンがそれを手にすることは、少し難しかった。

インドのビサルは、VOGUEを手にして、少し笑った。
ついにジョアンナが世界進出すると思うと、ドキドキしてきて、胸をおさえた。

「すごい、世界記録が出たよ。ほら。」
ナダルがゴールしたビサルにタイムを見せた。
「マジか!!」

「ああ‥。」
ビサルは水面に大の字になった。

「ナダルさん、それ、スタート遅く押したんだろ!」
後輩がかけてきた。
「ううん、ちがうよ。」

ビサルは夢見心地だ。少しガッツポーズをして、また泳ぎ始めた。


「デジィの年の人って、ホント、子供だよね。」
「はい。」
スタバでコーヒーを飲むデジィに、ジョアンナさんが話しかけた。
「今までさ、デジィの年より、ひとつ上の人とは関わったことがあったの。でも、最近、デジィと同い年とか、それより低い人が入ってきたんだよね。」

「ええ‥。」
『でも、私は、同い年の人が読んでない雑誌読んでて‥。』
デジィはバッグの中から、VOGUEを取り出そうとした。

「お姉ちゃん。」
メリーが、ジョアンナを呼んだ。
「ごめん。私、撮影あるから。」
「はい、頑張ってください。」
ジョアンナは満面の笑みで手を振って、行ってしまった。


ジョアンナは撮影所で、腕組みをして、デジィより一つ年下の撮影をながめた。
その子はピースをしている。
あごの下でピースをして、その後、ポーズを変えて、ピースを見せた。
ピースは遊びで撮影をする時のポーズで、仕事の時は、やっちゃいけないのは基本だった。
それをまるで、正しいかのように‥。

撮影を終え、何十枚という写真をモニターで確認し、タナさんがその子に言った。
ジョアンナも後ろに来ている。
「正直言っていい?これじゃダメ。」
「ええ‥。」
「ジョアンナ、アドバイスしてあげて。」

「うーん。人形のバービーちゃん分かる?」
「はい。」
「バービーちゃんって、最高のモデルなんだよ。」

「私ね、ずっとバービーちゃんのマネをしてきたの。バービーちゃんって、ピースができないでしょ。」
「はい。」
その子は泣いてしまった。

ジョアンナにとってモデルは、人生をかけた仕事だったので、甘い人が入ってきてほしくなかった。

次の撮影に入ってきた若い子を見たジョアンナは、息を飲んだ。
デジィの同級生のエロイスだ。
エロイスのことを、みんなが嫌っていた。
エロイスは少し知的障害があって、小さい頃、人の家の前でクソをしたりしたからだ。
親は、エロイスは普通学級に入れ、ちゃんとした治療をしなかったせいで、エロイスはおかしい大人になった。

エロイスはキャスケットをかぶった服で撮影所に入って、ロマンティックなドレスで撮影をした。
エロイスは後ろ姿を見せたりした。
タナさんが言った。
「もう後ろはいいから、前。」

エロイスは肩手を腰に当てて、ポーズをした。
ジョアンナは言った。
「あんた、トイレ大丈夫?」
「はーい、大丈夫ですぅ。」

モニターを見たタナさんが、振り返ってジョアンナに聞いた。
「どう?ジョアンナ。」
「別に、何も言う事ない。でも、お洋服が可愛く見えるのが一番なんじゃないの?」
「つまり、可愛くないってわけ?」
「そういう意味じゃない。」
ジョアンナは笑い、少し楽しくなった。

後輩たちが撮影をしていたが、ジョアンナの番になったので、ジョアンナはさらに楽しくなった。
ジョアンナはゴールドのドレスを着て、撮影をした。

「鼻毛出てる。」
後輩が言ったが、ジョアンナは顔をしかめ、気にしなかった。

いつのまにか、ジョアンナが鼻血を出した時、
助けてくれたプロ野球選手 ニコ・ジェフリーが入ってきて、後輩達と話していた。
それでもジョアンナは気にしなかった。
いいドレスだったし、この写真を見て、買ってくれる人のためと、
どこかで自分を見てくれる人のためだ。

ジョアンナの載った雑誌を、インドの本屋で見たビサルは、にっこりと笑った。

「嘘ぉ、マジでぇ?!」
野球選手のジェフリーは、エロイスの話を聞いて言った。

「ちょっと、どうしたの?」
不機嫌なジョアンナは、ジェフリーの下に行った。
「この子、映画に主演したことがあるんだって。」
「え‥。なんの映画?」
『高校生、初めての恋。』
「ええ、嘘ぉ‥!」
ジョアンナは目を見開いて、後退りした。

「びっくりするよな。」
ジェフリーはジョアンナに言い、ジョアンナは本当に信じられなかった。

『高校生、初めての恋。』は、ジョアンナが大好きだった漫画が、映画化されたもので、映画は微妙だったけど、内容は最高だと思った物だった。
ジョアンナはショックを受けたが、涙と怒りをこらえて言った。
「エロイスさん、でもあなたは、モデルとしてはまだだから、もうちょっと勉強して。」
「は?まだって何!」
「まだって‥まだダメってこと。」
「そんな‥。」

タナさんが言った。
「な、女優なら女優、モデルならモデルだから。もうここには来るな。」

エロイスは泣き、帰った。

ジョアンナは考えた。
女優やタレントがモデルをしても、顔が勝ってしまって、洋服が目立たない。
ジョアンナはモデルしかやっていないので、服をよく見せるためにはよかったかもしれない。
でも、そんな中、テレビ出演の依頼がくる。
深夜のテレビ番組の司会だ。
ジョアンナは嬉しくて、ママに確認をした。
「ねぇ、やってもいい?」
「大変な仕事だと思うけど、頑張りなさい。」
「ありがとう、ママ。」

メリーが変な事をすると困ると思ったので、メリーにも確認することにした。
「私、『お約束の時間』の司会をやることになったんだ。」
「そうなんだ。よかったね、お姉ちゃん。頑張ってね。」
「うん、ありがとう。」

ジョアンナは電話して、スタッフに聞いた。
「その撮影って、深夜に撮るんじゃないですよね?」
「うん。大丈夫、収録は昼だから。」
「わかった。じゃあ、その仕事、受けさせていただいてもよろしいですか?」
「うん。ジョアンナがいいなら、そう伝えておくね。」
「はい、ありがとうございます。」

ジョアンナは最後に、キキに確認することにした。
カフェに現れたキキは、少し口をとがらせている。
「どうしたの?元気ないね。」
ジョアンナが聞いた。
「ううん、そんなことないよ。」
「もしかして、仕事がうまくいってない?」
「いや‥仕事の方は、そんなに悪くないかな。」
キキは言った。キキは金融業界でも働いている。

「そうなんだ。私ね、テレビ出演することになったんだよ。」
「ええ、何の番組?」
「お約束の時間の司会。」
「へぇ、すごいじゃん。頑張ってね。」
「うん。」

初収録に向かうと、もう一人の司会の男、ダニーがジョアンナを見て言った。
「へええ、マジでジョアンナちゃん来てくれたの?」
「はい、よろしくお願いします。」
「いやいや、こちらこそよろしくね。」
「はい。」
ジョアンナは満面の笑みをみせた。

ジョアンナはサラサラストレートにしてもらい、真剣な表情でメイクをしてもらった。
メイクさんもなかなか可愛い人が多かったが、まわりの大切な人達からも、ジョアンナは他の人とは違うと言われていたので、気にしなかった。

もうすぐ本番が始まる時、ダニーがジョアンナに言った。
「ジョアンナちゃん、この後、俺とどう?」
「えっ、俺とって?」
ジョアンナは笑った。

「ちょっと待って、始まるで!」
ダニーは言い、カメラに目線を向けた。
ジョアンナは良い感じで笑顔になったので、ちょうどよかった。

「ジョアンナ、もっとはっきり話してくれ!」
男のプロデューサーが言い、ジョアンナもうなずいた。
ジョアンナは美しい容姿のわりには、プライドが低いのが長所だった。
それに、いろんな事を分かっていないので、芸能界でやってこられたのもある。

「ジョアンナちゃんって、彼氏いるの?」
休憩時間、ダニーが聞いた。
「はい、います。」
「誰っ?!ちょっとちょっと、ヤバいんじゃないのぉ??」

「えっとぉ、競泳選手のキキさん。」
「マジでぇ?!じゃ、週刊誌にはまだ秘密?」
「いや、私、週刊誌とか出ないから大丈夫です。」
「でも、ジョアンナちゃんは可愛いからなぁ‥。」

「キキのこと、殺したいわぁ。」
ダニーが言った。

ジョアンナは笑い、聞いた。
「あの、殺すって嘘ですよね?」
「うん、嘘やけどぉ、ほんま。」
「ええ~!」
ダニーとの収録は楽しくて、ジョアンナは勉強になると思った。



イヴァンは、正義感にあふれて、バレーボールの世界に入った。
きっとデジィも、自分の家族も、都会のありふれたバレーボールクラブに入ったとしか、思っていないだろう。
でも、イヴァンが入ったチームは、バレーボールのトップリーグのクラブだ。
なぜ、ここに入る事になったんだろう?
えーと‥、有名なバレーボール選手とたまたま知り合えて、
「僕も、バレーボール選手を目指したいんですよ。」
と、言ったんだった。
なぜ、知り合いになったんだっけ?

えーと、試合を何度か見に行って、そうしたら、母ちゃんがその人と偶然知り合いでぇ‥。
地元で少しバレーボールを教えてもらってぇ、ジャカルタでもまた会って、
練習を見に行って、一緒にやることになったんだ。
偶然にしては出来すぎていた。運命ってことかな。

昔、有名なバレーボール選手が、結婚して、子供を作って、まわりの人達を悲しませたから、許せなかった。
周りからも、バレーを進められたから、ちょうどよかった。

正義は、ライオンのように、世間に牙をむいている。
牙をむいていない正義なんて、どこにもない。

ライオンというのは、王様のことだ。
本物の王様は、正義を持っていて、世間一般に牙をむいているだろう。
王様の正義を信じて、みんながついていくから、彼は王様なんだ。
正義は、おそらく、多数決で決まる。
でも、少数派の正義の方が正しい場合もあるから、判断が難しい。
人が傷つかない正義を選ぶのがいいだろう。

そうこうしているうちに、その先輩は引退していて、結婚して子供がいた。
ふーん、あんな先輩なんか、どうでもいい。
俺はもうあいつを忘れてやる。
せっかく、光からの使者になれたのに、もったいなかった。

結婚は大事でも、貴様は、スーパーヒーローを育てたんだぜ。


「遅いよぉ!!」
ジョアンナがテレビに出て、イライラしているビアンカが強い球を打った。
「うおお。」
なんとなく、イヴァンは調子が悪くて、とれなかった。
でも、ビアンカ先輩の前では、怖気づくことなく、本当の力を発揮できた。

「お前、すごいよぉ!」
「はい。ありがとうございます。」
「まぁ、ありがとうとかは別にいいけどぉ、このままだと、きっとお前は、世界一になれるぜ。」
「え、本当ですか?」
「うん、頑張って。俺さ、モデルをやらせてもらっててぇ。」
「はい、知ってます。」
「だから、もしかしたら、バレーを辞めて、モデル一本にするかもしれない。」
「そうなんですか?」
「うん。好きな女がモデルなんだよ。」
ビアンカはそう言いつつ、バレーの方も調子がよかった。
でも、ジョアンナが、きっと今頃、キキと会っている時の海外での試合で、ビアンカは全然ダメだった。
「先輩、どうしたんですかー?」
「決めてくださいよぉ。」

「うん。」

「あああ!」
後輩が大声を出し、ビアンカついに決めた。
ビアンカは仲間とタッチして、だんだんと調子がよくなった。

休憩中、イヴァンと同期のエリスが、ビアンカに聞いた。
「もしかしてぇ、先輩の好きな人ってぇ、ジョアンナさん?」
「え‥、うん。」
ビアンカは答え、イヴァンはエリスを小突いた。

「やっぱりかぁ。ビアンカとジョアンナって、名前も似ているし、そうだと思ってたんだよなぁ。」
「いや、でも付き合ってないからね?」

「先輩となら、ジョアンナさんも付き合ってくれますよぉ。」
「ジョアンナは、競泳のキキと付き合っているから。」
ビアンカは下を向いてしまった。

「お前は、何も知らないんだな。」
イヴァンはエリスの前髪を持って言った。
「やだっ。」
「ダメ。」

その試合は、負けてしまった。


インドのプールで、ナダルに見守られながら、練習をするビサル。
泳ぎながら、テレビで、ダニーと談笑するジョアンナを思い出して、泳ぎを辞めた。
「ん?」
スマホで、海外の競泳試合結果を見ていたナダルが顔をあげた。

「きゃー。」
カラフルな水着をきた女子達が入ってきた。
普段のビサルなら、上がってしまうが、今日はどうでもよかった。
しばらく、女子達をながめていると、女子達は気まずそうにした。


電車の中で、ジョアンナはレノに会った。
「あんたさ、次いつ来る?」
「どこの話だよ?」
「え?」
「スタジオだって、いろいろあるだろう?ジョアンナも、毎回同じ場所で撮っているわけじゃない。」
「まぁね。外での撮影は大変だよ。風も吹くしさ。」
「そうだな。俺、明日、ヒビヤに行くよ。」
「私、明日、そこじゃない。」
「じゃあ、どこだよ?」

お洒落な2人を、奥さんがじっと見ている。
ジョアンナはちらりとその人を見て、小さい声で言った。
「裏原。」
「ああ、CBAな?」
「うん。」

ジョアンナとデジィは、血がつながっているせいか、よく偶然会った。
「撮影をする場所を、スタジオって呼ぶぅ‥?」
ジョアンナは聞いた。
「すみません、私は行ったことがないから‥。」
「呼ばないよねぇ?だってさ、音楽スタジオとか言うじゃん。私ね、音楽のことは良く分からないの。デジィ、何の音楽が好き?」
「別に、なんでも聞きます。」
「ふーん、私は、ジョウ・ヒサイシ。」

ジョアンナは小さな頃からモデルをやっていて、お洒落な事を、他の人達より知っていた。
だから、『知らない』と答えることが、知っている事より、お洒落だったのかもしれない。
ジョウ・ヒサイシは確かに素晴らしい。
でも、彼のことは誰でも知っていて、デジィはみんなが知らない音楽を知っていた。

「こんにちは!今日もよろしくお願いします!」
ジョアンナは撮影所に入った。
ジョアンナはしっかりしていて、人間らしいので、スタッフからも好かれていた。

「あれ?今日のカメラマン、タナさんじゃないんだ。」
後ろで腕まくりをして、腕組みをしているタナさんに声をかけた。
「うん。おい、俺じゃなきゃ撮られたくないとかないの?」
「ない‥です。ごめんなさい。」
「いや、いいけどさ。今日、頑張れよ。」

「社長は?見ていてくれるでしょ?」
「社長は今、出かけている。でも俺は見てるよ。」
「わかった。ありがとう。」

ジョアンナは、いつものモデルの子達を確認して、笑顔になった。
お洒落な音楽が流れて、不安な気分になった。
ジョアンナが苦手な音楽だ。

ジョアンナより少し若くて可愛い子は、かっこいいポーズを決めている。
ジョアンナは影から眺めて、顔をしかめた。
「どうしよう、今日無理そう。」
優しいメイクのおばちゃんに振り向いて言った。
「ジョアコなら、大丈夫。」
「うん‥。」
『ジョアコって何‥。』
ジョアンナはぶりっ子ポーズをしてしまった。

音楽はさらに激しさを増した。
でも、後ろにタナさんもいるし、大丈夫かな。

「どうすればいいですか?」
ジョアンナは、エロそうなカメラマンに聞いた。
「じゃ、ジョアンナは、四つん這いになって。」
「ええっ!私、そんなポーズしたことないです。」

「ああ‥。」
「どうしよう。」

「ちょっと、ジョアンナには、エロいポーズとか無理ですから!」
『俺の時なら、大丈夫かもしれないけど。』
タナさんが割って入った。

「困ったなぁ。今回の撮影のテーマが、野生なんだよ。」

「ああ‥。じゃ、ジョアンナはちょっとダンスする?」
タナさんが聞いた。
「ダンス?それなら、できるかも!」
ジョアンナは、独学でダンスの練習をしていた。
「でも、最近踊ってなくて。」
「大丈夫だ。適当にやっとけ。」
「わかりました。」

ジョアンナは音楽に合わせて、楽しくダンスして、良い写真が撮れた。

自分の番が終わったジョアンナはほっとして、私服に着替えて、後輩の撮影のアドバイスをしたりした。
今日のジョアンナは、白いダメージジーンズに、ピンクのトレーナーを着ている。
メリーがそういう服を着ていて、可愛かったからだ。

「よろしくお願いします。」
ブスっとしたメリーが登場した。
「ああ‥。」
ジョアンナはメリーに笑いかけたが、メリーは無視して行ってしまった。

「じゃ、メリーちゃんもダンスでお願いします。」
「ええ、何それぇ。」
メリーは泣きそうになった。
ジョアンナは言った。
「大丈夫、私もさっきやったんだよ。こうやって。」
ジョアンナはさっきやったダンスを見せた。

「どう?できそう?」
「うん。」
メリーは、本当に適当に踊って、相撲取りの押し出しのような動きをたくさんした。
「うわぁ‥。」
ジョアンナは笑った。

撮影が終わり、メリーは赤い目をしている。
ジョアンナがメリーにかけよった。
「ちょっとあんた、大丈夫?」
「うん。‥踊れポンポコリンだぁー!」
「ちびまる子ちゃん、昔見てたよね。」
ジョアンナは笑った。
「私は今も見ているよ。」
メリーの視線の先には、エロイスがいた。
「え‥。」
ジョアンナは怖くなった。
メリーはエロイスが大嫌いだった。
メリーが初めて買ってもらった鉢植えに、幼いエロイスがクソをしたからだ。
家の目の前に、クソをされることさえ、信じられないことだった。

ジョアンナは言った。
「やだぁ、また来たぁ。」

「もしかして、今日のカメラマン、あいつの手下だったってこと?」
「うん‥。」
「どんだけぇ~~!」
ジョアンナは笑った。

「もう信じられない。」

それでも、仕事が一区切りついていたので、タナさんがこちらに来た。
「ジョアンナ、さっきのダンス、よかったよ。」
「うん。本当は、ダンススクールに通いたいんだ。もう大人なんだけど、いいかな?」
「そういう所もあるっしょ。」

さっきの曲が流れ、ジョアンナは踊り始めた。
タナさんやメリー、他のスタッフも同じダンスをしたので、面白かった。

エロイスは驚いて、小さくなった。

インドでは、本格的に芸能活動を始めたビサルが、女性達と踊っていた。


ジョアンナが休みの日、歯医者に行った帰り、偶然、キキが立っているのに気づいた。
「もしかして、キキ?」
「ジョアンナ。」
「昨日、メール返せなくてごめんね。」
「ううん。」

ジョアンナは周りを確認して、キキに抱きついた。
キキはドキッとして、止まってしまった。

インドネシアの水泳の試合の日がくる。
ジョアンナが、関係者の方をのぞくと、すんなりと入れてもらえた。

「キキ!」
「ジョアンナ、なんでここまで?」
「入れてもらえたの。」
ジャージを着て、帽子とゴーグルをつけた、他の仲間があぜんとして、ジョアンナを見た。
女子選手はストレッチをしていて、気まずそうにジョアンナを見上げた。

キキが聞いた。
「まさか、何か持ってきた?」
「あ、忘れちゃった。」
「いいよ。」
ジョアンナはキキの腕を持ち、抱きついたりした。

「マジで、なんで来たんですか?」
キキの仲間のカイが聞いた。
「えっとぉ、彼女だから。」
「ええ!」
カイは身を引いた。
キキが言った。
「ジョアンナ、もう帰ってくれる?」
「帰らない。ずっと応援してる。」

「お姉ちゃん!」
メリーが呼んだ。
「メリー!」
「ルード!」
ルードがメリーを呼び、メリーは手を振った。
ジョアンナはキキに笑って手を振り、メリーの下へ行ってしまった。

「ジョアンナが彼女ってヤバくね?」
カイはびっくりして、キキに言った。
「うん、付き合い始めたのは最近なんだけどね。」

その瞬間までは最高だった。
でも、男女混合のレースに、半笑いのキキが出た時、ジョアンナの心は冷えた。

正直言って、怖かった。

「嘘ぉ‥。ルードまで?」
メリーは、ジョアンナを見た。
ジョアンナは体中が凍えてしまって、答えられなかった。

キキは本気そうな泳ぎをしたので、ジョアンナは立ち上がって、会場を後にした。
キキがゴールした時、ふりむいたけど、ジョアンナはもういなくて、キキも恐怖を感じた。

ジョアンナは入口で泣いていた。
メリーは言った。
「もうこんな所、出ようよ。」
「うん。」

帰りながら、メリーが言った。
「どうして、あんな事をするんだろうね?」
「わからない。」
「男女混合なんて、おかしいよ。」

メリーが聞いた。
「お茶する?」
「うん。」
辛い事があったが、そのおかげで、メリーと仲良しに戻れた気がした。

「競泳の人のこと、好きになるの、やめた方がよくない?」
「うん。そうだね。」
ジョアンナはキキといろいろな事をした。
でも、大人にしてもらったし、本当にもういいかもしれない。

「バレーやバスケなら、男女別だし、そっちを見に行く?」
「うん。」
「あと、サッカーも。」
「そうだよね。」
ジョアンナは寂しげに言った。
ジョアンナはキキの連絡先を消してしまい、その後もメールがきたが、返事をする気になれなかった。

ジョアンナとメリーは、心の傷を癒すように、暇と都合があえば、スポーツ観戦をするようになった。

ビサルは、そんなこともあるだろうなと思いながら、泳ぐしかなかった。
まず、ビサルが男女混合なんかに出たら、インド中の乞食が悲しむ。

「ジョアンナさんへ、あなたに会いたいです。」
ガンジス川のほとりで、ビサルは送らないラブレターを書き、後輩達は、ビサルをじろじろと見た。


ウィリーは、初めてのプロの練習に出た時、まず自己紹介をした。
一緒に参加した新人選手は、とても良い人で、『よかったな』と思った。
でも、口に出して言えなかったのは残念だった。
ウィリーは、自分では気づいてはいないが、初めての人の前では赤くなってしまう。

「ウィリー・エバです。よろしくお願いします。」

「はい、よろしく。」
「よろしくお願いします。」

「こいつ、大丈夫?」
ウィリーを指さす先輩もいたが、大体の人は、神妙な感じでウィリーを見た。

「もっとでかいのが欲しかったなー。」
指さした先輩は、ボールで遊びながら言い、
「あはは、お前、他に言い方ないのかよー。」
仲良しそうな人がつっこんだ。
ウィリーはおかしい人達だと思った。
ジャカルタという都会には、変な人がいっぱいいて、昔の仲間達も、ウィリーと遊んでくれない。
初めての孤独だった。
デジィは仕方ないとは思うが、見知らぬ奴とつるんでいる。
リザって誰だ?あんな奴は知らない。

いや‥、知っている。昔、遊んだことがある。
そちらが忘れているから、俺も忘れていた。

ドンッ
「痛い。」
チビのヒラリー先輩が、ウィリーの腹にボールを当てた。
ヒラリー先輩とは顔見知りだったので、残念だった。
ヒラリー先輩が言った。
「なんだよ、それくらいでダメなのか?」
「うう‥、痛いよ。」
ウィリーは泣いた。
「大丈夫か?ごめんな、ちょっとふざけただけだから。」
「いいよ。」
「いいよじゃねぇよ、言い直せ。ほら。」
「いいですよ。」
ウィリーが言うと、ヒラリー先輩は笑っていた。

ウィリーは5回目の練習で、なんとなく、このまま続けるべきか迷っていた。
やっぱり、彼女とヤリたかった。

「ウィリー、どうした?」
ヒラリー先輩がウィリーに話しかけた。
「いや‥このまま続けるべきか迷っていて。」
「ああ‥。」

「あの、迷っていまして。」
「いいよ。それくらいは。」

「どうして?強くなって、活躍すれば、良い給料がもらえるぞ。」
「僕ぅ、彼女がいるんですよぉ。」
ウィリーは自分を指した。
「そうなんだ。じゃあ、彼女が辞めろって言ってくるんだ?」
「はい、まぁ。」
「そんな彼女とは別れちまえ。」
「はい。そうしたいんですけどぉ、なかなかうまく言えなくて。」
「お前も若いのに、いろいろあるんだな。」
ヒラリー先輩は手を伸ばして、ウィリーの頭をなでた。

初めて会った日に、ウィリーに変な事を言った先輩は、本物のドジだった。
結構、いろんな事をした。
一番ヤバかったことは、ドジ先輩が、アホ先輩に、ウィリーからコンドームをもらったと話したことだった。
あの時を思い出すと、へどが出そうになる。

「俺ぇ、あいつからコンドームもらったんだよ。」
「ええ、マジィ?」
ドジ先輩が言うと、アホ先輩はこちらを見て、ニヤニヤとした。

ヘアバンドをつけたウィリーは下を向いた。
リュックの小さなポケットに、いつもコンドームを入れている。
いつ、彼女に出会っても、ヤレるように。

ドジ先輩はウィリーに呼びかけた。
「おーい、ウィリー君ってぇ、コンドーム持ってるよなぁ?」

『おーい、ウィリー君ってぇ、デジィちゃんと付き合ってるよなぁ?』
ウィリーにはそう聞こえたので、
「付き合ってないですよ!!」
大声で言ってしまった。

ヒラリー先輩が飛んできた。
「大丈夫か、お前。やっぱ、辞めるか?」
「いや、まだ、続けたいです。」
「そうか。でも、どうした?突然、大声出して。」
ヒラリー先輩は、ちょっと喜んでいる感じだった。
ヒラリー先輩も怒鳴る癖がある。

「いや‥ちょっと、友達のことを言われたから。」
「言ってねぇよ。」
ヒラリー先輩はニヤニヤした。

ウィリーは、ヒラリー先輩の手を払い、トイレに行ってうんこをすることにした。

大便の最中に、話しかけられるのはうんざりだ。
大便と説教は関係ない。

帰り道、ヒラリー先輩が追いかけてきた。
「今度さ、俺にもコンドームくれよ。」
「いや、持ってないです。」
ウィリーは赤くなった。

「嘘つくな。」
ヒラリー先輩が小突いた。
「一緒にメシ行くか?」
「いや、いいです。僕‥、彼女いるんで。」
「そうか、残念だな。」

しばらくの間、ヒラリー先輩がウィリーの後をつけてきていたが、ウィリーが走ったので、ヒラリー先輩をまけた。


弁当を食べている時、エドがウィリーに聞いた。
「どうして、バスケでプロを目指そうと思ったの?」
「先輩から誘われたから。」
ウィリーはうつむいた。
『でも、罠だったかもしれない。』

「ご飯粒、ついてるよ。」
エドが、ウィリーの頬の米粒を食べた。

中には、麻薬をチームメイトの飲み物に入れる人もいたので、こわかった。
エドは細心の注意をはらった。今日は、テレビ中継がある。
中身をよく見て、ドリンクを飲んだ。

エドは試合前に不安定な気持ちになった。
エドは面白い事をするので、注目選手の一人だ。
試合前のアップで、面白い事が起きればいいと思ったが、チームメイトも別に普通だったので、ただ普通にシュートをするしかなかった。

もっと面白くするために、敵チームとの喧嘩を起こしたいとも思ったが、
みんな、エドの案に乗ってくれる連中じゃなかった。

ウィリーは、後ろで立ち、何か唱えている。
計算をしているようにも見える。

『来るな来るな来るな。』
実際には、ウィリーはこうつぶやいていた。
「あ‥。エロイスさんが。」
エロイスは、地元の知り合いで、みんなからうんこと呼ばれていた。

「別にいいや。」
ウィリーはうつむいた。
「おい、ちゃんと飲み物とか飲んどけよ。」
エドがウィリーに声をかけた。
「はい。」
ウィリーは元気がなかったが、エドに声をかけられて、少し明るくなった。

「あの、エド先輩って、モデルやっていますよね?」
「今、言わんでいい。」
エドが言い、スタメンの先輩もウィリーをにらんで舌打ちをした。

試合が始まるので、エドが立ち上がった。
『大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫。』

「ぐふっ。」
ボールが高く投げられ、試合が始まった。

『やる気ないヤツはやめていい。』
「やる気なくない。」
エドはつぶやいた。
試合中には、いろんな出来事が頭の中を駆け巡る。
集中したいのに出来ない。
だからやっぱり、俺にはバスケが向いていないかもしれない。
試合中、気づくとボールが飛んできていて、自分が動いている。
だから、無茶なプレーをしてしまう。
それで人気がもらえているんだから、不思議である。

今日も無茶なプレーをしてしまった。
周りが見えていないのに、しっかりと仲間にパスがまわるし、シュートができる。
これは才能と言えるのだろうか?

コーチはメンバーチェンジをしそうだ。
今日も俺が目立ったから、俺からかもしれない。
ウィリーは指名されてもいないのに、準備を始めている。

休憩の時に、エドはコーチに言った。
「ウィリーと俺、一緒に出させて。」
「ウィル&エドか?」
「うん。」

突然、同じスタメンの奴が、エドに話しかけ始めた。
「何?」
エドは後ろを見て、目を見開いた。
ジョアンナとメリーが来て、ウィリーと何か話している。

「俺ぇ、デジィと知り合いなんですよ。」
「そうなんだぁ。」
「あの子のこと、よろしくねぇ。」
「はい。」
ウィリーはニヤニヤしている。

ジョアンナはエドに声をかけた。
「エド、頑張りなさいよ。」
「はい。応援にきてくれたの?」
「まぁ、あんたの事だけじゃないけどね。」
ジョアンナは笑った。


ビサルは現在25才だ。
ジョアンナと同じ年齢である。
マウンテンバイクでインドの街を走ってゆく。

『あの子がまた死んだ。』
8才のビサルの目に焼き付いたテアという娘の姿。
もう17才なのに、公衆の面前でトイレをしていた。
テアはスラムの娘だから、仕方なかったかもしれない。
その後、テアは首吊りをした。

情けないと思った。
もう少し頑張れば、テアは有名人になれていた。
愚か者にこそ、才能が与えられる。

でも、しばらくして、テアによく似た女性が街を歩いていた。
また生き返ったのかもしれない。
だけど、なぜ、またこの国に生まれたんだ?
別の国の方がよかろう。

おそらく、運命の相手が、この国に生きているからだろう。
あなたがテアだった時のまま、その人は生きている。

自殺をしても、魂が後退するだけだから、やめた方がいい。
人生がいかに後退しても、大事な物に気が付くこともあるし、
人生がうまくいく場合だってあるのだから。

ブッダは輪廻転生を解いた。
もしかしたら、家族が死んでも、また同じ魂を探して、育てて、また殺して、また生かして、それを続けている家があるかもしれない。
でも、ブッダが輪廻転生を解き、彼は神となり責任を持って、その教えを説き続けているのだから、きっと大丈夫だ。

テアはもう一度死んだ。
可哀想に。運命の男と、当分の間、出会うことはできない。

しかし、それって、そんなに大切か?
ああ、大切じゃないから、テアは死んだんだ。愚か者め。

ビサルは、テアの墓に花を供えた。

人殺しはよくない。
半殺しはもっとよくない。
半殺しになった者の世話をする奴の身になって考えろ。
なかなか死んでくれない。それはまだ寿命ではないからだ。
ビサルは、寝た切りの兄を思い、目を閉じた。
時々、恋人が会いに来る。
愛に生かされるなんて、情けない。


デジィは、死ぬ事にした。
映画ばかり観ていたデジィは、気づいたら、出来る事が何もなかった。
ビーズはできるが、売り物にするには、長い時間がかかる。
トップのエリートたちから、注目されているちっぽけなデジィの冷や汗はすごかった。

小さな服屋に就職した大注目の若手デジィを考えると、震えが止まらなかった。
でも、いい仕事につけそうにない。
みんなは、デジィに仕事を紹介しなかった。
みんな、デジィが何かすごい事をやらかすことを期待していた。

デジィは精神病と現実社会の間をさまよっていた。
でも、デジィがデジィでいられたのは、美しい自分の姿のおかげだった。
だから、もしも生き返った時のために、自分を傷つけるのは嫌だった。
デジィは、餓死することにした。

デジィは部屋の中のありったけの物を捨て、食べ物も捨てた。
デジィが最後に食べたのは、板チョコレートだ。
最近のデジィは1年ほど砂糖を控えていて、それで急に食べだしたから、脳がおかしくなってしまったのかもしれない。
デジィは、最後と決めたカフェで飲んだキャラメルマキアートと、最後の板チョコレートが、美味しいなと思った。

デジィは眠った。
でも生きていて、テレビをつけた。
早朝には、ジャカルタの高速道路の様子が映る番組がある。
都会の景色は、静まり返っているのに、その下では沢山の人が泣いていて、鳴いていたりもして、とても美しかった。

絶食から1日たった頃に、まず思い出したのは、昔の恋人の事だ。
その次に、サバンナの事を思った。
チーターと裸足で駆けまわれたら、どんなに素敵だろう。
でも、そんな子供は、大人になっても、きっとあざだらけで、今のデジィが気にしているちっぽけな傷なんて、少しも気にしない。
今のデジィよりも醜くなる。それは嫌だなと思った。

もしもこれで死ねば、両親を苦しませることになる。
両親に会わす顔がないと思った。
もう一度生まれるなら、また一から、両親の下でだろうか?
いや、アリーの子供としてかもしれない。
きっと、アリーは、
「お姉ちゃん、お姉ちゃん。」と言って泣く。
そんな姿を見ながら、大人になるのはうんざりだと思った。

絶食3日目には、生肉も血も美味しそうに思えてきて、自分が野生に戻った事を感じた。

リザは、デジィを忘れているかのようだ。
でも、壁の向こうからすすり泣きが聞こえてきた気がする。
肉が焼ける音がする。
でも、今のデジィは、リザに会わす顔がなかった。

犯罪行為を一度始めてしまうと、なかなか止めることができない。

絶食5日目くらいからは、デジィの異変に気づいた人達が、デジィの部屋の前に来た。
大人に振る舞っていたデジィもまだまだ子供だった。
でも、プライドもあったし、もう死ぬしかないと思った。

「俺だって、なんにも出来ねぇよ。」
ドアの向こうのイヴァンが言ったけど、どうしてもダメだった。
両親も来て、エドと一緒にドアの向こうから叫んだので、もう終わりだった。

最終的に、絶食は二週間続き、最後に警察が来て、デジィの自殺未遂は終わった。

デジィはジャカルタを捨て、故郷に戻ることになった。
デジィは怒られたが、デジィはそれで、精神的にも肉体的にも、変われたのでよかったと思った。ブッダもキリストもマホメットも、断食を経験している。

もしかしたら、次はデジィかもしれない。

しばらくの間、デジィはおかしかった。
板チョコレートと一緒に、世界や宇宙のことを考えた。

地元に帰ってきた時に、デジィを見たメリーは、ジョアンナに話した。
「デジィちゃん見たんだけどぉ、あの子、モデルっていうより、神様みたいな感じだったの。」
「そうなの?じゃあ、デジィはモデルをやらないかな?」
「多分、無理じゃない?だって、神様だからー。」
ジョアンナとメリーは、デジィとアリーがモデルを始める事を心配していた。
モデルの仕事に情熱をこめてやっていたので、親戚とライバルになる事は嫌だった。

ジョアンナは水泳を始めた。
「お姉ちゃん、水泳なんかしていいのー?」
メリーがプールサイドに来て、声をかけた。
ジョアンナは競泳水着で、帽子とゴーグルをつけている。
「うん。」

メリーはピンク色の水着で、ボーイフレンドと一緒にいた。
ジョアンナは泳ぎ始め、「きゃー。」メリーは久しぶりのプールに入った。

次の練習の時、ジョアンナが水泳を始めたことを聞きつけた、エドとビアンカがプールに来た。
ビアンカとエドは競泳水着で、ジョアンナをちらちらと見た。
ジョアンナは本気な感じで泳いでいる。

ジョアンナが、プールサイドにあるジャグジーバスに入ったので、ビアンカとエドも入った。
「もしかして、ジョアンナ?」
「うん。あんた達もここに来るんだね。」
「いや、久しぶりに来たんだけど、まさかジョアンナに会えるとは、思ってなかったよ。」
エドが嘘を隠すように言った。

試合用ではない帽子と海パンのキキが現れた。
キキは、嫌な物を見てしまったと思った。
キキはゆっくりと泳ぎ始めた。

ジョアンナは、このプールがあるジムに入会している。
さっそくキキも入会して、ジョアンナに見せつけようと決めた。
手始めに、女性の先生の水泳クラスに出てみることにした。
「まさか、キキさん?」
先生は気づいたが、
「いえ、ちがいます。」
キキは即答した。
でも、先生は本当に速かったので、キキの先生になれた事に調子にのって、競泳選手になってもいいと思った。
最近は、ジョアンナの仇のエロイスが競泳を始めているので、心配だった。
バカほど、うまく泳げるようになる。
最近のキキは、練習せずとも速く泳げる。

ジョアンナを抱いたおかげだ。

キキとよく似ている男が、キキとして練習をしている。
それはよく分かっていたが、ジョアンナや仲間に、その事を話さない自分は大人だと思った。
もしもジョアンナが、その人から騙されて、偽のキキを好きになったらどうしよう?
きっと、ジョアンナのことを嫌いになる。
キキは下を向いた。

まだ、ジョアンナとしっかり話せていない。

俺の昔の事を話そうか?
そうすれば、ジョアンナだってきっと分かる。
まず俺は、高校には行っていない。ずっと泳いでいた。

教科書と弁当を持って、プールに行く生活が続いている。
「ちゃんと、授業に出るんでしょうね?」
母親が聞いた。
「うん。」
それは嘘だ。やがて、先生から連絡がくるだろう。
5日も連休をとっているのだから。

「キキ、お父さんと話したんだけどね、そんなに泳ぎたいなら、学校をやめて、働きなさい。働きながらなら、自分のお金で自由に泳げるでしょう。」
「泳ぐお金には困ってない。」

「何!お父さんのお財布から一万円盗んだのあんたじゃないのかい。」
「ちがうよ。」

『嘘だよ。』
イライラした思春期のキキは、親の物を盗むようになっていた。

水泳部にも入部してみたが、先輩が、キキの急所を見て、
「やべー。」と言ったりしたので、すぐに辞めた。
まぁ、理由はそれだけではない。
高校のプールは屋外にある。
コンクリートの上で休憩していると、体から水がだんだんと流れて、
小学生の頃に、休憩中にコンクリートにトイレをした事を思い出してしまう。
そんな事を想っていたら、女の先輩がキキの背中にもたれかかった。
生乳だと思ってもいいが、ジョアンナのために記憶を消してやる。

キキは高校を辞め、泳ぎまくった。
目指すは世界記録だ。
世界記録にも届くんじゃないかという勢いで、泳ぎは速くなっている。
友人のカイのおかげで、高校の試合に出場できた。
自分は世界記録も叶う力があるのだから、余裕なのは分かっていた。
キキはついに、オリンピック出場を決めた。
オリンピックはつまらないと思ったが、どんな感じか知りたかった。
前世では五輪に出場できていない。堅気をずっと続けてきた。

しかし、それよりさらに堅気の世界に入ってしまったと思った。
少しは外国人とおしゃべりができるかなと思ったが、みんなキキを無視していた。
外国人と言っても、別の競技のオリンピアンとしゃべりたかった。
同じ競泳の敵なんかと話したくはない。
でも、どいつもこいつも、俺の事を知りたがっていて、うっとおしかった。

『さよなら。』
若いキキはオリンピックの試合に向かう。

代表選手の練習で、キキの背中めがけて、先輩が飛び込んだ。
先輩の腕が背中に直撃し、キキは何秒間か、泡とともに沈んだ。
その時の事をよく覚えている。
きっと景色が美しかったからかもしれない。その時のキキによく似合っていた。
水の中で、無数の泡は消えていく。
水の中で消える、キキの無数の希望と同じだった。

女のスタッフが配属されている。
嫌だと思ったが、競泳は男女一緒の日なので、仕方なかった。

『もしもどこかに運命の子がいるのなら、一人で怒っているかもしれない。
でも、俺の希望が水の中で消えたのと同じように、どこかで男女一緒に過ごしているのかもしれない。

どちらでもよかった。
とにかく俺は、今日ここで、間違いなく、脚光をあびるだろう。
脚光のあび方はこれしか知らない。
かすんで消えてしまうあの子を俺の泡だと言うのなら、
泡をつかまえるために俺は泳ぐ。
泡をつかまえることなんてできないから、俺は速くなった。

つまり、希望が水泳だったわけじゃなくて、希望をつかまえるために、水泳をやっただけだ。』

嫉妬は嫉妬を呼ぶ。
疾む石(なやむいし)に女が入ると嫉妬になる。
スポーツにのめり込む男は、みんな疾む石だろう。
疾む石の世界に女が入るから、嫉妬が生まれる。

でも、疾む石は、女を入れて、誰かに嫉妬させたいかもしれない。
スポーツ選手は、アーティストとしては、最低だ。

表現力にかけている。
ストレートに泳いでも、ストレートに投げても、ダイナミックな技を決めても、
愛の言葉が伝わる事はない。

嫉妬は愛から生まれ、力に変わり、それは愛によって消えてゆく。

キキは、ジョアンナがはまっているヨガのクラスに出てみた。
ジョアンナは伊達メガネをかけ、瞑想をしている。
機嫌が悪いみたいだ。
ちらっとジョアンナを見たが、ヨガのポーズがあんまりうまくなかった。


インドのビサルもヨガをしていた。
世界各国のヨガインストラクターが受けたがる爺さんの授業をワンコインで受けられる。
太陽の下で、天然のホットヨガだ。


歯医者のために、ジャカルタに出てきたデジィは、カフェでジョアンナに偶然会った。
ジョアンナは言った。
「最近、ヨガの教室に出てるんだよ。」
「そうなんですか、いいですね。」
「うん。でも、全然ダメ。デジィには何か才能ある?」
「はい、絵を描くことです。」
「絵?それって、絵画のこと?」
「はい。漫画家になりたいので。」
「そうだったんだぁ、じゃあ、モデルにはならない?」
「はい。モデルとかは、ちょっと無理ですから。」
「よかった。」
ジョアンナは笑った。
ジョアンナとメリーは、ジムでバレエのクラスに出てみて、才能の違いを実感した。
自分達はモデルとしてのキャリアは長いが、体はやわらかくない。
信じられない実力を見せられたと思ったが、自分達にはモデルという仕事があってよかったと思った。
信頼できる親戚もいるので、これからもきっと応援してもらえる。

その分野をやっている人が集まった時に、自分が一番信じられない才能や実力を持っているという事はないだろうか?

デジィもようやく漫画が描けるようになった。
まだ売り物にはならないが、同世代の人より漫画では頭が一つでる。
今は左手でも描けるように訓練している。

才能というのは、ただ得意というだけではない。
自分だけに与えられた、不思議なゾーンがあるものだ。
不思議な事に、その分野にだけは、特別なヒントやひらめきが得られる物はないだろうか?
それは、子育てであっても、間違いではない。
きっと、子供が大物になる。



インドのビサルは普段は住宅関連の会社で働いている。
本当は食堂で働きたかったが、ビサルは人気者なので、客が集まってしまうので仕方なかった。
ビサルが、ジョアンナがデスクトップ画面のパソコンを消すと、上司が言った。
「もう帰るのか?仕事がまだ残っているのに。」
「今晩、収録があるんですよ。」
ビサルは言った。

上司は、書き物をしながら言った。
「競泳に芸能界で、ビサル君は忙しいんだねぇ。仕事を辞めたいかもしれないが、今は働き手が不足している。」
「はい。でも、今日はお先に失礼します。すみません。」
ビサルはドアから出た。
上司は言った。
「君みたいな出来る男には、ずっと会社にいてほしい。」

収録はいつでも緊張する。
スポーツ選手の面持ちで座っていると、
「ビサル君、ちょっとちがう。」
「ビサル君、こっちに来て。」
いろいろと注意される。
共演する芸能人の方が声をかけてくれて、ようやく楽しくなる。

まだスポーツ選手だから、話しすぎてはダメだ。
各所より注意が入る。
まぁ、こっちを選びたいからいいけど、競泳でも強くなっておいた方が、後々、役に立ちそうだ。
ビサルは白い歯を見せ、芸能人らしく、大きな声で笑った。


「ハワイ行く?それともオーストラリアにする?」
メリーがジョアンナに聞いた。
「どっちも行きたい。でも、オーストラリアはあいつが試合で言った国なんだよ。」
「あいつって、キキさん?」
「うん。あと、ルードも。」
「そっかぁ。じゃあハワイにしようか。」
「うん。」
ジョアンナは、妹のメリーが主導権を握る事や、偉そうな言葉遣いをされる事に慣れてきた。メリーも大人になったんだし、仕方ないのかもしれない。
ケアンズの自然を見るツアーも最高に楽しそうだが、それは家族ができてからでもいい。
まわりには貧乏な家もあるだろう。子供の友達の家庭に合わせたいが、こっちだって事情がある。
いつ死ぬかも分からないのに、最高の思い出を作っておきたい。
最高の思い出を共有することで、家族の絆が切れることはないだろう。

『お約束の時間』は、芸能人の旅の話を聞く番組だ。
ダニーが聞いた。
「ジョアンナちゃんも、何かネタないのぉ?」
「友達がいないので、あんまり旅行に行かないんですよ。」
「そうなんだぁ。ジョアンナちゃんに友達がいないって、意外だねぇ。」
「モデルはみんなライバルなので、仕方ないです。でも、今度、妹とハワイに行きます。」
「マジィ?めっちゃいいやん。俺もついて行きたいわぁ。」
「アハハ!もう席とっちゃったんでぇ、ダニーさんの席ないです。」
「俺ぇ、泳いで行くわぁ。」
「アハハハ!それってぇ、かなり時間かかるじゃないですか。」
「もう帰ってくる頃には、俺は海ん中で死んでますわ。」

「でも‥キキとじゃなくてよかったぁ。」
「キキ?もう別れちゃいました。」
「嘘ぉ。あんなに仲良かったのにぃ?!」
「はい、アハハハハ!」


ジョアンナとメリーは、別のマンションに住んでいる。
よく喧嘩してしまうのは、それが原因だったのかもしれない。
旅行の当日、2人は空港で待ち合わせをした。
2人には友達がいないので、友達っぽくしたかったのも理由の一つである。

「お姉ちゃーん!」
メリーがジョアンナを呼んだ。
「メリー!」
ショーパンとノースリーブ、サングラスをかけたジョアンナが手をあげた。

「そんな格好で、飛行機の中、寒くない?」
「ああ、そっかぁ。冷房きいてるもんね。ちょっと着替えるわ。」
「ええ‥。大丈夫?」
「うん、すぐに出せるから。」

ジョアンナは腰にシャツを巻き、ベンチの影でさっと着替えた。
「今、男の人がお姉ちゃんのことを見てたよ。」

「大丈夫、見られても死ぬもんじゃないし。」
「うん、まぁ、そうだけどぉ、私には無理だな。」
メリーは白のタンクトップの胸元にサングラスをかけ、下はスパッツのようなパンツでシャツを巻いている。

「結局、うちら、同じようなコーデになっちゃったね。」
「それって、お姉ちゃんが真似してるんでしょ?」
「違う、姉妹だから。」

2人は黙り込んで、搭乗の手続きをした。

「もうここは外国なんでしょ?」
「うん。でもその言い方って微妙じゃない?だってさ、まだインドネシアにいるんだよ。」
「そうだけどぉ、パパとママがさぁ、うるさく言ってもん。」

「はぁ‥。公衆電話から、おばあちゃんに電話してたよね。」
「うん。うち、貧乏だったよね。」
「そうかなぁ?貧乏だったら、海外なんか連れて行ってもらえないでしょ。」

しばらくして、メリーは免税店を見に行き、ジョアンナは窓際のベンチでぼんやりと過ごした。
「お姉ちゃんの写真、貼ってあるよぉ。」
「うん、さっき見た。モデルなんだから、そんなの普通じゃん。」
ジョアンナは嬉しそうにニヤニヤと笑った。

「私の写真、ないかなー。」
「あんたは変な雑誌に出てるんだから、ないに決まってるでしょ。」
「その言い方はひどい。あー、ママも来てくれればよかったのに。」
「ママは忙しいから無理だって。」

「あ、そうだ。うちらの写真撮る?なかなか海外とか行かれないから、たくさん撮っておいて、何度も行きましたよーって、使いまわさない?」
「ああ、それ、いいかも。」
2人は写真を撮った。

ジョアンナは聞いた。
「向こうでも、洋服買う?」
「うーん、分かんない。お姉ちゃんって、そんなに服が好きなの?」
「いや、写真撮るからー。」
「まぁ、良い服があったら買おうかな。」

「私の部屋、服がたくさんある。」
「売っちゃえばぁ?」
「そうだね。でも、今度あげるよ。」
「えー、お姉ちゃんの服、合わない。」

ジョアンナのネックレスがセンサーにひっかかり、ジョアンナは苦笑いでネックレスを外した。
2人は飛行機に向かう道を歩いた。
ここはいつもわくわくする。

「ビジネスクラス、かっこいいねー。」
「いつか、ママと一緒に、ビジネスクラスに乗りたいよね?」
「うん。ママも乗せてあげたい。」

「エコノミーせまぁ。」
「でもさ、窓際の席でラッキーだね。」

「あんた、窓際座っていいよ。」
「え、ありがとうございます。」
メリーは窓際に座った。
「お姉ちゃんの隣、どんな人かなぁ?」

「ええ!」
イケメンの外国人が、チケットを見て、2人の席の前で止まった。
そして歩き出した。
「ちがったね。残念だね、お姉ちゃん。」
「私は芸能人なんだよ?一般人に興味あるわけないじゃん。」

「すみません、隣‥。」
ジョアンナの隣の席に、サラリーマンらしき男が座った。
「ええ‥。」
ジョアンナは身を引いた。

「やだぁ、男の人だぁ。」
メリーにこそこそと話し、サラリーマンは緊張した感じで、パソコンを出した。

離陸の時に、サラリーマンの腕にふれてしまって、
「すみません。」
ジョアンナは小さく言った。

ジョアンナとメリーは、軽く寝たり映画を観たりした。
機内食の時間になると、エプロンをつけたCAが食事を配った。
ジョアンナが言った。
「CAってどうして女の人の方が多いのかな?」
「さぁ。やっぱり、男はパイロットになりたいんじゃない?」
「あ、そっか。でも、テロリストが来た時に、ぶっとばせないじゃん。」
「うん、そうだよね。私達みたいに雑誌に載れないし。」

「この料理、まずくない?」
ジョアンナは不満ばかり言っているので、隣のサラリーマンはじろりとジョアンナを見た。

メリーは小声で言った。
「隣の人の名前、聞いてみたら。」
「やだぁ。お友達にはなりたくないー。」
「もしかしたらさ、お姉ちゃんを追ってきた記者かもしれないよ。」
「そっかぁ。‥あのぉ、どうして、ハワイに行くんですかぁ?」
「僕?」
「はい。」
「えっとぉ、知人がハワイにいるので。」
「そうなんですか。私たち、モデルなんですぅ。撮影で行くんですよ。」
ジョアンナとメリーはにんまり笑った。

しばらくして、ジョアンナがサラリーマンに言った。
「すみませんが、私は彼氏がいるので、連絡先交換はちょっと困ります。」
「ああ、うん。僕もそのつもりはないですから‥。」
サラリーマンは苦笑した。

「私の彼は、競泳選手のキキさん。」
ジョアンナは得意気に言った。
「そうですか。」
サラリーマンはまた苦笑した。

メリーは小声でジョアンナに聞いた。
「キキさんと別れたんじゃないのぉ?」
「うん。でも、やっぱりまた会いたいなぁって思えてきたの。」

飛行機はハワイに到着した。
エコノミークラスから降りる時、ビジネスクラスはがら空きだった。
「ねぇ、ビジネスクラスで写真撮っておこうよ。」
「そうだね。」

ジョアンナは毛布をかけて寝ているポーズをして、メリーが写真を撮った。
周りの客は、2人をジロジロ見た。
メリーは窓の外を見て、考え事をしている感じにした。
「えへへ。お前、ポーズうまいじゃん。」
「うん。練習してるから。」


インド、サングラスをつけたビサルは、飛行機に乗るため、階段の前に来た。
後ろを振り返り、見送りの乞食たちに手を振った。
みんな、飛行機には乗ることができない。

乞食の中から、エリートになるために、裕福そうな大人が道を通ると、乞食の子供達はその人の袖をつかむ。
でも、はらわれて、希望は粉々になる。
ビサルは15の時から、チャイのカフェで働いて、機会をうかがった。
ITの勉強をしたいとか、医学の道に進みたいだとか、いろいろな夢を、乞食たちはみんな持っている。
ビサルもたくさんの物を想像したが、一つ一つ、バツをして消してきた。
一番なりたい物は、映画スターだった。
でも、自分は薄汚れているから、無理そうだと思った。
薄汚れた自分に必要な物は、水に入ることだった。

それで水泳を選んだ。
裕福な親父が、家族にお金をくれた。
まずは食べ物を買い、両親は学校に入れてくれると言った。
でもビサルは断った。
パソコンをスクールで習い、カフェで働き、水泳をした。
車の仕事もあったが、これ以上、汚れたくはなかった。

水たまりに浮かんだクソを、サンダルで踏んづけたこともある。
『俺は必ず強くなる。』
そう確信していた。
水泳をやるたびに、自分が綺麗になっていくのを感じた。
でも、やりすぎはよくない。
ゴーグルは目の周りにくい込み、少し痛かった。

今、ビサルの一番の夢だった映画スターにも、近いうちになれそうだ。

それはきっと、乞食のクソをする姿を偶然見て、自分も乞食として過ごし、水たまりにうかんだクソを偶然踏んだおかげだ。
親父は、壁に貼られた新聞を見るたびに、毎朝走って家を出た。
お袋は、用水路が綺麗なうちに、洗濯を急いだ。
爺さんは、道のアリを食べた。
婆さんは、家の前で昼寝をして、みんなに寝顔を見せた。

だから、俺は、絶対にスターになってやる。

スマホの待ち受けにしているジョアンナを見た。
ジョアンナに、そんな思いは絶対にさせたくない。

飛行機から降りる道を歩きながら、メリーが聞いた。
「お姉ちゃんって、外国人と付き合ったことある?」
「ないですぅ。撮影は一緒にしたことあるけどぉ、付き合ったことはない。」
「話しかけられたりしない?」
「少しは話すけどぉ、彼氏がいたから。」
「そっかぁ。」
「競泳の大会でもぉ、インドの競泳選手に話しかけられたんだ。その人、最近、モデルを始めたみたい。」
「へぇぇ。スポーツ選手はみんなモデルを始めるね。もしかしたらさ、お姉ちゃんのためなんじゃない?」
「そんなわけないー。どんだけぇー。」
ジョアンナは嬉しそうに笑った。

2人は、ショップバックに服をたくさんつめ、ワイキキを散策した。
着替えて、同じ場所で4回写真を撮った。
「これでさぁ、4回はハワイに来たことになるね。」
「うん。実際、ハワイばっかり来るわけないじゃん。」
ジョアンナはニヤニヤと笑った。
「でも、ハワイは良い場所だねぇ。リピしてもいいかもぉ。」
「さすがにスポーツ選手も、ここまでは来ないっしょ。」

2人は美しい場所で、たくさんの写真を撮った。
綺麗な場所を観光しても、日常生活のストレスを思い出してしまうのは、みんな同じかもしれない。
浮かんだ嫌な事を消すかのように、2人は最高に楽しいポーズを決めた。

プライベートビーチでのシュノーケリングツアーを申し込んだ2人は、バスでプライベートビーチに向かう。
バスの中で、少し酔ったのと、日常生活のストレスを思い出して、ジョアンナとメリーは少し泣けた。
旅行中は、最高にわくわくする夢の話を想像しているのをおススメする。

美しい景色とマッチして、最高に感動するからだ。

ジョアンナとメリーは水着も2着持ってきていて、タオルを巻いてビーチで着替えた。
それで写真を撮ったので、外国人の男達がジロジロと2人を見た。

水着の上から全身スーツを着たジョアンナは、透明なブルーの海に浮かんだ。
『ここには、亡くなった兵士の骨が沈んでいるかな?』
そう想うと、日常生活のストレスを忘れられた。
メリーはビーチで美味しいジュースを飲んだりして、ジョアンナはシュノーケリングを楽しんだ。
いつか綺麗な海に、彼氏と来たいと思っていた。
だから、ジョアンナはキキに惹かれたのかもしれない。
ジョアンナの一番好みの顔は、外国人の整った顔だったが、ジョアンナには、いつでもそばにいて、ジョアンナだけを好きでいてくれる男の人が必要だった。

彼氏と来たいと願っていた海に浮きながら、戦争で死んだ人のことを考えると、やっぱりこの場所には、彼氏は連れてきたくないと思った。

「お姉ちゃーん!」
ビーチでメリーが呼んだ。
「何!」
「ランチの時間だよぉー!」
「うん、わかった!」

ランチは、サフランライスと骨付き肉で、ジョアンナは肉にかぶりついた。
ランチの後、ジュースを飲んでゆっくりし、外国人が2人の写真を撮ってくれた。
「えっ、ちょっとこれ、微妙じゃなーい?」
ジョアンナは写真を見て、苦笑いした。
「うーん。サングラスかけた方がいいね。うちら今、すっぴんだからぁ。」
「そうだね。もう一回撮ってくれるかなぁ?」
ジョアンナとメリーが話していると、スタッフのおじさんが来て、写真を撮ってくれた。
「うちら、モデルなんですよぉ。何枚かお願いします。」
2人は写真を5枚撮ってもらった。

帰りのバスの中で、メリーが聞いた。
「夕飯、どうする?」
「今日、絶対、野菜足りてないじゃん。だからさ、ホテルのバイキングにしない?」
「ああ、そうだねぇ。」

ホテルの部屋で、お洒落をしたメリーが聞いた。
「お姉ちゃん、今まで食べた物の中で、何が一番おいしかった?」
「えーっとぉ、ロブスターかな?」
「ロブスター?どこで食べたの?」
「ママと行ったニューヨークのレストラン。」

「はぁ?ママと行ったニューヨークってどうゆう事?」
「いや、芸能人ってぇ、ニューヨークに1人旅、行くじゃん?でも私、英語全然ダメだから、ママがついてきてくれたの。」
「そうだったんだ、全然知らなかった。私は1人でアリゾナに行ったよ。」
メリーは自分を指した。
「メリーはずっと勉強してきたから、英語できるもんね。私は勉強する時間がなかったから、仕方ないでしょ。あんたよりも、私の方が美人なんだし。」

「何、その言い方!もうママに電話する!」
「よしなさいよぉ。国際電話高いんだからぁ。」

バイキングでサラダをとりながら、ジョアンナがメリーに聞いた。
「ちょっと、あんた、まだ怒ってんの?」
「もう怒ってない。お姉ちゃん、ちゃんとしないと、人の所にこぼれるよ。」
「ああ、うん。ごめん。」
ジョアンナはにやにやした。

空港で、ジョアンナはおみやげを選んだ。
「ああ、このテディベア可愛い。これ、デジィにあげようかな?」
「うん。私は、アリーに選ぶね。」
「そうしてあげて。」

飛行機に乗り込んだ2人は、疲れていたが、満足した。
「うちら、この旅で何万使ったかなぁ?」
「さああ。30万くらいじゃない?レシート持ってないの?」
「ホテルの部屋に、捨ててきちゃったぁ。」

「HISでこの安いツアーを紹介された時、こいつ、私の事、バカにしてんの?って思ったけどぉ、全然よかったね。」
「うん。お姉ちゃんさぁ、従業員のこと、こいつ呼ばわりよくないよ。」

「これからは気をつける。」

「あ‥。」
行きの飛行機で隣の席だったサラリーマンが、少し日焼けしてアロハシャツと短パン姿で、エコノミーに入ってきた。

「またここかー。」
ため息まじりで、サラリーマンはジョアンナの隣に座った。

「えええ。」
ジョアンナとメリーは少し引いた。
「HISの人にさ、この人のこと、聞いた方がよくない?マジ、お姉ちゃんのストーカーだよぉ。」

ジョアンナはサラリーマンに声をかけた。
「ちょっと、なんなんですか?」
「ごめんねー、また隣みたいなんだ。もしかして、同じツアーだったのかな?」
「HIS?」
「はい。」
「ああ、そっかぁ。じゃ、仕方ないね。連絡先交換とかは、困りますから。」
「あの、僕も、そのつもりはありませんよ。」
サラリーマンは苦笑した。


「ジャカルタについたら、いつから、仕事?」
メリーが聞いた。
「えっとぉ、明後日から。メインはお手伝いだけどぉ、多分、私のも使われる。」
「お姉ちゃん綺麗だもんねー。」
「あんたはいつから?」
「明日。」
「早くない?体調管理、大丈夫?」
「大丈夫。好きな仕事だから。モデルって、今しかできなくない?」
「そうだね。私、30代になるの、超こわーい。」

「今から体、作っておいた方がいいよ。食べすぎはダメだけどぉ、あんまり痩せすぎているとぉ、すぐに病気になる。」
「うん。でもキキがさぁ、男女混合に出た時はぁ、私、すっごいショックでぇ、6キロも痩せたんだよ?」
「はぁ?嘘でしょう?」
「本当。それでー、タナさんにも、痩せすぎで撮れないとか言われてぇ。」
「そうだったんだぁ。大変だったねー。」
「うん。」

「キキさんに、おみやげ買った?」
「買った。ハワイの木のキーホルダー。私とおそろにしちゃった。」
「一応、渡す時に、手紙を入れた方がいいよ。」
「あー、そうだねぇ。そうする。」
サラリーマンは2人をちらりと見て、ジョアンナはにっこりと笑った。

メリーは何気なく、飛行機のポケットに入っている薄いカタログを見た。
「ええ!」
「何?」
「これ。」
「うわぁ!」
そこには、キキと男女混合をした競泳選手がモデルとして載っていた。

「ええ、この人、モデルやってたんだぁ。」
「超きもくない?競泳選手のくせにモデルやるなんてさー。しかも女子だよ。」
「そうだよね‥。」
「それにさー、タナさんに聞いたんだけどぉ、この子ってぇ、会長と混浴したんだって。」
「会長って?」
「多分、オリンピアンのだと思う。」
「嘘ぉ。超ヤバい。」
「それにぃ、会長の下痢を飲んだんだって。」
「はぁ?それ、絶対体壊すでしょ!」
「うん、そうだよねー。」
ジョアンナが言うと、サラリーマンは気分を悪くしたように、席を立った。

機内食の時間に、ジョアンナは言った。
「あ‥、私さ、ダニーさんへのおみやげ買うの、完全に忘れてたぁ‥。」
「ダニーさんと仲いいの?」
「うん‥、誕生日に1万円くらいの伊達メガネもらっちゃってぇ。
伊達メガネ1万円って、普通出さないでしょ?だからすごい嬉しかったんだよね。」
「そうだったんだぁ。その眼鏡、今持ってる?」
「部屋に置いてきた。」
「今度見せてよ。‥私さぁ、おみやげ余分に買ったから、一つあげようか?」
「いいのぉ?嬉しい~。ありがとう。」


帰りの飛行機から降りる道で、メリーが言った。
「タナさんってぇ、お姉ちゃんのことが好きなんじゃない?」
「いや、そうでもないよ。いろんな子のこと、撮ってるしー。」
「ええ、でも、集合が朝早い時とか、送ってもらってるんでしょ?」
「うん。家が近所なんだよ。」

「あんたは誰に送ってもらってるの?もしかして、自力?」
「ううん。同じマンションに住んでいるエディが送ってくれる。」
「エディって、あんたの幼馴染の?」
「うん。こっちに住んでるからさ。」
「へぇぇ。付き合っちゃえば?それで、結婚しなよ。」
「いや‥エディには元カノもいるし、付き合うのは無理だよ。」
「ふーん、そっかぁ。」

「ああっ!」
ジョアンナは、ブランド広告の前で立ち止まった。
「この人、競泳の大会で会った人だ。ビサルさん。」
「ええ~、かっこいいじゃーん!!」
ビサルは香水を持ち、こちらをにらみつけていた。



「もっと笑って!」
タナさんは、ジョアンナと違うタイプの可愛らしいモデルもたくさん撮っている。
ジョアンナからしてみれば、ジョアンナのことは、バカにしているように見えた。
ジョアンナは男からモテているが、気づいていないし、実際には、男とそんなには関わっていない。

休憩室で、ジョアンナは一応、みんなと一緒のテーブルで弁当を食べ、愛想笑いをした。
その後は、イヤホンをつけ、音楽を聴いて、スマホを見る。
レノは、他の女の子達と楽しそうにしている。
ジョアンナは少し切なくなったが、がんばってクールな表情を続けた。

「ジョアンナ、何聴いてるの?」
レノがこちらに来た。
「今は、ジョンレノンを聞いてる。」
「そっかぁ。こっちに来て、みんなで話そうよ。」
「んー、いいや。疲れてるし。」
「そっか。分かった。」

「はぁぁ。」
ジョアンナの事が好きな男達は、みんなジョアンナの前で女と仲良くしたので、ジョアンナは好かれていることが分からなかった。
置いてある雑誌に手を伸ばし、ページをめくる。
ビアンカが、モデルの連載を再開していた。
『バレーボール、負けちゃったもんね。』

「うわぁ‥。」
また海パン姿でポーズを決めていた。
『どうせ、これも女のカメラマンだよね。』
ジョアンナはコーヒーを飲んだ。

ジョアンナは女のカメラマンの時は、気を使った。
美しい自分の容姿のために、苦労することもあった。
目が白目になった写真があると、安心した。

男性カメラマンでも、時には、奥さんがついてきていたので、気まずかった。
そういう日は、良い表情ができない。

ジョアンナは自分自身を女神だと思うのは嫌だった。
でも、不景気な今、ジョアンナのような女神に、カメラの前に立ってもらう必要があった。
ジョアンナはやりたいからやっていた。
でも、本当は、神様が、ジョアンナにやらせていた。
ジョアンナに決められた短い寿命と引き換えに‥。

この物語の中では、ジョアンナはまだ死なない。
ジョアンナの魂は永遠だし、デジィは、ジョアンナとメリーの魂の行先を知っていた。
いずれは、デジィの子供になるのだ。もしかしたら、バルサも一緒かもしれない。

デジィは、今は働いていない。
家事をしながら、漫画を描いている。
まだ売り物にはできないと思う。
やっぱり、25歳をこえないと、無理だ。
まだ高校生に対する嫉妬心がある。
高校生を相手にした漫画しか、描く事はできない。
それは、デジィがまだ若いからだ。
大人を相手にした漫画を描ければ、絵にも深みが出るだろう。
でも、まだ、気持ちが分からない。
それぞれのステージの気持ちを知って行けば、どんどん作品が面白くなるにちがいない。
まだ仕事にはできていないが、いい仕事に出会えてよかったと思っている。

デジィは描きたかった。
デジィはわけを分かっていた。
愚か者には才能が与えられる。
神が決める愚か者とは、一般人が思うよりもずっと愚かである。
例えば、妹や弟を殺している。
家族を殺している。
他人を殺している。
それで、大切な人を失っている。
その上に、性快楽にはまっている。
まあ、全員ではない。そういう人もいるということだ。

デジィがした一番の悪い事は、おじいちゃんが病気で死んだ日に、恋人とすごしたことだ。
それ以来、デジィは反省をした。
20代に入ってからは、恋をしないと決めて、大切な人を傷つけなかった。
妹のアリーは裏切ってばかりだが、デジィはアリーを裏切らない。
デジィは誰の事も殺していない。
それに、誰とも愛し合っていない。

その上で、才能をいただいている。
デジィは愚かなバカではないのに、才能を使っている。
だから、愚か者の作品より、数百倍良い物が作れる。
おそらく、大体の作品が、愚か者の作品だと分かっていた。
だから、デジィは描きたい。
愚かでないゆえに、愚かでない作品を描けると分かっている。

映画館でリザを見た。
休日の映画館は混みあっていて、1人で並んでいるのがデジィ1人だった。
リザは女の子と来ていて、デジィに気づいたが、無視してしまった。


インドのビサルは海外の競泳大会に出た。この大会には、キキは来ていない。
変わりに、インドネシアからダヤが来ている。
ビサルも映画スターを目指しているが、ジョアンナとは付き合っていないので、ファンを苦しませてはいなかった。
ダヤは可愛いスポーツ選手と結婚をして、そのニュースを世界中に報道させた。
ビサルはダヤをじろりと見た。
『こいつは勘違いしている。タイガーウッズになったつもりだろうが、そうはいかない。ゴルフと競泳はちがう。』

『だけど、たかが競泳といっても、されど競泳だ。』

インドのオリンピアンの会長は、元オリンピック陸上金メダリストで、インド人なのに英語を話す。
この前、男のスポーツ選手に対して、指導の話がされた。
女子は別の、女子の元スポーツ選手が行うらしい。

「僕が金メダルをとった翌日に、陸上協会に脅迫状が届きました。
僕が無視していたところ、僕の幼馴染が1カ月もたたないうちに、殺されました。
遺族への挨拶では、土下座した僕の頭を、幼馴染のお父さんが踏み、子供からはパンツをかぶせられました。
恐ろしくなった僕は、有名女優のTさんと結婚したことにするように、頼まれた時、断ることができませんでした。でもそれが、悪夢の始まりだったのです。
僕のファンだった女性が、5人も自殺しました。僕は、ご遺族への挨拶に回りました。
その後、女優のTさんが、何もなかったように、テレビで僕との嘘の生活について話した時は、頭にきましたよぉ。
あれから、20年経ちますが、今でも、毎年遺族に謝罪の手紙を書き、命日にはお墓参りをかかしていません。
20年もの間ですよ。わかりますか?みなさん!」
会長の話を聞いて、ビサルも他のみんなも、競技を続けていくのが怖くなった。


「撮影は今日が初めて?」
なぜかヘアメイクをしているタナさんが、女優ミラーの前のキキに聞いた。
「いや‥、何度かあります。」
ヘアメイクは、レノと外国人スタッフとタナさんの3人がかりで、3人は少しオネエになっていた。
立ち上がったキキがシャツを脱いだ。
「いい体ねぇ~!」
レノが言った。
「美しい体をたもつために必要なことは?」
「えっとぉ、練習です。」
「じゃあ、練習するために必要なことはなに?」
「えーっと‥それは‥、なんだろう?」
「彼女と会わないことでしょ?」

「ああ、そっかぁ。」
キキが苦笑した。

「こう。」
カメラの前に立ったキキに、レノが変なポーズを指示した。
タナさんも言った。
「うん、そうそう。このポーズやってくれる?」

キキは指示されたポーズをし、出来上がった写真は最悪だった。
白目になっている写真もたくさんあったので、キキは口をおさえて、涙を我慢した。
「大丈夫、ジョアンナだっていつもこうだから。」
「はい‥。」

「もう1回撮ろう。」
レノは、今度はスーツを着たキキのネクタイを直した。
レノはさっきよりは普通のポーズを指示し、タナさんと外国人スタッフとレノは大笑いした。
出来上がった写真を見ても3人はこそこそと話して笑ったので、キキはじろりとにらんだ。
「わぁ~なんでもないなんでもない。」
「こんなんで、よくジョアンナと付き合えるよなー。」
タナさんは首をかしげた。

ジョアンナは、友人モデル達と一緒に、ビアンカの撮影を見学に来ていた。
大がかりなセットが用意され、大袈裟な衣装を着たビアンカが、カメラを睨んでいる。
一度撮影が終わったので、衣装係らしき小柄な女性が、ビアンカの下にかけよった。

「すごーい。」
ジョアンナと友人モデル達が、カメラの近くに歩くと、アシスタントらしき女性が、モニターの前にいる男にこそこそと話した。
女性スタッフは、ジョアンナと友人モデル達を見て、ぎょっとしている。

「えー、来ちゃいけなかった感じかな?」
ジョアンナは言った。
ジョアンナのことは、友人モデル達が誘ったのだが、もしかしたら、罠だったのかもしれない。ジョアンナはそういう事には、気が付かない。

衣装を直されていたビアンカが、ジョアンナに気づいた。
「ジョアンナ、来てくれたの?」
「うん、来ちゃった。」
「ありがとう。」

もう一度、撮影が始まり、ビアンカは真剣な顔でポーズを決めた。
撮影が終わると、ビアンカがこちらに来た。
今は、別のモデルがカメラの前に立っている。
「自分のよくない写真を見ると、泣けてくる。」
「それはちょっとわかる。」
ジョアンナは言った。

「ジョアンナは大体うまく写るでしょ。」
「そんなことない。
恥ずかしい事があっても、今の自分がかっこよく立っていれば、気にすることない。」
「ああ、そっかぁ。ジョアンナはさすがだね。」

2人はポーズを決めるモデルを見た。

ビアンカが言った。
「バレーやめちゃおうかな。モデル一本にしぼりたい。」
「でも、ビアンカがやめたら、チームが困るでしょ。」
「ううん、最近、強い子入ったから、大丈夫。」


イヴァンは自分のバレーの才能のことは分かっていた。まわりの友達が認めてくれたからだ。
ビアンカさんの前なら本気を出せるが、他の先輩の前ではそうはいかない。
「こう構えて。」
練習で先輩が指示したポーズは変だった。
でも、やるしかない。自分の才能は良く分かっていたが、イヴァンはうまくとれなかった。
エリスがこのポーズをすると、少しよく見えて、難しい球でもとったし、とれなくても、情けなくなかった。

この練習でのイヴァンは最低だった。
このポーズをすると屁も出る。先輩がにやりと笑ったので、イヴァンは後ろを見た。
正直言って、俺は情けないと思った。
その後、先輩が何か叫んだが、なんと言ったのか分からなかった。
ビアンカ先輩や、バスケのエドさんは別として、スポーツ選手が芸能人っぽいことをやっても微妙だ。きっと先輩は活舌が悪い。
先輩がエリスに見本を指示したが、エリスはうまくとらなかった。

下手なチームメイトや後輩の前で、イヴァンだけが同じことをされて、イヴァンは胸が苦しくなった。だんだんと意識が朦朧としてきて、すると、球がとれた。
楽勝だった。意識して、このポーズをやっているから、とれなかっただけだ。
ポーズを少し崩せば、なんてことない。
下手なチームメイトや後輩は拍手をしたが、やっぱりイヴァンは、この連中のことが嫌だと思った。
エリスのことは別として、もっと強いチームに行きたかった。
イヴァンは好きな子のことを考えることにした。
『今度いっしょに風呂入ろうな。』
スマホを見るが、その子からのメールはこない。

嫌な先輩が、イヴァンのスマホをのぞき、エリスが睨み、手で先輩を遠ざけた。
イヴァンが言った。
「別にいいよ。」

下手な後輩が、
「先輩、あっち行ってくださいよ!」
と言ったので、ひやりとした。
お前は何も言わなくてもいい。
というか、どうしてここに来た?

その後輩について、エリスが言った。
「あの子何?」
もちろん、このチームにはビアンカ先輩がいるし、エリス以外にも分かってくれるチームメイトはいる。
ケヴィンが来た。
「あいつ、先輩にあんな事言うなんて、やべーな。」
「うん、よくわかんない。」
「まぁ、気にしないほうがいいな。」
ケヴィンは笑いかけた。ケヴィンのことも、イヴァンは結構好きだった。

イヴァンは才能のことは分かっていたが、他のチームメイトよりも屁もでるし、鼻水も出る。そんなんで、本当にバレーの世界が向いているのかどうか分からなかった。
あと、よくわからないのが、どうしてこんなに、みんなの肌が綺麗かということだった。
「きちんとスキンケアが、できてないんじゃないのぉ?」
エリスが言ったが、エリスにも醜いニキビができている。
「まぁ、みんな同じか‥。」
イヴァンはエリスをちらりと見た。自分の顔は幼いが、同い年のエリスはもう大人みたいな顔だった。
それも気になった。
いつかは、球が落ちてくる時に目をつぶらず、腕でとれるのだろうか。
取った瞬間はよくわからない。打つ瞬間だって、よく分からない。
よく分からないからこそ、打ったはずのボールがよろよろとネットの下に落ちた。
いつかは、余裕で、そんなのかませるのだろうか?

ゴミを集めて、小銭に変える爺さんが地元にいる。
イヴァンの母親は、
「しっかり勉強しないと、あんたもああなるからね。」
と言った。
勉強したヤツの人生はうまくいっている。それはまちがいなかった。
だからこそ、イヴァンは蹴落とされた。
イヴァンは球を持った。
イヴァンには何もない。洋裁もむいていなかったし、勉強をしていたヤツが、洋裁の方にも来たので、情けないと思った。
イヴァンは運転免許証しか持っていない。だからすごいと思った。

でも、うまくいかない連中だっている。
勉強をしてきたって、風俗にいってしまえば、おしまいだ。
もしも、エイズになってしまったらどうする?
ハゲになったらどうする?
苦しい胸の内を隠して、生きている奴は偉い。
もしも、そんな奴がいたら、医師でも弁護士でも、俺はバレーの世界に入れてやる。

苦しい奴がいるのに、泣いている子がいるのに、
みんながお金を稼がなければならないこの世界の中で、自分達のような良い男が、バレーだけをやっているのは、ちがうと思った。
それゆえ、俺の苦しみはバレーのことではない。
他人から見れば、大したことではない。
愚か者には与えられる、それでもみんな同じ悩みかもしれない。

インドのビサルは、後輩や子供達、女性達を連れ、女の元オリンピアン柔道選手の講義を受けることにした。
女の元オリンピアン、デルジアは、おかっぱで、きりりとしていた。
一礼をして、話し始めた。
「皆さん、こんにちは。ここに集まっているほとんどの方が、オリンピアンを目指していると思います。
皆さんは、オリンピアンと聞いて、どんな印象をうけますか?
栄光、希望、平和の架橋、みんなの英雄。私も最初はそう思っていました。
でも、いざ、自分がなってみると違いました。
それは、ただの奴隷です。
私が柔道でオリンピックを目指した理由は、憧れからでした。
もしもオリンピックでメダルを取る事ができれば、全てが手に入ると思っていました。
家も買えるし、いい旦那さんも見つかる、そんな甘い事を考えていました。
その時の私に、オリンピアン以外の仕事など、死同然でした。
監督が練習中に怒る声にどんどん追い詰められ、ついに、私は、監督と一夜を共にしました。
でも、代表選考の大会で私は負け、もう一度、チャンスがほしかったので、監督との関係はさらに進んでいきました。
そんな事で手にしたオリンピックの切符など、何の意味もありません。
でも、私には、それが分からないほどに、オリンピアンになれた自分に魅せられていました。
オリンピックで、私は準決勝で負けましたが、3位決定戦に進めることになりました。
3位決定戦で相手を下し、土俵から降りると、小さなバラの花束を持った監督が待っていました。
私は、その時、自分が間違った事をしたと気づいていましたが、世界中に放送されるテレビカメラの前で、監督と抱き合うしかありませんでした。
その晩、私が泊まっていた部屋に、監督が来ました。
私はドアを開けることが、出来ませんでした。
私はケガを理由に柔道を辞めました。監督からは、手紙が来ましたが、私はしっかり読まずに、ゴミ箱に捨てました。
監督が癌で亡くなったのは、それから3年後のことです。
‥しかし、私が一番悲しかったことは、監督のことではありません。
幼い頃より一緒に柔道に励んでいたエリオットが、オリンピックの後、自殺をしたことです。
私の家の近くにある橋で、彼は首をつりました。
私も目撃者の一人です。
エリオットのお母さんから、エリオットが、『結婚するならデルジアと。』と話していたと聞いて、私は涙が止まりませんでした。
私がオリンピックに出て、父は職を失いました。
私がオリンピックに出て、手に入れた物など、ただの銅メダルでしかありません。
大切な人たちとの明るい未来を失ったのです。」

ビサルも最初は笑って聞いていたが、最後はみんな泣いていた。
やっぱり、こういう講義を聞くと、競技を続けるのが怖くなる。



ビサルは静まり返ったプールに深く潜って泳いだ。
『栄光の代償は、計り知れない。』
最近、インドネシアのカイが、世界記録を出した。
その時の映像が、頭の中にある。
『いや、代償を支払うことができるからこそ、栄光が与えられる。』

『きっと、カイの場合はそうだ。』

カイは17歳の時、オリンピックで金メダルをとった男だ。
でも、カイには、秘密があり、その秘密を思うと、金メダルなど小さな物に思えた。

カイはそれほど練習しなくても、最初から才能があったので、普通に高校に通っていた。
それでも毎日筋トレをした。
カイは毎日学校に来ていたので、同級生も先輩も、カイが嫌ではなかった。
代表の練習で、学校を休んでジャカルタで泳いだ時は、カイ自身、遅くなった気がした。
カイはまだ高校生で、今がピークだと信じ込んでいた。
年上の大人なんかに、負けるはずがない。だから、毎日高校に行くことは、ハンデになるし、ちょうどいいと思った。
高校は好きだった。可愛い子がいたし、男友達もお洒落だった。

「お母さん、恋ってどんな感じかなー?」
「さぁ‥。でも、カイ君には競泳があるんだから、恋どころじゃないでしょう。」
「まぁ、そうだけどぉ。」
カイは古本屋で少女漫画を買い、恋について勉強をした。
カイが読んだ漫画はピュアな漫画で、キスが一番すごい事のように描かれていた。
放課後の教室で、男女がヤバい事をしていたように見えたけど、通り過ぎて、カイがもう一つのドアから覗く頃には、ただの2人は勉強をしている景色に変わっていた。

そのような異変には、カイ自身も気づいていた。
あの漫画はきっと幻想で、現実はこういっていないと思った。
カイにはそれが見えない。なぜだろう‥。
でも、それがいいのかもしれない。
お洒落な男友達が、ふざけて笑う姿は、そういう景色を知っているようにも思えるし、そういう事は彼はやっていないようにも思えた。

もうすぐ、オリンピックがある。
練習しなければ、というのは、テスト勉しなければ、みたいな感じだった。
むしろ、テスト勉が優先だった。
「あー、テストやだなー。」
カイはつぶやいた。
「でも、お前、五輪出るよな?」
男友達のカロリーナが言った。

「うん。でもその後、すぐにテストあるじゃん。」
「お前はさぁ、すごいから、受けなくてもいいんじゃない?どうせ競泳で推薦狙えるだろ?
俺は医者になるから、勉強が必要なんだけど。」
カロリーナはニヤリと笑った。彼は医者を目指している。

「いや、一応、テキスト持ってくわ。」
「うわー、えらいね。」
カロリーナは残念そうな目をした。

テスト勉のために、五輪出場の予定は、むしろ邪魔だった。

『俺は、純粋なチェリーボーイとして、オリンピック出場を果たす気はない。』
カイにとって、それは大切な事だったが、相手を見つける時間はない。
せめて、恋人同士がどんな事をしているのか、見たかった。

カイは、本屋であたりを見回してから、エロ本を買った。
少しのぞいたが、ダメだった。
これは大人向けだ。
カイはどんどんと卑猥な妄想がふくらむようになってしまって、高校の廊下でも挙動不審になった。
カロリーナが来た。
「どうした?カイ。」
「いや、なんでもない。」
「きっと五輪が近いからだな。カイは高校生だから、注目されている。」

そわそわしたカイは、筋トレもまともにできない状態が数日続いてしまった。
エロ本を見たせいではなくて、本当に緊張からかもしれない。

でも、高校で可愛いと言われている女子は、数人の男子と意味ありげに笑っている。
カイの妄想は、あながち嘘ではない。
その日、学校がはやく終わったカイは、電車に乗って、隣の街の自然公園に行く事にした。
こういう事は、カイは中学生の頃からやっている。
カロリーナに話すと驚かれた。
「はあ?お前、サビーナ公園に1人で行くのか?」
「うん。」
「俺は、あそこに、親としか行ったことないよ。」

カイはサビーナ公園が好きだった。
平日だと、ほぼ、誰もいない。

カイは、高校で、あの可愛い女の子の裸を見た気がする。
数人の男子が立っていた。
そんな気がして、心も体も重かった。
泳ぐのを想像して、走る。
エア水泳をするのが、精一杯だった。

『でも、水の中に入ると全然ちがう。
もちろん、毎日プールに入るのが、一番いいと思う。
しかし、それで負けたら?
泳いでいない奴に負けたら、どうする?
その方がこわいので、俺は泳がないことにした。』

「泳いで何になる?」
ガリ勉のカロリーナに聞いてみた。
「金メダリストになれば?」
カロリーナは笑っていた。
『ちくしょう、それは絶対にかっこいい。』

カイはエア水泳をして、少し良い気分になった。

川がある。飛び込んでみたいが、ダメだ。
『大人になると、やってはいけない事が、わからなくなる。』
5つ年上の兄貴は教えてくれた。
兄貴は、生きるために必要な事を教えてくれる。
兄貴はエリート会社員で、カイが水泳をやることを心配していた。

不気味な風が吹き、カイに警鐘をならした。

『ここで止まるわけにはいかない。
冒険では、バケモノに出会って戦わないと、意味がない。』

そこには、信じられない光景が待っていた。
学生服の男ハウエルが、木の枝に、死んだ裸の女の子を首吊りさせていたのだ。
ブラはつけられて、スカートも吐かされているが、ホックは外れている。
女の子の足には血が流れていた。

別の木では、もう一人の男子生徒ロケが首をつって亡くなっていた。
どうやら、不純異性交遊の最中に、女子生徒が亡くなってしまったらしい。

女子生徒を死なせてしまったロケは、
「やべー。やっちまった。」
と言って、持ってきていたロープを木の高い枝にかけ、輪を作り、木から飛び降りた。
ロケが死んだのは一瞬だった。
いや、死んでいなかったのかもしれない。
死ぬのを待っているかのように、ピクリとも動かなかった。
一度、鼻をかいたのが最後で、もうあとは動かなかった。
風が吹き、ロケの体は左にずれた。
もしかしたら風のせいではなくて、生きていたロケの力だったのかもしれない。
トイレに行きたかったせいかもしれない。

ハウエルは唖然として、動けなかった。
とりあえず、分からないけど、女の子も首吊りさせなければと思った。
でも、手が震えてうまくいかない。
警察に見つかれば、もう終わりだと思った。

ザッ
ハウエルはカイに気づいた。
「ハウエル、何やっている?」
「いや‥ちょっと。」
「ちょっとじゃねぇだろ。」
カイは女の子を降ろした。
「大丈夫か?」
ブレザーをかけて、上から聞いた。
「ダメだ、もう死んでいるんだ。」
「なんでだよ?」
「わかんない。」
ハウエルは泣いた。

「とにかく、警察に連絡する。」
カイは110番をした。
警察と話すカイの後ろに大きな石を持ったハウエルが迫って来ていた。
「はっ。」
カイは息を飲んだが、ハウエルを倒した。
カイは、転がった携帯電話をもう一度持った。
『もしもし、大丈夫ですか?』
「はい、大丈夫です。たった今、襲われてしまって。」
カイが立ち上がり、ハウエルを見ると、目を見開いたまま、死んだようにしている。

『母ちゃんの料理、食べたいなー。』
ハウエルは泣いた。
ロケもそう思っていたが、自分が殺した女子生徒ももう食べられないから、我慢するしかない。

カイも警察に両側をはさまれ、パトカーで連行された。
「ええ?君、本当にオリンピックに出るつもりなの?」
何も知らない警察官が聞いたが、
『何も言わない方がいいな。』
カイは黙秘することにした。

カイは真実を全て話し、その日のうちに釈放された。
ハウエルは捕まった。
誘導尋問があったかもしれない。
きっと弱いハウエルは、泣いて、うまく答えられない。

『俺はもう、この事件に関わりたくなかった。
とりあえず、悪い事をすれば、人が死ぬ。そして、やった人が牢屋に入るのだ。
それが分かった。
オリンピックに出て、調子にのっても、俺は絶対に悪い事はしない。
オリンピックは大舞台だ。
それを分かっているのに、インタビューを全然考えていない。
ヤバいとは思うが、まず、勝つしかない。』
でも、あの事件のおかげで、カイは悪い事を忘れるために、たくさん泳いだからよかった。

オリンピックの試合の入場の時、他の選手が歓声を浴びている。
カイも緊張の面持ちで、前の選手と同じようにした。
カイへの歓声はひときわ大きかった。
でも、あの事件を想うと、この場所が小さいように感じた。

選手席では、尊敬していた先輩が女子と並んで応援していて、怖いと思った。
『亡くなったあの子だって、天国で見てるぜ。
人を殺したハウエルだって、牢屋で見てるぜ。』

『スタート台では、暗くなる。
というより、眠くなる。
気づいたら、音が鳴るので、泳ぎ始める。』

『がむしゃらに泳ぐが、いろいろな事を思い出してしまう。
本当にどうでもいい事だ。
大体は、子供の頃に行っていたプールの事が多い。
あとは、小学生の頃の祭りの思い出とか‥。
最後のターンをした時、ヤバいと気が付く。
ここで、負けたら面白いとも思うが、いけるなら、金をとりたいと思う。
本当は、最後のターンの前に気づくべきだった。
いや、練習をよくしていなくて、最後のターンだと勘違いすることもある。』

『勝てるかもしれない。』

『神様、お願いします。
最後は神頼みで、勝った時はよしと思うし、負けた時は、ああ、そうだったのかなと思う。』

カイは勝った。
自分のタイムが誇らしい。
2位の選手が、本当に悔しそうなのが、よくわかる。

『あっ、そうだ。』
カイは男女で応援していた選手のことを思い出した。
振り向いて、見ようと思うが、アナウンサーとカメラが待ち構えている。
カイはインタビューに答えた。
本当に星になった気分だ。
でも、本当にトイレに行きたい。

次のレースの女子選手が待っていて、わざとらしくジャージを脱いだ。
同じインドネシアの選手が笑いかける。
『俺も一応頭を下げるが、こういう事をすると、この子は負ける。
日本の女子選手がこちらを見ずに、深呼吸をする姿は、本当に頭にくる。
こういうヤツが勝つから、正直言って、嫌だった。』

カイは、それが自分だと信じられないほどに、インドネシアの空港で歓声を浴びた。
カイを見た人みんなが、カイが親戚のように思えてしまうのは、カイは神様に選ばれた子供だったのかもしれない。

家に戻ると、布団の下に隠したエロ本が消えていた。
「俺が買ったエロ本がない。」
カイは焦って、そこらじゅうを探し回った。
しばらくしても見つからないので、カイは泣いて、布団に大の字になった。

「兄ちゃん、今まで、どこに行っていたの?」
10歳の弟アルドは、カイがオリンピックに出て、金メダルを取ったことを何も知らない。
「アルドはバカだな。」
「ねぇ、それ、金メダル?どうして、兄ちゃんが持ってるの?」
「はぁ‥。お前は知恵が遅れている!あっちに行っていろ!」

弟のアルドは泣き、母親にすがりついた。
「兄ちゃんが金メダルを持ってるよ。」
「ああ、そうかい。」
「もしかして、競泳のカイから盗んだのかな?」
「さぁ。兄ちゃんに聞いてみなさい。」

トントン
「ん?」
「それ、競泳のカイのでしょ?」
「うん、そうだよ。アルド、俺が、競泳のカイなんだ。」
「ええ‥!」
わぁぁ。アルドは大泣きした。
次の日に、アルドの机の上にエロ本があったので、カイは焦ってそれを持ち、分からないようにゴミに捨てた。
「母ちゃん、ゴミの日いつ?」
「水曜と金曜。まちがって、金メダルを捨てないようにね。」
「わかった。」

今までのオリンピアンで、メダルを捨てた人はいる。
多分、麻薬のせいだ。
もらった歓声を考えると、死んだ方がいいかもしれない。
メダルを捨てた後でも、アスリートとしての仕事がきたので、その人は怖くなった。
そして、後日、自殺をした。でも、死にきれず、入院した。
メダルを捨てたことを白状すると、新しいメダルをもらえた。
結局、彼は恋人と一緒になり、メダルをもてあそばせた。
彼は、恋人と猫にだけ、メダルを見せびらかす生活を、60歳まで続けた。
60歳の日、死神が迎えにきた。
嫌気がさした恋人が、殺人鬼を雇ったのだ。

カイは、アルドにエロ本を見られたことが、あの事件よりも大事件になった。
天才は、普通とは変わっている。
金メダリストとしてのテレビ出演でも、エロ本事件が頭から離れなかった。

カイは人生をゲームだと思う事にした。
ゲームの冒険では、悪者に出会って倒さなければ、幸せにはなれない。
突然の攻撃でも、なんとか身をかわして、一撃をくらわさなければ、ゲームオーバーになる。
二十歳をこえた時、カイは競泳をやめようと思った。
医学部に通うカロリーナに話すと、つまらなそうな顔をして言った。
「競泳は、カイが選んだ道だろー。」
「別に選んでないよ。速く泳げたから、やっただけだもん。」
「ふーん。じゃあ、なんの道に進むんだい?」
「やっぱ‥俺も、医者かな。」
「えー、無理。教員は?」
カロリーナは言った。

「ああ~。うーん、教員でもいいけどねー。」
結局、カイは競泳をしながら、経済を学ぶことになった。
24歳の時、カロリーナが医学の道をあきらめると泣いたので、カイは励ました。
「カロリーナなら、必ず良い医者になれるよ。」
「うん‥ありがとう。カイ。」
「いいんだ。」

カイは世界記録をとった。
『普通、ゲームの主人公は、水泳はやっていないだろう。
大体は、普通の男が主人公だ。
いろいろなアイテムを手に入れて、仲間を見つけて、敵に勝っていく。
俺は、ゲームの主人公の友人役かもしれない。』

カイはデジィと知り合いだった。
デジィは主役っぽくない。特別な魔法使いのような感じだ。
やっぱり、ゲームの主人公は、普通の男が向いている。


「だから、カイってすごい選手なんだよ。」
居酒屋で、キキがジョアンナに言った。
「そうだったんだぁ。私、カイさんのこと、全然見てなかったぁ。」
ジョアンナはにんまり笑った。

キキが、ジョアンナに聞いた。
「ジョアンナってさ、どうして俺に惚れてくれたの?」
「えっ?何?」
ジョアンナは聞き返した。

「だから、どうして俺に惚れてくれたの?」
「いや‥私、キキに惚れてないよ。」
「そうなの?」
「うん。もちろん、キキのことは好きだけどぉ、惚れているのとはちがう。」
「ふーん。わかった。俺の、どこらへんが好き?」
「わかんない。今、ここでは言えない。」
ジョアンナは居酒屋を見回した。
ジョアンナが鼻血を出した時、助けてくれた野球選手のニコが入ってきた。
ジョアンアは下を向いて、少し真顔になった。
キキが言った。
「もしかして、怒ってる?」
「ううん。知り合いが入ってきたから。」
「どの人?」
「野球選手のニコ。」
「ええ?ジョアンナって、そんな人とも知り合いなの?」
「うん。もちろん、メルアドとかは交換してないよ。」
「へぇ~。」
キキは、ニコをジロジロと見た。

「私、26歳なんだけどぉ、居酒屋って何回かしか来たことない。」
「意外だなぁ。ジョアンナはもっと遊んでいるかと思ってた。」
「でも、居酒屋デビューは、18の時。パパと2人で行ったの。」
「そうなんだ。パパ、良い人だったんだね。」
「うん。」

ジョアンナはカクテルを飲みながら、昔、デジィが怪しげなカフェに入っていくのを見て、ついて行ったことを思い出した。
デジィも予想外だった。その店は、昼はカフェで夜はバーになる。
チャージ料金を払うのは、ちょっとよくわからなかった。

デジィは、女友達とにやにやとしている。
DJが始まったので、一人で入ったジョアンナは、こわくなってついに泣いた。
「大丈夫?」
その時、助けてくれたキャップをかぶった男の人が、誰かはいまだ分からない。
気づいた時には、デジィと女友達はいなくなっていて、ジョアンナは金を払わず、店を出た。
ジョアンナは帰りに、馴染みのラーメン屋によった。
『あの男の人、良い人だったな。』

ジョアンナはキキを見た。
その時の人は、もしかしてキキかもしれない。
「ねぇ、あんたさぁ、昔、バーで、私のこと助けてくれたでしょ?」
「えっ、いや、なんのことだっけ?」
「ううん。忘れてるかもしれないけど、あの時の人、多分、あんただわ。」
ジョアンナはにんまり笑った。
お会計は2人で8千円だった。
ジョアンナはあまりの高さに目を丸くした。
「これ、すごくない?」
「うん。居酒屋とかは、これくらい普通だよ。」
「へぇ。居酒屋って、超儲かるね。私、出すよ。」
「いや、割り勘でいいよ。」
キキは、ジャカルタの金融関連の会社でも働いていた。



デジィは、ジャカルタの歯医者に通っている。
家が裕福のため、月1回ジャカルタに通えて、よかった。

精神病のサプリメントはもう飲んでいない。

リザは、パチンコ店で働いている。
デジィが、リザのパチンコ店の入口に立つと、リザが来た。
「ここは、デジィが来る場所じゃないよ。」

デジィは、周辺を歩いたり、カフェに行って時間をつぶした。
本屋で雑誌を選んでいると、リザが来た。
「デジィ?」
「リザ、お疲れ様。」
「ううん。別に疲れてない。」

ビアンカが表紙の雑誌と、エドが表紙の雑誌が並んでいる。
「エドさんとビアンカさん、表紙なんて、すごくない?」
「うん。きっと、ジョアンナさんのことが好きだから、モデル業も頑張っているんだよ。」
「ああ、そっかぁ。ジョアンナさんはモテモテだ。」
リザは、ジョアンナが表紙の雑誌を手にとった。
デジィは、視線に気づいた。
女の人が、会話を聞いて、2人を見ていたのだ。
リザとデジィは、黙って雑誌を戻した。

「デジィ、また来るでしょ?」
「うん。」
「じゃ、またその時に。」
「分かった。」
2人は付き合っていない。
リザはいろいろな女子と仲良くしていた。
デジィの方も、恋愛には、本当に冷めていた。

ジョアンナはパリコレに呼ばれたが、社長やタナさんと話して、断った。
ジョアンナは、パリコレのモデルよりは背が低い。それでもとても美人なので、恨まれると困ると思ったのだ。
ジョアンナは、普通より肩幅がある。
華奢なモデルよりエスニックな服を着せられて、仏頂面のまま、ジャカルタコレクションには出た。
ジョアンナとしては、優雅なドレスが、自分に一番似合っていた。

ジョアンナは、モデルとして、トップステージに立ったという気がしていた。
しかし、下々の者たちは、ジョアンナに手を伸ばした。
今まで、タナさんがマネージャー代わりだったが、可愛らしい女の子のティカがマネージャーになったのだ。
「本日から、ジョアンナさんのマネージャーをさせていただきます、ティカです。よろしくお願いします。」
はっきり言って、ジョアンナはティカのことが嫌だった。

ティカにランチを誘われたので、ジョアンナは行ってみた。
ジョアンナはティカにモデルを進めてみた。
ティカは撮影にのぞみ、そのうちにマネージャーをやめてくれた。
ジョアンナの作戦通りだ。

ある日の撮影では、タナさんも社長もいなくて、モデル仲間のミアの知り合いのオジサンカメラマン達が来ていた。

「あれじゃダメでしょ。」
「うわー、きもぉ。」
小さい声で言われたが、ジョアンナは泣かなかった。
その代わり、自分の部屋では、涙が出た。

ジョアンナはトップステージに立ったのに、下々の者が暮らす街で、下々の者と平等に生活をしなければならなくて、自分がどうすればいいのか分からなかった。

『お約束の時間』での、ダニーさんとの共演はとても幸せだった。
ここでは、下々の者を忘れられた。
ダニーさんは、VTRの時間に、
「これは全部、口から出まかせやで。」
ジョアンナに言ってきたので、ジョアンナはひやひやした。
ゲストは、こちらをちらりと見る。
おかげで、ジョアンナは芸能人らしい表情を出せた。

それでも、収録でたくさん注意されると、ジョアンナは泣きそうになって、終わるとすぐに帰ろうとした。
「ジョアンナちゃん!」
テーブルに座ったダニーが呼んだ。
「何ですか?」
ジョアンナは笑った。
「いや、ただ呼んだだけ。」
「ふふ。」

ダニーはジョアンナの後ろ姿をうっとりと見つめた。
しばらくして、私服姿のジョアンナがとんできた。
「ダニーさん、これ、ハワイのお土産です。」
「えーマジィ!超嬉しいんやけどぉ!」
「たいした物じゃないんですけど。」
「いやいや、こういうキーホルダー、欲しかったんだよぉ。」
「よかった、喜んでくれて。」
「俺な、ほんまに、ジョアンナちゃんを追いかけて、海行ったんだよ。
でも、追いつかなかったけどな。」
ダニーが言うと、ジョアンナはダニーを見つめていた。

『いつか2人で行ってみたいわぁ。』
「じゃあ、私はこれで失礼します。」
「うん、また次回な!」

ダニーは、ジョアンナの心は、外見ほど、大人びていないことを分かっていた。
ジョアンナは外見に合わせて振舞っていた。

ジョアンナは、カジュアルな服装をするのが好きだった。
雑誌でいうと、青文字系だ。

デジィはまたジャカルタに遊びに来た。
図書館で、夕方まで時間をつぶす。リザと会うのは楽しみだった。
リザに対しての想いは、恋愛によく似ているのかもしれないが、2人は手もつないだことはなかった。男女の友情がありえるのなら、男女の友情といってもいいかもしれない。
でも、リザに彼女ができて、会えなくなるのは、寂しかったから、きっとこれは恋だ。

デジィは、リザがパチンコ店で働いている事を、全く悪く思っていなかった。
デジィの両親は、会計事務所を経営している。
実をいうと、リザは、ユディとバルサの母親の子供だ。
つまり、血でいうと、リザはデジィの叔父にあたる。
その事は、お互い分かっていた。
リザのことは、ユディとバルサの弟が面倒を見ていた。

デジィの両親が、リザがデジィの隣の部屋に住むことを許可したのも、そういう理由があったからかもしれない。
そもそも、デジィとリザは、恋に落ちてはいけない仲だ。
だから、恋には落ちてはいない。

リザは、パチンコ店で働けば、きっと強い男になるだろう。
だから、みんな何も言わなかった。

デジィは、ジョアンナが載っているような雑誌が好きだったが、デジィはどちらかというと、青文字系だ。
ジョアンナの方が、デジィよりもずっと顔が濃いので、ジョアンナは青文字系のファッションも似合わなかった。
読者モデルのリタちゃんが、青文字系雑誌で活躍している。
正直いって、微妙だった。
まぁ、青文字系雑誌なら、どの子が出ても微妙だ。
インドネシア人のくせに、肌がやたら白い子がいるし、みんなとても細くて小さい。
正直いって、きもかった。
きっと、麻薬で脳がイッちゃった奴らだ。
芸能人には、そんな奴らが多い気がした。
奴らは恥を知らない。
ジョアンナが持つ天性の才能とは、別の物だった。

「その子いいと思うー?」
デジィがふりむくと、ジョアンナが覗き込んでいた。
ジョアンナさんのことは尊敬していたが、やっぱりまだ上の人なので、デジィはちょっと苦手だった。
しかし、今日はキキさんがいる。すぐにどこかに行ってくれそうだ。

「いえ。ジョアンナさんの方がお綺麗ですよ。」
デジィが言うと、ジョアンナは笑い、キキに何かを話しだした。
デジィは苦笑して、うつむいた。

ジョアンナとリタの出会いはこうだった。
撮影所に入るたびに、大きな声で挨拶をするのはどうかと思った。
ジョアンナは受付の人に会釈をした。
機材を運ぶ男性スタッフが来たので、
「お疲れ様です。」
ジョアンナは愛想笑いをした。
メイクルームでメイクをしてもらい、撮影ルームに入ると、テディベアを抱いた可愛い子がモデルをしていた。

女性スタッフから、服の説明をされて、ジョアンナはうなずいた。
「あのさ、この服も私が着るんだよね?」
「はい。」
「ええー、ちょっと無理じゃない?」
デニムのつなぎと、黄色のトレーナーだ。
「大丈夫ですよ。」
女性スタッフは微笑んだ。
「そうかなぁ。」
ジョアンナは少し笑った。

写真を撮っていたタナさんはこちらに気づいた。
「ジョアンナ、来てたんだ。」
「はい。」

「あの子は?」
「青文字系の子だよ。うちの雑誌にも、載せることになったんだ。」
「そうだったんだぁ。私、ああいう服、似合わないから、うらやましい。」

リタはポーズを変えた。
「ちょっと集中できないから、ジョアンナは向こう行って。」
「はーい。」

ジョアンナは着替えて、撮影にのぞんだ。
リタもモニターをのぞいている。
ジョアンナの半目の写真を見たのか、スタッフに笑った。

ジョアンナが言った。
『みんなこうなるよ。』
「見てもいい?」
「うん。」
タナさんが振り向いた。

「ああ、今日ダメだねぇ。」
「いや、いつもと変わんないって。」

次は、リタがクール系の服でモデルをした。
「リタちゃん、かわいいー。」

ジョアンナもリタの写真のモニターをのぞいた。
ジョアンナはにんまり笑った。
あんまりよくない。目の表情がよくない。
悪人みたいな感じがする。
でも、声に出して言わなかった。

タナさんが言った。
「何か、リタにアドバイスある?」
「えー、特にないよ。リタちゃんはぁ、可愛いから大丈夫。」
ジョアンナは満面の笑みを見せた。
本当に余裕で勝てると思った。


インドのビサルは、後輩や女性達と一緒に、今度は男子バレーボールの元エースの講義を受けることになった。
元エースのバラドが話し始めた。
「沈黙を破る時。インド一のバレーボーラー、バラドの物語。」
バラドが言うと、観客は拍手をした。

バラドはスラム出身だった。
スラム街を車が走る。
紳士と淑女が乗っていたので、バラドは追いかけた。
でも、黒い車は、いつも面白い事をするスラムのお兄ちゃんをひきそうになって、行ってしまった。
バラドは、幼い頃から、働かなければならなかった。
靴磨きは本当に嫌だったが、バラドが靴を磨いていると、インドの綺麗な女性が手を振ってくれて、頑張った。
気づくと、バラドはスラムから出て、小学校に通えるようになっていた。
バラドは一生懸命に勉強を頑張ったので、自分は頭がいいと思っていたが、私立小学校の生徒がやっている数学の問題をやってみると難しかったので、顔をしかめた。

高校生になったバラドは、背が高くなった。
父が役所に入る事ができたので、バラドは普通の高校に通うことができた。
スラムで知り合いだった、いつも面白い事をするお兄ちゃんは、いまだにスラムにいる。
もう関わりたくないと思っていたのに、この前、話しかけられて微妙だった。
「お前さ、バラドだろ?」
「いや、ちがいます。」
「絶対、そうだってぇ。」
「もうちがうから。」

バラドはバレー部に入ると、強くなった。
大学もバレーボール推薦で行けた。
両親は喜んでいた。弟は、国防軍に入るらしいが、関係ない。
弟のルナシーが話しかけた。
「五輪に出るなんて、幻想だろ?」
「俺は本気だし、お前には関係ない。」
兄弟の関係は、うまくいってなかった。

バラドは思った。
『俺は五輪に出て、お金と自分の家族を手に入れる。』

地味な仕事を、汗水たらしてやるより、こっちの方がずっと良かった。

代表の練習に、ルナシーが来て、バラドに言った。
「五輪に出たら、捨てなければならない。」
「はぁ、なんのことだ?」
バラドは強い球を撃ってみせた。


「しかし、ルナシーの言う事は本当でした。
五輪出場を決めた試合の夜、俺には、誰からも連絡が来ませんでした。
いよいよ出発の時、見送りの人込みから、一人の女が飛び出してきました。
俺がスラムで知り合いだった面白い事をするお兄ちゃんの妹のメイです。
メイは、俺に抱きついて、こう言いました。
『後から追いかける。』
『いや、こなくても大丈夫だよ。』
俺は、言いましたが、メイは五輪の会場まで来ました。
俺はメイにかまっていられませんでした。
でも、メイが待っていたので、五輪の試合が終わった後、
メイに『ありがとう』と言いました。
インドは、五輪で銅メダルをとり、俺はもらった花束を、抱いて帰りました。
俺は、政府から100万円をもらい、誇らしさでいっぱいでした。

しかし‥、家に帰ると、メイがいました。
両親に、俺の恋人になったと話したそうです。
俺は、メイが迷惑でしたが、少し仲良くしてあげることにしました。
これは、スターになった代償だと思いました。

でも、俺の運命の女性は、別にいると信じていました。

ある日、また、家にメイが来ました。
『お茶、いれてくるね。』
俺が、席を外した時、家に大きな石が投げ込まれ、窓ガラスが割れました。
当然、窓際に座っていたメイは血だらけです。

俺がバレーボールで活躍したことを、犯人は嫉妬したのでしょう。

俺は、メイに責任をとらなければなりませんでした。

俺は、バレーボール選手としても、メイと結婚したことを公表しました。
間違ったことだと分かっていました。
もしかしたら、メイと結婚した日が、俺の運命の女性の誕生日かもしれない。
後悔をしましたが、メイの顔の傷を見ると、結婚するしかありませんでした。
五輪で得たお金は100万円です。
それを、メイの家に渡すことはできません。
仕方ありませんでした。

メイとの結婚生活は地獄でした。
結婚から5年たった時、メイの癌が発覚しました。

しばらくして、メイは亡くなりました。
その時の、幸福感は、今でも忘れられません。

しかし、今になって思います。
あの日、俺の家に、石を投げ込んだのは、メイのお兄さんだったと。

五輪に出たことは、全ての後悔です。
俺に残された物は、銅メダルだけでした。」

ビサルと仲間達は、涙がとまらなかった。
やっぱり、こういう講義の後は、競技を続けるのが怖くなる。

ビサルが真ん中のレーンで、後輩達に両側をはさまれ、50メートルプールで泳いだ。
もちろんビサルが一番速かった。



ジョアンナが休憩中、イヤホンで音楽を聴いていると、タナさんが冊子を持ってきて、ニヤニヤと笑いながら、モデル仲間に渡した。
「ジョアンナもほしい?」
タナさんが聞いた。
「それ、何?」

「映画の台本。」
「へええ、見せて!」
ジョアンナは手を伸ばして、台本を受け取った。
ジョアンナは笑って、楽しそうに台本を読んだ。

「誰か出るの?」
モデル仲間が聞いた。
「うん。アンナちゃんが出るんだって。」
「へええ。」
「脇役だけどね。」
「でも、すごいじゃん。」

『秘密の花園の魔法』素敵なタイトルの映画だ。
ジョアンナはうっとりして、泣きそうになった。
映画に出るのは、夢のまた夢である。

帰りの電車の中でも、ジョアンナが嬉しそうに台本を開いたので、みんながジロジロ見た。

ジョアンナは、モデル仲間とタナさんと一緒に、撮影を見学させてもらうことになった。
「へぇ~。こんな感じなんだ。」
テレビでメイキング映像を何度か見て、演技は難しそうだと思ったけど、やればできそうだ。

ジョアンナはセットの中に立ってみて、演技が終わった後、どんな言葉で侮辱されるのかを考えた。
多分、その一つに、こういうのがある。
『ジョアンナちゃんの演技すごかった。』
『迫力があった。』
ジョアンナは考えた。
愛されてきた人は、無理かもしれない。
「うん、私には無理だ。」
ジョアンナは笑って、タナさんに言った。
「そう?ジョアンナなら、出来ると思うけど。」
タナさんは笑った。

ヒロインと相手役の演技が終わると、ヒロイン役のレネオーネは、相手役のワンドを見つめた。
レネオーネの下には、女性スタッフがかけより、太った監督が満足そうに声をかけた。
ワンドの下には、男性スタッフが行っている。

キスシーンの後、ワンドはタオルを渡され、口を拭いていた。
レネオーネは涙目で、残念そうだ。

だんだんとレネオーネから、スタッフが離れ、レネオーネは1人になったので、ジョアンナが隣に座って、話しかけた。
「大丈夫ですか?」
「はい。あなたは‥?」
「ごめん、見に来ちゃった。」
ジョアンナの方が、レネオーネより年上だったので、気が楽だった。

「好きでもないのに、演じるの大変でしょ?」
「いえ、慣れてますから。」
「そうなんだ。私は、女優はやったことがないの。」
ジョアンナは笑った。

レネオーネは監督から呼ばれて、行ってしまった。
タナさんが来た。
「ジョアンナなら、大女優になれるって。」
「そうかなぁ‥。やっぱり、モデルだけでいいかも。」
「でもさ、それじゃこれから、芸能界で生きていけないんじゃない?」
「そっか。でも、ポルノとかは無理。」
「そうだな。」
タナさんは笑った。


ダヤは、キキより5つ年下の選手だ。
キキとジョアンナが、流行りのカフェにいた時、ダヤに会った。
「キキさん。」
「ダヤ。1人で来たの?」
「いや‥チナミさんと。」
「そっかぁ。2人は付き合ってるの?」
「いえ、ただの友達です。」
「へぇ、そうなんだ。俺は彼女と来てるよ。」

「どうしたの?」
ジョアンナが来た。
「この人はジョアンナ。俺の彼女なんだよ。」
キキは笑った。
「へぇ‥。」
「よろしくね。」
ジョアンナは笑って、ダヤと握手をした。
「よろしくお願いします。」

チナミさんは、競泳関係の先輩で、少しダサい。
ダヤは、ジーンズをぎゅっとつかんだ。
ジョアンナのことを、テレビで見た事がある。

「あの子だれー?」
「競泳の後輩だよ。」
ジョアンナとキキは話した。

ダヤは、お洒落で可愛い子と付き合いたかった。
でも、チナミさんがこの後、してくれるかもしれない事を想うと、別れられない。

チナミさんは聞いた。
「この後、家来る?」
「え‥。」
ダヤは、ニヤリと笑って、チナミさんを見た。
チナミさんは、少しだけ神妙な顔でダヤを見ている。

「行ってもいいんですか?」
「いいよ。」
ダヤは元気になり、料理を食べた。

ジョアンナとキキを見ると、2人は何かを話していて、ジョアンナは神妙な顔で、
『2回も』キキにピースを見せていた。
何の話だろう?

「別に気にしない。」
「何?」
カレーを食べながら、チナミさんがジロリとダヤを見た。
「いや、なんでもない。」
「でも、今、気にしないとか言ってなかった?」
「あそこに、キキさんがいるから。」

「ああ~、本当だぁ。挨拶した?」
「さっきしたよ。彼女といるから、話しかけない方がいいよ。」
「そうだね。」
2人は食後のコーヒーを飲み、チナミさんは肩をすくめ、コーヒーを飲みながら、ジョアンナとキキをちらりと見た。

ダヤは聞いた。
「そろそろ出る?」
「うん、いいよ。」

レジに向かいながら、チナミさんが小声で言った。
「あの人ってさー、モデルのジョアンナだよね?」
「さぁ。」
ダヤは困ったように、伝票をレジに置いた。

「ああいうのヤバくない?」
カフェから出ると、チナミさんが言った。
「まぁ、プライベートは個人の自由だから。」
「そうだけどぉ、2人ともテレビに出てる人だから。それにさ、競泳選手とモデルって、話合うのかな?」
「わからない。」

「DVD借りようよ。」
「いいよ。」

「うーん、これがいいかな?」
チナミさんは、ピクサーの子供みたいな映画を選んだ。
「なんでもいいけど。」
「じゃ、これにする。」
レジに向かうチナミさんを、ダヤはちらりと見た。
ダヤは、大人の映画、つまりポルノ映画を借りて、大人の行為がしたいと思った。

「つまんない。」
ダヤは小声で言った。

2人はポテチを広げて、映画を観た。
しばらくして、ダヤが眠くなると、チナミさんが足元に来た。
チナミさんは、ダヤがしてほしい事をすぐにはしてくれなかった。
おたがい服のまま、かなり、じらした。
それは30分くらい続いただろうか?
ダヤもどうでもよくなった。
でも、こんな状況は滅多にないことだし、やってみたいと思った。

ダヤはチナミさんと付き合うことになった。
会うたびに、チナミさんを嫌いになっていく。
チナミさんは、とにかくダサかった。

テレビで、ジョアンナの撮影風景を見て、胸が苦しくなった。
キキはこんなにお洒落な人とお付き合いをしている。

プールでキキに会った時、ダヤはキキに聞いた。
「ジョアンナさんと、どうやって出会ったんですか?」
「えっと‥。」
キキは少し考えた。
競泳の関係と言うと、まずいと思った。
ダヤは聞いた。
「忘れちゃったんですか?」
「いや、ルードの知り合いのお姉さんだったんだよ。」
「そうだったんですね。」
「うん。」

その日、ダヤは本気で泳いだが、キキはのんびりとクロールをした。
ジョアンナのことを考えると、すぐに眠くなるのはヤバい。
ダヤは、クロールをして、キキをぬかした。
『お前ばかり、良い人と知り合いになれて、ずるいよ!』

キキは、仕方なさそうに、平泳ぎを始めた。
女性スタッフが、プールサイドをうろうろしている。
男同士のクロール対決は、かっこいいので、見せるのはいやだった。
平泳ぎなら、まだマシだ。

ダヤは見向きもせずに、クロールを続けている。
キキはダヤの強さに唖然とした。
『あいつ、一体、今、何百メートル泳いでる?全然ペースが乱れないな。』
キキは呆然として、背泳ぎのポーズで、水の中に入った。
水からはなかなか上がらず、25メートルくらいで、ようやく顔を出した。

もう一度、水の中に潜ると、ダヤのペースが落ちた事に気づいた。
『絶対に言いたくないけど、長距離なら、お前に負ける。だから俺はクロールはやらない。』

ダヤはプールから上がった。
ダヤが去ったのを見て、キキは本気でバタフライをしたりして、泳いだ。

本気の勝負の最後のターンの後は、心臓が止まるほどに苦しくて、ハイになる。
「ははあ。」
一位の選手が息をもらし、タイムを見て、雄たけびを上げた。
キキはニヤリと笑った。
『これ以上ないほど、ハイになれた時に、俺は金をとった。』

『ジョアンナと出会ってからは、もうハイになれない。愛している、ジョアンナ。』

キキは、金メダルをとった相手の背中を見つめた。
「お前なんか、どうでもいいよ。」

金メダルをとった選手は、「あああ!」ニヤニヤと笑い、声と息をもらして、カメラの前に立った。
『そうだ、俺も、インタビューに答えなければならない。』

「あとひとつ、届きませんでしたね。」
アナウンサーは言った。
「はい。最後のターンの後、自分のペースが落ちてしまって、なんとか頑張ったんですけど、届きませんでした。」
「銀メダル、おめでとうございます。」
アナウンサーは笑った。


ダヤは、チナミさんがつくづく嫌だった。
お互いにまだ子供すぎて、うまくいっていなかった。
ダヤは21歳で、チナミさんは23歳だった。

ダヤは、もっと速くなるために、強いドリンクを飲むようになった。
チナミさんのクソや、積み上げられたシャンパン…幻覚が見えるようになったが、ダヤは気にしていなかった。
ジャカルタという都会にやられたと思った。
ダヤは目を変えてしまった。

そのドリンクには違法薬物が入っていたので、脳がいかれてしまったのだ。

キキは、心配してダヤを見た。
キキはタバコを吸い始めたが、ドリンクは飲んでいない。
キキは、ダヤの目が変わったことを、麻薬のせいだとすぐに気づいた。

強化選手が発表された。
男女一緒に発表されたが、キキはこういう事は気にしなかった。
ジョアンナへの愛の恨みがある。いつも男性カメラマンに撮られているのだから、当然だ。

ダヤも、少し目を子供の目にして、一覧を見つめた。
ダヤの名前は下の方にあって、キキの名前は上にある。
ダヤは目の色を変えた。

とにかく、ダヤは狂ってしまっていた。
自分は今まで、漁師の街に暮らしていて、水泳には興味がなかった。
海で泳ぎまくったこともない。
いつも劣等感を感じていた。
お父さんは漁師だと言ったら、小学生の頃、友達に笑われた。
本当は、お父さんは、缶詰工場で働いている。
お母さんはわかめや干物を作る仕事をしていて、いつも臭いがした。
「お母さん。」
でも、優しかったダヤは、母親に抱きついた。
ダヤには、兄と妹と弟がいる。
兄は競泳をやっていた。

「お兄ちゃん、五輪に出られるかな?」
お母さんに聞いたが、お母さんは暗い顔をしていた。
「どうしたの、お母さん。」

「お母さん、お父ちゃんと別れるかもしれない。」
「えーなんで。」
「お母さんが知らない所で、女の人と会っているから。」

兄は、競泳で全国に行けなかった。
でも、ダヤは、兄が全国に行ったと信じ込むことにした。

高校生の時、ダヤだけが立たされ、先生に頭を叩かれた。
友達に借りた卑猥な漫画を、机の下で読んだからだ。

ダヤにはいろんな事があった。
友達に約束をすっぽかされた事や、嵐の中、海を見つめた事も。

ダヤの兄は、21歳で結婚をして、子供を作った。
ダヤは兄と疎遠になった。
弟と妹は、付き合っているような感じがして、なんか嫌だった。
両親は、まだ離婚をしていない。
母親は、びっくりしたように、父親を見つめるようになった。
きっと何か良い事があったのだ。
もう何も知らない。

ダヤは、ジャカルタの大学に進学して、海が恋しくなったので、競泳を始めた。
怪しげな仕事にとびついて、おばさんの股をなめたら、200万もらえた。
「よし、ラッキー。」
ダヤはニヤリと笑った。
その頃から、ダヤは変わってしまったかもしれない。

200万の事を母親に話すと、嫌な声を出されたので、「働いているから。」と言い直した。

競泳では、このままだと強化選手になれそうだったので、久しぶりに帰った時に、両親に報告した。そこには、弟と妹もいた。

「ええ?競泳?海で泳ぎゃいいのに。」
「そうだ、お前、漁師になれ。」

「いやいやいや、ダメです。それじゃ。」
ダヤは首をふった。

「なんでだよ、お兄ちゃん。」
「そうだよ、漁師の方がかっこいいよ。」

「いやいやいやいや。」

父親は言った。
「変わったな、お前は。」
「はい。」
「どうしてだ?」

ダヤはしばらく沈黙して、頭を下げて言った。
「競泳をやらせてください。」
その姿を、家族4人は黙ってみた。

ダヤはそのままの状態で言った。
「競泳でオリンピックに出場したいので、やらせてください。」

オリンピックの前の、大切な試合。
ダヤの大学の競泳チームの仲間が、ダヤに声援を送っている。
客席に、家族4人の姿を見つけたので、ダヤは子供の頃の目に戻って、笑った。

「ダヤー!」
家族の声を聞くと、ダヤは恥ずかしくなってしまった。
キキは真剣な顔でいる。
「今日、ご家族来てますか?」
ダヤは、キキに聞いた。
「いや、そこに友達がいる。」
お洒落な友達が4人くらい、ニヤニヤして見ている。
1人は、体操選手なので、ダヤはびっくりした。

ジョアンナは撮影なのでいないが、メリーたちが、こちらを見ていた。

ダヤは、心底キキにムカついていた。
チナミさんからは、毎日のようにメールがくる。
イライラして、メールを消した。

ダヤは、いつもは降りる予定のない駅の、コンビニのトイレで、ビニール手袋をはめ、クリーム状になった猛毒を、ロングTシャツの下の方につけた。
ダヤは、ビニール手袋をあらかじめ持っていた封筒にいれて、くしゃっとにぎりつぶした。
猛毒クリームは、リュックの下の方に入れた。
トイレから出たダヤを、オバサン店員は怪訝そうに見た。
『お前のことも殺してやる。』
思いをおさえ、ダヤは悲しげにうつむいて、コンビニを出た。
その姿を、オバサン店員は、心配そうに見た。
ダヤは、封筒をコンビニの燃えるゴミに、押し入れた。

ダヤは、再び電車に乗って、プールに向かった。
この毒には、臭いがないはずだが、サラリーマンや女の人の目が気になった。
ダヤはできるかぎり、毒が電車や人に当たらないようにした。

ダヤが降りようとした時、浮かない顔をしたデジィが電車に乗ってきて、デジィの腕に毒がついたように思った。
「あっ。」
「え?」
デジィはイライラしたように、振り向いた。
「いや、なんでもない。」

電車のドアが閉まり、ダヤはデジィを心配して見つめた。
デジィは目をそらした。21歳になったのに、中二病がまだ治っていない。

プールについたダヤは、Tシャツの先についた毒を、タオルにつけた。
キキのドリンクがベンチに置いてあるのは、ラッキーだったと思う。
スタッフがいなくなったのと、キキが背を向けたのを見計らって、ダヤはベンチに座り、左手を使い、タオルで汗を拭くふりをしながら、右手をのばし、キキの飲み口に毒を塗った。

これでうまくいくかは分からないが、白いクリームが飲み口にべっとりついている。

自分は、プールから出た後、飲み物を確認せず、すぐに飲むから、きっとキキもそのまますぐに飲むだろう。

ダヤは少し泳ぐことにした。
ゴーグルを帽子につけたまま、白い顔で、ゆっくり泳いだ。
キキは、ダヤがゆっくりとしているので、不思議だなと思った。
金融の仕事がうまくまとまっていなくて、少し不安だった。
ジョアンナはどんどん先にいく。
自分はもうモデルはやりたくなかった。

キキは不安な気持ちのまま、プールから上がり、ドリンクを飲んだ。
そこからは、全てがスローモーションだった。
ダヤは目を普通に戻して、キキを見た。
キキはまたプールに戻って、普通にクロールを始めた。
ダヤはプールから上がった。
寒くて、タオルをかぶった。毒を塗った部分が、体に当たっている。
シャワーで、その部分を洗い流した。
カイが入ってきて、「どうした?」
不思議そうに、ダヤに聞いた。

「ううん。」

ダヤは服に着替え、ガラス越しにプールを見て、かかとを踏んだ。
トントントントン
カッカッ
ダヤは、爪で、手すりに音を鳴らした。
キキの泳ぎは、徐々に止まり、カイが心配そうにキキを見た。
ダヤは、ニヤリと笑って、帰った。
その時の自分が最高にかっこよかった。

キキは意識を失い、カイは水着姿のまま、更衣室のタオルの上に寝かしたキキの頬を叩いた。
「キキ!起きろ!」

「119だ。」
カイは、スタッフに言った。
「はい。」

キキは、スタッフに付き添われ、病院に向かった。
病院で呼吸器をつけられ、数時間後に、キキは目を覚ました。

ダヤは、競技場から出ると、Tシャツについた毒が怖くなった。
毒の部分は、水が濡れたようにしみている。
ダヤは尖った場所にTシャツをひっかけ、破った。
破ったTシャツの切れ端はそのままだ。
電車で、知り合いの女の子に会った。

「ダヤ!」
「ああ、ルナちゃん。」
「Tシャツ、破れてるよ。」
「さっき、ひっかかったから、破っちゃった。」
ダヤは苦笑した。

ダヤは部屋に戻り、Tシャツを脱ぎ、洗濯機に入れた。
上半身裸のまま、リュックの底にいれた、猛毒クリームを出した。
体に塗りたい衝動にかられたが、我慢しなければならない。

ダヤは、服を着て、ビニール手袋をはめ、白いビニール袋に猛毒クリームとTシャツを入れた。
ビニール手袋をはめかえ、家の拭き掃除と、洗濯機を洗った。

猛毒を入れた白いビニール袋は、ベランダに出した。
深夜になり、布団に横たわったダヤは、人に見られたら怖いと思い、やっぱり白いビニール袋を玄関に置いた。
素手でビニール袋にさわり、ダヤは指をなめた。
朝になって、まだ生きていたので、よかったと思った。
自分は恵まれていなかった。
恵まれている人間を殺して、何がおかしい?

スマホの事を忘れていた。
カイから着信が2件入っていた。
『どうしたんですか?』
ダヤはメールをした。

『あの後、キキが倒れちゃったんだ(汗マーク)何があったか知らない?』

『すみません、よくわからないです。』
 
『そうなんだ(汗マーク)なんとか一命はとりとめたみたいだけどね。』
メールを読んで、ダヤは顔をしかめた。

『よかったです。(*´Д`)』


心配した初老の医師が見に来ていて、優しげにのぞきこんで言った。
「気がつきましたか?キキさんは、プールで貧血を起こして、倒れたんですよ。」
初老の医師は、毒だと気づいた。
でも、キキには伝えなかった。そんなことをすれば、彼は怖くて、二度と泳げなくなる。

スタッフに伝えると、スタッフがキキのドリンクを持ってきたので、医師は毒を採取した。

「怪しい動きをしていた人は、いたんですか?」
医師はスタッフをのぞきこんだ。
「プールには、カイ選手と僕しかいなかったんですが、カイ選手がそんなことをするはずがありませんし、疑いがあるとすれば、僕なんですけど、僕にも身に覚えはありません。」
「そうですか。」
「すみません。何も分からなくて。」
「いいえ、なんの毒か調べてみます。」
医師はボトルを持って行ってしまった。

キキは1カ月安静にして、1カ月後にプールに入った時に、スタッフのラライがキキに話しかけた。
「あの、キキさんのボトル、倒れた時に、誰かが間違って持って行って帰ってしまったみたいなんです。すみません。」
「ううん、いいよ。迷惑をかけて、ごめんね。」
「いえ、僕の方は119をしただけですから。」

キキはプールでゆっくりと泳ぎ始めて、ダヤも外からそれを見た。
「ええ。もう泳ぎ始めて大丈夫なんですか?」
ダヤは、ラライに聞いた。
「はい。医師から、OKが出たんです。ところで、キキさんが倒れた日に、ダヤさんもいらっしゃいましたよね?」
「うん。ちょっと泳いで帰ったんだ。」
「ちょっと泳いで帰った?何をしていたんですか。」
「その日、俺も具合が悪かったんだよ。」
「そうなんですか。キキさんは毒をドリンクの飲み口に塗られていたんです。犯人が分かったら、教えて下さい。」
ラライはダヤに言い、去った。



インドのビサルはランニングをする。
ビサルがインドの町中を走ると、一人、また一人とついてきて、結局20人くらいビサルの後ろについて走った。
ジョアンナの広告は、インドにも貼られるようになった。
インドは人口が多く、才能がある者がスポーツをしても、邪魔が入る。
だから、世界の中で、強くなれなかった。


インドネシアのイヴァンは、大きな障害もなく、バレーボールを続けていた。
昔の仲間は、難しい知識を身に着けているのに、自分に与えられた物がバレーボールだと思うと、情けない気もした。
エリスと一緒にネットを張る。
エリスの顔を見ると、無性に腹が立つこともあって、はっきり言わせてもらうと、微妙だった。
ネットを張り、体育館の半面で、ぐるぐると走るのは、馬鹿みたいな気もした。
ケヴィンは半笑いだが、それ以外のみんなは、無表情だ。
でも、イヴァンは、テレビのバレーボールの試合に出場して、インタビューを受けた。
それがとても誇らしくて、バレーボールを続けていくことを決めた。
自分の家族も、デジィも、友達も、その試合を見逃していた。
それでも良かった。俺はバレーがやりたい。

海外の試合に出場するための、飛行機の中では、まるで子供みたいに小心者になってしまう。ケヴィンが大体、窓際の席に座っていた。
なぜだか分からないが、ずるい気がする。
なぜ、俺がこんな真ん中の席に座らされて、ずっとうつむいていかないといけない。
ビジネスクラスから、モデルっぽい女の人が色っぽく見つめてきて、本当に嫌だった。
ジャカルタに戻ったら、ブログに書いてやる。いや、ブログとかはやっていない。
エリスは、安物そうなあずき色のライダースを着て、ストールを巻いている。
そんな物、巻いていたら、いつかお前は首をしめられるぞ。
こうしてみると、エリスはバレーボール選手には見えない。歌手に見える。

ケヴィンは、さっきのモデルについて、スマホで記事を読んだみたいだ。
「ジャカルタに帰ったら、苦情書いてやるー。」
ケヴィンは言い、隣に座った選手が笑った。

海外につくと、なぜかインドネシアの女子選手が来ていて、寄ってきた。
「こんにちは。」
「あぁ。」
イヴァンは愛想なくしたが、海外で同じインドネシア人に会うと、少しホッとしてしまう。

「先輩たちの、見せてくださいよ。」
女子選手のクロジーが言い、神妙な顔でエリスも寄ってきた。
「え、何のことー?」
「先輩たちのって、なんだよ。」
「だからー、○○ですよ。何、勘違いしてるんですか。」
クロジーは、バレーボールの技を言った。

「ああ、いいよ。」
イヴァンが強い球を撃った。
「すごい。」

エリスも球を撃ち、近くにいた女子のスタッフが、球を拾った。
クロジーはネットの下をくぐり、イヴァンとエリスの前にかがんだ。

イヴァンが聞いた。
「お前が受けるのか?」
「はい。」
クロジーは答え、エリスはイヴァンを見た。
イヴァンは気にすることなく、強い球を撃ってみせた。
クロジーは、その球を一度、見逃した。
さらにクロジーが本気の目になって、2人の前で構えたので、2人は少し引いてしまった。
今度はエリスが撃つと、クロジーは倒れ込んでボールをとろうとしたが、取れなかった。
次にイヴァンが撃つと、クロジーはまた取れなかった。
「うおう!」
クロジーはおどけて言ってみせたが、イヴァンとエリスは、神妙な顔で何も言わなかった。
正直言うと、腹を抱えて笑いたかった。

その後、ジャカルタに戻ったクロジーは、どんどんおかしくなった。
テレビ業界のオジサンと寝たとかで、テレビにも出演するようになった。
でも、本当はそれだけじゃない。
テレビ業界のオジサンたちの前で、クロジーのお父さんとお母さんが、
『ミセモノ』になったのだ。
一体どんな事をしたのかは知らない。
ミラーボールの下で、きっと卑猥な事だ。

可哀想に。クロジーはその写真を見せられたけど、信じなかった。
でも、それは本当に起きた事だから、多分キツイと思う。
クロジーは元々身長が160センチくらいしかなくて、薬物を手にして、3年くらいかけて無理に成長したから、仕方ないかもしれない。
違法薬物は、脳を狂わせてしまう。
もしかしたら、クロジーのお父さんとお母さんもそれを飲んで、脳をおかしくしたかもしれない。

クロジーはさらに強いドリンクを飲むようになって、だんだん自分が分からなくなった。
今まで、クロジーを支えてきたお兄さん達のことも、忘れてしまい、
イヴァンとエリスをお兄さん兼恋人と思うようになった。
クロジーは、体育大学で講演をした。
体育大学といっても、みんながテレビに出るトップアスリートではない。
それは限られた者達だ。二度と海外の試合には出られない者もいる。
それでもクロジーは、海外でのことを、長々と話した。
一部の男子生徒がクロジーのファンで、クロジーの機嫌をとったので、女子はかなり嫌だった。
「お兄ちゃんのイヴァンは、家に帰るといつも、私の頭をなでてくれます。」
「えー?」
ついに、クロジーがイヴァンとエリスの事を話し始めた時、嫌だった女子達が声を出した。

クロジーは気にすることなく、にんまりと笑い、続きを始めた。
「世界選手権での出来事です。私は臆病者です。それなので、本当に不安でした。
でも、エリス兄から言われた、『努力しない者に、成果はこない』の言葉を信じて、料理をしてきたので、きっと大丈夫だと思いました。
私は、練習のことを、料理と呼んでいます。そして、出来上がった試合が、メニューなのです。
試合が始まると、敵からの強い球が、私の右腕に直撃しました。
私は倒れ込みました。監督から、選手交代をしてもらい、知り合いからメールが来ていないか確認をしました。
すると、イヴァン兄からメールが来ていました。
『お前ならできるぞ、自分を信じてやれ。』
私はもう一度、試合に戻ろうと決意をしました。そして、チームを勝利へと導いたのです。
お兄ちゃん、大好きだよ。これからもよろしくね。クロジー。」

ついに、体育大学の生徒達は、拍手をしなかった。


インドネシアの競泳選手のルードは、体を温めることを意識している。ジャカルタは暖かいが、ショウガなどの食べ物を積極的にとっていた。
オリンピックの競泳の世界では、心臓の強さが大事だと分かっていたので、普段からランニングをして、心拍数を上げている。
女性がちらりとルードを見て、ルードは女性を見なかったように、ランニングをしながら、ボクシングのように腕を動かした。

家では、腕立てやスクワットをして、筋肉トレーニングをかかしていない。
女性が美容に時間をかけるように、男性は体を鍛えることに時間をかけるようだ。

「ふぅー。」「はぁっ。」
ルードは息をもらした。

プールでの練習で、女性スタッフがガン見していても、ルードは気にせず、
「ハァハァ。」泳ぎ終わった後、大きく呼吸をする。
女性スタッフの事も、女子選手のことも、見ないようにしている。
一度見ただけで、ルードのことを想っているファンの子が自殺するような気がしていた。
競泳選手の中で、ルードが一番、女子に人気がある。
なぜかは分からない。多分、かっこいいからだ。
ルードは風呂で、鼻から息を出すトレーニングもしている。
泳ぐうえで、鼻はスクリュープロペラのように感じていた。

ちなみに、キキは、風呂の中で、目を開けるトレーニングをしている。
それは危険だと思うが、キキが決めてやっている事なので、仕方ない。

ルードが競泳を始めたばかりの頃、カイに連れられて50メートルプールに来ると、女子選手が、ハイレグ水着からはみ出た毛を切っていた。
ルードは何をしているかすぐに気づき、一歩身を引いた。
鈍感なカイは、ルードに言った。
「どうしたぁ?ああいうのは、気にせんでいいぞ。」
「えー。でも‥。」
ルードは視線を落とした。

「おーい。早く水に入れよ。」
カイが女子選手の下に行くと、カイはようやく、何をしているのか気付いた。
「うわっ、きもっ。」
カイは走って、こちらに戻ってきた。

ルードとカイはプールに入り、カイは女子選手に向かって叫んだ。
「お前、そういうキモイ事するな!」
女子選手は退屈そうにハサミを置き、プールに入った。

プールに来て、料金を払ったのだから、泳ぐしかない。
ルードは無我夢中で泳いだ。
カイはルードにアドバイスしてくれたが、わざと遅くしている気がして、最初、ルードは聞かなかった。
でも、カイはものすごいスピードでルードを追い越したので、ルードはカイのアドバイスを実践すると、本当に速くなった。
ルードはカイの後ろ姿を見つめた。

カイは来て、言った。
「お前さ、今、俺の背中に中指を立てただろ。」
「立ててないよ。」
「いや、立てたよ。俺には、背中にも目がある。」
「ええ?」
ルードは顔をしかめた。
ルードは本当に中指を立てていなかった。
人に中指を立てたり、暴言を吐いたり、万引きをすると、気づかれなくても、どんどん社会的信用がなくなっていくから、止めたほうがいい。


インド
コロンビアから来た白人男ローレンスは、堂々とスラム街を歩き、スラムの子供に食べ物やお金をねだられると、白くてたくましい手でその子の手をとり、軽く離して、また歩いていく。
どうやら、インドのスラム街の状況を改善するために、コロンビアから来ているようだ。
ビサルは、スラム街を歩くと、お金をせびられて、財布の中身が空になるので、正直いって苦手だった。
でも、ローレンスの姿を見て、ビサルもああなりたいと思った。
ローレンスは31歳だ。20代では、恋も仕事も勉強もして、30歳で一念発起し、インドに来た。
ビサルは財布にお金を入れないことにした。
ポケットに最低限の小銭を入れてある。
スラム街の前で、財布を逆さにして、お金がないことを確認し、ビサルはスラムの中に入って行った。


インドネシア
今日は、エドとウィリーのバスケチームは、テレビ中継される試合に出る。
ウィリーはスタメンになった。全ては、チビでもバスケがうまいヒラリー先輩のおかげだ。
ウィリーが彼女を抱くのをあきらめたおかげで、バスケの方はうまくいった。
ヒラリー先輩は言った。
「ウィリー、スターになるとか、夢を見たらダメだ。ただ、給料をもらう事だけを考えろ。」
「はい。」

ヒラリー先輩はバッシュを履きながら、言った。
「俺のようなチビは、世間にいても、いい仕事はまわってこない。だからこうしてバスケをするしかないんだ。」
それを聞いて、チームメイトのロリーが笑った。
バスケは高身長の世界なので、普通は逆だった。
ヒラリー先輩が、ロリーに言った。
「なんだよ、人が真剣に話しているのに。」
「いや、ちょっと面白かったから。普通、身長が低いなら、バスケは不利なんじゃない?」
「不利なんかじゃねぇよ。むしろな、敵の影に隠れられるから、便利なんだぜ。」
「へー、そうなんだ。」
ロリーはニヤニヤと笑った。

ウィリーはついていた。
ウィリーは彼女と別れたし、デジィもバスケを見に来ない。
大人になると、自分の好きな人が奪われるかもしれないという不安で、スターの事を嫌いになる。
先輩から見て、ウィリーから好きな人を盗られる心配はなかった。
だから、スタメンに選んでもらえた。それに、いつまでも年上だけで戦うのは、嫌な感じに見える。
ジョアンナも、後輩に表紙をゆずっている。

エドは、ウィリーに、何かバスケの試合について教えようか迷った。
でも、ウィリーはいろいろ知っていそうだから、止めることにする。
実際のところ、ウィリーは高校からバスケを始めたので、バスケ歴は短かった。
でも、中学でも、授業や放課後にボールにさわったので、それも含めると、6年はいくかもしれない。
ウィリーは指で、自分のバスケ歴を数えた。
中学でバスケをしなかった事を考えると、ムカムカしてくる。
ウィリーは床を踏んだ。
エドが話しかけた。
「どうした?」
「いや、ちょっと昔の事を思い出してしまって。」
「ふーん、そう。今日、試合出られそう?」
「はい。それは大丈夫です。」
ウィリーは少し明るくなって、エドを見た。

「わかった。今日はよろしくね。」
「はい、先輩たちの足手まといにならないように頑張ります。」
「おう。」
エドとロリーは愛想笑いをした。
ヒラリー先輩は、黒人選手とバスケをしている。
その日、ウィリーは仕事だと思って、プレーをした。

オフの日、エドはジョアンナの撮影を見に行くことにした。
連れてきたリザが聞いた。
「僕まで入っていいんですか?」
「うん、いいと思う。それにさ、これから先、パチンコ屋だけでは生きていけないんじゃない?」
「はい。それは、僕もヤバいと感じているんです。」
「リザはお洒落だし、モデルの仕事か、カメラマンをしてみたら?」
「えー、今まで、そういう世界は無理だと思っていたんですよ。」
「全然無理じゃないよ。」
エドが、撮影所のドアを開けた。

撮影所の中では、黒いトップスで腹を出したジョアンナが、ハットを被り、ハットにさわりながら、ポーズを決めていた。
「すげー。」
エドは笑い、言った。
撮影を終えたジョアンナは、モニターを見る太った男のそばに行って、写真を確認した。
次のモデルが撮影を始めて、ジョアンナは別の衣装に着替え、エドとリザの下に来た。
「あんた達、来たんだ。」
「うん。ちょっとお前の撮影を見て、モデルの勉強をしたかったから。」
「ふふ、そうだったんだ。」
ジョアンナは満面の笑みを見せた。

エドはジョアンナに惚れていた。
バスケの試合の裏番組に、ジョアンナが出ないことも好きだった。
ジョアンナは、お約束の時間にしか、テレビ出演していない。
ジョアンナの撮影風景も、お約束の時間でしか紹介されない。
自分のキャリアの妨げをしないジョアンナが好きだった。



ジョアンナや他のモデル達の撮影を見ながら、エドとリザは話した。
リザは言った。
「双子の弟のガウルが、フィギュアスケートをするために、ロシアに行っているんですよ。」
「へーそうなんだ。インドネシア人なのに、フィギュアスケートをするなんて、めずらしいね。」
「はい、最初は僕も、反対をしたんですけど、本人がやりたいというので、仕方なく。」


バレエでインドネシアのトップに立ったガウルは、カナダに旅行に行った際に、フィギュアスケートに挑戦してみたら出来たので、フィギュアスケートをするために、ロシアに留学することにした。
バレエでトップステージに立ったので、たくさんお金はもらってある。
ガウルのステージは、毎回超満員だったし、テレビでも放送されたからだ。
双子の兄のリザは、パチンコ屋勤務をしていて、自分とは雲泥の差だと思ったが、デジィという可愛い女子と仲良くしているし、きっといつか何かになれると思った。

何もせず、リザとデジィのそばにいて、2人が結婚するのを見守るのは嫌だった。
血では、リザとデジィは、結婚は出来ない関係だが、まだ分からない。
とにかく、2人を見ていたくはなかった。

ガウルには前世の記憶があった。
前世のガウルは普通のサラリーマンで、別の人と結婚をしていた。
子供がいたような気もする。
本当にまちがった結婚だった。
白シャツ姿で、タオルで汗を拭きながら、ビールを飲み、テレビでフィギュアスケートを見た記憶がある。
彼らはとても優雅で、涼しそうだった。
ガウルに、間違えた奥さんが、後ろから肩にもたれかかった。
それがとても暑苦しかった。
キスは何度かした気がする。きっとそれ以上の事も、たくさんした。
とても暑苦しい人生だった。

だから、今世では変わりたかった。
ガウルは幼い頃から、まちがえることなく、ヨガをした。
暇さえあれば、ヨガをした。
だから、ガウルは普通の人の十倍は体が柔らかくなった。

フィギュアスケートの選手がやっているポーズができなくて、幼いガウルは泣いたし、筋もちがえた。
体を他人とはちがくしたけど、それは全て自分がやった事だ。
自分は、他人と等しい人生を選ぶ気なんてなかった。

ガウルが両手で右足を持って回った時、偉そうなコーチがそのてっぺんをつかんだけど、ガウルは何も言わなかった。
その後も、自分の思う通りに舞ってみせた。

他人が、ガウルのダンスを見て笑っても、ガウルは踊り続けた。
それが、天才の踊り子というものだ。
いつか評価される気がしていた。
ようやくチャンスがまわってきたのだ。

ガウルのお父さんとお母さんは、デジィのおじいちゃんとおばあちゃんなので、もう亡くなっていなかった。
コーチが、回るガウルをじっと見つめたので、
『もしかしたら、お父さんの目かもな。』
ガウルはそんな事を思っていると、コーチが叫んだ。
「自分の思う通りに踊ってみろ!!」
ガウルはコーチをにらんだ。
そんなことは、最初からやっている。

一度はインドネシアに戻ったけど、たくさんのスポーツ選手が海外に流れたので、対抗したくなった。
リザとデジィは、訳知り顔で、ガウルを見てニヤニヤと笑う。
どうせ、過去の俺を見て笑っているんだろうけど、お前たちがいる世界と、
今、俺がいる世界は全然ちがう。
お前たちは、せいぜい街の人にしか見られない。
だけど、俺はちがう。常に世界から見張られていて、異常なんだ。
だけど‥もしも、俺のせいで、君たちも注目をされたらごめんなさい。

ロシアのリンクで、インドネシアの自分がこうして舞っていると、それが正しい事なのかどうか不安になる。
だからこそ、ちゃんとした結果を残したい。
でも、1人で外国にポツンと来て、練習をしている選手に負けるのなら、悔いはない。

ガウルの練習に、可愛い子が来て、一瞬だけど、見とれて、正直いうと惚れた。
それで、回転の仕方や飛び方が間違っていたので、教えてあげると、その子はうまくなって、世界女王になった。

ガウルのファンの全員が嫉妬したので、ガウルはあの時の記憶を消した。
消したのはいいが、神様には知られている。
神様に知られた事は、全員に知られる。なぜなら、ガウルが全員に知られているからだ。

ガウルは、その時の可愛い子、現世界女王のトワスに、どんな裏事情があるのか知りたい。それを知る事ができたら、本気で嫌いになれそうだ。
トワスが世界女王になる前、トワスが結婚していると聞いて、ガウルが泣いた夜の事を忘れたい。

リザの彼女のデジィちゃんなら知っていそうだ。
でも、俺は、リザに呪われている。なぜなら、デジィと話す事ができないのだ。
デジィに話しかけると、必ず無視をされる。
なぜだ‥?

まぁいい。トワスの事は、もう自分で考える。
きっとトワスは悪の女王で、悪人と結婚している。
トワスの顔が綺麗なのは、嘘だ。眉毛もまつ毛もたっぷりと生えているが、きっと薬を使っている。
歯並びも綺麗だが、もしかしたら、入れ歯かもしれない。
フィギュアスケートでは、気をつけないと、歯からリンクに落ちる。

うーん、後はなんだろう?
トワスはすごく頭が悪いとかかな。

神様はきっと全員のためにいる。
神様に感情がないと聞いたけど、それは嘘だ。いや、でも、まだよく分からない。
全員が幸せに笑うために、神様は世界を動かす。
何事も、あきらめる事は必要ない。
魂はサイクルを続ける。世界は止まらない。

神様は全員のためにいるのだから、もしも、俺が回るのが嫌で、死ぬ奴がいれば、神様は俺にそんなことはさせない。
それと同じで、自分がどんなにやりたくても、自分がそれをやって死ぬ奴がいるなら、神様はそれをさせないだろう。
神様自体は空気にいて、感情がない。
でも、人間にも宿る。もしも、自分を愛している人間がいるのなら、その人を神様だと思っても間違いではない。
スターは神様のように、全員のために生きなければならない。
仕方あるまい。それは本当だ。

トワスの本当はこうだ。
トワスが3歳の頃に、妹が来て、3歳のトワスは妹の首をしめたりした。
近くに祖母がいて、トワスに優しく諭すと、トワスは笑って、祖母に抱きついた。
3歳のトワスはチョコポッキーを食べて、それを妹の鼻の穴にさして、そのままにしたので、トワスの母親はすごく怒った。
汚いスリッパを持って、トワスを追いかけた。
一度、母親がトワスの頭をそのスリッパでたたいて、べちょっとした物が額についたので、トワスは逃げて、頭を抱えて、1階のトイレに隠れた。
すると、お父さんがトイレの窓から来て、大声を出したので、トワスはついにもらしてしまった。
トワスはトイレから出ると、母親に抱きついたが、母親は鬼の形相でトワスの首をしめた。
父親は、トワスの背中を蹴って、トワスは倒れた。
両親は赤ん坊を抱いて、どこかに行ってしまった。
トワスはそのままの状態で1時間倒れていて、トワスの口からでたよだれは、床に15センチの円を作った。
全ては、母親が、生んでもいない子供をもらったりするせいだ。
深夜零時に、本当の若い両親が、ドアのチャイムを鳴らしたりするのがこわかった。

どこかから帰ってきたおばあちゃんが、トワスに気づいた。
おばあちゃんが、朦朧とするトワスを抱きしめた。
トワスも母親が産んだわけではないが、おばあちゃんと血が繋がっているからということで、この家に来た。
夜、おばあちゃんがお風呂に入ったすきに、母親がくすくす笑って、ぬいぐるみを抱きしめるトワスを呼び、鼻の穴にチョコレートポッキーをさして、遊んだ。
父親を呼んで、写真を撮らせた。
父親はいつでも不安でいて、母親が夜にしてくれる事を想うと、逆らえなかった。
トワスは呆然としていた。
母親はくすくすと笑い、嫌な顔でトワスに言った。
「あんた、それ、食べなさい。」

「はい。どうぞ。」
父親が、トワスにいつも見てはダメだというアニメをつけてくれたので、トワスは褒められたと思い、2本のポッキーを食べた。

父親がトイレに行くため、さっきの部屋に行くと、靴下にべちょっとした物がついた。
父親はトイレをすますと、それがトワスのよだれだと気が付いて、トワスに申し訳なく思った。
父親はトワスにもっと酷い事をしていて、自分の急所をさわらせたり、キスをさせたりしていたので、トワスに、これからはもっと優しくしようと、きゅっと目をつぶって決心した。

おじいちゃんはもう死んでいない。
おばあちゃんは親交のあった従兄を呼んで、トワスの両親と話した。
「便所のスリッパをなめさせたって本当かい?ならば、トワスはすぐに擁護施設に入れるよ。」
トワスの母親は泣いた。

おばあちゃんは近所に家を買い、トワスは、おばあちゃんと従兄のおじいちゃんと暮らすことになった。
時々、父親がトワスに会いに来て、トワスは父親に抱きつくが、昔された事を思い出して、にやりと笑った。
『いつかこの家族を殺してやる。』
トワスは思うようになった。
おばあちゃんが、フィギュアスケートを好きでよく見ていたので、トワスも幼い頃から真似をした。
おばあちゃんは、とにかくトワスに優しかった。
トワスもおばあちゃんの前だと、すごくよく笑っていい子だった。
「わぁ~上手、上手。」
トワスのフィギュアスケートのポーズを見て、おばあちゃんとおじいちゃんは喜んだ。
おばあちゃんとおじいちゃんは、トワスに酷い事をしなかった。

トワスのお父さんは、幼いトワスにした酷い事をどんどんと思い出した。
幼いトワスの柔らかな口に、指を入れたら、とてもよかった。
優しい感じがした。それで、ペニスをなめられたら、どんな感じになるだろう。
それを実際やったのかは、知らない。

トワスのお父さんは、トワスにフィギュアスケートをやらせる事を決めた。
お父さんと祖父母がリンクに来て、トワスは笑顔でこちらに来た。
「おじいちゃんとおばあちゃんはいいけどぉ、お父さんはもうこないで。」
祖父母は、お父さんを睨み、お父さんは寂しげに背を向けた。

トワスはどんどんうまくなった。
でも、成長をするたびに、年下の子の事が気になった。

このスケートの刃で、彼女達を切れたら、お母さんを切れたら、どんなにいいだろう?
そう思うとぞっとした。だから、やめた。
それでよかったかもしれない。
トワスは強い薬を飲んで、お母さんがフィギュアスケートをやっている幻覚が見えたりした。

そんな感じで、妹はただのイモだし、それでもこの前、良い子そうな男を連れていたので、フィギュアスケートの試合でパンツを見せて、ストレスを解消した。

お父さんが試合を見に来るのは、いやらしかった。
ワイドショーのアナウンサーがトワスをほめちぎって、イヤらしいと感じた。
みんなアホだから、あくびが出る。


ガウルは、トワスの本当を夢で知った。
ガウルは神様に恐れを感じている。

「だってさ、神様だって、こんな事、出来ないんだろう?」
ガウルは時々、少し息を飲む。
でも、負けると、やっぱり悔しかった。

フィギュアを始めた頃、強く転んで倒れたり、速く回ってリンクの上で寝たりすると、
時々、黄金の世界が見えた。
それが、天界の世界なのだろう。
お釈迦様がのぞんでおられる。

無理に速く回るのはよくない。
ゲロゲロ吐きながら、トワスがリンクを振り返って、「神様」と言った時は、虫唾が走った。

ガウルは、幼い頃から特訓を重ねてきた。
ガウルは、小学生の頃から寮生活をしており、回りすぎて、部屋でくらくらした時は、家族の声がする気がして、好きだった。
麻薬にはまるのも、同じ理由かもしれない。

しかし、トワスが大会では、吐かないのはなぜだ?
やっぱり、神様の御力のおかげかもしれない。

ガウルは、試合の前は、振り返って、神様にお断りをする。
自分は、体操競技は出来ないから、自分の力でやってみて、体操競技の奴らに勝ちたかった。体操競技に兄貴がいる。

しかし、リザに、兄貴は自分の力で、鉄棒で逆立ちをしていると聞いて、かなりショックだった。
腕には自信がなかった。
兄貴の表現を見ると、兄貴なんか死ねばいいといつも思ってしまう。
しかし、兄貴がいるから、僕は好かれている。
感謝すればいいか?
いつでも悔しさがあるので、前を向くことができない。
「神様に頼め。」という声が毎度聞こえてくるが、それは出来ない。
だって、僕は、神になる男なんだ。

今日だって、天界の神様にお断りをする。
ガウルには、秘密がある。
魔法の秘密だ。
リザが、空気に神様がいると言っていた。
やっぱり、僕の神はあなただったか。

昔から、フィギュアをすると、足が何本か生えた。
録画で、自分の足が2本か確認する。
しかし、さきほどの試合、足が10本生えた。

いつだってそうだよ。
僕は、足2本、腕2本で飛んでいるんじゃない。
飛ぶ時は、羽が生え、たくさんの花に支えられる。
回る時は、僕は、休んでいる。
幽体離脱が出来るんだ。

そして、片足で滑る時は、もう1本足が生えて、見えない腕が生えて、棒がくるので、
その腕でつかんでいる。

それが、ガウルの秘密である。
でもピンチの時は、神様に頼む。
リンク上での、お願いになってしまうのが、申し訳ない。

鼻水が出れば、見えない手に拭いてもらえる。
だから、僕は、自分が別世界から来た王子だと確信している。
多分、リザは、僕の執事として生まれてきたんだ。
間違いないが、彼のためを思って、自由にさせてあげよう。

試合の前は、教えてくれるデビル君がいる。
何回転べばいいか、どこで、笑顔を見せればいいか、教えてもらえる。
ガウルは、正真正銘の王子だ。



インドのビサルは、スケジュールが空いた時に、他のスポーツ選手を見に行くことにした。
インドは人口も多いし、本当の原石が輝く事が難しかった。
競泳では、若くてハンサムな強い選手が現れたので、ビサルも気が楽になった。

今日は、卓球を見に来た。
普段、競泳をしているビサルにとって、卓球場は、別世界のようだった。
19歳の時、好きだった女の子が、卓球をしていたので、卓球の経験はある。
連絡も何もしていないが、ビサルはテレビに出ているので、すぐに入れてもらえた。
ベンチで腕組みして、練習を眺める。

眼鏡のチビ助が、女子選手と練習を始めた。
チビ助は真剣な顔で、ピンポン玉を飛ばし、女子選手を負かしてしまった。
可愛いリボンのポニーテールを切なげにゆらして、女子選手は去った。
チビ助は、一人で練習を始めた。
ビサルは立ち上がり、チビ助の下に行った。
「俺と一緒に練習するか?」
ビサルが声をかけると、ハッとした顔で、チビ助はビサルを見つめた。
「うん。」
2人はラリーを始めた。
「俺は、競泳選手をやっているビサルだ。君の名前は?」
「僕、ビサルさんのこと知ってます。インド一速い競泳選手。」
「ありがとう。」
「僕の名前は、リナダムです。よろしくお願いします。」
「よろしく、リナダム。年はいくつだ?」
「年は15歳です。」
「若いな。これから、もっとうまくなる。」
「はい、ロンドン選考はダメでしたけど、いつかオリンピックに出ます。」

リナダムは、強い球を放った。


インドネシア、ジョアンナとメリーは、男子の試合ばかり見ていてはダメだと思った。
それなので、今日は、女子の卓球を見に来た。
大体のスポーツに男女混合があると聞いて、嫌気がさした。
モデルである自分達は、馬鹿な真似は出来ないが、
男女混合に対して、気ちがいじみたNoを唱えたなら、精霊が舞い降りるに決まっていた。

今日は、とりあえず、強そうな女を応援する。
国籍は関係ない。華奢な選手はダメだ。
ジョアンナとメリーは、生まれつき、少しだけ、肩幅が大きかった。

中国の卓球女は強そうだ。
いかつい兄貴が応援している。きっと、本物の兄貴じゃなくて、将来のパートナーかな?

テレビ中継がされている。
そんな中、中国選手の家族は来ていない。
きっと不安だろうが、大事な家族がさらされない方がいい。
その子にとっても、そういう事は恥ずかしいかもしれない。

むしろ、逆もある。
相手のインドネシア選手リアには、ダサい家族が応援に来ていた。
「お兄ちゃんも、天国で見てるからね。」
お母さんらしき女性が言い、リアはうなずいた。

リアは神経を高める。
空気から、魔力を引き寄せるみたいに。
リアはそれが出来る。
呪いの儀式をしたからだ。


この話は、1993年の出来事から始まる。
デジィが全て記憶している。
ノアという3歳の卓球少女が誕生した。
しかし、その子は、呪いの儀式によって、誕生した子供だった。
誕生方法も独特で、人前での性交、人前での出産によるものだった。
財産を持つ者が、強欲に振る舞うせいだ。
みんな、戦わなければいけなかったし、財産の無い者は、呪いでもして、勝つしかなかった。
乳をあげるのも、人前で行う儀式があった。
ノアの初めての食卓に、人間の指が置かれて、ノアはそれを持って、投げて遊んで、しばらくすると泣いた。

殺しや性を交えた呪いを繰り返して、ノアは天才へと成長した。
ノアを育てるために、10人以上が犠牲となったので、家族や親せきは、メディアの前では、一流の物言いをした。

一人の男の記者の前で、ノアが、
「ノアは、誰の指でも食う。」
と言ったので、男はぎょっとして、ノアのお爺さんを見た。
すると、お爺さんは鼻水を垂らしていた。
男は聞いた。
「指を食うというのは?」

お爺さんは鼻を拭いて、答えた。
「いやいや、この子はまだ、言葉を知らないのですわ。すみません。」
「そうですか。」

それでも、男は、地元の警察に、ノアの事を連絡して、会社も退職した。
ノアの家の神棚に、不気味なキツネ女の首が飾ってあったのだ。
それは人形だったが、なんとも不気味だった。
白目の部分は黄色で、黒目は赤に囲まれて大きく、口は笑って、耳までさけていた。

ノアは、人の腕を振り回す呪いも行った。

本当に、異常で、危険で、犯罪の儀式だった。

デジィも特別な子だった。なんとなく、不思議な感じがしたので、3歳のデジィは、ノアとお友達になる事になってしまった。
幼いながらに、デジィは、ジョアンナとメリーを巻き込みたくないと思った。

でも、霊感が強いデジィは、ノアの事は無理だった。
アリーを衣裳部屋に隠して、ノアやノアの両親に見せないようにしたが、結局、お見送りの時に、お父さんがアリーをノア達に見せた。
そうでもしないと、ノアの両親が、アリーの事を調べそうだったからだ。

ノアは、人の指をしゃぶらされていた。
それなので、お父さんの指は2本少なく、お母さんの指も1本なかった。
ノアはお母さんの指を、お母さんの目の前でしゃぶった。
子供すぎて、気づかなかった。
お母さんは、その光景を、切なげに見つめた。
いつか生まれ変わったら、平和な時に、生まれたいと感じて、涙が出た。
少し横を向き、透明人間にもたれかかった。
それは、優しかったころのお父さんである。
ノアの一家は麻薬もしていて、お母さんも自分の両親がくし刺しになったという幻覚を見ていたので、自分の両親が現れると、逆に恐れを感じた。

「お婆ちゃん!」
ノアは祖母に抱きついたが、包帯でぐるぐる巻きのお母さんの手を見て、全てを悟った。
「なんてことだい!死ねよ、お前は!」
そう言って、ノアの頬を平手打ちした。

そのような呪いの儀式をしていることを何も知らない、デジィの伯父、映画スターのジルが、またノアを連れてくることになった。
ジルの方も、ノアの相手なんかできないので、子供にさせようと考えたのだ。

「ノアちゃんと遊ぶなんて、嫌だよ!」
デジィは泣き叫んだ。アリーも自分の指をしゃぶって、心配そうに見ている。
「ダメ。遊んであげなさい。」
「だって、ノアちゃん、不気味なんだもん!私の指をなめてきたんだよぉ。」
「そう‥でも、ジルさんが困っているから、助けてあげないといけないんだよ。」
「じゃあさ、誰か呼んでよ。」
「わかった、アリーも一緒に遊べばいいか。」
「ダメダメ、はとこのお兄ちゃん呼んで。」

「はとこのお兄ちゃん、ダメだって。野球の練習があるから。」
結局、ノアと遊ぶ日、リザとガウルと兄貴のルビーが来た。
「わかった。」
「今日は、ノアちゃんが来るから、一緒に遊んでくれる?」
「えー、女の子とぉ?やだな。」
ルビーが鼻をほじりながら、言った。
「お願いします!私は、ノアちゃんのことが苦手だから、代わりに遊んであげてください。」

「人のこと、苦手って言っちゃいけないよ。」

「こんにちはー。」
ノアはニコニコして現れた。
結局、みんなで、自然公園に行く事になった。
小さな動物園があり、無料で動物を見ることが出来る。

ノアと男の子達は、楽しそうに遊具で遊び始めた。
デジィはよちよち歩きのアリーを連れて、動物を見る事にした。
両親は、ノアの様子を見に行ってしまっている。
後ろから、ノアの両親がついてきたので、デジィは隠れたりした。
動物園を一周回った頃、ジルが来た。
「あれぇ?2人だけで動物を見ていたのかい?」
「うん!」
アリーは走って、ジルに抱きついた。

「ノアちゃんと遊んであげなさい。」
「えーだってさ、ノアちゃん、気持ち悪いもん。」
デジィは言った。
「ノアちゃんってね、人のお肉が一番好きなんだって。美味しいのかな?人のお肉って‥。」
「そんなこと、思っちゃいかん。」
ジルは顔を赤くして言った。

ジルは、ノアの両親といろいろ話した。
「もうこの子達とは二度と会わせないからな!!」
ジルは叫んだので、デジィは怖いと思ったが、ノアと会わなくていいと思うと、少し安心した。
悪い事をすれば、警察に捕まり、牢屋に入ると、天国ではしつこいほどに教えられる。
まだ幼いデジィには、天国にいた頃の記憶があった。

デジィは、夜、お母さんに聞いた。
「悪い事をすれば、警察に捕まるって、どうしてノアちゃん、知らないのかな?」
「きっと、あの子は、地獄生まれだろうね。」
お母さんは言い、デジィの手を握り、少し泣いた。

デジィは、これ以上、ノアと関わると、自分や自分の家族までもが、警察に捕まると感じていた。
もう、ノアと会わなくていいと思うと、安心できたが、多少の心配は残っていた。
天国では、人に優しくするという事も、しつこいほどに教えてもらえる。

デジィは、眠る前、5秒ほどノアの事を想うことにした。
あまり長く想いすぎて、ノアがまた会いに来たら、困ると思った。

それから1年半後、ノアは殺される事となった。
ノアは天才少女として、注目を集めたが、一族が思うほどの利益は得られなかったし、自分達も指を失くして、罪も犯したので、損ばかりだった。

ノアのお爺ちゃんも、
「孫は損ばかりだなぁ!」
と、大きな声で言うようになり、ノアの耳にも届いていた。
ノアも保育園で好きな男の子ができたが、その男の子が、ノアの家族に5本指がないことを指摘したので、切なく想っていた。

「卓球ラケットは握れるように、ノアの指も3本にしてやる。」
と、お父さんが言った時、ノアは泣いて部屋を出た。
ノアは、自分で、小学6年生ではないかと思うほど、精神だけが大きくなった。
ついに、亡くなる日が来る。
その日のお母さんは、明るかった。
心配そうに、お婆ちゃんも見に来た。
ノアの好きな食べ物を、朝食に出した。

「お兄ちゃんと卓球をするからね。」
「うん!」
ノアは、遠足の前の気持ちになって、元気よく笑った。
ノアは、高校に連れて行かれた。
高校生のお姉さんと卓球をして、負かしてしまった。
高校生のお兄さん達は、嫌な目つきで、ニヤニヤと笑っていた。
お兄さんと対戦したが、ノアは勝った。

「ノアちゃーん、また来いよ!」
一人のお兄さんがノアに叫んだ。
ノアが見て、一番かっこいいと思ったお兄さんだったので、嬉しかった。

「行くよ、ノア。」
お母さんが言った。
みんな私服だったが、一瞬、親戚中が、喪服を着ているように見えた。
沈黙の車中で、ノアは聞いた。
「どこに行くの?ご飯なら、ノア、ファミレスがいい。」
「もうファミレスには行かれないのよ。」
「どうして?」
「ノアはもう、ご飯は食べられない。」
「どうして!!なんで、ノアはもうご飯、食べられないの!!」
ノアは車中で大泣きをした。
「静かにしてくれ‥。」
父親は言った。

「さっきのお兄さんのところに帰りたいよ!!」
ノアは言った。
「お兄さんって誰?もうあの人達とは、二度と会うことないのよ。」
「それにさ。相手は高校生だぞ。お前みたいなガキ、相手にするわけないだろ。」

「う‥、私だって、昔は大人だったもん。デ‥デジィちゃんだって、そう言っていたよ。」
「デジィちゃん?ああ、あの勉強のできない子ね。」
「ああ、もう関わらない方がいい。」
「デジィちゃんに会いたいよ!!電話させて!!」

「あなた止めて。あそこに公衆電話がある。」

「10円だけだよ。」
お父さんはノアに10円を渡した。

「電話番号は?」
「あー、わかんない。どこかに控えてあるかな?」

「いい!ノア、デジィちゃんの家の電話番号、思い出した!」
ノアは走り、119をした。
119の人は、すぐに出たが、ノアは息を飲んだ。
自分に必要な番号は、110だ。
両親のことは通報してはいけないと、保育園の先生から教わっていた。

ノアはあきらめ、車に戻った。
お母さんは聞いた。
「デジィちゃんと話せた?」
「ううん。」
「そうか、もう戻れないな。」
お父さんが言った。

海岸につくと、15人ほどの人が来ていた。
「ノアちゃん、ありがとうねぇ。」
お母さんの母親のお婆ちゃんが、ノアに握手をした。

ノアは、死神役の男の下に歩いた。
「ノア‥。」
両親は口を手でおさえ、見守っている。

死神が言った。
「ノアさん、今日は、あなたの人生最後の日です。」
「はい。」
「知ってんの?」
死神は笑った。
「いえ。」
ノアは、この儀式を、さっさと終わらせてほしいと思った。

「すぐに終わりますからねぇ。」
「すぐにって、どれくらい?」
「30分かな?」
「長いな。10分。」
「えっと‥。」
死神は恐れを感じた。ノアはまだ子供だ。幼いゆえに、鋭さがあった。

「さっさと始めなきゃ。」
親戚の誰かが言った。
「私の弟も、この子に喰われたんだからね!」

ノアはうつむいた。道路を見る。
警察が来て、助けてくれたらいいのにと思った。
でも、ノアのことで自殺した人もいたし、警察も、ノアにはもう、下がってもらいたかった。
「お爺ちゃん‥。」
ノアは呼んだが、お爺ちゃんはそっぽを向いてしまった。
このままでは、自分も殺されると感じていた。

死神が言った。
「ノアさん、皆様にお辞儀をしてください。」

ノアは言われ、土下座をした。
「立ったままでいい。」
死神が言ったが、みんな、胸が痛んだ。

ノアは、まず、指を切られた。
痛さで、トイレをもらした。
立てなかったが、死神が支えた。

お父さんが卓球ラケットを持ってきて、ノアに持つように言った。
痛みで持つことができなかったので、ノアは早く死にたかったので、歯を食いしばって、卓球ラケットを持った。

ノアは、背中を切られ、倒れ込んだ。
痛みの感覚は、もうないほどだった。
足を切られ、腕を切られた。

首が切られる前、お母さんが来た。
ノアは、お母さんを見た。
ノアは、次にお母さんになってもらえるのなら、デジィのお母さんがいいと思った。

ノアは首を切られ、息たえた。
とんでもなく息苦しかったのを、覚えている。

ノアの体は、海水で現れ、くし刺しにされて、たき上げられた。
一番上にさされたノアの首は、途中で、炎の中に落ちた。
一晩中、炎が上がっていた。
警察に、途中で通報がきたが、こういう儀式は、最後までやった方がいいという判断で、朝になって、警察が来た。

警察が来て、全員が連行された。
黒焦げのノアの下に、両親が座り込んだ。
お婆ちゃんは警察に言った。
「まだ、お別れをしているから。」

狂った2人は、ノアに尿をかけた。
警察が来て、2人を連行した。

海から、神のような男が上がってきて、両手を広げると、ノアの亡骸から、一匹のネズミが出て、海に入って行った。

本物のノアは死んだが、協会はそれをよしとしなかった。
もしかしたら、本物の強い選手など、いなかったかもしれない。
二代目、三代目ノアが登場して、みんなが騙された。
本物のノアの無残な死を聞いた精霊達は、偽ノアの下に舞い降りた。
もしかしたら、本物のノアが生まれ変わってやっているかもしれないという願いが、精霊の中にもあったのかもしれない。

いつのまにか、本物のノアは、デジィだという噂が出回るようになった。
三代目ノアが、フィリピンの卓球選手と結婚をした。フィリピンの卓球選手のベムは、少しだけ、顔がガウルに似ていた。
ベムは狂っていて、ガウルは、幽体離脱をした自分だと思い込んでいた。
ステージに立つ者は皆、パラレルワールドに迷い込む。
迷い込まないと、出してもらえない。精霊が、その者のために動かないからだ。
しかし、パラレルワールドは危険である…。

ベムは、本物のノアだと噂されているデジィに会いにきた。
その日、デジィはいなくて、両親が対応したが、迷惑だった。
しまいには、帰りの航空費まで請求されて、運よくジルが現れて、ベムに小切手を書いてくれた。


リアは、ノアに憧れて、卓球を始めた。
リアの両親は、卓球場を作ってくれたが、かなりのドケチだった。
それで、リアは、満足な生活が送れなかった。
しかし、リアの容姿は可愛らしく、複数の男の子から好かれて、仲良くしていた。
小学生の頃、リアは、年上の男の財布からお金を盗んで、問題になった。
リアは充分に反省したが、中学でも、友達の財布から、お金を盗んでしまった。

それでも、高校になっても、幼い頃から一緒の複数の男子と仲良くしていた。
しかし、ある時、そのうちの一人イサクの財布から、お金を盗んでしまった。
男子達は話し合い、イサクがリアを呼んだ。
「俺の財布から、お金盗ったの、お前か?」
「うん‥、ごめん。」
リアは赤い顔で謝った。
「ごめんじゃねぇよ、返せ。」
イサクは言い、他の男子達もにらんだ。

リアは泣いて帰った。
「どうしたの?」
近くにいた友達や男子が話しかけたが、ダメだった。

リアは卓球ばかりしていたので、狂っていて、その日、イサクにラブレターを書いた。
リアはイサクにラブレターを渡し、男子達は笑って、それを読んで、川に捨てた。

男子達は、リアに言った。
「お前さ、昔、妹いたよな?」
「え‥?」
リアには、幼稚園の頃、妹がいたが、妹は川に落ちて、死んでしまった。
リアがしっかり、見ていなかったせいだ。
いや、あの時、『この川に流されたら、面白そうだね。』とか、言った気がする。

男子達は不気味な笑みを浮かべて、リアを見た。


リアのことが好きな男子はたくさんいたから、そんな奴らのことは、忘れればよかった。
でも、リアは狂っていて、忘れられなかった。

卓球もうまくいっていなかった。まさか、ノアが呪いをやっていたなんて、全然知らなかった。
「どうすれば、ノアみたいになれるかな‥?」
リアは言い、両親は切なそうにリアを見た。


「お母さん、やっぱりなぁ、ノアさんもこういうのやっていたんだって。」
お父さんが、協会の悪い爺さんから、呪いの書を借りてきた。
「ええ‥。」
お母さんとリアは読み、息を飲んだ。

「こういうの、やりたい?」
「うん‥。」
リアはうなずいた。
リアにも友達がいて、友達はアイドルになりたいと言っていたし、アイドルは友達にゆずるから、リアには卓球しか残されていなかった。
リアは、目立ちたかった。

リアは、簡単な呪いから、徐々にやっていった。
最初は、卵を3つ一気飲みするというような物だ。

ついに、お父さんは禁断の書を手にした。

卓球台に愛する男の首を置き、ピンポン玉を100回当てるという物だ。
「どうする?まさか、俺じゃないよね?」
お父さんは聞いた。
「リアちゃん、愛する男って、誰なの?」
「イサク‥。」

お父さんは、後日、イサクに話しかけた。
「あなた、リアの彼氏ですか?」
「いえ、ちがいます。」
イサクは言った。

しかし、お父さんは、上機嫌で帰った。

その三週間後、イサクは暗闇で襲われた。
イサクはみぞおちをナイフで刺されたのだ。
「はぁっ‥ああ‥。」

イサクは解体され、首は、リアの下に運ばれた。

リアは泣いたが、これで強くなれると思うと嬉しかった。
リアは出しゃばったりすることも、余計な真似をすることもよくしたが、後から見直して、自分の行動を、物凄く恥ずかしく感じる小心者で、前にお金を盗んでイサクに叱られた事や、ラブレターを渡したことを、恥ずかしく感じていた。
それが全て、無い物になる事は喜びだった。

イサクの首を卓球台に置いて、リアは神経を高めた。
両親や解体業者は見守ったが、母親は泣き、リアが打ち始めると、みんな外に出た。

リアは涙をこらえ、ピンポン玉をイサクの首に当て続けた。

イサクは目を開いて、リアを見た。
イサクの目は真っ黒だった。
解体業者の男が一人入ってきて、目を開いたイサクを見て、ぎょっとした。
「今、何回目だ‥?」
「分かんない。数えてなかった。最初から、やった方がいい?」
「もうやめろ。」
「でも、あと10回やる。」
リアは涙を拭いて、言った。
男はため息をついて、外に出た。

イサクの首は何度か倒れたが、リアが自分で直して、何度かキスをした。
ドン、卓球台から、イサクの首はついに落ちて、リアが髪の毛をつかむと、イサクは口を開け、ついに白目を開いた。

「もう終わりにしろ。首をこちらへ。」
男がクーラーボックスを開けた。

『痛いよ‥怖いよ‥。』
イサクの霊の声が響く中、男は運転して、山奥に向かった。

『やだ‥、やだ‥。』
イサクは、遺棄された。首の無い胴体は膝を抱える感じで、その胴体の上に首が乗せられた。


全てはノアが原因かもしれない。
実の爺さんを、みんなで、鍋にして囲んで喰うという呪いをした男もいる。

もう一人の卓球選手ベラも、リアと同じような感じだった。
しかし、ベラは、卓球をやることを両親に反対されていたので、解体業者に独断で頼んで行った。
ベラは養子で、両親の実の息子は、訳あって、別の家に養子に行かせた。
なんと、ベラの相手は、両親の実の息子ポレだった。
ベラは、リアの家の卓球場で呪いを行った。
ベラは神経を高め、ポレにピンポンを当てていくが、67回目のところで、ポレは声を出し、卓球台から落ちてしまった。
ベラはポレを持ち、キスをした。
巻いてあった包帯が取れていて、手に血がついた。
解体業者が来て、ベラを止めた。
その後も、両親はやつれた感じで、一緒に眠るようになった。
ある日、ベラがふざけて、お父さんの布団に入ると、
「お前がポレを殺して、どこかにやったんだろ?」
と、言われた。
「何ソレ、私は何も知らないよ。私は卓球で強くなりたいだけだもん。」
「だからさ、卓球で強くなるために、ポレを殺したんだろう?」
お父さんは、ベラを羽交い絞めにした。
ベラは、お父さんの腕をかんで、逃げた。
ベラには妹がいたが、ベラの妹も死んでいた。
妹は病死だった。でも、高熱の妹に、ベラがお父さんの酒を飲ませたのだった。

ある日、両親が並んで寝ていたので、ベラは両親のおでこにピンポン玉を当てた。
怒り狂った母親が、ベラを靴下のまま、外に出した。
ベラもおかしかったので、朝5時だというのに、ちゃんとした服を着ていたので、靴下のまま、近所をさまよった。
「ベラちゃん、どうしたの?」
近所のおばさんがベラに声をかけ、ベラは泣いた。
そして、ベラの母親が怒ったように、ベラの腕をつかんで、家の中に入れた。
「ポレのこと、あんたが殺したんでしょ?どこに隠したのか、言いなさい!!」
「知らないよ!ポレのことなんか、何も知らないもん!」
ベラは言った。ベラは嘘をつくしかなかった。
ベラは精霊とお話をするようになった。
大体は、漫画の悪者と話す。一番のお気に入りは、名探偵コナンの黒ずくめの組織のベルモットだ。

世の中には、いろいろな神様や精霊が下されているが、全てが元人間の幽霊である。
お釈迦様もイエスキリストもマホメット様も、元人間である。
空気にいる形のない神様は、全てを愛している。
悪も善も愛している。
それなので、悪人のベラに、幻を見せてくれる。

悪人にも、力をくれるのは、空気にいる形のない神様かもしれない。
愚か者には、力が集まる。精霊も、哀れな者には、同情的になる。

ジョアンナもメリーも、デジィもアリーも、愚かでも、哀れでもないのに、自分の力で立っていた。だから、本当に強かった。
ジョアンナは、中国の選手に言った。
「You can win!」
中国の選手は、少し笑ってうなずいた。

ジョアンナはあまり連絡先を交換したがらない。
だから、スポーツ選手の方も、有名なジョアンナに応援してもらえるのは、良かったと思う。

中国の選手は、その試合に勝利した。

ビサルとリナダムは、卓球の練習の後、ジュースを飲みながら、少し話すことにした。
「インドは貧しい人がたくさんいる国なのに、どうして、オリンピックで優先してもらえないんだろう。豊な国ばかりが、メダルをとっている。」
「そうだな。でも、オリンピックは、実力勝負だ。」
「それは分かっているけど、インドで練習していても、実力が伸びない。環境が整っていないんだ。お金持ちの国が、もっと、インドのために、お金を恵んでくれたらいいのに。」

「あいつらは、自分が勝つことに精一杯だ。周りの事は、見えていない。」
「インドに生まれた宿命かもしれないけど、あまりにも、不平等すぎる。」

「そうだな。でも、有利な環境の者が勝つよりも、不利な環境の者が勝ち上がる事の方が、ずっと感動させられるんだぞ。」
ビサルが言うと、リナダムはビサルを見た。
ビサルは言った。
「お互い、頑張ろう。」
「はい。」
2人は握手をした。

帰り道、ビサルはバスに揺られながら、ジョアンナのことを考えた。
ジョアンナは特別だ。もしかしたら、女神の生まれ変わりではないか?
ビサルは腕組みをして考えた。

ジョアンナは、マグダラのマリアの生まれ変わりである。


人間が命を終えて、行きつく場所が天国、地獄である。総称して、霊界と呼ばせていただこう。この世界は、霊界から始まったと伝えられている。
どの宗教も正しいが、どの宗教も正しくないと言う者もいる。
とりあえず、霊界も国別になっていて、それぞれの国で最も信仰されている宗教の教祖が、最高仏として立っている。
その方も、元人間である。
人間界にも、たくさんの神様や精霊が降りていて、中には、獣の姿をした神様もいるから、神獣族の存在を信じている者もいるが、それは違う。
神獣ではあるが、元人間である。神獣の姿をした幽霊で、人間の姿にもなる。
みんな、帰る場所は同じ所で、霊界である。

霊界には、寿命を全うしてない者は、入れてもらうことができない。
だから、霊界のことを知りたくて何人も自殺したが、結局、正確なことが語られないのだろう。
霊界にいた者も、最後の儀式で忘れてしまう。

ちなみに、霊界にも遊園地がある。
夢の中でよく行っている。

霊界はお金がかからないだろうと思う。
それなので、精霊や神様として下ろされた魂が稼いだお金は、きっと生まれ変わった時に、もらえるのかもしれない。

ポイント制度という物がある。
天国には医者があり、基本的な望みは聞いてもらえる。
100点が目安だった気がする。
体は、みんな平等になるようにだろう。

人間界にいる、我々人間にも、点数評価が下されている。
人に優しくする、ルールを守るなどが、評価対象である。
それ以外、神様や精霊の手助けを受けると、点数が引かれてしまう。
一人暮らしをすると、神様や精霊の手助けを受けることになるので、点数が引かれるらしい。
点数を稼いでおくと、夢が叶いやすいと思う。

まず、一人暮らしはいけないらしい。
それから、女性が、一人前の給料を稼ぎ続けるには、なんらかの理由が必要になる。
しかし、お金を貯金したり、豊かな生活を送ることは、何の減点にもならないと思う。

地主や大家は、いない方がいい。でも、人間の視点で見れば、苦しい生活を送ってきた者の方が、起用したくなる。
でも、神様視点だと、苦しい生活を送る必要はない。
大体、家族と一緒に暮らしていると、苦しい時だってあるのだから、同じことだ。



苦しい生活を余儀なくされて、愚かで哀れな者は、神様からの同情が集まり、先に出してもらえるが、やっつけ仕事という感じがする。
愚かでも哀れでもない者は、必要な努力と我慢を経験し、満を持して、ステージに上がる。
自分の力でステージに立てれば、減点にはならない。
しかし、ステージに立つことも、神様や精霊の手助けを受けることが多いので、愚かで哀れな者は、たくさん減点される。
昔、減点されすぎて、最後は助けてもらえなかった世界的歌姫がいた。
その方の名前を、ビリーとしておこう。

ビリーは、どちらも教師の免許を持つ両親の下に生まれた。
ビリーは小5の頃まで、両親が教師の仕事をしていると信じていたが、母親はそうじゃなかった。
父親は小学校で働き、母親は倉庫の作業をしていた。
ビリーの家は、森の中にあって、木の家だった。
ビリーは窓から、景色を眺めて空想をするのが好きだった。

教師でなくても、ビリーは両親を愛していた。
妹もいた。妹の名前を、ウィアとする。
ビリーは個性的なので、男子達がビリーに会いに来た。
ビリーは男子達と、森の中を走り回ったりしたが、綺麗なお姉さんが立って、じっと見ていたので、走るのを止めた。
「どうした?」
「いや‥。私、もう帰ろうかな?」
「送ってくよ。」
「ううん、いい。」
ビリーは、人の気持ちが分かる優しい子だった。

あまり、男子達と遊ばないことにした。
一番好きなお友達は、妹のウィアだったが、ウィアは他の女友達と遊んだりしていた。

その光景をじろりと見て、ビリーはうさぎのぬいぐるみに言った。
「私の一番の友達は、この子。」
ビリーはぬいぐるみを抱き、窓から外を眺めて、空想をした。
自分がもしも、お姫様だったら。
もしくは、自分が特別な力を持つ妖精だったら。

私が、スーパースターだったら。
スーパースターという言葉にピンときた。
ビリーは夜、母親に言った。
「もしも、私がスーパースターになったら、どうする?」
「ビリーがスーパースターに?なんのスーパースターになるの?」
母親は聞いた。
「うーん、歌手か女優。」
「そう‥それは、狭き門だと思うけど、ビリーがそうしたいなら、頑張ってね。」
「うん!」

ビリーは、仕事から帰ってきた父親にも言った。
「お父さん、私、スーパースターになることにしたから。」
「ええ?なんのぉ?」
「歌手か女優。うーん、どっちかっていうと、歌手かな。」
「そんなのダメだ。お母さん、これ。」
父親は、空の弁当を出した。

ビリーは雑誌を買って、スーパースターについて勉強をした。
大体の人は、両親が喧嘩ばかりで、不幸な生い立ちだ。
でも、ビリーは不幸ではなかった。

中学生になったビリーは、さらに美しくなった。
男子達からの誘いは絶えない。
でも、ビリーは断った。

家族で首都に出かけることになって、もしスカウトマンが来たら、電話番号を渡してもいいかと母親に聞いて、了承を得たが、街を見渡すと、ビリーより年上のお姉さんが、退屈そうにしていて、もしかしたら、歌手になりたいのかなと思った。
スカウトマンらしき人が来て、両親と話したが、ビリーは断ってと言った。
「ええ、どうして?」
「いや‥。年上の綺麗な人がいるからー。」
泣きそうな顔で見ている女性を見て、ビリーはこそこそと話した。
「ああ、そっかぁ。」
母親は残念そうに言った。

ビリーは赤い顔で勉強をした。
まわりの女子に、気を使う自分が本当に嫌だった。

歌を書いてみるが、うまくいかなかった。
今まで一番好きだった歌、星に願いをさえ、皮肉に感じた。

高校になると、ビリーはさらに可愛くなった。
先輩も後輩も同級生も、嫉妬の目でビリーを見る。
ウィアも可愛いが、ビリーの方が可愛かった。

だから、ビリーは女子に気をつかった。
授業をダサいジャージでうけたりした。

父親がギターを買ってくれて、ビリーは喜んで練習をした。
友達にギターを披露する夢を見たが、ビリーは実際にはやらなかった。

5人ほどの男子が、ビリーに心酔していた。
時々、森の中に集まり、ビリーのための儀式をしている。
ビリーは心の中で、その想いに感謝したが、それを女子に気づかれたらと思うと怖かった。

どうして‥、ビリーの頭は狂ってしまったのだろう?
多分、父親の教え子のパパがくれたお菓子に麻薬が入っていたからだ。

ビリーは普段しない事をした。
見知らぬ男に声をかけたのだ。
「ねぇ!!」
ビリーが声をかけても、男は箱を持って歩いていく。

「そっちは、うちの土地だよ!‥じゃないけど。」

男は座って、木の下に箱を隠した。
「それ、何?」
「ガンだよ。」
「拳銃?」
「この事は秘密な。」
「わかりました‥。」
ビリーは後退りした。

ビリーはぶるぶる震えて、眠れなくなった。
あのお菓子には、強い麻薬が入っているのに、家族は誰も気づかず、食べた。

土曜日。
ついに脳内の何かがブチ切れたビリーは、血眼で走り、拳銃を持って、森の中で儀式を行う男子達の下へ行った。

「いつも何やってんだよ!!」
ビリーは叫び、男子達5人を全員撃ち殺してしまった。

誰かが見ていた気がしたが、ビリーが見渡すと、もう誰もいなかった。
ビリーは拳銃を、男子の服で拭き、手元に置いた。

その男は、目を開け死んだ。ヘアバンドをつけていた気がする。

ビリーは走って家に戻った。
しかし、銃殺の光景を見ていた人がいた。
それは、ビリーのお父さんである。

ビリーは泣いた。次の日、新聞に5人が銃殺された記事が載っていたので、恐くなった。

ビリーは学校を休み、夜、両親とウィアが部屋をのぞいた。
ウィアのことをムカつくと思ったが、ウィアの目は泣きすぎて、垂れさがっていた。

「私が‥やったと思ってんの?」
「そんなこと、思っていないさ。」
父親は優しく言い、絵本を読んでくれた。

しばらくすると、ビリーの下に精霊たちが降りてきて、夢の中でお話をした。
これは、魂を持っている者もいるし、持っていない者もいる。

霊界(天界)には、仕分け者という役を与えられた人がいて、人間達が言った良い台詞を仕分けて、どこに持って行くか決めている。
台詞を吐いた瞬間に、言葉はふわりと浮き上がり、流れていく。
悪い台詞は、天界に運ばれる途中で振り落とされるが、良い台詞だけが、その人の下に持って行かれる。
仕分け者ウォルトは、雲の上に座って、木の箱に入れられた白い紙を一つ一つじっくりと見て、それぞれの場面のカラフルな引き出しに入れていく。
ウォルトは言った。
「これは、どういう時に言われたんだろう?」
『一人しゃべり』
「ああ‥。一人しゃべりは、僕もやっていた。辛かったよ。でも、みんなもやっていると知って、安心した。」

『恋愛の場面』
ウォルトは、その紙をピンク色の引き出しにしまった。

ボロボロのビリーは、精霊に助けられて、元気になった。
ちょうど、世界のスターが足りていなくて、ビリーは実際に、アメリカの最高仏のキリストや、歌の精霊から注目されていたので、空気の神様(魔法)のはからいがあったのかもしれない。
犯罪は絶対にやってはダメだが、呪いをすると、本当に強くなるからだ。

呪の効力は、本当だが、犯罪は絶対に禁止である。
ビリーは本当に特別だった。
神のはからいによるものだ。
それでビリーは、本当に世界的歌手になったが、本当に苦しんだ。
でも、ライブは楽しかったらしい。大体は、精霊に取り憑かれたような感じになって、パフォーマンスをするので、自分はそんなには疲れなかった。
精霊に取り憑かれると言っても、歌詞を覚えるとか、ダンスの振りを覚えるとか、ファンに好かれる行動を、自分でちゃんとやっておかないとうまくはいかない。
でも、ビリーはちゃんと出来ていたので、ステージは成功した。
ビリーは、人から好かれる行動を分かっていたので、本当にうまくいった。

しかし、ビリーは、一つの大きな失敗をする。
スターになったビリーは頭が狂い、ファンを並ばせ、胸と腹を見せて、ペンで好きに書かせたのだ。
その光景は、ダンサーや、ビリーを信頼するミュージシャンも見てしまった。

「あれ、どうゆう事?」
一流ミュージシャンのライルが聞いた。
「ああ‥あれはその‥。」
「ただ事じゃすまされないんだぞ。」

次の日、ビリーは泣きながら、スタッフに謝った。
精霊に記憶を消してほしいと願ったが、精霊は消す事はできなかった。

『ビリーなら、大丈夫だから。』
精霊は話しかけた。
「うん‥。」
それでも、ビリーは、その事を気にしていた。

自殺しようかと思ったが、夜は夢の中で世界の話をされたし、一流ミュージシャンのライルからも、道徳の話をされていた。

ビリーは、人から好かれる行動を分かっていた子だった。
それで、今まで、精霊が、歌の神様が作ったメロディーやフレーズを運んできたが、本当に良い歌があると、ビリーはそれを断っていた。
しかし、あの事件以来、ビリーは、
「めっちゃ良い歌、運んできて。」
と、言うようになった。
それでも、ビリーは、他のスターよりも、好かれる行動を分かっていたし、
今まで大ヒットしそうな歌を断ってきていたので、歌の神様は、ビリーにとても良い歌をくれた。
歌の神様が書いた歌詞を、ビリーが書き直す。

歌の神様は、空気の神様のささやきを聴きながら、言葉を綴っていく。
時には、ダサい言葉や、ダサいメロディーも必要になる。
ありとあらゆる人を、空気の神様が歌の神様に見せ、歌の神様が言葉を書く。

本当は、歌の神様が書いた歌詞が、『絶対』だった。

でも、大抵のアーティストが、それが分からなくて、自分で書き直してしまう。
それによって、自殺者や嫌な思いをする人が増えるのに、結局分かっていない。
ビリーもそうだった。
ビリーは今まで、英語が苦手だったので良かったが、難しくて、不良が怒りそうな英語を調べて、歌詞を書き直した。

最終的には、ビリーは、ライブ前に失禁をしてしまい、着替え、一応ライブを終わらせたが、もう戻れなくなってしまっていた。
一流ミュージシャンのライルは、ビリーに毒を渡した。
ファンを気取って、手紙を書いて、その中に毒を仕込んだのだ。

ビリーは、その薬を飲んで、あっけなく死んだ。

「あっけない!」
ライルは、ビリーの死のニュースを聞いて、笑った。
でも、ライルの事を、もう誰も信用しなくなった。

いくら精霊に取り憑かれても、人殺しや泥棒はしてはいけない。
誰でも精霊に取り憑かれるので、そこは難しい所だ。


13
インドネシア
「メリー!」
ジョアンナは、メリーを呼んだ。
「うん‥。」
メリーは、少しおどおどしながら、ジョアンナを見上げた。
妹にとって姉という存在は、一番憧れの人である。
ジョアンナは一流スターで、前に一緒にハワイに行ったが、今日は知り合いがたくさんいるジャカルタなので、どんなお洒落な店を教えてもらえるのだろうとワクワクした。
ジョアンナとメリーが歩くと、みんながジロジロと見る。
ジョアンナは機嫌がよく、ニコニコとしていたが、メリーは少し緊張した。

ダニーのポスターが貼ってあり、ジョアンナは前回の収録の時、顔についたまつ毛をとってもらって、ドキドキした事を思い出した。
メリーはジョアンナを見て、言った。
「ダニーさんって、お姉ちゃんの事が好きなんじゃない?」
「それはないと思う。」
「ううん。お姉ちゃんは、人からモテすぎて、分からないだけだよ。」
「そうかな‥。でも、本当にそうだったら、どうしよう?」

メリーは言った。
「キキさんと一度別れて、ダニーさんと付き合ってみたら?」
「キキと別れた方いい?」
「うん。やっぱりさ、競泳選手って、モデルの私達とは、価値観が違うと思うんだ。
あの人達、あんまり、人の気持ちを考えていないでしょ?」
「それは分かるぅ。」
ジョアンナは笑った。

「ここ、入っていい?」
ジョアンナは聞いて、セレクトショップのドアを開けた。
「こんにちはー。」
ジョアンナの声は、少し低くて、少しかすれていて、大人っぽかった

「ああ、ジョアンナさーん。」
店員さんが笑顔で挨拶した。
「素敵なお店ですね。」
ジョアンナは笑い、メリーも商品を見た。

ジョアンナは愛想よく話しながら、服を選んで、試着して、3万円相当の服を購入した。
店員さんが包んでいる最中に、ジョアンナはメリーに耳打ちをした。
「あんたも何か買いなさいよ。」
「でも、いいや。」
「えーなんで!」

「ジョアンナさん!」
店員さんが呼んだので、ジョアンナは笑顔になり、会計をした。

「ありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとうございます。」
ジョアンナは愛想よく挨拶をして、店を出た。

「お姉ちゃん、よくあんな高い服、買えるね。」
「だって、前に撮影で着せてもらったんだもん。仕方ないでしょ。
モデルは服を売るのが、仕事なんだよ。自分でも購入して、普段から着てあげないといけないんだから!」
ジョアンナは笑った。

「でも、床はホコリだらけだし、あの店員の感じ、微妙だったよ。」
「私の友人を侮辱するのは、やめて。」
「わかった。でも、気をつけてね。都会には、変な人もいるんだから。」

その後、ジョアンナとメリーは、お洒落なカフェに入って、お茶する事にした。


エドは、バスケ練習をする体育館に来て、気分を悪くしていた。
チアリーディングの女達が、エドが来る頃まで練習をしていたし、ウィリーに良く似た男が、ウィリーとして、練習をしているのも嫌だった。
本物のウィリーは、真剣な表情で練習を始めたので、少しは安心したが、ウィリーの表情を見ると、キツそうだなと思った。

休憩の時、飲み物を飲んだ後、エドはウィリーに聞いた。
「大丈夫?」
「はい。ちょっと、体力が落ちたので‥。」
ウィリーは、タオルを首にかけ、苦しそうにしている。
「無理はしないでね。」

休憩中なのに、ヒラリー先輩が、黒人とバスケをしている。
離れた場所で、偽ウィリーがスタッフと笑って会話していたので、訳が分からなかった。
でも、とりあえず、ウィリーはこのチームと契約をしているし、書類だってある。
あの悪霊を追い払うため、ウィリーは立ち上がった。

グゥゥ
ウィリーは腹が痛かったが、すぐに止まった。
恋愛をしない事を守っていたので、男達の想いに守ってもらえた。
自分の好きな人を盗らないスターの事を、みんなが好きになる。


インドのビサルは、最近現れた競泳のハンサムボーイ、サムと競い合っていた。
最後の最後まで、ビサルがリードしていたが、サムに抜かされてしまった。
しかし、そういう事が、ビサルを人気者にさせるのだ。
「優勝おめでとう。」
「ビサルさんこそ。」
ビサルが笑顔で握手を求めると、サムも笑って握手をした。

はぁぁ‥
それでもやっぱり、少し、悔しかった。
タオルで髪の毛を拭きながら、スマホを見る。
ジョアンナの写真をさっと見てから、その後、ネットニュースを確認する。

サムは、女子達にサインを求められて、答えていた。

サムも、着替えて、ネット速報を確認する。
先ほどのレースから、それほど時間がたっていないと思うが、自分の結果はもう載っているだろうか?
実際、もう書かれていた。
サムは安心と同時に、不安にもなった。
今まで、誰に勝ちたくて、競泳をやっていたのか、分からなくなった。
これを見て、どれほどの人が、辛い想いをするのだろう?
それが分からない人は、神様に殺されるが、こういう事で苦しむサムは、神様に力をもらえた。
ビサルは、自分からネットニュースに載ろうとはしないが、掲載されると、ヨシと思っていた。
都市で働くスマートな女性、スラムの可愛い子ちゃん、子供達も喜んでくれたなと確信する。ビサルは大物だった。


ビアンカがモデルに集中する一方で、インドネシアの男子バレーの実力は下がってしまった。イヴァンは自分のせいだと、己を責めたが、実際のところ、まわりが認めるほど、イヴァンはバレーボールが出来なかったので、仕方がなかった。
でも、なんとなく、イヴァンは、俺こそがバレーボールの王子だと確信していた。
この前、撃とうとしたら、ボールが変に落ちて、ネットに当たって、よろよろと床に落ちたが、点をもらえた。
奇跡だったと思う。でも、次からこういう事が起こらないように、気をつけないといけないと思った。

エリスはそういうミスをする事なく、大人のようなバレーボールをする。
実際、体は、大人同然だから当然だが、自分にはまだ出来なかった。
エリスと自分の年齢が同じという事が、信じられないので、イヴァンは目をこする癖ができてしまった。
「大丈夫?」
「うん‥。」
「目がかゆいの?」
「いや‥そうじゃないけど、俺、バレー、うまくできないんだ。」
イヴァンは泣いた。
「えっ、そうだったの?じゃあ、今までのは何かな?」
「無理にやっていただけだよ。お前には叶わない。」
「そんな事ないよぉ。だって、前の試合、イヴァンが先発に選ばれたじゃないか。」
「いや、これからしばらくすると、もうみんなに追いつけなくなると思う。」
「そうなの‥?」
エリスは目を丸くして、少しニヤニヤとした。
「じゃあ、普通に働くって事?」
エリスが無神経な事を聞いたので、イヴァンはピキっときた。
「いや、それはわかんない。」
『俺はスターになるはずなんだよ。』

練習が始まったので、イヴァンは立ち上がって、コートに向かった。
『スターっていっても、バレーではないかもな。』
そう思うと、今日の練習は調子が良かった。

エリスは、帰りに駅で電車を待ちながら、考えた。
エリスは、自分のプレーが、間違っていた所があるのに自分で気づいて、変えた事はあるが、元々バレーボールは楽に出来た。
長い間、自分のプレーが間違っていた事に、自分で気づいて変えたのは、誰にも教えていない秘密の内の一つだ。
他にも秘密はいくつかある。
昔からの親友の男と、同じ布団で寝て、少しエロい事をした。
あとは、その男の耳掃除をしてあげた。
その男が、自分の部屋で、動物の真似をした時に、エリスが恋人といるような気分になってしまった事‥。
大体の秘密は、親友の男に関する出来事だ。
その人物が誰かは、秘密である。

エリスは電車に乗った。
ジャカルタには、有名人がたくさん住んでいる。
デジィの妹のアリーが、偶然、その車両に乗っていて、次の駅で、プロ野球選手が乗り込んできたので、息を飲んだ。
みんな同じような顔をしていたので、エリスは手で口を抑えて、笑った。

イヴァンは夜、今後、どうすればよいか、精霊と話した。
自分に、絶対的なバレーの才能が無い事には、ずいぶん前から気づいていた。
「やっぱり、歌手がいいですか?それとも‥、俳優?」
イヴァンは、ベッドで、誰もいない天井に向かって、話しかけた。

「一人でしゃべるって、バカみたいだよな。」
イヴァンは言って、横を向いて、寝る事にした。

ゴク‥。イヴァンは、自分が俳優になって、キスする想像をして、つばを飲んだ。
なんとなく、今は世界がぼんやりとしていて、バレーの練習に行っても朦朧として、気づいたら、終わる。
「ナイスー!」
我に返ると、みんなが自分に向かって、親指を立てたりしている。

『あの先輩、バカだよな。』
と、一人で言った事を思い出して、イヴァンは頭をかいた。
「自分の方が馬鹿だよ。」

「どうしたの?」
エリスは、神妙な顔で、イヴァンを見た。
「ううん、何も。」
都会にいると、どんどんお洒落な顔になっていく人がいるが、エリスは変わらなかったので、安心した。

練習が終わって、イヴァンは、体育館から出ながら、手でマイクを作って、歌うふりをした。
そして、立ち止まった。
大丈夫だ、誰からも見られていない。

『歌手になるのですか?』 
「えっ?」
イヴァンは振り向いた。

「大丈夫ぅ?」
エリスが聞いた。
「何か、声がしたの?」
「いや、気のせいだ。」
「もしかしたら、バレーのせいで、心が風邪をひいたのかも‥。」
エリスは胸をさすりながら、また無神経な事を言った。

「いや‥。俺は、普通だよ。」
「そう?でも、最近、変じゃない?何か不思議な事があったのなら、相談して。」
「わかった。俺に、気を使ってくれて、ありがとうな。」
「いいよ。」
エリスは歩きながら、少し涙が出た。
エリスが、自分のバレーボールのやり方を変えたのも、妖精の導きだったのだ。

『ほら、また違うよ。』
試合中、小さな妖精が見えて、ボールの位置を直した。
その時ばかりは、まわりに自分の姿が見えなくなって、全てがスローモーションに見えた。
試合中なのに、妖精からのバレーボール指導を、自分だけが受けたのだ。

そういう特別な事を、まわりが分からない事が辛かった。
もっと、そういう不思議な世界に入りたかったが、あんまり求めるのは、精神病だと思った。

夜、一人で寝る時なら構わないだろうが、一人暮らしで、あんまり不思議世界に入り込むと、日常生活がうまくいかなくなる。


イヴァンは、自分の部屋の郵便受けに、チラシが入っていたので、見た。
映画の宣伝のちらしだ。可愛い子が主演らしい。
「俺だって、俳優をやってやるぞ。」
イヴァンは、誰もいない所に向かって、言った。

イヴァンは冷凍してあった魚を焼くことにした。
パリパリの魚の皮が好きだったが、フライパンで焼くと、皮は全て取れて、ボロボロになった。
イライラして、タッパーに入ったご飯を冷たいまま机に置いて食べる。

一度、フライパンの前で、夕ご飯をすませた事があるが、誰かに叱られた気がして、それ以来やめた。
ボロボロの魚を皿にもって、机に置く。
でも、今日は、箸やフォークを使わず、ラップを使って、手で食べる事にした。
ラップで、ご飯や魚をつかんで、口に入れる。
なんとなく、虚しい気分になって、口からご飯が出た。

食べ終わると、横になった。

前に、寝たまま、ご飯を食べた事もある。
それよりもマシなのが、床に皿を置いて、食べる事だ。
それ以上に最悪なのが、床に直接、食べ物を置いて食べる事だ。
例えば、カレーとか‥。

そういえば、ここ二週間ほど、ちゃんとしたサラダを食べていない。
最悪だ。化け物みたいな体になる。
理想は、オリンピック金メダリストの男子体操選手の研ぎ澄まされた体である。
「でも、体操選手より、俺は、ビッグー。」
イヴァンは、自分を見た。
バレーをして、強い選手に見せていたら、身長が伸びたので、よかった。
しかし、このまま、バレーの世界に進んでよいのか、わからない。

ひとしきり、俳優や歌手に憧れたが、いつも自分を支えてくれる仲間の事を考えると、やめることにした。
続けられる所まで、バレーをやる事にする。
そう決めて、寝ようとすると、なんとなく悔しくて、涙が出た。
俳優や歌手の人達は、自分より楽な事をしているのに、あんなに輝いている‥。
正直、プレーは辛かった。
心拍数が上がるのがキツイ。こんな事までして、理想の体は手に入れたくなかった。
自分の体を、鏡で見る。
体は引きしまっていて、正直言って、綺麗だった。
自分でも、こんな風になれるとは思ってはいなかった。

テレビで、俳優の裸を見た時、たるんでいたので、安心した。
だから、俳優なんだなと思った。
でも、たるんでいるのに、スターなのがスゴイと思った。
むしろ、たるんでいるから、俳優として、スターになれたのかもしれない。

しばらく眠ると、妖精が現れた。
『イヴァン君は、野菜をずっと食べていないので、体を悪くしますよ。』
妖精の声は、機械音である。

「えっ?」
『とりあえず、注射をします。』
妖精の栄養注射はそんなに痛くなく、心地が良い感じにする。
「ありがとうございます。」
『これで、ポイントが引かれちゃいましたね。』
「ポイント?」
『えっ、知らないんですか?ポイント制度のこと‥。私達妖精が助けられるのは、一人あたり、一年で100ポイントなんですよ。栄養注射は3ポイントかかります。』
「そうだったんですか。」
『はい。もしも、イヴァンさんが自殺をした場合、100ポイント全てを使う事になりますので、お気を付けください。』
「わかりました。俺、自殺はしません。ポイントが余ったら、どうなりますか?」

『未来のために、貯めておくこともできますが、誰かに分けることもできます。それから、良い事をすれば、ポイントが貯まります。』
「そうだったんですか。良い事とは、何をすればいいですか?」
『人に優しくする事。あとは、ボランティア活動です。』
「わかりました。俺、これから、良い事をします。」

『イヴァンさんの夢は何ですか?』
「はっきりとは、まだ言えません。俺がスターになるのは、無理ですよね?」
『スターというのは、歌手?それとも‥俳優ですか?』
「いや‥。」
『でも、イヴァンさんは、バレーボールでキャリアをスタートされたので、応援している人がたくさんいます。バレーボールを続けていくのはどうですか?』
「分かりました‥。やっぱり、そうですよね。」
『イヴァンさんなら、きっと大丈夫ですよ!』 

イヴァンが朝起きると、体はすっきりしていた。
なんとなく、昨日よりも、部屋が整頓されていて、イヴァンは少し大人になったと感じた。
それからの日々は、前よりもうまくいった。
イヴァンは、人に優しくする事を心掛けたし、ボランティアも少しずつ始めたし、野菜も食べるようになった。
バレーボールもうまくいった。

ビアンカが、イヴァンに声をかけた。
「イヴァンさぁ、前よりもうまくなったんじゃない?」
「ええ、そうですか?」
「うん。このままなら、きっと代表に選ばれるよ。」
ビアンカは笑った。
イヴァンは、ビアンカの髪の毛が薄くなったように感じたが、染めているせいかもしれない。

ビアンカは、ジョアンナと2人で撮影をした。
お互いに、心地がよかった。
ジョアンナも、今までペアを組んだ人の中で、ビアンカが一番分かってくれると思った。
ジョアンナは、メンズモデルとの撮影の時は、ワンカットごとに、大切な男性だと思い込んだ。
まずはお父さん。次に‥ダニーさん。その次にキキ。タナさん、エド。それから、山田監督。
だから、ジョアンナがメンズモデルと撮影しても、みんな違和感がなかったし、嫌な感じがしなかった。
でも、ジョアンナは、ビアンカが相手だと、どうしても大切な男性を被せることが出来なかった。
写真は素晴らしかったので、ジョアンナは少し照れて、下を向いた。
ビアンカが、ジョアンナの背中に自分の背中をつけて、ポーズをとったので、お尻が当たってしまった。その感覚がまだ残っている。

「やっぱり、ジョアンナはプロだね。あれ‥、大丈夫?」
ビアンカが言った。
「うん。ビアンカ、ちょっと寄りすぎだったんじゃない?」
「そうだった?ごめんね。」
「ううん。」
「僕、ジョアンナが好きだから、つい‥。」
「ええ?!」
ジョアンナは驚いた。
「あれ、知らなかった?」
「うん‥。」
「友達からでいいから、僕の事、考えてみてくれないかな?」
「うん、わかった。」
ジョアンナは少し引いてしまった。
ジョアンナは額に手を当てて、ビアンカから離れた。
正直言うと、ドン引きした。ジョアンナは恋愛が苦手だった。

ビアンカは、ジョアンナを見つめた。 
ビアンカは、ジョアンナに対して、まさに、愛及屋鳥という感じだった。


Staras 宙
14
ジョアンナとキキは、まだ別れてはいない。
デジィの方は、セレクトショップを二週間で辞めることにした。
全然、お客が来ないので、怖くなったのだ。
従兄が変な女と結婚したせいか、就職活動がうまくいかなかった。

ジョアンナは、キキと別れていないが、あまり会ってもいなかった。
ジョアンナは、だんだんと自分を想ってくれる男の人達の存在に気づいて、気を使ったのだ。でも、それが、とても辛い事だった。
『キキと別れたい。』
ジョアンナは、休日でも、スーツを着て、出かけるようになった。
それでも、いつでも、心はキキとつながっている気がして、本当は別れたくはなかった。
ジョアンナはビシッと決めて、マンションを出たが、人からジロジロ見られて、少し切なくなり、スーパーに寄って、買い物をして、家に戻った。
気分が悪くなり、ソファーに横になった。
でも、自分が静かにこうしている事が、大人になったなと感じた。
長い間、一人で怒る癖が治らなかった。
夕方、キキと会えたら、どんなにいいだろう?
でも、スーツを着る機会には、本当は恵まれていないのに、スーツで行ったら、みっともない。
テレビをつけると、スワン大統領が映った。スワン大統領のことを、ジョアンナは好きだ。
少しでも認められたくて、スーツを着るようになった。
でも、会える機会なんてない。
それでも、一度、夢の中で、スワン大統領のファーストレディーをした。
話して見ると、人情味の溢れる良い方だった。スワン大統領は、温泉饅頭を、アメリカ大統領に手渡した。
アメリカ大統領のオバマは、黒人初の大統領だったので、白いお菓子をあげるよりも良かったのだ。スワン大統領は、オバマ大統領との会談前に、わざわざ日サロに行って、さらに黒くした。
オバマ大統領は、とても優しい口調で、まるで諭しているようだった。
スワン大統領は、英語が苦手だ。昨晩、妖精に通訳を頼んでおいたのに、来てくれない。
スワン大統領は、誰もいない空気に向かって、「おい。」と言ったので、オバマ大統領は身を引いた。
でも、妖精の通訳が来てくれたので、よかった。
妖精は、スワン大統領の膝の上に座って、通訳を始めた。
この妖精は、スワン大統領にしか、見えないはずだった。
でも、オバマ大統領は黙り、スワン大統領の膝を見つめた。
「え‥。」

「いや、なんでもない。」
オバマ大統領は、笑った。

スワン大統領が飲み物を飲むと、妖精が罰サインを出したので、スワン大統領はうなずいた。オバマ大統領には、やっぱり、妖精が見えたみたいだ。
少し、疲れたようにぐったりとしている。
会談は、スワン大統領の成功だった。本当に良かった。
今まで、他の連中が恐れている異世界を信じてきたおかげだ。

「おかげ様で‥。」
スワン大統領は、この言葉をよく使っていた。
おかげ様という言葉は、言われた方が恐縮する言葉である。
ただ、スワン大統領はそれを知って、言っていたわけではない。

ガウルは、ロシアのリンクで、韓国の女子フィギュアスケート選手、ホマレと一緒になった。
「こんにちは。」
細くて綺麗な体で、華麗に踊りながら、ガウルはホマレに挨拶した。
練習中、グローブはかかせない。
もし足がダメになっても、手だけは守りたいからだ。
「うん。こんにちは‥。」
聞こえるか、聞こえないかのような声で、ホマレは挨拶をして、滑り始めた。

ホマレは、大会では魅せてくれるが、練習中は冴えない。

ガウルは、ベンチに座って、汗を拭いた。
リンクには、ホマレしかいない。それをガウルが見ているのは、奇妙な感じがした。
ガウルは外に出て、スマホを見たりして、時間をつぶした。
また戻ると、ホマレはまだ踊っていて、女性のスタッフが2名、滑りを見ていた。
ガウルがベンチに座って、ドリンクを飲み、準備をしていると、おじさんが来た。

フィギュアスケートの選手が、稼げるかどうかと聞かれるとそれは分からない。
自分は、テレビにも出ているし、自分が出るショーや大会は、毎回超満員だし、写真集もカレンダーも売られている。
だから、ガウルは稼いでいる。ガウルという存在がいるだけで、動くお金は10億単位なのかなと予想している。年収を100億円に例えたら、3分の一をスポンサー企業へあげないといけない。スケート協会にも、お金をとられる。
多分、ガウルで儲けている人がいるのだろう‥。
勝手に広告に使われているらしい。
もしかしたら、ガウルが嫌いな選手の家族なのかもしれない。
フィギュアスケートはお金が必要だ。ガウルは、インドネシア人でも、異世界に選ばれし王子だったから、滑ることができたのだ。

結局、ガウルが一番輝いた年で、年収は5億円となってしまった。
オリンピックで金メダルをとった年でも、3億円である。
以前、よくわからないオジサンが、ガウルの年収は3千万円でいいなと言ったので、少しむっとした。3千万円の年収は、超高給だが、ガウルにしてみれば低かった。
双子の兄のリザは、いずれ、もっと稼ぐ気がする。
ルビーの事はわからない。ルビーの事を考えると、『消えろ。』とか『死ね。』という言葉が浮かんでしまう。ガウルは、体操は出来ないので、やっぱり嫌だった。
それでも、ルビーの年収は、ガウルの10分の一だったので、ガウルはせせら笑った。
ルビーに、『落ちろ。』と睨んでやったら、本当に落ちて、負けたので悲しくなった。

とりあえず、今のガウルはお金を稼いでいるが、全額はもらっていない。
でも、ガウルは特別な人間なので、お金をもっともらって、世界の富豪に並ぶことを夢見ている。
それでも、他のフィギュア選手の中には、借金まみれの人もいる。
ホマレはとても人気の選手なので、年収が10億円とか言っていた。
それは、ホマレのパパが管理している。
ホマレの方が、トワスよりも人気だ。たくさんの広告に出ている。
トワスやメギは、年寄りからお金をもらうために、カメラに色目を使うので嫌だった。
ホマレは違う。お金なんかいらないという表情をする。

前に聞いた話だけど、トワスが、貧乏爺さんから60万円をもらったらしい。
それがどんなに気まずい事だろう‥。テレビに出る時は、出来る限り、貧乏人や障害がある方の幸せを想った方がいいと思う。

ホマレは、とても大変な思いをして生きていた。
だけど、それは、ホマレが非常に狂った子だったから起きた事だ。
普通なら、神様に助けてもらえる‥。

ホマレは養子だった。
「ほら、挨拶しなさい。」
お母さんが言った。
2歳のホマレは、きょとんとした顔で、ササキ夫妻を見た。
「じゃあ、ホマレをよろしくお願いします。」
お母さんは涙ぐんだ。

「ああ、わかった。大丈夫だよ。」
ヨシオは言った。
「あと、どれくらいなの?」
ミナ子が聞いた。
「あと、2カ月です。」
「そんなに悪いの?」

ホマレのお母さんは、末期癌になり、ホマレは、裕福なササキ夫妻の下に養子に出されたのだ。
しばらくして、母親が亡くなったので、ホマレはお葬式に出た。
お母さんはすごく冷たくて、涙がたくさん出た。

それからは、ササキ夫妻の第一養子のジロウと遊んだり、第三養子のミアが来たりして、とても楽しくすごした。
気づくと、ホマレは7歳になっていた。
ホマレより10歳年上のジロウは、進路のことで、ヨシオと喧嘩をしてばかりだ。

「ジロウ、昨日だって遅くなったじゃねぇか。どこほっつき歩いていただ。」
「別に関係ねぇだろ。俺は、親父の本当の子供じゃないんだから。」


ガタガタッ
数日後、ヨシオが、普段使われていない小部屋を開けた。
「へへ、ホマレのお母さんは、この部屋のことまでは、知らなかったか。」
「え?」
その部屋をのぞくと、畳一畳ほどの広さで、木の蓋がしてあった。
ヨシオが聞いた。
「ここ、なんだと思う?」
「えっと‥お風呂。」
「残念、はずれです。ここはね、悪い事をした人に罰をする場所だよ。」
「罰?」

ホマレは、宙に、指でバツを書いた。

「昔、カズに使った部屋を、ジロウに使わせようと思う。」
ヨシオが、ミナ子に言った。
「ええ、あの子はまだ若いのに。」
「大丈夫さ。殺しはしない。」

「あっ。」
ホマレは、見えない誰かにずっと守られていた。
その人が、パパかもしれない。
ホマレは、フィギュアの練習をする事を思いついた。
姿が見えないその人との約束で、毎日フィギュアの練習をする事になっていた。

それでも、ヨシオは嫌な感じで笑って、ミナ子に話を続けた。
「カズをやった時はさぁ、カズの嫁さんにしゃぶらせといてから、俺がまず、嫁さんを殺って、その後、カズを殺ったんだ。」

「あの時、嫁さんが、俺にやるって言えばなぁ。」

ホマレは聞こえないフリをして、フィギュアのポーズを決め続けた。



ジロウに罰をする前夜も、その前も、ホマレはジロウに、危険を告げるチャンスがあったが、言わなかった。可愛い彼女と歩いている所を見てしまったのだ。
罰をする前の晩に、メシを食いながら、ヨシオがホマレに聞いた。
「ジロウには、罰が必要だよなぁ?」
「うん、そうおもーう。」
ホマレは、彼女のことを思い出して答えた。
「ほら、みろ。」

「ジロウ、明日、お前に良い物やるでさ、家にずっといろよ。」
ヨシオがジロウに言った。
「分かった。良い物って何?」
「それはお楽しみ。」

次の日、ホマレは少しうきうきしていた。
ホマレは子供だった。それでも、やっぱり、狂っていた。
妹のミアは、まだ小さいので、何も分かっていない。
「良い物って、なんだろう?」
ジロウは言い、階段を駆け上がった。

「ジロウ、来い。」
ヨシオが呼んだ。
「はい!」
ジロウは、しっかりとした返事をした。

「ええ、なんですか、これ?」
「いいから、いいから。お前に良い物、見せてやるで。」
「見せてやる?くれるんじゃないんですか?」

ジロウは罠にかけられた。
「邪魔邪魔。」
ヨシオは、ホマレを罰部屋の前から、どけた。

「うぅ‥どうして、どうして‥。」
ジロウは、蓋から首から上だけが出た状態で、ヨシオをうらめしそうに見上げて泣いていた。
ジロウは服を脱がされ、性的な行為をミナ子からされた。
ジロウの顔の前に、ヨシオが自分の堅物を差し出した。
ジロウは、耐えて、それをくわえるしかなかった。
ジロウは、トイレを漏らしてしまった。

しばらくして、ホマレが来た。
「お兄ちゃん、どうしたの‥?」
「ホマレ。助けてくれ。」
「うん。助けてあげる。ホマレ、警察を呼んでくるね。」
「いや、警察は呼ぶな。大変な事になる。」
「え‥?」
「ホマレ、ちこうよれ。」
「うん。」

アハハハ!
ジロウは、ホマレの腹をなめたりして、ホマレは笑った。
「本当に大丈夫?」
「俺も、ここから逃げ出す方法を、考えてみる。」
しかし、ジロウの両手は、後ろで縛られていた。

深夜、ジロウの足はぶるぶる震えて、ついに大便を漏らしてしまった。

「お兄ちゃん、大丈夫かな?」
ホマレは、一緒に寝ているミナ子に聞いた。
「うん、知らないふりしとき‥。」
ミナ子は眠りながら、言った。
「うん‥。」
ホマレはそっぽを向き、見えない誰かに、ジロウを助けてもらうように祈った。

ドンドンドン!!
「助けてくれ、助けてくれ!!」
「うるさいぞ!!」
ジロウとヨシオの声がした。

ホマレは起き上がって、行こうとしたが、ミナ子に服をつかまれた。
「よしなさい。命がおしければね。」
「ええ‥。」

ヨシオは下に行って、手持ちランプをつけた。
「ああ‥。」
ジロウが大便を漏らしているのを見たのだ。

ヨシオは、ジロウに言った。
「お前のこと、明日殺るでな。」
ジロウは寂しげにうつむいた。

『そんなことない。大丈夫じゃ。』
『今から、わしがボタンを押す。』
その時、ジロウが、天界を信じていて、精霊や神様の存在を信じていたのなら、助かったかもしれない。

朝、起きると、なぜかヨシオとミナ子とミアがいなくて、ホマレは焦った。
急いで、ジロウがいる部屋に行った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
しかし、ジロウは死んだように動かなかった。
ジロウの目は開いているが、瞬き一つしない。
ホマレは、ジロウの顔をじっと見て、目を閉じようとすると、ジロウはまばたきをした。
「よかった。今、助けるね。」
ホマレは、走って、下に行った。

「ええっ。」
ジロウは裸で、大便があった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「ごめんな。」
「いいよ。」
ホマレは、ジロウの大便を触ってしまった。

「これー!」
ホマレは上に行き、指についたクソを、笑ってみせた。
すると、ジロウも少し笑った。
「パクッ。」
「おえー。」
ホマレは、笑った。
「汚いから、やめろ。」
ジロウも笑った。

「どこにボタンがあるのかなー。」
「下の方じゃない?」
「下の方ー?」

「もしかしたら、手で開けるのかな?」
ホマレは顔をあげた。
ジロウの鼻は、鼻水だらけだが、拭けば綺麗になると思った。

「あっ!」
ホマレはついにボタンを見つけて、ジロウの首は開放された。
ジロウは倒れた。

「お兄ちゃん!」
ホマレは、ジロウに駆け寄り、しばらくの間、何度かキスをした。

気づくと、ヨシオとミナ子とミアが帰ってきていた。

ホマレは、ミナ子によって、ジロウから離された。
ジロウは、ヨシオに腹を何度か殴られ、死んだ。

ヨシオのシャツに、ジロウの吐しゃ物がかかった。

ジロウのお葬式があり、親戚の若夫婦が来た。
ジロウと何か話し、若夫婦の下に、ホマレとミアは行くことになった。

しかし、ホマレは、ヨシオとミナ子に情が移っていたので、定期的に、何度も会いに行って、しばらくの間、一緒に過ごしたりした。
ヨシオは、ジロウを殺した時のシャツをよく着ていたので、あの時のことが嘘かと思った。

ホマレの成長にともない、ヨシオは、ホマレの裸を見たがった。
仕方なく、ホマレは、ヨシオに裸を見せた。

ホマレには、もう良い若夫婦がいるし、パパはホマレを本当に愛していた。
だから、ヨシオとミナ子のことなど、もう無視すればよかった。

ホマレは狂っていて、それが出来なかった。
ホマレは、ジュニアの部で、世界一をとった。

「ホマレ、来い。」
ヨシオは、ホマレを呼んだ。
「はーい。」
「一緒に寝てくれ。」
「うん。」
「あの衣装、持ってないの?」
「え‥?ピンク色の?」
「うん。それを着てくれないかな?」
「ちょっと待って。」

「おばあちゃん、おじいちゃんが、ホマレのピンクの衣装見たいって。」
「そうかい。じゃあ、見せてあげなさい。」
ホマレは、それを見せた。

次の日、可愛かったその衣装は、なんとなく色あせて見えて、ホマレがハサミをいれた。
しかし、その衣装をまた着ないといけなかったので、ホマレは衣装屋さんに、もう一度作ってもらえるか心配になった。
「そんなことできるわけないじゃない。あんた、ばっかじゃないの?」
お母さんは言った。

それ以来、ホマレは出来る限り、同じ衣装を二着作ってもらうことにした。
自分のお金を上乗せした。ホマレは若くしてお金を持っていたので、ヨシオに会いに行く事を、止められなかったのかもしれない。

ミナ子は風俗で快楽を得たり、ヨシオもデリヘル嬢を呼んだり、母親も若い男と浮気をしたので、ホマレは、まわりから笑われて、辛い思いをした。
パパは、ホマレを愛していたので、もう一度、信じればよかったのかもしれない。

ホマレはオリンピックに出た。
そして、銀メダルをとった。
自分は、一流のアスリートになったと感じた。
腹筋も割れている。ヨシオが体を見せろと言った時、割れた腹筋を見せて、どんなものかと思ったが、ヨシオはただ、「上出来。上出来。」と言って、笑った。
銀メダルの時の衣装は、偽の同じ衣装があったので、保守した。
しかし、ホマレは、その時と同じ衣装で、ヨシオと寝た。

大人になったホマレは、少しフィギュアをやめたり、知り合いになった人に嘘をついて、都会で遊んだりした。
しかし、性的な誘いは断った。男子達は、作り笑いをこわばらせた。
やっぱり、本物のアスリートなんだなと実感した。
それでも、ホマレは、ヨシオと悪い事をしていたので、断る事が出来た。

ホマレは狂っていて、ヨシオのことが好きだったのかもしれない。

ホマレにとって、フィギュアの世界の舞台は、当然だった。
フィギュアが出来ない人のことが、本当におかしくて、大笑いした。
それでも、落ちると、本当に痛いと思った。

ホマレは狂っていたからこそ、世界の舞台が当然だったのかもしれない。

二度目のオリンピックの時、ヨシオが体調をくずして、入院していた。
ホマレにいろんな人が手を伸ばしてきたので、ホマレは本当に疲れてしまったが、ヨシオだけを信じることにした。
本当は、ホマレを一番に愛しているパパを信じればよかったと思うが、ホマレは変わっていた。

オリンピックに臨む人は、完璧な準備をした方が良いが、完璧な状態で臨めるわけではない。苦労やストレスがつきまとう。だからこそ、完璧な準備をした方がいい。

ホマレは、オリンピックに近づくにつれ、ジロウとの思い出や、あの時の出来事を思い出した。
ホマレは、パラレルワールドに迷い込んだ。
たくさんの記者がよってくる。もっとパパを信じていたなら、一緒にいて、守ってもらえたかもしれない。
ホマレは、いちいちインタビューに答えるのが辛かった。
ホマレの本当の事情を誰も知らないので、ホマレがつばをとばしてしまうと、ゲラゲラと笑われたし、心ない事や、酷い写真を載せられた。
ホマレの本当の事情は、本当に誰も、知らなかった。

客席に、ジロウの遺影が見えた気がして、ホマレが目をこらしてみると、ホマレのファンの物だった。
ホマレは、病気のファンを可哀想に思わなかった。病気で死ねるのなら、幸せな事だ。
ホマレは、メダルを取れなかったが、特別にホマレ用のメダルをもらった。

ヨシオは頭をおかしくして、遠くの病院に移された。
ホマレは、ジロウが罰をうけた部屋に入って、自分も同じようにしてみた。
ホマレの頭は小さく、その穴を抜けられた。
でも、誰かが、守ってくれたのかもしれない。
ジロウと小さなホマレが遊ぶ姿が見えた気がした。

「お父さん‥、いや、ヨシオ。今まで、ありがとうございました。
私は、ジロウお兄ちゃんに、会いに行きます。」
ジロウの遺影に銀メダルを、すでに飾ってあったヨシオの遺影に特別メダルをかけ、ホマレは、鋭いナイフで喉をさいた。
その瞬間、人生が終わりだと感じた。
そして、みぞおちにナイフを奥まで刺し、死んだ。

「こんにちはー。お姉ちゃん?誰かいるの?」
ホマレの亡骸は、ミアが見つけ、ホマレの人生は終わった。
ホマレは狂っていたが、最初から最後まで、本当に立派な子だったと思う。


15
ガウルは、自分のしている事に誇りを感じているが、リザがそっぽを向いている時には、虚しく思う。
ガウルとリザとルビーの両親は、息子を自由にしてくれた。
それでも、いつでも想っている。
もしも、母親が、若い男のケツの穴をなめたらどうする?
ありえなくはない。有名人の親がそうなった事は、今までにも百件はあった。
だから、ガウルは、嫌な有名人にも、きつい事を言わない。

リザは音楽を始めた。ガウルのために、フィギュアの世界選手権の応援ソングを担当したかったが、大人びたバンドが担当をする事になってしまった。
与えてくれなきゃ、脚光を浴びるなんて、赦せないよ。
何か、見せてください。
君は、何をした?ああ、もう見えた。ありがとう、もういい。

2年後には、ソチオリンピックがある。
ガウルは、金メダルを見据えていた。これから出場する大会のメダルの色を自分で予測をする。アメリカには、強い選手がいる。彼は何をしたんだろう?
無罪ならそれでいいが、せめて、弱点だけでも教えてくれ。

これから出場する大会のメダルの色は、自分で予測するんじゃない。自分で決めるんだ。
ガウルは、それほどまでに強い選手だった。
でも、あのアメリカ野郎がどう強くなるか‥。それだけが気がかりだ。

ネットニュースで話題のカーリング選手の声が、なぜか頭に響く。
君は、何をした?嫌いな選手の首でも、転がして遊んだか?
ステージに立つなら、神もこなさなければいけないことを、君は知っているか?
ホマレも、トワスも、メドも、神役をこなすことができる。
彼女達は狂っているが、フィギュア以外に出来る神の行動を持っていた。

しかし、なぜ、お前の声は、頭の中にこんなに響いてくる?
カーリング女、お前は何をした?

フィギュアスケートも、何もかも、ステージに立つお仕事は、人間の力だけでは、不可能だ。


ジャカルタ。エドは、ジョアンナがよく撮影しているスタジオに来た。
エドは、マンションの一室みたいな所で撮影をしていた。
最初、そこに案内された時は、何かと思った。
エドは男だし、プロのバスケ選手だ。鍛えているから、卑猥な物を要求されたら、すぐにぶっ飛ばせるが、女子一人でこんな場所は無理だ。

エドは、ジョアンナのスタジオの立派さに、安心している。
モデルの写真が飾ってある。大体はセクシーな写真で、ジョアンナの写真もそうかなと思ったが、違った。はにかんで笑っている写真だ。
タナさんが来た。
「ジョアンナは見た目のわりに、心は子供なんだよ。」
「はい。」
「俺は、ジョアンナの未来を心配しているんだ。」
タナさんは、ジョアンナのことを愛していた。

しかし、ジョアンナの寿命はあとわずかである。その事は、タナさんとエドは知らない。

エドは、撮影をした。
タナさんはエドの写真を見て、腕が綺麗だなと思った。
やっぱり、スポーツ選手だからだろうか?
でも、エドには、特別な女性がいなそうなので、体が綺麗に見える写真でも許そう。

タナさんは、男の写真を選ぶ時、体の線が綺麗に見える物は避けていた。
世の中の女性が本気になってしまったら、自分の責任になってしまう。
自分なら、スポーツ選手の試合中の写真を撮っても、上手く撮れる自信があった。
タナさんは、エドに聞いた。
「次にある、大きな試合、いつかな?」
「えーと、来週、アジア大会の予選がある。」
「ジャカルタで?」
「はい。フィリピンでも、試合はありますけど。」
「あのさ、ジャカルタでの試合のチケット、俺にくれないかな?もちろん、カメラマンとして会場入りできれば、一番いいんだけどさ‥。ちょっとまだ、コネがなくて。」
「そうなんですか?タナさんなら、すぐに入れそうなのに。」

タナさんは、一般席で会場入りした。禁止されているが、一眼レフカメラを構えても、何も言われなかった。

エド達の応援に、インドネシアの新体操選手が来た。
他のチームメイトが声をかけ、手を振った。
エドは、微笑だけして、何も言わなかった。

ああいう子は、特別だ。
何をしたのかは知らないが、新体操や体操選手に運命の女がいたのなら、自分は確実に、スポーツなんか出来ないだろう。
きっと、練習を見に行って、誰もいない体操の体育館で、彼女を抱きしめて、ゾッとするのがオチだ。きっと、キスは断る。
苦しくなって、病気になって、死ぬにちがいない。


デジィは、昔、精神病で入院した時に、新体操の国際大会をテレビで見た。
演技に力をもらえた。それで、新体操を観る事が好きになった。
そして、自分も、体操か新体操が出来る力を、一度、もらった。
でも、神様に頼み込んで、その才能をお返しした。
そのような神業を手に入れたら、どれほどの代償を支払うことになるか、デジィは知っていた。
デジィの猥褻映像が、ネットに公開される。
両親が自動車事故を起こす。妹が病気になる。それ以上のことが、たくさん降りかかるのだ。
それは、デジィが、その神業をやる必要がないからである。

体操選手のルビーは、幼い頃より体操選手を目指し、鍛えてきた。
体操部がある中学に進学したが、自分はまわりよりも出来なかった。
ルビーは泣いて、神様にお願いした。
「僕も、他の選手みたいに、出来るようになりたいんですけど。」

昔の体操オリンピック金メダリストの霊が、ルビーに言った。
「体操でオリンピックの金メダルを取りたければ、次の事を約束してください。
① 恋愛を一生我慢する。
② 他の者よりも練習をする。
③ 野菜を多く食べる。」
「え‥。それならもうやってるよ。それなのにどうして、僕ができないの?」

「練習が足りないからです。」
「他に、何かないの?魔法の呪文とかさ。」
「ありません。あとは、生まれ変われないとかかな。」
「いいよ。生まれ変わりなんて、最初から信じていないもん。」
「そうですか。でも、今のは嘘です。」

この霊との会話で、ルビーは神の存在を確信した。
神に力をもらうのだから、自分も体操で、神の力を、見た人に与えないといけないと思った。それ以来、ルビーは強くなった。

ルビーは神の存在を確信しすぎて、最初の世界大会で、人前で、霊に話しかけてしまった。霊は答えてくれない。その代わり、海外の選手が、ルビーをじろりと見た。
「ふはー。」
ルビーは、演技の前に、大きく呼吸をする。

鉄棒の演技をしながら、肩に止まっているであろう精霊に話しかけた。
「なんかさー、みんなが俺を真似するんだぜ。」

「ほら、あのドイツの選手も、息をしているだろう。まるで俺みたいにさ。」

「もちろん、それだけじゃないけど。」
ルビーは、着地を決めた。

「いやいや、兄さんは、ポイント高いですわ。」
体操の審査員の神爺さんが、ルビーに話しかけた。
「本当ですか?!」
「本当。ほぼ9割、自分の力でやってくれているよ。」
「神業じゃない‥?」
「うん。兄さんのは、人間の技のみ。」

それ以来、ルビーは、自分を神だと確信した。

ルビーは、特別な選手だ。それぞれの国に、3人はいるのかもしれない。
体操は多くの人が憧れているが、神の力を借りていると分からないと、辛くなるだろう。
ルビーも、リザの職場の男性から脅されて、何度か落ちた。

ルビーがロンドンオリンピックで団体を組むことになる、ダットアが、母親の目を喰った事を、この時はまだ知らない。
「母さんはこの中にいる。」と、ダットアが腹をさすった時、ルビーは完全に、ダットアが母親の目を喰った光景が見えたが、忘れることにした。
人殺しをして、最高の死体遺棄の隠し場所は、動物の腹の中である。
愛する人を喰う行為は、最悪にして、最大の呪いと言えるだろう。
「お前一人でやったのか?」
しかし、ルビーは思わずダットアにたずねてしまった。

神が与える試練がどれほど厳しい物か、ルビーにはよく分からなかった。
ルビーはそれほどまでに、体操をする自分に惚れていた。
最良のオリンピアンへの神が与える罰とは、自分が一番愛する者に、自分の姿が見えなくなる事だ。これは、本当である。だから、愛する者は他の者を選び、罰がさらに深くなる。
ルビーは、愛していた子と恋人の一部始終を目撃した。
ロマンティックだったので、ルビーは気にならなかった。
ルビーには、神がこのような罰を与えたが、ルビーは分からなかった。

体操競技をする自分に惚れていた。

家族を大切にした方がいい理由は、自分の夢を認めてもらいやすくなる事が一つある。
自分の夢を妨害する親友なら、捨てた方がいい。
以前、体操選手で、夢を妨害した親友の首をぶらさげた鉄棒で呪いをした人がいる。
大体、呪いに使う人は、自分を愛してくれていた人なので、虚しく思う。
いや、呪いというのは、大抵は人殺しなので、虚しいだけでは終わらない。

貧しい自分の国を想うばかりに、呪いの存在を知った聡明な青年がいた。
呪いの日をかぎつけ、何度も隠れて一部始終を目撃した。
青年と神様との間に何があったのかは分からない。
しかし、青年は、良いヒーローになれた。
きっと感動するストーリーがある。でも、涙は充分流した。

しかしながら、きつい話を一つ書こうと思う。
女子の体操選手の話だ。

『この球を撃てば、地球は滅亡しない。』
『この技を決めれば、第三次世界大戦は起こらない。』
『この試合に勝てば、貧困が解決する。』
スポーツ選手に、よくあるのかもしれない。
しかしそれは、自分と神様の間の問題と思った方がいい。
大体、世の中の多くの人が、世界の幸せを考えているのだから、その一端にすぎない‥。

女子の体操選手のビョウは、狂った家庭に生まれた娘で、おじいちゃんにフェラした事も、お母さんやおばあちゃんのケツの穴をなめた事もある子だった。
ビョウには、ブナという妹がいた。
「お姉ちゃん、この一家、おかしいよね?2人で逃げ出さない?」
「うん‥。」
それでも、ビョウは、狂った家庭の子だからこそ、体操競技という特別な事が出来るような気がしていた。
ブナも、計算がすごく早かった。

しかし、2人は家族の事を包み隠さず、児童相談所に相談をした。
児童相談所の役員の方が、時々、一家を見に来た。
新しい家を、2人の子供は紹介されたが、家を出なかった。
ビョウは体操競技を始めることにした。
体操のクラブには、最初断られたが、ビョウが技を見せると、入会できた。
しかし、邪魔が入る。ビョウの友達だ。
ビョウは、今まで不幸だったから、体操が出来たのに、みんな分からなかった。
ビョウの一番好きな人は、同じ体操クラブのトアだった。
でも、ビョウは狂っていたので、トアを含めた体操クラブの人達に、自分の一家の事を、包み隠さず話してしまった。
ビョウの一家の事は、インターネットの掲示板に書かれた。犯人はトアだったのに、ビョウはトア以外の男は意中になかった。

ある日、友人のタカが、ビョウに賭けを持ちかけた。
「ビョウさ、体操を続けたいなら、俺たちと賭けをして。」
「どんな賭け?」
ビョウは、話し言葉も綺麗でお洒落だった。
それは、家族の事を、今まで我慢して、愛してきたからだと思う。

「ビョウの一番大切な人を賭けて、技をやってくれよ。」
「私の一番大切な人は、おじいちゃんだよ。」
「へー。爺さんか。」
「でも、命を懸けるつもりなら、私、警察に通報するね。」
「ダメ。もう始まっているんだもん。通報したら、お前の妹を殺すぞ。」
「え‥。無理だよ。だって、刑事さんが守ってくれる。」
「いや、守れないね。俺たちには、ゴールド先輩だって、いるんだから。」

ビョウは、試合前でないと、ハイレグで練習しなかった。
試合前、ハイレグで練習をすると、男子達が歓声をあげたが、辛いだけだった。
モエが話しかけた。
「みんな見てるよ。」
「辛い。」
ビョウは言った。

トアが登場し、「やっと来たね。」ビョウは競技をしながら言った。

「賭けの話、本当かなぁ。」
大人になったビョウは、賭けの話を、クラブの人達に相談できなかった。

賭け当日、ビョウはハーフパンツとTシャツで登場した。
妹が口にガムテープをされ、連れてこられている。
「ブナには何もしないで。」
ビョウが言ったが、妹のブナがクビを振った。
集まった友人たちは、ニヤニヤと笑った。
ビョウは、Tシャツの袖を肩まで上げ、技を次々とこなしていった。
タカはイラつきを抑えるように、ガムを食った。

タカの兄貴分が、チェーンソーのスイッチを入れた。
「私の腕切る?」
ビョウは聞いた。

「お願いだから、もうやめて。」
「ダメだ。」
「この中に、警察の人いない?」
みんなニヤニヤと笑い、悔しさで泣いた。

ビョウは、体操をやらない方がよかった。でも、ここまできたら、引き返すことができない。
鉄棒で逆立ちし、プルプルした腕のビョウに、タカがストップをかけた。
そして、掛け算の問題を出したが、「もうダメ。」ビョウは答えられなかった。

ブナは膝をがくがくさせ、座り込んだ。
ビョウは競技を止め、ブナを抱きしめればよかった。
ブナは切られた。顔が切られた時、ブナは全身が凍り付いた。
もう人生終わりだった。

『殺してあげて。』
ビョウは競技を続けた。

一部始終をトアも見ていた。
トアもビョウも狂っていた。

ビョウは、体操という特別な競技をやらなければ、真実の愛を手にして、本当の幸せを味わえた事だろう。
例えば、旦那さんとの旅行先でも、最愛の妹と電話をして、楽しかったはずだ。

体操や新体操は、夏季オリンピックの目玉の競技だ。
美しい衣装や会場の雰囲気で、神の目も閉ざされる。
しかしながら、苦しさの中に、知られざる本能を見出した者には、伝える事ができる。
それが、命を救うという事を忘れないでほしい。

自分自身を最愛とも、最高とも、ほとんどの人が言わない。
でも、自分のする事を認め続けていれば、自分の夢が肯定される日が必ず来る。

ロンドンオリンピックの出場権を手に入れたルビーは、リザの同僚の男から、再び脅された。『ルビーが優勝すれば、リザに何をするか分からない。』というものだ。
ロンドンオリンピックの直前の試合で、ルビーは失敗してあげる事にした。

ロンドンオリンピック代表のルビーが決勝に進まなかったので、ネットニュースは炎上した。
リザは全てを分かっていたが、超有名人のルビーとは、連絡先交換をしていなかったので、励ます事が出来ない。それなので、インドネシアで一番有名なネットニュースにコメントを残す事にしたが、出来なかった。
ネットニュースは一般人にとって、早くて手軽な情報になるが、ストレスの素になる。
ネットニュースには黒くて悪い大きな感情がひそんでいるため、リザのコメントを、ルビーが見る事が出来なかった。
スターたちは、時々、ネット上で公開の情報交換をする。

ルビーは、自分自身を神と確信するほど、霊力が強い男だ。
内なる怒りが爆発し、決勝で、死者が出た。
もしも、リザのコメントを見ていたら、そんな事は起こらなかっただろう‥。
ネットニュースを見なくなると、脳がすっきりするのが分かる。
世の中の大体の人が、ネットニュース依存症かもしれない。
新聞やテレビが一番だ。

『リザがどうなっても、ロンドンで必ず勝つ。』
ルビーは強く思った。
「勝利の代償なら、いくらでも、俺は払う。ずっとリザのそばで、リザを支える。」



16
賭けから5年後のある日、ビョウは殺された。
体操の魔法は解けてきていたが、ビョウは笑顔で子供達に先生をしていた。
昔からの友人のモエが言った。
「ビョウ、体操できなくなっちゃったね。」
「うん。でも、今はこうして教えているから、楽しい。」

殺されたブナは証拠隠滅のため、皆に喰われた。
当時のビョウは辛くなり、偽の記憶を作った。
記憶が作成されることは、いくらでもある。

友人モエとの帰り道、ビョウは隠れる女の子の影を見た。
『私だって、元オリンピック選手なんだからね。』
ビョウは女の子を見に行った。
顔が小さく、妙に下品な子だった。
「情けないね。」
ビョウはモエの所へ戻った。

ビョウは時々、駅の近くの古いトイレを利用する。
下品な子カコは、ビョウを殺すため、そこで待ち伏せをした。
何日たっても、ビョウはトイレに来ない。
一度、ビョウの休みの日にまで、待ち伏せをしてしまった。

「あんた、いつも何をやっているだ?」
異変に気付いたおばさんがカコに声をかけた。
カコは笑顔で答えた。
「何でもありませんから。」

警察も来て、カコに酷い事を言ったが、カコはビョウへのストーカーを止めなかった。
『必ず、ここで殺すんだから。』
ビョウの後をつけると、ビョウが駅ビルの綺麗なトイレを利用している事が分かった。

カコが深夜まで、トイレに潜んでいた時、ビョウがトイレに来た。
「あなた、何しているの?」
「うええあ!!」
カコは奇声を発し、用意してあったトリックでビョウを刺した。
「わああ‥。」
ビョウはすぐに倒れた。
カッパを着たカコが、ビョウをめった刺しにする中、ビョウは目を開いてその光景を目の当たりにした。
カコはビョウが冷たくなった事に気づき、クソをする事を思いついた。

「ウンコよ、出ろよ!!」
カコは叫んだ。
カコはようやくウンコをし、ビョウの前でウンコをした時、カコの前に、一人の神男が現れた。
いろんな物をなくしてくれたが、ウンコとカッパとビョウの死体だけは消えなかった。

カコは逃げきった。正直言って、びっくりしているが、それほど、ビョウが奪った命が多かったかもしれない。

そのカコが、未来で、ジョアンナの命を奪う事になることは、誰も分からなかった。

カコの過去の話を書こうと思う。辛い話が続くが、頑張って耐えてもらいたい。
私には、隠されている事を明かす事が出来る。
私なら出来ると言われている。

カコは、養子だった。幼い妹がいたが、カコが殺してしまった。
強く倒して、頭を床にたたきつけたのだ。
カコは元々、悪魔のような子供だった。
心優しい両親は、カコを許した。
両親は、カコの弟を迎えることにした。
ある日、両親が家に戻ってくると、弟が頭から血を流して泣いていた。
「あんたがやったんでしょ!!」
両親はカコを追い回し、カコは家を飛び出した。

「あの子は‥。」
母親は人差し指を頭の所でクルクルした。
それでも、カコの面倒を見続けたのだから、良い夫妻だったと思う。
カコが弟を襲うようになったので、弟は再び養子に出されることになった。
カコは男好きすぎた。カコは、ステージに上がる事を望んでいたが、ステージに立てば、モテないようにしなければいけない。カコにはそれができなかった。
多くの人が許さないと、魔法もかからない。
ビョウが体操を許されたのは、悲しい過去と許した人がいたためだ。

カコの悲しい過去は、妹を殺して、両親を一人占めした事だ。

中学に上がると、カコは男に甘えすぎて、みんなから嫌われた。
中学を転々とするようになる。小学校でも問題を起こして、強く倒して男の子を殺したので、仕方なかった。
カコを愛していたお爺さんがいて、その人が一家を守った。

中学2年の時、カコは、地元出身のアイドル、リカを殺してしまう。
これは、エロイスと共謀してやった事だった。

超人気アイドルだったリカは心を病み、再び街に顔を出すようになっていた。リカのお金で、両親は地元のリゾートに家を買った。
リカもそのリゾートが好きだったので、1日中静かに過ごして、ゆっくりしていた。

カコのお父さんは、リカが好きだったので、下心丸出しで、お母さんにリカのことを聞いていた。カコはバスに乗り、エロイスとリゾートに行き、下見をした。
お母さんはカコに、
「もう二度と、子供だけで行ったらダメだよ。」
と、注意したが、
「ううん、また行く。明日行ってもいい?」
「絶対に行ってはいけません。」
お母さんはカコに話したが、カコは聞かなかった。
一週間後、カコとエロイスは再びリゾートに行ってしまう。

昼頃から探したが、リカは見つからなかった。
夕方、カコとエロイスは、誰もいない道を一人で歩くリカを見つけてしまう。
もしかしたら、この頃から、カコには犯罪の魔法がかかっていたかもしれない。
カコとエロイスは走って、リカを追いかけた。
カコとエロイスはビニール袋をはめ、包丁でリカを刺し、道から草むらの中に倒した。

「ヘーイ、女の子2名、元気ないね。」
車の男が声をかけた。
何人か男が乗っている。
「どうしてここにいるの?」
「えっと‥。」
「とりあえず、観光案内所まで送ってあげるね。」
「ありがとうございます。」
カコとエロイスは黒いワゴン車に乗った。
男達は、リカを愛していて、リカを心配し、探していた。
「リカ、どこかなぁ‥。」
運転席の男が言った。
「ちょっとさ、見つけたら、すぐに知らせて。俺は運転に集中しているから。」
「うん‥。」
後ろの席の男達は、元気がない。

一人の男が、カコに聞いた。
「ねぇ、女の子。アイドルのリカに似た子を見なかった?というか、本物のリカなんだけどね。」
「リカ‥?」

エロイスが言った。
「本物のリカなんて、いるわけないじゃん!!」

「え‥?いるよぉ。ほら、こーんなに胸がでかくてさ‥。」
「知らない。そんなの気持ち悪い。」
エロイスは言った。

「ほら、ついたぞ。降りろ。」
男達は冷めた目で、2人の子供を見た。

カコとエロイスの家に、警察が来たが、捕まらなかった。


高校に上がったカコは、好きだった男子と付き合っていた女の子を殺した。
生徒会室に呼び出して、紐で首を絞めて殺したのだ。

そっとドアを開けると、カコが好きだった初老の先生がうつむいて、研究室から出てきた。
初老の先生は、物音に気付いたようだが、足早に去った。

カコは喜んで、教室から飛び出た。
そもそも、友達が本当に死んだとは思わなかった。
次の日、学校に行き、生徒会室をのぞくと、友達がそのままだったので、カコはゾッとした。
休憩時間に、男子達が友達の遺体を見つけた。
男子達はワンワン泣いていた。
好きだった人達がみんな大泣きして、犯人を殺すと言ったので、カコも泣いた。
友達は白目で死んでいたらしい。

数日後の授業中に、担任が「ソノ・カコ!来い!!」と、大きな声で呼び、クラスのみんなの前で、
「殺したのお前だろ!!」と言って、カコをひっぱたき、倒した。
「え‥。」
カコは泣き、「そうなの?」女子がカコを囲んだ。
「ちがいます‥。」
「でも、目撃者がいるんだぞ!!」
先生は、殺された子の両親に詫び状を書いたり、お金を渡したので、ストレスでいっぱいだった。
でも、卒業式まで、担任を務めたので、立派な先生だったと思う。

「カコちゃん、お友達殺したの、ちがうわよね?」
優しい母親は緑茶を淹れて、ベッドで寝ているカコに聞いた。
「うん、そう。」
「そうなの?」
「嘘、ちがう。」

「お母さんは、カコちゃんの事を信じてる。いつも、味方だからね。」
「うん‥。」
母親は、カコをさすった。

眠ったカコが下に行くと、父親が新聞を読みながら母親に聞いた。
「殺されたのって、女子か?」
「うん、目のキョロっとした子よ。シナさんの家の。」
「ええ、あんな可愛い子が?」
父親はカコを見た。
「お前が殺したんだろ。」
「ちがうよ。‥パパだって、この前、若い子と歩いていたじゃんよぉ!!」
「え‥?俺はそんな事、してないよ。」

深夜、「カコが犯人だな。」「ええ、そう思います。」
両親は話し、泣いた。

「次に人を殺したら、うんときつい目に遭うんだからな。」
父親は、カコに酷い言葉を言った。

カコはホームセンターでペットを見て、癒されるようになった。
家に戻ってくると、置手紙があり、両親はいなかった。
『カコちゃんへ。
さっき、警察から電話がきました。
① なぜ、カコちゃんがあの日に生徒会室にいたのか。
② 殺された女生徒とどんな話をしたのか。
③ その時、女生徒はどんな感じだったのか。
④ 女生徒は自殺か他殺か?
以上の4点を教えてもらいたいそうです。
お母さんとお父さんは、カコちゃんが犯人ではないと信じていますが、警察の方に本当のことを話した方がいいと思います。あとで、警察の方が家に来るそうです。』

「はぁ?家に来るのかぁ?!正気かよ、それ!!マイマザー!!」
カコは1人で怒鳴った。
カコは泣いたが、その頃には精霊が現れるようになっていたので、精霊と相談して、女生徒は男子生徒のことで、悩んでいたことを話したことにすることを決めた。
『よし、練習してみろ。』
妖精は言った。
「女生徒は、私が一番好きだった人と付き合っていたので、ムカついて殺しました。」
『ちがうだろ、もう一回。』
精霊と、警察の人に言う事を練習した。
もしかしたら、その精霊はお父さんだったのかもしれない。
警察の人が来た時、カコは膝がガクガクしたが、うまくいった。


その後、母親が優しくしてくれたが、カコは時々癇癪をおこした。
「カコちゃんは、特別大事な子。」
母親が言った。
「私があなたの特別大事な子って何?他に大事な子でもいたの?」

「私、芸能人になりたいんだからね!!」
カコは癇癪を起して、大泣きした。
母親はその姿を、呆然と眺めた。
「カコちゃん、お母さんの前ではいいけど、お父さんの前では止めてね。」
それでも、カコが癇癪を起して、父親はカコをひっぱたいた。

誰からも相手にされないカコは、暇をもてあまして、勉強をした。
不思議なことに、生物や動物の勉強は、すらすらとカコの体に入った。
カコは、動物の道に進めばよかったのかもしれない。

しかし、カコはそれが分からなかった。
芸能人に憧れて、小顔になるためのローラーを買ったりした。
「やめな、無駄だよ。」
母親がのぞいて言った。
「もう関係ないから。」
カコが強気になった理由は分からない。
先輩と付き合うようになったからかもしれない。
でも、先輩からお金を要求された時、親に頼るしか方法がなかった。

「お姉さんと付き合う?」
カコは小学生をその気にさせた。
まだ10歳の男の子だ。
カコは手をつないで、アイスを食べに行ったりした。
アイス屋で、男の子の知り合いが声をかけ、カコを注意した。
カコは橋の下に男の子を連れて行き、男の子を殺してしまった。
石で頭を叩いたのだ。
カコは返り血を浴び、お父さんの言葉を思い出した。
しかし、精霊がカコを助けた。
それが、なぜかは分からない。
その罪を、カコは免れた。

カコは卒業式には、なんとか出席した。
しかし、カコは、高校を一からまたやり直すことにした。
両親が、「神様がそうさせますので。」と担任に話した。
担任もその頃には、元気を取り戻していた。

しかし、二度目の高校でも、カコは同じような罪を犯してしまう。
しかし、今度の殺しは、カコだとバレなかったようだ。
カコが手に入れた魔法は、殺しの才能だったのかもしれない。
カコは、二度目の高校も辞めた。

しかし、カコはいろんな事を思い出した。
忘れるために、頭をソファーの間などに挟んで、矯正した。
ジャカルタで、カコはデリヘル嬢をしたが、そこでもいい挟み場所を見つけて、頭を矯正し、仕事はうまくいかなかった。

しかし、カコを想っていたあのお爺さんが客の時は、カコはうまくできた。

カコは洋裁学校に行ったが、うまくいかなかった。
デリヘルの仕事で見つけた縁で、モデルのスタジオに潜りこんだ。
前に、ジョアンナの前で、ピースのポーズをしたのが、カコである。

デジィとカコは、少し似ていた。
ジョアンナの死から5年後に、デジィはカコと一緒に働くことになる。
苦痛な仕事だ。

誰でも、人をうらやんでいる。そして、心の中は、自分の悲しみでいっぱいだ。
自分の悲しみに浸っている時、誰も、他人の悲しみのことなんて想わない。
それを知り、笑ってみせるのが、スーパースターという物だ。
デジィとカコの決定的な違いは、デジィがどれほど辛くても我慢して、神様の存在を信じ、自分の才能を見出し、妹を大事にした事だ。初歩的なことである。
デジィは、カコがジョアンナを殺した事を分かっていた。全てを見抜いた上で、小さな自分のミスを神様に祈るのだから、デジィは本物のバカである。

デジィには無罪の罪がある。だから、なかなかステージに上がれないことを、デジィはきちんと分かっていた。
そして、スーパースター達を自分の心の神に置き、楽しんでいる。
そのやり方はというと‥。想像する事だ。デジィは、他の人よりいろんなことを知っているので、出来る。デジィは、本物の魂ではないが、人の心に置くための精霊を作る魔法を持っていた。
心の中に、精霊が現れた時は、驚かないでほしい。それはデジィが作った物だ。
きっと、あなたを良い方向へ導くだろう。
でも、本物の魂の精霊が現れたのなら、あなたが本当にピンチだという事だ。

ジョアンナが、カコに殺されたのは、2013年3月7日のことである。
『ミナ』というゴロを、カコがわざわざ選んだのだ。
しかし、ジョアンナは殺されて死ぬ予定ではなかった。
その頃、ジョアンナは気づかない間に、白血病に侵されていたのだ。

ジョアンナが死ぬ話はまた後で書きたい。
その前に、ロンドン五輪の話もあるし、カコは2012年にもう一件の殺人をした。

女性デザイナーのクオリ・マイを殺したのだ。
クオリは、カコと同じ街出身で、両親が、クオリの親と知り合いだった。
クオリはハイブリッド車に乗っていて、カコの両親はおんぼろの車に乗っていた。
カコがああいう車に乗りたいと言うと、
「うちにはそんなお金はないから。」と、両親は言った。

「なんとかして、モデルになれないかな。」
カコが言った時、心優しい両親は、クオリの親に頼んでくれた。
両親は、カコが風俗で働いた事を知って、カコに諭したばかりだった。
カコがこれまで捕まらずにすんだのも、優しい両親のおかげかもしれない。

カコはモデルの撮影に挑み、クオリは、カコにとても優しくしてくれた。
でも、出来上がったブランドの冊子には、カコの写真が一枚しか載っていなかった。
それでも、一番最後に載っていることは、すごい事だった。

「私、この写真が一番好き。」
クオリは、カコの母親に話した。
クオリも苦労していたので、カコを気に入っていた。

それでも、カコは分からなかった。
クオリを付け回し、ついにクオリは、気に入っていたカコの事を、警察に相談した。
それでも、警察はカコへの事情聴取に遅れ、カコは、クオリのハイブリッド車のドアに、青酸カリを塗り、クオリを殺した。

クオリは、車中で死んだが、トイレを大と小両方したので、医師は毒だと断定した。
それでも、警察は調査を深めず、自殺という事にしてしまったので、カコは捕まらずすんだ。

カコは、人を殺せば、素敵な恩返しがあると勘違いしていた。
カコの運命の男は、高校の時に殺した女生徒と付き合っていた男だったかもしれない。
カコは男好きだったので、付き合って見せつけたのかもしれない。
最終的には、カコは、その男に殺した事を打ち明けて、男はカコの前から消えた。
24歳の時に再会して、男の車でデートしたが、カコがマネキンの首を持ってきて、始終抱いていたので、不気味に思い、会わなくなった。

カコが今、付き合っているのは5歳年上のハタバだ。
ハタバも、小学生の頃に殺人をし、運命の女を失っていた。

ハタバは、地元出身の元大統領を殺したのだ。
元大統領のクハは、庶民の気持ちを心より考える良い男だった。
だから、時々変な事もしたが、みんなクハの事が好きだった。
ハタバの両親は、何をやってもうまくいかない。
それでも、きちんとした給料をもらっていた。
クハから見たら、それはそれで幸せな事だった。
自分は独り身のスターで、そちらには愛する家族がいた。

でも、ハタバの両親には分からなかった。
クハに、政治家になりたい事を相談すると、「よくない。」と言われてしまった。
政治家になるには、それなりの忍耐が必要だった。
家族がいたとしても、訳アリになる。

ハタバの両親は、クハを殺すために、毒を用意した。
夜中にこそこそと計画をしているのを、ハタバは立ち聞きしてしまう。

ハタバは、両親のために立ち上がった。
散歩中のクハに毒をかけると、クハの顔は見る見るうちに溶けた。
クハは真っ赤な顔で、口を少し開け、目を開け死んだ。

私は、クハの死に顔に会った。
そこまでは悪くなかった。
クハの手をさわると、握ってくれたような感じがした。

クハは、本当に立派な政治家だったと思う。


17
インド‥。
ビサルは怒って、部屋に貼ったジョアンナのポスターにダーツを刺してめちゃめちゃにし、自分の目の球にケチャップを盛る夢を見た。
「はっ‥。」
ビサルが目覚めると、目の前に美しいジョアンナのポスターがあったので、安心して、うっとりして眺めた。

ビサルはジョギングをする。いつものように、街の人達がついてきた。
ビサルは、寝た切りの兄のため、実家で暮らしていた。
一人暮らしをして静かに暮らしたかったが、良いヒーローになるためには、仕方のないことだ。
仕度をして、仕事に出発する。
眼鏡をかけ、真面目な態度で仕事に打ち込んだ。

仕事を終えると、家に戻る。
外食する日もあるし、弁当を買って帰る日もある。
母親が美味しそうな料理を作ってくれてあると、後悔するが、一人暮らしをしていたら、大体はこんな感じだろう。

夜は部屋でトレーニングをする。
トレーニングセンターに行って、手の内を知られたくなかった。
あとは、エアスイムをしたり、フォームの確認をする。
時々は、オリンピックの録画を見返して、金メダリストの泳ぎをチェックする。
毎日体を念入りに手入れしているので、どこの筋肉が落ちたのか、ゆるんだのか、すぐに分かるようになった。
やはり、鼻の中に水が入る感覚が大事だろう。
本物の水道水で鼻うがいをするが、結構体に悪い気がする。
でも、ビサルは大丈夫だった。

肉体を研ぎ澄ますと、精神も研ぎ澄まされた。

『Final eyeのことを知っているか?おばあちゃんはね、Final eyeなんだよ。』
亡くなったおばあちゃんの言葉を思い出した。
『Final eyeって、何?』
『その名の通り、最終的な目さ。その人に、どんな罪があるのか、それともまるっきりの無罪なのか、わかるんだ。』
『へえ‥。』
『Final eye は一億人に一人いる。強いFinal eyeは、何かの役につけるだろうね。
だって、その人の過去や体重まで、全て分かるんだから。
Final eyeになると、その人をパソコンで分析したかのような画面が目の前に映るんだ。』
『それ、面白そうだね。』

ビサルは目の前を、手の平をいったりきたりさせた。
残念ながら、ビサルはFinal eyeではない。
でも、こんな事を思い出したのだから、近くにFinal eyeがいるはずだ。
きっと、寝た切りの兄ではない。
もしもそうなら、負担が重すぎる。

ビサルは、ダーツで、部屋に貼ってある街の地図を狙った。
トン
刺さった場所は、ライフル射撃場である。
ライフルは、オリンピック競技でもあるので、休日に行ってみることにした。

「こんにちは。」
ビサルが受付に行くと、うつむいて折り紙のような物をしていた親父が顔を上げた。
「いらっしゃいませ。体験ですか?」
「はい。」
「何名様で?」
「見ての通り。大人1名だ。」

「ついてきて。」
「あなたが指導してくれるのか?」
「ああ。俺が教えてやる。」
「受付の仕事は?」
「大丈夫。」
ビサルと親父が振り返ると、女性が受付に入った。

男や、かっこいい女性が銃を撃っている。
「怖い。」
「大丈夫さ、包丁を使うのと同じだよ。」
「でも、離れた場所から狙うだろう?」
「うん、その分、ライフルの方が安全だよ。」
親父はニッコリと笑った。

親父はライフルの説明をした。
そして、的を狙うコツを教えた。
親父が手本を見せてから、言った。
「やってみて。」
ビサルはライフルを受け取ったが、初めて銃を持つので、手が震えてしまった。

ビサルは一発撃って見ると、体中が熱くなって、トイレをもらしてしまったかと思った。

「コンラッド、大会の練習か?」
親父は、男に声をかけた。
「そうだ。もうすぐ、オリンピックがある。」
「君は、出場権を逃したはずだ‥。公式戦を休んだんだろう?」
「うん。でも、ロンドンには呼ばれている。」
「そうか。」

「オリンピック選手なんですか?」
ビサルが聞いた。
「いや、代表もれした。だけど、IOCにロンドンに来るように呼ばれている。」
「そうですか。僕も、ロンドン五輪に競泳で参加します。」
「そうなのかい?お互い、頑張ろうな。」
「はい。」

「やっぱり、君は、競泳選手のビサルさんかい?」
親父が聞いた。
「はい。」

しばらくライフルをして、球を切らすと、ビサルはベンチに座って、コンラッドの練習を見学した。
親父がビサルの隣に来た。
「コンラッドは、金メダルを狙える。」
「はは。五輪の出場権を手にした者全員に、その権利があります。」
「確かにそうだな。でも、あいつは、金メダルに限りなく近い男だ。
親が銃で殺されたとか、そういうわけじゃない。昔から、才能があって、子供の頃は、虫に石を当てて遊んでいた。」

「そうだったんですか。」
「うん、そうだ。でも、銃を撃つことは、災いでもある。だから、恋人がいる所は、一度も見た事がないな。」
「へぇ‥。」
しばらく黙った後、ビサルが親父に聞いた。
「親父さん、もしかして、Final eyeかい?」
「なぜ、それが分かった?」
「勘だよ。それに、俺の祖母が、Final eyeだったんだ。」
「へぇ、そうかい。じゃあ、ビサルさんは、Blue Muttだ。」
「どういう意味だい?」
「蒼い犬さ。君の事は何も分からなかった。」
「まさか、そんなことが。」
「君はきっと、正直すぎて、Final eyeの力が通用しないんだ。」

親父は去り、ビサルはうつむいて考えた。

しばらくすると、ポニーテールの女性が来て、ビサルの隣でガンの準備を始めた。

コンラッドはゾーンに入ると、宇宙に行くことがある。
ゾーンに入る事ができなければ、的だけに集中して、緊張で体が疲れる。
宇宙に入る事ができれば、襲ってくるエイリアンを無視して、奥にいる黄緑色の怪物に狙いを定めるだけだ。
誰かの病気を治すと考えるのもいい。
最初、その考えをした時は、癌をつぶしているのではなく、心臓を貫いているのではないかと感じ、恐かった。
しかし、今は違う。
命中させれば、誰かの病気が治る気がしている。
今、病気の人が頭の中に浮かんできて、コンラッドは決めていく。
そして、インドの著名な先生が浮かぶが、可愛い女の子が出てくるので、
『先生はまだだよ。』
そう言って、コンラッドは女の子のために狙いを定める。

運よく、残りの玉がある。
「じゃあ、最後は君に。」
コンラッドは先生の病気を治した。

あくまでこれは、ゾーンの話であるが、真実だと信じたい。

あとは、時々、コンラッドは殺人者になる。
これも、あくまで、ゾーンの話である。
刑務所にいる人達を助けるためだ。

「真犯人は、俺だぜ。」
コンラッドは、的に向かって、狙いを定める。
決めると、コンラッドは安堵する。
真ん中でない方がいい時もある。

『この勝負は、宇宙と俺と神だけが中にいる。』
コンラッドは言った。

ビサルは立ち上がった。
初めての本物の銃で、魂がぬかれた感じだ。
帰るためにふらふらと歩き出した。

「さよなら、ビサルさん。」
コンラッドが声をかけると、ビサルは手を振る仕草をした。

「こんにちは、ケリー。」
コンラッドが、ポニーテールの女性に声をかけると、
「やぁ、コンラッド。」
ケリーは男のような挨拶をした。

ケリーは本当にかっこいい女だ。
彼氏ではないが、愛している男は年上である。
ケリーは、インドの王族のつもりで戦っていた。


ライフルの選手は、訳アリな感じがする。
実際そういう人は多いと思うが、ケリーは、自分の過去を想像して、神様に話していた。
例えば、落ちている銃で弟を撃ち殺したとか、父親が盗賊で、玉を外したせいで、警察に御用になったという話だ。

これらは、全て、ケリーの過去ではない。きっと別の選手の過去だろう。
ケリーはその事を知り、そういう悲しい選手だなと感じた時は、わざと負けたりした。
試合の時、相手選手や観客の悲しい過去が見えることがある。
それでもケリーは魅せた。

ライフルを握ることを許されたわけは、運よく、ケリーの父親の友人がライフルにハマっていたせいだ。
その男こそ、ケリーが愛している人である。

結ばれるかは分からないが、ライフルで五輪に出場するよりもずっと、認めてもらえない願いだと分かっていた。

ケリーは念のため、両親に土下座したが、両親はすんなりとケリーがライフル選手になることを許した。

ケリーが戦場で戦うよりも、ずっと良い事だった。
ケリーの試合は、美女たちも見に来る。
それほどまでに、ケリーは良い選手だった。
全てに長けていた。
ファン達とどこまで仲良くするかは、それぞれの選手に考えがある。

ケリーはみんなが同じだと思った。
握手を求められ、今、この立場では握手をする。
ケリーは臆病なところがないので、ライフル選手に向いていたかもしれない。
みんなが平等なので、それで考えればいいと思う。

ケリーには優しいところがあったので、みんなから認めてもらえた。

そろそろ、ロンドン五輪が近づいてきた。
インド代表に、ビサルとサムは、ほとんど内定だったが、五輪の前にも国際試合がある。

スポーツ界も、芸能界と同じで、キツネが存在している。
キツネといっても、それは、精霊だとか、自分のコピーである。
それまで理解できなければ、トップ選手として第一線を走り続けるのは無理だ。

競泳選手の中には、オリンピックにだけ出場する男だっている‥。

以前、キツネの存在を途中まで理解していた女子選手が、自分と似た選手を何名か用意した例が何件かあった。
その中の一人は、事件に巻き込まれて、最愛の男を喰ってしまった過去のある選手だったので、もったいなかった。

その女選手ヒラコは、インドネシア選手で、2014年、カコに殺されることになる。
カコは有名人も庶民も狙う殺人鬼だ。見た目では分からないので、それが怖い‥。
ヒラコの家は、人間の肉を喰う習慣がある家で、ヒラコを愛していた男エイジは、自分が喰われることを決意する。それがどのような事件だったのかは分からないが、ヒラコは気づかない間に、エイジを喰った。
ヒラコは、何年も前に自分が喰ったエイジを探すかのように、ロンドンオリンピックで自分を売り込んだ。しかし、エイジが見つかることはなかった。エイジはヒラコの中にいたのだ。
ロンドンオリンピック後、ヒラコは1人暮らしを始め、透明人間のエイジと暮らすようになった。朝ごはんも昼ごはんも晩御飯も、エイジの分まで用意した。
時々、本当にエイジの置手紙があったので、ヒラコはそれをやめられなかった。
ヒラコは、一人でエイジに語り掛けた。
一人で話すことは辛いし、疲れることだ。
でも、ヒラコがそれをやめることはなかった。
ヒラコは、3時間も鏡の前で、エイジと話した。

カコは、ヒラコのマンションのドアの前に立って、その声を聞いたのに、ヒラコが辛い人間だと分からなかった。

ルードとカイとキキが練習するプールに、ヒラコが来た。
ヒラコは普段の孤独を、男を見て、癒したかった。
カコは、その日は、ヒラコを殺す予定ではなく、ルードを殺す予定だった。
ジョアンナ達を殺した事を、ルードに見抜かれていたのだ。
しかし、登場したヒラコを見て、カコは心を変えた。
カコは水着に着替えて、プールに侵入した。
カコは、競泳選手のなんらかのスキャンダルを持っていたのだ。
本当はそんな事はどうでもよかったが、スタッフには、カコをプロのプールに入れたらどうなるだろうという好奇心があった。

「あれ、何ー?」
ヒラコはルードに聞いた。
カコは聞こえたが、気にせず、ヒラコのロッカーに毒を塗り、逃げた。
名前を名乗っていなかったので、逃げられた。本当に、カコには犯罪の才能がある。

『本当は、私、あんたが毒を塗ったの見えたんだからね。』
カコには声が聞こえたが、カコは逃げきった。
それでも、カコは、ルードとカイとキキの前で殺人をしたので、カコが働く工場に、3人が、それぞれ別の日に来て、副工場長と話した。
副工場長も頭が悪いが、その殺人事件には絡んでいない。
やっぱり、競泳選手は女に優しいかもしれない。

カコのことは赦せない。まだまだ秘密がありそうだ‥。
しかし、今は置いておこう。

よく言われるように、神が与える試練に乗り越えられない物はない。
その言葉どおり、そこまではキツイ物ではないが、少々難しいだろうなと思う。

キツネを理解する事と、パラレルワールドについての考えを否定される事と、自分が信じて走っている道を否定される事は、とても辛く、難しい事だ。

そんな時は、良い音楽を聴いて瞑想をし、神の声を聞くことだ。
実際、私はステージに上がっていないので、どのようにしてキツネと交信をするのかは知らない。

でも、サムもビサルも、オリンピックで勝つために練習をしていた。
オリンピック選手が、オリンピックのことを五輪と言うのは、ちがう気がする。
もしも、パラリンピックがきたら、自分がパラリンピック選手に変身するのなら、話は別だが、五輪というのは、オリンピックパラリンピックを総称した呼び方なので、適していない気がする。

海外の選手は、モンスターになるために、海に人喰いサメをはなして泳ぐとか、池に危険な魚をはなして泳ぐことをしているらしい。
そんな危険なトレーニングがある事を全く知らないトップ選手は、何度も海外練習に参加するように求められる。
計算高く、導くが、うまくいかないとストレスを爆発させる。
訳の分からない池江は、ハイレグ水着の股の部分に指を入れたり、プールにSK2を入れたりした。
怒りを感じたオーストラリア人達は、池江を殴り倒すことを考えたが、そこに精霊が到着した。
『世の中には敵がいた方が、社会の質が良くなる。』神様の会議で決められた、最悪の掟がある。そして、みんなの敵として、池江が選ばれていた。
しかし、それは、池江が悪い人間だからである。
悪い人間すぎて、少々、度がすぎた。いや、すごく度がすぎた。

池江が悪すぎて、被害者が出たので、精霊は身の危険を犯して、過去の犯罪写真を持ってきた。CIAとして、証拠写真を見せた。
池江がどうなるかは分からない。そっとしておこう‥。
水泳協会にもなんらかの問題があるのだから、池江被害が終わらないのだ。


日本の競泳選手、ロンブは世界記録を出した。
しかし、ロンブは、世界記録の前に、世界の恐怖事件を何も分かっていなかった。
ただ単に、人気バンド、ウィムプスのボーカルの献血をゲットしただけだ。
私にも、中国の選手から電話がかかってきたことがあるので、恐いと思った。
「血がほしい。」なんて電話は、明らかに悪い。
私は、有名になるまで、絶対に献血をしない。
以前、妹が献血をして、妹の血が、日本の芸能界にバラまかれて、みんなが、私の妹の顔になったので、恐かった。

ロンブは、海でのレースに誘われた。
危険な練習には参加しないように、指導はされていた。
過去に、タイヤをつかった練習で、騙されて溺れ死んだ男がいたらしい‥。
それでも、ロンブが参加した理由は、人気選手のキツネがいたからだった。
ロンブが信頼している人気選手は、堂々とレースをやってのけた。
それでも、それはキツネである。ロンブには分からなかった。
ロンブは船で、朗らかにしたので、みんな好きになりかけていた。
だから、断ることもできた。
でも、レースをした。
「下にサメがいる。」
外人は、一応、指示した。
「大丈夫。」
ロンブは笑ってみせた。

「○○君も大丈夫だから、俺にできないことない。」

ロンブは足を喰われ、その国で自殺をした。
死ぬ時に、『死ねば、元通りになるかな。』そう感じたが、元通りには戻らなかった。
前日に、ロンブの母親が心配して電話をよこした。
「○○君もいるなら、写真を送ってよ。」
ロンブに言ったが、ロンブは写真を撮らなかった。
一流選手としての対応を果たしたかった。
その時の○○君はキツネだった。世界記録をとったロンブへの嫉妬だったのかもしれない。

ロンブは赦されないのに、カコが赦されるのは不思議である。
カコが殺した女は優しかった。それに、男は女に優しかった。
しかし、私は赦さない。


18
サムは、念のため、湖で泳いでみることにした。
でも、これは、自分の身を守るために、おまじないをかけるような事だ。

湖には、何人かの人が泳いでいたので、安心した。
サムは走って湖に入ると、若いカップルが、ハッとしてこちらを見た。
サムは無視して泳ぎ始めた。
ゴーグルと帽子をつけている。濁った湖の中に、小魚が泳いでいるのが見えた。
湖の中には、ワニがいる気がして、わくわくしたが、しばらく泳ぐと深くなり、
少し怖くなった。
湖はどこから湧き出ているのだろうか?
ここに来るまでに、湖のメカニズムについて勉強しておくべきだった。

サムには、一流の筋肉をつけてある。
純粋で、苦労も努力も感じるが、美しかった。
たくさんの罵声を浴びたが、毒ひとつなく、美しいオレンジとホワイトとグリーンのために戦える体だった。

普通の人間なら、ここで溺れてしまうが、サムが溺れることはない。
サムは水中で何回か回転した。サムは、鼻がツンとする感じが好きだった。
悲しみなど、すぐに忘れられるからだ。
サムには好きな子がいる。
でも、振り向いてはもらえないし、裏切っているあの子がオリンピック選手の僕に振り向くことなんて、失礼な気がした。
でも、これでは、本当に好きかは分からない。

ボートが来る。
「誰だろう?」
サムは顔をあげた。もしも女ならとワクワクしたが、そうではない。
力強い漕ぎ手、オリンピック代表のノアルだ。

ノアルは現在29才。
ノアルの実家は、裕福でも貧乏でもなかった。
ノアルはインドを救うために、生きるしかなかった。
弟のエルは、不良と関わり合いになり、人肉を食べ、狂ってしまった。
家には戻ってこない。

そのため、老婆や両親、老犬や障害者がいる実家を、ノアルは出る事が出来なかった。
その上、実家には嫌な地主オリイがいるので、油断すれば、何億円も要求されてしまう。

気晴らしのために続けていたボートが競技になったのは、26才の頃だった。
遅すぎたと感じて、後悔して泣いた。レースを目指す事は、勇気がいる事だったが、学歴や知識が足りない自分にとって、インドのトップに立つ事は、ボートしかないと感じた。
国のトップなどの憧れの場所に、自分が出来る事で近づいてみる事が肝心だ。

始めも途中も泣くかもしれない。それでも、やってみる。

ノアルが人生について分かった事は、人生で何より辛い事は、自分より若い家族を失う事だ。
だから、ノアルは、弟がどんなに狂ってしまっても、待つことを決めた。
弟の本当の夢はパイロットだった。パイロットになる事は無理でも、ノアルがオリンピックに出て活躍すれば、いろいろな良い人と知り合いになれるし、弟を助けられる気がした。
しかし、時には、家族が狂っているという理由から、代表に選ばれない場合がある。
その時、代表に選ばれた選手は、クズになる。仕方のないことだ。
大体、強くなる者は、自分の家の名誉のために強くなるのだから。


弟が人肉を食べてしまい、狂うという絶望の中でも、ノアルはそれが逆でなくてよかったと思った。それは、両親のおかげかもしれない。

オリンピックパラリンピックには、マドンナが用意される。
それは、だいたい選手ではない。芸能人だ。

インドネシアのマドンナはジョアンナだった。
ジョアンナはスポーツが苦手だったが、スポーツ関連の動画に出演したりした。
本当は、メリーと一緒にロンドンに行って、元気いっぱいに五輪を応援したかった。
でも、ジョアンナに悲劇が訪れる。

久しぶりに、ジョアンナとメリーは実家でご飯を食べた。
ジョアンナもメリーも嬉しそうだ。
「今年のロンドン五輪の代表ウーマンはお姉ちゃんだね。」
メリーが言うと、お母さんのバルサは浮かない顔をした。
ジョアンナは気づかず、言った。
「そうかなぁ?別にそんなに意識してない。でも、北京の時は、誰が代表ウーマンだったの?」
「それは‥。」
メリーとジョアンナは、バルサを見た。
「ねー、誰だったのかな?お母さん。」
「それは、リヨウに決まっているじゃない。北京は、リヨウにとって、5回目のオリンピックだったんだから。」
「ああ、リヨウさんかぁ。最近元気にしているかな?」

ジョアンナが聞くと、バルサは泣いた。
「北京の年の10月に亡くなったらしいわ。」
「ええ、そんな‥。」


五輪に5回出場した伝説の柔道選手、リヨウの最後はあっけなかった。
リヨウの寿命は短いとみんなが感じていたので、リヨウの柔道がどんなにうまくても許された。
それでも、リヨウがそんな事で天国に行くとは思わなかった。
リヨウは、嫉妬された女子高生たちに殺されたのだ。
リヨウの稽古場に、女子高生たちが訪れた。
リヨウは1時間ほど、厳しい声を出し、大学生を前に稽古をつけた。

女子大生は真剣な目でリヨウに向き合った。
それでも、リヨウに隙を見破られた。

女子大生は汗をぬぐい、リヨウに聞いた。
「どうやったら、そんなに強くなれるんですか?」
「隙を見せない事が肝心だよ。」

その後は、練習試合が行われたので、リヨウはベンチから見た。
リヨウはよく勉強をして、物理も体の基本も頭に入っていた。
足が強く、どんなに練習をしても、足の甲は透明で綺麗だった。
リヨウは顔が均整ではない。それなので、よく好かれていた。
勝負は、相手を嫌う事ではないと思ったが、負けるとすぐに嫌いになった。
時には憎むこともある。
柔道は技の見せ合いだと、時には言う事もある。
でも、リヨウにとっては、柔道は隙を見る事だった。
また、隙を見せないことでもある。

リヨウは、今まで毒殺の話を何度も聞いていた。
それでも、毒で人が死ぬのが本当なら、自分はもう死んでいると思った。

女子高生が紛れ込んだ。柔道はやっていなそうな、チャラチャラした感じの子達だ。
でも、そんなにギャルではなかった。
柱の影に隠れたり、壁に隠れたりして、嫌な感じがした。

リヨウは立ち上がった。
トイレがうるさかったので、入ると、突然目の前が暗くなった。
でも、しっかりと目を開けたが、まだくらくらした。
リヨウは毒を吸ってしまったのだ。
リヨウは吐き気がして、水道で嘔吐した。
トイレが全て閉じていたためだ。

「セコインダヨ!」
「ハゲシインダヨ!」
「くどいんだよ!」

「くどいんだよ、どんだけ、リョウちゃん。」

声が聞こえてきた。
リヨウは流しの下に横になった。
「わああ。」
女子高生たちはトイレから出てきた。
その中にカコもいた。
「じゃあね、リョウちゃん。」
「リョウちゃんのこと、みんな嫌いだったからね。」

「トイレなんか、もうお前は行かれないんだからな!」

リヨウは、もう一度、目を開け、トイレに行った。
そういう事で、人に迷惑をかけたくなかった。
リヨウは、みんなの下に戻り、柔道の畳の上で倒れ込んだ。
女子高生が捕まらなかったのは、リヨウがドアの毒を拭いたからかもしれない。

カコは踊った。他の女子高生は泣いたり、嘔吐した。
それから10年後には、みんな勢ぞろいして、一緒に働くことになったのだから、不思議である。メンバーには男もいた。
身長は高いが、冴えない。身長だけでスキになるのは、間違っている。
メンバーの男のクズは、リヨウの最後のトイレの音を聞いた。
だから、そのクズのトイレの音がいつも響いているので、不快である。

リヨウが灰になった時、私は初めて泣いた。


19
ビサルは、インドで水不足が起こり、オリンピック直前の追い込みがほとんどできなかった。でも、自分が必死で練習する姿を、テレビで放送してほしくなかった。

世界の選手は、酷い呪いをして、五輪に来る。
全員ではないが、最愛の人を失ってまで、上ってくる。

ビサルの最愛の人は、ジョアンナで、手が届きそうにない。
だから、ビサルはインドのみんなのヒーローなのだ。気が楽だった。

世界の中では、ビサルはまだまだ弱い。
必死で練習していないのだから、ビリでもいいと思ったが、本番はかっこよく泳ごうと決めた。
もしも、サムが、良いタイムを出せば‥。一度、不安に思い、眠れない夜があったが、世界大会では、サムの記録は伸び悩んでいたので、安心した。


ジョアンナは、キキと会えていなかった。
連絡がうまくとれていない。五輪の選手が、大切な人と会えなくなる魔法にかけられたのだ。ジョアンナは、キキが金融の仕事を頑張っていると思い込んでいたある日、テレビの国際試合にキキが出ていたので、ジョアンナは辛くなった。

五輪の選手は、家族も失うことになる場合がある。
家族の記憶から、その人の記憶が無くなる場合があるのだ。
むしろ、五輪の選手としてヒーローの人生が決められた男は、最初から家族の目に映らない。うらやましく思う人もいるかもしれないが、それは、その男にとっては辛い拷問のような物だ。


キキは、ロンドンオリンピックに出場する。
カイがキキに言った。
「人に料理を作ってもらうなんてダメだからな。」
「へ?」
キキがカイを見た。
「どうゆう事?」

「だからさー、人の作品を見せてもらったりとかぁ、魚をとってもらったりするとかだよ。」
「うん‥。確かに、有名になると、アーティストの人が、作品を進めてくるよね。」
「そうわけじゃないんだ。俺が言っているのは、一般の家の人からってこと。」
「どうゆうことだよ?」

「分からないならいい。俺はな、ずっとそういう事で、子供の頃から大変だったんだ。だから、五輪の選手を目指したんだぜ。」
「へぇ~。最初から、泳げたわけじゃないんだね。」
キキは言った。

ロンドン五輪の開会式閉会式のメンバーに、熱心な23才の男、ヒューゴは選ばれるはずなかった。アーティストになりたいと心も決めていない上に、何も出来なかった。
中学生も美術で作りそうな地球儀の模型に、色を塗って楽しんでいるだけの男だ。
それでも、ロンドン五輪に対しては、熱心だった。
1人の部屋の中で、素晴らしい演説を繰り返したり、開会式閉会式の構想をねったりした。
その構想を、ネットに流さなかったのは、良くなかったと思う。
でも、ヒューゴの空想の案が、他のイベントや映画に採用されてきたので、今回もそれでいけると思ってしまった。
でも、ヒューゴは23才だ。二十歳をこえると、そういう魔法にかからなくなる。

「開会式どうなるだろうな。」
ロンドンのお洒落な若者たちも、楽しみにしていた。ロンドンは、芸術が進んでいたので、安心しきっていた。他人任せだったかもしれない。
ポールは、「素晴らしい楽曲を用意してある。」と言った。
1カ月前、ポールが用意した楽曲が、古い物だと知り、五輪委員のメンバーは大慌てで、作戦を練りなおさなければならなかった。
それでも、ロンドン五輪の開会式も閉会式も、良かったと思う。

ヒューゴの案は、やっぱり、ハリーポッターを使う事だった。
しかし、ヒューゴの案は、全く外れていた。
ヒューゴは、頭にロケットが当たったような感覚だった。

ヒューゴは、五輪の間中、眠り込んだ。
そして、五輪が終わった数日後に、自分の腕をナイフで刺し、神に血を捧げたのだ。


やっぱり、五輪というのは、他の試合と違う雰囲気だった。
まず、選手たちの空気が違う。
やっぱり、五輪というのは一番の注目なわけで、自分達は、五輪を目指して頑張るからだ。
多くの人も五輪を目指してくる。より気合が入る。
正直、世界的に見て、一番でかいイベントが、オリンピックパラリンピックだと思う。
その祭典が、世界を大きく動かしてしまう。

ウィリーとエドは五輪のメンバーから外れてしまったが、イヴァンとエリスとビアンカは、メンバーに選ばれた。
イヴァンとエリスとビアンカは、大変な人気で、国内の試合はもちろん、世界大会では、女子が押し寄せる。
他のチームメイトがサインしようとしても、女子が欲しがらないので、悩みの種だった。
スタッフが追い払ってくれる場合もあるが、そうならない場合がほとんどだ。
他のチームメイトの気持ちを考えると、心が痛んだが、3人には、スターの友達もいる。
そのスターの友達の事を考え、真似して、サインをした。

五輪まで来るのに、いろいろな事が起こった。
早くに内定をもらっても、悪魔のささやきに答えてしまえば、良い色のメダルを取ったり、最高の感動を与える事ができない。
メダルが取れなくても、最高の感動を観た人に与えられれば、きっと伝説に残ると思う。
いろいろな気持ちがあり、やっぱり、スターとして、輝き続けたかった。
それに、引退した後も、名前を残して、解説者か監督をしたかった。

『五輪は無理だよ。』という囁きは、ずっと起こっていた。
そのたびに、理由を言わないといけない。

神婆さんと神爺さんがいて、臭いをかぐ場合もある。
判定員のおばさんは、こちらをじっと見るが、耐えて、戦うしかない。
自分達は、勝つために、練習を続けてきた。

五輪には、天界から人が降りてくる。
天界の人々も、五輪が見られるが、これから生まれる魂に傷を残さないために、見せる選手を選ぶ必要があった。

その判定員の青い鳥の名前が、Starasだ。
Starasは、本をめくり、選手の全てを見る。
そして、魂が見て、良いか、ダメか、判定を下す。

やっぱり、五輪は、世界最大のイベントで、天界魔界、ありとあらゆる場所から、不思議な精霊が降りてくるので、面白いと思う。



キキは、歓声も記者の声も、何も聞こえなかった。
五輪の精霊の話を前日に聞いて、今まで無視してきた記者やファンの声に、どれほど答えなければならないのか、少し迷ってしまった。
でも、答えが出た。
いつも通りで大丈夫だ。いろいろな不安が残っていたが、自分はここまで来た。

数日前に、キキと同じ競泳選手の女とのツーショットがTwitterに上がってしまった。
ジョアンナに見せつけたいという嫌な心が出てしまったから、反省している。
世の中の人は、男女でツーショットを撮る事など、できない。
キキとジョアンナが付き合っているというのは、周知の事実だが、この写真が原因で傷ついた人がいると思うと、恐くなる。

競泳の世界大会では、一週間以上、ゴールデンの時間帯の人気チャンネルを、競泳が陣取った。こういう事は、あまりない。
それほど人気なのだろうか?
自分たちは、美しい体で競技する姿を見せて、お金を稼いでいるという事を、見せつけるためなのだろうか?
競泳は、裸の競技にあるにもかかわらず、男女で行動を共にし、世界を旅するので、異常な事である。青少年の育成に悪影響を及ぼす事は、間違いない。

お金的に考えれば、アスリートへは、文化人より報奨金が出される。
その事実を、受け止めた方がいい。
もう引退した競泳選手で、かなり人気だった男がいたが、オリンピックが終わったとたん、一般女性との結婚を発表してしまった。
でも、それは、自分を応援してくれていた幼馴染が亡くなったからである。しかし、そんな事、民衆には伝わるはずがない。
その競泳選手の運命の女性が、なんと、女芸人だった。そんな事、本人たちも気づいていない。それでも、世界の占い師よりアドバイスがあったのだから、そのように動くべきだった。その競泳選手の体はとても美しく、女芸人の体は醜かった。
だから、きっと、みんなも許しただろう。2人は付き合えていない‥。
競泳選手の仕事もうまくいっていない。芸能人に憧れていたが、ゴールデンタイムの人気チャンネルを一週間以上占拠するという悪事をしたためだ。

日本の競泳選手に、クズがいる。その男の名前は、篠川だ。
篠川は、母親に問題がある家庭の子供だった。
子供の頃より、性的な事を要求されて生きてきた。
母親が好きだったスポーツ選手が結婚した時に、頭が狂った母親は、家の床でクソをしてしまった。

その頃から、篠川は変わってしまった。自分の運命の相手が、誰か分かっていたのに、高校生の頃、性行為の最中に、自分のクソを食べさせたのだ。
しかも、尻の穴に、顔をうずめさせて、顔めがけてクソをしたのだ。

その女の子は、病気になり、死んだ。
篠川は狂ってしまっていた。競泳をすると、体が洗われるように思ったし、全てを忘れて、楽になれた。
でも、激しいスポーツは、体に毒でもある。

篠川はオリンピックに出て、有名になった。
そこで、結婚をした。自分の母親のような犠牲者を出したくなかったのだ。
でも、もう手遅れだった。
ファンの数名が、目を焼いたのだ。
篠川は競泳をして、全てを忘れた。

オリンピックに出る今でも‥、篠川はつい、一ヶ月前にも、妻の口にウンコをいれた。
しかも、でかい奴を‥。
小さい女の子にも、ケツの穴をなめさせたのだ。

だんだん、篠川は、その行為が、神につながる行為に想えてきてしまっていた。

篠川自身、オリンピックの1カ月前に、下痢がもれてしまった。
篠川は、バレないように、魚になり切って、自分のクソを食べた。
競泳のオリンピアンともなると、クソも食べられるほどの腸の強さが大事なのかもしれない。

女子選手にも、奇人がいた。名前はニノという。でも、今のニノは、本物のニノではない。今のニノが、本物のニノを、計算高く精神的に追い詰めて、毒で殺したのだ。
前のニノも、なんとニノ2代目だったので、今のニノは3代目という事になる。
別人になりすましても、意味はない。でも、世界大会に出場するという事は、大きな社会経験になるのかもしれない。
今のニノが、トワイライトのクリステンみたいに、男に囲まれて出てきた時は、びっくりした。

でも、以前、男子選手目当てで、女の子が世界大会について来てしまった時に、ニノがその子の相手をした。
ニノも、前は同じ事をしていたのだ。
でも、性的関係になってしまって、ニノは、水着の上から、クンニをさせた。
悪いと思ったニノは、女の子に体を洗うように言い、クンニをした。

そして、なんと、ニノが、その後、女の子に30万を渡したのだ。
選手にしか、旅費は出ないからである。
ニノは、ヒーローとは呼べない。でも、良い所もあるかもしれない。


オリンピックの試合が始まる。選手が1人1人、入場をして、大歓声を浴びていた。
ビサルは最後の方で、やっぱり、歓声は小さかったが、インドでは、子供たちが喜んでくれているかなと思った。
サムもスタートの準備をした。
大きな歓声が欧米の選手にわくが、神様は、美しいサムの味方だった。
サムの泳ぎは完璧だった。

ビサルも最高の泳ぎを見せて、インド中を感動させた。

2人は負けたが、インドの人達は、感動していた。


ジョアンナは、キキの試合を見た。まるで別人のように思えて、涙が出た。
「ちきしょ‥。」
ジョアンナは言った。ジョアンナはイライラが治らなかった。
大都会に住んでいたせいだと思う。
ジョアンナは、自分の人生が末期なのだと気づいていた。
その頃から、白血病という病に侵され始めていたのだ。

それでも、もう一度、たくましいキキの腕に包まれることができれば、どんなにいいだろう?ジョアンナは、それを想うと、少し楽になった。

ビーチバレーの試合がある。ジョアンナはビーチバレーが嫌いだった。

テレビでビーチバレーを見て、ジョアンナは、また1人で叫んでしまった。
大多数の人が、ビーチバレーという競技に疑問を感じているが、一部の人にとっては、かなりのお見世物らしい。

ビーチバレーの選手のゾーンは、裸で、コロシアムで敵と格闘するというような物があるらしい。よく分からないが、映画の中に入った感じになるようだ。
それなら、最初から、アクション女優を目指した方がいいかもしれない。

水着がずれて、陰部が見えたりすると、拍手が起こる。
試合会場には、真っ白の肌の女の子が、ビキニに腰巻をしていたりする。
きっと、当てつけのためだ。

大多数の人が、ビーチバレーに反対をしているせいか、警備があまくなる。
そして、ドリンクに下剤が仕込まれて、以前、大勢の前で、下痢をした女選手がいたらしい。
その人は、1カ月後に、大勢の前で、海に入って行き、自殺をした。
結局、ビーチバレーの選手はあまり大切にされていない。
熱狂的なファンにたずねると、やっぱり、醍醐味は、『ポロリ』ということだ。


ロンドン五輪は、多分、無事に終わったと思う。
スタッフが厳しかったらしい。それで許される。


20
ジョアンナは人生が末期にさしかかり、意識が朦朧としていた。
メリーとママとディズニーシーに行き、最後の思い出を作った。
最後とは決めていないが、最後な気がした。

エドに誘われて、駅に行くと、ビアンカもついてきていた。
少し田舎の方に行き、食事をしただけだが、ほのぼのとした、良い思い出だった。

キキとも会った。手をつなぎ、夜の街を歩いた。
それが、最高に幸せな瞬間だった。

モデルの仕事で、大きなブランドの仕事を引き受けた。
完璧にこなしてみせた。その日のメイクがレノで、カメラマンがタナさんだったというのも良かったと思う。
タナさんは、念願かなって、プロスポーツ選手の写真を撮る仕事も出来るようになったが、やっぱり、ジョアンナを撮る事が一番好きだった。

ジョアンナは、デジィを遠くから見た。
デジィは霊感があり、ジョアンナの寿命が短いと分かっていて、さらに、未来でデジィの子供になる事までも知っていたので、デジィは気まずく、ジョアンナを見ると、頭をかいた。

ジョアンナへのプレゼントは、海外からもたくさん届くが、大体が、ジャカルタに届く前に盗まれる。
ジョアンナへのスターからの手紙も、ジョアンナに届く事はない。

しかし、ビサルからの贈り物が、ついにジョアンナへ届けられた。
ジョアンナは外国語が分からず、香水かと思い、臭いを確認した。
すると、清々しい薬草の香りがして、体に塗る物だと分かった。
清々しい薬草のおかげで、ジョアンナのイライラは治ったのだ。

ジョアンナは、なんとなく死を意識して、部屋を綺麗にしたのもあるかもしれない。
死をなんとなく意識していたジョアンナだったが、部屋にコーヒーメーカーを置いたりして、洗練された新しい物もそろえた。
イライラが治ったジョアンナは、人生の最後の数か月、本当に自分が求めていた生活を手に入れたのだ。

ついに、2013年3月7日がくる。
ジョアンナの人生は、まだ数か月、残っていた。
白血病で入院して、苦しいながらも、キキや家族、素晴らしい友人に囲まれて、愛にあふれた最期を迎えるはずだった。
みんな、ジョアンナへ感謝や愛の言葉を伝えられないまま、ジョアンナが死ぬ日がくる。

モデルとして、大都会ジャカルタで第一線に立っていたジョアンナだが、最近になって、ようやく勇気という言葉を手に入れた気がしていた。
自分が勇者だと、ようやく確信していた。

スタジオの最寄り駅のトイレに入り、時にはハミガキをしたりした。
カコは待ち伏せしていた。
ジョアンナがハミガキをすれば、ラッキーだったが、今日はしなかった。
ジョアンナがトイレの個室に入る所で、腕をつかみ、ジョアンナの後ろ首に、毒針を刺したのだ。
その後、少し取っ組み合いになった。カコがジョアンナの髪の毛をつかむと、ジョアンナが赤い目で涙を流していたので、カコはひるんだ。

ジョアンナは、痛みをこらえ、トイレをした。
ジョアンナがトイレから出ると、カコが呆然として、立っていた。
ジョアンナは手を洗い、ふらふらと歩いて、トイレから出た。

そして、スタジオにつき、スタッフに笑顔で挨拶した後、ジョアンナは倒れた。
タナさんは、最後のジョアンナが目を開けた表情が、今まで見た中で、一番美しいと思った。
ジョアンナは、本物の勇者になった顔だったからだ。

ジョアンナは、その日の夜に、死亡が確認された。
母親のバルサは、看護師に、ジョアンナが粗相をしたかたずねた。
看護師は、「してません。」と言った。

バルサは、ようやく涙をこぼした。
「やっぱり、お姉ちゃんは、立派だね。」

バルサは、次の日の朝早くに、ジョアンナを自宅のマンションに移動した。
その時、キキ、エド、ビアンカ、レノが来て、手伝った。
カコは、美しい男達に囲まれるジョアンナを、もう一度見れば良かったと思う。

通夜は、マンションで行われ、親しくしていたスタッフや友人が来た。
メリーは大袈裟に泣いた。

ジョアンナの魂は、ぼんやりと、まだ体に残っていた。
ジョアンナの死を聞いたビサルが、インドから本当に会いに来て、ジョアンナの手に花を持たせ、愛の言葉を言った。


ジョアンナが焼かれる時、デジィとその家族も呼ばれた。
デジィは本当に辛く、骨になったジョアンナが哀れで仕方なかった。
アリーもメリーも大泣きしていた。

大人が目を離したすきに、エドとビアンカとキキとレノは、ジョアンナの骨を盗み、タナさんは、ジョアンナの灰を口に入れた。

その後、カコは、ジョアンナの妹のメリーも有名モデルだという事を知り、殺害する事を決めた。
マンションのドアノブに毒を塗ったのだ。
ジョアンナの死から1年後、メリーとバルサもあっけなく殺された。
みんな、ジョアンナの下に行きたかった。

ビアンカと一緒にバレーボールをやっていたイヴァンの下に、連絡がくる。
『そういえば、最近、ビアンカ先輩が練習に来ていないんですけど、どうしてですか?』
イヴァンが聞こうとした矢先だった。

「ビアンカ先輩が亡くなったから、最後に会いに行って。」
「え‥、そんな。どうしてですか?」
イヴァンは、信じられず、涙も悲しいという感情も、その時はわかなかった。

「病気だってさ。俺も、今朝、会いに行ってきたから。」
先輩は目を伏せた。

イヴァンとエリスが、病院に行くと、口に殴られた傷があり、腹部を包帯でぐるぐる巻きにされたビアンカが死んでいた。

「どうして死んじゃったんだよぉ‥。」
2人は大声で泣いた。

ビアンカが死んだ原因は、正直、謎なのである。
自殺なのか、他殺なのか。はっきりと分かっている事は、ビアンカが、カコが犯人だと分かり、問い詰めた事だ。

タナさんも自室で首を吊り、一週間後に発見された。

レノは、美容師として働いていた美容室で、誤って読者モデルの子の顔を切ってしまい、泣いて謝罪をした。それから一週間後に、ガスで自殺をした。

エドは、なんと、国道の上にある橋で、首吊りをした。
大迷惑な行為で、エドは、みんなからうとまれたが、ジョアンナ以外の人から、愛される必要などなかった。

デジィは、エドとビアンカの霊柩車を、偶然にもそれぞれ、目撃する事となった。
『今まで、ありがとうね。来世で‥、ジョアンナの事、よろしく。』 
『デジィコ、今まで、ありがとう。俺、ジョアンナのことが好きだからさ。』 

『だけど、やっぱりママが好き。』
ビアンカとエドの言葉を聞いた時、デジィは、また泣いた。

デジィは、呆然としてしまって、働けなかった。
2013年も2014年も、ゴロ的に良い年なのに、無駄に過ごしてしまった。

ビサルは死ななかった。これから、ジョアンナの魂とずっと一緒にいるつもりで、インドのために頑張ろうと気合を入れた。

2015年の1月、キキは自殺をした。
みんな、暑い時期に死んで、まわりに迷惑をかけたので、自分は迷惑をかけたくなかった。
自宅で青酸カリを飲み、ジョアンナと2人きりで寝たベッドで楽になった。

全員が亡くなり、いよいよデジィという時、デジィは、アリーの就職という事もあり、働きに出ることにした。
アリーはまだジャカルタに残っているが、デジィは地元のスーパーで働く事にした。

その場所には、なんと、リザが来ていた。リザとは長い間、会っていなかったので、他人同然だったが、毎日が安心できた。

そのスーパーは、大学の近くのスーパーだった。最初は、派遣社員として入ったので、時給が良かったが、派遣社員として雇えないと言われ、よくしてくれた派遣会社に嘘をついて、そのスーパーのパート社員になる事になった。
派遣会社に嘘をつくのは大変だった。
時給は下がり、デジィのテンションも急降下したが、高校も専門学校も辞めたデジィにとって、大学生に毎日会える事は、ラッキーな事だった。
デジィには漫画という才能があるし、大学の学問に嫉妬しなかった。

スーパーでは、ミステリーショッパーや接客のテストがあり、本当に苦痛だった。
それでも、リザもいたので、耐えられた。
とても楽しかった。

でも、苦痛だった。接客は大事だが、劇団員並みの物が求められる場合があるので、要注意だ。上司になっても、バイトで接客をしていた頃の苦労を忘れない事がコツだと思う。
あとは、客が、店員に対して、文句を言わない事だ。
人が嫌がる事をすると、将来スターになるためのポイントが減点される。
クレームを入れない事は常識だ‥。

そんなわけで、スーパーで働き始めたデジィは、第二の青春という物を実感した。
青春というのは、甘酸っぱくて、ほろ苦い。最高の幸せではない。
でも、とても、素敵な時間である。

青春には、涙がつきものになる。デジィもよく泣いたし、リザの事では、頻繁に頭にきた。


2016年、リオ五輪がきた。ロンドン五輪からあっという間だった。アリーが帰ってこないのもあったし、スーパーで働く時間は、輝く物だったが、それ以外は、呆然とした物だった。
スーパーで働く以前は、自殺未遂もしたが、スーパーで働き始めて以来、自殺するのが怖かった。

リオ五輪は、やっぱりスラムの人が、委員会に押し寄せた事が大変だったかもしれない。
遠い国の事なので、よくは分からない‥。それでも、とてもお洒落で素晴らしい五輪だったと思う。
デジィと同じ年代やそれより下の選手が、ほとんどだったので、ここが正念場だと感じた。
デジィは、25才である。

デジィの知り合い選手が、競泳でオリンピックに参加をする。ルビーもまたオリンピックに参加するし、なんとなくデジィも大変だった。

リオ五輪よりも、ロンドン五輪に思い入れが強いのは、ロンドン五輪の時に、デジィもたくさんの空想を思い描いたからである。その時の空想での失敗が、今日の作品につながっている。
どんなに誤った空想をしても、それは現実ではない。空想する事は、未来につながる事なので、続けた方がいい。


デジィの知り合い選手が、金メダルをとった次の日、スーパーは大繁盛した。

それから、いろいろな事が起きた。デジィは、東京五輪を盛り立てるために、頑張りたかったので、作品作りに、一層集中した。
なんとなく、リオデジャネイロという場所に思い出を落としたかった。
デジィは、『リオと魔法の国』という作品を描いた。
うまくは書けていないが、平和的な魔法の物語だ。これから、沢山の方々に愛されて、リオは、長生きするといいと思う。

2017年、リザは仕事を辞める事になった。
本当は辞めてもらいたくなかったが、リザの人生に迷惑をかけたくはないので、何も言わなかった。
リザとデジィは、まだ、連絡先を交換できていない。
連絡先を交換していないという事は、全く何もないという事だ。
むしろ、何もない方が、いいかもしれない。

リザが辞めてすぐ、スーパーの従業員間で、殺人が起こった。
フグ毒が効いた唐揚げを、スーパーの休憩室で食べさせたのだ。

その毒は徐々に効き、その人の家で亡くなったらしい。
亡くなった人が、デジィの隣のロッカーだったので、デジィも仕事を辞めることにした。


デジィは思った。
ジョアンナ達は、今、どこにいるのだろう?
ジョアンナ達は、心の底から、天国という場所を信じていたが、デジィは、神様も天国も信じていなかった。信じていたのは、魔法だけだ。
でも、それが、デジィの命を引き止めたのかもしれない。


デジィが派遣社員として入った会社は、食品工場だった。そこには、従姉の一家を殺した犯人、カコがいたが、デジィはまだ分からなかった。それでも、デジィはカコの事が大嫌いだった。
デジィの才能は優れていた。ネットに漫画を載せているのに、一向に連絡がこない。
でも、自分から連絡ができなかった。デジィは、家で叫び続けた。
デジィは、弱虫なのかもしれない。
それでも、今まで、一流映画に作品の案を渡していたのだ。
今になって無視というのは、本当に頭にきた。

そんな状態が、2019年まで続いた。
2018年もずっと叫び続けていたのに、デジィは出してもらえなくて、何の連絡も、何の言葉も受けられず、苦しかった。
2018年に、アリーが身勝手な結婚をして、本当に苦痛だった。
そして、世界各地でも、大災害が起きた。

池江が横暴したが、それは、ジョアンナが生きていた頃の血で作った薬を飲んでいたせいだ。それは、ドーピング反応しない。でも、ジョアンナという女神の遺伝子を摂取していれば、強くなるのは、当然のことだ。


2019年3月7日、デジィは、ジョアンナ殺しの犯人が、カコだという事にようやく気が付いた。でも、もう証拠がない。デジィは、カコの事を作品に書いた。

ビサルもサムも引退をした。
それでも、今も、インドのために生きている。

デジィは、リザの事も、ガウルの事も、イヴァンの事も、ウィリーの事も、分からなくなった。
それは、デジィが、大きな作品に向き合っていて、世界規模のイベントである、五輪に向かっているせいだ。

全てを書ききれていない。

でも、長い時間、無視をされ、沈黙を守った私が書いた物語である。
いつか、素敵な姉妹を育てたいと思った。
そのために、私は、妹を待ち続ける。

東京は人口が溢れているので、このお洒落な物語の舞台にしたくはなかった。
ジャカルタという場所に、憧れがある。

Starasを出版するつもりはない。


カコという人物が、本当にいたのなら、自分の罪を反省してもらいたい。


この物語は、実話に基づいて構成されており、これ以上詳しくは、教えられない。
愛についても語り切れない。

Staras end

Staras 上と宙

Staras 上と宙

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  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2019-07-31

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